2019年01月31日

阪急のスーパー

■■ 2019年1月31日 木曜日 午前9時50分
 
 今朝は曇っており、肌寒い。雨が今にも降りそうだ。気温は見ていないが、そこそこ下がっているのではないかと思える。寝ているとき、寒かった。
 その体感温度と実際の気温が違うかもしれない。意外と寒暖計では暖かいめとか。
 曇っているので湿気ているのかもしれない。空は灰色で、暗い。雲の輪郭はなく、ガス状。これは降るかもしれない。しかし、そんな状態でも持つことがある。雨は何がきっかけで降るのかは知らない。
 まあ、そういう空なら傘の用意はするだろう。降りそうだと思うからで、そういうことがよくあったため。
 一月も今日で終わり。既に今年に入って一ヶ月過ぎた感じだが、正月元旦は遠いものになり、同じ月の中のこととは思えないほど。去った正月よりも、二月三月あたりを見ているためだろう。まだ冬の峠は越えていないが、見かけない鳥が来ていたり、梅の花が咲き出すと、春が近い。既に夕方が遅くなっているし、朝は知らないが、日の出も早いのだろう。外がもう明るいと思っても、まだまだ夜だったりしそうだ。日もそれなりに高くなっている。これは太陽と水平線との距離。少し上に来ているはず。そうすると影が短くなり出す。
 今朝は昨日よりも早く起きてきた。昨日もその時間に目が覚めたのだが、二度寝してしまった。今朝もしそうになったが、眠りに落ちなかった。かなり傾いたが。
 昨日などは遅く起きてきたのに、ゆっくり目に過ごしたので、夕食が遅くなった。まあ、買い物をして帰ったためだろう。
 八百屋で生椎茸が安かったので買う。徳島産。これは量が多い。すぐに乾燥してしまうが、その方が干し椎茸になるので、いいのかもしれないが、乾かし方が問題。干し椎茸は高い。手間が掛かるためだろう。そして栄養素が干した方が上とか。何かが発生するのだろうか。高野豆腐もそうだ。あれは凍らせているのだろう。まあ、豆腐を寒い屋外に放置していると、凍るのかもしれない。こちらでは高野豆腐と呼んでいる。高野山は寒いので、そこで凍らしたものだろうか。凍り豆腐とも言う。豆腐に比べるとスポンジ。
 細いサツマイモのクズのようなのが安かったので買う。生産者名が大きく書かれている。家庭菜園で素人が作ったようなサツマイモなので、非常に安い。サツマイモにも銘柄がある。
 この八百屋、仕入れ先を工夫しているようで、スーパーよりも安いが、品質は今一つ。食べてみないと分からない。スーパーの野菜は安定している。それに綺麗だ。いつも同じタイプの野菜と、同じタイプの銘柄。しかし、八百屋は同じホウレン草でも玉葱でも、バラバラ。だから当たり外れがある。アタリは量が多くて安いタイプ。これで物がよければ、アタリだ。
 阪急がやっているスーパーへ寄る。朝の喫茶店からの戻り道にある。朝といっても昼前だったりするが、その時間にスーパーへ行くことはない。米などが切れているときはコンビニで買う。
 しかし、コンビニ米は怪しい。産地が書かれていないのだ。国産とあるだけ。
 それでスーパーで山形産の米を買う。なんかロマンチックな名前が付いていたが忘れた。一番安いのから二番目だろうか。この店の米は安物は置いていないので、コンビニ米よりも当然高い。
 山形と聞くと、山形勲を連想する。面長の時代劇の悪役だが、花笠音頭が次に来る。そして奥の細道。関西から見ると、そこはもう日本昔話の世界で、山形と聞くと、ほっとする。
 そのスーパー、入り口の正面、通りに面しているところは飲食コーナー。カフェテラスのようになっているが、屋内だ。そこで買ったパンなどを食べている高齢婦人がいる。食堂ではないので、勝手に座ってもいい。そこで休憩している人がいる。スーパーは通りに面しているのだが、通りからレジが見えるのが普通。しかし、そのカフェのようなものが先ず見える。レジはその奥で、通りからは見えない。
 流石阪急、そういう見せ方を考えたのだろう。また、店の前に余地がある場合や、敷地が広い店では歩道沿いにカフェテラスがある。これも阪急。レジ袋が出るので、問題はない。
 そこはNTTかスポーツジムがあったところだと思う。ドーナツ化現象となっている伊丹駅前。このスーパーはその手前にある。駅でいえば新伊丹から伊丹へ続く道。このあたり高級住宅街で、阪急が分譲した戦前からある高級住宅地。敷地面積がどの家も広い。その道沿いに映画館が三軒ほどあった。今はない。
 ただ、そのスーパー、駅の手前にあるので、自転車で入り込めるし、駐輪場も広い。だからママチャリで買い物のときは、店のどん前に止められるので、それだけでも場所がいい。
 商店街時代なら、このスーパー、脅威だが、商店街は寂れ、骨街道になっている。整骨院や針灸、マッサージ屋だけが流行っていたりする。
 
 
 
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2019年01月30日

富士x100s

■■ 2019年1月30日 水曜日 午前10時51分
 
 今朝は晴れているが寒い。起きたとき、寒いと感じた。夜中の気温を見ると氷点下になっていた。寒波が来ていた先日よりも、ノーマークの今日の方が寒い。寒波のときは雪が降っていたが、それほど寒くはなかったので、不思議だ。当然気温は氷点下にはなっていなかった。このノーマークの寒さというのが曲者。まあ、天気予報は聞いても聞かなくても、普通の天気なら気にしなくてもいい。普通とは冬は寒い、夏は暑い程度のもの。
 全てが教えてもらえ、それが違っていると腹を立てるという方が問題だろう。まあ、大金を叩いて教えてもらったのが外れていれば別だが。
 風邪はましになったのだが、昨日は少しぶり返したようになった。風邪を引いていると寒い。寒いから風邪を引くこともあるが、引いたときはさらに寒くなる。それを悪寒というのかもしれないが、そこまで震えない。何となく頭にきているような感じで、これは怒っているのではない。
 頭がイラッとしたり、細かいことがしんどくなったりする。それでテンポが早くなる。動きが荒くなる。滑らかさがない。階調が狭い。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めたのだが、そのまままた寝てしまった。これを外すと、いい感じのスタートから外れることが分かっていたのだが、寝てしまった。これは調子が悪いのだろう。昨夜寝た時間はそれほど遅くはない。だから睡眠は充分だが、もっと寝ていたい。
 しかし、寝起きに行く喫茶店までの道は晴れて陽射しもあり、それがそれなりに明るい。結構寒いが、気持ちは悪くない。
 手袋は見付からなかったが、タブレットで絵を書くときに百均で買っていた指が切れた手袋が目に入ったので、それをする。大きい目なのか、填めると爪先程度しか出ない。しかし指先なので、ここが一番冷たくなるので、一番大事なところをさらしているのだが、それでも填めていないよりは暖かかった。そしてタバコも取り出せるし、カメラのシャッターも、普通に触れる。ただ毛糸風の生地などで滑るが。
 
 今朝のお供のカメラは富士のx100s。これは先日買ったパナソニックのコンパクトデジカメLX100と競合しそうなタイプで、どちらもコンパクト系なのだが、受光素子は大きい。一眼並み。
 富士のミラーレスはシャッターダイヤルがある。LX100はそれを真似たのだろうか。しかし、富士は35ミリ単焦点。パナソニックは24から75のズーム。どちらもレンズは明るい。利便性からいえばズームがある方がいいのだが、どうせ望遠は頼りないので、広角で写すことが多い。24ミリで立ち上がるカメラは24ミリで写すことが多い。ズームで調整している暇がないので。それで広い目に写ってしまう。
 富士は35ミリしかない。この35ミリが程良い広角。しかし広角から見ると狭い。
 一番の違いはフレーム。採光式ではないが、写す範囲を白枠で示してくれる。そのため、範囲外の外側がよく見えるので、切り取りやすい。28ミリ以上の広さがあるだろうか。これは電子ファインダーではない。だからピントなどは見えないが、非常に鮮明で、一眼レフや電子ファインダーの比ではない。文字が読める。そして明るい。見たまんまの明るさなので、暗いところでは暗いが、どのファインダーよりもクリア。硝子越しで見ているようなもの。
 このファインダー、一眼レフと同じで、電源を入れなくても見える。だからミラーレスよりも立ち上がりが早い。ミラーレスの電子ファインダーは自動切り替えだと、ワンテンポ遅れる。ファインダーに目を当てたとき、まだ準備中で、真っ黒だったりする。早いタイプもあるが、やはり最初から生が見えているファインダーに比べると、スムースさがない。まあ、生を見ているのと、写っているものを見ているのと違いだろうか。とっさのスナップなどでは、富士の方が早かったりする。
 このカメラ、忘れていたのだが、ずっと前に中古で買ったもの。まあ、望遠がメインなので、35ミリ固定焦点というのは、別の写し方になるので、写し方から考えないと、持ち歩くカメラとしては不便。望遠がないためだ。
 ただ、この富士のX100sポケットに入る。大きい目のデジカメだが、レンズの飛び出しが少ないので、すんなりポケットに入ってしまうし、鞄の中での収まりがいい。
 このカメラは買うつもりはなかった。しかし、尼崎の中古屋へSONYのα6000ダブルズームキット付きを買いにいったとき、その横に置かれていたのだ。ハイテクカメラα6000を諦め、富士の単焦点のクラシカルなカメラを持ち帰った。これは謀反だ。計画外。まあ、値段がα6000中古よりも少しだけ安かった。それとX100初代ではなく、次ぎに出たタイプで、初代なら買わなかっただろう。
 これを持ち出すと、パナソニックLX100は脅威になるが、互いの良さというのがあり、これは狭い箇所だが棲み分けられる。
 富士X100Sは買ってしまうと、そこで終わる。これは最後の最後のカメラ。まあ、それで終わらせるのは惜しいので、仕舞って置いた。所謂幻のライカで、ライカファンタジーの世界。実際のライカのことではない。しかし、このカメラ、どう見ても使いやすいライカなのだ。それでいて写し方はライカ。ミラーレスではない。一眼でもない。二重像合致式のレンジファインダー機とも言えない。普通のAFカメラだ。まあ、電子ファインダーにも切り替わるのだが、それはマクロのときには必要だろう。パララックスが出るので。
 透視ファインダーで見ているときは、パラ自動補正。これは白い枠が動く。さらに一点式のAF枠もズレるので、それも補正される。
 このへんのフレーム処理、昔のレンズシャッター機によくあったものだが、それらよりもパラ補正の精度がいい。当然高いカメラなので、透視ファインダーが上等で、非常に大きく綺麗。
 レンズは明るいが、手ぶれ補正はない。準広角で手ぶれ補正は必要なのかという話だが、これは必要だろう。それなりに早いシャッターを切ったときも、ブレはある。
 レンズの補正が少し危ないのか、補正不足なのか、開放では光が拡散するのか、フワッとしてしまう。絞れば問題はないが、35ミリの短いレンズ。鏡胴も短い。レンズが長いほど、井戸のように深くなり、光が回り込みにくくなるようだ。
 これは敢えて補正していないのかもしれない。マクロ域ではピントが合っていてもシャキッとしないが、味がある。逆光に弱く、フレアーが出る。まあ、敢えて出した方が雰囲気が出る。ああ、逆光だったのかと、見ただけで分かる。
 だからクラシックレンズを使っているような、そこまでコピーすることはないのだが。レンズの個性は欠点にある。
 まあ、コピーライカとしてみた場合、最短撮影距離では今風なカメラ。テーブルものを苦にしないし、背面液晶撮影も当然できる。これは液晶撮影と言うよりも、ノーファインダー撮影だと思えば納得できる。当然液晶は回転しない。
 マクロ域でレンズ開放での光の滲み具合が神秘的。これはフィルターでは出せないレンズの味。要するに欠点なのだが、アート性はそこに宿る。
 このコピーライカを持ち出すと、LX100大丈夫か、というほど、これは脅威になる。それほど富士x100Sは奥深いカメラのためだろう。LX100が可愛く見えたりする。大人と子供カメラの違いだろう。
 
 
 
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2019年01月29日

クレヨンとクレバス

■■ 2019年1月29日 火曜日 午前10時48分
 
 今朝は曇っており、肌寒い。よくある冬の空。暑いわけがない。
 寒波は去ったのだろうか。雪が舞っていた程度で、それほど寒くはなかった。台風が来ていて、緩く風が吹き、雨がぱらっとした程度に近い。台風だと聞いていないと、少し天気が悪い程度の話。
 この時期になると、手が冷たくなるので、手袋が必要。自転車に乗っているときだ。歩いているときはポケットに手を突っ込めば問題はない。
 表側が皮で中側が毛糸で柔らかい手袋を去年填めていたのだが、何処かへいった。冬の終わり頃まで目撃していた。外して置いた場所。それはほぼ決まっている。しかし夏頃になると、流石にその場所では邪魔というより、一時置き場のようなものなので、別の物を置くとき、何処かへ移動させたことまでは覚えている。冬になって探し回らなくてもいいように。
 だから分かりやすいところに入れたはず。置いただけなら目で分かる。視界に入らないので、入れたのだろう。
 すぐに思い付いたのは引きだし。しかし、今朝開けると、入っていない。別の場所に仕舞ったのだろう。
 昨日はドラッグストアに寄ったとき、手袋や靴下などが吊されているので、買っておけばよかったが、そのときは見つかるものだと思っていた。
 防風となっているのが目に付いた。手の甲だけは密度の高い化繊。内側はメッシュで軽い。値段を見ると千円を超しているが、特価で千円は切っている。まあ、このタイプ百均にはない。あるにはあるが、百円ではない。三百円とか五百円商品になるが、これでは頼りない。寒い日は手が悴むので、野球のグローブのように分厚いのがいいが、それでは煙草が挟みにくい。それと、手袋をあまりしないのは、カメラを出したとき。指が太すぎてシャッター半押しが効かないため。それと手袋を填めたままポケットからカメラを取り出しにくい。
 しかし、今年はここまで手袋なしでもやっていけるのだから、きっと暖冬なのだ。そのうち真冬でもっと寒くなると思っていたのだが、今回の寒波も頼りなかった。別に寒いのを期待しているわけではないが。
 自転車のときはハンドルグリップとブレーキに掛けて被せる三角の袋のようなカバーがいい。これはよく見かける。これなら手袋を脱いだ填めたりする手間が省ける。また忘れることはない。
 昨日は百均へ行ったのだが、そのカバーのことなど頭になかったので、見ていない。
 昨日は先日モスで見た塗り絵セットのクレヨンのようなものを探しに行った。40色ほどで百円。形は似ているが、少し短いかもしれない。しかし、全部色鉛筆の芯のようなもの。だから芯を触っても手に付かないのは、クレパス系ではなく、クレヨン系。硬い方だ。
 あとで同じようなのをネットで調べると、サクラから出ている。60色を超えると五千円もする。40色だと数千円。百均だと百円である。しかし百均のはクレヨン。
 サクラのは上等なタイプだろう。中の練り物が違うのかもしれない。どちらかというと色鉛筆系。全部芯なので、四倍分あるとか。本来は色鉛筆だが、モスに備え付けであるのは、幼児でも塗れるタイプだろう。つまり色鉛筆では細すぎて芯を折ってしまうため。そして文字を書くときの鉛筆のようにまだ握れなかったりする。だからチョークや蝋石風。
 昨日買った百円のは、ケースに入っている。モスで見たのは丸いカンカンにびっしりと入っていた。百均のケースは最初から傾いていた。蓋がしっかりと閉まっていないのだが、その上からもう一枚包装されているので、蓋は外れないが。
 子供用らしく、書くのは人の顔とかが多いのか、肌色系が多い。これは有り難い。いろいろな肌色が使い分けられるためだ。原則的に混ぜない。混ぜると濁る。
 クレヨンとクレパスが分かりにくい。ヨンとパス。ヨンのクレヨンの方が羊羹のように柔らかそうなのだが、こちらの方が硬い。柔らかく水気があるの方がクレパス。パスは硬そうなのだが。
 クレパスというのはどうも商品名らしい。辞書で調べると、クレヨンとパステルを混ぜたようなもの。要するに固形絵の具。筆を使わなくても色が塗れるということだろう。
 これはデザイントーンを、スクリーントーンと言っているようなもの。これも商品名らしい。そのメーカーだけの。まあ、漫画に貼るトーンは一社しか出ていなかった時代があるので。その後、安いタイプが別のメーカーから出ていたのだが、ノリが悪かった。
 どちらにしてもモスで見たのは児童用。しかし、一般にはクレヨンとクレパス派に分かれるようだ。
 油絵系と水彩系に近いかもしれない。しかし小さい子ほどグチャグチャにしてしまうので、硬いクレヨンの方がより幼児向きなのかもしれない。クレパスは皮を剥かないといけないし、すぐに減る。しかし乗りはいい。これで油絵風に書けるだろう。
 硬いクレヨンは色鉛筆系で淡彩。
 しかし、先が尖っているとは言え、全部が芯の棒で、よく塗り絵の輪郭線の内側だけを塗れるものだと感心する。モスで試したところ、何度もこすりつけるようにしないと色が付かない。だからはみ出しても薄い。手で擦れば取れそうだ。消せるのかもしれない。浮いたままの粉もある。
 しかし先が尖っているのがミソだろう。クレパスではそんな細かいことはできない。これはペンと筆ほどの違いがある。筆というより刷毛だ。
 だから上級者は鋭利な色鉛筆へいく。これはいくらでも高いのがある。神田川で二十四色のクレヨン買って、とかの歌詞があったように覚えている。それで似顔絵を描くのだが、似ていなかったとか。このとき出てくるのがクレヨンだと思う。聞き違いかもしれないが、二十四色の色鉛筆買ってでは語呂が悪い。しかし、イメージとしては色鉛筆で、色鉛筆だったのかもしれない。こういうのはネットで調べれば、歌詞が出てくるはずだが。
 六畳一間の住処なら色鉛筆より安いクレヨンにしたはず。そして街頭似顔絵描きなら色鉛筆だが、素人はクレヨンでいい。
 クレヨンハウスという言葉も、この時代のものだろうか。落合恵子だったかどうかは忘れた。
 クレパスもクレヨンも紙を選ぶ。画用紙でもいいが、紙の質感がそのまま出てしまったりする。そのまばらな出方がいいのだろう。ムラが出るところが思わぬタッチになる。勝手に濃淡が付いたり粒子が浮いたりする。そのものの質感ではなく。
 
 
 
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2019年01月28日

モスの塗り絵

■■ 2019年1月28日 月曜日 午前11時13分
 
 今朝は曇っている。そして寒波の影響か、寒い。ただ、下に一枚着込んでいるので、びくともしない。しかし手袋を忘れたので、手だけは冷たい。他は問題なし。
 冬物バーゲンの小さなのをいつものスーパーの二階でやっていたので、小さいのを買う。ホカホカの上着があったので、それを買い、今朝はそれを着た上にコートのようなダウンジャケット。コートはいつもはカッターシャツの上から着ている。だから脱げば寝間着のようなネルシャツだ。スーツの上にコートだが、スーツがない。如何にダウンジャケットが暖かいかだろう。これだけで済んでいるので。
 ただし真冬になると別。だが、なかなか寒くならないので、着込めなかった。
 そのホカホカの上着はジャンパータイプで、それだけでも一番上に着ても良いタイプだが、ポリエステルの柔らかそうな表生地の裏に毛が生えており、見るかに暖かい。前はファスナーで、襟は最初から立っており、喉まで隠せる。徳利のセーターと違い窮屈さがない。ファスナーで調整できる。
 これを一着入れることで、もの凄く暖かくなり、寒さを感じない。もっと早く着込むべきだった。快適。
 それとボアの付いた肌着に替えたのも大きい。なかなか薄くてボア付きがない。ぴったりしている方が肌着はいいのだが、伸びるタイプがいい。それと生地が分厚いのではなく、裏の暖かそうな産毛のようなものが立っているのがいい。少し毛羽立ったものが暖になる。らくだのシャツがそうだろう。
 最後に買ったコートようなダウンジャケットが意外と薄いので、頼りない。やはりスーツの上から着てちょうどのタイプのようで、ジャンパータイプのアンコたっぷりのダウンジャケットの方が強い。そして最強が偽ウールのアンコ入り。偽ウール分生地が分厚いのだ。しかし、重いが。
 いずれもほとんどがポリエステル。ダウンジャケットの防水タイプにナイロン製がある程度。いずれも化繊だ。石油だ。
 しかし表面の質感で絹を感じたり、綿を感じたり、麻を感じたりする。まあ、動物繊維もあり、牛革を感じたりもする。ただ、偽皮の場合ゴム臭いが。
 ただ、ダウンジャケットのアンコは天然の羽毛。ここは本物だろう。中に入っている綿のようなものなので、表側には出ないので、感触は分からない。
 今朝はいつもよりも遅起きになった。夜更かししていたためだろう。それで納得がいく。早い目に起きると寝不足になるので、寝ていた方がいい。それに風邪もまだ残っているようで、咳や鼻水がまだ出る。以前よりもましだが。
 
 昨日はモスへ行ったとき、塗り絵の紙と色鉛筆がテーブルの上に残っていた。前の客のものか、備え付けのものかは分からない。塗り絵ができるようになっている。
 色鉛筆だが、木の部分がない。全部芯のようなもの。色鉛筆よりも短いが太さは同じようなもの。しかし先は尖っている。太い芯の先だけが尖っている。だからクレヨンかもしれない。パステルだろうか。中身は粉。
 輪郭だけ書かれた絵があり、既に色が塗られていた。だからこの紙ではなく、塗られていない輪郭だけの紙でないといけないが、その用紙がない。あるのはサンプルだけ。その見本、お手本だが、粗目。粒子というかムラがいい。水彩やポスターカラーのようなものでムラなく塗る方が難しいが、平坦になる。カラートーンのように単純な。
 鞄に油性のサインペンが入っていたので、それで輪郭を書き、その硬いパステルで塗ると、ただの粉なので、強く擦らないと粉が付かない。サインペンの油の方が強いのか、黒い輪郭線の上から塗っても、上手く色が付かない。白い紙の上でもうまく色が付かないので、そんなものだろう。これなら輪郭線が消えることがないが、これは色目によって違うのだろう。
 このモス備え付けのパステルのような硬い色鉛筆系、紙の質感がそのまま出る。これは下にざらっとした物を置いて、その上に紙を置き、強く擦ると、下の質感が出るのに近い。
 硬いので、何度も擦らないと色が付かない。指で擦ると、粉が飛んだりする。まるで磨くようにして塗る感じだ。これは研磨工。
 児童用の塗り絵セットなので、尖った色鉛筆では先を折ってしまうのだろう。
 色塗りは不精者にはクレヨンかクレバスがいい。しかし先が太いので、狭いところを塗るのが難しい。色鉛筆なら大丈夫だが、それでは精度が上がりすぎる。鉛筆は精密描写ができるので、逆に危険。もっと鈍いタイプがいい。
 何回も磨くように擦りながら塗る感じがよかったりする。一発で塗りが決まらないような。だからじわじわと色が乗っていく感じだ。そして児童は色を混ぜない。これは浮世絵の版画と同じ。単色の澄んだ彩度が好ましい。混ぜると濁る。
 百均で売っている固形水彩絵の具。これが一番使いやすい。チューブに入っていない。化粧品のようなもので、最初から固まっている。そこに水を含んだ筆で擦ると少しだけ溶ける。だからパレットはいらない。塗る分だけ溶かす。水彩なので、筆は水に浸けて絞れば色は抜けるので、筆一本で複数の色を交互に使えたりする。この水彩絵の具、固形だ。
 まあ、色鉛筆で塗ったあと、水を含んだ筆で擦れば水絵の具のようになるのだが。
 こういうアナログ的な感じは直感的で、ダイレクト。ただ取り消せない。
 
 
 
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2019年01月27日

現代思想講義 船木亨 著

■■ 2019年1月27日 日曜日 午前9時34分
 
 昨日から寒波が来ているはずなのだが、今朝はそれほど寒くはない。普段よりも寒いが、それでも寒波のパワーは低いようで、頼りない寒さ。そのため、夜中から朝にかけての最低気温が出る時間帯でも氷点下になっていない。昨日は雪が降っていたが、上空は寒いのだろう。
 今回の寒波は二段式となっていたが、その一波の次の二波が来るのか、それとも積まれているだけなのかまでは分からない。上空の冷たい空気、さらにその上にもっと冷たい空気。二段重ねという意味だろうか。しかし上を行くほど寒い。この二つとも強い目の寒さだったのかもしれないが、地上ではそれほどこたえない。寒波が来ていない日の方が寒かったりする。
 しかし、曇天で、空は暗く、冷え冷えとしている。昨日寒かったのは風が強かったため。その中を自転車で移動していたのだが、寒さよりも風に煽られて凪がされそうになった。そちらの方が効いた。
 まあ、真冬になっても、今年はここまでは暖冬で、過ごしやすいかもしれない。この程度の寒さで済むのなら。
 しかし、世間ではもの凄く寒かったりしそうで、一人暖冬をやっているのかもしれない。別に熱はない。
 今朝は珍しく少しだけ早起き。理想的な時間ではないが、最近では、妥当なところ。それより早い理想的な時間では早すぎて、起きる気がしないかもしれない。その時間に偶然目が覚める機会も少ないが。それで今日は一日余裕がある。しかし、少しゆっくり気味だといつもより通過地点で後れを取るかもしれないが。
 
現代思想講義 船木亨(とおる)著 筑摩新書
サブタイトル 人間の終焉と近未来社会のゆくえ
帯 大衆社会でも管理社会でもない「群れとしての社会」」とは
AIとポピュリズム(大衆主義、人民主義)の先にあるもの
ドゥルーズ的思考の新展開

 と、大層なタイトルや謳い文句が並んでいるが、この本を買ったのはドゥルーズ的指向の新展開が決め手。
 久しぶりに紙の本を買っていたのだが、なかなか読み進めない。新書版だが、結構高い。
 船木亨という人の本で、これは以前NHK放送大学の現代哲学の講座で話していた人。ハイテンポで、たたみ込むように語る人で、結構悲惨な話になる。否定否定の繰り返しで、さてでは一体何を肯定するのか、何がお買い得なのかの結論をなかなか示してくれないが、本来哲学はその過程が大事で、解などいきなり言葉では得られないのだろう。
 この本にドゥルーズ云々のサブタイトルがあったので、買ったのだが、まさかあの放送大学の人だとはそのときは分からなかった。
 放送大学の現代哲学の講義はオールスター戦バトル。そしてその最先端は何処にあるのかという話。だから、この本、その先の話となるなるので、美味しいところを食べられるはず。
 放送大学では歴代の有名哲学者の解説だったが、今回は自分の意見のようなものを言うために引用しているだけ。
 構造主義、ポストモダン、ドゥルーズのあとに来るのが、この人かもしれない。カールゴッチ直伝のバックドロップ。ルーテーズ直伝の岩石落とし。そのあたりを期待していたのだが、ドゥルーズよりも話し方が分かりやすいが、これは歴代哲学者についての知識が少しなければ、フレーズだけではかすってしまうだろう。ただ、それらのフレーズが快いので、悪くはない。
 真っ先にやられる常連はデカルト。トーナメント戦で真っ先に負ける人だが、有名な「我れ思う故に我あり」だったと思うが、そう言うことを言った人。確かなものは何もないが、考えている主体である自分がいることは確かというような意味らしいが、これもデカルトをしっかり読めば、そうではなかったりすることもあるようだ。
 ただ、作者は独自の切り口で、この我について考えている。つまり自分とか、私。ということ。これはいったい何者なのか。要するに、私の定義だ。私の意味だ。私というのは私だけでは存在しない。そういう意味での私。他人に比べての私。他人がいての私。他人がいなければ、わざわざ私とは言わなくてもいい。
 我思う故に我ありの我は何を思っているのか。それは私自身のことだが、私の発生メカニズムについて語っている。私の正体について。これはこの本のテーマでもある社会などの話と繋がるので、デカルトにも触れているだけ。
 国家の前に社会ありき。社会の前に群れありき、という段取りでこの本は流れて行く。そして社会を保つためのルールの前にマナーありと。
 そして現代哲学の最先端としてのAI化する未来。それほど先のことではない。年代も分かっている。
 全体の中の部分。部分はただの全体に対しての部品なのかどうか。それは群れというキーワードで答えが出て来る。
 周りの六羽程度の鳥を見ている鳥が、その中の一羽が飛べば飛び出す話とか。イワシの群れについても語っている。リーダーなどいないし、取り決めもない。ただ、何かの拍子に誰かが動く。まあイワシの大群は身を守るため、固まりながら、鯨より大きな生き物になるのだが、強いわけではない。外側は損だ。だから交代で内側へ入るのだろうか。群れを囓られるとしても、いつも外側にいるよりもましだ。
 蚊柱の例もある。あれも作ろうとして、共同でそう言う形になるように飛んでいるわけではなさそうで、形が崩れても、また同じ形になるような動きをやっているらしい。リーダーはいない。指揮者もいない。
 猿も群れる。人類も最初から群れで行動している。そこに緩い社会が生まれているようだが、リーダーがいて演説をしているわけではない。
 まあ、一人では危ないので、自然と固まって、四方を見守りながら移動していたのだろう。
 村の成立。国の成り立ち。国と国が合併し、国王の中の国王、帝王が出る。そして、地面とは何か。土地とは何か。国以前に土地、その土地で生まれ育ち、その風土を共有する人達。それとグローバル化がどうのと言うような話も語られている。
 相変わらずの叩き付けるような早口で、間を飛ばしてポンポン進む論調は、まさに空中戦。浮かした言葉同士を掛け合わせ、本陣に切り込む語り口は、放送大学での話し方と同じ。
 早口になるのは、早く言わないと忘れるためだろう。バッファの問題。
 フーコーや、ニーチェ、メルロポンテなどの大技や、非常に危険な技を交えてのバトルロイヤル。
 ただ、いきなり、この新書版を読むより、この作者が書いた別の本を全部読んでからの方が理解しやすいだろう。
 理解というか、物事の本質をもう一度確認したり、その成り立ちや流れなどを知ることが大事で、借り物の言葉を振り回すのではなく、物事の考え方のようなものその物の本質が見えてこないと、ただの知識として知っているだけで終わる。まあ、それでもいいのだが、私はどういう仕組みで私というようになったのかあたりから、個と言うものは群れあってこその個であり、その個で個人としての私も、実は細胞という群れの集まりではないか。というようなことはこの作者は云っていないが、人もまた、その内訳は蚊柱なのかもしれない。
 ドゥルーズ時代にはなかったネット。この本ではSNSやバーチャルリアリティーなども語られており、まさに今の話だ。
 ドゥルーズのあと、何が来るのか。まだ三分の二ほどしか読んでいないし、目次も見ていないので、何処へ落とそうとしているのかは分からないが、本の表紙の文字や帯の文字などで、何となく分かったりする。
 本の前半、半分まではやや退屈だが、丁寧に書かれている。太古からの政治形態の推移などを綿々と語っている。そう言う流れが分かっていないと、共産主義も民主主義のポジション取りも分からないだろう。
 神を神という言葉を使わないで解明しようとしたヘーゲルやカント。一番頼りになる理想的な切り札としての理性。しかし、勧善懲悪のドラマのようにはいかない。
 群れというキーワードで覗いてみると、ドゥルーズ以降の世界は、それとなく周囲を見渡せば、何となく感じ取れているかもしれない。
 いつも群れ飛びカモメさえ、とうに忘れた恋なのに。都はるみ「涙の連絡船」の歌詞。これが答えだったりして。
 
 
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2019年01月26日

餃子の王将

■■ 2019年1月26日 土曜日 午前10時34分
 
 今朝は週末寒波が近いのか、風が強く、そして寒い。ただ、気温はガクンとは下がっていない。今のところ、天気が悪い程度。晴れが続いていたのだが、曇っている。しかし、晴れている日でも雲が多いので、しっかりとは晴れていなかったのだが。
 今朝は陽射しが全くない曇天。空は白い。これは雪になってもおかしくない。寝起き行く喫茶店までの道は指が痛い。この指寒暖計が寒さを表しているのだが、指の痛さの程度で気温が分かる。ただし、風が強い日は絶対温度ではなく、体感温度。風に吹かれると真夏でも熱が下がる。だから扇風機の効果がある。空冷だ。
 今朝、引っかけてきたのは偽ウール地のダウンジャケット。見た感じオーバーのようなもので、浮き袋のようには見えないし、レインコートのようにも見えない。このオーバーが一番暖かいようだ。ただ一番重くて嵩張るが。
 何が違うのかはよく分からないが、偽ウール箇所の表生地が多少分厚いためかもしれない。ただ、防水性は怪しい。モロに染みこむのだが、分厚いし、中にアンコも入っているし、さらに裏地もあるので、下まで浸水することは先ずない。だから、冬場のゴツイ上着は防水性は必要ではなかったりする。濡れて水を含むまで、相当時間がかかるため。
 一月の下旬あたりから、真冬に入るが、それらしい寒さが正月明けからなかったので、ここでガチンと冬本番を知らせる意味でも、この寒波は必要かもしれない。そうでないと、このままでは暖冬。
 その証拠に、いつもはこの時期、下にセーターを着込むのだが、まだ大丈夫。
 昨日は餃子の王将で餃子を買って持ち帰る。金曜日は持ち帰り一割引。いつもその近くの喫茶店へ夕方前に入るので、おかずに困ったときは、買うのだが、金曜に限られる。一割引狙いだ。食べて帰ってもいいのだが、まだ時間的には早い。
 この中華屋のある場所は喫茶店があった。高い目のチェーン店。生き残っているのは安い目のファスト系喫茶店だけ。またその喫茶店、純喫茶なので、食べるものに弱い。飲むものよりも、腹が空いていることの方が需要が多い。喉が渇いている場合でも、食べ物屋なら両方満たせる。水やお茶ぐらい出るだろう。
 その喫茶店へは以前毎日行っていた。潰れたが、別の場所にある店は、まだ大丈夫なようだ。そちらは競いあう店が少ない。駅前だが喫茶店が少ない。そして煙草が吸える。それで、生き残っている。
 ファスト系の大きな店、マクドがあったのだが、もの凄い客席がある老舗だったが、潰れている。駅ビルに移ったのだが、そこも果てた。残っているのは、今は毎朝行っているモス。サービスがいい。トレイを自分で運ばなくてもいいし、出るときはそのままでいい。レジで注文すれば、それで済む。あとは普通の喫茶店だ。そしてコーヒーチケットの割引率がいい。さらにレジではチケットを渡すだけで無言で済む。注文品は店員が覚えている。
 以前は、店に入る瞬間、既に作り出したりしていた。
 ただ、このモスもいずれ全席禁煙になるはず。オリンピックの影響だろうか。
 そうなると、個人喫茶へ行かないといけない。既に目星は付けている。このもスができる前からあった個人喫茶が、まだ生き残っているので。
 ただ、このモス、以前は夜の閉店時間間際によく行っていた。起きる時間が夜中のこともあったので、その頃の話だ。起きる時間がバラバラで、朝方になったり夜型になっていた。これはいつの間にか直っており、最近は朝に起きるようになった。
 今朝は遅い目に起きてきたが、昨日と同じような時間。前日目を覚ました時間に起きるパターンがあるようだ。睡眠時間はまずまず。早起きしたときは睡眠時間が短い目になる。だから寝ていた方がいい。
 早起きしたければ早い目に寝ることだ。
 
 
 
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2019年01月25日

LX100雑感

■■ 2019年1月25日 金曜日 午前10時27分
 
 今朝は陽射しがあるので晴れているが、雲が多い。気温は低くはなく、夜中も氷点下になっていない。同じような朝が続いているように思える。
 一年の中で一番寒い時期に差し掛かっているのだが、それほど寒くはない。これは昨日も言っていたかもしれない。週末寒波もその気配はない。明日あたりからガクンと気温が下がるのかもしれないが。
 今朝はこの時期としては普通の時間に起きてきたかもしれない。遅いとは思うが、睡眠時間を考えるとそんなものだ。昨夜は早い目に寝るはずだったが、そうならなかった。だから睡眠時間的には妥当。一度早い目に目が覚めていたようだが、二度寝云々以前に寝てしまったようだ。そのとき起きておればよかったのだが、それでは寝不足気味になるだろう。だから妥当な時間まで寝ていたことになる。そのため、今朝の起床時間は普通ということになる。
 風邪がまだ残っているのか、それでしんどいので、早く寝ようとしていた。起きていても楽しくない。これはいいチャンスだったのだが。
 年末の12月に比べ、1月の歩みは遅いようで、先月でいえばクリスマス。月の下旬に入っているのだが、長く感じる。同じ月末近くなのだが、迫る感じがない。一月が明けて二月。特に何もない。まあ、年末年始も特に用事がなかったので、そんなものだが、通過ポイントはある。正月を過ぎると、大きなポイントがないためだろう。意識しているのは真冬に入るという程度。これは行事でもイベントでもないが、暦の上では大きなポイント地点。
 
LX100雑感
 写りは心持ち上品。落ち着いている。やはりピントの浅さが目立つ。そのため柔らかい写真になる。まあ、背景がボケボケになるためだろうか。広角端だけがF1.7あり、しかも3センチまで寄れるので、ここが一番目立つ。広角マクロに強い。ただ自転車の上から写すには、3センチまで寄るのは無理なので、下りないといけないが。それでも飛び出たものがあると、下りないでも寄れるが。
 最近使っているネオ一眼に比べると、速写性や取り回しは少し落ちる。液晶とファインダーとは自動切り替えだが、少しだけ間がある。ネオ一眼のSX70は瞬時。ファインダーの解像力はLX100の方がやや高そうだが、見やすさではSX70の方がいい。それはズームが早いためだろうか。
 LX100でのズームはモタッとしており、待たされる感じだ。まあ構える前にズームレバーを引けばいいのだろう。どうせ75ミリまでにしか伸びないので。ただ微調整が効く。24ミリでは広すぎるとき、少しだけ回して狭めたりするときはいい。構図を丁寧に決められる。
 カメラが小さいので、左手が窮屈。そのため、左手側でのズームはしんどいので、コンパクト系らしい右手側のズームレバーの方が使いやすい。片手撮影の方が似合っていたりする。そのときの重心は非常にいい。電源レバーが小さく中央寄りにあるので、右手だけで引くのは難しいが、一応グリップしっかりしているので、問題はない。
 アイレベルでのファインダー撮影では左手が窮屈だが、手かざしやウエストレベルのときは楽に弄れる。意外と背面液晶撮影の方が使いやすかったりする。絞りやシャッターがどうなっているのかを具体的に見ながら写せるので。それと、カメラが小さいとファインダー撮影は窮屈。
 自転車の上から写すとき、結構身体をひねりながらカメラを構えるので、そうなるもかもしれない。歩きながらの移動なら、問題はない。
 カメラの雰囲気からして、ゆっくりと、落ち着いて丁寧に撮すような感じ。ただ24ミリのときは、ズーム操作はないので、さっと電源を入れ、さっと写せて速写性は高い。
 このカメラの売りは、小さいカメラなのに、一眼画質以上のものが得られることだろう。このときの一眼画質とは、一眼レフに安いキットレンズを付けたものよりも上という程度だが。そういうのが手軽に軽く小さいカメラでできるというもの。
 確かにパナソニックミラーレスの中には軽くて小さいのもある。ただファインダーが厳しかったり、操作性に難があったりする。
 だからコンパクト系の気楽さで、写せるのがいいのだろう。そしてコンパクト系なので、独立した世界。そのレンズ、他のカメラには付けられない。というより抜けないが。
 数日、適当に写しているが、落ち着いた感じで写せる。これは機動力のあるネオ一眼系ではなく、愛玩機的要素が強いためだろう。非常に道具っぽい。だからカメラというより、アイテム。愛用とアイテムのアイが重なる。
 コンパクト系としてはズーム比が物足りないが、私的な風景を、あまり作品作品させないで写すときは、枚数が稼げる。
 撮影モードは相変わらずフルオートのシーン自動認識が多く、たまにうんと絞りたいとか、開けたいとかのときは、絞りリングを回す。
 カメラの持つ潜在能力が高いのだが、それを引き出すというよりも、そういうのが付いているだけでも、奥深さを感じるものだ。
 
 
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2019年01月24日

LX100 使用感

■■ 2019年1月24日 木曜日 午前9時48分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。北の方では嵐のようだが、大阪方面も週末寒波が来るらしい。年末寒波というのがあったので、月末寒波もあるのだろう。
 週末とは土曜のことだが、日曜は週明けとはいいにくい。一週間並びのカレンダーでは左端が日曜スタートになっているタイプと月曜スタートになっているタイプがある。
 しかし最近は金曜日も週末に入れることがあるらしく、日曜まで加えると三日。半分近く週末になるので、日曜は追い出すしかない。
 以前は土曜から日曜にかけてが週末だったようだ。つまり土日という二日分の言葉まである。ただ、これは週末ではなく、休みということだろう。今度の土日、遊びに行く。しかし、週末はレジャーで楽しもうというのもあるので、週末と休みは重なったりする。
 いずれも週間という習慣ができてからの話し。それまでは七日単位ではなく、十日単位だったのかもしれない。上旬、中旬、下旬とか。
 夜空の月の満ち欠けと関係しているかもしれないが、毎晩見ていないので、分からない。
 大まかなのは月の初め頃とか、月の中頃とか、月の終わり頃とかの曖昧な分け方だ。特定の日ではない。そのあたりという程度。
 今日は24日。下旬だ。その下旬の中頃。そろそろ冬の寒さは本気を出す頃。最近暖かい。昨夜の気温も高い目で、氷点下にならず。余裕がある。
 これがある日、ガクンとくる。それが週末寒波だ。果たしてくるのだろうか。
 今朝は比較的早く起きてきた。いつもに比べて早い程度で、理想的ではない。昨日はもっと早く起きてきたのだが、逆にゆっくりしすぎる。遅起きした日は動きがさっさとしている。早い。遅れを取り戻そうとするためだろう。
 
パナソニックコンパクトデジカメLX100の詳細2
 このカメラコンパクトデジカメとミラーレスの中間あたりに位置するような気がする。これは扱い方でそうなる。把握の仕方だ。
 コンパクトデジカメに比べれば大層なカメラ。しかしパナソニックのミラーレスと比べても大層かもしれない。何せシャッタースピードダイヤルが付いているためだ。ここはクラシックカメラのレイアウト。
 いつからシャッターダイヤルのないカメラが増えてきたのかは忘れたが、メタルカメラ時代にもないカメラがあった。意外とペンタックスの一眼レフで、ダイヤルがない。そのかわりボタンがある。MEとかMEスーパーだったと記憶している。ボタン映像2000分の一秒とかのコピーがあった。
 レンズシャッター式のコンパクトカメラはシャッターがレンズ側なので、鏡胴にシャッター値のスケールがあったりした。一眼レフなのに、その場所にわざわざ付けていたのがオリンパスOM系。
 レンズシャッター機でも、軍艦部にシャッターダイヤルがあるのを中古で見たことがある。これは買っている。シャッターダイヤルを回したかったからだ。
 どちらにしても、類似するカメラは富士にある程度だろうか。
 しかしLX100のシャッターダイヤル、まだ撮影中に回したことがない。それはこのタイプの昔のカメラで写すときは、絞り優先で使うことが多かったためだろう。そして両優先機がミノルタとキヤノンから出たが、どちらでも使えるが、交互に使うとかはあまりなかった。
 そしてそういうのをズバリ解決したのがプログラムモード。シャッターも優先せず絞りも優先せず、ただひたすら露出だけを合わせるための定食のようなものだが、その後できるだけスローシャッターにならないラインや、装着レンズにより、低速側を合わすようになっていった。望遠だとブレやすいので、できるだけ高速に切れるように。
 当然LX100にもプログラムモードはある。特に書かれていないし、そんなマークもないが、両方をオート位置にすればプログラムモードに入る。
 そしてプログラムモードをさらに進化させたのがシーン自動認識モード。至近距離だと分かると、マクロモードに切り替わり、顔を発見すると顔認識やポートレートモードに切り替わる。動いている物を発見すると追尾になり、さらに被写体を囲んで離さない。これはオート化、AI化だ。
 動いているものがあると、シャッタースピードを上げようと、感度まで勝手に上げるタイプもある。
 そうしてみていくと、このLX100は進化の過程を残しているようなもの。一番シンプルなのは、絞りとシャッターをどちらも自分で合わせるマニュアルモード。両方ともダイヤルやリングなので、手動合わせで分かりやすい。具を掴んで回すのだから。
 当然露出計が出る。ここでスポットにするか、中央部重点にするかなど、昔辿った道と再会するようなもの。
 オートではその値から少しアンダー気味とかオーバー気味に、とかで露出補正をする。これもダイヤル式。
 最近のカメラでは一切そんなことはしないで写している。だから、尾てい骨を見ているようなものだ。
 しかし、このカメラだと、そういう道具立てがあるので、尻尾がある。絞りを回すことも、シャッターを回すことも苦にならない。
 絞りを弄ると絵面としてどうなるか。暗い目の室内で、レンズは開放になりやすく、シャッターは高い目になりやすい。しかしシャッターにまだまだ余裕がある。絞ればピントの幅が拡がるし、開放の画質よりもよくなる。ぼかしたいのなら別だが、できるだけ全体をシャープに見せたい。そんなとき、絞りを一寸回してやればいいだけ。当然シャッター値を気にしながら。
 絞りとシャッターを常に気にしながら写すというのは、兼ね合い、妥協点を見付ける感じだろう。
 このカメラ、カメラの教科書を見る思いなので、カメラ教材としてふさわしい。しかし、普段写す写真は被写体がメイン。被写体を探したり、見出すことでほとんどのことが決まってしまう。ピントが何処に合っているかとか、ぼけ具合がどうのとか、一番いい画質を引き出す絞り位置とかは二の次。オートだとそういうのは成り行きで決まる。こちらの方が現実的だ。
 しかし、このカメラ、一寸ダイヤルを回せばいいだけなので、いつもの定食とは一寸違う味付けができるのだが、これは写した者しか分からなかったりする。見る側も、何が写っているのかを見ているので。被写体を見ているのであって写真を見ていない。
 被写体というより、事実関係を見ていたりする。写真なので、書いたものではないので、実際にあったことだろうとか、実際にある場所だろうとか。
 
 このカメラは雰囲気物だ。カメラの醸し出すイメージ。イメージを捉えるのが写真機だが、その写真機そのものにもイメージがある。それに乗って写すと、また違ったものが写せたり、目がいったりする。
 
 
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2019年01月23日

LX100 詳細

■■ 2019年1月23日 水曜日 午前8時55分
 
 今朝は晴れているが、このあとどうなるのかは分からない。雲が多いためだ。昨日よりは少し寒いが風は穏やか。指の先が冷たくなるのが、昨日との差。
 週末二段階式の寒波が来るとネット上で見たが、どうだろう。少しだけ先の話だ。真冬なので、ここらで一発それらしいものを見せないと決まりが悪いだろう。週末という言葉が入っていたのだが、もうすぐにでも寒くなるのかと勘違いした。二三日先の話。
 今朝は非常に早く目が覚めた。寝ているとき咳が出て、それが続いて寝てられない。起きるのはまだ早いのだが、起きると咳は止まった。もう一度寝てもいいのだが、早起きのチャンス。しかし、早すぎるので、睡眠不足。しかし起きたときは眠くない。二度寝などする気も起こらないほど。
 理想的な時間ではないが、理想的な時間帯。こういう時間に目が覚めるのは何度かあるが、早すぎるので寝てしまう。
 まあ、早起きしすぎても昼寝で何とかなる。そして早く寝ることができれば、早い時間に目が覚めても睡眠が充分だと起きやすい。
 風邪の方は何とか通過したが、咳が残った。これはよくある。咳癖ができたようになる。
 まあ、風邪は治りかかりが大事だというので、大人しい目に過ごすのがいいだろう。早く起きると、余裕が出るので、ゆったり過ごせるかもしれない。
 
パナソニックLX100
 本体と自動開閉キャップが別便で届いた。一つに纏めて発送とかのオプションがあったはずだが、忘れていた。自動開閉レンズキャップは封筒に入っていた。その封筒もアマゾンのもの。
 早速カメラ側の段ボールを開ける。いつものアマゾンのやり方で、大きな段ボールの中にカメラの元箱が真ん中に台紙の上に貼り付けられていた。
 元箱が結構綺麗だ。こんなもの使うわけではなく、すぐに破って捨てるのだが、新品で買ったときの雰囲気が楽しめる。当時のチラシのようなものも入っていた。
 充電器はコンセント付きのもの。小さな箱で、持ち運びやすい。コードはいらない。
 USBコードも入っていたが、専用。USB充電はできないが、パソコンに取り込める。専用ソフトのdvDも入っていたが、相当古いだろう。これがなくてもWindows側のフォトというソフトが取り込んでくれる。
 SDカードの抜き差しでも取り込めるが、抜き忘れがある。
 
 早速本体を取り出し、GX7のバッテリーを入れて試写。一応中古なので、設定をリセットして使う。出荷時の初期設定状態で。
 いつものパナソニックのデジカメなので、一番分かりやすいiモードで写す。これはフルオートモードでシーン自動認識、さらに階調拡大などもオンになっている。このモードが一番カメラの機能を引き出してくれる。
 いつもの薄暗い室内での試写だが、昼間なので、夜よりも外光が入るので、明るい。だから条件はいい。
 まあ、受光素子の大きさ、レンズの明るさは圧倒的で、こういう場所では安心感がある。綺麗に写って当然のスペックなのだから、特に細かいところまで見ないまま、試写は終わる。写るか写らないかギリギリのカメラの方が、こういう試写は楽しいのだが。
 f1.7もあり、受光素子の大きさ、感度上限の高さなどから、カメラスペックがよすぎて、興味がなくなるほど。F1.7の明るさだけでも、充分有利だ。
 まあ、故障していないかどうかの初期不良を見た程度だろうか。
 
 さて、カメラ本体だが、これは何処かで見た記憶があるが、ライカ系ではなく、コンタックス系だ。
 コンタックスのレンズ交換式の小さなカメラに近い。富士にも似ているが、そこまでクラシカルではない。それと思ったよりもボリュームがある。結構ボディーは分厚い。しかし、そう感じるのは横幅が短い目のためだろうか。正方形寄りの横幅。これが長い目だとライカ風になる。
 この正方形に近い横幅の狭さがコンタックを連想させたのかもしれない。
 それよりも、中古カメラ屋で昔のフィルムカメラ時代のコンパクトカメラを買ったような気になる。レンズシャッター式の。そんなフォルム感だ。
 フィルムサイズ的には半分なので、ハーフサイズカメラ。キヤノンのハーフサイズカメラで、こんな感じのものがあったような気がする。
 要するに妙に懐かしい。だからこのカメラ、コピーライカではなく、レンズが明るいだけのレンズシャッター機の大きいのに似ていたりする。まあ、大まかな特徴はそんなものだろう。このレンズに圧倒的なものを感じる。
 コンパクトかというとそうではなく、そこそこボリュームがあり、嵩もあり、そして手応えもある。ズシリとは来ないまでも、重みを感じる。ここが普通のコンパクトデジカメとの違いだろうか。
 ストロボがないので、軍艦部にふにゃふにゃしたものがない。軍艦部の操作部は右半分に集中。左側川はアクセサリーシューがあるだけ。このカバーは欠品だろう。前の持ち主が落としたのだろう。これはいくらでも替えはある。
 軍艦部にあるのはシャッタースピードダイヤルと露出補正ダイヤルと、シャッターボタン程度。電源はシャッタースピードダイヤル基部にレバーがある。あとはiボタン。これを押すと今風なデジカメになる。シャッターや絞りがどの位置にあっても、完全に無視するようだ。AFやマクロなども手動切り替えだが、それも無視される。超初心者モードになる。だからいつものパナソニックコンパクト系デジカメと同等の操作になる。操作というより、何もしなくてもいい。
 このカメラ、大人しい。主張がない。飛び出した何かがない。カメラとして見た場合、地味なのだ。シンプルで地味。何かを歌い上げようとするところがない。だからクラシカルな雰囲気を醸し出していないし、ライカ風なのかコンタックス風なのかも曖昧。際立ったところがなく、所謂外連味がない。大人しい子だが、しっかりしているという感じだ。
 次は音。レンズが飛び出すときの音が静かで、キーキーいわない。しかしゆたーと飛び出し、戻るときもゆっくりだ。その音がいい。もの凄く重いものをしまうような音。重低音。
 まあ、形はコンパクト系だが、ミラーレスと同じ受光素子で、しかも明るいレンズなので、レンズそのものが重いのだ。
 確かに定価で買うと、かなりの値段なので、それに見合った質感を感じるが、意外とあっさりとしたデザイン。
 ボリュームがあり、凹凸があるので、個性が出るはず。1インチタイプの小さなコンパクト系だと、結局板状になり、デザインのやりようがないが、ある程度ボリュームがあると、形に変化を付けられる。
 色は白だが、実際にはシルバー。昔のメタルカメラ時代のものに近い。材質はマグネシューム合金らしい。
 持った感がいい。ボディーとレンズとのバランスがいい。当然だろう。一体型で、このレンズに合うようなボディーレイアウトになっているはず。またはボディーに合わせたレンズに。
 レンズは抜けないが、その根本に画面比の切り替えができるレバーがある。絞り値が並んでいるようなもので、4対3や3対2や1対1や横にもっと長いタイプ。パナソニック独自のやり方なので、フレームは変わっても画角は変わらない。1対一の場合はその限りではないが、左右が切れるので、画質のいい中央部だけを使うことになるが。
 マニュアルフォーカスはレンズ側のリングでやる。これはAF撮影中でも、回すと切り替わるオプションもあるようだ。AFやMFの切り替えはレンズ側のレバーで切り替える。
 AEロックやAFロックも当然あるが、押しながらシャッターボタンをさらに押すというのは苛酷。そのため、一度押すとロックされるオプションもある。
 これは明暗比の多いとき、露出だけを得るため、カメラを振ればいい。露出だけロックされるので、使うこともあるだろう。
 ズームは比率が短いわりにはモターとしている。これは動画向けだろう。ジワーとズームする。これは気持ちがいい。まあ、超望遠はないので、スピードはいらない。微調整では、このスピードが落ち着く。
 起動時は24ミリなので、広すぎるため、35ミリあたりまで狭めることが結構あるだろう。
 電子ファインダーは大きく明るく、思ったよりも鮮明。期待していなかったのだが、見やすい。GX7よりも明るくていい。被写体がよく見える。
 視度補正は弄っていない。前の持ち主が合わせていたはずだが、丁度いい感じだが、まだしっかりと合わせていない。
 パナソニックデジカメの視度補正ダイヤルはよく動く。このカメラはどうだろうか。
 
 ズームは24から75ミリほどだろうか。画質が劣化しないとされているEXデジタルズームでは倍になり、150ミリ。受光素子の大きいカメラだと使える。小さいと荒くなる。
 さらに劣化を抑えた超解像を加えれば200ミリ以上は行くようだが、書き込み画素数を小さい目にする必要がある。大きな画素数で保存するときは、デジタルズームは伸びない。
 画質が劣化しないとされるのは、パナソニックではEXズームと呼んでいる。ただし倍だ。
 これはズームレバーでそのままイケイケになるが、少しだけ引っかかりがあり、光学ズームから出ていることが指で分かるが、ファインダー内にも画角が書かれているので、75ミリ以上の数値が出ているので分かる。いずれも35ミリフィルム換算時の画角なので、分かりやすい。まあハーフサイズ受光素子なので、実際のミリ数の倍になるので、分かりやすいが。
 望遠は135ミリほどあればいいだろう。そのままの75ミリでは何ともならないが、150ミリあれば望遠を忘れたときも何とかなる。
 古典的な画角としては35ミリ、50ミリ、85ミリあたりまであればいい。そして望遠として135ミリを付けていると、大したものだった。200ミリだと、手ぶれがきつくなるので、使いにくい。
 300ミリを超えると超望遠。三脚が必要だが、手盛り望遠の限界とされていたらしい。
 今は300ミリは望遠では広角とされている。広い範囲が入ってしまうためだ。
 まあ、このLX100は標準レンズの延長か、広角側に強いカメラという印象で、それ以上の使い方は無理。
 75ミリに対しての広角といえば35ミリあたりだろうか。28ミリなら100ミリあたり。24ミリだと150ミリあたりが対に来る方が好ましい。
 このカメラ、50ミリ標準から見ると、広角側へ寄りすぎているので、デジタルズームで150ミリを加えると、丁度いい。
 実際に室内で写してみると、劣化らしきものは見えない。まあ、トリミングして拡大したようなものだが、昔のデジタルズームとは、ちょと違う。
 
 電子ファインダーは薄暗いところでもざらっとしない。これは見事だ。まあ、広角などでは手かざしが多いので、ファインダーで覗くより素早いが、明るいところではやはりよく見えないはず。いいファインダーだが、これは望遠のときに助かるのだが、75ミリが望遠では、手かざしでも十分かもしれない。
 まあ、このあたりそつなくできている。値段相当分の値打ちがある。新品で高かったとき、新品で買っても、これなら満足できただろう。
 背面液晶は回転しないが、ボディーにピタリと張り付いている。まるで上等なタブレットのように。これはデザイン的にも、この方がいいのかもしれない。かなり斜めからでもよく見えるのは流石だ。回転しなくても、まあ問題がないと思いたい。斜めからだと、構図が分かりにくくなるが。
 そんなときはしゃがんでファインダーで覗けば済むこと。
 このタイプ、液晶が回転しないのは、ライカ版を出すとき、ライカが回転を嫌がるためかもしれないと、邪推。
 
 今回のLX100はカメラっぽいカメラ。冬場ならポケットに入るので、持ち歩ける。これぐらいの大きさ重さの塊だと、小さすぎず大きすぎない。
 ピントは既にパナソニック流の空間認識式になってから出たもので、非常に早いし、また薄暗いところも苦手にしない。一発で合う。
 顔認識も当然あり、瞳認識も付いている。四年前、既にあったのだ。普及機のコンパクト系には付いていないので、ここは高いだけのことはある。瞳認識は手前側の瞳に合うらしい。使う機会などないが。
 
 まだ、一寸写しただけだが、動作に高級感がある。滑らか。
 レンズ側のリングでズームができるのだが、これが軽い。嘘のように軽い。一本指でも回るほど。まあ、レンズ鏡胴箇所は建て込んでおり、込み入っているので、軽く回る輪がズームリングということだろう。指で分かる。絞りリングはクリック感があり、中間もある。A位置に入るときと出るときだけは少し硬い。だから不用意に回らないようにしているのだろう。縦横比率のレバーなどは硬い。AFやMFの切り替えレバーも硬い。
 中古で安く手に入れたが、新同のいいのを買ったが、それでも、これだけのいいカメラを安く手に入るのはパナソニック中古での値段落ちのおかげ。
 普通のコンパクトデジカメと同じように手かざしで、フルオートで写せば、難しいカメラではない。普及タイプのコンパクトデジカメの新品並みの値段で手に入るのだから、これは得をした感じだが、ズーム比は低く、大人しい画角。しかし、レンズの明るさと、このサイズでミラーレス並みの受光素子と、ミラーレス並みのファインダーが付いている。
 まあ、狙い撃ちで、撃ち落としたカメラだ。
 
 
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2019年01月22日

LX100中古購入

■■ 2019年1月22日 火曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れている。風も穏やかなので、それほど寒くはない。一年で一番寒い時期の入り口なのだが、それほどでもない。夜中、氷点下に下がることもない。そのため、12月の方が寒かったほど。そこからぐっとさらに寒くなるはずなのだが、そうならないのは不思議。
 一番寒いのは2月。ここで一気に気温が下がり真冬の底に入るのかもしれないが、もうそろそろ2月の声が聞こえてくる。誰かが2月2月と言っているわけではないが。
 風邪が厳しかったとき、早起きするいいタイミングが二回ほどあったのだが、パスしたためか、遅起きパターンに戻っている。しかし、日没が遅くなっているのか、夕方が遅い。まだ明るいのだ。こういうのは急に変わるわけではなく、徐々だが、それでも以前に比べると早く感じる。何処に基準があるのかは分からないが。
 
LX100
 パナソニックの高級コンパクトデジカメシリーズLXの最高峰機を狙っている。去年の秋頃まではこれが最高級機。新製品が出たのだが、それほど違いはない。
 四年ぶりに出たらしいので、四年前のカメラだ。コンパクト系は勢いがないので、サイクルも長い目になっている。出るだけでましだろう。
 中古でガタンと値段が落ちているので、狙い目。しかし、白と黒の二種類ある。安いのは黒。新品で売られているものも白が高い。十万を超えている。数が少ないのかもしれないが、中古ではそれほどの差はない。
 中古一覧はアマゾンが探しやすい。複数の品を並べてくれている。品というより、店だろう。販売はアマゾン。それで送料はなし。アマゾンの倉庫に在庫があるのだろうか。
 白ボディーで、かなりいいとされるのを選ぶ。レンズに汚れやゴミがなく、ファインダーも綺麗となっている。それに決めたのは自動開閉めレンズキャップが付いているため。最初から付いている。これはオプションで売られている。しかし、その写真を見ていると、キャップが黒い。白ボディーに合わない。
 それで、かなりいいから新同へと移行。ほぼ新品という感じだ。元箱が付くが自動開閉キャップはない。元々付いていないのだから、そんなものだ。しかしマニュアルがない。欠品だ。しかし未使用ストラップやUSBコードやDVDは入っている。この中にマニュアルが入っていたり、取り込むときのソフトやアルバムソフトが入っているのだろうが、バージョンが古いだろう。これはいらないが。
 USBコードもパソコン充電はできないので、あまり意味はないが。パソコンに取り込める。
 それでもものがほぼ新品なので、キャップ付きのものよりもボディーはさらに綺麗なのかもしれない。
 それに決めて、レジの次へ行くと、白の自動開け閉めキャップが表示されていた。ここにはバッテリーなども並んでいたりする。バッテリーはGX7と同じなので、流用できる。
 キャップもプライム品となっており、発送日が同じなので、一緒に届く。別々の日に届くのなら買わなかったかもしれない。キャップは新品だ。オリンパスやカシオの高級コンパクトにも同じようなキャップがあり、慣れている。いずれもレンズが明るいので、レンズバリアーが付けられないほど大きいためだろうか。
 このキャップはレンズが飛び出したときのショックで開く。ここでバネが効いているのだろう。レンズを収入すると、緩んで戻る。そういう仕掛けの自動だ。モーターはいらない。
 黒ボディーばかり買っていたので、白ボディーを選んだわけではないが、見分けやすい。それと白の方がカメラっぽい。これが樹脂製のデジカメなら別だが、折角のメタルボディーだし、カメラの雰囲気が明るくなる。白物家電メーカーのカメラっぽい。
 結構買うかどうかの決心が必要だったのは、実用性の問題だろう。まあ、レンズが明るく、受光素子も大きい目なのでそこそこ高感度が使える。暗い場所での実用性は確かにある。まあレンズが暗くても、感度上げで問題なく写せるので、それほどの実用性ではないが、レンズが明るいと、背景のボケが大きくなる。開放だと深度が非常に狭くなり、使いにくくなるのだが、絞ればピシッとくるだろう。絞りなど最近触ったことがないが、このカメラは絞りリンクがある。しかも見えている。少し回してやればいいのだ。昔の絞り優先ができる。
 そんな細やかなことを実際の撮影でやるのかというと、やや疑問。そんなことをしている暇がなかったりするためだ。
 シャッターダイヤルをA位置にすれば絞り優先。その逆をすればシャッター優先。連動外のときは感度が自動的に上がったり下がったりするのかどうかまでは見ていないが。
 真っ昼間の明るいところでの開放。F1.7ある。露出オーバーになるはずだが、シャッタースピードの上限は機械式で4000分の一秒と凄い数値だ。これならNDフィルターなどはいらないだろう。電子式ではその三倍ほど。
 フィルム時代、2000分の一秒もあれば凄かった。その恩恵は明るいところでも開放気味に写せること。
 レンズは24から70あたりだったと思う。望遠端でもF2.8。その中間はF2をキープしておれば大したものだろう。
 さて、そんなチマチマしたことをやるのかどうかは分からないが、このカメラを投入することで、少し変化があるかもしれない。今までとは一寸違う写し方になりそうだ。
 
 ネット上でのマニュアルではまだWindows10時代ではなく8時代。10が出たのが四年かそこらだったので、このあと出たのだろう。
 LXの古いバージョンを中古で買ったことがあるが、そこから結構経っている。写りは細かく上品だった。ただ液晶が暗く、日中ではよく見えなかった。十年以上前のカメラなので、そんなものだろう。手かざしスタイルで何とか写せるが、きっちりとした写真は無理だった。液晶が見えないのだから仕方がない。それでも室内とかでは液晶もよく見えるので、問題はない。今の液晶は明るいので、以前ほどでもないが。
 そのLXのファインダーが付いたのが、今回の機種。パナソニックミラーレスの古いタイプのファインダーぐらいの見やすさがある。パナソニックコンパクト系ではネオ一眼を除けば、一番スペックが高いので、普通に写せる。
 ミラーレスと比較すると、GX7が近い。一回り小さなミラーレスもあるが、ファインダーも小さい。だから比べるとすればGX7の方だろう。形も何となく似ている。ただ、それをぐっと小さく軽くした感じだ。ここはコンパクトカメラという特徴がある。
 GX7というのはSONYのα6000に似ている。一眼レフではなく、ライカ型の板状のカメラで、ボディーが薄い。
 しかし現状のα6000ダブルズームキットよりもLX100の方が高かったりする。どちらも古いカメラで、しかもα6000は値が落ちないの。中古でも値は落ちない。LX100は中古ではガタンと落ちる。だから穴だ。
 ベストセラー機のα6000と比べると、LX100はマイナーな感じだ。
 受光素子の違いはあるが、キットレンズに比べると非常に明るい。
 
 さて、このLX100が今日届く。配達時間指定で頼んだのだが、最近遅起きなので、その時間は戻っていなかったりする。遅起きの影響がそんなところに出ている。
 このLX100は出たときから狙っていたのだが、趣味性が高すぎるし、また絶対に必要なカメラではないので、余裕で買うカメラ。最近はネオ一眼が実用性が高く、これがメイン。それで余裕ができたのだろう。それとは逆タイプのカメラを。
 
 
 
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2019年01月21日

風邪

■■ 2019年1月21日 月曜日 午前10時41分
 
 今朝は晴れており、風も穏やか。それほど寒くはない。
 昨日は雨が降っていたのだが、陽射しが出てきて、晴れてきた。朝の雨とはかなり違う。やはり朝の天気は当てにならない。朝はその日の天気を表しているわけではなさそうだ。まあその日と言えば、その夜からその日になるので、その日とは日中のことを主に指すのだろう。夜になるとその日ではなく、その夜。まあ、その日の夜というほうが正確だが。
 日没以降というのはもうその日は終わったようなもの。一日の終わりだ。明るさとも関係している。昔は暗いとやることが限られる。
 昨日は風邪っぽい中、しかも雨が降っている夕方の暗くなってから出掛ける用事があるはずだったが、雨がやんでいたのは幸い。風邪は何とか回復へ向かっていたようで、無事往復できた。
 くしゃみは収まっているが、むずむずするのは残っている。鼻水がじゃじゃ漏れだったが、それも少しはましになった。咳は出ているが、これは冬場よく出る。しかし風邪を引いていない冬は咳は出ない。一度冬に風邪を引くと、治っても、たまに出たりする。咳は痰が絡んでいるからで、それを出せば出なくなる。
 しかし、風邪は長引くことがあり、冬中風邪だったりすることもある。普通は一週間もあれば戻るだろう。冬中風邪というのは、それは風邪ではないかもしれない。ただのアレルギーだったする。
 今回も風邪薬は飲まなかった。これは飲むと癖になる。鎮静作用があり、睡眠薬にもなるからだ。それよりも、悪い方に出る。
 風邪の症状なのか、薬の影響なのか、よく分からない状態になる。まあ、しんどくても仕事をしないといけない人なら飲んで症状が緩和させることになるのだろうが、風邪薬で風邪が治るわけがない。むしろ症状が抑えられるので、無理をしそうだ。
 今回もそろそろ治る日数を経過したので、治り掛かっていると思うが、これだけは分からない。
 今朝も、もの凄く早い時間に目が覚めたのだが、強引にまた寝る。もの凄くしっかりとした目覚めで二度寝など考えないほど。しかし、睡眠時間を考えると、起きるのは無理。
 それで今朝も遅い目に起きてきた。早く起きるには早く寝るしかない。
 
 パナソニックのXL100はまだ買っていない。これは中古なので、いろいろと種類が多いのだ。同じ種類だが、程度があり、また色もある。黒と白があり、LX100マーク2は白がない。だから白の方が100の場合、高かったりする。
 オプションの自動開閉キャップ付きというのがあるし、オリジナルストラップ付きというのもある。また元箱付きで、ほぼ新品というのもある。未使用品ではないが。
 それと到着日。買うときのタイミングで、翌日が多いが、時間指定の場合は間一日遅い。また買うとき、もっと早い時間帯に買えば、時間指定でも翌日届く。まあ、午前中に申し込めば、翌日になる。
 ボディーの黒は分かるが、白は質感が違う。白とシルバーは違う。白いペンキを塗ったような白もある。
 金属ボディーのシルバーは光る。これでダイヤル類の文字が読めなかったりする。黒字に白文字は読みにくいが、反射で読めないよりはまし。
 今回はシャッターダイヤルの文字盤があるので、それを裸眼で何となく認識できないと、旨味がない。絞り文字が刻まれている。このあたりが、このカメラの特徴で、液晶を見なくても、分かる。露出補正もそうだ。一目で分かる。
 ボディーはアルミではなく、マグネシューム合金。剛性が高い。黒ボディーなら、塗装がはげれば、奥から黄金色の地金が見えてくるはずなのだが。
 ただ、そこまで詰め寄りながら、なかなか買えないのは、このタイプのカメラ、実用性が低いためだ。カメラしては非常にいいのだが、実際に撮すとなると、標準ズームだけでは物足りなくなるためだ。
 特に今使っていのは21ミリから1400ミリ近いキヤノンのネオ一眼。
 だからそれがあるので、張り切って新バージョンや、新品ではなく、旧製品で、しかも中古を狙っている。愛玩具にはなるが、実用性が弱い。
 まあ、ポケットに入るので、ネオ一眼やミラーレスや一眼に望遠を付けたものと組み合わせれば、ポジションを得られるが。
 しかし散歩カメラで二台持ちは面倒。懐刀的な用途や、常時携帯カメラというのもありなので、そちらの路線だろう。
 
 
 
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2019年01月20日

標準ズーム

■■ 2019年1月20日 日曜日 午前11時04分
 
 今朝は雨。小雨なので、傘は差さないで、自転車で朝の喫茶店へ行く。幸い風がないので楽。傘もいらないので楽だが、少しは濡れる。それに寒い。水冷だ。
 昨夜は風邪でしんどいので早い目に寝る。これは勝手なもので、元気がないので、遅い時間まで起きているのが辛いので、早く横になりたいだけ。簡単なことで早寝できる。
 夕食後も一眠りしたので、充分遅くまで起きてられるはずなのだが、早寝。しかし、夕寝をしたためか、すぐには寝られなかった。結局寝付いたのはいつもの時間になっていたようだ。元気だとまた起きてきただろう。
 そしていい時間に目が覚めたのだが、この時間に起きるのは怖い気がして、二度寝。体調が悪いのに張り切って起きることはない。二度寝三度寝してもいいのだ。
 それで結局寝過ぎて、結構遅い時間に起きてしまった。そして雨。
 風邪は鼻水とクシャミと咳。それがまだ続いている。今日は用事で出ないといけないのだが、まあ、いつもの喫茶店往復程度のことで済む。
 
 今朝のお供のカメラはニコンのD3400。これはニコンの中では一番安くて小さく軽い一眼レフ。現役機の中でもキヤノンよりも軽くて小さいだろう。ただイオスキッスMが軽い。これはミラーレスなので、ジャンルが違うが。
 それにキットレンズの標準ズームを付けている。雨だし写す気がないので、望遠はなし。それと今、思案中のパナソニックの高級コンパクトデジカメのズーム比と近いので、それを確認するため。
 しかし、小型一眼レフと標準ズームだけの組み合わせだと、非常に楽。軽いし小さいが、コンパクト系に比べれば、ゴロゴロしており、嵩張る。
 しかし、今では古典になりつつある光学式一眼レフファインダーが逆に光る。
 初心者が初めて一眼レフを買うとき、家電店などで普通に買えば、キットレンズ付きのダブルズームセットが多いはず。逆に標準ズームとボディーだけの組み合わせがなかったりする。望遠ズームはいらないと思っても、単独で買い足すとなると、キットものの方が遙かに安い。望遠ズームはおまけのようなもの。しかし、このカメラを買うときは、この望遠ズームが狙いで買っている。逆に標準ズームはいらないと思っていたほど。
 しかし、今、検討しているのはその標準ズームしかないLX100。
 一眼レフに標準ズームというのが、今のカメラの初心者仕様。これだけならもの凄く楽な気がする。最短撮影距離がそこそこ短いので、テーブルものも問題はない。80ミリでも結構寄れるし、広角端と望遠端の最短撮影距離も同じ。これだけでも写しやすい。それと一眼レフなので、アイレベルで写す。最短撮影距離はレンズ先端からではなく、受光素子面からなので、ボディー側の板からの距離。だからレンズ先端からではかなり寄れることになるが、ライブビューは使わないので、そこそこ距離を置いて写している。
 また一眼レフなので速写性が高い。これは電源レバーを引いた瞬間、もう写せる。沈胴レンズが出てきて云々などはない。ファインダーは電源を入れなくても見える。ピントは前回写したときの位置にある。だから意外とカメラを取り出してから実際に写すまでが早かったりする。立ち上がり、スタートが早い。
 このカメラはAFで写すときでも、フォーカスリングを回すとマニュアルフォーカスに一時的になる。まあ、どうしてもピントが合わないときは、重宝する。逆にいえば、マニュアルフォーカスとオートフォーカスの切り替えが奥まったメニューにある。そこで切り替えなくてもいいので、探す必要はないのだが。
 LX100を狙っているのだが、デジカメ市場的には光学式で一般的な一眼レフが穴ではないかと思ったりする。
 まあ、D3400を買ったのは、軽くて小さいため。だからそれ以上大きく重い中級機は圏外になるが。
 イオスキッスMが出たとき、その影で注目されていないが、キッスの新型も出ていた。ミラーレス版キッスばかり注目しているが、普通の一眼レフも出していたのだ。普及タイプで初心者タイプのキッスシリーズの中でもさらに安っぽいのだが、最新の一眼レフだ。
 そういうことを頭に入れた上でLX100を見ると、ギリギリポケットに入る大きさで軽さがある。一眼レフに比べての話だが。
 電源を入れると、重そうなレンズが飛び出してくるようだが、これが結構最初から伸びている。だから電源を入れてからすぐには写せない。まあ、コンパクト系ズームカメラならそんなものだが、最初からそんなには伸びない。それと瞬時で広角位置まで伸びる。量も僅か。それに比べて、モターとしているようだ。ズームももったり気味なので、少し待たされるカメラということになるが、中に入っている受光素子が大きい。それとそれに合わせたレンズも大きいためだろう。だから重い。
 このあたりが、少し気になるところだが、まあ、高い実用性を求めているわけではないので、起動までの儀式も悪くはない。
 
 
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2019年01月19日

XL100検討

■■ 2019年1月19日 土曜日 午前9時41分
 
 今朝は晴れている。しかし朝だけかもしれない。昨日などはそのあと曇ってしまい、暗い空になっていた。
 今朝は陽射しがあり風も少ないので寝起きの喫茶店への道も楽だ。寒くて風があるとペダルが重い。
 風邪は鼻に来ている。水洟が出る。鼻は元々悪いので鼻はよく出るが、それとは種類が違う。
 咳も出るが始終ではない。くしゃみはいつも出かかりそう。鼻がむずむずしているためだろう。

 練り物ばかりのおでんセットがなかなか減らない。二人分ある。同じタイプのが二つある。おかずになっていいのだが、こればかりでは飽きる。大根や人参も入れていたのだが、そちらの方があっさりとしていて食べやすい。
 こういう練り物、一つか二つで充分だ。そういうのが十個以上ある。ジャガイモも入れていたのだが、すぐになくなった。練り物よりも美味しいためだろうか。ジャガイモも多いと飽きる。だから一つ入れただけ。
 ちくわが膨張している。柔らかいちくわで、こういうちくわが欲しいのだが、このタイプが滅多にない。おでん用の煮込み用のちくわだろうか。しかし、入っていたちくわはほとんど煮こんでいないのに、柔らかい。白っぽい。
 
 パナソニックのXL100をどうするかと考えている。24から70の大人しいズームで、この画角のコンパクト系を持ち出したとき、物足りなさを感じたりすることが多い。
 このカメラの実働機をかなり前にヨドバシで触ったことがあるが、ズームが硬い。小さなズーム比なので、さっと動くはずだが、レバーが硬く感じるほど動きが遅い。その横に並んでいた25から360ほどある1インチ機はスーと動いた。そのときの感触では1インチキの方がよかった。こちらの方が軽くて小さく、望遠も一応ある。ただレンズは暗くなってしまうし、ファインダーで差が出たりする。
 この1インチタイプの旅カメラも狙っていたのだが、結局300ミリ台の望遠では、満足できないので、そこで終わっている。
 24から70だが、ズームが遅いとなると、ほとんど24ミリばかりで使うのではないかと思ったりする。また、このタイプのカメラを持ち出したときは、70ミリとか100ミリ側の望遠ばかり使っていたことを思い出す。
 ズームレバーからでは硬そうだが、このカメラは根本にリングがあり、それにステップアップズームを仕込むことができるようだ。マニュアルピント合わせを解除してズームにすれば柔らかいかもしれない。それにステップアップなので、24から28や35へはすぐに行くかもしれない。望遠のときは電動ズームの方がスムースだが、標準域の細かい画角調整は手動式の方がよかったりする。電動ズームは微調整しにくい。ただ、早い。
 このカメラ、パナソニックのミラーレスの標準ズームだけを付けたものと同じようなものになる。それの古いタイプを中古で買って写していたのだが、古いので液晶がしっかりと見えない。受光素子の大きなミラーレスなのに、乱暴な写し方になっていた。
 XL100はそこそこのファインダーが付く。これを40ミリに固定して、写すといい感じになるかもしれない。電源オンと同時に指定した画角までズームするという機能があればの話だが。当然そのあといくらでもズームできる。
 要するにこのカメラ、フナ釣りに近くなる。24ミリというのはおまけで、街頭スナップなどでは広すぎて被写体が散りすぎる。
 何年か前にフナ釣り撮影を試みたことがある。レンズは50ミリ標準から始まり、そして最後は50ミリに戻ってくると。
 50ミリでも広角風に写し、また望遠風に写す、などの世界だ。しかし、それなら最初から広角で写し、望遠で写した方が早いのではないか。実用的にはそうだ。
 その代表が先日買ったキヤノンSX70のようなネオ一眼。仕事が早い。さっさと写せる。
 LX100はそれとは逆の方向。だからこのカメラが浮かび上がったのかもしれない。
 絞りとシャッターダイヤルが物理式。古典を踏んだ隠居カメラだ。
 
 
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2019年01月18日

カメラレンズ神話

■■ 2019年1月18日 金曜日 午前10時34分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。風邪の方は咳とくしゃみ。咳は一度風邪を引くと、治っても咳癖ができたりする。自然な咳ではなく、無理咳のような。これは言葉にもある。咳払い。
 しかし、くしゃみは久しぶりだ。空気が変わったりしたときに出やすい。まあ、鼻がむずむずしているのだろう。
 朝の喫茶店までの道はやや上り坂で向かい風なので、風の強い日はペダルが重い。足が怠くなる。
 気温はこの時期にしては高い目かもしれない。夜中の気温も氷点下までまだまだ余裕がある。そのため、朝は陽射しがあるし、気温も高い目なので、風があってもそれほど寒くはなかった。
 寝起き入る喫茶店は客がそこそこいた。下手をすると満席になりそうなほど。人の動きは分からない。ただ常連客もいるので、その動きは読める。この時間に入るだろうと。きっちり同じ時間に来ている人もいるようだ。これは会社の始まりとか休憩時間でピン留めされているためだろう。
 当然ある時間帯。範囲内にいる人。一時間ほど幅があるタイプ。これは用事をしたあと来たのだろう。その用事での時間が同じではないためかもしれない。これは車が渋滞していて、遅くなったとかもあるが。
 喫茶店に来る前、何をしていたのかによる。こちらは来る前は寝ていた。そして起きる時間が決まっていない。だからそのズレが影響し、来る時間が変わる。そういった事情が入る前の客には必ずある。
 
 一度作ったおでんがなかなか減らない。練り物ばかりでは飽きる。そのため、野菜などを入れていたのだが、違うものを食べたくなるが、当分何も作らなくてもおかずがあるのは有り難い話。
 冬場はおでんで逃げ切ることができそうだが、しばらく間を置かないと、飽きるので、頻繁に作るのは無理。
 
LX100
 LX100のライカ版がある。基本的な形は同じだが、デザインを少しだけ変えてきている。しかしライカブランドのカメラになる。このやり方は以前からあり、パナソニックの高級機と並行して売られていたりする。それがLXシリーズの特徴。
 昔のミノルタのCLやCLEのようなもの。
 コピーライカではなく、一応ライカが販売しているので、コピーではないが、製造は日本で、パナソニックが作っているはず。ライカはドイツイメージだが、作っている工場は別。だからパナソニック版ライカは門真ライカ。これでもの凄く敷居が低くなり、親しみや安くなる。
 LXシリーズがまだ小さな受光素子だった時代に出ていた、このタイプのライカを中古で買った。ライカのマークがしっかりと入っている。水戸黄門の印籠の紋のようなものだ。赤い。
 ライカというのはやはりオートフォーカスでは駄目で、距離計連動の、二重像合致式がいい。そして実像式の光学ファインダー。だからここを今風にしてしまうと、駄目だろう。フィルムが受光素子になった程度の変更程度。フィルムはもう手に入らないのと同じ。
 LXにはそう言う流れがあり、カメラブランドのない家電メーカーなので、ライカを持ってきたのだろう。レンズも。
 しかし、パナソニックのコンパクト系にはライカレンズの錚々たるブランド名レンズが付き、ライカの紋章に匹敵する星マークがレンズに付く。品質保証の証し。まあ、レンズ検査などをしっかり済ませたレンズで、ばらつきがないということで、レンズが凄いわけではないと思える。設計通りに作られたと言うだけで、悪いレンズが中に混ざっていないので、安心して変える程度か。
 ライカといえばどうしてもボディーだろう。
 パナソニックのレンズも二階層があり、パナソニックブランドとライカブランド。同じ画角でも二つある。パナソニックミラーレスのキットレンズには、これは付いていない。高いためだ。
 まあ高級タイプのスペックの高いレンズなので写りはいいはず。だからライカだからいいというわけではない。ツアイスはしっかりと写りの違いが分かるが、ライカのレンズの場合、味としか言いようがなかったりする。まあ、知らないでミノルタのレンズをライカだと思い使っていると、流石にライカは凄いとなったりしそうだが。実際、普及タイプの標準レンズで暗いタイプだが、解像力はライカを越えていたとか。昔の安い一眼レフに一番安いのに付いていた標準レンズだ。
 こういう情報を聞いて、他にもそういった隠れ名玉があるのではないかと探したりする。
 コニカに着いていた40ミリの標準レンズのうちりがもの凄くよく、驚いたことがある。
 また富士の、昔のコンパクトカメラの単焦点レンズもそうだ。こういうのはニフティーなどのパソコン通信時代、話題になった。
 パナソニックにもそれがある。ライカ版がないレンズ。それが40ミリ単焦点で手ぶれ補正もないがF2と明るい目。これのライカ版がないのは、パナソニックレンズとして優秀なため、ライカ版を作る必要がないという説がある。だから、この40ミリレンズ。神レンズと言われている。これは神話のようなものだが、神話の力は大きい。
 意外と40ミリとかレンズにいいレンズがあるようだ。これは標準レンズの画角とほぼ同じなので、素直なためだろう。
 LX100や、そのマーク2に付いているレンズも神レンズ。こちらはライカブランドとなっている。何が神なのかは分からないが、まあ、いいレンズと言うことだろう。
 では何処が違うのかだが、レンズでよくいわれる表現の一つとして空気感、透明感。
 これは分からない。解釈が必要だが、立体感がある。しかし、それでも何をいっているのか、分からないだろう。エッジの切れが違う。これは輪郭強調だろう。ボケの滑らかさが違う。これは階調拡大だろう。
 いずれもそういうのはパナソニックのカタログデーターを見る限り、ソフト側の操作でやっている。その度合いを細かくコントロールできる。
 また逆光でのコントラスト低下を抑えるなどもスペックに含まれている。レンズではない。こういうのはどのメーカーのカメラでも基本的にソフト側でやっているのだろう。
 拡大しても滑らかに見えたり、古い画像でも、補完して鮮やかにみせるとかだ。
 ビデオでも、昔のテープでも、ある程度綺麗にしたりできる。タブレットなどもそうで、同じ写真でも液晶での表示のとき、補正されるのだろう。
 そういう画質関係のエンジン部プラスレンズの良さというのが加われば、さらに綺麗な写真になるのだろうか。
 このLX100にカメラ神話が少し入り込んでいるのだが、ライカ神話ではなく、大阪の鬼門北東部にある門真神話だと思えば、お稲荷さん程度の庶民性があり、敷居がぐんと低くなる。
 この門真ライカ。ライカ神話に対しての一種の皮肉で、ここが気に入っている。
 
 
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2019年01月17日

ニコンP900のその後

■■ 2019年1月17日 木曜日 午前9時59分
 
 今朝は晴れており、風も穏やか。しかし、寒さは少しあり、これは例年並みかと思える。夜中氷点下になるほどの寒さではないが。
 平年並とは三度か四度ほどは違う日が来るような周期だろうか。絶対温度ではなく、差。寒い日とましな日を繰り返しながら、全体的には寒くなっていくので、この時期の平均気温というのは、何日かは合っている。日々のばらつきがあると、冬の代表的な数字は出せないので、均してしまうしかないのだろう。だから平均気温と違う日があるのは当然で、実際には平均気温など存在しない。しかし概念として存在している。目安として存在している。
 また実際の気温も、数値は現実だが、数値が冷たいわけではない。風は冷たいが。
 風邪っぽいのが抜けないと思っていたら、今度はくしゃみが出るようになった。咳の次はくしゃみ。これはやはり風邪だろう。鼻がむずむずするが、まさか花粉ではないだろう。まだ早いと思うが、花粉症だったかどうかは分からない。
 昨日はおでんを作った。練り物と濃縮出汁付きの一番安いタイプ。コンニャクとか卵とかは入っていない。ジャガイモや人参、大根やキノコなども入れる。果たしてこれがおでんかどうかは分からない。ただ、いつもの野菜鍋におでん種を入れただけ。それも全部練り物。中身は小麦粉だったりしそうだが。
 
ニコンP900のその後
 2000ミリまであるネオ一眼。コンパクトカメラとしては大きく重く、一眼レフのボディーよりも大きいのではないかと思えるほど。しかし、持つと意外と軽いのは樹脂製のためだろう。
 似たようなネオ一眼を鞄に入れたときの重さの違いは少しだけあるが、カメラが大きいので、取り出しやすい。これを買ったときからよく持ち出しているので、重さにも慣れた感じだ。慣れると軽くなる。
 超弩級ネオ一眼だが、受光素子は小さい。1インチネオ一眼に近い重さ。
 1インチネオ一眼も持っているが、何故かこのP900の写りがよく、一インチどころか一眼画質よりもよかったりするので、何故そう感じるのかは、分からない。これは同クラスのネオ一眼ではあり得ない画質で、これは画質に対しての数値ではなく、体感温度のようなものだろうか。
 その画質の良さ、2000ミリでも落ちない。望遠端がこれだけ鮮明というのも驚き。普通はガタンと落ちフラットになったり、輪郭などがほどけたようになるもの。
 ニコンの一眼にタムロンやシグマの広角から望遠まで行けるのを付けて写したものよりも、いい絵ができる。また純正レンズよりもカリッとした描写で、よりニコンらしい。
 重くて大きいのだが、この画質が気に入り、2000ミリよりも、写りの良さが目立つカメラ。
 欠点はファインダーだが、まあミラーレスのファインダーと比べてはいけないが、何とか見える程度。ピントの山は見やすい。ファイダーは小さいが、構図が取りやすい。ファインダーがいいと、ファインダーで覗いたときが一番よかったりする。ファインダーが悪いと、パソコンに取り込んだときの絵が一番いい。
 P900のPシリーズは、小さい目の受光素子を積んだニコンコンパクト系の上位機に相当するが、高級機ではないので、いろいろな機能やボタン、レバー類は付いていない。メニューを繰っているとそれが分かる。コンパクト系の普及機レベル。
 最近はこのカメラを持ち出すと、その安定感が頼もしい。
 1インチネオ一眼は600ミリまで。普通の一眼レフでも600ミリ相当までは気楽に持ち出せるが、猫や鳥は足りない。2000ミリまで伸ばせるのは受光素子が小さいため。だから望遠に強い。それでいて、写りはいいのだから、画質が犠牲になっていない。これは不思議な話だ。
 これは画質に対しての好みが入っているための評価のためだろうか。
 
 
 
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2019年01月16日

キヤノンSX70その後

■■ 2019年1月16日 水曜日 午前10時41分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。寝起き行く喫茶店までは逆風で、ペダルが重い。気温は見ていないが、風の影響で寒く感じる。
 朝の喫茶店は客が誰もいない。こういう日もある。時間帯の問題もあるのだろう。今朝も遅起きだが、もの凄く遅いわけではない。ある時間帯に混んだり、すいたりすることはあるが、これは掴みにくい。早朝と昼が混むはず。だから朝をかなりすぎた頃はすいていそうだ。これは仕事と関係するのだろう。それと昼前がすいている。昼休みにはまだ早いので。
 まあ、喫茶店はモーニングと昼のランチで持っていたりしそうだ。
 外は寒いが流石に喫茶店内は風がなく、暖房が効いているので、何故か空気の悪さを感じる。エアコンの暖かい風というのは今一つだ。部分的に暖かいストーブの方がいい。近くでないと暖かくないが、外側の空気は冬そのもの。
 昨日は雨で、夕方前の喫茶店へ傘なしで行くが、小雨だったので、防水テスト。
 水を弾く程度の900円の防寒ズボンは小雨程度ではびくともしないようだ。濡れると色が変わるが、染みこむまでが遅いのだろう。表面生地は非常に薄い。これは薬品のようなもので何とかしているのかもしれない。紙は濡れるが油紙は弾く。だから煙草の火には弱いはず。
 上着はコートのように長い目のダウンジャケット。これは結構寒かった。雨ではなく、防寒性が今一つなのかもしれない。下に着込んで着るタイプだろうか。この冬最初に買ったダウンジャケットは分厚い。アンコが多い。その差で、値段の差と暖かさは比例しないことが分かる。見た目の分厚さで決まったりする。
 どちらにしても今年はまだ下に着込まなくても何とかなっている。これは真冬の一番寒い時期の切り札で残している。
 
キヤノンSX70その後
 年末の発売日に買ったキヤノンのネオ一眼機の新製品。これは他のカメラと比べての利便性が勝っている。
 つまり、今のデジカメ一般を凝縮したようなもの。ジャンル的には高倍率コンパクトデジカメで、形が一眼レフを模していることで、ネオ一眼と言われている。ロングズーム機と言うこともあるが、それは富士が付けたのだろうか。今は本家からは防水カメラ以外、コンパクト系は出ていない。撤退した。
 富士のネオ一眼の方が一眼レフに近い外観で、操作も手動ズームの機種もある。
 またはフィルム時代は、ブリッジカメラと呼ばれていた。コンパクト系と一眼レフを繋ぐ橋。または一体型のオールインワンカメラ。一つの個体で何でも写せるカメラ。
 このカメラ、発売日に買うのだから迷いなく買ったことになる。
 買ってからしばく立つが、バッテリーがかなり持つ。まだ充電していないのだ。これは何だろうと、不思議に思った。350枚あたりだと思うのだが、200枚あたりで実際の枚数だろう。買ったばかりのカメラは撮影よりも、メニューを見たり、設定をしたりで、結構バッテリーを食う。それが、まだ持っている。残念に思ったのは旧機のバッテリーが使えないこと。
 かなり前に買った何台かの同タイプのバッテリーを使い回しているのだが、古いのを使っていたのかもしれない。交換するとき、新しいのを充電している間に古いのを入れていたので。
 USB充電はできない。できたとしてもUSBコードがcタイプではない。タイプ違いを用意するのは面倒。キヤノンのコンパクト系はいつも充電器が付いてくる。パソコンに取り込むUSBコードが入っていたのかどうか、忘れてしまった。どうせ充電できないと思い、確認していなかった。だからメモリカードを毎回抜き差しすることになるのだが、カメラの底にある蓋が非常にいい。閉めるときパチンと音がする。これが気持ちいい。ボディーは当然樹脂製だが。そしてカードを入れ直すのを忘れて持ち出すことが何度かある。
 写りはニコンのネオ一眼系の方がしっかりと写っているが、キヤノンはいいタッチが出る事がある。
 持ち出しやすい大きさ重さで、取り回しが楽。何故かごろんごろんとした感じがあり、ダルマのようなカメラ。
 それとフルオートで安心して撮れる。コンパクト系の使い方はシャッターを押すだけが基本。シーン自動認識、ピント自動認識が基本。ただこの基本自動的に切り替えてくれるということで、カメラが認識したものを優先させることになるが。
 ファインダーはミラーレス並みなので、もうネオ一眼のイメージはない。見やすく明るく鮮明。
 マクロの強さも強力で、他のネオ一眼より望遠側でも寄れる。望遠に伸ばしながら写すのだが、寄りに余裕がある。
 見た目は無骨だが、喫茶店で取り出すときは、それほど大袈裟なカメラではないので、出しやすい。
 操作性と取り回しがよく、ファインダーがよくなったので、撮影は快適。
 街頭スナップでの早撮りでは、何処にピントが来るのかはカメラ任せ。粘ってじっくりと写すしたり、いろいろと細かい設定を変えて写すカメラではない。まあ、人物を写すときが、一番安定しているのかもしれない。人物というより顔認識。それがいない場合、主要被写体を探すようで、見付ければ囲んでくれる。また見付からない場合は、より近くのもの。それもない場合は中央部になるようだ。
 
 
 
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2019年01月15日

パナソニックのXL100

■■ 2019年1月15日 火曜日 午前10時05分
 
 数日晴れの朝が続いていたのだが、今朝は曇っている。曇っているだけではなく空が暗く、今にも降り出しそう。そのため、朝から雨というよりはまし。
 今朝は早い目に起きてきた。これは若干だが、時間的には大したことはなくても、余裕がある。リードしている感じ。すぐに追い抜かされそうだが。
 少し風邪っぽいようだ。冬に入る頃、少し風邪っぽかったが、それ以来あまり風邪っぽくならなかったのだが、冬場は何度か風邪っぽくなるはず。風邪は冬だけとは限らないが。
 起きる時間がずれ込み続けると思っていたが今朝のように早い目に目が覚めることがある。しかも夜中一度も起きないで。一直線なので、効率がいい。こういうときは目が覚めたときに起きやすいのだが、一応二度寝した。ただ、僅かな間だったようだ。それをしなければ、もっと早く起きられたのだが、この数分の二度寝は値打ち物。値千金。これは千両の値打ちがあるのだろうか。千両箱分のボリュームがある。この千両箱、パチンコ屋でよく見かけた。小判ではなく鋼鉄球が入っていたが。自分で出した玉だ。
 真冬に入っているのだが、夜中の最低気温は氷点下にはなっていないので、ましな方。だから、もの凄く寒いわけではない。
 天気予報を最近見ていないので、寒波がどうのとは縁遠くなった。寒波は来ているはずだが、見えない。見えていたのは天気予報の動画の中。静止画の天気図ではただの低気圧だろう。
 寒波が来ているので寒い。これは分かりやすい。しかし寒いから寒波。空を海にたとえているのだろうか。寒波と言わなかった時代でも寒波は来ている。地方によって呼び名が違うはず。まあ北から来る台風のようなもの。並の台風よりも風が強かったりする。
 
 パナソニックのXL100が気になるところだが、これはあまり写す気がないときにはいいかもしれない。冬の上着のポケットに入るが、それほどコンパクトではない。レンズの飛び出しもある。沈胴だが、それ以上短くならないのだろう。そのため、レンズバリアーもない。そのかわり自動開閉キャップがある。これは別売で、違うメーカーが作っているものだろうか。オリンパスやリコーなら最初から付いていたりする。付属品で。
 この自動開閉キャップ付きの中古があったのだが、もう売れたかもしれない。しかし、このキャップ、ゴミ箱になる。もの凄くゴミが溜まりやすい。逃げていく箇所がないためだろう。
 24ミリから70までの大人しいズームで、これは撮影欲があるときは物足りないだろう。昔の一眼レフの標準ズームに比べると24ミリの広角が目立つ。昔なら35から70だったはず。コンパクト系もそんなものだったが38ミリとか40ミリからのズーム。または単焦点だった。そういうので昔は普通に写していた。
 XL100のレンズはF1.7と非常に明るいが、フィルム時代のコンパクト系では珍しくはない。ただ単焦点だ。ズームでこの明るさは、大したものだが、フィルム時代とは違い、感度の上限がかなりあるので、明るいレンズはそれほど必要ではない。これは画質以前の露出不足にならないことが目的。
 XL100にはそこそこ解像力のある電子ファインダーが付いている。広角ではアイレベルのファインダーはいらないのだが。
 しかしこのカメラ、個人的には実用性ではなく愛玩機臭い。メカメカしており小さいためだろう。それとズーム比が低く、それほど大したことができない。だが、レンズは明るく、受光素子はミラーレスと同じなので、画質は悪くはない。実際には大した差はないのだが。
 さて、どうするか。
 必要性はあまりない。こういうのは難しい。
 
 
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2019年01月14日

キヤノンSX70とニコンP900との違い

■■ 2019年1月14日 月曜日 午前10時15分
 
 今朝は晴れている。昨日も晴れていたかもしれない。今朝は風もなく、穏やか。一年の中で一番寒い期間は一月半ばから二月半ばの一ヶ月。既に中頃に入っているので、ここは寒いはずなのだが、それほどでもなかったりする。今朝のような晴れて陽射しがあり風もないと、真冬だとは思えない。
 冬の目のようなものがあり、台風の目のようにその中に入ると穏やか、と言うわけではないが。
 気温は見ていないので何度あるのかは分からない。平熱だと体温計がいらないのと同じ。
 昨日なども喫茶店に入ると、暖房でむっとする。当然コート類を脱いでいる人が多い。本当に寒いときは、脱がない人の方が多い。
 正月からあっという間に半月。もう年末年始の頃のことなど頭にない。記憶から消えたわけではないが、思い出すような用件がないのだろう。行事としての出来事ではなく、違うことで重要なことが年末年始に掛けてあった場合、これはずっと頭にあるはずだが。
 冬も、ここまで突っ込んだのだが、去年よりも暖かいかもしれない。こういう年はもの凄く寒い日が来たりする。極端なのだ。もの凄く寒い冬の年には出ないような最低気温が出ていたりする。
 天気情報の気温は近い場所とか、測り方の問題ではなく、変化を見ている。日々の。そして一時間起き程度の流れ。つまり寒暖差。
 10度の感じは分からない。10度と11度の違いも実際には分かりにくいだろう。だから、数値の寒さではなく、昨日10度だったと出ていれば、実際の寒さはどうだったのかを思いだして、それと10度とを重ねる。そして予報では8度となっていると、昨日の寒さから見れば、さらに寒くなるということ程度は分かる。あれが8度だったのか、とか、今、まさに8度の状態だ。とか思うが、まあ、余程暇でないと、そんなところに頭は回らないだろう。
 絶対温度は分からない。身体のどの箇所がどうなるのかという感覚でくみ取る程度。手が冷たいとか。そこでのレベルもある。より冷たいとか、かなり冷たいとか。非常に冷たいとか。これは段階を刻んでいるのだが、着ているものによっても違う。
 もの凄く寒い日だと思っていたら、着ているものが違っていたりする。その逆もある。だから、かなりアバウトだ。災害になるような天気ではなく、よくあるような気温なら、そんな精度はいらないのだろう。
 
キヤノンSX70とニコンP900との違い
 SX70も、それなりに使ったので、似たようなネオ一眼のP900との違いも見えてきた。まあ一日写せば、違いは分かるのだが、あとは細かい箇所。
 写りはP900の方がいい。花を写したとき、花びらなどがしっかり出る。SX70はフラット。これは悪くはなく、花らしい軟らかさが出るのだが、何となく鮮明さが足りない。
 ただ、接写率はSX70の方がよくて、広角端ではなく、望遠側に伸ばしても、まだ最短撮影距離に余裕があるのか、接写ではなく、望遠でぬくとき、結構寄れる。
 それとファインダーの違いで、被写体を見付けてからファインダーを覗き、そのままズームで寄るときのスピード感がいい。解像力が高くファインダーも大きいため、よく見えるため。ミラーレスと同じレベル。
 P900は、露出が決まらないのか、暗いままのときがある。毎回暗いわけではないが。
 しかし、構えたときの安定感は横綱と大関ほどの違い。P900の方がここは勝っているが、その分、大きく重い。
 鳥や猫をSX70の望遠で写したとき、P900だと、もっと鮮明だったのに、と思うことが多い。それと望遠端の一押しの差。もう少し大きい目に写せたのに、というもの。
 P900は2000ミリまであるので、もうそれ以上は望まないほど。
 被写体を掴んで離さない追従モードはSX70は自動的に入ることがあり、これは楽だが。大づかみ。猫なら猫を囲んでくれることがあるが、条件がよければの話。しかし、囲んでも大枠になり、猫の何処にピントが来ているのかまでは見えない。
 P900の追従モードはボタン一つで入る。そのときピンポイントなる。しかし、精度はあまりよくなく、掴んだものを離して、別のものを掴んだりする。
 とっさの場合はP900の方がボタン一つなので、使いやすいが、普通の中央部一点のスポット領域だけででもいいのではないかと思える。ただ、一枚写すたびにに、またピントを合わせ直さないといけないが。
 SX70の追従モードで猫を掴み、ピントは追従になるので、二枚目三枚目も早いが、ピントが外れていることが結構ある。一枚一枚ピントを合わせ直して写す方が無難だったりする。
 両機とも、AFスピードが早いので、追従モードはいらないかもしれないが。
 しかし、そういう比較は、一日で分かったりする。便利な機能は楽しいが、その精度が徐々に分かり出すのは、しばらく使ってからだ。
 
 
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2019年01月13日

都はるみ有り難う20年

■■ 2019年1月13日 日曜日 午前10時53分
 
 今朝は珍しく晴れており、青空が多い。雲もあるので、また曇るかもしれないが。気温はほどほど。夜中の最低気温も氷点下に少しなっただけ。
 この時期としては暖かい目かもしれない。
 寝起き行く喫茶店の暖房が不安定で、暖かすぎることがあるし、寒すぎることもある。故障しているらしい。しかし、不安定なだけ。それでは天気と変わらなくなるのだが。つまり人の力では制御でない自然界と同じ。
 それで今朝は暴走したのか、暖かすぎる。
 しかし夏の冷房よりもまし。これはてきめんに効き、長居できない。
 
都はるみ
「都はるみ有り難う20年」というテレビ番組の録画がネットにあった。CM付きだが、日本語だが、何か異国風。台湾は中国で放映されたものだろうか。しかし、日本語だ。または再放送かもしれない。
 中身は民放のスペシャル番組。高島忠夫が司会で、90分スペシャル枠。有り難う20年とは三十半ばの頃の引退前だろう。あと五十何日かまで迫っている。引退は大晦日。
 引退番組は複数あり、またコンサートも多い。テレビ局による番組だが、その映像は既に見ている。ただ番組全体ではないので、流れが分からなかった。
 ディナーショーのような感じだが、すっきりとステージがある。そしてテーブル席がある。関係者やファンが座っている。
 ゲストは歌手では小林幸子や北島三郎。「あんこ椿は恋の花を」ヒットさせた作詞と作曲のお二人も来ている。作詞家星野哲朗の前で都はるみの唸り声で犬が吠えたというエピソードが入るのだが、横にいる都はるみが、そのときの歌を少しだけ歌う。「アンコ悲しや」で、思いっきり唸った箇所を再現してくれたが、流石に控え目。
 当時それを聞いていた星野哲朗は煙草を持つ指が震え、こめかみをピクッとさせたと市川昭介は言うが、本人は知らないと言っている。気付かなかったのだろう。市川昭介は、これは効いていると感じた。「あんこ椿は恋の花」の作詞を頼んだときの有名なエピソード。
 作曲は物の本によると伊豆大島ではなく、南の方に泊まり込んで作ったらしい。そのとき旅館にテレビがあり、テレビ時代を少し意識したようだ。今後の歌謡曲は映像が入ると言うことを。
 加山雄三がビデオでコメントを送っている。これだけの多くの人を幸せにしたのだから、引退後、本人も幸せになれるはずというような。
 自分とは他人という鏡によって変わる。だから言い鏡を周りに置けと。
 また、神からの授かり物。つまり子供だろう。引退の目的が、子供が欲しいというものだったはず。
 曲と曲との間に、そういったトークが入るので、楽しめる。歌はよく聞いているので、珍しくないが、関係者の話が聞ける。当然テレビの短い時間で秒単位での喋りなので、じっくりと話しているわけではないが。
 大川栄作の「サザンカの宿」を一緒に歌うのだが、最初は都はるみが歌う。作曲は市川昭介。大川栄作は都はるみの後輩に当たる。しかし、この歌、都はるみが歌うと、どう見ても都はるみの歌になってしまう。
 北島三郎とは「兄弟仁義」を歌う。この二人、この世界では北島三郎が兄貴分となっているらしいが、決して大人しい妹ではない。
 耳に慣れた北島三郎の歌い方が本家だが、それは代表曲でもあるが、都はるみが歌うと、趣が違う。この歌はこういう風に歌うのだというような歌い方だ。
 北島三郎は都はるみはプロの中のプロだと褒めていたが、都はるみはプロなので旨くて当然と、他のコンサートで語っている。歌がうまいのはプロなのだから、あたりまえの話だと言わんばかり。もう少し上を見ている。
 小林幸子は「東京セレナーデ」を歌う。これは合っているだろう。
 他の歌手の歌を歌う番組などで、都はるみと一緒に出る機会が多かったようで、そのときの話をしている。歌い慣れない他人の歌。だから不安があるようだが、さあ出番となる瞬間、かしっと何かが入るようで、ここで頭が切り替わり、その歌の世界に入るとか。その歌の中の世界に入って歌う。入ってしまえばあとは天才的な歌唱力があるので、歌唱力を越えた、その歌の物語の中を泳ぐようにして歌うのだろうか。その瞬間を小林幸子は見ている。まあ、外見では気合いを入れ直すと言うことだが。
 北の宿からはレコード大賞を取ったのだが、歌謡大賞というのもあった。今回の民放での番組で、司会も高島忠夫。その録画が出てくる。母親がステージに上がっている。この映像は初めて見る。賞を総なめした中の一つだ。
 都はるみは泣いているのだが、高島忠夫は、あなたほどのベテランが、といっている。
 しかし、そういった賞番組とは縁が無かったらしく、新人賞を取ってから、賞番組に出る機会もなかったようだ。十年ほど。
 それで戦友で賞番組常連の八代亜紀に教えてもらいながら、一緒に賞番組をこなしていったとか。
 都はるみ、それは最初の最初であるコロムビアでの大阪大会でのコンクールで一番を取れなかったのだが、二人の審査員、一人は平凡社の社員だが、この押しで審査員推薦で東京大会に出た、文句なしの一番になる。要するにそういった多くの裏方に支えられて、という話になるのだが、今思うと、それは至宝。のちに歌の女王になるのだが、その前の王女を感じたからかもしれない。
 有り難う20年という纏め方の俗っぽいテレビ番組だが、テレビ局主催の引退コンサートなどを含め、その本数の多さは異常。
 まあ、それだけ、当時話題になったのだろう。
 この有り難う20年のラストは当然「夫婦坂」。二人の作詞家と作曲家の前で歌う。「あんこ椿……」で世に出したお二人が、今度は見送る歌を作ったことになる。しかし、それは都はるみが頼んだもの。ここが凄いと思う。
 映像はこれまでにないどアップ。解像力が低く荒いのだが、アップでは鮮明に見える。画面一杯の顔。当然涙を狙っての顔写だが、都はるみは意地でも泣かない。泣きたくないのだろう。鼻水を気にする程度。
 まあ、泣くと歌えなくなるらしいので、泣かないようにしていただけかもしれないが。
 番組冒頭、阿久悠のメッセージ文字が入る。小さなコブシ。それで多くの人が鼓舞され、癒やされ、元気づけられ、悲しさ辛さ、切なさが共有され、とか言うような内容から始まる。
 感情の起伏が激しかった都はるみ。だからこそ幅の広い多くの感情を上手く表現する術を天性持っていたのだろうか。人は感情でしか認識できない。
 
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2019年01月12日

一太郎2019

■■ 2019年1月12日 土曜日 午前11時16分
 
 今朝は曇っている。雨が降りそうだ。空も暗い。気温はそれほど低くはなく、夜中の気温も氷点下にはなっていない。そのため、最低気温だけを見ていると、四度ほど差があったりする。これは瞬間最低気温。最低があるのなら最高もあるが、これは10度あれば、この時期としてはまずまず。夏場は最高気温ばかり見ている。いずれもダメージを受けるものに注目。
 今朝は昨日とは違い遅起き。何度か目が覚めていたはずなのだが、弱い意識での二度寝三度寝だったようだ。それは起きたときに覚えている。しっかりと目を覚ましたわけではないので、弱い。昨日はしっかり過ぎるほど目が覚めてからの二度寝だったが、今日は違っている。これは寝た時間が遅かったので、それが頭の片隅にあり、計算したのだろう。もっと寝る方向へ。
 それで結構遅い時間に目が覚めたのだが、このときはしっかりと目は開いている。だから意識は弱くない。またもっと寝たいとは思わなかったので、起きたのだが、最近ではよくあることで、よくある遅い目の時間帯なので、まあいいかという感じで寝起きの喫茶店へと向かう。
 喫茶店内はがら空きで、喫煙室には人がいない。土曜のためだろうか。
 
 パナソニックLX100の中古を見ていると、程度のいいのがあったが、白ボディー。しかし、新品の定価も安くなっている。だが中古だと半額以下まで落ちている。まあ、パナソニックデジカメの中古というのはかなり落ちる。
 新製品が去年の10月に出たばかり。最近のことだ。これでガクンガクンと落ちたのだろう。
 違いはあまりない。目新しいものはなく、ハード的にも似たようなもの。ファンクションキーの瘤が増えているが、使わないだろう。
 しかしこのタイプの24から70あたりまでの標準ズームは平凡なもの。普通の一眼レフやミラーレスの標準ズームを付けたのと変わらない。
 それが小さくて済むということだが、一インチタイプの方がさらに小さく軽い。
 だが、このカメラ、愛玩機だろう。カメラの趣がコピーライカ。それだけのことかもしれない。
 
一太郎2019
 今年も一太郎のバージョンアップが近い。そのお知らせが郵送されてきた。ファックス用紙なども入っている。予約できるのだろう。
 今年の目玉は校正。校正ソフトはジャストからも出ており、単体でも売られているが、プロ用。それに近い精度にアップしたらしい。
 校正ソフトでチェックが入るとき、余計なお世話というのが結構ある。そういうのを極力少なくしているようだ。校正ソフトも学習してくれないと、毎回同じ固有名詞とか、独自の言い回しなどで引っかかる。ただ、校正機能は実は使っていなかったりする。目で文字を追った方が早いのと、本文を読み返しながら加筆とかもするためだ。
 校正は最後の最後。
 それとは別にプレミア版に類語辞典が付いた。これが結構大きなものらしい。別の言い回しなどが候補として上がるので、これは便利だろうが、レポートとか、きっちりとしたビジネス文章ならいいが、エッセイとか雑文とかでは、敢えてややこしい目の言葉を入れることがある。他の言い回しは考慮しなかったりする。また、他の言い回しを探してまで使う必要はない。自分が知らない言い回しなど、借り物の言葉のため。肉になった言葉や言い回し方などは自然に出てくるはず。他に上手い言い回しや言葉が必要な場合も、たまにあるが、思い付かなければ、それまで。
 これもいらないかなとは思うが、参考にはなる。これはプレミア版。
 通常版は一太郎とATOKだけ。アップ版だと1万円しない。これはしばらくするとダウンロード版が出るので、そちらはさらに安くなる。
 通常版、プレミア版、そしてスーパープレミア版がある。スーパーの場合、百科事典がつく。それと表計算ソフトなども。誰が使うのかは知らないが。
 その案内のカタログを見ていると、パソコンも売っている。Windows機でノートパソコン。見たことがある。いや、買っている。それのアップ版だ。
 中国のメーカーが作ったもので、7インチ機。非常に小さくて軽い。これは出資者を募って出す方式で作られている。実際、その旧機に一太郎を入れて使うこともあるが、結構行ける。キーボードも小さいのだが、打ちやすい。
 それをジャストからも一太郎を詰め込んだ状態で、販売しているらしい。
 7インチでも一太郎の全機能をその画面でも操作できるのだが、テキスト文字はいいが、オプション操作では、文字はもの凄く小さくなるので、虫眼鏡がいる。
 ファイル読み込みのときのファイル一覧も文字が小さい。タブレットのように指で引っ張っても拡大されない。
 まあ、それでも一太郎のメイン画面上でなら7インチでも問題はなく、またスピードもそこそこある。もたつくことはない。
 どちらにしても今回の一太郎は文章フォロー系。
「さかもとりょうまのりょう」とタイプすれば、その「りょう」が出てくるとか。
 枚方を「まいかた」とタイプしても、地名の揺らぎというか、間違いやすい物はフォローされているようだ。全部ではない。枚方は「ひらかた」。
 まあ、一太郎というより、ATOKの辞書で優秀なのは市町村名。そしてその下も何とか変換されること。これらは町名や村名が変わるとすぐに自動更新される。
 当然郵便番号から町名などが出せる。その逆ができればありがたい。自分の住む場所の郵便番号をよく忘れるためだ。ネットで調べれば分かるのだが、ローカル辞書でやるのが一太郎流。
 まあ、今回は本格的な類語辞典が付くし、ATOKも最新のAI変換の精度も上がっているはずなので、今年も年貢を払うことにする。
 毎日使うソフトなので、ここが快適だと、有り難い。
 
 
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2019年01月11日

パナソニックLX100の続き

■■ 2019年1月11日 金曜日 午前10時07分
 
 今朝は昨日よりも暖かい。昨夜は氷点下三度まで落ちていた。これは瞬間なので、じっとそんな寒さではないし、また寝ているので、分からなかったが。
 しかし、夜中、目を覚める時間と最低気温が出ているときとが重なることがある。
 今朝はもの凄く早い時間に起きた。理想的な時間で、本来この時間に起きていた、その時間だ。しかし、慣れていないのか、時計の針の角度が怖い。早すぎると感じてしまう。以前なら普通。標準的な起床時間。
 そのまま起きられそうで、眠くない。だが、睡眠時間的に計算すると、短い。二度寝がしたいと思う気持ちはなく、身体も睡眠を欲していないのが分かるが、やはり寝ることにする。
 それで目が覚めるが、あまり寝ていない。これはもの凄いチャンスで、早起きできたのだが、無理をしてまた寝る。今度はそこそこ眠ったようで、起きると時計の針は充分走っていた。それで、走りすぎて最近よくある遅い時間になっていると、これは大失敗。昨日より少しだけ早い目に起きることを狙っていたので。
 それでもうこれ以上眠れないという満足を超えたところで、起きる。まずまずの時間になっており、それほど早くはないが、遅くもない。このあたりが落としどころ。
 これは身体に合わせて起きても良かったのだが、身体が錯覚しているかもしれないのだ。眠気のあるなししか身体は反応しない。これは錯覚もある。しかし起きやすい。だが、頭は時計を見たときから計算している。早すぎると。このまま起きると、一日眠いと。あとのことを考えているのだろう。
 さて、どちらが正しいのかは分からない。まあ、夜中に目が覚め、そのあとまったっく眠気がないとなると、起きてもかまわないかとなると、これは寝るだろう。即決だ。なぜなら起きる時間ではないためだ。しかし、今朝は起きてもかまわない時間帯。睡眠時間もそこそこある。夜中一度も起きなかったので、よく寝ているはず。短時間でも熟睡なら問題なしという頭もある。これはただの知識だ。何処かで聞いた話。実体験ではない。この場合、頭が間違っているかもしれない。
 結局、何が得たいのか、何を望んでいるのかで決まるようだが、ここは頭。身体はそれとは関係なく、独自の動きをしている。眠気などもそうだ。
 そして結果は、折り合い点で起きた。そのため、いつもよりも早い目に起きたことになる。
 それで分かったことは、いつも通り、普段のペースなどを変えるときは、狙っても変えられない。それが変わるのは、何らかの偶然で突然起こる。だから意識しても起こらない。そして身体が先だ。
 しかし、今朝は少しだけ早起きなので、夕方前に行く喫茶店がまだ暗くならないうちに行けるだろう。
 
パナソニックLX100の続き
 中古価格が新品のコンパクトカメラ中級機レベルまで落ちたこのカメラ、かなり狙い目だ。LX100Uが出たためだろうか。
 パナソニックミラーレスのレンズ固定式のようなもの。受光素子は同じ。レンズとの一体感で、これは有利だとされている。そのボディーだけに合わせたレンズのためだ。
 24ミリ時での開放はF1.7と、非常に明るい。望遠は70ミリあたりまでだがF2.8だろうか。これもまずまずの明るさ。ズーム比が低いのは受光素子が大きい上に明るいレンズなので、それは仕方がない。そのため、電源を入れると、もの凄く伸びて、長くなる。
 冬場ならポケットに入る。また冬場はすぐに暗くなるので、夜景も、このレンズなら問題ない。感度も受光素子が大きいので、感度上限も高い。
 しかし、パナソニックでも他のカメラでも、標準ズームというのがあり、これはキットレンズだが、ほとんど使っていない。望遠が多いためだ。
 それとネオ一眼のように超広角から超望遠まで写せるので、標準ズームと比べると、物足りないためだろう。
 似たようなタイプはキヤノンにもあり、こちらはイオスと同じ大きさの受光素子なので、パナソニックよりも大きい。キヤノンコンパクト系は死角がないほど種類が多い。
 しかし、キヤノンは一眼レフ風だが、パナソニックコンパクト系はライカ風。
 またシャッターダイヤルや絞り輪があるのが最大の特徴。この組み合わせは富士にもある。
 しかし、ハーフサイズ受光素子なので、一回り小さい。そして伝統のLXシリーズの最高峰。
 まあ、ミラーレスでもまだ重いという年寄り向けだろうか。ただパナソニックミラーレスは非常に小さく軽いのもある。それと比較すると、キットレンズよりも明るいということだろう。それと最短撮影距離が3センチほどだと思う。4センチかもしれないが。これはレンズ一体型なのでできるのだろう。望遠端でも30センチは標準的だが。
 その最短撮影距離と受光素子の大きさから想像できるのは、マクロのときのボケ方だろう。そこまで寄れると、普通のコンパクト系でもかなりボケるのだが、さらにボケる。当然レンズ開放では、F1.7が効く。
 こういうのはテーブルものや、外での接写ではぼけ具合が楽しめる。一眼系よりもボケるのは接写が効くためだろう。それとレンズが明るい。
 このLX100、以前にもいろいろと書いてきたのだが、あまり使わない標準系ズームなのだが、昔のコピーライカを使うような感じで、違うものが狙えそうだ。
 カメラは持ちだしたものにより、肉眼も連動し、その画角や、カメラのレンズになる。
 身体を変えると頭も変わる。
 
 
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2019年01月10日

パナソニックLX100

■■ 2019年1月10日 木曜日 午前10時16分
 
 今朝は寒い。手が悴む。昨日は雪がちらほらしていたが、それほど寒くはなかったが、今朝の方が遙かに鋭利な寒さ。これは温度計を見なくても、指で分かる。この指寒暖計は夏は分からないが、冬は段階がある。もっと寒くなると、痺れたようになる。そうなると、きついので、手袋を填めることになる。そろそろ手袋が必要な時期になっている。
 今朝は珍しく少しだけ早い目に目が覚めた。自然な目覚めではなく、トイレに行きたかったのだろう。普通なら用を足せばまた寝るのだが、偶然起きてもいいような時間。早すぎると寝るが、納得のいく時間なので、起きた。ただ、朝方トイレに行くことはあまりない。トイレで起きるのは夜中が多い。最近は朝まで寝ていることが多いが、途中で起きた方が夜が長く感じるので、得なのだが。
 今朝は雨が降りそうな曇天。昨日のように雪が舞うかもしれない。寒いので、雨ではなく。
 まあ、朝の天気が一日の天気ではないので、途中で変わるかもしれない。
 昨日は遅起きだったので夕方前の喫茶店は中止。既に夜になっているし、寒いので。今日は早い目に起きたので、まだ外が明るいうちに行けるだろう。遅起きだと暗くなってから行くような感じだ。そして戻ってくると遅い時間。夕食も遅くなる。
 
 昨日の高級コンパクトデジカメの続き。
 こういうカメラは積極的に写したくないときや、あまり写す気がないとか、やる気がないとき用で、持ち運びに負担にならない大きさ重さが好ましい。なぜなら写す気がほとんどない状態のときのカメラなので。そういうときは小さい目のコンパクトデジカメがメインになる。小さい目とコンパクト、重なってしまうが、ここで言うコンパクトとは、受光素子の大きさが小さいという意味でのコンパクトだが、受光素子が大きくてコンパクトなカメラもある。ここが狙い目。最近なら1インチ受光素子が人気。
 ただ、高級コンパクト系は高いので、これは中古がいい。特にパナソニックが狙い目。中古価格が落ちるからだ。ただ、現役機の中古は高いが。
 写す気がないのだから、非実用タイプでいい。だから望遠は無視してもいい、望遠は狙撃で、結構写す気や集中力がないと使えない。だから標準ズームあたり程度のレンズでいい。そうなると、非常にコンパクトになる。
 それで、真っ先に買うときの実用性、これは値段が安いことが実用となる。高いと動かないので、実際行動は無理。
 そういう条件で探していると、既に以前から注目しているカメラがある。それはパナソニックのLX100系。現役機はLX100マーク2になっているはず。
 パナソニックの高級コンパクトだけにつく銘柄。それがLX。これは昔からある。ただ、二強のキヤノン、ニコンの影に隠れた第三タイプ。それだけに、何をしてくるか分からない。
 パナソニックの場合、レンズをもの凄く明るくして、差を付けようとする。今ならSONYが加わり、第四の位置だが。
 一番バリエーションが多いのはキヤノン。もの凄い体力だ。
 SONYはかなり前にフルサイズコンパクトを出しているので、誰も後を追えないが。1インチコンパクト路線を引っ張ってきた先駆者。
 LX100はパナソニックやオリンパスのミラーレスと同じ受光素子サイズ。
 つまり、写す気がなく、あまり良い写真を撮るような気がない場合、画質を楽しむしかない。
 LX100は旧機の中古価格が下がっている。しかし、形は同じようなもので、レンズも同じようなもの。
 スペック的には数値に出るところを攻めており、小さいがファインダーが付く。そこそこの解像力と大きさがあり、二世代ほど前のミラーレス並み。同じタイプのミラーレスを持っているが、解像力は高くはないが、見やすい。
 絞り輪があり、シャッターダイヤルがある。さらに画面比の切り替えも絞り輪の手前にある。これもLXの特徴だ。メニューから出さなくてもいいし、アナログ式。手動で回す。
 絞りとシャッターダイヤルを両方ともAにすればプログラムモード。別にiモードがあり、これはボタン。これ一発で、何処に絞りがあってもシャッターがあってもフルオートプログラムに切り替わる。このモードはシーン自動認識でもある。つまり、絞りとシャッターを制御しながら、昔のカメラのように使っているとき、ボタン一押しで今風なフルオート撮影に切り替えられる。
 ただ、レンズが明るいので、できるだけぼかしたりしたいときは絞りを開放に固定すればいい。つまり絞り優先モードになる。シャッタースピードはそれに追従する。当然、その逆も。だから絞りとシャッタースピードとの関係を改めて意識できる。光の制御だ。所謂露出だが、開放にするほどボケるため、これが表現になる。
 こういうのは受光素子の小さなデジカメでは難しい。絞りが二段階とかになったりするため、ほとんど意味がない。つまり小絞りが使えない。開放から絞った状態までの段階が多くあるので、微調整できる。ただ絞り位置により、画質が変わる。
 いずれも実用性からいうと、実用性は低い。なぜなら今のカメラはシーン自動認識で、そんなことは考えなくてもいいからだ。ただ、万能ではない。
 要するにカメラをチマチマ操作しながら写すというのはある意味非実用な行為で、さっさと写せる方が実用性が高い。これはちょい写しのときは、被写体の前でゴソゴソ操作などやってられないため。
 ただ、写す気がないときは、そういうのを弄ってもいい。
 ズーム比は24からだが80ミリに達していない。しかし、望遠端が70ミリ台だと、標準レンズを少し強調した程度。
 ただ、このカメラ、ズームが遅いようだ。受光素子が大きいので、その分、レンズも大きい。
 古い機種の中古がかなり安い。どちらかというとライカ系。絞りとシャッターダイヤルが真上から見えるので、ファインダーや液晶を見なくても合わせることができる。こういうのが付いていると、いかにもカメラっぽく見える。
 絞りとシャッタースピード。これはカメラを象徴し、光をどう受け止めるかの話。絞りは空間、シャッターは時間。空間と時間の話になる。
 カメラの基本はここにある。そして時間と空間という哲学的古典命題を形にしたのがカメラ。
 
 
 
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2019年01月09日

高級コンパクトデジカメなど

■■ 2019年1月9日 水曜日 午前11時07分
 
 今朝は晴れているが、雨が降っていた形跡がある。風があり、雲も多い。そのため、陽射しが出たり差したり。最近こういう朝が多い。しかし、気温は意外と低くはないのか、風があるのに、それほど寒くはない。
 このあたり、暖冬かもしれない。12月1月2月が冬とすれば、その中頃に差し掛かっている。冬の真ん中。それが意外と寒くない。意外というのは思っていることだ。これはただ思っているだけのことなので、思いに反しての意外というのは、意外と当てにならないが。
 今年は正月、何も買っていない。900円の防寒ズボンを買っただけ。これは履いただけでその瞬間から暖かい。900円ですむのなら、安い物。ただ今年は防水性が少しあるという表示があったので、今までなかったのだから、これはいいことだ。雨具にはならないものの、染みこみ具合が違うのだろう。
 年末はキヤノンのネオ一眼を買ったので、欲しいと思えるカメラは当分ない。以前から欲しいと思っているカメラがあったとしても、以前過ぎて、もう古くなり、欲しさの強度が落ちている。こういうのは中古で安くなった状態ならいいが、最近寒いので、カメラの中古屋へ寄っていない。
 最後に行ったときはキヤノンの1インチコンパクトの一番安いタイプがあった。かなり長い間ある。夏からある。もう売れているかもしれないが。
 このカメラ、一番安い1インチタイプ高級コンパクトデジカメだが、軽くて小さい。200グラムあたりだろうか。中古なのに高いのは、まだ新しいためと、本皮ケース付きのためだろう。レンズはF2と、上位機よりは暗いが、このクラスのカメラは感度が高いので、レンズは暗くてもいい。ズームは28から90あるかないか。上位機は24ミリから100ミリ少しはあるはず。それでレンズは明るい。しかし守備範囲はほぼ同じ。また液晶は回転しない。だから軽くて薄い。
 まあ、200グラムなら、内ポケットや胸ポケットに入る懐刀カメラジャンル。こういうのは短刀で、意外と愛着が湧く。常に身に付けているようなカメラになるのだが、これはスマホに取って代わられたので、コンパクト系のカメラは、出番が少ないとか。
 つまり受光素子を1インチにして、差を出そうとしているのだが、あまり変わらないだろう。
 そういうスペック的なものではなく、カメラとしての使いやすさや雰囲気が気に入れば、それでよい。
 人が多いところや、あまりカメラを出してはいけない場所などでは、小さいカメラの方が、出しやすい。スマホを出しているようなものなので。
 ただ、この中古で見たカメラ、液晶が回転しないのが難。ただ、とっさにさっと撮すとき、回転させている暇などない。それに回転状態だと、構図が一寸取りにくい。カメラの水平が怪しくなる。
 まあ、とっさのちょい写しはノーファインダーに近い形で、カメラを下の方に構えて写せばいいのだろう。手かざしでは目立つ。
 そう言う場合、普通の一眼レフを首からぶら下げている方がよかったりする。最初からカメラを向けているようなもの。その状態で、シャッターを押せばいいのだ。隠し持ったものを出した瞬間、もう目立つ。だから、最初から出している方がいい。
 しかし、そんなシーンは滅多にない。日常の中で写すとき、日常が先。
 コンパクト系は形が様々で、横への拡がりがある。一台一台デザインが違うし、スペックや操作感が違うためだ。
 釣り落とした魚ではないが、パナソニックの1インチコンパクトが良かったりする。
 望遠側が300ミリを超えている。旅カメラの700ミリ越えコンパクトに比べれば大人しいが、それ以上レンズを伸ばすと、ネオ一眼になってしまう。懐には入らない。だから、そのカメラ、臭いところを付いてきた。これも液晶は回転しないが、ファインダーが付く。広角ではいらないが、望遠ではある方がいい。
 また1インチではなく、パナソニックミラーレスと同じハーフサイズ受光素子の高級機もある。こちらは古くからあるシリーズ物。つまりLXシリーズだ。高級コンパクト路線。しかし300グラムは確実に超えるので、懐カメラではなく、コピーライカに近い。絞りとシャッターダイヤルがある。ファインダーもあり、まずまずの解像力がある。
 意外と、これが安かったりする。もう古いためだ。
 ただ広角も望遠も大したことはなく、撮影範囲は広くはないが、独特の雰囲気がある。カメラっぽい。
 それらのカメラは出たときに比べ、値が下がっている。新品でもあるが、中古で、かなり落ちているはず。
 
 
 
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2019年01月08日

十日戎

■■ 2019年1月8日 火曜日 午前10時48分
 
 今朝は陽射しはあるが、すっきりしない空。雲が多いためだろう。気温はまずまず。夜中氷点下になることもなかった。冬なので、当然寒いことは寒いが、強調するほどでもない。
 年越し八日目。もうすっかり新年の雰囲気はない。ただ会社などでは仕事始めを始めたばかりの頃なので、新年らしいかもしれない。顔を合わすとまた明けましておめでとうございますや、今年もよろしくお願いしますとかの挨拶となっているかもしれない。
 大阪方面は十日戎がある。正月三が日のような賑わいになるが、十日戎を祭る神社だけ。しかし普通の神社にも、戎を祭った祠や社があれば、小規模ながらやっている。
 近所には西宮戎がある。これは自転車で行ったことがあるが、エベッサンの日ではなく、初詣でも賑わっている。
 十日戎は俗っぽい。商売繁盛の神様になっているためだ。この戎というのはよく分からない。
 商売繁盛で笹もってこいと囃し立てる。笹に色々なものをトッピング、これは括り付けるのだが、そのアイテムの一つ一つは有料。笹はベース。台紙。いろいろな効能のあるものを添付。
 また笹ではなく、庭掃除に使うような幅広の箒、チリトリのようなものもある。福をかき集めたものだろうか。だから願力。福を呼び込むらしい。関東なら酉の市に当たるかもしれない。
 要するに即効性があり、すぐに効くが、効用は一年間のみ。
 正月の飾り付けも似たようなところがあるが、これは十五日と、少しずらした時期に燃やす。これは正月の間だけ有効。非常に短い。次の年も、使い回してもいい。しかし十日戎は一年のみ。ウイルス対策のソフトのようなものだ。しかし防御用ではなく、福を取りに行こうとする釣り人。積極的。待ち受け型。
 エビッサンが鯛を釣っている絵は有名。猟師だろうか。海神系。または交易。すると大陸との関係もある。しかし米俵の上で座っているのもある。宝船は常世の国との交易だろうか。
 満面の笑みを浮かべるとかもあり、そのときの顔をえびす顔とも言う。何人で、正体は誰なのか。
 いろいろな漢字が当てられているが、その字面に解答が明快に書かれていたりする。
 神話の中の神様は別名がある。まったくキャラが違い、真逆だったりする。
 今朝は昨日よりも少しだけ早い目に目が覚めたので、少しゆとりがある。これでもまだまだ遅く、一日が短い。
 夕方前に行く喫茶店が夕方を越え、夜になっているが、日が徐々に長くなっているはず。
 春の近さを感じるのは、日一日日が長くなるためだろうか。明けるのが早くなり、暮れるのが遅くなる。
 まあ、これからが本格的な真冬になるので、本当の冬はこれからだが、陽射しだけは一足早いようだ。天は早くても地は遅い。
 
 
 
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2019年01月07日

シグマの高倍率標準レンズ

■■ 2019年1月7日 月曜日 午前11時01分
 
 今朝は晴れているのか曇っているのか、分かりにくい。陽射しが出たり出なかったりのためだ。しかし青空が見えているので、これは晴れだろう。しかし、そのあと、空が真っ白になったり、雨になったりすることがある。日中の天気も変わりやすい。朝、晴れているので、今日は晴れだと安心できない。
 今朝は少しだけ早く起きた。昨日に比べての話なので、正月頃までに比べると、まだまだ遅い。昨日は少しだけ早寝した。その効果があったためだが、起きるときまだ眠たかった。これは二度寝へと至るコースなのだが、やはり遅いので、気合いを入れて起きた。そんな気合いを入れなくても二度寝するときは寝る。起きようとしているのに、寝ている。
 真冬が近いのか、今朝は手が冷たい。手袋はまだだが、そろそろだ。真冬は一月中頃から来る。寒いのは二月だが、一月末も結構寒い。まだ今日は七日。一月上旬だが、中旬が近い。真冬の気配がしてもいい頃。圏内が近い。
 こういうのはアナログ的に徐々に来るのではなく、ある日突然来ることが多い。ガクンと寒くなる。間がない。中間がない。段差あり。
 昨日は正月気分は抜けたのだが、正月ということで、すき焼きを食べた。ファミレス風のめし屋でご飯を付けると800円。お隣に牛丼屋があり、そこでもすき焼きがある。別の牛丼屋では牛うどんすきがある。要するにうどんすきの中に牛肉が入っていると言うこと。いずれもコンロ付きで、熱い。しかし野菜などがまだ硬いことがあり、必死で煮こんだりする。すぐに火は消えるので、何ともならないが、それでもしばらくは煮ているので、最後に食べたりする。だが、あまり変わらない。
 牛丼屋のすき焼きに入っている野菜は硬いが、ファミレス風めし屋の野菜は柔らかい。最初から煮たものを用意しているためだろう。
 牛丼屋のうどんすきはご飯を付けると強敵になる。既にうどんがあるので、ご飯はいらないのだが、うどんとご飯が重なると、食べきれなかったりする。しかしそういう人でも肉は全部引き上げている。
 このすき焼きを食べにいったので、正月らしくなった。
 十日あたりに「とんど」か「どんど」かは忘れたが、正月の飾り付けなどを燃やす日がある。この日までは正月だろう。
 ただ、樹脂製のものは受け付けてくれなかったりする。プラモデルなどを燃やすと、黒いすすがでる。それで、戦艦大和の最後をプラモデルでやったものだ。
 今日は月曜日。年末年始が終わり、普段の日々に戻る時期。月曜なので、区切りがいい。次の休みまで一番間がある。金曜スタートでは、翌日土曜で休みだったりする。
 
 今朝のお供のカメラはニコンの一番安い一眼レフだが、レンズはシグマを久しぶりに付けた。高倍率標準ズームで、似たスペックのタムロンと競い合い、サンダ対ガイラになったが、タムロンが勝った。あとで買ったタムロンはもの凄く安かったのだが、値段は関係なかった。
 タムロンが勝ったのは、ピントが合わないことがシグマであったため。それと望遠が少しだけ短いのと、シグマの方が短いのに重いことだ。
 しかし、シグマのそのズームは最短撮影距離が全域で35センチ。望遠端は400ミリ近くあるので、望遠マクロが凄い。本来このタイプは広角端の最短撮影距離が50センチとかになり、28ミリ相当の広角だと、寄れない。それを何とか寄れるように35センチまで縮めたのだが、望遠側でのマクロが逆に光ったりする。通常の望遠ズームだと一メートルを超えるのだから。
 オリンパスの同じタイプでも50センチ。広角の寄りがやはり弱い。喫茶店などでテーブルものを写すとき、身体を反らないといけない。
 ニコンの小さく軽い一眼レフに、このシグマズームを付けても、それほど重く思わなくなったのは、ニコンP900を持ち歩いているためだろう。
 28から300相当の大人しいズームがシグマにある。望遠が少し伸び、最短撮影距離が少し短い目のを買ったのだが、28から300のレンズはシリーズ名が違う。良いタイプだ。しかしもの凄く良いタイプではない。
 またシグマからいろいろと単焦点レンズが出ている。
 28ミリから400ミリ超えのが欲しかったのだが、かなり重い。
 タムロンからは600ミリ相当までの望遠付きがあるが、さらに重い。下手をすると、3000ミリまでのニコンP1000の重さに近かったりする。
 一キロを超えると、候補から外れる。
 まあP900と一緒に分厚い目の新書版などを鞄に入れたときの重さになるのだが。
 一眼レフのファインダーは通りがいい。実像に近いものを見ているので、シームレス。ここが従来からの一眼レフの強味だろう。実際にはミラーレスの方が強い箇所が多いのだが、被写体に当たる光が違う。実際にはそのようには写らないのだが、肉眼で見たときの光が見える。ミラーレスは完成品を見ているようなもの。仕上がったものを。だから絵を見ている。実像から絵への変換は、プレビュー画面で確認できるが肉眼に近いものを見ながらシャッターを切るほうがすんなり写せる。流れがいいのだ。
 
 
 
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2019年01月06日

写りはSX70よりP900の方がいい。

■■ 2019年1月6日 日曜日 午前11時17分
 
 今朝は晴れているが曇っている。朝の天気と昼の天気が違う。起きたときの天気が一日の天気にならない。しかし、一日単位で考えるためだろう。今日の天気となると、夜中から夜中までの時間で、24時間あり、結構長い。その間、季節が巡るというほどの変化はないものの、朝夕の気温差が一季節分ほど違う日もある。朝は晴れているのに、その後一日中雨だった場合、少し困る。少しだけで、もの凄く困るようなことではないが。
 今朝も遅起きになったが、正月の頃、無理をしてできるだけ遅起きをしたのが残っているのだ。その時間帯に起きてしまった。寝起き行く喫茶店が開く時間に合わせて遅起きをしたのだが、今朝は無理をしなくても、目が覚めると、その遅い時間になっていた。これも大変困る話ではないが、時間がずれてしまう。まあ、早寝すれば戻るはずだ。
 冬場は遅起きでもいいのかもしれない。目が覚めたときが起き時だが、睡眠時間を考えると、寝不足になると分かると、また寝てしまうだろう。寝不足気味で起きた日は一日中しんどい。
 絶対にこの時間に起きないといけないという用事はないので、そこが緩くなる。
 今朝は寒さはそれほどでもないが、冬は冬なので、暖かいわけではない。まずまずのこの頃らしい寒さで、寒さが問題になるような寒さではない。
 900円の防寒ズボンが効いている。カッパの下を履いているような感じだが、蒸れて温かいのだろう。
 表面は薄くてペラペラなのだが、裏に毛羽立ったものが入っているので、毛布のように温かい。
 
 年末に買ったキヤノンのネオ一眼SX70を使っているのだが、たまにニコンのP900で写すと、やはり写りはP900の方がいいようだ。SX70の前の機種と写りはほとんど同じなので、そんなものかもしれないが、P900は手強い。同じものを写しても切れが違う。
 SX70はファインダーがいいので、撮影は楽しいのだが、写したものよりも、ファインダーで見ているときのほうが綺麗だったりする。
 ファインダーが明るく大きく鮮明だと被写体がよく見える。細かいところまで見えるので、写しているときは気持ちがいい。
 しかし両機とも夜の街頭はあまり得意ではない。それでも昔に比べると、夜でもノイズが分からない程度の写真が撮れるようになったので、凄いが。
 夜に外に出るときは、オリンパスのミラーレスを持っていく。レンズが明るいわけではないが、高感度が使える。受光素子が大きい分、高い目の感度までオートで上がる。それで結構高速シャッターが切れるので、300ミリ相当の望遠端でも夜の町が写せたりする。絵は夜なのに、澄んでいる。
 このオリンパスのミラーレスはM5マーク2だったと思うが、28から300までの高倍率標準ズームが付いている。キットレンズだ。ダブルズームキットよりも高いが、一本ですむ。
 しかし300ミリでは鳥は無理。だがデジコンが使えるので600ミリまでいける。画質の劣化は流石に受光素子が大きいので、ほとんど分からない。
 P900は2000ミリまであるので、デジタルズームは必要ではないので、試していないが、SX70はデジタルズームは初期値ではオンなので、試してみたが、やはり画質は荒れる。これははっきりと分かるので、これは使えない。
 オリンパスのレンズは一本ですむので、その後、買っていないが、600ミリ相当の安くて軽くて小さいのがある。600ミリあれば、鳥もいけるし、デジコンを使えば1200ミリになり、SX70に迫れる。
 オリンパスミレーレスの28から300までのズームではほとんど望遠でしか使っていなかったりする。
 オリンパスミラーレスのファインダーはSX70よりも当然いいので、さらに鮮明で大きい。
 次に買うとすれば、この600ミリ相当の望遠ズームだろう。600ミリまでが限界で、いくらハーフサイズの受光素子といっても、レンズが大きく重くなるので、それ以上だと持ち歩けない重さになる。
 P900は同じニコンの一眼レフのキットズームレンズよりもよく写るので、本当に手強いカメラだ。
 
 
 
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2019年01月05日

正月明け

■■ 2019年1月5日 土曜日 午前11時25分
 
 今朝は小雨。そのためか、気温は少し高い目。それでも冬の雨は冷たい。雪ではないので、上空が氷点下ではないはず。最低気温予報では高い目だったので、その通りになっているのだろう。ただ、今朝の最低気温の実際は見ていないが、これはほぼそうだろうと思えるので、見る必要がない。それにもう過ぎたこと。昨日などは氷点下2度になっていたので、それに比べると、今朝の最低気温は高い目。この最低気温は瞬間最低気温。
 正月に買った900円の防寒ズボンが水を弾く程度の防水性があるので、小雨なら傘はいらない。コートも水を弾くタイプで長いので、膝まで隠れ、合羽の上よりも長い。だからレインコートだろう。防寒レインコートで、冬場しか着られないが。
 梅雨時に着るレインコートは着る期間は僅か。まあ、春物秋物は期間が短い。冬物はかなりの期間着られる。
 正月も終わり、もう仕事が始まっているのだろうか。土曜なので、まだ休みのところもあるはず。
 しかし三が日が過ぎると、年末年始も遠いものになる。クリスマスなど遙か彼方。年越しでガクンと違いが出る。当然去年など遠いものになるが、今年の記憶というのはまだ五日目なので、スカスカだろう。去年一年分の記憶の方が多いはずなのだが、遠ざかっている。
 昨夜は夜更かしするつもりはなかったが、結果的に遅い目に寝たのか、起きるとかなり遅かった。正月向け喫茶店開店時間なら理想的な時間に起きたことになるが、これは無理に寝ており、強引な寝方で、起きないように頑張って寝ていたのだが、今朝は頑張らなくても、目が覚めるとその時間だった。
 実際に寝た時間から計算すると、それぐらいの睡眠時間は必要なはずなので、それで納得するしかない。これはやはり早寝をすることで、起きる時間が決まるのだろう。
 遅寝すると、遅起きだった場合一日が短くなる。それに遅起きではそんなに早く眠れない。このパターンはせめぎ合いだ。
 あまり遅いと、夕方前に行く喫茶店が夜になり、しかも冬で寒いし、暗いので、正月は行かない日もあった。暗くなってから出掛けるのは今一つ。楽しいことがあるのなら別だが、日常コース。
 そういえば今年は正月として特別なことはしなかった。朝ご飯のとき、白いご飯ではなく、餅に変えただけ。
 おせち料理は年末に買っていた丹波産黒豆と、安い棒鱈。この二つで、結構おかずになる。魚と豆。
 あとは野菜を煮こんだもの。白菜とか人参とかジャガイモとかキノコ。
 賞味期限間近の焼き鯛を狙っていたのだが、レジが混んでいたので、それを見て、入らなかった。
 ホウレン草が切れているので、買わないといけない。もうスーパーは平常通り営業しているはず。正月の三日目は閉まっていた。
 どちらにしても正月らしいことはしていないので、正月気分というのがなかったので、正月気分から抜け出せないということはない。
 一年の計は元旦にありだが、それもなかった。まだ今年は終わっていないので、計画が実行されたかどうかは分からないが、計画そのものがないので、立てた計が達成できなかったということもないだろう。
 何か動機がなければ計画も立てないだろう。それが極めて些細な動機なら、計画というほどのものではなく、日常業務的なことで、その都度修正するようなものだろう。また、修正しなくても、大して影響はなかったりする。
 動機というのは必要に迫られないとしない。何が必要なのかは人により違う。必要性の大小もある。
 茶碗が割れ、それ一つだった場合、買いに行く。必要なので。しかし割れた日は、ご飯が食べられないわけではない。丼や皿や味噌汁のお椀でも何とかなる。皿なら西洋皿で、洋食のようになる。箸で食べるが。
 必要性というは不便なためだろう。何かが欠けると不便。また何かがあるので、不便というのもある。切り放したり、取っ払うと不便ではなくなることもある。
 こういうのは目先や単純な動機と言えるが、その奥に本質的な原因があったりするが、解決するような問題でなければ、下手に弄らない方がいい。
 
 
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2019年01月04日

正月三が日

■■ 2019年1月4日 金曜日 午前10時39分
 
 正月三が日。ここまでが正月だろう。今日は四日。もう神社は平常に戻る。屋台も出ていなかったりする。
 寝起き行く喫茶店も四日目になると、開くのが早くなるが、まだ全開ではなく、少し遅い目。しかし、その時間ならまだ寝ているので問題はない。三が日は起きてもまだ開いていなかった。
 今朝はよく晴れ、雲がない。晴天だ。元旦よりも今朝の方が新年らしい。その理由は天気。元旦が晴れるかどうかは、そこまでお膳立てはできない。
 朝の喫茶店は正月の飾り付けがなかった。カボチャ祭りはあったし、クリスマスもあった。それが終わるとすぐに賀正とかの飾り付けに変わるはずなのだが、それがない。ただ、別の店では窓硝子にまだトナカイとソリを貼り付けてある。
 普通の喫茶店や、飲食街では琴の音がしていることが多かったのだが、まだやっているところもあるが、正月用の和風な琴の音は減った。飲食街で琴の音を聞くと、正月料金の警告音に聞こえた。
 最近飲食店に入ることはあるが、ほとんどがチェーン店。そういうところでは正月料金にはならない。初詣客で賑わう参道の食べ物屋なら、正月料金かもしれない。
 いつも百円で売っているスーパーの蒲鉾が数倍の値段になっているのを、今年は見ていない。その間、百円の蒲鉾は隠している。
 元旦からスーパーが開いていたのだが、行かなかった。レジが混んでいるためだ。
 昨日は野菜が切れたので、買いに行ったのだが、閉まっている。三日のことだ。定休日でもない。それで、もう一つ先にあるスーパーまで夜に自転車を走らせたのだが、そこも閉まっている。これは入荷がないのためだろうか。初荷待ちとか。
 仕方なくコンビニ入る。野菜はそれなりにあるが、ホウレン草が欲しい。白ネギや白菜ではなく。
 弁当類は平常通り。だから正月から弁当を作っているのだ。ただ、あまり売れていない。サンドイッチ類も、いろいろバリエーションが増えている。いつもなら売り切れて、ないため、初めて見るようなのもあった。
 パンになソーセージやチーズなどを挟んだ物が新鮮。ホットドッグもある。ピザトーストも。それらを適当に買って夕食とした。既に夜だが。
 一応今日から起きる時間なども平常通りでよくなる。今朝は相変わらず遅い目に目が覚めたが、去年の続きだ。朝まで一度も目が覚めなかったので、目が覚めたとき、既に遅い目の時間。これがおそらく必要な睡眠時間だろう。
 正月は特に変化はなく、年末までと同じような一日を過ごしていた。
 今日から平日のはずだが、仕事始めはいつだろうか。週末が掛かっているので、正月が抜けるのは月曜からだろう。つまり、七日。計算すると、一週間ほど休みだ。年末年始の休み。学校の冬休みもそのあたりで終わるはずだが、最近遅起きなので、登校風景と遭遇しないので、分からない。ただ学校の前を通るとき、運動場で分かる。体操の授業をやっているためだ。
 年末に買った餅を毎朝雑煮にして食べている。つきたてで柔らかかったのだが、既に硬い。一つ一つ真空パックになっていないので、早く食べないといけない。それで安かったのかもしれない。
 
 
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2019年01月03日

初詣

■■ 2019年1月3日 木曜日 午前11時10分
 
 早いもので、正月三日目。やはり一気だ。まあ正月でなくても普通の日でも三日間というのはあっという間だが。
 今朝は晴れており、寒さはほどほど。陽射しがあり、これで外は暖かい目。今朝はまだ朝の喫茶店の開店時間が遅い目なので、遅起き。堂々と遅起きできる。
 今朝は不思議と早い目に目が覚めた。普通の日なら歓迎だが、今日は早すぎる。もっと寝ていないといけないので、二度寝は推奨。大いに二度寝三度寝をしてもいい。だが、二度寝で目が覚めたが、僅かしか寝ていない。二度寝でもの凄く寝てしまい、寝過ごすことがあるのだが、短い。さらに三度寝四度寝と重ねるが、まだ早い。
 そしてこれが最後という感じで、予定起床時間手前で寝る。意外とこういうとき長寝になる可能性があり、目が覚めると、もの凄く時間が経っていたこともあるが、それはなかった。
 しかし、睡眠時間を計算すると、最初に目が覚めたときは、やはり早い目なので、しっかりと寝た感じではない。これは昼寝が必要だろう。
 いくらでも遅起きをしてもいいという正月なのは、喫茶店開店時間の問題。しかし遅起きしてもいいので夜更かしてもいいのだが、意外と眠くなり、寝てしまった。
 最近は朝は晴れているのにそのあと曇ることが多い。これは冬の特性だろうか。朝だけ日がある。だから初日の出見学には向いているが。
 だが、遅起きなので、今朝は朝とは言えないが。
 正月三が日、今日がラストで、初詣も今日まで。神社などは三日間だけはそれなりの構えでいるが、四日目になると、平日と同じ。参拝客もそうで、三日まで。だが大晦日の夜はまだ31日。この日から神社は賑わう。そのため四日間ある。これは屋台視点だろうか。
 今日は出掛ける気がないので、正月は何処にも行かなかったことになる。朝の喫茶店からの戻り道で寄り道して神社にも寄ったが、参拝はせず。並んでいる。長い行列。これは効かないだろう。もっと小さく人が来ないところの神様ならマンツーマン状態で、効くかもしれないが、あまり効果がないのだろう。だから誰も参らなかったりする。貧乏神だったりしそうだし。
 だから、流行っている神社へ人は行く。人が多い神社をわざわざ選んで。
 地元の神様というのもある。近所の神社がそうだ。歩いて行ける。そういうところは普段着の人が多い。ちょっとコンビニへ行く程度の服装だろう。
 しかし、地元の神社でもガラガラで人の気配がないところもある。昔からの人が減ったためだろうか。
 だから初詣は、一番近いところにある人が多く来ている神社が選ばれる。そういう大きい目の神社がない場合、電車に乗って、メジャーな定番神社へと向かう。
 これが意外とこの時代になっても廃れないどころか、増えていたりする。
 子供の頃から行っていた神社がある。神社が目的ではなく、露店だ。そしてその参道になっている商店街の玩具屋。つまりお年玉を落としに行く。
 大人になってから行くとガラガラ。もう露店も屋台も出ていない。これはかなり昔の話だ。大人になってから流石にお年玉を落としに行かなくなったが、たまに行ったとき、ガラガラ。ひっそりとしていた。
 そして今年もそうだが、人が増えているし、露店も少ないながらも出ている。
 一時、ガクンと参拝客が減り、神社離れしていたのだが、それが戻っている。
 神社離れの意味は、そちら方面、つまり神様がどうのとかの頭の中の問題だろう。それが戻っている。
 まあ、神様はその辺にはいないが、神社は神様しかいない。ただ、この神様はショートカットのアイコンのようなもの。神様の居住空間ではない。そうでないと同じ名前の神様が無数の神社にいるので、多くいすぎると、逆につかみどころがない。お一人一社なら分かりやすい。そういう神社もあるだろうが、人の言うことを聞いてくれるような神様ではなかったりする。
 神社に祭られている神様。同じ神様は別の神社でも祭っている。そういう神社の裏側へ行くと、有名どころの神様が並んでいたりする。どれもショートカット。
 村の小さな神社でも、有名どころの神社の祠や、長屋のように、ずらりと並んでいたりする。凄いネットワークだ。
 分霊とか分魂とか言い方は忘れが、勝手に祭っているわけではなく、一応本家のようなところからもらってくる。
 初詣は寺でもやっている。お寺の中に、普通の神様を祭った祠などがあるためだ。これは郵便貯金のカードだが銀行のキャッシング機でも使えるというような感じだろう。
 除夜の鐘はお寺。突き終えると新年。寺から初詣の神社へとバトンタッチ。
 参拝客も、何の神様かははっきりとは分かっていなかったりするし、お寺では本尊の仏様が誰なのかは分からないまま手を合わせたりする。
 具は分からなくても、有り難いものとして拝む。もの凄い祟り神を拝んでいたりする。または異国ではもう亡びた神様もいたりする。
 ここでは科学的データなどは関係ない。こういう大らかさがいいのだろう。
 
 
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2019年01月02日

都はるみ50年の歩み2

■■ 2019年1月2日 水曜日 午前11時27分
 
 今朝は寒いが、気温は大したことはない。夜中も零下にはならなかったのだが、妙に寒い。温度とは何かと疑いたくなる。それとは関係なく、寒さがある。風邪を引いて悪寒がするわけではない。曇っており、この状態は寒さはましなはず。だから寒暖計では低くない。しかし、寒い。
 寒さにもいろいろとあるのだろう。あとは体調もあるのかもしれない。身体の中のヒーターが故障しているとか。しかし、そんなヒーターがあると熱があることになり、寒さは緩和されるが、熱のある状態はしんどいはず。
 今朝は正月二日目。まだ朝の喫茶店の開店時間が遅いので、遅い目に起きてくる。そのため、安心して夜更かしができる。目は自然にいつもの時間に起きるのだが、そこからさらに寝ないと、喫茶店が開かないので、贅沢な二度寝三度寝ができる。しかし、あまり眠くないとき、寝るのは苦痛だが。
 喫茶店以外の日常立ち回り先は平常と変わらない。昼や夕方の喫茶店もしっかりと開いている。いずれもチェーン店で、ファスト系のためだろう。基本年中無休。ただ開店閉店時間が正月だけ違う。お盆はそんなことはない。だから正月の方がお盆より強いことになる。お盆というのはいつからいつまでかは分からない。
 この時期、スーパーでおせち料理の売れ残りが安くなっているのではないかと思うのだが、見ていない。また大きな鯛を焼いたのも、賞味期限が切れる手前だろう。タイヤキではなく、焼き鯛。
 こういうのは年末に大量に焼いて置いたもので、冷凍していたかもしれない。焼き魚の冷凍。それが可能かどうかは知らないが。解凍のとき、ふやけそうだ。そして香ばしさが消えていたり。焼き魚を放置していると、干物になるのだろうか。食べられないわけではない。
 おせちセットを買うより、単品で買って集めて入れ直した方が安いと思われる。レイアウトし直す。それとおせちには入っていないような安くて量の多いものを混ぜる。
 ただ、おせちは室温で長持ちしないといけない。これは正月三が日間は、もう料理をしなくても済むように。
 お吸い物とかは作らないといけないし、ご飯も炊く必要があるが。このあたり、餅でもいいが。三食とも餅では飽きるだろう。白いご飯が食べたくなる。
 元旦の朝は雑煮を食べたのだが、やはり白いご飯が必要。腹持ちは餅は優れているのだが、おかずと合わない。餅は餅だけ食べる方がいい。餅ではおかずが合わない。
 正月三日か四日ほどは喫茶店に合わせて堂々と遅起きができるのだが、これが癖になって、遅起きが標準になりそうだ。しかし、今年は喫茶店を探さなくても済む。
 しかし夕方の喫茶店が夜になり、昼寝が夕寝になり、寒い夜に喫茶店まで行くのが大層になる。昨日はそれで中止。遅すぎるためだ。だが、雨が降り出し、もし出ていれば、この雨でもっと寒い思いをしたはず。
 まあ正月だけは普段と違う状態でも許されるような感じがする。それはいつもの日々ではなく、特別な日なので。それで頭も正月になっていい。
 昨日は防寒ズボンを900円で買う。いつものスパーに吊されている見飽きたもので、無視し続けているのだが、防水性があるタイプがあった。これだ。これが欲しかったのだ。しかし、安すぎる。防水性と表示されていないタイプと値段は同じ。薄い表生地の下にボアが仕込まれており、裏地ではなく、二重に重ねているだけ。
 機能的には改善されており、前ファスナーがある。ベルト通しはなく、ゴムパン。しかし中に紐が入っているので、少しは調整できるので、紐パンだろう。ゴムだけで充分止まる。これで水を弾く程度の防水性があるのなら、助かる。完全防水とまではいかないので、染みこむタイプ。ちょっとした雨程度では短時間ならカッパになる。これと同じ防水加工のダウンコートを着れば、雨具だ。しかし、カッパには見えないので、店に入ったときなど、脱がなくてもいい。
 ただ、後ろポケットがない。
 
都はるみ
 都はるみ五十年の歩みというタイトルでネットに動画が六本ほど上がっている。音声だけだが、その当時のシングルや、アルバムのようだ。
 一本は1時間を越える。順番は少し違うのもあるが、ほぼ古い順に並べてある。
 初期から引退前までの曲が少ない。
 初期の甘ったれたような、声は次第に消え、徐々に年齢にあった男女関係の歌へと移る。それが進むと夫婦者になる。まあ、そういった歌の中身、何を歌ったものなのかではない。
 そういうのはただの物語で、何でもいいのだ。出し物のようなもの。
 そして歌詞の内容は、置き換えられる。悲しいとか、辛いとか、この感情は共通している。聞き所はその演じ方。一種の語り部の世界で、語り方がいい。何を語っているのかも大事だが、歌い方の中に感じるものがあるのだ。
 三好英治? という男性歌手がいる。名前が違うかもしれないが「雨」などを十代で歌っていたが、歌詞の中身など分からないまま歌っていたと、最近語っている。しかし、そんな大人の男女のことなど分からず、実感もなかっても、聞く人は気持ちを込めて聞いていたのだろう。または聞く側も意味は分からないし、経験したことがなくても、情感としては分かるのだろう。悲しいとか、切ないとか。だから、これは置き換えて聞いているのかもしれない。
 さて、引退手前までの曲の中でよかったのは「さよなら海峡」「九十九里浜……」など。
 復帰後の演歌ではない歌だと、誰が歌っているのか分からない。50年の歩みとか、昭和と平成に分けるとすれば、やはり昭和時代の歌謡曲の方が聞きやすい。これは大衆の歌。流行歌の世界のためだろう。聞きやすいようにできている。受けるように。そしてヒットするように。
 復帰後はそういったレコードの売上げとかを考えないで、演歌から外れていく。声も普通になり、絶唱したり、唸ったり金切り声を上げたりはしなくなる。静かな出だしで始まる曲が多くなり、そして後半に盛り上がるのだが、じっくりと聞かせる歌が多い。演奏も大層なものになり、大作が多い。
 そういう歌に混ざって「つくしんぼ」などがぽつんと入っていると、前奏から演歌であることが分かるので、ほっとしたりする。
 片思いの歌から、恋愛の歌になり、同棲の歌になり、夫婦の歌や不倫の歌へと変わっていく。また、子供達のための歌も。
 作られた時代順に一気に聞くと、そのバリエーションの広さに驚く。歌なら何でも売っている八百屋のような歌屋。
 このあたり、何でも歌える幅の広さでは美空ひばりを越えていると思うが、それはひばりが死んだ年を越えて、都はるみが歌い続けているためだろう。
 しかし、最後のCDは「冬の海峡」だったと思う。涙の連絡船からの系譜の海峡もの。どまんなの演歌だ。
 あまり売れなかったが「北の宿」から「大阪しぐれ」あたりにかけて歌っていた曲の中にいい曲がかなりある。先ほどの「さよなら海峡」がそうだ。「みちのく風の宿」などは、極めている。
 また「高松夜曲」や雨の思案橋の歌や、博多を舞台にしたご当地ソングも、いいのがある。今聞くと、その中に「大阪しぐれ」や「道頓堀川」なども吸収されてしまう。ネオンものとして。
 演歌っぽくない引退後の歌の中でも「古都逍遙」などは聞かせる曲で、非常にいい。
 明るく都はるみらしい曲としてバブルが弾けた頃の歌で「気の向くままに」がある。もう何処の国のリズムか分からないほど異国っぽい。これは楽しめる。
 後年、珍しく唸りを入れているのが「ムカシ」という曲。過去のいい時代、いい頃の思い出に浸るのは「昔」というオバケの仕業だと言っている。それであなたを駄目にするとも。このあたりメッセージソングだ。
 この曲を聴くと、昔の都はるみの方がよかったとは言えなくなる。
 車のCMソングだろうか。復帰後間もない頃の曲だが、誰が歌っているのか、もう分からない。無理のない地声で歌っているのだろう。やはり綺麗で、優しい声だ。粘っこさがあるのだが切れがある。
 ということは今まで作った声だったということになる。だから演じ続けていたのだ。それが演歌だと思える。
 嫁いだ娘が戻ってくるとき、駅で出迎える夫婦の歌もある。
 それらを聴いていると、もう十分いろいろな歌に挑戦し、さらに第一線でやり続けたのだから、凄い話だ。昔の歌だけではなく、その挑戦は凄いと思う。
 また若い頃からのカバー曲は半端ではないほど多いようだ。都はるみが好きそうな西田佐知子の「エリカの花……」を調子を変えて歌っていたが「裏町人生」も歌っている。これは西田幸子の気怠い声でないと成立しないような歌だ。
 都はるみが歌うとどうなる。とたんに明るくなる。まだ若い頃に歌っていたので、そんなものだが、すねた感じが可愛い。
 何処かで都はるみが語っていたと思うのだが年取ってから休養に入る手前、いい歌に恵まれなかったと言っている。
 まあ、都はるみを支えてきた作詞家作曲家、そしてプロデューサーも故人になってしまったので、仕方がない。
 50過ぎの都はるみ、大御所中の大御所に渡す作詞家や作曲家も、大変だろう。
 問題は「羅生門」。男性視線からではなく女性視線からの不倫。しかし、それを超えた生々しさがある。作詞は女性歌人。これは聞くものに対しての踏み絵的歌だ。バリエーションの一つ、ある挑戦として、こういう曲があってもいいのだが、年をとるに従い、歌う歌が難しくなり、歌詞もよく聞き取れない。これは小さな声で始まることが多いためだろう。それと伴奏が大層すぎたりする。重い曲なので、個人的にはしんどいが、曲も歌詞も良い。
 50年の歩みの、ダイジェストだが、後年の曲はほぼ網羅されているのかもしれない。初期や全盛時代と違い、聞かせる曲が多くなり、それらは海外でも通じるだろう。
 そういうのを聞いたあと「あんこ椿は恋の花」などを聞くと、懐かしさがぐっとこみ上げてくる。これは古い曲だから懐かしいのだが、歌そのものが郷愁を誘うのだろう。
 一度目の引退。全盛時代。満開のときに散りたいといって散った。だから復帰後は、もう好きなことをしていいのだ。大きな財産は全盛時代までに充分残したのだから。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 13:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

ダウンコート

■■ 2019年1月1日 火曜日 午前11時39分
 
 元旦の朝になった。寝る前、既に新年を迎えていたのだが、いつに間にか12時を過ぎていた。その瞬間は見ていない。まあ、見ることなどできないが、時計の針程度。しかし、朝日で見ることができる。ただ、これが新年の日であると特定することは難しい。おそらく出る場所が夏とは違う。水平線に向かって左右どちらかにズレているはず。そして、時間。夏と比べると分かりやすいが、昨日と今朝とではほとんど同じ位置だろう。
 無事に年を越す。これは無事ではない事もあるためだ。そのため、12時を回るまで油断できないというわけではないが。
 昔の人はどうだろうか。その前に寝てしまっていたのではないか。だから新年は朝起きたとき。永眠していなければ、無事。目が開いただけで、お目出度い。
 目が開いた状態で、目出度いものを見ているわけではないが。
 新年の朝、いつもと違う。それは二度寝三度寝してもいいこと。これは今年から。今年だけかもしれないが、遅起きしないといけない状態になった。それは寝起き行く喫茶店の開店時間が正月三日か四日ほど遅くなる。だからいつもの遅い目の時間に目が覚めても、まだ開いていないことになる。
 それで、安心して二度寝した。
 去年は起きる平均時間帯がもっと早かったので、いつもの店が開くまで寝てられなかった。長すぎるためだ。
 そしていつもの店近くにある高い喫茶店へ行ったものだ。正月三が日にしか来ない客になっていた。こういう客は誰も覚えていないだろうが。
 今年は寝過ごしさえすれば喫茶店探しで元旦からウロウロする必要がないので、良い年だ。
 遅起きの恩恵。いい面で出た。
 今朝は晴れている。朝方6時頃に瞬間最低気温マイナス3度が出た。これは気象庁の1時間置きの伊丹空港の記録。その頃、一度目が覚め、トイレへ行った。これは因果関係があるのかもしれない。夜中目を覚ます時間帯と、最低気温が出た時間帯が同じだったとすれば、確実だが、まだ二回ほどしか、合致しない。つまり、寒いと目を覚ますということになる。だが、その時間、起きたことは起きたが、寒さは感じなかった。
 今年も暮れゆくから今年も明けゆくとなる。いずれ暮れるのだろうが、まだ早い。
 年末寒波はどうなったのだろうか。元旦まで続くと、年末寒波とは言えなくなる。そして明け方の最低気温は今冬記録のはず。しかし、寒波ではなく、朝、晴れているときは、夜中寒いというのがあり、ただの冷え込みだろう。寒波らしくないのは、風がないこと。空が荒れていない。だから、寒波は年末で去ったのだろう。
 しかし、本格的に寒くなるのは、年が明けてから。ここからが真冬へ至る道に差し掛かる。
 昨日は大晦日で店が早じまいする日だが、いつも行くショッピングモールは夜もやっている。閉店時間が一時間ほど早くなる程度。そんなモールの閉店前に行ったことがないので、問題はない。行くのは夕方前。
 昔は大晦日は大阪梅田の地下街などでウロウロしていたのだが、これは夕方に閉まる。だから、梅田は壊滅状態になり、喫茶店を探すのが大変。それに店屋が閉まるので、何もできなかった。そして、もっと遅くなると、初詣客が動き出すが、これは遅い時間。終電はない。深夜でも電車は走っている。初詣のためだ。正月の力は大きい。夜中に電車を走らせるのだから。
 昨日はそのショッピングモール二階にある衣料品売り場で、少しだけ丈の長いダウンジャケット言うよりも、ダウンコートを買う。かなり高い。そして定価が消され、安くなっている。そしてさらに三割引に。そうすると定価の半額前後になる。これなら手が出せる。前日から狙っていた品なので、もう調べなくてもいい。一着しか残っていなかったので、消える前に買う。
 実際に着てみると、膝近くまである。膝は隠れないが、太ももが隠れる。自転車に乗っているときも、それで少し違う。
 水を弾く程度の防水性と、防風性と、蒸れ防止の表示がある。当然防寒物なので、表示しなくてもいいだろう。
 元が高いだけにいろいろと凝っている。
 前のファスナーは金属製。これは樹脂製の方が壊れなくて良いのだが、レールが軽い。流石に長い目なので、その出発点は裾の先ではなく、もう少し上。そうでないと、スカートのようにピタリとしてしまい、歩きにくいだろう。ファスナーは裾近くには走っていないが、ボタンがある。もう少し閉じられる。
 ファスナーの上は、不可能なほどレールが延びている。そこまで上げると顔が隠れるほど。しかし、それは無理。だから使わない線路があるということだ。これが余裕。下に首元までかかるものを着ていると、それが邪魔をして引っかかるが、そこまで上げることはないにしても、着込んでいなければ上がる。
 ファスナーカバーがあり、それがビラビラとしそうだが、そこは古典的なボタンで留める。このボタンがアクセント。当然予備ボタンが二つ入っていた。マジックテープやプッチン式ではなく、ボタンなので、止めやすく、外しやすい。
 生地は意外と薄く、本体はポリエステル。絹のように柔らかい。色は黒だが、艶があるが、光らない。
 中綿のアンコは羽毛。だが、それほどボリュームはない。頼りないほどだが、この薄さで、ファスナーなどの上げ下ろしがスムース。首元あたりの硬くなるところも、生地が薄いので、痛くない。
 水を弾く程度の防水性だが、ポケットカバーがしっかりとある。ポケットの屋根のようなもの。
 要するに、ゴツイコートではなく、結構薄いダウンジャケットの長いタイプだが、瘤はできない。救命具のような浮き袋は抑えてあるので、見た感じはゴツイ感じはしない。当然軽い。この薄さ、アンコの少なさが心配だったが、今朝の寒さでも何ともない。発熱性のあるものが入っているのではないかと思うほど。
 ポケットは腰に屋根付きがある。入り口は水平。かなり大きい。その脇に横からの入り口のあるポケットが重なるようにある。このポケットは手を突っ込む防寒用だろう。裾まで来ている。どちらも深い。
 胸ポケットは二つ。ここが高いだけのことがある。縦型だが、結構深くて大きい。ファスナーカバーまであるので、防水性を考慮してのことだろう。スマホが入る大きさ。当然その裏側に内ポケットもある。また、腰ポケットの裏側には内腰ポケットもある。右手側はさらに内ポケットの入り口近くに輪っかがある。これは週刊誌や新聞などを入れたとき、ポケットからはみ出すので、お辞儀しないための紐だろう。またその上にある内ポケットはボタン付き、反対側はボタンなし。だからボタン付きは貴重品入れ。
 また左手の上腕箇所にポケットがある。開けにくいが、そこそこ大きい。ここは切符入れだろう。
 襟は長く、ファスナーの線路が走っているが、ボタン付き。ここはボタンの間隔が詰まっている。その一つは紐の引っかけがある。ボタンで閉まらないとき、この紐で引っかけるのだろう。これがアクセントになっている。
 何かゴチャゴチャしたアウトドアジャケットのように見えるが、見た感じ、それらが目立たないように取り付けられている。だから凸凹度は低い。見た感じはやはりコート。レインコートの分厚いものと言ってもいいが、それに防寒性が加わると言うことだろうか。
 フードも付いているが、取り外せる。このフードは被らなくても、後頭部が温かい。フードの内側はビロード。
 それと本体の裏側だが、背中の一部が別生地。ビロードが貼られている。これだけでも温かいだろう。
 襟とフードは別。襟にも中綿が入っているので、首あたりがいい。その首が直接接するところも生地違いの柔らかくて弾力のあるものが付いている。だからダウンジャケットを着たとき、最初の冷たさがない。
 以上、二回見学して、合格したので、買ったのだが、実際に着てみると、思っている以上に温かく、そして柔らかく、感触もいい。
 それを着て、この新年が始まった。
 
 
  
posted by 川崎ゆきお at 13:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする