■2012年1月26日 木曜日 13時35分
起きると、昨日よりは、少し早い。そして、寒くなっている。室温が10度になると寒い。冬の初めの、あの寒かった日に近い寒さだ。いよいよ冬の底へなだれ込むのかもしれない。
寒いがよく晴れており、日が眩しい。
いつも、寝起き、喫茶店へ行くとき煙草を買う。ちょうど切れているのだ。数本残っているが、喫茶店で切れそうなので、その前に煙草屋へ入るほうが段取りとしては好ましい。コンビニは二軒がある。近くのコンビニは最近パネルをタッチしないといけないのが、嫌な感じなので、避けている。年齢確認だが、見れば分かる。それが、嫌な感じというか、これは、店員のためなのだ。それが分かっているので、協力するのが、何となく鬱陶しい。それで、遠いほうのコンビニで買うことにしている。
または、スーパーのレジ近くにある大きな煙草コーナーで買うようにしている。
煙草が品不足の時期は終わったので、もう売られていても、ありがたみはない。
スーパーのレジにも煙草が置かれてるが、銘柄が限られている。ここで買うのが一番手頃だ。電池などがよくレジ近くに置かれている。あれと同じで、買いやすい。
昔なら、煙草を買うだけで、煙草屋まで行っていた。煙草を買いに行くという、よくある風景だった。今は、何かのついでで買うことが多い。そして、煙草屋の代わりがコンビニだ。自販機もあるが、カードがないので、買えない。自販機でもいいのだが、腰をかがめて煙草を取り出すのが面倒だし、ボタンを押すのも面倒だ。店売りは、声を出せば銘柄が出てくる。釣り銭も手渡しだ。店により、何も言わなくても、無音でもいつもの銘柄が出てくることもある。しかも一つではなく二つ。いつも二つ買うので、個数まで覚えている店員がいる。
店売りでは当たり前の話だが、長く自販機で買っていると、これがありがたく、そして便利なことが分かる。
昨日はスーパーでアルミ鍋カレーうどんを買う。寒いときはカレーうどんが温まる。普通のうどんの場合、汁まで吸わないが、カレーうどんは汁を吸わないと損だ。天ぷらうどんは天ぷら、きつねうどんは揚げが入っているが、カレーうどんにはカレーの粉が入っているだけだ。だから、具はカレーなのだ。従って吸わないと損だ。
このアルミ鍋のカレーうどんは、スープは濃縮ではなく、そのままだ。だから、鍋に水を入れなくてもいい。こういう出汁はもったいなので、吸ったほうが好ましい。粉末出汁では、そのありがたみがない。
また、このカレーうどんは珍しく麺が柔らかい。最近のうどんは硬くなっている。それは以前も触れたように、日本のうどん用小麦を生産しているオーストラリア産小麦の柔らかい目小麦が不足しているためだ。この小麦が柔らかいのだ。そのため、硬いうどんは、腰が強いのではなく、元々小麦粉が硬いのだ。うどんはふにゃふにゃなほうがいい。なぜなら、腹具合が悪いときなど、うどんを食べる。この場合、ご飯より、柔らかく消化がよいためだ。それが、硬いうどんでは意味がないのだ。
最近はフェースブックやグーグル+が興味深い。自分のホームページや自分のブログなどは、アップするとき、一度確認するだけで、その後、見ない。
ところが、フェースブックやグーグル+は、その後も見たりする。なぜなら、フォロー関係にある人の記事が表示されるからだ。そこで、面白い記事やウェブページの紹介がある。何となく、その人がテレビ番組を紹介しているような感じで、ガイド役となっている。いつもなら、見ないようなウェブサイトへ誘導してくれる。それをやっている人は業者ではない。その場合の業者とは、一方的に誘導するだけのロボットのような人だ。
つまり、少しは関係のある人が紹介するウェブ上の記事がランダムに出る。別に適当に出しているわけではないが、見る側としては、何が飛び出すのか分からない。だから、それを読むために、フェースブックやグーグル+を見に行くのだ。ブログではそれはない。あっても、そのコメントはほぼ広告だ。
最近のミクシーはそんな感じになっているので、記事を止めている。広告勧誘員の餌場になっているだけに近い。コミュニケーションサイトで、コミュニケーションをしないと、そう言うことになる。他の書き込みはないので、広告勧誘コメントだけが目立つためだ。
ツイッターはやっていないが動いている。ただ、誰もフォローしていないので、自分の記事しか載らない。だから、ブログと同じで、見に行く必要はない。変化がないためだ。
ツイッターはやっていないが、ブログで投稿すると、それがツイッターにも表示される仕掛けを使っている。だから、ツイッター画面上で書いていない。それどころが、ツイッターのIDやパスワードが上手く伝わらないのか、入れない。
フェースブックはフォローし合っている人が紹介する記事を読むのが楽しみだ。記事へのリンクだけでは、飛ばないが、その頭の数行が表示されるので、中身が少し見えるのがよい。
また、いつもの人が、いつものネタで何かをやっているのも、慣れてくると、日常風景になる。
フェースブックやグーグル+で、日記風、ツイッター風につぶやいている人もいる。これも毎日見ていると、慣れてきて、これも日常風景になる。ネットは大海だ。だから、いくらでもそう言った記事や、文章や絵や写真や動画は見られるのだが、自分から進んで見に行くより、自分の場に引き寄せられるところに特徴がある。
チェックしたいブログなどを、あらかじめ設定しておいて、更新されれば、それを見に行くという仕掛けもあり、そちらのほうがより役立つのだが、宿題を溜め込んでいるような雰囲気になる。
ネット上では目が疲れるので、長時間読めない。情報も多すぎる。
フェースブックなどでは、その人物の別の趣味というか、本命以外の側面も見られるので、専門知識だけのお披露目ではなく、その人物の好みや世界観のようなものまで、何となく、見えてきたりする。つまり、半ばプライベートな面も分かるので、本命の記事でも、その背景なり、指向性が、何となく分かる。
普段、こう言うことを考えている人が、とある記事に対して、どうコメントするのかが、分かりやすくなる。
ツイッターでもフォローしたという報告メールが来るが、それを見ていると、最近広告系が多くなっている。広告でもいいし、商品やサービスを伝えてくるのは、何の問題もないし、協力してもいい。しかし、名を名乗れ、ということだ。名前を明かし、普通の記事を書いている人なら、広告マンでも、馴染みが出来る。しかし、その人のページへ飛ぶと、全面広告では、何ともし難い。店と客だけの関係のためだ。人柄が見えない。これはロボットだ。
フェースブック、グーグル+。結構役立つので、それに近い物がないか探している。実際はコミュニケーション的なことは何もしないのだが、そういうタイプの人でも、気楽に参加できる場が好ましい。
フェースブックは普通の検索にはかからないはずだが、グーグル+では、グーグルの検索でかかるようにならしい。こちらのほうがお得かもしれない。
フェースブックやグーグル+は自分の視野からでは探せない、またはわざわざ探さない記事を、自分の代わりに探し出してきて、紹介してくれることだ。しかも自分の場というか、自分のページ内で、それが表示されるため、家にいながら、報告を聞くようなよさがある。ネットは広いが、ある絞り込んだフィルーから覗けるところが好ましい。