2019年06月20日

都はるみの「はるみ」

■■ 2019年6月20日 木曜日 午前9時43分
 
 今朝も晴れている。陽射しがあったりする。ただ雲が多いので、晴天ではない。これはおかしい。梅雨入り宣言はないが、全国的には梅雨入りを果たしている。努力して果たしたわけではないが、確かに宣言は聞いた。耳ではなく、文字でだが。
 それで畿内が遅れているのか、宣言はなかった。その翌日雨が降りそうだったためだ。
 だから、遅くても、数日後、畿内も梅雨入りになるはず。ところが晴れている。しっかりとではないが、曇天ではない。雲が多い程度。そしてこれがまだしばらく続くらしい。ということは、畿内での梅雨入り宣言を控えたのは正解で、他の地域での宣言が間違っていたのではないかということになりそうだ。大阪方面だけ晴れているというのはあり得ないので。
 と言うようなことを言っていると、十日間予報に傘マークが一つもない状態が一変し、全部傘になってしまうかもしれない。
 しかし気温的には梅雨時らしい。夏のそれとはまた違う。ここだけは梅雨らしい。
 今朝はそれほど早起きではなく、ここ数日から比べると、少し遅い目。早い目が続くと夕方が遅く、腹がすく。まあ、夕食は早い目に食べる方が胃にはいいのだろう。一番悪いのは寝る前に食べることだ。まあ、昼寝などは食べたあとすぐに寝るが、時間は僅か。暑くなってくるに従い、寝にくくなる。
 
 昨日はニコンの一眼レフに望遠ズームを付けていたのだが、カラスがいた。烏の行水というのがあり、これは早いとされている。それを終えたのか、柵の上に止まって羽の手入れをしているが、すっかりと痩せてしまった。濡れるとガリガリになる。しっとりとした黒をカラスの濡れ羽色とかいうが、その状態。それで羽を乾かすためか、妙な仕草を繰り返している。これは滅多にないチャンス。しかも低い柵の上なので、ほぼ目の高さ。
 惜しいかなニコンの望遠ズームは450ミリ少しだろうか。キットレンズだ。これでもキットレンズでは長い方。しかし届かない。流石にそれ以上近付くと、逃げるので、何ともならない。
 最近はネオ一眼を持ち出すことが多い。パナソニックやキャノンの。ネオ一眼なら1400ミリほど。600ミリまでのパナソニックでもデジタルズームで、2000ミリ越えする。しかし、一眼レフではデジタルズームが効かない。せめて600ミリあれば、何とかなった。だからポケットに入る旅カメラは700ミリ越えしているので、それをポケットに入れておけば何とかなっただろう。こういう近距離から中距離でのアップものはコンパクト系は強いし、画質もいい。距離も近いし。
 それでカラスのアップは無理だったが、小さいながらも何とか写っていた。背景がよくないので、切り取りたいところだったが。
 同じニコンのP900なら2000ミリ。デジタルズームの必要はない。ほぼ思う通りに抜けるだけのアップが撮れるし、カラスとの距離を考えれば、まだまだ余裕があるほど。
 そう思って、巨砲のP900を鞄に入れた日に限り、大砲を撃つような被写体と遭遇しなかったりするのだが。
 ただ、ニコンの一眼、立ち上がりが早い。鞄から出してからシャッターを切るまでは、流石に手動ズームなので、ズーム待ちがない。また電子ファインダー待ちもない。あるのはピンと待ちだが、このレンズは爆速で有名。瞬時だ。音もしないし、手ぶれもよく効き、ぐらぐらしない。しかも一眼レフの一点モードは迷いがない。命中させればそれで済む。だから仕事が早い。
 
都はるみの「はるみ」
 これは都はるみが歌う「はるみ」という歌。これがかなり都はるみらしい歌ではないかと思える。では都はるみらしさとは何かとなると、これは結構難しい。色々とあるためだ。
 そのため、初期の都はるみの歌が、やはり都はるみらしいと思いやすいが、そう言うのを聞いていると、これもかなり色々と歌っており、幅が広い。
 NHKの私の歌の道という特集で、元気で明るい時期というのがある。高度経済成長と歩調を合わせるような明るく元気なイメージの。
「はるみ」はそのあたりの威勢良さ、元気さが飛び抜けて出ている。
 もの凄く年を取ってからのコンサートでこれを歌っている。一番だけ。
「私と同じ名ではるみという歌です」と自分で司会して、自分で歌っている。しかも京都弁で。
 これが動画として唯一残っているものだろうか。あとは二つほど音だけの動画がある。
「はるみ」を最初聞いたときは北島三郎の「函館の人(女)」を思い出すだろう。大ヒットした曲だ。しかし、それよりも遙かに歌い方が巧みで、声の出し方が複雑。
 口に空気を含んだまま、ぽんと吐くような、または音を浮かしながらとか。凝ったことをもの凄くやっている。当然いつもの巻き舌の威勢良さ。切れの良さ。そして綺麗な声。これは男歌かもしれないので、女々しく女心を歌ったものではない。「函館の人」と同じような設定だ。
 声の張り、転がし方、伸びの良さと同時に、どすのきいた唸りが入るし、これは都はるみの真骨頂だろう。おそらくこの「はるみ」に凝縮されている。
 それもそのはず、作詞作曲は恩師。この人は作曲家なのだが、作詞もしたのだろう。しかもどの人よりも都はるみのことを一番よく知っている人が作詞作曲なのだから。また市川昭介は都はるみ像を作った人でもある。ただ、明るく元気な歌だけが都はるみなのではないことも知っている人だ。そうでないと「涙の連絡船」など作れないだろう。
 ネオンの灯る北海道の盛り場。何処か淋しい北の町、と歌詞に入れている。明るく賑やかなのだが、どこか淋しい。
 弾むような歌い方、そして、あの節回しの複雑さ、声の返し方などなど、全て恩師のピアノの前で、じっくりと教え込まれたのではないかと思える。
 それかあっさりと、都はるみに勝手に歌わしたのかもしれないし、その辺は分からない。
 ただ、レコーディングのとき、一発で決まるようなこともあったらしい。これは当時のことが書かれた本にあるので、きっとそうなのだろう。
 この「はるみ」実はネット上では動画が結構ある。ご本人は出ないが、中国や台湾の人が歌っている。男性も歌っている。しかも日本語で。
 やってきました北海道が歌い出しだと思うが、これは「ああああーーーんやってきましたほっかいどーへ」となるのだが、中国語では無理だ。またこれをレコードとかテープで効いた人は、その語呂が気に入って歌っているのだろう。
 男性が歌っている動画では二番目に中国語になる。台湾の男性歌手だろう。すると、とたんに台湾の歌になる。馴染んでいるのだ。つまり、この時代台湾で歌われているメロディーとの距離がほとんどない。
 それで中国語の「はるみ」を聞いていると、そういう歌が台湾にもあるのかと思うほど。
 これは一時引退後、ジャワか何処かへ旅したときの、都はるみの目の前で都はるみの「あんこ椿は恋の花」を聞いたらしい。当然現地の女性が歌っている。これはテープか何かで聞いて気に入ったので、真似て歌っていたのだろう。詞など分からないはず。だからリズムと、都はるみの歌い方に引かれたのだろう。
 ただ、数ある「はるみ」の動画版だが、どれもあの歌い方はできない。ベタベタになるのだ。
 まあ、あの声は出せないし、声の幅というか、出し方のうねり方、質の違う声を使い分ける。それでいてもの凄く語り掛ける。
 都はるみ、それは今までの歌謡曲になかった歌い方だったのかもしれない。だからNHKに出られなかったはずだ。
 うなり節の都はるみ、はるみ節というが、そう単純に唸っているだけではないことは、言う必要もないが。
 そういったはるみ節を全部取り去ったような歌もしっかりと歌える。しかし、誰が歌っているのか分からなくなるが。
 色々と歌手は多い。その中でも都はるみに注目したのは、分からないためだ。その方が長持ちする。
 だから何度でも同じ曲を聴けるのだが、その幅の広さ、レパートリーの多さに圧倒される。どれがいったい都はるみなのか、そしてどれも都はるみの一面でしかなかったりする。
 その中で、「はるみ」という歯切れのいい、巻き舌と唸りと波長、波動は、いかにも都はるみの陽の部分を言い表した歌い方だ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月19日

一眼レフが新鮮だったりする

■■ 2019年6月19日 水曜日 午前8時48分
 
 今朝は曇っているが、陽射しは出ているようだ。影があるが薄い。だから薄日だろう。晴れていないが曇り空でもない。十日間の天気予報を見ると、傘マークがない。これでは梅雨入り宣言などできないだろう。
 では梅雨入り宣言を受けた地域。そちらは雨がしと降る日々かというと、そうでもなさそうだ。しかし天気の悪さ、曇りの多さから梅雨を受け入れているはず。あれも梅雨、これも梅雨。そして梅雨入り宣言を受けていなくても、これまた梅雨。
 まあ、この時期天気がはっきりしない日が続くという程度だろう。しかし雨が少ないと、まとまって一気に降りそうだ。一日で一ヶ月分とか。バケツ雨だ。
 しかし、六月に入ってから気温は下がっている。これが梅雨時の証拠。五月の連休やそのあとの暑さなどは引っ込んでいる。そのまま日々気温が上がり続けるのではなく、梅雨で気温が下がる。それがちょうど今の時期。梅雨が明けるまでホームゴタツがいるというのは、この頃。
 しかし、しっかりと晴れると、もの凄く暑い。猛暑の猛獣性を発揮するのだろう。
 昼寝のときも掛け布団をしっかりと使っている。夏布団だが、夏だと、使わない。だから暑さはまだまだ。ただ、今朝は起きたとき、少し暑かったが。
 ただ、この時期、不思議と早い目に目が覚める。冬場では難しかった時間に起きている。そのためか晩ご飯が夕食になる。まだ暗くなりきっていない頃に食べるので、これは夕方だ。それで早い目に食べるようになる。腹がすくためだろう。食べる時間がずれて早い目になる。
 だから季節に合わすわけではなく、自然とそうなるのだろう。一日が長いので。もうすぐそれが最長になる夏至が来るが。今でももう十分長い。
 
 昨日はネオ一眼比べをしていたが、このタイプはズーム比が魅力。しかし、その大きさはコンパクトな一眼レフよりも大きかったりする。
 ニコンとキヤノンの一番安いタイプは非常に軽く小さい。まあ、これに高倍率ズームなどを付けると、途端に重く長くなるのだが。
 ミラーレス時代、淋しくなってきた一眼レフ系だが、逆に見直したりする。
 フルサイズミラーレスが出ているが、ボディーも高くレンズも巨大で、その値段について行けなかったりする。今でも一番安い一眼レフでも高いと思うほど。そのわりには大きく重い。
 ミラーレスは利便性がいい。ファインダーがそのようにできているためだろう。そして中級機の一眼レフよりも軽くて小さいのも魅力だろう。
 フルサイズミラーレスは高いが、その一クラス下のが出始めている。キヤノンは既に出している。ニコンも出してくるだろう。レンズも高級タイプの大きく重いタイプではなく、軽くて小さく暗いのが出てくるはず。
 そういう時代になりつつあるのだが、キヤノンの一番安い一眼レフを見ていると、こちらの方が新鮮だったりする。キヤノンのミラーレスはイオスMシリーズ。普通の一眼レフに比べ、レンズも小さい目になっている。ボディーも小さい。その代表がイオスキッスMだろう。しかし、ここで歩留まりしたのか、従来のM系の新製品がない。最新スペックはキッスMで、キッス名のない従来シリーズの展開が止まっている。
 このキッスMを見ていると、一眼レフからミラーレスへ行け、といっているような感じ。一眼系よりも軽くて小さい。しかし、このあたりはネオ一眼のSX70があれば十分ではないかと思える。21ミリから超望遠まで詰め込まれているし、ファインダーは同等らしいので、撮影も同じようなもの。
 しかしキッスX9などになると、撮影方法が少し違う。撮影感触だろうか。つまり光学ファインダーの従来カメラの流れのためだろう。
 それをカメラ屋で見ると、ファインダーの大きさ見やすさは明らかにミラーレスの勝ち。ただ鮮明度になると、これは肉眼で見ているのと同じようなものなので、細かいところまで見える。ミラーレスの電子ファインダーで見ていた目からうろこが落ちるほど、立体的に見える。これが逆に新鮮なのではないかと思う。
 一眼レフは写真機でスチール写真なのだ。ミラーレスは動画だ。ほとんどビデオカメラに近い。
 安い一眼レフなので、視野率は低く、倍率も低い。しかしリアルだ。
 ライバル機のニコンの同じように安くて軽いのを持っているが、それを持ち出したときは、写真を写すという気になる。この感触は意外と写真に出る。
 ミラーレスやネオ一眼やコンパクト系は、上手くスキャンしたというような感じだが、光学式の一眼レフは、映像として残らない絵を見せてくれる。だからこれは肉眼レフなのだ。光学ファインダーで見たもの、それは写っていない。
 電子ファインダーで見た風景、それは写っている。現実の一面として。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

FZ300 P900 SX70比較

■■ 2019年6月18日 火曜日 午前8時59分
 
 今朝は薄曇り。雲の方が多いが、陽射しがたまに出る。そのため、空はそれなりに明るい。これではまだ梅雨入り宣言できないだろう。次の雨がチャンスなのだが、別に梅雨入りしてもいいことはないが。
 このまま梅雨入りが遅れると、梅雨が短いかもしれない。しかし大阪方面だけ、梅雨明けが遅くなることもあるが、大阪だけ雨が降っているというのは、考えにくい。雨は西から来たりする。順番に。
 梅雨明けが一斉なら、梅雨入りが遅かった畿内は得かもしれない。梅雨時が短く済むので。だから梅雨入り宣言は遅い方がいいということになる。
 しかし、梅雨入りしていなくても梅雨空。しっかり晴れないし、雨はそれなりに降っている。中途半端だ。
 だが、梅雨入りしている場所でも雨が降り続いているわけではない。
 
 先日買い直したトートバッグだが、背負いもできるのだが、少し大きい。縦型トートだが、自転車に入れるとき、かなり引っかかり、擦れる。
 これはその前に買ったビジネスリュックが気に入らなかったため、買い換えたのだが、ポケット類の使い回しは、そちらの方がいい。それで、復活させた。
 リュックはもっと大きなものもあり、軽くて大容量でゆとりのあるものや、小さい目だがピタリと決まるタイプもある。ただ、あまり固定した空間よりもトート系の曖昧な袋の方がよかったので、そちらを長く使っていたが、かなり古くなった。それで、新しいものを買ったのだが、それがリュック。
 そのリュックとリュックにもなるトートとの違いは大きさもあるが、質感だろうか。
 それとパソコンを入れる仕切り。トートにも珍しくそれが付いていたので、買ったのだが、仕切りと蓋が付いている。その蓋はポケットの蓋だが、これが大きく、ビラビラ。何かしまりがない。それをマジックテープが剥がすとき、音がうるさい。そしてビラビラが鞄から出るほど大きい。そのわりにはしっかりとパソコンを締め付けていない。緩いのだ。まあ、この蓋がなれば、もっと悪いだろう。カメラなどの出し入れのとき、パソコンの狭い方に入ってしまいそう。
 それで、前のリュックを見ると、閉まりがいいし、蓋はないが、平たいテープがかかっているだけ。これは片手で剥がせる。大きな蓋だと片手ではまくれない。片手しか使えないときは、不便。こういうのを取り回しの良さとして出る。
 さらにトートの方のポケットがどれも小さく固い。ファスナーのギザギザに手を噛まれそうなほど。ここに喫茶店のコーヒーチケットなどを入れているのだが、痛い。
 一方リュックの方は前面に三つポケットがあるが、どれもそれなりに大きい。
 また、メインポケットにはパソコン仕切りがあるだけではなく、パソコンも入るほどの大きさのファスナー付き内ポケットがある。これはファイル入れだろう。パソコン入れとの違いは、スポンジが入っていない。
 それと、メインポケットに小袋が付いており、ここにスマホなどの小物を入れることができる。まあ、一番濡れにくい場所。そしてメインポケット内なので、奥まっているが、アクセスしやすい。
 まあ、それで、またリュックに戻ることにした。
 
 先日買ったパナソニックのFZ300とニコンのP900とでカエルの撮り比べをしたのだが、600ミリと2000ミリの違いはあるが、デジタルズームで2000ミリを超えても、何とかなることが分かったが、よく見ると、カエルの目の輝きが違う。
 カエルの目は魚眼だろうか。そこに風景が写っている。
 FZ300のファインダーは大きく明るいが、P900のファインダーは小さく暗い。こんなファインダーでよく写していたものだと思うほど。しかし、写っているものは鮮明。怖いほど。
 昨日は、去年の年末に買ったキヤノンネオ一眼の新製品を持ち出す。これで比べてみようということだ。こちらは21から1400ミリ近くのネオ一眼。
 残念ながらカエルはいなかったが、亀や鳥がいたので、それを撮すが、ファインダーが大きい上に解像力があるので、しっかりと見える。それもそのはずでキヤノンイオスキッスMと同等らしい。だからミラーレスと同等なので、いいのを付けているのだ。
 このカメラの良さは操作性だろう。そのトップがファインダーで、両目を開けたままファインダーを見ることができる。だから、目をくっつけなくても楽に見える。片目を瞑るとしんどいわけではないが、窮屈。顔を歪めるし。
 起動が速く、ズームも早く、シャッターも軽い。現役ネオ一眼ではトップクラスだろう。
 ニコンに比べ写りが明るい。パナソニックも明るい。だが、キヤノンミラーレスになると、ぐっと黒が閉まり、写真ぽくなるが。
 コンパクト系の明るさ、浅さは、見た目がいい。
 こういうカメラ、あまり作画意図を追ったり、いろいろと設定を変えて詰めていったりするよりも、さっさと写すカメラ。フルオートでそのまま写し、後は野となれ山となれという感じ。むしろカメラがどうこの風景を変換してくれるのかを楽しむようなもの。だから意外な写りというのがたまにあるが、ファインダーで出来上がりが見えているので、一眼レフほどではないが、それでも成り行きでの機械的な処理というのがいい。カメラ任せ。どうせ自分で筆やペンで書いたり塗ったりしないのだから。カメラにお任せでいい。
 FZ300とSX70との違いはFZ300の方が繊細。これは望遠のときに出る。ピントがより浅くなり、一眼レフで写したようになる。小さな受光素子でも開放が明るいとボケやすいのだろう。F2.8で600ミリ。これはかなり背景がボケる。それと高速シャッターになり、ブレにくい。
 まあ、そういったネオ一眼は、それぞれ癖があり、写り方の違いがあり、日替わりで使っていると、それぞれの特徴がよく分かる。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月17日

古い言葉はややこしい

■■ 2019年6月17日 月曜日 午前8時57分
 
 今朝は晴れている。全国的な雨で、そこから梅雨に入るのかと思うと、そうでもなく、まだ宣言はないようだ。こう晴れていれば無理だろう。これがまた崩れ、雨になるが、そのあとまた立ち直り、晴れると、これまた入梅宣言は無理。昨日までの雨は全国的な雨で、その全国のほとんどは梅雨入りしている。だからそちらでは梅雨の雨で、こちらでは梅雨の雨ではなく一般的な雨ということになる。そして今朝の晴れも梅雨の晴れ間ではなく、ただの晴れの日。
 また、全国的に晴れていると、これは本当はまだ梅雨ではなかったのではないかという話になりそうだが、暦の上からでは梅雨だといってもいい。この時期に降る雨は、もう全部梅雨にしてしまっても。
 やはり梅雨は雨が続かないと、梅雨らしくない。続くというのが大事で、これが特徴。この季節の梅雨はそれだけではないかもしれない。湿気だ。これが結構強い目になる。四季を通して雨は降るし、長雨もあるが、湿気が厳しいのはこの季節。
 今朝は晴れているが、空はまだ安定しないのか、雲が少しあり、たまに陽射しを遮る。風が弱いので穏やかだが、この時期晴れると日中の気温はかなり上がり、夏になるはず。雨よりも、夏の暑さ攻撃が厳しそうだ。
 しかし、今朝はまだそれほどでもないので、上にぱらっとした日除けパーカーのようなのを羽織っている。
 この時期に降る雨を五月雨というらしいが、五月の雨。しかし陰暦なのでそうなる。だから新暦では六月雨となるが、これは使えない。水無月となるらしく、梅雨で雨が降るのに、水が無いとは妙だ。また田に水を入れる時期なのに、水がないとは、どういうことか。水の取り合いをして、無いのだろうか。
 五月雨は今の六月の梅雨を差しているというが、水無月の六月は、旧暦でも新暦でも同じ。ここがややこしい。
 水無月に田の水入れ、だから6月で合っている。旧暦だがズレていない。7月に田植えでは遅いだろう。だから下手に五月を皐月とか、六月を水無月とかいわない方が無難。五月女は田植えのときの女性。これもまたややこしい。ズレているのか、ズレていないのかがはっきりしない。
 月は、先月と今月と来月を区別する程度でいいのだろう。三十日分を纏めるということで。これがないと八十八夜とか、もの凄く長い数字になる。百二十日とか。計るときの単位。それが三十間隔。一寸とか二寸とか、そのあたりの計るときの単位に近いのかもしれない。一寸は三センチほど。寸は三〇センチだろうか。
 すると、一日は一寸になり、三センチ。一日を三等分すれば8時間。そのうち寝ている時間、夜を省けば、二センチ。これは午前と午後になったりする。24時間ではなく、夜は計算に入れない午前と午後。
 まあ、朝昼晩で、三等分にもなる。
 測り方や言い方は違うが、指し示し方や纏め方が違うだけだろう。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

P900とFZ300

■■ 2019年6月16日 日曜日 午前8時34分
 
 今朝は曇っているが、雨ではない。たまに陽射しもあり、分かりにくい天気。昨日もそうだった。急に晴れてきて、そのまま晴れきるのかと思えば、そのあと雨が降り出した。おかしな天気で、これは荒れているのだろう。
 昨日の昼は寒いし雨が降りそうなので、レインコート風のパーカーを着て出た。冬物ではないが、冬でも着られる。下に着込めば真冬でもいけそうなほど。
 当然、そんな大袈裟な格好の人は一人もいなかった。そして降るはずの雨が降らない。それではこれを着ている理由がなくなるのだが。
 しかし、夕方前に出たときはその重武装で十分だった。しかも雨が降ってきたので、大袈裟な服装ではない。しかし、半袖やTシャツの人もいたので、この温度差は何だろうと思った。
 梅雨時、ホームゴタツがまだいる。それを実証するような寒さだった。雨は二日ほど続き、荒れると予報ではなっていたが、今日はその二日目。結局土日を狙ったような天気の悪さだろうか。まあ月曜から雨よりもいいかもしれない。
 土日、人の多いショッピングモールも、雨が降るとピタリと客足が減る。止まっている自転車を見ると分かる。この自転車が少ないときは、中にあるスーパーのレジは混んでいない。土日はここのスーパーは避けている。列ができるので、一寸したものを買うだけで並ぶのが面倒なため。パン一つとか。
 それで天ぷらの盛り合わせを買う。これが結構豪華なのだが、安い。海老二尾、白身魚二つ。イカ。そして長い豆、そして茄子。サツマイモも。これはすぐ横にある天ぷら屋で食べると千円近い。まあ味噌汁と漬物が付くし、揚げたてなので、美味しいが。
 それを夕食とするが、胸焼けした。ずっと前にそれを買って食べたことがあるが、このときも胸焼け。それを忘れていた。
 天気が荒れていると、体調にも影響するのだろう。
 さて、それで梅雨はどうなったのか。今が梅雨中なのかもしれない。まるで通夜中のような。それなら喪中だ。
 
 ニコンの巨砲P900でカエルを写したのだが、これは2000ミリが使える。最近はFZ300で写していたのだがこれは600ミリまで。強引に倍の1200ミリで凌いでいたのだが、デジタルズームを使わなくても写せるP900だが、ファイダーを覗いていて、これが2000ミリだったのかと不思議に思った。それほど大きくならない。
 まあP900のファインダーが小さいということもあるが、カエルが占める画面上の比率から見て、FZ300で写したものと、それほど変わらないのだ。
 これは最近気付いたのだが、735ミリある。レンズの表示もカタログでも600ミリのはず。ところがファインダーで確認すると、ズーム操作で出るミリ数があるのだが、それが735ミリ。
 デジタルズームを使わない設定、超解像ズームや、Aiズームも使わない設定で600ミリを超えている。
 これはEXズームだろうか。劣化がないとされている。
 だからほんの僅かだがズームが伸ばせる。600ミリが735ミリになる程度だが、これは記録画素数8メガでの話。最高画素数で保存する場合は、おそらくEXズームは機能しないだろう。
 それで記録画素数を3Mまで落とす。三種類ほどしかないため、間がない。
 それでズームレバーを引くと、2344ミリ。P900を越えてしまう。
 最近はスマホのカメラでも、望遠は、この方法で何とかするような傾向があるらしい。付いているレンズは明るい目の広角レンズだったりする。
 受光素子の小さなコンパクト系ではデジタルズームは厳しいので、使っていなかった。もう一回り大きい目の1.7系ならいける。当然1インチなら問題はなにもない。当然ハーフや一般的な一眼系やミラーレスなら、何の問題もない。ただ、一眼ではデジタルズームはないはずだが。
 それで最近は600ミリを1200ミリにして写しているのだが、これがわりといけることが分かった。画質のことを思うと、600ミリを超え出すと、さっと戻したりすることもあるが。
 ところが600ミリを1200ミリ、実際には1400ミリを超えるのだが、ファインダーは完全に劣化いている。倍ほど拡大してみているのと同じなので。しかし不思議とシャッターボタン半押しにするまでは鮮明でピントもよく分かるが、半押しにすると、ファインダーが劣化する。これは半押しで撮影後の絵を見せてくれるためかもしれない。
 そのあと、一秒ほど再生される。このときは綺麗だ。それで安心する。
 それでカエルだが、P900で写したものと大きさがそれほど変わらないと同時に画質も変わらない。
 P900の解像力は凄いし、シャープなので、差が出るだろうと思っていたのだが、そうではない。まあ、パナソニックの方が絵が優しい。
 それよりも、絞りが二段から三段違う。全域2.8の強さだ。それでシャッターが早くなり、感度もあまり上がっていない。日影で望遠端なので、感度が自動的に上がるのだが、100の感度が200になる程度。シャッターは200分の1秒ほどあるので、十分だ。
 ところがP900だとシャッタースピードは60分の一秒になる。2000ミリから考えると厳しいが、手ぶれ補正が効くので、もっと低速でもこのカメラはいけるのだが。それでもブレる確率が非常に高い。
 そして感度も上がっていた。
 この差なのだ。レンズ性能よりも、ブレにくいシャッター速度と、高くなりにくい感度という、基本的な底が高いのだ。通しでF2.8のレンズの強味。
 これはP900が危なくなってきた。しかし、その写りのシャープさは健在なので、タッチの差がかなりあるので、使い分ければいい。
 ちなみに蛙との距離だが三メートル以上。P900の2000ミリでの最短撮影距離は意外と遠く数メートルもある。だから少し近付くと2000ミリが使えない。ところがFZ300は望遠端でも一メートル。これはただかだ600ミリのため。ここで差が出る。1メートル離せば2000ミリで写せるという計算になる。デジタルズームだが。
 FZ300の600ミリは、実際には100ミリほどの望遠。これはフルサイズなら望遠とは言いにくい。だから600ミリと言っても大したことはないので、元々ブレにくい。このあたりは受光素子の小さなコンパクト系の強味。ブレにくいのだ。
 P900の2000ミリはフルサイズでは300ミリ少し。これは立派な望遠で、ブレやすい。
 だからFZ300でデジタルズーム域で写した方が安全と言うことだろうか。画質云々を追求しないのなら。中間距離なら画質は落ちないと言うより、よく分からないほどの差。見た目は同じ。遠方のモヤッとしたものでは差が出るが、これは望遠ではどちらにしても鮮明度が落ちるもの。
 このFZ300に対抗できるネオ一眼はキヤノンの最新ネオ一眼だろうか。こちらはファインダーがいい。解像力もしっかりあるし、大きい。撮影だけならこれが今のところ、一番強い。ただ、AFはドタバタするので、切り替えないと使えないシーンが多い。
 さて、FZ300だが、地味なカメラなのだが、レンズが明るいことの有利さで扱いやすい。
 暗いところなら開放になるが、明るいところではF2.8ではなく一段絞ったF4になることが多い。これはお任せのフルオート。他のカメラはほぼ開放のまま。それに比べ開放よりも一段絞ったプログラムラインになる。これは一眼レフのレンズでは、開放から使えるレンズは希だった時代、一段か二段絞って写すことが多かったので、一段絞るというのはいいのかもしれない。ただ、絞りすぎると、このタイプのカメラはまずい。そのためか小絞りには入らないプログラムラインのようだ。露出はできるだけシャッタースピードで調整するようだ。
 AFのフルモードではとんでもないところに合ってしまうことが少ない。画面端のそんなところにどうして合うのか、理由が分からないカメラもある。被写体自動認識ではなく、手前側優先なのだろう。
 パナソニックやニコンのAF認識は、大人しいので使いやすい。AFがバタバタするタイプはその修正が大変。上手くはまれば素早いが、写す人により被写体や合わすところが違うので、そこまで自動化できないのだろう。文節を読むというAI変換の日本語プロセッサーも、結局誤変換する。これは間違いではなく、思っている漢字にならないだけのことだが。
 折角のAFも中央一点にしないと、思っているところに合わないとなると、損をした感じだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月15日

コンビニ弁当

■■ 2019年6月15日 土曜日 午前9時23分
 
 今朝は曇っている。天気予報では全国的に雨とか。大雨が降るかもしれないほど。しかし、全国的だと凄い雨量になるだろう。大阪方面での梅雨入りはまだ聞かない。するとこの雨は何の雨だろう。あるところでは梅雨の雨、違うところでは梅雨ではない普通の雨なのか。または全国的に普通の雨かもしれない。まあ雨は普通の雨だ。雨が続くから梅雨といっているだけ。だから梅雨入りしていなくても普通に雨は降る。
 梅雨入りしていないのか、最近はそれほど雨は多くはない。続かない。晴れている日も結構ある。だから梅雨入り宣言を早まらなくてもよかったのだろう。しかし、今回の全国的な雨で、そろそろ宣言してもよいのだが、あまり遅いと間の抜けたように聞こえてしまう。今頃何を言っているのかと。しかし、実際には雨は多くなく、梅雨らしくなかったので、間違ってはいない。しかし季節感というのがある。アジサイなどもう満開だ。これと梅雨がくっついている。咲き始めの頃の梅雨入り宣言が好ましい。リアルとは違うが。
 今朝はそれで、少しひんやりするので、ペラッとした化繊系のパーカーを羽織る。風もあるので、風除けにはなる。綿系は風を通す。だから暑いときは、綿系の方が涼しい。しかし雨のときは、化繊の方がまし。そして今朝は風があるので、いい選択だ。ただ肌触りや着心地は綿のほうがいい。
 雨は予想では二日ほど続くらしい。二日では梅雨とは言えない。四日ほど続けて降ると、梅雨らしい。しかし、今朝は予報とは違い雨は降っていない。だから二日続くにしても予報が二日続いているだけで、リアルでは雨など降っていない。まあ、これは幸いなので、文句はいわない。外れている方がいい。そして外れるのを期待する。雨の場合だが。晴れの予報では外れないよう期待する。
 だがあまり行きたくない用事で、雨なら中止の場合、これは雨を期待するが。
 さて、雨が降っていたのは昨日だ。あの雨は何だったのか。これが梅雨のスタートかもしれない。といってるが、実際には梅雨入り宣言されているのかもしれない。見ていないので、知らないだけで。それなら勘違いだ。
 その雨の中、これは夕方から降り出したのだが、近所のスーパーで弁当でも買うと思い、その前まで行く手前で閉まっているのが分かる。滅多にない。年中無休のはず。
 それで、すぐ近くにあるコンビニへ行く。ここは最近できたもの。一番近いコンビニが徒歩距離にもあるが、そこの支店というか。もう一軒増やした。こちらの方が敷地が広いのか、売り場面積も広い。
 コンビニ弁当は飽きているので、もう食べたいと思うものがなかったりする。そこで新製品となっているあんかけ焼きそばを買うが、まあ焼きそばかラーメンのようなものなので、足りないと思い、お好み焼きを買う。結果的にはお好みは余った。いらなかった。あんかけ焼きそばは五目だが、野菜が固くて噛み切れない。炒め物と煮物の違いだろうか。柔らかいはずの白菜が固いし、筋張っている。白菜といっても白いところだけ。固いところばかりで、葉のあるところなどない。あの葉が柔らかくていいのだが。それと他の野菜、何か分からないが茎が入っているが、これがまた固い。結局まともに食べられたのは麺だけ。それならもっと安上がりになった。中華麺と片栗粉があれば、あとは醤油で味付ければ、百円以下でできる。中華麺など三つ百円である。
 スーパーが開いていれば、固くない具や野菜が入っている焼きそばが買えた。しかも時間的には遅い目なので、半額になっているはず。悪くても100円引きだ。
 そして昼に食べるパンも買えたはず。コンビニのパンも買うことはあるが、やはりスーパーの方が種類が多い。それと陳列台が二箇所あり、そこには見かけないパンがあったりする。こういう変化がスーパーにはある。
 まあ、無精をしないで、米を洗い、炊けばおかずは買い置きが何なりとある。しかし夕方からの雨でやる気がないのだろう。楽な方へ流れるのだが、この楽、苦に裏返ることが多い。
 
 今朝は久しぶりにニコンの巨砲P900を持ち出す。何も雨が降りそうで悪い天気のときに、超望遠つきはいらないのだが、メンテナンスの意味もある。定期的に持ちだして撮している方がいい。一枚でも二枚でも。これをパソコンに取り込むとき、同時に充電できる。ニコンはそこが進んでおり、USBを突き刺すだけでいい。勝手に取り込んでくれ、そのまま放置していると、充電している。だからいつでも持ち出せるように充電して満タンにしておくために、持ち出すようなものだ。持ち出すとき、バッテリーの心配が無い。今日は撮影で何枚も写すわけではないので、問題はない。ただ、前回は満タンで終えたので、それほど減っていないはずだが、カメラにバッテリーを入れていると、徐々に減っていく。
 このp900は24ミリから2000ミリまであるバケモノのようなネオ一眼だが、その新製品P1000は3000ミリまであり、1キロを大きく超える重さと大きさがあるので、それに比べると可愛いものだ。片手で楽々と持てる。
 前回持ち出したのは川西方面を攻めにいったときだろうか。ゴールデンウイーク中だったと記憶している。
 ファインダーは今のミラーレスや最新のネオ一眼や、少し高い目のコンパクト系に付いているものに比べると小さいが、一気に望遠で寄るとき、被写体しか見ていないし、しかも瞬時で、さっとズームし、さっと撮し、それでさっと終わるので、じっくりとファインダーを覗いている暇がない。これは街頭スナップのときだが。
 日常写しで、日常移動中にいつも写しているものがある。カモや亀の親子や草花など。300ミリや600ミリ、デジタルズームで1200ミリにしているが、ファインダーが粗くなる。P900ならデジタルズームを使わなくても楽に伸びる。それだけではなく、写りがシャープ。望遠端でこれだけ鮮明に写るカメラは珍しい。しかも2000ミリなのに。
 ニコン系コンパクト系は似たような写りをするのだが、このP900の写りが一番いい。切れがいい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月14日

コンビニざる蕎麦

■■ 2019年6月14日 金曜日 午前9時02分
 
 今朝は陽射しがあり、晴れているようだが、すぐに雲がかかり、曇る。これは陰るというのだろうか。風も強く、雲も多いので、これは雨になるかもしれないが、梅雨に入らないまま粘っている。しかし、既に梅雨入り宣言があったのかもしれないが、ニュースは見ていない。見ていても、一地方の梅雨入り宣言など見落とすだろう。あとは何処かで耳か目に入る程度。これはモスの表に出しているボードに梅雨入りなどとかかれていることがある。令和になって初めてリアルの文字を見たのも、このボード。映像ではなく、書き文字で。
 あとは道路工事の予告看板に令和の文字が登場。いずれも見るつもりでなく見てしまう。目に入った街中の文字。それを見に行くわけではなく、チェックするため見て回るわけでもない。
 令和は全国的だが、梅雨入りは地域別。
 最近は天気予報を見ていないので、全国の天気は知らない。まあ、全国共通の天気は珍しいのだが、たまにある。全国的に雨とか晴れとか。
 見ているのは終わった後の気象情報。雨とか晴れとか曇りとかではなく、降水量で、雨が降っていた時間帯があることが分かる程度。あとは気温。そして風速。一時間置きに出る。
 猛暑なので、外に出にくいほど厳しいときは、頻繁に見る。何度まで上がるのだろうかと。または、かなり厳しい暑さのとき、これは何だろうという感じで天気予報を見る程度。だから予報ではなく、リアルタイムの情報が欲しいのだろう。今、このときの暑さは何だろうということ。明日のことより、今、この瞬間のこと。ただデーターが更新されるのは一時間置きとか15分置きとか20分置きとかなので、リアルタイプではないが、かなり近い。さっきあった地震は何だったのか程度のもの。
 ただ、気象情報を見ても何も解決しない。暑いときは暑い。それを見ると涼しくなるのならいいのだが、それではエアコンはいらないだろう。
 また何も見なくても、見ての通り、感じた通りなので、その実体験が一番詳しかったりする。
 わかりにくいのは湿気。これは感じるものなので、目に見えない。それと低気圧や高気圧などの気圧。実際には気圧と湿気が一番重要なのかもしれない。しかし空気は見えない。
 その空気の動きが風。これは何かが揺れたりすると分かるが。
 だからかなり間接的に分かるということだろう。そのものが見えなかったり計れなかっても、間接的に調べることができたりする。
 昨日の夕方あたりは暑苦しかったので、ざる蕎麦といなりのセットものを買って食べる。しかし、体が冷えた。逆に寒くなった。
 コンビニのざる蕎麦はあまり美味しくない。そばの柔らかさがない。そしてパサパサ。だからほぐす液体が入っている。そしてセブンイレブンでもローソンでも同じ蕎麦だ。同じところで作っているのだろう。
 それなら個人の大衆食堂で、その辺の市場で買ってきたような安いゆでた蕎麦の方がまだ美味しい、というより蕎麦らしい。三つで百円ほどで売られている。また棒状の蕎麦を買ってきて湯がいた方がいい。蕎麦は常温がいい。コンビニの蕎麦は冷えすぎだ。そして大根下ろしや山芋などをすってつけ汁にする。栄養価は、このつけ汁の薬味の方が高かったりしそうだが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月13日

オリンパスEM5レンズ展開

■■ 2019年6月13日 木曜日 午前9時00分
 
 今朝は晴れている。これでは梅雨入りできないだろう。しかし、この晴れ、あまり当てにならず、一日晴れているわけではなさそうだ。昨日がそうだった。
 しかし朝から陽射しがしっかりとあり、青空もいい感じなので、まずまずの日和。気温も高くはなく、平年よりも低いのではないかと思えるほど。もっと暑い日が五月などにあったので、そこから考えての話だが。
 何かと比較する。これは分かりやすい。あれより大きいとか小さいとか軽いとか重いとか。長いとか短いとか。しかしそれは一部だけを捕らえたものだが、その一部が全体のポイントになっていたりする。注目ポイントだ。何を知りたいのかによって違ってくる。何が必要なのかとか、何が好みなのかとか。何が良いことなのかとか。この問いかけでものが決まってしまったりする。
 どちらにしても今朝は爽やかな天気で、これは珍しい。梅雨に入ったのか入らなかったのかといっている時期にしては意外な展開。きっと悪い方ばかりを見ているためだろう。
 上にぱらっとしたものを羽織って朝の喫茶店へ向かったが、丁度いい感じで、暑苦しくない。そして喫茶店内に入ると冷房が来ているので、これを着ていると少しはまし。それよりも普通のカッターシャツ系よりも、ジャンパー系を上に着ているので、ポケットが大きい。特に脇ポケット。これが大きい。カッターシャツは胸ポケットしかないし、それに小さい。そして痛い。取り出すときも窮屈。
 昨日もそのスタイルだったのだが、昼間は流石に暑く、途中で脱いだ。脱げばいいだけだ。暑ければ。これはもっと夏が進んでも羽織りたいところ。真夏の猛暑日では流石に無理だが。
 今朝は久しぶりにオリンパスのミラーレスを持ち出す。去年の誕生日カメラで、新品なので、結構高かった。誕生日に買うカメラとしては最高値だ。しかし意外と使っていなかったりする。
 オリンパス臭というのがあり、これは貧乏臭い匂い。だから相性がいいのだが、それはイメージ。オリンパスも大昔とは違う。
 EM5という中級機だが、10でもよかったのではないかと思ったりする。尼崎中古屋で初代10がダブルズームキットつきで売られていた。流石にオリンパスなので、中古価格が低い。ここがオリンパス最大の特徴だったりする。
 その10は、昔のOM10のようなもの。プログラムモードメインの入門一眼レフで、前面のダイヤルが印象的だった。買っていないが。
 絞り優先か、マニュアル機のOM1や2が有名。最近のEM10とか5とか1とかも、その流れのデザイン。
 初代10をちらっと見たのだが、メインスイッチがいい。レバー式だが、背面の右下あたりにある。そんなところによく付けたものだと思うほど、意外だ。位置が相変わらず悪い。これでは片手でレバーが引きにくい。しかし、左手側の軍艦部にあるよりはまし。どうもEM5などが気に入らないのは、電源レバーの位置。α6000系のように、シャッターボタン近くにある方が、取り出したとき片手でそのまま電源が入る。まあ、ファイダーのない一番安いオリンパスミラーレスは右手側の軍艦部にあり、しかもボタンなので、これが一番早かったりする。片手でできる。
 ボタン式の場合、機械式オンオフではないので、写した写真を見るとき、電源ボタンを押さなくても再生ボタンだけでいける。電源を切るときは電源ボタンを押す必要はあるが。
 そして去年の誕生日から一年以上経っているのだが、レンズはそのまま。システム展開は全くない。
 ただ、600ミリまでの望遠ズームが安いので、これが欲しいのだが、そうすると、望遠だけの撮影になり、広角側はない。
 今付けているのはキットレンズで、28から300ミリ。万能レンズだが、今となれば広角側は足りないし、望遠も300ミリでは物足りないので、万能性は低い。まあ50ミリ標準レンズからの展開なら凄いズーム比だが、その画角はあまり使わなかったりする。この画角、実は一番難しいためだ。
 それで600ミリを考えていたのだが、望遠はネオ一眼に任せておいた方がよかったりする。2000ミリまでいけたりするので。
 それで次に考えたのは24から400相当のズーム。これは新製品だ。中古で安く転がるまで数年はかかるだろう。
 28から300の両端が拡がっている。しかし24ミリがなくても28ミリでも間に合う。400ミリがなくても300ミリというほど変わらない。どちらもまだまだ不足なので。そして高い。一眼レフの中級機のボディーが買えそうなほど。
 また一眼レフやミラーレスのそこそこ良いタイプのレンズ付きが買える。かなり高いので、手が出せないカメラだが。だからレンズだけで、その値は出せない。だから、誕生日に買った状態。レンズ交換ができるカメラだが、交換できないのだ。
 まあ、今の28から300の方が24から400よりも軽くて小さい。レンズも細い。だからここから動くのは難しい。
 それよりも気になったのは尼崎中古屋で見たその下位機で、しかも二世代ほど古い10シリーズの方。
 ダブルズームキットなので、レンズは二本。標準ズームはパンケーキ。非常に軽く小さい。胸ポケットに入るほど。望遠は麩のように軽い300ミリまで。こちらの方が快適ではないかと思えるほど。100グラム少しの標準ズームなら、持ち歩ける。小さいのでレンズ交換も楽。まあ、レンズ交換したくないので、高倍率標準ズームを付けているのだが、望遠の場合、最初から望遠ズームを付けていた方が快適。
 だから、オリンパス系はレンズを買うより、ボディーを買った方がよかったりする。そしてレンズ二本がおまけで付いてくる。高いレンズを一本買うことを思えば、レンズ二本買った状態でボディーが付いてくる。どちらがおまけか分からなくなるが。
 小さく軽く安っぽい。これがオリンパスだった。そのイメージを払拭するかのように、メカメカしたものや大層なのを出し続けているが、十代から二十歳代、ずっと使い続けていたのはオリンパスEEだ。ハーフサイズのカメラ。これはどこで買ったのか記憶にないので、家にあったのだろう。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月12日

その後のFZ300

■■ 2019年6月12日 水曜日 午前9時13分
 
 今朝は晴れている。そのためこれでは梅雨入り宣言できない。しかし、もう宣言後だろうか。よく分からないが、粘っている。晴れてまだ梅雨だとは言わせないのだが、これは梅雨の晴れ間なのかもしれない。
 しかし雲が多く、陽射しがあり、青空はあるが、何かすっきりとしない。また夏場に出る大きな雲が出ている。まさに夏空。しかし、今は夏なので、それでいいのだろう。雲の形で夏へと本格的に入り込んでいるのが分かる。
 ただ気温は低い目なのか、暑くない。これは午前中までで昼からこの陽射しがある限り上がるだろう。そのときは流石に暑いが、こういう日に限って夕方になると、ぐっと気温が落ちるもの。
 今朝は四度寝ほどしたが、まずまずの時間に起きることができた。四度寝だが最初に目が覚めた時間が早い。これは冬場とは違うところで、日が長いほど早く目が覚めるのだろうか。それなら日の出と連動しているのかもしれない。そういうのを見なくても、体内時計がそうなっており、起床時間も体内時計と関係するのかもしれない。ただ目が覚めるだけで、起きるわけではない。目もまだ開いていないので、目が覚めたというより、意識が戻った程度。まあ一応その状態で時計を見る。何も見ないで、目を開けないでまた寝てしまうこともある。下手に目を開けると、本当に起きてしまい、そのあと寝付けなかったりするかもしれないからだ。そういうことは滅多にないが、目をパチリと開けると、開けないときよりもすぐには眠れなかったりする。
 まあ朝から暑くて寝てられないというよりも、いい気候だ。梅雨梅雨と言わなければ、初夏の爽やかな天気なのかもしれない。
 六月も既に半ば。あと半月で今年前半は終わる。正月明けからもう半年経過。こういうのは普通、早いもので、と言ってしまいそうになる。
 最近は雨とか、曇っているとか、晴れていても暑いとかで自転車散歩になかなか出られない。近所ではなく、少し遠い目の場所へ行くのだが、これは探検でもある。また旅行ではないが、見知らぬ場所へ入り込むので、日常コースとは少し違う。気持ちが違うのだろう。
 遠くへ行くほど行ったことがないところが増えるが、そこへ行くまでが遠い。だから時間がかかる。こういうときはたまに行くところは省略して、大きな道を一気に走り抜け、一気に沖に出る方が良いのかもしれない。いつもは寄り道をしながら進む。そのほとんどが路地抜け。狭い道に入り込み、匂いそうなところを探す。まあ、一度行った場所は、ほぼ分かっているので、新鮮さはないが。
 
その後のFZ300。
 像倍率、電子ファインダーの大きさに比べ、解像力が少し不足しているので、やや荒っぽく見えるが、ざらっとしているわけではない。まあ小さいよりも大きい方が被写体がよく見えるという程度だろうか。それでピントがよく見えるというわけではない。このカメラと前後して出ていた1インチタイプのFZ1000と比べると、ファイダーは当然FZ1000の方が良いが、目の角度で鮮明さが落ちたりする。この後継機はそこを何とかしてきたようだ。これは接眼レンズの問題かもしれない。
 しかしFZ1000の方が像が綺麗に見える。ただ一眼レフのファインダーほどではない。
 それと両機ともデジタル領域に入ると、電子ファインダーも拡大されたようになり、急に解像力が落ちたように見える。まあ、デジタル拡大しているのだから、仕方がない。
 FZ300のAF系は使いやすい。大人しいタイプで、バタバタしない。
 画面のやや端を走る自転車などでも、そこにAFフレームが当たるので、これは使いやすい。二台並んで走っていると、二台ともAFフレームが当たる。だから中抜けはないし、AFロックの必要もない。これはシャッターボタン半押しでできる。
 カメラを取り出し、さっとズームし、そのままシャッターを切る。これが最短時間。半押しでピントだけ取りに行き、では一手間かかるし、ワンテンポ遅れ、自転車は去って行く。
 まあ、そういうときはファインダーの精細感などを味わっている場合ではないので、実際にはよく見ていない。
 電動ズームなので、立ち上がりは25ミリスタート。望遠で写すことが最初から分かっているのなら、手動ズームだと起動と同時に望遠まで回してからファインダーを覗いた方が早い。しかしいきなり望遠だとどの程度の大きさで写るのかは分かりにくい。
 電子ズームは一直線で広角から適当なところまで一気に伸びる。伸びすぎる手前で止めればいい。だから切り取るとか、ズームイン、という動画的な写し方になる。まあデジカメそのものがビデオカメラのようなものだが。
 ただ、高倍率の電子ズームは、あるところまでは被写体を追えるが、ズームしすぎると、ピントが付いてこないのか、ぼんやりしている。一度半押しにするとピントを取りに行くので、鮮明に見えるが、望遠端まで一気にいけるがぼんやりしている。これは、どのネオ一眼も似たようなもの。途中で止めれば、その後は鮮明。
 ピントは自動で取りに行く。半押ししなくても、プレAFというやつで、これは常時AFモードでなくてもできる。そうでないと、ぼんやりとした画面でズームなどできないだろう。とりあえず画面が見やすいようにピントを適当に合わせてくれる。
 自動でピントが来ているのに、半押しすると合わなかったりすることもある。半押しなしで一気にシャッター全押しモードというのもある。
 マクロ系はこのカメラ、それほど凄いものではない。虫眼鏡モードもあるが、それはただのデジタルズームで拡大するだけなので、画質は荒れる。
 広角端はいいが、中望遠はあまり寄れない。かなり近付いても中望遠で写せるネオ一眼もあるので、それに比べると、やや遠いが、1メートル以上離れると600ミリが使えるので安全圏に入れる。だから1メートルまで離して写すのがいいだろう。全領域で写せる。まあ、それほどマクロが凄いカメラではないが、面倒なら25ミリで1センチまで寄れば、それが一番明快だ。
 AFが自動選択でバタバタしないのがいい。またピンポイトでしかも追従モードへはボタン一つでできるので、これは便利。解除はまたそのボタンを押せばいいだけ。
 当然液晶タッチにも対応しているのだが、背面液晶はあまり使わないので、スマホのように使えるらしいが、まだやっていない。
 これは屋外では液晶はよく見えないので、便利だが、見えないのなら仕方がない。
 液晶は横開きで回転するが、意外と使っていない。ほとんどがファインダー撮影になるためだ。
 ただテーブルものなどは背面液晶で写すが、回転させるほどでもない。
 色々と多機能で、色々なアタック方法のあるカメラだが、その中の一つを選ぶ程度。さらにカスタマイズ性が凄いのだが、それは使い込んでからだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月11日

新暦旧暦

■■ 2019年6月11日 火曜日 午前9時04分
 
 今朝も曇っている。気温は低い目。昨日と同じようなものだろうか。そのため、過ごしやすい。暑くない程度だが。
 天気がすっきりしないが、まだ梅雨入りしていないのかもしれない。いや、梅雨入りしたかもしれない。もの凄く大きなニュースではないので、ニュースを見落とすと、もう報じられないので、見落とした場合、いつまで立っても梅雨入りしていないように思うだろう。まあ、思っていても、日常には支障はない。雨が降れば傘を差すだけ。だから梅雨でなくても雨の降る日と同じ。
 今朝も空は暗い。雲の輪郭がなかったりする。白一色だと変化がない。白の中に灰色がかかっていたり、少しは違う色目が入っていると立体感があるが白一色では距離感が分からない。
 といって雲のある場所までの距離など分からないが、山の頂上付近が隠れていると、そのあたりの高さまで下りてきているのが分かる。当然輪郭はない。ガス状だろう。
 綿菓子のような白い塊ではない。しかしチリなどがかなり含まれているはず。綿菓子の元の小さな塊のような。
 この時期湿気や低気圧で、体調が悪くなるのだが、それは天然物で、ただの天気の影響。
 昨日は米が切れていたので、買う。スーパーで一番安い米で五キロ千円台後半。一応コシヒカリとなっている。しかしよく見ると文字が違っていたりしそうだが。一応地名が入っている。新潟コシヒカリとか。コシヒカリにも色々と種類があるのだろう。
 安い米の方が食べやすい。べちゃっとしているためだろう。米粒が立っていない。だから柔らかい。米の水加減は多い目にしている。だが高い米は硬い目になる。安い米は柔らかくなる。これは炊きたてが食べやすい。保温にしてしばらく立つと固さが加わるというか、水分が少し抜けるようだ。お茶漬けにすればいいのだが、安い米の場合、お茶を掛けると濁ったりする。
 おかずが何もなかったので海老フライを買う。小さな海老が数尾入っている。一匹に纏めれば巨大な伊勢エビほどあるだろう。それとマカロニサラダとホウレン草などの和え物。これは白いので豆腐を潰したものだろう。名前は忘れた。白和えだったような気がするが。
 マカロニサラダは小麦だ。それで野菜がないので、和え物を買ったのだが、マカロニサラダの中にも野菜が結構入っていた。
 ホウレン草の値が上がっている。雨の影響だろうか。他の葉物も値上がり。安いのは水菜。水菜は水に強く雨に強いのだろうか。だが、水菜は葉ではなくほとんど茎。
 水菜は煮てみないと分からない。とろとろになる柔らかいものと、歯応えが残るタイプが。
 近所の農家で買った水菜がとろとろタイプで、水菜とは思えないほど溶けるほど柔らかくなった。こういうのは粥で使えそうだ。粥にすると量が倍に見える。食欲のないときはお粥がいいのだが、倍ほどボリュームが増えるので、余計に食べられなかったりする。粥にしたため、半分しか食べられないとか。
 色々な具を入れた雑炊もいい。まあ、鍋物をしたあとにご飯を入れるようなものだが。
 鍋物よりも美味しかったりするので、最初から雑炊にして食べたりしそうだ。
 今朝も早い目に目が覚め、結構目覚めはよかった。意外と過ごしやすい気温のためかもしれない。梅雨は過ごしにくいのだが、温度的には悪くはない。まだそれほど暑くはないし、寒くはない。
 つまりまだ寒さが加わっているためだろう。それが取れると暑いだけになる。
 梅雨の頃をサミダレ五月雨というらしい。よく聞くが、五月ではないか。梅雨は六月。しかし、旧暦というか陰暦では五月になる。一ヶ月違う。新暦の方がひと月早いのだ。それをいつも忘れる。早かったのか遅かったのかと。だから旧暦の五月を新暦の四月と。どちらかにズレているのだが、何度確認しても、まだあやふや。
 だから五月のサツキ。旧暦でも新暦でも五月をサツキと呼ぶとなっている。だがサミダレは旧暦の五月で新暦の六月。こういうのがあるので、迷うのだ。
 さて現代時代劇は新暦でやっているのだろう。そうでないと季節感と今の月々の季節感とが合わなくなる。
 五月晴れが実は六月晴れや四月晴れではおかしい。ここだけは新暦も旧暦も同じというのは何だろう。
 まあ、ATOKの広辞苑の解説を見ているだけなので、それ以上追うようなことはしないが。
 また五月をわざわざ皐月とは表記する意味がないだろう。逆に皐月では何月なのか、分からない。
 旧暦も新暦も、五月は五月。これは何か意味があるのだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする