2015年11月30日

牛すき鍋

■■ 2015年11月30日 月曜日 午前7時39分
 
 今朝も5度を切っている。冬なら当然だろうが、天気予報では、まだ秋だと言っている。あと一日だろう。
 紅葉が落ち、枝だけになれば冬だ。冬枯れだが、枯れてしまったわけではないが、本当に枯れている木もある。それでもかなりの期間立っている。
 今朝は寒いのだが、薄い目のコート。中にとっくりのセーターを着込んだため、これでいける。最近着ている綿の綿入りの下に、このとっくりのセーター着たのだが、窮屈なので、コートにした。暖かさは互換だ。枚数は多くなるが。とっくりのセーターは体にフィットしているためか、暖かい。生地はポリエステルのボアボアしたタイプで、結構薄い。この素材はよく使われており、裏地などでよく見かけるので、裏地を着ているようなものだ。いわゆるインナーで、冬場は中でいつも隠されている感じだ。だから、この裏生地付きのコートなら暖かいのではないかと思えるが、体へのフィット感で差が出る。
 昨日も衣料品前を通ったときに、ついでに見たのだが、900円とかで並んでいる。いろいろとバリエーションがある。とっくりなので、首のところが長い。これを折りたたんで二重にするのが普通だが、一重レベルのものを売られている。最初から襟が立っているセーターのようなものだ。いずれも生地はこのタイプだが薄い。さらに薄いものがあり、感触はそれがよかった。
 ついでに防寒ズボンを見る。いつものつるっとした中に、ボアが入っているタイプではなく、表地が綿風なものだ。実際に綿も入っているが、ポリも入っている。綿だけのタイプは逆に高い。そして、綿だけでは出せない効果があるのだろう。安くしたければ最初からすべてポリエステルにすれば良いのだ。
 このタイプ、ゴムパンと普通のタイプがあった。普通のタイプは高い。ベルトがついているためだろうか。ゴムパンの方はゴムとは別に、もう一本線が通っており、これが細いベルトだ。中に仕込まれており、前面にトンネルの入り口がある。そのベルトは輪に回して締めるタイプなので、先が余る。これがたれる。それがひもパンのように見えたりする。しかし、ゴムパンだとサイズが合わない場合、特に大きすぎるとき、このベルトが役立つ。裾はフリーサイズなのでなんともならない。裏地のボアが赤い。折りたたむようになっているのだが、それとは別にひもが入っており、これを引っ張れば萎むので、裾はなんとかなる。高いタイプにはそれがないし、生地が硬いので、ひもで絞るということはできないためか、最初からない。これだけのことで千円違う。高い方で、サイズが合う方がほしいところだが、Mサイズを腰に当ててみると、かなり長い。これは寸歩直しが効くタイプなのだろう。だから、結局高い値段になる。千円高いだけではなく、寸歩直し料と、その待ち時間を考えると、鬱陶しい。
 マフラー代わりの首輪だが、付けている人がいる。自転車に乗っている人で、首輪をマスクにしていた。これこれ、と思った。これは海賊スタイルだ。目ではなく、口と鼻を隠すのだ。つまり首だけでは心許ないので、口と鼻まで隠してしまえば、結構暖かい。自分の息で暖かいのだろう。
 このタイプの幅広で、前後があるタイプ、ユニクロで売られていた。均等ではなく、前後があるのだ。たたまれていたので、よく見なかったが、外形からの想像だ。首当てから涎掛けにもなりそうだ。
 当然マフラーの人も多い。こちらの方が多いのだが、幅広が多いようだ。殆どショールだ。つまり首だけでは頼りないので、肩や胸ものとまで覆う感じで、ニシキヘビがとぐろを巻いているようなものだ。つまりマフラーは肩、背中、胸まで覆う感じが良いようだ。だからショールなのだ。そのショールの真ん中に穴を開けて、そこに頭を通すと、メキシカンになるが、それでは首元のボリュームに欠ける。
 女性がよく毛布の半分ほどのサイズのものを掛けているのを見るが、あれはセットが大変だろう。しかしあれ一枚で、膝掛けにもなるし、いざというときには風呂敷になる。
 いずれにしても、ひらっとしたところ、なびき方なども大事で、要するに小皺ではなく、大皺だ。
 
 昨日も高枝切りをやっていたが、四分の三近くまで切って、放置した。一時間経過したためだ。非常に時間がかかる。難度の高い垂直に伸びた太い目の枝のためだ。動作はそれほど力はいらないのだが、同じ動作を繰り返していると、腕がだるくなるし、上目遣いでじっと同じところばかりを見ていて、ちょっと別のものを見ると、ふらっとする。残像が残ったりするのは、背景が空のためだろうか。
 ノコギリの先を見ると、木に食い込み、かなり切り進んでいることは分かるが、切っている最中はよく見えない。しかし木の粉が舞う。これが目に入るのだが、雨のように落ちてくるときはよく切れているときだ。この落ち方を励みに切っている。反応があるからだ。
 脚立はあるが、切っている箇所は樋の上。この脚立の上からでは樋の中が見える程度、一番上だ。そこを足場にして、腕を上に伸ばしきった状態で、ノコギリを使うとなると、短時間に限る。一気に切らないと、危険だ。この危険度を考えると、下から楽な姿勢でじわじわと切っていく方が好ましい。休憩したり、少し体操して、体を和らげたりしながら切れる。時間がかかるのは斜め切りのため、倍以上切らないといけないためだ。
 そのため、もう木は見ないで、下を向いて切ったりしている。うまくノコギリの歯が入っているときは、音や指の感触が安定している。そして、たまに上を見て、何処までノコギリが入ったのかを見るのだが、なかなか進んでいない。
 高枝切り専用ノコも売られており、こちらはハサミはついていない。ノコギリだけだが、刃を替えられたりする。
 さらに槍のように押したり引いたりするのではなく、ワイヤーを引っ張るタイプがある。これは先端に仕掛けがあり、ワイヤーを引けばノコがひける。下からひもを引っ張るようなものだが、テコの原理で、滑車のような仕掛けで、軽く切れるようだ。要するに長いパイプを地面に立てた状態で、そのワイヤーのレバーを上下にスライドさせるだけで良いのだろう。パイプの先はノコギリ、それは木に掛かっているはずなので、手を離してもパイプは傾かない。これで、パイプを持つ重さから解放されるはずだ。
 ただし、もう殆ど切ってしまったので、その専用ノコはもう買う必要はないが。
 高枝切りノコを見ていると、首輪のような刃もある。木の傾きによって、使い分けるのだろう。
 難しいのは垂直に伸びた木だ。できるだけ最短距離で切りたいと思い、刃を横に持っていくと、逆にパイプの重量がかからないので、力がいったりする。その中間あたりに切り口を付け、後は切れるに任せるように、方向付けない方が良い。
 
 昨日は和風ファミレスのザ飯屋で牛すき鍋を食べた。すき家の牛すきとは比べものにならないほどおいしかった。肉の多さではすき家が勝っているが、堅い。ところがザ飯屋の肉は軟らかい。そして野菜の量が違うし。豆腐の量も違う。この違いは、すき家のはうどんを入れているため、うどんが詰め物になり、それでごまかされていたのだ。まあ、うどんすきも嫌いではないのだが、ご飯も出るので、うどんはいらない。そのうどんのおかげで、豆腐や野菜が減っているので、そこが残念だ。その野菜の柔らかさが全く違う。すき家に入っていたタマネギなど堅くて刃が立たないほどで、これは生ではないかと思えたほどだ。鍋なので火がついている。コンロに乗っている。だから、これから煮るようなものだが、そんな短時間では煮えない。それにコンロは食べきったあたりで切れる。タマネギを最後まで残して、できるだけ煮ようとせたのだが、無駄だった。一方ザ飯屋の野菜類は、すでに煮えたものだろう。しかも結構柔らかく、にんじんも白菜やネギももとろけるように柔らかい
 つまり、すき焼きは肉がメインだが、休みたいときに野菜を食べる。肉だけだとしつこいので、野菜を間に入れる。その野菜が少ないと、食べにくいのだ。値段の差は数十円。おいしいだけではなく、食べやすさなどを考慮した調理師がいるためだろう。
 昨日は喫茶店からの戻り道に入ったので、鞄の中にNECのノートパソコンを入れていた。鍋が出てくるまでの時間、鞄から出したのだが、そのとき、タブレット箇所だけを取り出した。
 鞄の中に、パソコンなどを入れる仕切りがあり、そこにノートを入れているのだが、その状態でタブレット、つまり液晶だけをすっと抜けるのだ。これはキーボードにしっかりと固定されていないためで、ただのはめ込みだ。だから、抜けるのだ。
 すると、10インチタブレットのみになったので、すぐに写真を撮る。キーボードを三脚にしてではなく、10インチを手かざしデジカメにして写す。これはデジカメよりも写しやすいのは、こんな大きなカメラはないためだろう。何をやっている人なのが分かりにくい。
 また、持ち上げての手かざしでなくても、底をテーブルの上に置いての撮影も可能なようだ。タブレットを見ている人に見える。
 喫茶店内で、ノートパソコンのように使っていて、ちょっと写すときは、その液晶をそっと抜けば良い。留まっていないのだ。そして手かざしで写した方が早いだろう。
 
  
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2015年11月29日

Windows10

■■ 2015年11月29日 日曜日 午前7時29分
 
 今朝も5度を切っているが、慣れたのか、それほど寒くはないので、不思議だ。これは風がないためかもしれない。昨日もよく晴れており、今日も晴れそうだ。天気予報では曇りとなっているが、雲などなかったりする。これは一日の中でも違ってくるのだろう。また、雨が来そうだが、降らないこともある。最近の天気予報は過剰になった。大げさになっている。それだけ安全につとめているのだろう。
 寒くなってきたので、とっくりのセーターを中に着込んだのだが、喫茶店に入ると、これが暑い。暖房がよく効いているためだ。そうでない店もあるので、入ってみないと分からないし、また同じ店でも同じ温度ではない。同じ暖房効果のある店内とは限らないし、時間帯にもよるのだろう。自動かどうかは分からない。客が文句を言えば強めたり弱めたりする。
 朝のモスは寒い。暖房がないわけではないが、他のモスに比べたり、喫茶店に比べても寒い。朝まだ早いため、店内がまだ暖まっていないのかと思っていたが、そうではなく、しばらく居て、出るときも寒かった。しかし、マクドよりもましだ。特にマクド喫煙室は監獄のように寒かった。
 昨日は金曜日だと思っていたら、土曜だった。一日中全く気付かなかった。後で思い出すと、ショッピングモールに交通整理の人が立っている。これで気付くはずなのだ。土日はいると。しかし、ポイント五倍の日とかにもいる。さらに祭日ではないかと思ったのだろう。土曜を金曜と間違えていても支障は全くなかった。
 パソコンをスリープ状態にしてから開けたとき、大きく日付が出るのだが、それで確認するようなことはない。
 この日誌の一番上の日付は日本語変換で出している。新しいパソコンで打っているので、その設定をしていなかったので、単純な文字になる。それをカスタマイズして、好みの表示に変える。これは日付、曜日、時間と、三つ別々に変えられる。当然全角や半角にも。これはATOKの機能で、一太郎の機能ではないが、一太郎でも、当然できる。
 昔はこれをマクロでやっていた。今は、日付専門のカスタマイズ画面があり、そこで合わせる。
 この日付は「日時」とか「今日」とか「今」とかで出せる。
 さて、寒くなってきたのだが、着込むと暑苦しくなるので、厚着も問題だ。効果があるのは、ふわふわのとっくりのセーターだ。これは薄いのだがかなり温かい。この一枚で、暖房の入った店内では暑苦しくなったほどだ。この効果を記憶したので、もっと効果的に使いたいものだ。つまり、これを下に着込んでいれば、上はそれほど分厚くなくてもかまわない。まあ、ずっとそのとっくりのセーターを着続けるわけではないし、それは一枚しかない。しかし、効果は非常に高い。毛糸のセーターよりも、ネルシャツよりも効く。
 
 高枝切りは寒い中やっている。昨日はその前に途中で中断した枝の続き。すでに四分の三ほど切れていたので、後は一気だ。これがそれなりに太いため、二本切ろうとして、残ったのだ。一日一本がちょうどいい。
 昨日はそれで早く切り落とせたので、次のにかかるが、途中でしんどくなってきたので、切り口を付けてから、やめる。この切り口は斜め切りの切り口で、ノコギリが乗るまでの状態だ。乗るとは、差し込める状態で、手を離しても、食い込む状態だ。横に伸びた枝ならノコギリを乗せられるが、斜め切りの場合、ある程度切らないと、うまく乗ってくれない。垂直に伸びた枝を真横に切ることは、真下からではできないのだが、ノコギリをやや横に寝かせることはできる。この状態では手を離すとノコギリは落ちる。長くて重いパイプなので、ある程度切れ目が入っていないと、空中に浮かせて切っているようなものだ。そのため、切り口をある程度入れると、横にやや寝かせた状態でも、それが枕になり、手を離せる。
 ただ、この方法だと、高枝きりノコギリの重さが切り口にかぶせられない。横に少し力を加えないと、空切りになる。
 昨日はそこまで、セットして、途中でやめた。それほど太い枝ではないが、メインの幹だ。上は払っているので、短くなっているが、それでも太いので、切り落としたとき、すごい音がする。もう、切れたとき、お辞儀をしても大丈夫な長さになっているのだが。
 ここを切ると、木の頂上が樋の下程度まで短くなる。そのため、傾斜した屋根を越えなくなる。その状態になれば、脚立が使えるが、昨日も面倒なので、脚立ではなく、地面から高枝切りノコギリで切った。同じような高さの枝を脚立に上がってノコギリで切ったことがあるが、足場が固定された状態でずっと切り続けるのは苦痛だ。下からだと、足の位置を自由に変えられるし、移動さえできる。そして、高枝切りノコギリのパイプ部を腹のところで持って、腕を上げないで、櫓を漕ぐように切れる。時間はかかっても、こちらの方が楽なのだ。
 幹だけを残した高い目のが、あと二本か三本ほどある。ここは急いで切る必要がないので、一時間以内での作業にする。切り続けると、やはり腕も首もだるくなる。違うことを入れれば良いのだが、切る場所が下に移動したので、幹が太くなり、時間がかかるので、同じような姿勢で、同じような動作になってしまう。
 しかし、初期に比べ、疲れにくくなり、また筋肉や筋が痛くならなくなっている。
 
 最近使っているニコンP9900は快調だ。カメラがよいのではなく、悪いためだろうか。悪いカメラではないのだが、画質的にすごいカメラではない。受光素子やレンズを見れば、すごい写りのするカメラとは言いがたい、値段が値段だし。レンズ的に高倍率ズーム機なので、写りの良さなら単焦点レンズという頭があるため、あまり期待はしていないのだが、よく写りすぎるカメラより、こういうタイプの方が不思議と写しやすい。気安いのだろう。それに味がある。この味は、画質の良さではない。
 少しいいカメラを持ち出しているときには写さないようなものを写してしまう。ここが大事なのだ。
 しかし、最近は寒くなったので、喫茶店からの戻り道での大回り散歩は控え気味で、さらに高枝切りや新しく買ったパソコンの設定で、忙しいので撮影も控えめだが、こういうときは行き帰りの道で、地味に被写体を探すことになる。そのとき、望遠があれば、思わぬ角度から写せるので、ネタがなくても、なんとかなるようだ。
 
 ウインドウズ10というのは、結構サービスがよくなっている。ちょっとした設定をするにしても、ツリー構造で、階層をたどりながら奥まで行くのではなく、意外と近いところから入っていける。抜け道のように。たとえばバッテリーだ。電源と関係するし、またスリープとかにも関係する。部屋で電源に繋いで使っているとき、4分でモニターが消え、スリープ状態になるとかなわない。だからバッテリーだけで外で使っている場合は、この初期値で良い。これは何もしないで、操作なしのときだ。外ではそれでいい。四分ぐらい、何もしないときは殆どない。ただ、部屋に戻ったときは電源を繋ぐので、そのときは何時間かはそのままでいい。
 この電源管理は、非常に簡単なところから入っていける。タスクバーに電池のマークが表示されるのだが、これはよく見ている。残りが心配なので。それを押せば残りを数値で示してくれるが、そこに電源管理への飛び先がある。これは便利だ。ここでスリープ状態を何分後かに指定できる。表から見に行くこともできるが、意外とこういうところから入っていける。おそらく他の項目もそうだと思える。非常に親切だ。これは円熟してきたのだろう。ぶっきらぼうなマイクロソフトのOSが愛想よくなっているのだ。
 新しくできたタスクバーの中にお知らせという言うのがある。これは何かがあったとき、知らせてくれる。たとえばSDカードの取り出し方法を指定できたりする。そんなこと考えないで、抜いたり差したりしているが、これは安全な取り出し方法ではないのだろう。USBも。
 先ほどのスリープモードでも、実はネットには繋がっているようだ。それを切るかどうかのオプションがあった。
 それはスリープ状態で、喫茶店から戻ってきて、しばらくして、パソコンを開けて、スリープから解除したとき、夕方のニュースが届いていますと、お知らせがあった。開けた瞬間ネットからすぐにダウンロードしたわけではないだろう。部屋に戻ったとき、部屋のWi-Fiと繋がったのだ。これが、スリープ状態でも、ネットは繋がっているという意味だろうか。当然、戻る道で繋がるわけがないので、戻ってからだろう。
 そのニュースとは何だろうかと思っていたら、NECが用意したのか、ニュースアプリだ。これはタブレットモードで動いているらしく、いろいろなニュースを集めたもので、自分なりにカスタマイズできるもので、マイクロソフトのニュースではない。
 このタイプのニュースアプリは結構多いはずだが、こんなものがあれば新聞などいらないのではないかと思える。新聞と言うより、雑誌風なのだ。しかも写真と記事のタイトルと、ちょっとした長い目の見出しが綺麗に並んでいる。読むと言うより、見るという感じだ。実際、クリックしてまで見る記事は殆どなかったが。
 実はこのニュースアプリ、喫茶店内でも見ていた。朝のニュースが届いていますとなっていたからだ。そのときはネットには繫いでいなかったと言うより、ネット環境にしていなかったのだが、読めた。つまり出るときにダウンロードしていたのだろう。後はオフラインでも読めると言うことだった。
 こう言うのはスマホアプリなどでは多いと思えるが、ウインドウズ版でもあったのだ。
 10インチタブレットなので、スマホよりも大きいので、まるで雑誌かカタログを見ているような感じだ。こういうときは指でさっさとこすっていった方が快適だ。
 
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2015年11月28日

NECタブレットノートパソコンの続き

■■ 2015/11/28 7:20
 
 今朝は昨日よりも寒さはましだ。5度は切っていない。そして一番寒い時間が午前2時だった。いつもなら朝方に最低気温が出るはずなのに、様子が違う。
 しかし、寒いのには変わりはない。10度を切ると寒い。そこで昨日から帽子を変えた。ニット帽にした。これは耳が寒いためだ。そのため庇がなくなり、前がまぶしい。それにしっかりと止まっていないので、前にずれてきたりする。このニット帽は高いもので、口の狭い壺のような丸いものだ。その丸さがそれなりに大きいため、後ろにずれる。ずれると言うより、上に行かないで、後頭部へ行く。大黒さんだ。そのため、烏帽子のようなとんがりにならないので、好ましい。ただ、あまり暖かくない。ニットなので、編み目があり、そこから風が入ってきたりするが、これは蒸れなくて。まだ、この薄手で十分だ。
 実際には普通のニット帽、これはスキー帽のような形だが、入り口、つまり額の箇所から耳にかけて二重にできるタイプが暖かい。この二重が線になり、はちまきのように見える。中に何か入ったものでもいいが、毛糸で編んだようなものが好ましい。これはアクリル糸だろうが、分厚いタイプは暖かい。そしてあまり蒸れない。
 昨日はその気ではなかったが、いつもの衣料品売り場でニット帽や首巻き、マフラーなどを見ていた。特に首巻きは気になる。これは百均で売っているのだが、それの良いタイプだ。その中で珍しかったのはボタン付きだ。輪なのだが、その輪をボタン三つほどで止めている。絵にすると腰の悪い人がはめるような形。女性が腰を締め付けるような、あの形だ。これが高い。2000円を超えている。毛糸のためだろうか。ボタンは三つあり、そのため、幅が結構ある。高い。見た感じ毛糸セーターのボタン付きのようなもの。だから、セーターを脱ぎかけているような姿に見える。
 それの生地違いが800円であった。しかしボタンはどうだろう。まあ、ボタンはアクセサリーだと思える。そのまま普通の首輪と同じように頭から装着すればいいのだ。
 ユニクロにも首輪は結構出ている。丸い輪ではなく、前後があるような輪。これはマスクになるのではないかと思われる。顔半分だけの覆面のようなものだ。そのうち頭巾でも出てきそうだ。まあ、女性の場合、マフラーやショールをかぶればそれでいいのだ。手ぬぐいだと夜鷹になってしまうが。
 一番暖かいのは耳隠し付きの帽子だ。これは鳥打ち帽のようなものかもしれない。昔のパイロットがかぶっていた飛行帽か。戦後は焼き芋屋がよくかぶっていた。
 ニット帽のことを正ちゃん帽と呼ぶ。そういう新聞漫画があったのだ。ずっとその帽子をかぶっている子供。
 冬の防寒用帽子に関しては、コンビニへ行けば、何タイプがサンプルのように並んでいる。ほぼそのパターンだ。三タイプほどだろうか。アクリル糸で編んだニット系が千円ほどだが、これが一番暖かい。まあ、取り合えず寒いので、出先で買うという感じでは傘に近い。
 耳が出ている帽子は防寒性がない。耳が一番寒いのだ。だから、耳当てだけでもいいほど。
 このニット帽、冬場でも長くかぶっていると、額に線ができる。境界線が日焼けしているところと、していないところの。これがなんとなく時代劇に侍のカツラの繋ぎ目のように見えたりする。
 さて、昨日はコート、オーバー系を見に行ったのだが、やはり首元が寒そうだ。マフラーや首輪で解決する話だが、損をしているような気になる。それは横で売られている普通のジャンパー系だと、しっかりと首をガードしているし、首当てのようなもので首を包んでいたりする。コート、オーバー類は下にスーツを着る人が多いため、ネクタイが問題なのだろう。だから、少し首元というか喉のところは開けていた方が好ましいのかもしれない。まあ、真冬だと、マフラーをしている人が多い。だから、オーバーや、コート系はマフラー装着が基本なのかもしれない。ジャンパー系はアウトドアなので、マフラーが邪魔というか、引っかかったり、取れたりする。それにマフラーはあまり汚したくないだろう。だから、ジャンパー側で首の防寒機能を持たせているものと思われる。当然フードなどもそうだ。作業を前提としたもので、動きやすいタイプが基本だろう。
 そのタイプがGUであったので、見ていたのだが、結構大げさだ。これで5000円を切っている。ここは5千円より高いのはない。これはどう見ても作業用か、山に分け入るようなタイプで、結構ハード仕様。ポケットも多く、そして大きい。またポケットの入り口が水平のため、落下の危険性が少ない。少しレンズが飛び出している程度のミラーレスカメラなら入るだろう。
 3千円台になると、理想的な形になる。丈はそれほど長くはないが、シンプルだ。表面生地はウール風で、中綿入り、毛羽だったボア系は表も裏にもない。この上着が店の前面にずらりと並んでおり、確かにこれが一番いいだろうと思えた。
 コート、オーバー系は奥に引っ込められていた。やはり、防寒性に問題があるような感じだ。生地は分厚く、重くていいのだが、見た目ほどの防寒性はないのだろう。それに動きが鈍そうになる。なんとなく予備校生が着ていそうなタイプだ。また、大学入試の日に、よく見かける。
 韓国時代劇ドラマを見ていると、宮殿に出入りしている人たちは唐服らしい。中国風というより絹のようだ。庶民は身分がそれほど高くない人は綿とか麻だろう。絹は作業には向かないと言うより、高いのだろう。シルクロードと言われるほど、絹は取引の使われたり、貨幣の代わりにもなったはずだ。ドラマの中でも、王様からの褒美で、お金ではなく、絹でもらっていたりするシーンがある。
 また、ズボンのようなものをはいているが、綿入りがほしいと、キャラの一人が言っていた。寒いのだろう。そして、綿入りは昔からあるようだ。そのため、裏地に毛の立った生地を付けているズボンというのは、悪くはない。まあ、綿入りもんぺというのが昔からあるが。
 また防空頭巾も綿入りだろう。音で、耳をやられるので、当然綿入り頭巾は耳にまで掛かっており、その上から両手で押さえると、本当に何も聞こえなくなるのかもしれない。防空だが、防寒でもあるはずだが、しかし防空なので夏場でも必要だろう。
 
 昨日はスガキ屋で台湾かき混ぜそばかラーメンかは忘れたが、それを食べた。一番のおすすめメニューらしい。スガキ屋のラーメンは二百円台。マルタイラーメンのようにあっさりとしている。具は殆ど何も入っていないが。
 それで、その台湾かき混ぜラーメンだが、ラーメンのようにスープに浸っていない。ぶっかけそばとかうどん、冷麺に近い。ただ、温かいが。
 麺の上にいろいろなものが乗っている。多いのはもやし。これは安いものだ。メインはミンチ肉だろう。そして半熟卵。後は忘れたが野菜系だ。そして生のニラ。まあ、ネギの代わりだろうが、生のニラをとりあえず底に溜まっている温かいスープに付けたいと思い、かき混ぜる。それで、すべての具を一緒にかき混ぜると、ミンチ肉が消えてしまった。目立つのはもやしばかり。残しておこうとしていた半熟卵も、この際なので、つぶして一緒にかき混ぜる。どうせ胃の中ではこの状態だろう。
 しかし、爆弾が入っていた。ミンチ肉に仕込まれていたのか唐辛子だ。これが辛い。それで、かき混ぜそばを一気にかき込んで食べきった。
 後で考えると、麺ともやしと唐辛子の印象ばかりで、材料費のかかるもの、栄養素の高いものは、見た目ほどには入っていなかった。これなら、自分でミンチ肉を買えば、もっと贅沢なものが食べれたのにと思う。外食の場合、高い材料というか、具が少ないのは、ダメージを受けたくないのだろう。原価の。
 その席から、向かいにある長崎ちゃんぽんの店が見える。そちらの方がよかった。具が多い。野菜が半端ではない。
 その店を見ていると、国産が目立つ。国産小麦使用、国産野菜と。だから、ここの麺は国産小麦で作られ、そこにある餃子は国産肉が入っていると言うことだろう。もう一つ、国産があったが、忘れた。その横に讃岐うどんの店がある。そのうどん、国産小麦ではないだろう。
 小麦粉は保存性をよくするため、小麦粉だけが袋に入っているわけではなさそうだ。
 昨日は寒かったので、夕方前に入った喫茶店から出たとき、ついつい外食をしてしまった。あまりよくない。逆に栄養が足りなくなる。カロリーばかりで、血肉になる具が少ないのだ。まあ、ラーメンなどは副食で、おやつなので、おやつで夕食を済ませたようなものなので、文句は言えないが。
 また、昨日の高枝切りは、太い目の幹、これは結構下の方にある。それを切っていたのだが、寒くなってきたので、途中でやめた。三分の二ほど切れただろうか。あと少しと言うところから実は長い。歯が挟まるためだろう。その前に一本切り落としているので、時間的にも一時間を超えかかったので、中断した。
 
 NECタブレットパソコンの続き。
 内蔵カメラはアンドロイドタブレットとかについているような小さなレンズのデジカメだが、これで800万画素ある。画素数よりも、よく写っているので驚く。暗い室内で、普通のデジカメではひやひやものなのだが、それがすんなりと写る。いったいどうなっているのだろう。受光素子の大きさなどは書かれていないし、明るさや画角のミリ数も判らない。40ミリほどではないかと思われる。それほど広角ではない。最短撮影距離も判らないが、固定焦点ではないようで、AFが動いている。これはタッチしたところでピントを合わせようと、その動作を始める。暗い場所なので、多少時間はかかってもおかしくないし、それがAFだとは気付いていなかったので、合いやすいところではないところに指を当てていたのだろう。
 シャッターボタンがない。スマホならあるだろうが、タブレットにはないのかもしれない。それに近いところにボタンがあったので押してみると、画面の回転を止めるボタンだった。立てたり横にしたりすると、表示も回転するためだ。やはりこれはタブレットだ。普通のノートパソコンではない。まあ、キーボー付きの普通のタブレットを横置きから縦置きにするようなことはあり得ないのだが。
 結局シャッターボタンはカメラの絵をしたアイコンだった。その近くにビデオカメラのアイコンがあるので、その切り替えだと思っていたのだが、それがシャッターボタンだった。
 ウインドウズ機なので、カメラアプリの大きさや位置を変えられる。フルスクリーンにすれば10インチだ。カメラマークのアイコンは右端にあるので、モニターを右手で握って親指で押せるようだ。当然リターンキーでもいけるが、液晶の角度が固定で、それを動かすと、キーボードが反応しなくなる。スイッチが抜けるのだ。これでもまだ分離していないのだが、回転技でキーボードでのシャッターは使えない。そのままだと、モニターの向こう側にある机しか写せない。お辞儀をしているような角度になるためだ。
 しかし、すっと持ち上げれば、簡単にモニターは外れるので、それで10インチ液晶手かざし撮影ができる。こんなことは喫茶店内では難しい。しかし、これは写しているとは思われないので、逆に大きなものをつきだして、露出している方が、気付かれないかもしれない。
 その写りは、普通のコンパクトデジカメと互角だ。こんな小さな装置で作れるのなら、もっと小さなコンパクトデジカメも作れるはずなのだが、それでは商売にならないのだろうか。
 スペックもメーカーも何も分からないカメラが、コンパクトデジカメと互角というのは驚く。カメラを忘れたとき、パソコンを持っているときは、これで代用できる。そのファイルの保存先をマイクロソフトのワンノートにしておけば、何もしなくても部屋のパソコンと同期されるだろう。
 
 キーボードや本体の細かい説明がないと思っていたら解説書のアイコンがあったので、それを押すと電子マニュアルだった。PDFではなく、それように作られたものなので分かりやすい。マニュアルは電子版の方が分かりやすいのは、拡大できるためだろう。図も文章も指だけで拡大できるのは、タブレットのおかげ。ただ、指の先を開くというのは角度的に無理なのは手に持っての操作ではないためだろう。そのため、両手でやっている。こちらの方が簡単で、指が痛くならない。
 それで、キーボーの一つ一つの説明があり、本体についているものも理解できた。電子ペンの説明もあるが、電子ペンだけでこすればスクロールになるというのはなかった。これは方式が違うためだ。電子ペンは押したままだと右クリックになるようだ。これはプロパティとかを見るときに使える。
 電子ペンは落下位置を示すマークが出る。着地点だ。ただ、その着地点が角度により、よく見えなかったりするが、ないよりはありがたい。ただし予測着地点なのでずれるかもしれないが、非常に軽快に線が引けたりする。このあたり、内蔵メモリの2ギガだと不安だったところだ。
 この電子ペン、それほど太くはなく、重くはない。そのため頼りないのだが、ノートパソコンで言えば根元のバッテリーに入っているところや、蝶番のところに穴が空いており、そこに収納できる。出すときは、もう一度押し込めばいい、バネで戻ってくる。こう言うのをテキスト打ちで使うときは、癖で口にくわえてしまう。だから、外ではできなかったりする。
 キーボード側のパッドかパットか忘れたが、手前にある四角い面で、指でなぞってカーソルを動かすのが一番正確で早い。指だとどこを押したのかわかりにくいが、そのパットならカーソルが出るので、マウスと同じだ。
 最近のパッドは左右ボタンがない。マウスのように。その代わり、右クリックがあり、それはその板の右下あたりを押せばいい。板そのものが強大なボタンのようなもので、下に動く、ボタンと言うより、巨大なキーだ。だから、右クリックが必要なときは、その大きな板の右下あたりを押せばいい。やはり手に近いところでの操作の方が好ましいが、スクロールに関しては指でめくる方が早かったりする。しかし液晶は指紋だらけになるが。
 
 初期のウインドウズタブレットは専用ソフトで動いていた。今もそういうタブレット向けソフトはあるが、最近のウインドウズタブレットは、普通のウインドウズ用のソフトも使えるので、重いという印象が強かったが、これがアンドロイドタブレットに迫る勢いがある。これはマイクロソフトの後追いだろうが、タブレットとして使えるような環境を作っているようで、初期に比べ、結構早く、安いアンドロイドタブレット並に動いている。むしろ操作に関しては、パソコンに慣れた人なら、こちらの方が分かりやすいだろう。
 内蔵カメラは他のソフトでも動くのだろう。マイクロソフトのソフトコーナーを見ると、カメラアプリが売られていた。100円だ。最初から入っているアプリでは不満な人は、そう言うのを買うのだろう。ちなみにそのアプリ、階調拡大が得意なカメラで、白飛び、黒つぶれを極力抑えることに専念した専用カメラだ。ハードではなく、ソフト的なものなので、カメラを買うと言うことではない。100円だ。これは加工ソフトではなく、最初から、そういう写真になるらしい。ほかにも監視カメラが売られている。値段は見ていないが、カメラを売っているのではなく、ソフトを売っている。こう言うのはスマホに近い売り方だろう。
 だから、アンドロイドショップのようなものをウインドウズショップでもやる感じだ。
 アンドロイドやスマホ系に手を出しても、すぐにウインドウズに戻ってしまうのは、日本語変換などがしんどいためだろう。ちょっとしたアプリ程度では解決しない機能がある。それは一太郎や日本語変換のATOKなどの塾度だ。こう言うのは便利ソフト程度では作れないのだろう。
 このノートパソコンにもなるタブレットだが、同じNECの商品を見ていると2万円台からウインドウズタブレットは売られている。安くなったものだ。7インチとか8インチだが。
 しかし、重いはずのウインドウズがタブレットとして、こんなに軽快に動くとは、痛快だ。
 

 
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2015年11月27日

タブレットパソコン設定

■■ 2015/11/27 7:53
 
 今朝は寒い。4度ほど。5度を切っている。これは寒い。この秋一番の寒さが、また更新しそうだが、一度あったような気がする。4度と6度はそれほど違わないが、数字を見て寒くなったわけではない。寒さのためか、起きてこれなかったのか、目を覚ますのをいやがったのか、寝過ごしてしまった。これは途中一度も起きてこなかったので、もう少し寝ていようと思ったわけではないが、寝ているとき、少しは思ったかもしれない。
 これで本格的な冬が来ているのだが、まだ11月なので、秋となっている。だから、秋一番の寒さのまま。これが12月に入ると、冬一番になるのだろうが、毎日更新されるかもしれない。真冬まで。
 しかし、冬の初め、脅かすように寒い日がある。後はそれほどでもなかったりする。
 今朝はそれで、昨日と同じ服装だ。下にセーターを着込もうかと思ったが、それはまだ早い。しかし、秋の中頃、うんと寒い日があり、そのときは着込んでいた。これはそれまでまだ夏を残していたためだろう。体感温度として寒かったのだろう。
 今日あたり、冬物上着を見に行くつもりだが、何度行っても実際には買っていない。上に着るコート類は何着もあるためだ。最近着ているのは冬の終わりがけに買った2年前の上着だ。これは賞味期限が短かったので、あまり着ていない。だから、二年ぶりに見ると、新鮮なので、それを着ている。それらの上着を買うときは、それなりに思惑があり、それを思い出している。
 しかし、今年はダウンジャケット系、ジャンパー系より、コート系だろう。オーバー系だ。
 
 NECのキーボード付きタブレットパソコンの環境設定をしているが、ゆっくりとしたペースだ。また同じことの繰り返しなので、慣れたものだ。
 パソコンが届いて、ウインドウズを起動させたとき、そのウインドウズは8.1だ。この夏過ぎまで売られていたパソコンはどれもそうで、ウインドウズ10搭載機は今月に入ってからだろう。
 まずは8.1の更新から始まる。これは買った時期が遅いほどたまっている。一年前の商品なら、一年分たまっているのだろう。
 これは昔ほど時間がかからない。放置していたパソコンを起動したときも、かなりたまっている。それに近い。
 更新というより、再起動などをするとき、更新が始まる。自動的に。
 それよりも、最初のウインドウズを起動したときに10へのアップを言ってきた。前回はなかったように思われる。同じ8.1でも新しいためだろうか。ここでは実際にはアップされない。アップ用のプログラムが待機状態になるだけ。まずはウインドウズ8.1を最新状態にしてからでないと、10へは行ってくれないようだ。
 そして、タスクバーに旗が出たので、それを押すと10へのアップが始まるが、これはお知らせだ。頃合いを見て、ダウンロードするのだろうが、これが早かった。その日のうちに、ダウンロードできるようになったのか、そこから一気にインストールまで始まり、あっという間にウインドウズ10になった。だから一日でアップしたことになる。そのためウインドウズ8.1を見ていたのは数時間と言うことになるだろうか。10への無料アップサービスも落ち着いてきたのか、混んでいなかったのだろう。夏場、そのサービスが始まった頃は一週間以上待たされた。
 ウインドウズ10への移行のとき、10がよろしいので、アップした方がよいというようなことが表示されていたのだが、その中にウインドウズ10にはウィルス対応の機能もありますと書かれていた。これは前回なかった。要するにウィルス系対応や、対策ソフトはいらないと言うことを明示したことになる。これは考え方によると大問題だ。このパソコンにも、お試し版のそのタイプのソフトが入っており、60日無料とかだ。これが強引にスタートさせようとしている。すでにプログラムが入っているため、OKを押せば、すぐに起動するのだ。これがいらないといっているようなものなので、この関連のソフトの売り上げに影響するだろう。
 さらに最近はネット上でのバックアップソフトもうるさくついて回る。これはウィルス対応ソフトを入れると、その会社の商品が催促するように、お知らせが常に出る。まるで、ウインドウズのシステムが言っているように。
 ウインドウズそのものが、ウィルス対応できます。と公言したようなもなので、もう買わなくてもすむ。ウインドウズ8時代から、警告が出なかったのは、そのためかもしれない。ウィルス対応ソフトを入れる前、どれを買おうかと迷っている時期があった。そのときは対応ソフトなしの状態だ。以前なら警告が出る。ウインドウズ側から。それが出ないので、不思議に思っていたのだが、そういうことだったのだろうか。
 
 今回は今まで使っていたノートが無事で、まだしっかりと動いているので、急いで新ノートの環境設定を急ぐことはないので、ゆっくり目の作業になった。
 まずは一太郎とATOKとWZエディターを入れる。テキストタイプから入れる。
 その一太郎が、ない。最新版の15だ。これはダウンロード版だったので、削除していたのだ。ほかの一太郎は残っている。
 春に出た一太郎だが、まだ再ダウンロードできるはずなので、ジャストシステムを見に行くが、どこにあるのか、入り口がわからないので、一太郎、再ダウンロード、と検索すると、一気にジャストシステムお客様サービス窓口のようなところに飛んでくれた。まあ、商品紹介や販売が目的のサイトなので、メンテナンス系は奥の方にあるため、見つけにくいのだろう。
 そこへ入ると、履歴が出ていた。自分が買ったダウンロード版のソフト一覧だ。その中に一太郎15が一番下にあった。そこにダウンロードのボタンがある。押すと落とせた。ただ、注意書きがあり、無限にダウンロードはできないと書かれており、何回かとは書かれていないが、限りがあるとか。常識の範囲内だろう。パソコンの引っ越しでは必要だ。しかし百回も引っ越す人はいないはず。また、一太郎が崩れた場合でも、百回も崩れないだろう。
 一太郎版広辞苑はCDで持っており、これはCDを失うことが多いので、パソコンの中にファイルとして保存している。
 その後は、一太郎の環境設定だが、これは環境ファイルをコピーし、一太郎内で読み込めば、同じ環境になるが、すべてではない。
 初期書式というのがあり、一太郎を起動したときの書式だが、これは以前書いた文章ファイルを読み込み、その書式設定、これは印刷設定だが、そこへ飛ぶと、当然ながら、その書式が反映されているので、それを記憶させる。この記憶で、今後一太郎を開けたとき、この書式で開くと言うことになる。これは簡単だ。
 
 パソコン本体だが、解像力が高すぎて、表示が小さくなるのではないか思っていたのだが、そうではなかった。いつもの10インチや15インチのモニターで見ているのと同じだ。しかし、文字は小さくならないが、非常にきれいに見える。細かく見える。「ぴ」と「び」の違いが、しっかりと見える。このパソコン、タブレットパソコンのため、最高解像力を隠しているのだろうか。つまり、拡大しても、まだきれいなように。
 これで、一つだけ心配事が減った。フォント文字が小さいと、いろいろと工夫しなくてはいけないためだ。
 ちなみに、表示に関する設定は、アイコン化されていてすぐに設定できるようになっていた。その中にシステムフォントの大きさを変えられるところが、真っ先に出たので、そこでフォントサイズを変える。すると、ファイル一覧などのときのファイル名がばかでかくなりすぎた。大きなサイズを指定しすぎたためだろう。当然ディスクトップに出るアイコンの下の文字も大きくなる。アイコンだけでは、何のプログラムかがわからないことがあるためだ。
 
 キーボードはクリック感があり、それなりに深さがあるので、軽く感じる。ストロークが長いため、ペタンペタンとはならない。このペタンペタンも悪くはないのだが、やや力がかかる。
 キーの頭はややくぼんでおり、横滑りしないようになっている。
 モニターの明るさ調整はキーボード側でできる。これはどのタイプのノートでもついているのだが、かなり暗くできるのでありがたい。これはうれしい。それ以上暗くならないタイプもあるのだ。そういうときは、グラフィック関係の奥にある設定箇所まで行き、強引に明度を下げたりしないといけない。ここはキーボードからではいじれない。
 薄暗い室内でノートで電書などを読んでいるとき、パソコンモニターでは明るすぎるのだ。これをかなり暗くできる。ここはアンドロイドタブレットよりも暗くできる。
 
 タブレットとキーボードはノートパソコンのように繋がっているが、角度固定で、少し動かすとキーボードが反応しなくなる。これは無線でつないでいると思うのだが、離しても使えれば、さらによかっただろう。ソニーならそのタイプがあったような気がする。当然、このキーボードでなくても、外付けのキーボードも付けられる。その必要がないのは、このキーボードが気に入って買っているのだから。
 とりあえず一太郎によるテキスト打ちができれば、このパソコンの役目は果たせる。いつものノートよりも当然早い。いつも使うノートパソコンなので、ここが快適な方が好ましかった。テキストのほとんど、つまり文章はすべて喫茶店で打ち込んでいるので、実はここがメインなのだ。そのメインが快適になった。
 今では懐かしいNECのログもうれしい。


 
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2015年11月26日

タブレットパソコン

■■ 2015年11月26日(木)午前7時48分41秒
 
 今朝も寒い。このあたりから冬の始まりだろう。11月はまだ秋のようで、天気予報ではこの秋一番の冷え込みになるだろうと言っていた。冬は12月、1月、2月だろう。だから12月から冬だとすれば、あと五日ほどだ。12月になり、年末になっていても秋のように温かい年があった。
 今年はいつに間にか紅葉が始まり、いつの間にか落ち葉になっていた。紅葉をあまり気にしていなかったためだろう。つまり、紅葉狩りなどへ行かなかったし、行こうともしなかったので、歩道が色づいている程度で、今は落ち葉でザクザク音がする程度。そして例年のように落ち葉を集めたビニール袋が積まれていたりする。
 今年は高枝切りをしたので、似たような袋をゴミの日に出すことになった。落ち葉と違い生木なので、葉も枝も少し重い。40リットルほどの袋だと結構重く感じ、持ったときビニールが引っ張られる。葉だけではなく枝も入っているためだろう。切ったりちぎったりした枝の先が袋を突き刺すため、袋に詰め込むときも用心しないといけない。
 今朝は無事、その生枝葉出しを終えた。葉のついている枝はほぼ切ったので、もうその袋を作らなくてもいいだろう。
 紅葉狩りには行かなかったが、結構木に触れている。ただ、木にすれば大怪我だろう。
 
 注文していたノートパソコンが予定通り届いた。今回は上新なので、いつものクロネコヤマトだ。この便が確実で、いないときはまた来る。伝票を入れて帰らないで。
佐川も何度か来るが、伝票は入れている。不在云々の。一度留守だと二度と来ないが郵便で、取りに行かないといけないので、それが手間だ。そのため、郵便で荷物が届いた場合、郵便局まで往復しないといけないので、自分が郵便配達員になってしまう。
 さて、今回は居るときに届いたので、無事受け取れた。しかしすぐに箱を開けると忙しくなるので、しばらくそのままにしていたが、やはり気になるため、中を確認した。このパソコン、メインはタブレットで、タブレットとしても売られている。キーボードありとなしだ。だから、キーボードなしで買った人でも使えるようにできている。そのためかキーボードの説明などはほとんどなく、キーボードの個々のキーの説明なども、当然ない。見れば分かるということだろう。
 うれしいのはロールアップ、ダウンキーが一発でできる。他のキーを押しながらではなく。ここはよく使う。文章の校正などで、読み返すときだ。さらにうれしいのは矢印キーだ。これが小さいタイプがある。爪でないと押せないほどに。同じ10インチなので、それほど面積は取れないためか、少し下にキーがはみ出している。だから下がそろっていない。これはいいことだ。小さくしないではみ出せているのだ。
 
 キーボードとタブレットとの接続は嘘のように簡単なもので、載せるだけ。これでは落ちるのではないかと思うのだが、左右前後は問題ない。弱いのは上と手前側だ。上に引っ張られると弱いようだ。キーボードは本体ではない。だから、パソコンを閉じるとき、本体がお辞儀をすることになる。乗せているだけなのだが、手前にかなり動き、そのあと外れる。これはゴムバンドがいるのではないかと、心配するほどだが、外れるのはかなりキーボードに接してからで、そこで外れてしまうが、そのままスライドさせれば閉じた状態でくっつく。開くときは、開き始めると離れる。そのまま立てて乗せればいい。だから一度空中に浮く感じだ。ロックとかはない。これを考えた人はすごいかもしれないが、これを許可した人もすごい。ただ、こういうのは買ってみるまで分からないので、客は展示品を見ても、それに気づかないだろう。
 
 本体のタブレットも薄いし、キーボードも薄いが、装着すると、普通の10インチノートパソコンのボリュームになる。しかし、ノートパソコンの液晶部分に本体があるとはとても思えない。まあ、タブレットはそんなものだが、よくこれだけ薄くできるものかと思うのだが、ハードディスクがない。これだろう。ハードディスクは物理的に回転する。だからよくクラッシュしたりするが、その体験はないが。
 タブレット機なので指で操作できるが、キーボード側の板で操作するほうが早かったりする。直接タッチ、ペン、キーボード、そして手前側のパット。好みで使い分けられる。
 それよりもウインドウズタブレットというのがこういう状態で使えるのかと思うと、うそのような話だ。つまり、アンドロイドタブレット並みなのだ。ウインドウズは重いので無理ではないかと思っていたのだが、10インチの板を見て、これでウインドウズが走るのかと思うと、最初信じられなかった。また、今回買ったこの機種はタブレットを乗せているだけなので、ノートスタイルでタイプしていても、液晶を持ち上げればすぐに抜けるのだ。
 これで、正体が分かった。このパソコンはタブレットだったことを。
 
 昨日はそれだけで、何もしていないが、ワードのなどが入っているオフィスをインストールした。これはライセンスキーが入っており、インストールはアイコンから始める。空のアイコンで、おそらく飛び先が書かれているのだろう。だから、マイクロソフトのページへ入らないで、いきなりダウンロードが始まり、待ち時間にオフィスの説明がパワーポイントでスライドショーを始めだしたので、それを見ていた。
 便利なのはやはりワンドライブだ。ネット上にあり、同期できる。ワードで新規文章を作ったときの初期値がワンドライブ内のドキュメントで、これで、部屋のパソコンと勝手に同期されるので、ファイルのやり取りが楽だ。むつかしい設定はないし、ワンドライブも最初から入っている。ワードやエクセルがなくても、これはウインドウズが持っている機能のようなものなので、ただの同期ソフトだ。しかも無料。最初から入っているため、面倒なダウンロード、それ以前に、ダウンロード先を探さなくてもいい。
 それで、結局昨日やったのは、オフィスを使えるようにしただけなので、今朝はワードでタイプしている。今一つ、細かいところが弱いが、これはグローバルなワープロなので、一太郎のように日本語に特化した画面ではない。全角文字の世界だ。またワードは相変わらず最下行が弱い。一行の空白がほしいところだが、オプションで探しているところだ。このあたり、一太郎の丁寧さが分かるのだが、これは英文では必要がないのだろう。
 ハードディスクではないので、容量が少ない。ウインドウズのシステムだけで半分ほど食っている。だから、インストールするソフトを考える必要がある。一太郎だけでもいいのだが、せっかくワードやエクセル付きなので、少しは試してみることにした。日本語変換もATOKが使いやすいのだが、インストールするのが面倒なので、まだ入れていない。
 少し目先の違うソフトでやるのもいいだろう。
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2015年11月25日

NECWindowsタブレットノート

■■ 2015年11月25日 水曜日 午前7時11分
 
 今朝は少し寒い。昨日の夕方あたりから気温がぐっと下がってきたようだ。一週間予報を見ると、十度を切る日がずらりと並んでいる。これは最低気温なので、朝の気温だろう。いつも起きて、喫茶店へ行く時間帯だ。この時間が一番寒く、最低気温が出る。一日の。しかし、大阪方面での話なので、それほど寒いわけではない。十度を切る程度だろう。しかし、暖かい土地でも、寒いときは寒い。寒さの程度は北国とは違うが。
 意外と北国が暑かったりする。大阪よりも暑かったりする。だから、記録的な寒さや雪を体験しながら、さらに真夏は暑さも体験するのだろう。大阪では暑さだけで、大雪や吹雪の寒さは知らない。たまに雪が降ることもあるが、意外と雪の日はそれほど寒くなかったりする。これは春の雪が多いためだろうか。
 しかし、寒いとき、さらなる寒さは想像できる。そしてうんと寒いときは、映画八甲田山を思い出す。神田大尉に比べれば、それよりましだと。この山は、太平洋側と日本海側の風が重なるらしい。そして、全国の今の最低気温トップの常連だ。山頂ではなく、麓の町だろうか。山頂の気温では反則だ。ちなみにその反則が富士山で、主要都市の気温の中に富士山がNHKでは含まれているが、これは参考だろう。それを言い出すと、寒さ比べでは、都市や町ではなく、全て山になる。これは生活情報ではなくなってしまう。山頂の山小屋に住んでいる人もいるだろうが、冬場は閉まっていたりする。
 今朝は綿の綿入りパーカーのようなものを着る。結構分厚く丈が長いので、コートのようだが、少し神田大尉が入っている。上腕に小さなポケットがあったりする。これは何でもない綿入りだが、表面生地が綿なのが珍しかった。中綿はポリエステルを詰め込んでいるものと思われる。葛のようなものを。しかし、それほど詰め物は多くなく、薄い。表面生地がウールとは行かなくても、綿なので、感触がいい。前はファスナーだけで、付けなくてもいいボタンは付いていない。ファスナーは首元からさらに上まで上がる。実際に真上まで上げるのは不可能だが、上限がない。そのため、可能な限り、首をカバーできる。途中で、ファスナーが終わるタイプは寒い。マフラーか首巻きが必要で、分厚い生地や防寒性がいくらあっても、首元がスースーでは何ともならない。ここは太い血管が通っており、その血管が冷えるのだ。だから血が冷える。冷やされた血が、全身駆け巡る。ここを冷やさない方がいい。最後まで暖かい箇所は腹だろう。腹を温めると、暖かい血が駆け巡る。腹はヒーターだ。ここで温める。だから、昔は晒や腹巻きを巻いていたのだろう。真夏、ステテコと肌着だけの人がいたが、しっかりと腹巻きを巻いていた。何故そんな暑苦しいものを巻いていたのかは謎だが、あれはポケットのようなものだ。
 真夏でも腹を冷やすと腹具合が悪くなったり、下痢をしたりする。
 さて、その綿の綿入りコートのようなものだが、殆ど蒲団だ。蒲団を被っているようなもので、これは馴染みがあり、扱いやすい。そのため、風は何とかなるが、雨に弱い。ただ、染み込むまで、かなり時間がかかるので、雨中の作業ではない限り、何とかなるだろう。
 昨日の高枝切りは、太い幹を切るため、まだ先が長い箇所を地味に切っていた。非常に切りにくい箇所だが、それを落とさないと、太い幹を切ったとき、隣家のまだ辞儀する高さがある。枝葉は落としたとは言え、幹は結構重い。地面に落ちたときでも結構響くし、大きな音がする。
 苦労して切った結果は、30センチほどの棒だったりする。その幹がお辞儀をしたときの距離を測りながら、何処まで切れば、お辞儀をしないかを計算しているが、できれば、切りやすいところにノコギリを入れたい。
 昨日はそれで先端箇所を二箇所ほど切る地味なものだったが、これは下拵えだ。太い幹を切るための。
 
 先日注文していたノートパソコンが、今日届くはずだ。これは今年年末のクリスマス用だったが、売り切れてしまいそうなので、早い目に買った。
 このNECの10インチノートパソコンは、Windowsタブレット機のジャンルに入ってしまったが、逆にいいキーボードが付いている。これが気に入ったのだ。
 上新のネットショップで何度も見ているうちに、フェースブックやブログなどでも、その広告が出るようになっていた。カメラを見ているときは、見ていたその機種が、広告に出る。他のサイトの広告枠でもだ。それで、まだあるだろうかと、見ていると、残り一台になっていた。上新では「さらに割引」というのがあり、それで1万円ほど安くなることがあるが、この商品はそれが付かない。最初から安いためだろう。それ以上引けないのだが、千円だけクーポンが付くので、千円引き、それとポイントが多く付く。
 この「あと一台だけ」「残り一台」は効く。嘘かもしれないが、実際に「完売しました」と出る事がある。商品は並んでいるのだが完売という文字で、先へ進めない。完売したのなら、並べなくてもいいようなものだが。これも手かもしれない。残り一台限りとか、残り僅か、等が嘘ではなかったことを示すために。しかし、完売ではなく、引っ込めてしまう商品もある。このときは、静かに表示から消えてしまう。
 その残り一台は、最初見たときはなかった。お一人様一台限りはあったが。
 結局、ここ数年、十年ほどの中で一番高いパソコンを買うことになる。二万円台、三万円台のパソコンが多い。この夏に買ったデスクトップは流石に早いタイプにしたので4万円になっているが、それを越えて、色々な割引を加えて51000円。これは高いのだが、今使っている、10インチノートを買うとき、ゲートウェイの4万円のが欲しかったのだが、29000円のエイサーにしている。メモリが2ギガしかない。このクラスではそれで普通だが、4ギガ欲しい。CPUの速さよりも、メモリだ。
 NECのそれにしたのは、この機種だけが4ギガ積んでいたからだ。他の機種は増設もできない。これだけでは、まだ押しが弱い。キーボードの良さが押しになるが、10インチタイプなら、どれもタイプしやすい。ただ、キーボードはカメラで言えばシャッターで、この感触が大事だなのだ。ノートパソコンでは常にテキストを打ちっ放しなので、ずっとキーボードを叩いている。一番体に近いのはキーボード。
 これだけでは、まだ少し押しが足りない。5万円出せない。4万円なら出せる。キーボードの良さとメモリ4ギガで。
 最後の押しはペンだ。電子ペンのようなものが付属する。ペンタブレットのペンのようにボタンまで付いている。これは右クリックだろうか。これは専用ペンで、他に類を探すとなると、マイクロソフトの同タイプしかない。しかしこの場合ペンは別売だが、NECのは付属している。
 マイクロソフトの、そのタブレットにもなるブランド物もいいのだが、10万を超えている。ソニーや富士通にもあるが、十万を遙かに超え、雲の上にいる。それに比べれば5万は地上から手が届く。高嶺の花ではなく、高枝切りハサミで届く距離なのだ。デジタルで絵を書く。液晶直書き、何処まで進化したのか、試してみたい。
 さらにオフィスが付く。これはいらないのだが、一年版ではなく、ずっと使えるタイプだ。これで値段が高いのだろう。
 オフィスに入っているワードは、その書式が欲しい。電書などでのEPUB変換サービスなどで、ワードファイルとなっていることが多いのだ。
 そういう含みがあるので、五万は出せたのだが、心配なのはモニターの解像力が高すぎることで、これでは文字が小さくなりすぎる。今部屋で使っている21インチのモニターより、解像力が高いのだ。横1900もある。そんな広い面積を持っていて、たったの10インチしかない。これは虫眼鏡がいるだろう。それでも間に合わず、時計屋が目の中に突っ込んでいる顕微鏡のようなののを填めないといけないほどだろう。
 これは後で考える。フォント文字だけを大きくする機能や、解像力を落として使う方法や、また、せっかく見晴らしのいい画面なので、そのままにしておいて、テキスト物はエディタのフォントサイズで対応したり、また、システム文字、これはファイル一覧画面の文字だが、それが読めない場合は、デジタル虫眼鏡を常駐させるかだろう。
 画面で指タッチではなく、ペンが使えるので、文字は小さくてもクリックしやすい。そのペン、尖っている。
 ウェブブラウザ側でも、フォントの大きさを変えられるし、拡大縮小率を変えられるので、何とかなるだろう。
 当然、一番素早く単純なのはタブレット機なので、指先で拡大縮小は自在だ。この機種、タッチパネルには対応していないかもしれない。ペンがあるので、いらないと言うことだろうか。ただ、キーボード側のパッドではできるようだ。
 今使っているノートもタッチパネルだが、実際には使っていない。全部キーボードでやっている。だから、タッチパネルはいらない。
 このNECノートパソコン、秋の初めからの高枝切り労役報酬だ。


 
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2015年11月24日

トンカツ

■■ 2015年11月24日 火曜日 午前7時41分
 
 今朝も寒くはない。陽射しはないは、青空がでている。雨のはずなのだが、まだのようだ。午後からかもしれない。すっかり冬のことなど忘れているようで、朝、十度を切るようなことは最近ない。大阪方面での話だが。
 先日、ユニクロへ寄ったのだが、高い。15000円ほどのが平気で並んでいる。以前は1万円が上限だったように思うが、それを越えている。一方似たような店が近くにあり、GUだったと思うが、こちらは5千円が上限だ。値段を見なくて買っても五千円を超えない。
 ユニクロで、その高い服はオーバーやジャンパー系で、オーバーは表地がウール。それはやはり高い。GUが安いのはウール風化繊のためだろう。しかし、本物のウールをユニクロで触っても、ポリエステルものだろうと勘違いしそうだ。
 ジャンパー系で高いのは、押さえるとカエルの浮き袋のようにしぼむタイプで。中に空気が入っているのだ。これは針で突き刺すとパンとなるわけではないだろうが。エアークッションだ。シューシューいいそうだ。これが1万円超えしている。煙草の火を落とせば一発なのだが。
 その前からあった1万円近いウルトラライト何とかというダウンジャケット風なものは、折りたためばポケットに入る。中綿の中に金属製のものが入っており、それで発熱するのだろう。非常に軽い。
 ウール風オーバーや、コートが、ダウンジャケット系を追い出す勢いだ。いずれにしてもビニール臭い表面の感触ではなく、布の感触が欲しいのだろうか。
 お爺さんのお爺さんが着ていたような外套を福知山の古着屋で買ったことがあるが、流石に着れない。重いのだ。これは毛布を二枚巻き付けているようなものだ。冬の八甲田山を越せそうだ。だから、本物志向、クラシック嗜好と言っても、冬の上着は重くて着れなかったりするので、表面だけはウールで、軽い中綿や羽根を詰めて分厚く見せて、軽くしている。中に空気を入れるというのはアイデアだ。手で押さえつけると、シューと言うが。
 もう一店、こちらも大きなチェーン店だが、若者向きの店がある。そちらもウールが多い。当然ユニクロよりも高いのを置いている。こちらは意外と古典を踏んでいる。安いものがないので、無視して、すぐに出た。
 それらのことを考えると、GWに親しみを覚える。偽物ウールオーバーでよいのだ。
 当然、いつものスーパー二階の平和堂衣料品売り場でも、前面に出ているのはダウンジャケットではなく、ウール風となっている。表面生地が、ツルツルピカピカではなく、コブのような救命具のようなのではないタイプだ。つまり、表面は柔らかくふわふわしており、織物の感触のあるものだ。
 当然、雨風に強そうだアウトドア系のヘビーなものもあるが。こちらは表面は硬く、痛いほどだ。
 その日は雨で、何処にも行けないので、ショッピングモール内をウロウロしていた。ついでに上新でデジカメも見る。
 こちらはソニーとキヤノンの1インチコンパクトデジカメの大戦が見所で、軍配はキヤノンに上がるだろう。個人的な事情だが、キヤノンの液晶の方がいいことと、シャッターボタンの高さだ。ソニーはシャッターボタンが低いので、押すとき、かなり力がいる。指先で軽く押せない。キヤノンは普通の高さなので、軽く押せる。位置はそれほど変わらないので、高さだろう。液晶を起こすときも、キヤノンは滑らかで、すんなりしている。シャッターボタンの高さは手かざしで写すとき、差が出る。ウエストレベル的に写すときは親指でシャッターを切るため、問題はないが、片手で手かざしのとき、キヤノンの方が有利だ。
 このクラス、f1.8のレンズが付いている。望遠端でも2.8あるため、液晶で見ていてもボケが凄い。これが1インチの受光素子の大きさの特徴だろう。同じ画角でもレンズそのもののミリ数が望遠寄りになるためだ。100ミリ少しの望遠しかないクラスだが、ソニーは電子ファインダーを内蔵しているが、いらないだろう。いるのは300越えの望遠のとき、被写体を探すのに往生するためだ。
 このタイプ、ソニーが先に出したのだが、キヤノンがソニーをよく研究してか、ソニーの足らぬところを上手く修正してきている。昔は、このあたりの家電では後出しで、不満な点を払拭する機種をカシオかシャープが出してきていた。非常に小賢しい芸で。
 そのカシオ、今は一番オーソドックな古典カメラを踏んでいたりするが、液晶上げるだけで、電源が入り、液晶を閉じると電源が落ちるなどは、カシオらしい知恵だ。
 帰りに肉屋のフライもので、トンカツを買う。200円だ。遅く行けば150円になる。
 しかし、満足を得られなかった。ここのフライもの、衣が硬いのだ。肉よりも硬い。それで歯茎が痛くなった。そこで、衣玉を落としたり、箸で衣を削って食べていたが、衣を剥がせない。肉とくっついているのだ。その肉が薄い。だから、殆ど衣を食べていることになる。これは一口で食べられるように切った場合だ。端っこの方は実が入っていないので、衣ばかりになる。これは効率が悪い。
 スーパーのトンカツを見ると、その倍の値段をしているが、どの切り口を見ても、肉が入っている。そして太い。形のいい肉を揚げているためだろうか。そして、その断面を見せた状態で、売られている。衣だけだと言って捨てなくてもいい。紙一枚のような肉のため、分厚い衣まで食べる気はない。しかし、その肉屋のトンカツ、肉そのものは美味しかった。これはトンカツ用の肉は肉で、普通に売られているのだろう。そして形が今一つの肉をフライものにして売っているだけかもしれない。だから、安い。そして、ばらつきがある。
 まあ、大手スーパー、この場合平和堂だが、その面子にかけても、下手なのは売れないのだろう。このスーパーのトンカツ、二種類に種類あり、半分のサイズもある。ものは同じだ。そして、当然だが、最初から切ってある。断面の見事さを見せるために。
 大根一本を刈っていたので、それで大根卸しを大量に作り、そのトンカツを食べた。大根卸しにすると、大根はかなり減る。煮るよりも早く使い終えそうだ。おでんの大根三つ分ほどを一気に食べられる。水分が多いので、飲むというか、つけ汁になる。

 高枝切りは盆栽に移りつつある。もう実用的な切り方ではなく、初期の目的は達したためだ。つまり境界線からはみ出したりしないだけではなく、十年ほどはそこまで延びないだろうという程度に。十年後、同じように高枝切りができるかというと、体力的に無理かもしれない。
 だから、もう少し低い目にする作業になるのだが、残っているのは骨格だけなので、どういう形にするかが目的になる。だから、盆栽のようなものだ。
 まずは地上から出たメインの幹が頭の高さあたりで二股に分かれるタイプがある。どちらがメインなのかが分からない。その片一方を切る。これは境界線側を向いているためだ。その上は全て切り取ったが、その枝葉が境界線越えをしていた。
 残る片方はバランスが悪い。そこで、こちらも切り落として、二股に分かれる前の状態に戻そうかと考えている。木の枝は周囲の木との関係で、そんなセンサーのようなものがあるのか、それをすり抜けるようにして伸びていく。当然日によく当たる方角なども。だから、この二股に分かれた木も、横にある木の影響で、妙な角度での伸び方をしたものと思われる。
 昨日切った枝は5センチは超えているが、高いところにある1センチほどのの枝より簡単に切れる。それが楽しくて、切りすぎているわけではないが。
 しかし、まだ高いところにある垂直に伸びた枝があり、これはメインの幹だが、そこに刃を入れるのは大変で、昨日切ったそのタイプも横に切るのに比べ三倍ほど多く切らないといけないので、時間がかかった。斜め切りだ。落ちてきた木の、その断面を見て、切り口面積の広さに驚いた。時間がかかるはずだ。これは下から切るため、その角度にしか刃が入らない。
 それに比べると、横切りできるのなら太い木の方が早い。
 途中で、雨が降ってきたので、中止したが、この間、約一時間。垂直枝、斜め切りで時間がかかったのだ。そしてその成果は50センチほどの棒が落ちてきただけで、分解作業はなし。その棒の先に何本もの枝が長く伸び、大変な繁みを形成していたのだが、その繁みの小枝から高枝切りハサミで摘み取っていたことになる。
 
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2015年11月23日

NECタブレットペン付きノート

■■ 2015年11月23日 月曜日 午前7時50分
 
 今朝は少し寝過ごした。しかし、この時間に起きた方が今朝はいい。それはゴミのネットだ。網だ。カラスに荒らされないようにするため、ネットが掛けられる。それを設置する人がいる。当番だ。その時間が、朝喫茶店に行くときにはまだだったりする。当番により、設置時勘が違うのだ。それがないと、ゴミを出しにくい。それで、遅く起きると、網は必ずある。それで、生ゴミや紙ゴミを出すのだが、枝葉を入れたゴミ袋が一番気になる。毎日枝葉切りをしているので、溜まるのだ。そして量も多い。袋も多い。
 今朝はネットがあったので、溜まっていたのを小出しに出す。この枝葉ゴミは、昨日から公園前に積まれていた。みんなで落ち葉などを掃除したのだろう。そこに持ち込んでもいいのだが、公園の掃除で出たゴミではないので、面倒だ。
 今朝は陽射しがあるようで、なかったりする。雨が近いのだろう。最近雨が多い。その一週間ほど前から、この週の一週間予報を見ていたのだが、雲マークが多い。それが当日に近くなるほど、傘マークになったり、太陽マークになったりしていく。これは変化する。徐々に空の状態が分かってくるので、それで予報も変えていくのだ。
 昨日は晴れていたので、当然高枝切りの続きをするが、ほぼ坊主にしてしまった。もう高い幹から出ている高い枝の葉はないので、一気に頂上が消えた。
 これは近所のマンションを参考にした。二階建てのこじんまりとした上品なマンションだが、二階の庇にかかっている。傾斜屋根ではないので、結構高いところに枝葉が来ているのだ。これはサンプルだ。木の種類も似ている。
 ある日、植木屋が来て、一気に散髪していた。散髪は髪の毛だけだが、木の散髪は葉だけではなく、枝まで切る。
 この木がほぼ一日で坊主になっていた。数本ある。幹から伸びている枝を切っている。幹には葉はない。葉は枝から出る。出た葉の中から伸び出して、枝になる。そのタイプの木だ。
 頂上に行くほど、枝と葉の密度が高い。枝からでている葉と葉の間隔が詰まっている。これは、枝ごと全体で延びるのだろうか。伸びると、間隔が拡がる。
 幹から枝、枝から、さらに枝。このさらに枝は若く細い。幹から枝の枝は太い。一本の木に近いほど太く、そのまま伸びきると、枝だが、その木で一番高くなることもある。
 要するに、昨日は高いところにある幹から出た枝の枝程度は全部切り落としたので、丸坊主になってしまった。これで殆ど終わりのようなものだ。あとは幹から出ている角度の悪い枝を切ることだ。これは太いが実は切りやすい。手を伸ばしても届かないが、ノコギリは届く程度。しかし、脚立を使えば、数段の高さから切れる。そして、その枝は太いが、その先は切っているため、切り落としたとき、お辞儀をして隣家にかかることもない。
 枝葉を落としたので、木の骨格だけになっているので、その枝振りを見て、バランスを整えることにする。最初から、幹から出ている枝を切れば早いのだが、それでは長くて大きなものが横倒しになるような感じで、当然何処にお辞儀して倒れるのかは分からない。実際には分かっている。隣の家の樋に直撃だと。それで、手間のかかる頂上付近の枝を切り、短くしていったのだ。そのため、もうお辞儀をしても大丈夫なほどになった。
 手を伸ばせば、ノコギリが当てられる程度の低さにある太い枝だが、ほんとんど幹だ。それの切りやすそうなのがあったので、脚立をセットしようとしていたが、面倒なので、高枝切りノコギリで引く。低いのでパイプは最小の短さ、つまり収納時の短さで切れる。それでも自分の身長よりは長い。この槍には重さがあるため、体重を掛けなくて済む。それに両手で引ける。さらに脇を締めて、腕も上げなくてもよい。腕だけの力は必要なく、手首も指も軽く握るだけでいい。全身で切れるのだ。これは普通のノコギリよりも楽だ。また、膝を少し曲げ、それをバネにして切ると、もっと安定して切れる。しゃがむとき、膝を伸ばしたままだと、腰が痛くなるのと同じで、不細工でも膝を曲げてしゃがむ方がいいのと同じだ。
 要するに、この槍のような高枝切りノコギリ、足で切るのだ。つまり、全身のバネでの揺れでノコギリを引く感じで、これはずっとやっていても疲れない。筋肉を使っていないのだ。
 この高枝切りハサミ専用ノコギリはオプションで、最初から付いていたわけではない。こんなもので切れるのかと思っていたのだが、別売だが、買ってよかった。3千円と高い。枝切り専用ノコなので、刃の目も、それに合わせて狭い目だが、刃そのものはふつうのよりも少し分厚い。指では簡単には曲がらないが、木に当てると、それなりにしなる。特に挟み込んだときは。
 その前に、普通のノコギリも買っていたのだが、そのノコギリの刃は生木切りとは書かれていなかったが、硬い目の木用で、これが一番目が細かいので、買っている。切り落とした長い目の枝を短くするため、活躍しているし、高くないところにある木なら、これで切れる。高枝切りハサミを買う前は、脚立に登り、これで切っていたのだが、脚立を置く場所がないシーンもあり、さらに脚立のてっぺんに上がっても届かない枝があるのが分かっていたので、買っている。
 さらに脚立を、もう一つ買っているのだが、これは梯子になるので、樋の中を覗けたりする。怖いので脚立としてしか使っていない。ただ、脚立は、狭い場所では設置できなかったりする。角度が決まってしまうのだ。当然地面も行動ではないので、平面ではないので、何かを当てないと、ぐらぐらする。狭いところでは梯子の方が有利だ。掛け場所があればのはなしだが。
 その脚立セットが面倒なので、高枝切りノコギリを短くして切っていると、こちらの方が楽だと昨日、改めて分かった。
 しかし、これらの木、植えた覚えはない。勝手に生えてきて、勝手に育ったのだろう。そのまま好きなように伸び放題でもいいのだが、隣家の樋の上やや根ノ上にかかっているのを見て、何とかしようと切り始めたが、切りすぎたようだ。
 この木のおかげで、下に雑草が生えない。木が養分を持っていくためだろうか。植林された山は別だが、その土地にあった木が自然に根付いた場合、放置していても、山は荒れないらしい。高い木、中頃の木、灌木、草、それらの勢力争いが自然に決まるようだ。風土に合わない木を植えるから、荒れるらしい。
 しかし、これで高枝切りは一応終わった。あとは大きな木の盆栽になる。本当は好き放題に木に任せて伸び放題が好ましいのだが。
 
 NECの10インチパソコンが気になるので調べている。最初見たのはエディオンだったが、昨日上新に行くと、NEC製はなかったが、パッカード製があった。これが1キロを切っているのだが、キーボードが頼りない。10インチタイプノートパソコンはタブレットパソコンジャンルになってしまい、液晶を外せるのだ。だから、液晶モニターの裏革にパソコン本体が入っているようなのなので、キーボードは、キーボードだけなので、スカスカの軽さだ。バッテリーが入っているかもしれない。本体とは別に。だから、キーボーを付けた状態の方が、電池は長持ちするとか。
 NECパソコンはレノボ製らしいが、レノボと言えばIBMだ。未だにシンクパッドというブランドは残っている。東芝のダイナブックと同じだ。官能的なキーボードの良さで、ダイナブックは有名だが、IBMもキーボードがいいし、キーボードの真ん中あたりに小さな棒が立っており、これでマウスを動かせた。
 10インチのこのタイプは色々とでている。価格は3万円台からある。4万円を超えると、オフィスなどが入ってくる。一年ものではない。
 その頂点に立つのがNEC製のようだ。それと同等のものがレノボから売られているのではないかと思い、探すが、ない。
 その違いは、高いことだ。実売5万円台。一番分かりやすいのは、他機ではメモリは2ギガで、それ以上積むスペースがないが、NECのは最初から4ギガある。これが大きい。メモリの高さではなく、仕様なのだ。積めないと言うことが。
 それと、ペンが付く。これはマイクロソフトの同タイプを意識してのことか、ペンは付属する。オプションではなく。筆圧感知式だ。先は尖っており、専用ペンだ。何か電気が入っているのだろう。ソニーなどでも、こういうペンが付いているのがあるが、高い。
 要するに、漫画が画けそうなノートパソコンなのだ。しかも液晶に直に。これは手書きメモ程度の使い方になるらしいが、尖ったペン先で書けるのが凄い。当然マウス代わりに使える。ペンタブレットと同じだが、間接的ではなく、直接画面の「そこ」に画ける。ただ、このタイプ、液晶表面の厚みがあるので、少しずれるのだ。だから、ペンと紙の関係ではなく、間に一枚下敷きが挟み込まれているようなもので、これは、このズレに慣れるまで大変だろう。液晶と目との角度により、違ってきたりする。
 この液晶直書きができるペンと、図形系ソフトを組み合わせれば、線の端を図形ソフト側が感知し、磁石のように吸い付く機能があるので、それで、命中率が百パーセントになる。
 ただ、ソフトと、そのペンの反応スピードなどは試していない。エディオンに、その実機があるのだが、盗られるので、ペンは抜かれていた。ペンを収納する部品は確認している。
 これで、イラストなどが描けたりするとなると、これはビジネスモードになり、趣味ではノートパソコンを買い換えるのは躊躇するが、仕事という名分が立つと、買いやすくなる。
 しかし、こういう仕掛け、何度も試しているが、ワコムの普通の安いペンタブレットの方がまだまだ有利なので、ただのお試しで終わる可能性が高い。
 テキスト打ち専用としても、液晶の解像力が凄まじく、1900ほど、横がある。これはもの凄く文字が小さくなる。解像力を下げて使えなくもないが、一番いいのは、最高解像力だろう。これはグラフィックドライバーなどの影響もあるかもしれないが、小さい目にすると汚くなることが多かった。これも実機で試すしかないのだが、エディオンの実機も、パスワードがないとウインドウズの入り口で止まってしまう。だから、実働機と言っても、何も試せない。
 しかし、液晶直画きペンなどが、何処まで進歩したのかを見てみたい。数年前、専用ペンではなく、尖ったものなら、直書きできる工人舎の8インチのWindows機を買った覚えがあるが、直書きすると線が跳ねた。そして、ノートパソコンとしても字が小さいのは許せても、キーボードの幅が狭すぎ、肩を凝らしたことがある。
 このNECタブレット風のキーボード付きノートパソコン、背面カメラの画素数が800万画素もある。このカメラも欲しいところだ。ノートパソコンには大概、自分自身を写せるライブカメラが付いているが、モバイル系ノートパソコンなら、背面にも付く。10インチの液晶モニター、デジカメの3インチの比ではない。タブレットにもなるので、大きなモニター付きのデジカメとしても使える。
 しかし、それらを含めて、これはおもちゃ箱のようなものかもしれない。そのため、クリスマスにふさわしい。今年は、これにするかもしれない。少し高いが。しかし、高枝切りハサミで高いのは毎日刈っているので高さに離れた。
 

 
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2015年11月22日

NEC10インチノート

■■ 2015年11月22日 日曜日 午前7時10分
 
 今朝は曇っている。西から雨が来るようだ。そして、その後も天気は悪そうで、雲マークが続いている。気温はそれほど低くはない。十度を切る寒い日があったのだが、あれは何処へ行ったのだろうか。
 気になる寒さではないので、今朝は天気予報は見ていない。冬物上着を考えているのだが、すっきりとしたものが良さそうだ。最近はボアの入ったものが多いのだが、暖かい場所では気分が悪くなる。ぬいぐるみの中に入っているようなものなので。寒いときでも換気が必要なのだ。柔らかく、くにゃっとしているのは気持ちがいいのだが、少しふにゃふにゃしすぎる。
 最近胸のポケットを使っていない。夏場のカッターシャツなら、胸ポケットに煙草を入れているが、冬の上着ではないものがある。最初、それが残念だったが、胸ポケットのあるタイプでも、入れていないことが多い。やはり窮屈なのかもしれない。それで、脇のポケットに入れている。こちらの方が取り出しやすいためだ。ケータイなどは誰が言い出したのか、心臓近くにあるポケットに入れるのはよくないとかがある。まあ、何か出したり受けたりし続けているのだろう。最近は鞄の中に入れている。殆ど使わないためだ。スマホ時代になると、ポケットは苦しくなるだろう。それに結構壊れ物なので。液晶も大きいので、ブックカバーのようなものに入れている人を見かける。手帳を開けるように。
 
 昨日は雨は降っていなかったので、高枝切りの続きをする。毎日だ。頂上の枝葉は切ったのだが、その横にまだ頂がある。頂上よりも低いが、それが頂上になって残っている。この枝葉を切ると、葉の付いている枝がなくなるので、迷っていたのだが、放置していると、これがどんどん伸びるはずなので、全体に低くするため、それも切り落とすことにする。これをすると、その木は坊主になるが、また葉が付くだろう。それで三本か四本ほど切る。上で分かれていたりするので、本数が多いように見えるだけ。その関節部分を切れば一度で二本分切れるのだが、少し太い。
 最初の一本は太い目で、これが今のところ一番高い。垂直の木なので、斜め切りをしていたのだが、なかなか切れない。枝の付け根のところをいつに間にか切っていたようで、二本分切っていたことになる。そのためか、最後の方になると、ノコギリが挟まって、何ともならなくなった。よく見ると、枝の傾いている側を切っていたことになる。そのため、枝の重さで、切り口を押さえつけるのだろう。この枝はカーブしており、切り口の傾きと、全体の傾きが違っていたことになる。それで、皮一枚のまま切れない状態だったので、反対側から切ると、スポット落ちてきた。結構大物だった。下から見ていると、長さが分かりにくい。
 残り二本か三本は細いので、簡単に切れた。久しぶりに葉の多い枝を落としたので、分解するのが大変だった。まだ、枝葉のある木は残っているが、低いのは、残しておくことにする。
 あとは槍のように幹だけになったタイプを短くすることだが、垂直の木は高枝切りノコギリでは難儀するが、時間を掛ければ、切れる。
 
 先日エディオンへデジカメを見に行ったときNECの10インチノートパソコンがまだ特価のまま売れ残っていたので、それを調べてみた。展示品特価、処分品で6万円台。一年ほど前からあるが、その値段のまま。消費税を入れると7万円。同じタイプをネットで調べると出てこないが、型番から推測で、新製品が出ているので、それを参考にする。それで、調べた結果、五万円台で出ている。同じものを上新のネットで見ると、エディオンで見たのと同じ型番で、これも5万円台。
 その正体はWindowsタブレットとなっていた。ジャンル的にはそちらになる。つまり、モニターを外せてタブレットとなるためだろう。キーボード付きで5万円台。メモリは4ギガ積まれていた。このタイプなら2ギガが殆どだろう。
 キーボードが素晴らしい。そして、スライスペンが付いている。先の尖ったタイプだ。これは使いやすい。
 ジャンル的にはマイクロソフトが出しているタイプに近いが、カバー式のキーボードに比べると、NECのキーボードは立派だ。分厚いし、クリック感がかなりある。しかし、重さは1キロを少し越えている。
 モニターがもう少し大きいタイプでも、最近は750グラムほどの軽いのもある。値段を見ると、びっくりするのだが、大きくても、軽いのなら、負担は少ない。
 そのウインドウズタブレット、以前から気にしていたのだが、モニターの解像力が高すぎる。そのため、文字が非常に小さくなる。5万円台まで落ちているのなら、少し考えてみる必要がある。新製品とのスペックの差はあまりない。
 最近は10インチノートパソコンが消えたようになり、11インチからだ。10インチは液晶を外せるようにするタブレットパソコンとして売られているようだ。
 
 
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2015年11月21日

ポリエステル

■■ 2015年11月21日 土曜日 午前7時12分
 
 今朝も晴れている。しかし、雨がまた近いようだ。そのあとの一週間予報を見ると、雲がずらりと並んでいる。これは当てにならないが、とりあえず曇りにしているように見えてしまう。雨か晴れか分からなければ曇りと。しかし、雲が多いのだろう。雲があれば必ず雨が降るわけではなさそうだ。雨雲という言葉あるので、普通の雲と雨雲とは違うのだろう。その雨雲、どんな形をしているのだろう。
 今朝は起きたとき、天気予報を見ていなかったが、それほど寒くはない。しかし、真冬の服装をしていてもおかしくないのんで、今年の冬、このシーズンの冬ではなく、今年の初めの頃の冬だが、その冬の終わりがけのバーゲンで買ったコートはあるので、それを着た。これは高い。一万円近いものだが、2千円台で取っている。そのため、ものはいい。細かいところまで丁寧だ。しかし、あまり分厚くない。中綿らしきものというより、詰め物を薄く敷いたものが入っているのだろう。裏地は普通のスーツの裏地と同じで、袖が通りやすい。コートなので、袖も胴もゆったりとしており、下にスーツを着るようになっているのだが、下はまだカッターシャツだ。その上に着るとすれば、毛糸のセーターだろう。これを着た状態で、このコートを着ると、効果がある。中に着込めるのがコートの良さだ。袖などは着物のように幅が広く、腕まくりしやすい。これは洗面のとき役立つ。窮屈なタイプだと手首から動かないので、そこが濡れる。要するに手を水の中に突っ込みにくい。指の先だけで顔を洗うようなものだ。
 また、暑くなると、腕をまくれるコート、これは非常に良い。
 首元は淋しいが、襟を立てると、何とかなる。生地は柔らかいが、ポリエステル加工だろう。どうとでも加工できるのだろう。ただ、煙草の火を落とすと、一発だ。
 だから、高いほど、そのポリエステルの加工の技が高いのだろう。加工の手間というか、そういうのにかかる費用だろうか。
 ではポリエステル以前はどうだったのか。これは蜩c国男の綿以前の話のように、ポリエステル以前の話として、何処かに記録があるかもしれない。ナイロンやレーヨン、テトロンというのもあった。最近まではポリエステルの前にアクリルがあった。言い方が違うだけかもしれないが、糸から編んだものと、最初から板状のものとがある。この板状、編んでいない。だから紡績ではない。糸から始めていないのだ。その工場が近所にある。工場の壁に、その板状の生地のことを言い表す言葉が、大きく書かれていたが、忘れてしまった。
 要するに化繊の方が色々と加工により、ウール風にも、毛羽だったものにも、絹のようにも、また綿のようにもできるのだろう。
 昔学校で商品という授業があった。その中に繊維があり、昔の時代なら、この繊維関係というのは、重要な産業だったのだろう。例えば京都には繊維大学がある。今は繊維だけを教える学校ではないが、
 よく行くスーパーの二階の衣類コーナーへ行くと、その化繊のバリエーションというか、加工の多様さに驚いたりする。花盛りだ。しかし、生地の表示を見ると、ポリエステル100パーセントとなっていると、ガッカリしたりする。加工でやられているのだ。しかし、どうしてもポリだけではできないのか、綿が入っていたりする。綿百パーセントだったタイプの服も、ポリと綿、半々とか、綿が20パーセントほど入っているとかがあり、これは綿を入れないと、ポリだけでは出せないのか、または綿のほうが高いので、ポリを入れて安く上げているのかは分からない。
 確かに綿百パーセントのものより、ポリが半分ほど入っていると皺になりにくい。
 次に見事なのが、偽皮だ。革ジャンも、本皮ではない。また裏革風のものも、似せているだけ。偽皮と言わず、合成皮というのだろうか。皮風だが、触るとゴム風だ。だから、結構分厚い皮でもゴムだと思えば、そう見えてしまう。
 
 昨日も高枝切りの続きをするが、昼寝のあとにやるのだが、寝起きが良くなかったので、あまり調子よくなかった。しかし晴れており、気持ちが良く、上を見上げながら高枝ノコギリで切っていると空を飛ぶ鳥がいる。かなりの高度だ。これは長距離便だろう。カラスではない。もう一つ高いところを飛んでいる。渡り鳥にしては一羽単独。しかし、カラスかもしれない。引っ越しかも。
 昨日の枝切りは、幹切りで、枝葉は落としたが、まだ高いので、低くするためだ。しかし垂直の木は下からでは切りにくい。斜め切りになる。ノコギリを持つ腕を伸ばすなり、脚立に上がれば届くところにあるのだが、そこを切ると、隣の敷地にお辞儀して倒れるので、下側はまだ切れない。上から徐々に切っていく。腰の下あたりにある幹なら、倒れるときに何とか方角を付けられるのだが、上では無理だ。倒れかかっている木を掴めないし、木の重さの方が勝つので、倒れる方角はそちらに取られてしまう。手が届く程度では、体重を掛けられない。要するにねじ伏せるように方角を指定できる。
 それで、その槍のようになった幹の先端近くを切る。これがなかなか切れない。木が揺れる。木を横に押しているようなものだ。これが横を向いている枝なら、ノコギリは上から押さえつけるような感じになり、揺れは少ない。木を横に押すから揺れるのだ。
 そういう幹を二本切った。これだけで疲れてしまった。地味な作業だ。バサッと枝葉が下に落ちるカタルシスが少ないのだろう。しかし、徐々に低くすれば、倒れたとき、隣の家にかからないので、手の届くところで、普通のノコギリで、切ることができる。もうそこはかなり太いのだが、揺れる枝よりも、切りやすい。
 高いところにある幹を切っているとき、本当に切れているのかどうかがよく見えないのだが、ノコギリを抜くと、僅かだが、細い切れ目が見えたりする。切っているときは粉が舞う。これが多く風で飛んでいるときは切れている証拠だ。
 高枝ノコギリ専用もあり、色々なノコギリの先が付いていたりするし、また、ワイヤーで引っ張って、梃子の原理で、切るタイプもある。パイプをノコギリのように掴んで引くのではなく、パイプは固定させ、ワイヤーのレバーを引くのだ。
 しかし、高枝バサミで、切りやすい枝を先に落としておいてからでないと、切りたい枝にノコギリの先も突っ込めない。
 昨日は、葉の付いた枝ではなかったので、分解する作業は少なかった。切り落とした幹を短く切るとき、普通のノコギリなら、あっさりと切れてしまう。細い枝なら、高枝切りハサミではなく、手で簡単にもげる。空中戦より地上戦の方が早いが、高枝は高いところにあるので、空中戦になる。首がだるくなるので、長くできないが、地上からなので、いつでも休める。
 昨日は、昼寝後の不調で、高枝切りも疲れたので、夕食はパンで済ませた。調理パンだ。最近は買っていなかった。週に一度ぐらいはいいが、夕食を作るのが面倒なとき、よく買っていた。しかし、パンはあまりよくない。せっかく大量に、そして安く買ったホウレン草があるのに、それを使う機会を逸している。これは量が多すぎるので、枯れるか、溶けるかするので、早いうちに湯がいて、ホウレン草のお浸しを大量に作り、それを保存し、野菜がいるとき、それを使うようにしたい。当然味は付けない。お浸し風にしたいのなら、食べるとき、醤油と酢で混ぜればいいのだ。炒め物にも入れるので、湯がいた状態のままでいい。
 
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2015年11月20日

ほうれん草

■■ 2015年11月20日 金曜日 午前7時25分
 
 今朝は少し寒い。陽射しがやっと戻ってきた。昨日は晴れだと予報ではあったが、一日曇っており、薄暗く、薄ら寒かった。陽射しなど一度も出なかったので大きく予報は外れていた。気温も5度ほど予報よりも日中は低かった。陽射しがあり晴れた状態での予報最高気温だったのだろう。これは朝の天気予報で外れているのだから、大したものだ。
 今年の暖冬は世界的らしく、世界の平均気温が1度近く高いらしい。10月の平均気温も高く、これは記録を取りだしてからでは最高らしい。平年より5度も6度も高い日はあるが、ずっと続くわけではなく、次の日から平年より5度ほど低い日があったりするため、平均すれば、それほど変わらないのだが、この10月は流石に暖かい日が続いていた。これは平均点を高めるだろう。低めの日が少なかったので、調整できない。
 しかし、冬は冬、このあと寒くなるはずで、今朝の喫茶店ではいつものサラリーマンスーツ組常連がコートを羽織っている。薄い目だが、それほど今朝は寒いのだろう。
 さらに喫茶店に入る手前で、追い越していった婦人の自転車は、真冬のダウンジャケットを膨らませていた。こちらはボア入りの綿風パーカー程度なので、これには負けた。真っ先に分厚い目を着ているはずなのに、遅れを取った感じだ。つまり、大袈裟な服装でも、もう大丈夫なので、真冬の上着を着てもかまわない。
 それで今年はアウトドア的なジャンパー系ではなく、オーバーや、ボックスと呼ばれているタイプがいいのではないかと考えている。しかし、このタイプ、雨風に今一つなので、毎年買わないでいる。普段は喫茶店程度の往復で、その上着を着たまま喫茶店内でノートパソコンを触っていることが多い。外での滞在時間の殆どは屋内だ。そんなハードな場所へ行くわけではない。
 近所の年寄りが医者へ行くのか、歩いている姿をよく見かける。足が悪いようで、その治療だろうか。車はもう乗っていない。自転車にたまに乗っている姿もあるが、最近はバスで行くようだ。その服装は紳士だ。つまり医者通いの服装でいいのではないか。これが一番ソフトそうだ。だから、オーバーあたりの方がすんなりいく。
 
 昨日は陽射しもなく、雨が降りそうな一日で、晴れた状態で高枝切りを再開したかったのだが、それは仕方がない。雨が降っていないだけ、ましだ。
 しかし、枝葉が濡れており、条件は良くない。やはり天気が悪いと、気分も良くないのだろう。それに二日ほど雨で中断していたので、切り方を忘れたような感じだ。そこで難しいのはやめて、分かりやすいのを切る。切りやすい枝を切る感じだが、実際には伸びた幹の先を切った。これが結構大物で、凄い音と共に落ちてきた。下から見上げていると切り口と先端の距離が分かりにくい。下に落ちて横になったとき、長さが分かったりする。結構長く2メートル近かった。まあ、先の方は枝も細く、大した重さはないのだが。
 それを分解していると、一時間少し経過したので、そこで終了。落とした枝に付いている枝を切るとき、手ではもぎ取れないほど太かったので、ノコギリを使うと、簡単に切れた。同等の太さの枝を、高枝切りノコギリでひいても、そんなに早くは切れない。揺れるためだろう。
 いつも切っている木とは違うような気がしてきたので、確かめてみた。この木は根で地下から二本に分かれて出ているものと思っていたのだが、別の木だった。別のところにある木が双子タイプなので、それと同じだと思っていたのだ。
 しかし、よく見ると幹の色が違うし、枝の色も違う。葉は似たようなものなので、分からない。しかし幹や枝が緑っぽいのだ。これは陽射しの関係かと思っていたのだが、そうではなく、先端の葉に花芽が出ている。これがいつもの玉の塊のようなタイプとは形が違っている。だから実も違うのだろう。先端を切り落としたので、もっと実がなっていて、それで重いと思っていたのだが、そのソフトボールほどありそうな玉の集まりの実がない。別の品種だったようだ。
 これは枝を手で折るとき、一方はバキッといい、一方はパチッというので、ここでも分かったはずなのだ。そしてパチッというタイプの方が衝撃が強い。バネが効いているのだ。
 これで、頂上のメインの幹の先を切ったのだが、まだまだ残っている。既に枝葉は落としたが、幹だけは残っているのだ。繁みがなくなっただけで、高さはそれほど変わらない。次回からは、この幹だけになって、竹竿のようになっているのを短くすることになる。これは達磨落しの逆で、下からではなく、上から徐々に短くしていくことになる。長い目に切ると、背が高いので、隣の家の屋根に倒れるだろう。切ったあとお辞儀する。そのお辞儀の長さを測って、そこで切る。
 そういう作戦なので、一本の幹を何度も切ることになる。どの程度まで低くするかが問題だ。今の状態なら、それ以上高くなると、今度切るとき往生する。
 
 昨日はいつもの安い八百屋でホウレン草を200円で買う。数束入っている。一束200円していた頃は買わなかったが、四束か五束入っている。これは括りで、株ではなく、売るときの括り方だ。だから50円以下なのだ。
 それだけを買ったのだが、重い。ほうれん草も数が多いと重いことを知った。
 その一束、つまり普通に売られている分量を全部使ってミンチ肉と炒める。最初は嵩が高いので、フライパンに山積みになるが、次第に小さくなり出す。頃合いを見てミンチ肉を入れる。そのまましばらく炒めていると、水が出始める。ミンチ肉からも油も出てくる。水は加えないのに、スープができた。ほうれん草からの水分だろう。これは栄養価の高い天然出汁だ。仕上げは残っていたトンカツソースを少しだけ入れる。塩気がいるので。それを皿に入れると、汁物に近かった。この汁が美味しいはずだ。野菜肉汁でもある。
 韓国時代劇ドラマを見ていると、王朝物なので、王様が食べる料理がよく出てきていた。何かで病んで、食欲がない王様は肉を食べられない。食が進まないのだ。そこで、せめて肉汁だけでも、と言うのがある。肉を食べなくても肉汁だけでもいいのだろう。そう言えばご飯は食べられない場合も、せめて重湯だけでも、と言うのもあった。薄い目のお粥、ご飯粒が浮いているような、あれの米粒なしの汁。これは何も食べていない人などが、急に固形物を入れてはまずいので、重湯から始めるのに似ている。この重湯、乳の代わりになったりするらしい。
 
 電書というわけではないが、ネット上で公開しているのだが、その公開場所があり、そういうサイトがある。以前からやっているのはパブーやnoteだ。共有サイトというのか、SNSサイトというのか、よく分からないが、まあ、投稿サイトだろう。
 それで最近は、パブーよりノートの方がアクティブになっていることが分かった。それはアクセス数だけの話なのだが、パブーが優位だったのが、いつの間にかnoteの方が上回ってしまっている。パブーの人がnoteや、他の場所へ引っ越したのだろうか。これは作者も引っ越すし、読者も引っ越す。
 そう言えばパブーでのお知らせ、新しいニュースがない。最後のお知らせはキンドルでも読めるようになりましたで、これは二年ほど前から、動いていない。今もその最新のお知らせがそれだ。メールで何か届いているはずだが、HTMLメールなので、開けていない。タイトルしか見ていない。
 パブーのアックセス数が減り、noteが増えている。しかし、一番小説などでアクセスがあるのは、シーサーでのブログにアップしているものだ。ここでのタイトルは千字一話物語。アクセス解説がしっかりとあるので、流石にブログの方が詳細が分かる。
 ブログの方がアクセスが多いのは、同じ人が、複数の小説を次々に読んでいることだ。ついでに、気になるタイトルを見て、飛ぶのだろう。これはブログなので、サイドバーなどにタイトル一覧が出るためだろう。
 パブーはもう新規の機能などを付ける気がないのか、そこで止まっているが、noteは今も色々なものを付けたり、改善したりと、場所を磨いている。電書ブームが空振りだったことがパブーの場合大きい。ダウンロードではなく、ウェブ上だけで読むスタイルのnoteのほうがシンプルでいいのだろうか。
 小説一本をアップするとき、マウスなどを使うのだが、そのクリック数がパブーの場合半端ではない。あそこを押し、ここを押し、などの操作だ。いくつもの画面を見ないといけない。noteは同じ画面上で数回のクリックでアップ出来る。使い回しがいいのだろう。最近は文字を中央に配置できたり、画像表示をアップではなくリンクでできたりとか、細かい機能を増やしているが、それを使い出すと、クリック数は多くなるが。
 noteはスマホからでも行けるようになったので、伸びたのだろうか。これは電書も同じだ。スマホで読む人が多いのだろう。
 
 
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2015年11月19日

すき家すき焼き定食

■■ 2015年11月19日 木曜日 午前7時24分
 
 今朝は雨は降っていないが、曇っている。そのうち晴れるようだが、すっきりとしない空だ。雨が続いていたのだが、それが去っているはずなのに、雲が多い。そして、雨雲も含まれているようだ。今日から二三日は晴れが続くらしいが、雨が降らないだけの空かもしれない。曇っていても、降らない方がましだ。これは降ると降らないとでは大きな違いがある。
 雨は去っているが、気温はそれほど下がっていない。昨日よりも一度ほど低い程度。これは朝から晴れていないためだろうか。
 雨で高枝切りが中断している。今日はできるだろう。ゴミの日なので、枝葉を捨てる。生ゴミの日でいいらしい。葉なので、野菜くずのようなものか。短く切った枝も含まれている。これは木だろう。太い目の枝は棒状のまま束ねて捨てることになる。これは別の日だ。家具とか捨てる日だ。プラスチックゴミや瓶や衣料ゴミ、鍋なども、この日だ。昔は大型ゴミの日があったが、最近分からなくなった。また、それとは別に公園ゴミがあり、町内の草むしりなどをしたとき、出す場所が、公園にある。ここでも枝葉は出せるが、そのゴミ袋が特別にあるらしい。自治会に配布されているのだろう。その日がいつなのかは分からないが、前を通ると、たまに見かける。また、段ボールなどは資源ゴミとなり、これは近所で申し合わせて、業者に持っていってもらうようで、出す場所が違う。新聞や雑誌などだ。これも出す日が分からないが、日曜日だ。毎週ではない。段ボールは折りたたんだ状態なら、いくら大きなものでもいい。段ボールを小さく潰す必要がないので、楽だ。
 昨日は一日雨だったので、夕方前の喫茶店には行かなかった。その前日は行ったのだが、雨の中を自転車で何度か走ると、あまりよくない。これは一年を通してで、一日一度はいいが、二度三度となると、風邪っぽくなる。雨の日でも、降っていない日もあるので、一日何度も傘がいるわけではない。
 雨の日は湿気ており、低気圧の影響を受けるのだろう。しんどくなりやすい。
 そのためではないが、夕食を作るのが面倒になり、牛丼屋で牛丼を食べたくなったので、雨の中、自転車で行く。一番近くにある牛丼屋はすき家だ。前回行ったのは鰻丼の頃で、土用前後だったはず。
 安い牛丼を食べようとしたが、それでは寂しいので、牛すき定食を食べる。すき焼きだ。すき家なので、すき焼きだ。これが700円近い。
 お爺さんと孫がテーブル席にいて、すき焼きを食べていた。それで釣られたようなものだ。
 しかし、中身はさっぱりで、豆腐は一切れ、野菜に玉葱を入れているのだが、それが硬い。鍋の下にコンロが仕込まれており、火が付いている、煮ているのだ。だから、煮えるまでしばらく玉葱は待つ。肉はすき焼きの肉かどうかは分からない。いつもの牛丼の肉で、かみ切れなかったりする。野菜は白菜が確認できたが、少ない。人参は薄いのが一枚だけ、糸蒟蒻が意外と美味しかった。トータルで見ると、牛丼とそれほど変わらない。肉と玉葱に、少しだけ具が加わる程度。それで倍以上の値段になる。やはり牛丼だけの方がパフォーマンスが高い。
 夕方前だったが、残らず食べ切れた。牛丼屋のご飯は量が多いかと思ったのだが、食べ切れた。足りなくなったほどだ。まあ、すき焼きをおかずに食べるときは、ご飯を多く食べてしまうようだ。しつこいので、ご飯に逃げたりするためだろう。
 しかし、良く考えれば、すき焼きのようなものは毎日食べている。白菜や玉葱は常に煮て食べている。そんなかけら程度の量ではない。人参もそうだ。やはりこういうのばかり食べていると、しっかりと食べていないような気になる。肉の量だけは多いが。しかし、肉屋で買った国産牛の安い物の方が柔らかく、美味しい。かみ切れないような肉のすき焼きは逆に珍しい。これと同等のものを和食ファミレスで何度か食べたことがあるが、こちらの方が肉は美味しい。値段は変わらない。すき焼き用の肉を使っているためだろう。牛丼の肉の使い回しではなく。
 昨日はおかずを作るつもりで、大根を先に煮込んでいた。買っていた自然出汁を試したのだが、味が薄い。やはり醤油を入れないといけなかった。これで白い大根ではなくなった。ここは塩を入れればいいのだろう。
 大根の分厚い輪切りを何個も作ったので、これは大根ケーキで。別鍋で、大根だけを別枠にし、別皿で食べるのがいいのかもしれない。他のものと一緒に入れると、大根が多すぎるためだ。
 
 昨日は雨の中、自転車での帰り道、小学生の集団が何処かへ行くのか、歩道を横切っていた。傘を差して。それが見事なので、遠くから700ミリほどで写すが、雨で薄暗く、しかも横を通過中なので、子供を止められない。オートなので感度が上がるはずなのだが、このニコンS9900,あまり感度上げしたくないようで、スローシャッターになった。こういうとき、全域が明るいズームなら、三段ほど早くシャッターが切れる。ただ、そうやって止めたとしても、子供の顔がしっかり写っていると、使えない。動いている子供の顔が流れている方が、使えたりする。
 昔、かなり前に写した写真で、夜の街や人混みを写したものがあるが、全部ボケている。ぶれているのだ。こちらの方が使えたりする。感度が低く、レンズも暗く、手ぶれ補正もない時代のカメラなので、そんなものだが、かえって雰囲気が出ている。これは写した当時は満足ではなかったが、十年以上も経つと、そのときの印象は忘れてしまっているので、遠い世界を見たような感じで、悪くはない。もう具体性から離れているのだろう。
 今日のお供のカメラはキヤノンG1Xというカメラで、初代G1シリーズの長男だったカメラだ。受光素子が非常に大きく、流行の1インチよりもはるかに大きく、一眼レフとほぼ同じ大きさだ。しかし、カメラがドロガメで、操作は今一つなのだが、たまに持ち出している。これは今年の誕生日、無条件でデジカメを買ってもいい日に、中古で買っている。
 非常に小さな透視ファインダーが付いており、広角端ではレンズが下側に見えてしまい、邪魔をしている。それで透視ファインダーで写すときは、結構ラフになる。ここがこのカメラの魅力で、高画質が得られるのだが、写し方は乱暴。
 受光素子の大きさが、写せば顕著に出るというわけではなく、安定して写っている程度。一番いいのは透視ファインダーによるタイムラグがないことだ。電子ファインダーには少しあり、通りすぎる人を写すとき、ファイダーを覗いたときは過去を見ているようなものだ。僅かなタイムラグだが、さっと通り過ぎる自転車を横から写すとき、それがある。しかし、透視ファインダーなら、見たままだ。あとはカメラのタイムラグだ。昔のコンパクトカメラなら、シャッターを押してからしばらく後の絵になった。最近のデジカメは、それが早いので、動く被写体も切り取りやすくなっている。
 しかし、このG1Xでファイダーを見ながら、写した場合、ほぼ見た位置にいた横切る自転車が写っているので、驚いたりした。
 電子ファイダーも応答速度が速くなっているので、あまり気にする必要はないが、電源を入れなくても、ファインダーが見られるのが、このカメラの良さだ。電源が入っていても、そのファインダー、何も情報は見えない。ただの節穴のためだ。
 このカメラ、操作が結構複雑で、モード違いで、できたりできなかったりと、組み合わせでのミスマッチが多いが。真冬の上着のポケットには入る。
 
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2015年11月18日

味噌と出汁

■■ 2015年11月18日 水曜日 午前7時28分
 
 今日は雨のはずだが、まだ朝は降っていなかった。幸いだ。寝起きから濡れたくない。それに妙に暖かい雨で、様子が違う。雨はこのあと降り出すのだろう。雨を降らす塊が二つ来ていたようで、一つは通過したが、もう一つが、いま来つつある。
 結果的には二日続けて雨で、晴れるのは明日からだろう。この二連続の雨が温かいため、通過したあとの朝の気温が下がる可能性が高い。この時期十度を切る日があるのだから、15度とか16度とかは暖かすぎるのだ。逆におかしい。本来は10度前後だろう。
 朝のことだが、これは一度あった。そこに戻り、そして、さらに冬の寒さへ向かうはずだ。
 しかし、暖冬の年、12月まで秋だった。冬らしくないのだ。年が明けてからやっと冬になった。
 しかし、地域的には珍しいことではないようで、暖冬とは関係なく、北陸方面の平野部では10月あたりから冬になるのだが、どういうわけ江戸時代の頃にならなくなったため、田畑ができる。その後、ずっとその気温で、冬が遅くなったらしい。二毛作でもできそうなほどだったようだが、それをすると米の値段が下がるため、しなかったとか。
 そう言えば先日スーパーで富山コシヒカリを買った。高いものではない。安い。コシヒカリよりも富山産なのがいい。背後の山を思えばいい。水が違うのだ。そう思って食べたわけではないが、大きい目の茶碗に軽く盛るのだが、それでは足りなかった。米が美味しいのだ。山からの水、栄養があり、河口などは漁場になるようだ。海底の地形も必要だが。
 いつもはスーパーなどで米を買うタイミングを逸している。米のことなど忘れているからだ。それに米が切れるかどうかは、直前まで見ていなかったりする。それで、切れてから買いに行くのだが、コンビニが多い。近いためだ。しかし、コンビの米、それなりの美味しいのだが、得体が分からない。
 安い米は色々な産地のが混ざっていることがある。やはりコンビニ米ではなく、産地が大きく書かれた米が好ましい。いつも行くスーパーは滋賀産が多い、つまり近江米だ。ところが先日は富山産が出ていたので、それを買っている。特価だし、元々高くはない。伊丹米もあるようで、看板を見るが、売っていない。伊丹にも農家があり、水田もあるが、外に出すほどの量があるのだろうかと思える。伊丹は酒で有名なので、名水なのだが、伊丹の田圃の水は武庫川が多いはずだ。まあ、酒造りの水と、米の水とは違うのだろう。
 ちなみに、山深い渓谷沿いの田圃の米が美味しい気がする。棚田ではなく。これは売るほどの収穫はなく、自分の家で食べているのだろう。そういう美味しい米は、そこの井戸の水で炊けば、さらに美味しいと思われる。
 まあ、自分で育てた作物は、大体にしてその人だけは美味しいものだが。
 昨日は雨なので、高枝切りは中止。この労働が癖になっており、それをしないと、体調が悪くなったりする。
 いつものスーパーへ行くと、がらんとしている。雨のためだ。おでんが続いたので、あっさりとした惣菜を買おうとしたが、どれもよく食べるもので、ジャガイモとか人参とか、厚揚げとか、そういうのを煮たおせち料理のようなものを手にしたが、これも食べている。あれも食べているという感じで、珍しくはない。フライものや天麩羅ものは避け、ウロウロしていると、ミンチ肉が安かったので、それを買う。ハンバーグを買うより、このミンチ肉と玉葱を炒めて食べた方が効率がいいはずだ。いつもの肉屋のミンチが安いのだが、業務用のように量が多すぎる。スーパーで百円台のパックがあったので、それを買った。玉葱はすぐには炒まらないし、一玉では多すぎるので、白ネギと一緒に炒めた。本来は水菜と炒める予定だったが、枯らしてしまっていた。枯れたというより、水が出て来て、溶け出していた。だから水菜というのだろう。
 水菜にミンチ肉を絡ませて食べやすくするためだった。ネギでは引っかかりが悪いが、箸でミンチ肉を挟めた。結構油が出る。だから、油は使わなくても構わないようだ。それとおでんの残りを食べるが、その中に人参や玉葱などの野菜も入っている。
 さて、その前に大根を百円で買った。赤ちゃんの足より長いほどの大根だ。百円で売っているときに買わないと損をしたような気になるので、買ったのだが、使い切れるかどうかが心配なので、大根だけを煮ることにした。
 野菜の煮物はいつも醤油のみ。調味料は使わない。砂糖や塩も。しかし、それではいつも茶色い出汁になる。大根も茶色くなる。おでんに入っているような白い大根が欲しい。そこで出汁コーナーを見ると、色々な出汁が出ているが、粉末、顆粒ものが安い。液体ものもあるが、今一つ買う気が起こらない。以前はよく使っていたのだが、口に合わなくなった。インスタントラーメンのスープが一寸苦しく感じるように。
 そこで、無添加のものがあったので、それを買う。天然物以外は一切入っていないらしい。これはシマヤの出汁だ。粉末だがパックに入っている。カツオ、昆布、椎茸、などを乾燥させて紙パックに入れているのだろう。料理例を見ると、おでんも入っていた。これで、無色に近い出汁になる。大根だけ、その出汁を入れて炊けば、白い大根ができるはずだ。
 こういう天然物の出汁、当たり外れがあるらしい。コントールできないためだろうか。このあたり、西洋薬と、漢方薬の違いのようなものを感じた。
 しかし、野菜から実は出汁が出ている。捨てるのがもったいないほど美味しかったりする。だから、醤油煮でも、醤油を控えめにするのがいい。そうでないと、全部醤油の味に持って行かれ、野菜個々の味に気付かなくなるからだ。
 缶詰の魚の味がどれも同じなのに近い。あの出汁に全部持って行かれているのだ。
 大根は、あと、大根卸しを大量に作って、保存しておくという手もある。味噌汁に入れても大した量ではない。すぐに煮えるように薄く切るからだ。大根卸しは、意外と量が少なくなる。大根の中身、殆どが水分だったりするが、あの大根から出る水がいいのだろう。大根卸しの場合。
 昨日はミンチ肉を買ったので、朝、卵を焼くとき、ミンチ肉とネギを入れると、オムレツになる。しかし、卵で包む技はないので、全部かき混ぜて潰れ焼きにする。ミンチ肉は卵にくっつくはずなので、丁度いい。ほうれん草が二束か三束で百円で飛ぶように売れていたが、買いそびれた。
 ミンチ肉は、麻婆豆腐にもできる。これは卵焼き器で簡単に作れる。豆腐と一緒に煮ればいいのだ。当然青いものを入れた方が綺麗に見える。ネギでもいいし、ほうれん草でもいい。出汁は醤油を垂らす程度でいい。ミンチ肉から肉汁が出るので、それを豆腐が吸い込んだあたりが山場だ。そのため、豆腐は包丁で切らない方がいい。箸で挟んで潰すような切り口を付けた方が染み込みやすい。リアス式海岸のように。
 卵焼き器やフライパンの中に豆腐を丸ごと入れ、端で半分、その半分、さらにその半分と、小さくしていく。大小様々な豆腐のかけらになる方が好ましい。サイコロ型だけでは飽きるためだろう。本当は手で割っていった方がノコギリ率は高い。
 こういう食べ物の話は食欲があっての話で、本当は食が進まないときの調理方法が大事だ。
 ちなみに、その日は丁度味噌が切れていたので、それも買う。いつものコンビニ味噌が怪しい。それで、無添加ものを買う。味噌汁は、味噌だけの味でいいのだ。出汁はいらない。それを入れるから保存剤がいるのだろう。無添加ものはそれほど高くはない。コンビニものよりも高いが。と言うより、味噌に何故味噌以外のものを入れて売っているのかだ。味が付いていて、美味しいが、賞味期限が短くなるためだろう。
 ちなみに昨日買った味噌は、北陸方面のコウジ味噌だった。毎日使っているので、賞味期限までには使い切れるだろう。


 
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2015年11月17日

高枝切り

■■ 2015年11月17日 火曜日 午前7時29分
 
 今朝は雨のようなのだが、朝はまだ晴れている。夜になると、完全に雨になるのかもしれないが、これは予報で、一日雨が降らないこともある。持ちこたえているのだ。または偶然、そこだけ降らないこともある。まあ、天気予報で晴れとなっていても雨は降るし、雨となっていても晴れていたりする。半日以内での予報では当たるが、12時間前では曖昧で、24時間、つまり前日での予報はさらに大まかだ。
 今朝は晴れているのに暖かい。晴れの日は冷えるはずなのだが、それもない。この暖かさは雨がやってくるのと関係しているのだろう。天気予報の絵の中に湿った空気のマークが付いている。それが流れ込むと。だから、雨になるが、同時に暖かいのだろう。南からの風だ。
 そのため、今朝は真冬の服装がどうの、どれが暖かいかを考える必要はない。この暖かさ、冬物衣料の立ち上がり時期なので売上げに影響するかもしれない。
 夏前の夏物衣料品も、それほど暑くなかったため、伸びなかったようだ。夏なので、着なければいいのだが、より涼しく薄いものが売れるのだろう。
 昨日はよく晴れていたので、長距離自転車散歩に出ようとしていたが、行く場所を考えている間に、行きそびれた。貴重な晴れの日だということで、出掛けようとしていたのだろう。
 それで、いつものように高枝切りの続きをする。こちらの方が実は充実するためだ。
 昨日は自転車散歩ほどではないが、二時間ほど切っていたようだ。いつもは一時間。自転車散歩も往復で三時間あたりが限界だ。しかし、部屋でゴロンとしていると、そんな時間はあっという間に過ぎてしまうのだが。
 二時間かかったのは、獲物が多かったためだ。あまり手を付けていない側の木を切り始めたためで、切ることを覚えたり、切りやすい枝を見付けるのが上手くなったのだろう。それで大物を切り落としたりした。そのため、それらをゴミ袋に入るように細かく切る作業で時間がかかった。
 切っているより、実はこのバラシの時間の方が長い。
 今回も頂上攻めだが、それを切り落としても、頂上の高さはそれほど変わらない。もう少し下の方を切らないと、背が低くならない。しかし、そこは垂直に伸びた太い枝というより幹なので、切りにくい。
 作戦としては頂上付近の高いところを切ることだ。三回ぐらいに分けて、それで低くする。最初から低い目のところを切れば一撃で終わるのだが、それでは長い木の倒れ先が問題になる。高い位置にあるので、倒れる方角をコントロールできない。切り口を工夫すれば倒れる方角を導けるのだが、それよりも、木の傾き、重さが優先するようだ。これは紐で縛って、倒れないようにすることも考えたが、その高さにある同等のものに括り付けないといけない。さらに上に括り付ける必要がある。ロープは用意しているのだが、この手はなかなか使えない。
 手の届くところにある幹なら、多少太くても普通のノコギリで横切りで早く切れるのだが、高いところにある木ででは刃を横にできない。だから、斜め切りで倍は切らないといけない。
 昨日は細い目の幹をそれで切ったのだが、切り倒したのはいいのだが、それがこちらに向かって滑り落ちてきた。竹槍のように尖っているところから落ちてきたのだ。何かに引っかかって、滑り落ちるコースとなったのだろう。
 斜め切りした枝の切り口を見ていると、本当に倍以上切っている。まあ、それほど力はいらないのだが。
 高枝切りノコギリは長い棒なので、持つところの先が膝まで来るようにすれば、手を突き出さないで切れる。だから脇が空かない。腕だけではなく、全身で切れるので、楽だ。少し切り出したあと、同じペースになり、しばらく変化はないので、下を向いて切っている。木の粉が舞、目に入るからで、また上ばかり見ていると、首がだるい。
 こういうことは数年前、頸椎症で首をやられ、左腕が痺れ、半年ほど痛かった時期には出来ない。首を下に向けるのはいいが、上に向けると、痛いし、痺れが来る。神経が挟まれているのだろう。首の骨の関節のところで。
 伸びすぎた木を切ろうとしていたのだが、無理だった。三年ほど前の話だろうか。だから、上を向いて、高枝切りバサミやノコギリが使えるのは、有り難い話なのだ。
 
 昨日は長距離自転車散歩には出られなかったが、朝の喫茶店からの戻り道に、少しだけ写す。いつもの風景なので、珍しいものはないが、一寸写しにくい店先などを写す。朝なので、開いている店は少ないが。
 人通りも多いため、写しにくい場所だ。そこで、先日買ったニコンS9900の液晶を横開きし、ウエストレベルで写した。500ミリを超えると、かなり離れたところから写せる。店屋の人も遠すぎて、写されていることが分からないほどだ。そういう遠くからの角度が上手く取れる場所を見付けるのが大事だが、これは偶然が多い。遠くの方を見ながら、自転車の上から見付けることになる。近付くと、絵が違ってしまう。屋根の上にあった山が、近付くと消えているようなものだ。山は見えていても低くなっている。
 このニコンS9900,望遠での写りが結構いい。液晶を横開きにすると、カメラ保持も安定するし、また、腹の上で写すので、遠くからなのでカメラに気付かれにくいはず。実際にはバレバレだ。その証拠に、写した写真を見るとしっかりとカメラを見ていたりする。しかし、カメラではなく、立っている人を見ていたのかもしれない。道や通路で立ち止まると目立つ。何をやろうとしているのかが不審なためだろうか。これは最近スマホを路上で見ている人が増えたので、助かる。それと間違われればいいのだ。
 また、これは高枝切りハサミやノコギリではないかと、ふと思った。高いところではなく、遠いところに変わるだけで、そのアタックの仕方が似ている。広角で寄って写すにはテンションを上げないといけない。まあ、店先だなどは不可能だろう。関係しないと。だから、高枝切りバサミで、そっとちぎり取る感じの写し方になる。
 だから、高枝切りハサミも、ダブルズーム式で、かなり伸びるタイプを買った。これは望遠ズームなのだ。縮めても、短い目の槍程度の長さがあるので、手元の枝切りや、ノコギリには向かないが、ある距離を取ると、動かなくても、周囲のものを切り取れる。座敷から庭の草花の手入れなどができそうだ。
 これとは反対に、広角系、おそらく35ミリほどだろうが、それで、ぐっと被写体に寄って肉薄撮影するタイプがある。まるで匕首で切り取るように。これも関係を付ける技がいり、これは写真とはまた別だ。
 望遠では距離感が現実とは違ってくる。肉眼に近い距離感は50ミリらしい。実際には42ミリとか言われているが、これはフィルムが横に長いためだ。だから、自分が見た距離感というか、手前のものと遠くのものの重なり具合を再現させたいのなら、50ミリ。所謂標準レンズだ。ただ、人がぼんやりと見ているときは28ミリとも20ミリとも言われている。20ミリは広すぎるのではないかと思われるが、目の端に入っていたりする。
 ただ、目にはズームはないが、集中して小さなものを見る力はある。そのとき、一点だけを見る超望遠のような見え方をしているはずだ。決して拡大して見ていないのだが、そしてそういう切り替えを自動的にやっている。こちらの方が自然だろう。
 写真は見たままを写しても、見たままでないことが多い。少し誇張した方が、その感じを再現させやすいのだろう。
 

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2015年11月16日

松屋ハンバーグ定食

■■ 2015年11月16日 月曜日 午前7時47分
 
 今朝は久しぶりに晴れている。しかし僅かな晴れ間で、すぐにまた雨が来て、それが続き、そちらの方が長いようだ。晴れは一日だが、そのあとの雨は三日ほど。
 雨が上がったあとの晴れだが、ここでぐっと寒くなるかと思ったのだが、そうではなく、暖かい。天気予報では暖かい空気だけの地図を出している。まるで火傷地図だ。赤いのでそう感じる。気温も色分けするのはいいが、雨の量の色分けは分かりにくい。赤いのが一番多いのだだろう。
 やはりこの暖かさは暖冬そのものかもしれないが、冬の初め頃に飛ばし過ぎると、真冬が寒くなったりする。温暖運転も控えめに。
 それよりも雨で鬱陶しい日が続く。今朝は久しぶりに晴れなので、気持ちが良いが。気持ちの良い空とは、空が気持ちいいのだろうか。空の感情だろうか。見た人の感じた人の感情だろうか。まあ、ものに感情があるように言うことも多い。しかし、どちらか分からず、両方込みだったりする。このあたり、曖昧なところが良いのかもしれない。「誰が」がないことが多い。
 昨日は曇っていたが、雨が降っていなかったので、高枝切りの続きをする。その前日は切り始めたとき雨だったので、一日休みだ。
 頂上付近の枝を二本ほど切る。これでさっぱりしたが、まだ頂上を形成している枝がある。だから、木の高さはそれほど変わっていないように見える。ボリュームが減った程度で。
 しかし、それを切ると、葉がなくなりそうだ。丸坊主だ。意外と頂上付近に葉が集中している。その下にも枝はあるが、葉が少なかったりする。陽に当たりにくいためだろうか。そのため、頂上の枝を切ると、葉がなくなるような感じになる。
 他の木はどうかと、人の家の前を通るとき、観察するのだが、大きなマンションの庭を見ると、これはプロがやったと思える高くて太くて大きな木がある。梯子がいるだろう。かなり太い枝が切られており、ほぼ坊主だ。葉がない。それを以前見ていたのだが、今見ると、葉が出てきている。だから、葉を殺すと、木が死ぬわけではないのだろう。
 紅葉で、葉が落ちる。冬場、葉を付けていても、効率が悪いので、休むのだろう。死んだわけではないし、枯れたわけではない。そう考えると、坊主にしてもよい。そうでないと、木の高さを低くできないためだ。この木、頂上付近まで葉のある枝がなかったりする。これは日当たりの問題だろうか。低い場所は陽が当たらないので、葉を出しても効率が低いのかもしれない。
 もう一つのグループの木があり、そちらは途中で放置しているのだが、その続きも残っている。最初は、その木で練習したようなものだ。しかし、高いところにある木は切るのが難しいと思ったので、高枝切りハサミと脚立を買っている。脚立はあまり使っていない。高枝切りノコギリの方が安全なためだ。それでノコギリもハサミも上達した。コツを覚えた。高枝切りハサミも数回切ると、すぐにコツが分かるので、覚えると言うほどでもない。ハサミもノコギリも、角度が大事だ。いい角度だとスポッと切れる。しかし、その角度に持っていけない足場や枝の角度がある。そんなときは斜め切りにするのだが、これは時間がかかるので、腕がだるくなる。
 ノコギリは軽く擦れているときの方がよく切れている。力は本当はいらないのだろう。また音が変わる。金属的な音になったときは、硬いところにぶつかったのか、角度が悪いのか、振動が多いときだ。その音は木からではなく、ノコギリの刃から出ているようで、それで状態が音で分かる。
 ノコギリでの見せ場は、倒れるところだ。フワッと傾く。その傾く寸前は、歯がぐらついているように、その枝だけが他の枝と違う揺れ方になる。そのあと、すっと傾く。これで、腕のだるさから解放される。一気に切れないのは、枝が動くためだ。普通のノコギリでも、押さえ込んで切らないと、木が浮いたような状態になると、刃も浮く感じになる。
 
 昨日は松屋でハンバーグ定食を食べる。600円を超えている。700円近い。結構高い。牛丼は290円だ。こちらの方がよかった。その向かいに和風ファミレスがあり、そちらで食べる方が多いのだが、ハンバーグに関しては、松屋の方がボリュームがある。ポテトや卵やソーセージなども盛られている。
 昨日迷ったのはファミレスで牛すき鍋にするかどうかだ。これは松屋にはないが、すき家にある。しかし、夕方前の通り道にはない。すき焼きは此処一番のときに残しておくことにする。しかし、普段からすき焼きというより、似たような具を入れた煮物は食べているのだ。肉を買うと、すき焼き風に食べているので。だから、珍しくも何もない。魚より肉の方が安いため、豪華さはそれほどない。
 それで、ハンバーグ定食を食べたあと、じわじわと胸焼けがしてきたのか、眠くなってきた。外食をすると、帰ってから眠くなる。何か因果関係があるのだろう。いずれも油っぽいものが多い。
 昨日はその松屋のある通りにある家電店エディオンにまた行ってみる。パナソニックの全域明るいネオ一眼の正体を見るためだ。
 入ってすぐにそのカメラへ向かう。幸い日曜なので、客が少しだけいるので、店員がくっついてくることはなかった。
 その正体は、やはり旧製品で、展示特価品だった。一年前の商品ではなく、もっと古いのだ。その値段が約5万円。これは高い。このクラスのネオ一眼としては破格の値段だ。
 あとで、ネットで調べると、そんなもので、エディオンの展示品特価が安いほどだ。しかし、アマゾンで見ると3万円台で新品であるではないか。価格コムの最安値は当てにならない。
 この3万円台の値段。以前カメラのキタムラで、そんなものだったような気がする。つまり、キタムラがこのカメラを注目し、数少ない陳列台に置いていた。ただのネオ一眼のコンパクトデジカメではないことを知っている人には分かると。ただ、その場合全域が明るいレンズだけなのだが。
 このカメラが出た当時としては、ファイダーの解像力が結構ある。
 それで、エディオンの実機で性能をチェック。起動は早い。ズームもAFも早い。広角側で一枚写して、さっとズームをしたとき、追従する。ここで待たされるカメラがあるのだ。これはとりあえずの出合い頭で、立ち上がりの広角で一枚、写して、本当に撮す望遠側へズームしようとしても、動かないことがある。このカメラ、それがない。また、次々に写せる。待ち時間なしに近い。しかし、電源を落としても、レンズが引っ込まない。書き込み中だ。これはバッファに溜め込むタイプなのだ。あとで書き込む。何を書き込んでいたのかは分からないが、ノイズ取りとか、そういうので、時間がかかっていたのだろうか。カードは入っていないので、内蔵メモリだ。ただ、内蔵メモリへの書き込みが遅いことがある。普通のSDカードよりも。
 このカメラの新製品が出るのだが、この初代でも良いのではないかと思えた。こちらの方が100グラムほど軽いし、背も低そうだ。つまり、自分の手にしっくりと合う。非常に綺麗なT字型のカメラだ。
 これで、エディオンにあった、このカメラの様子が分かったので引き上げる。
 ニコンの旅カメラを買った後なので、間が悪い。

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2015年11月14日

おでん野菜煮

■■ 2015年11月14日 土曜日 午前7時32分
 
 今朝は暖かい。16度や17度ある。先日十度を切っていたのだから、暖かい朝のはずだ。南から湿った空気が回り込んでいるのだろう。だから、この雨が過ぎると、本当に寒くなるかもしれないが、前回、雨のあと「寒くなる」は三日天下だった。
 今回はどうだろうか。今朝は降っていないが、昨日から降っている。一日雨のようで、明日も雨のようだ。雨が降らないでずっと晴れていた頃があり、秋空が長く続いていた。雨が少ないと思っていたが、ここで反撃に出た感じだ。
 北の方に気圧があり、それに磁石のように吸い込まれるように南からの暖かい湿った空気が流れ込むようだ。この南にある空気の勢いが強いのだろうか。常に南側に湿った空気が布陣しているような絵が浮かぶ。
 今朝は暖かいのだが、いつもの服装で朝の喫茶店へ向かう。雨が降りそうなのだが、防水性の上着ではない。空は鉛色。暗い。当然冬の服装では暑いほどだが、と言って秋物を着るには寒い。これは慣れだろう。しかし五度ほど違いはあると、やはり暖かく、過ごしやすい。
 
 昨日は安いおでんパックを買う。安いので練り物ばかりだ。大根やコンニャク、卵が入っていない。卵は一日一つは食べるので、入っていなくてもかまわない。朝、おかずがないときは卵を焼いている。コンニャクはないが、葛を買った。糸コンよりも高いが、琵琶湖の左側にある地名、名は忘れた。その名が付いている。葛は和紙の材料になったような気がする。
 その練り物ばかりのおでんパックの濃縮出汁がいい。それに練り物の量が多い。二人分ある。濃縮出汁は当然化学調味料だろうが、これを子供の頃から食べていると、一難馴染みのある味になるだろう。
 おでんパックを買ったが、実際にはおでん野菜煮だ。水菜が大量に残っているので、それを入れる。ジャガイモはおでんには必要だが、おでんパックにはジャガイモは入っていない。どのメーカーもそうだろう。卵がぎりぎりセーフと言うことだ。つまり、ビニール袋では潰れるためだ。
 それで、ジャガイモを買うが、皮を剥くのが面倒なので、蒸かした。これで皮は手で剥ける。湯がいても同じことだが。しかし、おでんに入れるジャガイモは蒸かすより煮る方が良いようだ。ジャガイモの種類や産地にもよるが。
 金時人参の残りがあるので、それも切って入れる。西洋人参が四本で百円であったが、手を出さなかった。二本でいい。使うのに時間がかかる。四本合っても、残り二本は傷んでしまう。
 大根はないが、千切り大根が残っていたので、それを入れる。これで最後だ。次は普通の大根を買うことにする。今なら百円だ。
 野菜はよく煮込んだあと、蒸かしたジャガイモを入れ、そしておでんパックを入れる。半分だ。二人分あるし、鍋に入りきらない。下に野菜類ががあるためだ。
 これで本当に溢れてしまい、絹こし厚揚げや葛を入れるタイミングを逸した。もう入らない。
 これはまた大変なことになる。おでん地獄が続きそうだ。少ない目に作ったつもりだが、大量にできてしまった。
 
 昨日は雨が降りそうだったが、その前に高枝切りの続きをする。結局二本切った。いずれも高いところにある枝で、高枝切りノコギリで。その枝から伸びている小枝なら高枝切りハサミで切れるのだが、面倒なので、小枝込みで太い目の枝を切る。こちらの方が高さ的にも低いためだ。これなら一回で切れるので、楽と言えば楽だが、獲物が大きいので、切ったあと、力がいる。
 斜め切りなので、結構時間がかかる。上にあるため、切り口を見失うと、同じ場所にノコギリを入れるのが難しいが、その近くに当てて、擦れば切り口に引っかかるようだ。高い場所にあるので、切り口もよく見えないのだ。幸い遠いところは眼鏡なしで見える。と言うより、普通の眼鏡は持っていない。手元だけがよく見える牢環境のためだ。こういうときはデジカメの望遠で見ればいい。液晶ではなく、電子ファインダーなら、かなりの大きさで拡大して見える。高倍率ズーム機なら、殆ど望遠鏡だ。これで、切り口にピントを合わせ、シャッターを切れば、枝も切れれば良いのだが。
 ノコギリで切ると、枝は落ちない。枝が傾くだけだ。まだ引っ付いているのだ。手元で切る場合は、その状態で手で折れるのだが。
 傾いた枝の頭は屋根に乗っていた。そして皮一枚で繋がっている箇所を切ると、パサッと屋根に落ちた。静かな落ち方だ。あとはそれを引っ張り落とせばよいのだが、嵩が高いため、他の枝に引っかかったり、屋根はいいが、樋に引っかかると面倒になる。それで再び高枝ハサミを使う。枝をハサミで掴んで持ち上げて樋に引っかからないように空中移動させるのだ。まあ、物干し竿を上げるハサミの付いた棒のようなものだ。それと少し違うのは、洗濯挟みのように固定できる。握りきれば、しっかりあと掴めるので、滑らない。手で握ったのと同じような状態になる。
 二本目はあっさりと切れ、メインの幹にお辞儀をしてくれたので、わずかに屋根を撫でた程度。皮一枚で繋がっているが、これは引っ張れば剥けるいい位置にいた。
 屋根に落ちるかもしれないという条件はプレッシャーがかかる。音がするので響くし、樋の繋ぎ目などに引っかかるとあとが面倒だ。その恐れのある二本を切ったので、ほっとする。できるだけ小枝を先に切っていたので、太い目の枝も軽くなっていたはずだ。上で切るか、落ちたものを分解するとき、下で切るかの違いだが、下で切る場合は、手で千切れる。
 中ぐらいの枝二本の収穫だったので、分解作業は早かった。雨が降り出しそうで、しばらく、雨が続くはずなので、次回まで間が開くだろう。
 
 パナソニックから出ている全域明るいレンズのネオ一眼だが、その1インチサイズ受光素子タイプと値段が1万円ほどしか変わらないので、ショックを受ける。これは実勢価格だ。1インチタイプは出てから少し立つので、その値下げ分を入れたの話だが。
 この二機、兄弟機で、そっくりだ。違いは、安い方が全域明るい。そして軽い。
 全域明るく、1インチサイズのはソニーから早く出ていたが、300ミリまでだ。その大きさ重さで300ミリでは物足りない。やはり600ミリがいる。小さなコンパクトデジカメでも700ミリ越えているのだ。まあ、ネオ一眼なら2000ミリというのがニコンにあるが。
 パナソニックからも受光素子が小さいのなら1400ミリまである。広角端は何と20ミリだ。とんでもないズーム比だが、ニコンも負けてはいないし、キヤノンも広角端を21ミリあたりまで伸ばしてきているので、今は珍しくはない。
 要するに一般的なネオ一眼で、全域明るいというのが、この新製品の特徴だが、1400ミリまであったのを600ミリに落としている。当然だろう。全域明るいのだから、そんな長くできないはず。まあ、600ミリを超えると、ぶれがひどくなるし、遠くだと霞んでしまい、あまり鮮明な絵はできない。まあ、その雰囲気が好ましいのだが。
 しかし、1万円の違いで、1インチ受光素子タイプが買えるのなら、こちらの方がお得ではないか。600ミリまでのライバル機はキヤノンにあるが、十万を超えているし、さらにファインダーは別売りなので、とんでもなく高い。中級の一眼レフを買える値段だ。
 一インチで望遠となると、ニコンからもある。こちらはミラーレスのシステムカメラだが、28から300ほどのズームレンズがある。しかし300ミリでは弱い。それに最近、このシリーズ、ファインダーを内蔵していなかったりする。
 受光素子は大きいほど好ましく、最終的にはフルサイズまで行くようだが、果たしてそうだろうか。問題は写りなのだ。
 解像力が高く、階調が豊かで、感度上げで暗いところを写してもノイズが少ない。等々良いことずくめだが、実際にはそこに主観が入る。
 しっかりと解像していなく、ややぼんやりとしている方が絵としての雰囲気が好ましいことも多い。人の顔などあまりリアルに写りすぎていると、逆に怖いだろう。
 圧倒的ではない解像感、これはセールスにならない。要するに今のデジカメは書き込みすぎなのだ。逆に解像力があまりないタイプの方が、ぼんやりとしていて、昔のフィルム時代に近いかもしれない。まあ、当時はよくぶれていたので、手ぶれで不鮮明、ピントが合ってなくて、不鮮明だったのだろう。ファインダーではピントが合っているのだが、前ピンとか後ろピンになるレンズの癖のようなものがあった。
 富士のデジカメのホームページへ行くと、商品の説明があるのだが、そこで一般的なコンパクトデジカメより、少しだけ受光素子の高いカメラの説明がある。「見たまま」とか「見た通り」とかになっている。では、今一般的にあるコンパクトデジカメの受光素子では見えていないのだろうか。写っていないということになる。
 最近買ったニコンの受光素子が小さい普通のコンパクトデジカメでしばらく写しているが、これは買った後はそればかり使うのだが、写りが好ましい。
 おそらく拡大して見ると、しっかりと解像していないのだろうが、普通にパソコンなどのモニターで全体が見えるサイズだと、それなりに見えるのだ。これは解像力が高いと言うことではなく、雰囲気なのだ。
 これは、かなり前に買ったニコンのコンパクトで、レンズだけが非常に明るい小さなカメラだが、それほど鮮明ではないのだが、タッチに味わいがある。うっすらと写るタイプで、淡いのだ。この淡さが上品で、所謂テカテカの絵とは逆だ。要するに逆に写真らしさがある。
 そういう目で見れば、十年以上前に買ったカメラで写したものも、結構いい感じの味があったりする。
 
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2015年11月13日

パナソニックネオ一眼

■■ 2015年11月13日 金曜日 午前8時14分
 
 今朝は寝過ごした。久しぶりだ。夕食後、少し寝たためだろうか。それで、寝るのが遅くなった。昼寝はいいが、夕寝は本寝時間をずらせるようだ。寝付きが悪くなる。
 今朝は思っているほど寒くはない。先日の雨が去ったあと急激に寒くなると言っていたが、大したことはなかった。そして、また雨が来る。予報では「多い」となっている。これは長期予報でもあったように、雨が平年より多いらしい。西日本、太平洋側。
 しかし、前日の夜から朝は寒かったので、昨日は電気毛布のスイッチを入れた。例年なら軽い目の掛け布団なのだが、今年は分厚い冬の蒲団だ。しかし、最近の蒲団は軽くて薄くても暖かい。羽根布団だ。しかしそれでは頼りないので、綿がしっかり重い蒲団の方が安定している。これをオブトンと呼んでいた。また掛け布団を、ウワブトンと。上蒲団のことだろう。敷き布団はシタフトンとは呼ばなかった。
 今朝、モスに入ると、テーブルに大きな箱がある。いつものはこの三倍ほどある、そこに何か入っているのだが、口拭きの紙から袋入りのティッシュに変わっていた。よく道でもらうあれだ。それがテーブルの上にある。これは鼻をかむのに都合が良い。吸着力が違うからだ。また、濡れた紙はいつもある。これはおしぼりだ。しかし、あまり使っていない。このティッシュは一度破ると、残せないだろう。だから、持って帰ることができる。よく鼻を拭いたりするので、これは有り難い。百均で買うと余るほどあるのだが。忘れることがある。
 つまり、毎朝モスへ行けば、ハンカチとちり紙は買わなくてもよくなる。この二つは、外に出るとき、よく持たされたようで、学校でも検査があった。だから常にポケットに入れていないといけないらしい。
 昨日はいつものスーパー二階の衣料品コーナー前を通るが、バーゲンは終わっているのに、そのまま残っていた。人はいない。しかし、バーゲンのときと同じものが並んでいる。値段もそうだ。これなら、急いで買う必要はなかったのだ。じっくりと選べる。ただし、レジにて半額の品があり、この場合、店員に値札を張り直してもらわないといけない。最初からその値札が貼られているものはその限りではない。
 急遽、半額にする品、また、バーゲンが終われば半額にしない品のみ、店員に言わないと半額にならない。半額シールを値札に貼ってくれる。この張り子が、昨日はいなかったので、最初から半額の品だけの陳列だったようだ。張り子が出るのはタイムサービスのときだけ。その品は、常設位置から動かして、廊下のようなところまで運び込む。終われば、常設位置へ戻す。
 その戻ってきてお神輿のようなものを見に行くと、半額のものもあった。これは晒し籠で、唐丸篭のようなものだ。だから、セールをやっていないときは、それを見に行く。安いのが吊されているためだ。決してバーゲン用にセットしたものではなく、常にあるのだ。ただし、これは吊り物、ハンガーものに限られる。
 
 昨日は高枝切りの続きで、ついに頂上の枝を切った。これはメインの幹の先だ。ただ、それだけが頂上ではないが、それで、少しボリュームが減り、低くなったように思える。下からなので、高さが分からないのだ。いつもの高枝切りノコギリでの斜め切り。垂直の枝なので、そうなる。だから、枝の太さの倍ほど切らないといけない。しかし横より縦の方が柔らかいようだ。これはメインの幹なので、真上からドサリと落ちてきた。脚立にあたり、甲高い大きな金属音はした。
 しかし、まだ頂上があり、さらにはみ出している枝がある。この幹は根から二つに分かれ、まるで二本の木が並んで生えているようなものだ。そのためメインの幹は二本あるようなものだろう。同じタイプの木がもう一本ある。寒くなってきたので、そろそろだろう。この木は、ネズミモチ何とかというのだろうか。勝手に生えてきたのを放置していた。
 秋から切り始めたのだが、最初は腕がだるく、息もしんどかったのだが、最近は何ともない。良い運動になるのだろう。
 
 先日エディオンで見たパナソニックの全域明るいネオ一眼、以前に出ていたものだと思っていたが、同じタイプを調べると、その後継機が出ているようだ。まだ発売前かもしれない。これは上新のネットショップでの話だ。新製品は入荷次第発送となる。そこから、メーカーページへ飛ぶリンクがあるので、それで飛ぶと、新製品だった。直リンクで、いきなり商品ページへ飛ぶ。
 パナソニックのネオ一眼は受光素子が1インチと大きいものがあり、ソニーやキャノンよりは安いが、それでも結構な値で、一眼レフダブルレンズキットより高い。コンパクトカメラなのに。
 その1インチ受光素子と兄弟タイプなのか、そっくりだ。受光素子は普通のコンパクトデジカメと同じタイプなので、受光素子違いだろう。中間の、一寸だけ受光素子が高いタイプもあるが、最近はそれを飛ばしていきなり1インチタイプとなっている。
 このネオ一眼1インチ版は全域明るいわけではないが、広角端だけは明るい。このタイプを使うのは望遠派だろうから、望遠端の600ミリで明るい普及タイプ版のほうが値打ちがある。
 しかし、この全域明るいネオ一眼、死んでいたはずだが、ここで新製品として生き返った。
 この1インチ受光素子が曲者で、高倍率ズームではばかでかくなる。しかし、一眼レフの標準ズームを付けたタイプよりも軽いだろう。1キロは超えない。
 そして、一眼レフで24ミリから600ミリのズームレンズはない。せいぜい28から400あたりまでだ。しかし、馬鹿でなく、重くなる。
 全域明るいズームとして、オリンパスの28から300を持っており、これはメインとしてよく使っている万能機だが、受光素子が少しだけ大きい。しかし、同じオリンパスのコンパクト系と比べて、画質が特に良いというわけではなく、見た目は分からない。特に明るいレンズを付けたタイプは。
 先日買ったニコンの700ミリ越えのカメラは、スペック的な条件は悪いが、結構写っている。しかし、それを言うと商売にならない。商品を高くしたいのだろう。値段を。それはいいが、大きく重くなる。一眼レフスタイルの形は鞄に入れにくいし、また重いので、撮影目的があるときしか持ち出さないだろう。鞄のサブポケットに、ケータイのようにそっと入れる程度の嵩が好ましい。扱いやすいので、持ち出しやすい。持ち出しても負担にならないためだろう。
 望遠撮影をしないのなら、1インチ系コンパクトはポケットに入る。だから扱いやすいが、やはり最低でも200ミリほどの望遠がないと、物足りなく感じる。
 望遠撮影がメインだと、パナソニックの600ミリでもf2.8は魅力的だ。600グラムまでなら、扱いやすい。
 ファインダーの解像力も上がっており、さらに液晶もタッチパネルに対応し、タッチシャッターも切れるようになっているようだ。立ち上がりは25ミリからで、これこそ万能機だろう。
 
 
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2015年11月12日

ハリハリ鍋

■■ 2015年11月12日 木曜日 午前7時22分
 
 今朝は十度を切っている。昼間も気温は上がらず、少し冷えた。これは部屋にいるときも、ひんやりとする感じだ。これを底冷えというほど強いものではないが、暖房がないと寒いのは確かだ。
 夕方など自転車で走っていると、これもひんやり加減が違う。空気そのものが冷たいのだろう。しかし、まだ上着の下に一枚セーターなどを着込むほどのことではない。しかし、そろそろだ。特に朝夕は。
 寒々しいとき、寒々しい服では確かに寒い。中に着るハイネックのセーターなどが非常に効果的だ。このセーター、薄くてぴたっとしたものの方が効果は高いようだ。千円もしない。特価で山積みされている。これが毛糸のセーターなら高いのだが、編んでしないアクリル生地のが安い。問題は首元だ。徳利タイプでも、二重になるのがある。折り返す。それを見ていると、ろくろ首のように見える。首が長いのだ。または売り場ではイカのようにも。これは着るとき窮屈で、頭や顔を締め付けながら強引に通す。これは綺麗に髪の毛をセットした人なら着ないだろう。次のタイプは、首の土手が一枚タイプで、緩いタイプ。こちらの方が着やすいが、首は二重ではないので、防御力は低い。しかし、首だけが伸びたような感じではない。次が胸元だけファスナーになっているタイプ。これは着たり脱いだりしやすい。頭の大きな人向けだろう。しかし、ファスナーが喉に当たったりする。それに首のところで、二つに分かれたように見えるし、ファスナーの引っ張るところが見えたりする。当然、ファスナーのレールが喉に当たると冷たい。ここは樹脂製がいい。ただこのタイプになると、襟を立てているように見えてしまい、セーターとは少し違う。
 また、ファスナーの掴むところの、あれが重なることがある。つまり、その上の上着もファスナーだと、つまみが二つ重なる。
 ただ胸だけファスナーのセーターは、首元が暑くなったとき、便利だ。ハイネックは脱ぐしかないが、脱ぐとき結構往生する。肩から袖を落とすのではなく、上へまくり上げて脱ぐためだ。首が抜けたいと、しばらく何も見えない。
 去年特価で買ったハイネックと、首元まで詰まった程度の同タイプを買っているが、着やすいのはその中間だ。つまり、折り返さないタイプのハイネック。そして、首にゆとりがあるタイプだ。きついと息が詰まる。喉を押さえつけすぎるためだ。これは着るうちに緩むようだが。
 上着よりも、足が寒くなる季節になっている。防寒ズボンが欲しいところだが、ポリエステルのつるつるとした千円ほどのは沢山持っているのだ。しかし、感触が良くない。そこで綿パン風生地で中にボアの入ったタイプが好ましいのだが、良い色がない。よくあるのは明るい茶色。ハトロン紙色。アウトドア的に、この色を好む人が多い。しかし、汚れると一発だ。明るい茶色のため、目立つのだ。だから、外で地面に座り込んだり、草むらに足を入れたりすると、一発だ。そのための作業着がジーパンだったように思う。濃い紺色だと汚れても分かりにくいし、履き込むと白っぽくなったり、色落ちしたりする。だから、単色ではなくなるため、汚れか生地の傷みなのかが分からなくなる。しかし、石のように硬いジーパンはくつろげない。
 この裏にボアの入ったズボンの年寄りものがあり、昔買っていた。見た感じ背広の下に履くズボンのようなデザイン。ゴルフのときに履くようなズボンだ。これがゴムパンとなっており、表面もつるつるしていない。しかし、実際に履いてみると、ぶかっとしたパッチに近い。それに少し裾が長かったので、かなり引き上げて履くと、ベルト箇所が肋骨に達していたりする。これは子供だ。丁稚の大村の崑松になってしまう。それに前のファスナーがなかったので、本当に子供だ。
 
 昨日も高枝切りの続きで、大物の枝を切った。上の方にある枝で、頂上の一角を成している。高いところにあり、しかも垂直に近いので、ノコギリを入れにくい。高枝ハサミでは、この角度は無理だ。枝が横になっていないと。それに太いので、切れない。
 そこで、いつものように高枝切りノコギリで斜め切りをする。真横に切ることもできるが、パイプが重いので、支えきれない。それに垂直の木を真横から切ると、ノコギリが挟まり、動かなくなることがある。これは傷口に木の体重が乗るためだろうか。
 しかし、高枝切りハサミでは太い程度の枝なので、ノコギリなら早い。切っているときにパイプを被せすぎると、木が揺れる。さらに風が吹くと、かなり木が揺れる。頂上のためだ。これを切ると、頂上の一角を崩せる。つまり長く伸びすぎたのを短くするのが目的でもある。これ以上伸びると高枝切り長さにも限界がある。
 それよりも低い枝もあるが、これは先には切らないで、残す。高いところにある木を切った瞬間バサッと倒れて落ちることがあるため、下の枝葉で受け止めるのだ。枝の位置にもよるが、他人の家の屋根に落ちる可能性もある。だから、引っかかった方が良い。あとは何とか地面まで引っ張り下ろせば良いのだから。
 しかし、いきなり頂上付近の枝は切れない。その下の枝葉が邪魔をして、枝がよく見えないし、ハサミやノコギリを入れる空間がないためだ。だから、多少は下側の枝も切ることになるが。
 それで昨日は、太い目の大物の枝を切ったので、一時間位内にばらすことができなかった。細かく切ってゴム袋の入れる時間がないほど、大漁だった。
 
 タラが安かったので、タラ鍋にした。しかし、前回買ったカレイの方が安かったが。このタラ、正月になると棒鱈となって売っているが、非常に高い。
 それよりも水菜が三束で百円。嘘のような値段だが、その八百屋ではよくある。ほうれん草もそうだ。その日はほうれん草ではなく、水菜がその値段で笊盛りされていた。一応水菜は包装されている。ほうれん草は未包装で、括っているだけのを三束笊に盛られていた。毎日あるわけではない。それがないときは、この方面では定番の飛騨ほうれん草となる。
 水菜で鍋物、これはハリハリ鍋で、鯨を入れないといけないが、タラを入れた。と言うより、水菜が安かったので、偶然買っただけのことだ。
 水菜は葉物かもしれないが、実際には茎ばかりだ。その歯応えを楽しむものだろうが、結構煮込んで柔らかくしてしまう。だから、ハリハリにはならないが。
 人参が安い。しかし、残すし、枯らすので、金時人参にする。おせち料理で出るやつだ。これは四国産だと思う。非常に大きく長いのが百円。こちらの方が柔らかいし、使い切れるほどの量だ。この八百屋、四国産、特に徳島産ルートを持っているようで、それが安い。
 千切り大根が残っていたので、それも入れる。それとナスビも。このナスビも一袋にかなり入っていて安かったのだが、萎れる寸前になっていた。いやでも使わないといけないので、入れた。あとは捨てるしかないのだから。そのまま酢に漬けていれば、漬け物になったかもしれない。
 今回は野菜を大量に入れなかったので、二食分で終わった。だから二日目までで、三日目にも、まだ残っているようなことはなかった。水菜は煮ると嵩が減るためだろう。
 

  
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2015年11月11日

冬物バーゲン

■■ 2015年11月11日 水曜日 午前7時15分
 
 今朝は少し気温が低い。これは以前から予測されていたことで、雨が止むと寒くなると。
 久しぶりに十度を切っていたので、やはり寒い。予報ではそれでも平年よりは2度ほど高いらしい。これは場所にもよるのだろう。大阪市内の気温は11度。伊丹空港は9度。見えている距離なのに、気温差がある。さらに山手へ行くと寒いだろう。例えば川西、池田、箕面、吹田、茨木、高槻などは山があり、山の向こう側がある。
 昨日はいつものスーパー二階の衣料品コーナーで冬物特価セールだった。半額だ。これは気温に合わせてきたわけではない。ポイントセールというのがあり、ポイントが数倍多くなる日で、これは平日にある。この日は客が多い。それに合わせてのバーゲンだ。タイムサービスで、レジにて半額ではなく、終日半額だ。
 それで、中にボアの入ったパーカーを買う。このタイプ、よく見かける。ボアの入っていない普通のフード付きで、一番古い形は裏地がタオルだ。最近は繊維、生地を変えてきており、綿だけではなくなっている。
 そのボア入り、通常何処でも2800円あたりが相場で、2500のもあるが、やや薄い。昨日買ったのは3500と高いもので、これが半額。結構ボリュームがある。
 しかし、生地に綿がどこにも入っていなかった。その代わりレーヨンが20パーセントほど入っている。これで、表面がやや毛羽立っているが、毛玉製造器のようなものだろう。毛玉が出るので、注意書きされている。これは一発だろう。そして、毛玉の取り方も書かれている。ハサミで玉を切れと。そんなことをすると、薄くなる。毛玉も暖かいだろう。
 思ったよりフードが大袈裟で、ふわふわとした生地なので、フードが高僧の襟のように立ってしまう。背中に垂れないのだ。そしてそこは色が違うので、かなり大袈裟だ。大きなマフラーを首の上に引っ掛けているような感じだ。見た目ほどには暖かくないのは、喉元は隠せないためだろう。ファスナーは顎まで上がらないが、フードの襟を引き寄せて合わせると隠せる。生地がふにゃふにゃのためだ。
 これはフードをマフラーとするという理想的な図だが、かなり大袈裟になる。エリマキトカゲのように。
 今朝はそれを着て、朝の少し寒い道を喫茶店まで走る。普通のスーツ姿で歩いている人もいるのだから、このパーカー、厚着だと言えるだろう。だから、スーツの上にコート類を着る人が出る頃、このパーカーでは寒いかもしれない。ただ、ふんわりとしており、ゆったりとしている上に引っ張るとよく伸びる。腕の幅もゆったりとしているので、中に着込めそうだ。
 しかし、このパーカーそのものが、中に着込むアンコのようなもので、真冬になると、このタイプをよく着ていた。
 このふわふわパーカーの上に薄い目の外套を着れば、真冬は暖かいだろう。着ぶくれすると、腕が回らないので、薄い目の外套がいい。
 昨日のバーゲンでも、そのタイプの外套、殆どはダウンジャケットだが、そういうのもあったので、見ていた。今買えば半額だ。冬の終わりの半額ではなく、冬の初めの半額だ。これは賞味期限が長い。
 当然、ユニクロやGUの値段よりも安い。ほぼ同じタイプだ。こういうのは常設ではなく、それこそバーゲンの日のみ、あるいはタイムサービスの時間帯のみなので、いつでも手に入るわけではない。
 昨日見た中で、一番ヘビーなコートがある。袖を触ると、中に人が入っているのではないかと思うほど分厚い。これは腕が回らないだろう。分厚さできている。これなら、中にアンコを着込む必要はなさそうだ。しかし、どう見ても現場監督だ。これに毛皮の襟だと、モロだ。山で猟などするとき、防御力が高いだろう。転んでもクッションになるし、木の枝などにも分け入れやすい。殆ど鎧だ。
 一番着やすそうなのは、よくあるデザインのダウンジャケットなのだが、熱を出す機能があるタイプだ。しかし、日がないと発熱しないようだ。それは期待できないし、このタイプなら、ユニクロのがもっと薄くて軽い。しかし値段が高い。
 そのダウンジャケット、そればかりをずらりと並んでいる。毎年、このタイプが並んでおり、このスーパーのオリジナルではないが、定番ものだ。ちなみにこのスーパーは平和堂。
 比較的好感が持てたのは、薄い目のダウンジャケットで、フード付きだが、結構ファスナーが上に上がり、顎まで隠せる。フードは黒い毛が付いている。防寒レベルは中級。ヘビークラスすよりも動きやすいだろう。分厚いと、腕組みができなかったりする。このあたり、2000円ほどだ。このタイプ、持っているのだが、かなり薄汚れている。高枝切りのときの作業着にいい。落ちてきた枝に当たっても、鎧になる。
 昨日買った、ふかふかのパーカーだが、これは部屋着になる。それで、それを着ている。部屋着なので、ご飯を食べたり、炊事をしたりするため、汚れる。もう少し着古してから部屋着にした方がいいのだが。部屋着はそのまま横になって寝てしまうこともある。
 そのポイント数倍セールに合わせたバーゲン、今日もやっているはずだ。いつも二日続くので。それをやっているかどうかは、幟で分かるし、平日なのに交通整理の人がいるので分かる。
 
 アマゾンキンドルで電書を出しているのだが、実用書の方がよく売れるようだ。小説などの読み物ではなく。物語ものやエッセイなどは、活字が好きな人だろうか。
 実用書と言っても、漫画講座だ。漫画ではない。だから、全部文章で、挿絵などはない。ビジュアル性ゼロだ。挿絵や図を見ても、逆に分かりにくいのだ。言葉で、線上に順番に説明した方が分かりやすい。本屋で立ち読みして買うのなら、絵が入っているほうが楽しそうなので効果はあるが、電書は中身が見えない。見せることも出来るだろうが、途中まで読めるのなら、逆にこの程度の内容かと思い、そこで捨てるかもしれない。何が書かれているのかが分からない方がよかったりする。
 この実用書、漫画講座などの場合、漫画を書くのが目的の人が買う。読書のためではない。本が好きななので、読むわけではない。漫画を書くという目的を果たすための過程なのだ。だから、娯楽ではないし、一方的に楽しめるものではない。
 それと少し関係するが、百話を越える韓国時代劇ドラマをずっと見ていたのだが、その中で本が出て来る。王子などが本を読んでいるのだ。読み物ではなく、小学、大学などの本だ。全部漢文だ。読めるだけでも大したもので、その意味を説明できれば、大したものだ。
 それで、王子、後に聖君になる人だが、本ばかり読んでいる。
 また、荒っぽい兵士が功臣となり、本を読むようになる。漢詩のようなものだ。こちらは文学っぽい。ある情感などを文字に記している。
 史記、三国志などは歴史書だが、これは物語として読む楽しみもあったのだろう。当然、色々な教訓が盛られているはず。これは解釈の問題だろうが。今でもその言葉は日常的に使われいる。ある意味実用的なのだ。
 詩文などをたしなむのは、風流人と呼ばれているが、この流れが娯楽ものへの走りかもしれない。
 そういう読書人ではなく、漫画を書くための実用書というのは、読書とはまた違うのかもしれない。文章、文体、言い回しの妙を楽しむものではない。文才のある人が書いたものは別だろうが。
 
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2015年11月10日

エディオン

■■ 2015年11月10日 火曜日 午前7時07分
 
 今朝も暖かい。雨は止んでおり、陽射しが少しだけ見えるが、雲が多いので、陽が当たらない。今日も天気は不安対なのだろう。今回の雨が止むと寒くなると言っていたが、今朝はまだ暖かいので、しっかりと去ったわけではないのだろう。
 11月のこの時期としては平年より5度ほど高いらしい。暖かい日が続く前は寒かったので、あれが平年だろう。長期予報では大阪方面は暖かい目で、雨が多い目らしいので、雨が降ると暖かくなるとは限らないが、南から湿った暖かい空気が入り込む機会が多いので、暖かい目の冬になるのだろうか。つまり雨がポイントだ。今回もこの雨で暖かい。この調子だと、真冬でも雨で、大阪では雪は降らないかもしれない。意外と春に降ったりする。
 朝、起きたとき、喉が少し痛い。これが冬らしい。その痛みは起きてしばらくして消えるのだが、それがずっと残ると風邪っぽいとなる。さらに関節が痛いというか、油が切れたように動かすとぎすぎすし出すと、風邪だ。当然頭が重く、首がだるく感じられたりする。首や肩に来たりする。決して痛いわけではないが、何となくだるい。所謂倦怠感だ。風邪薬を飲んでも緩和だけなので、少し大人しく、静かにしていればいい。薬を飲むと胃腸に来る。一日分程度ならいいが、三日を超え、一週間ほど飲むと、癖になるだろう。飲むと少し鎮静する。穏やかになる。これが曲者だ。
 昨日はおでんセットを買ってきて、継ぎ足して食べる。180円ほどで一人分の具と出汁が入っている。コンビニにもあるやつだ。ちくわなどの練り物しか入っていないおでんセットが安いが、スープは濃縮だ。
 濃縮や粉末ではない出汁入り、この場合、出汁に浸かったまま売られている。卵と大根とコンニャクが入る。練り物だけではなく。こちらの方がいいだろう。そこに絹こしの三角の厚揚げを入れる。豆腐の代わりだ。白ネギがあったので、それを入れようとしたが、煮込むと出汁がなくなってしまうので、すぐに煮える菊菜を入れる。これでぐっと豪華になる。このパックのおでん、既に火が入っているのか、煮込んだあとの状態らしく、具が柔らかい。分厚く切った白い大根など、煮るのが大変だろう。この一つの大根を食べるには、大根を買わないといけない。一切れだけが欲しいのに、一本や半分を買ってもあまるのだ。その後、大根地獄になり、大根ばかり食べることになる。コンニャクもそうだ。一つ欲しいのだ。しかし百円で二パックとかを買うと、コンニャク地獄になる。
 このおでんセット、続くと飽きるが、ネタがないとき、重宝する。一人前パックだと続くこともない。
 野菜煮が最近余る。多く作りすぎ、三日目になると、流石に腐ることを考えてしまう。一度作ると三日までは持つ。しかし、四日目まで残すと、酸っぱくなるので、分かる。これは多く作りすぎのためだ。二回か三回分で。これが二日分、三日分になると、厳しくなる。おでんのように同じ出汁で継ぎ足して行く手もあるが、例えばジャガイモを追加したとしても、煮えるまで結構時間がかかり、既にあるものは溶けてしまう。こういうのは別鍋で煮てから追加するのだろう。
 広島の牡蠣が出ていたので、手を出そうとしたが、結構高い。量を見ると、多そうに見えるが、水に入っているため、そう見えるのだろう。確かに牡蠣フライなどは高いわりには、量がない。小さい牡蠣ではあの味覚は味わいにくい。中で水分を感じるような、あの牡蠣の味覚は大きい目の方がいい。生牡蠣は当たるので、怖い。煮た方がいい。
 冬の魚としてはブリがいい。油っぽいが、焼くとビフテキのようになる。正月の日に食べる御馳走だった。特に海から遠い山村では。冬は腐りにくいので、魚は冬の方がよかったのだろう。塩漬けという手もあるし、味噌漬けもある。年中食べられるのは干物だろう。
 黒船が来たとき、黒船でのビフテキは、干し肉だったようだ。冷蔵庫がなかった時代なので。
 
 先日エディオンへデジカメを見に行ったとき、ノートパソコンもついでに見たのだが、一番安いので4万円ほどで、特価品がない。
 しかし、奥の方に並んでいる高い目のノートの中にNECの古いノートがあった。これは目を付けていたのだが、高くて買う気がしないのだが、10インチで非常に軽い。キーボードなどはしっかりと作られており、ストロークが結構ある。このノート、ずっと特価状態のまま、誰も買わないのか、そのままだ。6万円台になっているが、消費税を入れると7万円になる。昔から考えると、安いのだが、3万円台でノートはあるし、そういうのばかり買っているので、7万が高く感じる。今使っているのは2万円台だ。結構遅い。
 このNECの10インチノート、ハードデスクはなく、SD何とかというタイプ。多くのソフトは入れられないが、その分軽く作れたのだろう。薄くて軽いが、ソニーほどでもない。この後継機が出ると、今展示されているのはぐっと安くなるはずだが、二年ほど経過しているのに、後継機が出ない。非常にしっかりとした作りで、それでいて嘘のように軽いのだが、コストがかかるので、やめたのだろう。
 最近上新へ行っても、安いパソコンがない。10インチのゲートウェイがあったのだが、姿を消している。狙いは10インチだ。しかし、去年のクリスマスあたりで、今のノートを29000円で買い、今も十分機能しているので、問題はないが。
 さて、そのエディオンだが、たまに高級コンパクト系の特価品が出る。今まで展示されていなかったのに、急に置かれていたりする。他のエディオンから回ってきたものだろうか。
 先日見たのは、パナソニックの全域F2.8のネオ一眼系で、28から600まであったと思う。広角端は28ミリだったように記憶しているが、もう少し広いかもしれない。しかし、全域この明るさなので、やはり28ミリ以下にはならないと思えるが。このカメラ、受光素子が大きい目ではない。普通のコンパクトカメラと同じだ。
 これが出たとき、凄いのが出たものだと思った。所謂ロクニッパなのだ。600ミリでF2.8、有り得ない。このパナソニックネオ一眼とは別枠かもしれないが、1インチ受光素子のネオ一眼もある。流石にここまで明るくない。それに1インチで高倍率なので、かなり大きく重い。ただし、普通の一眼レフタイプにこのズーム比は有り得ないし、あったとしても巨大なものになる。
 だから、このロクニッパ、数年前のネオ一眼で、最初見たとき、パナソニックのいつものネオ一眼の新製品かと思ったほどだ。それにしてはズーム比を落としてきているので、不思議だった。
 このパナソニックのロクニッパ、実はかなり前からカメラのキタムラで特価で出ていたのだ。ただし、キタムラでは、展示されているが、在庫がなかったりする。
 エディオンはたまに、こういったカメラが出る。古いカメラだが、気になるカメラだ。流石にそれは買わないが。
 結局1インチ受光素子で、ポケットに入るタイプの方が買いやすいのだろう。ズーム比は大したことはないが、レンズが明るいので、室内では強い。別に受光素子は小さくてもレンズが明るいと、何処でも写せる。薄暗い店でも、レンズが明るいと安心してシャッターが切れる。
 そういうカメラ、200グラム台なら、常に持ち歩けるだろうし、ポケットにも入る。だからそれの上等な1インチタイプに人気が行くのだろう。
 このタイプ、ソニーが始めたのだが、同じようなタイプのを何台も新製品で出している。どれがどれか分からないほど。オリンパスがどう出るかだ。1インチがいやなのかもしれない。ミラーレスがあるためだ。あまり違いがなかったりする。
 
 
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2015年11月09日

揚げ物

■■ 2015年11月9日 月曜日 午前7時37分
 
 今朝も雨空。雨が降っていないだけましだが、今にも降りそうだ。昨日は一日雨だったような気がする。外に出る度に傘を差していた。出るときは降っていなくても、途中から降ってきたりとかも。
 暖かいが湿気ている。かなり湿度が高い。梅雨時なら蒸し暑いが、今は蒸れるような感じだ。これは真冬、寒いので着込んでいて、いつの間にか汗をかいていたような感じだ。寒いので汗など出ないと思っていたのだが、冷たくなっている。蒸れたのだろう。
 多少の雨なら傘を差さない。中綿入りの上着などは防水性というか、中に染み込むまで時間がかかるので、気にしなくてもいいのだが、へたに防水性の弾く生地の表地の方が濡れている感じがしすぎる。染み込まないで水滴になっている。そしてそれが流れ出す。水が表面に露出しているのだ。これは傘も同じだ。それに比べると、防水性のない生地だと色が変わるほど染み込むが、水滴にならないので、拭き取ってくれているような感じだ。濡れ雑巾のように。こちらの方が、水を感じない。これは合羽として着ているのではなく、一寸した降り程度のときだ。普通に降り出すと傘を差すが。
 そう考えると、防水性は考えない方がいいような気がする。水分を含んで重くなり、なかなか乾かないが。
 しかし、防水性のある生地は風よけにもなる。だから、意外とウール風の生地のオーバー風の上着がいいのではないかと思える。当然中綿入りで。
 それに類似するものはないかと探すと、綿だけでできた中綿入りコートのようなものが見付かった。これはたまに着ているが、少し重い。そして細いので窮屈だった。綿だけでは風を入れてしまうような気がしたが、意外と大丈夫だったのは中綿入りのためだろうか。この中綿が綿ではなく、ポリエステルのクズのようなものが入っていたのかもしれない。
 完全防水の合羽のような上着はあるが、これも水滴が溜り、それが流れてズボンに付き、濡れるはずのないような腰あたりが濡れた。合羽は上下を着ないとだめだ。
 一寸した降りで、傘を差すかどうかと言うようなとき程度なら、染み込んでも大したことはない。だから、防水性のないタイプの方がよかったりする。これは傘に触れると濡れるようものだ。手とかにモロに水が付く感じだ。
 昨日は雨だったので、高枝切りは中止。雨が止んでいたとしても、葉や枝が濡れているため、滑りやすい。それに落とした枝葉を細かくするとき、葉が濡れていると、扱いにくい。
 もうそれほど急ぐようなことはないのだが、寒くなる。

 昨日は日曜と言うことではないが、久しぶりに外食をする。しかし、この前、松屋で牛丼を食べたので、久しいわけではない。
 夕方前に行く喫茶店へ行くのが遅くなり、出るときお腹が空いてしまったのだ。こういうとき、戻ってから何かを作るのが面倒になる。それにおかずのネタも切れている。そう言うときはパンでも買って食べるのだが、よく買っていたオール百円の阪急パンへは最近行っていない。
 そこで、その喫茶店のあるモール内の大食堂へ寄る。ここでは春陽堂のラーメンをよく食べていた。しかし、撤去し、長崎ちゃんぽんの店になった。そう言う店屋が広場を取り囲むように並んでいる。テーブルは共通。セルフサービスだ。少しボリュームのあるものをと思い、洋食屋を探す。以前あったのだ。ビフテキやハンバーグなどの定食があった。しかし、探してもない。ここも撤退したようだ。天丼の店になっていた。しかし、脂っこいし、ご飯の上にいきなり天麩羅では引いてしまう。昔、阪神百貨店の地下の軽食道街に百円ほどで天麩羅茶漬けのようなものがあった。お茶漬けの上に天麩羅が乗っているのだ。これなら食べやすい。
 ハンバーグ定食あたりを狙っていたのだが、ないので、他を探すと、それらしい洋食が鉄板に乗っている絵があったので、確認しに行くと、ハンバーグではなく、ミンチカツだった。ずらりと並んでいるが、全部ミンチカツか、唐揚げだった。手作りのミンチカツとなっているし、まあ中身はハンバーグと似たようなものなので、その定食を頼む。
 ベルで知らせが入り、そのお盆をレジから運んで戻るとき、結構重いと感じた。鉄板皿の重さだろう。それに揚げたてのためか、非常に熱い。ここで転んでは大変だ。テーブルの隙間を抜けて、奥、実際には中央のテーブルに着く。レジから遠いので人気がないのだろう。この広場のようなテーブル席は、ずらりと並んでいるが、平日は無人に近く、女子高生が勉強しに来ている。
 さて、そのミンチカツ。熱くて口に入れられないほど。それはいいのだが、熱くて、今何を食べているのかが分からない。そのうち熱さはましになったが、それでも、ミンチがない。ミンチの味がしない。フライのパン粉の味と、上に最初から付いているソースの味しかしないのだ。ハンバーグは肉汁を楽しむもの。ミンチカツはそれに近いが、ミンチがない。入っているのだが、肉の味がしない。
 このフライもの、串カツもそうだが、その衣が美味しい。中身より勝っているときがあるが、このミンチカツは衣が悪い。衣だけ単体でも食べられるほど、美味しい衣の串カツがある。それではない。そして、ソースがどろっとしたタイプで、これが勝ちすぎだ。最初から乗っているので、調整ができない。
 結局フライものの最悪パターンのものを食べてしまった。できれば、ミックスフライ定食が欲しかったのだが、その店は潰れている。ミンチカツだけでは何ともならない。しかも二つ入っている。そして、ミンチ肉の味が舌の届かず、熱いことと、衣がまずいこと、ソースが今一つ口に合わなかったこと。これは失敗だ。
 それ以前に揚げ物は良くない。これなら松屋でハンバーグ定食などを食べていた方が豪華で安かった。要するに松屋は牛丼屋ではなく、洋食屋でもあるのだ。これが大衆食堂に取って代わったようだ。牛丼だけでは引いてしまうが、効率がいい。
 松屋の朝定食を以前よく食べに行ったが、豪華なものだ。満腹になる。朝からそれだけの量は食べられないので、朝方まで起きていた頃、それを食べて、寝た。
 最近は朝に起きているので、行く機会はない。
 コンビニなどでもついついカツカレーを買いそうになるのだが、野菜が何処にもない。だから、幕の内弁当のようなものの方がいい。ハンバーグ弁当も、スパゲティーが付いている程度。これは野菜ではなく、穀物だ。小麦だろう。レンコンを煮たものや、椎茸を煮たもの、フキとか高野豆腐などが入っている幕の内弁当の方が、罪は軽い。
 それで、昨日はそのミンチカツ定食を食べ、胸焼けしたわけではないが、こういうのばかり食べていると、やはりまずいだろう。特に揚げ物は。
 
 
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2015年11月08日

高枝切り

■■ 2015年11月8日 日曜日 午前7時20分
 
 今朝は雨。しかし小雨で、寝起きの喫茶店へ行くときは降っていなかった。それでも湿気が高そうで、手がねばっとする。気温は高い目で、生温かい。暑くはないが、寒さがない。この雨が去ると、寒くなるらしいので、そこから本格的な冬に入るのだろうか。それ以降は暖かい日があっても夏日にならないような。
 雨空のためか、空が暗い。灰色の空で、結構黒側寄り。当然雲の輪郭はない。ガス状だろうか。しかし上空の雲もガス状かも知れない。綿のようなものが浮いているように下からは見えるが。何故雲が黒いのかは分からないが、チリなどを含んでいるためだろうか。これは今ならネットで調べれは、すぐに分かる。解を得るまで考える方がいい。そして一生解に辿り着けなくても、あまり影響はない。まだまだ謎を残している方がよかったりする。
 昨日は雨だと思っていたので、高枝切りは休むはずだったが、曇っているだけなので、いつものように切り始める。これは毎日だ。もう一ヶ月ほどやっているだろう。ただ、時間は短い。実際に切っているのは十五分以内だろうか。それ以上すると、首や手が痛くなる。あとは落とした枝葉を細かくする作業。全部で一時間ほどで、枝葉が多いときは一時間半ほど。こちらは長くやっていても疲れはないが、切るのは疲れる。
 特に高いところにある木の枝をノコギリで切るとき、時間がかかる。手の届くところにあれば、ノコギリで、すぐに切れるのだが。上にあると、揺れる。ノコギリの刃がなかなか入らない。また、引きも戻しもできないときがある。これは力を入れすぎるためだ。最初は軽く撫でる感じがいいのだが、高枝切りノコギリは重い。その重量が木の枝にかかるため、力を入れているようになるためだ。そのため、押さえつけたり、持たれ掛けたりしないで、少し浮かしながら切り出すのが良さそうだ。一度切り口が入ると、あとは楽だが、何せ遠いところにあるので、どの程度切れているのかが見えない。空滑りしているときもある。これは音で分かる。そんなときは少し角度を変えてやればいい。または一度抜いて、やり直すかだ。
 切れかかった枝葉、スポッと切れないで、少し残して傾き出す。そこからまた切らないといけないが、引きちぎる方が早い。そのときはノコギリではなく、ハサミで掴んで引っ張ったりねじったりする。
 脚立に上がって切ればすぐなのだが、届かない。時間はかかるが地面に立った状態の方が足場を変えたり出来るので楽だ。実際に切り出せば、殆ど力はかからないのだが、腕がだるくなる。それに高いところに登ると、落ちることを考えてしまう。
 ハサミで切り取るときは、瞬発力がいる。一気にレバーを引くためだ。枝が太いと硬い。切り取れないこともあり、ここで疲れる。切れない枝はノコギリにで引く。パイプの先にハサミとノコギリが付いているので楽だ。ただ、ハサミの横にプラスチックの洗濯挟みのようなものが付いており、太い目の枝のときは、それを外すように記されている。掴んでしまうためとか。ここはネジで取り付けられているので、面倒なので、外していない。1センチ少しの枝でも切れるようだが、横を向いている枝ならいいが、斜め切りしかできない角度の場合、細い枝でも太い枝となる。垂直の枝は斜め切りになる。
 
 先日清荒神へ行ったときのニコンS9900の写真を見ていると、結構綺麗に写っている。露出は明るいめに出るので、旅カメラとしてなら、明るくていい。露出は一寸したことで変わる。ピント位置と連動しているようで、少し角度を変えると敏感に反応する。そして、逆光のときは、どちらに出るかは分からない。モニターに繁栄しないためもあるが、明るいところではモニターも薄くなるので、あまり見ていないが。
 薄暗いところでも明るい目に出るため、シャッター速度がもったいない。生活範囲内。例えば店屋などの照明内でなら問題はないが、それ以上暗いところでは、秒になる。レンズが暗い上、明るい目の露出、さらに感度の上限が低く、あまり感度アップしてくれない。そんなときは、感度を手動で合わせ直せばいいのだが、面倒なので、そのまま写している。例えば祠の中にカメラを突っ込んで写すと秒になっていたりする。ぶれているが、何が写っているのかは分かる。
 まあ、それよりも、被写体だろう。いいものに巡り会うことが大事で、ここで殆ど決まる。
 このカメラ、起動が早く、AFも早いので、取り出して、さっと写すには適している。ズームも早いが、広角側で写したあと、すぐにズームレバーを引くと、すぐには反応しない。そこが少し気になる。連写はそこそこ早い。一枚写したあと、もう一枚という程度の連写だが。
 しかし、最初の一発が早いので、この一発で決める感じだ。出合い頭の速射性はかなりのものだが、特にそれが珍しいほど早いというわけでもない。
 あまりコンパクトとは言えないカメラだが、700ミリ越えの望遠側では、これぐらいの重さは必要だろう。構え方により、ぐらぐらすることがあるためだ。そんなときは液晶を横開きにして、カメラを長くしてやれば、安定する。液晶が拡張グリップのようになるためだ。また、陽射しが直接入り込む場合、手で隠せたりする。
 横開き液晶を使う機会はそれほどないが、塀の向こう側の風景などは、カメラを上に上げて、下から液晶が見られるので、これは便利だ。
 池を写しているとき、金網が目の高さにあり、そのままでは金網が映り込むので、その方法で、ハイアングル撮影をした。しかし、言うほどの池ではなかったので、写さなくてもよかったようなものだが。写してみないと、結果は分からない。だから、とりあえず写した方がよい。実物を見ている目と、写った絵とはまた別で、実物は大したことはないのだが、いい写真の場合もある。そこまで読んで写せないためだろう。
 カメラで写すとどう出るか。これが実は楽しみなのだ。

 
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2015年11月07日

清荒神

■■ 2015年11月7日 土曜日 午前7時06分
 
 今朝は暖かいが曇っている。これは雨が降りそうだ。その雨が二日ほど続き、その後寒くなるらしい。今の暖かさが少しおかしいのだろう。こういう妙な暖かさがあると暖冬というのかもしれないが、ずっとではない。その後また寒くなり、かえって寒さが目立つ。
 昨日は暖かくよく晴れている日の最後だと思い、少し自転車で遠出した。実はその前日がさらに晴れており、これを逃すと、もったいないと思ったのだが、思い立ったのが遅かったため、行きそびれた。
 昨日は前日から考えていたのだが、少し雲が多く、前日ほどの晴天ではない。しかし、ここで逃せば、滅多にこんな良い日よりはない。その後になると冬の自転車散歩になり、これはしないことが多い。寒いので、気持ちのいいものではない。
 夏が終わったあたりから自転車散歩は楽になっているはずなのだが、行く機会がなかった。夏前は結構村周りなどをしていたのだが。
 さて、昨日は清荒神というところだ。ここは近場なので、自転車で行ける距離だが、不思議と行っていない。その駅前を通ったことはあるが、清荒神が何処にあるのかが分からない。そこは大阪と宝塚を結ぶ線で、今は路線の名称が変わったのかもしれないが、阪急宝塚線だ。JRなら福知山線で、川西池田の山裾を走り、宝塚へ出て、そこから北上し、三田を経て福知山へ至る。
 この清洲荒神は、宝塚に近い場所にある。隠されているわけではないが、駅からは見えない。同じように中山さんがあり、これはお寺だが、駅からすぐだし、線路伝いに走っていると、見えてくる。しかし清荒神は見えない。
 清荒神へ向かうには宝塚寄りに北上すればいい。しかし寄りすぎると宝塚の市街地に入ってしまう。そして、この辺り、景色は良くない。
 そこで、最短距離になる川沿いを進む。川を遡る方が早い。それに道に迷わない。車が入れないような土手の道だ。これを進むと中山さんへ出た。これは何度も来ているので、よく分かっている場所だ。今回はそこを左に入る。宝塚へ向かうのだ。
 宝塚市が巡礼コースのようなものを作っているのか、その目印がある。この辺りの山沿い、七福神めぐりができる。正月などは賑わうだろう。当然清荒神もその中に含まれている。
 山沿いの住宅地の中を走るのだが、坂が多い。殆ど自転車を突いて上る。その途中、小さな神社があり、いずれも寄ったことがあるので、省略。
 最後に神社へ行く途中、とんでもない坂にぶつかった。壁のようだ。その上に保育所でもあるのか、ママさん達が歩いている。当然、この坂をよく知っているのだろう。平気な顔で登っていく。流石に電動自転車も押している。これは電動アシスト自転車でもかなり力まないと登れないだろう。実は以前電動を持っており、この坂で立ち往生しそうになったのだ。その坂の上近くに涼しそうな神社がある。ここも大昔、来た記憶がある。参拝者はいないが、怖いような階段を上りきったところで人が寝ていた。ベンチで。作業着を着ている人で、境内で何か工事をしているようだ。
 さらに宝塚方面へ進むと、怪しげな神社がある。非常に小さいが伊勢神宮の大麻を祭っているとか。
 そして、さらに宝塚へ向かい、やっと清荒神の駅を発見する。中山さんでもそうだが、駅前に自転車は止められない。昔は中山さん山門に自転車を止めて中に入ったのだが、今は仁王さんの横に、仁王さんのようなガードマンが立ちはだかっており、見張っている。これでは止められない。写真だけ山門前で写す。すると、お参り客のカップルが、シャッターを押して下さいとガードマンに頼んでいた。よくあるのだろう。このカップル、おめでただろう。ここは安産で有名だ。腹帯とかを売っている。
 さて、清洲荒神駅前はがらっとしており自転車を止められそうだが、肝心の清洲荒神が何処にあるのか分からない。見えないのだから、遠いのだろう。それで、行けるところまで自転車で行くことにする。
 すぐに参道らしき商店街が見付かり、道は上へと続く一本道。この先にあるのだろう。そこに絵地図がたっていたので、ちらっと見ると、かなり遠い。
 参拝客はまばらで、老夫婦と前後しながら自転車で進む。当然坂なので、押して歩く。店屋は二百ほどあるらしい。凄い規模だ。中山さんの比ではない。また、こういう神社で人が多いのは生駒山下の石切神社や、生駒山の聖天さんが、それに匹敵するほど店が多い。さらに上に上がると、テントがけの露店が常設されている。平日なので、殆どしまっているが、これを入れると大変な数だ。
 しかし、なかなか清荒神が見えてこない。奥へ行くほど店舗は減り、屋台のテントのようなものに代わる。殆ど山道のため、家を立てる場所がないのだろう。
 そして、ようやくお寺らしい山門が見えてきた。清荒神は神社ではなく、お寺だった。
 平日だが、山門を潜ると、結構人がいる。流石に自転車もそこまでで、車両乗り入れ禁止となっているが、乳母車はいいのだろう。横に通用道がある。露店が果てるところに駐車場があり、何かよく分からないが、山門前に自転車を止める。自転車は一台も止まっていないし、姿も見えない。スクーターが一台だけ山門前の余地に止まっていた。その横へ付ける。ガードマンはいない。
 清荒神は思ったより規模が大きいが所謂山寺だ。奥にあるだけに参道の長さは大変なもので、さらにそこに店屋が並んでいるのだから、門前町を成していると言ってもいいが、線上だ。こんな凄い場所があるのに知らなかったのだが、噂はよく聞いている。知り合いが清荒神へ行ったとか、清荒神の土産物屋で働いているとか。
 さらに子供の頃は、近所の人が清荒神、これはただの「こうじんさん」と言っているだけなのだが、土産物をくれたりした。殆ど主婦だ。だから、子供の頃、近所の人はよく清荒神へ行っていたのだ。だから、昔から知っていることになる。もしかして赤ちゃんのときに連れて行ってもらったかもしれない。
 清荒神と双璧をなすのが、門徒厄神だ。こちらも山沿いの深いところにある。「やくじんさん」と「こうじんさん」だ。この二つ、近所の人がよく行っていた。家族の誰かが厄のとき、母親は必ず行っていた。厄除けの火箸をもらってきていた。しかし、清洲荒神は遊びが多かったようだ。こちらは竈の神様だ。しかし、このお寺の御本尊は大日如来。こちらの呼び名ではなく、荒神さんの名で知られる。大日如来では下世話なことを頼めないためだろうか。昔は、神も仏も一緒だったので、そんなものだろう。しかし、仏より神の方に親しみを感じていたようだ。近所の人がよく行っていたのは、土産物屋で、珍しいものを買うためだったのかもしれない。一寸した行楽地で、食べ物屋も多くあるためだ。
 清荒神の境内に、巨大な大黒さんが二体立っている。仏さんの数え方は、柱というのだろうか。よく分からない。大黒さんは正体がよく分からない。神でも仏でもなさそうだ。
 また、御本尊の大日如来のある本堂前に、巨大な地蔵が立っている。鉄製だろうか。ツルッとしており、黒い。これは先ほどの大黒さんと同じ素材だろうか。
 その地蔵さん、顔を見ただけでは誰だか分からない。地蔵と書かれているので、地蔵だと分かる程度。その下に説明が書かれており、一願地蔵となっている。複数のお願い禁止となっている。串カツのソース二度つけ禁止に近い。願って、柄杓で水を掛ける。届かないが。ここが一番盛りあがっていたようだ。
 その奥の狭いところを抜けると、鉄斎記念館だろうか。誰もいない。その奥に滝がある。一人だけ線香を焚き、じっと願い事をしていた。滝にだ。不動さんがいると書かれていたが、見当たらなかった。
 お婆さんやお爺さんが一人でお参りに来ている。団体で来ているのは年取った主婦達だ。昔、うちの親も、こうして近所の人と一緒によくお参りに来ていたのだろう。そして、土産物を買って帰る。
 その土産物屋の中に神器を売っている店もある。竈の神様なので、御札をもらえる。その御札を貼る小さな社だろうか。うちの家にも、そういうのがあった。こういうところで、買ったものかのしれない。
 自転車を突いて上ったのだが、帰りは全て下り、凄いスピードが出るが、狭く、カーブも多いので、ブレーキを握りっぱなし、しかし、一気にスキーのように滑り降りた。大滑走だ。そんなことをしている人は、一人もいなかった。
 その途中、食べ物屋が多いので、何か食べようとしたが、どの店にも入れなかった。店内は広い。そして客はまばらか、またはいない。値段は高い。うどんやそばとおでんのセットなどが気になったが、そういう定食ものは千円近い。きつねうどんが600円。
 入ろうと思ったが自転車を止めるところがない。
 そして、駅に近い、参道の入り口まで降り、そこで探すが、やはり自転車が止められないし、入りにくい。昼を食べないで、昼寝もしないで、出て来たので、食べるタイミングは今なのだが、それを逸した。
 結局、宝塚の歌劇前から尼宝線で戻るとき、松屋で300円ほどの牛丼を食べた。こちらの方が入りやすい。松屋は久しぶりだったが、味噌汁が付くのが嬉しい。
 昼に出たのだが、戻ると日がかなり傾いていた。清荒神は境内より、その沿道が想像以上に規模が大きく、中山さんから七福神めぐりのコースに乗ったので寄り道が多かったため、時間を食いすぎた。
 出発後、すぐに上着を脱ぐ。暑いのだ。長袖カッターシャツで十分だった。昨日の話だが、その日を外すと、次は冬の日になるだろう。
 此処一番という貴重な撮影日になったが、持ち出したカメラはただのコンパクトデジカメだった。
 
 
 
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2015年11月06日

ニコンS9900の続き

■■ 2015年11月6日 金曜日 午前7時10分
 
 今朝も暖かいようで、大阪では15度もある。伊丹空港は13度ほど。雨が近いようだが、この雨が降っているときもまだ暖かいようだ。それが止んだあと寒くなるとか。
 今朝は雲が多い。そのため陽射しが来ないときがある。朝や夕方、雲が多くなることが結構多い。昨日の昼、大阪では昼間は25度ほどあり夏日だったらしい。この暖かさはこれで終わりそうで、最後の夏日になるかもしれない。夏がここまで続いていたわけではないが。気温だけの目安で言えば夏だが、その夏の気配など何処にも残っていない。蝉でも鳴けば別だが。
 季節的にカレイが安いのだろうか。二枚か三枚に下ろしたのが売られていた。一匹丸ごとだろうか。かなり大きい。面積が広い。カレイなので薄いのだが、頭の下あたりは結構分厚い。これが三百円台から四百円台で売られている。値段の差は大きさではなく重さだろうか。
 前回は紅鮭だったが、今回はカレイ。紅鮭の方が切りにくかったのは、皮が固いためだろう。カレイも薄い皮があるがよく分からない。鍋用の大きさに切っていると、たまに骨の感触。少しだけ残っているようだ。細い骨だ。カレイなので脆い。柔らかいので、切りやすい。
 野菜鍋を作り、そこにカレイを入れる。一瞬で煮える。湯に入れた瞬間、もう食べられそうなのは、刺身でもいけるためだろう。しかし、味がしむように、しばらく煮る。
 骨のない身だけの刺身の大きなもののようなものなので、食べやすい。しっかりと脂も乗っていて、カレイ鍋はいける。カレイは薄くて、見た目より量がない。焼きカレイは皮を食べているようなものだろう。その皮が美味しかったりする。そのため、カレイの一夜干しとかが有名だ。紙のようになってしまった薄い煎餅のような干しカレイもある。
 前回の紅鮭と同じように、二枚あったので、小さい方の二枚目を冷凍庫にすぐに入れる。当然鍋用に切って。
 この魚屋、こういうのが店頭にあるので、すぐに分かる。この魚屋、サバなどは一匹丸ごと、そのまま売られている。これはさばける人でないと買えないだろう。かなり安い。
 ブリの切り身なども安そうだった。こちらは五切り入りだ。これは飽きる。
 当然鍋と言えば、タラだ。そしてタラも同じように鍋用のが売られていたが、カレイの方が珍しいので、そちらを買う。前回買った紅鮭はもう出ていない。
 暑くなければ鍋物が一番簡単だ。鍋のまま食べ、鍋のまま冷蔵庫にしまえる。さらに寒くなると、そのまま放置してもいい。しかし野菜類などを入れすぎると飽きる。
 大根が一本百円になっているので、買えるのだが、その値段で千切り大根を買っていた。大根を早く使い切ろうと、多い目に大根を入れると、鍋物では最後に大根が残る。千切り大根ならいつの間にか消えている。他の野菜にまとわりついて、一緒に食べているのだろう。
 量が多いのは玉葱だ。これは小さい玉を選んで買っているのだが、入れると嵩張る。カレーなどでは煮込むと溶けてしまうのだが、煮るとき嵩張るし、量が多いと飽きる。だから長ネギがいい。白ネギの中ぐらいの太さが良い。三本で百円程度の。葉のある方から切っていくのがいい。その方が枯れにくい。
 白菜半玉は内側から食べていく方がいいとされているらしい。放置すると内側から芽が出て来て葉が出る。新芽や葉をぐっとちぎって味噌汁の具にするのがいい。早く煮えるし、柔らかい。一椀分なので、量はいらない。
 しつこく長持ちするのは鳴門産の刺身用ワカメだ。毎朝入れているが、一ヶ月以上持つ。乾燥ワカメではない。刺身用だ。これはパックに入っており、チャックがあるため、扱いやすい。
 
 ニコンS9900の続き
 望遠端の700ミリ越えが結構写る。あまり遠くだと空気が揺れている。それにフラットになるのが、そこそこ解像しているので驚く。これは、このカメラより受光素子の大きなカメラで写したものと比べての話で、ED硝子だったか忘れたが、それが三枚入っている成果だろうか。それともコーティングがいいのだろうか。以前のニコン望遠系コンパクトから見ると嘘のようだ。これは条件にもよるのだが、そんな遠方ではなく、人物を700ミリで写した場合も、すぐ目の前で写したように鮮明だった。ピント合わせは適当なのだが、自動認識で人が優先されるのか、偶然か、AFフレームは人物を捕らえていた。顔認識ではない。前景に明るくしっかりとした塊があると、そちらに合ってしまうと思える。だから条件による。
 ただ、このカメラ顔認識だけではなく、犬猫認識もできるようだ。これが当てになるときとならないときがあるが。
 広角端で1センチマクロが効くので、花などを写す。1センチまで寄るには手を伸ばしきらないといけない場所で。
 液晶で構図程度は見えるが、ピントが合っているかどうかは分からない。また、風で花が揺れるので、止まったところで、さっとシャッターを押しきる。液晶を回転させるまでもなかったのは目の位置に花があったためだ。また、液晶が見やすく、かなり斜めからでも見られるので、回転させなくてもすむことが多い。
 ファインダー付きのデジカメならAFフレームをピンポイントにして写すのだが、このカメラでは切り替えが面倒なので、カメラが認識した被写体にピントが来る。これで殆どいける。と言うより、あまりしっかりと被写体を見ないで、適当に花を写す程度で、写っていなくても、まあいいか程度の撮影なら、これでいける。それでしっかりと写したものなのに、大した絵にはなっていないこともある。
 ただ、シーン自動認識モードに入れていると、至近距離の被写体を狙っていても、マクロモードに入らないで、風景モードに入ることもある。全体が近距離ならマクロモードに入るはずだが、遠方も含んだ構図にしたためだ。これはAFロックの容量で、遠方を入れないでカメラを構えればいい。しかし、写したいものが手前のものではなく、遠方に勝手に合った絵も、悪くなかったりする。
 昼間の明るい場所で写していたのだが、液晶は結構見やすい。明るさは調整で明るくなるが、明るくしても、見えにくいものは見えにくい。明るさではなくコントラストなのだ。フラットになり、濁ったようになるためだ。それに反射が加わると、鏡になる。自分が写っていたりする。
 反射防止コーティングがされている液晶と、カタログにあるので、多少ましだろう。まだ、徹底的に像が見えなくなることはないが、これも条件によるのだろう。
 中身は普及機、初級レベルの機能しかないが、液晶レベルは素晴らしい。それと持ったときのグリップ感や、程良い重さと大きさも。
 初級レベルの機能とは、操作ボタンの機能を入れ替えられるとか、カスタマイズした撮影方法のマイモードのようなものが撮影ダイヤルにあるとかだ。しかし、撮影ダイヤルがあるだけでもましだ。
 また電子ダイヤルもあるが、これはいつ使うのかが分かりにくい。十字キーのような機能だが、絞り優先とかシャッター優先のとき、この電子ダイヤルで合わせるようだ。プログラムモードではプログラムシフト。露出補正、このダイヤルで出来るのかもしれないが、露出補正など殆ど使ったことがない。十字キーがダイヤル式になっていて、だぶっている。
 また、このカメラ液晶の露出と、実際に写した露出とは違うようで、マニュアルモードにしないと繁栄されないようだ。だから、当てにならない。
 それ以前にしっかりと液晶が見られるのは屋内程度で、屋外では構図が見える程度だ。これは眼鏡を掛けないで撮影するためもある。しかし、ピントが来ているかどうかは、何となく分かる。液晶の解像力が結構いいためだろう。しかし、このタイプのコンパクト系は超望遠にしない限り、ピントが深いので、全部合っていたりする。
 メインの撮影モード、このカメラの場合プログラムモードがいい。シーン自動認識はピントが合わないときがある。特にマクロでは。これはニコンのSシリーズと、Pシリーズの違いだろうか。Pシリーズではそんなことはない。
 これは富士のデジカメでも似たようなところがある。プログラムモードで近距離でもピントは合うのだが、少し薄暗いと合いにくい。それをプログラムモードに切り替えると、嘘のように合う。ニコンPシリーズでは、どのモードでもしっかりと合う。Pシリーズは高級機タイプのためだろう。当然Pシリーズはレンズの明るい機種が多いため、ピントが合いやすいのかもしれない。
 しかし、このSシリーズの9900、ちょい写しでは十分だ。気に入った写真が多いのは、このちょい写し、何気なく写した一枚の中に多い。
 それがいつに間にか、なにげあり的に写すようになりだすと、写すものがぐっと減る。
 
 
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2015年11月05日

ニコン9900の続き

■■ 2015年11月5日 木曜日 午前7時31分
 
 今朝は暖かい。この暖かさは次の雨までで、それを境にぐっと寒くなるらしい。昨日は昼間20度を超えている。それが珍しと思うほど寒い季節に入っていたのだろう。
 天気予報では南から暖かい風が吹いているらしく、北海道でも暖かいとか。その北海道の北に気圧があり、そこに向かって吹き込むとか。かなり長い距離だ。気圧の谷間などに、こういう風の道ができるのだろう。
 この南からの暖かい風などが暖冬を思わせるが、どうだろう。その後、寒くなるらしいので、常にそんな状態ではないようだ。
 先日、寒い日に冬物衣料を見に行ったのだが、こう暖かいと、その気になれない。
 一雨一雨暖かくなるのは春の話だが、その逆が秋の終わりにもあるのだろう。雨で空気が入れ替わったりするのだろうか。
 暖かい日はありがたいのだが、日が短くなっている。日照時間だ。夕方が早い。日が落ちなくても、傾き方が低いので、日陰が多くなり、地面が暗いのだ。
 高枝切りはまだ続けている。一番高いところにあるてっぺんの枝を切るのが難しい。垂直に上に向かっているため、高枝切りのハサミを入れにくい。かなり横から挟めばいいのだが、パイプに余裕がない。横を向いている枝は挟みやすい。ただ、太い目の枝はハサミでは切れない。そこはノコギリでひくのだが、先がフラフラだ。その状態で切り出すと木が揺れる。その揺れに合わすように軽く擦ると切れ始める。これは小さなくずが落ちてくるからだ。目に入らないよう保護めがねがいるのだろう。切れているかどうかは、この木の粉を見ることで分かる。切り口などは下からは見えない。中程までは簡単に切れるのだが、あと少しと言うところから切れにくくなる。木の中よりも皮が固いのだろう。この枝は手で引きちぎれるのだが、下からではその力を加えられない。そこでハサミで挟んで引っ張ったり、ねじったりしてもぎ取る。意外とハサミやノコギリより、引きちぎった方が早いのだ。ハサミで挟んでパイプを引くのだが、手元のレバーをしっかり閉めていないと、外れる。ただ、ハサミの横に洗濯挟みのようなグリップが付いており、これで掴めばレバーを戻しても外れないことがある。逆に言えば先を取られて動かせなくなる。だから結構挟むと取れなかったりするので、切り取った状態で挟んだまま空中で動かせたりする。下までそのままゆっくりと切り取った枝を持って行ける。
 枝は太いところを切れば、ごっそりと枝の枝まで切り取れ、効率は高いが、それをすると境界線側に木が傾いて倒れる。高さ分、横へ伸びるのだ。障害物がなければ、180度回転で垂れ下がるが、ある場合、樋などに当たる。大した重さではなくても、音がするし、振動もする。
 そこで横へ向いたとき、境界線から出ない長さを読んで、枝の上側を先に切る。下からなので、どの程度の長さなのかが分かりにくいが、てっぺんの葉を一枚切り落とすようなものだ。高枝バサミなら挟めるが、ノコギリで切ると傾く。最後まで切り取る前に傾く。枝がお辞儀する。その頭が樋に当たらない長さのところで切る。二回か三回に分けて枝を短くするわけだ。
 腰の辺りにある枝なら、太い目の枝でも切れる寸前に手で向きを変えられるたり、腕で抱えることができるが、高いところではそれができない。
 垂直に伸びた枝はノコギリで斜め切りするのがいいようだ。ノコギリも上空で回転させることができるが、横切りだと支えるものがないので、パイプが重い。横枝なら乗せる感じでなので、パイプの重さは感じない。だから、その中間の斜め切りで、少し切れば足場のようなものができるので、その切り口にノコギリを乗せることができる。これは下からでは見えないので、一度ノコギリを抜くと、同じところに持っていくのは大変だ。また、横切りをすると、木の重さでノコギリが挟まれるようなこともある。この木の体重が乗らない角度で切るのがいい。まあ、よく分からなくても、切りたい部分の枝を痛めつければいいのだ。そのうち千切れる。てっぺん近くの枝は揺れるので難度が高い。パイプも最長に伸ばすので、物干し竿より長くなる。
 そういうのを一本切るだけでも疲れる。上を向き、首をひねり、パイプを持ち続けるためだ。だから、切り取った枝や葉を細かく切ってゴミ袋に入れているときの方が平和だ。
 
ニコン9900の続き
 珍しく宅急便で午前中の早い便で届いた。以前はこの時間によく来ていたのだが、最近配達員も忙しいのか、夕方前が多い。
 元箱の何倍もあるような段ボールに入っていた。コンパクトデジカメなので、それほど嵩はない。
 買う寸前で色を決めた。ブラックとシルバーで、白はない。白というのはホワイトだが、色は白でも質感がツルッとした瀬戸物のようなものもある。シルバーにしたのは文字が見やすいからだ。これはノートパソコンのキーボードと同じで、白地に黒の文字が刻まれている方が見えやすい。黒地に白よりも。
 このカメラではモードダイヤルが白地になる。このモードダイヤルの文字は裸眼でははっきり見えない。ただ、せっかくの白地なのだが、光沢が凄い。くるくる回るような。それでもオートモードがカメラのアイコンで緑色なので、分かりやすい。このモードに入れることは滅多にないが、目印になる。
 充電器はなく、カメラをUSBで繋ぎ、大きなコンセントで繋ぐ。カメラからバッテリーを出さなくてすむので楽だ。また、この方法ではなく、カメラとパソコンを繋げば、充電してくれる。こちらの方はバッテリー切れが少ない。こまめに充電すると言うより、パソコンに繋いだまま、USBを抜き忘れることがあるからだ。パソコン側からの充電ができないタイプで、差しっぱなしにしていて、バッテリがなくなったことがある。液晶は付いていないが、結構消耗するのだろう。
 バッテリーは小さいが300枚ほど写せる。これだけあれば十分だ。それよりも、バッテリーそのものが劣化して、枚数が減ることがある。
 特に難しいモードや操作はなく、初期設定で画像サイズを小さい目にしたり、ファインとノーマルではファインを選んだり、デジタルズームで、劣化しにくいところで止めるかどうかを決めたり、音を消したり、補助光を出ないようにしたり程度だ。
 当然最初はカレンダー。日時を合わせるのだが、2015年となっている。いつもはもう少し古い型落ちタイプを買うので、去年や、その前の年になっていることが多い。つまり、このカメラ、今年出たカメラなのだ。
 さて、早速室内で写す。ここで今一つなら、かなり困るが、薄暗い室内で700ミリで試写する方が無理な話だ。レンズが暗く、感度上げも1600あたりで止まるようなので、それなりの写りだ。まあ、実際にこんな薄暗い部屋で写すようなことはない。ただし広角側では問題はない。
 写りは明るい。薄暗い部屋の壁が実際より明るく写っている。それだけ感度上げやスローシャッターになっているので、もったいない話だが、出方が明るいというのは、見た感じは悪くはない。ただ白飛びしやすいのではないかと思える。
 室内で見た目通りの暗い写真になるより、いいのだろう。
 ちなみに液晶で見ていた明るさとは出来上がりは違うようで、書き込まれた写真は写す前より明るい。マニュアルモードにすると、露出は繁栄されるようだ。
 背面液晶はかなり解像力が高い。ぼけ具合などもよく見えるが、眼鏡を掛けて見た場合だ。
 高倍率旅カメラのためか、少し大きく重い。そのため、メタルのシルバーがカメラっぽく見える。昔のコンタックスのコンパクトカメラのような趣で、ややクラシックな形になっている。形は直線的な四角なのだが、どの角もカーブが入り、滑らかだ。結構高級機のイメージがあるが、Sシリーズなので、普及機だ。
 午前中に届いたので、昼間、喫茶店の往復で何枚か写してみる。超望遠の700ミリ越えでの画質は、このクラスではトップではないかと思うほどだ。これで気をよくした。
 マクロは今一つピントが合わないことがある。これはフルオートのお任せモードにして、マクロを認識してくれていても、うまく合わないことがある。プログラムモードに入れるとしっかり合う。シーン認識モードはニコンとしてはおまけのようだ。
 例えば風景を写しているとき、風景モードに自動的に入ると、ピントが無限になったりするらしい。広角側ではいいが、超望遠側では意にそぐわないこともあるかもしれない。
 このカメラ、プログラムモードで写す方が良さそうだ。マクロでのピントは、こちらで写した方が合いやすい。
 一寸気になったのは、薄暗い部屋の撮影では秒になる。1秒だ。これを手ぶれ補正で何とかしのげることもるが、実際には無理だ。感度は1600まで自動で上がるのだが、そこまで上がってくれない。自動なので、何ともならない。実際には三分の一秒あたりなのだが、その表示は半押しにすると消えて1秒になる。1段か、一段半明るい目に写そうとしているようで。四分の一秒あればぶれない。手ぶれ補正で。しかし1秒は無理だ。
 まあ、普段撮影する場所で、そんな薄暗いところはない。夜景程度だが、その場合は結構写るようだ。夜景なので光源が写ればいいためだ。
 それで、オートモードでは無理なので、アーサー感度を手動にする必要がある。6400まで上がるので、文句は言えない。これで写せる。切り替えるのが面倒だが。
 他のニコンのデジカメを持っているが、複数枚写しで何とかしてくれる。それ以前にレンズが明るかったりするので、秒はない。
 これはシリーズの違いだろう。9900はSシリーズで、Pシリーズほどには凝った機能はないようだ。
 しかし、撮影中、アーサー感度を設定するようなことはない。いいカメラなら、一発ボタンなどでアーサー感度を切り替えられる。ダイヤル式でアーサー感度が回せたりする。これは以前買ったニコンの高級機だ。意外とそういうカメラほどレンズが明るいので、高い感度に上げる必要はないのだが。
 それで、1分の1秒。1秒で写してみたのだが、ぶれているが、綺麗なのだ。これは不思議だ。明るい目に写るためだろうか。そして、しっかり構えて写すと、それなりに1秒でも写っている。ものすごい手ぶれ補正が効いているのだ。限界はあるが、ここまで効くのかと思うほどで、これが超望遠撮影での手ぶれ補正に貢献していることが分かる。殆ど画面が動かないのだから。
 そういう意味で、屋外での超望遠撮影にポイントを置いたカメラではないかと思える。望遠がおまけではなく、メインのような。
 昔のニコンデジカメで、十枚ほど連写し、合成するのではなく、ましなのを一枚自動的に選んで、ぶれ対策としていた。今はそう言う機能はもう亡いのだろうか。尾てい骨のように残っていたりしそうだが。さらに昔になると、アーサー感度が400ぐらいしかなく、800あれば凄かった。今は6400あたりまで行く。これに切り替えれば、かなり薄暗い場所でも写せるようになったのだから、文句は言えない。ただ贅沢になり、不精になっただけかもしれない。
 マクロもそうだ。今はマクロモードで、遠景まで写せる。だから。切り替える必要がないのだ。もっと以前なら、そんなマクロモードそれ自身がなかったのだが。
 さて、それで普段写しているのは屋外が多く、今まで写してきた写真の殆どは、このカメラの機能で十分写せる。特殊な撮影をしないためだろう。所謂町中スナップや、屋外でのちょい写しなので。風景写真と言っても名勝を写しに行くわけではなく、歩道の街路樹や、一寸した緑地程度。川と言っても排水溝だったりする。
 珍しい草花は植物園ではなく、人の家の庭先だ。だから、この9900の守備範囲内にいる。
 ちなみに薄暗い部屋での撮影は、夜景モードに入れれば、複数枚撮影合成でなんとかなるようだが、そのモードは奥にある。
 気楽で素早いスナップ、これが、このカメラの目的だ。


 
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2015年11月04日

ニコン9900

■■ 2015年11月4日 水曜日 午前7時39分
 
 今朝は十度を切っているがそれほど寒くはない。不思議だ。晴れているがはっきりしないのは、雲があるためだろうか。一週間予報では先の方で雨のマークがある。それまでは降らないとなると、いい天気が続くことになる。もう少し雨があってもいいような気がするが、降れば降ると鬱陶しい。晴れが続くと言っても、晴天ではなく、曇っている人も結構混ざっている。
 最近は薄いナイロンの表地で裏が毛羽立ったパーカーを着ている。最近これがお気に入りだ。薄くて軽いからだ。そのナイロン地の薄さでは寒いと思っていたのだが、そうではない。同じ形で綿のフード付きパーカーがあり、裏地は同じようにふわふわが入っている。そちらの方が当然分厚い。だから暖かそうなので、欲しいところだが、それは買っていない。これは男女問わず、よく見かける。
 そのナイロンパーカーとの違いは、表生地と毛とが離れていることだ。しっかりと張り付いていないため、少し引っ張ると、ナイロン地だけをつまめたりする。ここに秘密があるのかもしれない。これはユニクロで去年に買っているが、あまり着ていなかったのは、そのあと真冬になってしまったためだろう。このナイロン生地がナイロンの風呂敷のように柔らかく、気に入っている。薄いのでさらに柔らかく感じるのだろう。見た感じは貧弱で寒々しく感じるのだが、実は結構暖かい。嵩が低いので部屋でも着ている。
 結構防風性があり、多少の防水性もある。それなりに弾いていた。
 
 野菜が安くなったので、菊菜、カボチャ、椎茸などを買う。安いのは菊菜や水菜や小松菜。白菜も安いが、まだ残っている。椎茸は値段は変わらない。
 野菜だけでは淋しいので、タンパク質系を入れたいところだが、それを食べてしまった鍋では、野菜だけが残る。それにまた足したりして煮ていると、いい出汁が出る。ナスビなどをそのまま入れると、凄い色になるが。
 昨日はスーパーでミニヒレカツを買う。三つで180円だった。五つ入りもあるが、これは残ってしまう。結局二つで十分だった。野菜鍋が残っているので、バランスもいい。
 酢の瓶を買ったのだが、使う機会がない。酢牛蒡を作ろうとしていたのだが、それだけを作るのは手間なので、野菜と一緒に煮てしまうことが多い。
 また、フキとかも酢の物にしたいところだが、これもそれだけを作るとなると面倒だ。やはりそのまま鍋に入れてしまうことが多い。残るのは湯豆腐だ。醤油と酢を混ぜたもので、湯豆腐らしく食べる。自製ポン酢だ。しかし、豆腐だけでは頼りない。それで野菜を入れると、水炊きのようになってしまう。
 豆腐は毎朝味噌汁に入れて食べているので、特に豆腐が食べたいとは思わない。野菜の煮物、鍋風なものに入れるタンパク質として厚揚げが好ましいのだが、やはり朝の豆腐が効いている。
 
 ニコン9900を昨日上新のネットで買う。今回はあっさりとしたもので、さらっと買えた。12時間以内に発送となっており、買ったその日の夕方に発送したとメールが来ていた。だから、今日届くはずだ。これは午前中に注文すれば、その夕方に発送されるので、翌日には届くと言うことだ。
 まだ手元に届いていないがネットで説明書を読む。おそらく同じものが同梱されると思うが。紙で。
 さっと見ただけだが、特に変わったところや、特殊なところはない。よくあるコンパクトデジカメだ。
 すぐに気付いたことだが、フルオート、お任せシーン認識のようなモードでも露出補正ができること。これはできない機種も結構ある。
 それと内蔵メモリがある。これも昔は当然のようにあったのだが、けちって省いているカメラも多い。これはたまにSDカードなどを入れ忘れるときがあり、数枚写す程度なら、内蔵メモリで写せる。非常用だ。これのあるカメラで、何度も助かったことがある。
 いつもはフルオートの、シーン自動認識で写すのだが、このカメラではAFフレームを変えられない。こういうタイプは結構あるし、変えられるタイプでも、面倒なので、プログラムモードに切り替えて撮影している。AFフレームとは何かというと、カメラが勝手にピントを合わせてくれたり、中央部以外でもピントを合わせてくれる移動式AF窓のようなものだ。
 これが思ったところに合わしてくれないとき、AFを一点スポットにする。プログラムモード時に合わせておけば、ずっと固定される。ピンポイントのものを写したいとき、一番早いモードダイヤルを回す方が簡単なためだ。
 このあたりの切り替えは、どのコンパクトデジカメでもできることなのだが、モードダイヤルのあるタイプが好ましい。殆ど回す機会はないので、このときだけ回す。つまり絞り優先がどうのとかを切り替えるダイヤルだが、そんなモードに入れる機会がない。
 プログラムモードとフルオートとの違いは、アーサー感度の上限で違いが出る。アーサー感度自動だと1600しか上がらないが、フルオートだと、シーン認識で3200や、その上まで行きそうだ。
 高倍率ズーム機なので、レンズは暗い。感度上げと手ぶれ補正でカバーするのだが、感度上げの方が確実だ。最近のデジカメは昔のように丸見えのノイズは出ない。拡大しなければ。
 ネット上にある説明書を読んでいても、本当に変わったところがない。いつものコンパクト系だ。液晶が回転するのも、今では珍しくはないが、700ミリ越えのレンズ付きでポケットに入るサイズでは、他に類はない。
 このカメラは何枚か撮りで合成とかはあまりしないようだが、夜景とかは別だろう。複数枚撮影しての合成では、時間がかかったりする。また、階調拡大という言葉そのものが出てこない。以前買ったニコンのカメラにはそれがあったのだが、眠い写真になった。
 接写はマクロモードに入れると1センチ。カタログでは2センチとなっているが、広角端で1センチまで行けるようだ。また少しだけズームしても10センチあたりまで寄れる領域があるようで、ズームバーにそれが出るとか。それが何ミリの画角なのかは記されていない。実機を店頭で見たが、少し望遠側にズームするとピントが合わなくなる。これはいつも使っているオリンパスが望遠マクロが得意なためだろう。
 25ミリ相当の広角で、1センチまで寄れるとなると、安心して近付ける。これと回転式液晶で、地面すれすれのアングルで、落ちているものを拾いやすくなる。
 しかし、このカメラ特に目新しいところはなく、よくあるコンパクトデジカメなのだが、700ミリ越え高倍率コンパクトデジカメとしての完成度は高いようだ。
 受光素子の小さなカメラの方が、気楽に写せる。

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2015年11月03日

ニコン9900

■■ 2015年11月3日 火曜日 午前7時11分
 
 今朝は昨日よりも暖かい。昨日は一日寒かった。雨も降っていたので、それで冷えたのだろうか。昼間の気温も上がらなかったため、冬のような一日だった。
 寒いと起き上がるのが大変だ。もう少し暖かいところにいたいのだろう。ホームゴタツの中にいるときは、出たくない。立ち上がると寒いからだ。しかし、じっとしているよりも動いた方が寒さは減るのだが。
 今日は祝日のようで、旗が出ている。最近出す人が少ないが、正月になると多く出る。玄関先や門などに立てる旗は自治会などで売っていたように思える。子供の頃の記憶だ。棒と、それを突き刺す金具がある。当時は自治会とか言わず、町内会と言っていた。そこに業者を招いて、売っていたのだろう。だから、自治会が販売していたわけではない。布団屋なども来ていた。確かにここで買えば、すぐに運んでくれるので、布団屋へ蒲団を買いに行くより楽だったのかもしれない。
 昨日は久しぶりにユニクロへ寄る。寒かったためだろうか。今欲しいと思うようなものが、取っつきにずらりと並んでいた。それは徳利タイプのセーターのようなもの、カーデガンのようなものだ。喉元を隠す襟が立っているものだ。徳利のセーターは首のところで二枚に折る。これで生地は二倍の分厚さになる。そのタイプが並んでいたのではなく、ファスナーで止めるタイプだ。だから前開きのカーデガンのようなものだろうか。生地はふかふかのポリエステルで、これが最近毛糸より人気があるようだ。薄くても暖かいためだろう。それがずらりと並んでいる。これは真冬になるとインナーと言って、中に着込むアンコになる。さらに前面で並んでいるのを見ると、綿の普通のフード付きパーカーの中にふわふわが仕込まれているタイプで、最近の定番だ。これはよく見かける。このタイプは何処までファスナーが上がるかだろう。そうでないと、フードは背中に垂れているただの飾りになる。ファスナーを上げることで、マフラーになる。しかし、ファスナーが低いと首はスカスカになる。顎まで上がるタイプもある。
 しかし、この綿生地らしい表面の生地では風がスカスカで、雨にも弱い。そこで、風よけだったと思うが、防風タイプと書かれたコーナーがあった。こちらは偽革風になり、ゴムのような表面で、中はふわふわ。首元は襟が最初から立っており、しっかりとファスナーが上がる。ヌボッとしており、ロボットのようだ。ポケット類が少ないためだろうか。袖も分厚い。これはへたをすると、腕が曲がらなかったりする。生地は柔らかいのだが、伸縮性が問題だ。かなり無機的なデザインだった。潜水服のように見えたり、アザラシのようにも見えた。
 あとはいつものダウンジャケット。こちらもつるつるとした表面ではなく、布の感触を残したタイプがメイン。
 そして、ユニクロ名物のウルトラライト。これは煙草ではない。折りたためるほど小さく軽いダウンジャケット。軽すぎるほどだが、特殊なものが入っており、これで暖かい。
 ユニクロは最近ポリエステルではなく、ナイロンを使っているのは好感が持てる。昔はアクリルばかりだった。
 お父さんが特価台で暖かそうなズボンを引っ張り出しているのを見て、その奥さんが、それは寝間着だと注意されていた。しかし、それを履いて外に出ている人を見たことがある。作業着として使いやすいのだろう。ボリュームがあるので、擦ったりしたときでも保護される。近所の左官屋が履いていた。
 特価品はビニール袋に入っており、中身が見えない。バリバリ開けたいところだが、先に誰かが開けたものを探すが、ない。サインプルが飾られていないのがあり、何を売っているのかが分からない。それに値札などの文字が小さいので、サイズや記事などが読めない。決してその値札の面積が小さいわけではなく、余白だらけだ。このフォントの小ささはどうしたものだろうか。それが読み取れれば、セーターなのか、シャツなのか程度は分かるのだが。
 その他として、分厚い目のカッターシャツがあった。これは高い。特に仕掛けはなく、単に分厚いだけのカッターシャツだが、こういうのを着込んでいるといいのかもしれない。
 昨日、ユニクロへ行ったのはその上のフロアに家電店の上新があるためだ。当然カメラを見に。
 ネット上での上新で23000円で普通に売られいるカメラがリアル店では35000円。これは何だろうという話だ。リアルは怖いと言うことだろうか。何かおまけが付くとかポイントが大量にもらえるとかなら話は分かるが、それもない。だから、ここでは買えないので、ネットで買うのが自然だ。決してネット最価格品ではなくても、上新のネットでも安いのだ。
 リアル店で安いのは、展示品だ。半ば中古のためだろう。しかし、あまり古いのは飾っていない。エディオンはかなり古いタイプを飾っている。たとえバイオスMの初代とかだ。これは怖い。
 さて、目標はニコンの9900だ。この型番、次の数値はどうするのだろうか。使い切っているように思える。
 このカメラ、マクロは2センチで凄いのだが、広角端だけで、少し望遠側にズームすると、最短撮影距離が結構長くなる。ここはスペックにはない。中間は曖昧なためだ。700ミリ側での最短撮影距離は記されているが2メートル近い。オリンパスなら40センチか60センチか忘れたが、望遠端でもそこまで寄れる。600ミリだが。
 パナソニックも比較的ズームの中間位置でも最短距離は短い。キヤノンもそうだ。それに比べると、ニコンは遠い。しかし、超望遠カメラとしては、遠くのものを写すのだから、それでいいのだろう。
 2センチまで寄ると、像は大きくなるが、寄れないものがある。そんなとき、少し望遠側へズームできればいいのだが、この中途位置でのズーム域が、このニコンのカメラ、弱い。2メートルほど離れたところからなら写せるが、今度は後ろに下がらないといけない。その点、オリンパスは便利だ。
 しかし、このカメラ、そんな神経臭いことをするような感じではなく、何かおおらかに写すような雰囲気がある。結構大きく重く、がっしりしている。
 一番いいのはグリップが付いていることで、これで片手撮影ができる。背面側はモードダイヤルが引っかけになるので、安定している。それだけではなく、電源ボタンが軽い。押し込まなくてもいい。触る程度でついてくれる。この電源ボタンの位置が悪いと、片手では無理で、また指が入らないところにあったりする。ところがこの9900,電源ボタンのために手前側に張り出しを付けている。つまり少しはみ出しているのだ。ボタンが軽いこともあって、片手で持ったまま電源を入れたり、落としたりできる。大昔のPシリーズの上位機で、そういうのがあった。
 望遠撮影で、一枚移したあとの二枚目の間隔だが、すぐに二枚目は写せるが、ピントを合わせ直す時間が必要だ。それに700ミリほどになると、手ぶれ補正が激しく動くため、モニターでは揺れていないのだが、写したあとの液晶の絵が全く違う。それだけ揺れており、ずれているのだろう。しかし、700ミリ越えで、画面が止まっているというのは凄い補正だ。手ぶれ補正は今や四軸とか五軸とかになっているが、動画用だったりする。ニコンのそれは光学式のいつもの手ぶれ補正だが、電子式も加わるようだ。手持ちで超望遠で、カード型のカメラでそこまで写せるのは、この手ぶれ補正のおかげだろう。これは他メーカーも同じ様なことをしてきている。
 このカメラのライバルとして、キヤノンがある。こちらの方がスマートで、デザインも良い。ボディーの横にボタンがあり、それを押すと一瞬広角寄りになり、実際の画角が中央にフレーミングされる。周囲が見られるのだ。そのままシャッターが切れる。この仕掛けが距離計連動時代の採光式フレームのようで好ましいのだが、室内だから見えるので、条件の悪い明るい場所では見えないだろう。しかし、このキヤノン、さくさく写せるし、電源ボタンも大きく、非常に押しやすい。
 ニコンとキャノン、その大きな違いは、液晶が回転するかどうかだ。そのため、液晶回転式のニコンの方が値は高い。
 安定しているのはオリンパスで、機能もいいのだが、電源ボタンがいけない。これではさっと取り出し、電源を入れるときや、しまうときに、両手を使わないといけない。AFの速射性より、電源ボタン押しの速さの方が、ちょい写しには都合がいい。その点ニコンは触れる程度の軽さだ。これが気に入った。
 要するに、あまり作画的な写真に走り出すと、写すものが狭くなる。ここは液晶だけで、ラフに写す方向で少し戻す感じがいい。これは適当に写すということだが、作画意図を絞らない方が、幅が拡がる。
 
 
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2015年11月02日

ニコンデジカメ

■■ 2015年11月2日(月) 午前7時13分
 
 今朝は久しぶりに雨。そのためか、少し暖かい。つまり前日などに比べ、寒い朝ではない。それはいいのだが、雨はやはり鬱陶しい。しかし、程々に降る方がいいのだろう。
 今朝は燃えるゴミや台所ゴミなどを出す日。生ゴミだ。切った木の枝や葉などはこの日に出せる。ナマモノだ。野菜ではないが。ふつうの燃えるゴミ一つと、枝葉を細かくしたゴミが二つ。これは傘が差せない。それで少し濡れるが、大した降りではない。距離も短いし。
 この生ゴミの日が週に二度。燃えないゴミやプラスチックゴミは週に一度。こちらの方が実際には量が多い。かさばるためだ。コンビニなどへ多く行くと、容器ゴミが多くなる。
 雨の中、傘を差し、自転車に乗り、いつもの喫茶店へ入ると、なま暖かい風が来ていた。暖房が入ったのだろう。しかし、昨日の方が寒かったのだが。
 今朝は出るとき、ノートパソコンのバッテリーが気になるのでチェックすると、残り17パーセントだった。これはすぐに行ってしまう。鞄の中に入れていたためだろう。出して充電するのを忘れていた。
 それで休ませているもう一台のノートパソコンを取り出す。こちらはコンセントをつけたままなのでバッテリーは満タンだ。用心のために開けてみると、バッテリーはいいが、Windowsの更新を進める文字が出ている。これは厄介だ。しばらく使っていないので溜まったのだろう。これを喫茶店でやると、結構時間を食う。
 そこで、キーボード付きのアンドロイドタブレットを持ち出す。NECのライフタッチノートだ。もうかなり古い。しかし、バッテリーの劣化は少なく、まだ使える。毎日充電していれば、出先でバッテリーを気にする必要はない。
 それで、久しぶりにいつもの喫茶店のテーブルの上に置くと、小さい。コーヒーは盆に乗って出てくるのだが、テーブルが小さいため端末の後ろ側におく。すると見えない。ところがライフタッチノートなら見えるので、シロップなどを入れやすい。モニターサイズは7インチだが、外枠が結構ある。7インチぴったりのモニターではない。キーボードを長くするため、横幅を増やしたり、奥行きを増やしているのだろう。
 軽くて嵩も低いので、鞄も軽くなる。ただ、キーボードが少し狭いので、肩が凝る。慣れれば問題はないのだが、久しぶりに使うと、窮屈な感じがした。
 7インチのWindowsノートパソコンのキーボードなしのタブレットスタイルタイプが28000円ほどででている。NEC製だ。上新で大特価だったが、外付けキーボードと衝立がいる。
 また8インチWindowsノートパソコンで、カバーがキーボードになるタイプも29000円ほどでエディオンで出ていた。こちらはマウスコンピューター製。小さく軽い。カバー式キーボードは衝立付きのようだが、角度は固定。しかし奥行きがあり、モニターより大きそうだ。手前に長くなる感じだ。
 喫茶店、特にファストフード系の店のテーブルは狭いので、小さな端末の方が取り回しがいいし、鞄も軽くなる。
 Windowsのソフトは画面を大きくとる。そのため8インチあたりだとかなり縮小されて表示される。しかし、メインがテキスト打ちなら、文字サイズを大きい目にすれば問題はない。
 デジカメの方も、気になるカメラがある。ニコンの高倍率コンパクトデジカメで700ミリ越えのタイプ。液晶が回転する。これが2万円少しで出ている。
 液晶撮影ばかりしている頃は、これでファインダーがあれば、もっと確実に写せるのに、とか、構図も決めやすいのに、とか、思っていったのだが、実際にファインダー付きコンパクトを使っていると、ファインダーを覗くのが面倒になる。当然液晶では反射とかでよく見えないので、望遠のときはターゲットを探すのが大変だ。
 しかし、人通りが多いところとか、人目があるところではカメラを出すだけでもプレッシャーがかかる。猫や花なら問題はないが、町中だとどうしてもカメラを取り出しにくく、また構えにくい。
 猫などはファインダーで覗くより、実像を見ながら写す方が疲れにくい。構図を決めた状態で、実際の猫の方を見る。モニターではなく。そしていいポーズになったとき、シャッターを押す。その待ち時間が結構ある。その間モニターを見続けると疲れる。特にファインダーのときは。
 背面液晶と、ファインダー、両方ついている場合、結構迷ってしまうが、ファインダーがついている機種では、ファインダーを優先すると言うより、ほとんどファインダーを見ながら撮影している。
 700ミリ越えで液晶ファインダーが回転するのが、このニコンデジカメの特徴。これはローアングル、ハイアングルで使いやすいと言うより、液晶の反射を押さえるためだ。全く見えないことがある。そんなとき、液晶を回転させることで反射の角度が変わり、見えやすくなる。
 スナップ系のカメラとしてコンパクトデジカメが使いやすいのは、ピントが深いためだ。
 大昔に買ったデジカメ、100万画素程度だが、今見ると、それなりに写っている。当然受光素子も豆粒のように小さないのだが。
 また、あまり解像力があると良くないこともある。リアルに写りすぎるためだ。特に人物は。
 
 
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2015年11月01日

防寒ズボン

■■ 2015年11月1日 日曜日 午前7時10分
 
 今朝は寒い。十度を切っている。昼間も20度に届かなかったりする。そのためか冬のジャンパーなどを着ている人が多い。ダウンジャケットや中綿入りだ。こう寒くなると、秋物は終わってしまう。この前から冬物上着を羽織り始めたのだが、これはもう戻れない。ただ、秋物ジャンパー系でも下に徳利のセーターを着るといけるが、枚数が増える。冬物なら、徳利のセーターが内蔵されているようなものなのだ。
 先日は、冬物の見学だけだったが、暖冬とはいえ冬は冬。そしてまだ暖冬と決まったわけではない。平年より少し暖かい程度では、この少しが一度なのか二度なのかが分からない。6度と8度とではそれほど変わらない。寒いことは寒いのだ。冬はやはり冬。
 上着ではなく、防寒ズボンが欲しいところだ。そろそろ足がスカスカする季節だ。特に風が吹くと。この防寒ズボン、結構本数を持っている。いずれも千円台で吊るされているのを買ったためだ。ポリエステルのつるつるしたタイプで、中にボアか毛が入っているタイプだ。いずれもゴムパンだ。
 この表面生地が気に食わない。これで耐水性があれば納得できるのだが、濡れると色が変わり染み込む。そうならないスポーツタイプはぺらぺらで、中に暖かいものなど仕込まれていない。スポーツ用なので、運動しているので、問題はないのだろう。雨と風を防げばいい程度で、暖は必要ではない。じっとしている競技なら別だが、それでは運動ではない。
 ジーパンの生地のままで、中にボアが仕込まれているのがある。これは高いので買わなかった。しかし、生地をよく見ると、綿とポリエステル半々だ。最近そう言うのが多い。モデルはチノパンだろう。ポケットが腹の下ではなく、横にある。ジーパンがはきにくいのは、このポケットの一だ。取り出しにくく、入れにくい。スーツの下のズボンなど、結構ポケットが大きく、タオルぐらいなら入ったりする。
 しかし、売り場を見ると、チノパンタイプが全面に来ている。三千円に近い。まあ、ジーパンの値段が普通に五千円を超えていた時代もあるのだから、2000円台のズボンは安いだろう。しかもボア入りというか、毛布が仕込まれている。ゴムパンなのでサイズが合わないと、無理だが、裾に紐が仕込まれていたり、折り返したときの裏地をアピールするような展示だった。長ければ折ればいいというサンプルで、折るのがいやなら紐で絞れるタイプもある。Lサイズ、LLサイズ、Mサイズ、Sサイズがあり、Mサイズでは裾が少し長い。Sサイズでは折り返したりする必要はなかったが、腰がきついかもしれない。ゴムなので。Sサイズでぴちぴちだと、股や下腹が窮屈になるだろう。
 昔も綿入りのモンペなどがあった。普通のズボン風表面生地での防寒ズボンなら履きやすそうだ。
 いつも朝の喫茶店で見かける煙草一本だけ吸ってすぐに出る年寄りも冬のジャンパー系を着ているが、それほど大袈裟なものではない。真冬ではないので、そんなものだが、ゆったりとした袖だ。よく見るとマークがあり有名ブランド品で、これは高そうだ。
 そういう年寄り向けの高い目の服が並んでいるコーナーがある。店の奥にあるのだが、高い。ヤングカジュアルの倍の値段だ。たまにその商品が半額セールで晒し首台に出ることがあり、そのタイミングで買う気が出るが、冬物に関してはそれほど分厚くない。
 
 最近は夕食後の夜の徒歩散歩を復活させている。近所の一本道の歩道を往復するだけのことで、折り返し点も決まっている。いつもの時間に出ると、いつもの人と出合ったりするが、メンバーも変わっているようだ。最近は夫婦連れが多い。そして懐中電灯を持っている。その光を見ていると、八墓村のようだ。いつ暴れ出すか分からない。足元は見えないほど暗くはない。この歩道、自転車も通っている。狭いのですれ違うときは避けないといけないが、自転車の方が避けてくれる。しかし、自転車が気付かないことがある。そのため、懐中電灯で人がいることを知らせているのだろうか。
 スマホを見ながら自転車で走っている人もおり、接触寸前まで気付かない人もいる。車道にも自転車車線があるのだが、そこに車が止まっていたりするので、歩道を走る自転車が多い。それにあまり人も自転車も通っていない。こういうときほど接触しやすい。常に人や自転車が通っている場所の方が気をつけて通るためだ。
 その夜の徒歩散歩、寒くなってきている。風は吹くとてきめんだ。そのため風を通さない服装が大事だろう。ペラッとしていても、風を通さない皮一枚の効果がある。毛糸のセーターは暖かそうだが、風がスースー通る。
 朝の喫茶店の戻り道の散歩も、冷え冷えとしており、寒々しい。結構着込まないと、のんびりと散策できない。寒いと視界も狭くなる感じだ。
 
  
posted by 川崎ゆきお at 09:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする