2018年08月31日

夏休みの終わり

■■ 2018年8月31日 金曜日 午前8時32分
 
 今朝も晴れているが、雲が多い。起きたとき、曇りかと思ったのだが、そのとき雲がかかっていたのだろう。夜の気温は28度ほど。立派な数字だ。しかし、八月は今日で終わる。暑かったのはやはり七月の中盤から後半で、八月の初めも暑かったが、暑さ慣れしていた。鍛えたわけではないが、麻痺状態だろうか。まあ、体が暑さに併せていたのだろう。お盆前に一度涼しい日があり、早い目に夏が終わる気配がしたが、そこからが厳しい残暑というやつで、暑さにも飽きてきた。
 明日から九月なので、これで夏は遠ざかるだろう。いつ、どの時点で秋の涼しさがくるのかは秒読みかもしれない。これはある瞬間、あっという間にいきなり来る。徐々にではなく。
 夜は既に秋の虫が鳴いている。これはそのつもりで聞くと聞こえてくる。虫の音など気にしていないときは聞こえない。意識して虫の音を聞く耳になると、聞こえてくる。だからかなり前から鳴いていたのだろう。
 朝の喫茶店からの帰り道大回り散歩も出やすくなったが、前回行ったときはまだ暑くて、これは失敗した。かなりましになっていると思っていたのだが、その日に限り、暑かった。わざわざ暑い日を選んだようなもの。
 この散歩は早い目に起きたときでないとしない。しかし最近は暑いので、早い目に起きたときも、していないが。
 しばらく通っていない道を行くと、ポカリと穴が空いていることがある。家が取り壊されたのだろう。また、今までなかった家が建っていたりする。それまでの家並みを全部記憶するなど不可能だが、違いというのは何となく分かる。同じだと分からない。同じなので、注目しないためだ。
 同じよりも、違いがある方が危険なためだろうか。今までと様子が違うとか。また、どう違うのかが分かりにくいこともある。このときは特定できないのだが、違和感がある。当然違ったものが混ざっていても気付かないこともある。
 もの凄く分かりやすいのは、花が咲いていることだ。花は目立つので、当然だろう。しかし咲いていないと、何も思わないし、何も感じない。
 全体が様変わりしていると、ベースがないので、変わっていないものを探したりする。ここは以前のままだとかを手掛かりに地図を作るのだろう。道は意外と変わっていないが、道幅が拡がったりすると、分からなくなる。
 今朝は小学校の登校風景を見る。まだ夏休みのはずだが、立ち番もいた。既に登校は終わっているのだが、遅い目の子供が歩いている。中途半端な日だ。31日に学校が始まるのだろうか。
 しかし昨日はその前の日に中学生が大勢歩いていた。これも学校が始まっていたのだろうか。
 押し迫った頃なので、登校日ではないはず。夏休み中でも登校日があったが、一回ほど。学校が始まる手前で登校日はないと思う。
 夏休み明けの登校風景なら、子供の荷物が多いはず。工作したものを持っているとか。
 まあ、ただでさえ小学生の荷物は多い。鞄を4つほど持っているような。ランドセルに何かぶら下げている。あまり収納力が無いのかもしれない。まあ、一年生なら結構大きなものを背負うことになるので、大きすぎても困るだろうが。
 昔のランドセルは無地が高い。絵が付いているのは安かった。ランドセルの前は袈裟懸けの布の鞄。
 ランドセルは背負い鞄。だからリュックの方が軽くて収納力が高いので、そちらの方がいいのかもしれない。
 しかし、今日で夏休みが終わってしまい、明日から九月。何故か気怠いのは、季節の変わり目だけではないようだ。
 
 
 
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2018年08月30日

都はるみの歌がショッピングモールで

■■ 2018年8月30日 木曜日 午前9時08分
 
 今朝は昨日よりも晴れ具合がいい。相変わらず荒っぽい大きな夏の雲が出ているが、輪郭やコントラストがやや低い。
 そして相変わらずの暑い日が続いているが、八月の終わりは、まあそんな感じだろう。夏休みが終わり学校へ行くとき、こんな暑さだったことを覚えている。まだ夏の空なのに休みが終わってしまう感じ。
 この時期、夏休みの疲れではないが、何となく気怠い。夏休みなのだから、休んでいたはずだが。
 食欲はあるが、食べるのが面倒で、作るのも面倒。しかし朝はしっかりと作っているが、昼はパンが多い。ホウレン草がまた値上がりしている。いつの頃の影響だろうか。そしていつも買っている飛騨ホウレン草の形が違うような気がする。いやに茎が長い。
 ホウレン草は葉がいい。茎が多いと葉が少なくなる。そのホウレン草、いつもよりも長い。痩せているのかもしれない。それでもこのホウレン草が一番やわらかいので、煮こまなくてもいいので楽。さっと湯につけ、お浸しでも食べられるほど。しかし、それをすると量がもの凄く小さくなる。
 白菜の半分カットされていたのを買っていたので、それだけを刻んで煮たのだが、硬い。かなり煮こんだので、だらしがないぐらいやわらかくなるはずなのだが、硬い。この時期の白菜はそんなものだろうか。白菜は冬のイメージ。夏の畑で白菜は見かけない。しかし80円だったので、安いので買っていたのだが、失敗した。コンビニの白菜の方がよかったりした。
 これは味噌汁の子として簡単に使える。鳥の餌のように細かく刻んで入れる。安いし量も多いので、なかなか減らないので、長持ちする。
 旬といえば、茄子が畑で実っている。だから今のキセツノモノだろう。スーパーで見ると、長ナスが安い。これを焼きなすにするとなると大作になる。なかなか焼けるものではないし、この時期暑くて焼く気はしない。
 だから煮た方が簡単だが、茄子は浮く。空気が入っているのだろうか。そういえば中身はスポンジに近い。
 また、水なすというのがあり、これは漬物だ。夏の茄子とは別に秋茄子がある。秋茄子は嫁に食わすなというほどおいしいのだろう。これも漬物にした状態だと思える。糠漬け。
 栄養価よりも、おいしいとか、食感がいいとかで、味覚で価値が決まるのだろうか。
 昼などはパンではなく、お茶漬けの方がいいかもしれない。しかし、これはこれで手間だ。ご飯にお茶を掛けるだけではさっぱりしすぎている。だから何か中に塩気のものを入れたりする。または小皿に香の物などを入れ、それを摘まみながら食べる。漬物が登場するのはそのときだろう。
 飲み屋などにあるお茶漬けを思い出せばいい。何か添えているはずだ。安いのは沢庵。しかし、シャケ茶漬けとか、鯛茶漬けとかになると、メインを取れる。
 一番安い漬物は白菜だろうか。量だけは多い。野沢漬けとか、そっちの方が青いので、見た目はいい。
 食が落ちる夏などは、食が出そうなそういった香の物などが活躍するのだろう。
 
 昨日はいつも行くショッピングモールで都はるみの歌が聞こえてきた。特設売り場で音楽CDとかDVDなどを売っていたのだが、そこのカセットからだろう。歌は「北の宿から」。
 それで、CDを探すと、二つ出てきた。都はるみベスト10とかのタイトルで、コロムビアから出たものだろうか。これはコロムビアのホームページにも載っているCDかもしれない。曲は代表的なもので、あんこ椿から北の宿あたりまでのヒット曲。ネットにもあるし、映像付きも見ることができるので、珍しいものではない。
 映像付きのDVDも売られていたので、そのコーナーを見るが、都はるみはなかった。これもアマゾンなどでも売られているはず。
 時代はレコードからカセットテープになり、今はCD。以前よくカセットが、こういう即売所で売られていたのを見たことがあるが、ラジカセがないと駄目。CDはパソコンがあれば、見ることができるので機材を買う必要はないが、やはり映像で見たい。
 昨日見た二つのCDのジャケットの写真はかなり若い。それらは中古ではなく定価で売られている。値札が貼ってあるのもあり、それは値を落として売っているのだろう。10曲で1600円ほどだ。
 しかし、ションピングモールで、都はるみを聞くとは驚き。そのカセットからはすぐに次の曲が流れ来たが、山茶花の宿だった。都はるみではなく、大川栄作、どちらも市川昭介の門下生。
 映画のDVDを見ると、洋画ではローマの休日とか、そういうのが並んでいる。またDVD10枚組で、結構安いのがある。いずれも昔の名作で、第三の男とか、オペラ座の怪人とか。
 日本映画では長谷川一夫の股旅物。ここまで来るとかなりの年代でないと、ああ懐かしいとはならないと思う。
 音楽CDは歌謡曲だけではなく、もっといろいろなジャンルのもあったが、歌手の年代は既にオバサンやオジサンになっているはず。
 さて、都はるみだが、そうしてみていると、やはり初期から引退前までのヒット曲が、耳に馴染んでいいのかもしれない。
 ユーチューブなどで映像付きの曲を聴いていると、レコードとは違い、変化がある。都はるみの仕草や表情なども加わる。だから映像がないと物足りなく思えてしまう。
 たとえばテレサテンと一緒に大阪しぐれを歌ったとき、これが御見本だと、いっちょ上がりのように歌っている。これは客に聞かせると言うより、テレサテンに聞かせるように歌っているように見える。時期は復活後少ししてからの二人のビッグショーだろうか。まだ若々しい。
 この大阪しぐれ、毎回歌い方が違う。軽く弾むように歌っていたかと思えば、かなり引っ張ったり、重い目に歌ったりとか。
 本人はこれが一番歌い方が難しい曲だと言っていたようだ。
 ということは都はるみはライブ向けの歌手だったのかもしれない。
 
 
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2018年08月29日

デジカメ復活ニュース

■■ 2018年8月29日 水曜日 午前8時45分
 
 今朝は曇っている。これは雨が降るかもしれない。昨日も、結局降っていたが、小雨。傘を差さない人もいるほどの微雨。その代わり湿気が強く、蒸し暑い。雨が降ると涼しくなるのだが、熱が逃げない。風が弱いためだろうか。
 今朝も曇っているが、陽射しが出ることがある。よく分からない空模様だ。台風がまた来ているようだが、かなり遠い。いつ頃接近するのかは分かりにくい。
 夜の気温はそれほど高くはないのだが、蒸し暑いので、扇風機を付けて寝た。暑いよりも湿気が強い方が効くようだ。
 あと一押しで秋の領域に入るはずなのだが、夏がしつこく残り、天気も妙。といってもまだ八月。夏休みなのだ。決して夏が終わったわけではない。
 昨日は夕食のおかずに困り、コンビニのレトルトカレーにする。300円以上しているのだが、大きな肉が入っており、これはカレーではなく、肉が目的ではないかと思うようなカレー。肉以外は汁なので、見えているのは肉しかない。結構やわらかく煮こんである。まあ、牛丼と同じ値段だが、ご飯は入っていない。だからただの肉の多いレトルトカレーだが、常温保存ではなく、冷蔵庫に入れて保存しないといけないらしい。だから買ったとき、冷たい。普通のレトルトものなら常温だろう。だから保存しやすい。その違いが、味に出るのかもしれない。
 
 デジカメ復活のようなニュース記事があった。これは何処からの流れだろうか。復活というのだから、駄目だったのだろう。話の流れとしてケータイやスマホのカメラに押されてわざわざカメラを買う必要がないので、コンパクト系はガクンと売れなくなったというのがある。かなり前の話だ。
 しかし、記事を読んでいると、コンパクトデジカメの復活ではなく、40万円もするようなニコンのフルサイズミラーレスの発売に合わせてきている節がある。
 その目的は何とSNSとなっている。SOSではない。アーサー感度でもない。このSNS。他に言いようがないのだろうか。
 カメラ系からみると、ブログ程度に使う画質というのがある。プリントアウトが目的ではなく、ウェブで見せる写真。カメラ内の保存画素数では小さしタイプ。ウェブ用とかになっている。まあ、小さいサイズで保存しても、画質が悪くなるわけではない。印刷には向かないだけ。ウェブはただの表示。フィニッシュがウェブ。ブログなどで使う写真。
 だからネット上での写真での画質の差を出そうというのが流れになっているらしい。
 これは普通のデジカメでも、ずっとそれを言っていたことで、スマホでは撮れないものが撮れるということ。逆に言えば、スマホだから撮れる写真も多いはず。出しやすい。
 スマホで写した写真と、一眼レフ系で写した写真を見比べるような人はそれほどいないのではないか。それに見た感じ、違いが分かりにくい。一番分かりやすいのは、画像処理をやり過ぎて、エッジとか、偽色が輪郭に浮いているのを見る程度。
 実際にはそんなものではなく、何が写っているのかを見ている程度だろう。
 そしてデジカメの復活カメラとしてニコンのフルサイズミラーレスでは、値段的に無理だろう。それにレンズがまだないはず。
 その記事によると、一眼レフからミラーレスへの流れというのがあり、最近出たキヤノンイオスキッスのミラーレス版がそうだろう。しかし、キヤノンの小さなミラーレスはかなり前から出ている。当然ミラーレスの特徴である軽く小さいオリンパスとパナソニックのミラーレスが飽きるほど出ている。当然ソニーもある。
 そういったミラーレス、レンズが変えられるタイプだが、ボディーだけなら中古で一万円台である。
 では、SNS的な使い方での差がスマホではできないという写りの違いは何処にあるのか。
 単純に言ってしまえば画素数の小さなスマホ系に比べ、大きい目の一眼系はボケやすいという話。これなら絵として分かりやすい。違いが。
 それ以外の違いはちょっと見ただけでは分からないだろう。
 普通のコンパクトデジカメの復活にならないのは、ぼけが少ないためかもしれない。絵面としてはスマホと同じ。ただコンパクト系は1センチぐらいまで接写が効くので、このときは流石にボケるし、また600ミリ超えのコンパクト系なら、望遠端はかなりボケる。
 要するにSNS向けとはボケたいという話しになるようだ。ボケはただのボケだ。
 
 
 
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2018年08月28日

残暑

■■ 2018年8月28日 火曜日 午前9時18分
 
 今朝も晴れている。最近晴れが続いている。雨が降っていたのは台風が来たとき。だから台風が来ないと雨が降らないのかもしれない。
 次の台風はいつだろうか。もう既に発生しているかもしれないが、天気予報を見ていないので、分からない。
 昨日も残暑が強く暑苦しい日だった。今日はどうだろう。しかし、昨夜は扇風機なしで寝ることができた。夜はやはり秋になっているのかもしれない。
 昨日は朝の喫茶店からの戻り道、少し多い目に寄り道散歩をしたが、まだまだ暑い。午前中なので、まだましだったのかもしれないが。
 大きな雲が湧いており、これはどう見ても夏空。暑くて当然だが、焼けるような暑さではない。
 今朝は晴れていることは晴れているのだが、かげることがある。雲が多いのだろう。こういう日は蒸し暑い。
 昨日も暑苦しいし、ご飯も切れていたので、スーパーでにぎり寿司を買い、簡単に済ませる。食べるのが簡単なためだ。日が沈むのが早くなったので、夕食が早くなったような感じだ。
 それで早い目にスーパーへ行ったので、寿司の種類が多い。にぎり寿司もいろいろと組み合わせがある。上とか並のようなものだろうか。寿司の数は同じでもネタが違うのだろうが、見た目、よく分からない。このスーパーは鮮魚を扱っており、さばいてくれる。だから板前がいるのだ。だから寿司も、ここで握っている。
 四角い箱と丸い箱があり、丸い箱が200円引き。四角い箱は100円引き。まだ時間が早いためだろう。しかし、遅く来ると、なくなっている。
 それで200引きの方がいいと思い、丸い箱を選んだが、かなり高かった。上を選んだようだ。
 まあ、暑苦しいときはお茶漬けで済ませてもいいのだが、ご飯がなかった。炊いてまでお茶漬けにする気はない。
 朝は味噌汁を作るが、それを飲むと、汗が出る。それが出ない日もあったので、涼しい日もあるのだろう。ここ数日は汗が出る。
 夏の終わりがけの残暑。これが盛りの猛暑時期より危険ではないかと思ったりする。猛暑時期よりも弱まっていることは確かだが、意外と残暑のしつこさの方が厳しいかもしれない。
 暑さ疲れなどは夜、寝れば朝、治っているはずだが、そうはいかないものが残っているのかもしれない。それと、もう暑さはましになっていると、油断するためもある。
 今朝は理想的な時間に目が覚めた。しかし、また、うとっとしてしまい、結局は遅い目に起きる。寝た時間が遅かったので、その方がよかったかもしれない。
 季節の変わり目は体調を崩しやすい。しかし、まだ夏が続いており、秋らしい涼しさはここ数日はない。だから、まだ変わり目ではないのだろう。
 
 
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2018年08月27日

パナソニックFZ85は気楽に写せる

■■ 2018年8月27日 月曜日 午前8時32分
 
 今朝は晴れている。空が少し安定してきたのだろうか。もう台風の欠片もないようだ。北へ去った台風、低気圧になって、まだ残っているのかもしれないが。
 相変わらず昼間は残暑が強く、真夏のままだが、夜は涼しくなっている。そのため、昨夜は扇風機なしで寝ることができた。気温的には熱帯夜なのだが、そのわりにはしっかりと掛け布団を被っていた。秋はここに来ている。
 夏休みもこのあたりになってくるとだらけてくる。夏休みの遊びも、もう疲れて、遊ぶのも面倒になるのだろうか。しかし、この時期夏休みの宿題のラストスパート、追い込みだ。しかし、全力で走る体力気力がなかったりする。
 スケジュールの軌道から逸れると、亜空間へ行ってしまう。まあそれを見込んで、夏休みが始まった瞬間、さっと宿題を済ませてしまう人もいるだろう。ややこしいことは先に済ませて、休む。
 しかし、夏休みなのに、宿題のような仕事があれば休めないではないか。
 だが、今年の夏は長いような気がする。まだ八月なのに、かなり経過したような。短い夏に比べれば満足度は高いが、暑い期間もそれだけ長い。
 長く感じるのは気候の変化があったためだろうか。いろいろなことがあると、長く感じるのか、短く感じるのかは分からない。
 用事で熱中していると、時間の経つのを忘れることがある。また何かをずっと待っているときは、時間はなかなか進まなかったりする。
 日本の一番長い日と言う映画がある。いろいろなことがあったのだろう。しかも大きな決断などが迫られ、もの凄く忙しい一日だったようで、あっという間に一日が終わったのではなく、日本で一番長い日になったのだから、これはよく分からない。
 早く来て欲しい日はなかなか来ない。倍以上、日は進まない。できるだけ遅く来て欲しい日は倍速で早く来る。
 今年はお盆過ぎから妙にが長い。お盆を過ぎるとあっという間に九月になるはずなのだが、そうならない。これは天気のためかもしれない。台風で区切られてしまったためだろうか。それとしつこい暑さのためか。
 
 最近持ち歩いているのはパナソニックのFZ85で、20から1200までのネオ一眼。カメラはいろいろと持っており、より高機能で、より写りがいいのもあるのだが、不思議と、これを持ち出している。これは謎だ。
 だから、何故パナソニックのネオ一眼なのかだ。メーカーのためかもしれないが、それならパナソニックのミラーレスもあるので、そちらの方が確実に写りはいい。
 特に特徴のあるカメラではなく、類似するカメラは、ネオ一眼なので、このタイプはキヤノンやニコンにもある。
 またFZ85の上位機があり、レンズが明るかったりする。しかし、この一番安っぽいカメラが意外と使える。
 まずは写しやすい。これはネオ一眼なので、大きいため、持ったとき、安定している。そして電源はレバー式で、引いたり戻したりしやすい位置にある。だから片手でオンオフができる。そして片手だけでズームできる。まあコンパクトデジカメなら普通だが、構えたときの安定感が違う。
 これが一眼系やミラーレスになると、手動ズームになったりするので、片手では無理。顎を使えば、何とかなる。顎と肩でカメラを挟む。
 ただ、パナソニックの古いミラーレスなら電動ズームがあり、ボディー側でズーミングできるので、片手でいけるが。
 これは自転車で坂道を押して歩いているとき、両手を使えない。片手だけで鞄から取り出し、片手だけで電源を入れ、片手だけでズームする。グリップが飛び出し、カメラが大きいので、逆に掴みやすかったりする。ハンドルから手が離せないのはブレーキを握っていないと、動くため。
 そして意外と手ぶれ補正が効いている。ファインダーを見ているとそれが分かる。1200ミリでもピタリと止まっている。動かないのだ。これは受光素子が小さいため、手ぶれ補正も効きやすいのだろうか。
 そしてこのカメラは初心者向けのイージーさがある。フルオートモードに入れておけば、特に弄る必要がない。ファインダーは小さいが、ピントは分かる。
 液晶は回転しないが、タッチパネル対応。ローアングルのときは回転してくれる方がいいが、斜め上からでも液晶は何とか見える。まあ、しっかりと構図を見ながら写すより、ちょい写しが、このカメラには似合っており、あまり本格的ではない撮影にはいい。しかし、意外と本格的な写し方をしたものより、適当に写したときの方がいいのが写っていたりする。ただの偶然だが。
 おそらく、このネオ一眼より優れた同タイプはキヤノンだろう。21ミリから1400ミリ近くある。だからズーム比では勝っている。ほぼ同じようなものだが。
 どちらにしても高倍率のズーム機は強い。痒いところに手が届く。
 それとよく写るカメラは気楽に使えなかったりする。
 
 
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2018年08月26日

秋の気配

■■ 2018年8月26日 日曜日 午前9時20分
 
 今朝は晴れている。気温は朝のこの時間は30度を超える日が多いのだが、29度。夜は熱帯夜で25度を完全に超えているが、それでも朝夕は凌ぎやすくなったように思える。数値的には1度ほどの違いだけかもしれないが、別の因子が加わるのだろう。温度の1度だけの差では分からない差なので。
 昼間は夏そのもので、ここはあまり変わらないが、猛暑日である35度には達しない。
 一番暑いときは、止めていた自転車のサドルがフライパンになっており、座ると、尻が焼けた。それは大袈裟。燃えて煙を出しながら走っている人がいることになるが。しかし、体温の方が低いため、しばらく熱い状態で走っていると、さめてくる。アイロンに使えるのではないかと思える。
 夕方が少しましになったのは、日が短くなったため、いつもの時間に走っていると、影が多くなる。これで日影が多くなるためだろう。
 夏至からしばらく立つので、そんなものだろう。真夏の真っ盛りの頃、既に日は短くなっている最中で、気温とは合わないが六月下旬あたりがピークのはず。
 日が短くなり、影が意外と多くなっていることを気付くのはお盆頃。
 八月の末は意外と秋の気配がする。こういうのは九月に入ってからだと思っていたが、夏の真っ盛りを過ぎた瞬間下り坂が見えるためだろうか。赤とんぼのような、赤いトンボが飛び始めると、それだ。自転車で走っていると付いてきたり併走したりする。秋を知らせているのだろうか。虫の知らせだ。
 お盆頃、少し涼しい日があり、その日、鈴虫のようなものが鳴いていた。
 しかし、昨夜は扇風機を掛けっぱなしで寝た。途中で寒くなり、消すことが多いのだが、起きてから切った。扇風機は遠くに起き、一番弱にし、首振り。長時間風に当たるとあまりよくないので。
 ただ、昼寝のときはは、もっと近くで回している。これは本当に暑いため。それとそれほど長くは寝ないので、あくまでも昼寝。うとっとしただけでいい。
 昨日の昼寝はそれほど長くはなかったが、起きたとき、朝かと思った。やはり涼しくなってきたので、寝やすくなったのだろう。ぐっすりと寝ており、うとっとではなかったようだ。
 いつものスーパー衣料品売り場の夏物バーゲンというのは結局なかった。売るものがないのだろう。その代わり父の日セールの延長のような展示が続いていた。和風のパジャマのようなあれだ。しかし、それも昨日見ると、消えていた。昼間の暑さが少し治まる頃、秋物セールが始まるはずだが、秋物は寿命が短い。すぐに寒くなり、秋物では間に合わない寒さになる。
 しかし、半袖のシャツから長袖のシャツに替わるはず。
 昨日の夕食は邪魔臭いので、スーパーで弁当類で済ませることにした。時間的にはいつもの時間なのだが、既に暗くなっている。これで日が短くなったことを実感。
 結局焼きそばとタコ焼きの入ったのを買う。値引きされており、200円台。野菜とかタンパク質率は低いのだが、食べやすい。中身がスカスカのためだろうか。
 今年の夏も終わりがけ、少し淋しく感じる頃になる。
 
 
 
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2018年08月25日

冷凍大根

■■ 2018年8月25日 土曜 9時34分
 
 今朝は雲が多い。曇り日かと思っていたが、青空があり、たまに日差しがある。日差しは上を見れば分かる。雲がかかれば日差しがない。当然のことだが、分かりやすい。見えているので。
 気温は1度ほど昨日よりも低い。わずかな差だが、これが結構効く。そのため暑さが和らいだように気になるが、時期的にも、そろそろなので、そんなものだろう。普通のことで、例年通り。これに多少の幅があるのだが、ずっと夏のままと言うことはあり得ないので、どこかで夏が終わり、秋になる。この四季の移り変わりは、ない年はないだろう。ただ氷河期などがあり、絶対にないわけではないが。
 今年の夏は進みが遅いような気がする。まだ八月なのかと思うほど、進んでいない。これは台風のためかもしれない。空気が変わるし、違った気候になるためだろうか。
 まあ、八月が長いほど、夏休み長く感じられるので、子供は得かもしれないが、子供には子供の時間があり、同じ感覚ではないはず。
 涼しくなってくるはずなので、野菜の煮物を作ることにした。といってもジャガイモとタマネギを煮ただけだが、これだけでも二三日に持つ。ここに肉類を入れると持ちが悪くなるし、汚くなる。にんじんを買っていなかったので、入れなかったが、これを入れるとカレーになる。しかし、カレーにするともっと汚くなるし、鍋も汚れるし、後が面倒。カレーは、カレー粉だけを入れるのがいいのかのしれない。黄色くなればカレーらしくなる。
 大根は一本丸々買っていたのだが、それは蒸かして冷凍にした。当然切って。おでんの半分ほどの薄さ。これは味噌汁などに入れると、溶ける。大根を少しだけ食べたいときはちょうどいい。夏場は一本買うと、食べきる前にしなびてしまうので、この方法がいい。
 夏の勢いが弱まり始めているのだが、台風が空気をかき混ぜるので安定しないが、ずっと青空だけというのも、逆におかしいので、変化がある方が自然かもしれない。
 
 
 
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2018年08月24日

台風

■■ 2018年8月24日 金曜 8時46分
 
 台風は去ったようだが、すっきりとしない空。台風が来る直前までよく晴れており、すっきりとした空だったのだが、それが戻らない。まだ北の方にいるためだろうか。引き連れている雲がはけないのかもしれない。結構風もあるので、強風域が広いのだろう。しかし、日差しはある。まだ生暖かい空気は残っている。
 理想通り、寝ている間に来て去ったので、影響はなかった。夕方前に行く喫茶店も、風があるだけで晴れていた。雨がない。雨は通過中に降っていただけ。通過すると、雨もやんだ。偶然雨雲がかかっていなかっただけなのかもしれない。
 朝は相変わらずの夏のだるい空気が漂っているが、それほど暑くはない。台風接近中は窓から強い風が入るのに扇風機をつけていた。蒸し暑いのだ。
 さすがに通過中は雨が来たので、寝るときは扇風機なしでもいけた。風の音が強いので、すぐには眠れなかったが、音が静まりだしたとき、眠りに落ちたようだ。
 今年はこれで二本来ている。今回は姫路に再上陸。近いのか遠いのか分かりにくいのは、姫路など、用事があっていくことはないため。馴染みはない。まあ、大阪方面からだと明石辺りまでが馴染みで、ギリギリ加古川が入る。
 東の果ては京都盆地の端までで、琵琶湖に出ると、もう違う。京都は山城。その東が近江。
 だから近接する旧国名までのエリアだろうか。
 北は丹波辺りまで、分水嶺がある辺りまで。
 南は和歌山市内がギリギリ入る。奈良も入るが、吉野や熊野になると、普通の用事では行かないだろう。
 台風は去ったのだが、まだ八月。夏は続いている。台風が来る前、北陸では40度になっていたようだ。大阪でも気温は高く、全国ベスト10入りしていた。台風で暖かい空気が流れ込んだのだろう。風は地を這うように吹く。だから地形の影響が強い。
 何もないところに高い目のマンションが建つと、ビル風がすごい。歩道の灌木などが傾いている。まっすぐ生えないのだ。
 この台風後、涼しくなればいいのだが、どう出るかは分からない。しかし、時期的に、しのぎやすくなる頃だろう。
 
 
 
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2018年08月23日

台風の日

■■ 2018年8月23日 木曜 9時46分
 
 台風が近付いているのか、風が強い。そして風が生暖かい。これで蒸し暑い。夏の終わり頃の残暑の暑さではない。
 進路図を見ると、大阪方面に向かっている。日本海を抜けた後は北上し、北海道に再上陸。果たしてその通り行くかどうか。北陸沖で低気圧になってしまうかもしれないが、結構強い台風のようなので、北海道まで台風のまま行くかもしれない。日本海側の北海道行き航路のようなものか。昔なら北前船。
 昨日も夜は暑くて、扇風機をかけっぱなしで、朝まで。少し寝過ごしたので、起きたときは結構暑い。31度ほどある。だから扇風機は止められない。
 夜明け前の一番気温が下がる頃も寒くないので、立派な熱帯夜。29度ほど。熱帯夜は最低気温25度からなので、余裕だ。
 朝の喫茶店までの道は風が強く、しかも向かい風。だから戻りは早いだろう。しっかりと見返りはあるが、得も損もしない。
 台風は二つ列島等近くにあり、一つは抜けていきそうで、大阪方面は関係はないものの、それでも間接的な影響があり、生暖かい。今度は大阪ストライクコースを進んでいるので、こちらは影響する。夜半に通過してくれればありがたい。寝ているときに。それなら外に出ることはないので、問題はない。
 しかし、今日の夕方前の喫茶店へ行くとき、結構近付いているはずなので、これが行けるかどうかが問題。雨さえ降っていなければ行ける。雨だと傘が差せない。濡れてまでは行かない。
 今年は台風の当たり年のようだが、なぜかスイカの豊作を連想する。スイカが多いような。
 自転車で遠出しやすい季節になっているのだが、台風では何とのもしがたい。自転車は風と雨に弱い。それと坂。そして未舗装の道。
 市街地では自転車は軽快。どこにでも入り込める。決して自転はしないので、人力車だ。人の力で回しているのだが、ずっと漕がなくてもいい。グライダー状態になったときは得をした気分。下り坂気味で追い風なら乗っているだけでいい。しかしその逆はきついが。
 
 
 
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2018年08月22日

蟻とキリギリス

■■ 2018年8月22日 水曜 8時44分
 
 今朝は晴天、雲一つない。台風は去ったのかまだいるのかは見ていないが、次のがまた同じコースで来ているようだ。魚雷を時間差攻撃で二発発射したようなもの。
 夏の終わりがけで、涼しくなるはずだが、台風で暑さがぶり返している。そしてまた来ているので、盆過ぎの残暑の頃のベースの空がなかなか現れない。今朝の空がそれなのだが、これがまた崩れるのだろう。
 昨日も雲が沸き立ち、今にも降りそうなほど異様な空だったが、降らなかった。それで蒸し暑い。今朝はそこそこ爽やかだ。次の台風が来るまでの間は、湿気も少ないかもしれない。
 昨日の大阪方面の気温は全国でも二位か三位ほど。午前中の話なので、ものすごい高温ではないが、目立たないところで暑い。記録としては地味だが、妙な時間帯や、記録的な暑さではない日に暑かったりする。
 高校野球の決戦が終わる頃、秋風が吹いているイメージがある。春の甲子園では、これが始まり出すと、やっと春めいてくる。期間が長いので、ストライクゾーンが広いので、季節の移り変わりの範囲内に入るのだろう。
 夏の終わりがけはなぜか居心地が悪い。季節的にも気温的にもまだ夏なのだが、あとわずかといういうのが、淋しい気もするし、秋風がたまに吹き出すためか、蟻とキリギリスの心境になったりする。まあ、夏は暑いので安心して夏休みをしていてもおかしくはないので、これはキリギリス状態。しかし、遊び倒しているわけではなく、あまり何もしないで、じっとしているようなもの。
 その間、蟻は働いていたようだが、遊びもしないで働きもしない状態だと、キリギリスコースとはちょっと違う。
 これはイソップ物語だろうか。ゲーム信長の野望では初期のバージョンからイソップ物語が出てくる。これは外交のときの贈り物。当然名馬とか、刀剣とか、茶道具などもある。それよりも、戦国時代、既にイソップ物語が伝わってきていたのだ。まあ、童話、おとぎ話は、日本にも古くから伝わるものがあるし、文字化されないままの民話とかは世界中にあるのかもしれないが。
 キリギリスが困るのは冬だ。野に食べ物がなくなった冬、蓄えのある蟻は有利。有利というより、仕事をしていたのだから、その努力の見返りで、食べていける。蓄えのないキリギリスは蟻から餌を分けてもらう話だが、冬眠すればいいのだ。しかし、キリギリスは成虫のまま冬眠ができるかどうかは知らない。
 コツコツと働くことの大事さがいいたいのだろうか、キリギリスの遊びは音曲に耽っていたためだろう。アーチストなのだ。だから遊んでいたわけではない。蟻から見れば仕事をしていないので、遊んでいると思うだろうが。
 蟻はいい音色では鳴かないはず。小さいので、鳴いていても分からないだろう。しかし、蟻が鳴けるかどうかは知らない。いつも無言で働いているように見える。
 その働き蟻を観察すると、意味のない動きをしているのもいるらしい。蟻は集団で動くので、その動きに合わせるが、ただ単にうろうろしているだけの蟻もいるようだ。すべての働き蟻が有意なことをしているわけではない。
 でも、後をついて回っているだけとか、隊列から外れて、うろついている蟻にも意味があるのだろう。これは冒険者だ。うろうろしていて、偶然いい餌を見つけることもあるだろう。
 しかし、蟻の世界は蟻でないと分からないかもしれない。人の目で見ているためだが、うろうろしている蟻は迷わずうろうろしている。迷うのは意識がありすぎるためだろう。
 
 
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2018年08月21日

GPD Pocketの続き

■■ 2018年8月21日 火曜 9時06分
 
 昨夜からぐっと気温が上がったのは台風の影響だろうか。久しぶりに蒸し暑い夜で、朝まで扇風機をかけていたのだが、寒くない。夜中それでは涼しくなりすぎるはずなのだが、ならない。
 かなり湿気が高いのだろう。朝、起きると、むっとする。空気が南方。これはやはり台風が引っ張り込んだのだろう。今年は台風が多いが、この台風が天気を変えている。まあ台風が来る前は生暖かい。しかし、季節が秋なら、いいが、夏なので、生暖かい程度では済まない。
 朝の喫茶店までの道中も空気がムアンとしており、湿気で空気が重くなったかのように、ペダルが重い。風はそれほどなく、日陰に入ってもそれほど涼しくならない。空気そのものが熱帯なのだ。
 台風は九州方面に上陸し、北へ抜ければ大阪方面は関係がないし、直接の影響はないのだが、気圧の縁から生暖かい空気が流れ込むのか、離れていても、そういう影響はある。台風直々の雨より、周辺の方が雨がきつかったりするように。
 それでまた真夏に戻ってしまったような感じだが、この台風が去れば、熱帯地方のような暑さも消えると思うので、こういう暑苦しい日が続くはわけではない。
 今朝は少し遅い目に起きてきた。理想的な時間に何度も目を覚ましたのだが、理想過ぎて早すぎたので、何度か二度寝をしたのだが、最後の何度寝かの時間が長かったようで、理想とはかなり離れてしまった。
 それだけに気温の上昇も進んでいるため、その道中がさらに暑く感じる。ここ最近はその道中、暑くは思わなかったし、また暑さなど頭にないほどだった。
 今朝の頭は暑いだけ。真夏の暑さには慣れていたとしても、今朝の熱帯のような空気は真夏でも少ない。
 
 今朝のお供の端末は、夏に買った中国のゲーム会社が出資を募って作った超マイクロノートパソコンGPD Pocket。軽くて小さいが、これ以上小さいと、両手の指でタイプできなくなるので、ここが限界だろう。
 夏休みの宿題でもやるように、暑い盛り、これをいじって楽しもうとしていたのだが、暑苦しくて、あまりいじっていなかった。ちまちまとした世界なので、暑いと集中力が欠け、細かいことをしたくなくなるのだろう。
 老眼が少し改善したのか、小さい文字でも見えるようになった。これは度の弱い目のめがねでもいけることがわかり、それをかけだしてから、さらに鮮明に見えるようになった。これはモニターが小さく文字が小さい目のノートの場合、追い風だ。
 キーボードはクリック感があり、深い目だが、しっかりと底まで突かないと、スイッチが入らないようだ。それと爪が伸びていると空振りする。パチンと弾かれたようになる。爪を切り、指の腹で押せば誤入力は少ない。爪で空振りすると、音がする。楽器か。
 それといつものキーボードのような一般的な配列とは少し違うので、鉤括弧や句読点で迷うことがあるが、最初だけ。
 このノート、唯一の欠点はキーボード。ここだけは物理的にできているので、小さいと言うことが問題になるが、慣れてくると、高速打ちもできるようになる。意外と早くタイプした方が間違いにくかったりする。
 それと小ささを意識しすぎて、幅が狭いのだが、思ったよりも英字キーの間隔は広い。それを狭いと思い、指をあまり伸ばさなかったりする。
 スペックも高く、ケチらないでメモリを8メガも乗せている。メーカーものの高いノートパソコンででも4メガだ。まあメーカーものほどメモリは小さかったりするものだが。
 液晶の解像力はびっくりするほど高く、しかも明るさの低い目がいい。薄暗い室内では眩しすぎるため。それ以上落とせない機種もあるので、ここは満足度が高い。
 暑苦しいので、小さな端末でちまちましたことをしていると余計に暑苦しいので、たまに持ち出している程度で、まだ環境設定などはやっていない。しなくても、問題はなかったりしそうだが。
 この小ささからKindle本などが読みやすいのではないかと思えるが、まだ入れていない。
 しかし、今日は蒸し暑く、南方の国にいるような感じなので、その気が出るかどうかは分からない。
 
 
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2018年08月20日

二分の遅れ

■■ 2018年8月20日 月曜日 午前8時25分
 
 今朝は怪しい空模様。しっかりとは晴れていないし、雲が多い。長閑な雲ではなく、荒れた雲。風が強いのだろうか。薄曇りのような空になっているが、雲間から陽射しが照ることもある。ずっと陽射しはない。
 最近、夜は涼しい目だが昼間はいつもの夏とそれほど変わらないが、それでも気温は低い目。陽射しのあるところでは30度を切っても、まだきついだろう。それと湿気があると暑苦しくなる。乾燥しているとさらっとしており、衣服がべたつかない。長袖などは通りが悪い。引っかかる。また湿気が少ないと、背中がスーとする。湿気があると暑いのか汗ばむためか、衣服がくっついている。それが離れるため、さらっとするのだろう。
 八月もついに下旬に差し掛かる。夏休みのどん詰まり。もう僅かしかないが、最近の学校は八月いっぱいまで休めるのだろうか。今のところ、登校風景を見ないので、休めるはず。たまに登校日でもあるのか、それで見かける程度。
 夏休みは闇の中。明けると明るい学校が始まるが、意外と学校の方が闇で、夏休み期間の方が健全で明るい世界のような気がするが。だから小学校よりも中学校の方が闇は深い。
 小学校の夏休み時代が黄金時代だったとすると、大人になってからは、この黄金時代を目指すのかもしれない。失われたものを取り戻すため。しかし、そういう世界は存在しない。
 夜は涼しいので、掛け布団が必要。窓は開いていてもいい。カーテンも閉めなくてもまだいいが、更に涼しくなり出すと、まずはカーテンを閉める。生の風が入ってくるため。それでもまだ寒く感じるときは窓を閉めないといけない。さらに寒くなると電気毛布が必要だろう。まだまだそれは先だが。まだ八月なので、そんなことは考える必要もない。まだ暑いので、涼しく過ごす方法を考える時期。
 陽射しのある日中は暑いが、それでもかなりましになっている。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩は普通にできるようになったが、続くと、新鮮味がドンドン薄れる。暑いときはまっすぐ帰っていたので、たまに大回りコースをやると、風景が新鮮だった。
 今朝は喫茶店へ向かっているとき、ライターを忘れたことに気付く。まだ走り出してから僅か。今なら引き返せる。これが離れすぎると、コンビニとかに寄るだろう。そういうときのために鞄のポケットにライターを入れていた。予備だ。しかし、そういうときに限って、その予備を使っている。
 それで、ライターを取りに帰り、また走り出したのだが、この間、二分か三分かだろう。長くて五分。この差が結構ある。遅れを取るとかではなく、別のイベントと遭遇するかもしれないため。
 自転車で真っ直ぐな道を走っていると、二分遅れたのだから、本来は、二分分前を走っていることになる。そこで起こることは、もう起こらない。実際には二分前と今との違いは殆どないだろう。
 しかし、校門に入りかけている小学生が二人いる。前方から来る。もしライターを取りに戻らなければ、二分先を行っているので、校門へ向かっている二人を途中で見るだろう。二分後に来たので、校門前の姿を見る。二人を見たことにはかわりはない。しかし三分後では校門に入ってしまい、もうその二人の姿などない。だから、まったく見なかったことになる。その程度の変化だが。こういうのがきっかけで、何かが起こるわけではないが、本来なら二分先を走っている自分がいるのだが、実際にはそうではない。しかし、ライターを取りに戻ったというのは現実。その現実の延長は二分遅れたというだけのもの。二分先を行く自分というのは、どこまでいっても想像上のもの。
 ライターの予備が鞄の中にあれば、その遅れはない。運命を変えたちょっとしたこと、というのはあるのかもしれないが、それもまた運命かもしれない。
 二分先を行く自分の後ろ姿など見ると、驚くだろう。振り返ると、二分後の自分が来ていたりする。
 
 
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2018年08月19日

虫の音を聞く

■■ 2018年8月19日 日曜日 午前8時49分
 
 今朝は晴れている。気温は涼しくなっていたが、少し高いかもしれない。見ていないが感じで分かる。これは夏に戻る予感。予感しなくても天気予報でもそうなっていたはず。秋の前触れではないが、鈴虫のようなのが鳴いている。これは突然涼しくなった日の夜、聞こえてきた。それまでも鳴いていたのかもしれない。
 朝から鳴いている蝉の声、曇っているときは蛙が鳴いているのかと思ったりするが、音の前に何かがある。音が先ではなく、予感が先で、カエルに聞こえるのだろう。雨が降りそうな空なので。カエルなど、もう田んぼにはいなかったりする。庭先などにいるはずの雨蛙も。それを先に考えると、蝉の声がカエルには聞こえないはずだが、考えるというのは少し間がある。
 しかし、鈴虫の鳴き声のようなものは本当に聞いた。別の虫かもしれないが、あれは秋先から聞こえる音色であることは記憶にある。
 逆に言えば記憶が邪魔をして、現実が見えなかったり聞こえなかったりしそうだが。まあ、人は耳だけ、目だけで音を聞いたり見たりしているわけではないので、そんなものかもしれない。
 涼しくなってきたので、部屋でいるときも楽になったが、妙に怠かったりする。暑くてひっくり返っていた頃の方が元気だったりする。これは慣れだろう。暑さに慣れてしまい、麻痺状態が日常化していたためだろう。
 今年のお盆は何もしなかった。お盆の行事ではなく、特別な何かだ。まあ、盆休みらしい何かだが、その休みは、夏休み内にある盆休みなので、休みの中の休みとなる。休んでいるだけなら何もしていないのだが、休みというのは好きなことをして過ごせる日。その中に何もしないで単に休んでいるというのも含まれる。寝正月のようなもの。
 休日はごろっと家で無為に過ごすというのは結構多いかもしれない。それは有為なことをもの凄くやっている人に多いかもしれないが、よく学びよく遊び、というのもある。いつ休むのだろう。
 この場合の休みとは、仕事の休み。仕事は休むが、別のことをする。仕事ではなく、好きなこと、趣味のようなこと。これは自分で決めないといけないので、趣味がなければ、趣味的なこともできない。
 部屋でごろっとしているというのは、決めなくてもできるが、決めようとして決まらないままごろっとしたままというのもある。
 今日はごろっとして過ごす。という方針で、ごろっとしていることもある。
 それでも送り火の頃、尼崎中古屋まで自転車で行けたので、それで充分かもしれない。それまでは暑くて、必要最小限の移動しかしていなかった。
 その尼崎中古屋で見たオリンパスのミラーレスだが、戻ってから調べると、初代OM10デジタルだった。今店頭にあるのはマーク3のはず。そしてマーク2は型落ちでぐっと値段が下がっている状態。中古屋で見たのは、その前の初代なので、これはマーク2の方がいい。マーク2と3との違いは殆どない。
 それを昨日上新リアル店で確認した。マーク2も売られていたが、展示品価格。だから、これは中古に近いものだ。
 カメラよりも、涼しくなってきたので、遠出がしやすくなった。こちらの方がよい。これは無料だ。
 
 
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2018年08月18日

OM10デジタル中古

■■ 2018年8月18日 土曜日 午前8時47分
 
 今朝も涼しいが、台風が去ったあと、また暑さはぶり返すようだ。だからほんの冷やかし程度の涼しさ。このまま秋になるわけではなさそう。ただ、この変化は大きい。しばし暑さから解放されるため。
 だが、寝るとき涼しすぎて戸惑ったりする。昨夜は20度を切っていた。10度台。これは久しぶりだ。今後は寒いという言葉が続きそうだが、今はまだ涼しい。しかし、また夏がぶり返すはずなので、一気に寒いへとは進まない。
 昨日の朝も当然涼しかったので、喫茶店のからの戻り道大回り散歩を果たす。早い目に起きたので、時間的にも大丈夫。いつもの道筋だが、久しぶりに通る通りもある。あまり変化はないが、意外とこの季節草花が咲き乱れているというわけにはいかない。咲く花が多いのは春と秋なのかもしれない。ただ、実は成り出している。咲いたあとのようだ。
 さらに昨日は夕方前に行く喫茶店から出たとき、自転車を止めている場所がいつもと違う。混んでいたのだろう。離れた場所に止めていた。それで帰ろうとしたのだが、タイヤの向きが南を向いている。それだけのことだが、そのまま前進した。そんなことをすると尼崎方面に南下してしまう。といってもここも既に尼崎内なのだが、境界線際。
 尼崎中古屋を思い出し、何か出物があるかもしれないと思い、行くことにした。これは題目で、実際には暑くないので、自転車で走れるようになったためだろう。軽く散歩を楽しむ感じ。
 適当な道を適当に走っていると、有馬街道を見付けた。道標がある。尼崎方面と、神崎川方面が左右に分かれる箇所。神崎川というのは大阪方面と言うことだ。昔の大坂という坂の名になっている。
 これは以前にも見ているので、珍しくはないが、細い道沿いに尼崎へ突っ込める。旧街道は意外と自転車道として走りやすい。
 尼崎中古屋は山手幹線とい言う大阪方面へ向かう大きな道で、その道沿いに中古屋があるが、分かりやすいのは高速道路の下の道を行くこと。これはビルのように高いので、よく見える。
 尼崎中古屋へは何度か行っているが、最近は出物がない。動いていない。持ち込む人が偶然いない時期が続いたのだろう。
 昨日はやっと新しいのが入っていた。オリンパスのミラーレスで10だろう。マーク2にはなっていないので古いタイプ。しかし、このカメラ、店頭でよく触っていたので、なじみ深い。ダブルズームキットで45000円。新品のときは8万弱で7万円台まで落ちていたが、結構高い。しかし、時既に遅しで今年の誕生日に新品の上位機を買っている。
 だが、このキットレンズは持っていない。パンケーキ標準ズームは、本当に薄い。電動だが。望遠ズームは300ミリまでだが嘘のように軽い。このOM10に付けてもスカスカの重さで、店頭で感心しながら、触っていた。中古に出るのが遅かったと言うことだ。鞄が付いている。売った人がその鞄の中に入れて持ち込んだのろう。だから鞄代込み。しかし、その鞄が欲しくて買うわけではないが、中古屋なので、靴でも鞄でも売っている。だから持ち込まれたカメラを入れていた鞄も商品のうちと言うことだろう。フィルターなどが入っているといいのだが、元箱はないようだ。このレンズだけでも欲しいところ。
 グリップが付いているようで、それは外付け。これを付けると望遠側が楽だ。そして持ちやすくなる。
 今、使っているオリンパスのレンズは28から300まであるので、これ一本で行けるし、300ミリ側で50センチまで寄れるので、便利。しかし少し重く大きい。45000円と高いが、レンズ二本とグリップだけでも値打ちがある。
 このカメラ、何度か買おうとしていたカメラ。実際に買ったのはその上位機だが、この10の方が気楽だ。
 その帰り、久しぶりに和風ファミレスで早い目の夕食を食べる。戻ってから買いに行ったり、作ったりが面倒なので、ついでだ。
 マグロ漬けご飯。これはマグロ丼、鉄火丼のことだが、それほどマグロが多いわけではないので、そう言いきれないのか、マクロ漬けご飯となっている。少しだけマグロが乗り、醤油が掛かっている。ワサビも欲しいところだ。つまりマグロの刺身をご飯にぶっ掛けて食べる程度。この店の特徴で、ミニがある。そちらは安い。
 それと肉じゃがの皿を取る。このジャガイモが硬い。崩れにくくするため硬い目に煮たのだろう。大きいのが二つ入っている。あとは玉葱。そしてメインである牛肉。結構量がある。肉じゃがというのは海軍料理だったように記憶しているが、違うかもしれない。そんなに肉を盛れないので、ジャガイモを入れた感じ。ジャガイモで腹が膨れる。それと肉汁がジャガイモをおいしくする。それと人参も入っていた。ジャガイモ、人参、玉葱、これはカレーにできるではないか。
 食べるとき思ったのだが、その朝ジャガイモと人参を蒸かしていた。玉葱も入れようとしていたが、一杯なので、入れなかった。だから、いつも食べているようなものを食堂で食べるというのは、何か損をしたような感じだ。メインの牛肉はおいしかったので、満足度は高い。それと値段のわりにマグロが多い目に入っていたので、これも充実感に繋がる。
 まあ、涼しくなってくれば、煮物も作りやすく、また食べやすくなるだろう。
 
 
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2018年08月17日

盆明け

■■ 2018年8月17日 金曜日 午前8時20分
 
 今朝は涼しい。昨夜から急に涼しくなり出した。扇風機がいらないどころか、カーテンを閉めた。開けていると、風が入ってくるため。窓は開いている。夏の初め頃、寝るとき、窓を開け始めたのだが、そのときもカーテンは閉めていた。まともに風が入るためだ。その頃に戻っている。徐々にではなく、一日で。
 最近の最低気温は28度以上。熱帯夜としては立派なものだ。しかし、昨夜は21度まで落ちていた。これも急激。昨日よりも少し涼しいという話ではなく、その延長線上にない。いきなり一日で変わる。秋が一日で来るようなものだろうか。
 それで久しぶりに天気予報を見ると、朝は涼しかったと言っていた。ここが一番大事だ。晴れているのは高気圧が来ているからで、この高気圧が太平洋側から張り出してきたいつもの夏の高気圧ではなく、北からの高気圧らしく、これが乾いた空気を運んできたとなっている。湿気が取れただけでこんなに涼しくはならないので、空気が入れ替わったのだろう。そういえば風が強い。天気は風が運んでくる。だから台風などが来ると、バランスが狂うのかもしれない。
 朝、起きたとき、涼しいというより、少し寒い。当然掛け布団をしっかり使っている。朝の喫茶店までの道も嘘のように涼しく、陽射しのあるところでも平気。これで夏が去ったことが分かるが、これはまだ早い。まだ八月の中頃ではないか、秋には間があるはず。
 真夏の一番薄いカッターシャツから冬も着ているネルシャツに替える。外はいいが、喫茶店が寒いのではないかと思ったからだ。いつもより分厚い目のカッターシャツなのだが、暑くない。
 昨日はお盆の最終日というか、送り火の日。京都五山、所謂大文字山の山焼きで、「大」の字で有名だが、鳥居とか、舟形とか、全部で五箇所ある。五山の名前までは知らない。市内から見えている山のはずだが。
 この送り火が終われば夏が終わったことになる。その夜が熱帯夜でも問答無用。夏の終わりを宣言したので、そのあと暑くても、暑いとは言わない。
 送り火が夏の終わりを知らせる行事ではない。しかし、そういう季節感がある。祇園祭の頃が一番暑い頃。だから送り火まで我慢せよという話。
 近所の神社の盆踊りも最終日。雨が少しあったのか、中止かどうかが曖昧なままだったが、踊り出したようだ。踊りにくいほど雨が降ったようだが、すぐにやんだのだろうか。
 当然今日は盆踊りはない。送り火後なので、もう先祖はあっちへ戻っている。盆の休みで故郷へ帰っていた人達も、戻っている。
 送り火の時間帯が問題で、暗くなってからだが、普通の家庭でもやっている。やはり明るいときには先祖はまだいる。暗くなってから行く。これは地方によって違うはず。先祖はどこから来て何処へ戻るのか。送り火のときに戻るので夜立ちだ。
 送り火後の盆踊りは、先祖がいないのだから、誰に見せる踊りなのかとなるので、これはできない。雨の順延もなかったりする。盆が終わっているので、先祖もあっちへ帰ったので。
 しかし、そんなことを思いながら踊っている人は少ないだろう。
 まあ、今朝の涼しさで、夏が去ったというよりも、暑さのピークは過ぎたということだろう。夏休み的には心細い頃。月末まで、もうそれほど日にちはない。
 お盆を過ぎれば涼しくなるというのは、今年はピタリと当てはまった。しかし、今朝のような涼しさのまま秋になるとは思えない。戻りがある。しかし、猛暑という言葉は、それほど出なくなるだろう。
 これで、自転車散歩も楽になるが、日が落ちるのも早くなる。
 
 
 
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2018年08月16日

盆踊り

■■ 2018年8月16日 木曜日 午前9時15分
 
 今朝は曇っており、蒸し暑い。気温は28度ほどと夜と変わらない。曇っている日は朝夕の気温差がない。雨の日とかだ。しかし、昨日は雨が降るほど曇っていたのだが、陽射しが出て、そのときは暑かった。
 昨夜は寝苦しい夜で、28度あるので、完全に熱帯夜だが、いつもの夜よりも暑く感じた。湿気が強かったのかもしれない。それで扇風機をつけると、寒くなりすぎる。消すと暑くなる。
 こういうとき、リモコンがついているので楽といえば楽。ただ、電源を落とすと初期値に戻ってしまう。そのため、首の角度も。そして風の強さも。当然首振りも初期値に。だからリモコンのボタンを二箇所ほど押す必要がある。前回終了時を記憶していてくれると有り難いのだが。
 有り難いとは、なかなかそういうことはないということだろう。
 お盆の真っ只中にいるようで、盆踊りをやっているのをちらっと見る。近所のスーパーへいくときの通り道なのでわざわざ見に行ったわけではない。ポツンポツンと雨が落ちていたのだが、決行したようだ。その程度の雨なら、汗をかいた程度の濡れ方だろう。しかし、例年よりも人は少なかった。雨のためだろう。傘を差してまで見には来ない。
 少しだけだが屋台が出ているので、小さい子を連れて見に来る人がいる。裸電球の縁日の光景に近い。昔はローソクだったのだろう。松明だったかもしれない。
 電球は一定の明るさだが、ローソクや松明は揺れたりチカチカする。こちらの方が神秘的だ。
 盆休みも真っ只中のようだが、町の様子は普段と変わらないが、住宅地の中を抜けるとき、お経が聞こえてきたりする。
 今朝は蒸し暑いが、風がある。これで助かるのだが、空は不安定。猛暑日が続いていた頃は安定している。ただ単に暑いだけなので、分かりやすい。湿気とか低気圧とかになると、分かりにくい。
 流石にお盆なので、夏の勢いは衰えているためか、いつもの移動範囲内での道中は凌ぎやすくなった。しかし暑いことは暑い。少しまし程度。
 この前までは暑くて昼寝が難しかったが、最近はしっかりと昼寝ができる。
 しかし、夕方になるのが少し早くなったような気がする。一番昼が長いピークは六月の末あたりなので、それからしばらく立つので、昼が短くなっていくし、また太陽の高さが真上からやや落ちている。だから影が長くなる。一日や二日ではその変化に気付かないが、二ヶ月ほど立つと、目でも分かる変化。ただ、以前の状態を覚えていないといけないが。そうでないと、比べられない。
 いつも通る日影の道。真夏では狭いが、それが拡がっている。幅が拡がっているのだ。冬になると、もっと拡がり、陽射しのある路を通るようになる。少しでも寒さがましなため。
 こういうのは太古から変わっていない。だからそういうのを見ていた人は、今と変わらないものを見ていたことになるのだが、その変化などに神秘的なものを感じたかもしれない。
 
 
 
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2018年08月15日

真夏の自転車

■■ 2018年8月15日 水曜日 午前8時37分
 
 今朝は雨のようだ。曇っている上、ポツリポツリときている。傘を差すほどではない。昨日は夕立が来そうで来なかった。雷は鳴っていたのだが、降らなかった。
 今朝は最初から曇っているので、雨の一日になるかもしれない。台風が来ているので、その影響もあるのだろうか。ただ、風は弱い。まあ、台風が通過している場所は遠いので、直接の影響はないのだが。
 このところ台風が多く発生している。まるで魚雷が突っ込んでくるような感じだ。
 雨の日に多くあるように一日の気温が同じ。それに今日は近いと凌ぎやすいだろう。夜は28度。これは高い目。しかし、朝、起きたときは29度。この時間30度になるはずなのだが、上がらない。このまま上がらなければ昼間の暑さが凌げる。ただ、天気はよくないが。そこはよくないが、過ごしやすい。
 ただ、本降りになると、雨でウロウロしにくくなり、凌ぎやすくはないが。それでも雨は久しぶりなので、これは待っていたようなもの。待望というやつ。夕立ではなく、半日ほどは降っているような。
 昨日は朝の喫茶店からの大回り散歩に出てしまい、暑くて何ともならなかった。気温を読み違えたようなもの。結構暑さはましになっているはずだと思っていたのだが、そうはいかなかった。
 いつもの散歩コースから出てしまったため、これは遠征に近い、遠出だ。
 しかし、たまに少しだけ沖に出てみたい。僅かでも沖に出れば、それでいいと思いながら、北へ向かった。これは帰りの方角とは逆。だから回り込んで戻るというわけにはいかない。
 結局大したところまで進めなかったが、忘れていたような道に入り込み、そこをウロウロする。これはダンジョンコースだ。一度通ったはずの路もあるし、初めての路もある。
 その道沿い、不思議と歯が抜けたように家が消えている。休耕田があちらこちらにあるような感じ。更地と言うより草が生えている四角いのが家々の間に点在している。自然にそうなったとすれば、築の問題かもしれない。木造の日本家屋なら100年ほどは持つ。しかし、そう言う昔からの日本家屋ではない家はあまり持たないのだろうか。だから取り壊したのかもしれないし、ここに越してきた若い夫婦も年老いて亡くなり、子供はそこには住まないで、出ていったまま、というタイプだろうか。団地のようなものだ。それの一戸建てタイプ。マイホームだ。ただ、古い時代のようでガレージとかがなかったりする。二世帯は住めない。
 それで、その四角い空間、原っぱだが、伸び放題ではない。売っているのだ。ただ、伊丹と川西の間ぐらいにあり、伊丹の外れだし、川西の外れでもある。もう少し川西側へ行けばイチジク畑がある。ここで朝に摘んだものがいつも行くスーパーの果物コーナーに並んでいたりする。名物であり、特産品。
 まあ、このあたりは植木屋などが多い。庭木などを売っている。
 今は産業道路が走っているが、昔は多田街道が北へ延びていたのだろう。川西を貫いて山の向こう側まで続いている。意外とそこから有馬や道場、三田、丹波あたりへ抜ける道があったりするが、自転車では無理。昔はバイクで、そういった狭い道を走っていた。家から見える山の裏側だ。それらの山が大阪平野の壁。ただ、イメージが悪いので、裏とはあまり言わなくなった。裏六甲とか。三田方面からだと六甲山は裏ではなく、表だろう。神戸の手前に立ちはだかる壁。
 それで暑いので、引き返してきたのだが、流石に自販機を探して、お茶を飲む。しかし、そこはいつもの散歩コース内なので、もう戻ったも同然。そこに自販機があるのを知らなかった。細い道ばかり走るので、自販機も少ない。
 そして、思い出すと、そう言えば公園前の普通の家の前にあった。まったく意識して見ていなかったのだ。朝のちょっとした散歩は自販機を必要としない。つまり給水だ。
 喉が渇くというより、汗をかいたので、水分を入れないと、まずいと思っただけ。ただ一口でいい。飲むと倍ほどそのあと汗が出る。
 避けていた真夏の遠出だが、できないわけではない。上手く日影を見付けたり、日陰に入り、休むようなほどのスピードに変えたりすれば、何とかなる。日影さえあれば行けるが、坂道があると十倍ほど消耗する。そこは電動アシストでないと無理。強引に漕ぐと大汗をかくし、息もしんどい。わずか数メートルの距離だが一キロ以上走ったほどの疲労感。だから、降りて自転車を押す方がまだまし。それでも重い荷物を持って坂道を登るのだから、きつい話だが。
 まあ、炎天下、ウロウロするものではないが、初めて見るような風景があり、それが土産になる。
 
 
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2018年08月14日

水遊び

■■ 2018年8月14日 火曜日 午前8時20分
 
 今朝も晴れている、昨日の夕方、夕立があり、そのとき降ったのだが、短い時間。今朝も似たような空で、陽射しのあるところでは暑い。日影ではそれほどでもない。陽射しのあるところでも、以前ほどには焼けるような暑さではない。わりと平気で炎天下を移動していたりする。暑いというのをそれほど意識しないで。猛暑で暑いときは、暑いと言うことしか思わないで移動していたりする。
 しかし、基本はこの時期なので、暑いことにはかわりはない。
 お盆の頃、涼しくなってきた印象と、暑いお盆というのも印象としてある。
 蝉捕りや魚採りはお盆のときは中止。これは敢えてお盆に殺生することもなかろうということだ。また海水浴も、お盆まで。お盆を過ぎると流しものがあるので、それが鬱陶しいのだろう。川から精霊流しのものが流れ込んでくるため。
 ただ土用も海水浴は控える。これはまだ七月の話なのだが、所謂土用波、これが来るので、波が高いので、海水浴はしんどいという程度だが。
 海水浴というのはお金がいらない。ただ着替えるため、海の家などでお金がいるが、駅のトイレで着替える人もいる。流石に駅なので、シャワーはないが、普通の水道や水飲み場で洗う。噴水などあるとありがたいが、流石にその中に入って塩気を流すということは控えるべきだろう。また、コンロッカーでの着替えは箱の並びがまさに風呂屋と同じなので、相性がよかったのだろう。
 浜辺には浮き輪のレンタルがある。しかしそれは車のタイヤのチューブ。まあ、普通の浮き輪よりも丈夫だだろう。重い車を乗せても大丈夫なほど頑丈。ただ空気入れの先が飛び出ており、これが胸に当たると痛い。
 当然川でも泳げた。家族連れで泳ぎに行ったことがある。自転車ならすぐだが、バスなどを使うと、乗り換えないといけない。そういう場所ではないので、便が悪い。当然何の施設もない。
 川では泳ぐよりも、潜って魚を捕ることに専念。当然水中眼鏡や、シュノーケルが必要。ピンポン玉が付いたチョウチンアンコウのような玩具だが。潜るとピンポン球が弁の役目をするが、当てにならなかった。
 だから、潜らないで、顔だけ水の中に入れる程度。
 ウナギの稚魚などがいた。蛇もいた。これを間違えると大変。
 これは伊丹市内の武庫川の話。一本松と呼ばれていた。自動車教習所になって、寄りつけなくなった。ただその上流は、まだいけた。その近所の子供が、大人になってから話を聞いたのだが、海戦をやっていたらしい。軍艦を作っていたのだ。といっても筏だが。
 パシャパシャと水浴びをするような大人しい遊びではなかったらしい。
 魚などもすくうのではなく、石を投げて殺していたようだ。そういう漁もあったのかもしれない。あったとすれば石漁だ。
 今はそのあたりは高層マンションが建ち、そんな野蛮なことは当然できないし、地の子供達も、受け継がれていない。
 戦後すぐのころの子供は、危険とかのレベルをもっと知っている。そんな川での海戦など大して危険ではなかったのだろう。
 
 
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2018年08月13日

都はるみ二冊の本の続き

■■ 2018年8月13日 月曜日 午前8時40分
 
 今朝も晴れているが、雲が多いようだ。気温は高い目で、昨夜は充分熱帯夜の気温になっていた。種類の違う雲がある。昨日の昼間はよく晴れて、入道雲が出ていた。こういうのは夏の終わりほど派手なのが出たりする。そのまま雨が来るかと思ったが、来なかった。それで、ムシムシし、結構体にきつい。風が強いときもあり、そのときはましだが、ピタリと止まると、厳しい。
 八月半ば、もう少しで15日になる。ここを過ぎれば涼しくなるはずだが、毎年言っている。そういう年もあるし、そうでない年もあるのだが、いずれにしてもそのうち冬が来る。
 夏が秋まで延長し、秋がなかった年もある。秋らしい後半は既に寒くなりすぎ、早い目の冬。遅い目の夏、夏の延長で、秋時間を食っているのに、冬が早い。それで、四季ではなく、三季になっていた。当然三季という言葉はない。日本語変換のATOKでも出ない。しかし、その組み合わせを学習するだけではなく、言葉として登録される。これは怖い話だ。変換されない方が、そういう言葉がないことに気付いていいのだが。
 このところのニュース画面でも、猛暑とか、危険な暑さなどの見出しがなくなっている。35度程度までなら、もう普通なのかもしれない。予測最高気温が40度近くでないと、騒ぎ立てない。
 今日のニュース画面では東日本の空気が不安定で、大雨が降るかもしれないとなっている。局所的な豪雨だろうか。ゲリラ豪雨のようなものだろうか。夏の終わり頃、そういう雨が降る。
 入道雲はいきなり湧き上がるが、一時間も持たないらしい。当然形がドンドン変わる。
 しかし、この入道雲、相当高い。数キロ以上あるだろう。豪快な夏の空を演出している。
 昨日はムシムシするし、身体もえらいので、夕食を作る気がしない。そこで最近の切り札であるコンビニビーフカレーを食べる。ご飯はあったので、それだけでいい。コンビニで見ると、兄弟品としてビーフシチューもある。出汁というかスープが違うだけのもので、同じに肉だろう。この肉の量が多くて大きい。だからカレーではなく、肉を買っているようなもの。野菜など蹴飛ばして、肉だけを食らう図。
 100円ほどのレトルトカレーは胸が悪くなることがある。少しでも高いタイプの方が、それが少ない。値段と比例していたりする。
 この肉はかなり煮こんだもので、これは作るとすると大変だろう。フライもののように、余計なものがついていないので、肉だけ。
 今朝のお供のカメラはオリンパスのM5マーク2。ミラーレスで、高倍率標準ズームキット。これは新品で誕生日カメラとして買ったもの。28から300までの防水性のあるレンズがついている。ボディーも防水性がある。まあ、真面目なカメラで、このセットだけで完結している。レンズは一本ですむが、広角は28ではなく24ミリまで欲しいところ。望遠は300で頼りない。最近持ち出しているパナソニックのネオ一眼は1200ミリまであるし、広角は20ミリ。これではミラーレスも叶わないのだが、しっかりとしたメタルボディーで、作りがいい。ファインダーを覗くと、一目瞭然。大きく鮮明。ただ液晶が横開きなのが残念。まあ、このタイプのカメラ、昔のOMのように、普通にファインダー撮影だけでいいだろう。液晶もいいが、結局ピントがよく見えなかったりするので。
 このカメラのAFは一点AFでプログラムモードがいい。とっさの場合人を引っかけられないが、静物なら、AFフレームがドタバタしないので、安定している。あまりオート化は進んでいないのが、逆によかったりする。それだけに真面目なカメラ。
 シャッター音はこのクラスで最小だろう。もの凄く小さい。電子シャッターではなく、機械式シャッターでも。音が小さいので、音で気付かれにくい。
 まあ、オーソドックスな普通のスタイルで写すカメラ。28から300と大人しいが、35から70の昔の標準ズームから見れば、300ミリは効く。
 
都はるみ
 都はるみについて書かれた二冊の本。有田芳生の「歌屋 都はるみ」と大下英治の「都はるみ 炎の伝説」の続き。
 前回は「あんこ椿は恋の花」のエピソードだったが、その前の話も、興味深い。まだコロンビアに入る前、そのコンクールの大阪予選の話。
 こういうのを受ける人は音楽学校や音楽教室に通っている予備校生のような人が多かったのだろうか。まあ、その道を進むのなら、独学よりもいいのかもしれない。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」によると、母親はまずは大きな京都の音楽学校に入れたのだが、途中から別の学校に変えている。より歌謡曲寄りの学校へ。そこからコロンビアの新人が出たためだろうか。実績がある。
 音楽学校なので、都はるみは楽譜も読めるはずだが、あまり好きではなかったようだ。楽譜など見なくても何度が聞けば覚えることができたらしい。このあたり、美空ひばりと似ている。
 五線譜、それは後付けのようなもので、日本の歌というのは、民謡とか、浪曲とか、音頭とかは音符などなかったのではないか。節回しだけで持っているようなもの。
 しかし後ろで演奏する人、よく知らないが、伴奏かもしれないが、譜面がないと、演奏できないはず。しかし三味線にも琴や太鼓や笛にも、それに近いものはあったはず。
 都はるみのコンサートなどで、たまに音程が外れた。とか、自分で言っていることがある。歌っているときの感情の流れで、そんなものは外してもいいのかもしれないが。そのためか、同じ歌い方を二度とできないとも言っている。このあたりに、何か秘密があるような気もする。つまりアドリブが多いし、そのときの気分が反映してしまう。
 余談だがあんこ椿のヒットで、映画化された。都はるみも出ている。しっかりとセリフなどもある。それらは台本で覚えたのではなく、その場でセリフを教えてもらって覚えたらしい。だから、相手のセリフも入っていたとか。目ではなく、耳で覚えているのだ。
 芝居をした人なら分かるが、台本で暗記しても、いざ本番になると、真っ白になり、セリフが出てこない。覚えたはずなのに。一人でならセリフは出るが、相手がいると、出なかったりする。
 口移しで覚える。これは落語がそうだろう。
 
 さて、コロンビア大阪大会でのエピソードだが、意外と受ける人が多かったらしい。予想していたよりも。予約制ではなく、先着順だったのか。
 あまりにも多いので会場を二箇所に設けることにした。遅く来た人はデパートの屋上になる。
 大阪大会で、京都大会はない。だから都はるみ親子は電車で大阪まででやってきたが、時間的な余裕がなかったというより、どれぐらい掛かるのか、分からなかったのだろう。だから、少し遅い目に来たらしい。それでも遅刻というほどではなかったはず。だが、会場が二つ。ここで運命が分かれたということだ。
 何とか本会場組に入れたらしい。もう少し遅ければ、もう一つの屋上にある臨時会場になり、審査員のメンバーが違ってしまう。
 その審査をする人の中に、雑誌月刊平凡の編集者がいた。
 都はるみはトップではなかったが、二位だった。一位は大阪の名門音楽学校の生徒。確かに上手さでは勝っていたのだろう。
 話はこれで終わり、都はるみは北村晴美のまま終わったかもしれない。まあ、この母親は、それにも懲りず、また挑戦していたかもしれないが、それでは別の流れになり、別のタイプの歌手になっていたかもしれない。違うレコード会社なら市川昭介との出合いはなく、あんこ椿へと至らない。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」では、ここにはコロンビアの専属作曲家市川昭介は来ていない。では誰が引っ張って、東京へ連れて行ったのか。
 コロンビアの人と、月刊平凡の人が残念がった。何とか東京へ連れて行きたい。それで二位だが連れて行くよう何とかしたようだ。
 一位になった人は正統派らしい。都はるみも普通に歌っていたら、落ちただろう。上手い方を取る。しかし、そこに唸りが入った。個性だ。聞く側が驚くような何かがある。つまり新人らしい将来性を見出したのだろう。ちょっと変わっていていいかもしれない。そう感じたかどうかは分からないが。
 もし、一本電車を遅らせていれば、会場で歌っても、その二人は聞いていなかっただろう。この二人が本会場にいたからすくい上げられたのだ。
 大阪大会も受ける人が多いのだから、東京も含めた全国大会となると、これは大変な数。しかも予選で補欠のような都はるみ。
 地方大会で一位になった人達と同じ旅館で過ごしたらしいが、練習しているのを聞いて、みんな上手いと、親子で思ったらしい。
 それが文句なしで一位になる。審査員はより玄人の人達、しかも大物。プロ受けしたのだろうか。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」によると、都はるみは舞台で上がるようなことがなかったとか。まだ怖い物知らずなのだ。
 そして自分が歌う番になったとき、客席や審査員の顔などしっかりと見えたらしい。そして自分が好きな畠山みどりの作曲をした市川昭介を探したとか。そして、見付け、彼に向かって、思いっきり唸ったらしい。星野哲朗宅でシェパードが怯えて吠え、お漏らしをした、あの唸りの直撃を市川に食らわした。
 
 有田芳生の「歌屋 都はるみ」によると、その賞品が花嫁道具のように車で自宅に届いたらしい。その中にミシンがあり、それを自転車の後ろに積んで友達の家へ遊びにいったらしい。何故か無邪気だ。素直に喜んだようだ。
 ミシンなど遊び道具のようにして運ぶものではない。その問題よりも、まだまだ遊びたかったのだろう。
 
 さて、それでコロンビアの専属歌手になるが、給料がいい。ものすごい額。まだ十代半で、並の月給取りよりいい。しかし、着物を着る都はるみ。その着物代が大変だったようで、母親は借金をした。いずれも「あんこ椿」や「涙の連絡船」のヒットで返せたらしい。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」によると、そのまま市川昭介の弟子になったわけではなく、市川は断っている。気に入らないからではなく、凄すぎるからだ。責任が持てない。大変な逸材のためだ。
 しかし、説得されて引き受けた。東京の学校へ転入し、制服のままコロンビアに行ったり、練習に通った。市川宅での内弟子ではないが、通いの内弟子のようなもの。
 この師弟関係は市川昭介が亡くなるまで続く。年取ってからの師匠を、自分のコンサートに呼び、指揮を頼んだり、一緒に歌ったりしている。
 この師匠、他の作曲家が作った歌でも、レッスンしてくれたらしい。これはコンサートのとき、都はるみが語っていた。
 この通いでの練習、それほど忙しくはない。学校はあるが、家族と離れて、東京を満喫していたのではないかと思える。喫茶店ではホットケーキをよく食べたとか。
 
 デビュー曲は畠山みどりに近い浪曲的なものが少し入っている。まったく売れなかったわけではないが、大ヒットにはならなかった。二曲目が出たあと、市川昭介は、少し考えたようだ。少し歌が軽い。
 つまり、一曲目二曲目の流れで、都はるみの方向性が決まってしまう。しかし、まだ市川は都はるみの本筋が見えていない。
 それで市川は二曲目の宣伝を中止するように頼んだらしい。止めたのだ。これはというのがまだ掴めていないのに、売り出すわけにはいかなかったのだろうか。その本筋。それは星野哲朗を待たないといけない。コロンビアから与えられた詞ではなく、市川自身が託したい作詞家、星野哲朗で勝負したかったのだろう。それが「あんこ椿は恋の花」。これは前回書いたので、省略。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」によると、コロンビアの新人歌手になった頃の都はるみは、スタッフからの受けは良かったらしい。素直で、大人しく、恥ずかしがり屋。そして手の掛からない新人歌手だったらしい。芸能人ぽくないのだ。
 市川昭介から猫と呼ばれるようになったのは、恥ずかしいとき、猫が顔を撫でるように、手で顔を隠すような仕草をするためだろう。しかし、これが本質ではない。また本筋ではない。
 スタップが何が食べたいかと聞くと、ラーメンと答えたらしい。ラーメンで済む子だったのだ。しかし、本当はチャーシュー麺が食べたいのだが、それを言い出せなかったとか。
 スタッフはそれを知り、都はるみの夢であるチャーシュー麺を食べさせるが、中華料理屋などへ行かなくても、その辺の屋台にいくらでもある。
 紅白などでまだ若い頃出演したとき、歌い終えると下を向いてはにかみ笑いをしている。それがのちに好きになった人ニューバージョンで、腰を振り、舞台を走り回り、最後は飛び上がるパフォーマンスをするのだから、当時は考えられない話。
 だから都はるみは長い時間を掛けて、自分を発揮してきた歌手なのだと思う。
 永六輔の話では、恥ずかしいものほど、もっと恥ずかしいことをするらしい。それが祭りというものだと。
 さて、本筋はやはり「あんこ椿は恋の花」で決まったようだ。これで都はるみを決定付けた。
 都はるみはパチンコ屋から、自分の歌が聞こえてくるのを聞いたらしい。
 この歌が流行っていた頃の動画がある。鹿児島での公開番組だろうか。羽織を着たお婆さん達が客。その頃のパフォーマンスは、愛想一杯の都はるみで、目の動きや手の動きや首の動きなどは今とは全く違う。それを聞いている年寄りが目をまん丸にして聞いている。この子の何処からあんな声が出ているのか、驚いているように。
 こうしてやっと世に出てきた都はるみ、その後、歌謡界のトップに立つのだから、話はこれからだが、デビュー前後のエピソードが、一番よくその人を表しているように思える。それらは全て伏線で、その後の大活躍で、それが発揮される。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」と有田芳生の「歌屋 都はるみ」の二冊。少し食い違う点があるが、いい本だ。
 
 
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2018年08月12日

夏の大根

■■ 2018年8月12日 日曜日 午前8時38分
 
 今日は晴れているが蒸し暑い。雲も多く、黒い雲も混ざっているので、雨が降るかもしれないが、太陽はギラギラしている。あまり良い晴れ方ではなく、湿気が高いのか、まといつくような暑さ。
 これは秋の感じではない。そうかといって真夏の無邪気な暑さではない。夏が崩れたような暑さだ。気温はそれほど高くないのだが、空気が湿っているのだろう。
 日曜でしかも盆休みに入っているはずなのか、町は静か。車がガタンと減り、人も減っている。その手前頃、車の列を見たことがあるが、今朝はすいている。意外と伊丹方面から里帰りする人が多い。伊丹生まれで伊丹育ちというのは意外と少なくなりつつある。多くの人が引っ越して来た人。住む場所として。近くから引っ越して来た人ではなく、中国や四国、九州方面から来る人が多い。その方面から見ると大阪だ。
 近所の人も出身地が鹿児島だったり但馬だったりする。さらにその上にある島だったりする。その子供になると、もう言葉は大阪弁。ただ、その親は鹿児島弁だったり広島や岡山の言葉。だから意外とそちらの喋り方に慣れていたりする。
 村があり、農家があるが、これが果たして地元の人、地の人かというと、そうでもなかったりする。まあ、何世代もそこに住めば、地の人になるのだが、本当の地の人は実際にはいない。このあたり、猪名野笹原と万葉集で歌われていた時代は原っぱで、田んぼも家もなかったのだから。ここを開墾した人達が初代。奈良方面の寺領から来た団体もいる。そういうのはその村の神社の縁起などに書かれていたりする。出身地が同じ村人同士の結束のため、寺ではなく、神社を建てる。神様は実際には先祖神で、氏神様。しかし、その先祖神、曖昧で、日本の神様ではなかったりする。それが先祖ということになっている。何かの言い伝えだろうか。聞いたことのない神様だ。まあ、村長とか、首長だけでは弱いので、人を超えた何かをでんと据えたのだろうか。
 ただそういう氏神様と呼ばれているものも、その後、コンビニのような神様になってしまう。よく聞くような神様で、官製の神様だろう。
 だから氏子と言っても、藤原氏とかの「氏」の神様ではない。氏族の神を氏神というのかどうかは知らないが、仏様だったりする。それら神々や仏様などの身元も、遡れば、何かよく分からなかったりし、ただの言葉や、語呂だったりしそうだが。
 ただ、これを神にすると決めた時代があったのだろう。
 神社ができたのは、神様を祭るためではなく、出身の違う村人が混ざりだし、結束が悪くなったためかもしれない。
 誰も住んでいない野っ原、最初に入り込んだのは異国人かもしれない。
 
 大根一本を買っていたのだが、これはこの季節あっという間にしなびる。大根など一口食べればそれでいい。おでんの大根程度の量だ。これでも多すぎるほど。だから一本ではなかなか減らないだろう。夏場は半分のを買い、大根下ろしで食べていた。あっさりとしていていい。
 しかし、一本では多い。そこで切って蒸かした。それを冷凍にした。ところが、まだ柔らかくない。大根はやはりじっくり煮こまないと無理なようだ。それとその大根、少しスが入っていた。白い筋ではなく、まだ点状だが、いい大根ではなかったようだ。だから最初から硬いのだろう。
 大根は当たり外れがある。一本丸ごとだと、外れたときは残念だ。捨てるわけにはいかないが、そういうときは細かく刻んで食べればいい。これをさらに進めると千切り大根。それを干して乾燥させた物が売られている。もう乾物になってしまうが、戻せる。野菜を乾燥させると、別の成分が発生するのだろうか。まあ薬草なども乾燥させるが、これは生では煎じられないためだろうか。当然粉にして丸薬のようにするのだろう。
 しかし、昔の人は、この草は、これに効くとかが分かるまで、ものすごい冒険者だったのかもしれない。普段食べないような草を食べるようなものなので。
 犬や猫がたまに長い目で平たい草などを食べている。それで泡を出している。しがんで、汁を口に含ませているのだろうか。それとも苦ければ何でもいいのかは分からない。
 調子の悪いとき、白なが聞く。菜っ葉だが、これをとろとろになるほど煮て食べる。この白な、地の野菜。物心がつく前から食べていたのではないかと思える。菜っ葉を煮ただけのものだが、吹き出物とかができているとき、これを食べると治った。
 まあ、それで治ると思い、食べると治るものだが。
 それとおかずをこの菜っ葉だけで済ませるので、胃の休憩になるのかもしれない。
 
 
 
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2018年08月11日

お盆

■■ 2018年8月11日 土曜日 午前8時37分
 
 昨日は曇っていたが、今朝は晴れている。しかし、蒸し暑い。気温は大したことはないのだが、湿気が高いのだろうか。
 昨日の夜は久しぶりに扇風機をつけて寝ないといけないほど。しかし途中で寒くなってきたので、消す。
 多少凌ぎやすくなっているのだが、この時期体がだるい。そろそろお盆なのか、帰省ラッシュのニュースが見える。毎年お盆は何日なのかと考えることがある。これだけ大きな行事のようなものなのに、日にちがはっきりとしない。カレンダーにもないだろう。盆と正月。この二つは大きい。正月は分かりやすい。年の初め。1月1日。お盆は15日あたりが目安。迎え火とか送り火とかがあるので、一日ではない。先祖は二泊三日ほどではないかと思える。
 そしてお盆休みというのも曖昧。当然お盆は祭日でも祝日でもないはず。しかし頑固にお盆というのはなくならない。これは精神的なものが大きいのだろう。先祖崇拝的な。まあ、精神的というより、より具体的だが、先祖がいないと自分もいないのだから。そして何らかのものを受け継いでいる。これも具体的だ。物理的に。
 先祖というのは辿りすぎると、アフリカの一人の女性に行き当たってしまいそうだが、それは猿ではないし、類人猿でもない。
 今も何処かの森で人間になりつつある猿がいるわけではない。猿の枝を選んだ時点で、猿は猿らしい。
 もし人の先祖が猿なら、お盆の時、猿をお迎えしないといけなくなる。しかし猿は自然現象だが、お盆は文化。人が人自らが作ったもの。猿が作ったものではない。猿は猿の文化があるが、猿自身が語る文化ではなく、人の文化を猿に当てはめているだけ。
 猿の文化というか、猿の社会では猿は猿を殺さないというのが有名だが、これは映画猿の惑星の話。仲間を殺す猿が現れる。
 さて先祖崇拝だが、それがお盆の根元にあるようだが、そんなアフリカの一人の女性の話ではなく、少しは記憶にある先祖のこと。お爺さんのお父さん、お婆さんのお母さんレベルの近さだろうか。
 孫か、曾孫に当たる人なら、何となく覚えている。孫なら、確実に覚えているだろう。曾孫になると、幼い頃の記憶にあるかどうかさえ曖昧になる。だから、知らない上の代。さらに上にいくと、写真さえないだろう。また、もう誰も覚えていない先祖もいるはず。
 ただ盆踊りの先祖というのは、個人的な家族ではなく、村単位だったのかもしれない。まあ、村人が殆どが親戚なら、そんなものだろう。
 盆踊りは村人の先祖を相手にするが、小学校の校庭でやる盆踊りは、村単位ではなく、学区単位。これは血縁はないが、地縁がある。
 盆踊りの原型は何かよく分からない。仏事でも神事でもないのかもしれない。何故が原始人が踊っているように見えてしまう。
 当然それらが続くのは、楽しいからだ。盆と正月が一緒に来たような楽しさ、というほどなので、普段食べないような御馳走が出たり、普段は飲まない酒を飲むのだろうか。要するに娯楽だ。
 そういう日が年に何度かあり、それを楽しみにしていた時代もあるのだろう。
 お盆の里帰り、藪入りだ。出身地の村へ帰る。だから奉公で出ていたのだろう。その名残か、帰省ラッシュとなる。村には先祖の墓があり、これは具体性が高い。土葬なら物理的に全身の骨がそこにまだ埋まっているだろう。
 弥生時代の住居跡から骨が出たというニュースなどがあるので、結構残るものだ。
 
 
 
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2018年08月10日

「信長の棺」テレビでドラマ

■■ 2018年8月10日 金曜日 午前9時35分
 
 今朝は久しぶりに雨。長雨があったがその後長く降らなかった。雨のことなど忘れていたのだが、前回降ったとき、合羽を買っていたのを覚えている。雨よりも風でやられて傘の骨が折れたときだ。あれは台風だったのかどうかも忘れた。
 朝、起きたときから部屋が暗い。いつもなら晴れているので、明るい。それに遅い目に起きてきたので、もっと明るいはず。
 今日は久しぶりに曇り日だと思っていたのだが、寝起き、喫茶店へ行く道中で雨が来た。誰かが「ぱらっときてる」との声。そういう声を町内で聞くときは、洗濯物云々が多い。喫茶店まであと僅かなので、傘を差さないで、そのまま突っ込むと、そこそこ濡れた。夏の雨。猛暑日の雨なら涼となるが、既に昨日などは35度に達せず、30度を少し越えたところが最高気温。最低気温は27度か6度ほどあるので、熱帯夜だが、もう扇風機は寝るときいらない。
 要するに暑さの勢いが衰え、しかもずっと晴れが続いていたのだが、それも途切れた。これで区切りができた。変化したのだ。
 来る日も来る日も晴れ、そして暑いというのが長い間続いたが、それが途切れたことになる。途中で台風が来たのだが、過ぎてから、また暑い夏に戻るが、そのあたりから夏が衰えだしていた。その後も晴れが続いたが、台風前と、あととでは違っていた。
 西回りの台風も珍しかったが、あれがこの夏最大の見せ場だったのかもしれない。
 昨日は夏バテか、夏風邪かは分からないが、少ししんどかった。これは季節の変わり目によくあることだろう。空気が少し違ってきており、涼しくなってきたためだろう。
 お盆になると涼しくなる。これは毎年言っているのだが、今年は早い目に落ちたようだ。しかし、このあとどうなるのかは分からないのが天気。八月目一杯までまた猛暑が来る可能性もある。天気予報は見ていないが、特に変化がないので、見ないだけ。
 晴れが続き、暑い日が続いているときは、見なくても、昨日と同じだと思うためだろう。

 昨日は「信長の棺」だったと思うが、それがネットの動画であったので、見る。映画だと思っていたのだが、テレビドラマだった。しかし中身は映画だ。テレビ時代劇でよく見かける俳優が出ており、これは馴染みがあっていい。
 この「信長の棺」。本で読んだことがあるが、忘れてしまった。これを出した出版社の人からもらった。読む気はなかったのだが、信長物なので、馴染みがある。
 原作よりも、テレビ時代劇の方がよかったりするかもしれない。脚本や俳優の影響が大きい。
 ドラマでは太田牛一だったと思うが、有名な「信長公記」を書いた人。この人が主人公で松本幸四郎。普段は信長に代わって手紙などを書く人だ。祐筆だろうか。側近中の側近かもしれない。だから事務方。
 明智光秀の子孫が書いた本能寺の変の謎を解いた本が最近出ていたりする。またテレビアニメでNHKでもやっていた「へうげもの」も、本能寺に迫っていた。
 このドラマでは、信長の死体がないという話。蘭丸の死体もない。焼け跡から見付かるはずなのだが、それらしいものが発見されない。そのため、亡くなってから一年後の葬式のようなものでは、棺の中に信長はいない。
 太田牛一は本能寺のとき、安土城にいた。安土城ができてから三年か四年後、本能寺となる。そして城があったのは僅かその期間だけ。
 太田牛一は信長から頼まれた品を持ち出し、安土城を出る。この安土城の内部、結構よくできている。
 土中に埋めて隠したのは金塊。先に京に発った信長から連絡があれば、これを持ってくるように頼まれた。これは話としては、大したことはない。御門との関係で使うものだったとなっている。信長は天子様を越えようとしていたのではないかという説も多いのだが、その逆だ。
 そして、土中に隠したあと、武者に襲われる。明智方か柴田方かは分からない。太田にしてみれば、すぐに乱を押さえに来るのは一番近い柴田だと思ったのだろう。
 滝川は関東近く、旧武田領あたりにいるので遠い。丹羽は四国、しかし、実際には大阪で兵が集まるまで待っているので、これが一番近い。当然もっと近いのは明智だが。
 襲われた太田を救った別の部隊が助け、隔離される。しかし、安土城から持ち出した織田家の古記録なども運び込まれている。助けたのは秀吉の命を受けた前田利家。このとき、もう柴田は終わっていたのだろう。利家は秀吉のことを大殿と呼んでいる。
 太田は秀吉を小賢しい男として、あまり好きではないようだ。それとその仕草や物の言い方が信長の猿真似だと。
 要するに嫌疑が掛かっていたので、ほとぼりが冷めるまで、守っていたという話。それは安土から財宝を持ちだしたのではないかということ。
 そのほとぼりが冷めたので、秀吉は三倍の禄で雇うと言ってきた。このとき、まだ信長公記の話はないし、そんな本もまだない。要するに有名な文筆家だったのだろう。文章が上手いと。
 浦島太郎状態だったので、本能寺の一報から先のことは何も知らない。その話を元同僚に聞く。蟹江敬三だ。懐かしい。その蟹江敬三とは同僚なので、友達のようなもの。独り身の太田を世話する女人を世話する。このとき、蟹江も知らなかったのだが、山の民の娘。これは本能寺の謎への伏線。要するに、死骸がないのは逃げたと言うこと。本能寺から抜け出す抜け穴があったと言うこと。これを掘ったのが山の民。秀吉の墨俣一夜城などでも活躍したのも山の民系、蜂須賀党などがそうだったと。こういう山の民系はよく出てくる。
 太田は山の民の娘を助手にして、探偵を始める。松本幸四郎なので、鬼平犯科帳か、むっつり右門捕物帖だ。まずは愛宕神社。「時は今、雨のしたたる五月かな」などの連歌を残しているのだが、その原文を見せてもらう。原文か、神社での記録かは分からないが、世間で言われている文句と少し違う。雨のしたたる、というところが違う。時とは土岐。明智は土岐源氏の流れを汲んでいる。それが天下を取るという句だが、そうでなく、下るが違う。そのため、この時点ではまだ謀反を起こす気にはなっていないと。
 まあ、ドラマはドラマ、しかし、ミステリー物、探偵物のように仕立てている。結局、誰かと愛宕山近くで会ったのではないかとなる。その近くでそれ風なものとして堺の商人の別宅がある。そこである公家と会ったのではないか。これは勅旨だろか。信長を賊にするための。将軍が出すのではなく、御門が出す。これがあれば、反逆でも謀反でもない。官軍だ。
 その口約束後、敵は本能寺にありとなる。しかし、そんな命を御門は出すことはなかった。
 その密談を聞いていた二人の忍者がいたのだろう。一人はさっと中国の秀吉へ走り、一人は堺にいる家康に知らせたというお話しになる。あくまでもお話し。
 では信長と蘭丸は何処に。抜け穴から抜け出していたのなら、その状態で、明智は終わるし、柴田と秀吉の戦いもない。
 ドラマでは確かに抜け穴から逃げ出しているのだが、出口近くが塞がれている。その抜け穴を知っている秀吉が埋めたのだ。だから信長の死体は穴の中。そこで自刃した。
 これには伏線があり燃えさかる本能寺にいた使用人の女性が最後の姿を見ている。防戦していた信長が奥へ向かう姿を見ている。その表情は暗くない。
 太田は抜け穴を地図でも調べている。南蛮寺と繋がっているのが分かる。それらしい建物は、それしかない。信長が保護していた教会のような寺なので。
 太田の助手をしていた山の民の娘、抜け穴を調べようとして、怪我をする。それで有馬へ湯治に行く。そこでも、秀吉のトリックを見破る。かれかかっていた湯を杖か何かで突くと盛んに湧き出す。奇跡だ。これは何かを詰めていた。その詰め物の土のような物が特殊な匂いがする。鉄のように硬くなる土で、山の民が使うもの。
 そしていよいよ、山の民の娘と、太田は、丹波へ向かう。彼女の故郷。そこに彼女のお爺さん(夏八木勲)がいる。長老だ。本能寺の抜け穴の秘密を聞くが、答えてくれない。秘密だ。身内以外には話せないと。
 しかし、山の民の娘は太田の子を宿していた。それで身内ということに強引になるのだが、抜け穴の秘密や、信長の死骸はどこへ行ったのかを知っている坊さん(内藤剛志)から教えてもらう。
 と、まあ、ドラマとしては見ていてわくわくするので、それでいいのだろう。
 細かい話は別にして、茶の間で楽しめるテレビで時代劇で、お馴染みの役者達、そしてお馴染みの登場人物達なので、それだけでも結構満足した。やはりベテラン俳優が揃えば、その演技だけでも充分見てられる。
 
 
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2018年08月09日

有田芳生「歌屋 都はるみ」と大下英治「都はるみ 炎の伝説」2

■■ 2018年8月9日 木曜日 午前8時31分
 
 今朝は珍しく曇っている。これも台風の影響だろうか。北へ抜けていくようなので、大阪方面は関係ないのだが、何らかの影響があるのかもしれないし、また曇っているのは別の理由かもしれない。しかし風が結構ある。このおかげで涼しさとなる。
 昨夜はその前日ほどには気温は下がらなかったが、扇風機を使わないで寝ることができた。これは大きい。それと夕方あたりからの凌ぎやすさも。
 流石に昼間はまだ30度少しあり、陽射しがあると、これは暑いが、焼けるような暑さはなくなっている。しかしきつい暑さよりも、このあたりの暑さの方が効いたりする。遠火の照り焼きのように。これはそれほど暑いとは思っていないので、油断があるのだろう。
 それと暑さが静まると、ぐっと体がしんどくなることもある。暑い最中よりも身体がえらかったりする。涼しくなると、疲れがどっと出るというやつだが、そんなに疲れるようなことはしていなかっても、暑さ疲れてというのがあり、暑いだけで、疲れるのだろう。
 今年はものすごい猛暑で、異常な暑さらしいが、五年ほど前の夏の方がきつかった。その当時は猛暑日が連続するのは珍しいとなっていた。今回の気温よりも、その当時の大阪方面での気温の方が高かった。だから、今年はそれに比べるとましな方。
 昼間部屋でいつものところで座っていられなかったほどで、何度か立たないと、耐えられなかったほど。夜も暑く、扇風機と体の距離をかなり近付けていた。それでも寝苦しく、汗ばんだ。今年はそういうことはない。扇風機は遠くに置かないと涼しすぎるし、また途中で、切ることも多かった。
 今年も暑いことは暑いが、炎天下でも、日影が少しあれば、凌げる。長く陽射しを受けると流石に厳しいが、日影を自転車で走っているときは、気持ちがいいほど。まあ、都合よく日影があっての話だが。
 昨日は暑さがましになっていたので、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩を果たす。今まで知らなかった通りを見付け、そこを探索する。通りと言うより生活道路。路地だ。細かく探せばまだ未踏地はあるようだ。ただ、昨日は偶然見付けただけで、これはコースを少し変えることで、見えないものが見えたりする。
 流石に炎天下はきついが、暑かった頃に比べればまし。
 昨日持って出たカメラはパナソニックのネオ一眼。安っぽいカメラだが、そこそこ写る。それよりも20ミリが使えるので、これが効く。当然ネオ一眼なので1200ミリまでいける。この振り幅は大きい。
 液晶は回転しないが、タッチパネルに対応している。滅多に使わないが。また回転しないので、手かざしになるが、それほどカメラを上げないで、斜め上から見れば、何とか分かる。当然ファインダーも付いている。解像力は大したことはなく、ファインダーも小さいのだが、液晶が見えにくいときなどは重宝する。その切り替えは手動。自動切り替えではないので、逆に安定していたりする。ズームも早く、ピントも早い。カメラレベルは低いが、取り扱いが楽。もの凄く頑張ったカメラではないので、逆に気楽に写せる。カメラが大きいので、振り回しやすい。
 画質はコンパクト系の並レベル。結構写っているので、問題はない。
 ミラーレスとかがあるのだが、結局は20ミリから1200ミリまで一台でやってしまえるので、画角の自在さが良い。受光素子が小さいので、できることだ。
 晴れて明るければ、感度は80まで下がる。かなり低感度になり、このときのタッチは結構上品。
 
都はるみ
 都はるみについて書かれた二冊の本。有田芳生の「歌屋 都はるみ」と大下英治の「都はるみ 炎の伝説」の続き。
 伝説のようなものだが、そのエピソードが興味深い。
 都はるみがまだ小学生の頃、歌の学校へ通っていたらしい。しかし、サボりがちで、バス代を浮かしてお菓子を食べていたとか。そして、お隣さんの家に隠れて、行った振りをしていたとか。歌が好きで好きでというエピソードとは合わないのがいい。
 歌の学校では小学生では歌謡曲は歌えないらしい。しかし老人ホームか何処かの慰問では歌謡曲を歌ったらしい。中学生にはなっていなかったが、上手かったのだろう。
 都はるみが歌い出すと年寄り達が下を向いてしまったとか。泣いているのだ。
 そして中学生などがそのあと歌うのだが、都はるみのあとで歌うのを嫌がった。
 そう言うのを聞きに来ていた大阪の音楽事務所のようなもの、これは興行師だろう。それが目をつけ、大阪の超一流のキャバレーかクラブだったと思うが、そこで歌わせた。年齢的にはまずいので、年を誤魔化したらしい。
 歌を聴き、感動した客の会社社長が食事に誘ったが、京都大阪間なので、終電の問題があるのだろう。断った。すると、祝儀袋を渡された。これで帰りに何か食べて、ということだが、半端な額ではなかったようだ。
 年寄り達を泣かせ、クラブでは見知らぬ人からご祝儀をもらう。それだけの歌の力が、この当時からあったのだろう。こういうのが自信になるはず。
 二冊の本とも、似たような話の展開になっているが、歌手へのきっかけとなったコロンビアの全国大会の前に、とあるレコード会社でオーディションを受けたのだが、落ちている。どんな感じだったのかは大下英治の「都はるみ 炎の伝説」側で書かれているので、いい補足になっている。
 京都で見出し、大阪の超一流クラブで歌わせた人のすすめで、一緒に売り出し中の橋幸夫のいる東京のレコード会社へ行った。その本では吉田正をメインとする会社なので、都はるみの歌い方は合わないというものだった。それが落ちた理由。
 このあたりで歌っていた歌は畠山みどりや、こまどり姉妹。母親の好みもあるが、都はるみも好きだったのだろう。
 そのために宮本武蔵の二刀流開眼ではないが、唸り節の開眼がある。唸れるようになったのは、小さい頃からではなかったようだ。
 実際には、浪曲のようには唸れなかったらしい。無理に唸ると、喉が壊れる。これはただのダミ声だろう。だから喉をつぶしてしまうと、今度は綺麗な声が出なくなるはず。だから浪曲や落語家のように、声を潰して、唸れるようになっても仕方がないのだろう。歌いたかったのは歌謡曲なので。
 大下英治の「都はるみ 炎の伝説」では浪曲漫才のタイヘイ夢路さんだったと思うが、それを真似るように、遊び盛りなのに、練習させれれたが、上手くいかない。それで逃げ回ったりしていたので、母親は練習すれば十円やるといわれ、その餌にまんまと乗ってしまったとか。単純明快な子供だ。しかし、唸れない。
 ある日、テレビでやっている弘田三枝子を聞いていると、唸っている。これは唸ると言うよりも、気張っているような声。演歌ではなく、ポップス系なので。そして一つか二つほど上だろう。ほぼ同世代。タイヘイ夢路よりも親しみがある。それで、会得したらしい。できたとき。すぐに母親に唸ってみせた。そのコツは下腹に力を入れることだったらしい。それだけのことなら、誰でも唸れる。その証拠に、その後、音楽学校の生徒にもそのことを教えてやったのだが、誰も唸れなかったとか。
 この唸りは必殺技で、オーディションなどでは畠山みどりの歌を歌う。そのとき、畠山みどりもよく聞くと唸っている。そこをもっと唸ればいい。
 この必殺技は母親が作ったもの。理由は個性。いくら歌がうまくても、個性がないと目立たないと考えたためだろう。
 普通の歌を歌っただけでも年寄りを泣かせ、見知らぬ人から祝儀がもらえる。だから普通に歌っても充分いけるのだが、もっと強い何かが必要だと思ったようだ。それが唸りだ。これは母親が考えたことで、都はるみはそれに従っただけ、歌の練習で外で遊べないので、嫌がることはあっても、結構素直に従っている。
 この二冊の本には出てこないが、昔の歌番組、二谷英明が出ている番組だが、その中で、初めて人の前で歌ったのは三歳のときと話している。これがデビューだ。地蔵盆関係で町内の人達とバスで遠足にでも行ったのだろう。その車内で歌ったようだ。だから歌うのが嫌いなら、三歳では歌わない。そしてこの頃から人前で堂々と歌えたのだ。本当なら恥ずかしいはずだが。
 
 さて、その唸りだが、一番好きなエピソードがある。二冊の本にも出てくるし、NHKの「私の歌の道」にも出てくる。「あんこ椿は恋の花」が出るときのエピソードでもある。これを作詞したのは星野哲朗。夜中、都はるみは市川昭介に連れられて市川宅へ行く。唸り声を聞かせたいためだ。実際には作詞を頼みたかったのだろう。だからコロンビアの人も連れて行った。しかし、それよりも、都はるみの歌を聴かせたかったのかもしれない。依頼するにしても、気に入ってもらわなければいけないし、このとき星野哲朗は別のレコード会社へ行っている。ただ、席はまだコロンビアにあったらしい。
 さて、その唸りの伝説だが、有田芳生の「歌屋 都はるみ」では市川昭介は三曲ほど歌わせたらしいが、最初から最後まですべて唸って歌えと指示したらしい。
 歌い出すと番犬のシェパードが吠えだした。それだけではなく、お漏らしをしてしまったらしい。飼い主を守るために威嚇で吠えたのだが、この犬自身も怖かったのだろう。怯えてしまった。
 煙草を挟んだ星野哲朗の指が小刻みに震え、こめかみの血管が浮いた。
 シェパードも驚いただろうが、飼い主も驚いた。このあたりの下りは二冊の本にもあり、一番好きなシーンだ。
 もし書いてくれるのなら「あんこもの」という注文だけを市川昭介はつけた。そのとき歌った曲の中に松山恵子の「あんこ悲しや」も入っていた。
 星野宅を引き上げてから戻ってしばらくすると、電話がかかってきた。あっというまに詞ができたらしい。その詞を電話で伝えた。ファックスがなかったのだろう、ネットも。B面は星野哲朗が美空ひばりに書いたものだが、お蔵入りになったのでそれを都はるみにやった。
 星野哲朗肉筆による「あんこ椿は恋の花」の原稿は現存し、NHKの「私の歌の道」で映像としてみることができる。
 レコード会社が企画し、作詞家と作曲家に頼み、というパターンではなく、作詞家が勝手に作曲家に頼み込み、会議も何もなく、レコードが美空ひばりもいる大手から出る。そう言ういい時代だったのだ。アーチストが先導できた。このときのコロンビアの人はただの立会人。まあ、新人都はるみをコロンビアは市川昭介に任せていたのだろう。
 実質的にこの当時の都はるみのプロデューサーは、まだ若い作詞家の市川昭介だったことになる。
 NHKの松平アナなら、ここで「そのとき歴史はは動いた」と言うだろう。その夜、動いたのだ。これが都はるみを決定づけたというより、世に出したといってもいい。
 ただ、そこへ至るまでにもいろいろな偶然が重なっている。
 それは、またの機会に。
 しかし、これを書いている今、都はるみは七十才。母親も市川昭介も星野哲朗はもうかなり前に亡くなっている。当然コロンビア大阪大会などで都はるみを押したコロンビアの人も、月刊平凡の人も。いずれも都はるみに道をつけた人達だ。
 この二冊の本で、裏方の人達が大勢いたことが分かる。その中の一人欠けても、「あんこ椿は恋の花」へは進まなかっただろう。いずれも都はるみの歌い方に心を動かした人達。
 そして星野宅のシェパードが唸りに怯え、お漏らしをした。その唸りの恐ろしさを予見するように。
 
 
 
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2018年08月08日

豚の生姜焼き弁当

■■ 2018年8月8日 水曜日 午前8時43分
 
 今朝は比較的涼しい。流石に立秋。暦通りに来た。昨夜は涼しく、過ごしやすかった。昼間は暑くても仕方がないが、夕方からはましになるのがいい。夜も涼しく、当然寝る前扇風機はいらなかった。途中で寒くなり、掛け布団の暖かみが効果的に決まった。この感触は久しぶり。当然熱帯夜からの解放。
 急に暑さが引いていったのは、また台風の影響かもしれない。きっかけはいつも台風だったりする。今回は西へは曲がり込まないで、平常通りの運行になるのだろうか。前回と似たような侵入方法で、これは風の流れと一致するのかどうかは分からない。
 台風は遠くにあるが、結構風がある。間接的、間接的な影響で空気が動くのかもしれない。台風の近くではなく、結構離れているところで雨が多かったりする。
 しかしお盆を待たずに、ガクッと涼しくなると、気抜けする。まああと一週間でお盆なので、八月の中頃というのはあと数日。早い目に涼しくなり始めてもおかしくはないが。だが、この涼しさ一過性のものかもしれない。
 今年の夏の様子から、これは八月いっぱいまで暑いだろうと思っていたのだが、意外と早い目に夏が終わりそうな気配もある。そうなると、逆に短い夏ということになる。どういうコースを辿るのかは誰も知らない。分からない。
 台風なども発生してからでないと分からない。そして何処で発生するのかも。それはデータ的に多い場所があるし、多い時期も分かっており、コースも分かっているのだが、最初の一歩が分かっていない。だから、これは分からないのだろう。
 そう言えばここ最近、朝、味噌汁など温かいものを食べると汗をかくのだが、その量が少なくなった。その量とは汗ばむか、流れるかの違いがある。この前までは流れるほど出ていた。だから熱いのは避けたかったのだが、ましになっている。こういうところで数値的ではない温度が分かる。寒暖計の数値だけでは体感温度との違いあるため、ただの目安にしかならない。カラッと晴れておれば、それほど暑くなかったりするものだ。当然気圧の影響も大きい。
 しかし、残暑というのが曲者で、これが結構効く。意外と猛暑よりもたちが悪かったりする。これは油断があるためだろう。もう暑くないと。
 昨日はご飯が切れていたので、確信犯的にスーパーで弁当を買う。そこは大きなスーパーで人がが多く、レジで待つのが嫌なので、滅多に入らないのだが、いつも行く夕方の喫茶店と同じ敷地にあるので、利便性はいい。
 そこで豚の生姜焼き弁当を買った。グリル弁当だろうか。洋食弁当。ハンバーグと乗せ替えているだけだが、量が多い。山積みだ。これは玉葱が多く混ざっていると思っていたのだが、それほどでもない。豚肉のかなり薄いのがびっしりと入っている。これはスーパー内の豚肉の売れ残りを使っているのではないかと思える。以前、ここでそれのハンバーグ版を買ったとき、戻り道の家電店エディオンに寄り、自転車に置いてきた弁当を鴉にやられたことがある。上手いことレジ袋から弁当の蓋を外し、ハンバーグだけを突いていた。ベテランだ。当然一人働きの鴉で、単独犯。畑で雀と一緒に何かを突いている老いた二軍のカラスとはレベルが違う。
 その豚の生姜焼き、焼き肉弁当よりも量が多いし、肉も柔らかくて、お得だ。さらにハンバーグよりも肉ケが多いような気がする。
 その豚肉、結構高いタイプではないかと思える。それが偶然売れ残ったのかもしれない。
 涼しくなってくると、煮物ができる。いろいろな野菜を入れたもので、今はそんな鍋物のようなものは食べる気しないが、できるようになれば、数日持つので、野菜類が多く取れる。今は蒸かしたものを冷凍にしている。
 豆腐を冷や奴で食べるのがこの時期。しかしそれを味噌汁の中に入れてもかまわない時期になりつつある。
 また朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩も出やすくなる。最近は暑くて何ともならないが、たまに行っている。もう少し遠くまで行く遠征は夏場は無理。最初から行く気がしない。季候が良い時期でも出るきっかけがなく、最近は行く回数が減っている。行ってもまた同じ町なので、新鮮味がないのだろう。
 
 
 
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2018年08月07日

立秋

■■ 2018年8月7日 火曜 10時01分
 
 今日は少し暑さはましかもしれない。昨日の夜が涼しかった。その前日の蒸し暑くて気温が落ちない夜に比べると格段の差。風もあり、いい風が入ってきていた。
 朝もそれほど強い暑さではない。今日は立秋、それに合わせてきたのだろうか。
 またニュースでも「危険な暑さ」の文字が見当たらない。ずっとそういう文字が出ていたのだが、今朝はない。そろそろ八月の中旬に入る。お盆も近い。さすがに暑さの勢いが弱まったかのように見られるが、一日だけでは分からない。まあ、そろそろという時期なので、そんなものかもしれない。
 そのおかげで、昨夜は暑苦しくなく過ごせた。昼は仕方がないが、夜になると、やっと涼しくなり、というお約束が通じなくなっていたのだが、昨夜は通じた。
 それで寝過ごしてしまった。寝苦しくなかったので、よく寝たのだろう。一度も起きてこなかったが、布団を被っていた。これは覚えていない。
 どちらにしても暑さが和らぐと楽になる。決して楽しくはないが、苦しくはない。快も不快もない状態で、普通ということだろうか。そういうことに意識がいかないような。
 猛暑日というのは35度超えの日のことだが、30度あるうちはまだまだ暑い。普通に暑いということだ。真夏でなくても、日差しのあるところは暑い。これがそうではないと思えるようになるには十月あたりを待つしかないが、今度は寒さが入ってくる。
 今朝は一時間ほど寝過ごしたので、その一時間ずれが一日続くだろう。この範囲なら寛容範囲で、まだ繋がりが少し見える。
 喫茶店から出るときに、いつも来るような客が、既に先に来ているとか。この時間を超えると、知らない時間帯になる。知っているのだが、人が違うのだろう。
 今朝などは一時間遅いので、それだけ日は高く、気温も上昇しているはずだが、それほど暑くない。やはり立秋の威力か。暦通りに行くこともある。
 しかし、過ごしやすくなってきたとき夏の疲れがどっと出やすい。まあ、それを言い出すのはまだ早いかもしれないが、立春を過ぎれば残暑となる。暑さが去ったわけではなく、まだまだ残っている。気温的にはたいしたことはなくても、この残暑の方がきついかもしれない。
 
 
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2018年08月06日

夕涼めない

■■ 2018年8月6日 月曜 8時33分
 
 今朝も晴れているが、少し雲が多い。昨夜の夜は蒸し暑く、そして気温が下がらなかった。風がないため、熱が抜けなかったのだろうか。昼間の高温に比べ、夜の方が暑さがこもっているためか、暑く感じる。日差しがないので、日陰もない。それで夜は逃げ場所がない。どこにいてもむっとするような暑さ。こういう日は室内で熱中症になるのだろう。
 そういうとき、うとうとし始めるとまずい。眠くなってくると、これは意識が遠のく前兆。これはいけないと思う意識も小さいので、そのまま落ちるのだろう。そういうときはじっとしているより、動いている方がいいのかもしれない。
 前日はうな重を食べて元気だったが、昨日は夜にバテた。夕方涼しくなってから夕食を買いに行くが、ご飯があれば、お茶漬けで済ませただろう。しかし、それでは何なので、弁当を買いに行く。夕涼みというほどなので、部屋にいるよりも、外の方が涼しいはず。室内ほど熱がこもるので、夕方は外に出るというのが夕涼みかもしれない。出ないと部屋の中が暑いので。
 しかし、風がないのか、涼しくない。こういう日はあっさりとした寿司がいい。牛丼屋の近くまで来たので、牛丼でもいいかと思ったが、それでは芸がない。これが一番効率が高いのだが、肉とご飯だけではむさ苦しい。その牛丼屋は味噌汁が付かないので、割高になる。
 その手前に新しくできた弁当屋がある。モダンな店で、ファストフード店風。所謂弁当屋とは少し様子が違う。違うが売っているものは同じ。
 中に入ろうとすると駐車場が目に入る。満車。十台ぐらいか。店内を覗くと待っている人がいる。既に椅子はない。
 これは忘れていた。日曜だったことを。土日は混むので弁当屋は無視していたはず。
 それで仕方なく引き返すことにする。その先へ行ってもコンビニやお好み焼き屋、焼き肉屋、そしてファミレスがあるだけ。ラーメン屋もあるが、一人で入りやすい店ではない。それなりに華やいでおり、気合いの高い店ばかり。こういうときは牛丼屋が入りやすい。それ以前に一番安い。
 その戻り道、少し回り込めば遠い方のスーパーがある。近くのスーパーよりも広い。
 結局そこで寿司を買おうとしたが、にぎり寿司が高い。時間が早いためだ。値引きがない。
 それで普通の巻き寿司を手にするが、これでは寂しい。そこで盛り合わせものにする。穴子と稲荷と巻き寿司のセットもの。これなら変化がある。
 結局その巻き寿司はスカで、中に何も入っていないのと同じ。ただの酢飯のようなもの。それはそれでおいしいのだが、ご飯がよくない。百均の巻き寿司と似たようなカサカサタイプ。これは貧乏くさい。
 このセットもの、巻き寿司一本の値段より安かったので、得をした気分だったが、コンビニの巻き寿司の方がましだった。
 まあ、いつもの近所のスーパーで弁当を買えば、おかずは翌朝分まであるほど。それと200円台まで落ちているので、それを買った方がよかった。しかし、暑苦しいときに、あまり食べたくなかったのだろう。
 行きつけの大衆食堂風ファミレスがあるのだが、少し遠い。その方角へは一日二度行っている。三度も同じ道を往復したくない。
 部屋の中で暑いときは濡れタオルを首に巻くと効果的。水の威力は大きい。
 暑くてしかも風のない日は窓を開けていても風が来ない。
 今日は少し雲が多いようなので、何か変化があるかもしれない。北の方では大雨が降っているらしいので、そのおこぼれがほしいところ。ここで雨が来ると、潤うのだが。
 昨日も暑かったのだが、朝の喫茶店からの戻り道、少しだけ自転車散歩。いつものコースなので、大した変化はない。そして暑いためか、歩いている人が少ない。公園にも子供の姿はない。
 健康のために散歩に出るといっても、炎天下の歩きは危険だろう。まあそれ以前に出る気がしないので、外に出ている人は少なかった。
 確かに暑いが、夜の暑さより陽気でいい。日陰に入ると、涼しい。夜はそうはいかない。
 お盆になると暑さは増しになる。それを期待する。あとわずかだ。しかしそれは同時に夏が過ぎること。
 
 
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2018年08月05日

意外と使えるパナソニックのネオ一眼FZ85

■■ 2018年8月5日 日曜日 午前8時43分
 
 今朝も晴れており、相変わらずの夏の空と気温。昨日の夕方頃の気温は日本一高かった。伊丹空港。夜になっても暑さが抜けず、暑苦しい夜になり、寝る直前にやっと気温が下がった。夜に30度はきつい。
 空港のある豊中、そして神戸が夕方時間帯上位。これはNHKの気温で見ているのだが、毎日見ているわけではない。妙に暑いと思うとき、見る。すると、当たっていたのか、全国的に上位の暑さになっている。最高気温が出るのは二時頃なのだが、最近はズレて夕方に出たりする。大阪なので、一日の中での最高気温は高くない。暑いので有名な常連の町で出るのだが、意外と夕方や夜になると、大阪は強い。一位になったりする。当然京都も健闘している。また京都は最高気温も結構出る。
 しかし、夜中はこれまでと似たような気温なのだが、涼しくなっている。扇風機がいらない。掛け布団が必要なほど。ここに秋を見出している。真っ盛りの夏から見ると、少し弱ってきている。ただ昼間は盛夏の時期と変わらない。
 夕方に来るむっとするような熱気。大して高い気温ではないが、35度あるので、これは猛暑ランク。これが結構きつい。真昼の38度よりも。
 そういうむっとする夕方は過去にもあり、盆踊りの頃にあった。誰も踊っていなかった。
 昨日は前日うな重を食べたからではないが、元気で、暑さに負けなかった。結局スタミナのあるものを食べればいいのか、という話になる。夏バテ防止には、そういうのが効くのだろう。だから焼き肉などがいいかもしれない。またギトギトの脂っこいもの。まあ、野菜でも油をたっぷり使って、揚げ物でも出来そうな状態で炒めて食べるのがいいのかもしれない。ピーマンが安いので、これも油炒めにするとおいしい。普通の切りハムの安いのを生ではなく、炒めると油が出て、油を入れなくてもいいほどだが。
 しかし昨日はコンビニの餃子で済ませた。夕食だが、お茶漬けにした。永谷園のシャケ茶漬けだ。やはり塩分が欲しいのだろう。
 最近は暑いので野菜の煮物を作っていない。そのため作り置きがない。しかし、ジャガイモなどを蒸かして冷凍にしている。味噌汁などに入れただけで解凍し、煮なくても熱い湯だけで戻る。ただし、味は付かない。
 昨日は朝の喫茶店からの戻り道、少しだけうろっとして戻る。ウロウロというほどでもなく、軽くうろっと。少しだけ道を変えただけ。
 しかし昨日も朝から暑いのだが、午前中はまだましな方。焼け付くような暑さではなく、日陰に入ると凌げる。だから日陰を見付けて、そこで休憩しながらウロウロした。ずっと陽射しのあるところにいるわけではない。日影が全くない通りもある。ここが厳しいのだが、歩いている人もいるし、自転車で走っている人もいる。用事があるのあろう。
 今日は日曜日、伊丹駅前へ毎朝向かうのだが、その通りが静か。自転車も車も少ない。歩いている人も少なく、よく見ると、その近所の人だろう。だから駅へ向かう人ではない。
 そのため用もないのにウロウロしている人は少ない。たとえば散歩とか。
 犬の散歩人は当然いるが、もっと早い時間帯だろう。昼に近いほど暑いので、出たくないはず。
 
 今朝のお供のカメラはパナソニックのネオ一眼FZ85。型番では分からないが、20から1200までのネオ一眼で、一眼レフの形をしている。液晶は回転しないし、ファインダーとの切り替えは手動。しかし、このカメラ20ミリという超広角区域も押さえており、さらにレンズはF2.8と結構明るい。あとは普通のコンパクトデジカメと同じ操作だが、かなり安っぽい。大きさのわりには軽い。そして起動が速いのがいい。これで4k動画まで撮れるのだから、値段的には凄いカメラなのだが、動画は撮らないので、関係はないが。
 画質はあまりよくないが、それなりに写っている。このカメラの宣伝文句を見ていると、日常写しとなっている。つまり日常風景を20から1200というものすごい幅で写せるので、ほぼ何でも写せるといってもいい。超望遠から超広角、そして結構寄れるのでマクロも。あまり画質に凝った写し方をしなくてもいい。画質に関してはそこそこなのだが、かえってその方が気楽に写せる。
 夏場は、こういったあっさりとした非本格的で、非一眼画質のカメラの方が暑苦しくなくていい。だから絵も涼しい。
 
 
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2018年08月04日

うな重

■■ 2018年8月4日 土曜日 午前9時26分
 
 今朝も暑いが、夜は意外と涼しく、扇風機がいらなかった。寝る前も扇風機を止めた。いつもどちらかと迷うのだが、昨夜は付けないで寝た。しかも蒲団を被って。
 あとでその時間帯の気温を見ると24度。これでその日の最低気温が25度以上の熱帯夜ではなくなる。最低気温は24度なので。
 しかし、起きてから喫茶店へ行くのだが、その道中は結構暑い。しかし、日陰に入ると、ひんやりとする。これは秋の兆候だ。というより、お盆頃の夏の印象に近い。八月に入ると、少しましになり、勢いが衰え出すのだが、それは夜に出始める。そういう日がポツンとあったりする程度で、また熱帯夜に戻ってしまうはずだが、秋の気配が姿を出し始めるのも確か。赤とんぼのようなのが飛んでいた頃から、見えるものとしても、出ている。
 今年は暑すぎるのか、蚊が出ない。気温が高すぎると蚊も飛ばないらしい。しかし、特攻隊のように襲ってくるのは夏の終わり頃の蚊。だが最近は一匹か二匹で、数が減っていた。部屋の何処かでふ化した蚊は別だが。
 そう言えば、いつもこの時期来る強烈な蚊の姿を見ない。ここ数年見ていない。その蚊のために蚊取り線香をつけていたのだが、今年はいらない。
 どちらにしても昨夜は夏の勢いが弱まりだしたことを感じた。それは七月のように、これからもっともっと暑くなるという右肩上がりではなく、残暑へと至る道。
 昨日は夏バテ予防のマジナイのようなうな重を弁当屋で買って食べた。これがまた高い。900円している。夏バテ封じの縁起物なので、そんなものかもしれないが、牛丼屋のうな重なら800円台。899円出せば漬物としじみ汁がついてくる。百円の差だ。だから単品のうな重を貧乏臭く食べるより、百円足した方が満足度が高い。
 弁当屋のうな重はしっかりと重箱のような四角い箱に入っていた。錦糸卵も乗っている。そしてウナギの形がいい。だが食べると穴子ではないかと思うほど。油気を抜いているのか、最初から無いのかは分からないが、形がいい。綺麗な長方形が一枚乗っている。尻尾などは捨てるのだろうか。
 これで、ウナギも食べ納め。本当は土用の一番暑い頃に食べるのがいいのだろう。
 土曜と土用を聞き間違えることはない。アクセントが違うためと、文脈でも分かるだろう。土曜はウナギを食べる日だと毎週食べないといけない。
 昼間は相変わらず暑くて何ともならないが、昼寝ができるようになった。その前までは暑くて眠るのは無理だったが。それでも暑い中を自転車で移動するのは苦しいので、夕方前の喫茶店は近所にする。それだけ日に当たる時間が短い。コーヒー代は高いが。
 夏の暑い頃、公園で子供が大勢遊んでいたのだが、誰もいない。夏休みに入ってから減ったような気がしていた。これは学校からお触れでも出ているのだろうか。
 蝉捕りをしている子供を見かけるが、親が付いてきている。実際には親が蝉を捕っている。網を使わなくても、蝉は落ちていたりする。拾い蝉では狩りにはならないのだろう。生きている蝉を捕らなければ値打ちがない。しかし取ってもすぐに死ぬだろう。だが、しばらくはまだ生きているはず。
 蝉は誰も知らないようなところで果てるのではなく、そのあたりで果てている。これはすぐに蟻が始末してくれる。蟻の貴重な食料になるのだろうか。蟻だけではなく、蝉を楽しみにしている虫などが他にもいるはず。ただ、蟻にも縄張りがあり、蟻がいない領域もある。
 蝉捕りなどは狩りの練習。これは本能に入っているのかもしれない。大人になってからはしないが、子供の頃はやる。他の動物もそうだろう。小さい頃からその練習をする。
 ただ、人は蝉捕りや雑魚捕りが上手くなっても役立たない。しかし、蝉捕りに巧みな子供は、別の意味での狩りに強い。
 狩りは狩猟民族云々以前の、もっと動物的なレベルだろう。基本的な行為かもしれない。
 
 
 
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2018年08月03日

コンビニレトルトビーフカレー

■■ 2018年8月3日 金曜日 午前9時19分
 
 今朝も晴れており、朝から暑い。昨夜は扇風機をつけたまま寝たのだが、途中で寒くならず、そのまま朝まで回っていた。湿気が高いのか、蒸し暑い。気温的には昨日とそれほど違わないのだが、暑さが違う。朝の喫茶店までの道も、いつもよりも暑い。晴れているので、陽射しはあるが、たまにかげったりする。上を見ていないのでよく分からないが、雲が多いのかもしれない。
 俄雨、夕立のシーズン。夕方に少しだけ降るタイプで、真夏の盛んなときは滅多に降らないが、残暑の頃、夕立が多くなり、夏の終わり頃は大雨になり、俄雨どころではなくなることもある。
 長期予報では中旬まで暑いらしいが、要するに夏が終わるまで暑いという普通のことを言っているのに近い。これが八月の上旬まで暑いとなっていても、お盆前までは結局は暑い。
 ただ暑さの程度が、平年並に戻る程度だが、平年の夏というのは結局は暑い。
 昨日夕食に迷い、あっさりとしたお茶漬けを狙っていたのだが、それでは何なので、いろいろと考えたところ、お茶をご飯にぶっ掛けるのではなく、カレーをぶっ掛けることにする。そうなるとレトルトカレーになる。
 それでコンビニでコンビニ製のレトルトカレーを買う。これはハンバーグなどを売っているおかずの棚にある。ハンバーグもレトルトだ。
 カレーのタイプは、ビーフカレーで、よく煮こんだ肉らしく300円を超えている。まあ、肉入りの方がお茶漬けから考えれば、充分ランクは高い。
 ご飯はあるので、袋を温めるだけ。お茶漬けで、湯を沸かすよりも、少しだけ時間がかかる。中まで温めないといけないためだろう。沸騰すればいいというわけではない。
 それでぶっ掛けると、普通のカレーになるのだが、肉の量が多い。大きな塊を複数発見。
 このレトルトカレー、金の何とかという名が付いており、高い目。そして要冷蔵。10度以下となっている。普通のレトルトカレーは平温で保存できるので、その差は何だろう。賞味期限を見ると、結構短い。そしてボンカレーのように箱に入っていない。まあ、そんな箱はいらないが、雰囲気が出る。食は舌以前に目から入るためだろう。
 さて、そのビーフカレー、肉が多くて柔らかい。それで300円少し。これなら牛丼よりもいいのではないかと思える。
 よく行っていたカレー専門店のビーフカレーは500円超えで、肉は少なく、運が悪ければ硬くて、かみ切れないのが入っていた。まあ場所代とご飯代や水などのサービス。香の物のサービスなどを入れれば、そんな値段になっても当然かもしれないが。
 この煮込みビーフカレーはよかった。うな丼よりも充実感があった。肉とルーとご飯だけなので、これはバランスが悪いが、トマトがあったので、それを添えた。カレーにラッキョウを添えるようなものだ、福神漬けが多いのだが、扱いやすいためだろ。
 まあ普通のボンカレーにしておけば、ご飯さえあれば夕食代は百円で済むが。
 スーパーなどでレトルトカレーを束にして売られているのがある。一度買ったことがあるが、味が妙で、食べきれなかった。これも見た目から入る。一つ50円ほどだという意識も加わる。
 昔のどろっとした缶詰のカレーが懐かしい。飯ごう炊さんなどで、そういう缶詰カレーを温めて食べたことがあるが、おいしかった。これは山で食べるためだろう。まずくても、おいしいと感じるのは、まずくあってはいけないためだろう。おいしいと決めつけて食べている。自分で炊いた焦げ付いたような飯ごうのご飯でも。
 これは、ここまで来て、ここでご飯の用意をしてという過程が入っている。かなりの過程だ。だからまずいと話しにならなくなる。おいしくなければ話がまとまらない。その過程を考えれば。だから自分で盛り上げて、盛り上げ麻酔舌にして食べたのだろう。
 
 
 
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2018年08月02日

老眼鏡

■■ 2018年8月2日 木曜日 午前8時43分
 
 今朝も晴れており、真夏が続いている。相変わらずの気温で、これは中旬まで続くらしいが、中旬といえばお盆。だからお盆までは暑いという普通の夏パターと重なってしまう。
 暑いときはウナギというわけではないが、弁当を買いにいったとき、ウナギがあった。スーパーだ。そこではウナギの蒲焼きが売られているのだが、それではない。ウナギチラシ。ウナギ入りのちらし寿司。だからご飯は酢飯、タレなどはない。ウナギはスライスされたもの。よく見ると、にぎり寿司のものだろうか。まあウナギのにぎりもあるのだから、寿司とウナギは悪い相性ではない。しかし、寿司の場合、穴子の方が多い。安いし、大きなのを乗せやすい。ご飯からはみ出るほどの。
 ウナギは高いのだが、ご飯が見えないほどびっしりと敷き詰められていた。それでいてうな重や、うな丼よりもはるかに安い。さらにまだ時間的には早かったが100円引き。さらに遅く来れば半額になるはずだが、そのときはもう売り切れて、ないだろう。
 相変わらずご飯とウナギだけでは栄養バランスが悪い。まあご飯だけ、つまり握り飯、おむすびだけで済ませることを思えば、ウナギがつくだけ栄養価は高いだろう。パンをかじっているよりも。
 それを遅い目の晩ご飯としたのだが、喉が渇いた。それでたまにはいいだろうと、自販機で「美味しい麦茶」を買った。130円もしている。しかし、麦茶の香ばしさもなく、麦茶のアクやコクのようなものもない。殆ど水だった。これは欺されたと思ったが、もう遅い。これで「おいしい何々」というのは信用しないことにする。売る方が美味しい話だったりする。
 うまい話、おいしい話というのは、それを明言したときから怪しかったりする。そんなおいしい話は向こうからは来なかったりする。
 そう考えると、おいしくない話を選ぶのがいいのかもしれない。しかし、こちらは意外と正直だったりする。本当に額面通りおいしくなかったりする。
 昨夜は扇風機を付けて寝たが、途中で消した。そのまま朝まで一度も目が覚めなかった。掛け布団は被っていなかった。特に寒くはなかったのだろう。
 昨日はメガネ専門店、眼鏡の三木だったかどうかは忘れたが、もう何十年もあるチェーン店だ。潰れないである。いついっても客を見たことがない。
 老眼鏡の度が強すぎると感じるようになり、一段落としたタイプにすると、よく見えた。いつも部屋で使っている老眼鏡だが、一つしかない。それを持ち出すと、持ち出し忘れがあり、眼鏡なしになる。それで持ち出すため用のを買う。これなら忘れることがない。
 前回買ってからまだ一年も立っていないので、同じ店に行くと、同じものがまだあった。それで、さらに度を一つ下げたタイプも買う。こちらは流石に本を読むには弱いが、中間距離がいい。店屋などでものを見ているときの距離というのは微妙で、老眼鏡では近くは見えるが、少し離れると、もう見えない。本屋で本の文字は読めるが、並んでいる本の背表紙までの距離が遠いと、見えない。この場合、ちょっと度を下げた老眼鏡なら文字や値札も何とか見えるし、中間距離の本の背表紙も見える。さらに遠くになると、流石に老眼鏡なので無理だが、そこは裸眼でいい。
 最近の既成老眼鏡はレンズが小さい。昔のような大きな面ではないので、眼鏡をそれほどずらさなくても裸眼で見られる。全ての風景を眼鏡だけで見ていると辛い。遠くはよく見えるし、最近は中間距離でも見える。
 その眼鏡の三木の老眼鏡、よく屋台で出ている眼鏡の倍以上しているが、昔ほど高くはない。フレームも樹脂製になっているためだろうか。
 屋台の1000円ほどの眼鏡に比べ、レンズが少しいいのか、疲れにくい。それと歪みが少ない。同じ度数でも糸巻き型になったり、逆側に膨らむ樽形だったりする。肉眼で見ると、そうなっていないので、レンズの問題かもしれない。まあ、老眼鏡は虫眼鏡のようなもので、拡大して見える。それだけではなく、鮮明に見える。等倍で鮮明というのは無理なのかもしれない。だから老眼鏡で見るとボリューム感が違ってしまう。まあ、文字を追うだけなので、全体などは見ていないが、ノートパソコンのモニターの形が凸型や凹型になっていたりするものだ。
 眼鏡屋の眼鏡なので、千円ほど高いが、すんなりと見えるので、やはり高いだけはある。
 この眼鏡屋、本屋の並びにあり、その並びに弁当屋が二軒。さらに百均。いずれも道路沿いの店。商店街ではない。中古自動車屋があったりラーメン屋があったりする。駅などのターミナル付近にある商店街ではなく、こういう郊外型の道沿いにある店のほうが便利。駐車場もある。
 車などで毎日そこを通っている人なら、用があるときは思いだして寄るだろう。あそこに眼鏡屋があったはずと。
 駅前の道沿いの商店などは自転車を止められないので、寄りたくても寄れない。
 買い物客が多いのはスーパー。これは毎日行っている人もいるはず。そしてその通り道にある店に寄りやすい。しかし、毎日行くような店ではないが。
 それらの店を見ていると、個人商店は少ない。殆どがチェーン店。体力が必要なのだろう。
 だから人もチェーン店ではないが、チェーン店人間の方が心細くなくていいのかもしれないが、自在性が薄れる。
 
 
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2018年08月01日

新平家物語 大映映画

■■ 2018年8月1日 水曜 9時05分
 
 今朝も晴れている。気温は相変わらずの真夏。ただ少し勢いは落ちたのではないかと思われる。
 台風が去った後も、また雨が降らない日が続きそうだ。一週間予報を見ていても、傘マークがない。これは晴れが続くので、いいことなのかもしれないが、野菜が高くなる。降りすぎても高くなるが。
 いつも買っている飛騨ほうれん草、なぜか飛騨から来るほうれん草。近所のスーパーだけではなく、他のスーパーでも見かける。一番安いのだ。だから遠くから山を下って運ばれてくるのだろう。大阪方面では四国産が比較的安い。といっても徳島だが。これは結構近い。大阪から見えていたりする。
 四国は遠くからなら見えるが、近付くと見えない。
 さて、その飛騨ほうれん草。値段ははギリギリ百円台まで戻ったのだが、痩せている。それと背が低い。そして堅い。できが悪かったのだろう。だから別の品種だと思ったほど。
 これは長雨の頃の影響だろうか。
 昨日の昼間は36度超え。まだまだ真夏の真っ盛り。ただ夜中や朝方は涼しい。気温的には25度を切らない熱帯夜なのだが、空気がちょっと違うのだろう。湿気が少ないのかもしれない。
 台風で夏が中断したが、まだ終わったわけではない。夏休みとしてはまだ中頃にも至っていない。今からが夏休みといってもいいほど。
 特に悪天候でもなければ、猛暑と熱中症のニュースになる。
 熱中症で運ばれないまでも、熱中症になりかかることはあるだろう。ガタンと調子が悪くなり、動きがおかしくなる。しばらくすると治ることが多い。また単に夏バテの中に入れていたりする。単に暑くてバテたと。
 
 昨日は「新平家物語」がネット上にあったので、それを見る。タイトル通り原作は吉川英治。定番中の定番。清盛は市川雷蔵。倍以上太い眉毛をしているので、誰だか分からなかった。若い頃の話で、いいところで終わっている。叡山の強訴のようなものをたった二本の矢で追い返すまでの話。武家の時代がやってくることを匂わすところで終わる。
 最初は西国、瀬戸内の海賊退治だろうか。そこから戻ってきたところから始まる。
 そこに出てくる京の都。昔の映画なので、スケールが大きい。これが全部オープンセットならすごいだろう。大きな門なども作ったのだろう。
 市川雷蔵といえば、眠狂四郎で有名だが、股旅物も多い。江戸時代だが、その街道筋が本物。遠くから見えている村などは電柱がない。まだそんな風景が残っている場所があったのだろうか。戦後しばらくしてからの話。だから全盛期の大映映画を見る楽しみは、風景を見ること。
 ただ、座頭市になると、時代が新しいのか、背景もセットもスケールダウンしている。
 天下が貴族、ここでは公家や寺社だが、それでは収まらない時代になっていたのか、または位の高い人たちが強欲なのか、争いが絶えない。平安時代の話なので、平安な時代のように見えてしまうが、遷都後300年も続くと、緩み出すのだろうか。江戸時代よりも長い。
 世が乱れ、海賊や山賊が出没する。それに対抗するには朝廷軍のようなものがいる。その役目を負っていたのが平家や源氏。ただ、政治には一切関わらない。身分が低いためだ。映画の中では、殿上人ではない。
 海賊退治を命じたのは後白河法皇。映画では二つの太陽があるといっている。つまり、院政。そうしないと、朝廷だけでは収まりきれない問題があるためだろう。公家の寄り合いだけでは。
 この手柄で、褒美として官位を与えるという話をした公家が左遷。前代未聞で、そんな例はない。それに相手は武家。武家の身分が低い。この時代、世界的に同じ時期に、似たような話がある。この藤原の公家の娘と清盛は結婚する。
 次は北陸方面での寺領の問題。領地を取り上げたのだろうか。それで騒ぎになっている。それで平家が沈めに行く。このときはまだお父さんの時代。家の子というのをすぐに集め、300ほど集まれば、すぐに出立すると。結構少ない。その戦闘シーンはないが、鎮めることに成功。今度ばかりは官位を与えられるが、叡山から恨まれる。
 叡山系の寺領を召し上げられた感じになり、それで強訴のようなものをやりに御所へ。有名な荒法師たちが山から神輿のようなものを担いで下りてくるが、千を越えるだろう。
 ここがこの映画のクライマックス。最大の見せ場、神輿のようなものの屋根にある飾りを射落とし、もう一台は鏡を射たのだろうか。
 聖なるものに矢を向けただけではなく、射たのだ。あり得ないことが起こったショックでか、荒法師たちは退散した。
 だから、この新平家物語の映画、いいところで終わっている。
 当然白河法皇の子であることのエピソードも主軸の一つ。
 絢爛豪華な総天然色映画だろうか。この大映平安ものは源氏の反乱を扱った長谷川一夫主演の「地獄門」と、木曽義仲の映画がネット上にある。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする