2015年12月31日

大晦日

■■ 2015年12月31日 木曜日 午前8時13分
 
 今朝も寒いが晴れている。なぜか遅く起きてきた。遅くまで起きていたためだろう。一時間ほど寝る時間を間違ったようで、時計を見ると、いつもより一時間進んでいた。時計が進んでいたのではなく、寝る時間から一時間過ぎたことを知らなかった。まあ、その時間でも布団の中で寝付けないままの日もあるが。
 さて、いよいよ大晦日まで来てしまった。大晦日はやはり夜の方が感じが出るが、夕方あたりから店屋が閉まり出すあたりも、そうだが、これは外に出ていないと分からない。普通の住宅地をウロウロしていても、分からないが。
 大掃除風景も見かけない。畳を通りに出して、たたいていたが、今はその通りに面した家のマイカーが通れなくなるし、宅配の車も入れなくなるので、それはない。子供達は少なくなったが、公園などでは雀のように群がっている。
 たこ揚げは電線が多くなり、これもできない。近くに田畑などがあれば、電線もないのだが、その田畑の上に建った家の子供達なのだから、仕方がない。
 以前は押し迫った31日、梅田などに出て、カメラやパソコン関係の品を買いに行っていたのだが、最近はそれがない。夕方の手前で、地下街などは閉まり出す。通路はまだ無事だが。当然人も少なくなり、ゴーストタウンのようになる。人がいるのは、駅と駅を結ぶ通路程度になる。ターミナル駅なので、移動で乗り換える人だけになったりする。
 ただ、昔からあるような喫茶店はしぶとく営業しており、この日だけは客をかきこめる。そういう年に一度ぐらいしか入らないような喫茶店で一服してから、帰る。その喫茶店で、買ったものを開封したりする。
 明日は正月で、その変化は、朝の喫茶店であるモスの開店時間が遅くなることだ。これは正月いつかほど続く。寝起きに行ってもまだ開いていないことになるので、去年と同じように米田だったと思うが、そういう名前の喫茶チェーン店へ行く。ここは高い。それが方々にできている。個人喫茶があった町内町内に入れ替わるようにして入ってきたのではなく、大きい目の通りに面した場所に立っている。住宅地でも、幹線道路が走っていれば、そこに建つ。最初から車の客を当てにしているのだ。そのため、駐車場がやたらと広い。近所にできたこの店は、田んぼ一枚分ある。角地に残っていた田んぼで、それがついに売られたのだろう。だから、広い。家が何軒も建つ面積にぽつんとある。駐車場の方が圧倒的に広いのだ。ここへ去年は正月は行っていた。
 さすがに暖房が良く効いており、暑いほどだった。しかし、席がなく、カウンター席だったが、テーブルの向こうは窓で、外が見える。だから、厨房が見えるカウンターではない。
 正月、変化があるとすれば、寝起きの喫茶店が変わることだ。方角的には似ているが、いつもの道ではない。しかし、距離的には、その喫茶店の方が近い。
 やはり予想していたようにクリスマスが来る手前から、大晦日までは一気だった。特に忙しい思いをしたわけではないが、これは意識しているためだろう。年末を。
 これが普通の月でも、それぐらいの早さかもしれない。そういう月は、月を超えたことさえ知らないときもある。まあ、超えたことは分かっているが、あまり意味がなかったりする。何月何日かを書くとき、必要だが、最近はパソコンで、日付は自動的に挿入されるので、気付かない。月日を見ていないのだ。間違いがあるはずがないと思っているので、確認しない。
 この時期、買い物などで、人混みの中に出ると、帰ってから頭が痛くなったりする。風邪などをうつされたのかもしれない。例年より、マスクをしている人は少ないが、あごマスクをしている人はいる。これはマフラー代わりだろう。
 自分が人に移すことはあまり気にしないはずで、そちらではなく、移されるのを軽快してのマスクかもしれない。
 衣料品売り場や、バーゲンのときは、結構ほこりが立つ。衣服から出ているのだろう。そういうのを吸い込むことが多い。客がいない店は大丈夫だ。
 昨日は鞄を見にウロウロしていた。鞄専門店もあるが、旅行用の鞄とか、トランクとか、そう言うのが前面に出ている。普通のカジュアルバッグがなかったりする。
 カジュアルばかり扱っている若者向けの衣料品店では、逆にビジネスバッグがない。これは当然だが、アウトドア系でも、パソコンを入れる仕切りがないものが殆どだ。一番多いのは肩掛け風のもので、男性向けハンドバッグのような、小物入れだ。これではノートパソコンが入らない。入っても、仕切りがないと、ノートパソコンが仕切りをしてしまい、他のものが出しにくくなる。
 高級紳士物を売っているコーナーに高い目の鞄、これはアウトドア向けや小旅行向けの良いのがあったのだが、それらも消えている。あっても高いので、買わないだろうが。
 大きい目の鞄は、トートバッグになり、これも仕切りがない。
 今持っている鞄は小さいタイプで、丁度いいのだが、レンズが飛び出しているカメラを入れると、窮屈になる。ねじ込んだときも、仕切りがあるので、ノートとはぶつからないし、仕切りのおかげで、ノートがお辞儀をしない。だから、小さく薄い鞄でも、仕切りがあると何とかなる。トートバッグになると、ノートが鞄の底に来てしまうことがある。底敷きだ。これは結構持ちにく。ものがすべてノートの上に乗ってしまうだけではなく、四角い板を平行に持っているようなものなので、角が当たるし、幅を取り過ぎる。それにその状態だと鞄が重く感じる。
 結局、その鞄を買った若者向けの店へ行くと、同じタイプはあるのだが、そのニューバージョンで、やや小さくなり、ポケットが本体とくっついてしまい、本体とポケットが同じようなものになっていた。そして当然仕切りはない。二年ほど前に大量にぶら下がっていたのだが、消えていた。その前に買ったボストンバッグ風の鞄は長く使っていたが、それも消えている。これは仕切りがあったが、緩く、仕切りのままでお辞儀をしていた。幅が広すぎのとマジックテープがなかったためだ。そのため、その狭いノート入れのところに、物を入れてしまったりしていた。口を開いているため、メインより先に入ってしまうのだ。要するに二年ほどで、ビジネス向けショルダーバッグ系として使えるタイプが消えている。
 そういう鞄は、梅田などの地下通路沿いにいくらでもビジネス向けの鞄屋があるのだが、それだけのことで、買いに行く気はない。店屋が多く、それだけ鞄の醜類も多くなるので、逆に迷ってしまうだろう。
 そういうビジネスバッグは、駅ビルなどによくある。勤め人が毎日通っているような場所なので。
 
 先日炊いた野菜煮がまだ残っている。おでんのようになってしまったためだ。これが年を越すはずで、これが正月料理になる。大根やニンジンが多い。余っているのを大量に入れたためだ。冬場なので、そのまま放置していても四日ほどは持つだろう。一応食べるときは火を通すが。寒いので、温かくして食べたいためだ。しかし、冷えた大根もおいしい。
 その大根から大根の匂いがする。大根おろしの匂いだ。
 今年はまだ終わっていない。正月用の食べ物とは、作らなくてもいいものを準備することだろうか。だからおせち料理とかだ。もう作らなくてもいいように。せめて正月三が日は。
 昨日は鞄探しのあと、300円のラーメンを食べた。スガキ屋だ。これがあっさりとしていていい。麺を食べると言うより、寒いので、スープを飲みたかったのだろう。それだけで温まる。300円のスープで、麺入りだ。焼き豚のかけらとシナチクとネギがさみしげに泳いでいた。
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2015年12月30日

■■ 2015年12月30日 水曜日 午前7時15分
 
 今朝は寒い。氷点下。真冬だ。暖冬は何処へ行ったのか。南からの暖かい湿った空気はどうなったのか。しかし、一週間予報では晴れが続いている。あの暖かさはは雨によるものだったのだろう。
 自転車に乗ると今朝は手がかじかむ。これは滅多にない。部屋の中にいても、手が冷たくなることがある。横の電気ストーブに手をかざしたりする。まだ、そこまで寒くはないが、今日あたりは昼間でも寒く、手をかざさないといけなくなるかもしれない。そのため、手袋の指だけ切ったものをはめていたことがある。
 まあ、冬なので、そんなものだ。昔なら、火鉢にあたりながら過ごしていただろう。直火だ。この場合、手は乾燥しない。やり過ぎると、乾燥どころか、焼き肉になるが。
 昨日は野菜鍋を作る。大根があるので、おでんの大根のように分厚く切る。量が多そうだが、殆ど水分ではないかと思えるが、この水分がいいのだろう。大根おろしも、水のようになり、量が少なくなるが、あの出てきた水を吸うのがいい。
 白菜も大量にあるので、それを入れる。それとジャガイモ。ニンジンも大量にあるので、一本分使う。そうしないと、枯らしてしまう。四本で百円だった。
 あとは何を入れたかは忘れたが、最後はブリ。これは四つほど入っていた残りの切り身。冷凍にしていた。焼くより、煮る方が簡単だ。ブリは大根との相性がいいが、ブリと大根だけではさみしい。それと、焼き豆腐があったので、それを入れる。
 さすがにこの状態は鍋物とは言えなくなるので、皿に入れて食べる。その方がブリを食べやすいからだ。
 焼きブリは正月のごちそうだった。まるでビフテキ扱いで、鯛よりもブリだった。寒い時期なので、脂っこいブリの方がいいのだろう。次回は焼いて食べることにするが、冷凍した状態から焼くのは、火加減が難しい。焦げ目が付いても、中はまだ凍っていたりする。
 昼は餅を焼いて食べる。これも焼き方がある。餅は何度も何度も繰り返しやひっくり返さないと、すぐに焦げる。特に最初のうちは、しつこいほどひっくり返す。ちょっと油断すると、すぐに焦げるが、その程度はいい。あとで、払えばいい。餅は膨らみ出すと、形が変わる。膨らみかけにひっくり返す。膨らみきると、横を攻める。裏表ではなく、横にひっくり返す。横が意外と焼けていないことが多い。さらに膨らめば、いい餅なら、それでもう中まで柔らかい。
 ただ、膨らんだとき、途中で、皿などに入れて、指で押しつけた、平たくし、再び焼くこともある。結局焼けたかどうかは、指の感触が一番確かだ。押さえつけたときの。皮がバリンと破れる。
 この平たくした状態のときに砂糖醤油につけると、つけ焼きになる。これは塩気の少ない餅のためで、塩気の多い海老餅などは、そのままの方がいい。
 餅は焦げている方がいい。その方が香ばしい。百均の餅ではこうはいかない。ガムのようになるし、また、芯がある。これがなかなか焼けない。
 餅は粘りがあり、引っ張ると伸びるが、無理とに伸びやすい何かを入れて、チューインガムのようになっているのもある。いい飯は、多少は伸びるが、潔く途中で切れる。当然かみ切りやすい。ご飯もお焦げがおいしい。
 最近は安い餅よりも、餅屋の高い餅よりも、家にあるような餅つき器で作った餅の方がおいしかったりする。塩気などを調整できるし、海老などを大量に入れて、真っ赤にできる。それよりも、餅の生地そのものが、素人が作ったものの方が餅らしかったりする。まあ、昔は、みんな素人がついていたのだからそんなものだ。要は餅など、普通につけばそれでおいしいと言うことだ。たこ焼きもお好み焼きも、普通に焼けばおいしい。逆に専門店のものはいじりすぎて、当たり外れがある。たこ焼きなど、ソースなど付けないで、そのままでもおいしい。これは自分で焼けば分かるだろう。お好み焼きも、焼いているとき、端っこの生地だけのところを食べるとおいしい。粉だけなのに。これはやはり鉄板の油が浸みて、おいしいのだろう。小麦粉がおいしいと感じるのは、このときだ。
 近所のスーパーへは最近行っていないが、ついでがあったので、寄ると、飛騨のほうれん草があったので買う。これは少し変わったほうれん草で、百円である。普通の飛騨ほうれん草もあるが、こちらの方が長持ちする。このほうれん草、卵焼きのとき、一緒に焼いたり、味噌汁の中に入れたりするのだが、味噌汁には最近長ネギとワカメを入れているので、ほうれん草の出番がない。野菜が何もないときでもワカメはあるので、ワカメを大量に入れる。このワカメは刺身用のワカメで、乾燥ワカメではない。これは保存が利くので、重宝する。
 餅があるので、お雑煮もいいのだが、餅はあっという間に溶けることがあり、餅汁になる。味噌餅汁で、これが結構食べやすかったりするが、お椀を洗うのが大変だ。
 餅は元旦の朝に食べる。雑煮だ。このときはご飯はない。餅があるため、ご飯はいらない。その雑煮を食べながら、おせち料理をつまむのが、元旦の朝の行事だった。大晦日は餅は食べない。ただし、あん餅は例外だ。これは早く食べないと、おいしくないからだ。固くなってしまったあん餅。これは始末が悪い。
 餅は古くなると、カビが生えるので、水につける。そこでカビを洗い落とすのだ。さらに放置していると、ひびが入り出す。そうなると、それをつぶす。コンクリートを砕くように。そして粉々になった餅は、子供のおやつになる。五ミリほどにつぶれた餅をフライパンで炒める。これはお婆さんが作る子供のおやつだ。まあ、おかきだが。炒りたてはおいしい。
 昨日はその近所のスーパーでトマトが安かったので買う。小さな桃太郎トマトで、これは卵と一緒に炒めるとよい。麻婆豆腐のときにも、このトマトを入れると、食べやすくなる。水分を出してくれるので、汁もおいしい。寒いとき、さすがにトマトをそのまま食べるのは、遠慮するが、温かいトマトなら、大丈夫だ。
 卵と一緒にトマト、さらにミンチ肉を入れると、結構豪華なものになる。ほうれん草も入れると、さらに。見た目が綺麗だと、おいしく感じたりする。結構色でだまされる。
 

 
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2015年12月29日

正月

■■ 2015年12月29日 火曜日 午前8時15分
 
 今朝も寒い。しかし、よく晴れている。寒いためか、寝過ごした。目は一度少しだけ覚めたのだが、また寝てしまった。そのとき時計を見るとよかったのだが、目を開いてそれを見ると、目が覚めることを恐れたようだ。まだ早いと思いたかったのだろう。確認すると、その根拠が消える。
 要するに、まだ起きてきたくないほど寒い朝だったが、気温は昨日の方が低かった。これは体調や、眠りの周期にもよるのだろう。夜中に起きてきてトイレへ行き、戻ってからすぐに眠れないことがある。朝まで眠れないわけではなく、少しだけ、寝付きが悪い程度だが、すぐに寝てしまうのが普通だ。
 昨日からセーターを中に着込んでいるので、外に出ても寒いということはない。震えるようなことさえなければ、それでいい。
 朝の喫茶店は常連客の第一波が去ったあとなのか、案外この時間はすいている。朝一番に来る客が多いのだろうか。これは常連客だけの話で、通りすがりの人や、用件で来ている人も結構いる。個人喫茶と違い、鉄のドアではない。
 しかし、新しくできた個人喫茶は、風通しのよい店構えをしている。ガラス窓やドアで店内をお見せするような。そして、ファストフード系のように入りやすく、明るい雰囲気にしている。内と外の境界線、これは敷居が低いとか高いとか、昔は言っていた。建築方法の話ではない。この場合の敷居は、それなりの人でないと入れないことだが、個人喫茶はなじみ客、店の人と親しくなければ、入れないような感じになっている。一般の人が来ると、店の人も客も驚くような。
 今年もいよいよ押し迫ってきた。一週間後は完全に来年になっているだろう。もういくつ寝るとお正月、と歌にあるが、正月を楽しみにしている子供達の歌だ。昔と違い正月以外にもおいしいものを食べているので、食べる楽しさはそれほどないかもしれない。むしろ正月料理は口に合わなかったりする。正月用に造った酒とか、手間暇掛けて仕込んだ料理とかが出たようだ。その日、すぐに作れないような。どんな料理だったのかは分からないが、それがフナ寿司だったとしたら、食べたくない。
 結局カップラーメンが一番おいしかったとなりやすい。あれも常食ではなく、年に一度か二度食べると、もの凄くおいしいかもしれない。
 昔の人はそばがごちそうだった地方もあるようだ。うどんではなく。あまりにもおいしいため、そばを食べることを禁じていたところもあるようで、それで、団子にして、細く切った、あのそばではない状態で食べていたようだ。
 そばでもうどんでも、粉にするところから始めないといけない。だから、朝すぐに食べたくても、無理だ。
 今は何でもあるので、便利だが、ごちそうというか、おいしいものが多すぎて、晴れの日の食べ物が少なくなった。棒鱈などは高いのだが、タラだけなら安い。あれは乾燥させたりする手間暇賃だ。まあ、身の塊なので、刺身の反対側だろう。全部タンパク質のような。
 大晦日だけに食べるのが、ニシンだったりする。これは昔は安いもので、畑の肥やしに巻いていたほどだ。
 なぜ、大晦日に、ニシンかというと、年越しそばだ。そこにニシンがのっている。これはそば屋へ行かないと出ないが。要するに年越しそばはエビの天ぷらより、ニシンなのだ。エビより、ニシンの方が具が大きく、身も大きい。最悪はちくわの天ぷらだが、さすがに年越しそばなので、海老の天ぷらだろう。やはり形が目出度そうだ。赤いのがいい。
 またおかめそばも好ましい。岡目さんだ。これは女性で、モデルがおり、その謂われのお寺が京都にあったりする。これはかまぼこを贅沢に切ったもので、そのかまぼこも土手の高いタイプだ。切ると、色の付いた淵ができ、これが顔の輪郭を作っている。目鼻はないが。かまぼこも本物は高い。本当のすり身なので。安いのはガムのようになる。
 いつもスーパーで百円で売っているかまぼこが消えてしまうのが、この時期で、正月用の高いかまぼこばかりになる。かまぼこは魚なので、長持ちする刺身のようなものだ。
 また、正月だけ食べる魚として、焼き鯛がある。鯛焼きではない。普段、滅多に焼いた鯛は食べない。入学試験に受かったとか、就職が決まったとか、そんなときは出るだろうが、常に食べている魚ではない。刺身は別だが。
 尾頭付きの一匹丸々の焼いた鯛を食べるのは、正月だけかもしれない。これは正月用として売っているためだろう。売っていなければ、鯛を買って、自分で焼いてまで食べないかもしれない。それになぜか目出度いとき以外は食べてはいけないイメージがある。刺身は別だが。
 まあ、要するに鯛は高いので、普段は手を出さないと言うこともある。それに大きな鯛を焼くのは、難しい。
 

 
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2015年12月28日

一眼レフ

■■ 2015年12月28日 月曜日 午前7時28分
 
 今朝は寒い。1度ほど。外に出るまでもなく、部屋の中でも寒いので、中に着込むセーターのようなものを着込む。これはガウンスタイルの襟のあるカーデガンを買おうとしていたのだが、結局間に合わなかった。それで、去年買ったセーターを着る。これは二枚買った。一つはとっくりで、一つは詰まり気味丸襟。襟と言うより、壺のような感じで、カッターシャツの襟を隠す程度の高さの土手がある。それだけでも首元が暖かい。一年前の冬に着ていたようだが、結構な毛玉。毛糸風には見えないが、このポリエステル系の毛羽だったタイプは、毛玉だらけになる。特にこすれる部分は。いい場所に出て、会食でもするわけではないので、部屋で着ている分には問題はないし、外に出てもインナーなので、見せることはない。襟と、袖程度だ。だから、襟と袖だけを付ければいいのではないかと思ったりしたが、それではインナーの意味が殆どない。
 そんなインナーを三枚ほど着ている人がいた。これはマネキンだ。それらインナーの上にジャンパーを着ている。凄い厚着のマネキンだが、これは福袋の中身だ。大物は上のジャンパーで、これは当然今風な表面がウール風の中綿。これが一番高いだろう。この福袋、1万円。そのジャンパーはおそらく5000円で、平和堂では安いタイプではない。中程だ。後の5000円を何で埋めるのかだが、それがインナーだ。襟のあるチョッキや、暖かい日なら、これだけでもいけるのではないかと思えそうな上着もある。当然、普通のチョッキも。これで1万円とは春から縁起がいいかどうかは分からない。目玉はジャンパーだ。
 マネキンは立っている。従って素足でノーパンではない。このズボンも付くのだろうか。付かないとインチキだ。しかし、ズボンをはかせないと、寒々しい。そういう着込んだマネキンが五体ほど立っている。しかも寄り添って。まるで八甲田山だ。
 このマネキンが着ている衣服は、元旦に売り出されるが、予約もできるようだ。福袋とは言え、中身は全部見せている。靴を履いていたのかどうかは分からない。靴を履かせるのなら、靴下もいるだろう。当然、それらはサイズ別で売られる。しかし、ズボンはどうするのだろうか。裾直しは。それが必要でないゴムパンかもしれないが、下半身はよく見えなかったので、分からない。
 ジャンパーの下の枚数は正確には分からない。一番下はTシャツだろうか。
 さて、これを元旦、買うかどうかだ。インナー類、中に着込むものは、この日まで待つ予定だった。GUで二千円で、ガウンのようなカーデガンや、毛糸のセーターが同じ値段で出ているので、それを買えば済む話なのだが。
 ただ、元旦、おそらくこのモールへコーヒーを飲みに行くだろう。日課だ。実は、この昼前に入る喫茶店で、小説を書いているのだ。毎日一本。だから、年中無休のこの店がいい。ここではそれしかやっていない。書き終えれば、さっさと出る。三十分ほどだ。
 その帰り、初詣に行くわけでもないが、ショッピングモール内をウロウロしていると、結構賑やかで、正月らしかったりする。それを形にしたのが福袋だ。
 冬の終わりがけのバーゲンよりも、この福袋で買った方が安いかもしれないし、また正月は本格的な冬の始まり、このタイミングで買った方が賞味期限も長い。
 冬物衣類は福袋で買う。これが行事になれば、そういうパターンができるかもしれない。しかし、1万円出せば、相当いい冬の上着が買えたりする。
 当然気に入らない中綿入りチョッキや、この繊維ではないと思えるカッターシャツや、セーターも買わされることになるのだが、自分で選んだものではなく、授かり物であるところがいい。ただ、そのマネキン、何人も立っており、タイプが違う。だから、組み合わせも違う。ここで選択は一応ある。結構選んでいるのだ。ただ組み合わせの内容までは選べない。
 それらは店内にもある商品なので、よく見かけるものだ。単品で買えばいいことなのだが、そういう機会がなければ、買いたいと思っても、もったいないので買わないだろう。
 福袋というちょっとした縁起が入ることで、半無選択で降りてくるもの、これはお年玉のようなものだろうか。落とし玉にならないようにしたいが。
 今朝はそれで、寒かったが、中に着込んだセーターのおかげで、寝起きの喫茶店までの道は、しのげた。
 この季節、風邪を引きやすい。暖かくするのも大事だが、食べるものにも気をつけた方がいい。食べ物はそのまま薬のようなものだ。毎食、漢方薬を飲んでいるわけではないが、体調が悪いときは腹から立て直していく方がいい。どういうものがきっちりとした食事なのかは分からないが、まあ、毎日食べているものがそれだろう。
 
 昨日はニコンのネオ一眼の話だったが、このコンパクトデジカメの値段に、後一万円を足すと、なんとニコンの最新型一眼レフが買える。どうなっているのかと思うほど、ネオ一眼が高いのか、一眼レフが安くなったのかは分からないが。
 そのニコンの一眼レフ、一番安い3300だ。5500がその上で、その簡略版、つまり液晶は回転しない程度の差だ。映像エンジンはハイエンド機と同じ最新式、しかも受光素子手前のフィルムのようなものを外した最新式。
 こう言うのを見ていると、少し前の上位機より、スペックが上なのだ。ただ、ネオ一眼より、少し高い程度なので、レンズも標準ズームのみ。このレンズが安いのだろう。
 ネオ一眼と、この一番安いニコン一眼レフの重さは100グラム程度の違いしかない。ボディーが軽いことと、標準レンズが軽いためだろう。どちらにしても600グラムあたりの世界なので、軽いと言っても、ミラーレスほどではない。
 手ぶれ補正はニコンの場合、レンズに依存するというか、レンズ側に付いている。ネオ一眼は5段。その標準ズームは4段。まあ、5段は超望遠向けなので、28から85あたりのズームなら4段もあればそれで十分だろう。
 ニコンのレンズを見ていると、35ミリF1.8がある。これは50ミリになる。しかし、手ぶれ補正は付いていない。今更言っても始まらないが、ボディー内手ぶれ補正がこんなとき有利だろう。
 しかし、そんな単体レンズを付けると、ネオ一眼より、ちょっと高いだけ程度では済まなくなり、レンズ地獄がぱっくりと開く感じだろう。
 ライバルのキャノンはどうなっているのかとみると、X7と言うのが小さいことで有名だが、横に狭くなっただけで、前後に太っているように見える。横幅が狭く、しかもイオスの特徴のなで肩なので、シャッターボタンが押しにくい。やはりある程度の大きさ、幅が必要なようだ。
 レンズでは、パンケーキレンズが、同時に出ていた。38ミリと、懐かしい画角だ。昔のコンパクトカメラは、このあたりだ。10センチまで寄れるのは凄い。開放はF2.8と、まずまずだが、ごろんごろんのさいころのようなカメラだ。特に白いタイプは。
 いずれにしても、このあたりの一眼レフカメラ、光学式ファインダーから電子ファインダーへ移り、考え方によれば旧式になっている。つまり、X20などの透視ファインダーと同じようなものだ。デジタルファインダーにやられているのだ。
 一眼レフの光学ファインダーではなく、背面の液晶を見て写す方が正確だったりする。露出などが反映しないタイプもあるが、普通のコンパクトデジカメなら、逆光だと、カメラを少し振ると、露出が変わるのが分かる。だから、逆光を評価測光が評価したのかどうかも分かる。光学ファインダーではそれが分からない。そういう失敗が少ないのが、デジタルの良さだろう。
 一眼レフのファインダーは、開放で見ているので、明るいレンズだと、ピントが浅く見える。しかし、実際の露出では絞られたもので写ると、ファインダーで覗いたものとは違うピント幅のものができあがる。まあ、それを確認するボタンがあるのだが、絞りすぎると、ファインダーが暗くなり、ピントの山など見えなかったりする。
 それら電子ファインダーの優位性を、富士は知っているのか、光学式一眼レフは一切出そうとしない。まあ、写す側も失敗が低い方がいいのだろう。
 そう見ていくと、光学式ファインダーの一眼レフが憧れの一眼レフでではなくなりつつある。実質的に。
 残るのは、ミラーが跳ね返る音と、そのの振動を懐かしむ感じになりかねないが、今はニコンもキャノンもまだその時期ではないのだろう。しかし、そろそろ電子ファインダーのイオスなどが出てきそうだが。ミラーが動かないイオスが昔あったほどなので。
 カメラ入門者が50ミリレンズから始め、色々とレンズをとっかえひっかえ使い倒した撮影を終え、最後にまた50ミリに戻ってくる。これは釣りにたとえ、最初は子供はフナ釣りから始め、年取ってまたフナ釣りに戻ると言われている。
 しかし、今、50ミリレンズで写すとなると、入門どころか、結構な値段がする。一眼レフを買ってもコンパクトカメラを買ってもズームが付いている。一眼レフはボディーとレンズを分けて買えばいいのだが、キットものの方が遙かに安く、入門者では単焦点レンズとの組み合わせなど、簡単にはできない。それに50ミリ、今の一般的な一眼レフでは、もう少し広角気味の35ミリあたりでないと、50ミリ画角にはならないのだが、そのF1.4など、非常に高価だ。安い一眼レフキットレンズ付きより高かったりする。
 だから、そういうフナ釣りというか、50ミリ付き一眼レフキットは、あっという間に売れた。それがニコン1だ。これがフナ釣りキットなのだ。標準ズームなしのキット。しかし、決して安いものではなく、また、電子ファインダーさえない、ミラーレスだ。
 そういうことを調べていると、昔のフナ釣り云々の伝説は、今では通用しない。ものがないのだから、入門ではなく、いきなりこったことをするようなものになる。
 その意味で、単焦点付きのみのシグマのDPというのは、そこをついている。そうやって標準レンズ付きのDP2を見ていると、フナに見えてきたりした。
 この場合のフナは、吉良上野介が松の廊下で、浅野内匠頭を「フナじゃフナじゃ」と言っているフナに見えてきたりもするが。要するに田舎者だと。
 だが、いいものは中心部ではなく、周辺部に残っていたりするものだ。


 
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2015年12月27日

プリンタとスキャナ

■■ 2015年12月27日 日曜日 午前7時19分
 
 今朝はほどほどに寒いが、それほど低温ではない。しかし、北の方は吹雪や大雪らしい。真冬だろう。真冬も冬だが、これは真性の冬。気圧も冬そのもの。冬でも、気圧配置が冬型でない日もある。
 この冬型というのは目に見えない。しかし、正真正銘の冬であることを裏付けているのだろう。証拠だ。だから真性。
 真冬の寒さのとき、真冬並みの寒さとは言わないだろう。真冬なのに。だから、真冬という言葉は、真冬並みとか、真冬のように寒いとか、真冬から離れたところで使うのだろうか。しかし、今日は真冬ですねえ。と言うこともあるが、真冬と言わずに、寒いと言うだろう。話し言葉の中に、何か残っている。「おおさむ、こさむ」などだ。これを漢字にすると、そう発したニュアンスが伝わらない。何か非常に古い時代の日本語が入っている場合もある。
 今朝も曇っているが、天気予報では晴れマークなどが続いており、傘マークが一週間ほどない。しかし、あまり晴れていない。今朝も空は白く、青空などない。
 曇りマークの日でも、当然日差しが出る。晴れマークの日に、逆に日差しがなかったりすると、不満だ。しかし、一日は長い。朝は曇っていても、昼頃日差しが出たりする。
 
 昨日はプリンタとかペンタブレットとかを見に行く。印刷する用事があるのだが、データーで送るか、印刷して送るかの選択があり、データーで送ることにしているが、万が一、プリントが必要な場合、どの程度の出費になるのかの見学。しかし、別にそれで大変なことになるわけではない。
 上新に行くと、通路によくプリンタが積まれており、毎日特価のような感じだが、この時期年賀状の季節なので、常設屋台のようになっていたはずだ。しかし、その通路をよく通るのだが、デジカメコーナーまで一直線のため、殆ど見ていなかった。
 相変わらずキャノンとエプソンの1万円台のプリントが積まれていた。1万円台になっていることは知っていたが、インク代の方が高いのだ。
 1万円台のはそれなりに大きい。もう少し小さくてもいい。昔キャノンのインクジェットプリンタで、小さいのがあった。今もあるのだろう。ノートパソコンのように、携帯できそうなほど小さかった。パソコンとプリンタは常に紐付きだった時代で、これはネットなどがなかったので、プリントすることが多かったのだろう。また、パソコンを持つ意味は、プリントができると言うことでもあった。今でも、モニターではなく、プリントした文章を見ながら校正する人も多いはずだ。
 モニターよりも、不思議と紙の上の方が、間違いを見つけやすい。当然何枚目の、あのアタリ、と言うように、覚えやすい。枚数までは分からなくても、何枚かめくった記憶が残る。
 さて、そのプリンタだが特価で3000円。これが一番安い。お母さんが、何度もその包みを見ている。犬が餌が入ってそうな箱に鼻を近づけているように。その横に4千円台のがある。しかもスキャナ、ファックス付き。個人オフィス向けとなっているが、こんなに安いのかと思った。心配なのはインクだが、これはHP製の伝統か、カラーでもインクは一つで済む。ヘッド付きかもしれない。それで、根詰まりなしとなる。ただ、これが安いのはフォトプリンタではないためだろう。今のプリンタはどれもフォトプリンタだ。それはいらない。
 写真をやっていながら、フォトプリンタはいらないというのもおかしいが、下手なプリンタと紙で印刷するよりも、プリント機械に持ち込んだ方がよいのだ。そちらの方が経済的にも安く上がったりする。
 キャノン、エプソンが1万円台だが、その半額以下でスキャナまでつく。これでコピー機になる。普通、これを買うだろう。横のお母さんは3000円、正確には2000円台なのだが、それを狙っていた。イラストや図なら、これでいいのだ。
 その近くにワコムのいつものペンタブレットがある。一番安いタイプだが、1万円台は切らない。昔と同じ値段だが、中に入っているソフトにより、少し違うようだ。
 漫画の絵が描かれたパッケージがあるので、手に取ってみる。どんなソフトなのかは分からないが、昔のコミックスタジオではないかと思える。かなり前からそれが付属していたパッケージがあった。しかし1万円少しは安い。
 それでカタログを持ち帰り、中を見ると、2年版だった。ライセンス版なのだ。だから、安いのだろうか。ただ、2年ライセンス、これを一から申し込まなくても済む。
 写真加工ソフト、RAWソフトまで入っているパッケージがある。しかし、目玉は漫画を書くコミックスタジオだろう。おそらくこのソフト、名前を変えたはずなので、これだと思う。
 漫画を書くソフトは他にも市販されていたが、コミックスタジオに飲み込まれた。要するに紙に印刷して漫画原稿にするタイプの人なら、スクリーントーンが欲しいのだろう。トーン代が、このソフトで浮く。
 しかし、スクリーントーン、これは商品名なので、デザイントーンとでも言うべきか、それを使うと絵が上達しない。絵の見栄はよくなるが、ベースのタッチが進歩しなくなったりする。中間色的なところは網で入れるのだが、線だけで、そう見えるように書くと、絵のトーンのバランスがよくなる。トーンを貼ると、逆に絵が平面的になる。カラー写真より、モノクロ写真の方が立体的に見えるのに近い。これは目で保管し、想像を入れるためだ。見る側が書き加えているようなものだ。
 最近のタブレットは、指でのタッチパネルに対応しているようで、そうなっていない安いタイプもある。
 漫画を書くソフトが2年ライセンスものなのが、残念だ。しかし、このソフト、そういう売り方しかしていなかったように記憶している。
 それよりも、4千円台でプリンタとスキャナがいつでも買えるのを見て、安心した。買うなら、HP社だ。インク一本で済むこと、ヘッドはその都度交換なので、放置していても、インクを買ったときに、回復する。スキャナは、プリンタの上に乗っているので、普通のスキャナより、背が高いので、扱いやすい。机の上にプリンタを乗せるスペースがないので。

 その戻り、デジカメも当然見るが、昨日はネオ一眼を見ていた。
 一番気に入ったのはニコンの24から1400までので、その上に20ミリあたりから2000ミリまでのがあるが、それはさすがに並んでいない。
 キャノンのネオ一眼のメインは置いてなく、ファインダーのないタイプで、これは格下なので、ニコンのと比べるのは酷だろう。ファインダーがフラットで、見にくい。解像力がないのだろう。富士は検討しているが、これといった特徴がない。
 ネオ一眼で競い合っているのは、高倍率ではなく、超望遠で狙っていて、被写体を見失ったとき、ボタン一つで、ぐっと広角寄りに戻す機能だ。これはキャノンが最初だと思えるが、ニコンがそれを真似たのか、分かりやすいところにボタンを置いている。さらに広角側から、一気に超望遠へのワープ機能もある。これは飛行機などは見失いやすいためだ。
 こう言うのを見ていると、ミラーレスや一眼レフ系よりも、こちらの方が万能性があるような気がする。結局は500グラム前後になるし、かさばるのだが。しかし、ネオ一眼という貧乏くささがたまらなくよい。
 最近のニコンのコンパクト系のレンズ、結構よいのだ。これはS9900で分かった。ネオ一眼シリーズも、特殊レンズが入っているが、それにスーパーの名のつくものがコンパクト系でも使われている。大判振る舞いだ。ソフト的処理ではなく、物理的なレンズ性能で、画質を上げようとしているのだ。
 当然、このニコンのネオ一眼、電子ファインダーの解像力も高く、普通の一眼レフと変わらない見え方だ。もう粒子は見えないほど細かい。しかし、電子ファインダーの解像力は100少しで、大したことがない。なのに綺麗なのは、小さいためだろう。増倍率が。そのため、少し縮小して見えるので、きめが細かく見えたのだろう。大きなファインダーもいいのだが、構図を取るときは小さい方が分かりやすい。それと、目を少し離していても、見えたりするので。
 さらにこのニコンのネオ一眼、手ぶれ補正5段となっている。コンパクト系は3段まで行っていなかったはずだ。5段とは何か。これは五軸対応も貢献しているはずだ。ぶれる方角だ。だから、歩きながらでも写せると言うことらしい。
 まあ、このカメラ2000ミリのとんでもない超望遠撮影を可能にするため、五段相当の手ぶれを付けたのだろう。それが1400ミリ機でも使われている。五段とは、シャッタースピード五段階程度と言うことだ。
 30,60,125,25.500、数値通りなら、30分の1秒を500分の一秒で切れると言うことだ。決してシャッタースピードが速くなるのではなく、ブレの影響が5段階上と同じという程度だが、超望遠ほどブレやすい。風が吹くと、レンズが揺れるほどだ。
 しかし、こういうネオ一眼、日常で持ち出す機会は、一眼レフと同じことになり、出番はないだろう。
 ただ、大きいカメラほど片手撮影が為やすくなる。グリップも付くし。さらにネオ一眼のズームはレバー式なので、片手でできてしまう。こういうカメラでどかどかと路地裏で撃ち倒すのも悪くはないが、気合いがいる。

 
 
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2015年12月26日

柳田国男 海上の道

■■ 2015年12月26日 土曜日 午前7時13分
 
 今朝は久しぶりに寒い。5度あたり。これが、まあ普通だろう。真冬になると、5度を切り、0度近くになる。滅多に氷点下まではいかない。真冬でなくても、そういう寒い日がある。しかし、もう年の瀬、暖かいのは年末までで、真冬は新年になってから。
 しかし、冬至が過ぎたので、実際には春だ。一年で一番日が短い日を過ぎたので、これからは日増しに夜明けが近く、日没が遅くなる。それだけ、日照時間も長くなる。気温とは関係なく、日に当たるかどうかだ。太陽の位置もやや上に来るだろう。当然、日陰も短くなる。しかし、一番日陰が長い日を過ぎただけなので、急に短くなるわけではない。半年かかるだろう。
 今朝も曇っており、最近天気がよくない。それほど雨が降り続いているような日々ではないが、すっきりと晴れない。これは日本海側の暗い冬の空や海に近いかもしれない。いつもどんよりとしているイメージがあるが、実際にはそうでもなかったりしそうだ。そういう映像をよく見るためだろう。特徴的な雰囲気を見せるために。
 日本海側へ旅行し、偶然その日が曇っていれば、てっきりここは年中そうなのだと、思ったりする。
 いつも雪のある町でも、偶然その冬に行ったとき、雪がなかったら、その印象を持って帰る。
 昔のNHKのドキュメント番組で、「日本紀行」と、「現代の映像」があった。同じ町でも全く写し方が違う。違う町のように見えた。
 こう言うのは、昔なら、旅の人とか、そちらへ行った人の土産話となり、話す人により、風景が違うのと同じかもしれない。視点が違うのだろう。
 柳田国男の「海上の道」を読んでいると、日本人がどこから来たのかの謎に迫っているが、当時でも当然半ばで、結論には至っていないが、仮説は立てていたようだ。
 この本を書いた当時の柳田国男はかなり年を取っていたようだ。
 それによると、米だ。米はどこから来たのかだが、海を渡って来たのは確かだが、籾が鉄砲伝来のように種子島に漂着したらしい外国船からのようなパターンではなく、長崎に伝わったようなオランダの品々のパターンでもなく、作り方まで込みで来たのではないかと。
 籾だけあっても、畑にまいてもなんともならない。水田がいる。湿地でもいい。これを育てるには相当のベテランでないと無理だし、普及もしない。その年代がいつかは分からないが、縄文から弥生の間だろう。その間の海上の道から調べる必要があるらしい。
 要するに、米を既に栽培していた人達が日本人の先祖ではないかという仮説だ。また、米だけではなく、貝がある。これは中国でまだ銅を溶かして貨幣にする以前、貝がその役割を果たしていたらしい。その貝が取れる海が、東の海。浅瀬が続く島。
 これは宝探しではないが、宝貝だ。小判のようなものだ。
 当然卑弥呼がどうの以前の話だ。ただ、米を持ち込んだ人達だけが先祖ではない。米の存在を知っていても、食べない人もいたらしい。柳田国男によると、米を食べるのは特別な日だけの集団もいたらしいし、また米を栽培していても、いわゆるご飯を食べる率は、圧倒的ではなかったらしい。栽培していても、年貢で取られて、自分たちは食べられなかったとかも含まれるが、米を主食としなかった人達が多くいたことは確かなようだ。それまで何を食べていたのか。それが、今日から米を主食と決めた云々の流れが分かりにくいらしい。
 今でも神社の行事は殆どが米だ。日本の神様も田んぼにまつわる神様が多い。山の神様も田んぼを手伝っている。
 しかし、米を既に栽培していた人達が、籾を持ち込んで、移住のようなものをしたとしても、言葉の問題が分からない。その出身地の言葉が残っているはずなのだが、それは何語だったのだろう。日本語の成立を考えるのも、手だろう。これが記録が残るようになる2000年ほどの間の謎の期間らしい。
 
 富士のX20の続き。
 自動ピント認識、カメラが被写体を発見して、適当なところにピントを合わす、と言う機能。富士は緩いようで、あまり積極的に働かない。殆ど中央部で合ってしまう。ちなみに、中央部がフラットな場合には、何とか塊のあるものを探すようだ。
 マクロではこの機能は働かない。そのため、地面すれすれのものを写すとき、中央部に来てしまう。手前にあるものにピントが欲しいのだが、殆ど中央なので、手前でピントを合わせないといけない。こういうときはタッチシャッターなどが便利なのだが、まあ、こう言うのは特殊な撮影なのだろう。一眼レフ的な、アート系の。
 プログラムモードに入っていると、この自動ピント認識ができるのだが、マクロモードに入れていると、効かない。マクロモードでも無限までピントを合わせることはできる。マニュアルには、範囲が書かれているが。
 つまり、このカメラ、今風なフルオート性は弱いようで、まあ、昔ながらの中央部でピントを合わせてロックし、そして写すというパターンで、これは確実なので、問題はない。ちなみにAFフレームは移動させることができるので、手前側に合わすのは簡単だが、それなりに手間だ。そして、AFモードを自動認識に合わせていると、これは効かない。だから、ピント自動認識は使わなくてもいいのではないかと思ったりした。
 AFフレームの大きさをかなり小さくできるのは、さすがだ。
 このカメラは一眼レフとは違う写し方の世界だが、最近のコンパクトデジカメも電子ファインダーが付くのもあるので、つまりX30もそうだが、撮影方法は一眼レフになってしまう。カメラは小さくても、撮影方法は一眼レフと同じなのだ。それを言い出すと、背面液晶で写すカメラは全部撮影方法は一眼レフと言うことになるが。
 ところが、そのファインダーがのぞき穴式になるX20はレンジファインダー式カメラの面影を残している。これは撮影方法がレンジファインダー式になるためだ。
 パララックスや、視差による誤差、至近距離で、写る範囲が狭くなったり露出も反映されないため、あまりいいことはないのに、なぜこのファインダーがいいのだろうか。
 利点はものを直接見ているという程度だ。肉眼で見ているものと同じものを見ている。ただ、この透視ファインダーも一応レンズが入っており、望遠鏡を反対側から見たように、やや縮小され、小さい目に見えている。これが等倍に見えるのがライカだった。同じ大きさに。50ミリの場合だが。
 まあ、そこまで行くとファインダーがばかでかくなるため、逆に構図が取りにくい。だから、X20あたりでちょうどいい。これなら目を当てなくても、少し離して全体が見えるので。
 現実をちょっと離した状態で見ているような感じで、それと電子ファインダーでの見え方が大きく違うわけではないが、レンズや露出に影響されない状態の風景が見られる。まあ、写す前に見ているものと同じものを見ているので、ファインダーを覗いても違和感はない。少し縮小して見える程度だ。
 だから、こういうカメラばかり使っていた人が、一眼レフを使うと、そのファインダーのすごさに驚いたりする。綺麗なのだ。それはぼけ具合が見えたりするためだろう。逆にぼけてしまっているので、そこは見えないことになるのだが。
 電子ファインダーもいいのだが、このX20のようなタイプは貴重品で、間接的に見ているのだが、一眼レフよりも直接見ていることになる。
 まあ、今では間の抜けたファインダーのようになっているのだが、この大らかさが何とも言えない。しっかり、きっちり写すのとは、また違う世界がある。カメラなど本気になって写すようなものではないという世界で。カメラマンにはならないタイプだ。専門は別にあり、カメラも一応写すという程度の。このポジションがよかったりする。


 
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2015年12月25日

今年の電書とデジカメ

■■ 2015年12月25日 金曜日 午前7時15分
 
 今朝も10度ほどあり、暖かいのだが、やはり冬は寒い。うっかり薄着はできない。少し軽い目のジャンパーで出ようとしたが、すぐに引き返した。煙草を忘れたためもあるが、これでは寒いと感じたためだ。似たようなダウンジャケットなのだが、発熱素材が詰め込まれている方がやはり暖かい。羽毛入りは軽くて薄いのだが、見たまんままで、その通りの防寒性しかない。値段は当然羽毛入りの方が高いのだが、防寒性はハイテクものの方が高い。これはそういう差ではなく、分厚さという単純な見てくれの問題かもしれない。羽毛布団より、綿入りの分厚い布団の方が暖かい。アンコの量だ。
 昨日はクリスマスイブだったらしく、ケーキ屋の前を通ると、行列ができていた。その付属の喫茶店は物置になっていた。喫茶店営業をやめて、ケーキ置き場だ。予約ケーキの受け渡しには行列はできていない。行列は、その日買えるケーキだが、当然クリスマスケーキで、そういう飾りがしてある。普段も丸い大きなケーキは売られているが、それは誕生日ケーキだろうか。その前を毎日通っているのは、トイレへ行くときの通り道のためだ。喫茶店内は見ているが、ケーキ屋の品々まではしげしげとは見ていないので、普段どんなケーキが並んでいたのかまでは分からない。おそらく切ったケーキで、三角タイプだろう。
 または長いケーキを切ったタイプ。値段までは知らないが、クリスマスケーキの値段を見ると、小さなタイプでも2千円を超えている。一口で食べられそうな円周しかない。結局3千円ほど出さないと、まともな大きさのクリスマスケーキは買えない。この3千円は別会計だろう。
 一人で食べるにしても、小さい目のケーキでは不満足だろう。やはり五人家族が切って食べる分を、一人で食べる。これがいいのだ。そんな小さなケーキを五人で割ると、ショートケーキよりも小さくなるり、三角の先が刃物のようになり、指を切りそうだ。
 しかし、そのケーキ屋、予約なしで、買えるようで、それで行列ができていた。夕方前の話だ。
 昔なら、このあたりから値段が下がりだし、夜半になると半額以下になる。さらに売れ残ったのはたたき売りだった。
 それを避けるため、予約制が多くなっている。しかし、クリスマスケーキは、お父さんが会社の帰り、安くなっているのを狙って買ってくるもので、それで倍買える。当然、ケーキは夕食だ。昔のケーキなので、殆どパンなので、食べ飽きる。この飽きるほど食べるのがいいのだ。
 当然、ケンタッキーやモスはカシワを店先で売っていた。
 
 今年の電書の動きは何もないし、ポータルサイトが更新をやめたあたりで、終わってしまった感じだ。もうそこにニュース性がないためだ。毎年叫んでいた楽天の社長も静かだ。本の革命はどうなったのだろうか。
 一度登録した電子ストアから来る広告メールが哀れを誘う。結構色々なショップができており、結構大きなところが連合してやっていた。リアル本屋次々につぶれ、図書館がどうのという話題がよくあったが、無料のためだろう。そこに流れているものは。
 しかし、元気なのはアマゾンキンドルで、その広告メールで、ついつい買ってしまいそうになる。楽天コボからもメールは来るが、htmlメールなので、開けないようにしている。だから、タイトルも読まないで、削除している。ソニーリーダーは、もう端末を使っていないし、欲しい青空文庫の在庫が少ないので、用をなさない。
 ブックライブとか、ホントとか、もうそのあたりの日本勢は、何かよく分からない。
 ブクログの会社が、どこかに吸収されるようで、そのためか、ここ一年か二年、個人出版のパブーが深海魚のように黙り込み、全く更新をしていない。新たなお知らせが止まったまま。キンドルでも読めるようになりましたが、最後のお知らせで、そこから動いていない。
 そんな中で元気なのはアマゾンキンドルで、これはやはり広告がピンポイントで来るため、欲しいと思っている本に近いものや、同じ作家のものが紹介される。当然青空文庫もそうだ。
 また、こちらがキンドルで出している電書の売り上げは、月々の集計では倍になっている。倍になっても言えるほど売れていないが、黙っていても売れている。こう言うのは広告的なことをすると損だ。アマゾンキンドルに電書として投げ込んだものが、それなりに動いていることが大事で、宣伝して売れた場合、宣伝を止めると売れなくなる。しかし、個人出版での宣伝は面倒で、そこはアマゾンキンドルに任せておけばいいのだ。つまり検索や、何かの本を買った人向けに、それに近い本が紹介される。そこに上がれば、もう十分宣伝になる。何もしなくても。それにメールで、ダイレクトメール宣伝もしてもらっているようなものだ。このシステム、他の電書ストアはできない。勝てないのは、ここだろう。ネットは検索だ。
 それで、パブーの勢いがないので、もうアップすることをやめた。と言ってライバルのnoteが伸び盛りというわけではなく、安定してアクセス数は減り続けている。そう言うのを見ていると、個人的感想では、倍増したキンドルが、元気に見える。元気なのは寅さんだけかいの世界だ。
 こう言うのをやっているのは、まだ先に夢を抱き、幻想の中にいる人か、年寄りの手慰みだろうか。
 
 今年のデジカメ関係は、そのポータルサイトの更新がなくなったわけではないので、まだ元気なのだろう。ソニーも電書端末などは静かだが、デジカメは元気に出している。
 フルサイズ受光素子、つまり35ミリフィルムと同じ面積を持つタイプだが、そのコンパクトカメラ版を出したり、当然、レンズ交換ができる小降りのミラーレスでのフルサイズ版も出している。ミラーラスではなく、ミラーはあるが、光学系ファインダーではない一眼レフも出している。
 さらにヒットしたのが1インチ受光素子のコンパクトカメラで、これをキャノンが追従し、活気が出た。オリンパス、パナソニックはハーフサイズ版の受光素子で、これは1インチ受光素子と、大して変わらないので、1インチ受光素子カメラは出していない。問題は富士だが、コンパクト系はさっぱりで、撤退したのではないかと思えるほどだ。Xシリーズに置き換えられている。だから、高い。このXシリーズの受光素子は高級コンパクトタイプの受光素子よりも二回りほど大きい。しかし1インチに比べるとかなり小さいが。これがあるので、いいのだろうか。
 昔の小型一眼レフの形をしたた富士のミラーレスが売れそうだが。普及タイプを出したためだ。ミラーレスも電子ファインダーを内蔵する時代に来ているのかもしれない。
 つまり、今年は、1インチミラーレスの年で、後はそこに電子ファインダーを組み込むことだろう。外付けではなく。それは真っ先にソニーがやっている。
 結局電子ファイダーを内蔵し、背面の液晶が回転する。このスタイルがトップになるのだろう。当然タッチシャッターで。つまり、普通の一眼レフでできることを、1インチカメラでやってしまえと言うことだが、これには既にニコン1という先駆者がいる。
 レンズ交換式カメラとレンズが最初からついているコンパクト系のカメラとの違いは、普通にその辺を写す場合、レンズ交換をしなくてもいいという程度だ。カメラとしてのまとまりもいい。
 本当は色々とやっているのだが、あまり注目されないのがパナソニックだ。レンズ付きで300グラム台で、電子ファインダーまで内蔵させているミラーレスがある。また、コンパクトデジカメなのだが、同社ミラーレスと同じ受光素子を乗せ、明るい広角よりもズームを付け、さらに電子ファインダーまで付けている。レンズ交換できないだけだ。しかもそのレンズ、非常に明るい。
 パナソニックとしては例外的に1インチものも出している。ネオ一眼だ。キャノンの同タイプよりも安く、ファイダーも内蔵だ。このタイプになると、1キロ近くなる。
 しかし、受光素子が大きい目とか、1インチとか言っているが、十年ほど前のコンパクトカメラの写りと、それほど違っていなかったりする。
 さて、先日買った富士のX20だが、それで富士を思い出し、以前買っていた富士のデジカメを取り出した。レンズが飛び出さないカプセル型のカメラで、このタイプは二台目だ。このカメラ、結構よく写り、実際にはX10やX20よりも何かに付け早いのだ。1万円台に落ちていた新品カメラだが、懐刀カメラとして、またちょっとした撮影のときにサブとして予備で入れていた。
 実際メインのカメラがバッテリー切れで死んだとき、この小さなカプセルカメラで撮影した。意外と、こちらの方が軽快で、さっと写せ、画質も悪くなかった。しかし、撮影地などでは押し出しがない。スマホのような感じになる。
 この富士のカプセル系カメラ、防水タイプではない。それで、退屈しのぎに、薄暗い部屋を写したのだが、その写りはX20とそれほど変わらない。それを言ってはおしまいになるので、そこは無視することにしたが、レンズの明るさ、受光素子の大きさ、それらは何だったのかと思うほどだ。だから、ここは黙っていないといけないだろう。
 
 
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2015年12月24日

写真

■■ 2015年12月24日 木曜日 午前7時33分
 
 今朝は暖かい。10度ほどある。雨が去ると寒くなると言っていたが、そうではなく逆に暖かくなっている。しかし、今朝はまだ雨は去っておらず、灰色の空だ。日差しが少しあるので、いずれ入れ替わるのだろう。この暖かさは11月上旬並みらしい。下手をすると二ヶ月前になる。その頃、朝の気温が10度は寒いと思っていたはずだが。
 今朝の天気予報ではクリスマスイブの夜の天気について語られていた。まだ先の話だ。これはお盆の帰省ラッシュのように、イブの夜には行事があるため、人が移動するためだろうか。月見は何の行事か分からない。有名なのは中秋の名月だろう。いつか分からない。まあ、秋の中頃だろう。月をカレンダー代わり、外灯代わりにしていた時代とは違うためだ。月明かりで夜でも歩けたようだ。今でも外灯がない山中など、そんな感じかもしれない。月明かりとともに、星明かりもある。月が欠けすぎて、照明の役に立たないときでも、星でも結構明るいのだろうか。
 昔の人の方が宇宙を見ていたのではないかと思ったりする。夜空を見る機会、星を見る機会が多かったためだ。
 暑くなったり寒くなったりの差が激しいと、風邪を引きやすい。寒い朝よりも、逆に暖かい朝の方が風邪を引きやすかったりする。ただ、寝ているとき、昨夜は特に暑いとは思わなかったが、寒いとも思わなかった。後で寝るときから起きるときまでの気温一覧を見ると、ずっと10度のまま動いていなかった。雨が降っていたためだろう。こういうときは袋にでも包まれるのか、気温差がない。朝と昼の差もなかったりする。
 この暖かさで、中に着込むセーター類のことなど忘れている。肌寒い日があり、中にもう一枚欲しいと思うことがあるからだ。チョッキがいいのではないかという結論を得たが、前が開いたカーデガンの方が得だ。やはり腕も寒いことがある。しかし、前が開いているので、首元は損だが、喉にかかるとっくり系はやはり窮屈だ。だから、そこだけボタンやファスナーで上下できればいいのだが、喉元にファスナーのレールが二本も三本もできることがある。こういうときはとっくりのセーターの方が土手だけなので、すっきりしていていいのだが、暖かい場所では、息が詰まるほど暑苦しくなる。
 
 カラー印刷の用事があるのだが、プリンタがない。あるのだが、何年も使っていない。だからもう吹き出し口は詰まっているだろう。それにインクも無理だ。インクを買うのはいやだ。インク代はかなりする。それなら安いプリンタを買った方が根詰まりの心配もない。しかし、プリントする機会など殆どない。そこで、プリントしないで、データで搬入することにする。向こうで印刷してもらうためだ。こちらでしないで。
 それには色目が問題になる。印刷は四色、パソコンなどは三色。四色タイプにするには、例の大企業のフォト何とかという業界標準ソフトがいる。ところが、四色ものができるグラフィックソフトが日本にもある。海外にもあったのだが、その会社もつぶれているが、まだ、どこかでソフトが残っているはずだ。高機能ドローソフトだ。多機能なセットものだ。その中に四色が可能な機能がある。
 さて、和製ソフトで、四色できるのは、既に持っている。フリーソフトで探しても見つからない。あっても変換ソフトだ。最初から、その色で塗るわけではない。
 ところが、その和製グラフィックソフト、五千円前後なのだが、ダウンロード版で、どこかへ行ってしまった。前のパソコンには入れていたのだが、パソコンの引っ越しのとき、持ち込むのを忘れた。このソフト会社のソフト、ライセンスがいるので、一人一台のはず。ローカルでは分からないが、ネットに接続するらしい。
 それで、買ったそのソフト会社のマイページのようなところへ行くと、買ったソフト一覧が出て、再ダウンロードできる仕組みがある。ところが、買ったのは四年前。購買履歴は四年前はない。四年で終わっている。
 同じ名前のソフトはまだ売られており、そのバージョンはかなり新しいのだが、プロ版ではない。プロ版はもう売られていないのだ。だから、もう一度買いたくても、買えない。
 その違いは、四色対応と言うことで、印刷してもらうときの色だ。写真などはそのままでいいが、色を自分で塗った場合、その色目が少し変わるのだ。
 なぜ、プロ版が消えたのか。これは陰謀説だ。今、手に入る四色タイプのお絵かきソフトは、このソフトだけになっている。フリー版まで調べていないが。だから、あの大企業が、ということだ。
 そこで再びパソコン内を探し回ると、ダウンロードしたときのファイルが出てきた。
 ライセンス番号が分からない。しかし、あったのかどうかは不明だ。忘れている。それで、セットアップファイルを見つけ出し、一気にインストール。ライセンス番号は聞いてこなかった。それにネットに繋がっても、もうこの製品はないのだ。このソフト5千円少しだったと思うが、一万円近かったかもしれない。その四色ものができるためだ。
 このソフトの前進であるソフトを作った人と合ったことがある。こちらはまだパソコンを持っていない時代だ。それで、一緒にパソコン選びのようなものをしてもらった。この人は社長で、その人のソフトが家電店で、どんと並んでいた。
 当時のNECの安いパソコンでも40万ほどしていた。エプソンはもう少し安い。しかし、モニターやプリンタなどを一緒に買うと、結構な値段。そのときは買えなかった。
 さて、そのソフトだが、そういう思い出がある。会社も変わり、別物になってしまったが、このソフトは宝物だ。思い出のソフトと言うよりも、四色ができる貴重なソフトなので、非常に現実的なのだ。
 四色ができるソフトは、カナダのコーレルドローあたりまでいけばあるかもしれないが、昔はおまけでついていた。ちょっとした画像の加工程度のおまけソフトで。
 それを言い出すと、フラッシュの前身のスマートスケッチというソフトなど、ワコムのペンタブレットのおまけで入っていたのだ。
 また、フリーハンドというソフトもあり、これはドロー系のお絵かきソフトだ。これにも実は四色データで出す機能がある。このフリーハンド、データは持っているので、インストールできるが、古いので、今のウインドウズで動くかどうかは分からない。初期のウインドウズでは動いていた。DOSソフトではない。
 
 先日届いた富士のX20だが、天気が悪く、いい条件での撮影ができない。前機との画質の違いを見てやろうと思っていたのだが、これはそういう目で見ると、そういう風に見える。それを割り引いた上での話だが、優しい色目になっている。色は何もいじっていない。そのままだ。また、以前よりも抜けがよくなったようにも感じられるが、これは写したものによって違ってくるので、その違いが大きい。当然、そういう目で見るためだ。
 ただ、ぼけ味が柔らかい風には感じる。これも光線状態により、違ってくるので、あまり信用できない。いずれも、モニター一杯の大きさで見てでの話で、等倍にしてまでは見ていない。ここで差が出ていても、写真として一画面内で見られないのなら、あまり意味はない。貴重な証拠写真を拡大して見るとかなら別だが。
 写真の見方が、紙からモニターへ移っている。写真をプリントする機会がないし、インク代がもったいない。まあ、そうやって写した写真、全部消えても、それほど害はない。頭の中ででの記憶と同じで、いつか忘れてしまうようなものだ。
 これが、かなり前なら、一枚しか残っていない肖像写真とかがある。先祖の写真だ。それ以外の写真はない。こういう写真なら、個人的に貴重だが、今写しているような写真は、消えても問題はない。
 昔のフィルム時代のネガやプリントしたものも残っているが、見なくてもいいようなものだ。その当時は、いいのができたと感心していたが、残すほどのことではない。ただ、こう言うのを写していたのかという思う程度だ。
 
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2015年12月23日

富士X20

■■ 2015年12月23日 水曜日 午前7時47分
 
 今朝はほどほどに寒い。急激に冷え込んできたわけではない。曇っており、日差しがないためだろうか。今朝は少し遅い目に起きてきたので、日は昇っているはずなのだが、曇っていては仕方がない。灰色で、雲の形がない。
 まだ中にセーターを着込む必要はないが、どういうのを着込めばいいのかを思案中。とっくりのセーターはあるのだが、これは暑苦しい。薄くて暖かいのだが、体にぴたりとしすぎで、これが窮屈。それで暖かいのだが。
 GUへ行くと、そのタイプのものがずらりと並んでいた。中に着込むインナー風なものだ。これで殆どのタイプが分かる。まずは毛糸のセーターだ。丸首で、これのとっくりタイプはない。薄くて暖かいタイプではなく、毛糸の感触がいいのだろう。丸首だが、小さい。とっくりほどでなないにしても。その亜流で、ものは同じで、デザインが違うだけだが、ガウン風のもの。これは襟はあるが、胸元は開いている。こちらの方が意外と暖かかったりする。とっくりは首全体を覆うが、このガウンタイプは首の後ろを覆う。丸首は平均的。だから、このガウンタイプは襟巻かないタイプの襟だ。
 後は800円ほどである薄いTシャツ風とっくり。体にぴたりと決まるタイプだ。これは避けたい。
 平和堂へ行くと、ポロシャツ、これは胸元だけが少しファスナーかボタンで開くタイプだが、それの分厚いのが1700円。これはインナーと言うより、これを上着として着られるほどだが、インナーとしても着られそうだ。
 一番よかったのは、カッターシャツだ。その裏地にボアが入っている。2千円を超えているが、見た目はネルシャツだ。そういうチェックの柄のためだろう。これは上着として着た場合、いかにも寒々しい。ただのカッターシャツのためだ。
 いつも着ているカッターシャツを脱いで、これにすれば、二枚着ていることになる。インナーつきカッターシャツだ。しかし、結構分厚い。ちょっとしたジャンパーほどの分厚さとボリュームがある。
 要するに、中にもう一枚着込むより、今着ているものを分厚くすればいいという作戦もある。一番下のTシャツは、まだ半袖だ。このTシャツもボア入りのがある。
 要するに、暖かさを望む割には、ぴたりとしたものではなく、ゆったりとして、窮屈ではないのを望むのは、どういうことだろうか。これは着物やどてらなどが合っているためかもしれない。袖がすぐにまくれたりとか。
 よく考えれば、毛糸のセーターはある。これを着ないのは、暑苦しいからだ。寒いので着るのだが、喫茶店など暖房の入っている店に入ると、さすがに暑い。山にでも行くのなら別だが。ただ、自転車で走っているときは、そういう暑苦しい格好でないと冷えてくるが、それ以前に冬場はウロウロする気がなくなるので、出かけない。
 分厚い登山用のカッターシャツも、よく考えると持っている。これを着ないのは、ズボンの下の裾を入れるのが、分厚いので、ゴロゴロする。ズボンのサイズを一回り大きくしないと、腰が窮屈になる。だから、チョッキがいいのかもしれない。胴体、背中などが寒く感じることが多いためだ。
 クリスマスが近く、これもあっという間に過ぎるだろう。今年はもう終わったも同然だ。
 
 一日遅れで、富士のx20が届く。今回も、また留守にしているときに来ていたようで、今回はその後しばらくしてからまた来た。感心だ。一応コールセンターに電話をしたのだが、聞き置く程度で、なんともならない。何時頃行かせますとかがない。今日中にと言うだけ。一日家にいるわけにはいかない。
 これはやはり時間指定で配達をしてもらった方がよいかもしれない。何も記さなければ、一番早い便で、となるのだが、逆に後回しで、夕方前に来る。
 さて、X20だが、開封すると、それはもう持っているというカメラで。デザイン、配置、そのままだ。違うのはファインダー接眼部横にアイセンサーがついている程度。後はロゴだ。それとボタンが一つだけ違う。RAWボタンの代わりに、メニュー一覧が出る。しかし、いきなり見せられても、アイコンなど覚えていない。アイコンがずらりと並んでいるだけ。こういうところ、下手に押すと、何処を触ったのか、分からなくなる。
 ファインダーを覗くと、よく見えない。雲がかかっている。もやが。ぼんやりとしている。黄色いもやだ。視度調整での見え方ではなく、別のことが原因だ。ガラス窓に何かシールでも貼られているのか、または気温の変化で、と考えたが、これは後で分かる。それはバッテリーだ。バッテリーを入れると、よく見える。
 これはわずかながらもファインダーが電気を食っていることを知っていたので、そのためだ。要するに普通の透視ファインダーの手前だと思うが、幕が張られている。シール。まあ、レイヤーのようなものだろう。バッテリーからの電気が来ると透明になる。その透明シートのようなものが、液晶の膜だろうか。そこに情報が出る。AFのマークや、絞りやシャッターなどの数字。だからいきなり空中に数字が浮かぶのではなく、シートの上に写されるのだろう。バッテリーを入れておれば電源を入れなくても、ファインダーは綺麗に見える。視度補正も、一番きつい目にすれば、よく見える。X10より、鮮明だ。しかし、目の角度により、鮮明度が落ちることもある。これはもろに丸いレンズを覗いているようなもので、虫眼鏡を思い出せばいい。
 しかし、新味が殆どなく、同じカメラを買ってしまったのではないかと、勘違いするほどだが、塗装が新しいのか、黒いボディーが艶っぽい。
 起動の速さは同じだが、フルオートモードのとき、一度シーン認識で、少しだけ間があるのだが、X20はそれがない。シーン自動認識は同じようにあるのだが、やり方を変えたためだろう。いつものex何とかが消えている。映像エンジンも違うものを乗せているようだ。こう言うのは、すぐには分からない。
 早速、部屋の中を写す。フルオートモードだと、何でもしてくれるので、感度も自動的に上がる。さらに暗いと、複数枚写しからの合成を。プログラムモードに入れれば、そういう機能は動かない。感度と、手ぶれ補正だけで、しっかり写すと言うことになる。このカメラは28ミリ側でF2あるので、結構明るい。100ミリを少し超えた程度の望遠端でもF2.8ある。だから、気にしないで、暗いところでも写せる。ちなみに50ミリあたりではF2.2。
 このあたり、以前のおさらいだ。
 AFはコントラスト式だけではなく、位相差式にも自動的に切り替わるようだ。明るいところなら、位相差の方が早いとされている。コンパクトカメラで、この方式を取り入れたのは富士が最初だと思う。しかし、常にこのAF方法ではないので、すべてで早いと言うことではないが、X10でもそうだが、AFでもたつくことは全くなく、これ以上に早いと言われても、ぴんとこないほどだ。じわーとピントが合っていたのが、さっと合うのなら、その進歩が分かるが、最初から早いのだ。
 一番目先が変わったと言えば、やはりファインダーだろう。非常に綺麗だ。この路線がなくなるのかと思うと残念だが、上位機ではまだ残っている。さらに綺麗で、豪華な透視ファインダーが。
 このカメラ、普通のコンパクトデジカメなので、デジタルズームが効く。そのときは224ミリ。望遠は200ミリからはっきりとした効果が出る。ファンクションボタンがあり、それに仕込んでいるので、一気に倍になる。当然透視ファインダーでは確認できないが、ファインダーの真ん中あたりを二分の一で切り取ると思えば、何となく分かる。
 電子ファインダーも綺麗なのだが、光学ファインダー、しかものぞき穴式のファインダーで見る方が、肉眼に近い。一眼レフも電子ファインダーも、マット面のようなものを見ているので、結構レンズの影響でぼけたりする。そのぼけがない。これがすっきりとしており、被写体がよく見える。こういう間接的な見え方は、色々と弊害があるのだが、生の光を見て、それを切り取る。これがいい。ただ、太陽は直接見られない。電子ファインダーなら、見られる。本当の太陽を見ていないためだ。
 しかし、液晶ではないので、露出がどうなっているのかはさっぱり分からないので、後で見ると、妙な絵になっていることもある。
 
 室内でフルオートのお任せモード、シーン自動認識で、いつものように適当に写してみたが、結構薄暗い場所だが、すべて合格だ。前機との差は分からない。いずれも感度が上がり、あまりいい条件ではないが、あまり複数枚撮影での合成というのはなかった。あるレベル以下の暗さになったときだろうか。ちなみにプログラムオートでは8分の1秒になるが、25分の一秒で切れる。この安全スピードで、写すので、ぶれの心配はないだろう。
 薄暗い場所でも破綻がない。安心して使える。最近のカメラはどれもそうだとは言い切れないのは、オート感度が800で終わっていたりするタイプもあり、さすがにこれではぶれたりする。
 このカメラは感度上げは3200まで自動的に上がる。それでも難しければ複数枚撮影で合成となるのだろう。実際にそこまで暗いシーンは夜道程度だ。しかも薄明かりの。
 複数枚写しがいいのか、感度を3200まで上げて写すのがいいのかは分からない。
 できればカメラをあまりいじらないで、何も切り替えないで、そのまま写したいところだ。戻し忘れとかがあるためだ。
 
 AFフレームは手動で動かせるが、面倒な動作になる。やはりここはオーソドックにAFロックを掛けるしかない。シャッター半押しでもいいし、AFロックボタンでもいい。しかしボタンを押しながらシャッターを押すというのは指をひねりそうで、これはぶれの原因になる。そのため、このボタン、押しただけでロックがかかる設定にしたいのだが、今度は戻し忘れてしまいそうだ。電源を入れ直せば、戻るのだろうが。やはり、シャッターボタン半押しが早いようだ。このとき、AEもロックされるかどうかの選択がある。
 プログラムモードにすると、AFフレームが元気に動き出す。フルオートモードの方が、そう言うことが得意だと思っていたら、違っていたようだ。
 これで、自動選択AFで中抜けがなくなるし、透視ファインダーで覗いていても、ピントが合う場所が明快に見える。ただし、シャッターボタン半押しにしないと、このフレームなどの情報は浮かび上がらないが。
 自動ピント認識が便利なのは落ち葉などが道に落ちているところを写すときだ。中央でしかピントが来ないと、手前の葉は霞んでしまう。だから、手前で一度置きピン為てから写すのだが、その姿勢が取れないときがある。カメラを手で持っていくだけで一杯一杯の角度がある。そんなとき、自動認識なら、手前側に合わせてくれることが多い。ただし、AFフレーム自動認識はマクロに入れると、効かなくなるが。
 
 そうなると、プログラムモードをメインに持ってこないといけない。フルオートモードでは、AF関係は一切いじらせてくれないので。
 問題は薄暗いところだ。フルオートモードに、複数枚撮影のモードが入っている。これを使わないとなると、感度の上限を3200にしないと、安全圏には入れない。
 以前X10とニコンS9900とで同じ夜の道筋を写した。X10はフルオートなので、複数枚撮影で、ぶれないように写っている。一方S9900には、そんな機能はなく、感度上げのみだ。このとき3200を使った。結果的にはニコンの方が鮮明だった。ニコンの場合、ノイズ取りがうまいのだ。特に、この機種は。そのため、複数枚撮影モードがない。自信があるのだろう。
 どちらにしても、これでこのX20でのメイン撮影モードはプログラムモードと決まった。これで、軍艦部の露出補正ダイヤルが回せる。フルオートモードでは、動かない。
 
 さて、このカメラの前機は二年ほど前に買ったのだろうか。丁度冬だ。季節は今と同じ。あまり撮影しに行きたくない時期。このときもうX20は出ていたのか、出る寸前だったのかは忘れたが、エディオンで珍しく2万円後半で売られていたのだ。ただし展示品特価で、それもそのはず、結構傷がついていたり、ファインダーの中にゴミが入っていた。店員が三十分ほど掛けて、賢明に磨いていた。暇だったのかもしれない。
 このカメラを買った思いつきは、もう適当にさっと写すような写し方ができるカメラはないかと探していたときだろう。あまりこったものではなく。
 当然このX10はマニアがほしがるようなデザインだし、質感がある。だから決して簡単そうなカメラではない。しかし唯一ぽっかり空いた穴がある。それが透視ファインダーなのだ。つまり、簡単にさっと気楽に写せると期待したのは、このファインダーなのだ。
 今はそれほどでもないのは、ファインダーを覗くのが面倒くさくなっているためだろうか。今では電子ファインダーが普通で、ちょっと見飽きてきた。お茶漬けが食べたい感じだ。
 それが透視ファインダーであっても大して変わらず、むしろ電子ファインダーの方が正確で、曖昧さがない。
 その意味で、気楽にさっと出して、適当に写すという路線は、他のカメラでも十分果たせる。
 これはやはり昔のレンズシャッター式カメラを懐かしんでいるのではないかと思えたりした。

 このカメラ、他に類を見ないのは、手動ズームだ。これは、鏡胴付け根に仕込まれた電動ズームではない。手動だと行きつ戻りつが早いことと、固定位置があることだ。レバー式の普通のズームなら、端まで回せば、そこで望遠端、広角端になるが、リング式の電動ズームは、いくらでも回る。当然行きつ戻りつがぎくしゃくする。レバー式だと引くのは簡単だが、広角側へ戻すとき押さないといけない。これが面倒だし、微調整が難しい。その点、このカメラは普通に回せるので、行きつ戻りつで、好みの画角へすぐに持って行ける。この動作がこのタイプが一番早い。ズームスピードではなく、任意画角へ持って行くまでが早い。
 単焦点カメラ的に使えるのは、この手動ズームのおかげで、電源を入れるとき、ズームを回すので、そのとき、画角まで合わせられる。これは鏡胴に画角の数字も刻まれているが、何となく中間の50ミリあたりに、指の感覚だけで、合わせられる。電源を入れるとき、回し切れば望遠端になる。これも素早い。電源を入れた瞬間、望遠にするか、広角にするか、中間にするかまで読んで入れられる。当然ファインダーや液晶を見ながら、画角を詰めるのも早い。
 これはズーム付きコンパクトカメラの場合、よくあることだが、広角端ばかり使うことが多い。ズームレバーを引かないと、そこから抜けられないためだ。だから、必要以上に広角端で写してしまいやすい。このカメラが単焦点的に使えるのは、このレンズ側のズームと電源が一緒になっているためだろう。それに電源ボタンの場合、一応探さないと見つからない。目をつむっては押せないだろう。それに安全を見込んで、押しにくいところにあったりする。爪を立てないと押せなかったり。
 このカメラでは電源入れでの動作は大きいが、レンズを回せばいいのだ。これは片手でもできる。ポケットの中でも。
 この手動ズームは、コンパクト機の中では、富士のネオ一眼にあったが、今は消えている。
 さて、それで、このカメラで、現代風フナ釣り撮影を楽しむことになる。日常の立ち回り先、ここを舞台にした写真が一番難しい。絵にならないからだ。
 それを見つけ出すのが、フナ釣りだ。しかし、一匹もいなかったりするが。その場合は、フナ釣りの基本、それは写真撮影の基本をそのまま通せばいい。
 
 
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2015年12月22日

DP2

■■ 2015年12月22日 火曜日 午前7時08分
 
 今朝は暖かいらしい。朝の天気予報での一番の話題がそれだ。朝の全国の気温が示され、この季節としては云々となっている。雨は降っていないが、曇っている。それに冬至のためか、暗い。殆ど夜だ。この雨が去ると、今度は寒くなるらしい。
 NHKのためかクリスマスには触れない。そのあたりから寒くなるはずなのだが、祭日でも祝日でもない。似たようなものとしてお盆はあるが、これは帰省ラッシュで触れる。お盆に触れないで、ラッシュで触れる。
 クリスマスは学校が冬休みに入る日と重なったりする。子供達にとり、プレゼントやケーキと言ったわざとらしいものより、休みがうれしいのかもしれない。子供なので年寄りではないが、やっと休めると。まあ、子供は年の瀬の忙しさはないだろう。今の子供はどうか分からないが、昔の親なら、ケーキさえ与えれば、それでクリスマスは終わり。
 しかし、子供達にとっては、誕生日とクリスマスは、大物をもらえるチャンスで、欲しいものをかなり前に言っておく。これは普段では買ってもらえないものだ。これは父親のにわかサンタ心をくすぶるのかどうかは分からない。近所の子が子供用自転車をみんな持っているのに、自分だけない。こう言うのは効く。ただ、そう言うのは親が与えるのではなく、子供が結構運動している。親を説得している。
 最近はどうかは分からないが、親が小さな子供を引っ張り出して、色々なクリスマスシーンへと振り回すようだ。子供の自発的なおねだりではなく。物心もついていない幼児なら、なされるがままだろう。しかし、そんなことは大人になっても覚えてはいない。物心がついてからでも、殆ど忘れている。
 昔のクリスマスケーキはパンのようなものなので、それが夕食だった。大概は残す。または腹が痛くなったりした。そして、必ずローソクをチョコレートと思い、囓った。
 翌日、必ず紙の長靴を履いている子がいた。あれは痛い。ギブスだ。
 大人になると、クリスマスソング、ジングルベルを聞くと、パブロフの犬のように、よだれではなく、財布が緩む。あの音楽が利尿薬のように、よく放出させてくれる。
 
 昨日届くはずだった富士のカメラだが、留守にしていたため、届かなかった。今回は運転手のケータイ番号が書かれていなかったので、これは確信犯だろう。掛けてくるなと言うことだ。コールセンターにすぐに電話するが、混んでいるのか、繋がらない。昨日の運転手は一度しか来なかったようだ。
 まあ、急ぐものではないのだが、待つのは面倒だ。アマゾンからすぐにメールが届き、ショップの対応はどうでしたか、などと書かれているが、アマゾンや、ショップに問題はないが、宅配便に問題がある。ここで遅れるのだ。実際には遅れないように、来ているのだが、ずっと家で待っているわけではない。最悪、留め置き後、アマゾンに戻されるだろう。このアマゾン、なぜヤマトにしないのだろうか。ヤマトはこまめに何度も来てくれるので、留守がどうのの書き置きはない。それは運転手の個々の問題かもしれない。クリスマス前、忙しい。あの動きを見ていると、体が持たないほど、厳しそうだ。
 その点、カメラのキタムラの取り寄せがいいかもしれない。これは中古の話だが、届けば電話がかかってくるのだろう。都合のいい日に取りに行ける。近くにキタムラがある人に限られるが。
 当然、コンビニ止めという手もある。昔の郵便局留めだ。これは家に届いてはまずいものを買ったりした場合だろうか。
 それで今朝のお供のカメラはDP2。単焦点41ミリというのは、慣れると使いやすい。これは41ミリだからではなく、単焦点のためだろう。ズームがない。そのため、写る範囲がおおよそ分かっているため、背面液晶だけでも何とかなる。それにほぼ見たまま写るのが標準レンズなので、液晶で被写体を探し回る必要もない。
 朝とは言え、まだ薄暗い。このカメラ、感度オートでは200あたりで終わるようなので、感度設定をしてから外に出ないといけない。面倒な話だ。オートで3200あたりまで自動的に切り替えてくれれば、気にすることはないのだが。
 しかし、オートで勝手に3200に入ると、ノイズがどうのの話になる。まあ薄暗いところで写すと、ノイズ以前に、それほど鮮明には写らないものだ。解像力の解像の糸がほつれたように毛羽立ったりする。絵が少しふやけていたりとか。
 41ミリで、F2.8のレンズなので、それほど暗い場所を苦手とはしないが、よくあるコンパクトデジカメのズームの開放はF3.5だ。2.8の次は4なので、半絞りしか違わないので、F2.8はそれほど明るくない。F3.5でも広角端の24ミリや28ミリで写した方が綺麗だろう。ぶれが分かりにくいし、具が小さく写るので、ぶれも目立たない。明るいレンズとはF2あたりからだろう。
 しかし、このカメラ、使うほどに味が出てきたりする。これはやはり標準系画角のなせる技だろうか。ニュートラルな画角で、一番平凡な画角の絵になる。ここからが交換レンズの世界で、昔はそこから旅立ったものだ。
 41ミリは、狭すぎるし、広すぎる。そう感じるのはズーム慣れしているためだろう。
 このDP2が、今日あたり届く富士のx20を呼び起こしたのだが、その前のx10は長く眠っていた。それが目を覚ましたのはDP2の単焦点でも、結構撮影が楽しいと言うことだ。標準ズーム系のみのコンパクトカメラを最近使っていないのは、望遠側が弱いためだ。
 しかし、何でもない画角で写すというのも、忘れていたわけではない。
 フナ釣りレンズ、フナ釣り撮影と言われていた時代と、背景がかなり違う。レンズ交換時代から、ズーム時代になったためだろう。カシオの社長が言っていたように、誰も好きでレンズ交換などしないと。
 そのカシオから、非常に小さく薄い1万円のカメラが出ていた。これで広角から望遠までのズームがついているので、驚く。手の平に入ってしまい、隠せるほど小さく薄い。望遠端は何ミリかまでは見ていなかったが、200ミリ近い。これなら、ケータイより小さい。首に常時ぶら下げておける。そういうカードをいつも首からぶら下げている人がいるが、そのカードほどの小ささだ。
 こういう安いカメラでもズームが普通で、昔からの基準は同じだが、感覚が違ってきている。だから、フナ釣りの感覚も。
 だから、DP2の単焦点カメラというのは、もの凄く古い感覚で、それが妙に新鮮だった。まあ、それと実用性とはまた違うので、さすがにそれだけで写せと言われても、なんともならなかったりするのだが。
 そこで復活してきたのが、x20だ。ここに解があることは分かっていた。これは今風なフナ釣りカメラなのだと。
 

  
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2015年12月21日

x20

■■ 2015年12月21日 月曜日 午前7時17分
 
 今朝は雨。そのためか気温は低くない。例の南からの湿った空気が流れ込んでいるのだろうか。そして冬の気圧配置ではない。縦縞になっていない。
 これで、寒さは一休みのようで、次は週末に来るらしい。冬というのは、毎週来るのだろう。つまり、冬が来ていない冬もある。季節ではなく、気圧配置だけなら、ただの数値のためだろう。ただ、その場所による。この気圧の発見というのは、水圧を感じたり、高い山で気圧を感じたりすることで、知っているのだ。大昔から。
 気温は昨日のように0.4度とかではないが、今朝の方が外は寒い。部屋の中はそれほどでもないが、外に出ると昨日よりもひんやりとしている。雨のためだろう。だから、気温が高いと思って油断していると、寒い目に遭う。まあ、昨日と同じ服装なので、油断も何もないが。
 雨で濡れると冷える。それだけのことだ。これは傘を差していてもそうで、湿気ているためだろう。手とかは、たまに濡れる。
 冬至が近いのか、暗い。朝なのに、まだ夜のように街灯などは全部灯っている。それでも夜のように暗いわけではなく、布団の中で、何となく外が明るいことは分かる。しかし、よく見ると、夜より明るいのは、近所の家の窓明かりだった。夜中にはそんな明かりはない。朝なので、起きてきたのだろう。
 その時間、普通の社会人なら、既に起きてご飯を食べているか、または出勤していても遅くない時間だ。
 朝、起きてから出かけるまで一時間か二時間は用意が必要かもしれない。
 スーパー前の屋台では、既にクリスマスは終わっていた。全部正月用品に変わっている。お供えの餅や、飾り物だ。だから、クリスマスの長靴などは、もうない。これは不便ではないか。クリスマスに、孫が来たとか、サンタクロースになって孫の家へ遊びに行くとき、長靴がない。そのひと月ほど前にはあったのだ。それでは早すぎる。欲しいのはイブあたりだろう。しかしないのだ。これは別の売り場へ行けば、まだあるかもしれない。
 どうも今年は正月が来るのが早いようで、クリスマスを飛び越したようだ。本来なら、クリスマスが終わった日に、賀正賀正と琴の音がするはずなのだが、今年はどうも早い目にクリスマスは追い越されたようだ。
 町内では、自治会などの巡回餅つきだろうか。それが来ており、餅をついていた。これは迷惑な行事かもしれない。なぜなら、この時期ついても、元旦のお雑煮に入れる頃には、もう堅くなり、カビが生えているだろう。だから、ただのアトラクションなのだ。餅の心配など大晦日前にすればいい。
 子供の頃は自治会ではなく、隣近所の家で共同で餅をついた。自分の家の庭でもついていた頃があり、そのときはまだ小さかったので、記憶は薄いが、近所の人が集まり、赤々と裸電球を付けて、湯気を上げていた。あの電球は何処から引っ張ってきたのだろう。
 これは数家族分の餅で。一気につき上げ、正月用とした。その後、チンツキというのになり、これはついてもらうことになるが、家まで来ない。出すのだ。その餅屋が何処にあるのかは謎のままだ。
 終戦直後のことは分からないが、餅米も配給だったのではないかと思える。だから、餅屋に餅米を渡して、ついてもらう。しかし、このチンツキ、餅屋だとは限らない。
 ついてもらうだけなので、つき賃だけ。だからチンツキと呼んでいたのだろうか。
 小さい子がチンツキと聞いた場合、それだけは済まないだろう。
 そのチンツキ、ついた餅はしっかりと木箱に入れて、持ってきてくれた。これで、町内の餅つき行事は終わったのだ。
 そういう使わなくなった臼は、金魚鉢になったり、植木鉢になり、しばらくは残っていたのだが、最近は見ない。
 
 富士のデジカメx20が今日届くはずなので、昨日はネット上にあるマニュアルに目を通していた。x10は持っているので、書かれていることはほぼ同じだ。カメラの形やレイアウトもほぼ同じ。これではカメラを買ったという感慨が少ないかもしれない。元箱から取り出しても、同じものが入っているようなものなので。こういう場合は、x30にしておいたら、目先が変わってよかっただろう。違うものが見られるためだ。しかし、それもしばらくの間で、一年とか二年使うと、見飽きてしまう。
 外見上の違いはほぼないが、ファインダーにアイセンサーがついていた。一応ファインダーも電気を使うのだ。電子ファインダーではないが、液晶を使っている。ネオンサインのように、文字が空中に浮くように。しかし、この液晶、電源を落としていても、ついているらしい。わずかに電気を食っているようだ。
 ではなぜアイセンサーなのだろう。電子ファインダーでもないのに。それは切り替えないと、背面液晶がついたままではまぶしいためだろう。それにファインダーで撮影しているとき、背面液晶は消していた方が電池の持ちもよいはず。
 さて、富士の視度調整の幅を調べてみると、これが非常に曖昧で、遠方で調整すると近くがぼやけ、近くで調整すると、遠方がぼやけるらしい。実際x10もそうだ。ただそんな近くで、このファインダーは使わない。パララックスが大きくなるためと、マクロのとき、アイレベルではアングルが取りにくいためだ。
 だから、これは富士の視度調整の仕様らしい。その解決方法は、老眼の人は虫眼鏡を思い起こせばいい。老眼で、裸眼でこのファインダーを覗くとき、少し離すのだ。すると、近くも遠くもはっきりと見える。
 虫眼鏡にもピントがある。虫眼鏡に目を近づけすぎると見えない。離しすぎると、また見えない。虫眼鏡は動かせるが、ファインダー内のものとの距離は固定なので、虫眼鏡を動かすのではなく、自分が少し目を離せばいいのだ。
 幸いx10のファインダーは小さい。しかし、キャノンよりは大きい。それでもまだ小さい方で、そのため結構ファインダーから目を離していても、四隅が見える。また、接岸部が手前に少し突き出ているので、カメラに鼻を付けることはない。顔をしっかりカメラに固定して、などと言うほどの大きさは、このカメラにはない。
 だから、背面液晶を手を突き出して見ているのと似ている。その距離を少し縮めるだけでよい。少し目のところに持ってくる程度で、両目を開けたまま、写せる。
 ただ、x10より、x20のほうがファインダーは大きいので、どんな感じになるのかは分からない。接岸部から目を離しても四隅までしっかり見えると言っても、視野率85パーセント。四隅など見えていないのだ。さらにその上、ずれている。ここは大まかでよい。ファインダーで見ていたものが、写したらなかったというようなことには、よほど至近距離でないとならないで、逆に四隅に見えていなかったものが、写っていた方が得だ。これはトリミングで外せる。これはカメラ内でもできるはずだ。意外と比率を保ちながらののトリミングは楽だ。使ったことはないが。
 昔のフィルム時代は、視野率百パーセントのカメラは、ニコンFとかでないと無理だ。普及機なら90パーセントあればよかった。たとえ百パーセントあっても、焼くときネガを挟むので、そのとき、マスクのようなもので、四隅を少しだけ隠す。押さえつけないとフィルムが浮き、平面性が悪くなる。だから、百パーセントを再現させようと思えば、ガラスハサミを使った。そして、四辺がもやっとしたプリントになる。フィルムハサミとは別に、プリントハサミ、これはイーゼルだ。そちらも印画紙を押さえる役もあるので、それでさらに四隅をカットしたりした。
 そういえば昔使っていた二代目の引き伸ばし機は富士だった。
 その他の違いを見ていくと、いつもの富士のモードがない。受光素子を変えたのか、映像エンジンを変えたのか、exなんとかという三文字が消えている。フルオートのときは、そこに合わせた。これは受光素子が二枚あるようなものだったように記憶している。それで階調拡大とかをやっていた。
 一番大きな違いは、ピントを自動で選択してくれるようになったことだろうか。これで、中抜けがなくなるが、思わぬところにピントが合ってしまうこともあるので、その切り替え用に、カスタムモードに違う設定のを登録し、そこで切り替えた方が早いかもしれない。ダイヤルを回せばいいだけなので。
 この自動ピント認識、顔認識が亡霊のようにつきまとったりする。まあ、狙っている被写体と、同じ距離にある人なら、問題はない。ただ、人が多いとき、結構遠方の人に合ってしまったりする。狙っている物体はもっと手前なのに。こういうときは、普段はフルオートで写し、そんな場合は、プログラムモードに回せばいい。ここで顔認識を殺したAFに設定しておく必要があるが。これは、ピンポイントの小さな草の茎とかを写すとき、他にAFが引っ張られるので、スポットAFにいつでも切り替えられるように他のモード、ここではプログラムモードだが、それに合わせる。カスタムモードもあるが、フルオートモードの反対側にあり、かなりダイヤルを回さないと切り替えられない。それにカスタムモード、これは忘れてしまう。何をカスタムしたのかを。
 今回最大の目玉は、この自動選択AFとファインダーだ。x10のファインダーは何も表示がないのだが、おそらくこのあたりにピントが来るだろう程度でも写せたのだが、ある程度ピントの効率というのがある。被写界深度の幅を効率よく使いたいからだ。まあ、このタイプのカメラは深度が深いので、適当でもいいのだが。
 また、撮影距離、ピントが合った距離を知らせてくれるバーを表示させることができる。何メートルあたりで合っているのかを。これで、中抜けしているときは、すぐに分かったりする。
 1メートル先にある花にピントを合わせたはずなのに、3メートル先のコントラストのしっかりとしたものに持って行かれることがある。これはキャノンのカメラに多い。一眼レフや電子ファインダーがあれば、何となく分かるのだが、透視ファインダーではピントは全く分からない。だから、距離目盛りを見た方が早いのだ。この距離バー、背面の液晶だけかもしれない。店頭で、一度表示させたような記憶がある。
 まあ、1メートル以内に入ると、かなりパララックスが来るので、液晶で見た方がいいだろう。
 しかし、その程度の違いで、宅配便で届いても、開封しての喜びは、それほど亡いはずなので、撮影を楽しみにしている。


 
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2015年12月20日

富士X20

■■ 2015年12月20日 日曜日 午前7時40分
 
 今朝は寒い。0.1度とかになっている。1度ではない。−1度と0.1度は紛らわしい。氷点下ぎりぎりだろう。1.1度を思い浮かべればいい。1度の下の桁だ。しかし氷点下、つまり−2度とか−10度とかを、0.2度とか0.10度とか言うのかもしれない。つまり、この場合は、0がマイナス記号と同じになる。しかし、0はマイナスでもプラスでもない。0というのはないのだ。だから、気温がない。数字がない。しかし、0がないのか、あるのかは、ゼロの発見という本を読めば分かるかもしれない。
 たとえば「今0度です」と言った場合、そんなきっちりと一桁の数字で収まるはずがない。奇跡のようなものだ。計測できるのかどうかは分からないが、小数点がずらりと並ぶような気がする。気温が0なら気温がないことになるが、0.00000001度かもしれない。だから、あるのだ。
 1度も−1度もある。数字の上だけではなく、実際に肌で感じられる。その程度の差は感じにくいかもしれないが、桁を増やせば10度と−10度との差は、はっきり感じられるはずだ。増やせば差が分かる。
 そういう寒い朝だが、まだ中にセーターは着込んでいない。例の発熱ダウンジャケットのおかげだ。これはそれだけではなく、首も温かい。ここにも仕込まれているのと、首をしっかりとガードしているので、これだけでも暖かい。
 体調が悪いときは寒い。風邪で悪寒がするのではなく。これは体温維持の機能も落ちているためかもしれない。元気な人は、発熱するのだろうか。哺乳類なので、体温維持のため、色々とやっているはずだ。暑いと汗をかき、水冷効果で冷やすように、寒いと何かを燃やして温めているのかもしれない。元気な人は、その機能がフルに使っているのだろうか。自分で操縦しているわけではなく、体が勝手にやっている。自動運転だ。
 寒いと爬虫類のように冷えてしまい、動けなくなるわけではないが、それに近いものがある。当然反対側の暑すぎると、熱だれでも起こしたのか、こちらもだれる。動きが遅くなる。
 さて、いよいよ20日になった。来週の今頃はもうクリスマスも終わっている。
 昨日は朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩に出ようとしたが、寒いので引き返した。喫茶店までの距離ならいいが、それ以上になると、冷えてくる。そんなことを言い出すと、冬場はウロウロできなくなるのだが、たまに暖かい日もある。晴れており、風が穏やかな日なら、何とかなる。
 それには、結構着込んでいないと、散歩どころか、寒い寒いと感じるだけの感性になってしまいそうだ。

 前回は富士の35ミリ単焦点超戦艦高級コンパクトカメラx100シリーズについて語ったが、その中古が45000円で美品。殆ど使っていないようなのが出ていたので、この機を逃せば、もう二度とないと思ったのが、よく調べていくと、不都合がある。カメラの不都合ではない。値段は不都合だが、これは仕方がない。
 その不都合とは視度調整だ。ないのではなく、あるのだが、幅が狭く、老眼鏡で言えば、一度ぐらいしかない。これは透視ファインダーと電子ファインダーとのハイブリッドなのだが、それがどうやら裏目に出たらしく、その幅の狭さが惜しまれる。プラス1では見えないのだ。
 実機を昔見たことがあり、触ったことも覗いたこともあるが、当然視度調整などはしていないので、買えば、ダイヤルを回して、見えるだろうと、簡単に思っていたのだが、違っていたようだ。よくあるデジカメの視度調整で、それでもまだ足りないというようなことはなかった。富士のこの機種が狭すぎるのだ。こんなところに落とし穴があるが、老眼ではなく普通の眼鏡を掛けている人なら大丈夫だろう。
 逆に言えば、ただの老眼なので、レンズがなければ見える。素通しのガラスからなら、遠方まで見えるのだ。近くが弱いが。こういう目の位置、目の距離は1メートルほど先のものを見ているのだろう。そこで合焦するように。しかし、老眼鏡を掛けた状態で1メートルは少しきつい。その範囲は殆ど手元なのだ。
 しかし、このカメラ、惜しまれる。
 最近電子ファインダーを覗くのがつらい。特に高精細なタイプほど、ぎらぎらしたものを感じ、目に刺す。それで最近は殆ど背面液晶で写しており、これで結構何とかなっている。特にニコンS9900では超望遠の700ミリ越えでも、ターゲットに一気にズームインできるまでになっている。
 しかし、x100のような豪華な透視ファインダーで、覗けば気分がいいだろうとは思う。
 このあたりはフナ釣り路線で、単焦点でもかまわないのだが、やはり自転車に乗った状態では、いちいち下りないと、写せないものが多い。35ミリなら広すぎて、厳しいだろう。それでも、写真はそういう条件でも、何とかするもので、構図やアングルで、それなりに持って行く工夫が生まれる。
 また、何でもないような町並みでも、写し方により、それなりのものができる。冬場は撮影に行きたがらないので、近所で間に合わせようと言うことだが、普段見慣れた場所でも、見方によっては、何とかなるものだ。
 そういう撮影は、あまりしていないが、このx100あたりを買えば、そういう雰囲気で持って行けるのではないかと考えていた。無から有を生み出すような写し方だが。しかし、町内で、あのクラシカルで、大きなカメラは、ちょっと出しにくい。まだ、一眼レフの方がいいだろう。
 この路線はシグマの41ミリ付きカメラを買ったとき、既に始まっており、その路線の解はx10にあることは、分かっていた。
 それで、今年のトリは、富士のx20に買い換えることで、決着を見た。別に見なくてもいいのだが。
 x30にしなかったのは、電子ファイダーのためだろう。これは決して悪くはないのだが、デジタルものばかり見ていると、生の光を見たくなるものだ。ここで、x20とx30とに分かれるところだが、後戻りはないだろう。
 ここはちょっと趣味の問題で、少し間接的な写し方の方がよいためだ。そのため、x30のように電子ファインダーでも別にかまわない。当然そちらの方が矛盾点が少なくなり、最終的に得られる絵を、撮影中見ているのだから、それでいい。
 当然、それまで見てきたように、ミラーレスのカメラや、受光素子の大きなカメラもある。ニコンの小さなミラーレスに50ミリの明るいレンズを付けて、と言う路線も当然ある。そのキットと、x20とは値段的にはそれほど違わない。
 それに今回は望遠を考慮しなかったのはニコンS9900のできがいいためだ。これがあれば、望遠側の不満はないし、画質もいい。これは不思議な話だ。画質を売り物にしているカメラではないのに、よく写る。
 そこで、安心してフナ釣りカメラを選べる。28から100少しのズームなので、単焦点レンズではないが、これはやはり無理がある。50ミリの延長として28ミリと100ミリあたりがあるという程度で、超広角から超望遠までのズームではない。
 x10を取り出して写していると、そのテンポがすごくいい。あまり使っていなかったのだが、シグマの41ミリ単焦点カメラを買ったとき、急に思い出した。これがあったと。フナ釣りには、これを残していたのだと。
 そうなると、このx10の改良型の20が来る。やはり、何処でピントが合っているのかを見たい。液晶ではなく、透視ファインダーで。しかも自動ターゲットAFのほうが、透視ファインダーの方が効果がある。それらの実験は、既にこの20が出たとき、店頭で調べていた。これは見事だった。これを電子ファインダーにしてしまうと芸がなさ過ぎる。
 今回はあまり変わり映えのしないカメラなのは、既に持っているものの改良型のためだろうか。ここは地道に買い換えた感じで、同じシリーズのカメラを買うのは珍しい。やはり新味が欲しいためだろう。x10とz20、形デザインはほぼ同じ。
 画質へのこだわりはあまりなく、逆に画質だけにこだわったシグマのDP2は画質より撮影方法にヒントを与えてくれた。これが標準レンズによるフナ釣りのことなのだが、それは実際には無理としても、標準レンズの延長で写すことには変わりはない。画質よりも、むしろその撮影スタイルの方が気に入ったものだ。
 x20は透視ファインダーでなければいけないというものではなく、これはおまけのようなファインダーで、実際には背面液晶で写すことが多いだろう。実用性から言えば、そちらの方が正確な構図が取れるのだが、おおらかな透視ファインダーのずれや、実際にはどんな絵になるのかが分からないまま写す楽しさが、このカメラにはおまけとしてある。
 このタイプのカメラは、もう出ないというわけではなく、富士では無理でも、キャノンが出し続けるだろう。それで、一機種になってしまいそうだ。
 そのキャノンの大きなコンパクトカメラを今年の誕生日に買っており、得体の知れない妙なカメラのままだが、たまに鞄に入れて写している。この透視ファインダーは何も情報は入っていないのだが、そこから覗くと、実に涼しい。x20が手に入れば、ピントが合ったところを知らせてくれるようなので、それを楽しみにしている。
 x20はコピーライカ風なのだが、実際にはM3以前の背の低い、ねじで巻き上げていた時代のものに近い。当然沈胴で。
 このタイプのライカの方が、手に馴染みやすかったのではないかと思える。
 x30が大きく重くなりすぎた。x40はどうなるのかが楽しみだが、これは1インチ受光素子を使ってくるのではないかと思える。さらに大きく重くなりそうだ。
 今年のカメラの買い納めは、メンテナンス的な、バージョンアップ機になった。しかし、これが今年買ったカメラの中で、一番高い。
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2015年12月19日

ミラーレス一覧

■■ 2015年12月19日 土曜日 午前7時07分
 
 今朝も寒い。3度ほど。5度を切ると寒いが、3度なら、もう十分切っているが、まだまだだろう。氷点下になることもある。それは、まだ真冬になってからだが、この真冬、何月何日からそこにいるというわけではなく、真冬並みの寒気というのは、いつやってくるかは分からない。真冬並みなので、そのときはまだ真冬ではなく、ただの冬だろうか。今がそうだ。12月を真冬とは言わない。来月中頃あたりからだろう。正月を超えて15日あたりから、寒さが増す。
 冬でも冬型の気圧配置ではないときもあるのだろう。
 今朝も発熱性のあるダウンジャケットを着ているので、それほど寒さが差さない。がたがた震えながら自転車で走っていたことを思い出すと、嘘のようだ。
 今日はもう19日。明日は20日。そこからだと右の2ではなく、左の数字だけになる。残り一桁になる。30日と31日はあるが、そこまで詰まれば、ないようなものだ。
 12月に入ったときのことを思い出せばいい。それからあっという間に19日まで来てしまったはず。思い返すと早いが、一日はそれほど短くはない。
 
 昨日は富士のミラーレスがどうなっているのかを調べてみた。パナソニックのミラーレスも、しばらく見ないうちに、色々なのが出ていた。安いタイプにも幾種類かあり、ファインダーが付いているものまであった。こう言うのはずっと見ていると、正体が分かるが、一気にまとめてみると、何が何かのかが分かりにくい。普及タイプにも、さらにタイプ別があったりし、しかもどれも小さい。そして、似ている。
 オリンパスは比較的型番がはっきりとしており、種類が少ない。一番安いタイプが毎年入れ替わるのは同じだが、シリーズものが四機種ほどだろうか。ファインダーありのトップと、その普及版、ファインダーなしのペンと、その普及版。そのほかにも以前はあったのだが、ミラーレスにしてしまったため、もう見ることはない。マウントが違う。
 ニコンは一眼レフは深く広いが、そこではなく、いわゆるミラーレスジャンルになるニコン1というシリーズだ。ここがミラーレス戦線に張り出している。
 ソニーはいつも通り、こちらもファインダーありとなしの普及機。その上になると、フルサイズまで来てしまう。
 さて、富士だが、これが何とも大きいミラーレスで、レンズも沈胴でも電動ズームでもない。受光素子はキャノンのミラーレスやソニーと同じだが、大きく重い。だから、ミラーレス売り場で並んでいると、大きい子がいるという感じだ。オリンパスやパナソニックやニコンよりも受光素子が大きいので、仕方がないのだろう。
 店屋では、そのため富士は無視していた。ニコンやパナソニックはポケットにも入りそうな大きさなのだ。
 さて、この富士のミラーレス普及機、つまり一番安いシリーズだが、これも毎年新機が出るのだろうか。古い型番と今の型番が、混ざり合って売られていたりする。
 この富士のミラーレス、最初からレンズが大きく、沈胴にもなっていないので、レンズが握りやすい。持ち上げてみると、それほど重くない。
 特徴は、最短撮影距離が短いことだろう。マクロというのがあり、自動的に入る。15センチまで寄れるが、ニコンでも20センチ、オリンパスでも、その近くまで寄れる。しかし、受光素子の大きさが違うので、最短撮影距離は、富士は検討している。この15センチはフィルム面からで、実際には7センチだ。レンズ先7センチ。この受光素子タイプで、7センチまで寄れるようになったのかと、少し驚く。ただ、広角端のみだ。その広角端、標準ズームだが、24ミリから始まっている。ズーム比は同じだ。このタイプ、殆ど28ミリからなのだが、珍しい。他を探すと、パナソニックにも、24ミリからのがあった。標準ズームで、キットレンズだ。
 富士の普及機、ミラーレスを避けたがるのは、上位機のエンジンを使っていないためだろう。また、レンズも、上位機の高いレンズと、普及タイプのキットものに入っているレンズとの差がかなりあるらしい。
 しかし、この富士のミラーレス、その広告を見ていると、女性が料理を写したり、子供を写したりする感じだ。これはあまりしっかりと、克明に写っていない方がいいのではないかと思える。スペックを落としてきているのが、逆に需要に合っているのかもしれない。
 しかし、この富士のミラーレス。ゆとりのあるデザインで、シンプルだ。当然背面液晶は回転し、自撮りができる。これもあまりいいレンズやエンジンを使っているとだめだろう。
 来年あたり出そうな新製品は、液晶回転はもう終えたので、タッチパネルだろう。ここで差が付く。富士だけが、遅れていたりする。
 この富士のミラーレスより高いのがコンパクト系のx30だ。
 x30と言えば、x100系が頭をよぎる。35ミリ単焦点のカメラで、昔のアルミの弁当箱ほどの分厚さがある。これが中古で45000円まで落ちている。このシリーズ、毎年新製品は出ないものの、x100、x100s、x100tまで、来ているようだ。デザインが似ているので、分かりにくい。
 x100s新品で8万円。x100との違いは、起動時間が3秒から1秒を切ってきたことと、受光素子の前に付けているフィルムのようなものを外したので、解像力が上がったという程度の差だ。
 こちらが持っているx10はx100時代のものだろうか。透視ファインダーはいいのだが、何処でピントが合っているのかは分からない。おそらく真ん中あたりだろうが、その真ん中がどこかが分かりにくい。x20になると、ファイダーに合焦位置が浮かび上がるようだ。さらに自動ターゲットAFができるため、適当なところでピントを合わせてくれ、どこで合わしたのかをファインダー内でも確認できたりする。x30になると、そういう透視ファインダーを捨て、普通の電子ファインダーにしたので、そういう仕掛けは必要ではなくなった。
 そういうx10などの流れと、同じようにx100の流れも、時代に合わせてきているのだろう。
 x10などで、さっとカメラを向け、写したとき、中抜けしてしまうことがある。画面の真ん中でピントを合わせるため、通りの遙か彼方にピントが来てしまったりする。そのため、AFロックが必要になるのだが、これは殆どシャッターボタン半押しで振る程度だ。
 そんなのを見ていると、富士の一番安いミラーレスが、おおらかでよい。電子ファインダーも光学ファインダーもない。ここで液晶が回転することの意味は大きい。手を突き出さなくてもいいし、子供やペットはローアングルが多くなる。アイレベルファインダーでは、かがむしかない。そのかがんだ状態でも、さらにローアングルで写せるのが液晶回転の良さだ。決して自撮り専用ではなく。
 要するに、のぞき穴に目をくっつけるのが、面倒なのだ。
 そうしてみていったとき、納得しやすいのはニコン1だ。小さく軽いためだろうか。
 各メーカーの普及タイプミラーレスと一緒に並んでいるのはおかしいと言うことではないが、ニコン1だけが1インチ受光素子で、小さいのだ。
 しかし、1インチ受光素子のコンパクトカメラが、実はミラーレスより高かったりする。
 だから、1インチなのに、ニコン1は、一般的なミラーレスよりも高かったりする。
 受光素子と撮影との関係もある。旅先で写すようなものは記録性が高いので、受光素子の小さなコンパクトカメラで写した方が、ピントが深いため、中景も遠景もピントが合うことが多い。よほどの望遠を使わない限り、また、1メートル以上離れた場所のものなら、標準ズームなら、それほどぼけないので、逆に何が写っていたのかがよく分かる。
 コンパクトカメラの広角端で、町を写せば、ほぼ全部にピントが来る。このパーンフォーカスを勝手にやってくれているようなものだ。
 その意味で、一般的な一眼レフの受光素子よりも、1インチあたりにした方が、楽ではないかと思えたりする。
 
 
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2015年12月18日

鮒釣り

■■ 2015年12月18日 金曜日 午前7時55分
 
 今朝は冬らしい。昨日の昼間も10度を超えない気温で、これも冬らしい。冬はそんな感じだったと、思い出したりした。
 今朝はその影響からかもしれないが、遅く起きてきた。結構な遅起きだ。寝起き行く喫茶店へ入ると、まだいつもの客が座っているので、繋がりがまだ残っている。こちらがまだ座っているとき、出て行く客とかだ。また、こちらが座っているときに入ってくる客とか。それらの人達は定期便なのだが、同じ時間に来るとは限らないようで、多少のずれがある。しかし、仕事前に入る人は、ほぼ同じかもしれない。
 寒くなると、ますます外に出たくなくなる。自転車でウロウロしていても、寒いので、なんともならない。これは暑いときもそうだ。しかし、真夏の炎天下より、寒い方が、まだ走りやすい。走ると言っても歩いているようなスピードで自転車を漕いでいる。そのため、運動のように汗をかくこともない。それでも寒いためか、ペダルを踏む勢いが強いようだ。その方が暖かくなるのだろう。
 この前買った発熱性のあるダウンジャケットは、今朝も寒さでも効果があり、微熱でもあるのかと思うほどだ。風邪で熱があるとき、結構暖かい。それに似ている。
 そのため、下にセーターを着込むこともなく、平気で動けた。まあ、真冬の本当に寒いときは、ほかほかカイロがあっても寒いものだ。しかし、胴体や腕にほかほかカイロを貼り倒しているようなものになるかもしれない。すると、問題はズボンだ。こちらは普通の防寒ズボンでも間に合うような気がする。これもはいたとき、暖かい。はいた瞬間、暖かい。
 ユニクロなどでも、このタイプの防寒ズボンが売られている。発熱性のある例の生地を裏地に使っているのだろう。裏地ではなく、縫い合わせているのもある。引っ張ると、剥離する。要所要所止めてあるので、問題はないが。この表面生地が頼りなさげで、アンコを抜くと、ぺらぺらの薄い布だ。ナイロンの風呂敷のような。ズボンと言うより、袋だ。筒だ。これは日本の古代史などで登場するズボンに近い。裾はラッパのように開いてなく、紐で止めていたりする。今ならゴムだろう。つまり、軽く足首で絞る感じだ。工事現場でよく見かける。
 自転車に乗っていると、裾は長い目の方がいい。本当は裾がチェーンを挟んだり、ペダルの付け根あたりをこするので、いけないのだが、長い方が足が暖かい。自転車に乗ると、座るため、足首が出たりする。スカートをはいて座れば、丈が短くなるのと同じだ。だから、それを考慮して、靴底にかからない程度の長さにしている。だから、靴は隠れていたりする。
 靴とズボンの隙間からの風は結構寒い。少し短い目のズボンをはくと、すぐに分かる。
 要するにズボンは防寒性と言うより、風を通さない生地なら、薄くても問題がなかったりする。中に温かいアンコを仕込むのは反則だが、結構このズボン軽くて柔らかい。
 
 さて、カメラのフナ釣り作戦だが、フナを写すものではない。隠居カメラのようなもので、老人カメラのようなものだが、老人ほど大重量な機材を持って撮影していたりする。
 そうではなく、軽い機材で、写すというものだが、これは重さが問題なのではなく、カメラが軽ければ何でもいいというわけではない。
 DP2に付いていた41ミリの画角が気になる。DP1なら28ミリだ。それを選ばないで、41ミリにしたのは、標準レンズ撮影がフナ釣りのフナのイメージがある。ちょっとふっくらとしたイメージがフナにはある。
 DP2は初代だが、最新のDP0になると、45ミリとなっている。こちらの方が50ミリに近い。
 他のメーカーで探すと、ハーフサイズ受光素子のオリンパスやパナソニックのがやはり小さく、値段も手頃だ。
 オリンパスからも50ミリが出ており、これは結構小さい。パナソニックは、以前に述べた40ミリの明るいパンケーキがある。それも二世代目となっていた。これはナノ何とかという細かいコーティングを加えたりしたのだろうか。
 1インチ受光素子になるが、これはニコンから、今売り出し中のキットとして、一番目立っている。店頭にある。50ミリで、明るい。しかし値段を見ると2万円ほどだ。
 さて、41ミリでの撮影だが、結構中途半端な写真になる。あちらが立てばこちらが立たないような画角だ。こういうときはズームで、ちょっと画角を変えてやれば何とかなるのだが、単焦点では自分で寄ったり引いたりしないといけない。しかし、最初の位置から動くと、背景の重なりが変わってしまうし、建物に近付くと、アングルが変わってしまう。横から見ていたのが下から見ているような感じになるためだ。
 しかし、老人撮影としては、動かない。風林火山ごっこをしているわけではないが、動きたくない。そのまま写す。どう動いても解答にはならないためだ。
 自転車での撮影なら、ある程度、いい位置に付くところで止める。これは車椅子だ。自転車での移動は気にならない。座ったままの移動なので。
 このフナ釣り、50ミリ標準で写すというものだが、レンズ交換やズームが面倒なので、中間に合わせておけ、と言う程度だ。広角寄りにならず、望遠寄りにもならずの中間。それでいて広角風、望遠風に写せるわけではない。
 画角だけではなく、このDP2,結構背景がぼける。受光素子がコンパクトカメラより遙かに大きいためだろう。ピントが浅いのだ。そのため、よくぼける。年寄りカメラだけに、深まるぼけ具合を楽しむわけではないが。
 中間距離というのは一番難しい。寄るか引くかの方が楽だ。ここからが、技というか、ごまかし方の妙になるのだろう。現実に近い距離感を持つ正直な標準レンズで大きな嘘をつくようなものだ。現実も写真も、どちらも仮象なのかもしれない。
 

 
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2015年12月17日

パナソニックミラーレス

■■ 2015年12月17日 木曜日 午前7時08分
 
 今朝は寒くなっている。5度を切るかどうかあたりだろうか。これで平年並みかもしれない。今朝も曇っており、雨が降りそうなのだが、暖かくならない。最近は雨が降ると暖かかった。今朝は雪が降るかもしれないというほどの、寒さだが。それほど厳しい寒さではない。それよりも、妙な暖かさが消えたので、冬らしくなった。冬に暖かい日はありがたいのだが、異様に暖かい日が続くと、そちらの方が気になる。
 しかし、服装は昨日と同じで、まだ中に着込んでいない。冬に入る手前でもの凄く寒い日があり、そのときは二三日、中にセーターを着込んだ。とっくりのセーターだ。最近それを着る機会がないので、妙な感じがしていたのだが、冬の初めの頃はもの凄く寒い日が二三日あるもので、それだったのかもしれない。
 街ゆく人は、冬の服装は既に済んでいるようで、真冬の服装のままだ。この服装からの変化はない。これで一杯一杯の冬服かもしれない。着るものは既にもう着ている。後は中に何かを着込むとか、分厚い目のものに変える程度だろう。
 十二月も半ばを越え、年の瀬だ。この短い期間に色々なことが起こったりする。良いことなら良いのだが、悪いことがまとまって押し寄せてきたりすると、忙しいだろう。一年のつけが回ってきたわけではないだろうが。
 普段と同じような感じで、年の瀬を迎え、新年を迎える。これが良いのかもしれない。平穏なわけだ。
 
 昨日も上新に立ち寄ったので、カメラを見ていた。そこで意外と気付かなかったカメラがあった。パナソニックだ。非常に小さなミラーレスが出ているのは知っていたが、無視していた。ところが、昨日は見るものがなくなったので、そのパナソニックを見ていると、妙なレンズがある。ダブルズームキットなどの展示で、横にぽつんと立ててあることがあるので、それだと思っていたのだが、小さい。短い。これは望遠にしては妙なのだ。そのレンズを手にすると、麩のように軽い。
 こんな小さくて軽い望遠ズームが出ていたのかと、驚く。こういうレンズ、単体発売がされておらず、キットものとして一緒に売られていることがたまにある。
 オリンパスはパンケーキ電動ズームで、ニコン1も電動。しかし、パナソニックは、電動ではなく、手動。まあ、普通のズームだ。しかし、望遠でこの小ささはおかしいと思い、いじっていると、沈胴だった。標準ズームの沈胴は多いが、望遠ズームで沈胴は珍しい。望遠とは思えないほど短い。
 しかしよく見ると、70から200あたりまでのズームで、200で止まっている。このタイプなら300ミリまであるのが普通だろう。だから、短くできたのかもしれない。
 いずれにしても、ボディーが小さく軽く、高級コンパクト機の方が重くて大きいほどだった。
 さて、この小さなミラーレスの初代にパンケーキレンズ40ミリを付けたものが2万円で中古で出ていた。やはり結構残っていたのだ。十年前後前かと思われる。当時は世界最小レンズ交換式一眼レフカメラとして売り出されていた。これが出たとき、展示品を見たのだが、擬音ではなく、生のシャッター音がコンパクト系とは違っていた。コンパクトカメラとしては大きく重かったが、手に馴染んだ。しかし、ここに標準ズームとかを付けると、バランスが悪くなり、大げさなものになった。やはりあの40ミリパンケーキとのセットでないと、収まりが悪かったような感じだった。
 このパナソニックの最新ミラーレス。型落ちでの旧機種なら2万円台で出ている。標準ズームキットだが。ただ、旧タイプは液晶が回転しない。この超コンパクトミラーレスの初代かもしれない。小さく軽くするため、液晶の回転をやめたのだろう。少し分厚くなるためだ。しかし、新型はそれをうまく収納している。パナソニックミラーレスにもいろいろあるのだが、売れ筋は小さく軽いタイプのようだ。
 そのパンケーキレンズをネットで探しているとき、富士のデジカメを見つけた。
 富士も当然50ミリ画角の単焦点レンズを出している。そのボディーだが、初代のプロ機のようなものが5万円ほどである。これはハイブリッドファインダーで、光学ファインダーと電子ファインダーを切り替えられる。だから、カメラ前面にガラスの窓が開いている。これは富士の35ミリ単焦点機が出てすぐ後に出したレンズ交換式の初代だろう。今でいえば、一眼レフの形をした富士の新製品より、お得だったりする。まだ、光学式のファインダーを付けていた時代のカメラだ。もうそれなりに昔のことになっているが。
 それよりも、先ほどのパナソニックの昔の40ミリパンケーキレンズキットが懐かしい。この当時のカメラはどうなのかということだが、当時買ったパナソニックのコンパクトカメラから推測して、それほど違いはなかったりする。
 だから、ミラーレスに28から85ミリあたりのズームを付けたものより、40ミリオンリーの方がすっきしそうだ。このパンケーキレンズ、今写真で見ると、それほど薄くはないので、このレンズも旧型になったのだろう。しかし、スペック的には40ミリ相当。だから実際には20ミリだが、それでF2と明るい。2.8ではなくF2なのだ。
 それらの中古物件は、カメラのキタムラのほうが値段が安く、掘り出し物が出てきたりする。店でも売られているのだろう。全国の。だから、最寄りのキタムラまで取り寄せてくれるらしい。値段は委託者が付けるのだろうか。
  
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2015年12月16日

暖かい朝

■■ 2015年12月16日 水曜日 午前7時25分
 
 今朝も暖かい。14度ほど。これは大変な気温だ。それが夜から続いており、べたっと同じ気温なのだ。雨が降っているのか、その影響で同じ雲の下にいるためだろうか。
 朝はいつもより早い目に目が覚めたのだが、暗い。この季節暗いのだが、そこまで早く起きていない。外を見ると、窓明かり。夜だ。しかし、よく見ると、うっすらと空の天井が明るい。夜ではない。雲が分厚いのだろう。
 朝でも近所の家の窓が明るいことはある。用事をするとき、昼間でも電気を付けるだろう。特に炊事などでは。
 昔は窓明かりだけでやっていたのだが、これは慣れだろう。だから、昔からあるような家の炊事場には明かり窓がある。そこからコトコト音がしていたりする。
 まあ、外に面していないと、今でも換気扇などの都合、具合が悪いだろうが、マンションなどになると、リビングの奥の、住居の真ん中にあったりする。
 それで今朝は夜のように暗い道を自転車で、いつもの喫茶店へ向かう。当然寒くはないが、夜から寒波が下りてくるらしく、これで、寒くなるらしいが、今朝のニュースなので、この今朝の暖かさはどうなんだという説明が欲しいところだ。寒くなることよりも、今、気温が14度とかになっている状態の方が重要な気がするが。数字の間違いではない。4度だったとしても、おかしくない。それで普通だ。そこに10プラス。これは大きい。
 まあ、これは今日の天気予報なので、今夜を含めての話題なので、朝の、この放送がされている時点の話ばかりをするわけにはいかないのだろう。
 昨日は少し風邪が入っていたのか、それで、静かにしていたが、相変わらず雨の中、夕方前の喫茶店へ行ったりしている。雨の中、うろうろするのはあまりよくない。しかし、昨日も暖かく、寒くないので、冬の雨が答えると言うことはなかった。秋の雨に近いのだ。
 上着は防水性があるが、ズボンにはないので、防水性、これは水を弾く程度で、カッパのようなものではなくてもいいので、そう言うのが欲しいところだ。少しの雨なら傘は差さないが、ズボンの色が変わり出すと、さすがに差す。
 表面がつるつるで、中にあんこの入っているゴムズボンが千円ほどでつるされているが、それの上等なタイプで、防水性と書かれたものがあったのを記憶している。それほど高くはなかった千円ほど高い程度だろうか。スポーツ用ではない。ズボンに縦線が入っていると買わない。
 それを見かけたのは二年か三年ほど前で、その後、そのタイプが出ていない。これがあると楽だろう。
 
 デジカメ方面はDP2の話ばかりしているが、その前に買ったニコンS9900も使っている。こちらはしばらく立つが、まだ、このカメラの細かい癖までは把握していない。
 この二つのカメラ、対照的とまでは言わないが、画質優先のDPとズーム倍率優先のS9900の違いがあるのだが、意外とS9900の画質が良い。受光素子の大きさは天と地がの違いがあり、高倍率ズームと明るい目の単焦点レンズの違いなどもあり、いずれも画質に大きく影響するはずなのだが、いつも言うように、カメラ名を伏せれば分からないことがある。ただ、DPは3対2の比率なので、少し横に長いと言うより、背が低くなるので、そこで分かるのだが。
 あと、大きな受光素子を使っているのはソニーの一眼レフで、これも比率は3対2だったと思う。最近写しているカメラでは他にもキャノンの一眼レフ並の大きさの受光素子のもあるが、こちらは比率が4対3なので、それこそ他の小さな受光素子の写真と混ざっていても、全く分からない。
 S9900のオート感度は800までなので、切り替えるのに、手間がかかる。800を超えるような感度が必要なシーンは一般の立ち回り先ではないが、夜道などはある。雨で濡れた歩道とかだ。しかも微量光の。こういうとき800では無理だ。レンズも暗い。
 それを3200まで上げると、望遠側でも写せる。6400まであり、これは望遠端の700ミリでの夜の町が写せそうだ。
 小さな受光素子のデジカメはそれほどぶれないので、八分の一秒で切れれば、大満足だ。
 このカメラの楽しみは、望遠で夜の通りを写したりすることなのだが、これは帰り道、通り道にたまに写す。
 少し暗い目の喫茶店などの壁に飾ってあるようなものは800でも写せるが、望遠で抜くとなると3200が安全だ。そして、ノイズがどうのとがあるので、比べてみたが、はっきりとした差が分からない。等倍にまで拡大してみないためだ。それよりも、ぶれていることでの不鮮明さの方が露骨に出る。
 このS9900の前の機種、あるプロが使っている。町中スナップで。その速射性と望遠側が良いのだろう。なぜ、このニコンなのかだ。700ミリ越えのライバル機はソニーとパナソニックにあるが、ソニーは合成をすぐにするので、次の一枚を写すまで、間が空く。パナソニックもすぐに逆光がどうのと言い出して合成をする。合成しなくても、望遠端では次々とは写せない。そうなると、残るのはニコンだけになってしまう。そういう計算だ。しかしキャノンの700越えもある。出たのが遅かったため、先にニコンを買ったのだろうか。
 次点はオリンパスだが、こちらは600ミリまでだ。700ミリとの違いはないので、同じなのだが、電源ボタンをとっさに押しにくい。この機種は買っていないので、分からないが、同タイプのオリンパスデジカメはどれも早い。次々に写せるので、問題はないので、そのプロ、オリンパスでもよかったのではないかと思えるが、ニコンかキャノンのカメラをメインに使っているのだろう。キャノンを使っているのなら、キャノンの700ミリコンパクトを使っているはずだ。
 まあ、意地でもオリンパスやミノルタのカメラは使わないという人もいるだろう。
 さて、DP2は画質を写すような撮影の仕方になるので、逆にこれが縛りになる。見た目はコンパクトカメラなので、もっと気楽に写せば良いのだが。
 そして単焦点レンズのみの撮影の楽しさもある。
 逆というか、反対側。対照的なものに触れると、活性化するようだ。
 
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2015年12月15日

DP2の続き

■■ 2015年12月15日 火曜日 午前7時23分
 
 今朝も暖かく10度あったりする。この時期5度前後だと思えるので、寒さ控えめで悪くはないが、二三日後からは寒くなるらしい。真冬並みとか。
 12月に入ってからの気温も記録的に高い場所があるようで、夏日の25度を記録していたとか。まあ、25度はそれほど暑くはなく、寒そうな夏だが。
 また、気温が高いので、大根が生長しすぎたとなっている。大きくなりすぎて、規格外なので、出荷できないとか。出したとしても値が下がっており、さらに荷造り費用で赤字になるとか。そういえば八百屋であまり見かけない大きな大根が百円で売られていたので、それを買ってきて食べている。大量におでんの大根のようなものを作ったのを思い出す。さらにまだ残っているので、冷蔵庫に捨て置いたのだが、枯れてなく、昨日は薄く切って煮物に入れた。さすがにスが入っているので。細くするか薄くするか、細かくするしかない。大根に似た根もののためか、にんじんも安い。こちらの方が足が速い。こちらも大量に煮物に入れる。
 にんじんは薄く切ったのではにんじんの味がしない。にんじんやピーマン嫌いの子供がみじん切りのものを食べたとしても、食べたとは言いにくいのは、にんじんやピーマンの味がしないことだろう。舌もそれが何か分からない。歯も。当然他のもので味付けされているので、にんじん固有の味は難しい。これは他は含まず、口の中ににんじんの塊だけを含んで食べないと、にんじんを食べたことにはならない。口に入り、胃に入っただけだ。しかし、嫌いな子は、その方法で食べるしかないのだろう。
 白菜も安いが、百円とまではいかない。これは一株買うと、かなり持つ。ひと季節持つのではないかと思えるほどだ。むしってもむしってもなくならない上に、成長してきたりする。
 この季節、一番ありがたいのが白菜だ。これをとろりと煮たものは、食べやすい。天ぷら定食などで、この白菜の漬け物がどんと出る店があるが、あれもありがたい。白菜で休むのだ。
 今年は暖かい上に、発熱コートを着ているので、調子がいい。これを着ると、普通のオーバーやコートやジャンパーが着られなくなるほどだ。羽毛系のダウンジャケットに勝るのが、このハイテクな詰め物だろう。
 しかし、今週半ばあたりから真冬並みらしいので、中にもう一枚セーターを着込まないといけないかもしれないが。暖かい上着にも限界がある。
 昨日の鍋物は、魚屋でカレイの切り身を買い、それを入れる。これが食べやすい。かなり大きなカレイで、その姿が忍ばれる。二枚に下ろしていたのだろうか。薄いがおいしく、食べやすい。タラよりあっさりとしているかもしれないが、カレイの方が脂がよくのっているような気がする。その証拠に鍋にその味が染みこんでいた。当然、大きいので、切らないといけない。
 肉よりも、こういった魚の方が食べややすい。一匹丸ごとの魚は食べにくいが、身だけ残して売られているタイプは、刺身でもあるので、これは食べやすい。刺身は歯のない年寄りでも食べられる。しかし古いイカやタコは無理だが。
 この季節なら、鮭も安いが、焼き鮭ように小さく切ったものではなく、ぺらっと平たいタイプで、油炒めタイプがいい。炒めないが、鍋に入れる。鮭鍋だ。これは太古から人が食べていたのではないかと思える。熊と取り合いをしていたりする。鮭の皮は靴にもなったらしい。
 
 シグマDP2での展開だが、このカメラ、曲者カメラなのだが、それ以上に41ミリなどの単焦点標準系画角の世界を再確認させてくれる。既にズーム時代になり、普通に買うコンパクトデジカメは全部ズームが付いており、両端が問題になる程度で、中程にある50ミリが目立たなくなった。途中駅でさえなく、通過することが多い。
 41ミリは50ミリよりも少し広いのだが、固定焦点で写していると、忘れていたような感覚が戻ってくる。これぞフナ釣りの始まりなのだ。
 まあ、この季節、寒いので、あまりうろうとしたくないので、通り道で適当に写す程度になるので、内側にこもりやすくなる。外側とは多くのネタがある外部の世界だろう。生活範囲内ではなく、見知らぬ町とか。
 昔はオリンパスペンEEというハーフサイズのカメラを持って、結構色々な場所へ行った。見知らぬ外側の町が多かったためだろう。雪の安土城まで行っている。関ヶ原だ。
 このオリンパスペン、ハーフサイズだが、やや画角は広かったように思える。友人と一緒に遊びに出たときは、その友人、ニコンFを持っていた。そこに大きなレンズを付けていたのだが、それがうらやましかった。オリンパスペンEEはタニシのようなレンズで、しかもその周囲はぶつぶつのガラスが張られている。太陽発電だ。これで、セレンの露出計を動かすのだが、実際にはオートなので、30分の一秒以下になると、舌のようなものが出て、それでシャッターをロックしてしまう。シャッターが降りない。すごい力でカバーしているのだ。
 それはいいが、後で見せてもらった写真は、肉眼で見たものに近かった。それは標準レンズ、50ミリを付けていたためだろう。こちらのオリンパスは、ファインダーで覗くと、スーと風景が逃げていくような広角だったのだ。これはファインダー倍率が低かったことも影響しているが。当然殆どぼけない。ぼかそうにもピントがない。ピント固定カメラなのだ。
 一眼レフの印象とはそんなもので、これがもし広角レンズを付けたいたなら、それほど違わなかっただろう。
 DP2の41ミリは、その友人の50ミリと。オリンパスペンEEの間ぐらいだろう。どちらも単焦点。
 その後、一眼レフを買うと、いやでも標準50ミリが付いてくるので、もう飽きてしまったのだが。
 ある日、遠出したとき、オリンパスOM2に50ミリを付けただけのものを持って行った。もう若くない年だったが。
 このとき、車窓から写した、蔵を覚えている。蔵の存在感と距離と画角が合っていたのだろう。車窓から見たまんまの距離感とボリュームが写っていた。
 その後、35ミリからブローニー判へ行く。中判カメラだ。これも中古で安いのが結構出ていた。その中で、一番愛用したのが富士の64だ。コンパクトカメラを大きくして、ジャバラを付けたものだ。折りたためばポケットにも入りそうなほど。
 これに付いていたのが40ミリ相当だろう。距離計連動カメラで、ライカ式のばかでかいタイプ。
 このファインダーはパララックスや近距離で画像が狭い目に見えるのを考慮して、採光フレームが移動したり、縮んだりする。レンズは固定なので、画角の変化に応じたフレームが出るとかはないが、これはこのタイプのファインダーとしては、やることは全部やったという感じだ。
 このときの40ミリが、今のDP2の41ミリとほぼ同等で、実はこの画角、大作ができる。ただし風景だが。スケールの大きな写真が写せるのだ。広角を使えば広がりが得られ、よりスケールが大きくなるように見えるが、そうではなく、存在感が希薄になる。まあ40ミリは人が肉眼で見ている世界に近いので、見やすいと言うこともある。誇張していない世界なのだ。
 こういう話は、写真を写す話ではなく、写真についての話なので、ほぼ机上論だ。写真についての写真の話になるので、現実での散歩撮影は、また違う。
 
 
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2015年12月14日

デジカメ暗室

■■ 2015年12月14日 月曜日 午前7時43分
 
 今朝も7度ほどあり、それほど寒くはない。曇っており、雨が近いのだろう。雲の形がない。薄い灰色だ。
 先日買ったダウンジャケット風のコートのように長いジャンパー風のものだが、これは大きめのサイズを買っただけなので、コートではないが、自転車に乗ると、サドルが隠れる。そのため、降りるとき、サドルに引っかかることがあるほど。このダウンジャケット風、暖房が効いているように暖かい。ダウンジャケットは羽毛が入っているのだろう。このジャンパーは羽毛ではなく、綿でもなく、適当なものを詰めているのではなく、三菱何とかが開発した発熱性のあるものを詰め込んでいる。そのため、綿や羽毛よりも暖かい。見た感じ、貧弱なデザインの、よくあるジャケットなのだが、この貧乏くささがいい。
 特に暖かく感じるのは首だ。そこだけボアが入っており、少し厚みがある。ダウンジャケットの多くは、襟も同じ生地なので、これが冷たく感じられるのだが、暖房が効いて暑苦しいときは、ここが冷たい方がよかったりもするが。
 このボアの部分、おまけのように付いており、襟は襟である。襟の内側にクッションのような柔らかい生地が付けられている。ダウンジャケットの中にはフード付きがあり、そのフードを折りたたんで格納するタイプがあるが、あれで襟が非常に分厚くなり、フードを出すより、分厚い首輪をするような感じで、好ましかったりする。
 襟元が寒い上着の場合、襟が低いのか、密着性がないためだろう。そのため、首をすっこめる。自転車に乗っていても、そう言うのを着ていると肩を張る。怒り肩のように肩を上げて首をすっこませるようにするのだろう。亀のように。このとき、ずっと肩や腕や背中あたりの筋肉を使い続けることになるので、肩がこる。襟元が暖かいと、その必要がないので、肩の力を抜いて、軽くハンドルに手を乗せられる。
 寒いとハンドルにしがみつくように握るのだが、これも力みすぎだ。夏場、暑いとだらっとした乗り方になり、力んでいないことを思い出せばいい。
 この化学兵器のようなジャンパー、ダウンジャケット系なのでかなり軽い。麩のように。これだけでも肩がこらなくていい。昔は、分厚く重いのが暖かかったのだが、繊維も変わった。化繊なので、まさに化けるだ。
 さて、大きい目のジャンパーにしたのは、中に着込めるためだ。しかし、まだそれほど寒くはないので、着込む必要はない。この中に着込む毛糸系のセーターなどの方が、上着よりも重かったりする。逆だ。
 
 DP2で夜の街頭などを写す場合、感度が足りないので、3200まで上げられるようRAWモードで記録してみた。通常のオートでは200までしか上がらず、アーサーは指定できるが、800までなのだ。1600は使えない。ところがRAW記録モードにすると、3200まで指定できる。
 DPにEを付ければ、DPEになり現像引き延ばしなどになる。そういう意味ではないが、RAWとは現像のようなものだが、レタッチや修正臭さがあるので、避けていたのだが、そのRAWソフトを見ていると、何となく様子が分かってきた。
 パソコンに保存したシグマファイル。これはこのソフトでしか見られないRAWファイルで、それを押すと、シグマのソフトが起動し、絵を見せてくれるのだが、その初期値はDP系のカメラで写した、カメラがJPEGに変換したときの絵になる。これはカメラにもよるので、同じではないはずだが、まずはその絵が出る。要するにカメラ側でもレタッチのようなことをしているのだろう。RAW状態とは、無加工な状態らしい。何もいじっていない。
 だから、カメラ側でも初期値をいじることが出来たりする。
 ここで読み込んで、そのまま終了すれば、一応保存を求められるので、保存を押すと、JPEGに変換されたファイルを作ってくれる。これは何もしないと言うことだが、RAWファイルはそのまま残っている。これはフィルムのようなものだろう。
 次の段階はオートだ。これは普通のレタッチソフトでいくらでもある機能で、適当に修正してくれる。詳細を見ると、オートで何をしたのかが分かる。パラメーターだ。コントラストを少しだけ上げたとかの数値が出る。
 その次がカスタムで、ここからが本当の修正、補正だ。まあ、大概のことは、明るさと、コントラスト調整だけで何とかなる。
 まあ、そこまで行かなくても、オートで、微調整程度の補正でいいのだろう。オートなどで、かなりの項目を変えてきていたりする。しかし、その幅はたいしたことはない。だから極端な補正にはならないようだ。
 このオート、一度、設定すると、次のファイルを読み込んだとき、自動的にやってくれる。
 当然カスタムモードで合わせた場合、それを記録しているので、似たような写真を連続して、補正できるようだ。ただ、この補正、記憶されるので、個別の写真には当然当てはまらないので、リセットした方がいい。当たり前の話だが。
 RAWで写すと、書き込み時間が遅いのだが、バッファがあるらしく、書き込みながら撮影できるようだ。
 一枚写し、さっとポケット仕舞おうと電源ボタンを押してもレンズが引っ込まない。書き込んでいるのだ。しかし、電源ボタンを押したことは知っているようで、書き込みが終われば電源も落ちた。
 デジカメは、そのデジカメが勝手に設定した絵に変換するらしいが、その前の状態のまま保存し、カメラ側での設定というか、カメラ側の現像ではなく、ユーザ側の現像で保存し直すと言うことだろうか。だから暗室なのだ。
 暗室をやっていた頃があり、そのときは次々と焼いていた。触るのは露光時間程度だ。これはフィルムの濃さを見れば、長く露光しないと出てこないとか、薄いとさっと焼かないと、真っ黒けになるとか、その程度で、フィルム現像や、引き延ばしプリントもオート的にやっていたので、昔から写真を加工したりする趣味はなく、ただの救済だ。失敗した写し方をしたとき、何とか救済する程度の。
 しかし、このDP2、RAWで写し、RAWソフトのオートで、JPEGに落とすと、このカメラの潜在力を引き延ばせるのも確かだ。ただ、同じようなことはレタッチソフトでも出来るのだが、一度変換されたJPEGでは、データが残っていない。変換されたので。その変換前には残っていたりする。それがRAW現像のメリットだろうか。
 当然フィルムと同じなので、別の焼き方をいつでも出来る。そんなことはまずやらないのだが。
 このDP2を使うようになった瞬間、急に富士のx10を持ち出すようになった。これはどんな因果関係があるのだろうか。不思議な話だ。DP2が富士の高級コンパクト機を呼び出したような感じだ。
 要するに標準域での画角の撮影、と言うことだろうか。そして明るいレンズで。これは受光素子の大きさの問題ではない。まあ、あまり変わらないのだ。
 富士の、このタイプは10,20と出ており、今は30だが、これが1インチタイプになると噂されていたが、そうではなかった。その代わり液晶が回転し、ファインダーが電子ファインダーになっている。ただ、どういうわけか、20の方が高いのだ。30の新品より、まだ残っている20の新品の方が高い。
 これは何かというと、ファインダーだろう。10、20は光学式の実像なのだ。ガラス越しで見ているようなもので、バーチャルなものを見ているのではない。ところが電子ファインダーになると、撮影されたものを見ているような感じになる。これは普通の背面液晶と同じことだが、人間の目は錯覚を起こしやすいが、液晶と実像との違いはしっかりと把握しているようだ。この光学式実像ファインダーを捨てがたい人が多いため、電子ファインダー機より高い値段で、まだ売られているのかもしれない。
 これは正確さよりも、肉眼と、バーチャルとの違いがファインダーに出る。確かに電子ファインダーは見やすく、正確だ。しかし、このタイプのカメラ、さっと写すことが多い。しっかりと構えて、じっくりと写すより、早撃ちが得意なのだ。そんなとき、電子ファインダーではなく、生の実像の方が捕まえやすいのだろう。実像式の方がタイムラグがないという話ではなく、目の問題なのだ。
 また、液晶が回転して自由なアングルで、と言う良さが新製品にはあるが、実際にはそんなちまちまとしたことをする暇に被写体が逃げてしまう。早い話、ノーファインダーで、さっと写すことも多い。
 さらに言えば、電源を入れる前にカメラを構えファインダーが見られる。急いでいるときは、これが早い。構えてからズームを回せばすぐに電源が入り、手動ズームなので、微調整が早い。レバーと違い、行きつ戻りつが早いのだ。
 しかしx30も悪くはない。接写などでは有利だろう。それだけ撮影の幅が広がるし、電子ファインダーは綺麗で、見ているだけでも楽しめそうだ。この電子ファインダーが最大のくせ者だろう。
 
 
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2015年12月13日

年末

■■ 2015年12月13日 日曜日 午前7時31分
 
 今朝も6度か7度ほどあり、まだ暖かい。喫茶店の暖房も暖かい。もっと寒い日なのに、暖房がなかった頃があり、これは何だったのかと思う。エアコンが故障していたのだろうか。
 今朝は朝日が見えそうで、見えないが、雲が多いわけではない。ちょうど朝日の周辺に多いだけ。曇ってはいないし、雨も降りそうにはないので、まずまずの空模様だ。
 寝起き行く喫茶店までの道も寒くはないが、手は上着で隠している。すでに耳を覆うニット帽をかぶっているので、そこが冷たいかどうかは脱いで走らないと分からない。しかし、快適なほどいい季候ではなく、冬はやはり冬なので、寒さは当然ある。だが、例年より暖かいのは何となく分かる。
 そしてあっという間に十二月も半ばに来ている。あと半月だとすると、単純に言えばあと二週間だ。そこまで詰まってはいないが、十二月は早い。
 毎月毎月月を超えるが、それも毎年早く感じられるようになるが、十二月は特にそうで、これはクリスマスあたりで、年が終わるような感が加わるためだろうか。つまり12月は24日で終わるような。クリスマスから先は一気だ。2月が早いのは28日か9日で終わるため、31日というような徳俵がない。クリスマスあたりになると、もう今年も終わったという感じがしてしまう。まだ31日まで残っているとは思えない。25日あたりからすべて31日のようなものだ。
 これはどこから来るのかは分からない。特に町の変化は最近の年の瀬ではないのだが、店に入ると、それなりにクリスマスの飾り付けがあり、また、町内でも、飾っている家がある。これが12月に入ってから始まるため、もうクリスマスかと思うと、気持ちが年末へいってしまう。
 一年間、特に何もしないで、過ごしていた人は、12月の一週間ほど頑張れば、今年何をやったのかと、思い出したとき、残るだろう。一年を振り返るのではなく、先週を振り返るようなものだが。
 日々の積み重ねというのがある。これは時間的にはたいしたことではなく、またやっている中身もたいしたことではないのだが、ちりも積もれば山になる。ただ、それはただのチリの山だと価値はない。山のような不動産にはならず、ただのチリの山なら、風が吹けば崩れてしまうだろう。
 その年、何かすごいことをやったとしても、後で振り返ると、無駄なことをやっていたと思えてしまうこともある。
 それよりも、何かをやった気はないのだが、いつの間にかやっていたものの方がよかったりする。何もやっていなそうな人でも、結構何かをやっているのだ。形に残らず。何の記録にも残らなくても。このあたり、生きているだけで、一杯一杯というのもある。これだけでも、実は大したものなのだ。
 
 シグマDP2での標準レンズ撮影を続けているのだが、これが結構快適だ。このあたりを歌い上げているカメラはないかと探すと、すぐに見つかるのが、ニコン1の今売り出しているカメラの広告だ。50ミリF1.8を付けたキットを出しており、ぼかすことを覚えたというようなストーリーだ。これは今までコンパクトデジカメばかり使っていて、背景をぼかすした絵が得にくかったのかもしれないが、実際にはそう言うわけではなく、コンパクトデジカメの方が最短撮影距離が短いため、結構背景はぼけるのだ。まあ、そういう意味ではなく、人物だろう。自撮りなどで、背景をぼかすと、ポートレートのようになる。
 この広告に対して、それなら、より受光素子の大きなカメラなら、もっとぼけるので、そちらの方がいいような気がする。
 このニコン1というのは、1インチ受光素子で、コンパクト系よりは大きいが、普通のミラーレスよりは小さい。そのため、ボディーも小さいので、扱いやすく、ポケットにも入る。
 似たような形で、パナソニックの超コンパクトなミラーレスに単焦点を付ければ、よりぼける絵が得られるはずだ。
 一眼レフタイプの50ミリレンズというのは、昔の28ミリほどだ。28ミリF1.8やF1.4などは、とんでもなく大きく重く長いレンズになる。当然超高級レンズに入るだろう。
 このニコン1のキット。標準ズームが付く。これが逆に邪魔だ。ズーム比は28から85あたりだろう。50ミリを付けていると、いつ交換するかだ。せいぜい28ミリの広角側を使いたいとき程度で、一度それを付けると、50ミリ単焦点はいらないのではないかと思ったりしそうだ。
 単焦点一本を加えると、表現の幅が広がる。というのは広告で、それが生かせる条件はそれほど多くはない。暗い場所とか、背景をぼかしやすい被写体とかだ。町中で通りをスナップしているときは、そんな明るいレンズがあっても、開放にはならないし、距離が遠いと、ぼけない。むしろ、もう少し引いてとか、もう少しアップで、と言うような使い方の方が多くなる。
 だから、そうではなく、50ミリ一本で写すところがいいのだ。表現が広がるのではなく、狭めているのだが、そこからの写し取り方に技がある。創意工夫は不自由だから生まれる。写真のぼけも、本来は欠点だったはずだ。
 だから、単焦点一本が加わることで、表現が広がるのは、創意工夫をやり始めるためだろう。それは自分で見つけるしかない。感性はカメラやレンズではなく、本人にあるのだから。
 そして、そうやって見いだした技で写したものを見ても、大した違いはなかったりする。このあたり、習い事の楽しさのようなもので、それが結果として、あまりでないものだ。
 要するに写し方の楽しさを覚えるというのが、ニコン1の標準レンズキットの意味だろう。
 これと似たようなものがないかと探すと、ペンタックスにある。受光素子はコンパクトデジカメ並みだが、レンズを変えられる。そこに50ミリもあるはずだ。
 また、オリンパスからも、ミラーレス用の交換レンズとして、パンケーキ風の単焦点もある。しかし、これはパンケーキ標準ズームに置き換えられたのか、店の展示品から外されている。それよりもズームの方がパンケーキ性が高いためだ。
 キャノンになるとイオスMがある。これも単焦点レンズとのキットがあるが35ミリだ。こちらは受光素子が一眼レフ並みで、イオスと同じのはずなので、それはいいのだが、ボディーは小さいが、かなり重い。
 富士のミラーレスにも、単焦点があり、一時広告がよくあったが、今は探さないとない。富士のミラーレス、種類が多く、よく分からない状態になっている。
 そう言うのを見比べると、ニコン1の小ささ、軽さ、手軽さが好ましい。
 以前はよく、単焦点標準レンズ付きのミラーレスをよく見かけた。特に女性に多かった。パナソニックのミラーレスが出始めた頃で、40ミリを付けていた。だから、軽く鞄に入るし、出っ張りが少ないので、取り出しやすい。鞄の中に突っ込みやすい。当時より、ボディーは軽く小さくなっているのだから、ニコン1よりもいいはずだ。
 昔は50ミリ標準レンズなど、中古屋へ行けば腐るほどあったし、中古カメラには最初から50ミリ付きが多かったので、レンズだけ抜き取ることも出来た。それほど大量に生産されていたので、コストも安くなっていたのだろう。
 どちらにしてもDP2のような41ミリ単焦点デジカメは、不自由さを楽しむようなカメラだ。
 

 
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2015年12月12日

富士X10

■■ 2015年12月12日 土曜日 午前7時42分
 
 今朝もまだ暖かいのだろう。10度前後。この時期だと5度を切っているはずなので。
 天気は悪く、曇っており、雨がちらつきそうだ。雪ではないが、ちらつくほど細かい雨で、傘を差していても、濡れるよう、空気のような雨だ。これは落ちるのが遅いので、傘よりも先に濡れる。つまり、前方に降っている雨とぶつかるような。
 こう暖かい日が続くと、冬物衣料の売り上げは減るだろう。そして、雨が多いためか、野菜も高くなる。
 ニラが安かったのだが、これは百円で三つあった。これで一つだと思っていたのだが、ニラは嵩が低いというか、ぺっちゃんのこのネギのような感じで、細いと言うより平べったいので、三つ分を束ねてテープで貼られていたのを買ったのだが、一つだと思っていた。当然一つで百円なので、まずまずの値段と思い買ったのだが、使うときに見ると、三つだった。袋的に。だから別の袋になっているので、気付いた。これは大量に使わないと、枯らすと思いながらも、ニラは精の強い草で、ネギよりも長持ちがする。
 それで、野菜煮のときに大量に入れ、ニラ鍋のようになったが、それでも減らない。次は卵を焼くとき、ニラを大量に入れて焼く。ネギを入れることがあるが、その数倍を入れる。余っているので、消化試合だ。
 さすがに味噌汁に入れると、臭みがあるので、それは避ける。味噌汁は、臭いものを食べるときの休憩場所だ。その休憩場所が臭いと何ともならない。やはり豆腐かネギ程度だろう。最近は刺身用わかめを入れている。これは保存が利き、大量にある。毎日使っても一ヶ月は持つだろう。日により、入れる量は違う。野菜が少ない日は、このわかめで調整する。
 麻婆豆腐的なものにも、大量にニラを入れる。まあ、嵩が低く、煮ると、量は少なくなるので、もっと入れてもいいほどだ。
 卵とトマトを一緒に焼くと言うより、炒めるとあっさりとした卵焼きになる。トマトを先に切って入れ、しばらくしてから卵をそのまま入れ、かき混ぜる。これだけのことだ。ここにニラやネギなどを入れると、色沿いがいい。細く刻んだピーマンでもいい。残っている青い物を入れればいい。タマネギは地味なので、あまり使わない。白ネギの方が扱いやすい。
 そこまで、ごちゃごちゃ入れないで、卵とトマトだけでいい。要するに卵焼きの横にトマトを添えるようなものだが、それを同時にやってしまうと言うことだ。トマトはたまに酸っぱいのがあり、食べにくいことがある。だから炒めてしまえば、酸味が逆にいい。卵だけでは結構しつこいのだ。これは調味料はいらない。目玉焼きなどを焼くとき、調味料を入れないのと同じだ。食べるとき、醤油を少し垂らせばいい。塩や故障はいらない。醤油に十分塩分が入っているためだ。
 
 シグマDP2で41ミリ標準レンズ系単焦点撮影で、写真初心者の原点に戻るような感じになったが、これはかなり昔、カメラを始めた頃に、カメラ屋へ行けば腐るほどあった標準レンズ付きだが、今は逆に珍しいと言うより、なかったりする。デジカメの出始めは単焦点だったが、すぐに標準ズームになっている。
 最近使った単焦点物と言えば、NECノートパソコンに付いているカメラで、これは40ミリ前後だと思えるが、それほど広角ではない。
 そこで今朝は単焦点標準レンズの次の時代の標準ズーム時代について考えてみた。まあ、今カメラを買えば、この標準ズームが付く。そのズーム比が高いか低いか程度で。50ミリ画角を中心に左右に広角と望遠が付く。逆に50ミリレンズしか付いていないカメラは珍しい。
 さて今朝は久しぶりに富士のx10を持ち出す。これは秘蔵カメラだ。
 ズームの付いているカメラは多く持っているが、高倍率の物が多い。望遠がメインのためだ。
 今回は、もっと地味に写す方面を考えたのは、DP2による41ミリ撮影という縛りのある世界での撮影も、悪くないと思えたからだ。これはカメラ入門時代の単焦点撮影というより50ミリだけで何とかやっていく世界だ。大物釣りではなく、フナ釣り。最初に釣りを覚えるのは川や池でのフナ釣り。
 そのフナ釣りは隠居カメラのようなものに、今はなっているのだが、それを見込んで買ったのがこのx10だ。ただ、単焦点はまだ怖い。結構ストレスになる。だから、まだフナ釣りの心境にはない。
 このカメラ、28から100ミリ少しの、おとなしい標準ズーム機で、このクラスの高級機では、このタイプが多い。レンズを明るくし、受光素子を大きい目にすると、高倍率ズームが苦しくなるためだろう。ネオ一眼になってしまう。
 x10は、このクラスでは類を見ない手動ズームだ。電動ズームではなく、機械式なのだ。指の力でレンズを動かす。動力は人だ。
 さて、それで単焦点によるフナ釣りのことなど忘れて、28ミリから100少しの標準ズームの良さなども考えてみた。これは真ん中は50ミリのフナ釣り画角なので、しかも手動ズームなので、レンズのミリ数が刻まれているので、50に合わせればよいという話ではない。
 50ミリを少しと言うより、かなりだが、延長したのが広角端の28ミリ、逆に少し延長したのが100ミリあたりと考える。いずれも50ミリの守備範囲。まあ、50ミリで広角風に写すのは至難の業で、そんないい条件のそろっている場所など滅多にない。50ミリで望遠風も同じだが、受光素子が小さいので、絞りを明けて、背景をぼかそうとしても、それほどぼけない。圧縮感のある表現も、かなり無理がある。大きく写そうと近寄ると、形も背景が全く違ってしまう。
 と言うことで、フナ釣りというのは嘘ではないかと思ったりする。これはやはり、カメラが大きく重く感じてきた年寄りが、35ミリや50ミリの単焦点レンズだけを付けた方が楽だという感じが強いように思われる。だから、絵に描いた餅ではないものの、実用性は低い。その精神はいいが。あくまでも理屈だ。
 まあ、カメラバッグにフルセット入れて持ち歩くのが苦しくなった年寄りが、首から軽くぶら下げられるカメラだけで、写したくなった心境ではないかと思われる。当然、もう写すべき物は一応全部写し終え、カメラそのものからも引退したような。
 さて、x10を持ち出したのは、それらの解が、このカメラには含まれているためだ。そして、普段は見ているだけで、あまり持ち出していなかったのは、そのあたりの心境との関係だ。
 このカメラに関しては、二年か三年前の冬に買ったので、当時の日誌に事細かく書いたことを思い出す。
 これを買った事情は、脂っこい物に飽きたためだろう。もっと淡泊に、すっと写すような。
 まあ、そういう心境とは別に、カメラそのものが、結構いい。電源ボタンやレバーはなく、ズームを回せばオンになる。これを片手でポケットの中からもできる。鏡胴が細いので指先でねじれるのだ。それでゴクンと言えば電源が入り、そこで止めれば広角端。勢い余って回しきると望遠端。もうこれだけで撮影前に画角を選べている。中間で止めれば50ミリ近くになるだろう。最初からレンズを持った状態で、カメラを取り出すので、後は微調整だ。この操作が絶妙で、道具をカチャカチャとやっている感じや、安全装置を外し、シリンダー式の拳銃を回すようなものだ。
 このカメラ、見た感じはオーソドックスなクラシックカメラなのだが、中身はかなりオート化されている。露出補正ダイヤルが堂々と付いているが、実際には階調拡大のフルオートで、あまり露出補正を気にしなくてもよい。
 実際にはかなり気楽に使えるカメラで、特に暗い場所でもピントが合う。暗い場所でのAFが強いのだろう。レンズも明るく、どんなシーンでも、何とかしてくれる。
 DP2のおかげで、x10のことを思い出し、バッテリーを充電したのだが、これが早い。
 最近は望遠撮影が多いので、100ミリ少しのカメラを持ち出す機会は少ないのだが、フナ釣りを思い出し、このカメラを思い出した。
 

  
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2015年12月11日

標準レンズ

■■ 2015年12月11日 金曜日 午前7時46分
 
 今朝は嵐。台風のようなものだが、よく見ると、積乱雲。これは台風のときには見かけない。と言うより、雲の形などないだろう。空は白いだけで。
 雷は鳴っていなかったが、雨と風が強い。突風が吹き、雨。台風に近いが、空が明るい。そして、朝焼けだ。
 そして気温が大阪で朝なのに17度。これは昼間でもそこまで上がらない。この時期15度行くかどうかで、13度ほどのときも多い。それが朝の一番寒い時間に17度もある。これはやはりおかしいだろう。
 こんな暖かい朝なのに、意外と道行く人は真冬の服装。
 冬のコート類と言えば、昨日、いつものスーパーの衣料品売り場通路に屋台が出ているので、バーゲンかと思い、喫茶店後、覗いてみた。
 平日で、特にセールをやっているような日でもなく、またレジにて半額のタイムセールでもない。並んでいるものを見ると、いつも店内にある冬服だ。セーターとかシャツとか、真冬用のそう言うのが並んでおり、当然ジャンパー系や部屋着などの安いのが並んでいる。客はまばらで、静かだ。
 その中にダウンジャケット風の、よくある表面がつるっとした中綿入りの見飽きたものが並んでいる。今回、それほど客が来ないのは、大物がないためだろう。高いのが出ていない。それが半額辺りになっているのが魅力。最初から安いものは、いつでもその値段で買えたりするし、珍しくない。それにバーゲンでなくても半額とか、二割引とかで、いつもセール中なのだ。そういう品々を廊下のようなところに全員集合させている感じだ。店内で散らばっていた特価品を、集めた感じだ。
 これを安物市という。最初から安いのだ。
 しかし、その中で、この店に来るたびに、よく見ているジャンパーがある。いわゆるダウンジャケットだが、これは三年前にも見た。ずっとあるのだ。同じ品物ではなく、同じシリーズなのだろう。
 他の商品と違うのは、中に発熱性のあるものが仕込まれていることだ。これは三菱何とかが開発した云々となっている。光を受けると発熱する。これは前回にも触れたが、日があるときは、暖かいので、あまり必要ではないかと思っていたのだが、そうでもないようだ。
 発熱するタイプは肌着風なものにもある。また、ユニクロなどにあるウルトラライトというダウンジャケットは、金属片のようなものが仕込まれ、それが暖かいようだ。
 これに近いものを、中に詰めているのだろうか。さらに防水性とある。ポリエステルだけで、そんなことが出来るのかどうかは不明だが、最近は水をはじく程度で、コーティングだろう。つまり油を塗れば、水を弾く原理で、昔の人が大事なものを油紙で包んでいたようなものだ。手紙とか、証文とか。当然旅に出たとき、雨で濡れても、ましなように。当然番傘そうだろう。紙の傘なので、あれは油紙ではないかと思える。ただ塗っているだけなのかどうかは分からないが。
 そういう表面処理がされており、中は発熱性があり、後、もう一つ能書きがあったが、忘れたが、蒸れないと言うことだろう。気孔でも空いているのだろうか。これは3D加工というのがあり、立体的に持ち上がっている繊維らしい。よく作業着にある。表面がややざらっとしている。
 防水性はビニールなら、問題なく水を通さない。ゴミ袋などがそうだ。しかし、引っ張ると伸びて、破れる。だから、衣服には使えなかったりする。
 結局三年ほど見続けていた、そのシリーズの最新作を、今年買う。ヌボッとしたシンプルなものだ。これが半額で2千円少し。元々高いものではないが、もっと安いのもある。一番安いのは1700円ほどで、中綿はなく、裏地に薄い布を敷いているだけ。
 買ったのは黒で、これはごまかせる。汚れに対してだけではなく、同じようなデザインで高いのもあるからだ。黒いと、皮のコートに近い趣が出るためだ。
 ポリエステル百パーセントなので、非常に軽い。コートだとは思えないほど。これが一時受けたのだろう。
 首元にフードはない。その代わり、首を包むように襟が最初から立っており、その内側だけ少し柔らかい生地が入っている。これが首に当たると最初から暖かい。ここも表面生地と同じだと、冷たくなる。
 ファスナーを上げきると、あごまで隠せる。襟はそれほど高くなく、大げさな感じがない。最小限のマフラー代わり。
 これのMサイズではなく、Lサイズにする。黒は人気があるのか、Mサイズではなかった。結構買っている人がいるのだ。
 こういう一番上に羽織るコート的なもの、ぴちぴちなほど暖かいのだが、ゆったりとしたものでないと、下に着込めない。そして、自転車に乗ったとき、袖が手を全部隠せるほどが良い。これで、手袋がいらなくなるし、ハンドルに当たる箇所も中綿でクッションがあるので、手袋よりも快適なのだ。
 ポケットは脇に二つ。縦に入り口があるので、手を突っ込みやすい。このタイプは落下の恐れがあるが、結構深いので、問題はない。一応ファスナーが付いている。こういうところに入れるのは、手袋だろうが、こちらは煙草かカメラを入れている。
 内ポケットもあり、結構大きい。ここに懐刀カメラが入りそうだが、取り出すとき、前をはだけないといけないので、外では寒いだろう。懐の暖かい空気が逃げてしまう。
 このダウンジャケット、スーツのように着こなしている人もいる。その場合、結構薄いタイプだが、値段を見ると、びっくりするほどしている。薄いので安いのではない。見た目は高いか安いかは分からないが、薄くて黒の光沢があるタイプは高い。繊維がポリではなく、ナイロンの良いのを使っているのだろう。ふんわりとしている割には形がある。スーツのように。革のハーフコートのように。
 こちらはそこまで至らず、ふっくらとして、ゆったりと羽織れるタイプにした。
 一番避けていたダウンジャケット系だけに、そのタイプ、一枚も持っていなかったのだ。
 今朝は暖かいので、それを着て朝の喫茶店まで行ったが、その効果は分からない。もっと寒い日でないと。しかし、雨がまだぱらついており、水滴を受けたが、しっかりと弾く、水滴の玉が出来ていた。
 
 シグマDP2での試写。
 41ミリで、F2.8で、受光素子が一眼レフ同等のためか、結構ぼける。これは油断できない。ピントが浅いのだ。昔のフィルム時代、一眼レフを買うと、標準レンズが最初から付いていたのだが、それが50ミリ。開放はF1.4。それでよく写していたはずなのだが、ちょっと絞りを変えると、絵が変わるほど、背景がぼけたものだ。それを思い出した。繊細なのだ。
 その時代は、プログラムオートではなく、絞り優先とかで写していたように思う。またはマニュアルだ。絞りの効果がもろに出るためで、デジカメになってからはプログラムモードしか使わなくなったのは、ピントが深いからだ。それに絞りは二段階しかなかったりした。
 ピントが浅いと、少しだけ外れたところが不鮮明に見える。だから、ぼんやりと写っているように見える。だから、中途半端にもなりやすい。屋外で、少しだけ離れたところ写しても、さらに離れたところはぼける。これは絞れば良いのだが、繊細だ。
 ある程度距離のあるものなら、遠方までピントは来る。実は来ない方がよかったりすることもある。どちらが良いのかはシーンによる。そういうことに神経が行くのは、受光素子が大きいためだろう。広角ではなく、41ミリなので、結構ぼけるのだ。ただ、フィルム時代よりは、多少ピントは深いはずだ。同じにするにはフルサイズの受光素子でないとだめだが、もうその頃のピントの深度など忘れている。
 こう言うのを一眼レフでやるとなると、50ミリレンズを付ければ良いのだが、今度は一眼レフそのもののボディーが大きくなりすぎ、ポケットには入らない。だから、ミラーレスが良いのだろう。
 一眼レフでもミラーレスでも、携帯性を優先させる感じで、パンケーキレンズを付けたセットも売られていた。大きさから言えば、ハーフサイズ受光素子のパナソニックかオリンパスが有利だが、ニコンも今季は、ぼけを楽しむ単焦点レンズキットを出している。痴呆を楽しむわけではない。
 こちらは1インチなのでボディーも小さい。これはポケットに入る。
 しかし、一般的な受光素子より、小さいので、よりぼけ具合は低いだろう。小さく軽く、トイカメラのようになっているのがパナソニックだ。これに純正の40ミリを付ければ、結構いけそうだ。
 しかし、このDP2はオリンパス、パナソニック、ニコンの、そのタイプより、受光素子が大きいのだ。だから、よくぼける。
 このカメラ、昔のフィルム時代の標準レンズ撮影を思い出させてくれる。見慣れてしまい、飽きてしまった世界なのだが。
 

 
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2015年12月10日

シグマDP2のRAW

■■ 2015年12月10日 木曜日 午前7時19分
 
 今朝は曇っているが、暖かい。12度ほどある。西から低気圧が来ており、その影響だろうか。南方の暖かく湿った空気などというつだ。だから、晴れている日より、雨の日の方が暖かいのかもしれない。これは何度もあった。ただし、その低気圧は西からのもので、しかも下の方からだ。台風の進路に近い。フィリピンの上、台湾の右辺りからの。
 しかし、冬は冬なので、やはり寒い。カラカラの寒さではなく、じめっとした寒さだろうか。
 今朝はまだ暗いと思っていたのだが、いつもの予定起床時間だった。まだ薄暗いのだ。最近、起きるのが少し遅れ気味だが、今朝は少し遅い程度。早く起きすぎると喫茶店が開くまで、部屋の中で待つことになる。それもまた朝のひとときだが、理想的には寝起きすぐに喫茶店へ行きたい。夏場早く起きすぎて、間が持たなかったことがある。
 最近は遅れがちなので、起きるとすぐに喫茶店へ行けるが、寝起きが遅いと、一日がずれ込む感じだ。昼がすぐに来る。
 朝、何時に起きるのかは朝になってみないと分からない。
 この夏、部屋のパソコンを買い換えてから、ウインドウズの起動時間が早くなり、以前に比べると瞬時に近い。起動するまで煙草一本では済まないほどだったのを考えると、この待ち時間は嘘のようになくなっている。待ち時間とは何もしないで、待っているだけの時間だ。
 また、秋に買ったNECのノートパソコンも軽快で、これも嘘のように早い。部屋のパソコンは早い目のにしたが、それよりスピードは遅いはずだが、同じほど軽快だ。早さではなく、待ち時間の問題だろう。
 NECノートでテキスト打ちをするのだが、反応がいい。それとアプリケーションなどがもたつかないで、切り替わる。
 それよりもキーボードが良い。昔から使い慣れていたもののように最初から指に馴染む。狭くもなく広くもない。深くもなく浅くもない。
 ただ、キーボードが薄いので、手首を乗せるところも低く感じるが、多少、傾斜が付いている。
 タブレットパソコンでもあるので、モニターは外せるのだが、蝶番式にはできないためか、角度が一定だ。しかし、後ろ側に衝立を付けなくてもよい。これも最初は角度が変えられないので、不満だったが、慣れてくると、いつもの角度になるため安定してくる。モニターの角度は座高と関係する。背の高さではなく。
 どちらにしても慣れてしまうと、買い換えたときのありがたみは薄らぎ、それが当たり前のようになってしまう。
 
 昨日は久しぶりに朝の喫茶店の戻り道、大回りコースに乗ったのだが、結構寒い。冬場自転車でうろうろしにくくなっている。
 シグマDP2を鞄の前ポケットに入れて、いつものように写す。ポケットに入る大きさ軽さなのだが、フードが付いており、せっかくなので、それを付けると、望遠レンズのように長くなり、この状態ではポケットは無理だ。鞄の前ポケットには入る。背が低いためだろう。
 フードがないと、レンズのガラス面が一杯一杯に飛び出しているので、簡単にこすれてしまう。レンズキャップはあるのだが、これを付けたり外したりするときにガラス面を逆にこすりそうになる。そこでフードを付けると、井戸のように深くなり、こすれる心配はなくなった。このフードにもレンズキャップのようなものが入っていた。フードがあれば、レンズキャップはいらないだろう。このフード、丸い筒状だが、それほど太くはなく、先端は四角い。バヨネット式で、回せば簡単に取れる。ねじ式のようにもたつかない。まあ、ねじ式だと、落としたときや引っかけたとき、鏡胴も引っ張られるためだろう。衝撃を受けたとき、フードはぽこっと落ちた方がいい。レンズ鏡胴保護ではなく、レンズの先だけでよい。当然フードの役目は逆光や有害光を遮る手隠しのようなものだが、このフードただのアクセサリーではなく、本物だ。結構長いのだ。
 ショルダーも付いていたので、それをカメラの通すが、金属部がない。先はケータイストラップと同じ、細い紐で、金具などはない。カメラの重さから考えれば、こういう軽快なショルダーの方が好ましい。ハンドストラップで十分なほどなのだが、これは使ったことがない。
 首掛け、肩かけができるようになったのだが、連続して写すようなことはなく、カメラを取り出して、一枚か二枚写して、すぐに仕舞うので、ショルダーを使う暇もないのだが、鞄から取り出すとき、この紐を引っ張り出せば、芋ずるのように芋が出てくる感じで、使いやすい。
 まあ、自転車から降り、歩いて探索しながら写す場合は、ショルダーは有効だ。何をしている人なのかが分かりやすい。
 液晶は日があるときは、見にくいのだが、一般的な液晶とそれほど変わらない。特に見えにくいというわけではない。
 この液晶、明るさ調整が出来るのだが、これも普通だが、もう一ついじれる。それはコントラストだ。これだけを上げることが出来るようだ。その効果はまだ試していないが、悪いとされている液晶なので、そんなのを付け足しているのだろうか。他のデジカメでも、明るさではなく、コントラスト上げ機能が欲しいものだ。少しはましになると思われるが。
 液晶撮影では被写体がしっかりと見えず、構図なども取れないことが多いが、単焦点レンズ付きだと、何となく写る範囲が見えているので、カンで構図を取るような感が出来る。これがズームだと、範囲がよく分からなくなる。
 液晶だけの撮影も気楽なもので、最近は700ミリ越えの超望遠付きニコンs9900で結構慣れた。望遠ほど液晶だけでは苦しくなる。
 さて、試写と言うより、いつもの散策コースでいつもの被写体を写したのだが、写りがどぎつい。濃い。しかし黒くつぶれることはあっても、白飛びは少ない。
 これと似たような受光素子が一眼レフ並のキャノンのコンパクトデジカメを持っているが、対照的だ。キャノンは柔らかく、ソフトで、ふんわりとした絵になる。これが少し物足りない。上品すぎるためだろうか。DP2の写りは容赦がない。
 これはDP2が内部で、JPEGに変換したものらしい。まあ、普通のデジカメならそうだろう。だから、カメラ側が変換する前の状態のRAWのままカードに保存し、それをパソコンで変換し直すように出来ているらしい。RAWとは何の略かは知らない。ただ、データーは三倍ほどになる。三色分だろうか。
 この三色に、シグマの受光素子は独自のものがあるらしいが、どう違うのかは、よく分からないが、RAWを始終やっている人なら、その違いが分かるのだろう。
 シグマのRAWソフトでシグマ書式のRAWファイルを開けると、最初に現れた絵の次に、すぐにスーと別の色目に変わる。これは、前の設定が残っているためだろうか。
 しかし、散歩撮影中、RAWにすると、書き込み時間も三倍になるのか、なかなか電源を落とせない。昔のデジカメも、こんな感じで、待たされたものだ。RAWでなくても、このカメラ、書き込みスピードは遅い。さらに遅くなるので、やってられないが、暗室の楽しみも悪くないと思った。
 実は長い間、お座敷暗室をやっていた。モノクロだが。これはクリエーティブな作業と言うより、その方が安く付いたためだ。
 フィルムの階調よりも、印画紙の階調の方が狭い。しかし、撮影時、フィルムに入っていない白飛びなどはいくらやっても出てこない。ないものはない。黒つぶれもそうだ。明るくやってもフィルム内になければ、黒が薄くなるだけだ。隠された具が出てくるわけではない。だから、撮影時は、標準ネガが出来るように写すのがよいとされていた。
 と言うようなことを思い出した。カラー現像も出来る時代になっていたが、温度管理が大変で、これはあきらめた。
 このカメラ、写したものを背面の液晶で見ていても、よく分からない。解像力が低いので、綺麗ではないのだ。逆にカメラ側で見ているとき、綺麗なのに、部屋のパソコンで見ると、それほどでもないことがある。特に高解像電子ファインダーがそうで、そこで見ているときの方が綺麗だったりする。
 要するに、このカメラ、フィルムカメラのように、後で見る楽しみがある。
 さて、カメラ操作だが、左手でカメラを持ち、仕舞うときも左手で持っていると、電源ボタンを片手だけで押せる。ボタンが中寄りにあるため、左手側の指でも押せるためだろう。右手で持ったとき、人差し指がさすがに届かない。持ち変えれば届くが、窮屈だ。やはりカメラは左手で持つもので、右手は軽くシャッターボタンにあてがう程度でいい。そのルールから言えば、カメラは小さく軽いのだが、左手でしっかりと持った状態なら、そこで親指が電源ボタンに届くので、オンオフは、そちらの方がやりやすい。右手は遊んでいるが。
 
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2015年12月09日

シグマDP2の続き

■■ 2015年12月09日 水曜日 午前7時46分
 
 今朝は寒い。東京では3度ほどとなっている。今冬一番の寒さだろうか。しかし、今日は全国的に晴れらしい。気温もそこそこ上がるようだが、その予報を見ている朝の状態は非常に寒い。今日は暖かいでしょう、と言っても、朝のこの寒さも今日ではないか。決して暖かい日ではない。零時を回ると日が変わるが、さすがにそこからが今日だとは言わないが、朝からなら、今日だろう。
 道行く人はすっかり真冬の服装で、もう中途半端な人はいなくなっている。上に着るコート類も、一番暖かいタイプを引っ張り出してくるのだろう。最近は何年も着ているようなものではなく、新しく買ったものが多いのではないかと思える。その証拠に、最近店屋で見かけるようなタイプを着ている人が多い。その代表は色目だろうか。明るい灰色が多い。そして、表面はウール風のものだ。ただしスーツを着ているサラリーマンの人達は定番があるので、色や形は同じだ。これも50年ほど前になると、また違ってくるが。
 しかし、今年の寒さは、今のところたいしたことはない。これは冬らしくなるのは、年を明けてからで、正月まではそれほど寒くないのではないかと思える。
 
 昨日は鍋を作る。結局適当なおかずが思い浮かばないとき、何かを作るための食材ではなく、使い切って、もうなくなった野菜などの備蓄を満たす感じで買う。
 葉物がまた値上がりしたのか、100円では買えなくなっている。ほうれん草も130円ほど。これが二つで百円で売られていたのは、この前のことだ。それから雨が多かったのだろうか。
 一番安いのは春菊だった。そして、ニラが安かった。これも一束百円ほどだが、その束が大きい。通常の三束分ほどあるほどだ。それを買う。ニラは枯れにくい。そしていつも安いのは徳島産の椎茸だが、椎茸に似ているが、そうではないようだ。そして、白ネギ。これは細いタイプと太いタイプがある。細いと言っても、普通の青ネギに比べれば太い。
 買ったのは八百屋で、その横に魚屋と肉屋がある。魚の出物はないので、肉屋を見る。ここの牛肉が今ひとつなので、豚肉を買う。これで、鍋と決まった。
 鍋と言っても、ジャガイモ、タマネギ、キノコ、春菊を煮たところで豚肉を入れただけのことだ。順番では最後が春菊だ。これを一度作ると、三食分はある。豚肉はすぐに煮えるので、これと春菊を足せば四食分以上ある。雑煮と言うと、正月のお餅入り味噌汁を思い浮かべるが、雑雑としたものを入れて煮たたものと解釈すれば、いつも作っているのは雑煮だ。雑煮は餅だが、雑炊はご飯だ。雑炊はおかゆではないのは、鍋に米と野菜を一緒に入れて炊かないためだろう。それ以前に普通の鍋で米を炊く要領など忘れている。水加減とか、時間も。これは飯ごう炊さんなどでの記憶があれば、何とかなる。
 失敗しないためには、茶粥というのが作りやすい。これは一人用土鍋などに、失敗しないように少量を作る。実験だ。土鍋に米と水を入れ、炊けばいいのだ。おかゆでいいのだから、いつものご飯のように炊かなくてもいい。水を多く入れれば、ごまかしやすい。米粒が柔らかくなれば、それで完成だ。茶がゆなので、お茶の葉を入れればいい。
 これは究極のお茶漬けだ。お茶漬けはお茶を掛ければいいので、一番手間のかからない料理だ。料理というようなものではないかもしれないが、茶粥は逆に時間がかかる。ご飯を炊くのだから。お茶漬けが早いのは、すでに炊けてあるご飯があるためだろう。一からでは、やはり時間がかかる。
 茶碗でお茶漬け。これは合っている。茶碗なのだから。
 
 先日買ったシグマDP2だが、RAWがおすすめらしいので、試してみたが、今ひとつ修正とか、補正とか、そう言うのはあまり興味がないので、思案中だ。普通のJPEGで写したものより綺麗に写っているのなら意味はあるが。そう言うのを比べたサンプルがネット上にあるが、よく見ても違いが分からない。
 たとえばアーサー感度を上げたときの、写真比べならよく分かるが。
 一番重宝するのはホワイトバランスだろうか。シグマのそのソフトにも、これを決定する項目がある。蛍光灯の下なのだが、日差しも入ってきているようなところなど、カメラ側のホワイトバランス自動では、なんともならないこともある。青みがかったり、赤っぽくなりすぎたりだ。
 このRAWソフト、普通のJPEGも補正できるが、ホワイトバランスの項目が消えていたりする。RAWで写すと、ホワイトバランスなども決定しない状態で、保存されるらしい。そんなことはあまり気にしたことはないが、色目が少し妙なときは確かにある。ただ、その間違った発色の写真の方がよかったりする。当然、連続して数枚写したとき、ちょっとした角度で、色目が変わったりするので、こう言うのは問題だろうが、一枚だけ使うのなら、問題はない。
 このソフト、プロとなっている。プロの人が使うのだろうか。それにしても無料だ。ただ、シグマのファイルしか認識しないので、汎用性はない。
 RAWの効能、その必要性などをネット上で読むが、写した原板、これはフィルムに近いのだが、それを現像する感じで、紙へのプリントの人なら、これは便利かもしれない。
 写真を写す趣味はあるが、加工したりする趣味はない。文章を書くのは好きだが、修正は嫌いだ。だから、校正するのが面倒で仕方がない。
 写しっぱなし、書きっぱなしは、人に見せないのなら、OKだろうが、やはり公開する限り、多少は直さないと気が済まない人もいる。
 依頼者があっての話なら別だが勝手に写し、勝手に公開する写真は、それほど丁寧に仕上げる必要はない。ただ、これも趣味とか癖の問題で、しっかりとしたものでないとだめとか、またはそう言うことが好きな人は別だ。写した後の楽しみとして、現像で遊べるからだ。
 ただ、写真の場合、自分の手で書いていないわけで、暗部を持ち上げたり、コントラストを上げたりとかは、手間だろうが、書くことを思えば楽な話だ。絵なら一から書き直さないといけない。手書きの絵は取り消しコマンドが効かない。
 そういう含みからではないが、絵と同じように、写し直せばいいのだ。ただ、好みの絵のように、写真の仕上がりを徐々に決めていくのも悪くないと思っている。それは絵心というか、何らかのイメージに合わないからレタッチするのだろうから。その意味では、写した後から絵を描いているようなものだ。
 これをさらに高めると、CGになる。
 さてこちらとしては、絵を描くのが好きではないので、この方面は少ししんどい。
 まあ、そう言うことがメインのカメラのようだが、それとまったく逆の、昔のコンパクトデジカメののどかさを取りたい。これはこのカメラの欠点なのだが、カシオからデジカメが出始めた頃の懐かしさが、このカメラには残っている。
 カメラのキタムラの中古で買ったのだが、その中古コーナーの中でも結構安い。18000円。これは普通のコンパクトデジカメの新品よりも安いかもしれない。それを見た、うっかりとした人が、安いカメラだと思い、手を出したと思えばいい。DP2がどんなカメラであるかを知らないで。
 また、このDP2、何でもないカメラの形をしており、何でもいいから適当なデジカメを買い、適当に写している人と同等の雰囲気がある。
 
 このカメラのデザインはよく分からない。飛び抜けて目立つような形ではなく、プロトタイプのようなあっさりとしたもので、メカメカしたところや、メタルっぽい感じは殆どない。
 軍艦部はモードダイヤルと電源ボタンとシャッターボタン。単焦点機なので、ズームレバーはない。あっさりとしたものだ。モードダイヤルは大きい割には文字は少ない。それほど多彩なモードがないためだろう。それで、こんなところにセットアップなどが混ざっていて、メニューからたどっても、設定できない項目があったので、探しまくったほどだ。しかし、このセットアップ、普段使うような項目はない。
 軍艦部には、ホットシューとストロボの頭がある。ホットシューとストロボは重なるのではないかと思えるが、アクセサリーシューにはビューファインダーが付けられそうだが、41ミリのは滅多にない。記憶ではパナソニックのミラーレスが出たとき、40ミリ単焦点も同時に出ていたように思う。それ用のファインダーだ。これとボディーのセットが捨て値で出ていたのだが、あのレンズは拾いものだったように思える。ただ、手ぶれ補正はない。これは、マウントが同じなのでオリンパスに付けられるはずだ。オリンパスはボディー内手ぶれ補正なので。
 その手ぶれ補正、このDP2にはない。よほど望遠でないと、本当はいらないような気がするのだが、これは保険だ。やはり広角側でも、手ぶれ補正が効いているのがよく分かる。ぴたりと液晶の絵が止まるからだ。
 このシグマのDP2での安全シャッターは8分の1秒あたりまでだろう。手ぶれ補正のあるカメラなら、4分の1秒あたりまでいけそうだが、それ以下は、いくら手ぶれ補正があっても、無理だろう。この場合、複数枚撮影合成で昼間のように明るく写せるのだが、そんな機能はない。
 まあ、そんな薄暗いところでの撮影は、夜景しかないのだが、意外と夜景は明るい。光源だけ写すのなら。
 さて、デザインだが、これはコンパクトデジカメ系でも、あまり見かけないタイプで、似たものを探すとすれば、コダックだろうか。四角い箱形で近いのは、チノンだ。つまりモダン系で、昔のハイカラな家電、ラジオとか、そのイメージだ。
 最近のコンパクトデジカメはクラシックカメラ風が多くなっている。結構安いカメラでも。これはカメラっぽくていい。シグマが行く方向はよく分からないが、コスト的な問題かもしれない。四角い箱なので、
 ありそうでないデザインだが、どう見てもコンパクトカメラのそれだ。あえて言えば、デザインをしていないのではないかと思えたのだが、その最新機種はとんでもない形をした超未来派カメラデザインになっている。そのように化けるまでの我慢している卵のようなのが、このDP2で、まさか、ああなってしまうとは思えないのだが、その兆候が見える。おとなしすぎ、目立たなさすぎるデザインが、逆にそこまで振り切れたのだろう。中身はそれほど違わないのだが。
 
 それで、外に出るたびに、このカメラを鞄に入れ、ちまちまと写していたのだが、最大の目的は、普段写さないものが写せるためだ。日常の中によくあるようなものだが、見飽きているし、写真にはならない。そう言うのが、意外と写せる。これは41ミリという画角が効いている。肉眼に近いからだ。だから、被写体を見つけた場合、料理しやすい。日常の中にある著とした変化、ちょっとアートになりかかっているような箇所、などを適当に写せる。
 難しいカメラだと聞いていたが、普通のコンパクトデジカメで、少し古いタイプのように遅いだけのことだ。しかし、電源を入れてもなかなか撮影状態にはならないほど、遅くはないし、AFも何秒も待たないと合わないわけではない。さっと合う。
 難しくしているのは、受光素子の大きさや、独自の三色処理を読んだ上でのRAW撮影だろう。暗室のことを考えながら写すようなものだ。
 そういう潜在能力のあるカメラだと言うことを無視して、逆に出た方が、写すものが増えると言うより、普段写す気にならなかったようなものが写せるようになる。これはどこからわき出すのだろうか。
 小さな液晶、解像力のない液晶、そして41ミリで固定された世界。このからくりで写してしまえるようだ。つまり、本当にこんなもので、写真が写せるのかと思っていた頃のデジカメの良さがあるのだ。
 若い頃はいずれ年取ればライカに単焦点の35ミリか50ミリを付けただけのカメラで、隠居撮影しようと考えていたのだが、シグマのそれはその路線だ。
 しかし、その路線の先に、怖いカメラがちらついている。それはもろにライカ風の富士の35ミリ単焦点機だ。あれは買えない。その境地にならないと。
 

 
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2015年12月08日

シグマDP2

■■ 2015年12月08日 火曜日 午前7時34分
 
 今朝は冷え込んでいるようだ。その代わり昼は暖かいらしい。暖かい空気の層が図示されており、西日本を覆う予想らしい。西へ行くほど暖かいとか。しかし、大阪では15度も行けばいい方だろう。暖かいというのはやはり20度を超えないと何ともならないが、冬物を着ているので、暖かく感じるかもしれない。寝ているときも冬布団だし、電気毛布も付けている。これが寝る前など、少し暑いことがあるが。
 今朝は晴れているため、朝日、これを東日とは言わない。夕日は西日というのだが。西と東を間違えやすいというより、すぐに分からなかったりする。北と南はすぐに分かる。東というのは右で、西は左の感覚だ。一度ここで変換しないといけないが、西日本と言われれば、その変換は必要ではない。地図を思い出せば左にある。
 道を聞くとき、東と言われても、分からない。右か左なら分かる。東が分かるには北が分かっていないと、認識できない。要するに自分から見ての方角の場合、左右前後、上下もあるが、これは地面と空だが、ビル内では階を表す。
 西が分からなくなると、西部劇を思い出したりする。西へ西へは左へ左へだ。太陽は東から上がり西へ沈むが、これを覚えているのは西日という言葉があるためだ。沈むのは西だと、それで決定的になる。
 なぜか北と南は間違わない。これはきっと初めて東西を教えられたとき、うまく処理できなかったためだろう。
 その朝日が、今朝は栄えている。日の出が遅いので、いつもの喫茶店へ向かうときは斜光だ。上からではなく地面すすれすれに光が来るため、建物の側面にもろに当たる。そして地面はまだ日は当たっていなかったりする。冬場は日陰率が高い。昼間でも影が伸びる。
 
 昨日は小春日和だったので、少し自転車で遠出でもしようかと思っていたが、カメラのキタムラが気になり、散歩ではなく、そのお供のカメラを売っているカメラ屋へ直行した。
 先日親友と出合ったとき、彼が持っていたシグマのカメラが気になるからだ。キタムラは中古を扱っており、何か出物はないかと、立ち寄った。
 昔は梅田などに出たとき、必ず中古カメラ屋を梯子で覗いたものだ。当時は数千円で普通に使えるカメラがあったので、よく買っていた。デジカメになってからは中古は少なく、またあまり古いものはゴミになっている。それに安くはないので、簡単には中古カメラを買う機会はない。そして梅田などに出る機会が減ったので、中古カメラとの接点は、近所のキタムラか、ショッピングモール内にたまに出る鉄道忘れ物市の屋台のカメラや程度になった。
 さて、キタムラだが、もろに友人のシグマDPがあるではないか。その横には全域明るいパナソニックのネオ一眼。これも欲しいところだが、他のカメラで用は足りている。ただ、夜間での超望遠撮影では役立つだろうが、ネオ一眼は日常的に持ち出せないので、出番はないだろう。
 そのシグマ、親友のは28ミリの広角で、初代DPだろう。このシリーズ、七機ほど出ている。最新機はグリップが手前にあるような未来機だ。その初代の兄弟機がDP2。それが出ていた。そのDP2もその後マイナーチェンジされ、DP2xなども出ている。DP2は41ミリレンズで、DPは28ミリ。その違いだが、後から出たため、少し改良されているようだ。
 そして、こちらが欲しかったのが、このDP2のほうで、それは標準レンズが着いているためだろう。ただ、41ミリは少し広角気味に見える。しかしそれは35ミリフィルムが横に長いため、66判などとは計算が違ってくるのだろう。いずれも人間が見た距離感に近い。だから、肉眼に近い見え方になる。
 最新のDP2では41ミリが45ミリになっていた。わずかな差だが、これを50ミリまであげると、逆に狭く感じるだろう。
 それよりも40ミリあたりはフィルム時代からコンパクトカメラの画角に近い。デジカメなら38ミリが多かったように。
 当時、28ミリというのは、ワイドだった。広角の代表で、コンパクトカメラに28ミリが付いたものは、高かった。
 キタムラのDP2だが、そのカメラとの遭遇は偶然にしてはできすぎている。しかも値段が18000円少し。当然中古だが、美品。元箱入りで、すべてものが入っている上に、フードまで入っている。これは別売りだろうか。元箱に入りきらない。
 さすがにすぐには手が出せないので、一度戻り、そして昼寝後、さっと買いに走った。これは普通の人は手を出さないカメラだが、知っている人は即買いする。
 その親友のDPを見た後、ネット上でDP2をじっと見ていたのだが、重く大きくなっていた。当然、最新機は未来志向しすぎて、手が出せないが。
 中古で1万円台まで落ちているのは、41ミリタイプのDP2初代のためだ。要するに古いのだ。
 だが、この小ささと重さの方が好ましく思えた。
 シグマDPシリーズは怖がられている。怖いので手を出さないのは、操作が今ひとつで、何かにつけ遅いためだろう。
 もう買うことを決めていたので、店員に鍵を開けてもらい、実物を手にし、シャッターを半押しにする。噂ほどにはAFは遅くはない。もっと遅いと思っていたのだが、そこまで遅くなかったので、これで安心し、すぐに買った。
 
 いつもの夕方前に入る喫茶店で、早速カードを入れ、試写しようとしたが、カードが入っていませんと、警告が出る。何でも入れ直したのだが、無理だった。「来たなキタムラ」という感じだが、半年保証なので、持って行けばいい。親友は二度ほど修理に出したらしい。
 これは部屋に帰ってから別のSDカードを突き刺すと、問題なく認識した。
 前の人の設定が残っているのか、カレンダーもそのままで、時間もあっている。ただ記録方式をRAWになっていたので、普通のJPEGに変える。このカメラを使う人は、RAWが多いらしい。
 ついでにすべてリセットにすると、英語表示になったので、少しだけ困ったが、すぐに日本語を見つけた。これで工場出荷時になるはずだが、カレンダーは生きているので、そうではないようだ。これは何かよく分からないが、システムのバージョンを見ると、1ではなく、上がっている。この人が上げたのだろうか。
 さらにバッテリーが一つしかない。これも想像が付く。このカメラ、バッテリーは二つ付属しているのが、もう一つは売らなかったのだろう。と言うことは新バージョンに買い換えた人かもしれない。さすがに二つとも外しては売れないだろう。売り物にならない。しかしフードはそのままだ。
 このバッテリーもすぐになくなるほど、枚数が少ないらしいが、100枚は写せるだろう。十分だ。
 
 液晶は2.5インチ24万画素だろうか。いつの時代の話かと思う。ちょっと暗いところではモノクロになってしまうが、斜め上から見てもしっかりと見えるのは立派だ。しかし、これができた時代、わざわざこんな小さく解像力のない液晶をわざわざ付けた意味が何処にあるのだろうか。今の電池式の一番安い富士の6千円ほどのカメラでも、これより上等だ。これは何を意味しているのかは分からない。余っていたのだろうか。
 しかし、露出補正を掛けると、液晶でも反映する。これは立派だ。
 ボディーが小さいので3インチは無理だったと言うことではない。それなりの大きさはある。ここがこのカメラの渋いところで、受光素子とレンズで、お金を使いすぎて、液晶にまで手が回らなかったとも思えない。新バージョンは今風な液晶レベルのを乗せているのだから。
 このカメラ、当時は非常に高く、8万円はしていただろう。その値段と商品が合わないのだが、このカメラしか選択肢がないほど、独走状態だったので、比べる相手がいないので、好き放題の感がする。
 ライバルがあるとすれば、リコーだろう。しかし28ミリしかない。単焦点で標準レンズはシグマだけだ。
 さて、戻ってきてから、暗い室内を試写するが、シャッタースピードが遅い。アーサーはオートでは100と200を行ったり来たりする程度らしい。最高感度は800で止まってしまう。そこから上の1600や3200が薄い文字になって選択できない。それで調べてみると、RAW時のみ選べるとなっている。これは困ったが、まあ800でも何とかなる。レンズが明るいF2.8とはいえ、800では秒になりかける。さらにこのカメラ、手ぶれ補正がない。
 AFが心配だったが、薄暗いところでも、結構ピントは来るし、遅いわけではない。普通ではないかと思えるほどだ。ただ、何が苦しいのか、すごい音がする。これなら普通に使えるのではないかと思えた。よほど遅いとか、よほどAFが合わないとかではなかったのだ。
 1秒を二分の一秒にしたい場合、露出補正でもできる。暗い目に補正させればよい。別に絞り優先とか、マニュアルにしなくても。露出補正はワンボタンで一撃でできる。
 ピントが合いにくいところでは、AFをすぐに解除でき、無限に合わせたり、マニュアルフォーカスにも切り替えられる。このスイッチが、なんと十字キーの一番上に仕込まれているのだから、これはすごい。よほどAFが悪いのではないかと思ったりするが、マニュアルフォーカスのときは、なんと、電子ダイヤルのような、おはじきを回すことでできる。さらに距離目盛りも刻まれている。これも非常にいい場所にある。これは初代DP1が28ミリレンズ機なので、パーンフォーカス狙いだろう。無限より少し手前にダイヤルを合わせておけばいい。
 当然液晶でも確認できるが、少し苦しそうだ。ピントの山は、この液晶では無理だ。
 
 最短撮影距離は28センチと遠いが、41ミリ画角なので、それなりに大きく写る。このあたりの画角、やはり一昔前のコンパクトカメラによくあった画角なのだが、結構写しやすい。35ミリではちょっと遠ざかる感じがするが、41ミリあたりだとやや引き決め程度で、被写体を見た後、液晶で見たとき、ほぼ同じようなものが見えている感じだ。
 昔、ローライ35sと言う、ちょっとこったコンパクトカメラがあり、そのときのゾナーの画角が40ミリだった。50ミリ標準レンズに比べ、少し広いのだが、これが写しやすかった。AFどころか距離計もなく、目測で距離目盛りを見ながら合わせたものだが、結構合っていた。当然最短撮影距離は遠く、1メートル近い。さすがに28センチまで寄れるDP2はAFがないと、目測では無理だが。あらかじめ28センチあたりに合わせておいて、その距離まで近付けば済む問題だが、意外とピントが浅い。これは油断ができない。
 心配していたピントは結構早い、合わせるところさえしっかり見つけて合わせてやれば、問題なく合う。昔はピントが合いやすいものをうまく選んで写していたものだ。今も多少それをやっているが、最近のデジカメは自動ピント認識なので、それさえも必要ではなくなったが、ここ、と言うところに合ってくれないこともある。
 
 書き込みスピードはそこそこかかり、次から次へとシャッターを切っていくタイプではない。これは動く被写体などに限られる話で、特に望遠のときは連射したくなるが、40ミリ辺りでは風景が多いので、動かないものも多い。また、ズームがないので、画角を変えて次々と写すと言うこともないだろう。
 似たような写真を写し過ぎると、そこから選ぶのが大変だ。
 
 さて、写りだが、残念ながら薄暗い室内での試写なので、感度が低いため、二分の一秒の切ったものが多かったのだが、ぶれてはいるものの、力のある写りだ。特に質感がよく出ており、ただ者ではない。
 まだ露出の癖が分からないが、室内で写した限り、明るい目に出るようだ。一段ほど。それでシャッターが遅くなったのだろう。F2.8で感度が800なら、そこそこシャッターは稼げるはずなのだが、二分の一秒辺りが一秒になる。
 これは間違って露出補正のボタンを押してしまい、全部明るい目とか、暗い目とかになることもある。露出補正一撃タイプは、カメラを構えるとき、ボタンやキーを押してしまうことがあるためだ。

 それでアーサー3200を使いたいので、RAWに切り替える。すると、3200が選べた。このRAWとは暗室のようなもので、現像だ。シグマの場合、専用ソフトがいる。買った元箱の中にもCDで入っていたが、ネットから最新バージョンを落としてきた方が早い。
 そして、すぐに写したものをシグマRAWソフトで見る。これは驚きの画質だ。しっかりと写っている。やはりぶれていたのだろう。これは何も触らないで、保存を選ぶと、JPEGに変換してくれるので、その手間がかかる程度だろう。
 本来はここで、修正するのだろうが、面倒なので、いじらないで、即保存だ。だから、ただの変換ソフトか、ビューソフトのようなものだ。
 このシグマRAWソフト、普通のアルバムソフトとしても使える。
 
 さて、全体的な感想だが、なぜか懐かしい。それはデジカメの初期の雰囲気を思い出すためだろうか。このカメラほど、この小ささで、こった画質が作れるカメラはないほどなのだが、逆に何もできなかった時代のカメラを思い出してしまった。写っているだけで、喜んでいたような。
 これは、初期のケータイ内蔵カメラのようなものだろうか。またはタブレットなどに付いているカメラに近いものもある。それは画角だ。40ミリか50ミリあたりが多いような気がする。液晶でその画面を見たとき、ほどよいボリュームがあり、それでいてそれほど狭くもない。見た目通りに近いのだ。
 このあたり、あこがれのフナ釣りカメラで、単焦点レンズ一本で写す世界だ。
 
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2015年12月07日

冬の上着

■■ 2015年12月07日 月曜日 午前7時45分
 
 今朝は気温は6度ほどあるのだが、ひんやりとしている。これは空気が違うのだろう。暖冬とは言え、冬は冬なので、朝夕は寒い。昼間も最近は寒くなってきている。日差しがあれば、暖かいのだが、もう暑いと言うことはない。それがあったとすれば、厚着をしているためだろう。
 最近は下にセーターを着込まなくてもよくなった。これはそれほど厳しい寒さではないためかもしれない。この分だと、下に着込まなくてもまだまだいけそうな気がする。この下に着るインナー、一度着ると癖になり、脱ぐと寒く感じる。だから、危険だ。それで暖かくていいのだが、暖房の入ったところに入ると、暑くてかなわない。
 そこで今年の作戦だが、カッターシャツの上にコート的なものだけで済ませられないかと言うことだ。幸い暖冬なので、いけそうな雰囲気がある。
 そうなると、結構大げさな上着になるが、これ一枚で持たせるようなもので、その一枚にかかってくる。
 大げさな上着と言うより、大げさな話だが、大した話ではない。ただの冬の防寒の話だ。
 そう言うのを物色しているとき、ユニクロで着比べていたのだが、今着ているつるっとした表面で、裏に毛が入ったものよりも暖かくないとなると、これはパスだ。今着ているものは薄い。それほど防寒性があるとは思えないのだが、それよりも分厚そうで大層なものを試着して、差があまりない場合、パスだ。それなら持っていると言うより、すでに身につけているので、買う意味がない。デザインが気に入って、とかはあるだろうが、これは暖かそうなデザインが好ましい。形ではなく、暖かく感じるようなデザインだ。また憩えるような。
 それで、一着二着と、試着し続けているうちに、やっと、これは、と言う暖かさのあるものに出合った。着た瞬間暖かい。
 それは、以前から注目していた、トドかアザラシのような表面生地で、ゴムのような偽皮で、と思っていたタイプだ。潜水服のような。光沢のある皮ではない。裏側のような。
 ところが、それの別タイプがあり、こちらはセミコート風なのだ。フードが付いている。生地もよく見ると少し毛羽立っている。触った感じゴムのようだが。そのゴムに毛が生えているような加工。
 フード付きの分厚そうなオーバーに見える。これのウールものはかなり高い。毛布を着ているようなものだ。しかし、その生地の分厚さが災いして、意外と首元が頼りなかったりする。堅いのでうまくフィットしないのだ。だから、マフラーがいると思っていた。
 しかし、試着すると、怖いほどファスナーが上に上がり、口まで隠してしまえた。これは偽皮というか、腰がなく縫い目の筋で、線が通っていないゴムのような生地のためだろう。フードはただ背中にぶら下がっているだけなので、マフラーにはならないタイプだ。しかし、フードをたぐれば首の後ろが覆えるかもしれない。
 これで首元に欠点がないことが分かった。そして、偽皮のゴムのようなタイプは腕を曲げにくい。だが、これは柔らかい。くにゃくにゃだ。セーム革風なだけで、中身はポリエステル。そしてあまり皮臭くなく、ふんわりとしている。防風性タイプと表示されているので、これは効くだろう。つるっとしたナイロンやポリエステルの上着は風に強い。それと同じで、しかもセーム革風なので、さらに分厚い。実際に暖かくしているのは、裏地だ。毛布の下に毛羽立ったものが仕込まれているようなもので、それが腕まで行き渡っている。
 これを試着した瞬間、暖かさがリアルに来た。そして、ゆったりとしており、圧迫感や締め付け感がない。実際に全体が柔らかいので、逃げるのだろ。
 前はファスナーで、付けなくてもいいようなボタンも付いている。このボタン、ダブルになっていたり、紐で止めたりするタイプと、形は同じなのだが、シンプルだ。そして、襟の奥までファスナーが伸びているため、先ほど言ったように口までかかる。だからマフラーはいらない。
 ポケットは脇に二つあるだけで、シンプルなもの。内ポケットや胸のポケットなどはない。
 これで、決定だ。値段を見ると、5000円か。まあ、このクラスなら、そんなものだろう。これの本物なら1万円超えだ。
 これに決めたので、そのうち買うことにする。
 昨日はそれが目的ではなかったのだが、前日と同じように上新でデジカメを見る。昨日のオリンパスペン風のミラーレスが38000円で買える日となっていたからだ。ダブルズームキットだ。しかしよく見ると、バージョンが6だ。今、7が出ている。だから、型落ちだ。似たようなものだろうと思っていたが、タッチシャッター、タッチAFに対応していない。7ならできる。
 その横に高い方のペンがあったので、触ってみると、タッチシャッターが効くし、液晶も大きい。
 この安い方のペン、あと一台しか残っていないようだ。それがなくなると、展示品のみになり、年末あたり、展示品特価としてさらに安くなる。去年がそのパターンだった。
 その横に並んでいるニコンの同セットは58000円と高い。受光素子はペンの方が大きいのだが。この説明、店員はどうするのだろうか。受光素子の大きさで写りが全く違うと言っていたのだが、それの小さい方が高いのだ。しかし、オリンパスペン風のそのカメラ、電源ボタンの位置が非常にいい。角にあるためだ。これは押しやすい。指の腹が入らないところに最近のオリンパスの電源ボタンがあるタイプが多いのだが。
 液晶の大きさや、見えやすさなどは、裸眼だと、似たようなものだ。屋内では見やすいが、それでも眼鏡なしだと、ピントの山など分からない。望遠端にすると、何となく分かるが。
 さらに屋外では、うっすらとしか見えなかったりする。
 そう言うのを見ているとき、流行の1インチではなく、少しだけ受光素子の大きいタイプの富士の高級機が魅力的に思えたりした。下手なミラーレスの標準キットなどよりも高いのだ。
 それは電子ファインダーが付いていることと、レンズが明るい。このレンズの明るさの方が、実際の撮影では有利なのだ。さらにミラーレスに比べ、最短撮影距離が一桁違う。30センチが3センチになるほどの。オリンパスのミラーレスも検討しているが、20センチだ。これは標準ズームで。以前よりも寄れるようになったが。
 この富士の高級機、ファインダーは文句なしでいい。その上液晶は回転する。ローアングルで、道に落ちているものを写すときや、真上にあるものを写すときは便利だ。首を上に上げなくてもいい。横開きタイプではないので、真下は無理だが、横開きは操作が面倒くさい。すぐに液晶を回転させられないためだ。
 この富士の高級コンパクト、ミラーレスよりもずしりと手に来るが、意外とレンズの飛び出しは少なく、ポケットに入る。
 そして、電源スイッチはレンズ側にあり、ズームを回せばいい。これを片手でやってしまえる。回すと言うより、片手で握り、ねじるように指先で回せば、両手はいらない。それよりも、ズームが機械式手動、ズームはモーターではない。指の力で回す。電源を入れるため、ズームを回すが、一気に回すと望遠端になる。このとき100ミリ少しだろう。路上で何かと遭遇したとき、広角では広すぎて困ることがある。
 と言うようなことを三年ほど前、この富士の初代機を買ったとき言っていたのだが。
 しかし、このカメラ隠居カメラとしていいのかもしれない。結局裸眼で視度を合わせられる電子ファインダーをのぞく方が明快に文字が読めるのだ。背面液晶でも同じ情報が出るが、裸眼では液晶の文字は苦しい。
 カチャカチャとカメラを操作する感じが、このカメラにはある。
 
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2015年12月06日

庇付きニット帽

■■ 2015年12月06日 日曜日 午前7時23分
 
 今朝は7度か8度ほどあるので、それほど寒くはない。やや曇っており、雨が降りそうだ。冬になると、起きると口が渇いていたりする。喉が渇いているのではない。水が飲みたいわけではなく、かさかさしている。喉の水分がなくなってしまったように。ここに粘着力のあるものがいつもあるのだろう。つばかもしれないし、唾液かもしれない。この粘着性のあるものがバイ菌などから守っているのかもしれない。これは空気が乾燥しているためだろうか。決して水が飲みたいわけではないので、少し口に含むと、なめらかになる。潤いが必要だ。それは寝起きだけで、すぐに潤いは戻るのだが。
 昨日は帽子を買う。夏は土星のような輪のついた帽子だが、冬はニット帽だ。スキー帽のような。これは縁がない。二重にすると、土手ができるが。
 つまり、庇がないとまぶしい。逆光の道を自転車で走るときなどだ。それで、庇付きのニット帽を見たことがあるので、探していたが、いつものスーパーの衣料品売り場にはないし、ユニクロにもない。若者向けの店にもない。ここはそれほど帽子関係はやっていないのか、また、仕入れ先の問題か、あまり種類が多くない。ただ、あるようなものはあるので、問題はないが。
 庇のある毛糸の帽子となると、少しひねりを入れてきているので、これは少ないのかもしれない。それで、ユニクロの横にある蔵がどうのと横文字で書かれた店に入る。蔵衛門だろうか。中に入ると、結構客が多い。その帽子はすぐに見つかった。二種類あり、一つは薄い。分厚い目か薄い目の違いだが、分厚い目にする。繊維はアクリル毛糸で編んだもの。だから種も仕掛けもない。裏側にボアが入っているわけではない。
 アクリル百パーセントで、庇のブーメランのようなものもアクリルだろう。板が入っている。このあたりのアクリル板は、アクリルの得意とするところだろうか。
 かぶってみると、どれも小さい。かさは高くボリュームはあるのだが、サイズが小さいのだろう。あまり締め付けられると、窮屈なので、あるもの全部かぶってみる。小さな鏡が棚の上にあるので、それを見ながら。
 これで、色目が決まってしまった。一番緩いのは薄いタイプだが、透けて見えるほど薄い。これではあまり役に立たないが、それでも良かったかもしれない。値段も安いので。
 しかし、真冬になると薄いニット帽はしんどくなる。かぶっているのに、耳がまだ冷たいためだ。何のために、かぶっているのか分からなくなる。
 デザイン的には野球帽の庇の飛び出しが小さい感じだ。耳隠し付きの帽子で、あごで止めていた人が昔多くいた。焼き芋屋帽と呼んでいた。それに近いが、顎紐はいらない。
 帽子の形としては、ニット帽のそれだ。だから、ニット帽の先端を後ろ側で止めてある。また、最初から縁を二重にした状態で止めてある。これは毛糸で止めているようで、外れない。だから原型は普通のニット帽なのだ。その止めてある糸を切れば、普通のニット帽になるだろう。しかし、ニット帽ではまぶしい。それだけの違いだ。ニット帽でもぴたりと頭にフィットするタイプではなく、頂上があまり、後ろへたれている。上に伸びると烏帽子になる。この遊びの箇所があるからあまり蒸れないのだろうか。それと融通が利く。深くかぶれるし、浅くかぶれる。
 最近は頭巾のようなニット帽をかぶっていたのだが、意外と左右が見えにくくなる。この庇付きニット帽で見晴らしが良くなった。自転車などでの左右確認のとき、首を回す角度が減る。
 しかし、ゆるゆるでボリュームのある普通のニット帽も好ましい。平安や鎌倉時代の庶民が、そういうかぶり物をしていたのに近い。今で言えば、相撲の行司がかぶっているようなあれだ。
 庇がついていると、日よけにもいいが、目を守る。ほこりやゴミなどがよく目に入るが、庇があると、少しましになるようだ。
 
 昨日は庇付きニット帽を買うのが目的ではなく、家電店へエスカレーターで上っているときの寄り道だった。
 カメラ売り場に変化はないかと観察していたのだが、特になかった。昨日はミラーレスを中心に見ていた。これはテーマを決めてから見に行くわけではないが、比べるのが楽しい。
 ミラーレスで一番安いのはオリンパスだろうか。ミラーレスカメラが何種類も出ているが、一番安いのはオリンパスペン風で、これがミラーレスブームの口火を切ったカメラだ。今ではそれほど人気がないのはファインダーがないためだろうか。上位機になると、一眼レフのようにとんがったものがつく。
 そのオリンパスペン風なものに二種類あり、メインと、ライトの違いだろうか。当然ライトの方が安い。どちらも標準ズームとしてパンケーキタイプを付けている。そして望遠を加えたダブルズームキットだ。安いペンは3万円台。これは年中そんな値段だが、この時期、期間限定で、一眼レフデジカメを安く買える日キャンペーンのようなものをしているのか、千円ほど安くなる。これは上新のネットで見ると、そちらの方が高い。逆転していると思っていたがそうではなく、店売りの価格は消費税なしなので、結局同額だ。
 そのライバルはパナソニックだが、意外とニコンだったりする。こちらは受光素子が1インチなので、かなり小降りだ。しかし、オリンパスはパンケーキ標準ズームのためか、小さく見える。当然出っ張りが非常に小さい。これは電動沈胴、電動ズームのダブル効果だろう。そのため、ボディー側の電源ボタンで、レンズ側の電動ズームが使えるようになる。難しい話ではなく、普通のコンパクトデジカメと同じなのだ。
 ニコンはレバー式の電源スイッチになるが、これは片手では面倒そうだ。ここはボタン式のオリンパスの方が写した後、ポケットや鞄に入れるときに電源も落とせる。片手で電源が落とせる方がちょい写し撮影ではいい。
 しかし、電動ズームの早さはニコンの方が早い。これは設定でスピードを変えられるのだろうか。または、早く回すとさっとズームし、ゆっくりだと動画撮影用にじんわりとよれるのだろうか。そこまで見ていない。
 液晶はニコンの方が大きい。どちらも可変式で、自撮りができる。オリンパスの液晶は情けないほど小さいのだが、これは比率だろう。同じ3インチでも。
 どちらも軽く液晶が上がり、写しやすい。シャッターボタンはオリンパスは古典を踏んでおり、これは押しやすい。出っ張っているためだ。棒のように。杭のように。以前のニコンのこのタイプ、平らなシャッターボタンで、センサーのような感じだった。これもいいのだが、指にシャッターボタンが引っかかりにくいのと、低いため、手かざしがしんどかった。今のは反省したのか、普通だ。
 しかし、オリンパスミラーレス。3万円台でレンズが二本つく安さだ。望遠ズームは以前のままだが、このパンケーキズームを付けた状態なら、簡単にポケットに入る。重さを計算すると400グラム。常時ポケットは無理だが、一眼レフタイプ、ここでは単にレンズ交換ができるカメラとしての意味だが、そのタイプの欠点を、このパンケーキレンズが解決してくれている。要はレンズの出っ張りなのだ。それで携帯しにくい。鞄にも入れにくい。この嵩を低くし、頭を低くしたオリンパスは、結構魅力がある。その性能やスペック以前に、こういうところが気になる。また、そのパンケーキズームレンズ、結構メカニカルで、普通のレンズの方がスカスカに見えたりする。オリンパスはボディー内手ぶれ補正なので、ここまで短くできたのだろうか。その短い鏡胴にズーム輪だけではなく、ピントの輪もついているのだから、これは精密機械だ。
 このズームレンズ、昔からあるパンケーキ単焦点レンズの出っ張りとそれほど変わらない。これで28から85ミリが写せるのだから、驚きだ。
 最近は1インチブームだが、フルサイズの半分のハーフサイズ受光素子のオリンパスミラーレスは、1インチと比べて、結構大きいのだ。また、普通のコンパクトデジカメの少し高い目の新製品価格と変わらない。
 このオリンパスペン風のライトシリーズ、何年か前に買っている。そのときは二世代ほどの型落ち機だったのだが、似たような値段だ。そのカメラは今もあるが、望遠レンズにカビが入ったのか、煙い。
 古いためか、液晶も見にくく、当然可変式ではない。それなりの大きさ重さがあったが、最新バージョンは小さく軽くなっている。しかし、あまり使わなかったのは、写りがコンパクト系より、少し精細感がある程度で、受光素子の大きさが何倍も違うはずなのだが、実際の写りは二割程度。まあ、これは安いレンズを付けているからで、と言う話に持って行かれる。これがレンズ地獄の始まりで、オリンパスレンズ、ズイコーレンズだが、その高級版のシリーズでないとだめ、と言う話になる。
 このパンケーキレンズはいいのだが、標準ズームの世界は、今ひとつ退屈だ。それならいっそのこと単焦点の方が良かったりする。
 最近はニコンs9900がお気に入りで、精細な描写よりも、望遠でぼんやりとした淡い絵を好んだりする。そして、このカメラ、結構白飛びをするのだが、プロはアンダー気味を好むので、その逆を行くのが、好ましかったりする。白飛びしすぎて絵は破綻しているのだが、それを写したときの状況が写っているのだ。明暗差がすごい場所だったと。
 しかし、このオリンパスペン風のライト、意外と精密感がある。写りではなく、カメラそのものが。
 
 
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2015年12月05日

鉄板鍋

■■ 2015年12月05日 土曜日 午前7時38分
 
 今朝は晴れている。気温は5度を切っていないので、それほど寒くはない。しかし、昨日は風が強く、豊中の最大瞬間風速は14メートル。これは伊丹空港だろう。周囲に建物がないため、遮るものがないので、風もまとまってくるのだろうか。こういう風速計は置く場所によって変わるはずだ。
 風速計と言えば、小さなお椀をいくつか集め、くるくる回っているイメージがある。お椀の入り口で風を受けるのだろう。その上に矢が立つ。それで風向きが分かる。気象庁が設置している豊中の観測機は、どんな感じかは、これはネットで見れば、そのサンプルのようなものが見つかるはずだ。地上で観察しているはずだ。ただ地面ではだめなので、少し高いところで。
 昨日の瞬間最大風速は14メートルだったが、一時間置きの風速は5メートルほどだ。強い風がずっと吹いているわけではなく、瞬間的に突風が吹く。町中ではビル風がきつい。これは谷風だ。その前を通ると帽子を飛ばされ、それを拾いに行ったとき、止めた自転車も横倒しになっていた。ここは渓谷なのだ。ビルを山の崖だと思えば、その絵になる。しかも垂直の壁だ。
 そのため、冬場は、その前の通りを通らないことにしている。意外と夏場は涼しいはずなのだが、あまり風は吹かない。ただ、雨が降り、空が荒れている日は、傘が差せない。その通りだけ。
 今朝は薄い目のアランドロンブランドのジャンパーを着て、寝起きの喫茶店へ行く。これでは寒いのではないかと思っていたが、そうではなかった。一応表面はつるつるで防風性がある。防水性は言うほどないが、雨をはじく。しかし長時間だと浸みてくる。カッパではないので。
 一応胴体には毛の長い毛布のようなものが仕込まれているが、腕にはない。ただ、首元がしっかとしており、マフラーはいらない。さらにこの襟、立てなくても、最初から立っているのだが、その襟がさらに立つ。これはボタンで留めており、その気にならないと、ここは立たない。これを立てると、後頭部まで来るし、耳まで隠してしまいそうだ。そこまで必要ではないので、襟は折りたたんだままにしている。ボタン式なので、外す方が面倒なためだ。そうでなくても、襟は最初から高いので、ファスナーをあげると、あごまで隠れる。このアランドロンブランのジャンパー、今年の冬の終わりがけに買ったのだが、まだ寒い時期で、その下にセーターを着込んでいた。今朝は着込んでいないので、余裕だ。真冬の一番寒い頃、このジャンパーを着ていたのだから、これでいけるのだ。ただ、セーターが必要だが。このジャンパー、安いものではなく、1万円近い。それを二千円台でバーゲンで買っている。半額以下まで下がっていたのをさらにレジにて半額だ。持ってけ泥棒だろう。冬の最終バーゲンだったように思える。そのため、真冬ものではなく、春にも着られる服がよく出ていた。このジャンパーの横に本格的なダウンジャケットや、分厚いものがいくらでも安く並んでいたのだが、あえて、薄いタイプを選んだのは、春が近いためだろう。
 最近は喫茶店に入ると暑いほど暖房が効く季節になっているので、大げさなものを着て入ると、脱がないといけないほどだ。
 それよりも、なぜアランドロンブランドジャンパーが薄いのに暖かいのかだ。ここに冬服の秘密があるように感じる。
 まずは表面生地がナイロンやポリエステルのつるっとしたもので、風を通さない。そして中綿ではなく、毛の長い毛布を裏地にはめ込んでいることだ。だから、毛布が直接下に伝わる。中綿は分厚そうだが、袋詰めされているようなもので、その表面は大して暖かくはない。シーツと毛布の違いだ。
 この原理に当てはまるものを探すとユニクロで1900円になっていた貧乏くさいフード付きジャンパーを思い出す。表面はナイロンで、非常に薄い。ナイロンの風呂敷のように。しかし裏に毛布がびっしりと袖まで敷き詰められていた。これだけの構造なのに暖かいのだ。前はファスナーで、あごまで隠れる。この構造と、アランドロンブランドのジャンパーと似ている。襟はないが、フードが襟の働きをしている。当然首に当たるところはフードの内側なので、毛羽だった毛布だ。
 そう思ってみていると、真冬の大げさな鎧のような上着は、アクセサリーではないかと思えたりした。
 また、最近は中に着込むインナーが、結構暖かい。だから、上に大げさなものを着る必要はそれほどなかったりする。
 さて、今朝のモスだが、いつも来ている煙草一本だけ吸って出る老人の服装が変化していた。長いコートを着ているのだが、フードがついている。このフードがあまり役に立ってなく、アクセサリーのように背中にたれている。外した方が軽くなる。意外とフードは重かったりする。
 首元は襟でなんとかなるのだろう。ダウン系ではなく、軽く中綿か暖のある裏地が入っているのだろうか。結構薄いが、だぶっとしており、ゆったりと着ていた。要するにマウンテンパーカーの真冬版だろう。年寄りで、隠居さんなので、下はスーツではない。だから、寒くなると、この人もセーターを中に着込むのだろう。
 小学校や中学校で着ていたジャンパーがある。親が適当に買ってきたものだが、どの子も同じようなジャンパーだった。それは裏表着られるタイプで、表地がナイロンなので風よけになる。裏側は綿だ。どちらを上にしてもかまわない。決して中綿式ではない。これで、冬場過ごしていたのだ。当然下にセーターを着ていたはずだが。
 その構造を見ると、やはりどこかでナイロンなどの風を通さない生地が一枚入っていることだ。そして、最近は綿やコール天やウールではなく、毛布を裏地に使う。これが決め手だろう。この構造の外套が暖かいような気がする。
 
 昨日は焼き豚が残っていたので、それをミンチ肉だと思い、麻婆豆腐を作る。豆腐はある。肉はないが、焼き豚を細かく切れば、ミンチ肉のようなものだ。
 大量に作ると、食べきれないので、卵焼きの長方形のフライパンで作る。分厚いだし巻き卵程度のボリュームでいいためだ。
 小さい目のタマネギを買っていたので、それをみじん切りにしたものを最初に炒める。普通のサイズのタマネギでは多すぎるので、半分に切るのだが、切った片割れを使う機会がないまま枯らしてしまうことがある。だから、小さい目のタマネギで、使い切るのが好ましい。
 最初タマネギなので、油を少しだけ入れる。麻婆豆腐なので、煮てもいいのだ。実際豆腐を入れると、水を出すので、それでスープができる。さらに水分を加えるため、トマトを入れる。これも小さい目を適当に切って炒める。ほうれん草はすぐに柔らかくなるので、後半、焼き豚と一緒に入れる。タマネギの量がやはり多すぎたためか、ピーマンやネギが入らないほどのボリュームになる。豆腐はつぶれてもいい。ポイントはトマトだ。これも溶け出す。酸味が出て、食べやすくなるし、しつこい麻婆豆腐があっさりとしたものになる。焼き豚なので、それほど油は出ないので、ミンチ肉ほどには肉汁が豆腐に染みるという見せ場はないが、あっさりとしたものになる。緑のほうれん草と赤いトマトの配色が綺麗だ。
 これを卵焼きフライパンのまま食べる。調味料は醤油を垂らしただけ。トマトが入っているので、そこからも味が出る。結局歯ごたえのあったのはタマネギで、これは一度湯がいて柔らかくしておいてから入れた方がマイルドだ。タマネギはものにより、堅いのもあるし、柔らかいのもある。昨日入れたのは淡路島産だ。ここはタマネギの産地だ。
 冷めた麻婆豆腐は今ひとつなので、フライパンのまま食べるのがいい。冷める頃食べ切れているように。これはフライパン鍋だろう。鍋物の一種だ。鉄板鍋かもしれない。
 
 
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2015年12月04日

焼きめし

■■ 2015年12月04日 金曜日 午前7時40分
 
 今朝は少し寒くなっているが、5度は切っていない。雨はやんでいるが、昨夜雷雨があった。にわか雨だろうか。すぐにやんだ。寝入りばなで、急に部屋が明るくなった。電気を消し忘れたのかと思ったほどだ。
 今朝は晴れており、雨の気配はない。この時期の寒さが戻ってきたようで、冬物衣料が気になるところだ。
 結局今冬買ったのはバーゲンのとき千円台で買ったボア入りのパーカーで、これは部屋着にしている。ガウンのような感じで、これを引っかけていると、暖かい。表面は綿だと思っていたのだが、そうではなく、毛玉が出てきた。特に部屋で着るとき、肘などをよくこする。肘掛けなどで、ここが一番厳しい毛玉だが、この毛玉が暖かいのかもしれない。
 ユニクロでムートンのセミコートがある。このタイプはミリタリー風なのだが、シンプルで、前のボタンを紐で留めるタイプではない。このムートン、羊の皮だが、そんなものを使えば大変な値段になるだろう。だから偽皮だ。ユニクロは最近羊をよく使っているのか、羊毛のコートがある。これは本物なので、高い。
 そのムートン風に二種類があり、一つは潜水服のように見える。トドかアザラシのように。もう一つが、コート風だ。フードがついており、予備校生風だ。このタイプは坊ちゃん風だろう。
 この二つのタイプだけ、防風性がありとなっている。しかも大きな文字で書かれている。ゴムのカッパのようなものなので、風を防ぐのだろうが、逆に蒸れる。また、防水性に関しては触れられていない。まあ、偽皮相当だろう。生地は意外とふわっとしており、羊の皮と言うより、羊毛に近い。このタイプはゴムのようなものなので、しわが寄らない。しわができない。ぺろんとしているのだ。また、ダウンジャケット系ではないので、結構重い。これで5千円ほどだ。高いものが暖かいとは限らない。また、生地が、どうだから暖かいというわけでもなさそうだ。
 
 昨日は何年ぶりかで焼きめしを作る。本当に久しぶりだ。その間、焼きめしを食べていなかったかとなると、食べている。コンビニで二回ほど買って食べただろうか。食欲がないとき、とりあえず何か食べたいと思うとき、この焼きめしが量が少なそうで、好ましかった。おにぎりよりも具が多いだろうと。
 要するに焼きめしは野菜炒めの中にご飯を入れる程度のもので、その野菜類を細かく切っただけだ。殆どみじん切り。だから、同じ野菜を焼きそばにする場合、大きい目に切る。焼きそばは割り箸で食べるが、焼きめしはスプーンで食べる。だから、具が小さくても良いのだ。
 ピーマンが安かったので、買っていた。これを二個、縦に細く切り、横にしてさらに細かく切る。タマネギも買っていたのだが、これは一度湯を通さないと堅いことがある。まあ、タマネギはみじん切りにすれば、問題はないが、ここは長ネギにする。こちらの方が扱いやすいためだ。それに風邪っぽいので、ネギがききそうなので、それを入れる。メインは焼き豚だ。これはそのためだけに買った。最近加工ハムの評判が好ましくない。焼き豚も似たようなものだが、焼きめしには焼き豚だろう。ハムやベーコンではなく、なぜなら、焼き豚は焼いてあるからだ。だから焼きめしとの相性が良いはず。どちらも焼き物だ。
 その焼き豚。塊のまま売られていることがある。形はむちゃくちゃなのだが、これが自然で良いような気がするが、少し高い。それで、小さい目で、すでに切られているのを買う。切りハムに比べ分厚い。それをさらに細かく切るが、みじん切りにしてしまうと、存在感がなくなり、せっかく入れた焼き豚を舌が認識しないまま終わる可能性があるので、少し大きい目に切る。そして卵だ。
 具が少ないときは、卵を二つ入れようと思っていたが、結構ボリュームがあるので、卵は一つとした。卵を入れるタイミングはご飯を入れる前か、後かで分かれるが、ご飯の前にした。ご飯の扱いが焼きめしの場合難しい。それは、ひやご飯を入れるため、堅いのだ。そのため、水分がいる。ほぐれないためだ。ここで問題がある。水分たっぷりの焼きめしは胃の中に近い状態になる。しかしぱさぱさとした焼きめしより、少しねばっとした焼きめしの方が食べやすい。
 調味料は醤油だけ。焼き豚に少し味がついているはずだ。醤油は水で溶かしたものを入れる。ここで非常にこったことが実はできるのだが、今回は醤油と水だけ。ここにマーガリンかバター、こしょう、ショウガやニンニクでもいい。それらをかき混ぜたスープを作り、それを固まった状態のご飯に掛けてほぐしていく。
 冷やご飯からの焼きめしでは、ご飯つぶしの時間が一番手間で、力がいる。それ用の木のへら。これはご飯のしゃもじのようなものだが、それでご飯を割ったり、押さえたりして、つぶしてご飯粒状態まで分解していく。
 焼きめしは炒めるのではなく、焼く。だから、あまりかき混ぜない方が良い。鉄板でご飯を焼くのが焼きめしで、焦げるほど焼いてもいい。まあ、我慢できないので、すぐにかき混ぜるが。
 要するに、お焦げがおいしい。しかし、水分が多かったためか、べちゃべちゃの焼きめしになったが、作りたては何でもおいしい。
 しかし、そこで使った野菜や豚肉や卵などを別にフライパンで炒めて、白い普通のご飯で食べても良いのだ。この場合、ただの野菜炒めになるが。具を小さくし、食べやすくするところに焼きめしの良さがある。これは和風では混ぜご飯、かやくご飯のようなものだろう。
 
 昨日は先日買ったタブレットパソコンの電子ペンで絵を書く実験をする。このパソコンはウインドウズ機なので、いつものお絵かきソフトのフラッシュをインストールする。このソフト、図形系だ。そして、バージョンは古い。フラッシュMXだ。まだマクロメディア時代のものだ。そのフラッシュ、実はまだ小さなメーカーが作っていた初代から使っている。アニメができるソフトとして、それなりに使えたのだが、実際にはそこではなく、ペイント系のように書けるドロー系だったのだ。書いたものはすべて図形として認識されるので、自在に変形できるし、修正も楽だ。
 さて、NECが用意した、このタブレット専用電子ペンだが、先がとんがり、ワコムのペンに近いが、ペンの先に当たるところがやや短いので、ペン本体かかると、ペン先がよく見えない。しかし、指の腹のようなペンではなく、とんがっているので、ペンと変わらない書き心地だ。
 液晶の上から書くというのは、紙に近いわけではなく、透明な下敷き一枚分ほどの誤差がある。表示されているところと、表面との誤差だ。だからやや下側で描かれた絵が出てくるので、このずれが問題だが、まあ拡大して書けば問題はない。
 遠隔操作のペンタブレットと違い、方角が分かりやすい。左は左だ。線を書くとき、方角で書いている。どちらへ曲げようかとか。その場合の天地左右が明快なのが液晶直書きの良さだろう。
 追従性も良く、サーとペンを動かしても、ついてくる。
 しかし、液晶が近い。これはリアルで書く場合も、紙との距離はそんなものだろうが、紙と違い、光り物なので、目を差す。いつもはモニターを離して使っているので、絵は遠くにある。手が届かないほどの距離に、この距離の方が目が疲れないためだ。
 また、下手にタブレットに触ってしまうと、タッチパネルなので、反応する。古いフラッシュなので、指で拡大縮小などはできない。
 ちなみに最初からNECが用意しているお絵かきソフトがあり、これは水彩画のアプリだろう。当然ペイント系で、筆はどれも太く、ペン画は無理だ。こすりながら描く絵なら良いが。百パーセントの黒が出なかったりする。筆圧感知は当然可能。
 また、ワード、ワープロソフトだが、文章をタイプしているその画面で、もろに線が引ける。これはレイヤーのようなものに自動的に切り替わるのだろうか。図形領域がどうの操作は必要ではない。手書き文字が書ける。そういう用途では、この電子ペン、非常に使いやすい。これは校正で使えたりする。
 エクセルでは試していないが、その中でもペンが使えるのなら、エクセルのマス目でコマ割りし、その中で、漫画が描けたりする。
 このパソコンは実売5万円。それで10インチ液晶ペンタブレットになると思えば、安いかもしれない。ただ、アプリが対応していない場合、マウスと互換の使い方になるが。
 絵のできは、いつものワコムのペンタブレットで書くのと、それほど変わらない。電子ペンでの直書きだから正確に書けるというものでもなく、また書きやすいわけでもなかった。
 それは起点の問題だろうか。ペンを置く位置だ。これはマウスならペン先のカーソルが出るので、その先が起点になる。電子ペンではそれが曖昧になる。だから、結構拡大して書かないと、やや左側になったり、やや上や下側から線を引き始めたりする。実際に引き始めると、手が覚えているので、形は掛けるのだが、起点が問題で、書き加えたりするとき、命中率が問題になる。図形ソフトなら、引いた線をさっとずらせたり、引っ張ったりできるが、そちらの方の修正の方で時間がかかりそうだ。
 ただ、下絵のような状態のときは、電子ペンのフリーな書き心地は有効だ。図形ソフト系は、線を一発で決めるが、ペイント系の薄い筆でちまちまとした絵の場合は、電子ペンは有利かもしれない。
 まあ、ペン先や筆のツールが一つ増えた程度の値打ちはある。

 
posted by 川崎ゆきお at 09:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

日常常時携帯カメラ撮影

■■ 2015年12月03日 木曜日 午前7時50分
 
 今朝は妙に暖かく14度。少し考えにくい気温だ。高すぎる。北海道では雪が積もっているのだが、雨になるらしい。そのため、積もっていた上に雨なので、溶けるだろう。
 この暖かさは昨夜からで、雨とともにやってきた暖かさのようだ。それに湿っており、妙な空気だ。
 雨の中、寝起きの喫茶店まで行くが、小降りで傘はいらないほど。暖かい雨と言うほどではないが、暖かいのか寒いのかが分かりにくい。本来なら傘は差さないのだが、用心して、差す。少し風邪っぽいためだ。
 この暖かい雨が去った後、急激に寒くなることもある。しかし、予報では温かい目と出ているので、いつものパターンにはならないのかもしれない。
 最近は寒いので、喫茶店の戻り道での大回り散歩をやっていない。そういえば、復活させた夜の徒歩散歩もやっていない。いずれも寒いためだ。
 特に夜の散歩は、散歩コースになっている場所で、歩いている人が多いのだが、寒くなると、人数が減る。寒いところを歩いている方が体に悪いのかもしれない。用事があって歩いているのではなく、歩くために歩いている。しかし、歩くのは足腰にいいのだが、寒いので出たくないのだろう。
 これは夕食後の散歩の場合、食べた後、ゆっくりしたい。できればごろりと横になりたいほどだ。食後すぐに散歩に出たくない。これが夏場なら、食べた後、暑いので、風に当たりに出るのだが、冬場はそうはいかない。
 
 先日親友とばったり出会い、カメラの話をしていた。それで今、鞄の中に入っているカメラを見せ合った。これだけで互いの消息が分かる。どんなカメラを、今、持っているのかで、雰囲気が分かるのだ。
 その親友はレンズが飛び出した小さなカメラを鞄から取り出した。見た瞬間イオスMに近いが、レンズが長すぎる。望遠を仕込んでいるのかと思っていたが、彼は望遠にはあまり興味はない。よく見るとシグマだ。ああ、あれかという感じで、これは、これを狙い撃ちして買った意味も分かるし、そちらへ順調に流れていったことも理解できた。一瞬で。決して、それを持っていてもおかしくないと。
 それはシグマの単焦点28ミリ付きコンパクトデジカメなのだが、受光素子は一般的な一眼レフと同等。これで、こんなに小さいのかと思うほどだが、その受光素子が普通ではない。合計すると四千万画素になる。色を別個に受光しているのか、そのあたりのセンサーの話はややこしいので省くが、手に入る限りではシグマにしかない。シグマはレンズメーカーだ。しかし、カメラも出している。ニコンなどでレンズを作っていた人が、こういったレンズ専用メーカーへ行っているという話はよく聞く。だから、大ブランドのレンズより、安い専用メーカーのレンズの方がよく写るとか。
 そのカメラ、28ミリ単焦点なのに、F4と暗い。長く見えていたのはフードがついていたためだろう。F4で28ミリなら、小さくできる。あえて明るいレンズにしなかった意味は、パーンフォーカス狙いではないかと思える。
 こういうカメラの愛好者は四千万画素で写し、パソコン上で等倍まで開けてみる楽しみを持っている人だ。だから28ミリで広い目に写し、映り込んでいるものを細かく観察する。ただ、パソコンの場合、銀の粒子ではなく、デジタル崩れのぼけとノイズが見えてしまうので、あまり適していないが、等倍で見ても、しっかりと写っているだけで、十分かもしれない。
 このシグマのコンパクト、10万円を超えているのだが、初代などは元箱のまま半値以下で出ている。それでも結構高い。似たものとして富士の35ミリ単焦点がある。こちらはクラシックカメラ風で、持つ人を選んでしまうが、カメラの操作や機能などは富士なので、シグマは足下にも及ばない。一番のライバルはリコーだろう。28ミリ単焦点を付け、受光素子も最新機では一眼レフ並なのだ。その前のバージョンではびっくりするほどレンズが明るい。実はニコンにも、このリコーの対抗馬があるのだが、あまり評判にはならない。単焦点コンパクトだ。
 さて、その親友のシグマを見ていて、28ミリタイプではなく、50ミリタイプが欲しくなった。自分なら、そちらを選ぶだろうと。その親友は28ミリ一筋で、それが自分の視野になっている。拡大してみれば、28ミリの方が入り込んでいるものが多いので、お得なのだ。
 そういえば、フィルム時代後期、リコーからも名機が出ていたが、ミノルタからも出ていた。ミノルタはどこかへ行ってしまったが、リコーはそのデジタル版で今も継続している。つまりフィルム時代からのユーザーが多いのだろう。それらは高級コンパクトで、結構高い。そして単焦点だった。
 その親友に対抗するためには50ミリ付きシグマしかない。これは実際には使い道が少ないカメラになり、今のコンパクト高倍率ズーム機の実用性から見ると、隠居カメラに近い。
 ピントが遅いとか、書き込みスピードが遅いとか、手ぶれ補正がないとか、そう言ったことだ。
 この50ミリ専用機はF2.8とそれほど明るくない。しかし、レンズは抜けない。交換できない。50ミリだけ。だから、背面液晶での立ち上がりも50ミリ画角。そのため、被写体を見つけた場合、こちらから移動しないといけない。ズームのようによったり、引いたりできない。
 デジカメの出始めのカシオが38ミリあたりだったと記憶している。あのあたりの画角が妙に懐かしい。40ミリとかが。
 それらのカメラは、撮影し、作品的に持ち込む方向ではなく、写したものを自分で楽しむものだ。というより、記憶の延長のようなもので、作品化しない。
 これは散歩撮影とは少し違う。撮影そのものでもないようなもので、これを日常常時携帯カメラ撮影と、昔は言っていた。自身の付属品のようなもので、目と同じだ。写すと言うより、写すことも可能程度で、別に写さなくてもいい。
 さて、その日、こちらはポケットにニコンP9900を仕込んでいた。それを見せる。
 この小さなカメラに25ミリから700ミリ越のレンズが入っているのだ。喫茶店の窓から、通りを歩く人を抜ける。やはりこちらの方が実用性というか、撮影範囲が広がるのだが、単焦点だけで、いつも同じ画角で写し続けている人に憧れたりしている。

 
posted by 川崎ゆきお at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月02日

防寒ズボン

■■ 2015年12月02日 水曜日 午前7時37分
 
 今朝は寒い。3度か4度。瞬間最低気温は2度台になっていた。
 大阪市内の気温は5度から6度ほどなのに。結構差がある。しかし、体感温度はまた別で、言うほどの寒さではない。そのため、とっくりのセーターを中に着込まないで、寝起きの喫茶店まで自転車で走った。さすがに手は冷たい。力んでペダルを漕ぐと、逆に汗が出るのか、それが冷えてくると厄介だ。
 モスの暖房が戻ったのか、今朝も暖房が効いているので助かる。寒くなってから、暖房が効いていなかったので、寒かったのだ。暑すぎるとこれはこれでまた厄介だが。こういうとき、着込みすぎたことを後悔する。特にとっくりのセーターなどは脱ぎにくい。前をはだけられるタイプの方が良いのだが、ファスナーが喉に当たるのかが気になる。
 寒くなると、無精になる。用事をするのが面倒になる。寒いところに立ちたくないし、それ以前に動きたくないのだろう。冬眠するわけではないが、それに近い。
 金魚なども冬場は動きが鈍い。これは水温のせいだろう。ヒーターを入れてやると、動きが機敏になる。金魚はフナなので、フナは冬場、川底の泥の中で寝ていたりする。
 この季節、風邪が入りやすい。風邪の症状ではなく、腹具合がおかしいとかから入ることもあるようだ。喉や鼻水なら分かりやすいが。
 今年の11月。先月のことだ。その気温が結構高かったらしく、記録をとりだしてから最高だとかもある。平均気温が2度ほど高かったらしい。暖かい秋だと思っていたのだが、それほど暖かいとは思わなかった。記録的な暖かさとは。
 さらに雨が多く、雲が多い。日照時間が短かったようだ。これは印象に残っている。また、雨かと。そして、その雨がやむと、寒くなると思っていたのだが、ならない。繰り返し雨がやってきて、去って行ったようだ。そして、雨の日の方が暖かい。南から暖かく湿った空気が入ってきていたのだろう。
 長期予報ではしばらく寒いが、また暖かくなるとか。春に向かっているわけではなく、例年よりも二度ほど高い調子での冬に入るためだろうか。平均では2度ほど高いと言っても、場所によってはもっと暖かかったりする。
 そして、この暖冬傾向は春まで続くとか。それなら春が早く来るのかもしれない。それ以前にまだ12月の日々があるし、クリスマスなどの年末年始が待っている。来年のことなどまだまだ先だ。それに冬はやはり冬で、夏のように暑いわけではなく、やはり寒い。例年より2度ほど高くても、やはり寒いだろう。
 寒いので、防寒ズボンをタンスから引っ張り出す。普通のズボンと変わらないデザインで、ゴムパンではないし、裾の絞りもない。生地はポリエステルのつるっとしたものだが、防水性はない。中に毛布のようなものが仕込まれているが、それほどボリュームはない。しかし、普通のズボンよりも暖かい。だが、分厚い目の生地のズボンと互角ではないかと思える。しかし、履いた瞬間暖かい。この印象が良いのだろう。普通のズボンは、履いた瞬間これほど暖かくはならない。要するに脚を毛布でくるんでいるようなものなのだ。ゴムパンではないので、ベルトがいる。しかし、久しぶりにベルトをすると、座って前屈みになったときなど窮屈だ。ゴムパンなら膨らむのだろう。しかし、ベルトだとそこで止まってしまう。
 このズボン、腰のサイズがちょうどなのか、ベルトをしていなくても履けるのだが、腰に何か線というか筋が入っていないと、頼りない。
 まあ、外で食事をしているとき、ベルトを緩めると、よく言うが、その通りだ。前屈みになって食べているだけでもきつくなるのに、腹も膨らみ出すため、緩めるのだろう。
 綿の入っている表面生地の防寒ズボンを買おうかと思い、買うものを決めているのだが、千円前後の防寒ズボンを何本か持っているので、必要性はそれほどない。しかし、それらの防寒ズボン、よく見ると穴が空いていいる。何カ所か。煙草の火が落ちたのだろう。それに汚れると、なかなか落ちない。それで、すっかり汚れてしまった。これは捨てるしかない。
 ところが、綿生地の普通のズボンは、それなりに汚れていても、捨てる気にはならない。これは生地の差だろう。長く履いていると、馴染むのだ。ところが、ポリエステルのつるつるしたタイプは使い捨てのカッパのような感じになってしまうようだ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 08:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

12月

■■ 2015年12月01日 火曜日 午前7時46分
 
 今朝は昨日よりも寒さはましかもしれない。晴れており、雨の心配をする必要はなさそうだが、そのうち、また降るだろう。最近雨や曇りの日が多いのだが、そんなものだろうか。ずっと晴れているわけではなく、そのうち雨が降る。また、降らなければ困るはずだ。水がなくなる。
 朝のモスはいつも寒かったのだが、今朝は暖房が入っている。故障していたのだろうか。喫茶店に入って寒いとやはりおかしい。逆に真夏暑いとおかしく感じるのは、過ごしやすい場所のためだ。外より過ごしにくい場所では、喫茶店としては使いにくい。
 今日からもう12月に入っている。いつも行くスーパー前はすでにクリスマスものが並んでいる。これはかなり前からある。クリスマスの長靴などが並んでいる。お菓子だ。そのほかの飾り付けなどはない。お菓子屋さんの屋台のようだ。これがクリスマスまでずっとあるとすれば、他の屋台が見られない。そのため、しばらく変化がなさそうなので通るときの楽しみが減る。クリスマスが終われば、すぐに正月用の飾り物が出る。そのため、普通の屋台が出ることは正月が明けるまで、ないかもしれない。
 しかし、行事ものばかりでは客も飽きるはずなので、半々にするかもしれない。クリスマスではなく、大掃除用の洗剤などが並んでいるのを見たことがある。掃除道具とかも。
 12月になるとあっという間に年末、そして正月になる。一ヶ月早い。今年もあと一ヶ月しかないことになる。早く月末にならないかと思っているときは、なかなかならないが。
 
 高枝切りは、昨日二日かかって一本を切り落とす。残り一本か二本。背の高いのがまだ一本ある。もう一本はそれほどでもない。
 残っているのは昨日切ったものよりさらに太いので、これは三日かかるかもしれない。秋から始めたのだが、もう寒い季節になっており、そのときと服装が全く違う。最初の頃はカッターシャツだけでも暑かったのだが。
 切った枝をゴミの日に出せる程度の短さにして、束ねてそのまま出すことになるのだが、その作業は何もしていない。切りっぱなしだが、枝は払っている。だから一本の棒にはなっている。しかし、せっかく切り落とした太い枝は捨てるのがもったいないほどだ。杖に使えるようなものもある。それを実際に持つと、意外と重い。杖と言うより棍棒だろうか。
 
 新しく買ったNECのノートパソコン、すっかり慣れて、いつもの使い方となっている。いつもより早いので、これは効果がある。重さはそれほど変わらないが、少し薄くなっている。
 喫茶店などでネットに繫いだ場合、以前ならもたもたしていたのだが、すんなりと動くようになっている。ネットの速度が遅いのではなく、パソコンが遅かったのだろう。
 キーボードがいい。これが気に入って買ったのだが、展示品を見ているとき、それが外せるとは思っていなかった。
 キーボードは柔らかく、ストロークもそれなりにあり、押した感じがする。なめらかに押せる。このキーボードの中に何が入っているのだろうか。本体は液晶側にあるので、空かもしれないがバッテリーが入っているかもしれない。だから12時間近く持つ。バッテリーは二つあるのだろうか。
 電源を繫ぐコードの先端はUSBで、これで液晶側と繫ぐ。差し込み口に裏表はないようなので、これは楽だ。
 SDカードは小さいタイプだが、滅多に使わないだろう。SDカードそのものを、ノートパソコンでは使わなくなっている。その用途はファイルの受け渡し。これはネットがあればマイクロソフトのワンドライブで簡単にできる。
 だから、プログラムのインストールも、ワンドライブ経由で渡せる。LANなどを使う必要がないので、設定していない。
 まあ、こう言うのは慣れれば、それで普通になり、当たり前になるので、買ってしばらくの間だ。
 今年は部屋のパソコンと外で使うモバイルを買い換えたことになる。部屋のパソコンは結構早いのだが、これも慣れてしまうと、当たり前のようになっている。買ったときはメモリが4ギガしか入っていなかったので、8ギガにしようとしていたのだが、そのままになっている。
 今年もあとわずかだが、越せるかどうかは、誰にも分からない。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする