2020年01月26日

キヤノンG15届く

■■ 2020年1月26日 日曜日 午前10時35分
 
 今朝は曇っている。最近天気がはっきりしない。冬は晴れの日が続くことが多いのだが、今年はそうではないようだ。暖冬のせいかもしれない。寒いが晴れている方がいいのか、それほど寒くはないが天気が悪いか、どちらがいいだろう。部屋にいるときは天気はあまり関係がないように思われるが、湿気とか、気圧とかが違うし、やはり晴れている日の室内と、雨の日の室内とでは違ってくる。外の空気が入ってくるので、その空気の質が違うのだろう。その中身は水分だったりしそうだが。
 今朝は昨日よりも早い目に目が覚めたのだが、寝てしまった。確信犯だ。しかし少し寝た程度ではそれほど遅くならない。だが多く寝たため、かなり遅くなってしまった。まあ、日曜だから、いいだろう。しかし、晴れている日の遅起きはもったいないような気がする。出掛けやすいのだが、出遅れてしまう。
 この時期、もう菜の花が咲いている。畑の何処かから芽を出したのか、それが伸びて黄色い花を付けている。春先ならいいが、まだ遠い。一番寒い冬の底さえ来ていないのに。だから春を感じるには早い。これからもっと寒くなるはずなので。
 その畑。秋にはコスモスが咲く。畑の端の余地に咲いている。これは毎年咲く。そして冬になっても、まだ咲いている。正月でも咲いていたりする。見飽きてしまい、季節と合わないこともあって、もう無視している。そして、気が付けば、もう咲いていない。だが、しつこく咲いているのがあったりする。真冬のコスモス。あるかもしれない。
 朝顔も夏場だけではなく、そのあともしつこく咲いている。流石にコスモスよりも早く店じまいするが、これは夏スタートと秋スタートの違いだろう。
 昼に行く喫茶店の二日目だが、工事後喫煙室が狭くなり、満席になっていた。土曜日で人が多かったのだろう。広かった頃も座るところを探さないといけないことがあったが、それが四分の一以下になったので、はみ出してしまうのは当然だ。
 いつも本を読みに来ている人が二人いる。その二人を見かけない。いつも四人掛けのテーブルにいる。二人掛けのときもあるが、四人掛けがあくと、さっと移動する。これはスペースの問題だ。テープルの広さではない。客と客との間隔の問題。距離だ。それがカウンターになると、すぐ真横に人がいる。これを嫌ってこないのかもしれない。
 二人掛けのテーブルがカウンターになると、正方形のテーブルが半分になる。そのためパソコンとコーヒーのトレイを横に並べると、横の領地にはみ出す。正方形ならパソコンの後ろ側に置けるスペースがあるので、パソコンの肩越しから手を出せば問題はなかった。カウンター式だとノートパソコンと灰皿を並べれば、それでギリギリだったりする。これは窮屈。そして一般席はがら空き。狭いところにびっしりと人が固まっている。しかも狭いので、空気が悪い。人いきれというのもある。
 それに比べると、工事中行っていた昆陽の喫茶店は伸びやか。メインは四人掛け。
 それと、もう一軒広々とした喫茶店が近くにあったのを思い出す。ここは予備で残しているので、普段は行かないようにしている。たまに閉まっていることがあり、営業していないシーズンでもあるのか、そのへんはよく分からない。さらにその近くにもう一軒あるが、テーブルが低く、椅子が木で、しかも狭苦しいので、余程のことがない限り、入らない。二店ある中、一店が休んでいるとき程度だろう。
 散歩の効率から考えれば、昆陽の喫茶店の方が沿道が長いし、また昆陽を起点にすれば、そこから結構遠くまでいける。別の町へ。だから寄り道散歩にはいい。中古屋もあるし、ヤマダ電機もある。スーパーもあるし、衣料品屋もある。イズミヤなので。そして八百屋もあり、結構安い。地の物を置いてそうな店だ。野菜などは。
 まあ、しばらく様子を見て考えることにする。しかし、毎日定期便のように行っていたコースなので、変化のない風景の方がよかったりする日もある。
 
キヤノンG15届く
 アマゾンで注文していたキヤノン往年の高級コンパクトデジカメG15が届く。アマゾンの箱で、テープはなく、バリバリ開けられるので、いい感じだ。カッターナイフ要らずで。
 アマゾンに出品している店から買ったことになるのだが、プライム品で、送料はかからない。発送はアマゾン。だから早い。
 だから、どの店で買ったのかは覚えていなかったりするが、メールで発送通知などが届くので、そのとき、ちらっと見ると、中古屋だ。
 中古屋に持ち込まれた新品だろうか。10年近く前の元箱だが、綺麗だ。中古新品というのだろうか。それで、新品として売られているようだが、一度開封した形跡がある。しかもカメラを触ったあとも。それは、カレンダーだ。合っているのだ。だから工場出荷のままではなく、一度出している。
 バッテリーはすぐになくなった。早すぎる。これは出荷状態ではない。もう少し、持つのだ。
 しかし、元箱の中に元通り入れたのか、欠品はない。中古ではないので、そんな断りもいらないが。
 ボディーを取り出すと往年のGシリーズの名機ではなく、最終機で、少し変えてきたためだろう。メカメカしたところが消えていた。軽い。
 
 バッテリーは、同じものを持っていた。以前のG系はイオスと同じバッテリー。だから一眼レフのサブ機としては都合がいい。イオスのバッテリーが切れれば、サブのカメラから出せるので。
 しかし、それをG10あたりから変えてきたらしい。
 そしてG15ではネオ一眼と同じものになった。キヤノンネオ一眼は数台持っているので、その台数分のバッタリーが余っている。最新のネオ一眼は違うバッテリーになったので、余ってしまったのだ。
 これでG15の予備バッテリーを買う必要はなくなった。
 
 開封し、カメラを取り出したが、軽い。バッテリーを入れても重さがない。よく見ると樹脂製だろうか。ざらっとした爪とぎになるような質感があり、ヤスリになる。滑り止めだろうか。
 持ったとき、重厚感がない。これは気が軽くなった。結構軽快なカメラになっていた。プレミアがないのは、そのためだろう。戦艦コンパクトの雰囲気がない。イージス艦だ。
 そのお手並み、スピード感は、どうか。ただし、古いカメラなので、あまり期待できないが。
 
 届いたばかりのG15に付属のバッテリーを入れ、数枚写すと、もうバッタリーは切れた。それで、別のカメラに入れていた、同じタイプのを付けて、また写したが、最初の三枚ほどで、もう試写する気は失せた。
 その三枚を見て、納得できたためだ。
 まあ、レンズが明るい。F1.8ある。望遠側でもF2.8あるので、それほど感度が上がらない。だからそれだけでも綺麗に撮れるだろう。そういうことだった。
 
 28から140ミリの五倍ズームで大人しい。だから沈胴状態からの起動も速い。長いレンズだと、その分遅いというわけではないが。
 動作はこの時代のものとしては、早いだろう。待たされることがない。一枚写してからの二枚目も、そこそこ早い。最新のミニネオ一眼よりも早い。
 古くても最高級機種。それと、この15から映像存エンジンが新しくなり、早くなったらしい。
 要するに、軽快なコンパクトデジカメという感じで、あるべきものが見た範囲内にあるので、マニュアルいらず。
 
 ファインダーは小さいながらも光学ファインダー。コンパクト系に昔から付いていたもので、尾てい骨だと言われ、外されてしまったが、G15は付いている。ただし、そこはあまり触っていないようで、スペック的には同じだろう。ただ、ニコンのそれよりも、少しだけ大きい。
 そのファインダーは素うどんで、かやくが何もない。情報は一切ない。以前、パラマーク程度はあったような気がするのだが。それと中央部とか。
 ピントは分からないが、接眼部横のランプがあり、それで合焦が灯れば合ったことになる。音でも分かる。
 また、実際にどこであったのかは、再生のとき、分かる。あとの祭りだが。
 ファインダーは小さいが明るく鮮明。昔、キヤノンデミというハーフサイズのカメラがあったのだが、それに近い。覗いているだけでも楽しいファインダーだった。ただし、このタイプはピントは見えない。
 
 オート感度の上限は1600までと、少し淋しいが、手動で一万台まで上がるので、大したものだ。かなり暗くても昼間のように写せるだろう。
 1600では不満だが、レンズが明るいので、生活範囲内での夜道程度では問題はないだろう。路面を昼間のように明るく写そうとしない限り。
 
 AFは顔認識、顔がなければ、被写体自動認識。10年前からそういうのはもう既にあるのだ。カシオが早かったように思うが。ただ、瞳検出まではいっていない。あっても使う機会など絶無だが。
 AFは自動認識でも、中央一点にすぐに切り替えられる。また、ピント移動も、ボタンでできる。専用ボタンがある。今ならジョグボタンのようなものになっているだろう。ミラーレスだが。
 AFも遅くはない。一眼レフより、早かったりする。
 
 第一印象は、意外と小さく軽いということ。軍艦部などは露出補正ダイヤルが加わる程度で、一般的なコンパクトデジカメと変わらないほど、すっきりしている。
 露出補正ダイヤルは中央寄りにあり、右手側の端に電源ボタンが来るので、操作性がいい。露出補正ボタンは撮影ダイヤルの下敷きになっている。並んでいるのだが、部分的に重なっている。二階建てになっているのもあるので、一応並んでいるという感じだが。
 だから、結構すっきりとしたカメラになっており、これが最終機かという感じだ。戦艦カメラの重々しさが消えているのは、少し物足りないが、扱いやすくなった。敷居が下がった感じだろう。
 
 早速夕方に行く喫茶店へ持ち出したが、夕焼けはなく、曇天。そして薄暗いので、写す気にならず。それで、喫茶店内で写してみたのだが、屋内だが、外に持ち出しての初撮影。
 何も合わせていない。買った状態のまま。撮影モードダイヤルはオートになっていた。これで、シーン自動認識までしてしまえるようだ。ただし、AF投射光はオフにした。このカメラはオフにすると、オートでもオフになるので助かる。そこがパナソニックとの違い。
 夜道など写すとき、赤い光を出すと、目立ちすぎるので。それと届かないのに照らすので、意味がなかったりする。
 喫茶店内は比較的明るい。ここでF1.8は大きい。澄んだ絵になる。すっきりしている。
 感度はオートでは1600までしか上がらないようで、シャッタースピードは8分の1秒以下には落ちないようになっているようだ。キヤノンのコンパクト系でよくある組み合わせ。
 このレンズの明るさと、スローシャッターと、感度の組み合わせだとほぼ夜道は写せる。実際には絞りもシャッターも真っ赤な文字になるが、これは露出不足。しかし、光線が当たっている路面は写せる。だから夜の雰囲気がする。また、ネオン看板なども飛びにくいだろう。しかし、夜中の空もうっすらと分かる程度には写る。
 これは見事なもので、AFも早いし、何処かでピントが合っている。AFは自動選択なので、適当なところで合う。合いやすいところで、合えばそれでいい。28ミリの広角側だと、ピントが深いので。ただF1.8なので、それなりに浅いが、そこは受光素子の小さなコンパクト系なので、何とかなる。
 部屋に戻り、パソコンで取り込んでみると、見事なものだ。簡単に夜の街角が写せてしまうのだから。しかも感度は1600までで済むのは、レンズが明るいためだろう。これだけでも満足。それとピントが合いやすいことも。同じキヤノンのミラーレスより、ピントが早かったりするので、どういうことなのかと思う。キヤノンの初代イオスMではなく、ピントが早くなったM3よりも早い。
 遅くて、なかなか合わないのはソニーとニコン。これはコンパクト系だ。
 古いカメラでもここまでピントが早いと、最新デジカメのAFは何だったのかと思うほどだが。
 まだ試していないが、手動で一万を超える感度まで上げられる。これだと夜の道が昼間の道のようになるだろう。
 
 高級コンパクト系なので、一応カスタマイズ性はかなりあるが、便利なのはユーザー撮影モード。これは二つある。たとえば感度だけ変えたものを登録しておくと、撮影ダイヤルを回せばすぐにその設定に切り替わる。これは全体には影響しない。
 その他盛りだくさんだが、その変え方は色々あり、自分の流儀にあったというか、馴染んだ方法でできる。ただの切り替えだが、ダイヤルが好きな人もいれば、ファンクションキーが好きな人もいる。
 このG系は、もの凄く要求が多かったカメラで、それを満たすため、色々なものが付いている。
 感度設定はレンズが明るいので、オート感度だけで十分だろう。だから、ここは弄る必要はない。レンズが暗いと、手動で感度を設定しないといけないので、面倒。これはレンズの明るさで、助かっている。
 要するにフルオートで、シャッターを押すだけでいいというのが一番いい。
 
 ファインダーと液晶の切り替えは手動で、目を近付ければ変わるという自動はない。まあ、この前までキヤノンのネオ一眼はそうだったので、珍しいことではない。表示ボタンを二度押さないと切り替わらないが。これは十字キー側にある。
 ファインダーだけの撮影なら1000枚ほど写せるらしい。バッテリーも大きいので。一番バッテリーを食うのは液晶だろう。そしてこのカメラにはないが、電子ファインダー。
 逆に、このカメラ、ファインダーだけで写せるのが渋い。四角い穴が空いているだけのファインダーなので、かなりおおらかで、大まか。視野率は80パーセント程度ではないかと思えるし、光軸もずれている。左右が少しズレている。上下は当然ズレる。所謂パララックス。それがズレていなくても、正確なファインダーではなく。中央が曖昧。このいい加減なファインダーなので、かなり気楽だ。
 そして何処でピントが合ったのかはまったく分からない。合焦ランプで分かるだけで、それが何処に当たったのかは曖昧。これが非常にラフで、この大らかさが楽しい。
 液晶を付けた状態で、ファインダーも覗くことができる。ファインダーは電気を使っていないし、重ね合わすような技もない。文字やマークを浮かび上がらせるような電ヤクはまったく入っていないので、ただの覗き穴だ。
 ここに何か物理的な歯応えというか、目に来るものがある。ああこれは光学ものの、カラクリものだと。ここだけはデジタルは一切ない。
 このファインダー、小さいが、少し目を離して見ると、大きくなる。目をくっつけないで、ロングアポイントのように。実際にはよく見える。
 
 手かざしで液晶で写すときも、カメラが大きく重い目なので、コンパクトデジカメにありがちな構えにくさはない。ぐらぐらしない。350グラムなので、それほど重くはないのだが、軽くはないし、片手で持ってもフラフラしない。グリップは少しだけあるが、飛び出していると言うほどではない。指の掛かりはいい。
 グリップが飛び出していないカメラなのに、片手だけでもほとんどのことができる。電源ボタンも片手で入れることができる位置にある。まあ、カメラは両手で普通は持つのだが、自転車の上から身体を捻って写すとき、両手が使えなかったりする。それと坂道のとき、ブレーキを握らないとずり落ちるので、そういうときは片手で写すが。
 
 28ミリから140ミリという微妙な五倍ズーム。以前は35ミリから200ミリだった。広角側へスライドしたのは時代性だろう。その要求が強かったようだ。
 今なら24からが普通だろう。
 単純にいえばフィルム時代のトリオレンズ域をカバーしている。28ミリ50ミリ135ミリだろう。
 コピーライカの系譜としては、これだけの画角の変化があれば、充分という感じ。G15は一眼レフ系ではなく、距離計連動付き透視ファインダー系なのだ。距離計がAFになったが。ファイダーは光学式。それも最小限のスペックだが。
 まあ、ほとんどは背面液晶で撮すことになるのだが、一寸写真ぽいのを写すときは、ファインダーで撮りたい。綺麗な景色などは、液晶よりも、ファインダーの方がより鮮明に見える。ただ、夜はファインダーも暗くなるので、よく見えないので、液晶がいい。昼間のようによく見える。暗視カメラのように、肉眼では見えていない闇が見える。表示用にもの凄く感度を上げているのだろう。被写体が見えるように。
 パララックスが出るので、一メートルほど近付いたときは上の方は切れるので、少し上側に余裕を持たせて撮せばいい。ファインダーでは入っていても、実際には切れている。
 近付くほど、今度は切り取る範囲がさらに狭くなる。まるで望遠になったように。
 こういうのはパラ補正式カメラだと、枠が伸び縮みしてくれるのでいいのだが、それでも正確なものではない。目安だ。それが分かっていれば、目で見当を付けて写せるようになる。しかし、写したとき、どんな感じだったのかまでは覚えていなかったりするが。これは近距離の話だ。
 ただ、中間距離から遠方の背景にかけての重なり具合が多少違う。少し上から見ているためだ。レンズの覗き窓の距離分。
 まあ、そういうのが懐かしカメラで、これはライカ系というより、昔のレンズシャッター式カメラだろう。コンパクト系なら必ずあった覗き窓の四角い穴だ。実際より、小さく見えるので、鮮明なような気がするだけだが。
 
 10年近く前のカメラ。しかし、動作は今のカメラよりも早い箇所もある。それよりも、持ったとき、構えたときのカメラの大きさ重さが丁度いい感じだ。残念ながらG系直系はこの15で終わり、その後はない。15までいったのだから、凄いカメラだ。
 ただ、受光素子を大きくしたG系は出ているし、当然激戦区の1インチタイプはバリバリのカメラ。一眼レフ殺しだろう。下手なミラーレスを買うより、1インチコンパクトの方がレンズが明るいし、扱いも楽。
 G15になると、これは古典を踏み倒したカメラ。その歴史の重みを感じる。最後の将軍のように。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

G15の届く日

■■ 2020年1月25日 土曜日 午前8時46分
 
 今朝もはっきりとしない空だが、少し寒い。今頃が一年の中で一番寒い頃なので、この程度の寒さで済むのなら、悪くはない。冬は暖かく、夏は涼しい方がいい。それでも結局は冬は寒く、夏は暑い。それが少しましな場合、暖かいとか、涼しいとかになるのだろう。
 しかし、寒波が来て、もの凄く寒くなる可能性もある。そういうのが来ないですんなりと春になってしまいそうな気配もあるが、これは拍子抜けだろう。期待しているわけではないが。
 今朝は少し早い目に起きたので、寝起きすぐに行く喫茶店までの道が寒いのかもしれない。いつもは遅いので、既に日も高く、町も暖まっているので。だから、この時間差だけで寒いと感じるのかもしれない。
 昨日から昼の喫茶店がリュニューアルオープンしたので、いつもの道筋を通り、喫茶店へ。
 喫茶店よりも、その道筋を通るのも久しぶり。目的地に付随するおまけのようなもので、その道筋が目的ではないし、道筋の風景など掴み所がないし、また用もないのだが。
 しかし、一週間少し程度の間なら、昨日通った道と変わらない。新鮮さとかはない。一週間前と昨日とではそれほど変わらないためだろう。それと慣れた道だと、それを意識することもなく、あるべきものがあるので、注目するものがないためだろう。
 改装は喫煙関係だったのかもしれない。喫煙室が四分の一以下の小部屋になっていた。店の大半が喫煙室だったのに。
 四人掛けのテーブルはない。といっても二つのテーブルをくっつけて四人掛けとしていたのだが、これは固定ではないものの、そういう並べ方をしていた。
 大きな改装だったようで、普通の席も、テーブルではなくカウンター式になっていた。広かった喫煙室時代は四人掛けに一人で座る客の方が多かった。
 二人掛けもあるが、これは以前からもある。だが、敢えて座る人は少なかったようだ。鞄とかの置き場所がないためだろう。四人掛けなら横の椅子に置ける。
 カウンター式が増えたのは席を増やすためだろう。椅子は多いのだが、四人掛けに一人で座ると、三つの椅子は使えない。
 ただ、家族連れで、子供と一緒のファミリー席が少なくなった。なかったかもしれない。つまり四人掛けの席だ。
 年寄りの朝会があり、多いときは8人を超えている。おそらくそれはもうできないだろう。それに、この年寄りグループは煙草を吸うので、そんな席は喫煙室にはない。カウンターではできないだろう。それに八人も並べない。この年寄りグループは朝一番の客で、昼頃行くようになってからは、見かけることはないが、昼の手前まで居続けていた。
 つまり、改装により、コメダの喫煙室のカウンター席のようになった。コメダは四人掛けも二人掛けも二つずつあるが、今回の店は、オールカウンターか、長椅子とテーブルの横並びになる。だから、四人で来た場合、この長椅子とテーブルの席になるのだが、仕切り側が長椅子で、一方は普通の椅子。5テーブルないかもしれない。テーブルが四つか五つ。誰かが間に座っていれば、四人掛けができない。だから8人など不可能。客が誰もいないのなら、いけるかもしれないが。
 それで、昨日、まずまずの時間、いつもの時間に行ってみたのだが、結構知らない人がいたりする。いつも来ている人が少ないというより、一人か二人ぐらいしか目にしない。いつもは広いので離れたところにいる客も、狭くなったので、真横で見ることになる。少し近すぎる。
 まあ、全席禁煙になるより、ましだろう。
 あまり狭いと、牢名主が発生しそうだが。
 
 先日買ったキヤノンの古いコンパクトデジカメが今日届く。10年はまだ経っていないだろう。2011年あたりだと思われる。12年かもしれないが、これは時間を合わせる画面で、年の初期値で分かる。
 それで軽くネット上のマニュアルで学習。既に最新デジカメにあるようなものは、ほぼ揃っていたりする。
 G15ではなく、その前のG12あたりのほうがマニアックで、感度ダイヤルなどもあり、軍艦部がメカメカしており、しかも受光素子がCCDなので、写りがこちらの方がよかったりする。ただ、CCDでは感度を上げるのが苦しいようなので、最高感度の違いがここで出るし、またレンズも明るくなっているので、暗いところでも強いカメラになっている。まあ、写りの味わいよりも、機能性を取った感じだ。
 この時代、キヤノンは普通のコンパクトデジカメも多数出しており、受光素子が少し大きいタイプで小さいのもあるし、ミニネオ一眼も、既にある。小ささが正義という感じで、その中でG15あたりは怒濤の戦艦クラス。まあ、それが最高級機種の貫禄で、実に堂々としたカメラ。しかし言うほど重くはなく、350グラムほどだろうか。ポケットに入るフラットな形だが、少し大きい。
 このタイプになると、持ったとき、安定感があり、振り回しやすい。
 一年ほど前に買ったライバルのニコンの7000系と戦艦巨砲比べができそうだ。大和対武蔵だ。しかし、これは兄弟艦なので、同じだったりするが。
 ただ、こちらが買ったP7100は最終機ではない。二つか三つ古いタイプだ。最終機は電子ファインダーになった。
 また、かなり前に買ったのはファインダーのないタイプ。これは故障した。
 だから、発売時期が違うので、最終機対決にはならないが。
 ニコンの戦艦、P7100も十分にまでも使えるスペックがある。
 今朝も、そのp7100を持ち出したが、やはり雰囲気がいい。抜群の安定感だ。
 今回は完成度の高かったG系往年の名機ではなく、スペックを新しくしたタイプなので、評価される前に終わってしまった機種。戦艦大和の次に作ろうとしていた海底軍艦ではないが。
 キヤノンやソニーやパナソニックの1インチタイプでも良いのだが、カメラが小さい。
 往年の名機だが、雨で濡れて、お釈迦になったので、あまり使わないまま、終わっていたので、その続きをやっとできる感じだが、それから10年近く立っている。そのとき買ったG9か8かは忘れたが、当然メインカメラだった。
 今回のG15を見ていると、フィルム時代のキヤノンオートボーイスーパーに似ている。大型のコンパクトカメラだが、メインとして使っていた。正面のスカッとした切り出しが、面影として残っている。
 少し大きい目のコンパクトデジカメは、持ちやすく、写しやすかった。
 ネット上に、古い動画が残っていた。G15の動画で、キヤノンのもの。宣伝用だ。
 スクーターに乗り戦闘機のヘルメットようなのを被った女子が、ツーリングしながら、写している。完全にアウトドアだ。一眼レフでなくても、本格的に写せるという感じで、当時のイオスキッスよりも小さく軽いし、キットレンズよりも、レンズは明るい。
 何か勇ましい動画だった。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月24日

キヤノンG15へ

■■ 2020年1月24日 金曜日 午前9時14分
 
 今朝は曇っている。そして湿気が高いのか、あまり体調によくないだろう。それと気圧が低いはずなので、その低気圧の影響も、厳しいだろう。天気だけではなく。
 ただ、そのため、気温は高い目のはずで、最低気温がこの時期としては高いはず。数値を見ていないが、体感で分かる。朝、布団から出たときなどに。
 しかし、今朝はそのおかげで早起き。その因果関係は低いが、目が覚めたとき、まだ早かったのだが、目が冴えた。それでも二度寝に持ち込もうとしていたのだが、すんなりと起きてしまった。
 それで、今朝は早起きの部類に入るだろう。ここ最近としては、決して平均的な起床時間ではない。
 朝の喫茶店も少し早い便になったので、その時間帯にいる客を久しぶりに見る。同じ時間に来る人で、時計だ。
 昨日の昼の喫茶店は前日と同じところで、これで二日続いたが、今日からリニューアルオープンとなるいつも喫茶店に行けるので、喫茶店探しでウロウロする必要はない。ただ、昆陽の喫茶店へ一週間以上行っていたのはよかった。それなりに戻り道、久しぶりの場所をウロウロし、散歩撮影などもできたので。ほとんど長距離自転車散歩。遠征のようなものだった。
 その遠征中、春キャベツを一玉買っているが、まだ何も手を付けていない。食べる前に湯がいて保存することを考えている。同じ八百屋で年末に買った100円の大きな大根は湯がいて冷凍しており、これは今も残っているので、さっと鍋に入れれば、煮込まなくても柔らかい大根を食べられる。おでんの大根よりも柔らかい。少し煮こみすぎたようだ。
 昆陽方面へ平気で行けたのは、寒くなかったためだろう。それと雨がなかった。
 しかし、昆陽散歩中、立ち寄った中古屋で見たキヤノン往年の高級コンパクトカメラG10が目に入ったのが爆弾になる。それとコダックのネオ一眼。こちらは新品。この店は宝塚にも近いイオンの横にある。池尻の端。金井重工の近く。橋の近く。西野が近い。
 半年以上行っていなかったためか、中古カメラの置き場所が奥ではなく、貴金属のケースがあるレジ近くになっていた。それとものが増えていた。寝かせておけば、見るべきものがあるということだろう。
 コダックのネオ一眼はファインダーのないタイプで、この系譜はよく分からない。おそらくオリンパス製ではないかと思われる。同じものがペンタックスから出ていたりする。ズーム比やスペックがほぼ同じなのだ。それでもレンズはシュナイダーで、色目などはコダックの派手なものだろう。まあ、それぞれのメーカーが作ったとしても、その差はあまりないような写り方ではないかと思われる。
 今は、このタイプのファインダーのないネオ一眼はニコンとキヤノンしかやっていない。コダックの場合、乾電池で動くので、バッテリーの劣化で、使えなくなることはない。まあ、ネット上で互換性のあるバッテリーがいくらでもあるので、問題はないのだが。それと充電器も付いてきたりするし。
 昔はセレン光電池で、これが死ぬと、何ともならなくなった。電池交換はいらない。発電するので。まあ、露出計の針を動かす程度の電力でいいので、弱くてよかったのだろう。
 それでキヤノンのG10だが、中古相場的には妥当な値段で出ていた。それほど安くないのは、この中古屋は全体的に強気の値段のためだろう。それと、ネットやカメラ屋の中古と違い、程度が書かれていない。付属品とか、欠品とかも。
 いつものリアル中古店では、詳細が書かれている。まあ、どちらにしてもG10のバッテリーはかなり劣化しているだろう。自然劣化。
 それで、以前も調べていたのだが、G系の流れ。歴代カメラでのG10の位置。最終機となるのはG15。欠番もあり、G11やG12はあるが、そこから飛んでいるようだ。受光素子がCCDからキヤノン製になったのはこのG15だろうか。だから、写りが少し違うかもしれない。それと映像エンジンが少しだけ新しい。
 要するにG10以前や、そのあと出た戦艦デジカメがスマートなってきた。
 背面液晶も40万から80万に上がっている。以前は40万しかなかったのだから、怖い話だ。ピントなど見えないだろう。最近のコンパクト系は100万が普通だったりする。ピントが分かる。
 G15で背面液晶がよくなったが、回転しなくなった。そのかわり3インチ。回転するタイプは一回り小さい。回転を必要としないのなら大きい方が見やすいだろう。それと、解像力が80あればピントが見えるし。
 往年の名機G系だが、その末期で、最終機のG15はかろうじて最新デジカメに近いスペックを持っている。それはAFの速さとか、動作とかだろう。
 このG15の次はないのだが、1.5インチのG系が出ている。ほぼイオスキッスなどと同じ大きさの受光素子だ。そして、ソニーの非常に小さな1インチコンパクトがヒットしたので1インチタイプにG系はなだれ込み、今もソニーと競い合っている。
 その中で、キヤノンG15などは、その原型の系譜で、その最終機で、光学ファインダーを残しているタイプ。
 G15は液晶回転や、軍艦部のダイヤル類を減らし、スマートになり、軽くなった。それだけではなく、レンズが明るい。F2.8だったのがF1.8になり、望遠端もF2.8を維持している。これで28から140ミリ。受光素子は少しだけ大きいタイプで1.7系。僅かに大きいだけだが、写りは結構違う。
 このレンズの明るさなどは、その後の1インチタイプにも引き継がれていく。
 要するにキヤノンコンパクト系の最高機種として出ていたのが、G10もそうだがG15もそのタイプ。ただ、その後、1インチでないと売れなくなったのだろう。ちなみにG10から35ミリが28ミリになり、そして200ミリあった望遠が140ミリになったので、無視した。
 それで、気になったので、調べ直しているとき、アマゾンで新品がまだ売られていた。残り一台となっている。新品なのでバッテリーも未開封だろう。劣化していない新品だ。それで、思わず買ってしまった。
 これで、もうすぐ発売のニコンの2000ミリまでのネオ一眼P950はしばらく手が出せなくなった。
 そちらよりも、雨で濡れて動かなくなったG9か8かは忘れたが、やっとそれの買い直しができる方がよかったりする。小さいが重厚なカメラだった。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

ミニネオ一眼SX430

■■ 2020年1月23日 木曜日 午前10時34分
 
 今朝は雨。夜から雨で、寝ているときも雨。朝方まだ降っており、かなり強い音がしていたので、起きる気が失せ、さらに寝る。これは遅起きになると思いながら、次に目を覚ましたときは雨音はなし。やんでいるようだ。しかし、遅い時間になっていた。
 早い目に起き、雨の中、自転車で喫茶店へ行くよりも、遅くなっても、降っていないときに移動する方がいい。
 まずは目先だ。目先のことばかり考えないで、後々のことを、というが、やはり目先だ。この目先のことでその後の展開が悪くなることが分かっておれば、目先は無視するのだが、あとのことは何とかなりそうだと思える程度のことなら、目先に走ることが多い。
 その逆のパターンがあり、先のことばかり考え、目先のことに気付かなかったりし、これがあとで爆弾になったりする。
 実際には目先のことを思ったときは、同時にあとのことも考えているはず。あとの影響だ。それが、まずまず大丈夫とか、まあ、何とかなるだろうという目安を付けているはず。目安、目が休まる。安心して、目先をしたりする。
 雨が降っているので、起きたくない。これは目を瞑っているので目先は見えないが、目先を見たくないのだろう。目先というより、身体をそのままにしておきたい。つまり、動きたくない。
 すると、起きる時間が遅くなり、その影響は多少ある。しかし、これはよくあること。
 さて、その目先だが、そのほとんどが情緒的なことだろう。感情的な。ここが人間を動かしているようなもので、感覚や感情は基本。まずはそれに任せておく方がよかったりする。理性というのも、実は感情だったりする。だがこの感情、勘定高い。
 雨が降っているだけあって暖かいのか、ムッとする蒸し暑さがある。暖房の効いた喫茶店に入ると、それがもろに来る。まあ、暖かくていいのだが、蒸し暑い。
 天気予報では、このあとまた降るようだが、すぐにまたやむらしい。だから雨の峠は越えたのだろう。
 昨日は昆陽の喫茶店も休みなので、やや近いところにある喫茶店へ行く。大きな病院がある。あまり行かない方角で、日常的に行く用事がない方面。たまに散歩の戻り道に通る程度。そこへ行くまでの道筋が難しい。
 その喫茶店、個人喫茶だが、まずまずの広さで、満席になることはないほど。おそらく朝のモーニングと昼のランチだけで持っているような店だろう。そのため、日替わりランチなどが目玉のはず。
 コーヒー代はまずまずで、それほど高くはない。個人喫茶の値段としては、そんなものだろう。昆陽の喫茶店と同じ。それが相場だが、お菓子が二つ付いてきた。塩辛いものと甘い物。小袋に入っているので、持ち帰られる。また、これで少し腹が膨らむかもしれない。これをランチにしたりして。しかし遅い朝ご飯を食べたあとなので、腹はすいていない。
 この店は何度か来ていたので、忘れていたわけではない。しかし、今日は昆陽へ行かなくても、近い場所にあるので、そちらにする。明日からはいつもの店がリニューアルオープンするので、その後、行くことは少ないだろう。非常用だ。当然個人喫茶なので、全席喫煙OK。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのミニネオ一眼SX430。非常に小さなネオ一眼で、グリップとレンズが飛び出しているが、ファインダーはない。
 兄貴分のSX70は素晴らしいファインダーが付き、操作性や撮影は快適。だからあまり目立たないカメラだが、軽くて小さいので、冬場のコートならポケットに入る。
 24から1000ミリほどあるだろうか。ただ、背面液晶の解像力がいつの時代のカメラかと思うほど低い。ピントが合っているのかどうかは分からない。また、写したものを液晶で見ても、よく分からない。まるでフィルムカメラのようなものだ。
 ノートパソコンがあれば、外でも確認できるが。
 このカメラ、1000ミリ側での最短撮影距離が結構短い。これが決め手で新しいタイプを買っている。かなり前だが、その頃は古いタイプと並んで売られていた。古いタイプは非常に安いので、そちらへ傾いたが、スペックを見ていると、最短撮影距離に差があり、新しい方が短いので、これが決定打になった。
 その新しいものも、出てしばらく立ち、二年ほどなるだろうか。新しいのはまだ出ていないので、現役でまだ売られている。海外向けに作られたカメラらしい。コンパクトデジカメは小さいので、手の大きい外国人では窮屈で、持ちにくいと考えたのか、グリップを付けている。だからキヤノンではグリップカメラと呼んでいた。フラットなコンパクトデジカメとネオ一眼の間のようなものだが、似たようなカメラは結構あるが、キャノンのが一番小さく軽い。
 撮影ダイヤルはなく、ボタンを押すと、瞬時にプログラムモードに切り替わる。撮影ダイヤルよりも早かったりする。
 感度は1600までしかなく、しかもオートでは800が上限。暗い場所に弱いはずだが、それなりに写っている。暗すぎても感度は上がらず、シャッターも下限があるのか、それ以上落ちないので、アンダー気味に写る。露出不足だ。スローシャッターは8分の1秒だろうか。手ぶれを考慮してのことだろう。意外とこれで1000ミリでブレなかったりする。だから広角なら楽勝だろう。
 凝ったカメラではなく、押すだけのカメラ。しかもラフに扱える。
 電源ボタンは押しやすい位置にあり、大きい。起動は瞬時。起動後すぐにズームしても、追従する。待たされない。このクラスとしては素早い。これはミラーレスよりも早いのではないかと思える。ただ、背面液晶は見えにくい。解像力が低いため、早いのかもしれない。
 そこは最新のキヤノン系カメラだけあって、キビキビ動く。
 望遠は手かざしになるが、意外とブレないし、画面もグラフらしない。手ぶれ補正が強力なカメラではないのだが。
 こういう安っぽく、カメラとしてのスペックが低いカメラでも意外とよく写るし、素早く写せるというのが、いい感じだ。
 広角端での最短撮影距離0センチ。スペック的にはミラーレスや一眼レフを越えているというより、あり得ないだろう。ただし、レンズ先端からだが。むしろ斜めからだと0センチにする方が難しいというより、レンズがくっついて影になり、写せないが。
 最近はキヤノンの安いが立派な一眼レフを買ったので、それで写していたのだが、写りは言うほど違いはない。こういうカメラ、下位が上位を食う楽しさがある。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月22日

今冬一番

■■ 2020年1月22日 水曜日 午前9時54分
 
 今朝は冷え込んでいる。この冬一番の冷え込み。しかし、この冬は去年から続いている。だから、今年一番の冷え込みだろう。冬は一年に二回ある。今年の冬は春が来れば終わるのではなく、秋が終われば、また冬になる。しかし、今冬とは今年の冬のこと。去年と繋がっている冬も含まれるかどうかだ。途中で切った冬の続きだが、ここがややこしい。切ったので。
 季節だけで分ければ簡単。今冬は去年から続き、年を越え、そして春までが今冬だろう。今回の冬という感じで。これは年をまたぐが、年に一回しかない。春や夏が一回のように。
 だから、この冬と言った場合、どの冬だろうかと考えたりする。または、年末までは秋とし、正月から冬にすれば分かりやすい。
 今年一番の寒さは、問題ない。今年に入って一番寒い。これは分かりやすい。それを今冬というとややこしい。今年の冬の始まりは去年から始まっている年に一度の冬の続き。
 これは秋の終わりの11月あたりからの冬のころも、似たようなややこしさがある。今年の冬と言っても、既に一度冬を今年やっているのだ。だから、元旦で切るので、冬が二回できてしまうが、一回だ。
 去年の冬となると、去年の今頃のことを指すのか、年末の頃の冬を指すのか、そのあたり、紛らわしいので、断言しない方が良さそうだ。今冬とか、この冬とかと言いたいところだが、分かりにくい。
 また、新年を、新春というので、冬は飛んでいる。もう去年で終わっていたりする。これから寒くなるので、元旦が春というのは、やはり、妙だ。
 しかし、今冬一番の冷え込みは、この時期なら使える。だが、秋が終わり、また冬になる。この冬は何だろう。その年、春が来て、冬は終わったはずなのだが、同じ年の末頃にまた冬が来る。この冬は何だろう。来年分だろうか。
 だから、今冬とか、今年の冬と言っても、二回あったりするし、単なる季節としての冬なら一度しかないが、そのあたり、ややこしいので、今冬は使わない方がよかったりする。ただ、今冬とは今年の冬ということで、去年のことは知らないらしい。
 大晦日は冬だ。そして元旦も冬だ。しかし、今冬が今年の冬を指すとなると、大晦日の冬と元旦の冬とでは違う冬になる。
 また今冬の今の今とは何だろう。今日の、この瞬間の今だろうか。おそらく今回の、という意味だろう。今回の冬という意味。それが今回の冬なのか、正月からの冬なのか、ここも紛らわしい。
 しかし、日常会話で、今冬とか、この冬一番の、とかはほぼ言わないだろう。せいぜい、今朝は寒いとか、今日は寒い程度だ。
 そして、普通に考えれば、この冬は去年から続いている冬のことだろう。そこは切らないで繋げている。そして、次の冬は、年内から始まるが、次の冬だろう。
 それよりも、昨日から少し寒くなり、曇っていたのだが、白いものがちらついていた。これは初雪だろう。
 昨日は寒い中、昆陽の喫茶店へ行ったのだが、戻り道の寄り道はしないで、そのまま戻る。寒いためだ。それに曇っているので風景もさえない。
 その昆陽の喫茶店も今日は定休日。いつもの喫茶店は工事中で休み。先週は昆陽の喫茶店近くにある昆陽のコメダに入った。定休日だと知らなかったためだ。それなら昆陽まで行くことはなかったが。
 しかし、ほどほどの距離に喫茶店があるのを思いだしたので、今日の昼の喫茶店は問題なし。昼の喫茶店の工事が終わるのは明日。だから金曜からいつも通りになる。その前を昨日見に行ったが、貼り紙には工事日の期間だけが書かれている。別に工事後、全席禁煙になるとは書かれていないし、工事を教えてくれた店員も、それは言っていなかったので、ただの補修工事だろうか。喫煙席に仕切りがあり、それが撤去されていれば、全席禁煙だろう。入口でそれは分かるので、中に入る必要はない。しかし、この店、喫煙室の方が広い。ソファー席もある。
 その工事で、いつもガラガラのモスが満員とか。マクドもあるが、煙草は吸えない。モスは吸える。だから、そちらへ工事中どっと客が流れたようだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月21日

伊丹池尻方面散歩

■■ 2020年1月21日 火曜日 午前10時10分
 
 今朝も中途半端な晴れ方。気温は高い目かもしれない。それほど寒く感じなかったので。これは起きたときだ。しかし、体調にもよるので、あまり当てにならないが、暑い寒いが関係するのは、個人的なことだろう。本人が暖かいと思えば、それが全てかもしれない。もの凄く暖かい夏のような朝だとなれば個人の話ではなくなるが。だから体感温度の違いとなり、これは個人だけの領域。個人差がある。その意味で、個人だけの話ではないのだが。他の個人にも体感温度の違いがあるので。
 今朝は朝のいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの個人喫茶へ行く。これは毎週言っている。だから同じことをまた書いているが。
 今週も火曜日になったのかと言うことだろう。あれから一週間経つと。
 その間、昼間の喫茶店が工事中で、昆陽の喫茶店へ行っているので、ここの変化は大きい。今日などは朝から喫茶店が違うし、昼も違うという感じだ。これで、遅起きだと、夕方前の喫茶店が夜になり、いつもの店ではなく、近所の店に行くので、その日一日全部いつもの喫茶店に行かなかったことになる。しかし、喫茶店に行っていることにはかわりはない。他人にとり、どの店でも喫茶店にはかわりはないのだが、個人的には結構違う。
 店が休みの日があるように、個人にも休みの日があるが、ずっと寝ていれば別だが、何もしないでじっとしているわけではない。
 しかし、今年は暖冬で、その分、少し楽だ。特に昼に行く喫茶店は遠いので、その道中、去年なら寒くて何ともならなかっただろう。それにこの一週間ほど昼間の雨はなかったので、それで助かっている。寒い中、しかも遠いところに傘を差して自転車で行くというのは、やはり厳しい。倍ほど体力を使いそうだ。元気で行けたとしても、風邪を引いたりする。これは戻ってからだ。行くのは元気でも。
 昼の喫茶店は金曜日からリニューアルオープンするらしい。全席禁煙になる噂もあり、そのための工事かもしれない。すると、行ってももうは入れないということになる。そうなると、違う店を探さないといけないが、個人喫茶になり、コーヒー代が高くなるし、個人喫茶は癖が強いので、面倒だ。
 そういった喫茶店難民の人とよく別の店で出くわす。禁煙になったので、別の店に流れてきたのだ。
 昨日は昼の喫茶店の帰りに、別の方角へ散歩する。昆陽村のお隣は池尻。ここも大きな村だ。そして田んぼがまだ残っている。ここもよく来ていたところだが、久しぶりに踏み込む。道路工事でもしているのか、通れないので、曲がり込む。村のメイン通りの道だ。そこが切れると、大回りになる。
 それで、回り込みすぎて、村から外れた。村内なのだが、普通の住宅地や学校のある場所。農家などは見えない。だから村の中心部ではない。そこを貫いている道の方が風景がいい。
 それで、武庫川からこの村へ降りてくるときの道に出た。細い道だが、馴染みがある。村の神社の繁みが見えているので、分かりやすい。
 そのとき、もう一つこんもりと木が茂っているのがあるので、その枝道に入ってみる。六地蔵だろうか。それが新しくでき場所に並んでいた。これがある場所は墓場。村墓だ。その奥に小さな墓場があった。この池尻、大きな村墓があるので、探さなかったが、別枠の村墓があったのだ。そのため、それほど古い墓石はない。墓地が二つある村。これはやはり大きい村の印。
 六地蔵の顔はほとんど見えない。顔であることが分かりにくい。それほど古いのだろう。しかし、台は新しい。地面にあったのを、花壇のようなものに乗せたのだろう。だから仏壇だ。死んだ人ではなく、お地蔵さんだが。
 六地蔵とセットで、観音さんが一体だけあるはず。それはいい場所にあった。こちらは屋根がある。しかし、かなり傷んでいる。ただ、観音さんのはずだが、顔が人間っぽいので、違うかもしれない。
 その仏像らしきものの屋根付き小屋の裏に台座がある。円形の石の台座。ここだろう。ここに観音さんが座っていたはず。台だけが残されていた。
 新しい墓があるが、墓なのか、石仏なのかがよく分からない。小さな石仏があり、よく見ると、水子系だろう。見た感じ、ただの小さな野仏。しかし、新しい。花もいけてある。そういうのが、複数あるだけで、古い墓はない。これは大きな村墓が別にあるので、そちらにある。
 道路工事中で、回り込んだおかげで、隠し墓を見付けたのが収穫。ただ、六地蔵などは古いのに、古い墓がないというのはおかしい。墓じまいしたのだろうか。
 そして、池尻村の端に出ると、その先にイオンがある。巨大ショッピングモールが壁のように建っているのが、遠目から見える。
 その近くに中古屋があるのを思いだし、寒いので、暖まる意味でも、中に入ってみる。
 中古カメラを見る。
 コダックのネオ一眼が新品のままの未使用品としてある。これは珍しい。ファインダーはないようだ。ズーム比も少ない。しかし、コダックなので、シュナイダーレンズを使っているはず。そしてコダックの色目が結構派手でよかったりする。昔の古き良き時代の西部劇のあの極彩色だ。
 ファインダーが付いていても、どうせ小さく、見えにくいだろう。ただ、古いので、背面液晶はそれほど見えやすいとは思えないので、そこが難だろう。
 コダックと言えば大衆カメラ。最近ではネオ一眼のP900なみのを出していたようだが、日本での発売はない。だが、アマゾンなどで、売られていたりする。また、輸入業者の通販などでもある。
 キヤノンのコンパクトデジカメの王道を行くG系が出ていた。G10だ。それなりに古い。G15まで出ているのではないかと思える。型番はよく飛んでおり、ない数字もある。
 G系は1.5インチタイプになったり、今は一インチタイプになっていたりする。
 このG10が一万円を切っている。古いので、そんなものだろう。中古最安値でもそんな感じだ。
 昔は憧れの高級コンパクトデジカメだった。透視ファインダーが付いている。ニコンよりも、少しだけ大きい。そしてどちらも戦艦クラスの軍艦部をしている。ダイヤルが多い。
 あとは、キヤノンの一眼レフでD60とかD600とか。一方は中級機だろうが、感度は6400までの時代だろう。レンズも並んでいる。オリンパスの明るい標準ズームとかも。しかし、結構高い。中古相場としても高い目なのが、この店。
 遊べるとすれば、コダックの元箱入り未開封のネオ一眼か、CCD受光素子でイオス一眼レフで写したものより解像力があるとされていたG10だろうか。
 このG10は古いが、完成度は高い。ただ35から200だったのが、28から140のズームになったので、無視していた。がっかりだ。その前の機種を買っていたのだが、雨で鞄が濡れ、カメラがお釈迦になり、動かなくなった。今も部屋で眠っている。
 昆陽の喫茶店の横に八百屋があり、そこで春キャベツを100円で買った。池尻村の畑を見ていると、大きなキャベツがゴロゴロ植わっていた。これだろう。
 春キャベツ。もうそんなものができるのか、するとモンシロチョウのサナギなどが入っているかもしれない。
 大寒の日なのに、春を感じた。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月20日

武庫之荘あたり

■■ 2020年1月20日 月曜日 午前9時54分
 
 今朝は中途半端に晴れている。雨が降っていたのか、路面が濡れている。その雨のためか、気温は高い目。湿気ているのだろう。朝は雨はやんでいたが、ムッとしそうな空気。真冬のそれではない。このまま春になるのではないかと思えそうなほど。冬のクライマックス真冬、冬の底。それを飛ばして、いきなり春になるとは思えないが、寒暖差があるので、暖冬でも油断できない。
 冬の終わり、寒さのピークがやや過ぎたあたりに見かける野草が花を付けている。春を知らせる一番早い花だが、それが既に咲いている。だから真冬を飛ばしている。そのうち菜の花が咲きそうだ。ただ、これは勝手に生えてくるのではなく、畑で放置していたものだろう。別のものを育てているときは、ならされるので、そう言った雑草類は畦に残る程度だが。
 本当に寒くなるのは今頃からだろう。一月の末から二月にかけてが寒い。既に一月の下旬に入っているので、そろそろ厳しい寒さになるはずなのだが。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めたのだが、決して早いわけではない。それと、二度寝もしたので、それが余裕。
 昼の喫茶店は相変わらず昆陽まで行っている。木曜までは、いつもの店の工事が終わらないはずなので、まだまだ昆陽へ通うことになる。しかし、もっと近いところに二軒、喫茶店があるの思い出した。昨日はその前を通ったため。一軒はよく閉まる。スキー場の喫茶店のようにシーズンにより閉めてしまうような店だが、広い。もう一軒は狭くて、テーブルが低く、椅子が木なので、居心地はよくない。尻に型が出来そうだ。
 昆陽の喫茶店は繁盛しているようだ。注文を取りに来ないと思っていると、いきなりアイスコーヒーが来た。年寄りのマスターが覚えているのだろう。省略だ。
 しかし、長く通うわけではなく、木曜まで。
 戻り道は、方角を変え、されに西へと向かう。武庫川の下だ。このあたり、武庫の地名が多い。武庫之荘とか、武庫元町とか武庫の郷とか。武庫の本町とか、もう分からない。その武庫川沿いに交通公園がある。その前は公団住宅だろうか。それが取り壊され、違うものになっているが、その団地相手の商店街がある。風呂屋とか、金魚屋とかも。このあたり田んぼが多かったので、公団住宅が他にもあり、巨大な給水塔が立っていたのを思い出す。既に撤去されていたりするが、まだ残っている給水塔もある。タワーだ。公団住宅のため神社まで取り壊されていたりする。まあ、神様は、近くの神社で合祀。
 その武庫の商店街にある文房具屋へよく行っていた。漫画の原稿用紙を買いに。分厚い目の上質紙。ここにしか置いていなかった。それを売っていたおばさんは、お婆さんになっていた。文房具屋へ嫁いできたのだろう。数年前、製図用インクとかペンとかを買いに行ったのだが、いずれもなかった。それで、店番をまだしているお婆さんに悪いので、万年質型のペンを買う。Gペンとか、カブラペンとかはもう売られていない。だから、それに近いペンというと、それを出してきた。
 昨日は西へ向かい、南へ下り、その商店街を抜け、南下した。すると、馴染みのある村に出た。
 ここは武庫之荘の駅前にある喫茶店まで毎朝行っていたときの通り道だ。かなり離れているのだが、近所ではなく、遠くまで行っていた。別に意味はない。隠れ家のようなものだ。
 その通り道にある大きな木が切られていた。全部ではなく、背の高さ程度のところで。このあたりでは一番高い木だった。その前の農家が取り壊され、更地になっている。この大木が邪魔なので、枝を切り、幹だけにしてしまったようだ。そのスペースは占いで、残したようだ。村の聖域なので。
 この木は炎の木と呼んでいた。子供の頃だ。武庫川まで歩いて出るようなことがあった。冒険だ。そのとき目印になるのが、この炎の木。ちょうど村の入口にある。周囲は全部田んぼ。だから田んぼが海で、家屋のある村は陸地。見知らぬ村が遠目に見え。そこに炎のような形をした木が不気味に立っている。灯台の役目をしていた。
 よく通っていた道筋だが、あるべき物がなくなり、家並みが変わると、何処だったのか、分からなくなる。ただ、道は消えることがないので、それは残る。
 昨日は少しだけ早い目に起きていたし、またそれほど寒くはなかったので、ウロウロできた。
 お供のカメラはペンタックスの一眼レフK70。現役ペンタックス一眼では一番安い。ニコン、キヤノンの中級機レベルのスペックはあるが、小さいが重い。
 先日買ったキヤノンキッスよりもファイダーが大きく、視野率は百パーセントで欠けない。中級機からのスペックだ。写りには関係はないが。
 このペンタックスと200ミリまでの標準ズーム付きキットで買ったのだが、その写りは大人しい。
 何か懐かしいような写り方をする。解像力が高くシャープというような競争には参加していないのか、優しい写り。地味だが、味がある。この味が分かるようになればいいのだが、もう少しキリッとした写りが欲しい。だが、世間の風潮とは別に、ペンタックスは清流。
 写していて、一番写した気がするのは、このペンタックス。
 フィルム時代の写りに近いのかもしれない。デジタルデジタルした画質ではないので。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

樅の木は残った

■■ 2020年1月19日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝はほどほどに晴れている。青空が見えているので、いい感じだ。暖冬という言葉を天気予報やニュース記事などでは見ていないし、聞いていないが、方々で、暖冬という言葉を目にする。だからそうなのだろう。まあ、そんな情報など見なくても、身体で分かったりする。今年は少し寒さがましかと。だが決して暖かいわけではない。今朝など頭が寒かったりする。顔が冷たい。これは別の原因かもしれないが、例年この時期の厳しさを思えば、拍子抜けるするほど。
 最高気温よりも、最低気温が高い目に出ている。氷点下近くまで下がるはずなのだが、朝方でもまずまずの気温がある。
 ただ、寒いことは寒い。それが少しましなだけ。決して暖かい冬ではない。冬は寒い。
 今朝は少し早い目に起きてきた。しかも余裕だ。二度寝もしたし。それは昨夜早い目に寝てしまったためだろうか。いつもより早く落ちた感じだ。眠くなってきたので、蒲団に入った。疲れていたのだろうか。体力を使うようなことはしていないが、昼の喫茶店が工事中なので、遠い目の昆陽の喫茶店まで行っているので、これは遠距離自転車散歩ほどではないが、それなりの距離があるし、戻り道、ウロウロしているので、ほとんど遠征だ。こういうのは滅多にしない。特に冬は。
 ただ、最近は起きるのが遅かったので、さっさと帰ってこないと、すぐに夕方になり、夕方前に行く喫茶店が夜になる。昨日も遅くなりすぎたので、近所の喫茶店に行った。時間がないためだ。
 昨日持ち出したのはニコンのP900で、ネオ一眼。やはり写りがいい。ただ、ファインダーが小さく見えにくいので、スナップ性が低い。さっさと写して、さっさと立ち去らないといけないのに、ファインダーが見えにくいと、切り取りにくい。人が入り込まないとか、人目がないところでは、問題はないが。
 これは建物などを撮しているとき、窓から人が見ていたりする。また写しているところを見られていたりする。だからさっさと写すのがいい。何せ2000ミリで狙撃できる大砲をぶっ放しているようなものなので。
 こういうとき、望遠なら一眼レフの方が素早かったりする。電源を入れるとき、ズームを望遠端に持って行けば、構えたときは、そのまま写せる。これが早い。そしてファインダーは肉眼に近いので、違和感がなく、構図も取りやすい。肉眼で見たときとの繋がりがそのままあるためだ。電子ファインダーだと、光線状態が違うし色目も違うので、少し違和感がある。それと急激なズームでは、液晶がモタッとしてしまう。
 
 折角繋いだひかりTVだが、テレビを見る習慣がなくなっていたので、テレビを見る時間がない。以前は何か作業をしながらテレビを付けっぱなしにしていたのだが、それをすると気が散ったりする。実際にはテレビを聞いている程度だが、見てしまうと、そちらへ頭が行ってしまう。
 テレビドラマなどは、ネットでまとめて見ていたりするが、これは好きな時間に適当に見ているだけ。だから放送時間を気にする必要がない。見逃しもない。まあ、録画しておけばいいのだが。
 こういうのはアマゾンプライムの動画で十分だったりする。
 それと、テレビを見るより、ゲームをしている方がよかったりする。
 そんなとき、電書を読み終えたので、次のを探していると、山本周五郎の「樅の木は残った」全巻がアマゾンキンドルで読み放題にあったので、落とす。
 こういうのを読んでいると、さらにテレビを見る機会がないので、テレビを見る時間を組み入れる必要がある。
 樅の木は残ったは、タイトルだけで、もう既に話が分かる。伊達家仙台藩の江戸藩邸に植えた樅の木だろうか。仙台から持ってきたのだろうか。話は、お家騒動。下手をすると取り潰される。だが、伊達が取り潰されたという話はないことを知っているので、それはない。だからそれは分かっている。だから、タイトルで樅の木は残ったとし、難を避けたという意味になる。
 全巻無料となっていたので、その全巻とは何巻あるのか。三冊ほどあるのだろうか。いずれにしても長い話だが、最初の出だしを読んでいたのだが、話が細かい。しかしテンポが早い。
 これは昔テレビでやっていたので、少しだけ覚えている。原田甲斐という宿老だけは覚えている。
 徳川の世。関ヶ原で徳川方に味方した豊臣系の大大名でも取り潰されている。
 よく考えると、徳川に天下を取らせたのは明智光秀ではないかと思える。実際には秀吉にチャンスを与えてしまったのだが、秀吉の死後、家康が飛び抜けた力があったので、豊臣を滅ぼし、徳川の天下になった。
 要するに織田信長が死んだことで、歴史が違ってしまった。
 もし、本能寺がなければ、豊臣時代も、徳川時代もなく、織田時代が続いていたのではないか。
 信長と秀吉、家康。それほど年は違わない。秀吉ほどに生き、家康ほどに信長が生きておれば、家康も手出しはできない。秀吉はまったくその気はないだろう。そして光秀もいる。柴田もいる。織田政権の重臣として。
 家康は信長の家来ではない。同盟国だ。弟の国。しかし領土は広い。大きな勢力だが、織田軍団が健在なので、何ともならないだろう。天下を取るにしても。いずれも、光秀によって織田軍団が崩れた。
 徳川の世。取り潰しにあっても、反抗できない。反撃できない。兵力で太刀打ちできないためだろう。それができたのは、もっと後年。毛利を待たないといけない。長州藩だ。一藩で徳川に反抗して、戦い、寄せ付けなかった。
 光秀の謀反がなければ豊臣の世も、徳川の世もなかったかもしれない。
 ただ、本能寺の変がなければ、信長は、その足で中国筋へ向かっている。毛利を潰すためだ。信長は武田を滅ぼしたように、毛利十カ国も滅ぼすだろう。だから毛利はなくなる。
 そして、織田帝国がその後、どうなるのかは、誰も知らない。想像はできるが。
 ただ、その場合、今生きている人、それらの人は生まれていない可能性もある。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月18日

蒸かし器

■■ 2020年1月18日 土曜日 午前10時59分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。しかし青空は結構出ている。それだけ雲も多いのだが、荒れた感じだ。風が強いとそう感じる。そのため、雲が流れ、陽射しを遮る。照ったり曇ったりするので明るさが目まぐるしく変わる。雲がじっとしていないのだろう。
 今朝はいつもよりもさらに遅起きになったが、目が覚めていても、起きてこようとはしなかったようだ。時計も見ないで、無視して寝ていたようだ。冬場はそんな感じで、冬眠したいほどなのかもしれない。そのため、まずまず寝たので、元気に起きてきた。これは無理をして、最初目が覚めたときに起きたときと、どちらがいいのだろう。
 おそらく、早く起きたときの方が一日元気がない。バッテリーが溜まっていない状態のように。だから遅起きも悪くはない。自然の摂理とまでは言わないが。自然はいい場合も悪い場合もある。時と場所によったりする。
 しかし、晴れており青空が覗いているので、まずまずの天気だろう。風が強いわりには寒さはそれほどない。暖冬だろうか。この時期、ぐんと寒々しくなるのだが。
 昨日も昆陽の喫茶店へ行く。いつもの昼の喫茶店はリニューアル工事中。ただ、レジの人が言っていただけなので、聞き間違いである可能性もある。行って確かめたわけではないし、ネットで調べたわけではない。ただ、わざわざ嘘を言わないだろう。言う必要がない。ここに常識という式目が来る。常識を疑えというのがあるが、それでは死んでしまうだろう。
 まあ、喫茶店の工事日程度のことなので、別に命に関わることではないし、別の喫茶店へ行けばすむだけの話。常識を信じて大変なことになったとかにはならないので、それほど拘らないのだろう。
 昼の喫茶店が方角違いで、しかも遠いので、この冬空では辛いところだが、沿道風景が、いつもの見慣れすぎた道筋ではないので、カメラで写すものが増えて、逆によかったりする。
 ただ、昨日は曇っており、あまりいい感じではなかったので、適当にウロウロして戻ってきた。遠征は控えた。
 持って行ったカメラはキャノンの一番安い一眼レフに、望遠ズーム。このズーム、かなり古い時代のキットレンズだが、よく写っている。音も静かだ。かなり前で、中古屋でサランラップに包まれたまま長い間寝ていた。買ったのはイオスキッスX2なので、相当古い。当然中古だ。ボディーよりも、このレンズが値打ち。
 AFもそこそこ早いし、音も静か。これなら新レンズ、今のキットレンズを買う必要はない。古いだけあって、マニュアルフォーカスは機械式。使うことは先ずないが。
 こういうのを見ていると、もうかなり前に、一眼レフシステムは行くところまで行ってしまい、完成の域に達していたのではないかと思えたりする。ボディーもレンズも。
 ポケットにはソニーの700ミリの旅カメラWX800を入れていたが、これが結構よく写る。キヤノンの写りよりもよかったりするシーンがある。ピントが深いので、全体が鮮明に見えることと、少しピントを外していても、深度内に入っているためだろう。ソニーの完成度も凄いと思う。
 懐刀の、常時携帯のカメラとしては、一番ふさわしかったりする。ほとんどのことをこなしてくれるし、ほとんどのシーンはこれで撮れる。暗い場所でも。万能性がある。それでいて小さい。700ミリ超えなのに。
 それで、昨日は撮影はそれほどしなかったが、昆陽まで来ているので、昆陽の中古屋へ寄る。目的はカメラではない。蒸し器だ。しかし、その前に中古カメラを見るが、ものは変わっていない。ただ、下段にあったフィルムカメラが上段のいいところに来ている。ニコンF5が18000円だろうか。動くのだろう。しかしフィルムを入れて、このカメラで写すような用はなかったりする。ただ、当時の最高級機種。凄い貫禄だ。部屋に飾っておっく置物としてならいいが、少し高い。
 蒸かし器は焦がしたので、買い換える。最初焦がしたときは磨いたが、まだ焦げ跡が残ったまま。鍋は大きいがアルミ製のためだろうか。取れない。そして、また焦がした。今度は磨いても、無理なようなので、捨てることにした。
 以前は三種類ほど蒸し器があったのだが、昨日見たときは一種類しかなく、しかも小さい。
 前回はホームセンターで一台だけあった兼用機だったが、今回は蒸かし専用器。違いは蓋が深いこと。天井を高くするためだ。だから鍋としての大きさはそれほどない。下駄を履かすのではなく、天井を上げるため、蓋が異常に大きい。普通の蓋だと中鍋程度の大きさだろうか。ただ、ステンレス製で、ツルッとしている。小さいが重い。
 これで何をするのか。サツマイモを蒸かし芋にして食べている。この季節。これがいい。昼ご飯だ。30分ほどでできるが、忘れていることがある。それで、たまに焦がす。
 三十分後に覗きに行ったときは、まだ固い。そのとき、できていれば、焦がさないのだが。そこから先、水が減る率が高くなるのか、なくなっていて、焦げる。限界は45分だろう。それを越えると、湯がなくなっていたりする。30分でできないのは、芋のタイプによる。ばらつきがあり、固いのがあるため。
 この季節からサツマイモがどっと出る。柔らかく、いい感じだ。パンよりいい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

NTTのひかりTVを繋ぐ

■■ 2020年1月17日 金曜日 午前10時32分
 
 今朝はしっかりとしない天気で、陽射しはあるが雲が多い。その雲が形が分からないほど。それで空が白いのだが、それでも陽射しがあるので、何処かで破れているのだろう。ただ、しっかりとした眩しい陽射しではないので、太陽は見えないのかもしれない。ある場所が分かる程度で、明るい雲があるような。雲の形も太陽の形もない。輪郭がないということだろう。
 気温はそれほど低くはないが、やはりこの時期は寒々としている。ただ、少し高い目なのではないかと思えるのは、手が悴まないことで分かる。
 まあ、暖かい目の冬なら過ごしやすいので、寒さ厳しい冬という感じが緩む。
 それが有り難いのは、昼に行く喫茶店が休みのため、昆陽まで行く。こちらの方が遠く、しかも通り道が寒い。広々としているためだろう。家と家の隙間を行くのなら、それほど寒くはない。これは風が少しましなため。だから、寒いと行くのが厳しい。ところが、少し暖かい目だと、往復しやすい。それで、暖かいとありがたいとなる。
 昆陽の喫茶店まで連日行くようになったのだが、これはあと一週間ほどだろう。そのため、昆陽方面の撮影などができる。ここはたまに来ているので、珍しくはないが、いつもの沿道と違い、少しだけ新鮮。その昆陽の喫茶店を拠点にして、色々なところへ足を伸ばせる。ただし自転車なので、限られているし、寒い中自転車散歩はしにくいので、ほどほどの場所しか行けないが。それと、いつもの昼の喫茶店とは方角が逆。だから寄り道する場所も違ってくる。
 今朝も遅起きだったが、寝るのが遅かったので、それは仕方なし。一度いい時間に目が覚めたのだが、寝る方を選んだ。
 
 NTTのひかりTVを繋ぐ。
 やっと掃除をし、置き場所を作った。もうそれだけで充分という感じで、別にひかりTVを見なくても、普通のテレビを見られる位置にテレビを移動させた。そのため、台が必要だったので、買っている。これが1700円で高かったので、テレビ台として使うのはもったいない。
 こういう接続もの、一発で繋がるといいのだが、そうはいかない。
 まず、メインはチューナー。こういうのがいるのかどうかは疑問。なぜならアンテナやケーブルで、テレビを見るのではなく、ネットで見るためだ。
 それならインターネット接続だけで、十分で、そのためのモデムかルーターかは忘れたが、NTTのを使っている。これは有線なので、無線のルーターを適当に買ってきて、Wi−Fiで繋いでいる。さらにチューナーというのがいるのだ。だから、これもレンタル。
 だから、そのチューナーにはネット回線は来ていない。だからそこにネット配線の一番先っぽの適当に買った無線ルーターとLANコードで接続。
 そのチューナーからLANコードでパソコンに繋ぐことができる。ここが想像と違っていた。映像と音声を同時に繋ぐ幅の広い差し込みタイプではなくLANコードでいい。カチャッとはまるやつだ。その広い差し込み口のはテレビ側だけだった。
 それで、一応繋いでみたが、パソコンには繋いでいない。折角テレビを見られるように移動させたのだから、テレビで見ないと損だ。
 それで、全部繋ぎ、チューナー用のリモコンにも電池を入れた。
 まずはチューナーの電源を入れること。リモコン側ではなく、チューナー側の電源ボタン。何故なら、ペア何とかをまだしていないとか。それは何か。チューナーにリモコンを認識させるためのもので、チューナー側の電源を押したあと、リモコン側の二つのボタンを同時に押す。まあ、Wi−Fiで自動的にIDなどを認識記憶してくれるのと似ている。
 その前に、テレビ側を外部入力の画面にしておく必要がある。これはテレビ側のリモコンでできるが、複数の外部入力があるので、先ほど突き刺した音声と映像を送る幅の広い差し込みタイプに合わせる。
 それで、テレビに、チューナーの絵が画面一杯に出て、このボタンとこのボタンを同時押しせよという感じの指示がある。どちらにしても、これでチューナーをテレビが認識し、その画面を見せているのだから、成功だろう。
 そのペアリングは一瞬だったようで、終わりましたの表示も何もない。
 このリモコンとチューナ側での認識というができないとか、リモコンが反応しないとかも当然あるだろう。電池を入れるのを忘れていたとかだ。難しい話ではない。これで一晩かかったりしそうだ。
 しかし、問題はこの先に起こった。次は更新。つまりチューナーの更新が始まる。これで10分ほどかかるとなっている。
 ところが、10分経ってもチューナー側のランプは赤の点滅を続けるばかり。
 長すぎるので、チューナーの電源を入れ直したが、再起動しても、まだやっている。そんなに長くかかるはずはない。別のことで、止まったのだろう。
 チューナーにはリセットボタンはない。だから、コンセントの抜き差し。電源ボタン長押しでリセットになる場合もあるが、そのタイプではない。こんなもの、一度設置すれば、次の更新まで用はないだろう。
 それで、色々なところを触っていると、テレビ側にヘルプのようなものが出た。まだ、チューナー側とは繋がっているが、ネットが繋がっていない。その場合の対処方法が順番に出る。
 結局、単純な対処方法で、チューナーどころか、モデムなどを全部オフにせよということだ。つまり再起動。つまりネットと関わっている機材を全て再起動。要する電源を抜けということ。コードを抜いて、30秒後に突き刺せという恐ろしいばかりの原始的アナログ的な対処方法。
 それを試すと、もう赤の点滅は消え、更新云々は既に終わっていたのか、ひかりTVのホーム画面がテレビに映った。
 こういうのは一発では行かないようだ。そのあと、ひかりTVを見たのかというと、見ていない。もう十分ひかりTV接続を楽しませてもらったので。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする