2016年01月31日

標準レンズ撮影

■■ 2016年01月31日 日曜日 午前7時32分
 
 今朝は少し寒い。4度か5度。大寒波後7度が続いていたのだが、この寒さは、普通に真冬の底へ向かっている寒さだろう。何処に底があるのかは分からないが、寒波の影響を外せば、谷が見えるかもしれない。節分の頃、かなり寒い。まあ、底は毎年ずれたりするようだ。
 今朝は寒いのだが、いつもの寒さなので、それほど問題はない。
 今朝は雲は多いが、晴れており、陽射しがある。しばらくは晴れが続くようだが、しっかりと晴れない晴れもある。冬の空は、そんなものかもしれない。しかし、雲が一つもない空は、逆に寒いかもしれない。雲が蒲団代わりになっているわけではないが。
 昨日は食べるネタが切れたので、カレーを作る。久しぶりだ。何年ぶりだろうか。二年ぶりかもしれない。カレーを作ると、鍋を洗うのが大変になる。それだけで、作らないわけではなく、胃腸が弱っているときなど、あのルーはよくない。まあ、しゃぶしゃぶのカレーならいいのだが、それではカレーらしいしつこさがなくなる。ただ、店屋のカレーはさっぱりしているので、よく食べに行く。京風洋食カレーだ。しかし、人気がなく、客は一人のことが多い。それで、静かなので、このカレー屋にはよく行っている。一番安いコロッケカレーだが。それでも牛丼よりも高い。
 昨日のカレーはスーパーで用意した。カレー用の野菜セットが売られていたのだが、消えている。ジャガイモ、玉葱、ニンジンの入ったパックだ。それらが並んでいる場所にあるので、少量買えるので、楽だった。まあ、割高なのだが。
 そこで普通にそのパックと同じものを買う。ニンジンは三本入っているが、これは枯れやすい。連日煮物などをしないと、ニンジンは残る。ジャガイモは結構持つが、青くなり、芽が出て来るが。玉葱が一番長持ちする。吊して保存すれば、さらに持つ。玉葱は網に入っている。そのまま吊せばいい。
 カレールーは、大人しいグリコバーモントカレー中辛。その箱にルーが入っている。12皿分。包装は二つに分かれ6皿分に。三皿分は少ないだろう。四回か、五回分はある。それで、六皿分入れる。濃ければ、水を入れればいいのだ。
 メインはミンチ肉。これが百円であったので、買う。賞味期限が近いだけではなく、非常に小さなパックのため、最初から安いが、量がない。これではカレーの中で存在感を失う。それでも肉汁の味が出るだろう。それだけでは頼りないので、小エビを買う。よくある冷凍物だが、解凍された状態で、売られていた。下手に大きい目の海老より、この小エビの方がよかったりする。
 玉葱、ニンジン、ジャガイモは、買い置きが多いはずだが、洋食系だろう。だから、カレーではなくシチューや、肉じゃがにも変化する。ここに白菜とか大根が入ると、普通の煮物になりやすい。鍋物に。ジャガイモは鍋物にはあまり入っていない。
 それで、鍋一杯の苦痛の元を作ってしまった。カレー地獄の始まりだ。家で作って食べるカレーは、二食分か三食分ほどぶっ掛ける。具はカレー屋の三倍はあるだろう。スープのようになったカレーを味わうのではなく、つまり香辛料云々ではなく、具だ。おかずを食べるのだ。
 しかし、これで、当分おかずを作らなくてもよくなったが、朝からしつこいカレーは、やはり避けたいので、朝は白いご飯に味噌汁や卵焼き程度がいい。昨日はコンビニで卵を買ったとき、明太子を買っている。朝から焼き鮭は面倒だが、タラコなら簡単だ。何もしなくてもいい。ただ、普通のタラコは焼いた方が美味しい。
 
 外に出るとき、鞄やポケットにカメラを入れるのだが、ローテーションがあるわけではないが、先発投手がいる。一人で投げきれる人だが、毎日出られない。疲れるからだろう。
 そういう意味ではなく、昨日はシグマの41ミリ単焦点付きカメラを持ち出す。標準レンズ域の単焦点での撮影。しかし、それでいつもの道筋で写したのだが、あまり良いのがない。畑が雨で畝に水が溜まり、ネギのシルエットができている。これはポイント1が付く風景だ。1なので、大したことはないが、ワンポイントある。本来ならネギとシルエットを写すところなのだが、41ミリでは余計なものが入り、印象が伝わらない。ここは100ミリ以上の望遠で抜き取る必要がある。そうでないと、何を写したものなのかが分からない。ただの畑を写しただけになる。畑として見た場合、特に写すような畑ではない。その畑の中のネギも大したことはないが、それが水に映っているところだけが得点になる。美味しいのはそこだけなのだ。しかし、それは漠然と見ていたのでは、分かりにくいので、それだけ見せた方が好ましい。と言うより分かりやすい。
 しかし、不思議と単焦点レンズによる鮒釣り、老人カメラ風な頭になっているため、色々な考慮が欠けている。作画意図が薄らいでいる。ここで分かったのは、意欲の低下だ。撮影意図を下げることにより、写すものが多くなる。それだけのことかもしれない。
 このシグマのDP2,画質はいいのだが、それだけでは何ともならない。これが昔の農村風景が360度続いているような場所なら、目の前の何処を写しても絵になるのだが、街中では何ともならない。田圃だけを抜き取って写すのに苦労するほどだ。
 このネギとシルエット、寄れれば広角でうんと寄り、ネギの質感などをアップにし、その背景に水に浮かぶシルエットを加える、遠くの家並みなどはぼかして、消しているようなものだ。しかし、41ミリでは何ともならない。実際には畑の中なので、そこまで寄れないが、望遠なら、場所を変えて、別のところから、違う角度で、それらしい構図ができたりする。
 41ミリだと、道があり、畑があり、すぐに家がある。だから、こんなところに畑がある、と言う写真になる。これが鮒釣り、隠居撮影の世界だと思うと、これは写真に説明がいるだろう。ただ、余計なものが写り込んでいるが、記録性は高くなる。
 要するに素直な画角で見た、町の記憶などでは、このタイプがいいのだろう。ただ記憶させたいと思えるような風景はあまりないのだが。
 しかし、そういう平凡な写真や写し方でも、何等かのポイントを見出しておれば、写す楽しさ、採集的な楽しさはあるはずだが。
 このあたり、カメラは採集、狩りの道具となり、これはそれなりにシリーズ化できる。つまり、継続性が生まれる。
 
 
 
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2016年01月30日

地球寒冷化

■■ 2016年01月30日 土曜日 午前7時13分
 
 今朝も暖かい。7度ほどある。曇っているが雨は降っていない。そのため、傘を差して自転車に乗る必要がないので、楽だ。
 昨日は一日雨で、朝も昼も濡れたので、夕方前の喫茶店はさすがに控えた。雨に当たるのは二回までで、三回目になると、これは風邪を引きやすい。それに風邪っぽいのが治りかけていたときなので。
 雨に降られ、濡れると風邪を引きやすいというのは、よく分からない話だが、あることだ。傘も差さず、冷たい雨の中をずぶ濡れで戻ってきて、肺炎になったとかはドラマでは分かりやすい。しかし、普通の日常では、傘は差すだろう。なければコンビニで売っている。また、家を出るとき、傘ぐらいあるだろう。その傘を差しておれば、全身ずぶ濡れにはならない。濡れても衣服で、中まで濡れることは先ずない。それは余程の降りで、これは止むまで待つだろう。
 しかし、何故か雨の日に二度三度と出掛けると、風邪っぽくなる。二度はいいが、三度がだめ。仏の顔も三度までと言うが、三度まではいいのだろう。四度目がだめなのか。居候三杯目はそっとだし、は、ご飯のお代わりは二度はいいのだろう。
 三度目の正直がある。三回目は正直者になり、真人間になるのではなく、三度目にやっと自分の実力、正直な力で勝てると言うことだろうか。これはプレッシャーの問題か、または世の中には色々な因子があり、それらが偶然邪魔をしている場合があるので、二度負けてもそれが実力だと思わない方がいいと言うことか。これもいい風にも悪い風にも取れる。
 さて、今朝も暖かいのだが、地球寒冷化の話もある。小氷河期に入っているとか何とかだ。今年は暖冬だが、南の島に雪が降ったことが、妙に気になるところ。
 北極近くの北航路が氷が多くて通れないとか云々。原因は太陽の活動にあるらしい。小氷河期は300年前にあり、10年ほど続いたとか。さて、それを記録した庄屋さんとか、諸藩での記録はあるのだろうか。江戸時代の話だ。最近なのだ。
 というのは、いずれも、昨日ネットで、流れていた記事で、イギリスの学者などが言いだしているとか云々だが、イギリスは今、火星か月の裏で宇宙人と交戦中という話もある。
 つまり、ネット上の記事は、その場がデマの画面と同じ画面なので、それらしく見えるが、それらしく見えない。
 大きなサイトとそっくりな画面を作り、パスワードの変更云々で、パスワードを盗み取ったりするようだが、欺されやすいのは単純なモニターのウェブページのためだろう。いくら複雑にそっくりでも、モニターでしか分からない。これは、場が同じため、周辺が見えない。モニターの周辺は自分の部屋の壁や窓だったりする。
 銀行へ来て、欺されないだろう。建物としての銀行がそこにあるので、これはしっかりとしている。それに比べ、ネット上のものは、カラクリが単純なので、一面的なので、一見して分かりにくい。周辺や、隣接する情報がないためだ。
 そういう建物ごと、そこの客ごとトリックだったというスティングという映画がある。これは詐欺師グループが仕掛けた罠なのだが、所謂悪漢映画で、悪い奴を悪い奴がやっつける話だ。主演はポールニューマンだったと思う。同時上映はマックイーンのパピヨンだった。これは今はなき伊丹の映画館で見た。いいのをやっていたのだ。その建物は、今もあり、今朝もその前の喫茶店で、この日誌を書いている。
 
 昨日は雨で、夕方前の喫茶店を中止したので、近くのコンビニで久しぶりに幕の内弁当を買って食べる。昔はコンビニ弁当の定番だったのだが、今は弁当の種類が多くなったため、探さないと見付からない。
 焼きサバ、白身魚のフライ、コロッケ、ハンバーグなどが入っており、昔のようなおせち料理のような野菜類は少ない。千切り大根や、ひじきが少し入っている程度。具はどれも小さいが、詰まっている。しかし、これは洋食弁当に近い。洋食では海老のフライになるが、和風では海老の天ぷらとなる。
 ご飯に線が入っており、区切りがある。その真ん中に赤い梅干し。昔は日の丸弁当と言って、梅干しが一つ、ポツンと乗っているだけの弁当があったらしいが、さすがに、それは食べたことはない。
 しかし、コンビニ幕の内弁当の梅干し、種がない。久しぶりなので、そういう変化が見られた。
 
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2016年01月29日

オリンパスペン

■■ 2016年01月29日 金曜日 午前8時03分
 
 今朝は7度ほどある。予報では3度か4度だろう。まあ、暖かいので、文句はないが。これは雨の影響で、昼間も似たような気温だろう。昨夜からの気温が7度のまま変わらない。一時間置きの気温だ。雨の降っているときの方が一日の気温は安定しているのかもしれない。温度差がないほうが過ごしやすい。
 雨は寝る前にはまだ降っていなかった。起きたとき、雨音がしていた。布団から出るときも暖かい。寒いくない。この雨が南からの暖かい空気を呼び込んでくれたのだろうか。
 今朝の喫茶店も、いつもの勤め人はコートで来ているが、それを脱ぎ、さらにスーツの上まで脱ぎ、カッターシャツになっていた。チョッキは出るときから付けていなかったのだろう。
 それほど暖かい。大阪では雨だが、関東では雪が降るようだ。平野部での雪、特に都心部での雪は、色々と影響が出るのだろう。大して積もらなくても、雪が降るかどうかを気にしている人口比が違うのだろう。滑ったり転んだりする人が多いのは、対象範囲の人口密度が多いためだ。雪国の寒村で、転んで医者へ行っても、ニュースにはならない。
 この雨が過ぎると、一週間予報では晴れが続いている。これで、冬から春へ、ならいいのだが、まだ早い。二月の中頃あたりなら、そう言いだしてもよいが。
 昨日も風邪っぽい症状があったので、それを言い訳に適当なものを買ってきて食べた。昨日は夕方前の喫茶店へ行く時間が早めだったので、その戻り道、少し時間ができたので、カメラのキタムラへ行く。このコースを辿ると、スーパー経由となる。キタムラへ行ったときにしか寄れないようなスーパーで、流行っていないが、ここで、100円の天麩羅うどんと、おはぎを買う予定だったが、必ずあるはずのレジ前のおはぎ、ぼた餅類がない。不思議だ。こんなもの探さなくても、いやというほど目にしている。みたらし団子とか、饅頭類も。それがない。こういうものの定位置が何処だったのかなど、知らなくても目に入った。それを改めて探すとなると、難しい。パンコーナーとか、おやつコーナーにありそうだが、ない。寿司や弁当コーナーにもない。赤飯を見付けたので、かなり接近したはずなのだが、おはぎはない。和菓子がない。しかし、真剣に探すほどのことではなく、おはぎは買わないほうが本当はいい。それで、ばら寿司が安かったので、それを買う。甘いものから酸っぱいものにかわってしまった。
 100円のうどんは袋に入っており、アルミ鍋タイプではないので、鍋がいる。丼もいる。しかし、出汁がそのまま袋に入っているので、粉末よりもいい。天麩羅はかりかりの丸いタイプで、海老など入っていないが、よく見るとかっぱえびせん程度の赤みはある。だから、かっぱえびせんを入れればいいのだ。これでえびの天ぷらうどんを食べてことになる。
 このうどん、腰がなく、食べやすい。うどんが消化にいいかどうかは分からない。しかし、柔らかいうどんは、良さそうだ。
 スーパーへ入る前に寄ったカメラのキタムラだが、いつものように中古コーナーを見る。
 パナソニックの40ミリ単焦点レンズの古いタイプが2万円台で美品であったのだが、売れていた。これは買う人がいるだろう。AFが遅いという評判があるが。
 同じくパナソニックの望遠ズームが出ていた。それは正月に買っているので、だぶることになるが、違うレンズで、こちらは350ミリではなく400ミリまである。それが14000円と安い。しかし50ミリの違いは、望遠では大した違いはない。それに大きく重い。これが600ミリまであればいいのだが、さすがにミラーレスの受光素子は大きいので、巨大なものになるだろう。これは無理な注文だ。しかし、カシオなどの普及機でデジタルズームで写したものとそれほど変わらなかったりする。
 昨日オリンパスペンの話をしていたので、オリンパスのコンパクト系を見る。その代表は600ミリまでの高倍率コンパクトカメラ、所謂旅カメラだ。これが21000円で展示品価格、在庫ありで、元箱に入ったものなら23000円。
 昨日のオリンパスペンFを模したデザインのミラーレスより、このコンパクトカメラの方がペンに近いのだ。デザインよりも、このペンという響きだ。ペン、筆、ボールペン、鉛筆。つまり筆記用具。一寸ペンを貸してくれの、ペンだ。ペンなど日常殆ど使っていない人でも、ボールペンは使うだろう。と言うより、宅配便が来たとき、サインしている。当然自分のペンではないが。
 一寸ペン書きとか、一寸ペンでメモを、と言うイメージがある。オリンパスペンのペンは、そういう意味でのペンかどうかは分からないが。書きもののように写すような感じだ。
 このオリンパスの旅カメラ、底値だ。春間近、春カメラとして、今年も旅カメラの新製品が出るはず。今の型番が2なので、3が出るのだろう。だから安い。
 このオリンパスの旅カメラ、新製品は液晶を回転させてくるかもしれない。また電子ファインダー内蔵の可能性もあるが、それでは液晶が小さくなるだろう。また、液晶回転になると、少しカメラが分厚くなりそうだ。そのため、このままでいいのではないかと思える。一寸したメモ代わりに使うのなら、背面の液晶だけで十分だ。またこのタイプのコンパクトカメラ、整理に整理を繰り返しているので、もう出さない可能性もある。ミラーレスや普通の一眼レフとそれほど変わらない写りをされては、困るかもしれないので。
 700ミリ越えの旅カメラ系でよく写しているのだが、最近の液晶は見やすくなっているので、結構これで超望遠撮影ができる。しかし、手かざしスタイルだと、いくら手ぶれ補正が効いていても、ぐらぐらするので、ここは液晶回転式が好ましい。腹か胸にカメラを固定させて、液晶を上から見ながら写せば、結構ぶれない。カメラが動かないためだろう。さらに首掛けストラップを付け、それを引っ張り具合にすれば、効果があるだろう。
 まあ、日常写しで、一寸その辺のものを写す程度なら、コンパクト系の方が活躍しやすい。
 オリンパスペンFを模した新製品もいいが、実はそれはコンパクト系の旅カメラだったりする。ポケット、胸ポケットにも入ったりする。
 去年の誕生日の日、このオリンパスの旅カメラを買おうとしていたのだが、キヤノンの大きな受光素子のカメラにした。しかし、カメラが大きく重いので、あまり持ち出していない。
 
 
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2016年01月28日

オリンパスペン新製品

■■ 2016年01月28日 木曜日 午前7時26分
 
 今朝もまだ寒く、氷点下。晴れているが、これはすぐに雨になりそうだ。天気予報では大阪方面は夜から雨のようだ。そして、翌日も。そして大雨になりそうな雰囲気で、これは雪なら大雪だろうか。雨になるのは、もう分かっているらしい。西から順番に降り出す雨のためだろう。
 九州の雨が大阪に来るまで一日ほどかかる。これは風の速度だろうか。かなり早い。人が歩けば、一週間近くかかるかもしれない。風の速さだ。
 幕末、薩摩藩の帆船が大阪と薩摩を往復していた。これが一番、便としては早かったようだ。早馬よりも。それほど風の流れは速い。まあ、風だけの移動ではなく、船と一緒なので、風並のスピードは出ないだろうが。風だけなら、台風だ。しかし、動きが遅い台風もある。
 大寒波の影響ではないが、風邪っぽいので、昨日は静かにしていた。頭があと一歩で痛くなりそうな、あと一歩で節々がぎくしゃくしそうな。あと一歩で、熱が出そうな、そんな感じだった。
 食欲はあるのだが、面倒なので、お茶漬けを食べたくなり、コンビニへ。そこで女性用の軽い弁当を買う。鮭茶漬けに近い鮭をまぶしたものがあったので、それにする。梅干しのような赤いものが乗っていたが、明太子だった。高菜も野菜として入ってるが、僅かだ。コンビニでチンしてもらい、戻ってから茶碗に入れ、お茶を掛けて、お茶漬けの完成。この女性用の弁当、量が少ないので、少し大きい目の茶碗に入ってしまう。お茶を注いでも、まだ余裕がある。お茶の水位の低いお茶漬けは、逆に気持ち悪い。雑炊かお粥さんに近くなるからだ。
 同じようにコンビニおむすびでも、お茶漬けはできるが、一つでは量が少ない。こちらの方がお茶漬けの味がするのは、おむすびなので、塩気が多いためだろう。しかし、おむすびの鮭入りを入れると、結構油が浮く。
 しかし、そのお茶漬けでは腹が空くので、アンパンも買った。これがいけなかったようだ。
 一番安くできるのは、永谷園のお茶漬けの素だろう。しかし、あの塩気が一寸いやな味がするときがある。まあ、塩気がないと水臭いので、お粥と同じで、単独では食べにくい。梅干しを入れれば、それが一番早いが、買い置きがない。最近買っていない。豪華なのは、明太子を入れることだ。しかし、その買い置きもない。また、漬け物は塩気が多いので、それを入れればいいのだが、漬け物の買い置きもない。
 意外とお茶漬けは簡単には作れないようだ。特に夕食のメインとして満足度も得ようとすれば。
 
 昨日はオリンパスペンのデジカメ新製品のニュースがあったが、いつものデジカメポータルにはその記事はない。この総合ITポータル、最近元気がない。このニュース、意外とアスキーの動画ニュースでやっている。昔よく買っていた週間アスキーのデジカメ新製品情報に近い情報量だ。ページ半分ほどのスペースで、カメラの写真と、一寸した解説。詳しいスペックなどはない。これが一番早い情報だが、週刊誌なので、一週間前の情報かもしれないが、他に情報がないため、これが一番早く感じた。
 オリンパスのホームページへ行くと、しっかりと新製品の詳細が書かれているのだが、そこへ行くのは、ニュースなどを見てからだ。そのニュースは、フェースブックや、グーグルプラスで流れてきたもので、ニュースサイトではない。
 グーグルプラスでアスキーを購読している。アスキーを買っているのではなく、グーグルプラス内のアスキーページにチェックを入れれば、それが流れるだけだ。
 これではIT総合ポータルのデジカメ部門は役立たないような気がするのだが、こちらは蓄積型なので、以前のニュースなどをたどれる。
 さて、オリンパスペンのデジカメ新製品だが、昔のペンFを模したデザインらしいが、そんなにゴチャゴチャしていなかったように思う。コンパクトカメラほどの大きさで、やや横に長く、正面から見るとファインダーの穴や、採光窓が見えない。鉄板で覆われ、穴が空いていない。どうして覗くのだろうかと心配になるほどだったが、実は一眼レフだった。しかし、ペンタ部のとんがりがない。上へではなく横へ光軸を導いているのだ。そしてハーフサイズなので、一眼レフほど大きくない。
 しかし、この昔のペンFにどれだけの人が懐かしがるかだろう。むしろハーフサイズのコンパクト系のペンEの方ではないか。感度さえ合わせておけば、ピントも露出も触らなくてもいい。裏技として、感度を弄ると、露出補正のようになった。
 このペンは種類が多く、フルマニュアルのカメラもある。露出計さえ付いていない。
 だから、世の中に多く残したのはペンEのような気がする。一昔前なら中古で数千円であり、いつでも手に入った。
 さて、面倒なものを出してきたものだ。要するに、今までのペンシリーズに電子ファインダーを内蔵させてきたのだが、これは上位機で既にやっているが、デザインがOMを模している。だから、今回はペンFを模してきたのだが、これも、現役のペンで既にやっている。
 その流れから行くと、電子ファインダーのない現役ペンシリーズが消え、全て電子ファインダー付きのペンになると言うことだろうか。
 ではペンと、OMを模した上位機とはどう違うのかとなると、似たようなものだが、多少違うのだろう。デザインが違うだけというわけにはいかないので。
 OM系上位機のペンタ部が鬱陶しいというのがある。そこにプリズムが入っているのなら、いいのだが、ストロボなどが入っていたりする。ただのデザインなのだが、何かが入っているのだから、張りぼてではない。
 しかし、この新しいペン、愛玩機と言えば、玩具に聞こえるが、愛着を持って持ちたくなることは確かだ。カメラの機能以前のベース、カメラの佇まいで、欲しくなるような。その機能ではなく。電子ファインダーのないペンシリーでも、外続けで電子ファインダーは使える。だから機能的に従来のペンでは物足りないわけではない。しかし、ペンタ部より収まりの悪い外付け電子ファインダーを引っ掛けるより、スマートに内蔵にした方が好ましかったりする。鞄の中で、あの飛び出した部分が引っかかる。しかし、外付けの方が角度を変えたり出来て、便利なのだが。
 ミラーレスの電子ファインダー内蔵。それが流れになっており、その先駆けはソニーだろう。中級機だが、電子ファインダー内蔵で、非常にすっきりとしている。昔のニコンのレンジファインダー機に似ていたりするが。
 つまり一眼レフスタイルを模したデザインは野暮ったいのだろう。これはパーティーなどの席で出すとき、一眼レフより、コンパクト系のほうがいい。そんな一眼レフを出されると、何か構えたりするだろう。当然今はスマホで十分だ。これなら違和感は殆どないだろう。撮される側も。
 さて、ここで、同じハーフサイズで、しかも同じマウントのパナソニックはどうしているのかを見ると、既に超小型の電子ファインダー内蔵タイプを出している。見た感じコンパクトカメラより小さい。
 また、上位機で、一眼レフを模したタイプではないのを出している。結構出すべきものは、出し切っているのだ。しかし何故かパナソニック、オリンパスの一眼レフ系の売上げベスト10入りは淋しい。一位と二位は相変わらずニコンとキャノンだ。ニコンなど複数の機種がベスト10に入っている。これは何処かのカメラ屋のデータらしいが。
 さて、富士はどうか、これはメインのプロ機が一眼レフを模していない。ペンタ部のとんがりがないタイプ。それで、ペンタ部のとんがりを模したタイプを出し、さらにその普及機を出しているが、いずれも一眼レフ売上げベストテンに富士のカメラが上がることは殆どなかったりする。普通の人達は、ニコンやキャノンの安い一眼レフを買うようだ。ニコンが優勢なのは、ボディーが小さく軽いためだろう。ああ、これぐらいなら持てる。というように。そして、きっちりとした一眼レフなので。
 つまり、フィルム時代からの一眼レフの怨霊がまだ残っており、一眼レフを買う誉れのようなものが、あの光学ファインダーやシャッター音にあるのかもしれない。そして、面倒な説明をしなくても、それは一眼レフなのだ。一眼レフ神話はまだ生きている。
 ペンFが出たときは、貧乏臭いことをしてきたという感じだ。ハーフサイズなので、これならフィルム代が安く付くとか。
 しかし、ペンFは光学ファインダーなのだが、画面は縦型になる。これが結構新鮮だった。まあ、そういう驚きのあるカメラは、この時代、もう余程の変形でもしないと、無理だろう。
 さて、ペンF的新カメラだが、これを取り出して撮すとなると、少し構えてしまいそうになるだろう。結構大層なカメラカメラとしたデザインなのだ。カラーフィルターのようなものの切り替えが、まるで乳首を弄るような位置にある。レバー類は多く、電子ダイヤルや、色々と軍艦部は賑やかなのだが、実際には殆ど触らないのではないかと思える。電源がダイヤル式で、昔のフィルム巻き戻しノブの形をしているようだ。ただ、クランク式ではないので、昔のライカ式ねじ式だ。電源スイッチ用に、巻き上げレバーを模したものを付けた方が、気合いが入るかもしれない。何故なら、巻き戻しは、もう撮影が終わった状態なので。
 そういうのを見ていると、結論的には、ペンFを模したタイプというより、少しクラシカルなだけのデザインだが、コンパクト系の600ミリまでのズームカメラの方が、使いやすいような気がする。これで、液晶が回転すれば、買いだが、その新製品は、電源ボタンの改良だろう。あれはどう考えても押しにくい。
 21ミリからの超広角で、かなりの接写ができ、液晶も回転する防水カメラも、オリンパスらしさがあっていい。ピントの深い小さな受光素子でのマクロは楽なのだ。
 ペンFの新製品に関しては、値段が値段なので、すっきりとしたデザインで、かなり小さな四角い箱程度のパナソニックの同タイプの方が良さそうに感じてしまった。

 
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2016年01月27日

フェースブックページ

■■ 2016年01月27日 水曜日 午前7時21分
 
 今朝も寒いが、春のように暖かくなる場所も、今週あるようだ。今朝は氷点下ではなく、2度か3度ほどあるが、やはり昨日と同じように寒い。冬なので、春になったわけではないので、そんなものだろう。春になっても、まだまだ寒い思いをするはずだ。夏になれば、別だが。
 一週間予報を見ていると、雨が降るようだ。このときの雨は暖かい雨なのか、それとも、冷たいだけの雨なのかは分からない。気温予測では、下がっているので、雨で暖かくなるパターンではないようだ。
 一年で一番寒い時期なので、外に出ると寒い。昼間よりも、当然朝夕が厳しい。日が昇る頃と落ちる頃だ。昼間の気温が10度ないと寒い。晴れており陽射しがあっても10度未満では、やはり寒いだろう。しかし、朝、寝起きに行く喫茶店までの道は氷点下や、そうでなくても3度ほどしかないことが多いので、そこを基準に考えれば、10度もあれば、うららかだ。
 昨日はいつものスーパーの衣料品売り場で特価台が出ていた。今年に入って初めてではないかと思えるほどだ。しかし、正月明けに一階にある良い場所で、バーゲンをやっていたので、初めてではない。
 一階の目抜き通りでのバーゲンより、二階の廊下のようなところでのバーゲンの方が人が多い。広いので見やすいのだろう。吊り物を二階建てにする必要はないし、吊り物は屋台の隙間も広く、試着もしやすい。
 並んでいるものを見ると、いつもの品で、この前買った暖パンの残りがまだあるのか、それを見かけた。もうLLサイズしか残っていないのではないかと思えるが、最後まで売り切るつもりだろう。値段を見ると、三割引で、平常の値引率と変わらない。そういうのを混ぜている感じだ。
 よく考えると、今年は夏の半袖Tシャツのままだったので、長袖を買う。もう遅いのだが。真冬用のふわふわしたものではなく、一番下に着るものなので、裏がタオル地のにする。これは薄い。しかし、少しだけボリュームがある。タオルのように糸が突飛のように出ているためだろう。二着で千円少しで、二着でないといけないので、似たような無地のにする。
 戻ってから早速着てみると、やはり暖かい。長袖効果だ。
 パジャマのような上下ものも出ており、こちらは700円ほど。ふわふわのTシャツとズボンのセット。こちらの方がよかったのではないかと、後悔するが、ふわふわすぎると、逆に蒸れたりする。しかし、ズボンはお得だ。部屋着のズボンはよく汚す。このあたりの値段のもので、十分だ。そのままパジャマになるし。だから、一番長く履いているのは、このタイプのズボンではないかと思える。
 昨日は冷凍赤魚の煮付けと、菊菜を一杯入れた湯豆腐を食べる。結構豪華だ。しかし、野菜は菊菜だけだが、大量に入れている。味付けは別皿に醤油と酢を入れたものだけ。湯豆腐の豆腐は偶然残っていた絹豆腐で、綿豆腐ではなかったのが、残念なところだが、柔らかい絹豆腐の方が食べやすいことは確かだ。豆腐は切らないで、そのまま入れる。これを箸で崩していくところが湯豆腐を食べるときの楽しみだ。切ったものを入れると、形は全て同じになる。それよりも、箸でかなり薄い目に切り取った方が、味が染みる。切り口も自然な崩れで、平面ではない。だから、リアス式海岸になり、味が染みこみやすい。
 最近寒かったので、野菜の値段が上がっているようだ。百円だったのが150円になっていた。これが二百円を超えると、買わないだろう。しかし、ネギとかは比較的安かったりする。特定の野菜が食べたいというのではなく、安い野菜を探して、買っているようなものだ。一寸色添えで欲しいだけの人参が安い。買うと大量に残るので、多い目に入れ、飽きてしまう。大根もそうだ。早く食べないと、沢庵になってしまう。
 比較的鮮度を保ったまま保存が利くのは白菜で、玉で買うと、さらに保存性が高くなるようだ。
 
 よく見に行くIT何とかの電子書籍ポータルの更新が数ヶ月前に終わり、新しい記事の更新が当然ないはずなのだが、昨日見ると、更新されていた。新記事が上がっていたのだ。
 このポータルへはブックマークから行くのだが、その最初が電書だ。そこからデジカメへすぐに飛べる。そのブックマークを消すと、デジカメポータルまでいけなくなる。面倒なので、そのままにしていたので、分かった。更新されていたことが。しかし、この電書ポータル、昔の記事がデータベースのように残っているはずなので、そういう利用方法もあるのだろう。ポータルを再開したわけではなく、更新だけ、お休みと言うことだ。
 しかし、今の状態から見て、これは閉鎖と同じだろう。その記事は、ヨドバシの電書のアプリの話だったように記憶している。このポータル、電書ショップ固有アプリの記事をよく上げていた。これで迷わない電書ショップとかだ。しかし、余計に迷ったりする。だから、ヨドバシも入れたのだろうか。
 最近こういうポータルではなく、フェースブックの広告や、流れてくる記事から行くことの方が多い。
 電書やデジカメやパソコンなどのポータルへ毎日見に行っても、それほど変化はない。用があるときは行くが、そうでないときは、滅多に見に行かない。しかし、フェースブックやグーグルプラスなどは毎日見ているので、目に止まりやすい。ダイレクトリンクなら、玄関から行かなくてもいい。
 ポータルサイトもそうだが、個人のホームページへも行く機会が無くなっている。これは調べ物とかで、偶然検索で引っかかり、その記事などを見に行く程度だろう。
 昔は個人のホームページ内に、チャットとか掲示板とかがあった。そして、そのメインの本宅よりも、チャットや掲示板の方が賑わっていた。変化があるためだろう。
 フェースブックには、フェースブックページというのがあり、今はどういう呼び名かは忘れたが、ここがホームページのような使われ方をしている。
 ブログのように生地をカテゴリー別に分けて、云々とかのインデック性はなく、時間軸で何となく遡れる程度だ。グーグルプラスはよく分からないが、内部検索できるはずだ。
 要するに掲示板やチャットのように、流れ去る。消え去るわけではなく、そのままスクロールすれば、何年も前の地層までいけるのだが。
 以前はよくブックマークをしていて、そこを順番に見て回っていたのだが、最近はあまり動かなくなった。だから、チェックもしていない。ネットサーフィンで、色々なとこへ飛ぶ回るようなことも、なくなっている。
 
 
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2016年01月26日

老人カメラ

■■ 2016年01月26日 火曜日 午前7時37分
 
 今朝も寒い。氷点下。昨日よりも朝は寒いかもしれない。自転車に乗っていると、顎が寒い。当然顔も。ここは忍者のような目だけ出した覆面でないと無理だ。ミスターアトミックか何かのような、プロレスラーの覆面が必要だ。忍者の覆面は鼻柱は見えている。プロレスラーの覆面は目玉だけ見えている。犬神スケキヨの覆面は鼻と口は開いていたように思うが、忘れてしまった。そうでないと、みんなと一緒に食事ができない。
 顔を全部覆い、穴だけ空いているフルフェースをかぶっている人を去年見かけたが、今年は見ない。だから、防寒用に売られているのだ。スキーとかで。しかし、住宅地では、それはできないだろう。
 大寒波は去りつつあり、今朝寒いのは、風がないためとか、寒波のカーテンが上へ上がっていき、巻き戻されるようだが、まだ、もう少しかかるだろう。そして、もう春が来たかのように、その後暖かくなるとか。その暖かさは、まるで暖冬そのものになるのだろう。冬の底はまだ。二月の中頃まではそこのままなので、気温が上昇に変わるのは、まだまだ先の話なのだが。
 しかし、菜の花が咲き、梅の花が咲いている。梅の花は気温をセンサーとして咲くのではないような気がする。ものすごい寒いときに咲き始めた。寒波のときだ。普通なら、控えるだろう。寒いので、まだと。
 だから、梅の花が咲くのは、他にわけがある。花粉だろうか。それを運んでくれる虫と歩調を合わせているのではないか。または、この時期咲くと競合する花が少ない。椿程度だ。桜が咲く頃、梅も咲くと、虫は桜に捕られてしまう。そう言えば桜の木には毛虫が多かった。
 また、梅の花は寒くて、春の気配もないのに咲くのは、日照時間を見てのことだろうか。これは天候とはあまり関係がない。日照時間と言うより、太陽が出ている時間が長くなったからか。冬至からこっち、僅かだが日の出が早く、日の入りが遅くなっているはずだ。虫ではなく、光かもしれない。
 桜もそうだが、冬眠していたかのように葉を全部落として冬を過ごすのだが、暖かくなってくると葉を出す前に、花の芽を出す。葉が出るのは、花が咲いてからだ。
 今回の寒波、今季最大らしいが、今季はまだ残っている。これが最大であれば幸いだ。しかし、真冬は始まったばかり、また何度か寒波は来るだろう。桜が咲く花見の頃にも寒波が来て、真冬に戻ったような日もあった。
 昨日は寒いので、朝の喫茶店の戻り道の大回り散歩は中止。しかし、最短コースでの戻り道でも、それなりに撮すものがある。もう出がらしのような風景しか残っていないが、こここそ鮒釣り撮影にふさわしい。そして隠居撮影にも。しかし、年寄りほど遠出して、重い鞄をぶら下げて撮していたりする。逆だ。
 まあ、近場の山などを軽くハイキングしているのは、年寄りばかりだろう。時間があるのだ。平日若い者が山など入らないし。
 それで、立ち回り先程度の撮影範囲での鮒釣りだが、そのときの老人カメラは、イメージとしては、ライカ系なのだが、手持ち撮影ができる小型カメラがライカというイメージがある。それまでは中判カメラだった。ミノックスのような小さなフィルムのスパイカメラがいつ頃できたのかは分からないが。小さいといえば、ライカだったように思える。子供が使うカメラも中判で、フジペット。
 だから、ライカ版(35ミリ)の主旨は、小型で手持ち。そこを追っていくと、コンパクトデジカメになる。
 ライカカメラを作った人が、今のカメラを見ると、35ミリフィルフォーマットカメラがあんなに大きくはないと思うかもしれない。一眼レフがそうだ。同じ35ミリ。小さくしたのに、大きくなってしまったと。
 そんなことを考えていると、一眼レフ系のカメラに標準の50ミリを付けた組み合わせが、鮒釣りイメージから、少し離れるのではないか。そして、鮒釣りは年寄りイメージで、近場の池や川で、子供の行動範囲ほどに落ちた年寄りが撮す世界だ。
 視力が衰え、もうライカ系の二重像合致式距離計も見えなくなっているので、目測合わせ。またはパーンフォーカス状態に持ち込む。それらは受光素子の小さなコンパクト系なら、広角ならAFがいらないほどピントは近景から遠景まで合う。
 ピントを何処に合わそうかというのが、もう面倒になってきているとき、これがいいのかもしれない。重いものを持ったり、腕を宙に浮かした状態だと、手が震えるというのも、五軸手ぶれ補正などで、何とかなる。これは歩きながら写せる。
 しかし、年寄りなので、軽くて小さな、と言っても、小さすぎると、カメラを落とすだろう。そして、あまりフラットすぎるカメラでは、取り出したとき、どちらが表か裏かが分からなかったりする。上下逆さまだったりとかも。だから、レンズが飛び出していてもいい。そちらの方が手のかかり多いので、掴みやすく、また方角も分かる。
 アイレベル撮影、これはカメラに目をくっつけて写すのだが、カメラを上に持ち上げるのは、しんどくなっている。まあ、そこの状態で、撮すな、と言うことだが。
 しかし、老眼が進むと、裸眼では液晶など見えない。何となく見えているが、数値などは無理だ。アイコンが出ていても、それは見えない。絞りもシャッターも出ているのだが、読み取れない。だから、ファインダーがある方が好ましい。これはファインダーを老眼鏡代わり、眼鏡代わりに使うのだ。
 実際、望遠側で覗くと、望遠鏡になり、遠くのものをしっかり見られるし、マクロにすると、手元の小さな文字も、虫眼鏡で見ているのと同等の大きさに見える。
 その場合は、レンジファインダー系ではなく、電子ファインダーだろう。
 しかし、背面液晶でも、絵づらぐらいは裸眼でも見える。細かなぼけ具合などは見えないが、大まかな構図は作れる。コンパクト系に限らないが、フルオートにしておけば、絞りやシャッターなど気にしなくてもいい。ピントも自動的にカメラが選んでくれたりする。そのとき、違うところに合わそうとすることもあるが、少しカメラを振れば、狙っている物に当たることがある。そのAFのフレームは、緑などの枠が出るので、これはシャッターを切るまで、ずっと出ているので、これぐらいは裸眼でも見られるはずだ。まあ、数メートル先のものなら、広角なら、大概合っている。
 そんなことを考えていると、ライカスタイルではなく、二眼レフやハッセルのように、上から覗くスタイルが浮かんでくる。今で言えば自撮りができる液晶だろう。上にあるものを、上を向かなくても写せる。真下にあるものは、そのままでもいいが、カメラを逆さまにして写せば、下を向かなくても液晶で見られる。
 これは液晶回転が、上下のみの方が簡単だ。液晶を引っ張り出せばいいのだ。横開きは結構面倒で、カメラが横長になる。ただ、どちらも、背面から回転させると、水平が出しにくくなる。どちらへ動かせばいいのか分かりにくい。こういうときは、意外とカメラとレンズを見ている方が合わせやすい。
 鮒釣りは単焦点レンズ、標準レンズで、というのは、最近不自然な気がしてきた。人間がものを見ているとき、広角にも望遠風にもなるのだから、それにある程度合わせたズームレンズの方が自然ではないかと。
 初心に帰れということでの鮒釣りなら、殆どの人は最初から一眼レフ系や、標準レンズ系で撮していないのではないか。子供なので、そんなもの買えない。これは世代により違うが、最初は簡単なコンパクト系から始めたのではないか。写真を始めるという初心ではなく、撮し出したときの頃だ。これこそ、駄菓子屋で買った竿で、池や川で鮒を釣っていた。また、その前は網だ。網ですくっていた。
 寒い時期、手も悴む。メタルカメラより、樹脂製カメラの方が暖かかったりする。
 
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2016年01月25日

寒波

■■ 2016年01月25日 月曜日 午前8時23分
 
 今朝が本命の寒波日だったようで、-5度ほどになっていた。確かにこれは今季一番の低温だろう。朝の最低気温だが。
 それで、起きるのが遅くなった。寝ていた。布団の中にいると、-5度は分からない。特に寒くはなかったのだが、起きて来れないほど寒かったのだろう。
 この-5度。この冬、その近くまで来たことがあるが、寒波寒波とは言ってなかった。しかし、今回は冬将軍が居座ったためか、寒い期間が長かった。それと、南の島で110年ぶりとかの雪が降るような、北ではなく、南側での寒さが目立った。北は冬なら雪は付きものだが、南は滅多に降らない。降らないどころか、産まれてから雪など見ないまま、一生終える人もいただろう。他の地や映像では雪は見ているだろうが。
 内陸部で、海など見たことがないまま一生を過ごした人もいただろうが、これは在所から出る用事がなかったのだろう。
 さて、暖冬をどう説明するかだ。去年の12月は暖冬で、記録的な月間平均気温だったらしい。それが、真冬になると、南の島に雪が降るとなると、これは印象が違ってくる。
 ただ、大阪では雪がちらついた程度で、今朝はさすがに地上でも氷点下なので、氷が貼っているのを見た程度。気温は低いが、雪だろ。雪が印象続けるのだ。そして風。だから、吹雪となれば、これは寒いと感じる。これも印象だが。
 さて、暖冬での寒さ。これは逆に言えば、寒いと予想される冬ほど記録的な暖かさの日が中に入り込む図を連想してしまう。逆側だ。
 そして、今朝は寒いが、よく晴れており、見晴らしがいい。真冬、晴れると、空気が違うのか、遠くまでよく見える。風があると、スモッグのようなものを吹き飛ばしてくれるためだろうか。
 そして、この寒気は大阪方面は午前中までで去るようだ。一週間天気予報を見ていると、晴れマークが続いている。
 この寒波来襲中も、実は雨も雪もあまり降らず、曇っていた程度で、晴れ間や、陽射しも結構あった。
 今朝は遅く起きてきたので、寝起きの喫茶店までの道は、もうすっかり日が昇り、明るく、陽射しまであった。しかし、煙草を挟む指が悴み、顔も冷たかった。外に出している皮膚は防ぎようがない。
 昨夜から氷点下になり、ホームゴタツに足を突っ込んでいても、スースーした。これはコタツ布団ではなく、敷物のような薄い布のためだ。だから、櫓内の温度はそれほど上がらない。それに薄いので、風が入ってくるのだろう。コタツ用の掛け布団にすると、ごろんごろんになり、また熱くなりすぎるため、使っていない。それに汚すので。
 そのため、ホームゴタツの掛け布団の上に、汚れてもいいような布を挟んでいた頃もある。おやつなどを食べると、てきめんで、蒲団を汚す。だから、掛け布を犠牲になってもらうわけだ。
 昨日は寒いので、ご飯を作る気がしないので、パンを買ってきて食べたのだが、これでは頼りないので、遅ればせながら夕食の準備をする。先日買った冷凍赤魚があるので、それを煮る。
 これは簡単で、鍋に水を入れ、そこに冷凍のまま放り込めばいい。野菜は白ネギ。これは煮えるのが早いためだ。煮魚は魚に味が染みこむように、醤油は多い目に入れる。出汁を吸うわけではないので、濃くてもいい。そのため、鍋に水は少ない目。魚が浸かる程度でいい。魚や肉は意外とすぐに煮える。肉などしゃぶしゃぶ料理があるほど、熱湯に浸ける程度もいいほどだ。しかし、冷凍物は時間が分からない。意外と奥がまだ凍っていたりするからだ。赤魚はボリュームがあり、分厚い魚だ。
 そして、おかずらしく、長細い魚用の皿に白ネギと共に盛り付けて、食べる。魚は箸で突いたり引いたりするので、下が硬い皿の方がいい。平面的な。
 この赤魚、身がポロポロとして、非常に食べやすかった。小骨がない。そのため、一度も口の中から骨を出す必要がなかった。アジやイワシ、サバよりも食べやすい。カレイより安くてボリュームがある。これはお得な魚だ。
 これは頭と内臓が取った状態で冷凍のまま売られていた。ここまでしないと、魚は扱いにくいためだ。魚屋の店頭で、鰹節のように山積みされており、袋に好きなだけ入れて、レジへ運ぶようになっている。この魚屋、餅とかも売られている。今なら菱餅だ。普通の切り餅、また、伸したままの長い餅もある。これは何かと考えたのだが、鍋料理に餅を入れる。と言うことか。
 赤魚は鍋物には入れないが、鍋用に最初から切った魚のパックがずらりと並んでいる。肉より、こちらの方がよかったりするが、当然肉よりも高い。ただ、肉と違い、魚は種類が多い。
 
 今朝は寒いので、ミラーレスカメラに望遠を付けないで、普通の標準ズームを付ける。喫茶店の帰り道、大回り散歩ができそうな程良く晴れているのだが、寒いのには勝てない。
 ミラーレスカメラはあまり使っていなかったのは、重くて大きく、嵩張るため、鞄に入れたくないためだろう。出掛けるとき、さっとポケットに入れるわけにはいかない。
 ミラーレスと普通のコンパクトカメラとの違いは、単純に言えば、シャッター音だろう。本物の音だ。しかもミラーレスなので、ミラーの跳ね返り音がない。一眼レフでのシャッター音は、このミラーの跳ね返りの音が含まれる。昔のコンパクトカメラはレンズシャッター、セイコー0版とかの。これはボディーではなくレンズ側にシャッターがあり、ただのバネの戻りだ。
 普通の一眼レフやライカ系ではボディー側にシャッター幕がある。フォーカル何とかというシャッターで、もう名前さえ忘れた。縦走りとか、横走りの。また、メタルと布に別れたりする。これで音が違ってくる。布走りの布を引き裂くような音とか。
 ミラーレスだと、ライカのようにシャッター音になる。レンズ側の絞りの戻り音も入るかもしれないが。そして僅かだが響く。これがいいのだろう。最大の違いは、この音と、振動があることだ。これで、写した気になり、リズムが出るのだが、結構音がする。
 今年は正月から50ミリ標準レンズによる鮒釣り撮影、隠居撮影を目指したのだが、どうもそうはいかないようで、逆にパナソニックの電動望遠レンズという油っこいものを買ってしまった。逆方向だ。
 写りに関しては、ネオ一眼や、コンパクト系望遠とそれほど違いはないのだが、最大の違いは、ピントが浅いので、遠くの人を撮したとき、エッジが立つように見える。遠くの人の、さらに遠くとの違いがあり、切り放してくれる。この切り離し方が、コンパクト系よりも楽という程度だろうか。コンパクト系でも結構背景はボケるのだが、主要被写体が結構近いことが条件になる。または超望遠にするかだ。このときはさすがにボケる。
 それをモニターや、ウェブ上に上げた場合、写真が小さいため、それほどボケは分からないが、写真のタッチが柔らかく見える。実際には不鮮明に写っているだけだが。
 この不鮮明さの味が、ぼけ具合と言うという、もう一段突っ込んだ鑑賞の仕方になる。だから、絞り羽根の形が問題になったり、ボケの滑らかさとか、そちらの古美術品の壺の鑑賞のようになる。
 確かにぼけ味が汚いレンズがある。レンズが悪いのではなく、感度を上げすぎて、ノイズで濁るためかもしれない。
 しかし、ウェブ上で、ちらっと見る人が殆どなので、そんなところまで見ておらず、何が写っているのかを見る程度だ。興味のないものが写っていれば、素通りだ。
 知り合いの中で、28ミリばかり使っている人がいる。フィルム時代からだ。そういう人が羨ましかったりする。好みのレンズ画角が昔からずっとあるのだ。
 これは写すものが違うのだろう。また、自分が見るために写す写真もある。
 
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2016年01月24日

寒波

■■ 2016年01月24日 日曜日 午前7時19分
 
 今朝が本命の寒さだろうか。気温的には氷点下に少しなっている程度だが、風が強い。この風が曲者で、低温だけなら、それほどの寒さではない。この冬よくある寒さで、手が悴む日は何度もあった。
 南の島に雪が降ったらしい。寒気のカーテンのようなものの垂れ方が左下がりで、そのため、大阪より南国土佐の方が寒かったりする。意外と大阪市内周辺には、その垂れ幕が降りてきていない。このあたり、大阪府と言い、更に広げると京都まで含めて近畿となるが、これは日本海側まで含まれるので、そこまで含めると、雪が降っているだろう。昔は都のある京都を中心に、畿内と言っていたのだろうか。奈良に都があったときは、畿内と呼んでいたのかどうかは知らないが、王都のある地の周辺だろう。
 大阪は意外と暖かい。これは偶然で、左肩下がりの寒気のためだ。北側から順番に寒いわけではない。
 この日に備えたわけではないが、暖パンの効果は抜群で、足が一切寒くなく、冷えないし、強い風を受けても、びくともしない。それに昨日からボアボアの靴下をはいている。毛羽だったポリエステルの毛玉だらけになり、その毛玉に芯ができるタイプで、長くはき続けると、汗や油や垢で靴底ができ、足袋になるタイプだ。
 この靴下、新しいうちはいいが、すぐに緩くなり、そして、いつも何かを踏んづけているような感触になる。これが、足の裏のマッサージになって好ましいのかもしれないが。
 また、上半身は、裏地がある毛糸のカーデガンが、首の後ろをガードし、前はノーガードだが、発熱性のあるダウンジャケットの分厚い襟が顎まで来るので、こちらに任せることで、前面の敵を蹴散らしている。
 帽子は、いつものニット帽ではなく、それに庇が付いたタイプなので、耳を覆うだけではなく、前からの風も、この庇でガードしている。完璧だ。
 それらは全て2千円まで。帽子だけが高かったのは、類似品が少ないからだ。ニット帽だけなら300円である。
 手袋はポケットがあるのでいらない。また、自転車に乗ったときは、袖の中に指を全部入れてしまうため、手袋よりも分厚いため、暖かい。それに発熱性があるので。
 部屋の中にいても寒いので、これもボアボアの分厚いパーカーのようなものを羽織っている。これは隙間風対策で、風よけにもなるためだ。
 しかし、この寒さで、縮み籠もり、固まっている。昨日は赤魚の冷凍物が70円で、それが転がしてあったので、三つほど袋に入れて、買っていた。すぐに冷凍室に入れたが。
 頭と内臓を切り取ったタイプなので、そのまま冷凍のまま煮ればいい。赤魚はそれなりに分厚い。小太りした魚だ。あまり馴染みのない海外で取れたものなのか、安い。
 この魚は鍋物に入れるのではなく、単独で煮付けた方がいい。醤油で味がよく付くように。生薑なども入れればいいのだろうが、そのために生薑一個を買っても、残すだろう。生薑は身体に良さそうだし、冬はこの生薑が身体を温めるので、好ましいかもしれない。
 そう言うのを作るつもりだったが、寒いので、動きたくなかったので、コンビニで八宝菜丼を買ってきて食べる。コンビニ弁当類で、ましなのは、これと天津飯丼程度だろうか。八宝菜丼は具が多いので、ましだ。スパゲティ類は、ソースやスープのようなどろっとしたものでは誤魔化されない。具があまりない。
 食欲がないときは、天津飯丼がいい。食べやすい。焼きめしよりも。
 コンビニで高い弁当類を買うお金で、具を買った方がいい。300円も出せば、小エビが一杯入ったパックが買える。これを卵で繫いで団子のようにして食べれば、豪華なものになる。中華屋にある海老の天ぷらより海老は小さいが、小さな海老を集めた天麩羅もある。こちらの方が海老の量が多いのではないかと思える。
 昨日の八宝菜丼はやたらと白菜が多い。これは有り難みがない。白菜ならいやというほどあり、なかなか食べきれないで残っている。安くて嵩のあるもので底上げしているのが、丸見えだ。
 一番簡単なのは湯豆腐だが、これだけでは物足りない。それで、湯豆腐の中に白菜を入れたり、菊菜を入れたり、ちくわなどを入れ出すと、それは水炊きになる。
 水炊きは味付けしなくていい。酢と醤油を混ぜたものを、小皿で作っておけばいい程度。脂っこい物を入れない限り、鍋を洗う必要はない。水炊き状態で、鍋も熱湯で洗っているようなものだ。
 最近高いので買っていないが、タラコもいい。タラコよりも、タラそのものはよく買って食べている。鍋に入れるためだ。
 明太子専門店ができており、これは大丈夫なのかどうか、心配になる。ひとパック千円ほどで、量も多いのだが、これは一人では食べきれない。一週間ほどかかるだろう。賞味期限が一週間あればいいのだが。
 最後に買った明太子は、潰れ明太子で、千切れたようなクズを集めたパックがある。これが安い。しかし、賞味期限が早い。当然、賞味期限が短くなってきたものは特価品に変わるので、それを買うことになり、ゆっくりと食べてられない。こういうのはおむすびの中に入れたり、タラコスパにして食べるのだろう。だから、一気に使うのかもしれない。
 タラコはなぜ赤くしているのか、あれが白いと気持ちが悪くて食べられないだろう。
 鯛の子も美味しい。これは卵と一緒に煮ると、結構長持ちする。さすがにタラコは煮ないが、鯛の子は煮る。しかし、結構グロテスクだが。
 今はあるかどうかは分からないが、鶏の卵になる前の、卵ができつつある状態のものが売られていた。まあ、子持ちししゃもの思えばいいのだが、シャモと、シシャモは、言葉が似ているだけのものだが。
 近所でシャモを飼っている隠居さんがおり、塀を跳び越えて、よく外で遊んでいた。これは観賞用なので、食べるわけではない。さすがに軍鶏だけあって、普通のニワトリのように大人しくないが、小さかった。そして色が綺麗だった。
 塀の中なので、ヒヨコの状態のときは見えないが、きっと可愛かったに違いない。何羽もいた。
 今はそんな庭で放し飼いの鶏などいないだろうが、農家の中庭などにいるかもしれないが、イタチとかによくやられるので、逆に危ないかもしれない。
 イタチは意外といる。今も。たまにさっと道路を走り抜け、殻の下水口に潜り込んだりする。地上すれすれ、縁の下とか、そういう場所を移動しているのだろう。高度の低い、地上すれすれに住宅地地図を持っているはずだ。餌は何か分からない。
 

 
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2016年01月23日

防寒ズボン

■■ 2016年01月23日 土曜日 午前7時11分
 
 今朝は寒いはずだが、1度ぐらいはある。氷点下になっているのではないかと思ったが、そうではない。十年に一度の寒気団が来ると騒いでいたのだが、明日だろうか。しかし、そんな寒気が来ていないときでも氷点下になっていた日が何度もあり、そのときは前振りなどなく、あまり触れられていなかった。
 予測された寒さの規模によるのだろう。つまり雪が降り、それなりに積もると、交通が麻痺したりする。大阪方面など雪で電車が止まるほど雪は降らない。道が歩きにくい、自転車で走れないという雪は過去数回ほどあったように思うが。それに匹敵するものを待っているわけではないが。
 そういう天気予報などを見なければ、今朝など、普通の冬の朝で、相変わらず寒いと思う程度で、例年よりも寒いとも思わなかったりする。今年はましだと。
 今朝はそれで、寒さに期待して早起きしたわけではないが、いつもより早く起きてきた。一番寒い時間帯に起きて、様子を見ようというわけではない。昨夜早い目に寝てしまったためだ。風邪っぽいのか、目が疲れたので、早い目に蒲団に入った。それで、寝付きもよかったので、十分眠ったので、早い目に起きただけ。
 空は少し曇っている。そうでないと大雪も降らないだろう。これで晴れておれば、大雪予報は何だったのかになる。
 このシベリア寒気団に備え、昨日はついに表地綿の防寒ズボンを買う。強引にLサイズをレジへ運んだ。前日試着したので、履けることは分かっている。ゴムパンのレンジの広さで、大きい目のサイズでも腰で止まるのだ。逆に言えば、Mサイズなら、締め付けがきついと感じたかもしれない。
 それで、早速今朝もそれを履いて自転車に乗ったのだが、防寒度は10パーセントほど低くなる。これはいつも履いているツルツルの防寒ズボンの表面生地が風を通さないためだろう。それと裏地が毛羽立った腸の中のような突飛が飛び出したボリュームのあるタイプのためだ。裏に長い毛が生えている。
 今回の防寒ズボンは、薄い毛布が敷かれている程度で、毛がぼうぼうというものではない。だから、防寒性が低いので、そのタイプばかりが売れ残っていたのだ。しかし、ゴロゴロにならず。普通のズボンのようにスマートだ。見た目は普通のチノパンと同じ。
 江戸城松の廊下仕様の裾の長さはどうするかだが、折ればいい。二重か三重に折れば、問題はないし、最初からその仕様のようで、裏地を見せるようになっている。しかし、それを無視し、折らないで、伸ばしてみた。当然踵にかかる。しかし、自転車に乗っているときは、靴下が見えないほど、足首をカバーし、靴までカバーする。こちらを取った方が防寒性が高い。
 そんな裾の長いズボンで歩けるのかと言うことだが、意外と靴に引っかかり、地面を擦らないし、靴の踵にもかからない。微妙なところで引っかかっている。その形は不規則で、妙な膨らみができているが。
 試着のとき長いと感じたのは、靴を脱いだ状態で履いたためだろう。靴底はそれほど高くないが、ぺちゃんこの靴では、踵まで隠すかもしれないが、何かに引っかかり、ある程度浮いたようにまくれ上がる。
 寸歩直しをしないままのチノパンのように見えるが、結構靴が隠れるほど長いままのズボンをはいている人がいる。そこばかり見ていると、いつも見ないところが見えてくる。
 当然座ると、裾が高くなる。
 一番問題なのは、トイレだ。よく入る公衆トイレの床が濡れている。年寄りが多いためだろうか。だから、ズボンが危ない。水溜まりに入るわけではないが、踵の下にまでズボンが垂れていると、これは濡れる。しかし、立った姿勢のときも、踵の下、地面まではかからないようなので、問題はない。まあ、少しズボンを上げればいいのだ。着物でも、指で摘まんで一寸上げるだろう。
 さて、表面がつるつるの防寒ズボンから履き替えたメリットは、滑らないことだ。椅子に深く座ったとき、するっとそのまま滑り台になりそうな程良く滑る。それが、綿パンに近いので、滑りが弱くなった。
 その綿率だが、30パーセント。残りはポリエステルだ。この30パーセントの綿が効いている。その綿分、防風性がそこなわれた感じはするが、その代わり蒸れないかもしれない。
 当然、昨日買ったスーパーの衣料品売り場には、ズボンは他にも色々売られている。むしろ防寒ズボンなど少ないほどで、裏に暖かいものを仕込んだ反則ズボンの方が珍しいほどだ。
 普通の防寒ズボンなら、千円である。しかし、表地が綿風なのになると、3千円近い。それが特価で安くなり、更にそこから3割引にまで落ちた。だから千円台で買うことができた。以前ならジーパンで7千円ほど出していたかもしれない。それが二千円ジーパンになり、千円ジーパンのゴムパンにまでなったので、ズボンも買いやすくなった。普通のズボンを最近買っていない。寸法直しが面倒なためだ。待ち時間が嫌なのだ。これは喫茶店に入る前に買えばいいのだが、そうまでして買う必要がなかったりする。
 その前にユニクロで買ったネルパンは、春から夏にかけて履くことにする。真冬、部屋で履くには薄い。それに外で履ける仕様になっているので、部屋で履いて汚すのはもったいない。700円のズボンだが。
 
 昨日は風邪っぽかったので、夕食を作る気がせず、穴子巻きが特価であったので、それを夕食とする。穴子の巻き寿司だ。そろそろ節分のためか、太巻きの寿司の広告が出ていた。この売り専門の寿司屋、大きなチェーン店のようで、特価の品が結構ある。広告の品、となっているので、そういうチラシが出ているのだろう。
 寿司は中で、おばさんと兄ちゃんが作っている。そう言えば、素人が握る小僧寿しはどうなったのだろう。これは回転寿司に奪われたのかもしれない。近所にも、駅前の角地にあったのだが、消えている。寿司と言うより、ご飯を買いに行っていたようなものだ。風が吹くと飛びそうなイカが乗っていたりする。
 寿司と言うより、寿司飯、酢飯がいいのかもしれない。酢を使うことは滅多にないため、酢もたまに補給した方がいいのだろう。酢の物が欲しくなることはたまにある。ちょっとましな和風定食などでは、酢の物が入っていたりする。漬け物ではない。甘い、辛い、酸っぱいの、酸っぱいが意外と少ない。水物のためかもしれない。
 

 
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2016年01月22日

鍋焼きうどん

■■ 2016年01月22日 金曜日 午前8時08分
 
 今朝も寒いが、寒さの中休みらしい。明日あたりから厳寒になるらしい。厳しい寒さと言うことだが、厳暑とはあまり言わないで、猛暑の方を使うようだ。寒さの方が厳しさとの相性がいいのだろう。猛烈な寒さ、では、今一つだが、使えないこともない。厳しいは陰で、猛は陽のためかもしれない。
 それで、昨日は、その厳寒に備えるため、と、書いていると、玄関に供えるためとなりやすい。
 防寒ズボンを買おうとしたのだが、売り切れていて、ない。2割引セールが三割引セールに変わっていたのだが、Mサイズが一本もない。やはり展示品しか在庫がないので、これを売り切るつもりだろうか。この時期の冬のバーゲンは、もうラストに近いが、まだ、暖かくなり始めてから、最後のバーゲンがある。それでは遅いのだが。
 それで、ユニクロへ見に行くが、あることはあるが、奥の方だ。このユニクロの防寒ズボンは発熱タイプのはずだが、見た感じ、薄いし、軽すぎる。ボリュームがなく、スマートすぎる。狙っているのは表地が綿のタイプで、普通のチノパンと同じタイプ。別のスーパーでは年寄り向けのジーパン、今は若い人はジーパンをはかないので、爺パンが売られており、こちらはゴムパンのジーパンだ。何か矛盾しているように思えるが、そのタイプで、その裏地に毛羽立った物を入れているのがあった。最近そのスーパーへ行っていないので、確認はしていないが、客層が高齢化しているためか、そういうズボンが豊富だった。
 しかし、そのジーパン風ゴムズボン、ポケットがサイドにあり、深い。ここは普通のズボンと同じで、ジーパンのポケットは前側にあり、小さく、窮屈すぎる。しかし、サイドポケットのジーパンもある。深くて手を入れやすい。要するにゴルフボールを詰め込めるほどに。
 ジーパンの前のポケット、煙草を入れると、前屈みになったとき、曲がってしまい、崩れたりする。だから、このタイプのズボンを履いている青年は尻ポケットを多用するしかないのだろう。はみ出た長い札入れをよく見かける。それで、落とさないように鎖で繋いでいたりする。
 さて、ユニクロで探しても見付からないので、ウロウロしていると700円のズボンがあった。これは奥ではなく、特価台のようなところだ。ゴムパンだ。少し薄いが、ネルパンとなっている。そのため、柔らかく伸び縮みしやすい。これでもいいかと思い、買うが、買った後、これはパッチでではないかと思った。そのコーナーに発熱シャツも一緒にあり、部屋着のようなものなのだ。しかし、それを履いている男性の写真があり、外着だ。
 まあ、部屋で履くパジャマのようなズボンもくたびれてきているので、その代わりになる。と思っていたのだが、履いてみると、パジャマ風のボアの入った部屋着の方が明らかに暖かい。
 このネルパン、秋物だったのではないか。真夏を越え、少し涼しくなってきた頃なら、このネルパンが丁度かもしれない。だから、厳寒ものではない。それで、春を過ぎるあたりまで箪笥入りにした。
 それで、気になるのが、綿生地で裏がボアのタイプだが、Lサイズが一本だけ残っていた。あとはLLだ。これを一応履いてみた。腰はゴムだけでも止まった。これでMなら、もう少し締め付けられる感じになるだろう。腰はそれでいいが、裾が問題だ。当然長い。このズボンは裾で紐なので止めるものがないタイプで、それらは全て売れてしまい。巻き上げるタイプなのだ。だから、展示品全てまくられている。その裏地が赤を含んだチェックの毛布だ。最初からまくられているのだが、サイズ的にそれほど問題はなかったので、Lでもいけそうだが、この赤いところを隠すため、伸ばして履いてみた。さすがにそれでは江戸城松の廊下になる。
 ただ、自転車では、これぐらいの長さの方がよかったりする。靴の裏を踏むほど長くない。冬は足首が大事で、短い目だと、そこが一番寒い。だから、靴を覆うほどの長さがよい。
 これが残った一本で、MではなくLだ。Mがあったとしても、やはり巻き上げないといけないだろう。しかし、このL、最初狙っていた茶色だった。その前に確認したときは、Mは一本だけで、それは黒だった。それで、買うのを躊躇ったのだ。
 真冬厳寒は、この江戸城松の廊下仕様の長袴がいいかもしれない。
 寒いためか、少し風気味だ。喉の調子が悪い。頭は痛くないが、熱っぽいときがある。インフルエンザはどうなっているのだろうか。最近あまり聞かないが、流行っているのだろうか。
 この季節の風邪を流感と呼んでいたが、これはやはり流行るものだろう。何処かで移されたのかもしれない。
 それで、昨日は暖かいものでも食べようと、鍋焼きうどんを思いだし、和風ファミレスで、それだけを注文して食べる。この季節、一番食べやすいのが鍋焼きうどんで、さすがに夏は食べたいとは思わない。普通のうどんでもいいのだが、それでは淋しい。
 このファミレスの鍋焼きうどんは、海老がメインだが、実際にはカシワだ。カシワの数が半端ではない。カシワうどんと言ってもいいほどだ。海老の他に、卵。卵とカシワなら、親子丼なので、親子うどんのようなものだ。鶏肉はあまり好きではないので、積極的には鶏肉は買わない。また、弁当に入っている鳥の唐揚げも食べないで、捨てている。しかし、好きでもないカシワが鍋の底にぎっしりと入っているのだ。一つか二つではない。五つか六つほどある。その一つ一つが大きい。まだあるのかと思うほどで、食べきれないほどだ。海老など、霞んでしまうほどでのボリュームなので、それで圧倒された。
 要するにここの鍋焼きうどんは、海老ではなく、カシワで、これで満足感を得る客が多いだろう。そう言えば、ここの味噌煮込みどんも、具のメインはカシワだ。まあ、味噌煮込みうどんにはカシワは付きものなので、そんなものだが、それが鍋焼きうどんにも侵入してきて、大量のカシワ鍋になる。鳥鍋に近い。本場名古屋では、有名な鶏が入っているはずだ。丸ごとではないが。
 まあ、身体も温まるし、栄養も補給された感じだった。ただのうどんよりも、充実するのが、鍋焼きうどんで、やはり具の多さだろう。それが少ない鍋焼きうどんは、海老の天麩羅うどんに卵が入っている程度の軽いものになる。
 作る側は食材をけちる。しかし、二回、三回来る客は、具の多さで満足を得たためかもしれない。決して味などではなく。これは大衆食堂の原則だ。ただ、牛丼には負ける。あの安さで、あのボリュームで、具も多いためだ。ただし、肉だけに限られるが。
 まあ、風邪っぽいときは風邪薬ではなく、栄養のあるものを補給し、入り込んだ敵軍をやっつける自軍の兵を育てることだろう。
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2016年01月21日

冬将軍

■■ 2016年01月21日 木曜日 午前7時59分
 
 今朝も寒いが、週末から週明けにかけて、また寒くなるらしい。久しぶりに天気予報で、冬将軍という言葉を聞く。その絵もあるが、以前は閻魔さんのような顔をしていたが、スマートになっていた。この冬将軍と対になるのが、居座るだ。つまり冬将軍が居座り、しばらくの間、寒いと言うことで、これはシベリア寒気団の南下だ。まるでコサック騎兵のように。
 朝起きると、耳が冷たい。いつもそんな感じだったのかどうかは分からない。片側の耳だけ、こちらは掛け布団から出ているためだろう。もう一方を下にして寝ることが多いためだ。洋画でよく、キャップをしたまま寝ているお父さんがいた。パジャマとお揃えだったりする。そう言うのとは別に、長屋やアパートの大家役の伴淳三郎が網のキャップを乗せているイメージが出てくる。
 最近の映画やテレビに出て来る物語上のキャラなど、数十年後、懐かしがるにしても、見ている人が少ないので、あまり共通事項にはならないかもしれない。番組が多すぎたり、ドラマも多すぎるためだ。女風呂が空になる愛染桂か、君の名はかは忘れたが、そういうタイプのものだ。
 プロレスも力道山、馬場、猪木あたりまでしか、知らなかったりする人もいるだろう。グレート草津とか、サンダー杉山あたりになると、曖昧だ。豊登りは覚えているだろうが。これは風呂屋で子供が脇の下をぱんぱんしていた時代だ。
 仮面ライダーごっこや、ウルトラマンごっこは、結構流行っていたと思う。こういうのは、大人になると、一緒になってやる機会はないし、まあ、できないのだが、近所の子供などがやっているのを見かけたりすることで、記憶に残る。
 さて、寒いので、防寒ズボンを買うなら今しかない。その冬将軍に備えての防御が必要だ。実際、足がやや寒々しく感じているので、これは買えば効果がある。しかし、表面が綿などの混紡だと、風をもろに受けるのではないかと思ったりした。他の防寒ズボンは、ツルッとしており、風を通さないタイプだ。これは履いてみないと分からない。まあ、普通のズボンも殆どが綿で、冬物のズボンも、分厚いだけだ。
 少しだけ生地が分厚い程度のズボンなら、夏前まで履けるが、中にボアの入った防寒ズボンは、春を過ぎると、暑苦しくなる。期間が短いのだ。
 それで、ボアのボリュームが少ない、または軽く毛布のようなものが裏地のタイプの方が、その後長く履けるのではないかと思えるが、いつもの店では、もう売り切れて、選択肢がなくなっている。その後、見に行っていないので、補充したかもしれないが。
 どちらにしても1月の末は寒い。それを逃すと、買うのが遅すぎたとなるだろう。もっと早い目に履いておればよかったと。
 今朝は寒いためではないが、起きるのが少し遅くなった。遅い目に寝起きの喫茶店へ向かうと、小学生の登校風景と出合う。これが鬱陶しい。小学生が鬱陶しいのではなく、立ち番だ。
 更に、その先の高校にも立ち番がおり、これが狭い道の路肩に立っているので、その路肩を走る自転車にとって、邪魔で仕方がない。立ち番を避けるため、中よりに走ると、後ろからの車が来ているとき、すれすれになる。車もそれを警戒して、かなり幅を持たせて走っている。
 こういうのを見たくないので、遅く起きすぎないようにしているが、起きる時間は目覚めてみないと分からない。分かっていても、また寝てしまうのが、この季節だ。
 昨日は夕食を作るのが面倒なので、スーパーでのり弁を買った。これが安くてボリュームがある。白身魚のフライ、ちくわの天麩羅、唐揚げ、ゴボウ、海苔、そして、鮭も入っている。白身魚と重なるのではないかと思えるが、これが入っているだけで、豪華に見える。スーパーなので、余り物を詰め込んだのだろうか。コンビニの海苔弁が貧弱に見える。そして、高い。
 
 昨日発表されたパナソニックの1インチ旅カメラだが、メーカーページで確認すると、液晶はタッチパネルだが、回転しない。ここが惜しい。意外と、性能よりも、こういった取り回し箇所で、使い勝手が違う。1インチという画質よりも。
 ポケットや鞄から取り出して、さっと電源ボタンが押せるかどうかも大事だ。
 この旅カメラの値段で、同タイプのパナソニックのミラーレスが買える。パナソニックのミラーレスは非常に小さく軽いのがある。コンパクトカメラより小さいほどだ。そこに電子ファインダーを付けたタイプがある。このとき、1インチ旅カメラよりも小さくなるのではないかと思える。ただ、カメラが小さい上に電子ファインダーを付けているので、液晶の背が出せず、液晶は小さくなるが、このカメラのダブルズームキットがあれば、24から200ミリ程までカバーできる。24から70ミリ近くの広角寄りのズームと、望遠端が200ミリ程度の小さな望遠レンズだ。そのため、望遠と言っても、鏡胴の高さが、このカメラのボディーの高さ程度。これはカメラ屋で展示されている。その電子ファインダーの付いたタイプは、滅多に展示されていないが。
 パナソニックにも28から300あたりの高倍率標準ズームはあるが、高いし、長いし、重い。ポケットには入らない。望遠側を無視すれば、先ほどのファインダー付きのカメラに、普通の標準ズームを付けたタイプならポケットに入る。
 まさかとは思うが、1インチものを出すことで、ミラーレスの方がいいなあ、と言う作戦ではないだろうが。写りに関しては、一番小さな受光素子の画質と、言うほど変わるものではないのだが、ぼけ具合がかなり違ってくる。これは画質ではなく、そうなるのだ。
 ボケやすいほど、旅カメラとしては扱いにくいところがある。何処にピントを合わせるのかを考えながら撮さないと、狙っていたもの以外のところにあった場合、ボケてしまう。それで、複数枚撮影方式の、あとでピント違いの写真が選べる機能を入れたわけではなさそうだが、普通のコンパクト系では、旅カメラ的に撮す場合、ピントが深いので、適当でもかまわない。旅が目的で、撮影が目的ではないためだ。
 パナソニックユーザーが欲しいのは、1インチタイプではソニーやキヤノンのような、小さなカメラだったのかもしれない。しかし、パナソニックにはLシリーズがあり、こちらは1インチどころか、同社ミラーレスと同タイプの受光素子を付けたコンパクトカメラがあるので、ここが悩ましい。
 ファインダーを付けて、もっと明るいレンズを付けて、24から70あたりでのズームでもいいから、そういうのを期待していたのかもしれない。要するに、ソニーの真似だが。
 しかし、望遠ファンにとっては、ポケットに入る1インチでの250ミリ撮影可能な旅カメラは、本当に臭いコーナーをついた球だ。
 
 
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2016年01月20日

パナソニック1インチ旅カメラ

■■ 2016年01月20日 水曜日 午前7時29分
 
 今朝も寒いし、空も荒れているらしいが、これが今冬最大の低気圧かもしれない。台風並に風が強く、止まっている自転車や、セメント土台の置き看板まで倒れている場所もある。気温よりも、この風の強い風の方がこたえたりする。こういう風を受け続けると、体力を消耗するだろう。強い風だけではなく、悪い風もある。これは風ではなく、空気だろう。
 今朝も寒いが、慣れたもので、部屋の中にいると、あまり寒く感じなくなった。部屋でも着込んでいるためだ。着込み具合の一番が蒲団だろう。
 朝、外に出ると、さすがに寒いが、これも毎朝なので、昨日よりも極端に寒いと言うことはない。今朝の気温は氷点下になっていないが、その日の瞬間最低気温というのがあり、氷点下になっていることもあるが、その差は僅かだ。つまり、氷点下と、そうでないときの差が二三度だと、これは似たようなものだ。どちらにしても寒いと言うことだが、朝、天気番組で、氷点下になっていると、その言葉で余計に寒く感じるが、外に出てみると、それほどでもなかったりする。
 天気予報では雲マークになっているが、外に出てみると、青空が見える。あの雲マークの雲はなんだろう。曇りというのは陽射しがないことだと思っている。晴れとは雲がないことではなく、陽射しがあることだ。雲一つない晴天もあるが、雲は付きものだ。晴れていても雲はある。全くない日もたまにあるが、これは滅多にない。水平線の端っこの方に、かけらがあったりする。当然高い山に登れば、見晴らしがよいため、三重県からでも富士山が見られるほどなので、視界に雲がないというのは余程の日だろう。
 雲が多いことを曇りというのだろうか。雲が多くても、青空があり、陽射しがあれば、晴れではないか。
 曇り空というのは、雲の輪郭が分からないほど、空が雲で白い。青い箇所が見えない。太陽は位置も分からないほど隠れている。要するに空に青味が見えないと、曇りだと思っているのだが、どうだろう。だから、天気予報で、曇りとなっていても、結構青空が見え、陽射しもあったりする。ただ少し雲が多いので、太陽が雲で隠れたりはするが。これは、晴れ時々曇りなのか、曇り時々晴れなのか、もう雲次第だ。
 晴れのち曇りではなく、晴れ時々曇りは、交互に来ることがある。晴れたり曇ったりだが、雲の塊の量の問題かもしれない。そして、雲のある場所の風が強いと、テンポが早くなる。
 風の強い日は、雲を見ていると、風向きが分かる。どちらへ流れて行くかで。この雲の流れが非常に速いのが、黒澤明の姿三四郎での対決シーンだろうか。そういう自然現象の動きを取り入れるのがうまい人だったようだ。
 また日常の平凡な風景でも、背景となる空が変わると、もの凄く雰囲気が違う町になる。
 
 そろそろ春なので、一太郎などもバージョンアップするが、春カメラもそろそろ咲き始めている。しっかりと咲かないのは、まだ発売されていないためだ。
 今朝、起きがけにネットを見ていると、パナソニックからの春カメラの記事があった。
 やはり1インチで来たかと言うことだ。そして、コンパクト系の花形カメラでもある旅カメラ路線で。つまり、ポケットに入る旅のお供カメラで、何でも写せる高倍率ズーム機。
 1インチタイプは、25から250で来た。旅カメラとは別に、パナソニックは地味だが、28から200で、少し大きい目の受光素子を付け、広角端だけは明るく、しかも電子ファインダーが付き、200グラム前後のを出していたのだが、その延長かもしれない。このカメラ、値が下がらず、結構粘っていた。それにもう古くなっている。いっそ1インチにして、と言うことかもしれないが、路線が違う。やはり旅カメラの受光素子を上げてきたとみるべきなのだが、旅カメラは旅カメラで、しっかりと新製品を出してきているので、やはり別のシリーズだろう。つまり1インチシリーズに二弾目だ。
 400ミリまでの高倍率タイプは既に出している。ばかでかいカメラで、ネオ一眼で、ポケットには当然入らない。パナソニックのミラーレスより大きい。
 1インチ旅カメラは300グラム強だろうか。レンズは飛び出していないので、ポケットに入るだろう。しかし、デザインがすっきりしすぎていて、クラシックデザイン路線はやめたのだろうか。これは、そのままライカのロゴを入れて、ライカからも出そうだ。何となくリコーのボディーかレンズが分からないものを交換するシリーズカメラのボディーに似ている。素っ気ないのだ。
 要するに、ポケットに入るコンパクト系1インチデジカメを出したと言うことだろう。ズーム比的には25から250ではなく、28から300もできたはずだが、最近の一眼レフも標準ズームが広角側へシフトし、望遠側は縮む傾向がある。その影響か、300ミリにすると、レンズの飛び出しが大きくなるのかどうかわからないが、コンパクト性に欠けるのか、それは分からない。望遠側を削ってでも25ミリが欲しかったのかもしれない。まあ、旅カメラシリーズは25ミリスタートなので、28ミリだと、ガッカリするパナ旅カメラユーザーもいるだろう。25ミリを24ミリにできないのは苦しいところだが。
 しかし、250ミリでは旅カメラとしては少し頼りない。日常写しなら、問題はないが。小鳥などは250ミリでは無理だ。逃げる猫は600ミリ越えが必要だ。高い位置で咲いている桜の花びらのアップも、無理だ。
 しかし、そこはデジカメ、この250ミリは簡単に500ミリになり、750ミリになるかもしれない。超解像技術とか、他のものを加えて、劣化しない状態で2倍3倍ほど望遠が伸びる。昔のデジタルズームと違い、最近のは劣化が分からないほど綺麗だ。だから、多用している。
 例えばキヤノンの超高級コンパクトは110ミリほどしかないのだが、450ミリほどになる。受光素子はほぼ一般のキヤノンイオスと同じサイズなので、余裕だ。
 そのキヤノンの1インチタイプは600ミリまであるが、残念なことに電子ファインダーは別売りだ。背面の液晶だけでも結構写せるのだが、1インチもあるのだから、ファインダーで覗きたくなるだろう。ピントの浅さが、普通のコンパクト系より、こんなに違うというのを、もっと確認したいため。それに600ミリもあると、さすがに液晶の広角側からズームインするとき、目標を捉えにくい。まあ、できないわけではないが。これは慣れで何とかなる。
 パナソニックの旅カメラ、700ミリ越えで電子ファインダーが付いた初代は買っている。望遠端がよくない。だから、250あたりで止めておいた方が無難だろう。そして、デジタルズームで超望遠側をカバーした方が安定していたりする。
 しかし、値段を見ると、これは普通のパナソニックのミラーレスを買ったほうが安くて軽くて小さいのではないかと思ったりした。
 しかし、この新旅カメラ、受光素子の小さいタイプよりも大きく重くなるので、カメラらしくなっていると思える。ある程度ボリュームが必要なのだ。小さなカメラでのアイレベル撮影は、シャッターボタンなどを押すとき、窮屈になる。
 この1インチ新旅カメラ、その発売時価格より、カメラのキタムラで、同じ1インチの400ミリまであるネオ一眼風の方が安いのではないかと思える。ポケットや鞄に入れにくいので、旅カメラとしては、今一つだが。
 しかし25から250で、ポケットに入る1インチと、臭いところに球を投げてきた。このあたり、一眼レフ高倍率系ズームキットと少し重なる。28から200ミリの、短い目の標準ズーム付きキットだ。それより広角端望遠端が伸びていると見た場合、結構魅力がある。ポケットに入るし。
 
  
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2016年01月19日

おやつ

■■ 2016年01月19日 火曜日 午前7時16分
 
 今朝も寒いが、氷点下にはなっていない。しかし、朝、寝起きの喫茶店へ行くとき、白いものを見た。雪が降っているのではなく、地面に雪がある。路面は乾燥し、濡れていないが、土の上とかには氷のように固まっていた。夜中少しだけ雪が降り、固まったのだろう。
 そういう寒そうな風景なのだが、意外と寒くはない。先日買ったガウンのような毛糸のカーデガンが効いているのかもしれない。ポリエステルのフワッとした徳利の分厚い目のセーターもあったので、それも欲しいところだ。薄くてピチッとした徳利のセーターは首を突っ込むだけでも大変だ。それがユルリとしていると着やすいが、暖かさはどうだろうか。やはり密着している方が、このタイプは暖かいのかもしれないが、これが窮屈で仕方がない。身体に包帯を巻いているような感じになる。
 時代劇などを見ていると、真冬でも前をはだけた着物を着ている。それ以上詰められないのだろう。それで、胸当てのようなものをしていたりする。さらしを胸まで上げるにしても限界があるためか、胸当てだ。または金太郎ようなものだろうか。そしてご存じ必殺仕掛け人の中村主水のようにマフラー。これは当時はどう言っていたのか、首巻きだろうか。着物もそうだが、スーツも、首まで届かない。しかしカッターシャツの襟で、しっかりと首元はガードされている。前で合わせている着物は、どうしても胸元が寂しい。
 高僧になると、後ろの襟を尖らせている。当然首巻きをしている。がらんとした寺の中は寒いだろう。しかし、実際は、ごろんごろんの達磨のように着込んでいたのかもしれない。
 正月明けで新年のスタートなのだが、寒いスタートだ。前へ進むより、部屋の中で籠もっていたい気候だ。部屋の中にいても、暖かい場所から離れたくない。だから、立ちたくないので、用事も片付かない。こういうときは寒い外から戻ってきたとき、さっと片付けるのが良いのだろう。
 寒いときは布団の中が一番となる。朝などもう少しもう少しと床離れが大変だ。朝、眠いのに起きなければいけない人も多い。しかし、いやでも起きているはずだ。そのためか、休みの日は昼前まで寝ていたりする。
 一番いいのは、もうこれ以上寝ていたくない、早く起きたいと思う状態で、起きることだ。これは寝たいではなく、起きたいという動きなので、何の抵抗もない。
 寒くなったので、防寒ズボンが欲しいところだが、ツルッとした安いのは何本も持っているが、すぐに汚れる。千円ほどの値段なので、使い捨てではないが、これが気に入らない。やはり綿生地の方がズボンらしい。
 その表が綿生地で普通のチノパン風で、裏地にボアが入っているタイプが2000円台後半であったので、買おうとしていたのだが、ズボンが一本もないわけではないので、控えていた。すると、次々と姿を消していった。在庫は、展示品だけなのか、良いものから順番に消えていく。
 同じように見えていても、裏地のボアの種類が違う。毛が立っているものと、ペラッとした毛布の薄いようなものとか。当然すぐに消えたのは毛羽だったボリュームのあるタイプからだ。防寒性が欲しいために買うのだから、当然だろう。
 それが消え、裏地が薄いタイプばかりが残り、更に、次に来るのが色だ。茶色が真っ先に消えた。そしてLLサイズが残り、更に色は黒しか残っていない。そのなかに奇跡的にMサイズが一本だけ残っている。これが最後だろう。しかし黒パンのゴムパンだ。これは何だろう。
 このズボンはゴムパンの一種だが、ベルトは付いている。ただ、中に入り込んだ平べったい紐のようなもので、リュックの調整紐のようなものだ。それがお腹の左右からトンネルを潜って出て来て、前で輪に通して戻して止めるタイプ。当然余った紐は垂れたりする。止めるところがあるが、少し遠い。これはどうしてもベルトと言えるものではなく、紐だ。ただ、紐パンではない。組紐ではなく、幅は狭いが、平紐だ。しかし、その止め方が情けない。まあ、ゴムパンのおまけの紐のようなもので、ゴムだけでも何とかなるのだろうが。
 中に毛布が敷かれたズボンなので、当然普通のズボンより嵩が高く、少し重いかもしれない。ゴムパンはずれる。ポケットに小銭を入れすぎると、それで船のように傾く。そして、このタイプのズボン、芯がない。足袋のようなものだ。だが、古代の日本人の服装に近いかもしれない。
 裾は紐で縛るタイプで、これで、裾直しはいらない。そのため、長い目の裾だと、足首のところで、溜まりができる。これは長いほど足首から靴まで覆うので、自転車に乗っているときはいい。
 しかし、公衆トイレなどで、床が濡れていることがある。このときは用心が必要だ。
 
 夕食前に小腹が空くので、おやつを用意しているのだが、それを食べ過ぎると、今度は夕食が遅くなる。それに腹があまり空いていないので、夕食の楽しさが少し減る。
 そのおやつだが、一番贅沢なのはポテトチップスだ。これは嵩のわりには量はない。油と塩気だろう。それで、もうひと世代前のメインだったかっぱえびせんを買う。これは長持ちする。この場合は、塩気だろう。塩で持たせているようなものだ。だから、どちらも塩分が多い。まあ、塩は必要なので、控えすぎると、逆に危ない。唇が塩で痛くなるまで食べると危険だが。
 ポテトチップスもえびせんも、甘味がない。塩か甘味か、油かだろう。最悪はアンドーナツだ。これは厳しいものがある。
 それなら、おはぎや、ぼた餅の方がよいが、まあ、高い。それにこれはおやつとしては重い。
 更にもっと前の世代なら、おかきや、煎餅だ。あられでも良い。それを油で揚げたもののほうが美味しいが、油で口がぬるっとしすぎる。
 饅頭でもいいのだが、これは一口で終わってしまう。やはり、おつまみのように、もう少し長い時間、口を動かしたいのだろう。
 肉饅という手もある。冬場は、これがいいのだが、これは殆どパンだ。蒸しパンとは少し違うが。
 いずれもそういうのは、コンビニにある。コンビニが駄菓子屋になっている。そして、普通のお菓子屋さんが殆ど全滅している。メーカーものの袋物が出てきて、量り売りのお菓子屋さんが消えたのだろうか。こちらの方が種類が多く、非常に高いものもあった。当然、子供の小遣いでは買えない。こういうお菓子は、大工さんに来てもらったときなど、茶菓子として出す。しかし、今は茶菓子や休憩のおやつなどいらない。普通の工務店なので。
 そう言うとき、よく出ていたのだが、袋物だが、トヨスのあられだ。今では雛祭りのひなあられ程度で、見かけなくなったが、まだあるのだろう。やはりお茶に合う。珈琲や紅茶には合わない。お茶に合うとなると、梅干しや、たくわんまで入る。
 
 
 
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2016年01月18日

望遠

■■ 2016年01月18日 月曜日 午前7時17分
 
 今朝は雨。しかも暖かい。朝から9度ある。それなのに、大阪でも雪が降ると予測されていたが、今日ではなく、明日だろうか。しかし、雪の降る前の日が9度では、何ともならない。逆に暖冬予報を出した方がよい。朝の気温がこれだけ高いのは、大阪で雪が降るより珍しいからだ。
 しかし、気温は高い目といってもやはり冬の雨。それなりに冷たい。ところが、今朝は厚着だ。
 予報を信じて、寒くなる言うので、バーゲンの吊り物カーデガンを買ったのだ。レジにて半額ではなく、レジにて2000円。値札は5千円となっている。バングラデシュ製でウールの毛と、アクリルの毛混紡。割合は当然アクリル70パーセント。しかし、立派なニットだ。毛糸のセーターのようなカーデガンだが、それほど分厚くない。薄い。毛糸は細いのだろう。そのためではないが、裏地がある。カーデガンに裏地、ニットの裏地。これは何かと、この吊り物バーゲンを見学するたびに思っていたのだが、未だに謎が解けない。毛糸の暖かい箇所は内側にした方が暖かいと思うのだが、そこにツルッとした膜のような裏地を重ねている。当然ニットなので、ぴたりと貼り付けているわけではない。
 単純に考えれば、袖を通しやすい。滑るからだ。背広の裏地と同じだ。これは防寒用ではないかと思ったのだが、その意味もあるだろう。そのものが暖かいのではなく、その膜で風を通しにくいのだろう。だから、防寒と言うより、風よけかもしれない。確かに毛糸のセーターは風を受けるとスカスカすることがある。
 このカーデガン、以前から狙っていた襟のあるガウンスタイルで、胸元は結構開くが、ボタンで留める。首の下までボタンはなく、大きなY字型になっている。徳利タイプのもあるが、あれはやはり窮屈で、途中で、首元を開けられない。
 このガウンスタイルの襟は、マフラーを首から掛けるスタイルと同じになる。巻かないで。
 この2000円のガウンタイプカーデガンと2000円の発熱性ダウンジャケットで、結構暖かい。今朝は寒いはずなので、その効果を見たかったのだが、9度もあり、何ともならない。今朝着ているもの、最近買ったものでは、庇付きのニット帽が一番高かった。普通の正ちゃん帽なら300円である。こちらの方がよかったかもしれないが、これはバーゲンで、たまに積まれていて、婦人用だが。
 上着関係は、そのバーゲンで揃えた感じだ。これは平和堂だ。同じガウンスタイルがGUにもあり、こちらも2000円ほどだろうか。ただし裏地に幕は張られていない。この黒幕の効果は何なのか、まだ掴めていないが。分かっているのは、袖を通しやすいことだろう。バーゲン商品で安いが、全部アクリルではなく、30パーセントウールが入っているのがいい。これで、ウールのセーターとか、ウールのニットカーデガンだと言える。しかし、裏に付いている黒い膜は何だと聞かれた場合、説明できないが。まあ、聞く人などいないが。
 実は、去年の冬に買っていたセーターがあり、こちらはアクリル毛糸のセーターなのだが、その裏地にボアが入っており、かなりのボリュームで、セーターと言うより、立派な上着だ。一番上に着てもおかしくない防御力がある。これを着ていたので、コートやオーバー関係は、薄くても何ともなかった。首元も完全ガードになり、最強のインナーだったが、今年は暖冬で、これを出すまでもなかった。また、コート類のサイズが小さいと、腕が通らなかったり、回らなかったりして、逆に肩が凝る。
 今年はそれを見込んで、発熱性ダウンジャケットのサイズは、一回り大きなものにしている。
 そうして、寒気団への備えをしていたのだが、9度では拍子抜けだ。
 
 ミラーレス用の望遠レンズを買い、それで写しているのだが、並行してカシオのコンパクトデジカメの望遠も使っている。こちらは25からの広角が入っているので、望遠ズームだけでは広角側に弱点があるため、ポケットに忍ばせている。
 そのカシオで写した望遠での写りと、ミラーレスの写りとがあまり違いがないと、受光素子の大きさは何だったのかとなる。手の平に入るカメラでできてしまうと、ミラーレス系、一眼レフ系の意味が薄くなる。
 しかし、下手なミラーレスカメラやレンズでも、被写界深度が物理的に浅くなる。これは性能とは関係がない。そのため、十メートルか二十メートル先を歩いている人を写した場合、その遠方が僅かにボケる。これが一番の特徴だろう。コンパクト系でも最望遠にすれば、同じようにボケるのだが、ボケているのか、不鮮明なのかが分からない差がある。
 しかし、どちらも小さなサイズで見ると、よく分からない。拡大し、パソコンモニターを全画面にしてみれば、明快に見えるのだが、ウェブに上げた場合、そこまでして見ている人は希だろう。
 逆にウエブに上がっている写真を見ていて、人の顔などがあり、これは誰だろうかと、拡大しようとしても、その表示サイズと同じサイズのものだと、拡大できない。要するに拡大というか、モニター一杯の大きさで見るのは、写真の中に映っているものが小さくて、よく分からないので、大きいサイズにして確認しに行くためだろうか。
 さすがに自分で写した写真は、取り込んだとき、大きな画面で見ているが。
 ウェブで写真を見ることが多いのだが、作品としてではなく、何が写っているのかで見る。ただの好奇心だ。または確認だ。写真の中の文字が小さくて読めないので、拡大して読み取る。これは看板や貼り紙が背景に写っている場合で、それを写した写真ではない。
 望遠撮影では、ニコンのコンパクトが、かなり素早く、さっと写せてしまうのだが、カシオも検討している。夜景などを写すと、昼間のように写るのだが、そんな風景は実際にはない。これは合成なのだが、絵として見た場合、この世にはない町の光が見える。そんな光線状態にはならないためだ。
 写真のもう一つの楽しみは、タッチだ。現実がないと写真は、光がないので、写らないが、これは現実のある種の変換だ。その変換の仕方で、タッチが変わる。
 失敗しないように写せるというのが、カシオやソニーのカメラでは過剰サービスをしくれるのだが、これはカメラが勝手にやってくれることなので、自分がしたわけではない。だから、カメラが付けてくれたタッチとなる。実際にはカメラ内でレタッチをやり倒しているのだろう。
 話は変わるが、パナソニックから撮影後ピント位置を選べるカメラが出た。しかし、新製品ではなく、アップデートでできる。ただし最近のカメラだけだが。4kか5kかは忘れたが、そのタイプのカメラだ。プログラムだけではできないので、今、売られている新しいカメラ、数種類だけだが。これは一眼レフで系の話だが、実はカシオの一寸良いタイプのコンパクト系でもできたのだ。ある意味四眼レフとか、八眼レフとか、そういうコピー文句付きで出たカメラだ。複数の目を持っている。しかし実際には連写だ。これは、露出の異なる絵を三枚ほど纏めて写すのと同じだ。
 カシオは機械ものはないに等しいので、プログラムで何とかしている。ここが貧乏臭い。光学的ではなく、加工的に。
 その中で、パーンフォーカス合成がある。ただでさえコンパクト系はパーンフォーカスになるので、そんなものはいらないのではないかと思えるが、コンパクト系はかなり接写ができるため、寄りすぎると、さすがに背景はボケてしまう。それをぼかさないように、別々に写して合成するのだろう。
 撮影中、表に出しているのはオーソドックスなミラーレスカメラだが、ポケットには、ハイテクの塊のようなカシオを偲ばせている。これで、カシオで写した望遠側、しかもデジタルズームで三倍ほど拡大したものと、ミラーレスのレンズで写したものの違いがあまりないと、ガッカリするだろう。
 ちなみにパナソニックのズームは350ミリだが、カシオのズームは、実質1000ミリを超える。パナソニックも、デジタルズームにすんなりと入るので700ミリまでいける。だから、ニコンなどの700ミリ越えのズームと同じ画角まで望遠が効く。
 では700ミリ越えのコンパクト系で、デジタルズームを使えば1400ミリから2000ミリになるのだが、さすがにそこまで行くと、ブレて不鮮明になることの方が多い。
 
 
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2016年01月17日

一太郎

■■ 2016年01月17日 日曜日 午前7時19分
 
 今朝も寒いが、氷点下にはなっていない。しかし、昨日の氷点下よりも寒い。手が悴み、顔が冷たい。まだ顔が痛くなるような寒さではないが。
 今朝は曇っている。昨日などは雲一つないほど青空が拡がっていたが、寒いとそんなものはあまり見ない。外に出るだけでも寒いためだ。上を向くと風が受けるので、下ばかり見ている。
 暖冬は何処かへ行ってしまい、本格的な真冬に入っているが、まあ、この季節はそんなものだろう。寒いので出掛けるのが億劫になるが、日常立ち回り先は、いやでも立ち回っている。しかし、寒風を受けると頭が痛くなるし、鼻水が出る。冬場は籠もっている方がよい。
 一月半ば、ここからの一ヶ月ほどが寒い。三月が見えだした頃、真冬の底から抜け出せる。
 しかし、新しいレンズを買ったので、試し斬りではないが試し撮りには出る。このとき寒いのだが、それは構わないようだ。勝手なものだ。
 頭が少し痛く、鼻水が出たり、喉ががらがらになると、風邪ということになる。これで寒気と熱が加われば完璧だろう。
 以前はよく、風邪の引き始めなどに風邪薬を飲んでいたのだが、それが風邪なのか、ただ寒いだけのことなのかが、分からないことがあった。風邪薬というのは習慣になりやすいのは、飲むとうっとりするからだろう。それで治るわけではない。
 安静というのはあるが、どの程度が安静なのかが分かりにくい。そのまま受け取れば、寝ておれということだ。身体を動かさず、静かにしておれということになるが、それでは日常のことができない。安静にしないのは、動けるからだろう。
 安静に努めなくても、しんどくて身体が動かないときは、自然と安静にしている。
 風邪薬を常用すると、胃腸をやられる。まあ、仕事などで、どうしても用事をしないといけないとき、しばらく麻痺させるために、飲むことがあるだろうが、これでかえって無理をしてしまう。
 
 2月になると一太郎が出る。あと二週間ほどだ。さて、どうするかと、考えている。このワープロソフト、毎日使っているので、一年ほどで飽きてしまうことはないが、多少目先の変わったものが入ると、楽しい。
 しかし、こういうワープロソフト、ワンアップ程度では、それほど変化はない。画面が違いすぎると、別のソフトのようになり、逆に使いにくいためだ。
 日本語変換にも限界があり、文脈を見た上での変換でも、やはり限界がある。そこで、別の面で攻めてきたのか、キーボードの打ち間違えというか、横のキーを押してしまっても、修正してくれるようだ。横のキーを押すと、もうカナにはならない場合がある。その状態でも、何とか変換で、ズレを補正してくれるらしい。これは一太郎ではなく、ATOKの機能だ。
 また、日本語変換をオンにしないで、タイプしたとき、当然英字になる。その状態から、日本語に変換してくれるらしい。
 これはよくある。一太郎でタイプしているとき、ネットで、検索するとき、ブラウザ側でオンにしないと、日本語で検索できない。急いでいるとき、日本語をオンにするキーを押すのを忘れることが多い。だから、また打ち直すことになる。これが変換されるのなら、有り難い。このあたり、僅かなサービスで、重箱サービスだ。と言うより、フォロー系サービスだろう。
 大きな辞典が一太郎を買うと付いてくるのも、積極的に辞書や辞典を見に行くのではなく、これもフォロー的な使い方が多い。言葉を確認しに行くのだ。だから、積極的に言葉や意味などの世界に入っていこうというものではない。
 世界は言葉でできているというわけではないが、その言葉が指している物事がある。これは映像より、はっきりした括り方で、その言葉そのものが圧縮ファイルのようなもので、開ければ、色々な世界と結びつく。
 言葉はインデックスなのだが、自分が使える言葉は限られている。何千語もないだろう。
 辞書というのは、一寸だけ、別の世界、知らない世界のことを覗かせてくれる。まあ、それでおおよその輪郭が分かるというか、どのあたりに関する言葉なのかが分かったりする。所謂正体、身元のようなものだ。
 ただ、辞書や辞典では、少しそれを見るだけで、窺うだけで、それ以上突っ込まないようだ。やはり、フォロー系のためだろう。やはり関連することがないと、言葉を見に行くことは少ない。実用範囲内だ。
 電子辞書などで調べるより、本物の紙の辞書で調べて、言葉の意味を知る方が、記録に残ると言う。これは手を使い、紙をめくり、お隣さんの言葉の中からやっと見付け出すためだが、実は、国語辞典などで引いていたときも、同じ言葉を何度も引いている。少しも記憶に残らなかった。すぐにその意味を忘れてしまう。これは電子ものでも紙ものでも、辞書を引いただけで身につくのなら、楽な話で、ここが辞書、辞典の範囲内で、限界だろう。逆に辞書を引かないで、曖昧なままにしておいた方が、よかったりする。まだ決定していない言葉だ。辞書を引けば決定する。しかし、辞書には書かれていないものがある。その用法だ。これは生きた言葉だろう。辞書にも用法は書かれているが、それ以外の用法もある。実は、それ、方言だったりするが。
 一太郎というのは、画面の右側に辞書パネルが常駐している。常に辞書を見ているようなものだ。入力し終えた場所にカーソルを置き、コントロールキーを押すと、意味が出る。例えば、意味という言葉を確認するようなことはないが、用法が紛らわしい言葉がある。これも実用範囲内だ。
 昔のワープロ専用機の場合、バージョンアップというのは殆どない。アップしたければ、新しいワープロ専用機を機械ごと買うしかなかった。結構な値段なので、一太郎のように毎年買えるようなものではない。
 しかし、一太郎のバージョンアップは、僅かなアップで、毎年毎年、新機能が付くわけではない。
 ウインドウズ10もそうだが、機能よりも、親しみやすさ、インターフェースの丁寧さに変わってきている。
 これはカメラもそうで、こちらはオート化が、最大のサービスだろう。
 

 
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2016年01月16日

一太郎2016

■■ 2016年01月16日 土曜日 午前7時59分
 
 今朝も寒い。氷点下になっていた。しかし、晴れている。起きるのが遅かったが、朝まで一気に寝ていたようだ。寒いので固まっていたのだろうか。しかし、布団の中は暖かく、寒さはなかったが。本当に寒いと、途中で目を覚ますかもしれない。
 真夏と真冬では服装が全く違う。こういうことを四季のある国では当たり前のように繰り返しているが、半袖がいきなりダウンジャケットになるわけではなく、徐々に寒くなり、徐々に暑くなるため、身体も慣れてくるのだろう。しかし、動物や植物は寒くても着込んだりしないが、毛とがやや分厚くなるようだ。鳥はどうかは知らないが、こちらこそダウンジャケットの元になる羽毛を生産しているのだから、冬場は羽毛が増えるのだろう。
 蛙や蛇はさすがに体温調整ができないので、冬眠する。しかし、寒いから冬眠するのか、餌がないから冬眠するのかは分からない。
 人も仕事がないときは冬眠するのだろう。寝て暮らすというのは省エネになるが、冬場は電気代がかかったりするので、食べるものを減らしても、それほど効果がなかったりするが、余計なことをして消費するのを押さえるのだろう。動くとそれだけお金を使う。動かなくても、使うこともあるが。
 冬場寒いのだが、この空気のきりっとした季節が好きな人もいる。身が引き締まり、頭も引き締まるためだろうか。南の国で、椰子の木陰でぼんやりしている人と、雪国で鋭利な頭で、眉間に皺を寄せていろいろと考えている人とは、違った生き方になるかもしれない。
 四季のある国では、暑さ寒さ、両方分かっている。ただ、日本列島は長いので、北国寄りと、南国寄りの気候では、同じ四季でも少し違う。また、海岸沿いや平野部と、山岳に囲まれた内陸部とは違う。
 毎日、近所を散歩するにしても、雪国では、一歩外に出るだけでも大変だったりするし、雪道をのんびりと歩けないだろう。大阪方面は真冬でも歩いている人がいる。ただの散歩で。これは四季を通じて歩いていたりする。毎日散歩に出られる気候なのだ。
 
 昨日は寒い中、朝の喫茶店からの戻り道の大回り散歩に出た。すかし、小回りに近いが。当然、先日買った望遠ズームで写すためだ。しかし、風景はいつもと変わらないので、試写のようなものだが、この試写が一番いい写真が撮れたりする。試しに写したものがよかったりする。
 写すだけの珍しいものや、絵になるようなものはないのだが、強引に写すものを探すためだ。なければ、適当に写す。これがいいようだ。
 被写体よりも、実はそのレンズをファインダーで覗いたときの目が美味しかったりする。これは慣れると、新鮮さはなくなるのだが。
 いつものカメラで、いつものようにとは別に、アタック方法を変えると、新鮮だ。これで、良い目の正月ができたようなものだ。
 カメラもレンズも軽いため、ミラーレスの望遠ズームと言っても、それほど嵩張らないし、重くはない。ミラーレスカメラがコンパクト系のネオ一眼化しているのだろう。
 最近のミラーレス系は、昔のフィルム時代の小型一眼レフに近付きつつある。デジタル一眼レフのイメージは、グリップが飛び出し、ボディーが分厚く、一昔前のAF一眼レフの形に近い、その前のAFになっていない頃の一眼レフの形に、ミラーレスカメラは近くなっている。しかし、飛び出したグリップで、シャッターボタンが傾いている形の方が、実際には持ちやすいし、写しやすい。デザイン的にはガンダムのようにゴチャゴチャするが。
 さて、この季節、そろそろ春カメラが出るためか、新製品の記事が出る頃だ。新製品と言っても、バージョンアップのようなもので、ここがデジカメのうるさいところで、内部のプログラムのようなものがドンドンよくなる。それで、すぐに古いタイプになり、最高級品を買っても、その後出た普及品に負けたりする。ただ、一眼レフ系は、レンズはそのまま使い回しができるが、少し使っただけで、放置しているレンズや、だぶってしまって、使っていないのもある。
 だからというわけではないが、中古カメラや中古レンズの方がよかったりする。こちらはもう終わっているので、結末が分かっているカメラ達だ。意外とその新製品よりも、古いタイプの方が完成度が高かったり、使いやすかったりもする。それらを名機と呼んでいるが、どれが名機かは分からない。デジタル物のためだ。見えないのだ。
 
 今年も一太郎の年貢を納めるときが来たが、毎年パスするかどうかと考えている。去年は一番安いダウンロード版一太郎だけにした。使っているのは、この一太郎だけで、その他のソフトも入っているが、殆ど使っていない。
 今年の目玉というかおまけはブリタニカ国際大百科事典だ。これはネット版でもあるらしく、その小項目タイプらしい。だから、全部入っているわけではないが、自分のパソコンにインストールできる。電書だ。
 これは一番高いセットで、次に高いセットでは日本国語大辞典が入っている。こちらも精選となっているので、全部ではないようだ。それに和英英和辞典もつく。本で買えば、その合計は54810円らしい。下の10円と、細かい。一太郎を買えば付いてくるのだ。その一太郎の値段が16200円。一太郎だけのセットは8640円。これのダウンロード版がかなり安い。
 つまり今回の一太郎のおまけは電書だった。電子辞書だが。しかし、ブリタニカになると、これは読み物になる。ケネディ大統領も、ここで執筆している。真田幸村という項目がカタログには見える。それを引けば、幸村の解説が載っている。これは歴史人名辞典など電子辞書専用端末に入っていたりする。
 以前はスキャナーや、タブレットのおまけが付いていたが、もう物品ものの、ネタが切れたのか、ソフトを付けたようだ。
 電書に関しては、EPUB変換だけではなく、表紙のサンプルが豊富にあり、デザインが施されている。タイトルと写真だけ交換すれば、そのまま使えるようだ。ジャンル別に、デザインが違う。
 これは電書ストアに並べたとき、見栄えがいいようにとなっている。もう今ではアマゾンキンドルを差しているのは間違いない。EPUB用の書式テンプレートは、また別にある。
 これですっかり個人出版向けツールとなった感じだ。あとはEPUBビューワーだろう。
 せっかく書いた小説なので、人様にも見て貰いやすくするため云々と解説がある。以前は知り合いに見せる程度の電書の扱いだったが、今回は売ることも前提にしたツールだ。
 確かに電書の表紙は面倒臭い。書体や、レイアウトなど、適当でいいといっても、かなり見苦しいことがある。昔の新潮文庫の表紙のように、葡萄か何かのツルで囲われているのもある。自分の本も、そういった有名ブランドの表紙と同じ装丁で、並んだなら、気持ちがいいだろうと、思う年配者もいるだろう。それには名作文学を書かないとだめだが。
 次の目玉というか、時代的なものだが、スマホ、タブレットでも見られるようになったことだ。一太郎ビューワアプリがあるのだろう。また、それとは別にタブレットパソコン向けの画面に即時になるらしい。これはノートパソコンにもタブレットにもなるタイプのパソコンで、ウインドウズ10機だろうか。こちらがいつも外で使っているのは、そのタイプで、キーボードを外せる。外した瞬間、その接続状態を見て、タブレット版一太郎になるようだ。
 まあ、外で使うとき、殆どは喫茶店のテーブルの上なので、切り放して使うことは先ずない。一太郎を使うということは殆どがキーボードを叩くということなので。
 これも、小説などの電書とのからみで、書いた小説を、知り合いに見せるとき、スマホ版やタブレット版で表示させるということらしい。このとき、まだ電書になっておらず。一太郎ファイルで見るということだ。電書にする前に、知り合いに見て貰うという使い方がカタログに載っている。
 小説は何も売るために書いているだけではなく、その裾野は意外と広いのだろう。これは漫画やイラストや、絵でもアニメでも同じで、読む楽しさと同じように書く楽しさで、書くのだろう。俳句や川柳などがそうだ。そんなもので食べている人は何人もいない。
 次の目玉は、それこそ目玉で、目だ。これは日本語変換の時、変換候補の一覧が出るのだが、そのフォントサイズを変えられる。変換なので、難しい漢字が並ぶ。ところがこの文字が小さいのだ。画数が多くて、形も似ている漢字は見分けが付かない。こここそ大きなサイズで表示させるべきだったのだ。それが今回改善されたようだ。カタログには、これで目が疲れないとなっているが、目の疲れは身体の疲れにもなる。
 そういうのを見ていると、一太郎を使っている人は、昔からの人が多く。従って年寄りが多いのだろう。その要望かもしれない。
 一太郎のジャストシステムは通販もやっており、一太郎のロゴ入りアイテムなども売られているが、一般の品も、今回のカタログの中に出ていた。
 懐中時計、眼鏡を掛けた上から付けられるルーペ。双眼鏡。足元の空気を温めるヒーター。鼻洗浄器。
 どれも年寄り臭い。
 しかし、眼鏡の上から掛けられる虫眼鏡は、手を使わなくてもいい。しかし、外で使っていて落としそうだが。
 今回のアップで、校正ツールが新しくなったとか書かれているが、これは使っていない。例えば「電書」はチェックされる。これがうるさい。チェックを外すためには登録しないといけなかったりする。そして、肝心の、抜けている文字や、誤字を見逃している。これは読み返した方が早いのだ。
 今回はどのセットにするか。一番高いコースはブリタニカが付くが、これは電書と同じになる。電書もそれほど読んでいないのに、調べたり読んだりするだろうか。
 ところが国語辞典になると、これは常に使っている。それはATOKと合体されているためで、変換候補の中に、変換する前に、言葉の意味がパネルで出る。また、そう言う言葉があるのかないのか、試しに打ってみて、そこで調べる。
 その辞書、広辞苑、大辞林、普通の国語辞典などもいつに間にか一太郎と共にやってきたのだが、一つで十分だが、説明がない辞書もある。より詳しい。また、そんな言葉がない場合、パネルは出ない。
 二番目に高いセットなら、その辞典が付くが、それだけのことなら、中途半端だ。大辞林と広辞苑があるのだから。それなら、百科事典のブリタニカの方が情報量は多い。しかし、結構高いが、この辞典、当然ながら、有効期限はない。ずっと使える。ネット版だけはある。二年ほどだ。
 しかし、このタイプを買うと、表計算ソフト、所謂エクセル互換と、パワー何とかのプレゼンソフトも付いてくる。これは使わない。
 しかし、大きな規模のフォトレッタソフトが付いてくる。これで写真関連を統一してもいいほどだ。ただ、海外版で、チェコか何処かの製品だろ。フリー版もあり、かなり多くの人が使っているらしいが、日本人ではない。
 喫茶店などで、ノートパソコンでブリタニカを読む。これは凄い話だ。
 辞書と電書は違うのだが、百科事典になると、一つの項目の説明が長い。結構時間がかかるので、読書と変わらない。そしてデジタル物の画面では、もうごっちゃだ。
 こういうのはネット検索すれば、出て来るかもしれないが、文字が小さかったり、読みにくかったりする。
 一番の勉強方法は、百科事典を読むことかもしれない。これは物品ものより、長持ちしそうだ。
 

 
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2016年01月15日

望遠ズーム

■■ 2016年01月15日 金曜日 午前7時20分
 
 今朝も寒いので、暖冬傾向はしばらくお休みだろう。これからさらに寒くなる。真冬の底へ向かうわけだが、暖冬がどう反応するかだ。暖冬という気圧配置のようなものにならなければ、例年の寒い真冬になるのだろうか。天気予報を見ていると、そのカギは北からの寒波だ。上空の冷たい空気の層が垂れれば、大阪も寒い。そのカーテンのようなものが意外と大阪にかかりにくいことがある。寒波の裾は一直線ではなく、凸凹しているためだ。
 まさか暖冬の時ほど寒波が厳しいというわけではないだろうか、良いことのあとには悪いことが起こるのは普通だが、非常に良いことがあると、非常に悪いことが、バランス的に起こるのかもしれない。コントラストが強いのだ。
 今朝も寒いのだが、服装はこれ以上どうすることもできない。中に着込むものや、上に羽織るものを分厚い目にしても、あまり変わらないことがある。
 以前買った毛糸のセーターがあり、これは分厚い目なので、高かったのだが、着ていない。暑苦しくなるためだ。今なら、丁度それがいいかもしれない。また、着るだけでも重いガウンのようなカーデガンがあるのだが、これは中に着込めないほど嵩高い。上着の袖が通らないほど。だから、中に着込むタイプは分厚ければいいというわけではない。
 結局寒い中、自転車で走る場合、何を着ていても、あまり効果はない。その違いは僅かだ。
 しかし、今年はバーゲンではなく、少し値引きされただけのダウン系を着ている。見た感じ貧弱で、貧乏臭いのだが、これが結構暖かい。発熱するためだ。柔らかくて軽い。首の周りもしっかりとガードしている。見た感じ、寒そうに見えるが、首が当たるところにボアがあり、これが暖かい。そこだけ生地が違うのと、襟にも発熱の詰め物が入っているため、これが結構効く。このあたり、自然素材ではなく、ハイテクの良さだろう。しかし、その肌触りやデザインは無機的で、その傾向がよく分からない。無個性と言うことだろうか。
 寒いので、鍋、と言うわけではないが、昨日は魚を買った。鍋用のタラだ。その横に鍋用のアンコがある。アンコの方が高い。アンコのあの柔らかい身は何とも言えないほど美味しいのだが、高いのでタラにする。いつもは一匹まるまるを下ろしたものだが、昨日のは鮭の切り身のように断面斜め切りだった。鍋を囲んで、複数で食べるとき、大きな切れ目では、だめだろう。行き渡るように。
 買ったのはそれだけで、大根、白菜、ジャガイモ、ネギなどは残っているので、野菜の心配はない。コンニャクを入れ忘れたことが悔いに残る。糸コンニャクで二パック百円。一度や二度で使えるものではない。だから、昨日、入れるチャンスだったのに、惜しいことをした。コンニャクはカルシュウムが豊富らしい。そのようには見えないが。ただの芋だと思うが。これは腸の掃除をしてくれそうだ。
 豆腐も入れたいところだが、鍋が一杯になり、これ以上入れると、食べ残してしまう。しばらく、この鍋の残りが続くはずだ。

 望遠ズームレンズが届く。今回は佐川急便だったが、結構早かった。来る時間帯が。
 その時間、偶然部屋にいて、ゲームをしていた。戦いの最中だったが、チャイムが鳴ったとき、戦いは終わっていた。雑魚キャラに倒されなくてすんだ。
 受け取るとき、その軽さに驚く。箱のわりには軽いためだ。中を開けると、繭が無数に入っていた。元箱が動かないようにだろう。この繭を詰め込んだのはアマゾンではなく、買ったカメラ屋だろうか。どの店かは忘れたが、会計はアマゾンなので、店まで覚えていない。
 伝票には新品となっている。未開封だが、元箱は簡単に開く。その中のレンズを入れたビニール袋などが未開封なので、新品と言うことだが、古いレンズで、もう作られていない。当然メーカーのカタログにもなかったりする。
 フードと、ソフトケースが入っていたが、他のレンズとの兼用だろうか。少し大きい目だ。巾着タイプ。
 90ミリから350ミリと、中途半端な画角だ。85から300とか、200などが一般的だろう。少し望遠寄りからスタートしている。望遠側に伸びているのは嬉しい。
 標準ズームというのは28から85が多い。このタイプで写すとき、いつも85ミリで写してしまう。だから最初から立ち上がりが85ミリでいいのだ。この85ミリとか、100ミリ少しが、こちらの標準レンズのようなもので、この画角を好む。見た感じのボリュームがあるためだ。ファインダーで覗いたとき、ほぼ同じ大きさでファイダーでも見える。少しだけ大きいが、これはファインダー倍率が低いカメラを使うと、丁度等倍ほどに見える。また、一眼レフ系は、このミリ数にならないと、ファインダーを覗いてもピントがよく分からない。広角系では全部合っているように見えるためだろう。余程寄らない限り。
 28から300ミリという選択肢もあるのだが、それをすると、レンズが大きく重くなる。今回のズームは200グラム少しだ。スカスカで軽い。広角側は、他のカメラをポケットに入れておけばいい。いくらでもあろう。
 早速部屋の中を写してみると、望遠端でもぶれないで写る。端はF5.6だが、感度アップと、手ぶれ補正で、薄暗い室内でも写せる。明るいレンズでなくても、いけるのだ。しかも超望遠域でも。ミラーレスなのでデジタルズームが効くので、倍の700ミリでもしっかり写っている。
 ズームは連動で、これが滑らかで、気持ちがいい。早く回すと一気に、ゆっくりだ徐々にズームアップ、ズームアウトする。ステップアップズームも効き、画角単位でも進める。
 今何ミリなのかは目盛りがないので、分からないが、ファイダー側で分かる。そこに目盛りが出るためだ。
 このレンズ、ミラーレス用で、オリンパスとパナソニックに付けられる。受光素子はハーフサイズ。しかし、昨日語っていたカシオの望遠側の描写と、それほど変わらない。まあ、よく見れば違うのだろうが、見た瞬間、ワッと言うほどの画質ではない。では、ワッと言う画質とは何だろうか。
 それは解像力が必要な被写体で差が出るのかもしれない。例えばツルッとした屋根瓦、これはこれ以上解像するものがない。
 解像力が必要とする被写体と言うより、広角レンズで写すとき、結構いろいろなものが細かく小さく写り込むため、必要かもしれないが。それでもパソコンなどで見るとき、モニターにそれだけの解像力は無く、虫眼鏡で見ても、ドットが見えるだけだろう。拡大すれば別だが。
 しかし、しかりと構えての望遠撮影は、楽しいもので、それだけ丁寧に写したりする。それだけのことかもしれない。
 この望遠ズーム、最短撮影距離は90センチ。何ともならないほど遠いので、テーブルの上のものは無理だ。しかし、寄れたとしても90ミリなので、ドアップだろう。逆に望遠端の350ミリで90センチ寄れるため、このときは望遠マクロになる。画角により、最短撮影距離が変わらないし、またレンズの長さが固定で、伸び縮みしない。
 花などは、望遠側で写せば、大きく写せるが、この距離は、望遠では結構ブレやすい。ブレが目立つのだ。
 レンズ的には100ミリの単焦点レンズより軽いかもしれない。90ミリは、85ミリと同じ性格と言ってもいい。もし単焦点レンズで鮒釣りをするとすれば、このあたりのレンズになるはずだ。90ミリと350ミリは性格的にはそれほど違わない。だから、望遠ズームの方が、使い方が分かりやすい。
 逆に28ミリから85ミリの方が、難しかったりする。性格が28ミリと85ミリとでは違うためだ。
 では50ミリならいいのではないかと思えるが、これは広角好きの人では望遠過ぎるように見えるし、望遠好きの人には広角過ぎるように見える。
 だから、広角好みの人の標準レンズは35ミリあたり、望遠好みの人の標準レンズは85ミリあたりがいいのではないかと思える。人の好みを加えれば、そういうズレができるのだろう。標準は人によって違うようだ。
 この電動ズーム、今は売られていないほど、人気が無かったのかもしれないが、動画では、必要だろう。それよりも、これが気に入ったのはボディー側のレバーでズームができることだ。繋がっているのだ。そのため、レンズを持たなくても片手でズームできる。これは自転車の上から写すとき、片手になることが多いため、騎馬の槍に近い。
 しかし、鏡胴にある普通のズームリングもしっとりとしており、回しやすいので、こちらの方も気に入っている。電動ズームなので、力がいらないし、回すと言うより、少しずらせばいい。指先で、一寸押したり引いたりすればいい。ぐるっと回す必要がないので、回しているときカメラが動いたりしにくい。更に根元にレバーまである。こちらはネオ一眼でよく見るタイプだ。ファインダーでのタッチパネルでもできるので、都合四箇所でズーム操作ができるのだが、そこまでいらないだろう。
 ちなみにパナソニックのばかでかい1インチネオ一眼も、この電動ズームだが、レンズが伸びる。伸びたところに目盛りがあり、それでミリ数が分かる仕掛けだ。1インチ受光素子なので、ハーフサイズ受光素子系より小さくできるはずなのに、逆に大きい。まあ、レンズが400ミリまであり、明るいレンズを付けているためもある。写りに関しては、何とも言えないが、悪いサンプルのようなカシオの望遠と、今回のハーフサイズ用望遠レンズとの違いが、それほどないことから、受光素子の大きさは、こと望遠側では、あまり変わらないように思える。
 これはウェブ用に上げる程度での話だが。
 望遠は400ミリを超えたあたりから、写りが悪くなる。ただ、中間距離の被写体なら、結構鮮明だが、望遠が長いほど、遠くのものを写したがるので、遠くのものが霞んでいるように、写しても、モヤッとしている。
 ミラーレスの望遠を付けると、結構大きくなるが、これはハレのカメラだろう。
 
 
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2016年01月14日

焼きめし

■■ 2016年01月14日 木曜日 午前7時44分
 
 今朝は寒い。氷点下になっていた。電気毛布が故障していたのだが、直っていたので、暖かく寝てられた。西日本ではこの冬一番の冷え込みのところもあるようだが、大阪方面は、12月に氷点下になっていたので、そのときよりも高いので、一番ではない。既にそんな日があったのだが、今年になっては初めてでだろう。つまり、去年の話になるが、今冬なら去年の冬からだろうが、去年の冬も二つある。年末近くの冬と、年明けの冬だ。年をまたいだ季節というのはややこしい。
 昨日より気温は低いはずなのだが、昨日の方が手か悴み、顔が冷たかったが、今朝はそれほどでもない。気温だけで寒さが決まるわけではなさそうだ。
 今朝は晴れているが、昨日の夕方あたりに雨が降り出していた。これは雪ではない。だから、それほど寒くはないのだ。ただ、気圧がぐっと変わったようになり、いいお湿りだった。冬は乾燥するようなので、湿気が必要で、部屋で湯気を立てたりする。茶を点てるのではなく。これを使いすぎて、カビが生えたりするらしい。
 石油ストーブなどでは薬缶を乗せるので、湯気が立つ。これでいいのだ。その前は火鉢で、これも常に薬缶が乗っていた。だから、薬缶が空にならないように、水をたすのが仕事だったりする。
 寒い季節になったのか、または夕方の雨以降、喉がガラガラする。声を出すとがらがら声になっていた。風邪が入ったのだろうか。冬は、起きると喉がガラガラなのはよくあるが、起きているときになるのは珍しい。雨のせいかもしれない。気圧が変わったのだ。
 その声を出したのは、夕方の食堂で、フードセンターのようなところだ。そこで焼きめし餃子セットと言ったとき、声がおかしいのに気付いた。
 雨が降ってきたので、そのまま外食ですまそうとした。夕立に近いので、食べている間に止むだろうと。これは当たった。
 しかし、焼きめしと餃子では何ともならない。何も入っていないのだ。ご飯と小麦だ。焼きめしの中にはそれなりに具が入っているが、野菜や肉が豊富に入っているわけではない。焼き豚の微塵切りのようなものが確認できた程度で、これはラーメンに入れる焼き豚一枚分にはとうてい届かない。小さく切るとと、確かに量が減ったように見えるが、それではない。本当に入っていない。また、卵も入っていなかった。何か入っていたことは見えているのだが、かけらだ。まあ、焼きめしを頼んだのだから、めしを焼いたものが出てくれば、それで満足しないといけないが。めしだけを焼いたものが出てきても、文句は言えないだろう。焼きめしなので。
 これは野菜炒め定食で、野菜だけ炒めたものが出てくるとガッカリするのに似ている。実際には肉が入っているのだ。これは暗黙の約束で、野菜炒めとはいいながらも、肉を入れる。当然その方が野菜に肉の味が付き、美味しいからだ。
 次は餃子だが、これも何ともならない。挽肉やニラとか、玉葱とかが入っているはずなのだが、ニンニクの匂いが少しした程度だ。これなら、ラーメン焼きめしセットの方がよかったかもしれない。一応ラーメンなので、汁物だ。ラーメンなので、一応目に見える形で焼き豚が入っているだろう。最低でも。
 このフードセンター、ラーメン屋が複数ある。一番美味しかったラーメン屋が潰れた。残ったラーメン屋はやたらと中華臭くして、誤魔化している。汁蕎麦のような。または沖縄そばのようにして。だから、そういう店のラーメンは、汁蕎麦なので、ご飯と同じだ。めし屋で、めしの中だけ注文する人がいないように、本命の中華物を取らないといけない。
 しかし、この貧弱なフードセンターのラーメンや中華ものがいやなら、すぐ横にできた大阪王将へ行けばいいと言うことだが、ここはこってりしすぎている。それに気楽に入れない。
 
 注文していた望遠ズームレンズがまだ届かないので、今朝のお供のカメラは久しぶりにカシオ。これも結構望遠が達者なカメラだ。
 こういうカメラは、こってりとしたカメラ、画質がどうの、操作性がどうの、とかから離れ、さっぱりとしたお茶漬けのようなカメラになる。だから、こだわりのカメラではなく、こだわらないカメラで、こだわらないことにこだわっているカメラでもある。
 カシオのこのタイプのカメラにはプレミアオートプロというのがある。フルオートで、何でもやってくれるモードだ。他メーカーのカメラの場合、このフルオート、お任せシーン認識などはおまけのようなもので、結局はプログラムモードで写した方がよかったりする。
 しかし、カシオのそれは、このモードがメインで、これに任せておけば、撮影だけに専念できる。
 受光素子の小さな普通のコンパクトデジカメで、レンズも明るくない。光学的、機械的なものは、スペック的には大したことはないのだが、画像処理のプログラムが優秀なのだろう。
 これは貧弱な資源で、ここまで写せるという見本だ。要するに合成をやり倒して、補正しまくっている。しかし、複数枚撮影時間は一瞬で、合成している時間にも写せるので、次々とシャッターが切れる。これだけはお見事だ。
 望遠ズームレンズを買って、しっかりと撮そうそうという反面、こういったカシオのカメラで簡単に写そうという方向もある。特に液晶を回転させ、ウエストレベルでの撮影は、ファインダー撮影や手かざしよりも、カメラを向けやすい。前方の風景を見ないで、下を向いているためだろう。そのため、人が行き交うところでも、構えやすい。何かスマホでも見ているような感じになるためだろうか。
 自然の風景や、写してもいいような建物などは、しっかりとファインダーで覗いて、味わいながら写す方がよいが、街中スナップ的な写し方では、そうはいかない。
 ピントがどうの、露出補正がどうのと言ってられないので、フルオートで何とか手当てしてくれるカシオのプログラムが有効だ。
 ただ、非常に良い景色、料理のしがいのある風景と出合ったとき、じっくりと写したときは、カシオで写すのがもったいなく思える。これはやはり、ファインダーで味わいながら写し取るのが美味しい。そういう意味で、カメラというのは使い分けることがある。写すだけで一杯一杯のときは、カシオなどが有効だ。そして、全てを叶えてくれるカメラはない。あちらを立てれば、こちらが立たず、それは絞りとシャッターで光を捉える関係、感度の関係、レンズの画角や明るさ、また受光素子との関係でも同じで、カメラの一番の基本的な部分だ。それは一方を優先すれば、一方が犠牲になると言うことだろうか。
 露出の場合は、光を丁度の明るさで焼き付けるため、絞りとシャッターを使う。薄暗いところで、絞り込んで、早いシャッタースピードで切り取ることはできない。感度を上げれば可能だが、絵が荒れる。何かを優先させすぎると、何処かで苦情が出る。これは他の面でも、そうだろう。
 

 
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2016年01月13日

望遠ズーム

■■ 2016年01月13日 水曜日 午前8時02分
 
 今朝は寒い。1度ほど。これは寒い。起きたときはそうは思わなかったが、気温を見ると、低い。外に出ると、顔が冷たい。その寒さのためか、よく寝ていた。そのため、起きるのが遅くなった。寒いので、布団から出るのが、いやなので、そのまま寝ていたのだろう。おかげで、寝起きの喫茶店までの道が明るい。晴れていることもあるが、日が昇っているので、陽射しがあるためだ。しかし、陽の当たっている箇所は少ない。まだまだ影があり、陽だまりの道とはいかない。
 これは夏場でも、朝はそれほど陽射しを受けないので、早朝だけは真冬も真夏もそれほど違いはないかもしれない。やはり地平線から日は出るので、最初は低いのだ。冬場は低いままだが。
 寒さはこれからなので、冬物上着もまだ買うチャンスがある。暖冬で売れないと言うことなので、安くなっているかもしれないが、売れない上に安くすると、それでも売り足が同じなら、踏んだり蹴ったりだろう。これは誰が思うのだろうか。個人商店なら、モロにそう思うだろうが、大きな店の店員なら暇でいいかもしれない。その店を任されている店長の眉間の皺が深まるのだろうか。それでも給料は変わらないが、数値が怖いのだろう。しかし、暖冬であまり売れないというのは理由になる。しかし、同じチェーン店と比べられたとき、落ち方が他店より低いと、これは努力が足りない、対応が悪いとなるのだろうか。その数値を見ている人がいる。全て監視されているのだが、これは昔も同じだろう。
 ウール地風で、裏地がボア入りのハーフコートのようなのが気になる。それを今年の冬に買おうとしたのだが、ダウンにしてしまった。発熱ダウンで暖かいので、問題はないが、布や皮の感触が恋しくなる。しかし、ウール地風、偽皮風も、同じポリエステル製品だ。感触が一寸違う程度なのだが、これで欺される。単純なものだ。
 欲しいのは、ウールや皮ではなく、感触なのだろう。
 
 昨日はキヤノンの望遠に強い中古コンパクトの話だった。おさらいする必要はないが、カメラのキタムラで安く出ていたのが消えていた。他の中古品はそのまま残っているのに。足が速かったという話だ。こういうのはおさらいしなくてもいい。
 そのカメラ、新品でも少し安くなっている上に、キャッシュバックがあり、5000円引きになる。これは数ヶ月後、郵便局で受け取れるらしいが、これを利用すると、上新で買えば1万円台になってしまう。中古品と並んだりする。
 しかし、その手続きを見ていると、応募用紙に、色々と貼り付けないといけない。まずは元箱の一部を切り取る。これをすると、中古として売るとき、値が下がるだろう。元箱付きとは言えなくなる。一部切り取りあり、となる。
 更にレシートや保証書のコピー。これが難問だ。そのためにコピーをしに行くのか。コンビニや百均でもコピー機があるので、簡単だが、使い方が分からない。それで、聞いてまで、やるのは億劫だ。これはデジカメで写したものでもいいのではないか。そうなると、プリンタがいる。しかし、根詰まりして使えない。そうなると、スキャナ付きプリンタを買えばすむ話になる。4千円で出ている。しかし、キャッシュバックは5千円。
 このスキャナ付きプリンタ欲しいところだが、年に一度程度しか使わないだろう。プリンタなどなくても困らないためだ。しかし、コピー機は書類などを出すとき、いるだろう。コピーを添付、などがたまにあるが、数年に一度もない。何かを申請するときだろう。
 上新リアル店で28000円の品がネットでは23000円だったとしよう。当然ネットで買う。だから、リアル店で買うのは損だということになる。その差5000円。
 しかし、リアル店はアマゾンの即日配達よりも早い。それに手続きは一切ない。
 最近宅配便との相性が悪く、留守の時にばかりに来る。それで、再配達で、ある時間帯、いないといけない。この拘束が結構鬱陶しい。身動きが取れないのだ。いつもなら、喫茶店へ行く時間なのに、部屋にいないといけないし、いつ来るのか分からない。ゲームをしているとき、来られると、キャラが死んでしまうことがある。勝てるはずの雑魚キャラに、袋にされてしまう。操作しないで、受け取りに行くためだ。
 通常ネット通販では間一日遅れで届く。その間、買ったもののの、あれは失敗だったのではないかと、その間考えたりする。いらなかったのではないかと。
 ところが、リアル店なら、買って数分後、喫茶店で開封し、カメラなら、もう写せる。バッテリーは少しだけ入っているのだ。それよりも現物にすぐに触れる。そして、お金を支払った興奮をそのまま維持しながら商品と対面でできる。待ち時間なしに等しい。そして、情緒的なものの切れ目、中断がない。
 これは昔なら、そんな感じだった。カメラ屋でカメラなどを買い、そのまま喫茶店で開封し、充実感に浸っていた。これは行事であり、儀式で、何かの区切りが、ここで付いたのだ。
 通販は嘘のように早いのだが、間一日空くことと、ショップには問題はないが、宅配便に問題がある。最近通販が増えたためか、いつもの宅配便でも、いつもの時間帯に来ない。以前なら、必ずその時間帯に回ってくるのだ。これは郵便屋に近い定期便だ。だが、最近は忙しいのか、時間帯がばらばらで、それが読めない。まあ、時間指定すればいいのだが、丁度の指定時間帯がない。
 さて、それらの受け取りまでの面倒がないのがリアル店だ。その超特急サービス料が5000円だということになる。これはグリーン席待遇の買い物だろう。
 リアル店が高いのに、それなりに売れているのは、面倒臭いからだろう。待てば安いのだが、届いたときには、もう覚めていたりする。逆に届くのを楽しみにするというのもあるが。
 さて、キヤノンの望遠系コンパクトだが、これは結局ニコンの同タイプと重なることで、買うことはないが、望遠系の補給が必要だ。
 望遠系は可愛くない。それに大きく重くなる。先日見たパナソニックの1インチネオ一眼のように、ばかでかくなる。
 それならミラーレスに望遠レンズを付けた方が小さく軽くなるのではないかと思える。
 そこで、パナソニックの望遠系を調べていると、丁度いいのがあった。350ミリまでの望遠ズームだが、これが電動ズームで、しかも200グラムほどと軽い。また、望遠にしても、鏡胴は動かない。レンズが飛び出さないタイプで、レンズの全長が変わらないのがいい。
 また、ズームはカメラ側からも操作できる。そのため、片手でズームしながら写せる。鏡胴側にもズームレバーが根元に付いているが、鏡胴を回せば、普通にズームできる。ただし、電動だ。そのため、画角の目盛りはないが。
 これはどういうことかというと、動画なのだ。動画での滑らかなズームインなどができるように、電動となっているのだろう。ズーム操作を三箇所でできる、もっと言えば四箇所だ。それはタッチパネルになっているため、液晶上でもズーム操作ができる。これはコンパクトカメラ並だ。もっと言えば、ネオ一眼に近い。
 標準ズームは手動式の方が早いが、望遠になると、手動だと、回しているときに画面が揺れる。コンパクトデジカメの望遠が早いのは、レバーなので、画面が揺れないので、一気に寄れることだろう。
 この電動ズーム式望遠ズームレンズ、もう売られていないが、中古では腐るほどある。その中古価格と同じ新品があったので、それを買うことにした。新品中古だ。開封していない。
 これで、望遠系が充実するはずだ。隠居撮影向けではないし、鮒釣りでもないが、やはり望遠が好きなようだ。
 
 
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2016年01月12日

パナソニック40ミリ

■■ 2016年01月12日 火曜日 午前7時12分
 
 今朝も寒いはずなのだが、気温は7度ほど。暖かいではないか。しかし、昼間も10度程度で、伸びないようだ。これは西から雨が来ているためだろう。大阪は晴れマークが出ているが、結構雲が多い。今朝は朝焼けはない。
 日の出が早くなっているはずなのだが、雲が多いと、日の出前、夜明け前が暗い。窓から外を見ると、夜だ。雲が少ないときは、それが白々としており、青いところも見えたりする。明らかに夜ではないのが分かる。今朝はそれがない。
 気温が高いはずなのだが、今朝はいつものように寒く、自転車で走っていても、冷え冷えとする。こういう日はウロウロすると身体を冷やしてしまうので、大人しくしている方がいい。体が冷えると、色々な抵抗力が落ちるようだ。これは暑すぎるときでも同じかもしれない。身体が勝手にやっていることなので、こちらでコントロールできない。そのため、冷やさないようにする程度だ。暖かいものを食べたり、暖かい場所にいるとか。猫もこの季節、小さくなっている。饅頭のように。
 昨日は鍋物も飽きたので、カレー屋でカレーを食べた。コロッケカレーだ。これが一番安い。カレーで500円以上は出したくない。コロッケカレーは範囲内ですむ。カレー専門店で、本格的なカレーで、カレーしか作っていない。丼物やうどんはない。カレーだけ。ただ、トンカツや牡蠣フライや、先ほどのコロッケなどは、その場で揚げている。これが美味しい。肉屋のトンカツや、その横にあるコロッケ専門店のコロッケよりも美味しい。作っているのは料理人ではない。パートかバイトだろう。そこで言えることは、暇なのだ。客が来ないので、時間がある。注文を受けてから急いで作る必要がない。ゆっくり作れる。昨日も客は一人だけ。
 まあ、トンカツは、トンカツ専門店で食べれば、もっと美味しいかもしれない。ビーフカレーの肉も、洋食屋の方が美味しいかもしれない。しかし、メインがカレーのカレー専門店で、トンカツの専門店でないところのトンカツが結構美味しかったりする。これはうどん屋のラーメンのようなものだ。この場合、メニューには中華そばとなっているが。大衆食堂のカレーもそうだ。この場合はカレーライスとなっている。カレーだと、カレーしか出ない。ご飯が入っていない。ワンタンを注文すれば、ワンタン、つまり水餃子のようなものがラーメンの出汁の中で浮かんでいるのが出る。ワンタンメンとまで言わないと、だめだ。
 大衆食堂のカレー、うどん屋の中華そば。それらは適当に作ったような感じがするが、それが意外とあっさりとしていて、美味しい。醤油に油を入れただけのスープかもしれないが。
 
 昨日はカメラのキタムラへキヤノンの望遠コンパクトカメラを見に行くが、消えていた。誰かが買ったのだ。レンズの中にゴミあり表示で、かなり安いが、誰も手を出さないと思っていたのだが、出した奴がいる。誰だ。
 これは新品の現役機が並んでいるところから、少し奥に行ったところにある中古コーナーで、同じカメラが、そこにあり、値段を見ると、これでいいかとなるのだろう。ゴミの表示は小さく書かれているので、見なければ分からない。
 しかし、このキヤノンの700ミリ越えのコンパクト、新品でも安くなっている。2万円少しだ。しかし、これはニコンの同タイプを持っているので、重なる。
 中古を覗いていると、パナソニックのパンケーキレンズで40ミリF1.7がある8だったかもしれない。これが21000円。古いタイプで、新タイプではない。だから、少し高く感じる。このレンズ、普通に買えば3万円を超える。それで満足を得られなければ、そのまま放置だろう。また、標準ズームが死んでしまうので、相殺になる。交換レンズというのは高い。だから、あまり買う人がいない。事足りているためだろう。
 パナソニックの1インチ受光素子のネオ一眼が6万弱、5万円台で、週末特価で出ていた。これは実働機があり、触れた。いずれこのカメラ、展示品特価として、売られるだろうが、一年後あたり、ニューバージョンが出て、製造中止になってからだろう。それまで、この店で売り切れれば、展示品特価もないが。
 このネオ一眼、馬鹿でかい。レンズが大きい。パナソニックのミレーレスのレンズよりも太い。受光素子はそれほど変わらないのだ。しかし全域F2.8のはずなので、レンズも巨大。400ミリまであるためだ。1インチ受光素子も、明るい望遠になると、コンパクトにはならない。逆にパナソニックの小さなミラーレスに望遠ズーム付けた方が軽いのではないかと思える。
 一番高いキットとして28から300あたりのズームを付けたタイプがあり、これが一番高いキットになる。しかし、レンズは大きく重く、長くなる。
 そう言うところから抜けたところに40ミリ単焦点パンケーキレンズが来るのだが、このレンズ、調べてみると、AFが遅いらしい。AFはボディー側ではないかと思えるのだが、そうではなく、実際にモーターで動かしているのはレンズ側なので、そのモーターなどが遅いと、AFが遅く感じるのだろう。ズームより、単焦点の高いレンズの方がAFが遅い。これは、美味しくない。単焦点レンズなら優れていると勘違いしているのだろう。この40ミリとボディー付きで18000円である。初代のミラーレスだ。古すぎるが、中古単体レンズより安い。ボディーも付いているのに。
 この40ミリ相当の小さなレンズ、スナップで、次々と気楽に写せるはずなのだが、AFが遅いと、道行く人にピントが追従しない。確かパナソニックのミラーレスは、ピントが合わないとシャッターが落ちない設定もあったので、動体向けのレンズではないようだ。だから、シグマのレンズを付けた方が早いかもしれない。
 そのシグマの41ミリ付きのコンパクトカメラを、このキタムラで1万円台で買っている。こちらはパナソニックなどのミラーレスより受光素子は大きいのだ。それにポケットに入ってしまう。普通のコンパクトカメラよりも、更にシンプルなカメラだ。しかし、このカメラ、画質だけを追うカメラになりかねない。
 ニコンの700ミリ越えのカメラは、望遠端になると、諦めるのが早い画質で、あっさりと白飛びし、あっさりと黒つぶれする。粘りが全くない。だから、絵のような写真になる。黒ベタは好きなので、悪くはないが。
 これは望遠ほど、コントラストが落ちるので、上げすぎたのだろうか。しかし、メリハリが逆にあり、写真として分かりやすい絵になる。コンパクトデジカメの受光素子の小ささが、また違った絵を作ってくれる。これは欠点なのだが、一つのタッチだ。レタッチしなくても、最初から独自の味を出してくれる。
 ただ、そういう写真でも、パソコンモニターで、全画面表示でないと、はっきりとは分からない。ウェブに上げる写真は、それほど大きく表示されない。興味がなければ、全画面とか、拡大して見ないだろう。タブレット系、スマホ系でもせいぜい13インチまでだろう。拡大すれば、分かるのだが、そうなると、写真全体が見えなくなる。
 ただ、高解像な液晶のおかげで、広角で写せば、色々なものが詰まっているので、拡大して見たとき、お得だ。
 ウェブ上で広角レンズで写したものは、具が小さくなるので、よく分からないのだが、拡大することで、見えなかったものが見えてくる。
 映画とテレビの違いは、画面の大きさだといわれていたが、最近のテレビは大きく、また画質もいいので、アップばかりで繋ぐ必要がなくなった。だから、テレビで、昔の映画を放映すると、小さすぎて、よく見えなかった。普通のテレビドラマならブラウン管に合わせてあるので、それにふさわしい画面なので、見やすかった。
 しかし、今も、あの頃のテレビドラマなどの方が見やすい。
 画質も、そのドラマなどに入り込んでしまうと、分からない。
 テレビがハイビジョン云々になり、地上何とかからの切り替え時、ハイビジョン映像を普通のテレビでも映していた。これだけ綺麗になると。しかし、見ているテレビは普通のブラウン管で、そんな解像力は無い。しかし、非常に綺麗だった。あれは何だったのだろう。よく映えるものを写していたためだろう。
 

  
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2016年01月11日

ゴミ入りレンズ

■■ 2016年01月11日 月曜日 午前7時14分
 
 今朝は昨日と同じような寒さで2度ほど。晴れているのか、朝焼け。しかし、白い雲が、霧のように出ている。また雨が来るのかもしれないが、一週間予報では大阪方面は傘マークがない。それがなくても、降るときは降る。しかし、この季節は突然俄雨が来ることは希で、西の方からじんわりとやってくる雨雲が多い。その場で、湧く雲は季節的に無理かもしれない。暖かい空気が入りにくいので。
 電気毛布の調子が悪い。夜中、切れていた。寒くて起きてきたわけではないが、やはり暖かみが欲しい。電気なので、火ではないが、火の気が欲しい。
 昔の人は囲炉裏端で寝ていたのだろうか。そこなら火があるはずだが、炭でないと、薪程度ではすぐに消えるので、くべないといけない。寝ているとき、それは無理なので、炭かもしれない。また、囲炉裏端は火があるときはいいが、ないときは逆に寒いのではないか。天井板がないはずで、板の間のイメージだ。やはり囲炉裏端は臥所にはならないかもしれない。部屋がそこだけなら別だが。
 明治までは土間で藁の中で寝ていたとか。床がない。地面と同じだ。床下がない。床下で寝ているようなものだ。藁の中で寝ている姿は納豆を連想する。
 それに比べると、今のような機密性の高い家に住んでいると、暖房などいらないのではないかと思えるのだが。
 寒い中、ウロウロすると、頭が痛くなったりする。風邪の引き始めのように。そのため、風邪気味の人が多いようだ。
 寒いと腹が空く。身体を温めるための薪が必要なのか。カロリーがいる。昼を軽く済ますと、夕方前に腹が空く。こういうときおやつがいるのだが、ないときは早い目に夕食を食べてしまうが、そんな準備はしていないので、適当なものを買って食べる。
 昨日はそれでカメラのキタムラの帰りに、その戻り道にあるスーパーへ寄る。ここは幹線道路沿いだが、住宅地の中にあるためか、客が少ない。そのため、レジがスカスカなので、待ち時間なしだ。そこで受験寿司を買う。中身は巻き寿司とお稲荷さんだ。結構ボリュームがある。コンビニのそれよりも。
 この寿司、ここで巻いているのだろうか。食材はいくらでもある。だから、寿司の材料ぐらいある。いなり寿司の中に入れるゴボウとか、ゴマとか、揚げとかも。
 最近のスーパーはスーパー内で作っていることが多い。厨房がある。
 この受験寿司か、受験弁当かは忘れたが、やはり勉強中に食べるので、つまめるものがいい。箸を使わないで。食べながら勉強できるような。
 さて、その前に寄ったカメラのキタムラの中古コーナーだが、キヤノンの700ミリ越えのコンパクトカメラの最新機が出ていた。かなり安いのは、レンズ内小ゴミありのためだ。このゴミの影響で、画像に出るようなら、現品渡しとなるはずだ。そこまで調べたのかどうかは分からないが、小ゴミ程度なら、普通にレンズ内に入っている。隙間があるのだ。特にズームはレンズを動かす機会が多い。密封状態では出口のない水鉄砲のようになる。空気抜きの隙間を作っている。そこから入るようで、これは普通に入る。怖いのはカビだ。これは写る。そして取れないし、動かない。小ゴミなら動いて出て行ってくれるかもしれないが、カビは増える一方だろう。あとはレンズ焼けだろうか。これは全体に来るので、フィルターのようになる。フラットになり、いい感じにボケてくれる。
 ソニーの同タイプも中古で出ていたのだが、新品特価の方が安い。どういうことだろうか。その中古、新品らしい。未開封。しかし、店頭の新品の方が安い。わざわざこの中古の新品を買う人がいるのだろうか。これはいるだろう。そろそろ春だ。このあたりで新バージョンに切り替わる。だから、今は大特価で安いが、その商品そのものが消える。残るのは中古の新品だ。だから、寝かしておけばいいのだろう。
 最新カメラが、いつもの特価よりもさらに安くなって、セールをやり出すと、これは新製品が出る予兆だ。
 キヤノンの望遠ズーム機は嘘のように安いのだが、これはニコンの同タイプを持っているので、重なってしまう。しかしニコンは電源ボタンの位置がやはり悪い。キヤノンはいい。それに大きいので押しやすい。
 また、この高倍率ズーム機は広角端で写したあと、すぐにズームをさせてくれない。これでテンポが少し狂う。しばし待たないとズームレバーが反応しないためだ。
 これは急いで写しているとき、最初はとりあえず起動したときの広角で写し、次に狙い定めて、少しズームする。さっと二枚写せばいいのだが、二枚目が遅い。さすがに買うとき、そこまで調べていなかった。調べたのは、一枚写したあとの二枚目で、連続写しだ。連写ではなく。だから、広角側で写したあと、すぐにズームするということまでは試していなかった。ズームは早いし、ピントも早い。いいカメラなのだが、写した直前でのズームと、電源ボタンの位置が欠点だ。
 この二機種、ライバル機なので、どちらにするかで迷ったのだが、本命のキヤノンではなく、ニコンにした。液晶が回転するするため、地面すれすれのマクロにも強いためだ。当然、こちらの方が高い。
 マクロに強いといえば、オリンパスが強い。オリンパスの28から300の高級コンパクトカメラは、50ミリの画角で、10センチまで寄れる。このカメラ、やや受光素子が大きく、しかも全域F2.8なので、50ミリ相当の画角で、写すと、ボケボケだ。周囲が。
 コンパクト系は最短撮影距離が短いといっても、広角端が多い。ところがオリンパスコンパクト系は広角から少し望遠側へ寄せても、結構寄れる。600ミリの望遠端で40センチか60センチかは忘れが、そこまで寄れる。更にそのカタログデーター以上に寄れたりする。600ミリなら1メートルを遙かに超えるだろう。広角端だけを見ていても分からない。中間で何処まで合うかで、かなり違ってくる。寄れない被写体や、小さすぎる被写体などは、50ミリや100ミリあたりでの接写がいい。形が自然なためだ。
 さて、キヤノンの中古、これはどうか。ニコンの同タイプから乗り換えてもいいのだが、実際に写してみないと分からない。スペックだけでは。
 ただ、猫を写すとき、ニコンより、キヤノンの自動AFフレームの方が、反応がいい。猫認識というわけではないが、猫を囲んでくれる。猫全体ではなく、顔を。
 ソニーがしんどいのは、合成で時間がかかることで、続けて写せない。少し明暗比があると、すぐに連写し、合成を始める。カシオもそうだが、待ち時間は少ない。だから動いている物、すぐに変化するものに弱い。合成しない光線状態なら結構早いのだが。これは普通のプログラムモードに入れれば、早いが、美味しいのはその合成で、白飛びや黒つぶれが緩和する。しかし全くなくなるわけではなく、白飛びするものは、やはり飛ぶし、真っ白な空では何ともならない。
 その白飛びが多いのが、ニコンの高倍率ズーム機で、まあ、人物を写す記念写真向け、運動会向けなので、明るい目に写るのは仕方がないが、陽射しが来ている草むらなどでは、同タイプのカメラに比べても、飛びすぎだ。露出補正が面倒なので、やっていないが、それをすれば、問題はないが。しかし、主要被写体が暗くなりすぎる。
 まあ、オリンパスのミラーレスのような形をした高級コンパクト機が一番安定している。300ミリと、少し不満だが、万能機だ。
 このカメラ、上新の広告に特価品として出ている。4万円を切った値段で。これはそろそろ新型が出るのだろう。
 

 
 
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2016年01月10日

単焦点レンズ

■■ 2016年01月10日 日曜日 午前7時21分
 
 今朝も寒い。2度ほど。最近朝焼けと夕焼けがある。赤くなるだけだが、空気が変わったのだろうか。それまでは、あまり赤く染まらなかった。焼ける頻度が増えたような気がする。こういう朝焼け夕焼け情報はない。天気予報でもない。これは計器で計れないためと、あまり影響がないためだ。あまりと言うより、殆どないだろう。ただ、元旦の初日の出では、太陽が出ているだけではやはり困る。赤くならないと。それを効果的に演出してくれるのが雲だ。しかし、効果がありすぎて、お日様を隠してしまうこともあるが。
 今朝も寒い中、寝起きの喫茶店へ行く。空気は冷たくなっていることが分かる。真冬の入り口に突入しているのだ。一月の中頃から二月の中頃にかけてが真冬。三月が近付くと、ましになるが、花見の4月頃、真冬並の寒さになることもあるので、寒さが伸びる年もある。
 夏で言えば、今は7月だと思えばいい。そろそろきつい暑さになり始める頃で、8月を越えてお盆あたりまでが厳しい。その8月越えが2月だと思えばいい。真夏もあっという間に過ぎてしまう年もある。真冬もそうだ。
 ニュースによると、ユニクロなどの売上げが落ちているようだ。冬物が売れなかったためで、これはユニクロに限らず、全体的にそうだろう。落ちていると言っても、誰も買わないわけではない。ただ、一割とか二割ほど減ると、これは大変なことになる。個人の会計では1割とか二割の減収は響くはずだが、まあ、余計なものを買わなければ、何とかなる。その一番の余計なものは、冬物衣料品かもしれない。決して必要がないという意味ではなく、持っているのだ。着るものがあるのだ。
 その冬物バーゲンがあったので、見に行く。いつもの平和堂だが、その売り場は二階にある。ここでバーゲンがあると、すぐに分かる。喫茶店へ行くときに、見えるからだ。廊下のような余地にずらり服が並んでいたり、台が出ているためだ。
 今回はそこではなく、一階の目抜き通りのようなスーパー前だ。ここは一等地だ。冬物が売れないので、ここで売ることになったのだろうか。
 ここは屋台が週替わりに出る。そこに平和堂がバーゲンの吊り物を並べていた。二階より狭いため、吊り物は二階建てだ。
 元旦はそこで福袋をやっていたが、一万円では手が出ないのか、店員の方が客より多かった。
 今回のバーゲンは、いつものバーゲンと同じで、場所を変えただけで、規模は小さい。しかし、レジにて半額セールは同じだ。そのレジが、スーパーのレジではなく、臨時レジができていた。
 安い品を更に半額もあるが、目玉は高いタイプの半額だ。これが吊り物の中に混ざっている。セーターが5000円。ここでは高い方だ。2000円台だろう。普通は。そうではなく5000円を超えるセーターが吊されている。これが半額で2500円になる。安いタイプとデザインが少し違うことと、生地が違う。中に着込むセーター類が欲しいと思っていたのだが、少し前のバーゲンのときに買っている。それを今は着ているが、毛糸のセーターで、襟のあるタイプが高いタイプとして出ているのが、気になった。ハイネックではなく、襟なのだ。と言って胸元にボタンがあるわけではなく、蕾のような襟だ。これは喉元ではなく、首の後ろと側面をカバーしてくれる。こういうタイプの前開きで、ファスナーを上げると、襟が立ち、ハイネックのようになるのもあるが、あの襟は意外と薄い。
 その毛糸の特殊襟タイプ、ややゆったりとしたタイプで、これは憩えそうだ。中に着込んでもゴロゴロするほど、分厚くはない。
 
 一眼レフ用交換レンズで、1万円台であるレンズ特集を見ていると、標準レンズが気になった。50ミリ相当のレンズだが、どのメーカーからもそれなりに出ている。安くてよく写るのはシグマらしい。
 このあたりの争点はレンズの明るさ、最短撮影距離、手ぶれ補正だろうか。重さもある。
 さすがにハーフサイズ系のオリンパス、パナソニックは小さく軽い。シグマからも、この両メーカー用のマウントを出している。オリンパス用、パナソニック用はない。一緒なので。
 最短撮影距離は25センチや、30センチ。コンパクト系から見ると、遠い。ちなみに富士のX20での50ミリでの距離は15センチほどだろうか。これはオリンパスの標準レンズにクローズアップレンズを付けた物に近い。しかし、喫茶店で、自分のパソコンを写すとき、いちいちクローズアップレンズなど付けないだろう。遠ければ、遠い距離で写す。これは、写さなくてもいいし。
 富士のミラーレスの標準ズームが7センチまで寄れる。24ミリ側なので、50ミリではないが、それでも30センチほどはいけるようだ。ズームレンズが結構寄れたりするので、単焦点レンズは更に寄れればいいのだが、そうはいかないようだ。標準ズームの多くは全域で30センチだろうか。広角端唐40ミリあたりまでは20センチか25センチとかもある。資料を見て言っているのではなく、記憶で書いているので、正確ではない。
 その見返りとして、開放が1.7や1.8が多い。シグマは2.8で暗いように感じるが、この方がレンズ性能がいいらしい。無理をしていないためとか。しかし、よりぼかしたい人は、明るいレンズを選ぶだろう。
 ちなみにX20での50ミリでの明るさはF2.2と健闘している。広角端でもF2なので、高級コンパクトとしては1.8などが多いのだが、その差はないだろう。
 ただ、X20は一眼レフ系に比べ、受光素子が小さいので、それほどボケボケにはならないが、それ以下の一般的なコンパクトデジカメの受光素子よりも大きいので、そこから見ると、程良くボケるので、ぼけ具合は楽しめる。それは背面の液晶を見れば、すぐに分かるほどのぼけ具合だ。当然、手ぶれ補正は付いている。
 このあたりを見ていると、X20に限らず、1インチ受光素子の高級コンパクトカメラが、結構来ていることが分かる。何が来ているのか、それは注目が。
 レンズが明るく、広角は24ミリからあり、最短撮影距離もそこそこ寄れる。一眼レフよりも寄れるだろう。これはソニーが最初に出したのだが、好ましいのは24から100ミリ程度のズーム比の、コンパクトなタイプだろう。
 また、あまり注目されていないが、パナソニックから出ているコンパクト系なのに、受光素子はミラーレスと同じのを乗せ、ファインダーまで付けてしまった最高級コンパクトだ。これはレンズが明るい。ズーム比は一番低いが。
 これなら、1インチタイプに勝てるはずなのだが、値段を見ると驚く。
 ただ、コンパクト系の良さは、以外と背面液晶や自撮り用の上下のみの回転液晶だろうか。要するに目の位置までカメラを持ってきて写さない。そして、ポケットに入る。このあたりが意外と使用頻度が高い。
 そんなことを思いながら、50ミリレンズなどを見ていたのだが、結局は写りよりも、単焦点レンズで写すのが、逆に新鮮な時代になっているのだろう。そして誇張のない画角、見たものを見たままの大きさで写せるので、違和感が少ない。実際には85ミリが見た目通りのボリュームになるようだが。距離感は50ミリが、見た目通りだ。路地を写しても、大通りのように広く写る広角レンズのようにはならない。
 
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2016年01月09日

■■ 2016年01月09日 土曜日 午前7時33分
 
 今朝も寒い。しかし、氷点下にはなっていない。夜も寒いはずなのだが、電気毛布を付けたのに、暖かくならない。接触が悪いので、もう一度抜き差しし、そのままうとうとしていたのだが、少し暖かくなってきた。そのまま寝たのだが、夜中に起きると、電気毛布は死んだまま。しかし、なぜか寒くはない。自分の体温で布団の中が暖かいのだろうが、これなら電気毛布なしでもいけそうだが、それほど寒くなかったのか、または体調にもよる。
 昼間、昼寝をするとき、足が冷たい。先ほどまでホームゴタツに入っていたので、そのためかもしれない。しかし、足が冷たいわけではなさそうだ。また、足が熱いときもある。手で触ってみると、熱くはない。冷たいときも同じだ。そのうち、普通になる。
 足とか手は末端というか、心臓から離れた位置にある。それに細くなっている。手とかは起きているときは始終動かしているが、足の裏などは座っているときは、休んでいたりする。たまに脚そのものを動かすことはあるが。
 体調の悪いときは、足の裏の温度で分かったりする。本当に熱いとか、冷たいとかではなかったりする。
 今朝も寒いが、いつものように自転車で寝起きの喫茶店まで走る。寒いときはペダルの回転が速い。北風吹く寒い朝、心一つで暖かくなると言う吉永小百合の歌がある。映画の挿入歌だったと思うが、その映画は見ていない。下町の太陽とかと似たような時代の映画だろうか。キューポラのある町とか。なぜか土手を通勤道にしていたりする。
 その後、若者達などの映画あり、佐藤オリエが印象深い。なぜオリエなのか。働く若者達の青春映画だ。その後、舟木一夫で青春歌謡映画が来る。高校三年生映画から、やがて大正ロマン大悲劇映画になる。漫画も熱血野球漫画が、恋愛野球漫画になったりする。ヒーローよりも、ヒロインの魅力の方が大きくなるためだろうか。
 やがて、そのヒロインがぶつくさ言うようなニューミュージックになる。その前に、イルカだ。フォークだ。このイルカ、日本中の喫茶店にいた。今もいるだろうが、今の喫茶店にはいない。ブルース喫茶などがあった時代だ。
 歌は世相の流れとともに歌われるのだろう。どちらが先かは分からないが。これは万葉集も同じだ。
 青春の歌での名曲はかなりあるが、神田川よりも、岬巡りだろう。そして青葉城恋歌だ。これは五木ひろしの千曲川と同種だ。いずれも、帰らぬ人。それを思い出す歌だろうか。
 その中でも岬巡りが牧歌的でいい。岬、これは海辺だ。そこを回るバスがある。一緒に乗ろうと約束したのに、かなわなかったので、一人で乗る。いましたねえ、こういうタイプの人が、と言う歌だ。この岬巡り、悲しい歌なのだが、バスの窓から見える風景がいい。これを牧歌的というのかどうかは分からないが。
 それ以降としてはあずさ2号だったかどうか号数までは忘れたが、これもそのタイプ。コスモス街道もある。
 当然、梶光夫だったと記憶しているが、青春の城下町タイプもある。故郷と都会で、分かれてしまうとか、故郷で待っているとか。これは三橋美智也や春日八郎の歌に多い。別れの一本杉や、リンゴ村、哀愁列車だ。
 初恋の青春の歌で今も、歌われているのは青葉城だけではなく、乙女のワルツもある。この歌手、アイドル時代より、年取ってからの方がよかったりする。
 
 昨日はノートパソコンカバーを買いに行くが、袋物がない。百均でよく見かけたし、パソコン屋に行けば、そういうふわふわした四角い袋があった。百均ものより、しっかりとしており、弾力もある。しかし、昨日上新へ行くと、ない。代わりに枠付きがあった。そのため、四角いフレームがあり、袋ではない。曲がらない。ノートパソコンを守るため、四隅を囲んでいるのだろう。断面が危ないためだろうか。
 これが高い。安い鞄ほどの値段をしている。しかし、しっかりと形があり、鞄の中に入れても、存在感があり、くねくねしないので、それにしたが、鞄に入れると、ぎりぎりだ。だから、ノートの出し入れも窮屈になる。ファスナーの歯で指をかまれそうなほど。
 これなら、百均のくねくねのスポンジのようなものの方がよかったような気がした。もっと言えば、いらないのではないかと。
 気付かなかったのは、鞄の上、ファスナーのあるところだが、その生地部分をつかめなくなった。フレームが一杯一杯鞄の上下に来ているためだ。これは失敗した。もう一つ大きい目の鞄なら問題はないので、そちらの付属品とする。
 ノートパソコンが鞄の中でお辞儀をする。カメラとぶつかる。この問題は仕切りのある鞄なら問題はないのだが、先日買ったのは、ノートパソコン仕切りがない。
 やはり、これは裸で入れるのがいいだろう。ノートは好きな方へ倒れたり、好きな位置にいてもかまわないのだが、カメラを出すとき、そのノートが被さり、蓋をしてしまうのが難だ。そして、鞄の手前側と裏側、どちらに傾いているかで、カメラを入れ直すとき、下手をすると、手前側に入れてしまう。そうすると、鞄をぶら下げたとき、カメラと体がぶつかる。ここはパソコンの平面を当てたい。反対側に入れてしまうためだ。やはり仕切りは有り難かった。
 まあ、持ち出すカメラの殆どはポケットに入るので、問題はないのだが。
 この鞄、背中側に広いポケットがある。真ん中でボタンで止めてあるだけのラフなものだ。昔なら週刊誌や新聞ハサミだろう。そこにネオ一眼程度のカメラなら、入らないことはない。しかし、ごろごろになるし、体に当たるのが難だ。だが、一番取り出しやすい。
 
 
 
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2016年01月08日

富士X20

■■ 2016年01月08日 金曜日 午前7時36分
 
 今朝は冬のように寒い。2度か3度だが、大阪市内は7度となっている。寒気が降りてきており、大阪方面にもたれてきているが、意外と広島とか、中国地方の方が先にかかったりしている。いずれにしても山陰方面は寒いのだろう。日本海側。
 これでやっと冬らしくなったというか、真冬の入り口に入った感じだ。これで普通なのかもしれない。
 しかし、服装は替わっていない。これは冬らしくなってから、それほど変わらないものと思われる。朝の喫茶店に来ているサラリーマンも、スーツの上にコート、オーバー、そこからの変化はない。中にチョッキを着るか、着ないか程度だろうが、これは一度着ると、脱げないだろう。
 カッターシャツは、あまりいじれない。カッターシャツの裏に、ボアが入ったものもあるが、これはカジュアル物だ。発熱仕様のカッターシャツもあるが、少し毛羽立っている。ふにゃっとしており、パリッとしたカッターシャツ本来の物と離れる。分厚い目のカッターシャツも、やはり、しっくりこない。襟が分厚いカッターシャツにネクタイもちょっと、違う。これは分かるだろう。
 サラリーマンは寒々しいが、これは屋外でじっといるわけではないので、それでいいのだろう。ただ、不動産屋の人が、寒い場所で、まだ何も建っていない分譲地に立っていることがある。常駐している人もおり、これは車で待機している。しかし、さすがに外は寒いのか、ダウンを羽織っている。
 偉いさんならチョッキは可能だが、接客ではチョッキはだめだろう。相手が客でなければいいが。
 寒いときは冬眠しているのに限るが、運動不足になる。と言って外に出て歩くのも大層だ。寒いので、逆に鼻水が出たりし、風邪を引きそうなほど冷えたりする。寒さと風邪との因果関係はないかもしれないが、寒い中、無理に外に出ることはない。熊など寝ているではないか。まあ、熊は運動のために動いたりしないが、小さな熊や、赤ちゃんの動物はよく動く、じゃれたりする。これは運動と言うより、練習しているのだろう。
 昨日は豚肉があったので、大根、白菜、ニンジン、ジャガイモ、豆腐と一緒に煮る。残っている野菜を入れただけだ。白菜はかなり長持ちするし、なかなか減らない。そして飽きてくる。やはりほうれん草などが欲しくなる。椎茸でもいい。少し変わった物を入れたくなる。カボチャでもいいが、買うと量が多い。それに、カボチャだけで腹が膨らんでしまう。カボチャの天ぷらはおいしいが、あれは薄いためだ。あの一口が食べたいと思っても、それでは余ってしまう。最初からスライスされているカボチャもあるが、あれはあまりおいしくない。
 フキなども食べたいと思う。煮てもいいが、酢の物にしたほうが、あっさりとしていていい。これは煮ると、どの具も同じような味付けになるためだろう。皿が増えると、洗うのが面倒になる。特に油っぽい物は、洗うとき指がぬるっとするので、フライパンのまま食べる方がいい。洗剤は使わないので。
 
 富士X20を使い出して、しばらく立つが、よく写る。どこかのレビューで書かれていたが、一眼レフのイオスのサブで買ったのに、いつの間にかメインになっていたとか。まあ、それは普通のコンパクトデジカメで写した物と、一眼レフで写したものとの差があまりないためだろう。ちょっと花を接写しようとしても、レンズすれすれまで寄れるコンパクト系の方が便利なのだ。逆に表現の幅はコンパクト系の方にあったりする。
 寝起きの喫茶店の前で、信号待ちになり、暇なので、喫茶店を道を挟んで写すのだが、どのカメラで写しても、明快な違いがない。特にどんよりとしている日など、どのカメラで写しても、鮮明度が出ない。カメラより、光線状態や、写すものでがらりと違ってくる。
 ちなみに受光素子の大きな一眼レフ系で、少し望遠側で店のある通りを斜めから写すと、ピントが浅いのか、奥へ行くほど中途半端にぼけていく。これは拡大しないと分からないほどだが、鮮明なところと不鮮明なところができてしまう。ピントの浅さが災いしている。わざわざ絞り込んで写すようなものではないので、オートで写すと、開放近くなる。朝なので、少し薄暗いためだ。これをよくある普通のコンパクトデジカメで写すと、全部ピントが来る。だから、こちらの方が鮮明に見えたりする。
 さて、X20だが、このカメラ、やはりライカだ。距離計連動式カメラと同じ写し方になるのは、富士の自動ピント認識が緩いためだろうか。あまり被写体を探してくれないで、ピントフレームが真ん中から動いてくれない。ちなみに空を背景に電柱に向け、真ん中から電柱を外してやると、やっとAFフレームが動いて、認識してくれた。それほど中央部重点式なのだ。そのため、距離計連動二重像合致式のように、真ん中でピントだけ取りに行き、構図を変えて写すという流れになる。X10と違い、AFフレームが出るので、有り難いが、自動認識が効くのはプログラムオートで、フルオートでは動かないようだ。いずれにしても、ピントが深いので、ラフに写せる。
 夜の街頭、かなり暗いところでは、フルオートでは複数枚写して合成するモードに入るときと、入らないときがある。その境界線はよく分からないが、複数枚合成より、感度上げだけで写した絵の方が綺麗だったりする。このカメラ、アーサー800よりも1600の方がノイズが少ないらしい。賢明にノイズ取りをするためだろう。
 富士コンパクトの売り物は、その独自の受光素子で、1600でもノイズが少ないコンパクトカメラだった。暗いところで、レンズが暗くても写せる。今は当たり前のようになっているが、当時としては1600でノイズが目立たないのは、驚異的だったのだろう。
 複数枚写しで階調拡大も、富士が始めたような気がする。これも独自の受光素子で、連写ではなく、一度に二枚写し取る。しかし、初期のそれのカメラを買ったが、フラットになり、ゴジラが出たときの合成のようになってしまった。境目が見えているような。
 電子ファインダーと透視ファインダーの違いは、とっさの場合とか、カメラを向けている場合ではないような場所とかで、さっと写すとき、電子ファインダーだと、覗いたとき、ここは何処というような絵が目に来るが、透視ファインダーだと生なので、フレーミングされるだけなので、違和感がない。そのため、肉眼で見ていたものと同じ風景なので、違和感がない。これは電子ファインダーにはタイムラグがあるという話ではなく、急に別のものを見せられた感じ、これが違和感になり、状況が一瞬分かりにくくなる。これは一瞬なので、たいしたことはないのだが、流れとして、一瞬途切れる。これは普通の一眼レフのファインダーなら、問題はないだろう。ただ、一眼レフのファインダーはピントを作ってしまう。透視ファインダーはピントを作らない。ピントは人の目が作る。この違いが、このタイプのライカ系カメラの良さだろう。また透視ファインダーは写したあと、暗転しない。写し終えた瞬間が見える。
 さっと取り出し、さっと写す。まあ、本当にカメラを向けにくいときは、カメラを目の高さまで持ち上げにくいので、液晶側で写してしまうことが多い。これはライカ系で言えばノーファイーだだ。何となく写る範囲などが分かり、向ける角度で、何となく分かるのだろう。背面液晶があると、やはり便利だ。
 だから、透視ファインダーで見るときは、まだ余裕があるときで、ほんの少しだけ構図とかを考えて写せる状態にあるときだろう。このときの違和感が少ないのが、このカメラの特徴で、数少ない透視ファインダー付きカメラだ。
 最近の傾向として、ミラーレスに電子ファインダーが付き始めている。ミラーレスの代表のオリンパスで言えば、電子ファインダーがないのがペン系で、電子ファインダーがあるのがOM系だ。当然、ペン系も電子ファインダーは付けられる。1万円であるが、解像力はよくない。
 写真など写しているような場所でないとき、ファインダーを覗くというのは、非常に無防備というか、閉塞感に襲われる。まあ、一度度構えてしまうと、開き直れるのだが、それなりのカメラである方が、防御力が高い。何か用事とか、仕事で写していると思われるためだ。仕事なら仕方がないという面がある。
 さて、富士の色だが、これは言い過ぎだろう。綺麗な色が出ると言い過ぎると、汚いものを写しにくくなる。晴れのカメラになってしまうためだ。ただ風景では、水面に映る青空などの瑠璃色が出せる。これは見事だ。着色臭く感じ、嘘くさく見えてしまうが。まあ、綺麗な色になっているものに文句は言わないのは当然だが。
 このカメラは富士のフィルムタイプによる発色を選べるのだが、肝心のフジカラーフィルムなど使ったことがあまりないので、よく分からない。富士フイルムは買っていたが、長尺の白黒だ。35ミリ映画を映すわけではないが、こちらの方が安いためだ。元々ライカ版とは、35ミリ映画用フィルムをそのまま流用していたようだ。だから、レールの穴がある。
 このカメラ、望遠端は110ミリあたりしかないが、ボタン一つで200ミリ越えにできる。望遠系カメラを持ってこなかったとき、これが使える。劣化はない。
 このカメラ、45000円で新品で探して買っている。現役機ではないため、品薄なのだ。その値段で、ニコンの沈胴式標準ズーム付き最近一眼レフが買えてしまう。
 一眼レフ撮影と、透視ファインダー撮影とは、少し違うのだ。


 
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2016年01月07日

カメラバッグ

■■ 2016年01月07日 木曜日 午前7時57分
 
 今朝もそれほど寒くはないが、もう暖かくはない。空模様が少し妙だ。冬型に戻ったのかもしれない。正月も過ぎ、平日に戻っている。もう会社も学校も始まっているだろう。盆休みと正月休みは、勤め人にとり連休になるようだが、世間も休んでいるので、仕事にならなかったりする。ただ、盆暮れに関係なく働いている人もいる。結構多いのではないかと思える。たとえばコンビニやファスト系は、年中開いている。個人の店などはそうはいかない。家族で店を切り盛りしているため、家が休めない。働きに出ている人なら、一人だ。その人の家族は仕事とは関係がない。
 一人で家で仕事をしている自宅勤務組は年中正月のようにもできるが、それでは仕事にならないが、いつでも正月を作れる。しかし正月はやはり年の初めでないと時期が悪い。この正月も、新正月で、旧の正月ではないのだが。それでもお盆に正月をするわけにはいかない。
 正月は冬至頃ではないかと思ったりした。ここで太陽が折り返すためだ。その日から日が長くなり始める。
 今朝は雨が降りそうな気配なのだが、昨日もそうだった。晴れマークが続いていたりするが、しっかりと晴れない。これが冬の空だろう。やはりいつもどんよりとしている。しかし、ある日、風に吹き飛ばされたのか、雲一つない日もある。
 昨日はやっと鞄を買う。丁度の大きさと収納機能の物はなかったが、探してまで買うほどのことではない。近場にある鞄を置いている店を一応回ったが、鞄屋だけを目的にして、出かけたわけではない。ついでだ。
 生活範囲内というか、行きつけの場所にある鞄屋。それ以前に鞄専門店というか、鞄だけを売っている店は珍しいだろう。衣料品店の一コーナーだったり、マネキンがぶら下げていたりする。それは展示品ではなく、売り物なので、マネキンから外してレジへ行ってもいい。
 鞄屋の横には必ず靴屋か帽子屋か傘屋があった。これはセットだ。昔の商店街なら、そんな感じだ。
 買った鞄はネオ一眼程度の大きさのカメラ、つまり、少しレンズが飛び出していてもいいカメラが入り、しかも出し入れがしやすい鞄。これはいくらでもあるのだが、そこにノートパソコンを入れる。そうなると、ノートとカメラがぶつかり、また、ノートがお辞儀をして、鞄の中で蓋をしてしまう。そのため、ビジネスバッグのようにノートパソコン用の敷居があるタイプが好ましいのだが、そうなると、今度は薄くなり、カメラを入れると、鞄が膨らむ。底の幅が狭いためだ。底幅のあるタイプはばかでかくなり、横幅も結構あるので、これは普段持ち歩くにはしんどい。
 そこで、前から目を付けていた鞄を結局買う。仕切りはない。ノートパソコンを入れるクッション付きの袋が百均などである。これにノートを入れ、そのケースに両面マジックテープをあてがえば、鞄の中で固定される。この方法もあるが、あれは剣山のようで痛い。それもも考えたが、鞄の中側の生地が問題だ。ひっつかない。片面が糊のマジックテープならいけるかもしれないが。
 しかし、ソフトケースにノートを入れただけで、鞄に入れると、結構安定し、あまり動かなくなった。
 この鞄は底が結構広い。小さい目のカメラバッグのように一眼レフ程度なら底にしっかり落ち着く。鞄の横の壁を膨らまさなくても。
 前の鞄と大きさはあまり変わらないが、高さが少しだけあることと、底が広いこと。しかし、ポケット類ないに等しく、独立した襠を持っていない。だから、メインポケットだけと言っても過言ではない。これはサブポケットの何処に入れたのかと、探し回る必要がない。生地がきついと、そのサブポケットに手を入れるだけで、冬場は手を切りそうなほど痛かったりするが。
 ショルダーは縫い込み式で、鞄と一体。だから、鞄の横とショルダーが一体化されている。偽皮だが、それなりに弾力があり、これがクッションになり、車で言えばサスの役目を果たしている。
 ショルダーはファスナーの両サイドにあり、ファスナーとも繋がっている。だから、弓形になる。そのため、体へのフィット感がある。要するに鞄がぶらぶらしない。更に弾力があるので、歩いているときも、鞄の揺れや重さも何となく吸収してくれる。
 昔、カメラバッグメーカーでエツミと言うブランドがあった。今もあるかもしれない。本格的な鞄ではなく、普通のショルダーバッグのようなのがあり、これも一応カメラバッグなのだが、それに似ている。それは、写真用品ショーというカタログに出ている。暗室用品などのショーが全国主要都市でやっていたのだ。日本カメラショート同じようなものだ。これは年鑑のようなもので、参加しているメーカーの商品がずらりと並んでいる。その中に、このエツミの鞄があり、写真で見ていた。実にシンプルで、裏皮を使っており、それを染めており、色目がよかった。そのエツミのショルダーバッグ、ある日、カメラ屋で実物を見たのだが、買うかどうかを迷い、結局買わなかった。やはり小さいためだろう。
 カメラマンの人が持っているグローブバッグも好ましい。グローブ、野球のグローブのイメージだ。手にはめる。これもファスナーの両端からショルダーが伸びており、体にフィットし、ゴロゴロしない。表面は本革で黒い。袋のようなものだが、底がしっかりとあり、広い。要するに箱形のハードなカメラバッグではなく、ソフトな鞄で、カメラバッグ以外にも使えるタイプだ。これは、カメラだけを入れて移動するわけではなく、カメラ以外の物も詰め込める。まあ、コンパクト系のカメラならポケットに入るので、カメラバッグはいらないのだが。
 
 昨日は夕食用に豚肉を買ったので、それと野菜を煮ようとしていたのだが、夕食の準備をする手前で、腹が減り、我慢できなくなってコンビニで高い目ののり弁を買ってしまった。いつもはおやつがあるのだが、それを切らしていた。
 のり弁の中身は、焼き豚か、何か分からないが、平たい豚肉が入っていた。のり弁のメインは白身魚のフライだ。実際にはちくわのフライだが。高い目ののり弁のちくわが小さいと言うより、申し訳程度に入っていた。そしてハンバーグ。そして鶏の唐揚げ、だから、これだけ入っているので、高い。450円。のり弁は200円台か300円台だと思っていたのだが、高いタイプを出しているようだ。
 のり弁はほかほか弁当などから来たのかもしれない。これが一番安かった。幕の内よりも。
 のり弁と言うぐらいなので、当然ご飯の上に海苔が乗っている。その下に鰹節。もうこれだけで弁当なのだが、それだけでは客は納得しないだろう。だから、具がいる。おかずがいる。それでちくわのフライだ。
 しかし、豚肉と大根、ニンジン、白菜などを煮て食べている方が体調にはいい。味付けは醤油だけ。コンビニ弁当は何が入っているのか得体が知れない。
 昔は弁当といっても、ご飯を握ったおにぎりとたくわんや梅干し程度だったはず。腰弁と言うほどだから、腰に巻き付けられる塊だ。
 フライ物はやはり胸焼けしやすい。
 
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2016年01月06日

単焦点レンズ

■■ 2016年01月06日 水曜日 午前7時52分
 
 今朝はいつもの喫茶店が平日通りの開店時間になったので、久しぶりに行く。五日ぶりだろうか。毎年正月はその状態になるのだが、これでまだ二度目だ。だから、毎年とか、例年と言うには、短すぎる。
 しかし、一年通うと、例年ではないが、いつものと言っても悪くはない。二年前以前の寝起きの喫茶店はマクドだったが、今は遠い昔のように思えてしまい、そこのテーブルや椅子などは覚えているが、そこが日常の一部、生活時間帯の一部だったとは思えないほど、遠ざかっている。犬も三日飼えば懐くと言うが、喫茶店も三日通えば慣れたりする。その証拠に元旦から五日ほど行ったコメダにもすっかり慣れてしまい、店の人も常連扱いしだした。つまりいつものものを注文するいつもの席の、いつもの時間帯の人だと。
 そのコメダにマクドに毎朝来ていた紳士がいた。この人もマクド喫煙難民で、マクドから他の店へ移ったのだろうが、見かけることはもうなかった。
 この老紳士、着ているものが違う。マクドは夏は寒く、冬も寒い。これは送風がきついのだ。それで、それがましな席を、この老紳士が譲ってくれたりした。その席に老紳士が先に座っている場合で、他の席が空いている場合だ。真冬でも厚着ではなく、上等な上着を羽織っていた。コートでもオーバーでもないような。生地は薄いのだが、暖かいのだろうか。
 この老紳士と一度だけ会話になったことがある。こちらがいつもノートパソコンなどでタイプしているのを見て、仕事か? 小説家か? とか聞いてきた。どちらも違うと答えた。さすが紳士なので、それ以上聞いてこない。
 この時間帯、ノートパソコンのモニターには確かに文字列がびっしりと並んでいるが、それは、この川崎日誌だ。まさか、朝から日記を書いているとは言えない。
 さて、今朝の天気だが、曇っている。そして、まだ暖かいようだ。朝のモスの暖房はよく効いており、暑いほど。これは特に吹き出し口に近い席のためだろうか。むっとする熱風で、気分が悪くなるほどだ。しかし、マクドのように寒いよりはいい。
 これで、やっと正月が明けた感じになり、日常のいつもの結界内に入ることができた。しかし、この結界、三日通えば慣れてしまい、自分のテリトリーになるようなので、緩いものだ。
 
 フェースブックを見ていると、カカクコムの宣伝だろうか、単焦点レンズ特集の記事があったので、読んでみる。デジカメ関連のニュースは、いつもはIT何とかという総合サイトで毎朝チェックしているのだが、毎日変化があるわけではなく、殆ど動いていないことがある。動いても、カメラ屋のベストテンとかだ。このIT系総合サイト、電書ポータルの更新をやめている。デジカメも、あまり記事が載らない。デジカメだけのサイトがあり、デジカメウオッチだったと思うが、そちらの方が詳しく、中身も濃い。そして、この記事、結構残り、中古カメラを買うときの参考になる。出たばかりのカメラに対して新鮮な驚きを示していたりする。今となっては、何と言うこともないのだが。
 そういうデジカメ記事の中で、結構読んでいるのが、カカクコムの一般の人のレビューや口コミだろう。しかし、レビュー記事に間違った記載をよく見かける。
 それとは別に、昨日はカカクコムの書き下ろしかどうかは分からないが、単焦点レンズについて触れている。これが怖いのは、売り場直結のためだ。
 さすがカカクコムらしく、1万円台で手に入る単焦点レンズ特集だ。有名なのはキャノンの50ミリだろうか。結構明るいが、最短撮影距離が長いのが難。実際には85ミリほどになるため、ポートレート向けと言われているレンズだ。
 1万円台に絞ったため、超広角系は無理だ。望遠系の単焦点レンズは意外とない。当然1万円台では無理だ。
 それで、標準形レンズとなるのだが、安い、性能がいい、など以前に、自分は何ミリがふさわしいのだろうかという選択があるはずだ。こういう単焦点レンズに興味にある人は既にズームレンズで持っているはずだ。それをわざわざ単焦点で買うとなると、よほどだ。昔なら50ミリでよかったが、その50ミリ、カメラを買ったときに最初から付いていたりする。今なら標準ズームが付いているように。
 その標準ズーム、28から85あたりだろう。最近は24から70手前あたりと、広角側へシフトしたり少し望遠側に伸びていたりもするが、要するに1万円台で買えるのは、その範囲内の画角で、自分が一番どの画角を使うかによって決まるだろう。
 しかし、覚えていなかったりする。それはズームになってから、画角まで見ていないのだ。両端は分かるが、中間は見ていない。
 こちらとしては、このタイプ、一番よく使うのは85ミリだ。実際には28から200とか300あたりのズームを付けるため、この標準ズームというのはあまり使わない。
 これは写し方による。道路の向こう側の店屋を写すとき、広角では道ばかりになる。狙っている店屋を写したつもりでも三件や四件分入るため、どの店屋を写したのか分からないほどになる。これはどういう並びの場所にある店屋なのかを伝えるにはいいのだが、その店だけを写したいとなると、少し望遠系がいる。85ミリあたりあれば、何とかなる。
 それ以前にその店屋のある歩道などに人がいると、写せない。こちらを見ている場合だ。これは顔が入るとまずいためだ。それより、人目が気になって写せない。絶対に写さなければいけない義務もないし、用事もない。使命感もない。
 さて、それで単焦点レンズの効能だが、レンズが明るいというのは昼間ではあまり意味はない。ぼけ具合も、十メートルほど先の店屋は壁のようなもので、奥がないため、ぼけない。
 いくらレンズが明るいと言っても、主要被写体と背景の距離がそこそこないと、無理だ。だから、85ミリあたりはポートレート向けで、人を写すのだから、そこそこカメラに近い位置に人が立つため、背景がよくぼける。逆にぼけすぎて、背景が何か分からなくなるのだが。
 単焦点レンズは小さく軽い。しかし、最近の標準ズームは沈胴式になっており、単焦点よりも短い。そして軽かったりする。広角系の明るいレンズなど、望遠レンズのように長く大きい。
 1万円台単焦点レンズが得意なのは、この記事の特集ではシグマだった。結構そろっている。
 意外と穴が、パナソニックだ。85ミリF1.7がある。キャノンの85ミリ相当になる50ミリの評判はいいが、最短撮影距離が長い。その点パナソニックは31センチまで寄れる。テーブル上のものを写すとき、椅子から立たなくてもよいと書かれている。85ミリ相当で31センチまで寄れる。しかもF1.7。これは殆どマクロレンズで、しかも明るいので、ぼけぼけだろう。まあ、そこまで寄れば、暗いレンズでも結構ぼけるが。
 単焦点レンズは表現の幅が広がると言うが、ズームの方がより、その幅が広がるのではないか。同じものを28ミリと85ミリで写した場合、別の写真になる。単焦点は、そこ横の広がりではなく、縦側、奥への広がりだろう。より高画質に、より、深度読みをして、などだ。明るくピントが浅いと、顔認識では無理で、目にピントを持ってこないといけなくなるが、瞳認識もあるようだ。笑顔認識もあるのだから。
 それよりも、単焦点レンズで、その画角に徹して写していると、今まで気付かなかったことが分かってきたりする。ズームで何とかしていたことを、今度は構図からやらないと、主要被写体を浮かび上がらせたり、視線をそこに向かわせることができない。構図で、主要被写体を導く感じだ。
 いつも、この画角を使うから、単焦点レンズも、その画角にする、と言うだけでは、あまり表現の幅は広がらないかもしれないが。
 こういう単焦点レンズで写した写真、非常に綺麗に見える。本人だけだが。あとで普通のズームで写したものと見比べて、ズームでも結構綺麗ではないかと、思うことになるのだが。
 また、このあたりの標準系単焦点レンズ、手ぶれ補正は殆どない。先ほどのパナソニックの85ミリ相当のレンズには、珍しく手ぶれ補正がある。少し望遠系のためだろうか。
 だからオリンパスにしておいた方がよかったと、このとき気付いたりする。ボディー内補正は強い。
 ただ、手ぶれ補正、思っているほどには効いていないことがある。
 
 
 

 
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2016年01月05日

新興分譲住宅地

■■ 2016年01月05日 火曜日 午前7時36分
 
 今朝は昨日よりは寒い。それでも暖かい方らしい。昨日の昼間、四国の高知では19度。春だ。
 この季節。気温が高いと、秋に戻ったようには言わないで、前方の春に当てはめている。年が明けたためだろうか。去年ではなく、今年に該当する気温になっている。冬の初め頃の、まだ暖かい気温の場合は、冬の終わり頃の気温に当てはめるのだろう。
 しかし、やはり冬は寒い。それにずっと春のような暖かさが続くわけではなく、また寒くなるだろう。むしろ、冬本番に入ったばかりで、寒くなる上り坂はこれからだ。
 今朝も高級喫茶コメダに行く。モスが平常通りになるのは明日からだ。そのため、コメダ五日間連チャンは今朝で最後。これで、明日からの朝は、いつもの道に戻れる。
 コメダまでの道は住宅地で、ここは何もない。家はあるが、特に見るべきものがない。やはり店屋などがないと町らしくない。当然駅や公共のものが少しあり、そこに住んでいる人ではない人が歩いている場所。これは都会と言うことではない。幹線道路沿いなどもそうだ。幹線道路がそうなのではなく、その沿道に店屋があるためだ。施設も。
 住宅地になると、公園がある程度。古い家が並んでいる場所ならいいが、建売住宅の小さな家ばかりだと、何とも趣に欠ける。
 ただ、戦前できたような分譲住宅は屋敷だ。ここは家が古く、庭も広く、庭園だ。そこに咲く桜で、花見ができそうだし、紅葉もあるので、紅葉も楽しめる。
 住宅地の普通の道沿いでは写すものがないので、路上に落ちているものを探すしかないのだが、最近の道路は綺麗になっていて、下手なものは落ちていない。落ち葉もすぐに掃かれてしまう。
 昨日はそれで、コメダの戻り道、遠回り散歩を試みたのだが、住宅地の袋小路にはまり込み、ぐるぐる回り込んだ。抜けられないのだ。これは以前も来たことがあるので分かっていたのだが、向こうに道があり、幹線道路もすぐそこにあり、学校が見えているのに、そこへは行けない。その手前に、ちょっとした田んぼがあり、これが遮っている。この田んぼは宅地にならなかったのだろう。
 また、一枚や、二枚の田んぼ規模で、分譲住宅地として売り出しても、道はその中だけ、すべて私道だろう。元々道などない場所、田んぼの区切りのあぜ道があった程度。だから、業者が買い取った田んぼの枚数規模の通りなのだ。それが他の業者とは連携されておらず、共通した道がない。それで、向こうが見えているのだが、行けない。結局突き当たりは家で、Uターンする必要があったり、ぐるりと回り込んで戻るしかない。袋の入り口が一つなのだ。そこへ戻らないと、どこにも行けない。
 そういう道には標識はない。この先行き止まりではない。行けるのだが、回り込んで、戻ってこれる。車をバックさせなくてもいいからだ。だから、抜けらないだけだ。
 また、そこを通り抜ける要のある人など、その奥に住んでいる人とか、用事がある人だけなので、一般の人は困らない。困るのは散歩人だ。これは必要がないので、問題外だが。
 こういう抜けられない分譲住宅地同士が背中合わせになっている場合もある。
 こういう分譲住宅は、農家が田んぼを売ったタイミングで決まる。その分譲住宅ができた頃は、まだ周囲が田んぼで、あぜ道程度はあり、そこから別の通りへ抜けられたかもしれないが、それも分譲住宅になると、ふさがれる。
 ただし由緒正しい村道は残っている。ここは公道に近い。誰の土地というわけでもなく、共有地というのも妙だが、村々の連合体のようなものが管理していたのかもしれない。その村だけの道ではなく、他村を繫いでいるので、そこがふさがれると、移動が難しい。街道と言うほどの規模ではないが、大きな街道に当然繋がっている。諸国を旅するには、そういった細い血管から、太い血管へと上がっていくのだろう。
 大きな業者が造った分譲住宅地は、さすがに碁盤の目のように道はしっかりとある。そして四方に抜けられる。
 
 カメラのキタムラの中古デジカメを見ていると、高級コンパクトデジカメより、ミラーレスの方が安かったりする。値段が逆転したわけではないが、受光素子の大きさと比例しなかったりする。
 特に安いのはオリンパスとパナソニックのハーフサイズタイプだ。いずれもミラーレス時代を切り開いたメーカーだけに、古い機種がかなり叩かれている。また、それほど古くはない機種も、結構安い。オリンパスの望遠ズームなど数千円だ。まあ、元々安いキットものなので、そんなものだが。
 一眼レフ系中古デジカメも、中古市場が豊かになってきているのは、何世代にもわたるためだろう。
 普及タイプのコンパクトカメラの値段で、一眼レフが買えたりする。いよいよ、そういう中古デジカメの時代が来たのかもしれない。それには、各メーカーの機種を調べる必要がある。幸いメーカー側は古い機種でも、しっかりと詳細スペックを残しており、取扱説明書もダウンロードできる。これで、身元がすぐに分かる。機種名だけでは、何かよく分からないし、記憶にないカメラも多いので。
 
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2016年01月04日

単焦点

■■ 2016年01月04日 月曜日 午前7時26分
 
 今朝は昨日よりも寒いかもしれないが、昨日は記録的な高温だったようだ。観測史上初の場所が多く出ていた。3月4月の気温だったとか。しかし、それほど暖かいとは思えなかったので、大阪方面では、記録的ではなかったのだろう。
 それでも昨夜は寝る前、暑く感じ、電気毛布のスイッチをしばらくしてから切ったが、冷えたのか、夜中二度ほど起きてしまった。すぐにスイッチを入れると、朝まで眠れた。
 夜の気温は5度前後、これは電気毛布がいる。しかし、暑苦しくて、寝付けないことがあるので、ここをクリアすれば、寝ているときの冷え込みに対応できる。
 このところ晴れており、雨の気配はない。いい正月三が日だったのではないかと思える。やはり12月の半ばあたりに想像していたように、あっという間に正月も終わった。この間、かなり時間経過が早い。
 今朝も高級喫茶コメダへ行く。モスは六日からだと思える。朝モスが復活するのは。
 このコメダは名古屋から来たものらしい。名古屋と言えば喫茶店が多いことよりも、モーニング戦争で有名だ。それと仏壇戦争や嫁入り戦争も。
 大阪の堺では散髪屋戦争があるらしいが、噂だけで、よく分からない。確かに散髪屋がやたらと多い町がある。堺と散髪。これは単純に考えれば、ハサミや包丁の産地なので、それと関係しているのかもしれない。
 しかし、堺は古い町で、ある一家など三代も四代も、同じ散髪屋へ通い続けているらしい。当然、その散髪屋もそれだけの老舗だ。だから、町が古いと散髪屋もつぶれにくいのかもしれない。常連さんで持っている。それには古いだけではなく、昔からの人が居続けていることが大事だ。
 大阪で産まれた女やさかい、と言う歌がある。これが大阪で産まれた女や堺とどうしても入れ替わってしまう。
 この歌がはやっていた時代、大阪の女性は、あまり大阪弁を使わなくなったように思える。子供の頃は別だが、思春期あたりになると。
 商家に奉公へ行くのならいいが、商社ならだめだろう。
 さて、正月三が日も終わり、しかも月曜。初出勤組もいるだろう。この四日目が土日なら、もっとゆっくりできそうだが。
 この時期、おとそ気分が抜けないと言われているが、年中飲んでいる人がいるので、やはり休みの日が続いたあとは、今ひとつエンジンがかからないのだろう。暴飲暴食ではないにしろ、いつもとは違うものを食べたりするため、胃腸も戸惑っているのかもしれない。餅やおせち料理などは、この時期にしか食べないことがある。
 正月はどこにも行っていないので、写真撮影も控えめ。いつもの日常立ち回り先をちまちまと写している程度。しかし、いつもの喫茶店からの戻り道大回り散歩ができないのが、いつもと違うところだろう。しかし、この大回り散歩、毎日ではなく、寒いときはまっすぐに戻る。そちらの方が多かったような気がする。
 しかし、たまに違う道に入るより、いつもの道沿いの方が写すものが多かったりする。見慣れたものしかないのだが、より細部を見ているのだろう。
 また、同じ通り道でも、カメラを変えると、風景の見方も変わったりする。このカメラで写すとどうなるか、などと考えて見ているためだろう。
 だから、望遠系に強いカメラを持っているときは、遠くを見たり、近くでも、どう抜き取るかなどと考える。
 そのため標準ズーム系などを持って外に出ると、その範囲のものに目が行く。まあ、カメラのような視点で見るのではなく、普通に通りを移動しているときの人の目と同じような視点だろうか。
 最近持っているカメラは、全部ズームで、一台だけ、先日買ったDP2があるだけ。この単焦点撮影が結構新鮮というか、融通が利かない世界なので、逆にそれを楽しめる。
 ある縛りを与えた方が、ゲーム的な気になるのかもしれない。
 単焦点で写すと、写真が変わると言うが、これは画質がよくなるとか、暗い場所でも強いと言うことではなく、レンズが明るいので、ぼけやすくなるとかではなく、どう写そうかと考える機会ができるためだろう。
 特に一番難しいとされるのが50ミリ標準レンズだ。これはフナ釣りと同じで、見た目通りに写る一番優しい画角なのだが、それだけで、全部写すとなると、かなりの腕がいる。
 

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2016年01月03日

初詣

■■ 2016年01月03日 日曜日 午前7時33分

 今朝はそれほど寒くない。夜中電気毛布が消えてしまったが、別段どうもなかった。寒くて震えて眠れないような。
 これはヘラのような接触箇所のため、たまに抜けたり緩んだりする。布団の上に敷くため、平たい。
 あまり寒くないので、暖冬に戻ったのかもしれない。しかし、一度着込んだセーターはもう脱げなくなっている。
 今朝も高級喫茶コメダが寝起きの喫茶店となる。これで三日目だ。元旦は少し客が多く、二日目はそれなりにいたが、三日目になると、喫煙室は誰もいない。もう正月気分は抜けたのだろう。
 初詣に車で行くとき、朝、立ち寄った人が多いのかもしれない。近所の常連さんもいるようだが、賑やかな場所ではない。何かのついでに徒歩で通るようなこともないだろうが、自転車の裏道となっており、この前の道は由緒正しき村々を結んでいた幹線道路だ。しかし、車が一台ぎりぎり通れる程度の狭さなので、車での裏道にはならないので、自転車の裏道となっている。並行して、新道が走っているだが、この道は古いため、歩道がない。
 昨日は再挑戦で、屋台の鞄屋で、底が広いタイプを買うが、これがまた大きすぎた。井戸のように深いため、カメラを入れても、取り出すとき、発掘しないといけない。手が届かないわけではないが、深すぎ広すぎた。
 その前に高級紳士物を置いているコーナーにある鞄を見ていた。こちらは1万円。理想的なのがあったが、ノートパソコン用の仕切りがない。これではお辞儀をしてしまうが、鞄そのものは非常にいい。高い鞄ほどシンプルだ。あまりごちゃごちゃしていないし、ポケットもボディーと合体している感じで、その空間はただの隙間のようなもので、紙とかペン程度しか入らない。容量のあるものは無理だ。スマホなどは薄いので、大丈夫だが。
 この鞄は底がしっかりとあるのが、仕切りがないのが惜しい。ビジネスバッグではないためだろう。そして、カメラバッグでもない。カジュアルものの鞄で、男性向けハンドバッグのようなものだ。しかし、そこまで行かないと、めぼしいものが見つからなかったりする。ちなみにカメラバッグも、結構高い。これは防水とかの加工があったりするためだろう。そして軽い。
 一番いいのはファスナーが一番上にあり、ファスナーの上にカバーはないタイプで、このカバー、耳の長い犬のように邪魔で仕方がない。ベロのようなものだ。取り出すとき、めくらないといけない。その蓋のようなものにもポケットが付いているものはさらに始末が悪い。蓋が重くなる。
 ファスナーが真上にあり、鞄の中身よりも幅が広いのが、よかったりする。ファスナーは入り口で、これが左右にぐっと伸び、その両端にショルダーが付く。このショルダーは金具で引っかけているタイプではなく、鞄と一体型のタイプ。この方がショルダーに弾力性ができる。鞄本体もバネとして使っているのだ。当然、下げるとU字型になり、体にフィットする。鞄本体に針金とか、張りぼてのような型が入っていると、鞄が曲がらない。と言ってぐにゃぐにゃでは形ができない。だから、少し分厚い目の皮のようなものがいい。偽皮でもいい。欲しいのは弾力であり、クッションなのだ。
 そして底はきっちりとあり、襠などで傾かない。これは鞄を置いたとき、自立するように。
 これだけものをぺらっとした生地で作るのは無理だろう。うまく縫い目とかで、補強で重ねて型を作り、型崩れしないような加工が必要だ。
 その鞄、欲しいところだが、難はノートパソコンとの仕切り。これはノートをカバーに入れれば、それでいいのだが、鞄の中で、お辞儀をすることだ。
 今、持っている鞄は、小さいが、仕切りがあり、その仕切りもそれなりいい生地を使っている。マジックテープも付いている。これで、中は狭いが、仕切られており、ノートがお辞儀をしない。サブポケットにも襠があり、ここにネオ一眼程度なら入るのだ。まあ、窮屈だし、逆に入り口がきつくなり、取り出しにくくなるのだが。
 しかし、その高い鞄、買うのなら正月三が日の間だ。さすがに半額の半額にならない。いつもの同じ店なのだが、高いものばかりを並べているコーナーにあるためだ。
 新年のスタートは鞄から、と言う名分が今なら立つが、三日までだ。
 四日になると、正月をいいわけにできなくなる。
 つまり、正月は闇の時間帯で、非日常なコマンドが打てる。
 
 今年は初詣には行っていない。つまり、初詣の習慣がない。しかし年中寺社にはよく行っている。今年はまだ行っていないだけだ。神社へ行ってもお参りなどしたことがない。一応賽銭箱の前とか、本殿の正面には立つこともあるが、挙動は一切ない。
 神社の人が見ているときは、怪しまれないように、参拝しているように、帽子程度は脱ぐが。そこまでだ。
 初詣へ複数で行くこともあるが、そばで、待っている。並ぶのがいやなためだ。それに並んでも、願掛けしないのだから、意味がない。
 それにもし並んでしまうと、あのジェスチャーをしないといけない。神様は神社だけではなく、色々なところにいる。それでは分かりにくいので、分かりやすいように見せているのが神社かもしれない。仏さんもそうだ。実際には人型ではないかもしれない。それでは説得力がないし、慈愛も感じない。
 神も仏も、その人の中にいるという、自愛をくすぶる話もあるが、神仏と同居では何かに付け不便だろう。
 村の神様、鎮守の森の神様、氏神様は、宗教と言うより、村を統制するための、システムだろう。これで村人が一つになり、結束する。村の有力者が世話人になり、役員になって見守り、力の強い若者が神輿を担ぐ、いざというときの精鋭部隊だ。それは他の村への威嚇にもなるし、領主への威嚇にもなる。
 また、そう言うことで神社を盛り上げないといけないほど、氏素性がばらばらな人達が同じ村に住むようになり、村の結束が年々崩れていったのだろう。同じ氏神でなくても、複数の氏神を一つにまとめ、一本化する。これは宗教と言うより、共同体作りだ。
 そう言うのを見てきた人達は、年々宗教的なものは、もっと個人的なものとなり、もっと純粋な畏怖的存在に戻りたがっているのかもしれない。
 さて、今年も初詣に行くが、実は毎朝房神社の境内を通っている。通るだけではだめなのか。
 年末など、しめ縄の取り替え現場を見た。その前でじっと見ていると、作業員の人は、氏子の人だと思ったようだ。当然、その作業員も氏子かどうかは分からない。業者だろうか。そんなことを手伝う氏子はいなくなっている。藁から縄を氏子が自分で編まないといけないのだが、その作業場もない。それに藁そのものがない。だから、エアコンの取り付けと同じで、電気屋が来て、やっているようなものだ。そういうタイプの車が、境内に止まっていた。当然、一般車は入れない場所だ。神社は神社で、経営が大変だろう。
 そうして、毎朝のように神社の境内を散歩コースとして通るのは、車が少ないこと、緑が豊かなこと。それだけだ。
 しかし肝心の正月、朝の喫茶店が時間制限で、五日ほど変えることになったので、初参りではなく初通りができないでいる。
 
  
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2016年01月02日

■■ 2016年01月02日 土曜日 午前8時03分
 
 今朝は寒い。しかし、零下にはなっていない。昨日と同じで、寝起きの喫茶店は高い喫茶コメダ。しかし、客はそれなりに多い。マクドが100円だったことを思えば、420円は高いが、朝はモーニングが付く。これをどう評価するかだ。モスは200円少し。これはチケットなので、値段はよく分からないが、そんなものだ。200円と400円の違いとして、その差を埋めるのはパンと卵だ。これで朝食代が浮くと言うことがあったとしても、これでは少ない。それだけで済ませていた時代もあったが、ゆで卵だけではなく、焼いたり、中に何かを入れて焼いたり、また、味噌汁に入れたりと、同じ卵でも食べ方を工夫できる。
 しかし、朝、食べながらパソコンをいじれるのは、喫茶店のモーニングの良さかもしれない。
 いつの喫茶店なら、そのあと近くに神社があるので、そこへ寄るのだが、この散歩コースがしばらくなくなった。今朝の喫茶店から行くとなると、出かける必要がある。ついでではなくなる。それほどこのコメダは近くにある。
 その神社、正月と言っても特に何もない。昔は屋台が並んでいたのだが、周囲の人口は増えているが、ここではなく、もっと大きな神社へ行くだろう。着飾って。
 さらに近くに神社があり、それはもう氏神様のようなものだが、そこへは滅多に行かない。逆に別の喫茶店へ行くときに通る神社はよく立ち入っている。通り道の利点だ。ここはよその町内なのだが、こちらの方がなじみがあったりする。村の規模も大きかったようだ。しかし、不思議とお寺がない。これは何か理由があるのだろうか。この村、神社がもう一つあった。今は小さな祠が残っているだけだが、残っている神社の神木と同じほどの樹齢の大木が立っている。こんな木が素で立っているわけではないのだから、何か建っていたのだろう。今は支所とか、集会所のような会館になっている。さらに巨大な古墳があり、その上にも神社がある。だから、この村、神社が結構多かったのだろう。
 氏神様は、その家の先祖だ。しかし、村人の全部が同じ先祖とは限らない。だから、神社が複数あってもおかしくない。また、外にではなく、家の中で参っているのもあるはずだ。
 氏神様は先祖だが、人とは限らない。
 
 昨日はいつものショッピングモールが開いているので、いつものように喫茶店に入る。そして帰り道、屋台が出ているので見学。例の衣料品の福袋が出ていた。元旦から派手に売っている。しかし、客より店員の方が多い。賑やかに売っているが、客が少ないので、見学は難しい。二人ほどに囲まれそうだ。それほど客がいない。
 福袋と言っても、紙の手提げに入っているわけではなく、布団収納バッグのような強大な塊だ。こんなものを持ち帰るのかと思うと、それで引くだろう。中に何が入っているのは展示されているので分かるが、いらないものも多い。と言うより、そこに飾ってあるものすべてがいらなかったりする。その福袋、どれも1万円。だから、それが買えるような人なら、もうマネキンが着ているようなフルセットは既に持っているはずだ。
 これはバーゲンと言うほどのことではなく、少し割高ではないかと、品物を見ていて感じた。マネキンが着ているものをすべて合わせても1万円にはならないと思えるのだ。客の目利きは鋭い。相場を見にいているのだ。だから、客が寄ってこない。
 やはり、普通のバーゲンの方が客が多い。ちょっと中に着込むセーターとか、ちょっと家で履く汚れてもいいようなふかふかのズボンとかだ。
 別の場所へ行くと、鞄のバーゲンをやっていた。これはいつもの鞄屋の屋台で、珍しくも何でもないが、1400円と、少しだけ高い目の均一品で、そこにビジネスバッグがあったので、買ってしまった。以前も買ったのだが、大きすぎた。今回は小さい目のを買う。中を開けて、パソコンを入れたときの仕切りがあるかどうかを、当然確認して。
 しかし、帰ってから実際に入れてみると、仕切りはいいのだが、仕切りを止めるマジックテープの位置が低いので、お辞儀をしてしまうし、それに底が狭い。薄型のビジネスバッグというわけではないが、ネオ一眼系が難しい。幅は十分あり、ノートも余裕なのだが、そこの幅は狭い。
 ショルダーは他のものに付け替えれば済むが、やはり、これは辛い。失敗だった。
 こう言うのはカメラバッグを買えば済む話で、そちらの方がバリエーションが広い。種類も多く選択肢も広いのだが、カメラバッグの多くは仕切りがメインで、それとノートパソコンとは合わない。せっかくのカメラバッグの仕切りを抜いて使うことになるし、ノート仕切りがないはずなので、他のものとぶつかる。だから、ノートを袋に入れないといけなくなり、これが面倒だ。その状態だけではノートがお辞儀し、ふたをしてしまう。
 いつものショッピングモール内に高級衣料品コーナーなどに鞄があちらこちらに置かれていたのだが、それがなくなっている。どれも高いが、希望する形とデザインのものが多かった。今も少し残っているが、小物入れ程度で、小旅行向けのがない。
 欲しいのは底幅が結構あるタイプで、それでいて小降り。偽皮でもいいから、表面生地が分厚く、裏地もしっかりと弾力性のあるタイプ。芯は入っていなくても、形をキープしているものだ。袋タイプではなく、ボックス型。だから、これはカメラバッグなら、殆ど合格なのだ。
 コンパクトカメラなら、ポケットに入るし、まあ、鞄のポケットにも入る。しかしネオ一眼や一眼レフスタイルの物は鞄に入れにくい。ノートパソコンが入っているためだ。これとぶつかり合う。だから、仕切りがあれば、問題はない。それで、昨日はビジネスバッグを買ったのだが、残念ながら、底幅が狭すぎて、鞄が膨らむし、カメラを取り出すとき、引っかかる。要するに収まりが悪い。
 そこで、メインポケットの仕切りではなく、サブポケットにノートパソコンを入れると、収まりがよくなった。ビジネスバッグなので、ポケットが多い。サブポケットと言っても鞄の幅と同じ大きさがある。ただ薄いだけだ。
 しかし、表面がつるつるしていて、鞄そのものがフラットなので、つかむところがない。そういう手提げが付いているが、そうではなく、単に鞄の一部をつかんで持つことが多い。柔道で言えば襟をつかむようなものだ。袖でもいい。
 メインの鞄は、同じ衣料品店で、十年近く買い続けている。いずれもファスナーが壊れたりするためだ。同じタイプのものを買っているのだが、そのタイプがなくなった。そして、最近は袈裟懸け大きいのを買って、それを二年ほど使っていたが、偽皮の縁が破れて、下の生地が出てきた。このタイプは少し小さいので、もう少し大きい目を探していたのだが、その店では逆に小さい目のに変わっていた。だから、後継鞄がない。
 まあ、大きい目のカメラを持ち出すときは、鞄から考えないと、いけないという話だろう。ポケットに入るカメラを、鞄に入れるというのなら、楽な話だが。
 
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2016年01月01日

元旦

■■ 2016年01月01日 金曜日 午前7時18分
 
 今朝は少し雲が多く、初日の出は難しかったが、赤みが少し見えていた。今朝はいつもと道が違うため、見える空も違う、わけではなく、空の下の風景が違う。寝起き行くいつもの喫茶店が正月五日ほど、朝モスをやめているためだ。それで、近くにあるコメダへ行く。米田、米屋へ行くような感じ、田んぼに行くような感じだ。コメダではなくヨネダと読んでしまうことが多い。まあ、二年ほど前までは、そこは田んぼだったので、良い名前の喫茶店だが、大きなチェーン店だ。
 そこで正月早々、モーニングセットを食べる。卵とトースト、こう言うのを食べるのは一年ぶり。去年の正月も、実はここに来ていた。モスの朝が遅いためだ。
 その前まではマクドへ行っていた。禁煙室がなくなってから、行かなくなった。
 昨日の大晦日はスーパーで年越しそばと巻き寿司を買う。どちらも豪華版で、高い。巻き寿司は太巻きで、それを切ったもの。マグロや海老が入っている。握り寿司と同等の値段をしていた。年越しそばは海老とニシンとの選択肢があった。わんこそばの選択肢もあったが、これはパス。海老が食べたいのは、海老ではなく、衣だろう。つまり油が浮いているそばが食べたいと言うことだ。しかし、具の大きさではニシンが圧勝、どんぶりに入れるとはみ出していた。しかも正真正銘の身のみ。ただ、このタイプのニシンは甘い。きつねうどんの揚げのように。
 今年は何もないまま年を越していた。寝ているときに超したのだろう。年の瀬も、普段と変わらないまま通過している。何事もなく無事に越せるのが好ましいのだろう。何もない。これが意外と貴重なのだ。
 正月の準備は特にしていない。年越しそばを買っただけだ。スーパーなどは開いているので、食材はいつでも手に入る。豆腐が切れていても、何処も仕舞っているようなこともない。だから、平日通り過ごせるのだが、モスだけは朝モスがしばらく休みなので、ここだけが違う。
 昨日はスーパーへ寄る前にカメラのキタムラ中古コーナーを覗くと、パナソニックの40ミリレンズが出ていた。パンケーキレンズだ。その近くにボディーだけの一眼レフが並んでいるのだが、その中にパナソニックのミラーレスも挟まっていた。ボディーが19000円、レンズが2万円少し。同じ人が売ったのだろうか。それをばらして、中古として並べているようだ。これを合わせると4万円少しになる。
 40ミリF1.8だったと思うが、これが結構高い。1と2があり、2の方だろう。このパンケーキレンズと、初代のミラーレスボディーなら18000円ほどで売られている。少し古いが、今も使っている人がいるはずだ。
 似たようなタイプで、キャノンイオスM2ダブルレンズキットが4万円。中古ではない。ここに35ミリF2と言う明るいレンズが入っている。標準ズームはボディーから見ると、望遠レンズのように太くて長い。
 それで、パナソニックのレンズはどうなっているのかと、サイトを見に行くと、50ミリレンズが二本も出ている。その中の一本は新しい。古いタイプはF1.4で7万円。誰が買うのだろうかと思う値段だが、F1.4でないと気が済まない人がいるのだろう。新しい方は小さくなり、F1.8か7か、忘れた。こちらのレンズ40ミリパンケーキよりも安い。
 さらに調べると、ダブルズームキットの中に、この50ミリレンズが入っている。それで、大量生産で、安くなっているのかもしれない。これはニコンの50ミリF1.8付きキットがヒットしたので対抗してのことだろうか。ニコンよりも、パナソニックの方が受光素子が大きいので、こちらの方がぼけやすく、有利。
 このあたり、ミラーレス一眼を買った人でも、コンパクトカメラを買った人でも、ズームをいじらない人が結構いる。だから、立ち上がりに広角のみで写しているのだ。それなら、ズームはいらないのではないかと思われる。単焦点のパンケーキタイプや、高級レンズでない限り、レンズも小さく、飛び出しも少ない。
 その飛び出しを気にしてか、最近のミラーレスは沈胴になっている。標準ズームだが。
 沈胴は良いのだが、電源を入れただけでは写せなくなった。沈胴を引っ張り出すため、レンズ側のズームを回す必要がある。それをしないと、写せない。当然、その解決策として、電動ズームレンズが以前登場していた。これはボディー側で電源を入れると、レンズが飛び出し、すぐに撮影できる。まあ、普通のコンパクトカメラと同じだ。
 そういう仕掛けのあるカメラが面倒な場合、最初から単焦点レンズを付けていれば、電源さえ入れれば、すぐに写せるし、ズームリングを回す必要がなくなるので、片手で撮影できる。
 小さなミラーレスもズームを付けると、大きくなり、かさばる。だから、パンケーキレンズがそれなりにヒットしたのだろうか。オリンパスを見ていると、パンケーキズームレンズが付いており、これは電源もボタンで、レバー式よりも指に優しい。レバー式は人差し指の腹を切りそうなほど堅い物がある。それに力がいる。このあたり、オリンパスミラーレスは素早かった。
 しかし、時代はそういう意味での飛び出しが少ないレンズと言うよりも、ニコン1が言い出したように、50ミリの明るいレンズで、背景をぼかそうという話だ。
 しかし、この路線は、高級大口径レンズへの道を作ってしまい。逆に望遠レンズのように長い大口径広角レンズになったりする。まあ、最初の基準が違うのだろう。ズームだと飛び出しが大きい、電源だけではなく、レンズ側も回さないと撮影できない。それを何とかしてくれるのが単焦点レンズ。と言う基準からの出発だ。
 さらに沈胴ズームを回すとき、ロックボタンを押さないと回らないタイプもあるので、写すまでワンテンポ遅れる。
 イオスM2を見ていると、電源はボタン式だ。しかも押しやすい場所にある。爪を立てなくてもいい。これに35ミリ単焦点を付けていれば、結句素早いだろう。当然ポケットに入る。しかし、このレンズとボディーだけのセットは見かけない。標準ズームと、このレンズとのダブルレンズキットだ。
 標準ズームの中に35ミリが入っている。だから、ダブルのだ。それでダブルレンズキットというわけではないが、どちらを使って良いのか、迷うだろう。標準ズームキットは安い。そのズームが安いためだ。しかし単焦点レンズは高い。どちらがおまけか分からないが、使わないおまけを背負い込むと、便利なズームを使うことになり、逆に単焦点が死んでしまったりする。途中で、レンズ交換などは面倒でしないだろう。
 そう言うのをカメラのキタムラの中古陳列ケース内を見ながら、想像した。


 
posted by 川崎ゆきお at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする