2016年04月30日

日めくり

■■ 2016年04月30日 土曜日 午前7時08分
 
 今朝は昨日の朝より寒く、6度台が出ていた。10度を切ると冬だが、それを切ってきた。朝方寒いので、電気毛布のスイッチを入れた。ここ最近入れていなかったので久しぶりだ。寒いので早く目を覚めてしまった。時計を見るといつもの時間より遅いので、すぐに起きたのだが、よく見ると、一時間早い。まだ、一時間寝られる。早い目に起きたときは、目が少し痛い。まだ十分目の疲労とかが取れていないのだろう。寝過ぎても目は痛くなるが。
 それでもう一度蒲団に入ったのだが、一度起きてしまうと、これは本起きのため、寝付けなかったが、ウトウトしていた。仮起きというのがあり、これは夜中トイレに行ったり、時計を見るため、薄く目を開ける状態。すぐにまた寝ることが分かっているので、本起きではなく、仮起き。その状態なら、すぐに眠れる。
 朝は寒いがよく晴れている。自転車散歩日和だが、どうだろう。天気のいい日ほど部屋にいたい。また外に出るとしても、いつもの移動風景だ。日常範囲内で晴れて爽やかな方がよかったりする。いつもの風景が晴れているということで。
 違う町まで自転車で走ると、比較ができない。
 昨日は怪しい天気で、晴れているのだが、雲が多かった。少し荒れていて風が強い。これは風下へ走っているときはいいが、帰りは風上に向かうことになり、しんどい。さらに逆風で坂道となると、厳しい。当然その逆があり、風下へ向かう坂道だと、もうペダルはいらない。
 さらにその上を行くのは坂道でも風でもなく暑さだ。炎天下が一番厳しい。そのため、夏は自転車移動が一番厳しい。日陰の道しか走れない。
 結局昨日は祭日で、連休が始まっていた。しかし今朝の喫茶店は平日と同じ。すいている。
 祭日か平日かを見るにはNHKの一週間天気予報を見るのがいい。これが一種のカレンダーで、しかも和製なので祭日などが書かれている。休みの日は赤く。
 パソコンのカレンダーはただの日本語表示板なので、日本の事情などは反映していない。祭日や祝日が、この天気予報ですぐに分かる。天気を見るのは出掛けるときに役立つ。特に休みの日の天気が。そのため、分かりやすくするため、祭日と関連付けている。
 昔の日めくりは、ゴチャゴチャと色々言葉が書かれていた。
赤口とはなんだろうと思ったものだ。「あかぐち」でも「せきぐち」でもなく「しゃっこう」と読むらしい。凶のこと。
 確かに赤い口が開いているのは怖そうだ。こういうのは正月、初詣に行くと、一冊分になって売っている。しかし、これをデジタル化して、デジタル日めくりアプリなどがありそうだ。スマホなら丁度日めくりの紙の大きさなので、見やすいかもしれない。しかし、あまり用はないようだが。
 さらに大きい目の日めくりになると、もっと色々詳細が書かれている。よい方角なども。さらにスペースが余るのか金言も入る。
 もし子供の頃から、そういうのを日替わりで毎日見ていると、覚えてしまうだろう。毎日変化しているのだが。ただめくらないといけないが。
 つまり、日にちを知るため、曜日を知るためだけではない情報が日めくりにはあった。要するに暦機能だ。これはカレンダーとは言えず、日めくり。日にめくるものは他にないためだろうか。日めくりと言えば、あの日めくりになる。
 目が悪い年寄りがいる家では、特大の日めくりがあった。一週間単位、一ヶ月単位ではなく、一日単位。今日のことだけでいいのだろう。しかし、先のことは、めくれば分かる。そのときの分厚さで、何日後かのかが何となく分かったりする。そして、過去は破り捨てられる。残さない。捨てるのだ。今日だけ。
 そして、この日めくり、いいことも悪いことも、昨日のことは破り捨てる。表ではなく、カード式。これは意見の分かれるところだろう。予定の少ない人は、カード式でいい。まあ、昔の人は、覚えており、スケジュール帳などいらない。記憶できるほど用事が少なかったのだろう。
 また、蔵書など一冊もない人がおり、全部暗記していたとか。それは嘘だろうと思うが、読むべき本が少なく、しかもその本のページ数は、昔は薄かっただろう。落語家が暗記しているようなものだ。本でいえば数十冊分覚えている。
 また、一本の映画分の台本を全部頭に入れてしまう俳優もいる。逆にシナリオを書いた人は空では言えない。監督も。俳優の方が全部入っているのだ。当然他人のセリフも。だから、本一冊分、暗記しているというのは嘘ではないかもしれない。まさにハードデスクだ。
 
 昨日は久しぶりに富士の15000円のネオ一眼を鞄に入れていた。これは年寄りカメラとして何度も触れたカメラだ。不思議とこのカメラだと、普段写さないようなものが写せる。少し凝った写真とか、変わった被写体とかを狙わないで、目の前にあるものを適当に写せる良さがある。これはどういう心理でそうなるのかは分からない。きっと高級カメラではないためだろう。
 そのあとに買った、これにファインダーが付くタイプはスカだった。安い方が写りが良いという皮肉な結果になった。といっても凄い写りをするわけではなく、普通に写っている。ファインダーが付き、本格的に写せるネオ一眼カメラの方は、普通に写るはずのものが写っていなかったりする。特に望遠側が。それで使えない。
 同じ富士の低価格カメラなのに、どうしてそれだけの差が出るのか、これはやはり作っている工場が違うのだろう。
 スペック的に分かっている違いは、受光素子のタイプが違う、大きさではなく。安い方はCCDだ。これが効いているのかもしれない。どちらもネオ一眼なので、超望遠がある。そこでも安い方が何とか普通に写っている。決して鮮明ではないが。
 写り以外に、丁度いい大きさと重さがある。ポケットに入らないが。自転車に乗りながら、カメラを突き出しやすい。グリップが効いている。
 そして、意外とこのカメラ、堂々と出して写せる。ボディーが白いためかもしれない。白物家電だ。年寄りが安いカメラを買って、写真趣味でも始めたようなスタイルになる。よく写し方を知らないで写しているような感じがいい。それでこのカメラ、取り出して構えていても、あまり目立たない。ファインダーがないので、手かざしで、しかも片手撮影が多い。全て右手だけで操作出来るためだ。電源オンオフもズームもシャッターも。
 この気楽さで、しっかりと撮すタイルではなく、押っ取り刀で写した写真が、意外と憩えたりする。
 どのように写したのかではなく、何を見たかだろう。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 09:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月29日

ゴールデンウイーク

■■ 2016年04月29日 金曜日 午前7時28分
 
 今朝は寒い。11度ほど。17度ほどあった朝もあったのだから、これは寒い。10度を切ると、冬だ。それに近い。北の方では雪とか。天気予報で見る久しぶりの雪マーク。季節は行きつ戻りつというか、これは大昔からそれを見ていた人が多いため、同じことを思っていたのだろう。ただし四季のはっきりとした地域だが。
 南国土佐という言葉がある。これは方角なのか、それとも常夏の国の意味なのか。四国の高知県のことだが。北国(ほっこく)は畿内から見れば、北陸方面。北国(きたぐに)になると東北方面だ。昔は日本海側の方が表航路だったのだろう。
 今朝は雨は降っていないが、すっきりとは晴れておらず、風も強い。これは北風。ゴールデンウイーク頃の気候ではない。真冬の服装で、ゴールデンウイークはないだろう。しかし、寒い年もあったように記憶している。中綿入りを着て、出掛けた。逆に夏のように暑い年も。
 今朝の喫茶店は混んでいる。まず入るとき、車の数が多いので、いつもと違うのが分かるが、これは少し遅い目に来たので、そんなものだと思っていたが、三人客などがいる。大概は一人客だ。いつも四人掛けの席で座っている人がカウンター側にいた。座れなかったのだろう。
 これはもしかすると祭日かもしれない。その伏線はあった。喫茶店までの道で、お父さんの自転車の後ろを付いていく子供自転車がいる。少女が乗っている。お父さんは始終後ろを見ながら、走っている。これが伏線だ。平日の朝、こんな風景は希。小学校があるはずだ。だから休みなのだ。これだけでは学校が休みなのかと思う程度で、またはもしかして今日は土曜日かもと。
 喫茶店の客が多いのも、遅い目に来たためだと、まだ思っていたが、客層が平日とは違う。これで、今日は祭日だ思った。これはまだ確認していない。日の丸でも立っていれば、すぐに分かるのだが。これを昔、旗日と言っていた。
 ということは、ゴールデンウイークが始まったのだろうか。

 昨日は珍しいカメラを見た。これは道でばったり出会った旧友がぶら下げていた。また、カメラを買ったらしい。
 そのカメラ、リコーの高級コンパクト風に見えたが、違っていた。確かにリコーはリコーだが、リコーの定番デジカメではなく、レンズが交換できるタイプ。そのレンズの中に受光素子が入っている。そのため、レンズの方が高いとか。そのため、レンズにより、受光素子も大きなものがある。だから、高倍率ズームだと、受光素子も小さい目。レンズだけのカメラもあるので、それができるのだろう。しかし、どう見てもレンズ交換式。ただ見た感じはコンパクトカメラ。かなり小さい。
 これはもう売られていないだろう。だから幻のレンズ交換式コンパクトカメラシステムになる。旧友はそれを中古で買ったらしい。レンズは非常に小さく、短い。飛び出しがあまりないので、これは広角を付けているのだろう。いつも28ミリの広角のついたカメラを持ち歩いているので。
 さて、そのカメラ、もしかして、と頭をよぎった。それは、近所のカメラのキタムラで並んでいたからだ。それは誕生日の日に、パナソニックのLXを買ったときだ。その横にあったのだ。値段は少しだけ高かった。1万円台と2万円台の差。そのときは、リコーの定番高級コンパクトの型落ちがあると思っていただけで、詳しい型番までは確認しなかった。あのカメラと旧友のカメラが似ていた。その後、キタムラへは行っていないので、未確認だが。先を越されたと言うほど、マークしていたカメラではないし、28ミリ単焦点タイプは、それこそフナ釣り撮影のように、この画角だけで、全てのものを写すとなると、かなり厳しい。それが買えるのは旧友は常に28ミリばかりを使っているためだろう。
 さて、旧友が付けていた小さなレンズ、これは28ミリとは限らない。何種類カレンズが出ていたので、ズームではないことだけは確かだが。少しだけ触らせてもらったが、重さを確認した程度だった。
 この旧友、前回はシグマの28ミリ付き単焦点デジカメを持っていた。これは初代なので古すぎたのかもしれない。また、修理に出したこともあるらしい。また故障して、使えなくなったのかもしれない。
 28ミリ単焦点がいいのなら、富士から出ている。しかし、予算が1か2万が限界なら、まったく手が届かないだろう。だから、10年ほど寝かせて中古でゴミ扱いになったときに拾う。そこまで生きていればの話だが。
 その日、ポケットにパナソニックの高級コンパクトを入れておれば、見せることができたが、別のカメラだった。同じキタムラで、横に並んでいたカメラだと気付くはずだ。キタムラの中古カメラは足が速い。特に安くなったコンパクト系は。今後は、その足が、この旧友の仕業であることを疑うべきだろう。
 ただ、パナソニックの高級コンパクトは気に入っているので、今のところ、見に行くだけの食欲はない。


  
posted by 川崎ゆきお at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

信長の野望・創造

■■ 2016年04月28日 木曜日 午前7時28分
 
 今朝は雨。気温は高い目。最近雨が多い。しかし、雨が続いているわけではなく、日替わりだ。そのため、明日は晴れるだろう。これは気圧の動きが速く、低気圧も高気圧も、居座ることなく、流れ去るためだろう。
 月日が流れると言うが、川の流れなどを見て、時の移り変わり、時代の移り変わりをたとえたのだろうか。風の流れは雲の流れで分かる。しかし、川などあまり普段から見ないような風土の民は、別の比喩をするのだろうか。星の流れとか。
 月日が流れ、などは多国語でどう言うかだ。また、流れ者や流浪の人達。定住しない遊牧人。この民達自身が流れているのだから、別の言い方になるかもしれない。
 渡り鳥などは季節の移り変わりを感じると言うより、好きな季節、都合の良い気温の場所へ移動し続ける。
 梅などが咲き、桜がそろそろという時期、よく見かけた目白などは、最近さっぱり見ない。あれは花を追いかけて北へ向かったのだろうか。しかし、梅や桜が主食ではないだろうから、おやつかもしれない。渡り鳥や、流れ者、などは定住民から見た言葉だろう。
 比喩というのは何かの感情がそこにあり、それを引き出すのは楽しいのだが、現実とはまた違うのかもしれない。今の感覚では分からない感情もあるので。
 今朝はそれで雨だが、朝に行く喫茶店が近くなったので、楽だ。しかし、出るとき、小降りになっていたので、さらに助かる。
 昨日は朝の喫茶店で、この日誌を書いているとき、バッテリーが切れた。充電するのを忘れていたためだ。結構長持ちするので、よく忘れる。
 長持ちしないバッテリーなら、毎日充電するので、それが癖になり、逆にバッテリー切れにならなかったりする。
 
 ゲーム、信長の野望は、何とか癖を覚えた。今回のはかなり手強い。このゲームにはシナリオというか、設定が複数あり、それは時代区分だ。信長の誕生というシナリオがあり、これが一番古い。関ヶ原スタートもあり、また、大河ドラマの影響からか大坂の陣が加わっている。
 まあ、信長の野望なので、関ヶ原では信長は出てこない。
 一番信長らしく、そして戦国時代として分かりやすいのが桶狭間スタートだ。信長、秀吉、家康、それらが活躍する。まあ、有名な太閤記の筋と同じ。所謂元亀天正時代、安土桃山時代。
 桶狭間当時、ゲームでは結構信長の城が多い。この城というのはあくまでもゲーム上のもので、城が多いと出陣部隊も多くなる。
 信長でプレイすると、桶狭間の戦いは起こらない。プレイヤーが起こさないと。しかし、それは逆に攻めていくことになり、動員兵力の違いから、これは長い戦いになる。そして、今川が攻めてくるのは、もう少し先だ。これが別のゲーム、ライバルだった天下統一のゲームでは、頻繁に織田の城を今川は攻めてくる。これで城の規模が減ると落とされる。
 信長以外の大名や武将でやると、桶狭間は実現され、今川義元は消えるが、跡取りが跡を継ぐので、領地は同じだ。ただし、家康が独立する。そして、今川は武田にやられる。
 信長の武将でスタートすると、織田は今川に占領される。そうならないように、プレイヤーの武将を強くして、信長を助けないといけない。呑気に箱庭のような領地で遊んでいると、いつの間にか今川に全部取られ、今川家に仕えることになる。そして、信長も今川家の武将として生き返るが。そうなると、同僚になる。
 信長以外の大名でやると、桶狭間が起こり、今川は衰退する。東からの脅威がなくなり、美濃の斉藤を滅ぼしたところで、二カ国の太守になる。その動員兵力は大きい。さらに近江の浅井と同盟、また京都の足利は健在で、それなりに並の大名レベル。だから四カ国で同盟しているようなものだ。これは強い。
 それだけの勢力を持っているのは、毛利と武田、北条程度。上杉は遠いので、あまり関わらない。九周半国は薩摩が取ってしまう。大友は崩れる。
 信長が美濃を取ったあたりで、信長を叩かないと、小さな大名は生き残れない。だから、桶狭間スタートでは、拡張していく織田軍団とどう戦うかになる。これを防ぐには、武田信玄でやるのが良いかもしれない。動員兵力と、兵の強さがあり、美濃あたりに攻め込み、西へ延びる織田領を削り取る作戦だ。
 しかし、小国スタートは厳しい。例えば和歌山の雑賀。これは鈴木家、城は一つしかない。桶狭間時代は三好家の勢力が大きく、四国から畿内に及んでいる。大勢力だ。雑賀の鈴木家は、この大勢力が当面の敵だが、実際の敵は織田軍団。それが畿内に伸びたとき、お隣の強敵三好家が盾になる。だから、あまり三好家を衰退させると、織田軍団に負けてしまう。
 シナリオでは三好家の松永弾正が足利義輝を襲い、足利を壊滅させる。そのため楽なる。
 しかし、鈴木家が領地を広げるため、紀州の海辺から奈良に入り、筒井の城を落としに行くのだが、すぐそこに松永弾正の城がある。ここと接触し、松永との戦いになる。そうなると、歴史が変わる。足利義輝が生き残るためだ。そのまま松永を泳がしておくと、義輝から義昭になる。これと手を結び、織田軍団と対抗するのが松永弾正の策。要するに信長包囲網。反織田で、織田軍団を止めるための戦いになる。そうしないと、ゲーム的に面白くない。織田の一人勝ちになる。なぜなら城数が多く、動員兵力が豊かだと、なんでもできてしまうためだ。
 ゲームとリアルとは違うのは、合戦だけで天下は決まらないことだ。
 
  
posted by 川崎ゆきお at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

自転車散歩

■■ 2016年04月27日 水曜日 午前7時12分
 
 今朝は暖かく大阪の気温は18度もある。雨が降りそうで、そのためだろうか。昼間の最高気温は、昨日は27度と予測されていたが、これも大阪市内だろうか。確かに暖かかったが、気温までは見ていない。かなり暑いとか、かなり寒いとかでないと、寒暖計は見ない。見ても部屋の寒暖計は室内なので、目安になる程度。また道路沿いにデジタル気温系があったりする。看板だ。これは分かりやすい。
 車にも温度と湿度と気圧が出るのを付けている人もいるのだろうか。気圧計はモロに今の天気が分かったりする。見なくても外を見れば分かるのだが。低気圧だと雨という単純なものだ。山の上ほど気圧が低い。しかし平地でもそれに近いほど差がある。所謂低気圧。これは体調が変わるほど、鬱陶しいものだ。だから運転中、この低気圧にも用心が必要らしい。と五木寛之が何かの本で書いていた。台風が来る前とか、低気圧が来ているとき、身体に来るのだろう。
 昨日は晴れて暖かいのが分かっていたので、自転車散歩に出掛ける。夕方前の喫茶店に入る前に行った。
 喫茶店を出てから寄り道するのではなく、散歩が先。
 少しだけ遠い目を走ろうと、一気に一直線で、真っ直ぐな道を東へ進んだ。この飛び出し量が多いほど、違った風景になりやすく、またその戻り道の枝分かれも豊富になる。真っ直ぐな道は大きな川の土手にぶつかりそうなので、そこで曲がり込む。川を渡ってもいいのだが、それでは少しだけ遠いところではなく、普通に遠いところになる。戻るのが面倒になる。枝道の選択肢が増えすぎ、逆に荒っぽい探索になる。所謂距離を稼ぐだけの散歩に。
 しかし、飛び出し量が少なかったためか、以前にも周遊した場所を、少し道を変えて走っている程度のものになったが、あの町とこの町が、こんなところで繋がっているのかと、その発見の方が楽しい。見たことがある風景が、前面に現れるのだが、入り方が違うと、予測できない。ここに出るのか、という感じだ。
 ただしそれは大きな道路、これは昔からある道ではないので、町の縄張りとは違う切り方をしている。つまり直線が多い。そのため、その大きな道で切断された枝が口を出している。そういう道ではなく、昔からあったような道だと、町と町とを曲がりくねりながらも続いている。昔なら村と村だ。
 村といっても何処が村の中心かが分かりにくいが、神社が分かりやすい。神木などの大木があるので、遠くからでも見える。
 鎮守の森の高い木は灯台なのだ。これは平地での話だが。
 江戸川乱歩の白昼夢に出てきそうな商店街がある。商店通りだろう。アーケードのないタイプだ。逆光で道路が白くなると、そのイメージになる。クルマはあまり通らず、買い物客の人がぽつんぽつんと歩いていたり、自転車に乗っている。
 商店街と言うより、店屋が少しある程度の道だ。時代的には徒歩か自転車。車のことは考えていないので、幹線道路沿いの店舗ではない。だから年寄りが道の真ん中を歩いている。店屋はぽつんぽつんとある程度なので、商店街としての名はない。
 商店街の先に何があるのかと、丁度帰り道の方角なので進むと、JR塚口駅。森永の大きな工場敷地を潰して、ニュータウンができるようだ。といっても工場跡のマンションを建てているだけだ。1200戸となっている。人口が2千から3千、増えるかもしれないというより、大きい目の村ができるようなものだ。
 ただし、地元の人、近くの人からすれば、JR塚口など、何もないところだ。だから森永の大きな工場や、三菱の大きな工場があった。大工場の近くには関連する工場が多い。つまり大工場を含む町工場地帯なのだ。買い物などは少し歩かないといけないが、阪急塚口があるが、ここのダイエーは崩壊し、駅前開発は閑古鳥の巣となった。逆に開発していない反対側の改札の方が賑わっている。
 だから、地元の人は、地の利を知っている。森永の工場跡か、と言う意味で。
 車時代だが、超高層巨大マンション、車庫の問題がある。
 その駅だが、阪急と交差している。立体交差だ。そのため、阪急を越えるための間道があり、その道は余地で、実際には道ではない。隙間だ。自転車はすれ違えない。一方が待たないと。しかし、この通路、ものすごく人が通っている。その向こうには三菱の大工場がある。そこの人がJRで帰るためだろうか。また、普通の人も通っている。ここは開発できないのだろうが、一番人気だ。
 自転車や歩行者は、意外と大きな道を通らないで、こういった抜け道を通る。これは車や信号を嫌がるためだろう。
 その日も、そこを抜け、夕方前に入る喫茶店へと向かった。
 
posted by 川崎ゆきお at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

今川義元

■■ 2016年04月26日 火曜日 午前7時09分
 
 今朝は15度あるので、暖かい。昼間の予想最高気温が27度となっている。これは大阪市内だ。夏だ。この高い予測は大阪だけ特出している。その理由が分からない。
 しかし、大阪の気温は夏の初め頃、全国一になることがある。最高気温が出やすいのだ。しかし、記録的な数字ではなく、30度とか、その程度。真夏の最高気温レースでは大したことはない。初夏に一位を取ることが多い。大阪市ではなく、枚方市や豊中市だ。だから、大阪だけ27度と予測されるのは、異常なことではなく、過去にもあるから、納得できる。
 今朝は晴れているが、明日は雨のようで、この晴れも一日で終わるようだ。
 さすがに電気毛布は付けていないが、ホームゴタツはまだ昼間でも付けている。外よりも屋内のほうが寒いのだ。これは日陰が涼しいのと同じだろう。
 そして、朝はまだ真冬のダウンジャケット。特に暑くも寒くもない。
 この季節になると、裏地がボアとか、毛羽だったものは、さすがに着られない。どう見ても暑苦しく感じられるだろう。本人はそれで丁度でも、見た目暑苦しい。27度まで上がらないまでも20度越えをしていると、陽射しのあるところでは、さすがにこれは暑い。冬の初め頃ならいいのだが、春になると、毛羽だったものは避けてしまう。その点、中綿入りなら、何とかなる。
 真冬向けだが、安っぽい中綿ジャケットがあり、貧弱なのだが、今なら丁度いい。そして、ここ数日は中に着込むセーターは抜いている。いつに間にか暖かくなり始めているためだろう。急いで薄着するより、やや遅れ気味に軽装になる方がよい。これでは暑苦しいと思う状態まで、待つ。
 
 信長の野望をやっているが、少し勝手が違う。ゲーム的な裏技があまり使えない。システムが違うのか、AIが違うのか、付け込む隙が見付からない。
 このゲームはターン性で、ワンターンで一ヶ月ほどだろうか。12回ターをすると、一年になる。時代は戦国時代。大きな戦いやその波紋は数年で決まってしまったりする。
 このゲーム、キャラクタを選ぶことになるのだが、実際にはどの国から始めるかだ。最初から大きな大名から始めると楽かもしれないが、大きいだけに、敵国との境界線が多くなり、複数の敵国と接することになるので、その守備も考えないといけない。しかし、攻め込まれても、城数が多いので、援軍を出せば何とかなる。城は簡単には落ちない。
 そのターンを繰り返していると、数年間、誰も何も仕掛けていなかったりする。つまり、ユーザーが仕掛けないと、戦いはそれほど頻繁には起こらない。起こるときは小競り合いではなく、一気に攻め入るようだ。だから、小競り合いのようなものはなく、あるとすれば、ユーザーが仕掛けた戦いだろう。これは一寸出陣し、様子を見るとかだ。
 それで様子見の戦を仕掛けたのだが、敵の援軍が凄い。城を囲んでも、援軍が来るので、帰還しないと、やられる。
 そうやって何度も攻撃することで、敵兵が少なくなり、城の防御も落ちるはずなのだが、回復力が早い。こちらも消耗するので、次の月は出陣できない。そして、年月と共に動員兵力はどの国も多くなる。
 要するに、どの勢力も、睨み合ったまま、動けない。動けるとすれば、敵勢力が別の勢力と戦い、消耗して、兵力も落ちたとき、そこに割り込むことだが、どの勢力も、睨み合ったまま、滅多に出陣しない。だから、割り込めない。
 さて、桶狭間スタートの織田家の家臣でスタートしたのだが、織田家は滅亡した。今川が取った。
 ゲームでの織田家は、今川と接しているのだが、今川方面は出ていかず、本願寺の城がポツンとある長島を落とす。これは兵も少ないし、時間を掛ければ落ちる。ただ、城は強固で、消耗は激しいが。そして、大垣城から、琵琶湖畔の近江へ出ようとしていたようだ。しかし、それをすると上にいる美濃の斉藤が出てくるのか、睨み合ったまま。
 美濃の斉藤は武田とやり合い、今川は武田を援護し、援軍を送り、斉藤を消耗させる。しかし、この程度では美濃は無事。
 そして、今川が斉藤ではなく、尾張の織田家に入ってきた。あっという間に織田の城の一つが落ちるが、織田は動かない。沈黙したままになるが、どうやらそういうのを無視して近江に出たいようだ。浅井を味方に付けたので、六角を落とすつもりなのだ。そのあたり安土城があった場所だ。
 しかしあっという間に今川は織田と斉藤を同時に攻め落とし、織田家は滅亡。斉藤家はまだ残っているが、城は山奥にあるだけ。
 今川が強いのは大軍を持っていることもあるが、家康だ。当時はまだ松平。この家臣団が強い。しかし、今川の家来で、独立していない。桶狭間スタートのシナリオだが、桶狭間はなく、今川義元は生きている。そして東海の三国からなる大軍に加え、尾張、美濃まで取ったので、これは信長より有利な位置にいる。
 つまり武田は今川と仲がいい。だから武田の脅威はない。だから、このまま行くと、今川幕府ができる。
 しかし、今川は元々足利の家来筋だ。今川や吉良は。だから、京都の足利義輝は主筋のようなものなので、足利幕府再建をやっていたかもしれない。
 義輝に力がないのなら、それを補佐する。執政。足利で言えば細川だ。また頼朝を補佐した北条家になれる。執権様だ。
 結局こちらがやっていた信長の家来である丹羽長秀だが、織田家の用事をこなしていたので、出世し、足軽頭から城代、そして城主になれた。それで一城の主になったのだが、家臣が一人もいない。探せば浪人がいるので、それを雇えばいいのだが。城主一人では用事ができない。兵はいても、家臣がいないと、できない内政がある。
 このとき、既に織田家は二つの城を今川に取られていたので、それを奪い返す主命が出ていた。それを実行する前に、一気に押しつぶされ、その勢いのまま、斉藤も壊滅状態になっている。長く沈黙していて、動きがないと思っていたのだが、動けば一気だ。
 それで丹羽長秀は信長の兵が殆どなくなり、城も二つになったとき、今川からの誘いで、今川家に入ることにした。織田家にいたのでは、討ち死にし、ゲームオーバー。降参すれば、召し抱えてもらえるので、何とかなるが。
 その前に、やっと自分の城になった犬山城が落とされる。
 では、何処へ行くのか。それは箱庭のようにして育てていた村里がある。そこは無事なのだ。城持ちのときは5千の兵を動員できたのだが、村に戻ったのでまた五百人程度。この状態で、今川に仕えることになる。色々な命令をこなしていけば、すぐにまた城代になれ、すぐにまた城主になれる。城主の次は何か分からないが、軍団長だ。複数の城を任せてもらえ、敵の城を勝手に落としにいける。取り放題になる。軍団長能代は、預かったものではなく、自分の領地になる。この軍団長は一寸した大名規模を越えるだろう。だから、ここで独立するのだろうか。
 つまり、このゲーム、大名ではなく、武将でスタートすると、流浪の人生になる。大名家は亡びるが、武将は位は落ちるが、他の大名家を渡り歩ける。そして、ベースになる村は健在で、引っ越しても村人も付いてきてくれるようだ。ここは武将の私的な土地で、ここで田畑を作り、商人町なども作れる。城主だった頃の収入とは別に、ベースの収入源があるのだ。戦のとき、500兵ほど動員できる規模の。
 その小さな村も、開墾したりできるスペースがあり、拡張していける。
 しかし、信長の野望の花は、やはり敵国攻略で、領土を増やし、天下統一だ。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

信長の野望

■■ 2016年04月25日 月曜日 午前7時11分
 
 今朝は少し寒いようだ。10度は切っていないが、ひんやり度はそれなりにある。晴れているので、昼間は暖かいだろうが、問題は朝だ。そのため、まだ真冬の上着はそのまま。バイクに乗っている人を見ると、真冬だ。朝はやはり寒いのだ。
 昼間はようやく薄くてぺらぺらのジャケットを着ていた。これは綿だが、目が細かい。裏地はなく、化繊の一枚物のように見えたりする。脇にポケットにあるカッターシャツのようなものだ。だからカッターシャツを二枚着ているようなもの。
 この上着、雨が降ると、一気に浸みる。だから晴れているときに着る、晴れ着だろう。晴れ着の反対が雨着だったりする。
 夕方前に入る喫茶店が工事中で一週間ほど困っていたのだが、昨日は開いていた。外から客がいるのが見えたためだ。
 店に入ると、何も変わっていない。一週間も掛けて、何を工事し、何を変えたのだろう。ただ、照明が明るくなっている。これもいつもは全部付けていないためだ。その他の違いはよく見ないと分からないだろう。床を変えたとか、シートを貼り替えたとか。
 喫煙室は無事で、こちらの方が席が多いのもよい。この店は持ち帰りが多いのかもしれない。ここはモスなので、コーヒー代は安い。そして、満員になることが少なく、誰もいない時間帯も多い。
 暖かくなってきたので、自転車散歩もしやすくなったのだが、天気が悪い日が多い。喫茶店からの戻りに道の大回り散歩も、道を変えているはずなのに、同じ道に出てしまう。変化を持たせようと、別の枝道に入るのだが、またいつもの道と合流したりする。あとはその流れに乗ると、決まったコースを走ることになる。枝道に入るときは、その先に伸びがあることを期待してだ。違った風景が出てくると。しかし、その先に何があるのかはおおよそ分かっている。行き止まりになるとか、大きな道路に出てしまうとか。だから先が分かる枝道は避けたりする。それで、コースが決まってしまう。
 しかし、町の内奥があり、中の奥がある。これは地形で決まることが多い。山があるわけではないが、川がある。川と言っても小さなドブだ。これが地形を固定化させている。ここは動かせないのだろう。小さな川と言うより、ドブのようなものなので、橋が架かっているわけではない。普通の道だ。ドブなので、蓋をして道路にしていることもある。しかし、このドブの上には家は立てられない。こういうドブは、結構長く続いており、その先が分からないほどだ。ただ、ドブ沿いやドブの上に道がないと辿ることはできないが。
 元々道などなかった場所でも、小さな川はある。大概はその川沿いに道がある。だが、家の谷間に入ったとき、消えてしまうが。
 
 昨日買った信長の野望最新作だが、いつものパターンなのだが、結構時間がかかりそうだ。大名でのプレイでは、スタート時点で、すぐに隣国の城を攻撃するのがよい。箱庭などしないで。これは近くの城で、兵が少ない城がよい。信長でプレイするのなら今川や斉藤ではなく、長島にある本願寺の城が良い。ここポツンとあるためだ。本願寺の主力は大阪と北陸にいる。助けに来れない。
 長島を抜けば伊勢志摩方面へ向かう。畠山家だ。ここはそれほど大きな勢力ではない。それに他勢力は近隣にはいない。
 斉藤と戦うと、近江の浅井や六角などを巻き込んでしまうので、斉藤相手だけではすまない。また美濃の斉藤を追い込むと、武田と隣接しているため、ここから兵が来る。兵を出すと、周辺の勢力を巻き込んでしまう。
 今川はすぐには桶狭間までは来ない。それに史実とは違い、動員兵力の違いで、飲み込まれてしまう。今川は触らない方がいい。それよりも、伊勢志摩を取って、国を大きくした方がいい。動員兵力や武将が増えてからでないと、今川や斉藤とはまともに戦えない。
 しかし、そこはゲームで、斉藤が浅井や今川、などと戦うことがあり、そのとき、斉藤の兵はかなり少なくなる。そこを狙って一気に斉藤攻めもできる。
 これはゲーム中に、隣接する勢力の合戦が見られるため、今、どの勢力が消耗して弱っているかが分かる。
 このゲーム、立ち上がり、必ず攻略できそうな城がある。それを先ず取ることだ。しかし取り返しに来られることもあるが、守り切れば良い。それに武将を多く家来にできるので、人材が増える。
 これは大名プレイで、武将プレイでは、ただの家来なので、隣国を切り取りに行くには、軍団長まで出世しないとだめだ。最初は郡奉行。これは足軽頭より低い身分で、殆ど村長さんだ。
 例えば信長の家来として始めた場合、信長は強いが、織田家は弱い。尾張そのものが位置的に弱いので、今川と斉藤に攻められて、それで織田家は滅亡しやすい。実際に信長の家来でやったのだが、斉藤と今川の両方を敵にして奮戦し、城が減っていった。一家来で500ほどの兵しかないのだから、主家を守れない。
 まあ、織田家滅亡前に、今川か斉藤から密使が来て、寝返るように進めてくる。そのとき、城や領地を用意してくれる。身分がまだ低いときは、小さな村程度の領地を。それで、生き延びることができる。
 織田家が苦戦しているのに、箱庭のような小さな領土を開墾したり、茶室を建てたり、製材所を作ったりと、地味なことをやっている。昨日選んだキャラは丹羽長秀。柴田勝家と並ぶ重鎮だが、あまりパッとしない。この人は武勇も知略も、あまりない。しかし、信長の死後、その後継争いで、鍵を握っていたのが、この丹羽長秀だ。中間派だ。
 天下が乱れ、天下取りで忙しいゲーム世界だが、この丹羽長秀の丹羽と、庭が重なり、箱庭と重なり、動乱とかは関係なく、小さな領土で、箱庭ゲームを一人でやるのも悪くはない。決して亡びない。主君は変わるが。そして、天下に何の影響も与えない。戦のときは金魚の糞だ。参加しているだけでも、褒美がもらえる。
 その領土だが、これはリアルに再現される。まずは水田を作り、農村風景にし、石高を上げる。米は兵糧として売ることができ。結構儲かる。そういう内政で遊んでいるとき、主君から出陣命令が来る。それは付き合い程度で、一寸出ていけばいい。討ち死にするようなことは滅多にない。兵がゼロ近くになれば、組織的動きができなくなるため、退却となる。ただ、うまく退却しないと、追い打ちを食らう。味方の誰かが戦っているうちに、逃げるのが良い。これでも褒美がもらえ、その褒美が溜まると、地位も上がる。
 丹羽長秀は秀吉に天下を取らせたことになる。しかし、偶然織田家にいたからで、何処にでもいそうな平凡な武将だったのかもしれない。
 地元伊丹の荒木村重から始めることもできる。これは信長の家来時代ではなく、その前の時代だが、最初から、伊丹の有岡城の城主になっている。このゲーム、シナリオがあり、一番楽しめるのが桶狭間スタートだ。信長の家来になった村重から始めるのなら信長包囲網時代からだろうか。
 その伊丹にある有岡城下を覗いてみると、確かに地形は正しい。三好家の家来なので、敵対する仮想敵は本願寺。これは大阪だ。しかし、本願寺は強いので、伊丹から出兵しても、勝てないだろう。三好家なので、当時は松永弾正もいる。これは同僚ということになる。どちらも謀反を起こすが、松永弾正は許される。信長にとり、まだ使える人物のためだろうか。
 荒木村重スタートで、その箱庭政策は、能や演舞場や寺社の建築ばかりやるのもいい。
 また、足利義昭スタートでもいい。足利義輝ではなく。

posted by 川崎ゆきお at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

信長の野望

■■ 2016年04月24日 日曜日 午前7時09分
 
 今朝は15度を切っているのでそれほど寒くはない。天気はよく分からない天気で、予報では晴れるようだが、すぐまた雨になりそうだ。天気が変わりやすいと言うことだ。それで相変わらず真冬の上着を着て朝の喫茶店へ行っている。
 四月からいつもの喫茶店が遅く開くようになたので、倍ほど高いコメダへ来ているのだが、コーヒーが美味しい。アイスでもホットでも。これはコーヒーなのだが、別の飲み物のように思えたりする。当然いつも行っているファストフード系の喫茶店のコーヒーとは、別の飲み物だ。
 要するにいつもは茶色く甘い水か湯だ。喉を潤すため、一寸水分を入れた方がいい程度の。しかしコメダのコーヒーはそれ自身を飲みたいと思うほど、美味しい。一気に飲んでしまうのはもったいないほど。
 ファスト系では全部飲まないで、残すことが多い。ほんの一口か二口でよかったりする。コーヒーを飲みに来たのではないような。ハンバーガー屋なら、ハンバーガーがメインで、それだけでは喉が詰まるので、コーヒーを添える。これは味噌汁でもよかったりするし、当然水でも良い。まあ、水が一番よかったりする。しかし、お冷やはメニューにはない。無料だ。
 つまり、コメダのコーヒーは、液体のお菓子だ。高いだけはある。その近所、このあたりの個人喫茶店のコーヒーの相場より20円ほど高い。その分、店員が多いので、注文をすぐに聞きに来るし、レジで待たされることもない。
 
 昨日はゲーム作成の話をしていたためか、信長の野望をやりたくなった。さすがに御時世で、1万円を超えていたこのゲームも、一万円を切っていた。それでも、まだこの時代、高いだろう。しかし国産で何十年も生き残っているのだから、凄い話だ。結局信長か、三国志程度になっているが。
 信長の野望をやり出したのは、ある雑誌でビジネスマンがやるゲームについて何か書いてくれといわれたときだ。まあ、適当に書けばよかったのだが、そのパッケージを買った。当時、ライバルは天下統一というゲームで、このメーカーも生きている。
 サラリーマンがやるゲーム、これは平社員が管理職ごっこをやるようなもので、それが受けたのだろうというのが、その出版社の意見だ。どう受けたのかは、実際にゲームをしてみないと分からない。
 その後、何タイトルか、新しいバージョンをやっていた。友人に見せると、気に入り、すぐに買って、一日中やっていた。
 その後、信長を作っている会社のイラストレーター、これは社員だ。とネット上で知り合ったりする。その頃も、たまにやっていた。
 今回はブランクがあり、最新作はどうなっているのかはまったく分からない。おそらくグラフィック性ばかりが上がり、ゲームの楽しさが減っているのではないかと心配していた。
 この信長の野望、近所の上新でも売ってそうだが、すぐにやりたいので、ダウンロード版にする。しかし、上新にはダウンロード版がない。
 そこでアマゾンを見ると、ある。だが、これがゲームより難しい仕掛けで、クリアするのが大変だった。
 お金を払えば、すぐにダウンロードのボタンを押せば、できるものだと思っていたのだが、そうではない。アマゾンから一度離れて、そういうゲームを扱っている別サイトへ行く。そこで会員登録しないとダウンロードできない。アマゾンで買ったのはコードだ。キーだ。暗証番号だ。
 アマゾン側でも、外部のサイトへ行き、ダウンロードするところまでの主順が書かれているので、その通りにする。これがヘルプになっていた。
 まずはそのサイトの会員登録と、ダウンローダーのダウンロード。また、そのサイトのトップページには海外ゲームがずらり並んでおり、信長の野望など見当たらない。しかし、一応日本語版だろう。
 ダウンローダーをダウンロードし、そのソフトを起動させ、買ったソフトを探さないといけないのだが、新しゲームとか、そう言ったものが画面にあるとアマゾンのヘルプではあるのだが、ない。これは別起動の独立したローカル側のソフトの画面と、ウェブ上の画面とが似ているし、名前も同じなので、混乱して、探し出すのに往生した。また、会員登録したとき、その確認のメールがどうのとか、面倒なことばかり。
 迷路のようなとこを通過して、やっと信長の野望を見付けたが、NOBUNAGANOYABOUだった。
 それで、やっと信長の野望のダウンロードボタンに辿り着いた。ダウンロード後、二つも呪文があり、これも暗証キーのように、途中で要求してくるので、メモしておくようにと、解説がある。
 そして、見事に信長の野望のアイコンが、デスクトップに表示されたのだが、それをクリックすると、例のダウンローダーのようなものが起動し、そこからさらに起動させるという手間のかかる仕掛けだった。しかもそのダウンローダーのようなソフト、パソコンに常駐してしまう。複数のゲームを、ここでやる人向けだが、殆どが海外ゲームばかり。
 ただ、今は殆ど日本語化されていないが、以前は海外のRPGゲームとか、シューティングゲームとかが出ていた。国産ゲームとはスケールが違っていた。
 だから、これはアマゾンのダウンロードコーナーではなく、海外の別会社のサービスのようなものに任せていると言うことだろう。
 ただ、ネットで信長の野望と打つと、真っ先に出るサイトがある。ここでもダウンロード版があるが、いちいち会員登録して、ユーザーにならないと、いけないので、避けたのだが、アマゾンも結局同じだった。
 最近のオンラインゲームは、フェースブックやグーグルのIDで会員になれる。だから何も登録しなくても、よくなったのだが。
 さて、最新作の信長、これは今年出たばかりだ。
 全国を一枚のマップで一望できる。そんなものは昔からそうではないか、日本列島が出て、大名の勢力地が出る程度。しかし、グーグルの航空写真のように、奥がある。拡大すると戦国時代の日本列島が出てくるのだ。城があり、城下がある。家々も見える。街道も走っている。
 これは箱庭だ。箱庭ゲームだ。
 今回の目玉は、普通の武将を選択できる。大名ではなく。その武将が出世していく話になるが、最初は小さな領土を与えられ、村長規模。あるのは館程度。その周辺に田圃や商家などを立てていくのが仕事になる。だから箱庭なのだ。箱庭作りに励むことになる。合戦をしようにも、お隣の土地は、同じ家来衆の誰かのものだろう。だから、そこと戦争をして、領地を広げるというわけにはいかない。だから、殿様からの命令で、出陣要請を受け、そこで手柄を立てることで、地位が上がるのだろう。
 治水のため、溜池を作ったり、水車を作ったりする。これで兵糧が増え、兵士が増えるのだろうか。
 大名から出陣を命じられ、行くことになるが、兵は五百しかいない。それで、金魚の糞のように、他の武将の後に従う。
 これに出陣しなくてもかまわない。じっと閉じ籠もって村を大きく育てることに専念していても良いが、仕えている大名家が亡びると、呑気なことをしてられない。ただ、寝返りというか、他家からの誘いがある。転地になるが、それでも、これまで作った箱庭の村は、そのまま移植されるのか、無駄にはならない。天下統一が目的だが、五百人ほどの兵しかいない村里で暮らすのも悪くない。
 明智光秀も、本拠地だった里は五百程度の兵しかいなかった。太平記の足利尊氏も、最初は足利の庄での動員力は五百程度。そういう単位が集まって、一万二万の兵力になるだろうか。実際に言うことを聞いてくれるのは、五百程度だったりする。
 顔が分かり、名が分かるのは、その程度だろう。これは学校の先生だと、そのあたり、詳しいだろう。どれだけ生徒の顔と名前を覚えているか。
 さて、武将からではなく、大名から始めた場合は、細かいことは家臣に任せて、領地拡大、天下統一の、いつもの信長の野望になる。当然信長を選ばなくてもいい。今川義元でもいい。
 それこそが、シュミレーションゲームの醍醐味だ。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

ブラウザゲーム

■■ 2016年04月23日 土曜日 午前7時10分
 
 今朝は晴れているが、気温は昨日よりも低い。それでまだ真冬の上着を着ている。朝はまだひんやりとしているためだろう。これが朝から夕方まで出掛けているのなら、薄着になるが、朝のワンポイントで、すぐに戻ってくるので、昼間のことを考えることはない。春物はやはり20度を超えないと無理だ。最近でも20度を超えない日が結構ある。
 朝から20度あれば、春物を着られる。それはまだ先で、これは梅雨頃になっても、朝は20度を切るだろう。
 昨日は漫画作成ソフトからの流れで、ゲーム作成ソフトを調べていた。以前見に行ったのは十年ほど前だろうか。そこでダウンロードし、一作作ったことがある。そのプログラムを配布しているところは、静まっており、そのまま更新が止まっているようだ。これは十年前に見たときも、あまり動きがなかった。つまりプログラムの更新だ。これは十年も経過すると、OSのバージョンが変わり、あるところから、動かなくなるケースがある。OSだけではなく、そこに入っているプラグインのようなものも変わる。それとは関係なく、動くのもあるが、変化しやすいものを使っていないためだろうか。
 先日、再インストールしたコミPo!も、ウインドウズ10になってからインストールそのものができないようで、その更新があったので、何とかなったが、その後、このソフトも売れ行きが頭打ちになると、プログラムのバージョンアップも、やる気がなくなるだろう。しかし、出た当時、結構多くの人が買っていたり、使っていたりすると、その相手をしないといけない。サポート言うより、不都合を直したり、OS対応だ。しかし、これはもう嫌だろう。そのソフトがまだまだ売れ続けているのなら別だが。
 それで、ゲーム系ソフトも、似たようなもので、定番として生き残っているタイプもあるが、これはフリーソフトだ。市販されているアドベンチャー系ゲームも、これで作られていたりするらしい。そのビジュアル版というか、呪文を書かなくても作れるタイプがある。
 それらはいずれもウインドウズパソコン向けで、ゲームも今はアンドロイド系や、パソコン向けでもウェブ系なのだ。ウェブ系はゲーム本体をダウンロードしなくても、すぐにできる。
 当然多くの人がやっているゲームはスマホやタブレットだろうか。当然子供は専用端末を使っていたりする。ゲーム専用機だ。
 だから、そちら方面のゲーム作成ソフトも出ていた。
 どんな端末でも何とか見られるとなると、やはりウェブタイプが強い。ブラウザ系とも言う。その端末から、普通にインターネットのウェブページを見ることができれば、ゲームも動くというものだ。
 それらのブラウザゲームは、フラッシュが使われていたりする。
 しかし、注目しているのは、HTMLベースだ。これは紙芝居になってしまうが。このHTMLと電書が近い関係にある。
 このHTMLベースのゲームとしては、テキストベースのサイレントノベルがある。多少は分岐がある。ただのリンクだ。それでウロウロできる程度。
 これは何で作るのかというと、ホームページ作成ソフトだ。このソフトが、ゲーム作成ソフトになる。例えばホームページビルダーだ。これはグラフィックソフトからアニメソフト、動画ソフトまで入っている。音声作成ソフトはさすがにないが。効果音程度はある。
 しかし、このホームページ用のHTMLだが、スタイルシートなどの登場で、ワープロ感覚では作れなくなっている。色々と定義が必要なのだ。しかし、スタイルシート的なもので全体のスタイルを決めないで、部分的に使うのなら、何とかなる。
 しかし、ゲームそのものを動かしているのは、HTML上で使うジャバだったりする。これはジャバスクリプト集というのがあり、どういう動きになるかを見て、そのサンプルをコピペして貼り付ければ、作れるが、これはこれで結構不安定だったりする。
 ページ自動送り、つまり、絵を次々に変えていくとか、ウェブページそのものを自動的にジャンプさせるとかも、一行ぐらいの呪文でできる。そのジャバの代表的なのは、ホームページビルダーというソフトなら、メニュー画面に普通にあったりする。
 背景はそのままで、人物だけ変化するという仕掛けは、アドベンチャーものでは多い。これもHTMLだけで簡単に出来る。HTMLにもレイヤーのようなものがあるのだ。画面の一部だけがアニメ、というのも可能だ。アニメと言ってもギフアニメだ。窓の明かりが点いたり消えたりする程度。
 また、HTML系が最初から用意している効果アニメのようなものがある。これはブラウザに依存するが。
 ビルダーには他に、スライドショー的な動画の埋め込みとかもある。HTML系での百貨店だ。普通にテキストベースのウェブサイトを作る場合は、使う機会など一切ないようなツールだが。
 こういうHTML系ゲーム、実際には存在していないが、HTMLだけでもできると言うことだが、最近ならスマホ対応が必要だろう。どう対応するかは、簡単で、ベースの画面を小さい目に作れば良いだけ。パソコンを前提として作ったものは、画面が大きい。大きいと言うより、ベースがHTMLなので、モニター一杯の大きさでも表示できる。やたらと空白が多くなるが。
 それでスマホなどのことを考えると、昔に戻っていいのかもしれない。さらにその昔はケータイなどの小さな画面だったのだから。そしてパソコン向けでも、それほど大きな絵を貼り付けていたわけではない。
 漫画作成ソフトを弄っていると、ウェブで出すのなら、ゲーム化した方が作るのは楽しかったりする。一コマ一コマ表示させるような感じで。
 漫画の一番進んだコマ割りは、紙ベースを前提としている。見開きでコマ割りをするためだ。これはスマホでは苦しい。ケータイ時代はコマを切って、コマ単位で表示させていたように思う。だから、ここでコマ割りの妙が弱まった。しかし、見開き前提のコマ割りは、これはただのレイアウトのようなもので、本当のコマとコマとの間ではない。むしろ映画的なカット割りの方が効いたりする。要するに古典的モンタージュとか、フォトジェニック的手法だ。
 動画と違い、漫画でのウェブ表示は、一枚送りなので、立ち止まれるし、戻ることもできる。紙芝居は戻せないが、紙芝居のおじさんが演出的に戻すこともある。
 そういうのを見ていると、結構昔のアナログ的な単純な技法というのがまだ生きているような気がした。
 そんなことをしているとき、ブラウザベースのゲームをやってしまい、そちらに集中した。ブラウザゲームで信長の野望をやるようなものだった。これはフラッシュでできている。そのため、市販のパソコンゲームや、普通のオンラインゲームよりも動きが小さい。昔のファミコンだ。
 ここでも、昔に戻っている。


 
posted by 川崎ゆきお at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

マルチメディア

■■ 2016年04月22日 金曜日 午前7時26分
 
 今朝は暖かい。16度か7度ほどある。しかも晴れている。晴れた日の朝は寒いというパターンは消えたようだ。夜は曇っていたはずで、雨も降っていたかもしれないので、その影響かもしれない。朝の天気ではなく、夜、晴れていて、風が静かだと、朝は寒いとか。
 この暖かさだと春物の上着を着ても大丈夫だが、相変わらず真冬の中綿入りジャンパーを着ている。まだまだ着られるようだ。梅雨頃まで着られるかもしれない。
 さらに裏地ボアのズボンをはいている。防寒ズボンだ。これもあまり気にならない。これも普通のズボンにすると、足元がスースーするかもしれない。
 この裏地ボアズボンとそっくりなズボンがいつもの衣料品店で吊されていた。裏地を抜いたタイプだ。これは千円台だ。真冬にユニクロでネルズボンを買っており、こちらの方が履きやすいのだが、部屋着ではないかと思える。部屋で履くのはトレーナーのようなものが多い。スポーツ用の。これは汚れても良いためだ。ご飯をこぼしたりするので、部屋で寛いでいるときは、緩いズボンの方がいい。それに外で履いていたズボンのまま部屋にいると、外の埃やゴミを持ち込むようなものだ。それれに横になったりするとき、ポケットに入っている小銭が痛かったりする。
 この季節用の麻と綿のジャケットを売っていたのだが、見付からないままだ。これは特価で見たのだが、その後見かけない。今度見れば買うことにしている。一度試着したが、袖がもう少しダブッとしている方が着やすいと感じた。袖が通りにくかったのだ。これは真冬の服と違い、薄いためだろうか。中綿入りジャケットなどは最初から空洞ができているようなもので、袖を通しやすい。それに滑る素材のため。
 これは喫茶店などで脱いだり着たりするとき、引っかかる。また、下に着ているものを引き上げてしまったりする。つまり、下のカッターシャツをまくり上げたような状態になるため、巻き込まれないように先を摘まみながら着ることになる。これがダブッとしているダウンジャケット系はすんなりと着たり脱いだりできる。だから麻と綿のバサッとした生地のジャケットも良いのだが、そこが気になる。
 桜が終わると、次はゴールデンウイークだ。その期間、夏のように暑い日もあったし、ひんやりとする日もあった。桜から新緑の季節になり、青葉が映える季節だ。しかし、天気が変わりやすい。
 ここ最近も雨や曇りが多い。天気は日替わりで、目まぐるしく変わる。
 
 漫画作成ソフトのグリップススタジオだが、こういうのを弄っていると、そのフィニッシュは紙ではないかと思える。または最近ではウェブだろうが、ウェブ専用に作ってしまうと、印刷できない。できないわけではないが、ギザギザが出る。だから、印刷に耐える解像力の用紙を使うのが普通だろう。そうでないと、もし傑作が出来た場合、雑誌や本にはできない。だから、印刷を前提にした用紙で書き、ウェブに出すときは、解像力を落としたサイズでJPEGなどに変換するのだろう。
 そういうのを弄っていると、コマ割りのある漫画ではなく、イラストでもなく、また書かれた絵ではなく、アニメやゲームの方にウェブは行っているような気がする。ウェブになると、そういう泳ぎ方ができるためだ。その違いはあまりない。
 これは、こちらが作っている川崎サイト内の漫画劇場というのがあり、そこで紙ベースの漫画を載せているが、その見せ方を考えたことがある。だから初期の頃は、ネットも遅かったので、漫画の一コマ一コマを順番に見せていた。紙芝居のようなものだ。もっと昔ならパソコンのモニターが横640ぐらいしかなかったりするのだが、パソコンモニターも液晶になり、かなり大きくなったので、雑誌よりも見た目大きなページ漫画を表示できるようになった。しかし、ネットはパソコン時代からスマホなどになり、結構画面は小さい。解像力は奥に深くなっているので、拡大しても大丈夫だが、街中でスマホを見ている人は、手帳のように見ている。カバーが丁度手帳を開いたように。この小さな画面でネットを見ている人が多いのだろう。フェースブックを見ている人もスマホやタブレットが多いようで、パソコンで見ている人の割合は案外少ないようだ。
 漫画のコマを一コマ一コマ表示させていたのは、モニターが小さいためだったが、今はその小さいモニター時代に、また戻ったようだ。ケータイ、スマホ、タブレット。タブレットも13インチあたりまでだろうか。これは持ち歩ける大きさとして。
 昔のパソコンモニターの標準は15インチほどのブラウン管式。実際には15インチそのままが表示されるわけではなく、もう一回り小さい。
 ここで何が言いたいのかというと、ウェブで漫画を見せる方向だと、動画系やゲーム系がすぐ横に来ることだ。アニメと言っても、少しだけ動くギフアニメ。ゲームと言っても紙芝居式選択タイプのサイレントノベル、あるいはアドベンチャータイプと呼ばれたゲームだ。これをビジュアルノベルということもある。
 そういうのがパソコンでデジタル式で書いていると、すぐにその流れが横にあるのに気付く。
 要するに漫画の見せ方は、ウェブベースだと、動的にできたりする。ゲームだと、攻略できないと、イライラするが、筋が一つではなく、複数あり、そこに世界があるように見える。つまり、見なかったシーンや、行かなかったシーンが含まれる。これで少し奥深さが見えるのだが、データがないだけだ。
 数年前、ゲーム性のある写真を使ったものを一作だけ作ったことがある。次の作品を作ろうとしていた矢先、体調を崩し、中断した。もう十年近く前の話だろうか。
 当時、アドベンチャータイプのゲーム作成ツールがあり、それを使えば簡単に作れた。しかし、そのツールは、市販のツクールシリーズのようなもので、プラグインというか、それを見る閲覧ソフトのようなものがパソコン内にないと見られない。
 当時は、フラッシュ全盛時代で、何でもかんでもフラッシュで作られていた。特にホームページのトップページなどは。これはジャバでもできることで、ギフアニメでもできることだが。また、HTMLだけでも何とか工夫すればできる。
 フィニッシュはスマホやケータイやタブレットでも、となると、何処でも動くのはHTMLだろうか。または動画フィル。
 動画は単純な昔のビデオでもいい。ゲーム性がいらない紙芝居式なら、動画で見せた方が早いのではないか。だから、動画サイトが流行っていたりする。
 つまり、次、次、次ページとか、クリックする紙芝居式ではなく、自動送り。まあ、昔大島渚が作っていた忍者武芸帳のようなものだ。
 動画は動画で、繋ぎ目の編集や、演出効果などがあり、これが結構うるさい。それに見たいところで止めるのも面倒だ。
 そうなると、HTML式が簡単だ。そのゲームは川崎サイト内に「川崎ダンジョン」「伊丹ダンジョン」として、以前作っていた。しかし、結構時間がかかる。それに漫画的なストーリーなので、漫画と変わらない。
 その他、デジ式というのを作り、これは紙ベースだが、一切書かないで、写真とナレーションだけの漫画を連載していた。写真は中間のない二色だ。これは版画だ。
 これはコマ割りのある漫画のようなものだが、フォトエッセイに近い。または呟きだ。
 これはどちらかというと、解説付きのスライドショーのようなものだ。下手にストーリーがあるより、よかったりする。
 また、モノローグとは関係のない写真を使うと妙な電気が走ったりする。
 要するに、漫画を書くソフトを弄っていると、そこまで行ってしまう。作品を読んだり見るのが鬱陶しいというか、物語を聞くのが面倒というのがある。どうせ作り物なのだから。それに付き合うのが面倒で、物語の手前の素材を見せる方がよかったりする。
 このあたり、Windows機なら、動画ソフトがおまけに付いている。これでもできてしまう。
 サイレントノベルではなく、少し効果音などをくわえた方が、雰囲気が出たりする。そういう効果音とかはフリーでいくらでもある。
 しかし、これは昔のマルチメディアではないかと、妙な心配をする。富士通のマルチメディア機、CDの回転が透けて見える、あれ。
 電書は本を真似すぎた。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月21日

■■ 2016年04月21日 木曜日 午前7時33分
 
 今朝は曇っているが、気温は昨日の10度未満ではなく15度もある。雨の日は暖かいのだろうか。朝はまだ降っていないが、今にも降りそうだ。少し暖かいので、中に着込むセーターは抜いてきた。それでも上は真冬のまま。春物の綿ものより、真冬の綿入りの方が軽かったりする。この季節、その綿なしを着ている人が多くなる。中綿入りに比べ、当然薄くなる。
 もう少しすれば、普通のラフなフード付きパーカーが丁度になる。これはコート的ではなく、昔は裏がタオル地で、結構重かった。このタイプも生地が色々出ており、バリエーションは非常に多い。ただポケットが腹のところにあり、腹が膨らむ。暑さ寒さ両対応だが、綿なので防水性がない。これの細身タイプは着にくいし、暑苦しくなる。袖などがダブッとしているのが好ましい。これだけで暑苦しさがかなり減る。それにまくりやすい。まあTシャツにフードが付いているようなもので、その生地が少し分厚い程度。裏地がタオル地が好ましいが、最近その定番は見かけない。あってもかなり高かかったりする。冬場は、タオル地の裏地から、ボア入り裏地になる。このパーカー、鼠色が定番だ。そして綿百パーセントは逆に高い。
 昨日はよく晴れていたので、朝の喫茶店からの戻り道の散歩をする。戻るのではなく、さらに飛び出す感じで、北側へ向かった。これでは帰り道ではなく、出掛けているようなものだが。
 それで、途中で西側へ曲がり、そちらへ大きく突き進む。
 滅多に通ることのない村があり、久しぶりにその神社を見学する。村の神社なので、広さはしれている。この村の地名はその近くの村名とタイプが違う。村名に方角を使っているのが多い。
 それで神社を見ると、春日大社。近くの村は殆どがスサノウ系。なぜ春日なのかと由来の石版を読むと、春日系出身の人達がここに来たためのようだ。開墾できたのだろう。聖武天皇の時代で、その命で、坊さんが溜池を作ったとある。田圃ができるようになったのだろう。その坊さんは行基さん。この地方は行基ゆかりのものが今でも多く残っている。だから、このあたりの村はその時代にできたのだろうか。村というより農村だ。田圃メインの村という意味。
 それまでは、この地は猪名野笹原と呼ばれていたらしい。猪名野は地名で、笹原は、景観だ。笹が生い茂る原野だったようだが、高い木はなかったのだろうか。
 行基の時代と言っても、分かりにくいが、奈良時代、大仏を作った時代だ。だから、このあたりの村々は奈良時代からあったことが分かる。古い農家が残っているが、奈良時代から見れば真新しいだろう。同じ家系が奈良時代から続いているとなると、武家などの家系は逆に儚いものだ。しかし、村の有力者達がいがみ合うような時代になると、武士の登場というパターンになる。それだけ豊かになってきたためだろう。
 そのため、土豪のような勢力が生まれるのかもしれないが、元々は田圃を耕していた人々だったと思う。
 しかし、これだけの古い村が残っていても、昔を偲ぶものは殆どない。村には墓場があり、この村も平地にあるので、田圃の外れなどにあったのだろうか。この古い墓石がどの程度残っているのかで、だいたい分かる。しかし奈良時代から、墓を作り続けたのでは、田圃は墓石だらけになる。それに家は途絶えることが多いため、墓を守る子孫もいなくなれば、消えてしまうのだろうか。
 そういう墓は神社にはない。しかし、村の神社、これは氏神系だが、それとは別に、愛宕神社とかが別のところにある。これは民間信仰のようなものだ。少し盛り土したところに祠があり、その周辺に石饅頭が並んでいる。その辺にあったのを集めたのだろう。行き場所がないのだ。これは墓石なのか、何かよく分からない。行き倒れとかで、身元が分からない人を祭っているのか、小さな子供が死んでしまい、その供養なのか、それも分からない。もう由来など誰も知らないが、ただの漬け物石ではなく、丸く削られた人工的な石だ。その丸い石に屋根のような笠を乗せて、塔のようにしたものがある。何も刻まれておらず、また、野仏のような顔もない。
 また、もう一つ、聞いたことのない神社を発見する。最初それがこの村のメインの神社だと思っていたのだが、意外と狭い。難しい漢字が四つか五つ並んでいる神社名で、何が祭られているのかは分からない。これもきっと、春日系の人達とは別に、この村に越してきた人達のものだろうか。
 そういう見学を朝からやって、戻ってきたのだが、ここへは行こうと思えばいつでも行ける距離だが、何も下調べなどしないで、村の中をウロウロしながら、古い物を発見するのを楽しみにしている。
 よく晴れており、気温も暑くならなかったのが幸いだ。何せセーターを着込み、真冬のダウンジャケットだったので、気温が上がると、帰り道、苦しくなるので。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

コミPo!

■■ 2016年04月20日 水曜日 午前7時15分
 
 今朝は晴れているが、昨日と同じで10度を切っている。これは寒いタイプ。しかし、昼間の気温は上がるはず。予報ではそうなっている。昨日の昼間はあまり上がらなかった。そのため、中綿入り上着はまだ必要。数日前、昼間暖かすぎて、中綿どころか、長袖カッターシャツだけで、十分だった。季節が逆戻りしているわけではないが、日増しに暖かくなるわけではないようだ。
 これがこの季節だけの特徴なのか、または今年だけのことなのか、それは分からない。何か決まり事があるようでも、それが外れることがある。つまり、ばらばら。規則性は人が発見しないと、見出せない。確かに規則性や、決まったパターンはあるが、規則はあるが、規則正しくはない。
 現実を見ているようで見ていないのは、この規則を見ているためだろうか。所謂パターン認識だ。これをするのは短縮キーのようなもので、省略できるので、楽なためだ。
 夕方前に入る喫茶店が工事中なので、昨日も行くところがなく、ウロウロする。そこから南へ少し下ったところに個人喫茶があり、入ったことのある店だが、常連客になるほどの回数はない。遠いためだろう。悪い喫茶店ではない。
 昨日も少し風邪っぽく、あまり自転車でウロウロしたくなかったので、いつもの店より少しだけ遠い、この店に入った。そのあとの大回り散歩も省略。あまり動きたくない日もある。気乗りがしないのだ。
 朝も、夕方前も、普通の喫茶店に入ると、倍ほどお金がかかる。悪い偶然が重なっている。マクドさえ禁煙でなければ、助かるのだが。
 
 コミPo!という漫画自動作成ソフトを買っていたのを思い出し、早速復活させた。しかしパソコンが変わってしまったので、何処にあるのか分からない。ダウンロード版を買っていたので、そのシリアル番号だけは控えている。また、パソコン引っ越しのとき、ダウンロードした元ファイルは保存していたので、それも引っ越し先のパソコンにある。だから、簡単にインストールできたのだが、起動しない。すぐにコミPo!のホームページへ行くと、ウインドウズ10対応があり、そちらを使ってくれとなっている。それを落とすには名前とかシリアル番号とか、買った商品などを入力しないといけない。何を買ったのか、忘れている。その後コミPo!のバージョンがどうなったのかも知らない。ただ、学園セットとか、そういうものではなかったので、基本ベースだけのを買ったのだろう。あまり新製品は増えていないが、ビジネス向けのが加わっていた。会社で使う漫画だろうか。よく分からないが。
 フォームにそれらをタイプするとメールが届き、メール側で住所をクリックすると、コミPo!のサイトに飛ぶのか、あっという間に自動ダウンロードが始まっていたようだ。それを知らないで、ダウンロード先は何処だろうかと、もう一度メール側の住所から飛ぶ。すると、二つ同時にダウンロード中となっていた。その一つをクリックすると、簡単にインストールが始まった。これで、最新バージョンのコミPo!になったわけだ。
 クリップスタジオペイントプロとは対照的に、非常に簡単なソフトで、あっという間に漫画が画けてしまうのだが、実際には何も書いていない。つまり貼り付け式だ。
 ネーム、これはセリフやナレーションのテキストタイプ。これは吹き出しと一体化されている。吹き出しというレイヤーの下にテキスト文字のレイヤーがある。そして吹き出しは絵なのだが、大きさを変えられたり、また吹き出しから飛び出しているクチバシも移動出来る。誰が喋っているのかを差しやすくなる。ここは書かなくてもいい。吹き出しの形も豊富。
 背景レイヤー、人物レイヤーと、これも分かりやすい。背景は初期値では背景効果程度。ここに自分が用意した背景を入れておくのだろう。または他の場所から読み込める。
 人物は、このソフトの特徴で、書かなくてもいい。ポーズは自在に動かせる。ただ、キャラの種類が少なく、学園ものしか書けなかったりするし、着ているものも同じになるが、とりあえずは必要なものは揃っている。
 これをベースにして漫画を書く場合、あらかじめ人物を何処かで書いて、登録しておくことになる。このソフト、直接書けない。ペンがない。書けるのなら、このソフトを買わないだろう。
 背景はコマの大きさで決まるのだが、コマ割りは柔軟性がある。コマからはみ出るものを貼り付けた場合、そこは表示されないので、助かる。だから、そのコマ割りの時のコマの大きさを参考にして背景を用意する。そこで書かないで、他のソフトで書く。その背景画の解像力は300ぐらいで良いだろうか。コミPo!のベースのページの解像力を調べていないので分からないが、だいたいそんなものだ。多少の拡大縮小はできるので、大きい目に書いてはみ出す程度でいい。この背景、普通の風景なら写真が使える。だから、背景は描かなくても良いと言うことだが、用意できない写真がないと、そこで詰まるだろう。
 用意できる写真背景内で作るのがいい。まあ、何処かから取ってきて、ペン画風にして仕舞うというのもあるし、フリーの写真もあるので、何処までも書かないで漫画を書くというのを通すのも悪くはない。
 人物に関しては、自分で書いたキャラクタを使う場合は、その都度別ソフトで書くことになる。それなら、コミPo!内でいきなり書いた方が早いのではないかと思うこともある。別ソフトを起動させて、それをファイル名を付けて任意のフォルダーに保存する。それは結構手間なので、この下越しらが大変だろう。
 だから、このソフト、漫画を書く上で一番手間のかかるキャラや背景などを飛ばしているので、あっという間に完成するが、レイアウトソフトのようなものだ。
 このソフト、使わなくなったのは、少しだけ作りかけていたとき、キャラや背景の絵をフラッシュで書いていたのだが、それをコミPo!へ送り出すより、フラッシュ内で作った方が早いためだ。こちらは図形ソフトでもあるので、レイアウトはさらに得意だ。
 しかし、フラッシュで書く場合、ベースになる用紙やコマ割りの寸法とか、比率とかは、自分で設定しないといけない。つまりフォーマットを作る必要がある。コマ割りしやすいような漫画原稿用紙のようなものを。
 グリッドの間隔がコマ割りの間隔になり、四段なら、しっかりと四段で割りきれるようグリッドを設定するとかだ。ただ、漫画の印刷用の比率は、端数が出たりする。まあ、そこは適当だが。
 それで、フラッシュで作った漫画用書式を覗いていると、アマゾン電書用というのがあった。これは自分が作ったのだ。これはアマゾンキンドルなどでの比率だろうか。アマゾンにも漫画をEPUBにするソフトがある。一応参考にしたのは、アマゾン電書の表紙の比率だ。この比率で書けば、キンドル画面で効率のよい面を取れるというものだが、スマホなどのキンドルアプリの比率はどうなっていたのかは忘れた。同じだと思うが。
 つまり、漫画もウェブ時代になり、その場合、比率や寸法は関係なくなるのだが、電書になると、比率がある。それは紙の比率ではなく、モニターサイズの比率だろう。その単位はピクセル。紙はミリやセンチ。パソコンで作るとき、ピクセルの方が合わせやすい。ミリに直すと、端数が出るためだ。
 漫画原稿用の比率だと、キンドルで見たとき、左右の空白が結構あったりする。まあ気にするほどでもないので、問題はないだろう。
 当然クリップスタジオにも、アマゾンと楽天の電書変換がある。さらにPDF変換もある。右綴じになっているはずだが、どうだろう。
 ゆりかごから墓場まで用意されている。有料のわけは、そう言うところにあるのだろう。
 まあ、ツール類がいくらよくても、漫画の内容とは関係ないのだが。
 実際に漫画の比率など、何とでもなる。横長で、書いてしまわない限り。

  
posted by 川崎ゆきお at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

車塚

■■ 2016年04月19日 火曜日 午前7時16分
 
 今朝は晴れているが10度を切っている。そのため、暖かいとは言えないので、真冬の服装で寝起きの喫茶店へ。中に毛糸のセーターも着込む。昨日は昼間暖かいと思い、綿の薄いジャケットで外に出たのだが、これが寒い。その前日は同じスタイルで汗ばむほどだったので、これでも厚着だと思っていたのだが、違っていた。気温も20度にならず、空もどんよりとしていたためだろうか。それに少し風邪っぽいためもある。
 夕方前にいつも行っている喫茶店が工事中で、一週間ほど行けない。それでウロウロしていた。何処へ行こうかと。どちらにしても近場では個人喫茶しかない。
 大きな総合病院があり、その前に喫茶店が二軒あった。その一軒へたまに行っていた。定期便ではなく、本当にたまだ。その店が閉鎖していた。店構えはそのままだが。
 もう一軒あり、こちらは高いし狭いので、避けたいた。しかし、殆ど入っていないので、手あかが付いていない。比較的近くにある。自転車散歩内に入っていたこともあるが、前を通過するだけだ。この個人喫茶店がまだ生きている。病院前だし、バス停前なので、それなりに客がいるのだろう。
 中に入ると、満席近い。これは住宅地の中の喫茶店パターンでは有り得ないので、やはり病院通いや、見舞い帰りとか、その手の人達だろう。周囲は薬局が多い。
 ここが生き残ったのは、病院に近いためかもしれない。閉鎖した店は道を渡ったところにあり、少しだけ遠い。病院を出たところからでは見えない。その差だろうか。
 ここは昔で言えばお隣の村なのだが、その中間地帯のような辺鄙な場所で、地名は車塚。車塚という名の村はない。近接する村から見れば村はずれにある。ここには農家跡はない。古墳でもあるのかもしれないが、聞いたことがない。それはこのあたり、広大な敷地の大病院と、それよりさらに広い大企業のグランドがあった。これはこちらが生まれたときからあったので、田圃が拡がっていた時代の風景は知らない。以前何があったのかが。それが車塚なのだ。きっと、あの敷地の下に眠っているのかもしれない。ただ、この近くの古墳群とは繋がりにくい。古墳は一つだけ、ぽつりとあるのではないようだし。だから、狐塚タイプかもしれない。車怩辞書で調べると、前方後円墳の別名とある。二つの塊が車の両輪のように見えるためだろうか。ということは、しっかりとした古墳があったことになる。地名として車怩セけが残っているのだが、これは古墳という名の地名になる。何々古墳とかではなく、誰の古墳なのかは分からない。これは調べれば分かるはずだ。その近くに御願塚古墳があり、これは規模が大きい。距離的には少し遠いが、それと関係がやはりありそうだ。このあたりの古墳群、同一の豪族のものらしい。名も分かっている。それがかなり広い範囲に分散している。
 御願塚は村名になっている。車怩ヘ地名として残っている。ただ、この車怩ノ神社があったことは知られている。今はない。おそらく小学校の下にあると思う。その神社、家のすぐ近くの神社と合併というか、合祀されている。村の中に村があったのではなく、別の氏神様を持つ村人がいたのだろう。この氏神は、先祖のようなものだ。それでは村としてのまとまりがないので、一つの神社で纏めて、その御神体も、別のありふれたものにした。例えばこの近くならスサノウだ。これは村人達の本当の氏神ではない。神様と言うより、先祖や、その血筋が信仰していた神様もよく分からない。適当に持ち込んだりする。
 一つの村でも、複数の神社があり、違うグループを形成している。出自が違うのだろう。または、他の場所から集団で来た人達の集まりとか。
 だから、村人と言っても一様ではない。埋め立て地や新田や開墾地などは、色々なところから来た人の集合になる場合もある。だから、そこでの神社は、共有ということになるのかもしれない。これは土地の神に近くなる。その地面の神様、地神様だ。しかし、それには名がない。これが本来の神様だったのかもしれない。神社や御神体は後付けで、これは飾りのようなものかもしれない。
 七五三の行事もよく分からないが、産まれた赤ん坊は、神社に挨拶に行く。これは家から一番近い神社でいい。その土地で生まれたのだから、その土地の子なのだ。昔のことなので、水もその地面から湧き出た井戸水を飲んだり、その地面で育ったものを食べたりするので。これは挨拶が必要なのだろう。
 家を立てるとき、今でも地鎮祭をする。これは個人の家でもそうだ。また棟上げのときも何かする。これも地神様への挨拶なのかもしれない。その土地の神様で、その村の神社の神様とは違う。日本には神様が多いので、何でもありになるが。
 
 ワコムのタブレットに付いていたクリップスタジオペイントプロという漫画やイラストかを書くソフトだが、漫画作成の定番ソフトのようになっているので、試している。しかし、漫画作成用で有料なのは、それほど多くない。特に漫画に特化したものとなると、自動漫画作成ソフトのコミPo!が印象的だ。こちらの方が素早い。
 さて、こちらがこだわっているのは、線画だ。ペイント系では線も面になる。だから拡大すれば、ギザギザが見える。
 一方ドロー系ソフトは線を拡大しても、線が太く見えるだけ。画面を拡大すると、選択していたペンの太さも変わってしまうようなこともない。
 また、画像そのものを拡大しても、ギザギザは出ない。線の太さは選べる。その比率で自動的に線も細くなったり太くなったり、あるいは線の太さはそのままで拡大縮小とかも自在。絵が荒れることもない。また、線が細すぎると思えば、いつでも太くできる。
 それで、クリップスタジオのようなペイント系を弄っていて、改めてドロー系の良さが分かったりする。残念ながら、そのドロー系の全てが良いわけではないことだ。
 ドロー系の絵は、小さく書いても、JPEGなどに変換するとき、解像力を上げて保存できる。
 だから、書きやすい大ききで書ける。解像力はあってもなくても同じようなものだ。用紙の大きさは弄れるが、解像力は他形式で落とすときだ。
 例えば大きな顔を画くとき、ストロークが長くなる。ペンタブレットでも、ペンを浮かさないと、長い曲線は引けない。だから、小さい目の顔なら、さっさと書ける。そしてあとで拡大すれば良い。そういう融通がドロー系では利く。
 しかし、ペイント系の、一発勝負で線を引くのも悪くはない。大きな顔とか、長い目の曲線とかは、ペイント系でも、ドローツールのペンを使えば、何とかなる。また、長い曲線は、途中で切ることだろう。あとで繋げばいい。
 最近はドロー系ばかりで、ペイント系で書いていなかったので、このクリックスタジオは勉強になる。
 そのあと、色々とあるペイント系ソフトをダウンロードして試している。しかし、フリーソフトにも定番があり、かなり前に試したときとあまり増えていない。数年前の話だが、その後バージョンが上がって使いやすくなっているものもあるはずだ。
 無料版だが、途中から有料になるフリーソフトもあった。あれはどうなったのだろうかと、続きが気になる。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 09:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月18日

ドローソフト

■■ 2016年04月18日 月曜日 午前7時14分
 
 今朝の気温は普通だろう。10度を超えている。これはこの季節として普通だ。ではこの季節は何処で知るのか。それは気温だ。そして外の景色だろう。桜の花が咲く頃とか、ツツジが咲く頃とか。また、田植えが始まる頃とか。気温だけで春も秋も変わらない。似たようなものだ。しかし、桜の花は秋には咲かない。咲くのは秋櫻だ。しかしコスモスは長く咲いているので、幅が広すぎる。
 この季節は、平年並のように、数値で分かる。また、この季節にも幅がある。そのあたりは体感だろう。この体感は、ピンポイントではなく、日々だ。徐々に暖かくなっていくのは日々体験している。この蓄積があるから、今が分かる。まあ、一週間前のことは忘れてしまっているが。身体が覚えていたりする。これを何となく寒いとか、何となく暖かいとかで言ってしまうことがある。春に感じる寒さと真冬の寒さでは違う。それよりも、暑さ寒さなど気にしていない人もいる。感じてはいるが、意識していない。それどころではないのだろう。
 昨日の昼間は暑いほどで、24度ほどあった。綿の薄いジャケットを着ていたのだが、これでも暑い。これはネルシャツだけで十分だ。陽射しがあると夏のようだ。そのため、自転車で走っているとき、苦しくなるほど。春の野をのんびりと走るのとは絵が違っている。暑苦しいのだ。
 では春の野をのんびりと走るのは、どういう状態かと考えると、これは冬だろ。真冬の服装をしていての話かもしれない。冬の日の小春日和だ。春になってしまうと、ポカポカではなく、暑い。
 さて、今朝は暖かい目の気温なのだが、やはりひんやりとするので、真冬のダウンジャケットを羽織って、喫茶店へ行く。店内は冷房も暖房もなく、結構ひんやりとしている。丁度いい温度なのだろう。
 真冬に風邪を引かないで、暖かくなってから引く人もいる。これは風邪なのか花粉症なのかは曖昧だが。案外春の暖かい日に引いたりする。薄着になるためか、または寒暖差が大きいためだろうか。
 気温の変化に体が付いて来れないこともある。
 
 昨日も漫画作成ソフトのクリップスタジオを弄っていたのだが、ドローの線を修正できなかったりするようだ。それ以上見ていないので分からないが、書き込まれると、そこで生き返らない。また、途中でアンドーが効かない。一発勝負だ。さらに線の端へのスナップなどもないようだ。一本の線の中点とかも。まあ、図形ソフトではないので、仕方がないが。
 しかし、普通の鉛筆やペン、ブラシなどよりも、下絵などがなぞりやすい。しかしベクターものは縫い物をするように、直線から曲線へのカーブなどを、コントロールしないといけない。確定すれば、どういう曲がり具合になるのかなどを。このハンドリングが結構難しい。連続直線なら折れ線グラフのように簡単だが、曲線が難しい。ベクター曲線用の線にも種類がある。同じ線だが、コントロールの仕方が違う。三つほど方式がある。
 ペイント系の線と違い、一歩先だけは予測できる。線がどの方角へ延びるのかを、確定させるまで調整できる。糸を引っ張って様子を見るようなものだ。だから、トレースの場合、このベクターの図形ツールを使う方が疲れないのだが、これは線を引くとか、書くとかではなく、編み針で刺繍をしているようなものだ。これを書くとはいわないだろう。
 だが、ペン画が頭にあるので、そう思うだけで、版画などは線を周囲を削って線にする。切り絵などもある。だから、線という概念が問題になったりするが、漫画の場合、ペンがメインなので、塗るではなく、引くだろう。ペン先を移動させて、文字を書くように。
 しかし、そんな間接的な、コントロールしながらの書き方では逆に面倒臭く思い、いきなり線を引いた方が早かったりする。ただの軌跡だ。つまりフリーハンド。これで引いた方が手っ取り早いのだが、形が歪になったりする。それにこの場合は、消しまくらないといけない。失敗が多いからだ。
 比較的安定したツールとしては、連続直線がある。これはマウスでも出来る。カーブがないためだ。線の曲がり角に針を打つようなもので、この針が多いと曲線に見える。マウスだと、一日中カチカチやるため、固く感じる。できた漫画は角張っており、ゴシック体の漫画になる。これは画風を根本的に変えるようなものだ。しかし、図形ツールなら簡単に円や楕円が書ける。つまり曲線も書ける。半楕円などを書けば、顔になるだろうが、あまりにも正確すぎる。フリーハンドでは正円が描けないだろう。正円に近いものは書けるが、手では無理だ。しかし、フリーハンドで正円に近いものを書いた場合、その人の個性が少しだけ出る。これは個性と言うより手の癖だ。それをオリジナリティーとは言いにくいが、世の中に二つとない縁が書ける。正円に近ければ近いほど普通の円になり、個性がなくなる。
 連続直線だけで以前漫画を書いたことがある。そんなもの何処で掲載してくれるのかという話だが、当時はガロという雑誌があり、ここでは何でもありだ。当然昔の話なので、プリントアウトした絵はギザギザのノコギリ絵。
 キャラクタは全て六角大王のように将棋のような顔ではないが、直線だけで漫画を書くというのも、一興なのだ。これは書くだけで楽しかった。
 それがフリーハンドで曲線もデジタルで画けるようになってから、つまらなくなった。手書きと変わらない絵ができるためだ。このクリップスタジオにしても、他のお絵かきソフトにしても、手書きで書いたリアルな絵を如何に再現させるかで勝負している。それ以前は線ではなく、ドット絵があった。
 パソコンを使って紙で書くよりも軽快で、痛快な感じがする、と言うのでないと、やっていても楽しくない。
 さて、クリップスタジオだが、このタイプのペイント系はほとんど使ってなくて、漫画やイラストはフラッシュというソフトで長年書いている。
 クリップスタジオのドローツールを見ていると、急にドローソフトが使いたくなった。フラッシュも基本はドローソフトなのだが、キャド系の花子ドローというソフトがある。これは歴史が長い。一太郎が出た頃からあっただろう。
 フラッシュほどには柔軟性はないが、線などは非常に軽く引ける。特にフリーハンドの自由曲線は。当然連続直線も。しかし、一番パソコンが好きな線は、直線のようだ。
 こういう道具選びをしているときの方が、実際に漫画を書くより楽しいものだ。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

クリップスタジオプロ

■■ 2016年04月17日 日曜日 午前7時52分
 
 今朝は雨。そして暖かい。桜が咲いてから三週間目だろうか。さすがにこの土日は花見の雰囲気ではない。咲いていないわけではないが、殆どもう葉だ。青葉の季節に入ったのだろう。
 しかしこれは大阪方面での話で、北は花見の真っ盛りかもしれない。
 喫茶店を変えてから、距離が短くなったので、雨の日が楽になった。もっと近くに歩いて行ける町内の喫茶店もあるのだが、長いこと行っていないので、もう行けない。個人喫茶の場合、それが多い。ここは本当に近所なので、顔見知りも多い。
 しかし、ファストフード系の喫茶店でも、毎日行っていると顔見知りができる。知っているだけの。
 数年前、マクドが全席禁煙になったので、その流民が散って行った。モスへ来た人もいる。今行っている喫茶店にも、散ったのだろうか。マクドで顔見知りの老紳士が来ていた。こちらはその後、ファミレスなどに行っていた。次にはモスだが、これは開店時間が遅くなってので、最近行けない。そして、辿り着いたのが今のコメダだ。そこでマクド難民と遭遇したことになるが、老紳士の方が遙かに先輩だ。この人はクルマで来ているので、範囲が広いのだろう。しかし、マクドからの距離はかなりある。こちらは逆にマクドは遠いが。
 早くいつものモスの朝モスが復活すれば、そこへ戻れるのだが、しばらくの間となっている。バイトが見付からないためだと思うのだが、どうだろう。早朝からの営業はきついのかもしれない。
 
 先日買い換えたワコムのペンタブレットのおまけの漫画イラスト作成ソフトのクリップスタジオプロを弄っている。初期のコミックスタジオに比べ、柔軟性ができたようだ。
 このタイプのソフトを、フリーで探していると、いくらでも出てくる。その解説本なども出ている。有料版との違いが分からないほどだ。基本的にはペイント系ソフトだ。
 しかし、パソコンで漫画を書く場合、ワコムのペンタブレットを使う人が多いだろう。マウスでも良いのだが、ペンの方がフリーハンドで書くときは楽だ。そのタブレットにおまけに付いている漫画作成ソフトというのは、気になるだろう。
 それで、そのクリップスタジオを覗いていると、これだけで漫画が画けそうだ。上位バージョンのEXを買わなくても。おそらくペイント画面は同じはず。
 マニュアルはPDFになっており、これはダウンロードしないといけないが、タブレットの設定方法から始まる。まずはタブレットの操作の解説。そして、そのあと、イラストの描き方、漫画の描き方が載っている。これで一通りの流れが分かる。
 下書きからのペン入れがあるのだが、その下書き、もう完成しているのではないかと思えるほど丁寧な下書きで、これは紙の上で書かれた鉛筆などで書いた下書きをそのままスキャンしているようだ。その下書きだけで、もう十分出来上がっている。だから、もうこのソフトを使う必要はないと思える。要するに肝心要のキモであるところの絵は既にできているのだ。まあ、解説書なので、解説しやすいように、出来上がりの下書き絵、これはただの鉛筆で書かれた絵と思うが、それがいきなりある。
 この下書きをパソコン上で書くとなると大変だ。こういうとき、いつもどきどきするのは、絵の下手な人がぶつかる最初の壁だ。パソコンで書けば簡単に書けるのではないかと期待しているはず。
 その下書きを下にして、上からさらに鉛筆ツールでなぞって、それがペン入れ、本書きとなるのだが、下書きがあっても、うまくその上に線が引けない。
 これはその下絵をそのまま濃度を上げ、グレースケールかモノクロに変換した方が早いのではないかと思える。それでペン入れが終わってしまうはず。上からなぞらなくても。
 なぞるにしても、ペンの一本線でなぞるのは難しい。これはレールの上を歩いているようなもの。
 ここでデジタル的な良さを活かせば、線ではなく、綿として把握し、極細のペンで、塗ればいいのだ。線を塗るわけだ。
 ペンを走らせるのは難しいが、鉛筆で擦るのは難しくない。何度も擦って線にしていく。ペイント系ソフトなので、線も面なのだ。ドットの集まり、一番大きく拡大すれば正方形が並んでいるはず。そのサイコロ一つが1ピクセル。一番細い線というのは、サイコロを並べたもの。これ以上分解できない。細い線でも、サイコロを二つか三つの幅だろう。
 要するに、鉛筆で下書きをして、ペン入れをするわけだが、丁寧に下書きをしていないと、ペン入れのとき、迷ってしまう。しかし、きっちりとした下絵だと、逆にペン入れ精度が高くなり、うまく下絵の線に乗らない。狭いためだ。
 このトレースという作業、これは画力ではなく、別の頭を使っている。線を見ているのだ。
 しかし、実際に漫画で人物などを書くときは、線など見ていない。下絵を見ていない。頭の中に絵があるのだ。だから、目を閉じていても書けたりする。逆に下絵があると、ぎくしゃくしたりする。
 では、どうやって書くのかというと、部分から書いていく人が多い。目からとか、鼻からとか、目からだとそれでアングルまで決まる、目の大きさが顔の大きさの目安になる。顔の向きも。あとは一筆書きのようなものだ。数本の線だけでさっと顔のベースの命線のようなものを引いてしまえるのだ。これは生きた線だ。トレースしてなぞった線とは活きが違う。
 まあ、それは絵柄にもよるのだが、漫画だと、そのコマでのキャラクタの心理というのを思い浮かべながら、それ込みでさっと書く。別に魂を入れるわけではないが、キャラの気持ちを参考にして書いていることになるので、多少は線に出る。髪の毛に勢いがあるとか、その程度だが。
 まあ、それは何のために絵を書くのか、絵にするのかの問題だろう。
 ペン画が苦手な人は、線画が苦手なのだろう。この場合、鉛筆でちまちまと線を決めていき、それをスキャンすればよい。モノクロ二色か、グレーに変換し、濃度を上げ、ゴミを取れば、それで、インクが乗ったような濃さになり、これがペン入れと同じことになる。
 ペン画はしんどいが、鉛筆画なら行ける人は、その方法がよい。鉛筆での下書きの絵の方がペン入れした絵よりよい場合がある。なぞり違えたりしたためだろう。
 さて、線画と言えば、ドローソフト、図形系ソフトの方が簡単だ。ドロー系ソフトは拡大しても線は線のままで、ペイント系のようにサイコロやノコギリが見えない。これはどっと単位でサイコロを集めるのではなく、ただの命令文なのだ。その命令通りに表示させているだけで、いくら拡大して見ても、ギザギザは見えない。これはソフト側の処理で、綺麗に見せているのだとは思うが。こちらの方が絵心をそそる。つまり、拡大すると汚いなあ、と言うのがない。写真でも等倍以上に拡大すると、汚くなる。
 だから、線引きのときは、ペイント系ソフトでも、ベクター系、つまりドロー、図形系のペンも用意されているはず。これは昔からあった。しかし性質が異なるデータなので、扱いがややややこしかった。
 ペイント系で、なぞるようなペン入れは難しいので、このクリップスタジオにも、ドロー系でペン入れができる。ドロー系などで、線の上を点と点で結べばよい。なぞるよりも、点で突く方が簡単だ。これは刺繍だ。むしろ下絵よりも、いい感じで線のルートができたりする。しかもやり直しがいくらでもできる。糸を抜けば良いのだ。
 まあ、図形ツールなので、正円が一発で引けたりするのだが、それでは漫画の絵にはならない。誰が書いても正円は正円で、その人らしい円でないと、画風にならないためだ。
 だから、このクリップスタジオ、そういう使い分けをしていけば、結構使える。また、漫画のコマ割りをした状態では、コマのフレームからはみ出る線は記録されない。これは上手い。あとで消しまくる手間を考えれば。
 下絵も、トレース的にやれば良いのだが、どんな美男美女の写真をトレースしても、全部モアイのような顔になる人もいる。何を見ていたのか分からない。これは才能だろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

クルップスタジオ

■■ 2016年04月16日 土曜日 午前7時13分
 
 今朝はまた寒い。寝る前から寒かったので、電気毛布を使う。強にしていたのだが、そのままでも暑くなかった。そのため、朝の喫茶店までは真冬の服装で行く。しかも中にセーターを着込んで。昼間は着なくてもいいだろうが、するとひんやりした感じになる。陽射しがあれば、徐々に暖まっていく。暑いと言うほどではない。それは昨日のことだが。
 今朝は朝から晴れているが、雲が多そうだ。風も結構ある。一日置きに晴れたり曇ったり、雨になったりするようで、同じ気象状態が続かない。しかし影響するとすれば、雨程度だろうか。
 しかし、この季節、一年の中で一番過ごしやすいのかもしれない。暑くて外に出るのが嫌になる夏になるまでの間。
 そのため、自転車散歩も今が一番良い季節なのだが、言うほどには走っていないが、何となく距離が伸びするし、短い距離でも余裕がある。暑く感じないし、寒く感じないためだろうか。しかし、どちらからに傾くこともある。
 先日はワコムのペンタブレットを買ったのだが、そのおまけのクリップスタジオペイントという簡易版でガッカリしたのだが、これはよく調べておかなかったためだろう。コーレルのフォトレタッチソフトでもあるペイントショップや、図形タイプのコーレルドローなどは最新版をチェックしたのだが、クリップスタジオはコミックスタジオだと思っていたためだろう。名前が変わったりしている。イラストスタジオというのもあった。それらもネットで見ると、去年の末あたりで、消えていたりする。その乗り換え優待セールも、もう終わったのだろう。
 だから、コミックススタジオはクリップスタジオEXになったのだ。だからEXが付いていないバージョンは簡易版と言うことだろう。まあ、基本画面のペイント画面は同じなのかもしれない。
 よく考えると、このソフトも10年以上経っていた。こちらが買ったのは、その初代だったと思う。
 色々ゴチャゴチャと漫画を書く道具類が入っていたのを思い出すが、書く順番のようなものができており、何か窮屈な感じがしたので、殆ど使っていなかった。まあ、ものは試しで、よくこのタイプのソフトを買っていたのだろう。
 しかし、漫画を書くための色々な道具、ツールだが、これはいらない、あれもいらないとなると、簡易版でもよかったりする。
 例えば写真を使って、それを漫画用に変換して、背景としてそのまま使えるとかは、昔は紙のコピーをそのまま原稿に貼り付けていた。モノクロコピーで、中間がないので、印刷ではそのまま出る。しかし、そう言うことをしない人なら、このツールは必要ではない。また、二色変換や、ペン画風への変換なら、他のソフトでも出来たりする。
 また、効果線。これは集中線などだが、定規などで引いていたのだが、そういう線を必要としない、または使わないタイプの絵柄もある。
 そして、一番の目玉はトーンだろう。デザイントーン、昔で言えばスクリーントーンだ。これが高い。それに何種類も買えない。これが無料になる。使い放題。これが目玉だろう。そして、ソフト代はトーン代で買えたりする。
 しかし、ここもスクリーントーンを使わないタイプの人もいる。網目などは、昔は網掛けと言っていたのだが、今は模様もある。しかし、それらを貼りすぎると、絵が平面的になる。そして、トーンに頼ってしまう。スクリーントーンが使い放題なら、全画面貼り倒したりしそうだが。カラー写真よりも、モノクロ写真の方が立体的に見えるのと同じだ。
 そして今はウェブ漫画が多くなり、そうなるとカラーになる。総天然色漫画ではないが、トーン貼りと、色塗りは、パソコン上では同じようなものになる。バケツツールで、流し込めばよかったりする。一瞬で貼れ、一瞬で塗れる。
 また、以前は漫画用原稿用紙というのが売られており、コマ割り用の印まで付いていた。これがそのまま画面上で現れるので、その原稿用紙を買わなくて済む。まあ、印刷するとき、プリンタ用紙がいるが。このプリンタ用紙、原稿用に少し高いタイプになる程度。安いコピー用紙でも、問題はないのだが、扱いが悪いと、皺が寄ったり折れたりする。
 ペイント系ソフトにもドロー系が入っている。ここは昨日も触れたようにキャラクタの主線を書くとき、下絵は薄い線で何とかなるが、ペン入れで、一本の線ですーと書くとなると、かなり厳しい。手書きでも厳しい。
 そこで登場するのが、ドロー系の線だ。これはいくらでも変形できる。また、刺繍のように、細かい直線で、点と点を結ぶように輪郭線が引ける。ただ、カクカクの絵になるが、そのポイント箇所を引っ張れば、丸くなったりする。また、切った線を再び繫いだりできる。
 簡単にえば、正方形や長方形や、台形や、円などが図形で描けるので、それを引っ張ったり縮めたりすれば、手書きより簡単だが、それはそんなタッチの絵柄の人に限られるので、一般性はないが。
 このドローで書いたキャラクタ、つまり人物は人物で、一つのレイヤーにし、背景とは分けて書く。
 人物の線入れだが、ペンタブレットで書く場合でも、手ぶれ補正がある。さっと一撃で書くより、左右に振りながら線を延ばしていく方が楽だ。何処でカーブに入るのか、どの程度曲げたら良いのか、そのあたりで線が迷うのだが、ある程度なら補正してくれる。カメラで手ぶれ補正五段とかがあるように、補正具合を調整できる。
 要するに絵を書くノウハウではなく、ソフトを使うノウハウをマスターする必要があり、そんなツール類や、道具箱のようなものの機能を、なぜ漫画を書くのに覚えなければいけないのかと、ここで、殆どの人は拒絶反応を起こすだろう。定規の使い方など、別に習わなくても、分かるが、定規が何処にあるのか、その辺を突き回って、探さないといけない。最初から出ていたりするが。そのアイコンのようなものが定規だとは分からなかったりする。また、定規というものはなく、ただの直線だったりする。
 絵がうまくなるのではなく、ツール類の取り回しがうまくなるだけ、ということもある。
 実際にはそうではなく、今まで手書きで書いていたのは、手書きという道具を使っていたためで、それに依存していたのだ。例えばペンではなく、竹ペンや、ガラスペン、普通の筆で書いてもいいが、効率が悪いので、Gペンとか丸ペンとか、カブラペンを使う。しかしパソコン上では、同じだ。
 むしろ、こういうデジタルツール類を活かした画風というのも可能なのだ。だから手書きの紙の絵柄の再現ではなく、一から絵柄を作っていく気持ちでやるのが好ましいようだ。
 生まれたときから、こういうツールがあれば、最初からこういうのを使って漫画を書く子供もいるだろう。
 手書きもデジタルも、どちらもバーチャルなものだ。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

ペンタブレット

■■ 2016年04月15日 金曜日 午前7時18分
 
 晴れているがひんやりとしている。今朝の気温は13度。それほど低くはないが、肌寒いので、真冬の服装で喫茶店へ行く。中に毛糸のセーターも着込んでいる。昨夜は電気毛布はしていなかったが、朝方寒くなり、スイッチを入れた。昨日は暑苦しいほどだったのだが、今朝は違っている。
 さすがに真冬の寒さではないが、ひんやりしている。それが妙に寒く感じられる。
 昨日の昼間はさすがに暖かく、中綿入りでは苦しくなり、綿のジャケットを羽織る。綿ジャンを大人しくしたような感じで、畝がかかっている。この波だった感触がよい。ペラッとした一枚物より、ボリュームがあり、これが暖になるが、スカスカなので、蒸れにくい。綿でも目が細かいタイプはナイロンのように蒸れる。粗い生地で、がさっとしているのがいい。これは麻が好ましい。しかし、春先のバーゲンで見た綿と麻入りのジャケットを最近見ない。今なら丁度いいのだが、そのバーゲンでしか出してこないのか、見かけない。冬物の軽いジャンパーと一緒に並んでいたので、冬物扱いで、もう出さないのかもしれない。釣り落とした魚だ。しかし、綿タイプで、似たようなものがあるので、困るほどのことではない。
 長袖の綿カッターシャツはいやというほど見かけるのだが、それではなく、脇にポケットのあるタイプだ。似たようなものだが。
 昨日は天気もよかったので、朝の喫茶店からの戻り道に、少し遠い目の散歩をする。喫茶店が変わってから方角が変わった。似たような方角なのだが、遠いと思っていたところが、少し近くになっている。喫茶店の位置はほんの数キロの違い。この数キロで町の圏内が変わる。台風の暴風圏のようなもので、ずれるのだ。それで、いつもは寄らないところまではみ出す感じで進めた。
 まあ、大きな道路に出ると、そこで引き返したりする。渡らないで。それが境界線のようになっている。川とかも。
 しかし特に見るべきものはなく、何年かの間があるので、その分の変化があるのだが、様変わりするほどのことではない。
 路地の角にあった中古自転車屋が消えており、目印を失ったりする。その自転車屋、急にできたようなもの物置のような自転車屋で、さらにその前にはなかったのだから、以前に戻ったことになる。さて、そうなると、以前、そこ角地に何があったのかと考えると、何も思い出せない。田圃だった可能性もある。当然家が建ち、その痕跡はないが。
 このあたりも昔の農道が続いており、潅漑用水も流れているので、それに沿って走れば、迷うことはない。道よりも水路の方が確実に残っている。このあたりは大きな川に近いので、水路の根元になるためか、枝分かれが多い。この水路、かなり遠くまで行く。当然自然にできた小川ではなく、運河のようなものだ。
 
 昨日は上新リアル店でワコムのペンタブレットをやっと買う。ウインドウズ10にしてから今までのが乱れてしまっていたためだ。それで、新しいのを付けたのだが、もしかすると、そのドライバーでうまく動くかもしれないが。
 ドライバーはDVDの中に入っているが、それが使えないノートパソコンなどのために、ネット上から当然落とせる。今はそちらの方がメインだろう。DVDに入っているもののほうが古かったりする。
 それはいいが、おまけのソフトだ。これはDVDには入っておらず、ダウンロードタイプ。しかし、そこへ行くには大変で、製品登録をしないといけないが、そのためにはシリアル番号が必要だ。それがペンタブレット本体に書かれていない。また、商品名や型番も書かれていない。全くの無印だ。
 これはパソコンの引っ越しなどをしたとき、ペンタブレットのドライバーを探すのに苦労するだろう。型番まで覚えていないためだ。以前のタイプなら、裏に書かれていた。それを手がかりにドライバーを選べた。ドライバーがある場所は分かるが、どのドライバーなのか、商品名が分からないのでは何ともならない。
 それはパッケージ側に書かれていたので、それで何とかなったが、こんな紙のパッケージ、すぐに捨ててしまうだろう。
 さらにおまけソフトのダウンロードへ行くには暗証キーのようなものがいる。これも何処に書かれているのか分からないが、貼り付けられているものを調べる。箱に印刷などできないだろうから、シールのように箱に貼り付けているはず。保証書なども見るが、そこにもない。
 それではこの裏や横まで見て、さらに内側まで探して、やっと発見するが、虫眼鏡でないと読み取れない。しかも桁数が多い。パッケージ上にシール的に貼り付けられていたのだが、これは店頭では見えない位置、つまりパッケージの外側を開かないと見えない位置だろう。そうでないと、店頭で暗証キーが分かってしまう。すると、簡単にダウンロードできる。これは本屋でよく、ダウンロード先の住所だけを立ち読みして覚えて帰るのに近い。
 それでやっとコミックスタジオ、これは名が変わってクリップスタジオか何かになっていたのだが、ダウンロードして、インストールしたが、バージョンが非常に低い。ウインドウズ10に対応していない。それで、メーカー側から最新版をダウンロードし直すことになる。
 ワコムでダウンロードできるのは古いタイプで、ここはサボっているのか、最新ものが落とせない。
 それで大層な思いをして、やっとそのソフトを起動させたのだが、おまけはやはりおまけだった。
 つまり、釣りソフトだった。簡易版なのだ。スタジオEXでないと、昔買ったコミックスタジオのようなスケールにならない。このEXは2万円少し。高いソフトではないが、おまけのソフトはただのペイントソフトで、それならフリーソフトでいくらでもある。
 他のおまけソフトとしてコーレルペイントや、有名なペインターもあるが、このペインターも簡易版だ。ましなのはコーレルのペイントショップだ。しかし、そのおまけソフト、まともに買っても1万円少しのものだった。
 まあ、どうせ旧コミックススタジオでは漫画などは書かないので、その最新版も、見学するだけの楽しみなのだが、その気も失せた。ただ、漫画を書く定食も食べてみたいものだ。
 これなら、おまけに釣られないで、一番安いパッケージにしていた方がよかったのだが、後の祭り。おまけをインストールするまで2時間ほどかかった。
 そのペンタブレット、まだ詳細やカスタマイズはしていないが、以前より、タブレットが大きくなっている。面積が。
 これはお得な話なのだが、敢えて小さいタイプを買っているのは、ペンを動かす幅が狭いほど楽なためだ。広いと、手を伸ばさないと、ペンが端まで行かない。そして、タブレット本体の大きさは同じようなものなので、空白が狭くなり、手首あてがなくなった。そして薄く、軽くなっていたが、動いてしまう。軽すぎるのだ。滑り止めはあるが、前の機種の方が安定していた。
 ペンもスカスカで、以前のような質感がない。まあ、以前よりも安いのだから、そんなものだろう。
 ペンタブレットは画板のようなもので、キャンパスのようなものだ。そこはスケートのようにペンを滑らせるだけのリンクだが、勝負はここで決まるのだ。これはキーボードの質感や、押し具合などと同じだ。道具として非常に物理的に手や指に伝わる。汗が流れるまで頑張ってか書かないが、それらがペンやタブレットに直接滲む場所だ。
 まあ、これが今の機材ということで、これも慣れてくると、同化していくので、問題はないが。買ったばかりのときは、気になるものだ。
 印象としては随分と軽々しくなったということで、これは時代で、書く側も、そうなのだから。
 漫画などを書く場合、ワコムでの本命は液晶タブレットだろう。直書きだ。値段を見ると、びっくりする。一番小さいタイプでも10万円以上する。だから、漫画家は一番大きな何十万もするようなのを縦に立てて、使っているのだろう。巨大なスマホのように。
 しかし、その直接ペンで書ける液晶タブレットで、何処まで一から絵を書いているかだ。紙に書いたものを取り込んでいる方が多いと聞く。パソコンを使うのは処理系で、色塗りや効果。トーン貼りとか。しかし、一番苦労するのはキャラクタの輪郭線のペン入れなのだ。下書きではなく、ペン入れ。
 修正はあとで何ともできるが、メインの線、それを一気にパソコン上で引けるかどうかだろう。
 そして、紙の上で書く状態と同じ状態をデジタル機材で再現ではなく、最初からデジタルで書かれた絵がある。手書きの再現ではなく。
 紙の上で本物のペンで書いた絵よりも、デジタル機材で書いた絵の方が、逆に書いた人の癖まで拡大される。これはその人の素に近い絵になる。リアルの方がバーチャルで、バーチャル的に書いたものの方がリアルだったりもする。
 熟練すると機械的になる。オート、自動的になる。最初から機械的だと、逆に結構マニュアル的になる。
 デジタルの方がアナログ的だったりする。アナログの方がデジタル的にやってしまうことが多かったりする。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

HPプリンター

■■ 2016年04月14日 木曜日 午前7時25分
 
 今朝も曇っており、雨っぽいのだが、かなり暖かい。14度ほどある。電気毛布で寝ていたのだが、さすがに途中で切った。朝方早い目に目が覚めたときも、汗ばむほど。掛け布団が暑苦しい。毛布系シーツで包んでいるので、これが暑苦しい。しかし、もう一度寝ようと静かにしていると、暑さも引いたようだ。これは体温が上がっていたのだろう。気温はそのままだ。
 そのあと寝て、いつもの理想的な時間に起きたのだが、そのときは普通だった。
 朝の喫茶店までの道は蒸し暑そうだったが、暑くはなく、逆にひんやりとしていたので、真冬の上着のまま。喫茶店内は暖房はさすがに入れていないためか、ここもひんやりとしている。もう真冬の服装はやめてもいいのだが、春物に替えた瞬間寒い日となることが多い。昼間は暖かいので、春物でもかまわないが、雨が降っていると、どうしても冬物になる。そちらの方が防水性が高いためだ。この季節、レインコートだろう。中綿入りではなく。マウンテンパーカーでもいい。見た感じ大袈裟すぎるので、街中では大層に見える。見た目ほどには厚着ではなく、ぺらぺらなので、暖かくはないのだ。しかし、マウンテンパーカーは防水性と防風性がある。防寒性は低いが、見た目、そうは見えない。暑苦しそうに見える。
 かなり前に買った白っぽいマウンテンパーカーは、スーツの上から着るタイプで、アウトドア向けではなく、街ゆきように大人しいのだが、ぺらぺらだ。まあ、安っぽいレインコートにフードが付いている程度だろう。
 こういうコート、この季節、もう売られていなかったりする。すっかり夏物になっているためだ。隅の方に吊されているかもしれないが、このタイプは日除け用の長袖パーカーとして真夏でも生き残っている。日除けなのだ。だから婦人用が多い。
 春の服装のイメージは、カッターシャツの上に毛糸のセーターを着て、その上に軽い目のコートや、ジャケットを羽織る。この場合、毛糸のセーターがポイントだ。これは途中で脱いでもいいのだ。この毛糸のセーターで何を守ろうとしているのか。それは体温だ。やはり寒いのだ。
 中綿入りジャケットやコートは、中に着込むセーター類一枚を省略できる。セーターとまではいかなくても、毛糸のチョッキを着ている年寄りが結構いる。胴体が寒いのだろう。
 
 昨日はワコムのタブレットと、HPのプリンター複合機を検討する。ペンタブレットは上新へ行けば、すぐに買えるが、プリンタは重いので、持って帰るのが大変だ。それにネットの方が安かったりする。同じ上新でも。
 HP社のプリンタに決めたのは、5千円ほどであったためだ。これは古い型の複合機で大きく重い。その最新機でも7千円ほど。少し良いタイプは1万円を超えるが、それでも安い。高い方はファックスと、自動給紙が付く。だからスキャナとして使うとき、連続スキャンができたりする。最近のは、Wi−Fiで繋がる。プリンタなど十年以上前に買ったきりで、使ったのはほんの一年ほどだ。だから十年ほど放置しているためか、インクは枯れ、ヘッド部は詰まっているだろう。これはよくあるキヤノンの普及機だ。これも安かった。だから、インクを買ったりする値段で、インク付きのプリンタが買える。しかもコピー機にもなるし、スキャナにもなる。だから、古いプリンタを修理してまで使うのはもったいない。ヘッド部の目詰まりは起こっていないかもしれないが、インクを入れて動かしてみなければいけない。詰まっていれば、買ったインク代がもったいない。結構高いのだ。
 ここが決め手で、HP社製はインクとヘッド一体型。しかもインクは三色で一個。減った色だけ変えられるタイプが多いが、それは常に使っている人だろう。
 ファックスは実際には使わないし、ファックスが届くこともない。まあ届いても、家の電話についているファックスは紙切れで放置している。
 ファックスやプリンタよりもコピー機能の方が使う機会がある。これもコンビニへ行けば、さっと写しを取れるのだが、使い方を知らない。聞いてまで使う気にはなれない。だからセルフコピーは百均でもあるのだが、面倒臭い。
 コピー機は、紙時代なら、もっと使っていたはず。雑誌などの記事をコピーして残したりとか。しかし、最近は紙の本や雑誌は買っていないので、具がない。
 しかし、何かの都合で書類などで、何かの写しが必要、と言うような用件があるかもしれない。例えばキャノンのカメラを買うと、キャッシュバックで1万円戻ってくるとする。その場合、買った商品の元箱の何処かをコピーが必要だったりする。これもコンビニでコピーすればいいのだが、使い方を知らないし、忙しそうにしている店員に聞けない。
 以前はどうかと思い出すと、百貨店の文具コーナーでやってもらった。昔なのでセルフではない。紙を渡せばいいだけだ。
 コンビニも、長々と説明をするより、店員がやった方が早かったりする。
 機械物は好きななのだが、その操作が分かっている状態での話だ。特に使い方の順番が記されている機械は、それを見ただけで、面倒になる。そこは原始人に戻り、ボタンやレバーや蓋などを適当に弄って動かすことになる。
 ワコムのペンタブレットは、コミックスタジオ付きのが1万円少し。コーレルタイプの方が本格的だが、これは写真加工用だろう。現像ソフトなども入っているが、使わない。写真加工用ソフトでも普通に絵は書けるが、カラー印刷での色目に関しての四色モードがあるのかないのか、詳細には乗っていない。コミックススタジオにはそのモードがある。ただ、これは自分で色を選んで塗ったときの話だ。
 それよりも、コミックスタジオが、今どうなっているのか、見たいものだ。漫画を書く総合ソフトだが、これは普通のグラフィックソフトでも出来ることだ。しかし、漫画向けの原稿の寸法や余白などを計算して作る必要がない。サイズではなく、比率だ。
 このコミックススタジオ、2年ライセンスだが、2年後、またワコムのタブレットを買ったほうが安かったりしそうだ。しかし、使わないだろう。
 デジタルで漫画を書く、それが普通になっているので、もうあまり興味はない。逆に図形ソフトなどでぎこちなく書いた方がよかったりする。パソコンで手書きと同じように書けるのなら、手で書けばいいのだ。
 ペンタブレットは、お絵かきだけではなく、マウスより疲れないで、パソコン操作ができるので、マウスとして使える。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

■■ 2016年04月13日 水曜日 午前7時14分
 
 今日は雨のようだ。朝からポツポツ来ている。空は暗いが風は弱い。昨日の朝は3度ほどだったが、10度高い13度ほど今朝はあるが、何となく真冬の服装のまま喫茶店へ向かう。昨日着ていたものは、引っかけやすい。すぐそこにあるためだろ。おまけに毛糸のセーターまで着込んでしまった。それほど寒くはないのだが。
 近所の桜はまだ咲いているが、もう花見のピークは過ぎた。しかし別の桜、八重桜などが咲き誇っている。だが、まとまって咲いている場所が少ない。この桜、赤い。ソメイヨシノは白い。そしてほんのりとピンクがかかる。これは花弁だろうか。つまり八重桜は濃い。だから、これを桜だと分からなかったりする。桜の枝は横に伸びる。縦に伸びると、あまり桜らしくない。横の枝が伸びてこそ桜の下ができる。
 桜の咲く季節、卒業や入学なども、もう終わり、桜が消える頃、そういった行事も終わり、普通になっているはず。四月スタートで、この年度が始まるのだが、そういうのとは関係のない人もいる。この年度は元旦でいい。しかし、一月の初めから入学式はないが。学校なら三学期が正月明けに始まる。卒業までまだしばらくあるが、この卒業前の三学期、何だろうかと考えたりする。非常に短い学期のように思えてしまう。冬休み明けに登校し、次の楽しみの春休みが、就職するともうなかったりするが、そのまま長い春休みに入る人もいるだろう。
 また就職してもゴールデンウイークがいけない。ここで休むと、桃源郷にいた学校の春休みの里に戻される。本当は働きたくないのだが、食べて行くには仕方がない。希望する仕事など、卒業後、すぐに就いている人など、ほとんどいないだろう。それは定年まで続いたりする。しかし、その間、密かに趣味の世界で走っていたりするのだが。
 
 昨日は久しぶりに鞄を買う。トートバッグのようなものだが、一本ものの肩掛けのショルダーも付いているので、手提げ、肩掛け、袈裟懸け、全部できるが、メインは普通のショルダーによる肩掛けだろう。手提げの紐が長いと、肩に掛けられるが、二本になる。そのうち一本が必ず外れる。その二本の紐は長さ調整できるのだが、最初から伸びきっており、短くできる程度。もっと長ければ安定するのだが、それでは手提げのとき、長すぎる。
 大きさはいつもの小さい目のショルダーバッグと似たようなものだが、トートだけあって底の幅がかなりある。しかし、ノートパソコンの仕切りはない。そして、いつものショルダバッグよりもやや縦に長い。それで底が深くなった感じがするが、ノートパソコンがぎりぎり入るよりは、高さに余裕がある方が好ましい。それと封筒なども何とか入る。かなり大きな封筒などは、横ではなく、縦に入れればいい。トートなので、実際には蓋はない。バケツのようなものだ。ファスナーで閉めるというのはオプションのようなものだろう。
 そのトートバッグのようなもの、縦に長い目なので、中折状態になっているのもある。昔はその中折れ状態で蓋になった。そして、最初からそれを狙った鞄もあり、腹にファスナーがあり、それがメインポケットの入り口にもなっている。だから、メインポケットのファスナーが二つある。これは中折れ状態を想定してのポケットだろう。
 昨日買ったとき、このタイプも横にあった。同じメーカーで、所謂型違い。値段も同じだが、中折れ状態ではなく、バケツのように開いたタイプの方がものがよく入るので、そちらを買う。この横腹ポケット式との違いは、ショルダーの付け根の違いだ。鞄のトップ部分に付くか、中程の側面に付くかだ。中折れタイプは当然下の方に付く。荷物が少ないときは、このタイプの方が折りたためるので、鞄が小さく見える。しかし、トートバッグからは外れるため、長い目の手提げは付いていない。これは使わないのだが、鞄を持ち上げるとき、少しは使う。これは取り外せない。ショルダーは取り外せる。トートのメインは手提げなので。
 生地は綿の荒いタイプ。要するに布の鞄だ、感触がいい。夏場偽皮の鞄は匂いがしてきそうで、暑苦しい。皮の匂いではなく、ゴムの匂い。偽皮も縁などでは使われているが、目立たない。
 前ポケットは蓋なし、ファスナーなしの穴が二つ並んでいる。正にポケットだ。眼鏡やカメラなどを突っ込める。レンズが飛び出たカメラは無理だが、夏場になると、ポケットが小さくなるし、服も薄いので、鞄へ移動させる。レンズが飛び出しているような大きい目のカメラはメインポケットに、小さいカメラはサブポケットに、と振り分けられる。まあ、二台持ちは殆どないのだが。
 自転車散歩中の撮影では、この鞄の前ポケットにカメラを入れていると、出し入れが楽だ。
 布製で金属部も少ないので、鞄そのものが軽い。大きさのわりには。また、綿なので、洗濯しやすい。
 この鞄一つで、ぐっと春らしくなった。鞄の色も明るい。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

ワコムおまけソフト

■■ 2016年04月12日 火曜日 午前7時12分
 
 今朝は寒い。3度になっている。これは冬だ。晴れているためだろうか。昼間は20度近くまで行くようだが、それでは気温差がありすぎる。15度ほど気温差があると、これは季節が二つできる。
 当然今朝は真冬の服装で、中にセーターも着込んでいる。このスタイル、いつ終わるのだろう。もう既に花見も終わっているのに。つまり、桜の季節はまだ冬の中ということなのかもしれない。冬の終わりが春の始まり、そこが重なっている。
 喫茶店など、朝は暖房、昼間は冷房になったりする。この変化は逆にこたえる。暑いだけ、寒いだけの方が、ましかもしれない。
 朝の喫茶店が変わったので、寒い中でも自転車で走る距離が短くなった。これは楽だ。しかし沿道の展開は縮小し、見るものが減ったのは残念だ。大したものは見ていないのだが、小学校や高校の前や、商店街前、駅前などは多少変化がある。当然行き交う人もだ。交通量も。
 学校の通学路などは、通うことがなくなれば、一生そのコースを通ることもなくなったりする。近くの学校なら、何かの用事でその近くまで行ったり、また違う用事で同じ道を使うこともあるだろうが。
 卒業というのは、その通学路が消えることだ。毎日のように見ていた道筋の風景が消えてしまう。これを見るために通学していたわけではないが。ついでに見ていたはず。見なくてもかまわないものだが、毎日見ていたのに、ある日突然見なくなる。見えなくなる。その風景が消えてなくなったわけではないが、行かなくなれば、遠いものになる。
 学校が遠い場所にある場合、そこへ行く機会はない。旅行やレジャーと違い、その通学路には何もない。それに、その通学路、決して一人ではなかったはず。時間帯も違うだろう。
 そう言う場所へ、ドライブがてら、走ってみたとしても、時が経ちすぎていると、あの頃の通学路ではなくなっていたりする。だからやはり消えてしまったようなものだ。沿道も年を経るのだ。
 知っている町であっても、それは何年、何十年も前の町で、リアルタイムの今の町ではない。そういう町は多い。行ったことのある程度の。だから、今はどうなっているのかは分からなかったりする。大して変化はしていなくても、記憶の中の町と少しずれていたりする。
 いつも通っている道、それは自分の道だ。私道ではないが。たまにしか通らない道は、他人の道になる。どちらも馴染みの問題だろうか。特に毎日往復しているような道は強い。自分の道とは親しみがあるという程度かもしれない。
 テレビなどで、よく知っている町が写っているとき、これは違うと思う。こんな場所ではないと思うことが多い。それ以前に、こんな場所だったのかと思うこともあるし、そこは何処だろうと、頭の中の風景と合致させるまで時間がかかったりする。これはリアルな町は、家から続いている。徐々に道の先が現れる。映像だと、いきなりそこへワープするため、どの方角から見ているのかが分かりにくい。徐々に近付いていけば別だが人間の目とカメラの目とは違う。狭い場所でも広角で写せば、非常に広い場所、広い道に見える。それを、自分の知っている風景と合致させるのに、少し間がいる。要するに間合いが違うのだ。
 
 昨日は夕食を作るのが面倒と言うより、いつものような食べ物では飽きるので、コンビニであんかけそばを買った。これは長崎チャンポンのようなものだ。しかし、具は中華丼の方が多い。たまにご飯ではなく、麺が食べたくなることがある。一番人気はラーメンだろう。しかしコンビニのラーメンは結構しつこい。具よりもスープがきつい。もっとあっさりとしたラーメンが食べたいとき、マルタイラーメンの方がよかったりする。
 コンビニラーメンやカップに入ったものは、温めてもらえばそこで汁が出る。この汁、放置していると固まる。プリンのようになる。それでも持ち帰ってすぐに食べられる。自分自身で出前をしているようなものだ。こういうのを店屋物と昔は言っていた。作るのが面倒なとき、出前で済ませる。店屋から運んできてもらう。「みせやもの」ではなく「てんやもの」だ。コンビニが近いと、それができる。しかし、これは夕飯作りを怠けたことになる。これは風邪とかを引き、作る元気がないときは別だが、元気すぎて、ご飯など作る時間がもったいないときもある。他のことで夢中のときだろう。
 結局そのあんかけそばだけでは足りないので、おやつも一緒に買い、結構高いものになった。
 
 ワコムのペンタブレットを見ていると、コミックスタジオだったと思うが、漫画を書く定番ソフトになっているが、それとコーレルのグラフィックソフトタイプもあり、値段は似ているので、どちらのおまけにするかだろう。もう一つ一万円を切るタイプもあり、こちらは簡単なソフトが付いている。それでもいいのではないかと思うのだが、コミックスタジオが、今どうなっているのかも気になる。コーレルは、コーレルドローとか、コーレルペイントなどを出していた老舗メーカーだ。気球のマークで有名だ。このメーカーもまだ生きているのだ。
 コミックスタジオは2年ライセンスらしい。1年だと思っていたが2年だ。2年目、どうするのだろうか。またペンタブレットを買ったほうが安かったりする。しかしペンタブレットは十年以上は持つ。最新OSで動く限り。
 ワコムのサイトから無料ダウンロードできるのだが、パッケージ版が同梱されていないのだろう。ペンタブレットのパッケージの中にCDとかが入っていないのかもしれない。ドライバーぐらいは入っているはずだが。そうでないと、設定もできないが、マウス互換モードで動いたりする。
 昔のワコムのペンタブレットにはマウスも付属していた。無線だ。タブレットの、その板の上で反応する。今はもう付けていないのだろう。
 コミックスタジオは、以前買ったことはあるが、結局使わなかった。漫画の描き方の順序を、このソフトで合わせるのが面倒なためだ。最初はネームだろう。ネームだけ書き出す。そのあとコンテと言うより、コマ割りだろう。このコマ割りの時にネームをばらまく感じだ。これでページ内に収まるかどうかはコマ割りで決まる。
 そういう順番があり、いきなりひとコマ目から書き出すこともあるが、そのための操作が面倒なソフトは扱いにくい。
 ペイント系のペンと、ドロー系のペンを一緒に使えるが、紛らわしい。ドロー系のペンは修正が効くが、潔くない。一発勝負で引けばいい。しかし、キャラクタの輪郭線、主線だが、これが一番難しい。
 その主線を紙に書いたものをスキャンするのなら、別だ。パソコンやソフトでは解決してくれない問題がここにある。紙の上で鉛筆で下書きをし、そこでサインペンなどで書いた方が早いと言うことだろう。
 紙を一切使わないで、パソコン上だけで書く場合、フラッシュが一番使いやすい。そのフラッシュ、昔はワコムのペンタブレットにおまけで付いていた。スマートスケッチという名前で。当然ソフトはフロッピーに入っていた。
 図形ソフト系だが、書くときはペイント系と同じ動かし方が出来る。このフラッシュ、アニメに至り、フラッシュプラグインとかの方が有名だが、漫画の主線を書かせれば、このソフトが一番強い。
 コミックスタジオだが、その後、どうなっているのか、少し見てみたい気もする。コーレル系は本格的になりすぎる。また、このタイプのソフトはフリーで結構ある。
 カラー漫画のウェブ版ではなく、印刷版では、コミックスタジオが好ましいだろう。印刷したときの色目の変化などで、違う色になってしまうのを避けるため、印刷用の四色対応モードに入れれば、印刷したときの色目に近くなるはず。これが出来るソフトは非常に少ない。
 昔、1万円台のコーレルソフト、これは簡易版だが、色々とツールが入っており、その中で、この四色タイプで色が塗れるものが入っていた。あの時買っておけばよかったというようなものだが、これも何かのおまけに同梱されていたりした。
 まあ、色目はプリンターによっても違うし、見ているモニターによっても違うので、何ともならないが、別の色になってしまうわけではない。
 しかし、四色対応でないと、別の色になる。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

ペンタブレット

■■ 2016年04月11日 月曜日 午前7時09分
 
 今朝は寒い。がくんと寒くなり、季節が戻ってしまった。天気図的には冬型らしい。そして、寒気が北から降りてきている。北は雨かしら、それとも雪か、と言う歌があった。今朝はそういう天気だ。
 曇っており、しかも北風が強く吹いている。当然真冬の服装だが、さすがにセーターは着込んでいない。寒いと言っても10度を少し切った程度。これが真冬なら暖かい方だろう。
 寝る前はそれほど朝冷え込むとは思っていなかったが電気毛布は一応付けていた、弱で。朝方、それでは寒かった。
 昨日の昼間や、夕方前までは暖かく、真冬の上着の人が少なく、すっかり春仕様だと思っていたのだが、違っていた。昨日は薄い目の冬のジャンパーだったが、重武装に見えた。それより分厚い上着を着ている人がいなかったりする。中綿の季節は終わったと思ったのだが、翌日逆方向へ出たようだ。より暖かくなるのではなく、がたんと寒く。
 最近徒歩散歩をしていない。真冬は歩いている人が減り、そんな寒い中、歩いている人はリハビリの人か犬の歩者程度だった。暖かくなると、歩いている人が増えるのだが、いつもの徒歩散歩コースへ行っていないので、様子が分からない。
 以前は夕食後に歩いていた。何年も同じ人とすれ違っていたのだが、その人はまだ歩いているだろうかと想像する。結構な年だ。また、その近くに大きな農家があり、隠居仕事のように、そこのお爺さんが畑を耕しているのだが、そのお爺さんを最近見ない。時間帯が違うのかもしれないが、日が沈むまで野良に出ていた。
 たまにその道を通ることがあるのだが、見かけない。その娘さんが耕していたりする。娘と言ってももうお婆さんだが。嫁か娘か分からない。
 しかし夕食後はもう暗い。以前はもっと早く夕食を食べていたように思える。今は夕食ではなく、晩ご飯だ。
 今朝も高い喫茶店へ行くが、昨日、モーニングを食べると調子が悪くなったので、今朝はコーヒーだけ。やはり朝からバターの塗ったパンとゆで卵はしんどいようだ。
 朝、卵は食べるが、焼いている。白ネギを刻んだものと一緒に焼く。卵の中にネギが入っているのではなく、最初にフライパンでネギを炒め、そのあと卵を目玉焼きのように割って入れ、中でかき混ぜる。青ネギより、白ネギの方がいい。すき焼きに入れる東京ネギのような太いタイプだ。青ネギは歯応えがなく、せっかく入れたのに食べた気がしない。このネギがほうれん草になったり、キノコになったりする。何もないときはキャベツだ。ひと玉買った、その残りがまだある。
 味噌汁にはワカメと豆腐。このワカメは刺身用。生だが、半生に近い。そのままでも食べられるが、煮た方が柔らかくマイルドになる。ここにも野菜を細かく切った物を入れたりするが、そうなると煮物になり、汁物ではなくなる。味噌汁なので、汁だけでもかまわないのだが。
 こういうのに飽きたときは、明太子などを買う。またイワシの佃煮とかも。そうなると、非常に贅沢な朝ご飯だ。さらに夕食の残りが加わると、朝食とは思えないおかずの多さになる。
 朝は、寝起きからしばらくの間は何も食べないのが習慣になっているためか、寝起きすぐに食べるのは、しんどいようだ。
 
 ワコムのペンタブレットのバージョンが古いのか、ウインドウズ10では乱れたりする。これはドライバーの問題だが、そのペンタブレットのドライバー、最新版でもウインドウズ7までだった。かなり古いため、ドライバーも更新はそこまでだったのだろう。これは1万円ほどですぐに買って持ち帰ることができるので、新しいペンタブレットにそろそろ変えた方がいいだろう。古すぎるのだ。
 そう言えば、グラフィック系のソフトも結構バージョンが古い。それらは無事に動いているので、問題はない。
 紙の上で手書きで書いたものが、そのままデジタル化されるという端末は昔からあるが、最近のは専用用紙になっているようだ。まあ、ノートというかメモ帳のようなもので、それをセットし、回覧板のようなところに乗せて書く。紙を乗せるのではなく、メモ帳のようなノートを乗せる。ノートはめくれる。
 そのままスマホやタブレットに送り込めたりするらしい。問題は解像力だ。それが低ければ印刷向けの絵などは無理だろう。それで、詳細、スペックを見たのだが、解像力は書かれていない。まあ、デジタルメモのようなものなので、用途はそのあたりなので、解像力はパソコンやタブレット、スマホで見たとき、見える程度でいいのだろう。
 このタイプのデーター、ドロー系の特殊なタイプだったりする。その場合、JPEGなどに変換するとき、解像力を上げた状態で保存できるタイプもある。
 こういうのがいいのは、モニターの上で直書きするタイプは、誤差が出るためだ。液晶の上にもう一枚膜のような厚みがあり、ペンの先がずれる。この誤差を極力薄くしているようだが、どうしても出るだろう。紙の上ならこの誤差はない。
 ワコムなどの手元の板の上でペンを動かしたものが、パソコンのモニター上で反映されるタイプの方が、この誤差はない。なぜなら、モニター側に鉛筆やペンのカーソルのようなものが出て、これが誤差がないためだ。用紙もペンもバーチャルなため、相性がいい。物理的ではないためだろう。そのカーソルは座標が出るタイプなら、正確に合わせらられる。
 だから、液晶直書きの方がアナログ的で使いやすいようだが、実際にはマウスのようにペンを使う方が、思うところに線を置ける。
 マウスだけでもドロー系ソフトなら、絵は書けるが、自由曲線のようなタイプになると、マウスではしんどい。それにマウスのクリック数が非常に多くなるので、腱鞘炎になったりする。
 ワコムの今、店頭で売られているペンタブレットにはおまけのソフトが付いている。漫画を書くソフトとかだ。しかし、前回調べたところ、1年タイプだったりする。ずっと使えないのだ。
 こういったお絵かきソフト、フリーソフトが結構あるのだが、有料タイプで、非常に軽快に書けていたのもある。今はもう売っていないだろう。ソフト会社も、OSのバージョンアップについて行けないためだろうか。
 
posted by 川崎ゆきお at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

ミラーレス

■■ 2016年04月10日 日曜日 午前7時11分
 
 今朝も曇っている。最近朝がよく曇っている。昼間晴れることもあるが、そのまま雨ということもあるようだ。この季節、雲が多いのだろうか。季節とは関係なく、前線が停滞しているようだ。この前線東西に非常に長い。そしてなかなか消えない。高気圧と低気圧が日替わりで横切る感じで、同じような天気が続いていた冬とは少し勝手が違う。
 気温はまずまずで、寒くはない。しかし相変わらず真冬のダウンジャケットのまま。このジャケット、大袈裟ではないので、まだ着られるのだろう。もう一つ軽いタイプがあり、それは昼間着ている。こちらは羽毛入りで、少し高かったが。この高くて羽毛入りの方があまり暖かくない。安い方の2000円特価の方が暖かい。発熱機能が入っているためだろうか。
 そう言えばゴールデンウイークの頃も、中綿入りのパーカーを着ていたように記憶している。それで出掛けたので、覚えている。5月でもまだ冬物を着ていたわけだ。しかし6月の梅雨頃、7月にかかるが、そのときも防水性のある綿入りジャケットを着ていた。これはかなり薄いが、ペラッとしたレインコートよりも暖がある。梅雨の雨は暖かいよりも寒いという感じがあり、暖を取っていた。当然梅雨時でも晴れて夏のように暑い日もある。雨の日だけ気温が下がっていた。そのためか、毎年梅雨が明けるまでホームゴタツはそのままだ。ホームゴタツを使わない期間が意外と短い。冬仕様の方が長かったりする。
 昨日の空模様はどうだったのかと思い出そうとするのだが、混成だ。つまり、曇りだったり晴れだったりで、印象が残らない。花曇りとは、桜の花が咲き、それでハレーションを起こして空がぼんやり曇って見えるのではなく、薄曇りの日が多いのだろう。花見の頃は。だから、それが今なので、雲が多くて当然かもしれない。このまま夏へ向かうのだが、その前にもっと雲が多い梅雨が来る。夏ではなく、梅雨だ。この雨季が夏の前に来るが、梅雨そのものが初夏だったりする。しかし、梅雨入りしても真夏のように暑い日もあるので、ただ雨が多いだけの季節と変わらなかったりする。
 東南アジアの雨季のイメージは、雨期に入ると、ずっと小雨が降り続いているイメージだ。晴れる日がないほど。海外では雨のイメージがあるのはロンドンだ。ずっと雨が降っているような感じで、そのため小雨なら傘を差さない人が多いイメージだ。こうもり傘と番傘、どちらが先だろうか。この傘は誰でも思い付くだろう。ただ、傘よりも、大きな帽子の方がよかったりする。浮世絵などに、ものすごい幅の広い帽子をかぶっている旅人がいる。今で言えば麦わら帽の大きなタイプだが、あれはきっと雨除け。だから傘は、笠なのだろう。また、肩や背中などに藁を付けていたりする。股旅物なら縞の合羽を常時携帯していたりする。これはインパネスのようなもので、マントだ。
 だから、傘というのは、そういう装備をしていないときに差していたのだろう。番傘は紙だ。身分の高い人は自分では差さない。屋根のように大きな傘を差してもらう。これは日傘だろうか。それ以前に雨の日は出掛けなかったりする。
 
 今朝はパナソニックのミラーレスに最初から付いていた28から85のパンケーキ電動ズームをお供のカメラとする。このレンズ、あまり使っていない。望遠撮影が多いためだ。しかし、携帯性は非常にいい。軽いし小さく、薄い。そのため、レンズの飛び出しが殆どない。これは富士の15000円のネオ一眼と似ている。鞄に入れやすいが、逆に取り出しにくい。レンズがかなり飛び出しているタイプの方が、そのレンズを掴んで取り出せる。鞄の中での存在感がそれほどあり、手を入れると、すぐにカメラにぶつかる。だから鞄の中から引っ張り出しやすい。それに紐類を付けていると、それに引っかかり、なかなか抜き取れない。この紐、他のものと絡んだりするし、強引に引っ張ると、他のものが鞄から出てしまう。だから、カメラにはショルダー系は付けない。
 カメラケースもいらない。それよりも、カメラの出し入れがしやすいポーチの方がいいだろう。これはカメラだけがきちきちに入る袋ではなく、結構余裕のある縦型がいい。薄くてもいいので、少し幅があれば、そこに入る。そのポーチのようなものにはショルダーが付いており、これをぶら下げる。カメラのショルダーではなく、ポーチのショルダーを。しかし、いつも持ち歩いているのがショルダーバッグなら、ショルダーを二つぶら下げることになるので、これは禁じ手だ。だから、ノートパソコンなどが入っているいつものショルダーの中にカメラも同居することになるが、先ほどのポーチ型ショルダーのように、メインポケットではなく、サブポケットが、ポーチ型ショルダーほどの大きさがあれば、鞄は一つで済む。だから、結構大きな襠のあるサブポケット付きのショルダーになる。レンズの飛び出しが小さいと、このサブポケットにミラーレスなら入る。
 鞄のサブポケットが小さく、入らない場合、ショルダーバッグの背中に雑誌入れとかの薄いが幅のあるポケットがある。ここに入れることもできるのだが、身体が当たる場所なので、ごつごつするが。
 さて、久しぶりに、このミラーレスに標準ズームを付けたのだが、先日買った同じパナソニックのLX5から見ると、大層な感じだ。画角的には同じようなもので、標準域のみの撮影。しかし、ミラーレスとはいえファインダーがあるので、それで覗くと視認性がぐっとよくなり、何を写しているのかがはっきりとする。このミラーレス、ファインダー倍率や、解像力はそれほど高くはないのだが、ピントの山がよく見える。これは受光素子が大きいため、ピントが浅い目に見えるためだろうか。実際に映るものと同じ絵面になるわけではなさそうで、見やすいように明るい目に見えるようになっているらしい。露出よりも、ピントを取りに行く方が大事なのだろう。露出補正はそのまま反映するが二段までで、それ以上の補正は反映しないようだ。
 それよりも、それなりにしっかりとしたファインダーで覗きながら撮すと、写真が丁寧になる。四隅までしっかりと見えるためだろう。しかし、このカメラのマニュアルを見ていると、光線状態などで背景液晶が見づらいときは、電子ファインダーで見て下さいとなっているので、サブなのだ。これはミラーレスの特徴で、最初からライブビューのためだろう。
 富士の15000円のネオ一眼と同じで、グリップが飛び出しているため、手かざしでの広角側の撮影も安定している。
 LX5はよく被写体など見ないで、写しているのだが、後で見る楽しみがある。ファインダーがあると、何を写しているのかが明快なので、お持ち帰り品をその場で見ているようなものだ。
 LXシリーズが、パナソニックミラーレスに進化したわけではないが、初期のミラーレスはLXと同じような形をしていた。それを少し拡大したような。当然ファインダーはなかった。この初代を結構買った人が多いはず。これに40ミリの明るいレンズと、光学式の40ミリファインダーを付けたタイプ。
 さっと写すときはLX、じっくりと被写体を楽しみながら写す場合は、ミラーレス、そういう使い分けだろうか。
 上がってきた写真は同じようなものだが。
 

  
posted by 川崎ゆきお at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月09日

村めぐり

■■ 2016年04月09日 土曜日 午前7時10分
 
 今朝は昨日よりもひんやりとしており、10度を切っていた。と言うことは最近暖かかったのだろう。雨は降っていないが、曇っている。朝、曇っていても、すぐに雲が消え、晴れることもある。朝は雲が多い季節がある。冬場より、夏場。
 10度を切ると、当然真冬の服装になる。朝、15度でも、まだ真冬の服装だろう。また室温が20度を切っていれば、当然ホームゴタツ。だから、まだまだ冬なのだ。ただ、昼間20度を超えると、これは春だ。陽射しがあれば、暑いほどになる。
 昨日はユニクロのような衣料品店へ寄るが、もう夏だ。上に羽織るものは本当に薄いペラッとしたパーカーで、握れば手の平に入りそうなほど薄い。これならポケットに入るだろうが、防水性はないので、合羽にはならない。
 デニム地の青い綿シャツ、カッターシャツだが、それが大量に吊されている。長袖だ。これはすぐに半袖になるので、早く買っておかないと、長袖のカッターシャツが町から消える。スーツの下に着る白いカッターシャツは売っているだろうが。
 ジーパン系も吊されていた。一番目立つ店のどん前に。こちらは腰サイズ別の三段階か四段階。ゴムパンかヒモパン臭い。丈が短い。そのため大きい目のサイズを買えば、しっかりと足首まで隠れるだろう。これが千円台。寸法直しなどをすると二千円を超える。だから、裾が短いタイプの方が経済的だ。見た感じジーパンで、デザインもそうなので、ポケットが腹の下に来る。これは窮屈だ。やはり脇にないと。それに浅い。
 ジーパンは特に裏地はないはずだ。裏は縫い目になっている程度。しかし、最近の、このタイプ、裏地に工夫がある。汗取りか、またはくっつきにくくするためか、生地が違っている。ガーゼのような感触だ。ぴたりとせず少し凹凸がある。これは肌着のようなものだ。かなり柔いジーパンだ。やはり足首まで隠れ、足の甲まで掛かるズボンでないと、防御力が低い。自転車に乗っていて、こけたり、擦ったりしたとき、足首に何もないというのは、無防備すぎる。布一枚で、すりむいたときなど傷つき方が違うだろう。
 結局こういうユニクロ系は、冬の名残の上着が消え、今必要なものがなかったりする。これを見に行った日は当然真冬の服装だ。今着ている服と同じタイプが買えない。売っていない。しかし、その横のスーパーの衣料品売り場なら、まだ残っていたりする。さすがに真冬ものの分厚いジャケット系は消えているが、コート類はまだ残っている。
 雨や風で桜は散ってしまったように思えたが、まだ咲いている。だから、この土日も花見は可能だ。やはり二週間は持つ。
 桜だけではなく、ふんわりとしたワタのような花が咲いていたりする。これも木だ。ただ、ぽつりと咲いている。桜のように並木道になっていたりしないので、目立たない。やはり一本では無理で、何本もないと迫ってくるものがない。大きな集合体にならないと。敢えて、そういうのを植えているのは梅と桜だけかもしれない。梅は梅畑、桃は桃畑があるので、観賞用ではないかもしれないが。
 桜もサクランボが採れるのだが、それを狙って桜並木を大勢の人が取り付いている姿は見たことがない。品種が違うのかもしれない。桜の木に登るのは花咲か爺に限られる。
 
 朝の喫茶店からの戻り道散歩、昨日は旧村めぐりをした。昔の農道を伝って自転車で走っていると、串刺し式に村を巡れる。昔はその道しかなかったのだから、由緒正しい道で、決して行き止まりにはならないで、何処までも繋がっている。
 しかし、実際にはその枝道に入り、路地に入り込む。まだ入ったことのない通りが結構ある。そう言うところでカメラを出して写すのは難しい。泥棒の下見のようなものだ。それに見知らぬ人が、生活道路に入り込んだだけでも怪しい。通行人とは違う。そんなところは通行しないからだ。住んでいる人か、郵便屋か新聞配達か、ヤクルトの配達か、そんなものだろう。ただ、朝方ウロウロそのあたりを徘徊している自転車部隊がいる。ゴミの日に多い。これは他の日には現れない。燃えるゴミ、台所ゴミの日にも現れない。大型ゴミや、燃えないゴミ、プラスチックゴミの日に限られる。
 逆にいえば、自転車に、そういう荷物を満載した状態で移動した方が、怪しまれなくて済む。不審者ではなく、何をしているのか正体がはっきりとしている人のためだ。挙動もしっかりとしている。無駄な動きがない。目標に向かって一直線だ。
 そんなとき、ウエストレベルで写せるカメラの方が誤魔化しやすい。液晶が回転するタイプなら、腹か胸のところでカメラを固定させて写せば、結構目立たない。立ち止まって下を向いている人に見えるからだ。ただ、正面から見ると、丸見えだが。
 この場合、カメラが大きいとか小さいとかは関係がない。逆にいえばカメラの形をしないカメラの方がよかったりする。
 路地裏侵入作戦は、泥棒と同じで、人目がないかどうかを先ず確かめる。しかし、いきなり裏のドアが開いたりする。
 人がそこにいても、まったく反応しない人もいる。後ろを向いていると思っていたら、急に振り返る人もいる。
 自転車などに取り付けて写すカメラがある。殆どが動画用だが、静止画も写せる。これを零戦の機関砲のようにハンドルに仕掛けておけば、ハンドル操作でアングルを変え、写すことができる。前しか写せない。だから戦闘機だ。これも考えたのだが、結構目立ったりする。これは前籠に仕込むのがよい。前籠はゴチャゴチャ何かが入っていても、目立たないためだ。
 しかし、端末が遠いと、シャッターが切れない。そこで登場するのがソニーだ。これは分離型なので、手元でシャッターが切れたりする。これで自転車の上から被写体を打ち落とす感じになり、操縦桿にシャッターを仕込んでいるようなものなので、これはいいかもしれない。モニターをハンドルの何処かに仕込めば、構図も作れる。
 こういうカメラ、海外物で安い物が結構あるが、動画が多い。だから一度シャッターを押せば、そのまま行けるのだが、動画から静止画を取るのは面倒だし、そんなに写し続けるほどの風景が続くわけではない。それに正面ばかりになる。自転車を止めて、ハンドルだけ横を向け、真横の風景を写したりするのが目的だ。
 まあ、人目がなければ、さっと写せばいいので、問題はないだろう。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

自転車散歩

■■ 2016年04月08日 金曜日 午前7時10分
 
 今朝は曇っている。天気予報では晴れになっているのだが、空一面に雲。その後の一週間予報も晴れマークが多いのだが、最近曇っていることも多い。当然晴れている場所もあるのだろう。近くでも。
 しかし、かなり遠くまで見ても、その雲がずっと続いているので、山を越えた向こう側でも無理かもしれない。
 朝の天気予報で朝の天気予報はしない。その時間になっているためだ。夜の天気予報も、翌日とは、昼間のことだ。明日は、の明日は昼間で、例えば早朝のことは、あまり触れない。ただ、最低気温の予測がある。これは朝のことだろう。朝方が一番寒くなるためだ。
 また、朝の天気予報でも、今の気温は出る。これはリアルタイムだろう。ライブなら。
 昨日は雨だが気温は高い目に予報されていたが、20度には達しなかった。今朝はそのことは黙っている。予想からどの程度離れていたのかを示してくれると、いい目安になるのだが。
 どちらにしても朝、雨でも曇っていても、昼間の気温が違っていても、大した違いはないのだが。
 昨日は低気圧の通過中か、空は大荒れで、一日雨で、しかも風が強かった。雨の中、都合三回往復した。これで靴下が濡れた。靴が濡れるほど強い雨だった。多少の防水性はあるが、紐靴なので無理だ。真上からかかる雨を受け続けていると、じんわりと染みこんでくる。傘は差しているのだが、風が強いので横殴りの降りだと、傘でペダル一までカバーしきれない。普通の雨なら、傘で何とかなる。さらに傘が持って行かれるほど強い風が吹いていたので、たまに差さないで走っていた。それで、濡れたのだろう。雨の日はあるが、三度出掛けるとき、三度とも雨は珍しい。雨で濡れてもいいのは二度までで、三度は風邪っぽくなる。湿気に当たりすぎのためかもしれない。あまりいい空気ではない。これも二度までならいい。三度目はだめだ。この雨、なかなか止む気配がなく、また晴れ間というか、降っていない間がなかった。そのため、小降りになるか、降り止むのを待ってから出掛けることができなかった。
 気温は暖かかった昨日よりもさらに暖かくなるとなっていたが、前日よりも低く、しかも雨で陽射しがないため、余計に寒く、腹具合が悪くなってきた。天気予報通りだと春物の上着で丁度なのだが、実際には真冬のダウンジャケットでないと寒いし、雨で濡れるので、ペラッとした薄いタイプでは無理だった。
 気温よりも、風の影響が強い。この風で体感温度がぐっと下がるのだ。決して生暖かい風ではなかったし。
 その雨と風で、桜が散り、雪が積もったようになっているのだが、花だけではなく、大木の葉が一気に落ちていた。まるで紅葉シーズンだ。それらの木は年中葉を付けている木だが、この季節衣替えなのかもしれない。一部の葉が一気に落ちるようだ。ケヤキとかクスノキだろうか。神社などの神木に多い。それが桜の花びらに負けないほど赤い葉を落としていた。春に紅葉だ。ただ、それらの大木、それで葉がなくなるわけではなく、青々と茂っている。古い葉を落としただけだろう。
 朝の喫茶店が変わったので、その戻り道の散歩コースも変わってしまった。まだ決まった道筋はなく、適当に徘徊しているのだが、郊外の大きな幹線道路沿いの風景になる。国道が走っており、その沿道に店屋が並んでいる。また、その国道と並行して走っている大きな道沿いにも、店屋がある。当然国道と交差するところは、賑やかだ。角地のようなもので、また分かりやすいためだろう。そこには大型店舗が建っている。その裏道は住宅地だが、実際には田圃だったところなので、何もない。古い建物などは村があった場所まで行く必要がある。このあたりの区分は村単位だ。それで町名ができているのだが、村と言っても広く、その中心部には神社と農家があるのだが、その周辺は人は住んでいない。田圃のため。そこに住宅などが建ち出すと、人口が増え、村から切り放されて一つの町になる。これは北摂の茨木、高槻あたりもそうだろう。村とは何の関係もない人たちが住んでいるため、村としての共同体ではない。それで新しい町名が増えている。ただ、不動産的にブランドとなる村名はそのまま残していたりする。その方が良い場所のように見えるためだろうか。七丁目とか八丁目とか、番地を増やしている。また、西とか、東とか、北を頭に付けて町名のブランドをぶら下げていたりする。まあ、その方が分かりやすいが。
 その国道に沿って旧街道が走っている。今では裏道になっているが、車道としては走りにくい。すれ違えないほど狭いためだ。その沿道に村があるが、全て農家ではない。今の国道沿いの店舗のようなものだろう。そういう旧街道沿いに大きな構えの家がある。これはこの地方を治めていた領主などよりもはるかに歴史のある家かもしれない。たまに古文書が発見されたとあるのは、こういう家からだろう。
 領主は変わっても、そういう家はずっと住み続けているのだろう。その近くに、千僧という地名がある。僧が千人もいたのだろうか。大きな寺がある場所で、寺本などの地名もある。坊主がただ住んでいただけではなく、それを支える店屋もあったはずだ。何も生産に関わらない坊さんは、最大の消費者。近くの農家なら、自給自足的に、自分で作ったりするだろうが。
 それだけではなく、都から見れば、陸路中国や九州方面へ向かう西国街道なので、人や物質が行き交う場所だったはず。
 田園地帯が続く長閑な場所だけではなかったようだ。
 当然、そういう痕跡は何も残っていない。大寺院の大伽藍や宿坊などはない。ただ、寺は残っている。そして地名に、この寺の名や、それを建てた有名な僧侶の名なども地名で残っている。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

気温差

■■ 2016年04月07日 木曜日 午前7時32分
 
 今朝は雨。気温は高い目になるらしいが、雨ではやはりひんやりする。そのため、朝はまだ真冬の服装。低気圧と高気圧が日替わりで通過しているような感じだ。テンポが早い。
 この雨と風で、桜の花は一気に落ちそうだ。土日まで持たないかもしれないが、まだ残っているかもしれない。もう見飽きた頃まで咲いていることもある。
 昨日は晴れていたので、自転車散歩に出たのだが、暑い。真冬のダウンジャケットのためだろう。ズボンも防寒ズボンで、中に毛布のようなものが付いている。気温は20度少しだが、陽射しがある。出るとき、それほど暑くは思わなかったのだが、暑気がしてきた。昼間、陽射しがあるときは春物でないと無理なようだ。まあ、上を脱げばいいだけの話だが。
 暑苦しくなってきたので、散歩は途中で引き返す。それで中途半端な散歩になった。もう少し遠くの方まで行きたかったのだが、日常圏内からは出られなかった。
 そして、昨日よりも今日の方がさらに暖かいと予報にあったのだが、雨でひんやりとしているいるため、春物を引っ掛ける気にはなれず、真冬もので喫茶店へ行く。他の客たちも、真冬ものを引っ掛けているので、大きな間違いではない。
 昨日の一日の気温差が15度ほど。これがいけないのだろう。朝夕と昼間とでは季節が違うのだ。
 ウインドウズ8のときもそうだが10になってからもウイルス対策ソフトを買っていない。ウインドウズが自前で持っているようで、たまに更新がある。スパイがどうのとか、ウイルスの定義などの更新だ。これでパソコンを買ったとき、必ず入れるウイルス対策のソフト、ウイルスバスターとか、そういうのを買わなくてもよくなったので、これはメーカーにとってはウイルスよりも強い脅威だろう。
 去年のクリスマスあたりに買った高い目のノートだが、快適に動いている。普通に動いておれば、パソコンなど意識することはない。いつも使っているソフトもそうだ。そのソフトのことが気になるのは、動きがおかしいとか、重いとか、その程度だ。パソコンやソフトを使っているときは、それ自身はあまり意識していない。そこでやっていることを意識する。まあ、普通はそうだろう。
 そして普段、何をしているのか。これは個人的にやるようなことは限られており、それほど多くはないはずだ。
 しかし、年々使うソフトが減ってきている。それほど多様な用事がないためだろう。
 春に買った新一太郎も、結局変化が感じられるのは、国語辞典が増えた程度で、これは変換中、目にすることになる。しかし、いつもの辞典との差はあまりなく、少し詳しい程度だろうか。僅かな差だ。日本語変換はどうしても誤変換が起こるが、これは言葉を間違えているわけではなく、思っている漢字ではないとき、誤変換と思ったりする。「感じ」と「漢字」なども。
 これは学習で何とかなる問題ではない。今は「箸」が正解だが、いつも「箸」ではなく「橋」も来るし「端」も来る。下手に学習されていると、ずっと「箸」が残ったりする。これは解決しないだろう。文脈が同じななら。
 また、単純な単漢字ほど、出てこない。ものすごい量の変換候補になる。こういうときは熟語でタイプして、その単漢字を取り出すしかない。探しているより早い。
 言葉の間違いは、その言葉を知らなかったからではなく、変換候補を間違って選択したり、学習していたものが残っていて、そのまま通過した場合が多い。要するに操作ミスなのだ。
 
 誕生日に買ったパナソニックのLX5だが、一週間ほど電池は持つようだ。買ったときは撮影以外に、色々とセットするため、弄るので、バッテリーの消耗が激しいのだが、毎日写していて一週間持つのは凄い。USBによるパソコンからの充電には対応していないので、たまに充電器で充電しないといけない。パソコン充電式は、コードを抜かないで、そのままにしていると、自動的に充電モードに入ってしまう便利なタイプもある。カシオだ。これは画像をパソコンに取り込んだとき、ついでに充電もしてしまうと言うことだ。それで、このタイプのカメラは充電などしたことがなかったりする。そのためか、バッテリー切れになることはない。ただし毎日のように使っているカメラでないと駄目だが。そのまま放置していると、バッテリーも徐々になくなる。しかしカシオのバッテリーは冬眠が長く、かなり放置していても、電源が入ったりする。
 予備のバッテリーを買ったカメラほどあまり使わない、と言うのがよくある。
 長く使うかどうかは、使ってみるまで分からない。これは相性だろう。何となく持ち出すカメラがある。
 あまり熱心に写真を写さないときは、このLX5あたりのカメラの方が邪魔にならないでよい。カメラの機能やスペックの中で、「邪魔にならない」というのはない。携帯性が優れている、はあるが。
 まあ、普通に町を移動しているときなど、写真など写している場合ではないのだろう。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月06日

春本番

■■ 2016年04月06日 水曜日 午前7時06分
 
 今朝は寒い。10度を切っているが、昼間は20度越えは確実なようで、次の日はさらに暖かいようだ。しかし、朝の気温はどうなのだろう。
 そして天気予報では、春本番と言っている。今まではまだ春ではなかったのだろうか。この本番というのは、本気の春と言うことではないが、冷やかしや前触れの暖かさではなく、気まぐれな暖かさではないという感じだろうか。暖かくなるのは4月から。これは覚えておこう。
 しかし、今朝は寒いので、真冬の服装で寝起きの喫茶店まで行った。当然中に毛糸のセーターを着込んでいる。春本番の暖かさの日がこれかいと思いながら。
 そして、今朝はモーニングを食べる。昨日は拒否したのだが、やはり腹が空く。それにやはりコーヒー代が高いので、食べないと損だ。卵だけでも持ち帰ることもできるが、殻がないので、食べなかったことが分かるが。トーストは分からない。そう言えば以前モーニング付きの喫茶店へ通っていた頃、食べ切れないとき、ポケットにゆで卵を入れて持ち帰っていたが、それを出すのをよく忘れていた。そして、持ち帰ってもあまり食べなかったようだ。ご飯のとき食べればいいのだが。おかずとしてのゆで卵の予定がない。これはやはり喫茶店で口に含むものだろうか。サラダなどを作るときは、いいが、それでは足りない。
 暖かくなってきたので、桜だけではなく、色々な花が咲き始めている。春先ではなく、春本番になってから咲き出すのだろうか。花も木も、その名など知らないで写している。一般的な松などは別だが、杉と檜の違いになると、よく分からないし、木は樹木だけでは同じに見える。まあ、葉もそうだが、枝振りも似たようなものが多い。花は花が咲けば分かりやすいが、咲いていないと何かよく分からない。ただの草だ。
 木の花は桜だけではなく、梅もそうだが、その他にも色々と見かける。それを写し取っても、何の木なのかまでは知らない。
 鳥もそうだ。大きさが雀より小さいとか、大きいとか。ハトより小さいとか、その程度で。当然色目もある。同じ種類の鳥で色違いとか、模様違いもあるので、別の鳥だと思い込んでいることもある。それなりに大きな鳥が止まっていたので、望遠レンズで覗くと、鳩だったので、ガッカリしたこともある。これは鳩がいそうなところではなかったことと、一羽だったことで、ハトではない別の鳥だと勘違いしたのだ。紛らわしい真似をする鳩だった。しかし、鳩に近い大きさの鳥は珍しい。滅多にいない。
 そういう花などを写すときは、ファインダーがある方が綺麗に見える。背面液晶だけでは花の何処にピントが合うのかが分かりにくい。花びらに奥行きがある場合もある。
 昨日は先日買ったパナソニックのLXで写したのだが、液晶が回転しないので、適当に近付いて、カメラをあてがって写した。構図などは見えない。しかし、後で見ると、結構いいのが写っている。写しているときは見ていないので、戻ってからの楽しみになるが、ピントが外れていてガッカリすることもある。鞄の中に同じパナソニックのミラーレスを入れていたので、離れた位置での花は、これの望遠が効く。それにピントがすっとくるのが分かるので、気持ちがいい。望遠ズームなので、どの画角でもピントの山が分かりやすい。これで広角だと、よく分からないだろうが。
 この望遠ズーム、90センチまで350ミリで寄れる。特に優れたテレマクロというわけではないが、最短撮影距離が全域で変わらないので、90センチ以内に入らなければ、好きなようにズームができる。テレマクロ的なのは、こちらのカメラで、広角マクロ的なのはLXで写し分けている。いいコンビだ。しかし、実際に写し始めると、ファインダーのある方が写した気になるので、ミラーレスの方を使う。使い方は一眼レフと同じだ。ファインダーが電子ファインダーになっているだけ。
 だから、ミレーレスがメインで、LXがサブになるが、これは撮影的なことをするときだろう。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

花冷え

■■ 2016年04月05日 火曜日 午前7時14分
 
 今朝は少し寒い。ひんやりとするが10度を切っていないので、これでいいだろう。真冬の上着を着ているのだが、いつものではなく、少し薄い目で、軽い目だ。これは同じ形で同じ色なので、違いが分かりにくいが、値段が少しだけ高い。本物のダウンジャケットで、羽毛が入っているが、量は多くない。だから、雛のように親より大きく膨らんだようにはならない。そのため、いつもの安い方のよりははるかに軽い。その分、真冬はこれはあまり暖かくないので、着ていなかった。冬前に買っているのだが、本当に寒くなってからは放置していた。しかし、春めいてくると言うか、春になると、この薄くて軽いダウンジャケットが効果的だ。昨日の夕方前からこれを着ている。雨が降っても何と防水性があるようだ。そうやって徐々に春物へと移行するのだが、薄い目の冬物で十分だ。
 今日は晴れるらしいが、朝から曇っている。そして気温も低い目。これは花冷えかもしれない。雨と風で満開の桜は散りかけており、路面はピンク色。雨のように花びらが溜まっていたり、風が吹くと桜吹雪と言うより、足元に流れる。当然上からも落ちてくるが下の塊が砂嵐のように動いている方が見もの。
 さらに雨が降ると、今度は汚い色になる。昨日も満開だったのだが、雨で、もう桜などは見ていない。桜も咲き始めは立ち止まって見ている人がいた。今は、雪のように積もった花びらを見ているのだろうか。上ではなく下を。
 昨日は桜がまだ満開なので、夕方前の喫茶店からの戻り道に自転車散歩に出ようとしたが風が強いので、それで気が萎え、真っ直ぐ戻ることにした。悪い風が吹いていたように思える。雨が上がったあととはいえ、湿気ているためだろう。それに風が結構強かった。低気圧の通過中だったのだろう。
 今朝も寝起きの喫茶店は近くのコメダ。普通の喫茶店なのでモーニングが付く。同じ値段で付いてくるので食べていたのだが、やはり寝起きからバターの付いたパンと、卵はしんどい。この三つともしんどいのではないかと思える。食パンも朝からではしんどい。それで今朝はモーニングを拒否した。すると、豆が出てきた。小袋に入っているので、そのままにしておいてもいい。どうせ固いだろう。
 やはり朝からそういうのを食べると、しんどいようだ。いつも朝は起きてから二時間ほど先だ。寝起き食べると、眠くなったりする。
 
 パナソニックのLX5だが、何か日常的な写真は、これで間に合ってしまうような感じだ。鳥や猫を写さない限り。
 24から90あたりまでのズームだけで事足りるのなら、楽な話だ。このあたりのカメラの選択肢は非常に多い。ちょい写しで、さっと写し、さっと立ち去る程度の撮影には合っている。このあたりの画角なら背面液晶でも困らない。
 安いし、誕生日だし、と言うことで、記念的に買った程度のカメラで、最初からこのカメラを狙っていたわけではなく、またずっとこのカメラを買おうと思い続けていたわけではない。それこそ中古展示品を出合い頭に見ただけのことで、これは偶然だ。新品カメラなら、行けば必ずおいてあるので、そこにそのカメラがあることは分かっているが、中古になると、何が出るのか分からない。まあ、ぜんぜん売れないまま、ずっと晒されているものもあるが。
 そういう軽い感じで買ったのだが、結構このカメラで満足してしまったりする。12000円で。
 少し使っただけだが、手にもポケットにも馴染むようになった。とにかく静かなカメラだ。ジージー言わない。
 カメラが小さいので、片手撮影は楽だが、ブレやすい。しかし、シャッターのボタンの感触が良く、押したときお辞儀が少ない。小さいわりにはシャッターボタンが大きく、受け皿も少しだけ出ている。いいシャッターボタンかどうかは音で分かる。電源を入れない状態で、シャッターボタンだけを押せば分かる。ぺこぺこと音がしない。また、電源を入れた状態でシャッターを普通に押すと、シャッターボタンの上下のぺこっと言う音ではなく内部で何か音がするものだが、それも聞こえない。
 もしかして、これがずっと探していたコピーライカではないかと思ったりするのだが、それは流動的だ。しかし、カメラを正面から見ると、ライカの名がある。レンズに刻まれている。だからライカだというわけではないが、その雰囲気が多少するのは、作りがいいためだろうか。
 まあ、このタイプのカメラ、その後いくらでも出ており、最近では1インチ高級コンパクトタイプがそれだろう。しかし、あまりメカメカしていない方が扱いやすく、取り出しやすい。ただ押し出しはないが。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

正方形

■■ 2016年04月04日 月曜日 午前7時15分
 
 今朝は雨。何ともならない。傘を差し、寝起きの喫茶店へ自転車で向かう。一日雨となっていても、降っていない時間帯がある。だから予報で雨でも、傘がいらなかったりも。しかし、今朝は傘が必要だった。
 気温は15度と朝から高めだが、昼間はそれほど上がらないらしい。これは雨の日は一日の温度差が小さく、ずっと同じままのことが多いためだろう。その方が過ごしやすいが、雨では何ともならない。
 寒いわけではないが、真冬のダウンジャケットを引っ掛ける。さすがに下にセーターは着込んでいない。結局真冬のこのタイプ、防水性がある。だから雨の日、暖かくても、引っ掛けやすい。ダブッとしていることもあり、袖も通しやすい。
 この2000円台で買った特価のダウンジャケット、見た感じ大袈裟ではない。外見暖かく見えるような加工もない。例えばウール風とか、毛羽だったものが出ているとかだ。そう言うのがないので、意外に長く着られるかもしれない。
 朝の喫茶店を変えたので、雨の日でもあっという間に着く。その分、値段が高い。また、珈琲も美味しい。お代わりが欲しくなるほど美味しい珈琲は珍しい。
 珈琲の味の決め手は、美味しい砂糖やシロップや生クリームだったりする。
 朝、その喫茶店でトーストと卵を食べるので、朝食が重なるのだが、帰ってからもしっかりと朝食を作り、食べている。昔の農家では、日が出る頃、野良に出る。そのとき、野良までの道で何か食べていたりするらしい。そして、戻ってからまた朝食を食べる。ずっと出っぱなしではなく。まあ、田圃が近いためだろう。朝飯前というのは、その朝食前のおやつを抜いた状態で仕事をやっつけてしまうことらしい。腹にしっかりものが入っていないと力が出ないので、そんなコンディションでもやってしまえるほど軽い作業だったということかもしれないが、作業が軽いのではなく、本人にとっては簡単な仕事だったのだろう。同じことを他の人がやると、バテるような。
 朝飯前。やはりこれは早朝だろう。朝ご飯の前だ。起きて間もない頃。だから、寝起きだ。
 一日の仕事を朝飯前にやってしまう。これは文字通りの話で、朝食までの時間に、一日分の仕事を終えている。これは楽そうだ。それなら朝飯は何のために食べるのか。ご飯を食べて、しっかりと仕事をするのではなく、もう既に仕事は終えている。だから、腹が空いたので、食べるのだろう。これで、昼や、おやつや、夕食も。
 朝飯前に一日分の仕事をしているのだから、もう朝食後、仕事をしなくてもかまわない。もしやると、二日分も三日分もやってしまうことになる。この一日分とは何だろう。まあ、大の大人が一日がかりでやる仕事の平均的な量だろう。
 三日分、四日分を一日でやってしまう人は、凄くできる人と言うより、できすぎる。そのため、儲かるだろう。
 朝飯前に仕事を片付けてしまうと、朝飯後暇で暇で仕方がないだろう。だから、ゆっくりとやればいい。
 これは、本当に物理的に時間が一定量必要な仕事なら別だろう。百メートルを五秒で走れる人はいないのだから、どうしてもそれ以上伸びない仕事がある。いくら早い人でも。
 オリンピックの百メートル決勝。誰がトップであっても、これはもう全員早い。
 
 パナソニックの最高級コンパクトデジカメLX5をポケットに入れ、たまにポケットに手を突っ込み、触っていると、いつに間にか比率が1対1になっていた。写すとき、液晶を見ると、故障したように見えたが、すぐに気付いた。両端が欠けている。
 この偶然を活かし、その日は正方形フォーマットで写してみた。これは新鮮だ。一種のトリミングで、やや望遠気味になる。左右が消えると小さく見える。液晶も小さくなったような気がする。見ている像は同じなのだが、一回り小さく感じる。左右が欠けているだけなのに。
 この比率変更はレバーでできる。だから不本意に動いてしまうこともある。
 元々、このカメラ、3対2のやや横幅の比率の液晶で、3インチだが高さが少し低い。その分横に伸びている。これはカメラの背を押さえたいためだろう。
 正方形比率で液晶を見ると、まるで切手だ。結構小さい。しかし、左右に余計なものが入り込むので、アップ気味にして左右を切ることを思えば、最初から切れていたりする。だから、風景を切り取るとき、この正方形は切り取りやすいようだ。
 不思議とデジカメを使うようになってから縦位置撮影はない。横長だ。その方があとで使い回しやすいためだろうが、電書の表紙などでは、本を模したものになるため、縦長だ。そういう写真がない。全部横長だ。
 正方形で写してトリミングする。これは66カメラで写して、あとで横長にも縦長にもできるのと同じかもしれない。だから最初からトリミングなしでも使える64でもいいのだが。逆に67もある。67というフィルムがあるのではなく、カメラ側で仕切っているだけ。
 昔、富士の68の一体型カメラがあったように記憶している。こちらの方が細長いので、雑誌などのサイズに近かったのだろうか。この69か68か67か忘れが、複数あった。このカメラ、コンパクトカメラの親方のような形だった。丁度ペンタックスの67が一眼レフの看板のように大きいような。あれは本当に写せるカメラではなく、カメラ屋の看板ではないかと思えたほどだ。ちなみに富士の64を買っている。レンズでこれだけ違うのかと思うほど、鮮明で細かい絵になった。つまり、今で言えば受光素子の大きさより、レンズ性能の方が大事ということになるのだが、それだけでは決まらないのがデジタルもので、デジタル処理の性能の違いも大きい。
 正方形フォーマットの35ミリ版カメラを買ったことがある。中古だ。あまりヒットしなかったようだ。ハーフサイズもそうだが、仕切り方だ。狭くすればいいのだ。ハーフサイズだと縦型になるが、正方形だと縦横が同じなので構え方は同じでかまわない。
 このカメラを持って原付バイクで九州を一周したことがある。撮影目的で行ったわけではないため、これ一台だ。あまり写りは良くなく、失敗だったが、ぼんやりと九州各地が写っていた。まあ、バイクで走っているときは、止まって撮影などする気が起こらない。移動量のわりには、大したものは写っていなかった。これなら近所のカメラ屋までの道の方が沢山写すものがあったりした。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月03日

パナソニックLX5撮影

■■ 2016年04月03日 日曜日 午前7時14分
 
 今朝は曇っており、雨が降りそうだ。しかし、暖かい。10度を完全に超え、15度ほどあるだろうか。
 こう暖かいと、服装を変える必要がある。昨日も昼間も暖かく、絶好の花見日和で、さすがに真冬の服装では暑いので、セーターを脱ぎ、上着も軽めの冬物にした。薄いナイロンの表地に、裏地がボア。フード付きのパーカーで、結構薄いが、ボアが効いている。それでも暑いほどだった。羽織るものがいらないほど。
 今朝はそのスタイルを引き継ぐ。カッターシャツの上にパーカーだけでいい季節になっているが、これは平年よりも高い目のためだろう。これで一気に春が来た感じで、服装ががらりと変わりそうだ。これはやはり「ある日突然春」に近い。徐々にではなく。
 しかし、ここで薄着をすると、夜になると、風邪っぽくなったりする。これはうららかな春の日に多いことで、問題は夜だ。
 先日バーゲンで見た麻と綿のタイプが丁度の季節になっているのだが、そのジャケット、見付からない。特価が終わっても、奥の定位置に吊されているはずなのだが、ない。全部売り切れたわけではないはず。それに今が丁度のシーズンで、似たようなものも並んでいる。これは探し方がまずかったのかもしれない。次のバーゲンのとき、また目立つところに出て来るかもしれないので、それを待つしかない。これは夏も着られる。
 以前買ったもので、それに類似するものはないかと、探すと、同じようなデザインの綿タイプがあった。これもペラッとしている。結構着古しているようで、色あせしているのか、日焼けなのか、変色しているが、がさっとした綿だ。泡立つような。これがあれば、あの特価品はいらないのではないかと思えた。そう言えば、この季節になると、このジャケットを取り出して着ていたような記憶がある。その後、梅雨に入り、防水タイプの方が有利なので、そのタイプを探していたような記憶がある。
 ゴールデンウイークの頃、中綿入りの軽いパーカーを着ていたことも思い出す。これは春になり、暖かいので、薄着をしていたため、少し暖が欲しくなったのだろう。
 そして、梅雨前になると冷房が来る。これでまた分厚い目の上着に戻ったりする。
 昨日は花見日和だったのだが、午前中までで、雲が多く出てきて、曇り空に変わった。夕方前の喫茶店からの戻り道に散歩を試みようとしたのだが、桜は満開だが、空が今一つだ。午前中ならよく晴れていたので、丁度だったのだが。
 その午前中は、朝の喫茶店の戻り道の大回りで、多い目の距離を自転車で走った。真冬の服装で。これは結構疲れた。暖かくなってくると、走りにくくなる。寒いときよりも、身体がだれやすい。
 今朝は先日買ったパナソニックのLX5をポケットに入れて、持ち出している。デスイズコンパクトという感じで、非常に小さいわけではなく、軽いわけではないが、コンパクトカメラの真髄を行くようなカメラだ。つまり、あまり撮影という感じではなく、さっと出して、さっと写す程度の。とりあえず24から90のレンズが付いているので、やや広角寄りだが標準域は全部カバーできるので、普通に写すには、これで十分だろう。特に24ミリがいい。そして、90ミリの中望遠は一番好みとするところなので、これは当然いいのだが、ズームしないと、90ミリまで行かないので、一寸手間だが。ズーミングはズーム比が小さいわりには遅いが、行ったり戻ったりの調整が細かくできる。音も静かで、ズーズー言わない。電源を入れたとき、沈胴が伸びるのだが、このときも音が低い。殆ど聞こえない。このあたり、高級機らしさがある。ズーム比が低いので、そんなものかもしれないが。
 不思議とこのカメラ、初期値は音がしないようになっている。シャッター音や操作音だ。前の人がそういう設定をしていたのかと思い、リセットしたが、やはり初期値からそうなのか、音がしない。
 このカメラによる撮影方法というのは特にないが、立ち上がりの24ミリでラフに写せる。これは移動中とかに、さっと取り出し、さっと写す程度。日常携帯カメラで、撮影目的がないときに写すには丁度いい。こういう懐刀カメラ、結構愛用機になるのだが、xl5は十分その資質がある。カメラのデザインも目立たず、地味でシンプルだ。昔のカメラで当てはめると、コピーライカ系のレンズシャッター機よりも現代的で、家電的だ。コダックなどが出しそうなデザイン。カメラっぽくなく、コンパクトカメラっぽい。だから、デスイズコンパクトカメラだ。これぞコンパクトカメラというデザインだ。それが目立たなくていいのだろう。だから取り出しやすい。カメラに気合いがこもっていない。しかし、聞こえないような操作音で、動きは滑らか、決して早くはないが。
 このXLの最新機になると、電子ファインダーが付き、本格的なカメラになる。受光素子はミラーレスと同じタイプになり、少し大きく重くなる。その前に出たXL7のほうが傑作かもしれない。先日買ったXL5の次に出たタイプで、f1.4と明るい。これはリコーと張り合っていたのだろう。
 いずれにしても、このXL5、普通に持ち歩き、普通に写すということで、カメラそのもののパワーというか、このカメラで写せば凄い世界が写せるというような雰囲気はない。日常携帯カメラだ。しかし、バーゲンで1万円する服が2千円ほどで買った満足感がある。ものそのものが良いので、その満足度も高い。これを2000円の安い服と同じように乱暴に着るようなもので、これは贅沢だ。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月02日

LX5続き

■■ 2016年04月02日 土曜日 午前7時04分
 
 今朝は晴れており、しかも暖かい。絶好の花見日和だ。大阪方面は満開らしい。きっと花見スポットは混雑するだろう。
 暖かい朝なのだが、まだ真冬の服装のまま。しかも中にセーターまで着込んでいる。これは少し暑いかもしれないが、脱げばいい。暖かいとはいえ、朝はまだひんやりとしているものだ。
 雲が殆どない青空となっているが、春の天気は変わりやすく、毎日天気が違っていたりする。晴れは三日も続かない。一日か二日。雨もそうで、長くは降り続かないが、冬場に比べて、雨の日が多い。しかし、春の長雨、菜種梅雨という言葉があるので、何日も雨が続くこともあるのだろう。
 今朝も寝起きの喫茶店は近所のコメダ。これが近すぎて、あっという間に着いてしまう。それは好ましいのかどうかは分からない。体調が悪いときは、好ましい。また雨の日なども、楽だ。そのためいいことばかりなのだが、もう少し沿道風景を見ながら、到着したいものだ。距離が短いと見るべきものも少なくなり、変化も少ないためだろう。そして近すぎると、風景が同じで、同じユニットが並んでいるだけになる。
 昨日は雨模様だったが、朝の喫茶店からの戻りは止んでいたので、少しだけ、近くを自転車で探索する。この方面はあまり何もないので、普段から踏み込んでいなかった。田圃だったところに住宅が建ち並んだだけで、何ともならない風景だ。村だった頃の農家跡などは、固まった場所にあるので、田圃は田圃だけで拡がっている。田圃の中にぽつりと農家はない。家もなかった。残っているのは畦道。田圃に通うための農道。田圃だけがあるのではなく、通路がある。その農道を見付けないと、抜けられない。他の道は私道で、これは抜けられないことが多い。道は広いが。
 あとは農水路だ。これは畦道、農道に沿ってあるのだが、全ての田圃に水を入れるため、水路が張り巡らされている。小さい水路は潰されたが、大きな水路は残っている。これは農業用水の意味をなくしても、排水溝としては必要で、作らなくても、最初からあるので、潰さないで残しているのだろうか。それよりも、もう誰の土地なのかが分からない。農道は市道となったように、公共のものになったのだろうか。
 見るべきものはないが、最初に建った家などが結構古くなっているが、趣がない。安っぽい建売住宅のためだ。
 ただ、この近くに旧西国街道が走っており、その沿道はさすがに古い。
 
 煙草の値段が上がっていた。知らなかった。30円ほど高くなっている。朝の喫茶店も高い店に行っているので、これは効く。しかし、以前吸っていた煙草よりもまだ安かったりするので、何とかなるだろう。大きな値上がりをしたとき、銘柄を落としたため、煙草が値下がりしたように見えた。今回はこれ以上落とせないので、モロに値上げだ。
 
 パナソニックLX5の続き。
 このカメラにもデジタルズームがあり、実際には三種類ある。まったく劣化しないタイプと、劣化が殆どないタイプと、劣化するタイプだ。殆ど劣化しないタイプでは200ミリあたりになる。普通の光学ズームでは90ミリ。
 以前のカメラなら、ズームレバーを回していると、一度止まる。区切りがある。それは液晶でもバーで見ることができる。ここから先は超解像ズーム域ですよ、などの合図だ。それがない。まるで普通のズームと同じように敷居がない、イケイケだ。この超解像ズーム、よく使っているのだが、本当に劣化が分からない。まあ、最初から劣化しているレンズなら、全部劣化だが。
 ズーム比は保存画像サイズにより少し変化する。小さい目のサイズで保存すると200ミリを超える。これはありがたい。このカメラだけを持ち出して、望遠が欲しいと思うとき、これがあると助かるが、あくまでも非常用だろう。本当に欲しいときは200ミリでは足りない。
 この劣化が殆どないモードへの設定は、撮影ー度が初心者向けのフルオートなら、何もしなくてもいい。最初からそうなっている。画像サイズを変えると、ズーム比が伸び縮みする程度。
 
 猫や鳥などを、このカメラで写せないわけではないが、やはり望遠がいるだろう。鳥などはピンポイントで来る。そのとき、フルオートでAF自動認識だと、うまく捕まえてくれないときがある。そんなときは追尾モードに入れればピンポイントAF枠になり、鳥が動いても追尾する。これはよくあるモードだが、フルオートでもそれが可能で、ボタンを押せばそのモードに入る。これは他のカメラでもあるので、もっと活用した方がよかったかもしれない。できるだけカメラ任せで写したいので、積極的に使っていなかった。
 ピントは、カメラが自動的に選択してくれるモードに入れているのだが、実際に写した写真でも、何処にピントが来ていたのかがすぐに分かる。これもボタン一つで、ピントを合わせた場所を拡大してくれる。違うものが拡大されていると、ピントが抜けたとか、外れたとかになる。これは撮影後、すぐに確認できるので、便利だ。草の茎などに合わせたときなど、おそらく合っていると思いシャッターを押す。実際には合っていなかった場合が結構ある。写したあと、このボタンを押せば、拡大した見られるので、どこで合っていたのかがすぐ分かり、違っておればすぐに写し直せる。
 当然マニュアルフォーカスも効くが、昼間では見えないだろう。これは電子ファインダーでないと無理かもしれないが、液晶がしっかりと見える日陰などではいけるかもしれないが、裸眼では無理だろう。
 しかも液晶が回転するタイプではないので、ローアングルでは、実際には何も見ていない。レンズの先と角度だけを見て写している。だから、写したあと、ピント拡大確認はありがたい。拡大して、本当に合っているかを見るのではなく、何処にピントが来ていたのかを見る程度なので、液晶が反射して見にくい場合でも、その程度は見られる。
 
 デジカメの後ろ側には液晶と一緒に、その右側に十字キーなどが仕込まれているはずだ。その十字キーの四箇所に、セルフタイマーとか、そういったのが入っているのだが、このカメラ、マクロに関してはレンズ側で切り替えられるので、十字キーにはない。また露出補正も十字キーにはない。これも独立した電子ダイヤルにあるので。それで、十字キーの用途が余るので、ファンクションキーなどが仕込まれている。これは何かを登録すれば、その機能を呼び出せるという仕掛けだ。アーサー感度でも何でもいい。
 
 その後の実写での画像だが、風景などを出合い頭にさっと写すには、こういったコンパクト系は大袈裟でなく、良い。ただカメラが小さいため、しっかり構えることが大事だが。
 運悪く、小雨の日だったが、傘を差しながら、さっと写す。こういうときは24ミリで近寄って写した方が確実なようだ。その描写は周辺まで綺麗に写っている。これは曖昧な言い方だが、飛びそうなところや、荒れそうなところを良く押さえ込んでいる。つまりしっくりと写っている。特に周辺部でアラが出るのだが、大丈夫なようだ。ピントが深度内に入っているのに、ぼんやりしているようなことはなかった。
 昔のフィルム時代のカメラだと、開放から二つほど絞った方がよいとされていたが、受光素子の小さなカメラでは絞るとアラが出るようで、開放で写すのが一番良いとか。開放はF2あるのでピントが浅くなるのだが、受光素子の恩恵で、中間距離より先は、もうパーンフォーカス状態なので、適当なところにピントを合わせていても、あまり変わらない。
 風の強い日だったので、自転車が転倒していた。それを自転車の上から乗ったまま写す。水平線も出るように。そのため、ローアングルになるが、このカメラ、液晶が回転しないので、しゃがみ込まないと無理だ。しかし、カメラが小さいので、ぐっとカメラを下に持ち、片手ですっと伸ばしたままシャッターを切った。当然液晶など見えない。
 グリップを掴んでの片手撮影ではなく、そこを持つとカメラが下を向いてしまう。だから、四本の指でカメラの底を持ち、残る親指でカメラを支えながらシャッターを押す。これはカメラが小さいので、カメラを包み込むようにして持てるためだ。最後はぐっと伸ばす。これは自転車の前ではなく、横から写す感じだ。要するにペダルのところまでカメラを下ろす。指で軽く掴む感じで持ちながら親指で押す。これは右手でやった。
 カメラ片手にリーチのある限り伸ばして、突きだして写す。こういうのが小さなカメラならできる。
 自転車にピントが合っているかどうかは、お任せだ。この場合、画面の中央でなくても、何とか合うものだ。他に近い距離のものがないとかなら。
 まあ、こういうものは写っていても写っていなくても困るようなことではないので、適当でいい。ただ、自転車が小径で転倒していなければ、いつもの何でもない道なので、写すようなものは何もない。
 画質に関しては細かいものまでよく写り込んでおり、これは受光素子が数倍違う同じパナソニックのミラーレスの標準ズームより写りが良かったりする。
 カメラは写りよりも、そのカメラの持っている雰囲気で、他のカメラでは写しにくいものでも写せたりする。というか写す気になる。いいカメラでも写さなければ、ないのと同じだ。
 こんな小さなコンパクトカメラでこれほど写るのだから、よりハイクラスの一眼レフならもっと写るだろうと思うと期待外れになる。
 
 こういう小さなカメラだと喫茶店で弄りやすい。これはパーティとか、日常の場だと、大きく厳ついカメラは出しにくい。スマホならいけるだろう。要するにあまり目立たないカメラの方がいい。やる気満々の精悍なカメラよりも。
 それで、久しぶりにカレー屋に行ったので、その店内をさっと写す。これも手の平で隠してしまえるほど小さいし、あまり撮影っぽくない。これもスマホでメモ的に撮しているようなものだが、それでも店員の視線がないときにしか写さない。しかし、写した写真をよく見ると、奥の方でこちらを見ている目と合ったりするが。
 昔のカメラなら、ピントを合わせてから構図を取っていたのだが、今は先に構図を取る。ピントはお任せモードだ。真ん中の一点以外でも合うため、手前のものに合いやすいが。それよりも、早くカメラを引っ込めることが大事なので、さっとあてがった状態で、さっと写すことが多い。向けた瞬間、もうシャッターを切っている。これは今のようなピントがいいところに合ってくれるからだろう。昔の広角なら、目測で深度読みをして合わせていたのだろう。今で言えば、35ミリフルサイズのカメラだ。コンパクト系デジカメのようにピントは深いわけではない。いくら広角でも。
 
 考えてみれば贅沢な話で、このクラスではトップだった最高級機を気楽に使える。これは旧タイプになり、強度が落ちたため、それほどの憧れのカメラではなくなったためかもしれない。もし、当時、このカメラを買っていたとすれば、写すのがもったいないような気がしたり、今ほど気楽には扱えない。ほんの数年のことだが、中古になり、値が12000円まで下がったのだ。
 しかし、パナソニックのCCD後期のコンパクト系はよく写っていた。特に木の幹などは、鮮明で、それが一番小さな受光素子で撮したものだとは思えないほど。あれば何だったのかと思う。また、カード型のソニーの小さなカメラをよく写っていた。それもCCDだ。その後進化したはずなのに、そういう写り方にはならない。不思議な話だ。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

誕生日記念カメラ

■■ 2016年04月01日 金曜日 午前7時11分
 
 今朝は雨だが10度を超え、暖かい。春の甲子園が終わったので、やはりこれを越えると、暖かくなるのは本当だった。要するに4月に入れば暖かくなるという普通の話だが。
 大阪方面はまだ桜は満開ではないが、結構咲いている。今が見所だが、あいにくの雨。明日になると晴れるらしいが、その翌日の日曜日はまた雨のようだ。この桜、明日の土曜ではなく、次の土曜でも間に合いそうだ。つまり見所は二週間ある。満開前か、満開を終えて、まだ咲き誇っている間。花の命は短いと言うが、椿など冬の間ずっと咲いていたりする。ぼとぼと花びらを落としながらも、まだ蕾がある。椿はあの葉の分厚さ、あそこに秘密があるはず。桜餅は食べられるが、椿餅はない。固くて食べられないのだろう。
 今朝は近所のコメダへ行く。喫茶店だ。高いが近い。雨が降っていても、この距離なら大丈夫だろう。歩いて行っても、それほど時間はかからない。結局コメダよりは安いファミレスへ行くのが大層になり、寝起きの喫茶店は当分コメダに落ち着くのだろう。ファミレスだと100円安く、朝モスならさらに100円安い。
 ファミレスはモスよりも遠く、しかも坂がある。この坂を雨の降る日に傘を差しながら自転車で走るのは、結構辛い。帰りはグライダーのように動力なしでも戻れるのだが。
 昨日もコメダだったが、その帰り道、逆方向へ突っ込む遠回り散歩を試みた。このあたりの道はよく知っており、さらにたまに通っている。しかし、出発点が変わると、方角も変わる。いつもの大回り散歩の戻り道を逆走する感じになり、風景が少しだけ違う。逆方向から見ているため、見えなかったものが見えたりする。バックミラーで見ているような風景だ。後ろを見ながら前に進んでいるようなもの。
 散歩範囲が狭いと、より細かくものを見ていくようだ。風景資源を掘り返す感じだ。
 このコメダへの道は昨日も書いたように旧農道で、かなり続いている。だからその道をもっと先に進めば違った捉え方ができる。これは川沿いだけを狙って遡るようなものだ。その農道を奥へ進むと、まず最初に神社がある。そこで回り込む。農道の突き当たりに神社。村の道らしい。そこが目的地だったりするが、当然神社の横を抜け、さらに道は続いている。その神社前の狭い農道は、よく通っている。境内には古木が多くあり、桜も咲いていたので、それを写すが、こういうのを大量に写しても、何ともならない。もう一つ何かが絡むとか、噛んでくるとかしないと。
 まあ、デジカメなので、そういうのを写し取れるのだろうか。フィルム代がかからないし、現像プリント代もいらない。
 境内で掃除をしている神社の人がいる。こういうときカメラを片手に持ってウロウロしていると、それなりに怪しまれない。まあ、桜が咲いているので、それで十分だ。見るべきものが何もないところで、じっと立っていると、これは不審だろう。
 神社の裏は国道171号線。昔の京へ向かう西国街道だが、ルートが違う。神社は街道を向いていない。ケツを見せている。本当の街道は反対側にあり、その旧街道から見ると、枝道の向こうに神社がしっかりと遠目で見える。こちらが正面で、街道を見ている。
 そういう道を辿っていくのも、自転車散歩の醍醐味だ。
 
 誕生日前日に見たキタムラでのパナソニックLX5を買いに行く。中古で12000円。これは、条件なしで買える。
 このLX5は当時のパナソニックコンパクト系では最高級機で、これ以上、上はない。だから、いいカメラなのだ。前回、誕生月記念で買った富士のネオ一眼が今一つだったので、これで口直しだ。
 中古とはいえ全部揃っている。バッテリーなどはプラスチックケースに入っている。中古のAクラス美品は元箱入りで、新品を買ったときと同じものが入っていたりする。カメラ本体だけを売っているわけではない。しかし数年前にワープすることになる。メーカー保証は切れているが、キタムラの保証が六ヶ月付く。
 最高級機なのだが、意外と小さく、そして軽い。さすがにレンズが明るいためか、レンズバリアはなく、キャップつき。まあ、どうせしないのだが。そのレンズキャップは紐付きで、それが最初からカメラに括り付けられていた。そこまで外して占いのだろう。これは邪魔なので、外した。
 レンズは24から90。明るさはF2から3.3。かなり明るいというタイプではないのは、もっと明るい機種が色々と出たためだろう。しかし、LXシリーズの歴史は古い。
 見た感じ、小さく軽く、ポケットに簡単に入ってしまう。バッテリーなどを入れた重さは271グラム。300グラムを切っているので、高倍率の旅カメラ並だろうか。手にズシリとこない。去年買ったシグマの単焦点デジカメに近いデザインで、メカメカした感じはなく、コンパクトカメラっぽい。
 フルオートにしておくと24ミリ側での最短撮影距離は1センチ。ズームに合わせて最短撮影距離は伸び、最望遠の90ミリで30センチ。まあ、ズーム比が小さいので、あまり気にしないで寄れる。一番長くても30センチなのだから。マクロに関しては、特に凄いというわけではないが、ピントは迷わず、良く合う。
 レンズは明るいのだが、オートによるアーサー感度の上限指定で3200まで使える。CCDの受光素子なのに、頑張っている。画素数は約1000万画素と、かなり押さえてある。これで、階調性などが良くなるとか。撮影素子は1/1.63と、よくある1.7の高級機よりも、少しだけ大きい。こういうのは、1インチが出てしまっているので、もうあまり有り難みはないが。つまりこのタイプは、コンパクト系なのに受光素子は少しだけ大きいと誇れなくなっている。しかし、一般的な受光素子でも、結構よく写っているので、気の問題だろう。
 しかし、そのメーカーの中で、一番高かったいいカメラなのは確かで、写りに関しては、それ以上望めないだろう。そして標準ズームなのであまり難しい撮影はない。失敗が少ないズーム域のためだ。
 これで、同じパナソニックのミラーレスに望遠だけを付けたカメラと、広角が得意なこのカメラとを組み合わすことで、何とか収まりが付いた。望遠側は一眼レフの方が写しやすい。ピントがよく見えるからだ。逆に広角では、ピントが分かりにくいので、背面の液晶だけでもかまわない。
 
 一寸変わっているのは画像の比率を変えられることだ。そんなものは珍しくも何ともないが、レンズ側で切り替える。他に場所はなかったのか、こんな物はメニュー内の項目でもかまわないのではないかと思えるのだが、不思議な機能だ。しかもアナログ式で、昔のレンズで言えば、絞り位置にある。これはそのままLX7となったとき、絞りリングとして変化している。ここが何か富士の28ミリ単焦点機と似ている。これはf1.4の明るいレンズをもっと積極的に使ってもらいたいためとか。だから積極的に絞り優先にして、開放で使おうと。
 まあ、フルオートで室内でも、そこまで開放にならないこともある。
 このLX5はF2なので、特別明るいわけではないが、24ミリでF2というのは結構明るい方だ。これは1インチ高級機などではもっと明るいのが色々あるため、そう感じるのだろうか。
 その保存画像の比率だが、4:3が一般的にコンパクトデジカメの比率だが3対2があり、こちらの方がこのカメラの場合、背面液晶と同じ比率になるので、広く感じられる。それを撮影中、簡単に切り替えられる。もう一つ、結構横長の比率と1対1の正方形もある。例えばフェースブックなどの写真を上げると、正方形の方が大きく表示される。
 その特徴は上下を切り落とした3:2ではなく、そのままらしい。つまり同じ画素数を使っているようだ。まあ、どちらでもかまわないが、3:2で写した方が一眼レフっぽくなる。逆に受光素子の大きなミラーレスでは、いつも4:3で写している。これは電子ファインダーの比率がそうなっているため、すんなり写せるためだ。
 だから、このカメラ、他に類がないとすれば、フォーマットをリング一つで簡単に変えられることだろう。これも一種の切り抜きなのだ。被写体により、フォーマットを変えるのも悪くはない。
 ちなみにレンズ側の操作部が、もう一つあり、MFやマクロの切り替えなどのスイッチだ。三段階になっている。こういうのはミラーレスにあれば有り難かった。特にマニュアルフォーカスは。これは逆だ。しかし、こちらの持っているミラーレス一眼は普及タイプなので、コンパクト系でも最高級機になるタイプには負けるのだろう。
 
 キタムラ経由で、いつもの夕方前の喫茶店に入り、そこで元箱を開けた。やはり高級機のためか、紙のマニュアルが複数入っている。別紙などもあり、DVDも入っている。
 両吊りストラップは革製で、これは結構高そうだ。このカメラではなく、ミラーレスの方に付けたいほどだ。
 すぐにバッテリーを入れ、起動させ、試し撮りを一枚だけする。ピントは合いやすいところに合うようだ。そういう箱が複数同時に出ると、実際にはどこで合っているのか分からないのと同じだろう。しかし、常に真ん中では、さっと取り出してさっと写すわけにはいかない。
 どちらにしても液晶だけでは、何処にピントが合っているのかは分かりにくく、しかも広角では無理だ。全部合っているように見える。実際にそうなのかもしれないが。
 それよりも液晶と現実との差があまりなく、同じ色目をしているのは凄い。
 部屋に戻ってからの薄暗い場所での試写は、まずまず。オートでも感度はかなり上がるし、レンズも明るいし、望遠端も大したことはないので、問題なく写って当然だ。
 喫茶店からの戻り道も、少し写したのだが、階調がやはり豊かだ。画質に関しては何も問題はないので、それ以上試写する必要はない。
 
 カメラが小さく軽いので、写すとき、あまりラフには構えられないようだ。手ぶれ補正も、この時代のものなので、ないよりまし程度だろう。幸い望遠側は短いので、その必要もないかもしれない。
 電源はレバーのような物だが、軽く引けば言い。落とすときは逆側へ戻す感じで、これは爪の先でもできる。結構軽い。そのため片手操作でも電源を入れることができ、さらに仕舞うときも、片手で可能だ。僅かだがグリップがあり、ないよりまし程度。まあ、自転車の上から写すとき、片手だけでポケットに仕舞えたりする。
 カメラとしての押し出しはなく、ただのコンパクトカメラにしか見えない。
 
 マクロでのピントは結構早く、スーと合う。迷うことはない。レンズ側にマクロAFの位置があり、ここに合わすとプログラムモード時には1センチから無限まで行けるようだ。メニューやボタンを押して、マクロモードに入れるより、レバーで合わす方が確かに分かりやすい。
 フルオート撮影では、それとは関係なく、近いと自動的にマクロモードになる。フルオートではAFフレームの位置は指定できないが、プログラムモードでは移動出来る。シーン自動認識で、マクロに入らなかったり、また、自動選択AFでは、思っているところに合わなかったりするので、そのときはプログラムモードに切り替えるのがいい。ただ、一般の撮影では殆どいけそうだ。こういうのが微妙になるのは望遠時やマクロで、超望遠でばかり写していると、90ミリあたりは広角のように扱いやすい。
 さすがに至近距離だと、ピントが浅く、殆どピンポイントでしか合わない。受光素子が小さいのでピントが深いと言っても、1センチまで寄ると、それは無理だ。
 
 このカメラ、サブカメラ的なカメラで、名サブカメラだったのだろう。それはカメラとしての押し出しがなく、どちらかというと愛玩機で、懐刀カメラだ。常に持ち歩き、適当に写す。だから、撮影しない日でも持ち歩いているようなタイプだ。そういうカメラは、結構あっさりとしたデザインで、目立たないカメラ、力みすぎていないカメラの方がいいのだろう。
 操作系は満足のいくもので、電子ダイヤルが押しにくく、また回しにくいので、ここは使わないかもしれない。露出補正が仕込まれており、簡単に変えることが出来るが、固い。しかし、フルオートでも露出補正が効くのだから、さすがだ。コンパクト系に限らず。一眼レフ系でもできないのがある。触らせてくれないのだ。
 露出補正と言うより、少し明るい目に写すとか程度で、露出の誤りを正すという意味での補正ではない。アンダー気味かオーバー気味程度。これは食べ物などを写すときはそうだろう。食器とか。白い食器が灰色になりすぎることがあったりするものだ。
 このカメラ、決して出しゃばらず、嵩の低い、頭の低いカメラで、サブカメラらしい軽快さがある一方、操作系がきっちり整っており、あるべきものが全て揃っている感じで、違和感がない。むしろ、同じパナソニックのミラーレスの方が貧弱だったりする。
 
 結局このカメラ、デスイズコンパクトで、良い意味での小さなカメラ。それにつきる。カメラらしいカメラではなく、コンパクトカメラらしいカメラだ。
 その前に買った富士のS8600は年寄りカメラだったが、LX5は少年のようなカメラだ。小さなコンパクトカメラを手にした少年が、いつかは一眼レフなどのいいカメラを買えば、さらにいいのが写せると思っていたような時期の。そして、この少年時代は、フナ釣り撮影以前のカメラだ。
 将来を夢見ながら写していた頃の小さなカメラ。LX5には、その匂いがする。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする