2016年05月31日

食べ残しカレー

■■ 2016年05月31日 火曜日 午前7時08分
 
 今朝も何とか晴れている。一週間予報を見ている、ずっと晴れマーク。当分晴れが続くようで、梅雨入りはまだまだ先なのだろう。六月に入れば梅雨ではなく、中程だろうか。これは毎年同じ日ではなく、一週間ほど幅があるようだ。梅雨入りが一ヶ月ほど遅いとか、早くとかはあまり聞かない。当然梅雨入りが半年ほど遅くも。しかし、例年より三日早く梅雨入りも、あまり聞かない。要するに梅雨入りは幅があるのだが、限度もある。
 それでも既に梅雨入りしており、雨が降り続いているのに、それを梅雨だと認めないで、そのまま梅雨入り宣言をしなかった年もある。梅雨入りしていないのに、梅雨明け宣言はあったりする。また、梅雨入りは間違えることがあるようだ。
 確かに天気図的にも梅雨入りで、その日は雨も降り続いていたので、梅雨入りとしたが、翌日から晴天が続くと、梅雨入り宣言が早かったのではないかといわれたりする。
 要するに、梅雨入り、梅雨明け、そんなことを言わなければいいのだ。
 梅雨入り宣言すれば、その時点から雨がずっと降り続いてくれないと困る。梅雨明け宣言すれば、雨は一切降ってはいけない。
 では昔の人は梅雨をどうやって知ったのだろうか。それは梅雨という言葉ができたとき、知ったのだろう。また、最近雨が多く、雨の日が続くのを見てから、これは梅雨だろうと、分かるのだろうか。それとも、梅雨という言葉を使わず、長雨という程度。
 昔は田圃が多かったので、そこに水を入れるととなると、かなりの量になる。溜池や川の水にも限度がある。だから、一番多く水を使う田植えの季節、雨が降ってくれると助かる。田圃に降る雨だけではなく、山にも雨が降り、当然川の水が増える。これを引き込んでいるのだ。
 そして、これは個人的に観察する必要がなく、田植えは共同で、一気にやるので、ぼんやりとしていても、動員がかかるのだろう。田植えの前に、水を張るための作業がある。水を引き込む溝のようなものの補修や、プールのようなものなので、水を入れたとき、こぼれないように、小さな土手を作ったりするらしい。これは、近所の農家が毎年やっている。今は水待ち状態で、いつでも入れられるように、準備しているようだ。
 ただ、機械式なので、その農家一軒でできる。一人で。

 昨日はカレーを作って食べたのだが、カレーは皿に入れて食べるのだが、食べ残すと汚い。具を多く入れたカレーは意外とボリュームがあり、ご飯は少しだけ盛ったつもりでも、食べきれなかったりする。残すと汚い。しかし、もったいないので、冷蔵庫に入れる。皿のまま。
 ご飯入りなので、温め直しができないので、チンする。そして、カレーは固まるので、湯を差し、かき混ぜる。これも見た目も汚らしい。カレーなのか、カレー味雑炊なのかが分からなくなる。白いご飯なら、例え茶碗に残したとしても、戻せる。
 
 パナソニックの1インチネオ一眼が製造中止になったようだ。売れなかったのだろうか。800グラムのネオ一眼は他に類がないわけではないので、もの凄く重いわけではない。しかし、最近のネオ一眼は500グラム台から600グラムまで、800グラムになると、結構重く感じる。それよりも、パナソニックのそれは形も大きい。ミラーレス一眼より大きかったりする。
 逆にソニーが、このクラスの新製品を出している。初代1インチタイプは200ミリしかなかった。そのかわりレンズが明るい。ズーム比でトップを走っているのはキヤノンだが、それを越える明るさの新製品をソニーは出してきて、トップの座を奪ったのだが、大きく重くなる。ソニーのミラーレス一眼は小さいのに。
 パナソニックの1インチネオ一眼は25から400までだろうか。レンズはそれなりに明るい。普通のネオ一眼より望遠側が僅かに明るい。
 パナソニックは全域f2.8のネオ一眼も出している。25から600までだろうか。こちらの方が望遠が伸び、しかもレンズは明るいのだが、受光素子は普通のコンパクトタイプ。しかし、値段的にはこちらの方が高いのだ。
 ネオ一眼タイプは、電子ファインダーもいいのを付けているし、ズームもレンズ側を回す電動式だ。
 要するにネオ一眼は売れないのだろう。
 この1インチネオ一眼、パナソニックの一眼レフで似たようなズーム比に持ち込むと700グラムを切る。だから、ネオ一眼の方が大きく重いなあとなる。
 800グラムとは、安い目の一眼レフが600グラムとして、レンズを付けて800グラム。だから、一眼レフから見ると、それほどヘビー級ではない。だから、普段から一眼レフを持ち歩いている人なら、軽く小さいかもしれない。レンズは一本ですむので。
 このネオ一眼、近所のカメラのキタムラで、ずっと展示されている。既に5万円代に落ちているが、さらに落ち、そのうち展示から外され、元箱に戻されて、特価品になりそうだ。
 このカメラ、何度も手にしたのだが、言うほど重くはないのだが、嵩が高い。
 こちらが正月に買ったパナソニックミラーレス一眼レフ用の望遠ズーム、これで写したものと、ネオ一眼で写したものとの違いはあまりない。受光素子は明らかに差があるのだが、違いが明快ではなかったりする。1インチも似たようなものだろう。
 しかし、ネオ一眼、何となく不細工だ。
 
 
 
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2016年05月30日

マウスコンピューターノート

■■ 2016年05月30日 月曜日 午前7時08分
 
 今朝は雨。昨日はどうだったのか。晴れていたように記憶しているが、朝だけで、そのあと雨が降ったような気がするが、小雨だ。しかし、夕食後の散歩の時、降り出したのを覚えている。これは曇っているが降らないと思い、傘を持たないで出て、降り出したので、後悔した記憶がある。こういう後悔は軽い後悔だが、小雨なので、濡れた感じが少なかった。
 このタイプの小雨は梅雨っぽい。梅雨時はずっと雨が降っているような印象だが、それでは降りすぎだ。また洪水になる。だから、降ってはいるのだが、弱い。長く降り続けるには強い雨ではだめで、長く続かない。
 雨が降り続いていると冷えてくるのか、やはりまだホームゴタツがいる。今朝も目を覚ますと、真冬の掛け布団をしっかりとかぶっていた。暑いどころか、それで丁度なのだ。
 梅雨時のホームゴタツ。これはやはり必要な日がある。結構冷える日があるためだろう。
 
 昨日は雨模様なので、自転車散歩は無理。涼しくて温度的にはいいのだが、行く気がしない。日曜日だったので、喫茶店の戻り道にエディオンに行く。家電店だ。ここは意図的に通るのではなく、帰り道なのだ。しかも歩道の横に駐輪場があり、非常に入りやすい。
 それで、いつもはデジカメまで直進するのだが、その通路にノートパソコンがある。この日誌を書いているノートパソコンも、実はそこで見たものだ。実物を。そして、実際には上新で買ったような気がする。ネットの上新で。その値段差は2万円。エディオンは恐ろしい。
 以前から展示されている小さなノートパソコンがある。2万円代だが、消費税を入れると3万円になるだろうか。8インチノートで、マウスコンピューターの商品。こういうのは昔なら工人舎が得意としていたのだが。
 何がどうなのかというと、軽い、小さい。それだけだ。今のノートで一番小さいのは10インチ。これはキーボードのあるノートパソコンの場合。そして、今は10インチノートパソコンは10インチタブレットになっている。キーボードはおまけのように付いてきている。あるだけましと言うことだろう。そして、殆ど10インチのモニターだけのタブレットスタイルで使うことはなかったりする。喫茶店でタイプするためだ。敢えてタブレットスタイルに持ち込む意味が何もない。
 そして、Windows機も7インチや8インチのタブレットパソコンが出ている。以前ならアンドロイドタブレットが主流だったが、ウインドウズでも同じこと、それ以上のことができるので、こちらの方がお得なのだ。ウインドウズのフルバージョンで、まあ、家のパソコンと同じソフトが使えるのが強味ろうか。
 さて、8インチのマウスのノートだが、これもキーボードはカバー兼用。つまり、タブレットを裸で鞄にしまえないので、袋がいる。またはカバーだ。蝶番式のカバーがキーボードとなっているのだが、いやにこのカバー奥行きがある。
 8インチのモニターに合わせたキーボードでは小さすぎる。それで手のひら置きのようなものを伸ばしてきている。それほど高さはないが、ないよりもましだ。
 その横に10インチの同じマウス製の10インチノートがある。低価格市場も変わったのだろう。エイサーとエイスースーの独占だったメーカーの中に、マウスが食い込んできている。3万円ほどで、すぐにお持ち帰りできるパソコンだ。これは一寸したコンパクトカメラの値段に近い。
 さて、その横の10インチと8インチを比べてみた。モニターではなく、キーボードだ。
 すると、一寸嬉しい情報を得た。こういうものは情報とは言わないで、気付いただけのことだが、リアル店でリアル商品を直接見ると、やはり空間認識力が違うのだろう。
 8インチと10インチのキーボードが同じ。ということではないが、ほぼ同じなのだ。それでは8インチモニターの左右のキーボードがはみ出るのではないかと思うのだが、そうではなく、ローマ字キーだ。英字キーだ。実際にタイプするのは、この英字キーで、それでローマ字で打つ。そのAからMまでの幅が同じなのだ。Mというのは一番下のキーボードの右端で、ここは人差し指で押す。つまり、8インチのキーボードだが、英字キーだけの幅は10インチと同じ。そのため、右側にゴチャゴチャあるキーは縮んでしまうが、殆どは記号だ。カギ括弧程度だろう。普段使うのは。
 つまり、キーボードで日本語を打つとき、殆どはキーボードの左寄りを使っていることが分かる。そのため、喫茶店でタイプするとき、ノートパソコンをやや右にズラして使っている。英字キーの中央と、ノートパソコンの中央とは違うためだ。
 7インチタブレットから、8インチタブレットに最近はなっているので、それも幸いしているのだろう。7インチアンドロイドタブレットでキーボード付きを以前長い間使っていたが、やはりキーボードが窮屈だった。8インチになると、少しましだろう。またマウスの、このノートのように、英字キーを10インチサイズを確保しているのなら、これはいける。
 7インチ一太郎というのがある。これは一太郎dashという昔のノート向けの軽い一太郎だが、それを付けた7インチタブレットが売られていた。その意味するところは、98パソコン時代の一太郎画面の復活だが、実はそうではなく、7インチではゴチャゴチャとしたワープロソフトでは、モニターが小さすぎて、よく見えないと言うことだろう。
 だから、この8インチノートなら、一太郎ではなく、エディターを入れた方がいい。そしてエディターだけのマシーンに。そのエディターは当然WXエディターだ。昔のVZエディターで、一太郎を食ったソフトだ。
 どうせテキスト打ちでしか使わないのだから、それで十分だ。
 これを買うと、鞄が軽くなる。重さは見ていないが、700グラムあたりならありがたい。
 それを見たあと、いつものデジカメを見る。土日しかエディオンに行かないのは、店員がまとわりつくためだ。平日のエディオンは客は無人。しかし土日は少しだけ人の姿を見ることがある。そして接客しているので、店員が来ない。この店員、今と言うときに来ないで、見学しているときに来る。そして本当に店員を呼びたいときは、見付からない。
 さて、エディオンデジカメだが、相変わらずの品揃えで特に美味しいものはない。たまに少しいいカメラの型落ちが特価で出ているのだが、それもない。
 一眼レフコーナーにはイオスMが三機種も並んでいる。初代もまだ並んでいるのだ。これはなくなるまで売るのだろうか。しかし、半年前に見たときの価格と同じ。だから、値が落ちるのを楽しめない。
 
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2016年05月29日

lf1

■■ 2016年05月29日 日曜日 午前7時45分
 
 今朝はやっと晴れている。これは久しぶりの青空かもしれない。梅雨入りにはまだ早いが、南の方は既に梅雨で、その前線が居座っている。それが少し北上すると、雨になったりする。そして、この前線が上がると、梅雨だった南の方が晴れたりする。
 そんな梅雨前線が下から見えているわけではないが、雲の様子で分かるかもしれない。ただ雨が降っているときは上を見ても真っ白で、雲としての輪郭がないので、動きなど分からないのだが。
 昔の人はそんな広い範囲の気象状態など、必要なかったのかもしれないが、彼方の地面や海は見えなくても、その真上の雲は見えていたはずだ。これは今でも見える。それは何千メートルもの高層ビルが立っているようなものなので。山より高いものが、その土地や海の真上にある。
 地球は丸いので、水平線の遠さにも限界がある。それ以上は、球の向こう側になるため、見えない。しかし、これも高いところからなら、水平線が延長される。
 見知らぬ島に漂着した人が、島から出るため、何年も掛けて高いところから潮の流れを観察し、それでやっと通り道が分かり、戻ったとかの話が柳田国男の本の中に出て来る。かなり遠くまで見えていたのだろうか。海ではなく、海鳥の動きかもしれない。
 鳥も交わぬ孤島、そういう島は最近まで発見されなかったらしい。最近と言っても太古ではない。陸からは見えず、船で少し沖まで出たときでも、まだ視界に入らない島。しかし、そちら方面へ鳥が飛んでいると、これは、島があるのだ。
 大阪から四国へ渡る船がある。フェリーや高速艇で徳島まで行くのだが、一瞬周囲に何もないときがある。前方に何もない。そこは四国があるのだが、見えていない。四国などで大きいので、誰も発見していない島ではない。よくこの先に四国があるのが分かったものだと思うのだが、それは船から見ての話で、四国など大阪から見える。大阪の山から見える。だから、大きな島があるぞ、というのが既に日常的に分かっているし、方角も分かっている。しかし、実際に近付いてみると、何もない。島影さえない。これも地球が丸いためもあるが、遠くからなら大きく見えていても、近づくとどんどん小さくなるように見えたりする。これは超望遠レンズで見ているとき、よく経験する。近付くと大きな建物が消えるわけではないが、小さくなるのだ。
 今朝は少し寝過ごし、寝起きの喫茶店へ行くのが遅くなった。いつもの席がないことがある。しかし、客の流れがあり、朝一の客が去ると、凪ぐ。入れ替わるのだ。だから中途半端に早い時間に行くと、出遅れになるが、出遅れすぎると、逆にすいている。実際に座れないほど満員になっても、喫煙室にはカウンター席がある。ここは混んでいても、空いている。カウンター席と言っても、カウンターの上に座るわけではなく、背が低い目の椅子だ。止まり木のように止まる高くて丸くて回転する椅子ではないので、安定しており、椅子と椅子との間隔も広いので、一人当たりのテーブル面積も広く使える。そして、前方は窓。外が見える。悪い席ではない。
 
 アマゾンからよく広告メールが来る。これは商品へのダイレクトリンクで、分かりやすい。それよりも、こちらが欲しがっているジャンルのカメラを何機種か纏めた物が届く。この技術は凄い。そしてHTMLメールではなく、普通のテキストメール。HTMLメールは開かないので、これは楽天からメールが来ていても削除している。メーラーがそう言う仕様で、HTMLメールはプレビューされない。タイトルだけは分かるが。HTMLメールを見るには、ツールを起動しないといけない。それが面倒なので、見ない。どうせ広告なのだから。
 さて今回のアマゾン広告メールはカメラで、カメラでもジャンルまで絞り込み、機種まで絞り込まれている。最近よくパナソニックのデジカメを見ているので、検索で引っかかったとき、そこをリンクすると、よくアマゾンへ行ってしまう。アマゾンではいくらかを見たりするし、アマゾンでは中古価格も出る。
 当然そうして覗いたものは、フェースブックの広告枠にしばらく何度も何度も表示され続ける。普通の広告では有り得ないような古いカメラなどがどんと出る。これは明らかに個人攻撃だ。
 このアマゾン広告メールが重宝なのは、同じジャンルのカメラで、他機種と比べたり、同じメーカーで似たカメラを並べてくれたりするため、纏めサイトのようなものだ。
 しかもこれ、ツークリックで買える。広告メールのクリックと、買い物籠のクリック、この二つで買える。ただしアマゾンが扱っている品に限られるが。中古カメラ屋の委託販売でも、アマゾンが売ったことになる。発送は中古屋が引き受けるが。
 さてそれで、パナソニックだが、気になるカメラがその広告メールの下の方に出ていた。LF1だ。このカメラ、まだ現役で売られているのだ。しかも値段は当時の半額にまで落ちている。しかし、不思議とまだ高い。その後継機がないためだろうか。
 このLF1は、実際に三回ほど買うとして、カートにまで入れている。しかし、買えないで、他のカメラにしている。そして、今は殆ど忘れている。
 このカメラ、28から200ミリ付きの高級コンパクト系で、電子ファインダーも付いて200グラムを切っている。バッテリーなどを入れた状態でだ。
 同タイプを調べると、ニコンも28から200の高級機を出しており、これは買っているが、それにファインダーが付いたタイプが最新機だが、それで終わっている。しかし大きく重い。今は値段的にはLF1と並んでいる。どちらも同じようなタイプのためで、また時期も近い。
 このLF1、形を変えて新製品になっているが、200グラムを切る、というのは消えている。だから、別のカメラだ。
 LF1の後継機らしいのは、1インチタイプにした25から250の旅カメラだ。ほぼそのまま拡大したようなもので、ファインダーもよくなり、受光素子も大きいのだが、200グラムを切らない。そして結構大きなカメラになっている。
 こちらが誕生日に買ったのはLX5だが、6はなく、7が来る。そのとき、LF1が出ていたのか、アマゾンの詳細ページでは、LX7とLF1を左右に比べたスペック表が付いている。これは新製品との差のようなものだろうが、実際には同じ系譜ではないが、画質を取るか、ズーム比を取るかの違いだろう。
 この両機、中古で見ると、ズーム比のあるLF1の方が高い。
 200ミリの望遠と、電子ファインダーが効いているのだ。しかもこの小ささで。
 この電子ファインダー、一度覗いたことがあるが、粗くて、ピントなどは分からないが、200ミリにすれば何とか分かる程度。しかも小さい。だから、悪いファインダーなのだが、これは別の解釈もできるのだ。
 それは距離計連動時代のファインダーとして使えばいい。ピントと構図を取りに行くだけのファインダーで、ファインダーを見ながらじっくりと被写体を見たり、ピントが合った状態を楽しむような感じではなく。
 まあ、このタイプ、背面液晶がメインだろう。このカメラの背面液晶は回転しないタイプなので、逆にすっきりとしている。
 誕生日に買ったLX5からの展開は、LX7ではなくLF1であることが、確実になってきた。
 28から200で200グラムを切る小さなカメラ、これは今では何でもない話で、かなり安いカメラでも28から300まで、付いていたりする。特に名のあるカメラでなくても。一番安いカメラから二番目程度の。
 しかし、ファインダーは付かない。昔は付いていたのだが、これは透視ファインダー系の覗き穴だ。そのレベルから言えば、小さな電子ファイダーに変わっただけかもしれない。決して一眼レフの光学ファインダーと同じだと思ってはいけない。覗き穴が電子ファインダーになった程度。
 結局大層なカメラより、こういったポケットに入るカメラの方が持ち出す機会が多く、被写体と遭遇したときも、さっと出して、さっと写すには、一番手頃なのかもしれない。
 つまり、決め手は軽さと小ささ。これこそコンパクトデジカメの王道なのだ。
 
 
 
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2016年05月28日

まむしの道三

■■ 2016年05月28日 土曜日 午前7時14分
 
 今朝も曇っている。雨が降りそうだが、このあと晴れるとなっている。そしてすぐにまた雨になるとか。今朝は20度近くあるのだが、ひんやりとしている。湿気ているためだろうか。雨は降っていないが、雨を含んでいるような。
 ひんやりとした朝のため、ジャケットは手放せない。まだまだ必要だ。流石に真夏になると、外に出たときは暑いので、ジャケットは着る気がしない。ただ、喫茶店に入ったときの冷房除けで必要なのだが。そのためか夏場の喫茶店での滞在時間が短い。ただ、暑い中から涼しいところに入った瞬間はいい。また梅雨時、湿気ているときエアコンの涼しさで、頭がやっとすっきりしたりする。しかし、長くはいられないだけ。
 
 ゲーム信長の野望は年代別にシナリオがある。中は同じだが、初期設定が違う。「信長の誕生」の次が「まむしの道三」だ。しかし、尾張や美濃近くの大名を選ばなければ、斎藤道三とは絡んでこない。ただ、十年後から始めると、城数が違っていたり、武将の絵が違っていたりする。武将も年を取るのだ。
「信長の誕生」が一番優しいのではないかと思えた。「まむしの道三」になると、織田信秀を選んだ場合、城は増えており、武将も多くいる。おそらくこのゲームでは一番多いだろう。ここと三河が。
 紀州雑賀の鈴木家など、二人だ。その横の城を取っても、一人しかいなかったりする。そして、武将がどれも弱い。しかし、隣国も弱いので、問題はない。
「まむしの道三」の頃の織田家は強い武将が多くいる。だから、スラスラと行くはずなのだが、そうはいかない。
 北はまむしの道三、東は今川、松平がいる。これが始終攻めてくる。攻め返して敵の城を取るほどの兵力がない。美濃から侵入してきた斎藤道三軍と戦っていると、今川が攻めてくる。挟み撃ちになる。同時に二方面と戦えない。
 一方が全勢力で攻めてきても、こちらも全勢力で戦えば追い返せる。斉藤も、今川も、それほど大きな国ではない。今川は大きいが、領地だけで、城数も多いが武将が弱い。
 だから、このゲーム、地味に領地を広げていくようなことは、最初はできない。防戦一方だ。この年、信長は十歳ぐらいだろうか。まだ登場してこない。信秀の時代に三河も美濃も取ってしまうわけにはいかない。だから、強いのだが、安心して攻めていけない。一方を黙らせるには外交で同盟関係に持って行くことだが、これは無理だった。なぜなら、侵略相手がいなくなるから。領地拡大には、隣国に出ないといけない。斉藤も今川も尾張が欲しい。手頃な国のためだ。まだ大国ではない。
 しかし、伊勢志摩方面に勢力に小さな大名がおり、ここは簡単に攻められる。伊勢の北畠は強いが大きな勢力ではない。尾張兵の方が武将が強いので、落とすのは簡単。しかし、そこに兵を入れると、今度は斉藤と今川が同時に二箇所から攻めてくる。
 その前にもう一つの織田家があり、その城が二つあるので、それを倒し、尾張統一を先ずやる。そして、ぽつりとある長島の本願寺を落とす。
 しかし、この城、頑丈で6千ほどの兵で囲まないと、落ちない。斉藤や今川と戦いながら、この城を落とすには、兵が足りない。
 さて、どうするかだ。このままでは一生、尾張一国で終わる。
 一方を黙らせる。その方法は、斉藤の場合、大垣城がポイントだ。ここを朝倉が始終攻めてくる。斉藤も攻められているのだが、これは冷やかしで、朝倉の全勢力で攻めてこない。しかし、大垣を襲撃されたとき、斉藤の兵はここに集中する。空になった城をあるので、そのとき、攻めればいいのだが、そうはいかない。なぜなら朝倉の兵が少ないため、すぐに追い返すためだ。
 しかし、そのタイミングを待ち、長島を取る。取ると、そこに武将を入れることができ、その兵を動員できる。だから、兵力が上がり、少し余裕ができる。
 今川は本気できても弱い。だから、追い返すと同時に、敵の城まで追いかけていき、それを落とす。その間、斉藤が来たから攻めてくるが、こちらも冷やかし半分に来ることが多く、少し戦えば、敵はそれほどダメージを受けていないのに、帰ってくれることがある。
 この「まむしの道三」ただの年代わけのためのタイトルだが、雑賀の鈴木家でやると、斉藤家は大人しい。殆ど侵略しないで、じっとしている。あれほどしつこく尾張に迫っていたのに、それがない。実際には斉藤の娘をもらい、和平となる。しかし、信長はまだ出てきていないのだが。
 そして、織田は一番手頃な本願寺の長島を攻める。5000の兵はある。しかし、今川が攻めてきた。織田は長島にへばりついている。簡単に落ちないためだ。その間、二つの城を取られてしまう。一応反撃はしているが、無理だ。斉藤はこれがチャンスなのだが、尾張に来ない。今なら、尾張はノーガードで、城に兵はいない。
 結局織田は城二つなくし、城一つ得た。ここは伊勢志摩への入り口なので、これで伊勢志摩の二国を取りに行ける。そして、その通り、それを実行していくのだが、尾張の城、全部取られてしまった。国替えのようなものだ。
 しかし、せっかく取った伊勢志摩も、三河から船に乗ってきた信長軍に取られてしまい、苦労して取った本願寺長島城も取られてしまい、織田家は衰退する。
 信長が織田を襲う。これは尾張の城を取られたため、その後、尾張から出る武将は今川家の武将になるためだ。
 雑賀の鈴木家は既に和泉、河内、大和、摂津を取っており、伊勢志摩への入り口の大和、つまり奈良を取っている。これは近鉄特急で、伊勢へ行くようなものだ。だから、そこに兵を出すこともできたのだが、相手は今川。尾張のスタークラスの武将を家来にしているので、もう弱い今川ではない。さらに武田と同盟しており、東や北からの脅威が無い。つまり、北条と同じで、無敵なのだ。
 その後、今川は伊勢志摩も占領し尾張も当然手に入れたが、美濃の斉藤が落ちない。いくら攻めても落ちない。
 さらに今川は足利将軍家を攻める。ここもぎりぎりだが足利軍が守り切り、相打ちのようにどちらも兵を多く失う。鈴木家は実はここがチャンスなのだ。これで伊勢志摩から入り込み、兵の少なくなった伊勢志摩、尾張の城を抜いていけばいい。
 しかし、それを早くしないと、しばらくすると、兵は回復する。
 この状態でも斉藤は動かない。まむしの道三はどうなったのだろう。一切攻撃に出ることなく、じっとしていた。
 さて、鈴木家だが、今川とやりあうにはまだ足りない。それで、中国筋を抜き、岡山まで領地を広げる。北は畿内に近い丹波を取る。そして、淡路から四国を取れば、長宗我部の兵が強いので、これが使える。
 つまり、二条城を巡る、京の都の取り合いになるだろう。岡山や高知からでも京都へ兵を出すことができる。要するに動員力がないと、城を取っても守れない。
 以前、北条との戦いで、紀州からも関東へ兵を向かわせたことがある。全勢力、全ての城から兵を出し、関東になだれ込んだ。流石にこのときは北条よりも領地が広いので、勝つことができた。
 九州辺りまで征服し、その兵を関東に送るには無理がありそうだが、畿内になら送れる。軍艦があるためだ。援軍、しかも大軍の援軍、これはありがたい。
 鈴木家は摂津や大和河内が危なくなっても、大阪の本願寺が援軍に来る。こことは永遠同盟のためだ。
 信長の野望、最後にやるのは本願寺だろう。鈴木家もそうだが、鉄砲集団で、かなり強い。
 武将スキルの中で、信心というのがある。どういう攻撃技かは分からないが、敵のクリーンヒット率を下げる呪文かもしれない。
 本願寺、これは信長でも武力では倒せなかった。大阪城ができる前だが、あの地形は難攻不落で、攻めにくい。そして鉄砲集団を抱えているので、攻める側も嫌だろう。
 
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2016年05月27日

年寄りカメラ

■■ 2016年05月27日 金曜日 午前7時10分
 
 今朝は雨なのだが、上がったのか降っていない。今回の雨、一度も傘を差さなかった。丁度そのとき、外に出ていたなかったのだろう。それよりも湿気がひどい。久しぶりの蒸し暑さで、気温は大した高くはないのだが、蒸す。
 畿内では暑さ寒さよりも、この梅雨時の湿気に対応した家が多かったようだ。この湿気は初夏から、夏の終わりがけまで続く。お盆を過ぎるあたりから、空気が変わるので、そのあたりまでの結構長い期間だ。幅広く言えば、五月六月七月八月九月。決して梅雨時だけの湿気ではなく、夏の勢いがある間。暖かく湿った空気が流れ込むためだろう。
 むしむし蒸し、風がない日、雨が降る前の、あの状態、それは身体に悪い。食べ物は腐りやすくなる。食べ物はいずれは腐るのだが、それが早い。保温しないで炊飯器のままひと晩ご飯を寝かせると、お粥になる。冷蔵庫がなかった時代、お櫃に入れて簾を被せていた。当然風のよく通る場所に。
 だから、梅雨時体調を崩すのは、食あたりが多い。それほどひどくなかっても、食べたものが腐りかけていたりするためだろう。また、蒸し暑いので、腹を出して寝たりする。寝冷えだ。
 また、エアコンによるクーラー病。これで冷えて風邪を引く。冬場は寒いが、結構安定している。寒いと、おかずも腐りにくいし。
 長く晴れの日が続いていたのだが、そろそろ梅雨のように、雨が続く日が来る。
 
 最近は高級コンパクト機や、ミラーレス、1インチ受光素子のカメラの話が多いが、忘れてはならないのは年寄りカメラだ。あまり尖ったカメラではなく、ドロガメのようなカメラの方が、意外と使いやすかったりする。そのために買ったのが富士の15000円のネオ一眼。これは中古ではなく、新品だ。
 ネオ一眼にもタイプがあり、形は一眼レフを模しているのだが、電子ファインダーのあるなしに別れる。そしてネオ一眼と呼ばれるのは超広角から超望遠まで一台のカメラでやってしまえるカメラに多い。安くて盛りが多いのだが、大きい。
 富士のホームページを見ると、もう完全にネオ一眼は消えており、残っているのは防水カメラだけ。つまり、コンパクトカメラは全滅に近い。ここで言うコンパクトデジカメとは、受光素子が小さいタイプで、富士はもうそれを作らないのだろうか。Xシリーズはコンパクトだが、結構高い。だから、高級機だ。
 この15000円の富士のネオ一眼、あまり写す気のない日など、とりあえず鞄に入れている。結構軽いし、レンズが飛び出していないので、鞄の中での収まりがいいためだろう。それと放置していても、乾電池式なので、すぐに復活する。
 相撲取りは走らせると、意外と速いように、ドロガメカメラでも屋外の普通の風景なら、ピントは早い。ただし動いていない被写体に限られるが。
 だから、普段写す被写体の殆どはそれほどAFの速さなどは必要としていないのだろう。このカメラでも走る去る自転車程度にはピントは合う。動いているから合わないというわけではない。ただ、自転車に乗っている人の背中にもよる。AFが得意な生地とか柄があるようだ。自転車のタイヤとかになると、これは難しい。動いているためだ。
 このタイプのファインダーのないネオ一眼、ニコンやキャノンからも出ている。オリンパスからも出ていたのだが、これも完全に消えてしまった。ネオ一眼そのものが消えたのだ。富士と同じだ。
 富士の15000円のネオ一眼に近いタイプはキヤノンから複数出ている。ズーム比違いで二機種ほどあるだろうか。それらは毎年アップ版が出ているので、ものすごい数が市場に出ていることになる。いずれも1万円台から2万円代で、軽くて小さい。
 ニコンは、ニコンホームページ上で直販専用機が出ていたが、普通に店売りのネオ一眼も出している。これがかなり強いが、重くて大きい。ファインダーはない。珍しく乾電池で動く。これは写りが良すぎて、逆に普通だ。
 しかし、ニコンのそれは、液晶が上下に回転する。横開きではなく。
 確かにファインダー付きのネオ一眼で写すとき、ファインダーではなく背面液晶で写す方が多かったりする。それはネオ一眼の電子ファインダー、あまりよくなく、見えにくいためだ。背面液晶で見たほうが綺麗に見えるためだろう。
 意外とブレにくいのは、グリップ部にシャッターボタンがあるためだ。このグリップ、年寄りの杖だが、大きく飛び出しているので、握りやすい。シャッターボタンがボディー側にあると、人差し指がしんどくなる。これはファインダーで覗きながらの撮影でも問題はないが、手かざしの場合、手は伸ばしきるため、人差し指を戻さないといけない。これが窮屈なのだ。だから、背面液晶での撮影では、グリップが飛び出し、そのグリップの先にシャッターボタンがあるタイプが写しやすい。これは普通の一眼レフデジカメなら、そんな形をしている。これがクラシックカメラ風なデザインだと野暮ったいグリップは小さくなり、シャッターボタンも軍艦部に戻ってしまったりする。
 グリップの先端、しかもシャッターボタンが傾いている方が好ましい。富士の15000円のドロガメは、その条件を満たしており、しかも軽い。これで900ミリの超望遠が使えるのだが、それはおまけで、実際には25ミリ当たりの立ち上がりの画角で、広角で写すときの安定感がいい。
 まあ、AFが遅く、書き込みも遅いので、次々に写したりはできない。そのため、撮影もおっとりとしたものになる。カメラの切れやスピード感、尖ったところがないため、それに合わさなくてもいい。
 900ミリほどなら、ポケットに入るタイプもある。キヤノンだ。ニコンも、ポケットに入る超望遠コンパクトカメラがある。だから、そちらの方が素早いのだが、年寄りは杖がある方がいい。
 テーブルの上の物を取るとき、このカメラなら、レンズの先をテーブルの上に置ける。これは非常に楽だ。1センチマクロがあるので、レンズの先を支えにして、写せたりする。カメラを浮かさなくてもよかったりする。
 液晶が回転すればさらに有利だが、意外と液晶を起こすのが面倒だったりする。
 
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2016年05月26日

Panasonicデジカメ

■■ 2016年05月26日 木曜日 午前7時09分
 
 今朝も暖かく20度を超えている。そして曇り空。これは降るだろう。昨日は幸い降らなかったが、今日は降るはず。曇っていると朝から暖かい。そして昼間はそれほど気温は上がらない。いい感じだ。
 しかし気温が高いと、朝の喫茶店の冷房も強くなる。そのため上に羽織るジャケットが必要だ。特に梅雨時、湿気ているときの冷房は強烈で、これで体調を崩すことがある。風邪に似た症状になったりする。そして店を出たとき、ほっとする。外の空気の暖かさで。
 冬場寒気に当たっても風邪は引かない。着込んでいるからだ。真夏、防寒力とは逆の服を着ている。風通しがよく、肌に密着しないような、さらっとしたタイプ。
 真夏のジャケット、これはスーツの上のようなデザインでもよい。鞄に入れても皺になりにくいタイプや、最初から皺だらけのものとか。皺にならないとなると、化繊になる。化繊と言えば最近はもうポリエステルだけを差すようなもの。ジャケット言うより、カーデガンのようなものだろう。しかし、背広のようにポケットが少ないと不便だ。背広のポケットはかなり多く、しかも大きく、入れやすい。欠点としては首元が寒い。だから、マフラーがいるが、夏場は、流石に厳しい。タオルや手ぬぐいの方がふさわしい。
 散歩人がタオルを首に巻いている。あれは暑いからではない。そんなことをするとマフラーと同じで、余計に暑苦しい。日除けとして使っているのだが、実際には襟のあるシャツなどでは、襟が汚れるので、タオルを当てているのだろう。
 シャツの上からジャケット、これは確実にジャケットの襟の裏が真っ黒になる。汗と油とで。だから、普通のカッターシャツがいい。これを犠牲にしジャケットを守る。
 カッターシャツの襟元。これは補強されているタイプがある。汚れにくい繊維をあてがっているのだ。しかし、スポンジのように汚れを吸収したりしそうだが。
 一番いいのはタオル地風のパーカーだ。生地がタオルなので、タオルを着ているようなものだ。襟のないタイプで、フードが付いている。このフードの折り返し点辺りが首に当たるのだが、非常に広い襟になり、接触部を散させてくれる。それに襟がないようなものなので、首が出ている。だから首筋の汚れが付きにくい。しかし、そのタイプのパーカー、長く着ていると、そこだけ色が違ってきたり、繊維が荒れているのが分かる。まあ、タオル地だと、あまり気にすることはない。結構色が変わってしまったタオルなども使っているのだから。
 洗面所などのタオルは、手を拭いたり、顔を拭いたりするため、そこからの汚れがかなり付き、色が変わる。洗濯しても取れなかったりする。
 そこで登場するのが、少し凹凸のある生地だ。これなら、ぴたりと首に巻き付くことはない。
 襟がないと、陽射しをモロに首の後ろに受けたりする。これは結構危険だ。庇のある帽子をかぶっていても、カバーしきれない。まあ、そういう直射日光が当たる場所をあまり通らないことだろう。日陰を選ぶことだ。
 昨日は久しぶりにシロナを買い、それを煮る。シロナとは菜っ葉(ナッパ)だ。鶏の餌だ。これを煮込み、厚揚げや平天も一緒に入れる。このシロナはほうれん草のように柔らかい。大衆食堂でのメニューにもある。この場合厚揚げか、薄揚げが入っている。卵が入っていることもある。
 このシロナは近所の畑にある。これは昔からある。地方により呼び方が違うが、要するに菜っ葉だ。これはビニールハウスなどで栽培されているので年中あるが、スーパーでは季節ものなので、旬がある。安くなるときがある。それが初夏だ。
 
 誕生日の日に買ったパナソニックLX5がいいので、その先の展開を考えたりしている。5の次に6はなく、7が出ている。そして、その先はなく、受光素子を上げ、LX100となった。これが展開だ。
 ところがパナソニックミラーレスと同じ大きさの一眼レフ用の受光素子タイプのLX100とLX7の値段があまり違わない。LX100が、急に値が下がったのだろうか。最初はもの凄く高かった。
 LX7はLX5のレンズを限界まで明るくしている。f1.4でしかも28ミリから24ミリになっている。といってもLX5もF2あるので一段しか違わないのだが、アーサー400が200ですむということもある。ノイズが少なくなると言うことだが、暗い目の室内や、夜景などで、昼間の普通の風景では変わらないと思える。
 LX100になると、受光素子がミラーレス並になるだけではなく、電子ファインダーが内蔵され、その解像力は、ミラーレス上位機とスペック的には同じ。
 LX100に近いのは、ミラーレスにもある。しかし、ミラーレス一眼より、LX100の方が、スペック的には上だ。ファインダーもいいし、レンズも明るい。
 LX5からの展開で1インチタイプを見ると、25から250ミリ付きの新製品がある。これはコンパクトカメラなので、ポケットに入ってしまう。こちらにもやや劣るが電子ファインダーが付いている。所謂高級旅カメラだ。
 カメラそのものでは、LX100が昔のレンズシャッター式コンパクトカメラの趣があり、メカメカしていて好ましい。ただ、ポケットは無理だろう。ゴチャゴチャしたデザインで、ダイヤルなどが動いてしまうためだ。レンズ側に絞りがあり、それも動くだろう。シャッターダイヤルもあり、これも回ってしまいそうだ。だから、小さいが、コンパクトカメラの部類ではない。ポケットからさっと出したとき、ダイヤルが動いていたりする。それらのダイヤルや絞りなどは操作しやすいように、それほど固くはない。
 LX7も絞り優先として使えるように、絞り輪がレンズ側にある。これも動きそうだ。
 そうなると、LX5のままでいいような気がしてきた。
 それよりも25から250の望遠付きの1インチタイプの方が実用性が高い。これはLX系ではなく、LFタイプの進化形だろう。といってもLFは一機種しか出ていない。28から200のズームで、電子ファインダーが付いている。この電子ファインダーがいけなかった。よく見えないのだ。
 しかし贅をこらしたコンパクト系の最高級機、LX100は、カメラとしての魅力がある。
 
 
 
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2016年05月25日

ストリートフォト

■■ 2016年05月25日 水曜日 午前7時26分
 
 今朝は久しぶりに曇っており、雨が降りそうだ。長い間晴れが続いていたので、溜まっているのだろうか。丁度この季節、田に水が入る。その日は決まっていないが、いつ入れてもいいようになっている。畑の畝を均して、平らにして、待機しているのだ。
 これは他人の仕事がよく分かる。他人の机の上は覗きにくいが、田圃は丸見え、今どういう状態なのかが、ビニールハウスでもない限り、丸わかりだ。
 水田と畑、これは水田が終われば、畑にしたりする。刈り取った状態で、そのまま放置していることもある。そこはずっと水田。水は田植え後、しばらくの間だけ、あとは抜く。
 梅雨時景色が一変するのは田に水が張られているため、池ができたようなものになる。
 今回の雨、まだ降っていないが、水を入れるタイミングになるかもしれない。雨水を溜めるのではなく、川の水を入れるのだ。これも雨水なのだが。
 今日は曇っているので、気温はそれほど上がらないようだ。五月の高温も、やはり梅雨で水を差し、長く夏のような暑さは続かないと思われる。これからは雨と蒸し暑さになる。湿気の季節だ。
 
 ストリートフォトというのがあるらしい。ストリート、何だろう。道か、市街地か、街撮りか、通り道か。何かよく分からないが、ストリートファイターというのもある。
 目的地で写すのではなく、そこへ行くまでの道すがらが被写体なのか。まあ、撮影地よりも、そこへ行くまでの風景のほうがよかったりする。それは電車とか、ホームとかでもいい。
 このストリートフォト、何処で聞いたのかというと、パナソニックのカメラの宣伝文句だ。
 パナソニックのミラーレス一眼レフは、一眼レフのような形をしている。ペンタ部があり、グリップがある。このタイプが一番ハイスペックにできており、電子ファインダーが付いている。それよりも、小さいコンパクトなミラーレスの方を多く見かける。店屋で見るのは、このタイプだ。
 その中間タイプが、どうやらストリートフォト云々をいいだした機種。これはペンタ部のようなものがなく、カード型に近い。そのためすっきりとしている。このタイプは富士やソニーが出している。昔のレンジファインダー機のようなタイプだ。
 ストリートフォト、即ちスナップ写真のことなのだ。ただ、スナップは軽い写真のように思われるのは、スナップと、スケッチが似ているためだろう。
 スナップというのはじっくりとカメラを構えて、写せるような場所ではなかったり、カメラを向けるのが難しいような場所での撮影がある。
 だから、昔から、それらはライカ系で、さっと写すような感じが定番だった。肩に一眼レフをぶら下げ、首からライカをぶら下げる。広角側はライカ系。望遠側は一眼レフ系、これはカメラ特性で、そうなったりする。
 しかし、今のストリートフォトはスマホで間に合う。こちらの方が目立たない。
 パナソニックはコンパクトカメラより小さなミラーレスを出しているが、これが今一つ下火で、上位機の大きなタイプは野暮ったい。それで、その中間を出したのだが、これは富士やソニーと同じような形になる。そして最近ではオリンパスペンFデジタルだ。ペンタ部を外してきた。
 だから、このタイプが旬なのだ。だからパナソニックも、そのタイプの新製品を出してきている。
 しかし、コンパクトなミラーレスに電子ファインダーを詰め込んだタイプも、実はあるのだ。それが小さすぎるのだろう。昔のローライ35のようなフラットなデザインで、軽く小さい。しかし、これでは本格的に撮すとなると、頼りなく思うのだろう。
 それよりも、そのパナソニックのストリートフォトデジカメに40ミリ単焦点レンズを付けたセットが出ている。ここで気になったのはストリートフォトは40ミリでしょ。というような感じを受けたからだ。確かに街中というか、通りを歩いて、その町並みを写すとき、40ミリ当たりが分かりやすい写真になる。これが24ミリだと違う場所のようになる。望遠過ぎると、街全体が分からない。肉眼で見たときに近いのが40ミリだ。実際には42ミリほどだろうか。これを狭いと思うか、広いと思うかは分からない。だから70ミリまでなら、標準域。
 富士の高級コンパクト機は35ミリ単焦点。これはライカそのものなので、ストリートフォト向けだろう。これが28ミリになると、広く写るのだが、ボリューム感が消えてしまう。
 パナソニックの40ミリレンズ、実際にはハーフサイズなので20ミリだが、これは昔からあり、ミラーレスデジカメができた頃、このレンズ付きが出ていた。
 ここで分かったのは40ミリで来るか、ということだ。
 似たようなことをキヤノンのイオスの小さく軽いタイプでもいっている。38ミリ相当の小さく軽く、明るいレンズだ。これをイオスに付ければ、非常に小さく軽くなる。しかも、こちらは光学式ファインダーなので、より生に近い。
 まあ、28から85の、普通の標準ズームを付けていれば、35ミリも40ミリも入っているので、同じではないかと思うのだが、ズームというのは、結構迷うものだ。特にストリートフォトでさっと写す場合、何処まで近付くかで、画角が変わる。また、単焦点なので、写る範囲は分かっているので、写しやすかったりするのだろう。
 だから、写す気がないとき、また何を写すのかが決まっていない場合、40ミリ当たりをとりあえず付けたカメラがいいのかもしれない。それが28ミリでもいいし、35ミリでもいいのだが、それは好みだろう。
 
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2016年05月24日

信長の野望・創造

■■ 2016年05月24日 火曜日 午前7時12分
 
 今朝もよく晴れている。気温もまだ高めだ。昨日は大阪でも30度越えの真夏日になっていた。五月なのに、真夏の暑さ、ということが聞こえてきそうだ。少し早いのではないかと。
 北海道では32度越えをしていたのだが、これは観測史上初めてなのかどうかは分からない。もの凄く暑かったと言うとき、観測史上初めて、を使うと効果的だが、聞いていない。だから、過去にも、この時期、そんな暑い日があったのだろう。
 大阪での30度越えは、今年初めて、程度だ。30度越えなど五月としては珍しくないのだろう。
 観測史上初めてが出やすいのは、春先だ。冬が遠ざかったと思ったら、夏のような気温。これは温度的には大した数字ではないが、その季節としては凄い。そして観測史上初となったりする。
 五月と言っても、末で、もう六月が近い。六月なら、暑い日があるだろうというところに吸い込まれる。
 昨日は寝る前も20度を超えており、流石に窓を開けて寝た。掛け布団がいらないほどだが、心配なので、閉めた。やはり朝方涼しくなり、真冬の掛け布団の中にいた。
 この暑さは冷やかしではないかと思える。本気ではないのだ。そのため、北海道の気温も一気に下がる。こちらの方が体調には悪いだろう。
 しかし梅雨時期のレインコートなどは、まったく意味をなさなかったりする。もういきなり半袖で十分だったりするためだ。冬物から一気に夏物になったりする。そのため、春物がもったいない。すぐに暑苦しく感じてしまう。早い目に着ると。寒い。
 
 ゲーム信長の野望は、やっと北条を倒す。既に畿内は取っており、京は押さえてある。鈴木家も滅ぼし、紀州も取っている。畿内最大の勢力になる鈴木家を倒せば、安泰。ここは細川が取っていたが、そのあと三好と入れ替わるのだが、その前に鈴木が取ってしまうのが、このゲームだ。出発年代が違うためだろう。
 東海筋を取り、武田も滅ぼし、日本海側の朝倉も滅ぼし、既に能登半島を越えている。だから、上杉領、本願寺領に食い込んでいるが、そこから関東へは出られない。新潟方面から関東へ出るコースは、まだ上杉領で、ここから盛んに上杉が北条を攻めているが、失敗している。
 関東への入り口は、中仙道があるのだが、ここは武田領だったところを取っているが、兵が少ない。武田が意外と脆かったのは、兵を集めるのが大変だったのかもしれない。このゲームでは平野部に城があるところほど兵は多い。
 それで、上杉の関東入りと歩調を合わせて中仙道側から兵を入れる。北条の兵が分散するため、当たりが弱くなるためだ。しかし、上杉のフルメンバーは少ない。半国になっていたためだろう。それで、簡単に北条に反撃され、逃げてしまう。その兵が、今度は織田軍に向かう。だから、中仙道側が激戦地になり、尾張にいる信秀を出さないといけなくなる。織田軍で一番兵が多く、そして強い。これは遠征だ。旧武田領の兵だけでは少なすぎる。それに武田を倒したばかりなので、城下に兵が集まらない。これはしばらくすると、回復するが、それでも山岳地帯のためか、最大兵が少ない。
 織田軍はかなりの兵を入れたが、北条の兵は一武将の兵が大きく。それが団体で、次々に中仙道口に来る。これは無理なので、退却。一度、そう言うことがあったので、これは勝てないと思ったからだ。
 東海同筋からの攻撃は無理だが、房総半島に、まだ大名が生き残っており、これが幸いする。これが北条と戦っているので、そのときがチャンスだが、長細い東海同筋の城から兵を出すことになり、これも不利だ。ここは今川、松平領だったところ。これと武田領を合わせた兵力でも、関東は落ちない。
 結局関東を四方から包囲して、一斉攻撃しかないのだが、それには上杉、伊達、あたりを取らないとできない。だから、北条は、最後の戦いになるはず。
 しかし上杉が動いた。関東方面ではなく、北陸で。それは織田領へ攻めてきたのだ。よく見ると、秋田の手前辺りで、伊達に攻められている。攻められているのに、別方面を攻めている。メチャクチャなことをやっている。有り得ない。
 上杉は、北条攻めで兵が減っているところを伊達に攻められ、そして織田を攻めている。だから兵力は少ない。さらに北条も上杉領の城に襲いかかった。
 織田軍は能登半島を取っているので、旧上杉領、朝倉領だけでも戦える。こちらはしばらく戦いがなかったので、兵が増えている。目一杯の兵力だ。この北陸勢であっさりと上杉を取ってしまう。伊達と分け合う感じだ。早い者勝ちだ。
 これで、上杉に期待しなくても、織田軍で、北陸兵をそのまま関東へ入れることができる。
 そして、武田の家臣は強いので、それに大軍を持たせる。また、今川義元も家来になっているので、それにも大軍を持たせる。織田軍の主力は斎藤道三、柴田勝家。それぞれ1万クラスの大軍だ。このレベルの大軍を北条は何部隊も持っている。それが列をなして襲ってくると、流石に怖いが、今度は織田軍がそれをやる。これは尾張からの出兵で、大遠征。数ヶ月かかる。また、畿内は北条以上に城が多く、兵も多い。ここの兵も関東へ送る。その中には足利義輝も入っている。強いのは柳生だ。さらに伊勢志摩の北畠も関東へ。鈴木家は、倒したあとなので、まだ家来になっていない。そして、松永弾正。これは戦闘には加えていないが、参謀役をしている。つまりヘルパーだ。
 既に織田家は覇王レベルになっており、半国以上領しているので、征夷大将軍になれると教えてくれる。あの松永が。これは知力が家臣の中で一番高いためだろう。それまでは斎藤道三が参謀役をしていた。色々とヒントを与えてくれる。
 征夷大将軍になり、幕府を開くことができ、そこで、私戦を禁じるというふれを出せば、天下統一となると。これに従わない大名は、まあ、朝敵になるのだろう。征夷大将軍と言う位はは誰が出すのか、それは朝廷だ。つまり、名分の発行人ということで、温存されている。信長が京を押さえたとき、高い官位をもらわず、しかも征夷大将軍とかも、無視したようなところがある。
 それよりも、北条攻め。これが最大の戦いになる。動員兵力の大きさも含めて。
 結局四方面から同時に関東に入る。北陸勢が結構な大軍を持っており、上杉を倒しながら関東へ入るのだが、少し時間がかかる。その間、東海方面と甲州側から同時に兵を入れる。小田原は落ちないので、無視する。この小田原兵が強いため、数万で囲まなければ無理だが、東海道軍も甲州軍も実は囮で、引き付ける役。そして、武田領だったところに入れている織田信長や武田の旧臣で関東入り。これは大軍を引き受けて、持ちこたえてくれればいい。
 そして、新潟方面からの北陸部隊が関東の入りをしたため、北条軍はそちらの向かう。つまり、三方へ分散。
 そして、ノーマークの中仙道へ織田の主力、武将あたりの兵力が多いので、頑丈な部隊を、誰も守っていないところへいきなり投入。これに反応した北条は、さらに兵が分散する。だから、どの方面でも当たりが小さい。
 この四面攻撃でも北条は耐えている。しかし、北陸軍が城一つやっと落とし、これをきっかけに織田主国と合流し、密集している関東の城を次々に落とす。もう兵が少なくなっているのだ。手間がかからない。
 東海道側の兵も城を落とし、その勢いで、北上する。
 結局上杉ができなかったことを、織田の北陸軍が山から下りてきて関東入りしたところが勝負所。そして、東海と甲州側からの侵入で、お得意の大軍を集中できないで、分散したことで、北条軍が崩れた。まあ、攻め入った織田軍の武将がトップレベルを揃えたオールスターだったためもある。
 ちなみに家来にした武田信玄は、このとき、消えていた。何か不足があったのか、浪人になったのだろう。少なくても北条家が引き抜いた痕跡はない。
 まあ、これで勝負は付いた。北に伊達を残しているが、これは大軍でじんわり北上すれば、問題はない。東北方面を全て伊達が取り、上杉領も取っていれば、北条を倒し、ものすごい勢力になったかもしれないが、それには時間がかかるだろう。
 この当時、九州は分散しており、中国筋の毛利も小さい。四国は長宗我部が土佐から出てこようとしている途中で、まだ小さい。
 信長はまだ二十歳になっておらず、十代半ば、そのため、まだ強くはない。
 信長が最初から大名なのは、その次の年代で、シナリオは「桶狭間」となる。これは、お馴染みの、織田軍団フルメンバーが出て来るので分かりやすい。

 
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2016年05月23日

五月の夏

■■ 2016年05月23日 月曜日 午前7時06分
 
 今朝も晴れており、暖かい。まだ暑いほどではないのは、朝が早いためだろう。しかし、日の出も早くなっており、寝起き行く喫茶店から戻るときは、それなりに暑い。
 夏は、朝の間だけ凌ぎやすいのだが、早い時間に限られる。日が昇りきってからでは暑い。
 しかし、例年、この季節、こんなに夏のような日だったのかと、ふと疑問に感じる。そうだったような気もするが、これほど暑い日が続かなかったようにも思える。ここは曖昧だ。確かに梅雨前に真夏のような暑さが続くことはあった。だから、こんなものだと思えば、こんなものだ。
 これがもし、テレビなどで話題になっているのなら、やはり暑すぎると言うことだが、それはない。こういうときは、人が喋っているような場へ行けばいい。それは店屋でもいい。挨拶程度の会話をしているところだ。これは勝手に聞こえてくる。そこで、言っている気象状態が、正しかったりする。「一寸暑すぎませんか」など。同じ哺乳類に聞けと言うことだろう。
 当然それを話している人は気象予報士ではない。予報を受け取る側だが。そのため、微妙に感覚が違う。しかし、数人から聞けば均される。
 しかし、こう暑いと自転車散歩ができない。そんなものしなくてもいいので、問題はないが。
 尼崎方面への遠征をまたやりたいのだが、前回の続きになると、結構遠くなる。暑い日は無理だ。出掛ける気がしないし、出掛けても途中で引き返すだろう。梅雨に入り、曇っている日なら行けるかもしれない。
 普通の自転車散歩なら、夕方頃の涼しくなった頃がいいのだが、日没前でも結構暑い日があり、逆に熱が籠もっているため、むっとしたりする。
 それで冬はどうかというと、これは寒いので、行く気がしない。それなりに用事があれば、気候とは関係なく、移動するのだが、自転車で長距離での用事など、殆どない。遠い場所は電車で行くためだ。
 
 誕生日に買ったパナソニックのLX5が結構いい。いい被写体と出合ったときは、このカメラでは物足りないが、日常持ち歩くときは、小さく軽いので重宝する。夏場でも薄いジャケットのポケットに入る。カッターシャツの胸のポケットは苦しいが、ズボンのポケットにも入るので、いつも持ち歩ける。鞄があれば、大きさ重さはあまり関係はなくなるのだが、一寸した徒歩散歩などでは、鞄は持たない。また、コンビニへ飲み物などを買いに行くときなども。
 このLX類似のカメラならいくらでもある。しかし、LX5ほどの写りをしない。操作感も。いいモーターを使っているのか、歯車がいいのか、音が静か。ビービー言わない。これは高級車に乗っているようなものだ。12000円で買っているが、出たときは7万ほどしていたはずだ。このクラスのトップクラスのカメラのためだ。写りだけではなく、作りがしっかりとしており、電源レバーや操作ダイヤルの感触がいい。これは写りとは関係しないが。
 これで、もう少し望遠側か広角側があればいいと思うのだが、非常に大人しい標準ズーム機だ。
 こういうのを見ていると、1インチタイプのコンパクト機が欲しくなったりする。今や高級コンパクト機の世代交代で、1インチタイプが主流になっている。これはソニーが始めたことで、キヤノンがすぐに追従し、ものすごい種類の1インチ機を投入しており、型番がもう分からなくなっている。コンパクト系なのでポケットに入る。もの凄く軽いわけではないが。
 ニコンもこの路線に参戦。レンズ交換式の1インチは、かなり前に出しているのだが、レンズが交換できないコンパクト系は初だ。こちらも高級路線で、超広角寄りのも出している。いずれも高いので、問題外だが。
 つまり、1インチによる写りではなく、カメラとしての高級感だろう。こういうのを買う人は、カメラは既に持っている人で、カメラがないので、買うというようなものではないはず。
 ここで別れるのが、メカメカとしたクラシック系か、ソニータイプのすっきりとしたものかだ。コンパクト系はすっきりとしたものの方が恥ずかしくなくていいかもしれない。カメラの威圧感がなく、人前で出しやすい。
 つまり四角いフラットなタイプ。あまり凹凸のあるメカメカ系タイプは、掃除が大変だ。埃やゴミが隅に溜まったりする。
 この1インチタイプの高級機、ミラーレスカメラより高かったりする。当然安いタイプの一眼レフキットレンズ付きよりも。
 パナソニックから以前出ていたLFだったと思うが、受光素子が少しだけ大きい目で28から200のズーム付きがあった。それが非常に小さく、また粗いが電子ファインダーが付いていた。このカメラ、長く沈黙し、新バージョンが出ていない。普及機のファインダー付きカメラは、ファインダーの解像力を上げて新製品がその後二つも出たのに。当然それよりも小さい。
 このカメラ、なかなか値段が下がらないまま、消えたのだろう。
 
 
 
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2016年05月22日

一眼レフとコンパクト

■■ 2016年05月22日 日曜日 午前7時06分
 
 今朝も晴れている。最近晴れが多い。次に雨が降るのはいつだろうかと思うほど。これがいつもの雨の降り方だろうか。晴れか曇りの日が数日続き、たまに雨が降る。週に一度ほどだろうか。それが梅雨時逆転するのだが。
 晴れているのはいいのだが、昼間は30度近くあり、夏日ではなく、真夏日になる。しかし、昨日も北海道は32度ほどあり、その時間では日本で一暑い場所となっていた。過去にそういう例があったのかどうか、調べてみないと分からない。幸いそのデーターはネット上にある。過去の一時間置きの気温などが表として公開されている。
 昔などネットも新聞もラジオもなかったのだから、リアルタイムで北海道の気温など知りようがない。
 北は寒いだろう程度の認識だ。江戸時代、大阪方面で日本で一番暑い気温を出した北海道のことを知る手がかりは、それなりにある。噂だ。
 遠い土地の噂を知るには、噂を運ぶ人がいる。大阪と北海道は意外と近かったりする。それは北前船だ。これが始終往復している。昆布やニシンを持ち帰る。その港港で、色々な噂も仕入れてくるのだろう。巷(ちまた)の噂と言うことだ。モロに港に行けば情報があるということ。港の人や、船の人が、運んでいるようなもの。港は内陸部からの川の河口にあったりするので、これで噂も川を上っていく。そういう通信網があったのだろう。別に設置したわけではなく、港港に情報が落ちていくので、物品と一緒に運ばれる。
 だから、何かのついでに、北海道が暑かったというのも、伝わってくるかもしれない。
 特に気候は農作物と関係する。干ばつなどがあると、その品が上がったりする。
 当然、行商とか、ウロウロしている勧進坊主など、様々な旅人が、山奥の各戸を訪れ、縁側や軒下で、噂を落として帰ったりする。人が情報を運んでいたのだ。ただし、また聞きのまた聞きだが。
 今でもマスコミ、メディアでの情報よりも、直接、人が人へと伝える情報の方が価値があったりする。公には言えないためだ。
 これははっきりとは明言しないが、ニュアンスとして、それを匂わすということで、分かることもある。ここが大事だ。
 
 先日9000円で買ったペンタックスの一眼レフだが、写していて気持ちがいいのだが、やはり重いので、持ち出すのが嫌になったりする。これは分かっていたことだが。
 受光素子の大きな一眼レフ、と言っても、その写りはコンパクトカメラとそれほど変わらなかったりするので、やはり倍ほど鮮明に写っていないと、重いだけ損な気がする。
 まあ、それで以前もペンタックスの一眼レフを買って写していたのだが、その期間は非常に短い。しかし、写していて充実感があるので、写す楽しさはあるのだが。
 この辺りの画質の問題、一眼画質の優位性だけではないことをいっている人がいないかと、ネット上のユーザーレビューなどを読み、そこでチラリと触れられているのを確認したりする。
 それによると、一眼レフで写したものより、一インチタイプで写したもののほうがよかったというのがあった。その原因は、一インチタイプの方が受光素子は小さいのだが、レンズがよいため逆転したとある。本当の原因はそれではないかもしれない。それで、一眼レフのキットレンズが悪者にされてしまうのだろうか。確かにフィルム時代、66判のマミヤの中判カメラより、普通の35ミリカメラで写した方が鮮明だったりした。
 そしてレンズ比べだが、それを調べるものがあり、中央部9とか、周辺部4とか、フィルム面での鮮明度を表す試験が公開されていた。これはアサヒカメラとか、日本カメラなどで。
 それによると、中判カメラの普及機の普及レンズは、フィルムが大きいので、まあ適当なものでもいいという感じだった。
 それほどいいレンズを付けなくても、フィルムサイズで勝てるためだが、35ミリタイプのいいレンズが出てくると、逆転してしまう。
 それと似たようなことが、受光素子は小さいが、高級コンパクトになると、いいレンズを付けているので、どっこいどっこいになったりする。ただし、一眼レフの方のレンズは、普通に買ったキットレンズの場合だが。
 つまり、一眼レフの場合、単焦点のいいレンズを付けないと、コンパクト系に負ける。また、一眼レフボディーも一番安いタイプではなく、最低でも中級機でないと、という話になると、昔の中判カメラより大きく重くなる。例えばペンタックスの67。蝦蟇のように大きな一眼レフだ。形は35ミリ一眼レフと同じで、それを巨大にしたもの。そんなもの、毎日持ち歩けないだろう。
 だから、鞄の中に入れても、それほど重く感じないのは500グラムから600グラムまで。しかし、これは一眼レフのボディーだけの重さに近い。できれば400グラムなら、殆ど苦にならない。
 この400グラムまで、と言うのが最近の一インチサイズのコンパクト系と合致する。それ以上重いと、買わないというわけではないが。
 一インチが付いているというカメラは、大体が高級コンパクトの路線なので、いいレンズを付けてきていると思ってもいい。違うかもしれないが、まあ、そこは手を抜かないだろう。
 そして、ピントが一眼レフ系よりも深く、スナップなどでは重宝する。マクロでも。
 しかし、それらの高級タイプではなく、普通のネオ一眼が結構よく写る。超望遠から超広角までのレンズが付いているので、これは悪いだろうと思うのだが、意外とよく写る。受光素子も一番小さいタイプだ。これが不思議でならない。レンズでもなく受光素子でもなく、となると、映像エンジンや、独自のチューニングで、鮮明に見えるようなデジタル処理で何とかしているのだろうか。まあ、それは中判カメラで写した写真が眠いのと同じことかもしれない。情報が詰まりすぎなので、拡大してほどいた方が綺麗に見えるようなものだろうか。
 まあ、その辺りはよく分からない。ただ、400グラム、重くても600グラムまででないと、普段使いは難しいというのだけは分かる。
 
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2016年05月21日

猪名部氏

■■ 2016年05月21日 土曜日 午前7時36分
 
 今朝は暖かい。起きるとほんのり寝汗をかいていた。毛布カバー付きの掛け布団が暑いのだろう。下も毛布だ。真冬のままのためかもしれない。しかし、寝ていて暑くは感じなかったのだが。そろそろ窓を開けたまま寝ないといけなくなる。昼間は最近開けている。これは暑いためだが、風がないとあまり効果はない。もう夏に到達しているのだろう。
 北海道が30度越えで日本で一番暑い日だったというのは記憶にない。南の島に雪が降ったのは、今年か去年かは忘れたが、それも驚きだったが。
 今年は暖冬だったのかどうか、もう曖昧になっているのは、寒い日もあったためだ。今のところ、五月の気温が少し高すぎる日が多いような気がする。この調子なら、早い目に夏が始まってしまったようなものだ。しかし、梅雨で水を差すはずなので、このまま真夏まで一直線に気温が上がり続けるわけがないが、空梅雨だと、その可能性もある。
 昨日も暑かったのだが、少しだけ自転車散歩をした。できるだけ日陰の道を選んで。
 夕方前に入る喫茶店から少し行ったところに猪名寺廃寺がある。大きな農家なども残っている。ここは有馬街道の伊丹城下への入り口のような場所だ。地名は駅名として、猪名寺の名は残っているが、寺はない。信長軍に燃やされているので、廃寺と言ってもそれほど古い時代ではない。近くに猪名川があり、ここにも猪名。その上流に猪名川町がある。
 ここには猪名野神社の本宮か、元宮かは忘れたが、小さな社がある。これは有岡城の北側に今もある。そこへ移ったのだ。しかし、里帰りするように神輿で往復する行事も残っている。
 この猪名寺、猪名野神社の猪名。猪名部氏という人と関係している。その猪名野神社本宮の縁起に飛鳥時代から猪名部氏が、この辺りに住んでいたとある。この辺りにある古墳群は、豪族の墓だと言われていたが、それが猪名部氏だろうと言われている。木工を伝えに来た渡来人なのだ。猪名部は物部などのように「部」が付く、これは部族に近い。また集団名で、人の名ではないかもしれない。また、物部の配下に組み入れられていたようだ。
 伝えるには、教えを受ける人達がいないといけない。無人の土地に来るわけがない。だから、名さえ分かっていないが、この地方に住んでいた人達がいたはず。飛鳥時代に猪名部氏がいたというのは記録があるためで、もっと古くから来ていたのだろう。古墳があるのだから。
 猪名寺は信長軍が燃やす前まであったのだから、猪名部氏ゆかりの人達がいたはず。そんなことを思いながら、古墳群がある相当広い地域の村々を巡るたびに、この家は猪名部一族ではないかと勝手な想像をしたりする。猪名寺が燃えないで残っていれば、猪名部氏の寺だとすると、菩提寺のようなものなので、猪名部氏ゆかりの品や文書が残っていた可能性もある。
 近くに、田能遺跡がある。弥生時代だ。その子孫がその近くに住んでいるとは思わないだろう。それと同じで、もう入れ替わってしまったのかもしれない。
 これはぼろ家が続く長屋の横に巨大マンションなどが建つと、メインが入れ替わる。その長屋もマンションになり、地元の人という意味も薄らぐ。その長屋の住人も、昔からそこにいた人ではなく、移り住んだ人。
 木工を伝えに来た人達だけに、その古墳は大人しかったりする。つまり、ここから近い千里の方の古墳群には、埋葬品の中に刀剣が多い。それに比べ、猪名部氏という豪族の墓だと言われている御園古墳を発掘したとき、刀剣が少ない。武人と職人の違いだろうか。
 その猪名部氏、何処へ行ったのかというと、何処にも行ってなく、もう混ざり合ってしまい、よく分からなくなったのかもしれないが、これは旧家の家系図を調べれば、分かるかもしれない。まあ、それは卑弥呼の子孫を探すような話に近いかもしれない。
 と言うようなことを思いながら、炎天下、ウロウロしたので、流石に暑気がして、すぐに喫茶店へ戻る。ここも猪名部氏のテリトリー内だ。そして、古墳群のど真ん中だ。


 
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2016年05月20日

カレー

■■ 2016年05月20日 金曜日 午前7時14分
 
 今朝は曇っている。晴れが続くはずなのだが、そうではないようだ。しかし、曇っているのは朝だけかもしれない。夏によくある。
 北海道が昨日に続き暑いようだ。30度越え。これは大阪よりも暑い。地図で見ると、高気圧の裏側にまで暖かい空気が流れ込むためらしい。高気圧が風船だとすると、風船本体ではなく、その周囲の空気が移動する。時計回りのように、それがぐるっと回り込むらしい。よく寒気団が南下してくるが、今の季節は暖気団が北上しているのだろう。
 今日はこのまま曇ってくれれば、それほど暑くはないだろう。いつの間にか、暑さを意識するようになっている。日陰のある道は人気で、猫も日向には出てこなくなっている。
 昨日は久しぶりにカレーを作る。これは夏向きだ。八百屋で小さすぎるニンジンばかりを詰めた袋が安いので、それを買うが、使い切る前に危なくなりそうだ。玉葱もつるせるような紐付きの網袋に入っている。持つと重い。数が多いが安い。そしてこれも小さすぎるジャガイモ。そういうタイプのジャガイモではなく、単に小さいだけ。それを集めたものが安い。
 そして小松菜、これが笊盛りで、この八百屋の名物。200円。ただし、笊には4袋盛られている。乗せているだけだが、四つ買えば200円と言うことだ。このパターンでほうれん草を買ったことがあるが、食べるのが大変だった。ブロッコリーを入れるつもりだったが、小松菜にした。今日を逃がすと、翌日、もうなかったりするためだ。
 それと肉屋で和牛。魚屋で小エビでもよかったのだが。しかし、自分で作ると、安くて具が多い。店屋のカレーは殆ど汁だけ。汁掛けご飯だ。昔、ライスカレーというのがあり、これはご飯を食べるためのカレーで、メインはご飯だった。終戦直後阪急百貨店の大食堂でライスカレーに行列ができた時代だ。
 ライスカレーライスと注文すると、ライスの皿がもう一枚出てくる、というのは神話で、それはないが、ライスカレーとライスと注文すれば、それは可能だ。要するにご飯の大盛カレーという程度のもの。具より米の飯の時代だ。腹が空いていたのだろう。
 今回はカレールーを少なめに入れ、水分を多い目に入れる。あっさりとしたカレーになった。
 これは夕食で、食べたあと、流石に暑い。それで久しぶりに徒歩散歩に出る。外に出るとすぐに汗が引く。それほど気温は高くなく、風があるためだろう。
 最近歩いていないためか、足が重いし痛い。足の付け根辺りだろうか。自転車はよく乗っているのだが、使う筋肉が違うようだ。日が長くなったので、夕食後も、まだ明るい。ここは近所の人の散歩コースになっているが、昨日は一人も見かけなかった。
 
 ゲーム信長の野望を、今度は鈴木家でやる。和歌山、紀伊、雑賀だ。
 信長の誕生時代、そのお父さんの信秀でやると、城一つ、家来は一人だけの鈴木家があっという間に畿内を取る。尾張辺りでゴソゴソしながら、京の都近くも覗いているのだが、鈴木家が占領してしまう。これは条件がいいのだろう。
 織田家でやると、周囲は敵だらけで、しかも攻めてこられるので、忙しい。ところが鈴木家でやると、攻めているのは鈴木家だけで、他の畿内の大名はじっとしている。大人しい。そして攻めてこない。
 畿内での大きな勢力は細川家。将軍はまだ義輝ではないが、山城で三つの城を持っており、並の大名。
 まずは、これも一つだけ城がポツンとある南紀の城を取りに行く。これはゲームスタートと同時に取りに行く。これは簡単に取れる。次は細川の岸和田、これは何ターンかは必要で、一回目は敵との野戦。これは簡単に勝つ。しかし、城は落ちない。兵が少ないため、囲んでも落ちない。それで、しばらくすると、兵が増えるので、それで囲むと落ちる。細川の援軍は来ない。これで和泉を取る。次は河内。ここは大名家がぽつりと城一つでいる。高屋城だろうか。ここには武将が何人かいる。領地よりも、武将が欲しい。独立した大名家を滅ぼすと、そこの武将を家来にできる。ここも苦労しないで、落とす。雑賀と岸和田と南紀の手取城と、三つの城を取っているので、三軍で一軍を攻めるようなものなので、これは勝てる。そして敵は孤立しているので、援軍は来ない。
 こうしてあっという間に畿内を取ってしまった。それで、織田家はどうなってているのかとみると、尾張から一歩も出ていない。
 尾張は別の織田家が二つの城を持っており、これを吸収しないと行けないのに、そのまま。その状態で、三河へ攻めていたが、三河は強い。それに三河を攻めると今川が出てくる。それで、三河攻めは無理。例え今川が出てこなくても、三河一国を持っているので、織田家よりも強い。
 次に見ると、今度は美濃攻めをしていたが、これも無理。そのあと見ると、三河の松平か、今川に攻められ、城が一つになっている。これで、織田家滅亡か、というところで、踏みとどまれたのは、もう一つの織田家だ。こちらが頑張り、美濃の小城を取っている。
 しかし、大垣城は浅井に取られ、稲葉山城は朝倉に取られている。朝倉は日本海側なのだが、濃尾平野に出てきているのだ。
 しかし、それらは畿内を取った鈴木家の敵ではない。動員兵力が多いので、潰してしまえるが、敵はそれではない。三河の後ろの今川ではなく、その後ろにいる北条だ。これが最大の敵だろう。いずれ今川の東海同筋も北条にやられる。
 だから、尾張、三河を占領すると、北条と接してしまう。北条の西進を遅らせるために、尾張や三河に兵を入れてはいけない。
 頼りないのが武田だ。信長が恐れた武田だが、三河に降りてくるどころか、北条に攻められている。武田が元気なら、北条の押さえになる。
 北条は日本海側へも出ようとしているが、そこは上杉がいる。流石に上杉も城が多いので、北条は上がって来れないが、上杉が関東へ出て来ることもなかったりする。だから、北条の一人勝ちになる。
 北条が武田を滅ぼすと最悪の状態になる。なぜなら武田の武将は強いため、それが全部北条の家来になると、実際には武田と戦うようなことになるからだ。だから、欲しいのは武田の領土ではなく、武田の武将達だ。
 しかし、鈴木家でやると、のんびりとしている。織田家でやると、三方で戦いになり、忙しい。
 
 
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2016年05月19日

LX100

■■ 2016年05月19日 木曜日 午前7時22分
 
 今朝も晴れており、暖かい。昨日の朝は寒かったが、今朝はそんなことはない。昼間、京都で30度という予測が出ていた。大阪でも28度。北海道で29度のところがある。大阪より暑いと言うことだ。いずれも予測だ。
 まだ五月半ばなのに、飛ばしすぎだが、これは初夏にありがちなことで、梅雨で大人しくなる。梅雨前にもの凄く暑い日があり、これで七月になるとどうなるのだろうかと思うほどだった。
 25度を超えると、夏日らしい。すると、最近の昼間は夏ということになる。
 昼間、こう暑いと自転車散歩はしんどくなる。25度なら大丈夫だが、28度あたりは苦しい。痛くなるほど暑くなり、すぐに戻ったことがある。
 普段の移動では日陰の道があり、そこを通れば凌げる。しかし、遠くに出るときは、そんなありがたい道ばかりではない。そして、そんな道ばかり選ぶと、走るところが限られてしまう。
 昨日は散歩には出なかったが、喫茶店の帰り道、久しぶりに日陰の道に入る。他の人や自転車も通っているためだ。そこは車道になっているのだが、あまりクルマは来ない。冬場はそんなところは誰も通らない。
 これが山の中とかなら、また別だ。少し高いと気温も低いし、木陰が多い。川沿いの沢などは寒いほどだろう。街中は照り返しや空気も悪いし、風も自然の息吹を感じないので、街中で吹く風も扇風機の風のように感じる。だから避暑地などは少しだけ高い場所にあるのだろう。山の上ではなく、平地だが、標高が高いのだろう。ベースが高い。しかし、日陰はいいが、何もないところは怖いほど暑かったりする。街中では逃げ込めるところがあるが、周りにものがないと、それができないためだ。
 だから、昔の街道は松並木や、杉並木で、日陰を作っていたのだろう。当然風よけにもなる。
 
 パナソニックのLX5がいいので、この最新版はどうなっているのかと調べると、受光素子は1インチを飛び越えてハーフサイズ。つまりオリンパス、パナソニック系一眼レフと同じ大きさになっている。
 ああ、これを他社が真似たのか、と思うようなのが、その後富士、ニコンから出ている。ニコンはその前に、一眼レフの受光素子を詰め込んだ28ミリ専用機を出しているのだが、そうではなく、メカメカとした感じのコンパクトカメラ路線だ。
 つまり、軍艦部にシャッターダイヤルが復活し、レンズに絞りが復活しているタイプ。昔の高級タイプのレンズシャッターカメラに近い。絞りとシャッターをそれぞれAに合わせれば、プログラムモードになるのだろう。一方だけだと絞り優先、シャッター優先になり、両方ともオートを外すとマニュアルになる。これは露出計が付いているはずなので、それで合わせる。もうそうなると、昔に戻った感じだ。だから、撮影を楽しむための精密機械に戻ったのだろうか。
 ニコンは新シリーズで、1インチ受光素子のコンパクトを出している。発売が遅れている機種もあるようだが、3タイプある。パナソニックも1インチタイプを二機種出しているが、いずれもズームカメラのようなもので、24から100ありまでのコンパクトなものではない。ここはソニーとキャノンと対峙しているのだが、小さいのはない。そこに投入されているのがLX100。24から60ほどと控えめなズームだが、1インチではなく、もっと大きなタイプなので、ここで差が出る。
 ハーフサイズ受光素子で24ミリ側でf1.7だったと思うが、これで3センチまで寄れる。そんなに寄れるのはパナソニックでもオリンパスのレンズでもできない。しかし、ニコンも1インチだが、結構寄れるようだ。
 このLX100に匹敵する一眼レフ、ミラーレスだが、そんなレンズはない。あっても高いだろう。それこそライカブランド付きになり10万ほど。
 似たタイプとしては24から70の標準ズームがあるが、これはキット系レンズなので、安い。しかし暗い。
 そしてファインダーは電子ファインダーだが、解像力は非常に高く、パナのミラーレス最高機種と同等。これが実売6万円ほどと安い。まあ、最初は高かったのだが、売れないのだろう。
 ちなみに1インチタイプの25から250ミリのズーム付きで、電子ファインダーはやや劣るが、そちらの方が高くて8万円。さらにそれよりも望遠が長く、ファインダーも大きく綺麗なネオ一眼タイプは6万円と安い。つまり上位機になるほど安くなるのがパナソニックなのか。
 その中で一番実用性が高いのは、1インチタイプで、25から250のコンパクト系だ。結構小さい。これは高級旅カメラだろう。とりあえず、何でも写せる。鳥でも猫でも。250ミリしかないのだが、実際には500ミリになる。それだけあれば、何とかなる。
 下手な一眼レフを買うより、こういうコンパクト系の高級機のほうがよかったりする。特にLX100などは受光素子が同じだし、どちらも電子ファインダーなのだから、似たようなものだ。
 LX100が出たとき、同じようなスペックになるパナのミラーレスとどう違うのだろうかと思ったことがある。非常にコンパクトなのに電子ファインダーの付いているタイプがあり、それにはキットレンズの24から60が付いている。こちらは5万から6万だろうか。そのため、値段的にも同じようなものだが、レンズの明るさが違う。また、キットレンズはあれなので、という心配がない。ただ、この極小ミラーレス、50ミリ付きのキットがあることから、50ミリ標準フナ釣カメラなのかもしれない。せっかくの明るいレンズなので、電子ファインダーでぼけ具合を見ながら写すということだろう。
 ただ、電子ファインダーはLX100のほうがはるかにいい。こちらの方がピントがよく分かるだろう。だから、まとまりとしてはLX100のほうが良かったりする。これは不思議な話で、システム一眼レフより、コンパクトカメラ機の方がカメラ的にしっかりとしており、しかもスペックも可能な限りいいのを付けている。これが最高級コンパクトの醍醐味だろう。
 レンズ交換ができるかどうかが、今のところ一眼レフという言い方の分け方になっている。しかし、キットレンズ付きで買った人は、レンズを取り替えたりしないことが多いようだ。
 パナソニックには隠れたる名機がある。なぜ名機なのかは、他にあまり類がなかったり、値段が下がらないことから分かったりする。
 非常に小さなコンパクト系だが、LXとは違う新シリーズで、電子ファインダーを付けたタイプだ。受光素子は少し大きい目だが1インチではない。レンズは28から200だが、非常に小さい。ただ、ファインダーがお粗末で、それ以外は、理想的なタイプだ。
 つまり標準域だけでは、今一つアップが効かない。せめて200ミリあれば、何とかなる。
 これと同タイプで、もっと古くからあるのがニコンの最高級コンパクトだ。既に時代は去り、昔の話になったが、こちらも28から200が付き、メカメカとしたカメラで、しかもファインダーの解像力が高い。その分、大きく重くなるが、レンズの飛び出しがないので、ポケットに入る。これの電子ファインダーが付く前のタイプを買ったのだが、写りは確かにひと味違うというか、解像力が凄かった。
 しかし、おっとりとしたカメラで、何をするにも、のろかったが、確実に写し取れた。携帯性は今一つだが、持ったときの安定感がかなりあり、結構ラフに写せた。ファインダーがないので、背面の液晶撮影だが。
 このカメラの値段が落ちたとき、すわと買ったのだが、次の日にファインダー付きの新製品が出たようなもので、それに気付かず、惜しいことをしたが、値段が落ちていたので買えたのだ。
 このカメラ、パソコンの故障のように、メニューが勝手に動き出し、止められなくなってしまった。まあ、200ミリでは不足だったので、500ミリまでのコンパクトカメラの方ばかり使うようになってしまったが。望遠側は、さらに望遠が欲しくなるので、標準の85ミリとか100ミリあたりまでのズームのほうがよかったりする。
 自転車散歩で、ゴチャゴチャとした町並みに入ったとき、28ミリで適当に写すことが多い。見晴らしの良い風景の場合は、望遠があればいい、という感じだろう。
 
 
 
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2016年05月18日

一眼レフ

■■ 2016年05月18日 水曜日 午前7時06分
 
 今朝は寒い。しかし、昼間は28度と、かなり暑くなるらしい。だが、寒いので、真冬のダウンジャケットで、朝の喫茶店へ。
 夜は寝ていて寒かったので、不思議な話だ。気温差が激しすぎる。
 そのせいではないが、体調が良くない。天気がいいのとは裏腹に。昨日はそれで、丁度いい気温だったが、自転車散歩を控える。気が乗らないときは、遠出もできない。これは冒険なので。ただの移動なら、最短距離をひたむきに走ればいい。ところが散策になると、道も探すし、場所も探す。方角は同じでも、立ち入る場所が違う。それで大概は方角が分からなくなる。方角を見て走っていないためだ。方角通りに道があるわけではないし。
 見ているのは、何かがありそうな場所だ。その片鱗のようなものが前方にあると、そちらへハンドルを切る。これが大きな道なら、真っ直ぐ進めばいい。クルマだとそういう走り方だろう。
 自転車でも最初は大きな道を走っていても、脇道に入り、大きい道と並行するように走るのだが、大きな道から離れすぎると、見えなくなり、方角も曖昧。戻ることはないが、左右にずれる。
 こうして奥の方にひっそりとある秘境が見付かる。町と言うより、界隈だろう。この場合の町は自治会規模だが、それにも分けられないような一角。
 怪しい場所と言うより、結構長く続いている細い道がある。細い道ならいくらでもあるが、少し様子が違う。それは主婦などの自転車が多いこと。これは土地の人だけが知っている裏道、自転車道なのだ。そのあとを付いていくと、賑やかな場所に出たりする。商店街や、店屋が並んでいる場所や、当然駅があるのなら、駅前だ。まあ、鉄道が一本しか通っていない場所なら、どの駅が近くにあるか程度は分かっているが、いつもとは違う角度からその駅前に出ると、何処だか分からない。降りたこともない駅もある。
 まあ、そういう自転車による散策は、元気でないと、行く気がしない。これは探究心や冒険心が必要なためで、それも力だろう。元気でないときは、その力が弱まるので、行く気になりにくい。ただ自転車で走るだけなら、大丈夫だが。
 そしてこれはカメラによる町狩りだ。
 
 先日尼崎散歩中に見付けて買った中古で9000円のペンタックス一眼レフカメラだが、やはり大きく重い。これは最初から分かっていたことなのだが、たまには光学ファインダーによる撮影もいいものだ。写すとき、充実する。
 もっと軽いものはないのかと探すと、ニコンが軽い。これは店頭で持ち上げたので、実感があるが、カメラ屋で軽く感じるのはバッテリーが入っていないためもある。それを差し置いても、軽い。これは標準ズームが軽いためかもしれない。その前の世代からニコンの普及機は小さく軽くなっていたのだが、レンズはそのままだったが、沈胴式にしてから軽くなったように思える。この沈胴、あまり効果はないので、出しっ放しでもいいだろう。それよりも軽いのがいい。望遠ズームを付けた状態でも持ち上げると、これもスカスカの軽さ。富士のネオ一眼よりも軽かったりする。こちらも沈胴式だが、それほど効果はない。やはり飛び出している。
 しかし、こういう一眼レフ、標準ズームだけですませる方がよかったりする。交換レンズを鞄に入れると、結構重くなる。また、小さな鞄なら、ぎりぎり入っても、取り出しにくいだろう。ここはカメラバッグになるが、それではノートパソコンが入らない。これを持ち出さなければカメラバッグになるのだが、そうはいかない。
 それで、ダブルズームキットを買っても一本は使わなかったりする。そこで高倍率標準ズームの登場になるが、これが高いし、また重い。ダブルズームキット分の重さだ。そうすると、せっかく軽い標準ズームも望遠ズームも死んでしまう。当然、ダブルズームの二本分よりも、高倍率標準ズームの方が高い。では最初からそれを付けたキットを買えばいいのではないかとなる。
 当然、それも売られており、展示品が上新にもある。そちらはイオスだが、レンズの直径が大きくなり、ぼてっとしてしまう。これはズーム比が高いので、当然だろう。どのメーカーでも、同じようなもの。
 だから、標準ズーム付きの軽い状態から動かない方が良かったりする。高倍率ズームは、標準ズームよりも最短撮影距離が長く、テーブルものが難しい。そして、ズームもさっさと動かない。幅が広いためだ。
 さて、ペンタックスの一眼レフだが、無茶苦茶重いわけではなく、当時は世界最軽量だったはずなので、軽い方だ。しかし、その前に買った1万円少しのパナソニックの最高級コンパクト機とどう違うのか。
 コンパクト系なので、200グラム少し、ポケットに簡単に入る。鞄がいらない。ズボンのポケットでも大丈夫だ。
 このカメラ、レンズが明るいのでズーム比が取れないわけではないが、控えめで、28から85と、なぜか一眼レフの標準ズームとそっくり。だから、中古のペンタックスと画角は同じなのだ。
 受光素子の大きさによる差など、殆ど分からない。このカメラ、1インチでさえない。その当時はなかったのだろう。
 最短撮影距離1センチ。キーボードを写しながら喫茶店内も入り込む。28ミリなので24ミリほどの広さはないが。
 テーブルものはコンパクト系の独壇場だろう。また、散歩中、一寸怪しげな場所でも、さっと出して、さっと写してさっと走り抜けられる。自転車で近付きながら、ポケットから出し、さっと居合い斬りのように、切り捨てて立ち去る。カメラはさっと手の平に隠す。これは鞘だ。
 まあ、これはじっくりと被写体を見ながら写す楽しさを味わうのとは少し違うが。
 例えば中景の建物と、遠方の山、両方ピントが欲しい。だから、絞る。しかし、コンパクト系なら、そんな計算はしなくても、中景と遠方は開放でも合う。
 とりあえず、一網打尽に写し取るときは、コンパクト系の広角の方が素早い。まあ、それは写した写真の用途にもよるのだろう。
 画質的にはあまり変わらないのだが。
 だから、1インチタイプに注目が行くのは、ピントが深いので、楽なためだ。そして高級機なので、明るく良いレンズが付いているし、受光素子もコンパクト系よりも大きい。
 今朝は元気がないので、そのコンパクトカメラをポケットに入れている。
 
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2016年05月17日

信長の野望

■■ 2016年05月17日 火曜日 午前7時34分
 
 今朝は晴れているが少し寒い。夜から寒くなった感じで、寝るとき隙間風を感じた。暑いので、窓を開けたままかと思っていたのだが、隙間だ。そういう風を感じるのだから、寒いのだろう。本当なら、もっと風が入ってこいと思うような季節なのに。気温を見ると、12度ほど、それほど低くはないが、空気が違うのだろう。風が吹いてくる方角が。
 最近、朝の気温は15度を超えており、17度とかもあった。しかし、この低さは過ごしやすい。自転車散歩にはもってこいだ。
 南の方は梅雨入りしているところもあるようだが、大阪方面はしばらく晴れが続くようだ。梅雨前線がまだまだ下にあり、それが上がってくるには、しばらくかかる。つまり六月の声を聞くまで。
 だから、南の方は梅雨は五月なのだ。当然夏も早く来る。すでに30度越えしているようだが、意外と南の方ほどそれ以上上がらなかったりする。最高気温が出るのは関東や中部だったりする。
 
 ゲーム信長の野望だが、結構ゲーム性が高くなっている。グラフィック性が強いだけのソフトは、ゲーム性が低くなるというジンクスは、なかったようだ。
 以前ならある程度領土が大きくなると、それだけ楽になり、隣国を切り取るのは簡単だった。数倍の兵力で乗り込むのだから、あとは勝ち方の問題で、如何にスラスラと進めるかだ。しかし、今回の信長は、大変なことになったりする。
 以前もそうだったが、周囲の国を巻き込んでしまい、大合戦になってしまうが、これはある程度読め、またすぐに兵力を増やしたり、別のところから兵を移動させて、何とかなる。
 しかし、兵は城に依存する。兵の増強がその場でできない。兵を増やすコマンドがない。これは城下の機能で、自然に増える。しかし、徐々に増える程度で、それを待ってられない。そのため、近くの城の兵を使う。遠くても、やってくるが、当然だが、何度もそれをやると、兵数が減る一方。
 そのため、良く戦う国は、それだけ兵の減りも大きいので、動員兵力も少なくなる。
 そこで裏技だが、これがなかなか見付からなかったのは、その原理というか、規則性が分かりにくかったためだ。
 何もしないで、じっとしている城は兵力も溜まる。そこへ有力武将、大名でもいい、それを移動させる。武将の移動は武将だけで、兵までは動かない。そして、その武将を城代にすれば、その城の兵数が得られる。
 そして、兵糧の問題もある。長く戦えない。だから、有り得ないような戦闘ができない。それだけリアルになっている。
 また、大人しくしていると、他国も滅多に攻めてこないが、こちらから仕掛け、戦闘中、別の国が攻めてくる。これは当然だろう。城の兵が空に近くなるため、簡単に城が落とせる。
 しかし、城を空にしても、攻めてこないこともある。隣国ではなく、もっと遠い国が攻めてくる場合もある。だから、やってみないと分からない。
 領土が大きくなればなるほど安定し、天下統一は時間の問題で、如何に早く片付けるかが、今まで信長だったが、今回は領土が大きくなっても危険が一杯で、これで退屈しない。
 また、勝ち戦なのに、局地戦で、有力武将の討ち死にがある。兵が少なくなっても、まだ戦っている場合に多い。これは戦闘中でも、引くことができる。ただしマニュアルだ。自動では限界まで戦い、兵がなくなれば、自動で退却するのだが、そのとき、討ち死にすることがある。
 ゲーム性とは、やってみるまで分からないということで、分かっている規則性もあるのだが、そうではないパターンも含まれており、読みを間違えることもある。しかし、攻められたついでに攻め返し、敵国の城を奪ったりできる。予定にはなかった収穫だ。ただ、その城を守れるかどうかが問題だが。
 じっと動かないで、大人しくしている国は何か企んでいる。兵力を温存し、更に増やし続けている。これはある日、一気に出てくる。
 ただ武将もレベルアップがあり、戦闘すれば、それだけ、戦闘能力が上がるようだ。戦わないで、内政に徹していても、レベルは上がるが。
 つまり今回の信長はどきどきはらはらで、一時も気を許せないゲームになっていた。

 
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2016年05月16日

オリンパスOMデジタル

■■ 2016年05月16日 月曜日 午前7時13分
 
 今朝も暖かい。そのうち雨が降るらしいが、まだ先だろう。朝は暖かいが昼間はそれほど上がらないらしい。しかし、このところ、夏のようになっている。もう寒くなくていいのだが、昼間は逆に暑くて、外に出るのが大層になる。寒い日は、昼間の暖かさが快かったのだが。
 今朝は暖かいというより、蒸し暑い。湿度は見ていないが、湿気ているのかもしれない。
 季候が良くなったので自転車散歩頻度が増えたが、これは今のうちで、暑くて行けなくなるだろう。先日は27度ほどあった。真夏では大したことはないが、このあたりになると、身体が焼けるように熱くなる。陽射しがあるときだが。当然喉が渇く。日陰の道を探すようになる。帰ってからも暑気が抜けない。これは一寸した火傷のようなものだろう。
 しかし、27度なら行ってもいい。これを越えると流石に無理だ。真夏になると30度越えになるので、陽射しのある道は通れなくなる。
 そのため、自転車散歩で、あまり行っていない場所を周遊するのは梅雨が明けるまでだろうか。逆に曇っている日の方が楽だったりするが、写真としては厳しい。良いのは雨の日だ。しかし、雨では長距離散歩は先ず出ないが。
 昨日は大人しくていた。遠征はない。気温的には問題はないのだが、二日続くと流石にきついので、出掛けた翌日は休むようにしている。これが晴れていて、そこそこの気温なら、もったいない話になるが。
 昨日は自転車散歩撮影には出なかったが、カメラのキタムラへの定期回診に行く。医者ではないが。中古品ばかり見ているので、痛み具合を見るためだ。
 おおっと、思うカメラがあった。オリンパスOMデジタルだ。ファインダーが付いているミラーレスで、昔のOMよりも、小さいのではないかと思えたのだが、それは他のデジタル一眼レフが大きすぎるためだろうか。オリンパスらしく頭が低い。しかし、プリズムもないのに、頭が尖っている。このとんがりの頭が低いのがオリンパスだった。
 それが二機種も出ていたので、これは事情が分からない。同じ人が、二台捨てたのだろうか。一台はOMの5で、もう一台は10。いずれも普及機だが、それだけに小さく軽い。上位機は出ていなかった。普及機は300グラム代。ファインダー付きのパナソニックはさらに軽いが、ミラーレスの恩恵だ。
 最近話題になっているのはオリンパスペンの方で、それにファインダーが付いたもの。しかし、ペンの方がOMより大きく重かったりすると、妙だ。
 高級ペンが出たとき、ファインダーがペンについて、凄いと思ったが、それならOMの普及機でも良いのではないかと、思っただろう。このタイプのキットレンズは、パンケーキ電動ズームで、輪だけほどの短さだ。何となく、昔のOM1とか2とかに付いていたスカスカで軽い標準ズームを思い出す。
 だから10は、昔のOM10を、連想させる。OM1や2の系譜ではなく、プログラム機、普及機だ。
 OMデジタル5の方が安い。10よりも。どちらも4万円。5の方のキットレンズは、安いタイプのダブルズーム。これよりも、パンケーキズームの方がよかったりする。それを付けて売っているのが10の方。これは最近ではターボという名を付けた、新製品が出ている。
 このOM10とパンケーキズームなら、ポケットに入ってしまう。400グラム少し程度だろうか。まあ、軽さと小ささではパナソニックの方がいいのだが、カメラらしい佇まいが、オリンパスにはある。OMがどうのというフィルム時代の遺産のような。
 ここでハーフサイズデジカメの逆襲が起こるのかどうかだ。それは1インチサイズより大きいためで。1インチが今は旬で、そちらの商品が相次いで出ているが、受光素子の大きさではハーフサイズの方が有利。
 しかし、ソニーやキャノン、ニコンもそうだが、1インチで標準ズーム程度なら、コンパクトデジカメの大きさになり、フラットなので、簡単にポケットに入る。そして、レンズが非常に明るい。
 1インチタイプは、パナソニックもすぐに出したのだが、オリンパスは出していない。その体力がないのかもしれない。ハーフサイズミラーレスが下火なのは、パナソニックも同じだが、すぐに1インチタイプを出したパナソニックは流石に体力があるのだろう。値段も強気だ。
 しかし、ミラーレスを大量に出していたのだが、コンパクトカメラよりも作りがお粗末だったりする。特にレンズだ。スカスカでぎくしゃくしたズームなど。それなら高級コンパクトの方が、カメラらしくしっかりした作りのが多いので、そちらの方が上等に見えたりする。
 それに最初から付いているキットレンズの評判が良くない。これはその上のタイプのレンズがあるからで、結局は高い目のレンズを付けないと、受光素子の大きさを引き出せなかったりとかする。しかし、あまり変わらなかったりするのだが。
 上位がある。上がある。それがないのが1インチコンパクト系で、明るく良いレンズが付いているはずだ。
 しかし、中古で二台揃って出ているOMデジタルは、これは道具だ。しっかりとした電子ファインダーが付き、カメラっぽいデザインで、使いこなしが良さそうだ。つまり、昔OM1や2で写していた人なら、すんなりと受け入れられるだろう。おそらくそれよりも軽く小さいように見えた。
 実はオリンパスペンの新型は、クラシカルな高級機ではなく、1インチで小型機で、コンパクト系で来ると思っていた。その方がペンらしい。OMより大きいペンは少し違うような気がする。OMや、以前からあるミラーレスのペンより小さいペン。それこそペンE路線。昔のハーフサイズのコンパクト機だ。こちらの大衆機の方が、本当は馴染みがあるはずなのに。
 だから、オリンパスから1インチタイプが出るとすれば、このあたりだろう。
 ただ、オリンパスのネオ一眼、つまり高倍率ズーム機が静かだ。ここに1インチが来る可能性がある。そのタイプ、パナソニックがいち早く出しているが、大きく重い1インチとなってしまっている。ただし、コンパクト系の1インチはポケットに入る高倍率ズーム機で、パナソニックは早い目に良いのを出している。オリンパスはどうするのか。
 そんなとき、旧タイプのOMを見ると、可哀想になってきた。
 その横に化石のようにミノルタのデジタル一眼レフがダブルズーム付きで1万円代で出ている。まだ売れていない。実際には19000円ほどだろうか。このカメラが出たあと、ミノルタカメラ部門は崩壊した。正確にはコニカミノルタだが、コニカと組んでもだめだったのだ。
 しかし、ミノルタという会社が消えたわけではない。伊丹に古くからあるミノルタの工場はそのままある。
 このミノルタの古いデジタル一眼レフも欲しいのだが、メモリカードがフラッシュ何とかで、結構ややこしい。それに普及タイプだが、結構重く大きい。しかし、その写りは写真ぽいらしい。レンズにハレありとあるので、さらに写真ぽくなるだろう。
 その他、1万円代でキヤノンイオスが並んでいる。これは普及タイプで、ものすごい数が出ていたので、ずらりと並んでもおかしくない。初代の普及機もある。
 だから、今や1万円代でデジタル一眼レフが手に入る時代になっているのだが、不思議と見向きもしなかったりする。
 最新のニコン、キャノンの一眼レフ普及機は、もう極限に近いほど減量し、軽くなっている。そちらは新製品なので、高いのだが、やはり軽さ、小ささを選ぶのだろう。
 
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2016年05月15日

園田

■■ 2016年05月15日 日曜日 午前7時58分
 
 今朝は暖かい。20度ある。とんでもない気温だ。天気予報では神戸が暑いらしい。昼間29度との予報がある。珍しい。いつも大阪方面よりも低い目なのだが。五月の今頃、夏への勢いが強く、夏よりも暑かったりする。六月から夏なので、あと二週間ほどなのだから、夏の気温でも不思議ではない。
 今朝は少し寝過ごした。早く起きていたのだが、目を開けただけで、そのあと二度寝か三度寝をしたのだろう。寝起きすぐに行く喫茶店が遅くなる。しかも日曜。混んでいるのだ。満席になることもある。開店間際に行くと、それほどでもないが、そのあと、客が平日より多いため、一気に増える。
 いつもの席はふさがっていたが、別の席は空いていた。こちらは次席だ。どちらの席でもかまわないのだが、広い目の二人席。しかも一方がロングシートなので、荷物を横に置ける。だから四人掛けと変わらない。
 鞄などをテーブルの向こう側の椅子に置くのは難儀だ。横がいい。
 
 昨日は自転車散歩で園田を攻める。そういう町が尼崎市の北東にある。もう豊中市と接している。ここまで来ると、アマ原人はいないので尼崎色は薄くなる。武庫之荘と似たような田園地帯だ。そのため、原人は稲作民だ。同じ北側に並ぶ塚口は尼崎色が強い。ここは繁華街があるためだろう。それと伊丹方面への入り口なので。
 しかし、伊丹というより、尼崎から見た北というのは、中山寺街道と、有馬街道だろうか。尼崎北部の村から見れば、伊丹も似たような村が並んでいたところだったはず。その区別はなく、村単位。だから、尼崎市で括り、伊丹市で括るのは、無理があったりする。塚口近くから大きな古墳群がある。かなり散らばっているが、同じ一族の人の墓だといわれている。これが尼崎と伊丹にまたがってある。その古墳群の東の端に位置するのが御園で。ここは園田と近い関係にあるのだろう。ちなみに阪急電車の大阪寄りの次の駅が園田。神戸寄りの次の駅が武庫之荘。塚口から見れば双璧。阪急は良いところに駅を作っている。
 それで、園田までは遠くはないのだが、川を渡らないといけない。猪名川の支流、藻川。この橋が面倒で、橋というのはどの通りにもかかっているわけではない。主な道にだけしかかかっていないので、下手をすると、川で行き止まりになる。
 その藻川を渡ると、園田だが、すぐ先に猪名川が流れ、このあたり、島だ。
 それで、園田などへ行く機会はないので、何処にあるのか忘れてしまった。伊丹方面から入ると、目的地にはなりにくいためだろう。大きな道は園田ではなく、大阪方面へ向いている。大阪市内へ入るときの、裏道ではないが、近道なのだ。
 その道を進むと園田競馬場。ここは見晴らしが良い。猪名川沿いの緑も豊かだ。ここを行きすぎたため、豊中市に入ってしまった。園田は、もっと近くにある。
 それで、ウロウロしていると、山脈がある。山はないはずだが、山脈だ。それが続いている。その麓を自転車で走っていたのだが、その森が気になるので、上がってみた。
 すると、それは堤、土手だった。上に上がると、モロに土手道で、クルマは通れないが、人は通れる塀の上のような道。道ではなく土手なのだが、それが続いている。しかし、川がない。
 下の解説があり、川筋を変えたらしい。その土手をまだ残していたのだ。猪名川は蛇行する暴れ川だったので、くねくね曲がっていたらしい。それを直線に付け替えたのだろう。昔の方が強引で大規模な工事をやっていたものだ。しかし、これだけの土、何処から運んできたのだろう。古墳もこんな感じで盛られたのかもしれない。
 その土手の相棒の土手らしきものもあった。少しだけ水が残っており、池になっている。まあ、池の発生は、本来そんなものだろう。川の流れが変わり、水が来なくなったまま孤立し、池になる。溜池ではなく、自然にできた川がちょん切れた水溜まりだ。
 さて、そこから園田へ戻らないといけないが、方角が分からないが、小さな神社がある。ということは村道があるはずで、それを見付け、何となく阪急園田駅方面だと分かるところまで来た。遠くからでも建物が違うのが分かる。それと人通り、人が向かっているところ、これで、地図など見なくても、分かったりする。
 園田駅前は、何もないはずなのだが、以前行ったときは、狭い道に店屋が結構詰まっていて、塚口の狭い商店通りのような駅前があった。そこが目的地だが、人のあと、自転車のあとを付けていけば、そこへ出ることができた。
 駅は高架で、その高架下に商店などがあるのだろうが、そこではなく、駅へ向かう細い道が繁盛している。ここだろう。ここだ。というポイントの道で、このラインに集中して店屋がある。飲み屋なども、ここに集まっている。クルマはぎりぎり入れる程度だが、当然歩行者と自転車しか通っていない。クルマは流石にここに入り込む気はしないだろう。大きな道が横にあるので。それにもの凄く時間がかかるはずだ。
 この筋、そして一寸した枝道、ここに集中して店屋があるのが凄いし、人も多い。この道の先に何があるのか、それはただの住宅地だ。競馬場もあるが、歩いて行くには遠い。つまり、伊丹駅前と違い、園田はドーナツ化現象していない。まあ、最初からそんな賑やかな駅前ではなかったので、自然にできた川筋、この場合人筋、人の流れが商店街作ったのだろう。自然発生的に。しかし園田商店街というような嫌らしい看板はなく、ただ単に店屋が並んでいる程度。
 結局人で賑わうのは、狭い道が多い。左右の店屋を同時に見られるように。
 これは駅の北側で、南側は見ていない。しかし、電車に乗ったとき、いつも園田で止まるので、高架のため、この町はよく見ているのだ。ただ、線路で分断され、人の流れはない。
 駅前開発で失敗したダイエー城よりも、園田の方がよかったりする。
 その園田の狭い通り、これは通学通勤で通る裏道でもある。だから、通行人が多い。人の自然な流れだ。決して大きな道を歩かなかったりする。大きな道は車道であり、クルマの道のためだ。
 そこを抜け、戻りかけたのだが、ものすごいものを発見する。これは以前も見ていたはずなのだが、今回は、一寸違う。数年前、生駒の聖天さんへ行ったことがある。聖天さん、それは象の神様なのだが、男女和合のあれだ。しかし、生駒の聖天さんなのに、秘仏。お堂はあるが、隠されている。当然見ることはできない。表向きのありふれた御本尊は、あくまでも表向きだ。
 この生駒の聖天さんの近くに、もう一つ聖天さんがあった。暗闇峠か、暗がり峠かは忘れたが、そこにあったらしい。それが移転されたとは聞いていたが、まさか園田とは知らなかったのだ。だから、知らないまま、以前は通り過ぎたが、今回は知っている。
 小さなお堂が三つほどある程度のお寺だが、聖天派の総本山。これは濃い。そしてメインは聖天堂。これは生駒の聖天さんのように、他のお堂で隠していない。堂々とあるが、硝子が反射して、聖天さんが見えない。扉付きなのかもしれないが、それも反射して見えない。
 別のお堂を見ると、等身大の地蔵菩薩がしっかりと見える。
 園田聖天となっているが、移ってきたのはそれほど古い時代ではない。おそらく田圃の中にポツンとあったのだろうか。記憶が曖昧だが、大正時代だろうか。
 お寺の境内というより、お寺の庭で、馴染みやすい寺だ。山門の裏に三輪車がある。ここの子供のものだろうか。
 寺としてはしっかりと公開され、誰でも入り、お参りできる。尼崎色は少ないのだが、この気さくさ、飾り気のなさがいい。観光の寺ではなく、あくまでも普段からお参りに来る人向けだ。
 また境内は、結構色々なものが置かれており、密度は非常に高い。狭いだけに濃く見えるのだろうか。園田の商店通りのように。
 暗がり峠にあったという聖天さん。元々ひっそりとしたところにあったのだろう。
 この日のお供のカメラは、パナソニックコンビ。ミラーレスに望遠ズームを付けたものと、誕生日に買った高級コンパクトで広角側を押さえた。しかし、意外と町めぐりでは広角が活躍する。
 ペンタックスの一眼レフも良いが、パナソニックのファインダー付きミラーレスの軽さには勝てない。ボディーもレンズも軽い。
 帰り道、28から280の高倍率標準ズームが欲しくなった。これなら、一本で済む。しかし、商店街などでは、小さなコンパクトカメラの方が出しやすく、写しやすい。人目が多いためだ。
 
 
 
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2016年05月14日

デジタル一眼レフ

■■ 2016年05月14日 土曜日 午前7時11分
 
 今朝も晴れており、朝の気温も高い目。晴れている日は朝が寒いのだが、今朝はそうではない。
 これがいずれ、朝から暑いに変わるのだろう。その季節は、もうすぐやってくる。五月はもう半分通過。すぐに六月。すると七月が見えてくる。夏だ。
 昨日も晴れており、長距離自転車散歩日和だったが、気温が少し高すぎる。これは暑気でやられそうだし、二日続けて自転車散歩はきつい。昨日の朝の喫茶店からの戻り道散歩も、結構暑かった。真冬のダウンジャケットを着ていたためもあるが、それを脱いでも暑かった。それで朝から夏バテだ。
 途中、以前行っていた朝の喫茶店前を通る。その頃の大回り散歩コースを走っていると、小柄な老人がいる。見た顔だが大型スクーターに乗っていない。徒歩で歩いている。毎朝顔を合わせていた年老いた勤め人だ。朝モスがなくなり、1時間遅くなったので、ここへは来ていないのだが、その後どうなったのかを聞いてみた。すると、半年はかかるらしい。
 何が半年なのかは分からないが、朝モスができない事情があるのだろう。一時間ほどの違いだが。
 これで、朝の客が消えたはず。近くの銀行員とかだ。一時間遅いと、もう仕事中になる。
 これは決して公共的な問題というほどの規模ではない。これで困る人は十人少しいるかどうかだろうか。喫茶店がなくなったわけではない。その近くに数店、朝モスと同じ時間に開いている店がある。また、喫茶店がなくなって、困ったことになる人は、何人もいない。社会問題ではない。
 その年取った勤め人、煙草が吸えなくなったマクド難民で、もう長い間、その老人の顔を見ている。話はしない。一度だけ話したことがあるが、それはマクドの貼り紙で、煙草が吸えなくなることを二人で確認し合った。その後、この老人、何処へ行ったのかは分からない。再開したのは朝のモスで、これは朝モスを始めたため、開店時間が早くなったためだ。そして、ここもだめ。次回この老人と会うとすれば、早朝からやっている安い店ができたときだろうか。伊丹駅前で朝からやっているファスト系喫茶進出に期待する。ただ、クルマで来られないのが、伊丹駅前の欠点で、店屋が駐車場など持つほどスペースはない。また、自転車の駐車も難しく、ますますより付けない。
 例えば駅前のコンビニ。ここは一人勝ちしているが、自転車で来られない。車道も歩道もある。しかし、そこで止めてはだめなのだ。だから、自転車でコンビニへ行けない町になってしまった。
 その自転車を止めてはいけない歩道。そこに自転車停車機がずらりと並んでいる。歩道の自転車は通行の妨げになると言っていたのは嘘だ。歩道に設置しているのだから、歩道は狭くなる。
 
 先日9000円で買ったペンタックスの一眼レフだが、写りが良い。コンパクトカメラよりも安いのに、しっくりとした感じで写っているので、これはお得なのだが、身体があまりお得ではない。コンパクトな一眼レフとはいえ、大きく重いためだ。普通のコンパクトカメラよりも一割から二割ほどよく写っているが、倍は数倍にはならない。重さは数倍になる。
 これは一眼レフと言うより、その前の三五ミリフィルム時代のとき、中判カメラの時代だった。フィルムサイズが大きい。しかし、35ミリのカメラが出てくると、もう売れなくなるというより、わざわざそんな大きく重いものは持ち出さなくなった。
 極めつきはオリンパスペンのハーフサイズで、35ミリのフィルムの半分と、さらに小さい。当然カメラも小さく、ポケットに入ったりする。さらにこのタイプ、安い。フィルム代も半額になるのと同じだ。72枚など、写せないほど多かった。しかし、写しきらないと、フィルム現像代は同じなので、もったいないので、全部写しきった。ただ、それをすると、プリント代は同じではないので、結構プリント代がかかった記憶がある。
 中判カメラもコダックの大衆機のように折りたたみ式、レンズは蛇腹で伸び縮みする。レンズ鏡胴が布か皮なのだ。これなら小さくなるが、もうその頃は、中古で投げ売りされていた。
 つまり、カメラには大衆機の流れがある。当時のアーサー感度は低いというより、フィルムに依存している。100とか400とかだ。あとはフィルム増感で1600とか3200まで持って行く。だから、暗いところは苦手なので、ストロボを使う。これは電池がいる。それに真っ白になる。そこで、ストロボなしでも写せるように明るいレンズ付きが出てくる。ローソクの明かりでも写せるように。
 だから、一眼レフのカメラが中古で9000円でレンズ付きで売られているのは、価値観の問題だろう。値打ちが下がったのだ。昔のフィルム時代の一眼レフの相場は、もう少し高かった。
 しかし、写し方が大層になるというか、重く大きいので、写して帰らないと損だというのがある。
 そして、写すときの作動音が、特にペンタックスは大きいらしい。これが逆に充実したりする。
 写りに関しては、しっとりと落ち着いている。何処がどう違うのかは、分かりにくいのだが、印象だ。これにはいろいろと考えられる理由があるのだが、最終的には印象になる。
 これは、少し良いかもしれないと思い、このカメラの最新機や、最近のレンズなどを調べる。
 こちらが、CMで見たのは、KS1だったようだ。光学ファインダーで、光を見て、写そうというやつだ。カメラとしての形が少し違っている。これがKS2となり、それが普及機タイプとして、店屋などでも並んでいる。それとは別にk20とかの系譜もある。20は二桁。だから一桁ものが、高いタイプなのだろう。
 つまり、視野率100パーセント、像倍率95パーセント。そんなファインダーを入門機であり普及機の一眼レフなのに付けているのが凄いのだろう。これが、同じ値段帯でのキヤノン、ニコン機との違いだ。
 しかし、このあたり、オリンパスなどのミラーレスの電子ファインダーのファインダーの方が遙かに明るく見やすかったりする。だが、光学ファインダーで覗く風景は、電子ファインダーでの写し方とは、趣が違う。立体感があるためだろう。光ではなく、空気まで伝わる。レンズそのものを見ているためだろう。それをさらにすっきりとさせ、よりリアルを見ているのが、レンジファインダー系のファインダーだ。こちらの方が明るかったりする。
 デジタル一眼レフは良いのだが、大きく重い。標準ズームを付けた軽いタイプでも重い。これに高倍率ズームを付ければ1キロほどになる。持ち出す頻度が減り、いずれ使わなくなるのはそのためだろう。
 
 
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2016年05月13日

アマ原人

■■ 2016年05月13日 金曜日 午前7時09分
 
 今朝も晴れている。朝はひんやりとまだしているので、真冬のダウンジャケットを着て喫茶店へ。これは薄いので目立たない。下手な春物ジャケットより、軽かったりする。
 しばらく晴れが続くようなので、昼間は暑くなるだろう。大阪方面は25度ほどの予報だが、このあたりは、まだ大丈夫だ。20度少しの気温が過ごしやすい。23度あたりが。
 20度を切ると、寒く感じるので。
 昨日は天気がやっと戻ったので、自転車散歩に出掛ける。今回も尼崎方面へ南下する。目標は尼崎の東方面、大阪との境界線あたり、そして、神崎川沿い。こちらはあまり行っていない。
 有馬街道から見えていた前方の高層ビルは、JR尼崎駅前だった。尼崎の中心部だと思っていたのだが、違っていた。なぜならJR尼崎には何もないのだ。ではその高層ビル群は何かというと、ただのマンションだ。
 まずは駅がない。駅裏にミドリ電化があり、たまに立ち寄ったことがあるが、賑わった場所ではない。ではいきなり高層ビルが何本も建ち、広い空間ができているのは、何だろう、きっと工場の跡だと思える。前回行ったとき、そう言えば工事をしていた。あれから何年にもなるが、それができたのだろう。
 尼崎の次の駅は塚口だ。こちらも森永の巨大な工場が消え、そこに高層マンション群ができつつある。同じことだ。元々工場が多い場所なので、駅前の賑わいがない。
 それよりも工場の敷地はもの凄く広かったのだと、改めて思う。自治会が一つ入るほど。普通の町なら、道路で区切られる。または道があるので、通れるが、工場は塀沿いしか通れない。そのため、工場の向こう側へ出るのは大変だ。大回りしないといけない。
 その敷地の広さのおかげで、見晴らしの良い風景となった。高層マンションといっても何百本も建てるわけにはいかないので、敷地はそれほど取らないのだろう。だから、公園や何もない場所が多くできている。これは山向こうにできたニュータウンのようなもので、一気に人口が増える。この高さなら、大阪市内も見下ろせ、和歌山や淡路、四国まで見えるだろう。
 どんな人達が入居しているのかは分からないが、駅前にショッピングビル、これは平和堂だろうか、お馴染みのユニクロとか、そう言ったものがまとまったビルがあり、これで、超高層マンション群、ニュータウンの台所などになるのだろう。まあ、JR尼崎なので、大阪方面にすぐに出られる。下手をすると駅から高層マンションへ帰る時間より早く着いたりする。
 しかし、日常の買い物は、近くが良いだろう。
 そして、JRの幅の広い線路の地下を通り、南下を続ける。こちらの方がまだ開けていた場所なのだが、いつもの尼崎に戻る。
 さて、そこから魔界に入る。これは想像していたのだが、なかなか見付からなかった。超高層マンション群ではなく、アマ原人の故郷である長屋群だ。つまり、アマの人間は何処へ行ってしまったのかだ。それはもう少し南下しないと出てこない。
 そして、これは偶然だが、目指していた痕跡を見付ける。痕跡ではなく、まだ現役の長屋があちらこちらにある。当然細い路地も、それらの路地は由緒正しい路地で、何処までも繋がっている。それを辿ると、出たのが不思議な場所、それは杭瀬の商店街。杭瀬、それは何度も聞いたことがある地名。しかし、馴染みがないのは大阪寄りにあるためだ。また、この近くに住んでいないと、用事のない繁華街なのだろう。
 高校の同級生が杭瀬の昭和通りの肉屋の息子。兄はやくざになった、と話していた。それで、昭和通りを知っている。怖いところだと。
 幹線道路の左右に昭和通りに入り口がある。これか、と思い、東側へ入る。
 しかし、昭和枯れススキではないが、すっかりと枯れており、運動会のときの旗のようなものが、アーケードのように吊ってあるのが、逆に淋しい。日本全国何処にでもある商店街の果てだろう。しかし、ここがアマの本来のショッピングモールだった。そのため、超高層マンションの住人とは人種が違うのだ。そしてアマの原人、アマ原人が生息している場所らしい風景が、商店街を抜けると出てきた。長屋と路地。これだ。決して農家ではない。長屋、なぜそこに住むのか、それは工場が多い場所であることを考えればいい。最初からアマ原人ではなく、地方から身一つで働きに来たり、農家をやめ、家族で尼崎へ引っ越してきたのだ。この第一世代がアマ原人だ。なかなかその棲息地が分からなかった。どの家も新しくなり、マンションになり、長屋と路地の町内ではなくなっていたからだ。
 しかし、昭和通りを抜けたあたりや、その周辺に、まだそれが残っていた。先ほど超高層マンションを見たところなので、アンダーグランドへワープした感じだが、地下ではなく、地べただ。
 路地があり、左右に小さな門、門は一歩か二歩で玄関に手が届く、そういう家が左右に並んでいるのだが、車が入れない。つまり、宅配便のクルマも、救急車も無理。戦前の世界なので、そんなものだろう。
 路地を自転車でユルリと通ると、「今朝は一七度あったでえ」と声だけが聞こえる。部屋の中での会話だろうか。まる聞こえなのだ。そのため、天気予報を聞く必要がない。路地を通れば、気温が分かるわけではないが。
 さらに進むと猫がいる。動かない。逃げない。クルマが入り込めないためだろう。バイク程度だ。だから、道の真ん中から動かない。子猫もそうだ。親の真似か、こちらもう動かない。まあ、余所者が来るような場所ではない。顔見知りばかりだろう。郵便屋と新聞配達程度だと思える宅配便はかなりしんどいだろう。
 猫を写していると車椅子の老婆が通る。猫はまだ逃げない。
 車椅子の老婆と、それを押している老人、その家だろうか、入ろうとするとき、老婆がこちらを見て手を振る。挨拶だろうか。知り合いか、と後ろの老人聞くが、老婆は笑っている。これで本物のアマ原人とコンタクトを果たしたことになる。
 路地が終わる。その先は何もない。神崎川に突き当たる。
 これでやっとアマ原人の棲息地を見た。一度では決して全ての路地に入り込めないし、入った道は全て偶然なので、全体がどうなっているのかは分からない。しかし意外とストライクゾーンを貫通したような気がするが。二度目は、初回の驚きがないだろうし。
 その日のカメラはアマ原人に敬意を示すためではないが、先日アマで買った9000円だが、見た目は立派な一眼レフ。そしてペンタックスというのが良い。こういうときはしっかりとしたカメラで、しっかりと構え、堂々と写す方がいい。
 昔、尼崎の親戚の家へ泊まりがけで遊びに行ったことがある。それが長屋だった。路地と長屋。当然迷子になった。神戸の春日野道の親戚宅へも遊びに行ったときも、その家は長屋だった。これも数歩表通りに出ると、もう帰れない。
 さて、自転車散歩の続き。
 出た神崎川は何もない。堤防の道は、無人。車の姿もない。これは、このあたりの川沿い、殆ど工場の敷地なので、普通の人は用はなく、また、土手から工場への道はなく、町並みがないので、堤防からの降り口がない。
 そして、やっとJRの鉄橋のあるところで、下界へ降りる。
 神崎の戦い。そんなのがあったのだろうか。それを記念してかどうかは知らないが、一心地蔵というのが立っていた。神崎川沿いだ。足利尊氏、ここでは高氏となっている。高氏が母からもらった地蔵をお守りのようにしていること、地蔵信仰があったことを吉川英治の私本太閤記では書かれている。少し神秘性を出すためだろうが。
 それの九州落ちのときの戦いのようだ。これは少し前に、太平記を読んだので、少しは記憶にある。記念碑に、打ち出という地名も出てくる。だから、このあたり、漁村だったのかもしれない。これが本当のアマ原人だろうが。そして、村がある。神社もある。そう考えると、長屋のアマ原人は、新人類だったのだ。
 その由緒正しい村人達も、移り住んできた人達なのだから、余所者とか地元とかの概念は、本来なかったりする。
 アマ原人の残り少ない棲息地を発見したので、ウロウロしすぎたのか、同じアマでも、伊丹との境目のつかしんショッピングモールに戻ったのは、もう夕方で、すっかり遅くなった。
 多少暑かったが、軽いジャケットだが、脱ぐことはなかった。
 

 
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2016年05月12日

美濃攻め

■■ 2016年05月12日 木曜日 午前7時12分
 
 今朝はやっと晴れている。しばらくは雨は降らないようだ、これで五月晴れが続くということだろう。五月雨というが、この季節は五月晴れだろう。しかし五月雨、これは今の五月を差しているのかどうかは分からない。旧暦とか、面倒なズレがある。おそらく六月雨が五月雨だろう。つまり、梅雨の雨なのだ。そして、この晴れ間を五月晴れというらしい。
 しかし、六月にならなくても、サツキは咲いている。また五月のゴールデンウイーク、鯉のぼりが泳ぐ空。これを五月晴れの空などと呼んだりする。確かに今年の五月の空には違いはないが。
 一ヶ月のズレ、それは気候的にはそれほど違いはないが、梅雨入りしたのかしていないのかの違いは、結構ある。
 また、そういう古い季節を表す言葉が使われていた時代、気温はどうだろうか。温度だ。
 旧暦、このズレに気付かないでも、不便はなかったりする。赤穂浪士の討ち入りも、これが語られたのは江戸時代、だから旧暦、その決行日のナレーションなどを変えるわけにはいかない。また、松の廊下での刃傷、そして切腹、これを赤穂に伝える使者、その口上で、何月何日というだろう。これも変えるとなると、語呂が悪くなったりする。
 まあ、今が何月か、何日かなど知らなくても、十分暮らして行けた時代もあったはず。そのときの暦は月だろう。だから、その満ち欠けは丸い時計のようなものだ。そして、時刻は、木の影とか、太陽の位置で、何となく分かったはず。
 当然、遠方での待ち合わせなども、日は、今日から数えて二日後とか、時間は曖昧で、昼頃なら、数時間の幅。もっと曖昧に、丸一日の幅。世間が皆そうなら、そんなものだろう。
 だから、宿場での待ち合わせでは、街道筋にある宿屋の二階の手すりなどに、笠を出す。その笠には名前が書かれている。これで、来ていることが分かったりする。
 例えば、秋草村の松五郎とか。これで、確実に、その人物が分かる。秋草村に松五郎が一人に限るが。さらに遠方の人でも分かるように、摂津国秋草村でいける。郵便番号や番地もいらない。
 それよりも、五月晴れ、これが梅雨の晴れ間だというのは、妙だ。しかし、六月のことだったとしても、似たようなものだが。それほど困ることはない。
 そして、今日は五月晴れでも何でもいいが、よく晴れている。
 
 ゲーム信長の野望の癖をやっと会得した。勝ちパターンだ。信長の誕生で始めた場合、まずはもう一つの織田家を倒す。この城は二つある。ここは昔の信長の野望と同じ。これで、尾張は織田信秀のものになる。次は近くの長島。ここは本願寺で、単独にポツンと城がある。だから、攻めても近くの本願寺は大阪なので、遠いので、援軍に来ない。ただ、城の防御力が高いので、兵力が無いと、落とせない。落とすには囲めばいい。兵が少ないと、囲んでも何も起こらない。しかし、しばらくすると、兵糧が切れる。攻めている側の。それで、撤退。また、無理攻めもできる。これは城内のマップになり、かなりリアルだ。天守を落とすまで、一苦労。だから、囲むだけが早い。
 しかし、長島の本願寺は攻めてこないので、無視していい。だから、次は伊勢志摩方面の敵が弱いので、そこへ行くのがいいが、本願寺が邪魔。その横を通らないといけないが、通ると本願寺が出てくる。接触し、合戦になるので、迂回する。
 しかし、伊勢志摩は攻めてこないし、大人しくしているので、いきなり美濃を攻めた方がいい。まずは大垣だ。美濃の土岐家は弱い。稲葉山城にいる。だから、大垣を攻めると、稲葉山城や他の美濃の城から大軍が来るのだが、不思議と、来るのは稲葉山からのみ。強いのは稲葉一鉄と、斎藤道三、これはまだ大名ではないので、兵は少ない。結局尾張の五つの城から出兵した兵力対、二つの城から出兵した美濃勢との戦いになるので、尾張が勝つ。本当は美濃の城の方が多く、動員勢力は高いのだが。
 兵は武将が持っているのではなく、城に所属している。兵を増やすのは城で、その領内での具合で決まる。農地や、精錬所、木工所。城下町の整備、武家町、商人町。寺社、などなどを育てれば良いのだが、これは委任でできる。つまり、オートで、やってくれるのが委任。これで城下を任せておけば、適当に発展し、兵も増えるし、兵糧も増える。
 そして、ゲームの花は合戦で、そのとき兵の数が勝負だ。だから、二つの城と五つの城との勝負なら、五つの城が勝つ。一つの城から出せる武将は最初は一人。だから、武将の数がちがので、兵団が大きくなる。そして、一番強い武将を城に置けば、さらに勝ちやすい。
 これで、美濃を取る。最初は城までは取れないで、合戦で、勝っても、こちらもへとへとで、城を囲めるだけの兵力ではない。だから、次は城だけを取りに行く。敵は出てくるが、以前より兵は少ないので、簡単だ。
 うるさいのが今川だ。この時代、三河の松平は、家康のお爺さんの時代だろうか。三河のかなりの領地を持っていた。しかし、攻めてこない。
 だが今川は三河を越えて尾張に攻めてくる。これは冷やかしで、大軍では来ない。それをすると桶狭間になる。
 信長が産まれて間もない頃、もう美濃はお父さんが取ってしまった感じになり、斎藤道三は織田家の家来、参謀になる。これは家来の中で、知能と政治力の高いのが、道三のためで、自動的に参謀役というか、ターンが終わると毎月の収支や状況報告を声で知らせてくれる。だから、道三は道三の声で。
 尾張と美濃を取れば、結構な大国で、動員兵力も多くなるので、そこで長島の本願寺を抜く。そして伊勢志摩方面は、簡単に取れるので、領地だけ広くする。
 ただ、従属というのがある。勝手に横の小国が従属申請してくる。これは同盟より、有利な条件になり、援軍がいつでも可能だ。同盟は期限がある。また、同盟までの工作で、時間がかかる。
 長島の向こう側にあるのが長井家で、ここは弱い。だから、織田が美濃を取ったとき、従属してきたので、攻める必要はない。
 こうして見ていくと簡単そうだが、今川がうるさい。これが何度も何度も遠方からやってくる。まだ今川義元の時代ではない。だから、他の国に主力軍を入れているとき、今川が来ると、守りが薄いというより、城は空なので、やられる。
 今川がいつ来るかどうかは、マップで駿河方面を見れば、兵がこちらへ来ているのが分かったりする。マップは拡大すれば城下町まで見えてしまう。
 また、日本海側、能登近くの畠山家が、美濃まで山越えて、郡上八幡まで攻めてくる。これは何度も来るが、尾張美濃の城の兵で、簡単に追い返せるが、これも美濃の上の三木家は飛び越えてくるので、始末が悪い。
 また、大垣まで、同じ北陸の朝倉もやってくる。琵琶湖畔の浅井を飛び越えて。これができるのは同盟しているためだろうが、浅井は大人しく、攻めてこない。これは松平と同じで、隣接しているのに攻めてこない。三木もそうだ。その後ろにいる元気な大名が攻めてくる。大遠征だ。
 そういういつ来るか分からない遠方の敵と戦いながら、近場の国を潰していく。
 やたらと領地を広げると、大国と接するので、逆に危ない。
 要するにゲームの癖が分かれば、それを利用して、裏技というのが使える。国が大きくなると、三方と同時に戦いになったりする。兵のやりくりが大変だ。
 当然、こちらとは関係のない戦いを近くでもやっている。両国とも疲弊しているとき、割り込んで、城を奪うこともできる。
 また、カウンター攻撃で、攻めてくるのを待っていて、追い返すのと同時に、追いかけ、敵の城を奪う。要するに合戦で勝てば、敵兵は減るので、城を囲むことができる。ただし大軍でないと、囲んでも無駄なことがある。
 こういうパターン、世の中にもありそうだ。
 
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2016年05月11日

信長の野望・創造

■■ 2016年05月11日 水曜日 午前7時10分
 
 今朝は雨のはずだが、曇っているだけで、何とか持っている。二日続けて雨では、結構辛い。今日も降るだろうが、降っていないときがあるので、昨日よりのましかもしれない。それに、雨が曇りに変わるらしいので、もしかすると、このまま降らないかもしれない。ただし、部屋にいるときはいくら降ってもかまわない。外に出るときだけ。また、外に出て、屋根の下にいるときは、いくら降ってもかまわない。帰り道だけ止んでいればいい。
 五月も半ばに入る。六月の梅雨がもう見えている。雨のしたたる五月かな、という明智光秀の本能寺前の歌がある。今の五月だろうか。この雨は天で、したたるを下と取れば、天下を取るということだが、時期というより、位置が良かったのだろう。信長が不用心というより、僅かな兵しかいないが、息子の信忠は、もう少し多い兵で、近くにいる。そして、乱的なことがあったといても、大きな軍団がすぐ近くにいる。それが明智軍だ。それに大阪には丹羽軍も四国へ渡るため、明智軍より多いだろう。それらが駆けつけるはずなので、都に大軍を入れなかったのだろう。
 近くの敵といっても、北陸方面で遠い。あとは毛利と長宗我部、これも遠い。明智光秀の評判が良くないのは、まともな勝負ではなかったためだろう。松永弾正も荒木村重も、謀反を起こしたが、決して信長を直撃していない。まあ、安土城などは攻められないだろう。行く途中で、やられそうだ。しかし、明智は山を越えればすぐに京都市内。堀一つ程度のお寺。だから攻撃できたのだろう。
 さて、ゲーム信長の野望では、明智光秀は裏切るというのが定番になっており、忠誠ポイントが低い。これが赤になると、いつ裏切ってもおかしくない。まあ、遁走が多いが。勝手に逃げ出すのだ。そして、他家の家来になる。その他家が引き抜こうと仕掛けているため、さらに忠誠度が落ちる。
 信長の誕生、生まれたた年からゲームを始めると、光秀は先に産まれているはずだが、武将としては当然出てこない。信長も、生まれたばかりなので、姿はない。光秀のお父さんが出てくる。これは美濃の土岐家の家来。信長の父、信秀も尾張の全部は取っていない。尾張の城は五つあり、信秀は三つ取っている。残りは斯波氏と、別の織田家が取っている。斯波氏は尾張の守護だろう。
 また、別のキャラでやると、尾張方面は見ていないので、どうなったのかは分からないが、覗けば、他国の様子も分かる。
 紀州の鈴木家でやり、京へ向かうのだが、そこは足利の領地。そこに明智光秀、細川幽斎がいる。まだ織田家に仕えていないのだ。まだ足利義輝がいるためだろう。
 明智が、ウロウロしているのは、領地のある美濃が土岐から斎藤道三になったためではない。道三の二人の弟子として光秀と信長が出てくるのは、司馬遼太郎の国盗り物語の世界。そうしないと、どちらが天下を取るかの、国盗り物語にはならない。しかし、本当の泥棒のように一国を盗んだのが斎藤道三。ただ、全国を取れなかった。それを二人の弟子に託すという話だ。道三と似たようなことをしたのは北条早雲。
 道三は年を取ったあたりで、息子と戦うことになり、明智は道三に付いたので、これは亡びる。領地がなくなる。道三が負けたからだ。
 しかし、信長誕生スタートで、信秀は美濃を取ってしまう。信長ではなく、お父さんだ。これはゲーだから、取れる。相手は斉藤家ではなく、土岐家なので、それほど強くないが、斎藤道三はいる。まだ家来だ。そうなると美濃は織田家のものになり、明智家も、光秀のお父さんの代に織田の家臣になる。
 しかし、ゲームでも抜け道はあり、織田家に仕えない武将もいる。また、戦闘中討ち死にもある。これは滅多にないが、年を取った武将が討ち死にしやすい。史実の没年と、長寿、どちらかを選択できる。
 だから、明智のお父さんが、織田に仕えないパターンもあり、また、捉えた武将の首を切ってもいい。大概は家来にするが、最初から仕える気のない武将もいるので、それは逃がす。その大名家が健在なら、そこへ逃げ込むし、いなければ、浪人になる。
 ゲームでの信秀は土岐の家来の道三と何度も戦うが、全部勝っている。しかし、なかなか捉えられない。別の城へ逃げ込むためだ。そして土岐の城を全部手に入れても、道三は逃げている。そしてしばらくして、浪人として登場する。ここで雇えばいい。不思議と土岐家に柴田勝家がいる、そうしないと、土岐家で始めた人は、強い武将は斎藤道三程度。あとは稲葉一鉄が少し強い程度。これでは身動きができないので、柴田を入れたのだろうか。
 昔の成人式は早い。だから、すぐに信長も出てくる。そうなると信長と道三は同じ家来。信秀は長寿モードなので、しばらくは一緒に戦う。しかも道三も一緒。ただ、道三の戦闘力は、それほどでもない。ただ、動きが妙だ。
 織田家でプレイすると、桶狭間も本能寺の変もない。
 ただ、あまり動きのない大名がいる。静かに領地を守り、決して攻めていかない大名がいる。小国でも、遠いところから、攻めてくる大名もいる。それなりにパラメーターがあるのだろう。
 ただ、史実通りやると、負ける。
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2016年05月10日

中古一眼レフ

■■ 2016年05月10日 火曜日 午前7時14分
 
 今朝も雨。しかし、微雨で傘はいらない。小糠雨だ。逆に傘を差していても、傘の中に雨が入ってくる。落ちるのが遅いのだろう。これで二日続けて雨。明日は回復するかもしれない。晴れが続いており、雨になると、やっと回復したとは言わない。雨の降る日は天気が悪いといつに間にかなっている。だから、晴れた日がノーマルで、それ以外は残念な日になる。これは屋外で働くとき、雨だと難儀するためだろう。野良仕事など。漁も、猟もそうだ。天気が悪いと、ちょっと、となる。
 梅雨時以外、晴れか曇りの日が多く、雨の日はそれほど多くない。一週間も二週間も、雨が降らないことはざらだ。
 天気は人間の都合によって違う。扱いが。しかし、雨でも何ともない鳥がいる。水鳥り、鴨などがそうだ。雀など雨だと出てこない。鴉も鳩も。濡れるのが嫌なのだ。しかし、鴨は出てきている。瞬間だが水中に入れる。あれは羽根か羽毛に油でも入っているのか、弾くのかもしれない。そういう加工の防水性のある上着があるが、塗り物なので、期限があるらしい。
 河童なども雨の日も大丈夫だろう。むしろ水が無ければ、生きていけない生物かもしれない。水虎とも呼ぶ。だから、河童は水子と関係があるのかもしれない。
 いずれにしても、雨の日は足が止まる。当然自転車散歩も。雨には勝てない。そのためか、いつも行くショッピングノールは、雨の日の自転車が非常に少ない。まあ、その日でなくてもいい買い物なのかもしれないが。
 暖かくなってきたのか、湿気が強いのか、ご飯の腐り方が早い。炊飯器の中のご飯、そのまま一日放置していると、お粥になっていた。もうそういう時期なのだ。煮たおかずなども、鍋のまま放置していると危なくなる。冷蔵庫に入れれば三日ほどは持つが、その頃には飽きてしまう。
 
 先日買ったペンタックスkm、雨でさっぱりだ。9000円で買いに行った日は晴れていたのだが、その後、ずっと雨。陽射しのあるところで、撮したいものだ。
 電子ダイヤルの反応がおかしいので、露出補正や、写した写真の拡大などができなかったのだが、いつの間にか普通に動くようになっていた。電子ダイヤルが回転しないのではなく、接触が悪いのだろう。
 電池を替えたためかもしれない。エネループに。これで電圧が変わり、普通に動くようになったのかも。
 また、新品の電池を入れても、バッテリー不足警告が出たりした。電池との相性があるのだろうか。エネループならしっかりと反応するが、五本しかない。六本あったはずだが、何処かへいった。このカメラは四本使う。まあ、エネループの充電時間は早いので、それでいいのかもしれない。予備電池四本を鞄に入れると、それなりに重い。それ以前に、一眼レフを鞄に入れると、重い。これで世界最軽量だったのかと思うほどで、ママでも持ち歩けるとなっている。このカメラの宣伝ページはもうないが、PDFで残っている。パナソニックやオリンパスの一眼レフの方が遙かに軽いのだが、それはミラーレスのためだ。
 ソニーも、ミノルタの引き継ぎではない新マウントのミラーレスカメラの方が遙かに小さく、軽い。
 ペンタックスにもミラーレスが一台だけある。しかし、結構重く分厚かった。あれは消えたのだろう。ただ、コンパクトカメラなのに、レンズ交換ができるタイプはまだ健全。こちらは一眼レフのジャンルに入っている。ファインダーはない。普通のコンパクトカメラだ。
 だから、ミラーありの、昔からある一眼レフスタイルのカメラでは、軽く小さいはずなのだが、結構重い。それでも中級機から見れば、非常に小さく、軽い。
 雨が降っていたのだが、傘を差し、自転車に乗ったまま写してみた。やはりこの重さと大きさは安定している。カメラが動かない。広角だと、ピントが合っているのかどうかはファインダーでは分からない。また、コンパクト系のように、AFフレームがない。あることはあるが、暗いところでは見えない。そして、安いためか、ポーズが付いていない。だから、どこで合ったのかの合図がない。ただ、ほぼ中央でしか合わないので、それでいいのかもしれない。
 喫茶店内でのテーブル撮影では、最短距離が結構短いので、いつものようにノートパソコンのキーボードを写すことができる。これで、階調などが分かる。逆光を受けた背景なども。それ以上に大きな違いは、ピントが浅いと言うことだ。これは広角端でもかなり浅い。受光素子の大きさが影響している。
 それと、アングルがアイレベルになるので、色々な構図が取れない。背面の液晶では写せない。
 このカメラをテーブルの上に置き、それを写した写真がある。そのカメラの方が遙かによく写っていた。そのカメラ、パナソニックの最高級コンパクトカメラなので、写りは一眼レフより良かったりするのは、ピントが深いため、画面全体が鮮明に見えるためだろうか。それにノイズが少ない。このカメラは1万円少しで買っている。ものは最初から良い。まあ、そういうのに普及タイプの一眼レフは負けてしまうのだが、それは用途にもよるのだろう。メモ的な用途ではなく。
 いつも思うのだが、受光素子の大きさによる圧倒的な高画質、と言う一眼レフのセールスポイントが、なかなか納得できない。ズーム比も小さく、不便なのに。
 そのため、こちらの用途ではコンパクト系で間に合っているのだが、あるとすればスタイルだ。撮影スタイル。それは懐かしの一眼レフ撮影。マット面や、中央部の距離計のようなものでピントを合わせながら、写していた頃の。それがAFになり、誰でもピントや露出を合わせられるようになってから、バカチョンカメラになった。
 今は光学ファインダーから、電子ファインダーへと突き進んでいるが、ニコン、キヤノンは、また違う用途があるので、別シリーズでミラーレスを出している。これはサブカメラ扱い。
 そこで、出てくるのが1インチ受光素子のネオ一眼だろう。
 しかし、先日1万円以下で買ったペンタックスの一眼レフは、まだフィルム時代のAF一眼の延長にある。そして、中古市場に溢れている。そのカメラ、その後どうなったのかは、既に分かっている。
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2016年05月09日

ペンタックスkm中古

■■ 2016年05月09日 月曜日 午前7時58分
 
 今朝は雨。気温は高い目かもしれない。寒くもなく暑くもないので、温度の確認はしなくてもいい。寒いと一体何度あるのだろうと思い、チェックするが、そんなことをしても現実は変わらないが。
 雨は小雨で、大したことはない。しかし傘がいるので、面倒だ。鞄を自転車の前籠に入れるのだが、その被せが必要になる。最近は周囲にゴムの入っているタイプを使っているが、この前買ったばかりだ。これはよくなくなる。風で飛ぶため。
 移動中ではなく、駐輪場などに置いているときだ。
 このカバー、百均で二枚で百円。他にも種類はあるが、これしか買わない。なぜなら他のタイプは防水性がないため。
 では、何のためのカバーかというと、目隠しも目的の一つだが、ひったくり防止だろうか。それと日除け。しかし、なぜか防水性がなかったりするのが不思議だ。雨の日を想定していないのかもしれない。自転車カバーではないので。
 そして、いつも買うのは、二枚で百円なので、逆に安い。紐で何カ所かを止め、ボックス型にして、とかではなく、被せるだけでいい。
 そして、雨以外の日は、鞄の下敷きになっている。だから、風では飛ばない。飛ぶのは駐輪場で鞄を出すためだ。籠から飛び出るほど強い風のとき、持って行かれる。または、籠の縁に引っかけたままのときだ。
 この籠カバー、買いに行くのが面倒なときは、普通のゴミ袋の中に鞄を入れている。
 
 昨日は散歩中に見た9000円台のペンタックス一眼レフがまだ気になるので、見に行く。結構遠い。
 前回は買いに行ったのだが、電池の接続が悪く、起動しなかった。その後、修理したのかどうか入ってみないと分からない。知らないで買っていても、初期不良となり、問題はないが。その保証だけは六ヶ月ある。あくまでも初期不良だが。
 それで、三度目になるので、道は完全に覚え、最短距離も覚えた。やはり新幹線の下の道を真っ直ぐ走れば速い。これは高速道路だ。これに乗ると、一直線で、無駄がない。
 このカメラ、中古カメラ屋でも、そんな値段で売っていない。これを逃す手はない。
 そして店に入り、真っ直ぐカメラが数台だけ並んでいるところへ行く。ペンタックスkmは置き場所が少し違っていたが、しっかりとある。
 店員を呼ぶため、レジへ行くと、結構客が多く、店長らしい人が、誰かを行かそうとしていたのだが、無理なのか、店長自らが出てきた。
 前回、電池の接触が悪かったことを言うと、それは確認しているとのこと。心配なら、電池を入れるので、それで確認して欲しいといい、レジ横で入れてくれた。そして、見事、電源の入った生きたカメラになったので、即買う。
 帰りの道で、コンビニに寄り、電池を買い、喫茶店でじっくり見ようとしたが、喫茶店が見付からない。それで、いつに間にか、近くまで戻ってきてしまった。いつもの日常結界内に入ったので、ザめし屋でざる蕎麦を食べながら、カメラの確認をすることにした。
 まず、標準ズームが少し古いタイプ。しかし、このレンズ、結構小さい。ニコンやキャノンに比べて。そして、最初からそれほど飛び出していない。
 標準ズームレンズというのは、カメラが出るたびに、キットレンズとして、新しいのが出たりする。この次のカメラのそれはグリーンの線が入っているタイプだろう。次は、沈胴式になる。これは真新しい。
 レンズは85ミリ程までの大人しいレンズだ。マニュアルフォーカスもしっかりできるが、何せファインダーが暗い。これはレンズが暗いためだ。暗い室内では、ピントの山は見えないほどだが、望遠にすると、何とか分かる。もっともCCDではノイズがきついので、薄暗いところでは今のコンパクトカメラの方がよく写っていたりする。ちなみに手ぶれ補正はボディー内式で、CCDシフト式、だから、どんなレンズを付けても、手ぶれ補正が効く。しかし27から85ミリあたりなら、いらないだろう。感度は最高3200で、オートで、そこまで上がる。一応薄暗い室内でも写せる。ノイズ処理は、初期値では使わないとなっている。
 その日は、ネオ一眼をお供に連れて行ったので、そのSDカードを入れようとしたが、買ったカメラの中に最初から入っていた。2ギガだ。その時代なら、それで十分だろう。これで千枚近く写せる。
 それで、ざる蕎麦を食べ、アイスコーヒーを更に注文して、カメラを弄る。失敗したのは煙草が吸えないことで、以前は吸えていたので、勘違いしていた。吸えることは吸えるが、トイレの横の箱に入らないと吸えない。だから、アイスコーヒーは、余計だった。麦茶がいやというほどテーブルにあるので。
 
 2008年と、カレンダーの初期値になっている。8年前だ。だから最近だ。十年前のカメラと思っていたが、結構新しい。
 それで、そばを食べながら、数枚写し、夕方の空などを写したのだが、このカメラ、マニュアルなしでも簡単に分かる。それほど複雑な設定はないためだ。
 部屋に戻ってから、いつものように薄暗い室内を写すが、色目がしっくりとしている。これがCCDの色なのだろう。まあ、暗いところではノイズが出るので、本来の使い方ではないが、タッチや色目よりも、そのぼけ具合が、流石に受光素子の大きさを反映してか、背景がよくボケる。レンズは暗いのだが。
 タッチは落ち着いており、非常に鮮明というわけではないが、けばけばしたものが飛び出さない。だから、滑らかと言うより、しっくりとした絵になる。これで9000円台とは安い。アクリル画と油絵の違いほどあるかもしれない。
 これと同じものを十年以上前、同じペンタックスのを十万円中程で買ったのを思い出す。それでも安くなってきていた時代だ。
 当時はデジタルタイプのレンズはなく、昔のペンタックスの普通の標準ズームと抱き合わせで売られていた。
 そして久しぶりに聞くミラー音とシャッター幕の音の合わ持った音と感触、これは手に僅かに響く。そのため、撮影が非常に大層なことをしているように感じる。これは音声ファイルではなく、生の音だ。手に振動が少しだけ伝わる。
 AFでレンズが動くのだが、ガタゴトとうるさい。端に突き当たったりして、結構振動があるし動きが大層だ。そのため、ピントが合うとき、この音で分かる。合焦音ではなく、レンズの音で。
 AFフレームは結構狭く、中央部のみ。中抜けしない程度だろう。当然かなり端でも自動的に合う今のカメラに比べて、大人しい。どこで合ったのかは分からない。ポーズのようなものが出ない。ファインダーで鮮明になれば、合っていると言うこと。
 このあたりの時代のカメラ、殆どフィルム時代と変わらないが、少し大きく重くなった程度の操作感だ。デジタルになったのだが、フィルムがCCDになった程度で、撮影方法は同じようなもの。デジカメは詰め物が違うのか、重さと大きさは昔の高級一眼レフ並になる。AF一眼レフになってから大きく重くなった。そしてプラスチックになった。
 デジカメになって、大きく重くなり、損をしたような気になるが、フィルム代などがかからないので、これは割安いだが。
 電池は一回り小さい目のサイズだと乾電池で1000枚は写せる。これは液晶を使わないためだ。ただ、情報表示で、出ることは出るし、写したものを見ることもできるが、ライブはできない。撮影は全てファインダーのみ。そのためか、デジカメ臭さがない。
 しかし、デジタル時代というか、IT時代なので、中古でカメラとレンズだけしか現品がなくても、マニュアルは、ネット上にPDFとしてあるし、それを使った人の感想などもネット上で読めたりする。
 最短撮影距離は結構短いが、このレンズの詳細はネットで探しても、なかなか出てこない。30センチほどだと思うが、もう少し寄れるのは、レンズ先端からではないためだろう。レンズもそれなりに長いし、ボディーもボリュームがあるので、かなり寄れるように見える。最短撮影距離は広角端でも望遠端でも同じなので、これは重宝する。
 
 カメラ本体もレンズも、結構綺麗なまま。液晶が日焼けしているようだが、よく分からない。レンズの中のゴミもない。また、保護フィルターが最初から付いていた。買った人が付けたまま売りに出したのだろう。ストラップも付いたまま。一眼レフはファインダーにゴミが入る。糸くずのようなものとか、しかし、このカメラはそれが少ない。ゴミだめのように、ゴミだらけのファインダーもあるほど。
 しかし、色々と触っていると電子ダイヤルがいかれているようで、反応しなかったり、逆方向へと迷ったりする。この電子ダイヤル、一つだけあるのだが、使う用途は、写したものを拡大して見たりとかだ。それと、露出補正のとき。または絞り優先とかのとき。いずれもなかってもかまわない機能だ。
 露出補正は露出補正ボタンを押しながら電子ダイヤルを回すという面倒な仕掛けなので、これは使わない。まあ、露出補正殆ど使っていなかったりするので、これは問題ない。AEロックボタンで凌げる。
 まあ、8年も使えばそんなものだろう。使わなくても、接触が悪くなったりする。昔のライカの高いカメラを買った人なら、分解掃除のようなものを定期的に出していたのだろうか。
 デジカメは家電なので、寿命がある。だから安い中古は初心者向け。慣れて来て、中級者になったところで、新品を買えばいい。
 
 結局このカメラ、ファインダーを覗きたかっただけかもしれない。長くご無沙汰の光学ファインダー。ペンタックスの一眼レフの広告動画で、光を見て写そうなどのキャッチがある。生の光を見て写すということだろう。登場するのは外人で、スマホで写している。その近くで、普通の一眼レフで写している人がいる。何だろうかと、見ている。そこからスマホから一眼レフへシフトし、次に登場するときはペンタックスの普及期を持って写し回っている。これはメモではなく、スキャンでもなく、写真に興味を示したと言うことだろう。
 だから、このペンタックスkmには、その初心者の頃を思い出すような、懐かしさがある。ただ、今はフルオートで、特に知識はいらない。残っているのは光学ファインダーで覗いて写すということだろうか。これは電子ファインダーや、背面の液晶では、変換された絵を見ているが、変換前の生の絵を見ているようなものになり、変換後には見えなくなったものが見えているわけではないが、光線状態などは確かに違う。色目は多少は生とは違うが、それは非常に薄いサングラスのようなもので、他のカメラで覗いてやっとファインダーの色目の違いが分かる程度。生と言っても、レンズやマット面などを通過し、さらに接眼レンズのガラスの色が出たりするのだろう。
 しかし、変わらないのは光線具合だ。変換前の光線具合が見える。これは写真では写し取れないものが多数入っている。だから、光を見て写すという広告になるのかもしれない。そのためじっくりと写すとき、変換されたものをプレビューするのではなく、実物の生を見ながら写す方が、写しているとき、実感的だという程度だ。
 そのため、液晶や、電子ファインダーで写していた人が、一眼レフの光学ファインダーを久しぶりに覗くと、撮影が楽しくなるのは、そのためだ。映っているものは同じなのだが。
 美術系、デザイン系でもいいが、そういう学校で、一眼レフを買わされることがあるらしい。その学生に聞くと、観察眼を養うためとか。
 デジカメで言う一眼レフは、レンズ交換式云々程度の分け方になっている。コンパクトカメラも一眼レフなのだ。背面の液晶とレンズがずれていない。だから、一眼レフの聖域は光学ファインダーだけになった。富士などが付けている覗き窓式のファインダーも光学ファインダーだが、一眼ではない。カメラのレンズが捉えたものを見ていないからだ。しかし、覗き窓式の方が、生の風景に近いのだが。もっと言えば写ルンですの枠だけのファインダー、あれが生そのものだ。実際に肉眼だけで見ているのだから、百パーセント生だろう。
 このカメラを触っていると、初めて一眼レフを買ったときの既視感が生じたりする。これも一種のフナ釣りだ。そして、最初にカメラはペンタックスが多い。
 
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2016年05月08日

中古一眼レフ

■■ 2016年05月08日 日曜日 午前7時10分
 
 今朝は12度ほどで、ひんやりとしている。晴れている。冬は去っているのだが、今朝は真冬のダウンジャケット。これは軽い方で結構薄いので、目立たない。
 朝の喫茶店は相変わらずコメダへ行っている。チェーン店だが、高い。これはモスとどう違うのかというと、モスでは入ったとき、レジに行かないとだめだ。席が入り口にあり、奥にレジがある店もある。そのとき、余計な距離を歩くことになる。そしてレジに先客がいると、並ばないといけない。昼のマクドなどでよく見る光景だ。朝でも並んでいることがある。このとき、店員はさっさとしているのだが、もったりとした客が考えながら注文している。アイスコーヒーだけなら、他に言うようなことはないが、色々と選択肢がある場合、いちいち考えながら。そして、家族連れなら、何々ちゃんどうするの、とか聞いたりする。その子供がさっさと答えればいいのに、深く考えたりしていると、何も生じていない時間が流れる。凄い間だ。
 それでやっと注文するのだが、その支払いで、小銭を出そうと、財布の底とかに、指を入れ、鳥の嘴のように突いていているのだが、端数がなかなか出てこない。あと一円とか、あと十円とか。結局小銭は揃わず、その時間も何も生じていない。何も捗らない間となる。そういうのは普通の喫茶店にはない。
 モスならレジで注文し、勘定すれば、それで終わり、席に着けばいい。マクドなら自分で運ばないといけない。その違いでモスの方が少し高い。喫茶店のように運んでくれるし、出るときもテーブルはそのままでもいい。
 普通の喫茶店では入ってすぐに空いている席に座る。新聞や雑誌が豊富な店なら、それを持って座る。すると、注文を取りに来るので、声だけですむ。支払いはあとだ。出るとき。
 まあ、普通の飲食店がそうだろう。そうでない場合は、半セルフになるか、オールセルフになる。オールセルフは厨房で自分の分を作るようなことはないが、お好み焼きなら、自分で焼かないといけなかったりする。焼き肉屋も。しかし、これは楽しいものなので、美味しいところだけやる。地味な下拵えはしなくてもいい。焼けば良いだけの状態にするまでがしんどいのだろう。
 マクドのセルフ度で100円。モスやファストフード系喫茶店のセルフ度で倍の200円。セルフなしの普通の喫茶店で倍の400円。値段の差はセルフ度にある。そのためか、最近行っているコメダの店員の数が多い。客が誰もいない状態でも三人ほどウエイトレスが待機している。後ろに厨房。この厨房も誰もいなければ、出てくる。レジへも出てくる。奥から飛び出してくる。フォローしているのだ。
 これが個人喫茶になると、一切無言で行ける。入って座れば、おしぼりが先にくるのだが、注文品は分かっているので、コーヒーとおしぼりを同時に運ぶ。まだ注文していないのに、入ってきたら作り出す。そして出るときはテーブルにお金を置いて、そのまま立ち去る。またはチケットだ。レジにも行かなくてもいい。そういう店は一人でやっているような店で、店の人もその方が楽なのだ。しかし、個人喫茶は客層で、がらりと雰囲気が違ってしまうし、店主の雰囲気でもがらりと違う。店主のプライベートな知り合い客、これが一番ややこしいし、幅をきかす。そしてとぐろを巻いている常連客、それがのさばっている。だから、一般の人は入ってこない。会員制のようなものなので。
 
 先日散歩中に見たペンタックスkmが気になるので、さらに調べてみる。昨日も調べたのだが、これが結構軽い。500グラム。ニコンのD3000系もコンパクトで軽いが、それとほぼ同じほど軽い。ただ、乾電池なので、それよりは重くなるが、十年前のカメラにしては軽いのだ。今のペンタックスの普通の普及機よりも軽い。まあ、kmが出たときは世界最軽量だったようなので、軽く小さくて当然だ。しかし、十年経過しても、それ以上は軽くならないのは、詰め物が多いためだろう。
 このカメラ、ダブルズームキットで、中古で2万弱。比較的新しくて、ニコンでは一番軽いと思えるのがD3000系や、最新のD5500の普及タイプが軽いが、それは現役機なので、中古でも高い。キヤノンは、古いタイプは、どれも大きく、重い。最新の普及機は非常に小さく軽いのだが、小さすぎて、シャッターとグリップの位置が悪い。キヤノンはいつもそう言うことをやってしまう。ネオ一眼もそうだ。
 さて、ペンタックスkmだが画素数は1000になっている。500ぐらいで良いのだが、仕方がない。しかし、CCDなので、これはいい。感度は3200まである。6400まであっても使わないだろう。3200あればズームの暗いレンズでも薄暗い室内でも写せる。これはオートにしておけば、3200まで勝手に上がるはず。ちなみに昔買ったペンタックス一眼は、その更に前の機種で、3200まであるが、基本アーサーは200と、高い目だった。だから基本アーサー感度が100辺りなら、1600あたりで止まるはずだ。CCDなので。
 重さに拘っているが、実際には、昔の一眼レフの写りだ。フワッとしていて、鮮明度は低いのだが、写真ポイ写りをしていた。そして、光学ファインダー。これは今では逆に不便だったりする。
 例えば、逆光の石仏を写すとき、光学ファインダーでは暗い。見た明るさのまま。暗いものはファインダーで覗いても暗い。光学ファインダーの方が肉眼よりもさらに暗くなる。ところが電子ファインダーで覗くと、明るくなる。ライトを当てているわけではない。露出だ。露出が反映されているのだ。逆光での人物とみて、明るい目に調整するのだろう。だから、肉眼で見ているより、石仏がよく見える。これが電子ファインダーの威力と言うより、失敗が減る。逆光かどうかをカメラの評価測光か、シーン認識が、うまく認識しなかった場合は、暗いままだが。それが確認できるので、露出補正はいらない言うことだ。だから、光学式のファインダーで撮影するときは、少し勘が必要になる。自分で認識し、露出補正をやる。だから、露出補正は光学ファインダーでは必要という意味になる。
 だから、被写体を前にして、すぐに写さないで、何やらカメラを弄っている人は、それをやっているのだ。慣れた人は、さっさと露出補正をしたり、測光方法をスポットに切り替えたりする。それでゴソゴソしているのだ。さっさと写せない理由は、まだあるが。
 これが家族旅行ではどうだろう。一眼レフを持ったお父さんが、石仏を写す。さっさと写せないので、連れは待たないといけない。待ちきれないので、先へ行く。
 今はどうか、お父さんはスマホでで、瞬時に移し、さっと家族と一緒に移動する。または普通のコンパクト系でも同じだ。ビビーとズームする程度。
 だから、一眼レフ撮影とは、撮影を楽しむためのもので、その過程が楽しいのだろう。ただし、街中スナップではなく、写しても良い場所や被写体になる。そんなものは町内にはなかったりするが、草花程度なら、カメラを向けても大丈夫だ。
 そう考えると、重い一眼レフを鞄に入れ、日常の中で写すとなると、一度もカメラを取り出す機会がない日の方が多くなる。ただ、季候が良くなり、自転車で、近所にある秘境的なものを探して、そこでじっくりと写すこともできるが、そんな秘境、神社や寺や墓場ぐらいしか残っていなかったりする。あとは河川敷や河原だ。または公園の樹木程度。
 しかし、寺社の写真は同じような絵になる。ものが似ているので、そこで、アングルを変えたり、組み合わせを変えたりする。
 まあ、家族がいて、特に小さい子供がいれば、一眼レフの出番は非常に多くなるだろう。家族写真だ。こういうとき、お父さんは、張り切って高画質で写せる一眼レフを買うだろう。他所の子はスマホで良いが、我が子は高い一眼レフで。しかし、逆に鮮明に写りすぎて、悪いところも引き出したりする。そのお父さん、それで我が両親を写した場合も、皺の多さに驚いたりする。解像力が高すぎるのだ。
 だから、昔はどぎついニコンのレンズではなく、さらりとしたペンタックスの一眼レフを敢えて選んだ人もいる。ふんわりと柔らかいタクマーとか。
 最近のコンパクト系はよく写りすぎる。少し古い目の一眼レフを注目するのは、そのためだ。
 ただ、そういうレトロ風タッチのフィルターなども、カメラ内にあったりするのだが。
 
 
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2016年05月07日

古い一眼レフデジカメ

■■ 2016年05月07日 土曜日 午前7時12分
 
 今朝は雨は降っていないが曇っており、少し肌寒い。そのため、真冬のダウンジャケットを着て喫茶店へ行くが、中にセーターを着込んでいないとまだ寒い感じだ。天気予報は見ていないので、今朝の気温は確認していないが、それほど低くはないはずだ。
 連休が終わり、何か勢いが落ちた。祭り騒ぎがあったわけではないが、街は賑わっていた。街と言っても店屋の客が多いとか、所謂人出だろう。人出が多かったのだが、人出が少ない場所なら、連休とは関係なく、少ないだろう。
 しかし、まだ土日が休みの場合、ゴールデンウイークは明けていないことになる。そのため、祭りはまだ続いているのかもしれない。
 連休中、散歩に出たとき見たペンタックスのkmだが、故障していなければ、買ってしまうところだった。これが祭りだ。一万円を切っているのだから。
 同じようにキタムラにあるコニカミノルタαスイートも、似たような普及機だが、こちらも安い。
 しかし、フラッシュメモリーカードという、もう死んでいるカードから調べないといけない。数枚持っているが、容量が少ない。
 それで、昨日は上新リアル店へ念のために見に行くが、SDカードやUSBメモリーなどの置いているところで、見かけなかった。その記憶が最近ない。SDカードを買うとき、一緒に見ているはずなのだが、目に入らない。SDカードの大きめか小さい目程度の種類しかない。また富士やオリンパスが使っていたカードもあるし、それ以前にあった金具が丸出しのカードもあった。
 さて、フラッシュメモリーカードだが、新人らしい店員が近くにいるので、聞いてみると、探してくれたが、ない。当然だ。しかし、奥で先輩から聞いてきたのか、レジ裏の倉庫に在庫が僅かながらあるとか。これはネットなどでも売られており、結構高い。3千円ほどだろう。32ギガほどだ。4ギガで十分なのだが、在庫で残っているのは高いのばかりだ。さらにそれをパソコンと接続させるには、カードリーダーがいる。何種類ものカードを吸い込めるタイプになるが、これが3千円。つまり合計6千円。カメラはレンズ二本付きで19000円ほど。それプラス6000円。おそらくバッテリーも死にかかっているはずなので、それを買うと、高いカメラになる。もっともそのタイプのバッテリー、もう売っていないかもしれないので、互換バッテリーになるので、安いかもしれないが、互換があるかどうかを、また調べないといけない。だから、このコニカミノルタの安い一眼レフを避けたいのは、そういう含みがあるからだ。
 バッテリーが乾電池で、カードは、SD時代からのペンタックスkmはすっきりしている。このあたりのカメラ、液晶は殆ど使わないので、電池四本で1000枚ほど写せる。当然エネループが使える。
 では、ニコン、キヤノン、ではどうか。できるだけ、軽くて小さな一眼レフとなると、ニコンと、キヤノンだろう。ペンタプリズム式の光学ファインダーに限っての話だが。
 ニコンで調べるとD3100、D3200あたりが、500グラムで軽い。その後のD5000系では重くなっている。そのD3000系、ボディーだけなら1万円代からある。相場は2万円少し。中にはその値段で標準レンズが付いている。沈胴になる前の、重そうなレンズだが。ソニー、オリンパスは軽いが、これはミラーレスのため。やはりプリズムが重いのだろうか。富士は全てミラーレスで、光学式ファインダー機はない。ただ、レンジファイだー系ファインダーは光学式だ。
 ペンタックスで調べると、連休中に見たカメラと同じものが2万円。そのあとに出たボディーの色が豊富にあり、それを変えることができるkxかどうかは忘れたが、普及機系がレンズ二本付きで33000円ほど。このカメラ、ついこの間まで、店頭にあった。いやにペンタ部が大きなカメラだ。
 しかし、一眼レフが欲しいのではなく、写りの良いカメラが欲しいのでもない。興味があるのは、写真画質なのだ。それなら、最近のデジカメを買えば、それで済む話だが、そうではない。
 それはキタムラで見たコニカミノルタαスイートだ。600万画素。そして、受光素子のサイズは今と同じ。そして受光素子はCCD。この組み合わせなのだ。カメラの大きさ重さ、ズーム比の話ではない。
 このαスイートが出ていた頃、ミノルタのコンパクト系でデマージュとかいう伝説のネオ一眼が出ていた。これは買っている。所謂ミノルタGレンズを付けたものだ。その階調の豊かさが写真画質。これはフィルム画質と言うことだ。そして、前後は分からないが、ミノルタからα7が出る。
 要するに、この時代の一眼レフカメラは、写りがフワッとしていると言うことだ。だから、整形美人のスマホの写りに負けてしまう。これは普通の安いコンパクトカメラにも負けるだろう。それは見た目の鮮明さで。しかし、よく見ると、写真ではなく絵に近くなっている。加工しすぎなのだ。
 まあ、それは生まれたときからデジカメしかなかった場合、分からないかもしれない。
 まあ、当時も映像エンジンで、それなりに加工されていただろうが、下手だったと言うことだ。
 そのため、中古でも、カメラが新しくなればなるほど、興味が薄くなる。より鮮明度の高いカメラを選ぶだろう。
 だから、最初に見たコニカミノルタの、あのカメラの意味、つまり600万画素で、高感度は1600までしかないCCD受光素子のタッチや色目のほうがフィルムカメラ時代に近いと言うことだ。
 それは画質をどう見るかにもよる。このαスイートががミノルタ時代の最後で、たたき売りされた。ミノルタ陥落、落ち武者狩りで、買った人も多いだろう。そのあとソニーになる。ソニーになると、テレビのハイビジョン画質のようなサイバーショット画質になる。所謂デジタル臭い写真になる。それが非常に鮮明で、問題はないのだが。
 しかし、古いデジカメも、結局はデジカメなのだが、写りが大人しいのだ。
 だから、受光素子の大きな一眼レフの方がコンパクト系より有利で、高画質な写真が撮れるという話ではない。タッチなのだ。
 だから、キャノンも、初代のイオスキッズなどは安いので、そのあたりが狙い目かもしれないが、大きく重い。そして、世界最小のイオスでは写りが今風すぎて、逆に話が違ってくる。
 まあ、そういう企みで、中古で1万円を切っていたペンタックスkmが惜しい。故障さえしていなければ、その写りが楽しめたのに。
 しかし、よく考えると、それよりもコンパクトな、その前の機種、ペンタックスデジタル一眼レフの出始めのカメラを実は昔買っていたのだ。だから、既に体験済み。しかし、このカメラ、知り合いにやってしまった。写りが気に入らなかったからだ。これならコンパクトカメラの方がよく写っていると。
 最近になり、それで写した写真を見ていると、ひと味違うことが分かる。
 まあ、客観データでは計れないのが画質の世界。好みの世界、個人の見え方で違ってくる。
 そして、他の人が見た場合、どれも同じに見えてしまうものだが。

 
 
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2016年05月06日

ペンタックスkm

■■ 2016年05月06日 金曜日 午前7時24分
 
 今朝は曇っている。ゴールデンウイークは終わったようなので丁度いいだろう。もう終わったはずだが、まだ続いているのかもしれないが。
 今日は金曜だが、明日から土日。だから、まだ続いている。そうなると十日ほど休むことができる人もいるはずだが、土日が休みという人だけだろうか。当然働いていない人は、平日でも年中ウロウロしている。
 今朝は雨が降りそうだが、連休の疲れで、静かにしている方がいい人もいる。連休疲れで、また休むとか。
 今朝も暖かく、また暑いほどなので真冬の上着は着ていないが、朝は着ていた。それを今朝から春物に替えた。長くひっぱたものだ。しかし、梅雨に入ると、寒い日がある。これは薄着になっているためだろう。
 連休中はいつものショッピングモールは土日並の人出になるため、八百屋などレジ列が長すぎて、買い物などできない。ここはスーパーが二店もある。以前からあった生協はガラッとしているので、そちらで買う人もいるだろう、つまり、レジで並ぶのが嫌なので、入るだけだ。このスーパー、客が少ないのはレジ袋をくれないためだ。おかずや弁当を買ったとき、そのまま持ち帰らないといけない。それを心得た主婦は、いかりスーパーという一寸良いスーパーのレジ袋を持参したりしている。つまり、レジ袋を取っておき、捨てないで、それを鞄に仕込んで、このレジ袋をくれないスーパーに行くのだろう。
 ただ、このスーパー、たまに鞄や靴を千円ほどで売っている。露店だが、レジはスーパーがやっている。流石にここではレジ袋に入れてくれる。大きな鞄なら、大きい目の袋に入れてくれる。これはいいのか。中途半端なことをする。
 流石に靴箱のまま持ち帰りにくい。ショッピングモール内なので、靴屋もある。鞄屋もある。鞄を二つ持ちしているようなものだが値札が付いている。これはレジを無視して外に出る人のように見られたりする。あの店、包んでくれませんでしたと、説明しながら歩かないといけない。盗ったのではなく。だから、そう言うときはレジ袋や、大きい目の袋に入れてくれる。しかし、それを知らないと、レジ袋がない店だと思い、持ち帰りにくいものは買いに入らなかったりする。レジ袋をくれないのなら、一切くれない方がいい。何のためにレジ袋を出さないのかの意味がなくなる。結局出しているのだ。
 しかし、他店のレジ袋を持参する主婦の頭には感心する。
 ちなみに、レジ袋ではなく、いつもそれ用の小袋を持参している人は、レジ袋を捨てるのが面倒な名ためだろう。結構レジ袋がゴミになる。しかし、スーパーなどから持ち帰ったもので、一番多いのが、容器だ。ゴミの日も、これが一番嵩張っている。

 先日散歩中、遠いところで見たペンタックスのデジタル一眼レフ、レンズ付きのkmが気になるので、その中古店へ行ってみる。どう考えても安いのだ。1万円を切っている。これはネット上の中古相場よりはるかに安い。その半額。
 そこはキタムラのようなカメラ屋ではないので、まさかうっかり値段を、ということもあるが、最近そんな間の抜けたことをする店はない。いくら大型中古屋でも。
 家電も扱えば鞄も扱う。それなりに買い取り規格があるのだろう。結構店員は若い。
 それで、暑い中、昼の喫茶店の戻り道に、そこへ向かった。これは家から見れば、そこから出た方が近いためだ。
 そして、一気に自転車で辿り着き、早速見せてもらう。思ったよりも軽い。2004年あたりのカメラだろうか。おおよそ10年前だが、SDカード対応。バッテリーは乾電池なので、これは問題ない。それを触っていると、当然ながら電池がないとシャッターは切れないが、一眼レフなので、ファインダーは見ることができる。結構暗い。電子ファインダーの明るいのを見ているためだろう。
 それで、店員が電池を入れてくれた。しかし、電源が入らない。接触が悪いのか、電池の入れ方が違うのか、二回か、三回試すが、何も起こらない。
 もう一人の店員を呼び、そちらも若いが、電池の残を計る計器で電池を確認し、さらに接触部に何か付けていた。これは指で擦るといけることがある。長く使っていないカメラの場合。それを見ていたのだが、上の蓋だけで、下側まで拭いていない。そこに指を突っ込んで擦れば、直ることもあるのだ。上だけで終わったためか、相変わらず電源は点かない。直しておきますと言って、誤っていた。
 こういうのは小さな業者というか、そう言うところに、一応出しているはずだ。忘れ物市のカメラを買ったとき、その中に消し忘れの写真が入っており、修理室の中が写っていた。動画も。ラジオが聞こえていた。それを聞きながら、修理と言うよりも点検程度、動くかどうかを見ている程度だろう。
 まあ、仕方ないので、引き上げるが、仕方がないというより、その方が幸いだったのかもしれないが。
 そうなると、プラス1万弱で、望遠も点いてくるコニカミノルタのαスイートが浮かび上がる。こちらは確実な商品だ。カメラのキタムラなので。こちらの方がカメラとしては古い。フラッシュカード仕様で手元にあるのは容量が少ない。まあ、500万画素時代なら、それで十分だったが。そのカード、まだ売られているが、結構高い。それにパソコン側のカードリーダーには入らない。これは何種類もの差し込み口のあるのを使わないと。USBコードから吸い取ることもできるが、そのコードが古いため、どうだろう。対応OSバージョンを見ると何世代も前だ。
 まあ、それはよいとして、バッテリーが自然劣化しているかもしれない。十年以上放置していると、素になるわけではないが、ただの炭になっているかもしれない。使えても、どの程度持つのか分からない。コニカミノルタは、ソニーではなく、ケンコートキナー、つまり、フィルタのケンコーと、レンズメーカーのトキナーが一緒になった会社がサポートを続けている。
 そういう中古カメラではペンタックスの方が好ましい。特にバッテリーが乾電池の場合。さらにペンタックスのフィルム時代のAFレンズなら、そのまま使える。それらのレンズ、数千円である。3千円とか、そんな値段だ。それ以前のマニュアルレンズもすんなり付くようだ。手ぶれ補正はボディー内なので。
 ペンタックスはカメラメーカーの中では清流。清き流れの一眼レフメーカー。ペンタックスのペンタが、そのままペンタプリズム式と言うことだろう。ただ。中判カメラまであるので、ニコンやキャノンより、実は凄いメーカーなのかもしれない。
 そのあたりを調べていると、ペンタックスkmのMはMEやMEスーパー、MXのMらしい。しかし、それほどの小型ではない。
 まあ、どちらにしても、難を逃れた。
 この相場中古の半額の意味は、バッテリーの接触不良、これは小手先では直らなく、部品交換まで行く傷かもしれない。その修理費で相場価格になるということかもしれない。こういうのは現状渡しという。普通は買わない。ただ、初期不良保証というのがある。
 しかし、歩いてでも行ける近所のキタムラならよいが、遠いところで、自転車でしか行けないような場所にある店なので、修理がどうのでの往復は避けたいところだ。
 しかし、電池を入れて確認しないで、買っていたかもしれない。キタムラの中古では信用しているので、カメラにさえ触れないで、買っている。
 もし確認しないで持ち帰ったとき、おそらく帰り道の喫茶店で、電池を入れて、試写程度はするだろう。そのとき、例の指や、爪楊枝の先で、こちょこちょとカメラ側の接触部をかき混ぜると、直っていたかもしれないが。これはよくあることで、普通のカメラの親父なら、知っていることだ。指の脂で直る。
 しかし、買っても持ち歩くかどうかが心配だ。
 
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2016年05月05日

ペンタックスkm

■■ 2016年05月05日 木曜日 午前7時09分
 
 今朝も晴れており、そして暖かい。17度ほどある。五月五日、これは子供の日。これは覚えやすいのか、これだけは知っているが、他の祭日か祝日はまったく知らない。当然祭日と祝日の区別も知らない。「祭り」と「祝う」。これは似ているが、祭るのは集団でないだめだが、祝うのは一人でも良い。神社の祭りと誕生祝いの違いのような。祝うのは良いことだが、祭るのは良いこととは限らない。さて、この使い方、駅の時刻表を見れば、分かる。辞書で旗日で引く、というより変換すると。その意味が出て、家ごとに国旗を掲げて祝う。とか、国民の祝日となっている。これは日本国語大辞典。広辞苑では、国民の祝日というところが国民の祝祭日となっている。
 祝うだけではだめだろう。非常に残念なことの記念日もあるのだから。しかし、祝うと呪うは字が似ている。こういう字を作った人は、そのへんの含みを感じていたのだろう。
 さて、昨日はよく晴れ、気温もそれほど上がらなかったので、自転車散歩に出掛けた。喫茶店までの移動ではなく、戻り道の大回りではないが、結局は大回りをして喫茶店へ行ったようなものだ。
 前回に続き尼崎を攻める。南下作戦で、旧有馬街道の続き。
 しかし、侵入したのは阪急塚口駅からで、これは昼のご飯がなかったので、立ち食いそばを食べるため寄ったことになる。もし昼ご飯があったなら、それを食べて、昼寝をしてから出ただろうが、それでは時間的に遅くなる。いつもの夕方前に入る喫茶店に戻れない。
 有馬街道がある場所は分かっている。その入り口は山手幹線。この大きな道路と、上を走る高架のおかげで、町が切断され、断面が丸見え。だから、通りが分かりやすい。
 それで、塚口から山手幹線まで南下。このあたりまではたまに来ている、ホームセンターがあるので、買い物で行くこともある。更にディスカウントショップもあり、郊外型買い物には丁度いい。
 市街地での自転車散歩は大きな道、鉄道、などが目印になり、それにぶつかるところで、引き返したり左右へ移動したりすることが多い。建物や施設ではなく、渡らないといけない道や線路の方が目印になる。川のようなものだ。だから、川向こうということになる。
 その山手幹線から有馬街道の入り口へ入ろうと、側道を走っていると、狭い道がある。路地というには生活臭さがない。公園への裏道かと思い、そっと入ると、いきなり六地蔵。そして森。有り得ないようなスポットだ。有名な墓地公園ではなく、村の墓場だろう。工場や住宅でびっしり密度の高い尼崎なのに、この空間は何だろうと思ったが、墓地の位置は川沿い。川が交わっている場所で、いわば土手沿いの余地のようなところ。立ち入り禁止の土手際だ。造園所の裏側。つまり、川の幅の数倍の余地というか、宅地化されていない場所がある。また、墓地への道も川沿いの土手。だから、正面入り口がない。まあ、昔は川が交差するところにある一寸した膨らみのある場所にあったのだろう。周りは樹木で覆われ、公園とも接している。墓地への大きな道はなく、車も入れない。
 村があれば、必ず墓地がある。小さな。だから、小さな墓地があれば、必ず村があるということだ。前回見付けた墓地も、この近くで、やはり農家跡らしい建物があった。伊丹の村めぐりよりも難しいが、尼崎のこのあたりも昔は田圃だったのが分かる。墓場には囲みはなく、塀の扉もない。造園所の裏塀がその役目を果たし、前面は意外と深い川。自然の要害ではないが、徒歩時代なら、問題はない。昔は川沿いの陰気な場所で、あまり人が来なかったのだろう。
 その村の村人が、何処に墓場を作るかは、村人次第。場所がなければ、田圃の真ん中になる。ご先祖さんに見守れながら田圃を耕したりとか。これは一種の集団墳。盛り土などをし、古くなると、立派な古墳だ。墓石には先祖代々以外に、個人名のものも多くある。
 それで、もう目的を果たしたというか、良いのを見付けたので、それで帰ってもいいが、せっかくなので、有馬街道の続きをする。
 前回南下したところから、さらに南下すると、どうやらJRにぶつかるのが分かる。有馬街道は福知山線と似たコースを辿っている。
 そこへ出たのでは単純なので、JR越え、阪神越えはまたの機会にし、南下ではなく、東へハンドルを切る。大阪方面だ。つまり、有馬街道沿いの村をもう少し見るためだ。結構古い農家跡が残っており、ここに大きな村があったことが分かる。
 そのため、有馬街道ではなく、普通の村道に入ったようなののだ。すると、神社が現れたので、早速確認する。ここで記憶した神社名は、あとで確認すれば、場所が分かる。住宅地に埋まっているが、入り口が三箇所もある。村の中央ロータリーのようなところで、村人が方々から集合しやすいようになっているのだろうか。由来を見ると、創立は不詳。いつ頃から神社があったのかは分からないらしい。それよりも、建物がなかったようだ。だから、広場。村の広場なのだ。そして本殿に神様を祭ったのはそれほど古い時代ではないようだ。江戸時代後期とか、そのあたり。一応神はいたのだが、社はなかったということだ。
 さらに進むと、潮とか、海にちなんだ地名になる。南下すれば漁村になるのか。大物という有名な港も近い。また、このあたり、神崎川がとんでもない曲がり方をし、暴れ筋となっているため、土地としての安定度が低いのだろう。農家のある村は、このあたりで、終わるのかもしれない。その先は殆ど工場群で、村があった気配はない。埋め立て地か、または、神崎川が暴れるので、何もできない土地だったのだろう。
 その神崎川こちらの近くを流れる猪名川が藻川に別れ、それが神崎川と、合流する。だから、近くの川の下流に来たようなものだが、川が見えるところまでは行かなかった。川は一直線ではなく、曲がっているので、方角が分かりにくい。
 それで、川沿いまで来たのだろう。工場ばかりになってきたので、伊丹方面へハンドルを切る。いずれも路地や裏道伝いに走っているので、戻り道は方角でしか分からない。その方角もおそらくずれているだろう。北と思っている方角から。しかし、何となく、こちらという方角があり、それが南ではなく、東でもない方角として分かる。
 帰り道は有馬街道などから完全に離れたので、村の面影がなく、よく分からない場所を走ることになる。
 そして、幹線道路にぶつかったので、それに乗ると、園田、豊中方面となっているので、これで合っている。
 今度は喉が乾きだしたし、トイレにも行きたい。尼崎の一寸郊外に出れば、公園にトイレがある。しかし、工場地帯では無理だ。
 そこを抜けると、簡単に山手幹線とぶつかり、その角にイオンモールを発見。ここで小用を果たす。巨大張りぼてショッピングモールだが、広すぎるというより、スペースの間が開きすぎており、密度がない。また、客もまばら。これなら、いつも行くショッピングモールの方が繁盛している。この日のイオンは自転車の数も少なく、すぐに止めるところが探せた。
 まあ、トイレは立派だし、トイレとしてイオンを使うのも悪くない。せっかくなので、自販機でお茶を買うが、お金を入れたのに出てこない。だから、寄付をしたようなものだ。またはトイレ代か。面倒なので、そのまま出る。これで、イオンの印象が悪くなった。トイレ代150円。
 そして、山手幹線を越えたあたりで、ディスカウントショップを発見。もう伊丹は近いし、道は分かっているので、店に入る。こちらは密度が濃い。客も多い。
 欲しいと思っているショルダーバッグなどが吊されてあったり、もう暑いのだが、コート類もある。
 中古カメラもあり、ペンタックスのkmが標準ズームレンズ付きで9000円。これは買いだろう。一眼レフが1万円を切っている。
 その前にキタムラで見たのはミノルタの一眼レフで、ダブルズームキットで19000円ほど。これはあとで調べると、αシリーズの普及タイプ。α7なら、買いだが。どちらのカメラもウインドウズXP時代のもの。しかし、ペンタックスkmはSDカードが使える。ミノルタは使えない。また、kmは乾電池で動く。当時としては、世界最軽量だったらしいが、結構重い。
 その日は富士のX20で多くを写していたのだが、六地蔵などの撮影では、一眼レフのファインダーで覗いた方がしっくりいくだろう。
 しかし、そのkm、買いに行くとしても、結構遠い。
 そして戻り道は、カメラのことばかり考えながら、新幹線が見えるところまで来た。この新幹線に乗ると、家まで帰ることができる。家の近くを通っているためだ。だからその下の道は最短距離になる。絶対確実なコース取りだ。
 しかし、風景があまりよくないので、裏道をじぐざぐに走り抜け、夕方前に入る喫茶店へ無事帰還。ここで、日常に乗る。
 
  
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2016年05月04日

コニカミノルタデジカメ

■■ 2016年05月04日 水曜日 午前7時09分
 
 今朝は晴れており、これは行楽日和だ。ゴールデンウイークとしては、丁度いい。しかし、こちらはずっと連休なので、あまり関係はないが、自転車散歩に出掛けたくなる。といっても一時間少し走ると、もう戻りたくなるが。それにこの季節、晴れていると結構暑い。陽射しも十分あり、日焼けする。夏のようなものだ。暑いと体力の消耗も激しい。
 しかし、6月に入ると、さらに暑くなり、ますます出掛けにくくなる。25度あたりまでなら何とかなるので、今の季節は走りやすい方だ。真夏、28度とかは涼しく感じることもある。連日30度越えをしていると。
 そのため、曇っている日に出るのが良いかもしれない。行楽日和ではないが。それに写真を写すとき、青空がないと映えない。ただ、曇っているときは、逆光の建物でも写しやすい。影ができないためだ。晴れていると、日陰が黒ベタになったりする。夜のように。
 カメラのキタムラ中古カメラ定期観察をしたのだが、前回行ってからひと月経つので、すっかり入れ替わっていた。
 キヤノンの1インチで600ミリまでのコンパクト系8万円。これはファイダー付きだが、それが消えている。買った人がいるのだ。新品価格とそれほど大きく変わらないのに。
 先日旧友が持っていたリコーのレンズ交換式コンパクトデジカメが出ていた。ボディーは戸板が外れたようになっており、これがカメラだとは思えない。その横にマウントのようなものがある。これも一つの商品だ。レンズが付いているようには思えないが、薄いレンズだろうか。マウントのような四角い塊、それを合体させればカメラになるが、どちらも別売りだ。ボディーは安く1万円台。レンズかマウントか分からないものが2万円台。レンズはレンズで、また買わないといけないのかもしれない。しかし、レンズ側は現状渡しとなっている。保証はない。旧友がここで買ったとすれば、複数の部品が並んでいたのかもしれない。または、梅田でカメラ屋周りをしたのかもしれない。ソフマップや、八百富で中古はある。
 まあ、リコーの、このガンダムのような組み立てカメラは、安ければ冗談では買えるが、中古品が少ない。
 これが販売中止になる手前、上新ネット通販で、大特価で売られていた。あの時が買い時だったのだろうが、それでも高いし、得体が知れないカメラだった。
 それよりも、コニカミノルタだ。それが1万円台で出ていた。要するにミノルタのデジタル一眼レフだ。それはソニーに引き継がれたが、10年ほど前までは、まだ元気だった。
 そのコニカミノルタ、見間違いでなければ、ダブルズームキットだ。それで1万円台後半。安い。型番までは見ていないが、α7だったとしても、値段的にはそんなものだ。ただしボディーだけだが。ソニーのα7ではなく、ミノルタのα7で、由緒正しいα7000からの流れだ。由緒と言うより、世界初だと思うがAF一眼レフシステムカメラを出したメーカーで、出た当時一人勝ちした。そのため、中古で溢れたが。最高級機の9900だったと思うが、知り合いは二台買っていた。二台も。
 当時、宮崎美子のコマーシャルで有名なミノルタ一眼レフが出ていたような時代。その前のXDや普及版のSRだったように思うが、そのタイプは中古で腐るほど出ていた。今、一眼レフデジカメもその時代に入り、1万円台で買える時代になっている。
 ミノルタα7は500万画素か600万画素だと思う。そろそろ低価格一眼が出てきていた時代。ただ、今ほど小さく軽くはない。
 ソニーはこのミノルタの遺産を背負っているので、マウントが二つある。ミラーレスタイプのソニーらしいカメラと、カメラメーカーらしいミノルタの、それ。
 要するにコニカミノルタ時代はまだ光学ファインダーだった。その後、非常に小さく軽いα3系が出ていたように思うが、そこで終わったのだろうか。
 十年前、こちらは同じキタムラで10万円名半ばのペンタックス一眼レフを買っている。これでも安くなっていた時代だ。α7も、この時代だろう。500万画素時代だ。今は2000万画素までいっている。
 さて、そこだ。フィルムサイズは同じで、500万画素と、2000万画素。この違いは写真らしさを取るか、デジタル臭さを取るかだろう。
 受光素子の小さなコンパクトデジカメが一眼レフと見た目分からないほど綺麗なのは、デジタル処理だ。強引に解像力を上げたような処理をしているらしい。つまり、輪郭のエッジを立てたり、ないところにトーンを引っ張ったり、縮めたりできる。超解像処理とか、色々あるのだろうが、要するに書いているのだ。
 ところが500万画素時代のカメラは、結構フィルムに近い写りだ。要するに解像力があまりない。ぬめっとしており、ぼんやりとしている。見た目の鮮明度が低い。
 まあ、昔フィルムで写した写真はそんなものだ。だから、デジカメで写し出すようになってから、こんなに綺麗に写るのかと驚いたほど。それはお絵かきしてもらっていたからだろう。
 要するに今のコンパクト系などもそうだが、整形美女なのだ。
 ピントを合わせたところがぼんやりしていても、背景の看板文字が際立って鮮明に写っていたりする。ピントはそこには来ていないのだが。
 その1万円台のミノルタデジカメ、中古だから、中古の写りをするわけではなく、500万画素の写りが、何となく古くさい写りに見えるかもしれない。
 それは昔の写真、これはネガかポジがあれば、スキャンできる。紙焼きされたものでも良いが、その味に近いのが、500万画素時代の一眼レフデジカメにあるかもしれない。
 当然、その時代の一眼レフ、他のメーカーのも中古で出ている。かなり安いのはマウントが亡びたオリンパスだ。
 まあ、画質がよくなることは誰も反対しない。当然の流れだろう。
 この1万円の一眼レフデジカメ、光学ファインダーが付いている。当時では当たり前だが、今は確認しないと、電子ファインダーだったりする。この光学ファインダーだけでも値打ちがあったりする。
 これを見に行ったとき、ポケットに富士のX20を入れていたのだが、このカメラ、光学ファインダー式だ。それを覗くと、非常にすっきりとしている。電子ファインダーとは自然さが違う。風景が静まっているのだ。これは磨りガラスで見ているようなミラー式ではないので、さらに自然に見えるのだが、一眼レフの光学ファインダーは、それにピントが加わる。マット面を見ているためだ。そこに風景が写り込んでいる。デジタルはなく、全て光学式。だから、違和感が少ない。
 こういうのが1万円台で手に入るのだ。しかし、ソニー製になったが、ソニーの一眼レフは持っている。重いので、滅多に持ち出さないが、その二の舞だ。ただ、そのソニー一眼はミラーレスなのだが、ミラーがある。ファインダーは電子ファインダーで、あまり綺麗には見えない。一番安いタイプのためだ。
 富士のX20でファインダーを覗いて写していると、やはり、これが良いと思ってしまう。まあ、適当に写すのなら、背面液晶だけで十分だが、撮影を楽しむとなると、ファインダーがある方が気持ちが良いし、また実用的な写真の場合も、確実に写し取れる。
 しかし、このカメラ、綺麗に写りすぎるのが欠点だ。
 ちなみに最新ライカは、背面液晶をわざわざ外している。
 この最新ライカ、富士X20のほうがライカらしい。コピーライカの方が実は本質を突いていたりするのだ。
 
 
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2016年05月03日

摂津

■■ 2016年05月03日 火曜日 午前7時13分
 
 今朝も暖かい。晴れているが、このあと雨のようだ。せっかくの連休だが、ここで水を差す感じだ。
 昨日は暑いほど気温が上がり29度。予測では28度だったので、それを上回った。大阪の枚方では30度。ここは記録が出やすい。京都も暑い。京都市だが、それと繋がっているわけではないが、枚方は京都に近い。京都といっても京都市、京都盆地。
 普通、京都だけ言えば、京の都があったところ。日本海側の宮津などを差さない。東京といっても奥多摩を差さないように。大阪はどうだろう。やはり大阪市内を指すのだろう。
 都道府県での分け方は結構荒っぽく、広すぎたりする。だから、県民性云々が当てはまりにくい町もある。昔でいえばお国だ。お国訛りのお国。国は何処、と聞かれたときにいう地名だ。伊丹方面なら摂津。大阪市内も摂津、神戸も摂津なのだ。しかし大阪府になると和泉、河内が入る。河内は長く伸びている。その北の端が山崎。これは京都だ。つまり京の都は山崎。しかし、あまりこの旧国名は使わない。
 県民性がどうの以前の旧国名内の町も、古さにより違う。神戸三宮などは海沿いの漁村だったはず。大阪市内も、殆ど海だったはず。これで摂津の意味が違ってくる。古いのは河内や和泉だ。だから、河内者とか、泉州者とかはいうが、摂津者とは言わない。上方者がそれに近いが。
 旧国名で、うまくまとまっているところもあるが、そうでない地域もある。大阪市内も、大阪城が出来たような時代に発達したのだろう。だから、昔から住んでいる人はもう少し内陸部。当然、豊臣時代、人口が増え、周辺から集まってきたのだろう。
 摂津の山沿い、これを北摂で纏めている。しかし、耳にするのは北だけ。ただ、猪名川から西を、また一つの地域にしている。北摂でも、まだ広いのだ。これは遠くの人から見れば、同じようなものだろう。次の区分は郡だ。村々を一つの塊、群れのように考える。その下が字だろうか。大きな村は大字。
 伊丹も少し前までは川辺郡。これは猪名川沿いだ。しかし、郡でまとまるかというとそうでもない。やはり村まで行ってしまう。ここまで来ると、顔や名が分かる。その村内も、また分割される。昔の地図、村の地図だが、その中にもの凄く多くの地名が出てくる村もある。もう田圃一枚一枚が地名のように細分化されている。つまり、村名以外に、もっと多くの土地の名がある。これは誰が付けたのか。おそらく一つの村内でも領主が違う。荘園とかがそうだ。領主と言っても一人ではなく、小さな公家さんの領地だったりする。農家三軒ほどの。当然寺領もある。
 何々国の何々郡、何々村の二村を与える。などと、手柄を立てた人に褒美で与えたりする。二村なら大きいが、一村の中の、四分の一ほど与える、などもあっただろう。
 しかし、与える側も時代により違うので、江戸時代ではなく、中世だろう。
 昔からある地域でも、先住民ではなく、新しく来た新参者が、その時期の風潮に合った地域性を作り上げることもあったはず。その先住民も、古いだけで、新参者よりも、古い時代に来た新参者だったりする。本物の先住者なら、石器時代をやっているわけではないが。
 つまり、土地は同じ。川は変わるが、山などはあまり変わらない。そして気候が加わったり、周囲の状況なども加わり、風土のようなものが土地にはある。温暖な地なら、その影響が出るはず。その土地に住むと、いつに間にかそこの土民のようになってしまったりする。孫の代には。
 遠くから引っ越して来た家族は、当然お国訛りがある。しかし、孫の代になると、その土地の訛りになる。それは小さい頃からそういう子供と遊んだりしていくうちに、その土地の方言をいつの間にか使っているためだろうか。また、その方が便利なのだ。
 というようなことを、信長の野望で、紀州雑賀の鈴木家が大和の筒井を倒し、河内、和泉も押さえ、本願寺のある摂津を我が物にしたとき、その地図を見ながら、お国柄というのを考えてしまった。ちなみに本願寺と鈴木家は永遠の同盟関係。摂津方面でピンチになったときは、本願寺へ援軍が頼める。これは最初からそうなっていた。別に同盟を持ち込んだわけではない。摂津、河内、和泉、大和、このあたりの国は時代により違うが、戦国時代は細川が取っている。次の時代は三好が取っている。
 信長の野望は、信長がまだ産まれていない時代から始めると、楽だ。信長のお父さん時代で、城は二つ。
 桶狭間から始めると、信長は家康と同盟し、浅井と同盟するので、勢力が大きく、太刀打ちできない。
 
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2016年05月02日

電書の先

■■ 2016年05月02日 月曜日 午前7時24分
 
 今朝は晴れており、気温もまずまず。しかし、昼間の最高気温は28度と出ている。夏だ。ゴールデンウイークの頃、夏のように暑かった思い出があるが、それだろう。その再現かもしれない。
 このところ雨が多かったのだが、最近は降っていない。しかし、このあと雨になるようだ。連休は長いので、晴れもあれば雨もある。晴れも三日も続かなかったりする。三日待てば、まだいい方だ。そして雨が降っていないだけで、すっきりとしない日も含まれる。
 28度になるとはいえ、今朝は真冬のダウンジャケットで喫茶店まで行く。そのまま何処かへ出掛けるのなら、これは暑苦しい服装だが、すぐに戻るので、朝だけのワンポイントだ。昼間出掛けるときは、ペラッとした上着で出る。それ以上薄いと、今度は喫茶店の冷房で寒くなるためだ。
 しかし、気が付けば5月に入っている。これで半年は終わる。今年はこれをやろうと思っていた人も、もう月末で半分過ぎたことになる。
 夏の盛りを過ぎたあたりから後半だと思いやすい。これは4月が正月なら、当てはまるが。正月が気温的には早い。新春でも何でもなく、春どころか、冬の初めだ。そのため12月の大晦日と、3月に、また大晦日のような年度末になり、これが紛らわしい。スタート地点が二回あるが、昔は正月のやり直しで、二回やることもあったらしい。年明け、悪いことが起こったりすると、もう一度やるらしい。また、旧正月などもあり、これもややこしい。
 
 最近は電書の話題が少ない。物珍しさが薄れ、さらに時代の花にはならなかったためだろう。まあ、扱っているのが本なので、本来地味なものだ。本を読まなくなった人が増えているのだから、買う人もそんなものだろう。
 漫画などは無料で読めるアプリなどがあり、青空文庫のようになっていたりする。漫画も本で、商品だ。週刊誌や月刊誌の漫画も。無料では読めない。ところが、それを無料化してしまうと価値が下がる。全十巻の漫画の一巻目だけ無料というは分かるが。これは蒔き本だ。餌蒔き。
 無料でも漫画を読んでもらえないというのは、ある。また、お金をもらっても読みたくなかったりとかも。
 電書関係は、すっかり整備が整い、システム的にも完成している。これは大変な投資だったと思うが、さてこれからという時期なのだが、あまり賑わっているとは思えない。
 読書離れと言うが、活字離れではなく、以前よりも多くの活字に接しているらしい。それはネットだ。ネットで活字を読んでいるのだ。活版印刷の文字ではなく、フォント文字を。
 では、誰の、となると、これは意外と個人が書いたメッセージ程度の文字だろうか。つまり、SNSといわれている世界だ。
 SNSとは何かというと、ネット上の会員サービスだ。フェースブックやグーグルプラスのようなもの。これが実は本のようなものなのだ。だから顔本で本だ。絵や動画や音楽もあるが、文章もある。誰かをフォローすると、それがリアルタイムで、流れてくる。その人が投稿した瞬間、配本ではないが、配布される。チビチビと。一日数回もあれば、一週間に一度もある。
 ここで、読んだり、聞いたり、見たりしている。当然ニュースなども、ここで知ることができたりする。ニュースサイトへ行かなくても。
 先ほどの読書離れだが活字離れではないというのは、昔より多くネットを見ているためだ。そこにある文字を見ているのだ。これは一寸前の話だと、膨大な数のメールを読んでいるようなもの。
 プロ作家や、ライターが書いた文章ではなく、本来は読者だった人が書いた文章の方を多く読んでいる。それは短いメッセージだが。また写真も。プロ写真家のそれよりも、写真に関しては普通の人が写したものを見ている。何処かへ行ったときの町並みとか、人物とか、ペットとか、子供とか。
 本や雑誌を買わなくなった分、そちらへ行っているような気がする。昔なら本屋で立ち読みしていたのが、今はネット上で座り読みしているようなものだ。本屋での情報よりは多いし、さらに範囲も広い。一寸難しい目の事柄も、ネット上で誰かが書いていたりする。そう言うところで、活字に接しているのだ。
 電書というのは、そう言う流れの中では弱い。ネット上にはあるが、まるで店構えしている店と変わらない。店舗のためだ。
 これは送り手側、買い手側にも変化が出て来る。写真家は写真をネット上にアップした場合、勝手にアップしたのだから、その対価はないが、依頼されて写したものは対価はあるが、そうでない場合は、無料で見せているようなものだ。まあ、何処にも出し場のない写真もあるので、それは逆に良いのかもしれないが。
 エッセイストは、ネット上に何かを書いた場合、それは全てエッセイのようなものになる。本来なら本や雑誌などを買わなければ読めないものが、読める。一般のライターもそうだ。評論家も。
 この場合、売り物のネタを、こんなところで使うのはもったいなく思うだろう。しかし、年々本や雑誌での活躍場所が減っているので、行き先がない。
 電書は、電書だけの流れを見ていても分からない。電書も、この浮き世のようなもののものの上に浮いているだけのことなので。つまり電書はネットがなければ買いもできない。また、ネットがなければ、触れることもできない。リアルにはないのだから。
 しかし、ネット上には色々とある。その中での電書など、地味な存在で、毎日見に行くような場所ではない。
 電書というのは見せ方だろう。本を模したり、本屋を模したような把握の仕方では、本屋と同じ運命、出版社と同じ運命を辿る。あまり良さそうな話を聞かないので。
 では電書の先に来るものは何か。これは考えるだけの楽しさはある。
 店舗型電書ではなく、行商人、露店タイプが良いのかもしれない。
 
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2016年05月01日

有馬街道

■■ 2016年05月01日 日曜日 午前7時15分
 
 今朝は10度を少しだけ超えている。平年よりは低い目らしい。晴れているので、昨日に続き行楽日和だろう。この季節が一番季候が良いはずなので。
 しかし、寒さと暑さが同居している。寒暖差があるので、あまりいい季候ではないのかもしれないが、昼間は問題ないはず。気温が20度を超え、陽射しがあれば、暖かいではなく、暑く感じるはず。
 朝の喫茶店は暖房が入っていた。ひんやりとしているためだろう。外より室内の方が寒い。屋外でも木陰に入ると、ひんやりとしているよう。
 この季節、服装も冬と夏が同居している。相互乗り入れだ。よく分からないときは冬仕様がよい。脱げばいいだけなので。
 昨日は晴れており、条件がよかったので、自転車散歩に出る。前回の続きで尼崎方面へ南下する。JR塚口駅近くの上坂部下坂部と言う町、これは昔の村だろう。そこを南下すると近松公園がある。近松門左衛門の墓が、その脇のお寺にある。ここは入れる。ここも何度か来ているので、何も発見はない。しかし、道を発見した。
 それは有馬街道ではないかと思える道だ。これは大阪から尼崎市、伊丹市、宝塚市、そして有馬までなら西宮市と、神戸市を貫いている。昔の大きな幹線道路だ。伊丹市内では町屋の中を貫いている。ここは大阪方面から買い物に来る人がいたらしい。勝海舟のお父さんが出てくる小説に出て来る。旗本の領地などがあったとか。
 さて、その有馬街道、なぜ有馬なのかは分かりにくいが、終点が有馬。そして大阪から見た街道。これは宝塚行きなら、宝塚線。京都までなら京都線、と言う程度だろう。目的地の名が街道名になったのだろう。有馬はかなり古い温泉で、目的はそれだ。
 それとは別に、中山寺がある。これはお寺だ。そのため、道しるべも中山有馬となっていたはずだ。しかし、文字が地面に埋まっているのか、最初から、そうなのか「有馬」が「有」で切れている。そのため「有岡」かもしれない。有岡は、有岡城のことで伊丹の中心部。しかし、中山寺も、同じ道筋なのだ。この有馬街道は、伊丹ではしっかりと通っているのが分かる。有岡城の先で西国街道という、さらに大きな街道と交差するが。
 伊丹方面では、有馬街道の表記より、道がまだよく分かる多田街道の方を取り上げている。多田神社だ。中山は寺、多田は神社、有馬は温泉。この有馬だけが、呑気そうだ。寺社の勢力というのは、今より大きかったのだろう。
 有馬街道、これは有馬へ行くための直線コースではなく、村々を貫いている。こちらの方が大事だろう。皆が皆有馬温泉へ行くわけではない。
 この有馬街道が伊丹から尼崎に入ったあたりに、昔の村がある。そのたりまでよく行っている。つかしんなどがある。もうそのあたりになると、有馬街道は埋まってしまい、この街道を見失うのだが、普段から自転車で走っていると、道幅は狭いが結構伸びるので、通っている道がある。おそらくそれが有馬街道だ。
 今回は上坂部、下坂部あたりの細い路地で、道しるべを発見したので、これで明快になった。このあたり、車では無理、徒歩では時間がかかりすぎて無理。やはり自転車でないと、旧街道探しは難しい。
 道標には「あまが崎」「かん崎」とある。尼崎と神崎だ。この「崎」に注目すれば良い。港があるのだ。神崎は神崎川の方が有名だ。ここで何となく、尼崎市ではなく、神埼市になっていてもおかしくなかったのではないかと思った。神と尼との戦い。尼が勝った。尼崎市ができたのは今から百年前。結構古い。
 さて、それで、やっと見付けた有馬街道を南下。途中墓場があったので、見学。やはりここに村里があったのは確か。かなり古い墓がある。墓石屋の看板があり、その石屋と同じ名の墓も発見。この石屋、ここの出身なのだろうか。かなり珍しい姓だ。看板が示す住所は伊丹市内。ここからなら結構ある。そして、その石屋の息子とは同級生。ただ、この石屋、手広く墓石をやっているのか、他のお寺や墓地にも、よく看板がある。その同級生、無事石屋を継いだのだろうか。しかし、中学の時、姓が変わる。養子に行ったのだ。その石屋へ。だから、その石屋跡取り息子がいなかったことになる。中学生なので、婿養子ではない。
 そして、たまにその石屋前を通ると、彼はもう働いていた。
 その石屋看板のある墓場前をさらに南下すると山手幹線という大きな道に出る。これは尼崎は交通量が多いので、山側に大きな道をもう一本付けたのだが、山手幹線となっているが、伊丹から見れば、海側に近い。
 そこを横切ると、尼崎の中心部、これは2号線、昔の山陽道にぶつかるのだが、ここも以前通ったことがある。尼崎からの戻り道、いつの間にか選んでいた道。やはり、細いが長く伸びているので、通りやすかったのだろう。また、路地から路地へと抜けているうちに、いつの間にか出てしまうのが、有馬街道。つまり、もう既に有馬街道は発見していて、たまに通っていたことになる。しかし、有馬街道、実は何筋もあったりする。有馬はここからは遠いのだ。
 山手幹線から少し南下したところで、もう様子が分かったので、今度は違う道で伊丹へ北上する。すると、有馬街道と並行して走っている古い道も発見。このあたり、一寸通っただけでは分からない。
 そして、伊丹まで汗ばみながら戻り、夕方前のいつもの喫茶店に入るが、このショッピングモールも、実はまだ尼崎市なのだ。
 この日、お供のデジカメは富士の15000円のネオ一眼。滅多に自転車で目的地を持って散歩などしないので、大事なお役目。だから、貴重な撮影チャンス。それをこのカメラに任せて大丈夫なのかと思ったのだが、偶然前日、このカメラを鞄に入れていたので、そのまま持ち出したことになる。
 実用的な取材的撮影では、ファインダーがないとやはり構図がよく見えない。このホワイトボディーのカメラ、ローアングルにすると、液晶が真っ白になり、何も見えない。液晶が回転しないので、それは仕方がないが。
 それでも、広角端での接写、超望遠での無限域まで、思っていたとおりに写っていた。立派だ。パナソニックのミラーレス一眼レフで写したものとそれほど変わらない。値段差が画質に出ないとなると、カメラはデザインで選んでもよくなったりする。
 ただ、このカメラ、動作が遅く、何をするにも、もたもたしている。ここは値段差だろう。
 
posted by 川崎ゆきお at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする