2019年03月31日

FZ85意外と強い

■■ 2019年3月31日 日曜日 午前9時39分
 
 今朝は晴れている。久しぶりではないが、昨日は雨だったので、今度は晴れる番だろう。順番で並んでいるわけではないが、行列を作っているのかもしれない。気圧などから数日先が分かったりする。ここまでが一日分とか。地球儀規模の天気図なら。
 今朝は晴れているが、風が強い。気温も雨が降っていた昨日に比べ、夜は低い目だったのかもしれない。目立った温度ではなかったので、見ていないが。
 雨が降っていた頃は夜中の気温は10度以上あり、春そのもの。もう冬のような5度以下になる日は希だろう。昼間は15度あたりを超えるといい感じだ。
 もうジャンバー系の下に着込むことはなくなるが、まだ真冬のダウンジャケット系は脱げない。真冬の服装で花見、とはいまのことだ。満開までもう少しだが、今日のような日曜日で晴れておれば、これがワンチャンス。十分花見ができる程度は咲いている。次の日曜は満開で、桜吹雪付き。散りかけるかもしれないが、一番真っ白になる頃だが、その日まで待つと、その日は雨だったりする。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。季候がよくなると、起きるのが早くなるのだろうか。しかし、それでは睡眠時間が短くなる。昼寝で調整すればいいが、夏場などは昼寝も短い。うとっとした程度で終わったりする。意識はずっとあったりするので、眠っていないのだが、これが眠っていたりする。その証拠に、時計の回りが早い。
 
FZ85
 最近使っていないカメラを取り出して、どんな感じのカメラだったのかと、今の時点でチェックしている。
 以前は一番いいカメラだと思っていた写りも、今見ると、大したことはなかったりする。だから、そのまま放置したと言うより、それに代わるカメラを買ったので、そこで終わったのだろう。
 まあ、大きいとか、重いとかで、持ち出せないままのもある。1キロ超えは流石に気が重い。
 さて、新旧、いろいろと試してみると、意外と試写の成績がいいのはパナソニックのFZ85。これは先日も同じことを言っていたのだが、そのときは意外と扱いやすいとか、写しやすいと言うことで、その画質などは、あまり見ていなかった。どちらかというと、それほど目立った写り方はしていない。
 このカメラ、ネオ一眼で20ミリから1200ミリというとんでもないズームで、これだけで、写りは最初から期待していなかった。
 ところが他のネオ一眼などと比べると、このクラスでは一番得点が高い。
 一応今も売られている現役機で、パナソニックネオ一眼の中では一番安い。この上のカメラは全域F2.8の高級機。いかにも写りが良さそうなカメラ。その上はもう1インチになってしまう。
 操作性がいいことと写しやすいというのは以前から感じており、その素直でシンプルな機能は好感が持てた。
 電子ファインダーは小さく、解像力も低いのだが、意外と見やすい。まあ、小さいので、ファインダーから目を少し離しても全体が見えるので、これがいい。そして電子ファインダーを覗くときの目の位置、角度に関係なく、平面性がある。だから周囲が流れたりしない。意外と1インチの高級機の高解像力で大きいファインダーの方が見にくいことがある。構図が撮りやすいのは小さい方。解像力はピントが確認できればそれでいい。だから安っぽいファインダーだが、これが素直なファインダーで、癖がないので、使いやすい。解像力が低いためか、動きがいい。ちらつきとか浪打がない。
 ただ、パナソニックのファインダーはすぐにズレる。鞄から出すとき、よくズレていて、ファインダーそのもののピントが来ていない。視度調整の位置や硬さなどの関係だろう。
 電源がレバー式で、これもこのクラスでは珍しい。ほとんどのネオ一眼はボタン。そのレバーも、パナソニックミラーレスと同じタイプで、手前側にある。
 他のミラーレスに比べ、ピントの精度がいい。合うはずのものでも合わないカメラもある。AFが苦手としないはずのものでも迷ったりするので不思議だ。またピントが合っていないのに、合焦マークが付くカメラは危ない。さっと撮したとき、合っていると思うためだ。FZ85は分からなくなると、大きな囲みが出る。曖昧だ。何処に合っているのか分からないが、後で見ると合っていたりする。
 そして手ぶれ補正。これも五段とかではないはず。手ぶれ補正を売り物にしていない。しかし、ピタッと止まる。
 60倍ズームだが、望遠へ向かわず広角側へ伸ばした。だから24ミリから1200だったのが、20ミリから1200となった。
 この20ミリをどう見るかだ。慣れるとそれほど広いとは思わないが、28ミリからのズームに比べると、背景の入り込み方が違うのがはっきりするが、あまり意識していない。20ミリでの広角マクロなどが楽しめる。
 ただ、液晶は回転しない。パナソニックは液晶回転に消極的。高級機でも回転させない。
 このカメラ、日常を切り取るという宣伝文句につられて買ったわけではないが、どういう人向けのカメラなのかが分かりにくい。女性がターゲットになっている宣伝の写真だが、女性はネオ一眼はあまり使わないだろう。
 他のネオ一眼に比べ、開放が明るい。F2.8ある。20ミリ側だ。他のネオ一眼よりも明るい。望遠端は1200ミリ越えになるとF6.6が多いが、FX85はF5.9で止めている。1200ミリでも明るいのだ。ほぼ5.6ではないか。1200ミリでF5.6。これは単焦点レンズでもありそうだ。まあ、一眼レフ用の1200ミリなど見たこともないが。
 要するに微妙に明るい。その差がどれだけ撮影に出るのかは微妙だが、パナソニックはこういった明るさへのこだわりがある。一番わかりやすいスペックのためだろか。1インチコンパクトでF1.4というのがある。後出しカメラだけに、ここは差を出したかったのだろう。
 そのため、他のネオ一眼のレンズに比べ、少しだけ太い。
 その太い目のレンズ、何も付いていない。左側にサブズームレバーとかが付きそうなものだが、省略。ただレンズの底に尖ったものがある。下駄だ。カメラを置いたときの足になる。鏡胴が擦れないように。
 安いカメラなのだが、動きは普通。遅くはない。起動も速い。もたつくことはない。
 ただ、安いだけあって、ファインダーと液晶の切り替えは自動ではない。ボタンを押す。ファインダーを覗いて真っ暗だったとき、構えた状態でも押しやすい位置にあるので、問題はない。前回終了したときの状態を記憶しているようで、液晶で終われば液晶から始まる。
 ただ、回転しない液晶だが、タッチパネル式。またファインダーを覗いた状態でもタッチパネルでAF位置を変えることができる。隙間から指を入れて、液晶をこすってカーソルを動かすように。
 使いやすいのは、そんな一点AFにしなくても、大概の場合、画面の何処かに当ててくれる。このやり方が結構オーソドックスで、ほぼこれで合うことが多い。それで駄目なときだけ、1点に切り替えればいい。ぜんぜん見当外れなところに合うことはかなり少ない。
 それと露出補正とプログラムシフト。ここは滅多に使わないのだが、背面の電子ダイヤルに仕込まれている。そのダイヤルを押すと露出補正モードに入り、そのままダイヤルを左右に回すと補正。終わればダイヤルを回すのではなく押せばいい。二度押しでプログラムシフト。機能を切り替えられるのだ。しかし、このタイプのカメラはあまり絞り込まない方がいいので、これは弄らない。
 次は4K。4K動画を利用して、色々なことができるが、面倒なので使っていない。連写そのものが動画のようなものなので、連写が動画に組み込まれている。動画だが一枚撮りのようなもの。だから静止画なのか動画なのかが分かりにくいが。
 4K動画で写して、静止画で抜き取ればいいのだが、そんなシーンは滅多にない。
 まあ、そういうおまけより、ベース箇所が素直で使いやすいカメラ。オート化がかなり進んでいるが、実用性が高い。失敗しないようなフォロー系に近いためだろう。
 ズーム中は今のミリ数と、今のミリ数での最短撮影距離を表示してくれる。いい目安になる。当然35ミリ換算で。
 これはズーム中だけ。いま、何ミリか知りたければ、少しだけズームすれば、さっと表示してくれる。ズームレバーバーの上に大きな文字で表示されるので、分かりやすい。
 興味深いのは、タッチズーム。動画の矢印のようなものが出て、指でタッチすればいい。ゆっくりと早い目と遅い目の矢印が上下にあり、微調整もできる。これは液晶撮影用だろう。
 だからスマホのようなものだ。タブに他にも仕込まれている。
 AF枠のスポットは、大きさを変えられる。これも指で拡大縮小ができる。
 十字キーに感度が仕込まれている。フルオートでは機能しないが。
 露出補正はフルオートでも機能する。先ほどの電子ダイヤルだ。押さないとダイヤルを回しても反応しないので、これは好ましい。知らない間に露出補正状態になり、暗い写真を写していたとかがあるので。
 このカメラの写りが優秀なのは、使っていて、分からなかった。薄暗いところとかの試写で、ピントの早さや迷いにくさ、手ぶれ補正の良さ、画質がいいというより、崩れたりしていない。だから写りがいいという試写ではなく、難しい条件での耐性テスト。昼間の普通の明るさではない。写真として写さないような被写体や条件。だから、条件が悪いときでも何とかなるかどうかなので、画質の良さをテストしたわけではない。
 いい条件でこのカメラで何度も写しているが、それほど目立った画質ではない。素晴らしい写りとかではない。
 フルオートで、あまりにも暗くて、もう何ともできなくなると、連写合成の夜景モードになる。写せないよりはいいだろう。
 
 
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2019年03月30日

オリンパスレンズ

■■ 2019年3月30日 土曜日 午前9時27分
 
 今朝は流石に曇っている。晴れがそれほど続くわけがない。雨が降っていないだけましだが、空がが暗い。灰色だ。
 桜は満開まで、まだ間があるが、二週間ほどはそれなりに花は残っているだろう。梅の花も満開で、これは冬頃咲いている梅とは品種が違うのだろうか。桜と梅が同居している。しかし、その梅、実は桜だったりしそうだ。色の濃い桜もある。
 そういうのは一般家庭の庭とかに咲いており、これは敢えてそう言うのを選んで買ってきて植えたのだろう。ああ変わっていていいという風に。だから見たことがないようなサクラや梅は個人の家にあったりする。
 桜の種類は多い。それを一堂に会して見られるのが大阪造幣局の通り抜け。これは人の家の庭ではないが、一応庭だ。そこに敢えて集めて植えてある。最初に集めてきて我が局の庭に植えようと言いだした人がいるはず。まあ工場内に植えるようなものだ。その場所が川沿い。中之島などへ繋がる大川だろうか。このあたりは桜の名所。そこから造幣局は見える。だから外からも見えているので、外から見ている人もいたのだろうか。いつの間にか、中に入って見てもいいよとなったようで、ただし弁当は駄目、座り込んでは駄目。それで通り抜けということになっている。
 その上流は毛馬。ここまでが桜の名所。毛馬の閘門があり、これは淀川と繋がっている。毛馬村。これは有名な俳人の終焉の地だったか故郷だったように記憶しているが、違うかもしれない。芭蕉と一茶の違いも分からなかったりする。おそらく芭蕉だろう。
 一茶といえば、利休と混同してしまう。茶繋がりだ。この淀川の土手から見る風景は見晴らしがいい。
 
 昨日は先日買った蒸し器でサツマイモを蒸す。いつもは深い目の鍋に電気鍋の蒸しユニットを填め込んでいた。これは丁度サイズが合ったので、使っていたのだが、今回は本物の蒸し器。ただ、兼用だが。まあ、専用の蒸し器など使う頻度は少ない。だから普通のアルミ鍋として使えるようにしたのだろう。
 専用ユニットは穴がボコボコの容器だが、蒸し器のそれは板。中央部に小さな穴が細かく空いており、そこにつまみがある。これは指を立てないと、掴めない。これがないと、その板を取り出せない。板は鍋の底近くにあり、そこだけ数ミリの出っ張りが輪のように入っている。引っかけるためだ。落ちないように。だから容器の填め込み式の方が水が多く入る。また、針金の簀の子のような下駄式のユニットも電気鍋にはある。その下駄が低いので、水は僅かしか入らない。それではすぐに蒸発してしまうのだが、そうでもない。
 買った蒸し器というより、蒸し鍋のようなものだが、密封性がある。蓋に小さな穴が空いているので、そこから蒸気か湯気が出るのだが、実際には湯気は蓋のおかげで、戻る。海からの蒸気が、雲になり、雨として戻ってくるように。だから、それほど水は必要ではない。しかし、完全密封は無理。これは圧力鍋になるのだろうか。頑丈でないと駄目だろう。
 流石に蒸し器、効率がいいのか、できるのが早かった。水が切れて、焦がすのではないかと思い。早い目に見に行ったのだが、二回目に見たときは、既にできていた。そして中の板を外して、水の量を、ここは熱湯だが、あまり減っていないので、驚く。湯気が滴になって、下に戻ってきているのだろう。ただ、もの凄い湯気が出ていたので、やはり減ることは減る。まあ、効率よく、早く蒸し上がることが分かった。大量の水を入れて蒸せば、長持ちするのだが、やはり忘れてしまうことがたまにある。
 新しい一口のガスコンロは電気が入っていないので、電池がいらないが、空焚きだと止まる機能はない。センサーが入っていないのだ。この鍋を箱から取り出すとき、真っ先にそのことが書かれていた。それだけのために一枚の紙を使って。
 だから、勝手に消えないので、注意して目を離さないようにと。
 薬缶なら笛付きがある。
 それで、タイマーが必要だろう。しかも音がするタイプの。蒸かし時間は30分以上だろうか。
 また、その蒸かし器の中板の穴だが、子供の頃にあったタイプは、その穴を調整できた。レンズの絞りを絞れるように。だから湯気の量を調整できたようだ。中にくるっと回す丸い円盤が入っていた。
 蒸かし専用器なら、そういうのがあるのだろう。だが、蒸かし料理など毎日やるようなものではないが、あれば煮こむよりあっさりしている。野菜など、これで蒸かした状態で、冷凍にして、保存しておけば、いつでも使えそうだ。まあ水炊きのようなものだが、煮ると蒸すでは違う。風呂とサウナの違いか。
 また燻すというのがある。煙で。これで燻製が作れたりするので、保存食向けだろうか。水を使わないので、湯気ではなく、煙が出る。
 
オリンパスレンズ
 OM5マーク2にどのレンズを付け足せばいいかというのを、少し考えてみた。
 一年前の今頃に買った誕生日カメラで、28から300のキットレンズ付き。これだけで、充分写せるのだが、望遠が弱い。
 一眼レフから比べると、受光素子が小さい分、小さく軽くできるというのが、ミラーレス、特にハーフサイズミラーレスの良さ。ところがイオスMや、以前からあるソニーのα6000系の方が小さく軽かったりする。ただ、レンズだけは違いが出るようだが。それにしても大きなハーフサイズミラーレスは、どういう意味になるのか訳が分からなくなるが。 さて、それで望遠側の補強で、ずっと考えているのが600ミリまでの望遠ズーム。それほど重くなく、小さい。ただ広角や標準からのズームではないので、小さくてもあたりまえということだろうか。
 これを一般的なフルサイズではなく、普通の一眼レフのタムロンやシグマのレンズと見比べると、標準ズームとしては400ミリ中程まで。換算しなければ300ミリ。換算すれば600ミリになるというのがハーフサイズの良さ。だから一般的な一眼レフのレンズに比べて、軽くて小さいということになる。
 この600ミリ。一般的な一眼レフではかなり厳しい大きさ重さになり、もう日常では使えない。ここにオリンパスやパナソニックの良さがある。パナソニックからも同じように600ミリまでいける望遠ズームが出ている。それらの高級版になると、もうハーフサイズの良さは消えるが。
 それともう一本の候補は24ミリから400ミリの新レンズ。レンズ交換式ミラーレスカメラ用ではズーム比は一番かもしれない。ただ、タムロンから似たスペックのが出ている。しかしレンズの重さは相当なもの。
 当然一眼レフのボディーそのものも重いので、それを加えると、やはりハーフサイズが有利。
 この24から400ミリは、これまであった28から300よりもズームが伸びた。ただしややこしいのは最短撮影距離が24ミリでは20センチ台だが、400ミリでは70センチになる。まあ、オリンパスの場合、カタログではそうなっているが、もう少し本当は寄れるが。
 28から300のズームは全域50センチと分かりやすい。それで新レンズは70センチと長くなったのだが、400ミリなので、そんなものだろう。
 比べると同じぐらいの大きさまで写せる。テレマクロだ。
 ただ、テーブルの上のものをギリギリ300ミリで写せたのに、最短撮影距離が70センチとなると、どうだろう。300ミリまで縮めれば、50センチまで寄れるのならいいが。中間はどうなっているのは分からない。これは成り行きで決まるのだが段階的に変化する。コンパクト系なら、何センチまで寄れますよという表示が入るが。
 28ミリと24ミリ。うーん、僅かだ。300ミリと400ミリ。うーん大して違わない。最短撮影距離が20センチ台になって、テーブルものが楽になるが、これも別に困らなかったりする。
 そしてこのレンズ、10万円。これは出せないだろう。その程度の差なら。
 これが400ミリでの最短撮影距離が30センチ以内なら別だが。現にシグマからそれに近いのがあるのだから、できないわけではないはずだが。
 まあ、メーカーものの高倍率標準ズームというのはどれもタムロン製だったりするという噂もあるが。
 それよりも300ミリの望遠が600ミリになる方が遙かに便利で、撮影範囲が拡がる。
 オリンパスのOM5マーク2はボタン一つで倍の1200ミリになるので、これがあれば鳥も猫も何とかなる。まあ、倍にしなくても600ミリあれば、何とかなる。
 実際オリンパスのOM5マーク2で鳥や猫を撮るとき、ほとんどが倍の600ミリで写していることが多い。この倍のボタンを押す手間が省けるということだが、やはりまた押して1200ミリにするだろう。それなら1200ミリならいくらでもあるネオ一眼の方がすっきりしたりする。
 まあ、28から300のレンズがなければ、24から400を買っていたかもしれないが、28から300のズームを付けていても、写すのはほとんど望遠端で、しかもボタンを押して600ミリで写すことが多い。
 オリンパスにはプロ用とか、プレミアとか、普通のレンズとかに分かれている。この24から400は普通のレンズ。それにしては高い。
 ちなみにパナソニックも28から280辺りのキットレンズタイプを出していたが、最近は24から120がキットレンズとして付いてくる。小さく軽くなるのだろう。標準ズームに少しだけ望遠側が伸びる程度だが。
 それとは別に、60ミリ相当のマクロレンズが安くて軽い。相当な倍率になる。60ミリなので、一寸ボリューム感のある標準レンズ。中望遠とは言いにくい。昔の一眼レフの標準レンズで55ミリとかがある。50ミリにどうしてもできなかったのだろうか。だから普通の標準レンズとしても使える。少し暗いが、そのぶん開放からシャープなはず。
 これで豆粒のように小さな花などを写している方が充実するかもしれない。マクロの決死隊だ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

蒸し器

■■ 2019年3月29日 金曜日 午前10時08分
 
 今朝も晴れている。これは続いている。昨日も晴れていたように思うが、曇っていたかもしれない。はっきりとした青空が拡がっていなかったようなので、曖昧。今朝も陽射しはあるが花曇りのような感じ。花曇りは明るそうだ。普通の曇り空よりも。まあ、陽射しがたまにないと、花曇りも成立しないように思える。まあ、この時期の薄曇りを差すのだろう。雲が薄い。だから破れて陽射しがたまに覗く。陽に覗かれているのだ。陽を人が覗いているのではなく。陽は目玉か。
 桜は咲いているので、花曇りは似合う。しかし、桜の花の咲き始めは、薄らと桜の木の塊や並木に色が入る。それがボワッとしている。これが曇っているように見える。暖色は膨張する。これを桜霞というのだろが、言わないかもしれない。そんな言葉はなかったりする。桜吹雪はある。だから天気の言葉の上に桜を付ければいい。
 昨日はその気候に誘われたわけではないが、蒸し器を買いに行った。桜の花の下、蒸し器を買いに行く人はその日、全国で一人かもしれない。よく買いに行くものではない。しかし、鍋だ。だから鍋なら買いに行くだろう。
 鍋を買いに行くのは珍しくない。しかし、蒸し器は少ないというより、昔ほどない。茶碗蒸しなどを作るとき、いるのだが、今は出来合いのものがプリンのように売られている。
 子供の頃にあった蒸し器は大きく背が高い。そして蓋も深い。二階建てになるため、天井裏を高くするためだ。それで背の高いものでも入れられる。それと深い目の蓋はそれだけで重いお。つまり蒸気を押さえつける重さが必要なのだ。
 近所の百貨店のようなところで探したが、ない。前回も探していたのだが、今回もやはりない。蒸し器の新製品などないのだろうか。
 困ったときはホームセンターということで、塚口方面へ向かった。昼の喫茶店からの戻り道なので、長距離自転車散歩に出てもいいコースだ。尼崎南下作戦で。この南下、ネタがある。尼崎城天守閣。これが出来たようだ。尼崎と伊丹はお隣。昼間行っている喫茶店も実は尼崎市になる。境界線だ。
 伊丹市の南側の村は伊丹の城ではなく、尼崎藩の藩領だった箇所がある。江戸の終わり頃まで。だから領主は尼崎藩だ。まあ、伊丹の南側や尼崎は荘園とかが多かった。その近くに武庫之荘がある。これは荘園そのものの名が地名として、残っている。全国至る所にあるだろうが、京から近い。だから、領主が貴族なら、近い方がいいだろう。
 だから江戸時代のある時期から幕末まで、今住んでいる場所にワープしたとすれば、尼崎民となり、役所は尼崎城ということになる。
 伊丹城、これは伊丹氏が古い。そして今は伊丹城ではなく、有岡城。荒木村重と信長の戦いで、落城。その後、城下は残り、繁盛したが、天守はない。お隣の池田市は池田城が再建された。天守だけだ。ラブホ程度の規模だろう。これは大阪天王寺の通天閣近くに建つ大阪城のようなもの。数層の大天守のラブホ。天下人になった気分になるはず。
 城の話ではなく、蒸し器だ。
 それで、尼崎を南下し、ホームセンターへ入場。会員になれば65才以上なら5パーセント引きとか。
 さて、蒸し器はあるだろうか。ここは厨房用品をそれなりに並べているはず。そういうのは難波方面に行けばずらりと並んでいる。道具屋筋だったと思うが、鍋だけを買いにいけない。ここはプロ向けだ。
 それで、鍋が並んでいるのだが、前日見た店より数は少ない。これは駄目かと思ったのだが、安い。
 そして見付けたのが兼用。要するに鍋に中蓋というか、板を仕込めばいいだけなのだ。ただ、そのサイズと板が合わないといけない。密着性がなくなり、湯気の効率が悪くなる。だから湯気を逃げてしまい、すぐに湯がなくなる。
 そして見付けたのは、スパゲティーなどを湯がく深い目の鍋と、普通の鍋の間ぐらいの高さ。蒸かしを考慮して、高くしてあるが、それほど高くはないが、しっかりと中蓋というか、下駄が入っていた。探していたのは、その平べったい下駄だ。鍋の中程に出っ張りがある。板の足場だ。だから下駄のように底まで伸ばす必要はない。
 円盤の真ん中辺りに細かい穴が空いている。これだ。これを探していたのだ。ここから湯気が出てくる。その調整ができるはずだが、まだ見ていない。
 このタイプ、一つだけあった。ただ、大きさ違いの大きなのもあったので、二つあった。兼用となってしまったが、そこそこ底辺が広く、大きい目の鍋で、しかも背があるので、それこそスパゲティーなどを湯がくときは、大量の湯がある方がいいので、便利だろうが、煮物には適さない。一人で食べきれない。三日かかっても。
 これで、芋を蒸かせることができるし、夏場は蒸し料理があっさりしていていい。玉葱でも、ピーマンでも、なんでも蒸せる。
 また餃子や豚まんを温めるとき、これを使うとマイルド。芯まで焼くのではなく、芯まで温めるという感じ。サウナだ。それと水分。蒸気がいい。
 いずれにしても、サツマイモを蒸かしていて、焦がしてしまい、鍋をやられ、ガスコンロも、そのあと二日ほどで、点かなくなった。これは寿命。
 これで、やっと新しいコンロと、新しい蒸し器で蒸かし芋を食べられる。これは最近の昼食だ。
 ちなみにホームセンター入口のチラシにガスコンロの写真。特価品。在庫ある限りとなっている。
 二口で1万円台。それは珍しくないが、少し小さい。横幅59センチとなっている。ここがポイント。
 何故なら伊丹市のゴミ回収では、60センチまでとなっている。これで、ゴミの日に出せるのだ。まあ、年寄りが買った場合、ガスコンロの寿命の方が長かったりしそうだが。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 12:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

ガスコンロ交換

■■ 2019年3月28日 木曜日 午前9時29分
 
 流石に今朝は曇っている。晴れは続かなかったが、それでも陽射しが僅かに出ることがある。結構粘っている。
 そして夜の気温が15度以上ある。これは記録的だろう。これが2度か3度ぐらいしかなかった日があるのだから、その差が大きすぎる。いずれも夜間の話だが。
 雨が降りそうなので、気温がぐっと上がったのだろうか。雲の掛け布団で。
 それでも電気毛布をしていた。流石に寝る前、強ではなく中間にしていた。これが強だと暑苦しかったはず。気温は高い目で、電気毛布。しかし安眠できた。目覚めはまずまずの時間で、まだ早いかもしれないと思い、二度寝をするが、理想的な二度寝で僅かな時間。昨日はそれがぐっと長引き、早起きしたはずなのだが、遅起きになってしまった。今朝の二度寝は見事。しかし、まだ寝たりないようだ。これは春は眠いので、そんなものだろう。まあ、そのうち二度と目が覚めなくなるはず。これは永眠。しかし、眠っているだけで、死んでいるのではないようだ。
 ガスコンロが故障し、往生した。
 サツマイモを蒸かしていると、それを忘れていた。宅急便が来たのだろうか。それで気を取られていたようだ。それで鍋の空焚き。鍋は無事だったが、間にカマしていた容器も無事だが、ガスの火が多い。下の方から炎。ガスの火ではない。これは消さないといけないが、水を掛けるかどうか、一瞬迷ったが、掛けると火の勢いが一瞬強くなったが、消えた。何が燃えていたのだろう。ガスコンロが燃えていたのだろうか。しかし鉄だ。
 中にかます容器、それはアルミ。その中にサツマイモを入れている。その容器は別の鍋のもの。深し皿のようなもの。電気鍋のユニットだろう。その容器の鍋掴みのような耳が出ている。そこが樹脂製なのだ。その片耳が溶けて下に落ちていたのだ。だからプラスチックが燃えていたのだ。ススは出ていなかったが。
 それで、コンロの部品を取り外して掃除をする。まだその樹脂が部品に付いている。しかも取れないほど密着。これは今度火を付けたとき、燃える可能性があるので、溶けてへばりついた樹脂を擦り落とす。
 これはなかなか頑固で、強くへばりついている。最後に使った道具は料理バサミ。これは太くて大きい。凶器になる。これで突くように擦ると、何とかなった。そして見事に綺麗になった。
 しかし、それで元に戻ったのだが二日後、今度はガスが点かない。これはよくあったので、少し間を開けて捻る。だが、それでもまだ点火しない。これは重症だ。
 さらに間を開けるが、駄目。部費の位置などを少し回す。皿や五徳など。またガスが出る丸いひまわりの真ん中のような蜂の巣を外したり、回したりするが、無理。それを外すと、下の配線が見える。取れている線はない。
 このガスコンロ、数十年になるだろうか。二口あるが、一口は既に死んでいる。
 ガスの検査の人が来たとき、ガスコンロの交換を言ったのだが、二口は今のは大きいらしい。二口で小さいのもあるが、それは扱っていないので、ホームセンターで探した方が早いとか。
 火が点かなくなったのは朝。朝の味噌汁が作れない。電気湯沸かしは使っていないので、もう中が駄目だろう。電気鍋もあったが使わなくなったので部品取りして、本体は捨てている。
 コイル式の電気コンロも古くなったので、捨てた。ガス湯沸かし器は故障してそのまま。どうせ使わないので、これは放置でいい。
 ただ、ご飯は電気炊飯器でいける。これだけが温かい。
 鍋には食べ残しの野菜の煮物があり、それにキャベツやキノコを入れて、さあ煮ようかと思ったとき、故障になった。
 足した野菜だけを引き上げるしかない。生のキノコは無理だ。
 豆腐は味噌汁が作れないので、やっこで食べる。寒い。
 それで、昼に行く喫茶店のついでに上新で買うことにした。一口があるのを知っていたので。
 しかし、ボンベ式の見間違いだった。膨らみに気付かなかったのだ。しかし、ガスホースが売られていたので、これはあとで必要だと思い、ここに在ることを確認できただけで成果とした。ホームセンターまでは遠いので。
 それで、すぐ近くのエディオンへ行く。ここでは冬の頃、二口の小さく薄いのを特価台で見ていたのだ。ガスが点きにくかったし、そろそろなので、半額で特価台に乗っているので、いいタイミングだった。しかし、次に行ったときは、もう特価台から消えていた。日が立ちすぎ、特価台の展示が変わったのだ。見たとき、買うのが鉄則だ。
 それを思い出しながらエディオンへ入る。こういうのは二階にある。炊飯器とか冷蔵庫とか。
 その奥でずらりと並んだガスコンロを見るが、どれも大きく背が高い。幅もある。二口は全滅。特価で見たタイプは、もうここには置いていないので、売れたのだろう。そして、一番端に一口だがボンベ式でないのを発見。5000円していない。すぐに注文カードを抜き、その横に吊されていたホースも買う。ホースも都市ガス用と、ボンベなど、別タイプもあることに気付く。当然長さ違いもあった。
 ガスコンロのカードと、ホースを持ってレジへ向かっているとき、店員が倉庫から探してきますと言って消えた。
 椅子で腰掛けていると、現物の段ボールを持って現れ、レジへと案内してくれた。そして都市ガスであるかどうかの確認と、ホースの長さはこれでいいのかの確認も。いい接客だ。間違いやすいところを知っている。
 それで、設置することになる。ガス屋で買えば、持ってきてやってくれるので、そちらの方が楽だったが、二口を狙っていた。まあ、二つ買えばいいのだ。昔のガスコンロ、丸い鋳物のようなものは、そんな感じだった。子供の頃、二つあった。まあ、薪で焚いていたのがガスが来た瞬間を見ている。だから初期のガスコンロ。まだ土間で板の間の時代。竈や煙突があった。竈から練炭コンロに変わり、ガスコンロになるのが順番。
 さて、設置。まずは古いのを外す。それにはホースを抜くことだが、抜けない。
 それで、カッターナイフで、ゴムに切り口を入れて、細い目の魚肉ソーセージの皮を剥きやすくするため、切り口を入れるようなもの。
 それで、ガス管側を抜くと、ガスコンロは自由になるので、そちらを抜くのは簡単。このホース、何度も検査のとき、交換が必要と言われていた。漏れてはいないが、ヒビが入っているとか。
 ホースだけでは駄目で、洗濯バサミのようなものがいる。これは専用だ。だから、抜いたとき、そのハサミだけは残した。綺麗に洗って。
 だが、買ったホースの袋の中に、ハサミが入っていたので、無駄なことをした。
 コンロを組み立て、ホースで繋ぎ、着火。
 安いが新しいものなので、仕掛けが違う。以前のはスイッチを押してから捻る。今回のは押さなくてもいい。そのまま捻ればいけた。知らなかったので、押した。瞬間ガスコンロが軽いのでガスコンロを押した感じになった。
 無事火が点く、同じ色の炎が出ている。
 これで、ガスコンロ騒動は終わるのだが、サツマイモを蒸かしていたとき、溶けてた樹脂が、その鍋に垂れている。この鍋は捨てるしかない。もう古いし。
 そうなると、蒸し器がなくなる。中にかますものが百均でも売っているが、鍋が小さい。
 それで、翌日鍋売り場へ行くが、蒸し器など置いていない。これはやはりホームセンターまで行かないと、あれはないのかもしれない。
 鍋のサイズが合えば、間にかまわす穴の空いた下駄でのいい。
 昔の蒸し器。蓋が深いタイプ。あれを今度は探すことになる。サツマイモはまだ残っている。これは昼食だ。
 次は二口ガスコンロを捨てること。ゴミの日に出せるはず。45リットルゴミ袋に入る大きさなら、いける。そのままだと重いので、五徳とか、蜂の巣とか、皿とかを抜いて出す。見事、ゴミ置き場から消えていた。持って行ってもらえた。
 結局一口になってしまったが、おせち料理を作るわけではないので、一口で十分かもしれない。それで置き場所が広く使え、更地ができた。こちらの方がよかったりする。
 
 
 
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2019年03月27日

SP100散歩撮影

■■ 2019年3月27日 水曜日 午前10時19分
 
 今朝は晴れている。最近続いている。成績がいい。大阪方面の桜はちらほら咲き。だから一本の木で花が一つか二つ付いている程度。これがどんどん増えるだろう。お隣の木はまだ一つも花びらが出ていないのもある。
 一本の木のどの箇所が真っ先に咲くのか、これはそれなりの理由があるのだろう。木の上から咲くとか、陽が当たりやすいところで咲くとかもあるが、よく分からない。新しい目の枝か、古い目の枝かの違いもあるはず。
 咲き始めは晴れているが、少し晴れが続きすぎたようだ。そろそろ雨が降る頃。ここで降っても花見はまだ先。満開の頃に晴れればいいだろう。まあ、日替わりで晴れや雨なら何とかなる。
 ただ、花見には行かないが、桜の花はよく見ている。桜の花は見るが、花見ではない。花を見る行為が花見なら、年中花見だ。そして花見の花は桜に限られている。他の花を見に行くとき、花見とはいいにくい。宴会や、弁当でもそこで食べないと、花見に行ったとは言いにくい。
 花は桜に人は武士。この断定は凄い。ただ絵にはなる。ただ、これは好みを述べているのだろう。さっと咲いてさっと散る。これは始末がいい。だからこれは詩だ。
 今朝はそれほど寒くはないので、中に着込んでいたものを抜く。それで、これでは不安なので、一番暖かい目のオーバーを着る。これは首元が暖かいためだ。そして偽ウールだが感触がいい。着心地がいい。
 暖かくなり、晴れていると出掛けたくなる。と言うより出掛けてもかまわないと思うようになる。自転車散歩などに出ると、時間を取られるが、これは取られてもいい時間。毎日同じものを見ているよりも、変化があって楽しめるが、場所にもよる。しかし、呑気に散歩などできる状態がいいのだろう。
 ただ、丸一に出掛けていることは最近ない。一日は長い。そんなにネタが持たない。まあ、かなり遠いところへ行けば別だが、到着するまでの時間がかかるだけ。また、街歩きにしても、丸一日歩くとなると、これは厳しいだろう。これはもう散歩ではない。
 自転車散策は過程が楽しめる。過程が目的のようなもの。その道筋やコースが目的地。これもそれほど長い間走れるわけではないのだが、走っているのはタイヤで、本人は座っているが。
 まあ、ウロウロしやすくなる時期。日が沈むのも遅くなっているので、夕方が遅いので、時間が増えたような気もする。
 
 昨日は晴れていたので、朝の喫茶店からの戻り道、オリンパスSP100を持って、撮影に行く。戻り道散歩コースがあり、それの復活だ。
 このカメラ、ファインダーと液晶の切り替えは手動。起動したときは必ず液晶。ボタンでファインダーに切り替えて終了しても、記憶しない。逆にいつも液晶スタートなので、分かりやすいが。
 ボタンはファインダー横にあり、分かりやすい。自動切り替えのセンサーは便利だが、意外と敏感なのがあり、勝手に切り替わることがある。
 電源ボタンは小さいが、溝のような中にはまっている。親指の腹を入れる通り道のような溝だ。人差し指の腹ではきついが、立てればいい。まあ親指の腹で押す方が力がいらないし、簡単。
 意外と起動は速く、待たされ感はない。まあ、ネオ一眼はどれも結構キビキビ動くものだが。
 よくあるネオ一眼と使い方は同じだが、フルオートでも感度は3200まで上がるので、ここは楽。
 さて、それで実際に昼間の明るいところで写したのだが、結構よく写っているが、何か、粘っこい絵。所謂抜けが悪いのか、べたっとした絵になる。階調の中間が厳しいのか、暗部が厳しい。まあ、陽射しが直接当たっているところなので、影ができていれば、まあ、仕方がないが、あまり上品なタッチではない。
 しかし、しっかりと明快に写っている。
 同じオリンパスのミラーレスで写したものと、何処が違うのかと思うほど。ピントは逆にSP100の方が合いやすかったりするので、それが不思議。
 1200ミリでの最短撮影距離は三メートル半。今では信じられないほど長い。しかし中間域は、他のネオ一眼と似たようなもので、それなりに寄れる。ちなみに1000ミリ越えのネオ一眼は二メートルほどが一般的。中には一メートル半まで寄れる機種もある。
 いつも使っているコンパクト系と比べて、寄れないで苦しいと言うことはなかった。
 液晶は回転しないし、タッチしても反応しないが、昼間でも明るい方だろう。よく見える。
 むしろメインは背面液晶ではないかと思える。液晶の解像力は40万画素レベル。解像力は高くないが、撮影のときは困らない。昼間だと、どうせ見えにくいので、明るさだけが問題。
 しかし、これだけしっかりと写っていいものだろうかと思ってしまう。オリンパスミラーレスのレンズでも買おうかと思っていたのが600ミリ。このSPなら1200ミリまである。だからこちらのほうが便利。それで写りが悪いのなら別だが、比べてもよく分からないほど。ただ、夜間の撮影などでは差が出るだろう。
 それと手ぶれ補正がかなり効く、画面が動かない。これは見事だ、オリンパス自慢のボディー内補正ではなく、レンズシフト式。もしかしてこのカメラ、オリンパス製ではないのかもしれない。広角端での最短撮影距離も短いというより、一般的。オリンパスのコンパクト系は10センチほど離さないといけないので、これができるのが不思議。
 
 オリンパスコンパクト系は新ブランドに変わったのだが、それからそれほど経たないうちに、水中カメラだけになってしまった。
 コンパクトデジカメでの望遠比べでは、長い間トップ。600ミリを真っ先に出し、長くこの記録は破られなかった。ネオ一眼ではなく、ポケットに入る小さなタイプだ。700ミリ越えを他社が果たしたあと、オリンパスはそれ以上長いのを作る体力を失っていたのだろう。社内で何か問題が起こった時期だろうか。
 その600ミリの旅カメラが出ていた時代のネオ一眼も、何種類もあり、このSPシリーズは何種類あるのか、数えららないほど。ファインダーがないタイプなどもある。しかし、この時期、似たようなネオ一眼が出ており、似たようなスペックで、実は同じところが作っていたのではないかと、疑ったりした。そっくりなのだ。
 まあ、そういう背景とは関係するのか、関係しないのか、この最後のオリンパスネオ一眼SP100は結構よく写る。
 最新のキヤノンネオ一眼よりも、よく写るので驚いた。操作性やファインダーの大きさ明るさなどでは負けるが、写りはSP100の方が上。値段は安いし、数年前のカメラで、終わったカメラなのだが。
 持っているカメラの中で一番よく写るネオ一眼はP900。こちらの方が撮影でのスペックは実は低い。あまり弄れないカメラだが、それと比べても遜色はない。手ぶれ補正が怖いほど効いているのも同じ。この差は室内だけではなく、ブレが鮮明度を落とす最大の原因ではないかと思える。ピントは先ず間違いないが、ブレだけは、難しい。
 どちらのカメラもファインダーはそれほどよくない。しかし、望遠端でも手ぶれがピタリと止まるのは見事だと思う。ただ、上を向けたり、不安定な姿勢だとぐらぐらするが。
 オリンパスのこのカメラの写りはどろっとしており、ニコンのはカリッとしている。どちらのカメラも暗部は簡単に死ぬタイプで、そこは諦めるのか、階調はそれほど豊かではない。しかし、小さな受光素子だが、その大きさは充分引き出していると思える。
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2019年03月26日

オリンパスSP100

■■ 2019年3月26日 火曜日 午前9時37分
 
 今朝は晴れている。昨日も晴れていたので、続いている。これだけで安定しているというわけには言えないが、続くとこの調子でいくのかと勘違いする。雨が多いと、やはり鬱陶しい。まあ、春はすっきりと晴れる日が少ないのかもしれないが。
 今日晴れなら、明日は雨でもかまわない。明日はまだ来ていないので。そしてその明日は実際には分からない。その明日が来た当日、別のことを考えていたりする。
 昨日は朝は晴れていたので、喫茶店からの戻り道、いい感じの天気なので、久しぶりに戻り道寄り道。すぐ近くだが、あまり踏み込んだことのない場所を少しだけ移動する。川沿いを自転車で移動していると、猪名川と合流した。その川を挟んで伊丹軍と織田軍が戦ったのだろう。伊丹軍は荒木軍。一年ほどの籠城。川と言うほど幅はない。伊丹台地が大阪方面側で切れるところだろうか。福知山線が走っている。すぐ向こうは猪名川。今はイオンモールができているが、それができるだけの余地があった。工場跡にできたのだろうか。普段用事で行くような場所ではない。
 この川、駄六川だろうか。そうだとすると、上流は緑が丘になる。そこが水源で、山から来ている川ではないはず。
 昨日は撮影する気がなかったので、誕生日カメラのニコンA1000だけをポケットに入れていた。まあ24から800ほどの高倍率ズームが付いているので、ほとんどのものは写せるが。
 橋の上から福知山線を眺めていると、電車が来る。まだ遠いが、今なら圧縮した構図になる。800ミリでは足りないので、デジタルズーム域に入る。これで1600ミリほどまで行くが、ピントは中央一点になるし、合いにくくなる。長距離散歩でよく持っていくネオ一眼なら1400ミリや2000ミリがある。デジタルズームに入れなくても写せる。惜しいことをした。
 川沿いの鳥や亀などを写す。これは800ミリあれば充分だ。
 もう一つの陸橋から、駅のホームを写す。狙撃だ。そこを狙える場所は限られている。僅かな隙間だ。800ミリなので、ホーム全体が入る程度。これが1400ミリあれば、ホームの中の一箇所を選べる。まあ、あまり寄りすぎると、ホームか何かよく分からなくなるが。ピンポイントの狙撃。ゴルゴだ。
 このカメラ、ファインダーが付いたので、望遠側では安定する。写りは結構いい。一眼レフに高倍率ズームを付けても400ミリ少しあたりまで。600ミリまでのタムロンがあるが、1キロ近いので、無理。だから800ミリあれば、一眼レフを持ち出すより望遠率は高い。あくまでも手持ちで写すので。
 春めいてきて、晴れている日は、こういった自転車散策がしやすくなるのか、出やすくなった。
 
オリンパスSP100
 オリンパスのミラーレスを触っているとき、一本だけあるキットレンズが28から300で、望遠が足りないので、出番がないと感じていたとき、ふと思い出したのが、オリンパス最後のネオ一眼SP100だった。
 これは28から300で全域明るいコンパクト系高級機を買ったので、そのまま引退した感じになっていた。
 何かそれなりに写っていたように思えたので、探し出して、掃除をした。
 だが、バッテリーの充電器がない。小さいタイプだ。しかし、最近同じバッテリーを使っている。24から600の旅カメラを使った覚えがある。そのバッテリーを抜いて、入れると、動いた。
 そのあと充電器を探したのだが、記憶にない。それらを集めて保存しているのだが、そこにもない。
 では前回どうやって充電したのだろう。
 それで、パソコン充電を思い出した。専用のUSBが手元にあったので、早速繋ぐと、充電のメニューが出たので、これで解決した。
 それで写してみたのだが、これが結構いける。それより、このネオ一眼、小さくて軽い。買ったとき、重くて大きいと感じたのだが、年々ネオ一眼の新型は重く大きくなっているので、数年前のSP1000は、そこで終わったので、小さく軽いのだろうか。
 この日誌の何年か前に、おそらく感想文を書いたはずなのだが、思い出せるのは冬の寒い頃に使っていたことだ。
 それで試写してみると、シャッターが軽い。電子ファインダーは小さいが、鮮明。このあたりの時代から解像力が上がってきていたのだ。その波を受けて、そこそこ見える。だが、少し暗いが。
 どんな設定をしていたのかは忘れたが、とりあえず写してみると、普通に写る。
 ピントなどはオリンパスのミラーレスよりも合いやすかったりする。流石に暗いところではフルオートだと8分の1以下にはならないようだし、感度も3200で止まる。それで感度を6400にすると、難なく写せた。フルオートだと露出不足のままの写真になる。夜景ならそれでもいいのだが。
 しかし、こんなによく写っていたのかと感心した。きっとネオ一眼なので、大きく重いので、荷物になるので、持ち出すのを辞めたのだろう。
 いまは多少大きく重くても平気。それにこのSP100は結構軽いタイプだ。そして小さい。
 オリンパスのOM10マーク2は去年買った誕生日カメラ。ミラーレス中級機で、使わないと損なのだが、キットレンズの望遠が300しかない。
 それで600ミリまでの望遠ズームを考えたのだが、なかなか踏み込めない。そのうち24から400だったと思うが、28から300の発展型のようなものが出た。しかし10万では買えないだろう。両端が少し伸びることと、マクロに強くなった程度では10万は出せない。
 放置していたSP100は24から1200ミリ。当時これがまあ、標準的なズーム比だ。写りはまずまず。
 オリンパスらしい個性がある。それはイーグルアイ。照準器が付く。ストロボのように上がり、ファインダーがもう一つ上がる。ただのガラスだが、中央にLEDマークが付く。素通しガラスのため、見たまま。肉眼で見たままの中に照準マーク。そこが中央ということだ。ここに合わせれば、そこを中心にした写真が写せる。鳥を追うときなど、肉眼で見ているのと同じなので、追いやすいということだろうが、中央部の精度が今一つ。それを合わせるダイヤルが付いている。これは第二のファインダーだ。これだけを単品で売っていたりするそうだ。
 これはおまけだ。かなりズレたりする。上下ズレの調整が面倒だったりする。
 まあ、普通にファインダーで覗いて写した方が確実だったりする。
 オリンパスのミラーレスよりも、このネオ一眼の方が利便性が高いし、扱いやすい。皮肉な話だ。
 
 
 
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2019年03月25日

ニコンA1000の続き

■■ 2019年3月25日 月曜日 午前9時51分
 
 今朝は晴れている。あてにならないが、一応晴れている。すっきりとした青空ではないので、陽射しがあるだけかもしれないが、それで明るい。夏にかけてはさらに明るくなる。だが、夏は明るいというよりも濃い。そして明るいというより、眩しい。太陽の位置で照明が変わる感じ。
 朝の喫茶店内でノートパソコンを写すのだが、背景が白飛びする。その度合いで晴れか曇りか雨なのかが分かったりする。明暗比が強すぎて再現させるには合成しかないのだが、人間の目は階調が広いので、白飛びして何も見えないということはない。果たして同時に見ているのかどうかは分からないが。
 これを毎日写していると、朝の天気が記録として残るが、見直すことはない。ただ、アルバムとかで、写真を探しているとき、目に入ることがある。
 ただ、天気はどうだったかなどは問題にはならないので、興味を持つことはないが、ノートパソコンが変わっていくのは興味がある。それを使っていた時代とかを思い出すが、どんな感じで買ったのかというあたりが興味深い。
 エバーノートというのが以前流行った。今もあると思うが、パスワードとかを忘れた。ここに色々なものを詰め込んでいた。コピーして懸命に集めたのだが、当時でも検索で探したりしなかった。引っかかりやすいようにしていたのだが。
 まあ、パソコン内のテキスト検索で充分だろう。Windowsでできる。最初から検索欄が目立つところにある。まあ、そうして便利になったのだが、そうなると、使わなかったりする。
 過去にあったことが、もの凄く大事な記録だったということは滅多にない。
 エバーノートのパスワードを忘れた。これはエバーノートに書き込んでいたので、記録があるが、エバーノートで探せなかったりする。パスワードとかIDは忘れやすい。こういうのは探す意味があるが、基本的には頭の中で覚えておくものだろう。まあ、忘れても、問い合わせればメールで答えてくれる仕掛けがあるので、安心して忘れたりする。
 ブラウザに記憶するタイプは、省略できるが、もうそれで完全に忘れている。パスワードが×××とだけ表示される場合、中身が分からない。桁数で、推理したりする。
 過去の一切合切の記憶がエバーノートで残せるはずがない。分かりきったことだ。
 桜は咲き出している。しかしここ数日非常に寒い。春という雰囲気ではなかったりする。そういえば毎年花見の頃は真冬の服装だったことを思い出した。エバーノートで調べなくても覚えている。
 
今年の誕生日カメラニコンA1000の続き。
 この前その先祖のようP7100を買ったのだが、それと比べてみた。
 A1000の方が軽くて小さいのだが800ミリ超え。P7100は200ミリ。ハイエンドデジカメとしては望遠が結構長いカメラだったことが分かる。この当時コンパクト系でニコンで望遠と言えば、ネオ一眼になる。今の3000ミリまで行くシリーズだ。そちらの系譜でかなり前800ミリ越えのネオ一眼を買ったことがある。P7100あたりが出ていた時代に近い。
 それが今では一眼レフの形をした大きなネオ一眼ではなく、ポケットに入る大きさで同じ800ミリ。ここは時代だろう。
 P7100の次の次ぎに出た最終機は電子ファインダーが付いた。これが五年か六年前だろうか。2インチだが、今のA1000よりも解像力は低い。ここも最新機の恩恵だろう。こういうのは徐々に上がっていくので。
 このカメラ、普及機だが、他のカメラと比べても、結構底力がある。薄暗いところでも強かったりするし、ピントも早い。ここは今のカメラなので、それなりの恩恵を受けているのだろう。特に秀でたスペックはないが、念願のファインダーが付いたことが大きいし、液晶の上下回転も効くので、フルスペックだ。今回の新製品は、ファインダーが付いたことが一番大きい。これで、苦手が減った。
 ポケットから取り出して、さっと撮すには、丁度いい感じで、コンパクト系から見ると、少し大きいが、300グラムほどだろう。出っ張りがなく、ポケットから取り出すときも引っかからないので、便利だ。レンズキャプモいらない。
 実際に活躍するのは、こういった手頃なカメラなのかもしれない。
 
 外出するとき、とりあえず持ち出すカメラとしては、このタイプは気楽だ。大きいとか重いとかになると、あまり写す気などない日などは手が出ない。撮影に行くのなら、写すときそれなりに充実するカメラを持っていくが、そんな日は滅多にない。まあ、日常移動で、戦艦大和を出撃させても、一発も砲弾を撃てないまま終わることが多かったりする。では鞄の重さは何だったのかとなるが、そこはそれなりのものを写して帰らないと損なので、普段通る道筋でも、写したことがないようなものを探して写す。または一度写したことのあるものとか。こういうとき戦艦大和らしい出番ではないのだが。坂田三吉端歩も突いたという感じ。
 いいカメラを持ち出したときに限っていい光景と遭遇しない。その逆もある。
 そんなとき、このニコンの旅カメラはポケットに入り、猫や鳥に届く距離の長距離砲を持っているので、何とかなる。800ミリあれば何とかなる。
 マクロにも結構強い。中望遠だけではなく、広角端から少し望遠へ寄せたあたりがいい。広角端だけではなく、もう少し寄れる。ただ、マクロは手元がガタガタするし、姿勢も悪いので、結構ブレるが。
 そういうとき、タッチシャッターが効く。ファインダーが付いた上、指での操作も出来るので、前の機種から見ると、もの凄く進歩した。
 だからほとんどのものは、この一台で何とか対応できるので、持って出やすいのだろう。
 ファインダーはそれほど大きくはないが、小さいわりにはそこそこ解像力があるので、意外と見やすし。ファインダーが小さいためだろう。
 ただ、このカメラ、あまり滑らかな操作性はないが、その癖が分かり出すと、無理なことをさせなくなる。
 800ミリ少しのズームだが、デジタルズームで倍の倍までいける。つまり1600ミリや2400ミリ。記録画素数が大きいと、1600ミリまでは劣化がないとされる望遠で、1600ミリを超えると、昔からの拡大するだけのデジタルズームになる。記録画素数を少し減らせば2400ミリまで劣化がないとされるズームになるが、劣化がなかってもブレる。そちらの方がきつかったりするが、実際には800ミリ相当で撮していることになるので、ブレは同じだが、拡大して見ているので、ブレているのがよく分かる。
 まあ、フワフワしていても、ブレていないこともあるし、ピタリと手ぶれ補正が止まったときにシャッターを切ってもブレていることがある。シャッターボタンを押したときブラしたのだろう。
 まあ、この手のカメラなので、気にすることはない。画質云々のカメラではないのだが、意外とよく写っていたりする。
 ご先祖さんのP7100の方が撮し方としては簡単なのは200ミリまでの望遠しかないので、それほどブレるようなことはないし、際どい写し方にはならないので、曖昧な光学ファインダーで覗いて写す場合は快適だ。こちらは背面液晶よりもファインダー撮影の方が多い。覗いても威圧感がないためだろう。ただピントは適当。合っているものとして写す。
 意外とA1000では背面液晶での撮影が多い。カメラが小さいので、構えにくいのかもしれない。少し窮屈。望遠でピントが気になるものや、接写などでは電子ファインダーの方がピントがよく分かるが、手かざしで合っているものとして写すことも結構ある。まだこのA1000の撮影スタイルに慣れていないためだろう。ただ、街中でファインダーを覗いて写しやすいのはP7100の方だ。カメラがおっとりしているためだろうか。そして覗き穴からの風景は気が軽い。
 A1000の方が撮影範囲が広いので、総合点は高い。これ一台あれば、何とかなる。
 P7100は大らかに適当に写すときは気楽でいい。
 寒桜が見頃だったので、それを写したが、咲いていることを知らなかったので、持ってきたカメラはP7100だけだったので、それで写しかない。鳥がいたが、200ミリでは何ともならない。デジタルズームで300ミリぐらいまでいけるが、それでも足りないので、鳥ではなく花をメインに写した。まあ、鳥など写して余計なことをしなくてもいいのだが。
 一眼レフや、ミラーレス。視野率100パーセントの正確なファインダーではなく、ファインダー外のどのあたりまで写っているのかは分からないような簡易ファインダーなのだが、それなりに構図は取ることができた。むしろ光学ファインダーで、一眼レフのファインダーよりも明るく鮮明なので、そこだけは素晴らしい。当然電子ファインダーよりも自然。ただ画面は小さいが。節穴から桜を見ているようなもの。そしてデジタルズーム域まで回すと、それ以上拡大されない。物理的光学ズームファインダーのためだ。まあ、一回り大きく写せることだけは分かる。逆にファインダー内に見えていても、それは写っていなかったりする。中央部を切り取るためだ。
 こういった大らかさがいいのだろう。まあそれでも200ミリまであるので、こういった風景写真では充分だった。まあ、あまり写す気がなかったので、適当だった。桜など同じような絵にしかならないので、できるだけ背景や、手前にあるものとの絡みを考えた程度。これはカメラの良し悪しと関係はない。ただの構図なので。あとはそのようなになるように切り取ればいいだけ。
 ただ、このカメラ、ニコンの本気のカメラなので、写りが結構暗い。まあ、昼間のカンカン照りのときは、丁度いい感じだが、露出がやはり暗い目に出るようだ。
 一方A1000は旅カメラなので、写りは明るい。単に露出が明るい目に出るだけだが。こういうのも時代の要望があるのだろうか。
 不思議なのはキヤノンの旅カメラは、露出は同じでも、明るく仕上がる。本当なら感度が上がったり、シャッタースピードが遅くなるはずなのに、不思議と写っている。中での処理だろうか。他のカメラと比べ絞りやシャッター、感度が同じはずなのに、一段ほど得した気になる。
 P7100の解像力は結構あり、リアルだ。
 だからこの新旧二台のカメラ、性格が違う。A1000はカジュアルで、P7100は本気だろう。しかし、形式も古いので、田舎紳士的なカメラで、結構爺臭いカメラだ。

 
posted by 川崎ゆきお at 12:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

二度寝

■■ 2019年3月24日 日曜日 午前10時01分
 
 今朝は晴れている。昨日は晴れていたのかどうか、忘れてしまった。覚えていても、それほど必要ではないためだろう。これを忘れていて、大変なことになることはほぼない。このほぼは言い切れないためだが、晴れていればまた合おうというような約束があったかもしれない。曖昧な。
 しかし、そんな曖昧な約束での用事など大したことはないかもしれないが、あるかもしれない。また、それで出掛けた場合も、大したことはなかったとしても、その日出掛けたことで、留守をした。これが幸いしたというのもあり、留守のおかげで大事に至らなかったとかも。
 つまり、全てのことが何かに繋がると言うことだが、直接の繋がりではなく、順番だろう。ただ、これは個人的なスケジュールで、あることに感してのスケジュールではない。そのスケジュールも、個人的事情で変えないといけないこともある。だから、繋がりというよりも影響がある程度だが。
 繋がりを大切にするというのがあるが、そんなことを意識しなくても繋がっているものだ。それが繋がっているかどうかは本人次第になるが。
 さて、寒暖差が大きい。雨とか晴れとかではなく、気温の変化が大きい方が目立つ。五月頃の気温だったはずが、ガタンと落ち、真冬に戻っていたりする。
 季節は行きつ戻りつなので、そんなものだが、そういった意外性は結構ある。決して意外なことではなく、寒の戻りはよくあることなどで知っていることだが、意に反するのだろう。そんなはずはないと。桜も咲き出しているので、暖かいはずだと。夜中10度を超えていたのに2度ぐらいしかないというのは、意に反する。そう思う人自身、何様なのだろう。王様だろうか。
 天意というのがある。これは気まぐれかもしれない。
 最近早い目に起きているようだ。今朝も少し早い目でいい時間帯に目が開いたのだが、もう少し寝ていたいと思い、二度寝した。幸い長い二度寝ではなかったので、まずまずの時間に起きることができた。寝るのが遅かったわけではないが、少し夜更かし気味だったので、睡眠時間から考えると、もう少し寝ていた方がいいという判断。目が覚めたのは意志ではない。勝手に覚めた。二度寝は意志。また寝てしまうのだから、意志が弱いわけではない。これも意志なのだ。意志は都合のいいふうに持って行くこと。都合にも色々あるが。
 それで、今朝は晴れているのだが、雲が多いのか、陽射しがすぐに切れる。これを花曇りというのだろうか。春は意外と天気が悪いのかもしれない。
 この意外とは、自分が思っているものとは違うという程度。ただ、強い意味はない。
 
 
 
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2019年03月23日

もうすぐ花見

■■ 2019年3月23日 土曜日 午前10時03分
 
 今朝は曇っている。そして肌寒い。桜のつぼみも膨らみ始め、赤くなっている。一週間以内に咲くだろう。
 既に咲いている桜はあるが、ひとの家の庭。品種が違うようだ。既に花は散り始め、葉桜になっているのもある。一本だけポツンとあると、それが桜だとは思えなかったりする。桜に似た木だと。
 これは記憶と繋がっている。桜の木のイメージだ。桜は並んでいたり、集まっていないと、桜らしく見えない。これは花見へ行った記憶だろう。また桜並木とか。いずれも町桜。市街地や、公園や学校で咲いている桜のイメージが強く残っている。
 桜の大木が村にポツンとあり、その一本の大木の下に村人が集まり、飲み食いしている。という絵は記憶しようがない風景なので、これはテレビなどで見た番組の記憶だろう。そこまでは里桜。
 山桜となると、これは日常範囲外。ただ、花見で山まで見に行くこともあったはず。
 しかし、山で咲いているのは、里近く。誰かが植えないと、自然には生えないだろう。
 山よりも里の方が桜は多く咲いているので、鳥が町まで降りてきたりする。まあ、人間と絡んでくる鳥が結構いたりする。田んぼとかだ。餌場なのだ。
 また、人がすぐそこにいる軒下などに巣を作ったりする。人は敵ではない。敵は別にいる。人に守らせているわけではないが、敵の鳥は人がいると近付かないので、安全だったりする。敵は鳥だけではなく、蛇などもいるだろう。しかし人が常に出入りしているような場所には姿を現さないはず。
 町に降りてくる鳥は、山よりも木の芽や木の実が多いためかもしれない。まあ、ほとんどが植林で、同じ木しか生えていなかったりするためだろうか。自然林があれば色々なのが実ったりする。
 公園などの植木。柿の木などは植えないだろう。
 花の種類も街中の方が多い。町内の鉢植えだけでも大変な数で、大変な種類。年中花博をやっているようなもの。自然の中では、そんな種類や密度はないはず。まあ、手付かずの自然というのは、かなり難しかったりする。結局人が入り込まない場所だが、用事がない場所だろう。深山は深山で、登山という用事で人が余計に入り込んだりする。
 
 
 
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2019年03月22日

P7100とA1000

■■ 2019年3月22日 金曜日 午前9時12分
 
 今朝は曇っている。毎日日替わりで天気が変わる。変化があっていいのかもしれない。ずっと雨、ずっと曇り、ずっと晴れよりもいいが、ずっと晴れなら、そのままの方が良いかもしれない。晴れが続くのなら、変わらない方が。
 季節も変わるのだから、日々の天気も変わらないと嘘になる。そうでないと、季節まで変わらなくなりそうだ。
 季節が変わり、日々の天気も変われば人の気も変わる。人も自然界の一つのためだろう。
 今朝は曇っているが雨ではないだけまし。しかし、少し気温が落ちたようで、雨が降っていた昨日のような暖かさはない。昨日が異常だったのだろう。五月頃の陽気と報じられていたが、これは予報の見出しで、実際にどうだったのかまでは見ていないが、実体験では確かに暖かすぎるほどだった。夜になると雨まで降り出し、むっとするような湿気が加わったようで、これはあまり気持ちのいいものではない。暖かいのはいいが、蒸し暑さがあると、寒い方がよかったとなる。勝手なものだ。
 今朝はそれほど暖かくないので、中に一枚着込んだ方がよかった。しかし、冬物だが軽いジャンパー系を着ている人が多くなってきた。真冬の重武装が解除されつつあることは確か。そして真冬並に寒い日でも、もう着込まなかったりする。それで、冷えて風邪を引いたたりする。
 昨日の夕食は餃子。ご飯もあるが、餃子だけでもよかったりする。結構小麦含有率が高いので。ご飯と変わらない。まあ、パンだが。
 中に何が入っているのかは分からない。キャベツとか挽肉とかニンニクとか、玉葱とか、鳥の餌のようなものが細かく切られて入っているのだろう。色々な薬草のようなのが入っていれば、いい感じだが、コスト的にそうはいかないのだろう。風邪を引いているときなどは、この餃子がいい。僅かだがニンニクが入っているはず。
 餃子の中身とシューマイの中身、豚まんの中身、全部同じだったりしそうだ。同じところで作っている場合、その方が簡単だろう。
 まあ、中華の卵スープと、ラーメンのスープが同じだというのは納得がいくが。しかし、ラーメンと卵スープを一緒に頼む人はいないだろう。
 餃子を買うのは、夕食のネタがないとき。これはすぐに食べないと、固くなる。餃子の皮が固くなって、厳しいことになる。温め直すと余計に固くなったりする。まあ、鉄板の上で蒸し焼きしたものなので、下手にレンジを使わない方が良いのだろう。フライパンで焼き直した方が良い。または蒸すかだ。
 
 今朝のお供のカメラは、今年の誕生日カメラとして買ったニコンの旅カメラA1000。ポケットに入り24から800ミリ越えの望遠までいけ、しかもファインダーが付いているタイプ。
 先日1万円台で買ったのは、このシリーズではないが、その先祖のようなタイプ。十年近くの差はあるが、当時のハイスペック機だったので、その貫禄や作りの丁寧さに圧倒された。
 それが十年近くたって、どう変化したかだ。同じクラスのカメラではなく、一方は上位機で、一方は普及機なので、その差は十年では解決しないが。
 まあ、現役機では、そのP7100に近いものとしては、このA1000しかない。
 アマゾンでP7100を見ていると、新しいモデルがありますと表示され、それがA1000で何機種か飛ばしている。一気に十年近く。
 P7100に電子ファインダーを付け、レンズを明るくしたのが最終機だが、これで五年か六年前だろうか。その電子ファインダー、流石に現役機のA1000のほうが解像力が高い。サイズは2インチと同じだが。
 あと、進歩したのは自動AFで、被写体自動認識がよくなっている。ニコンはこのあたり弱いのだが、上手く囲んでくれることがある。それと連写が早くなっているので、一枚写した次のもう一枚とかが素早い。ただし、写したあとすぐにズームを使うとき、動かないことがあるが。
 P7100はそこで終わっているが、その延長線上にA1000があり、これは作られ続けるはずなので、まだ先がある。高倍率ズーム付きコンパクト系は生き残るので。
 しかし、受光素子タイプが違うためか、P7100の写りは優しい。これがCCDの特徴かもしれない。写りの細やかさ、繊細さは十年近く前のカメラとは思えない。
 これは画素数が1200万と2000万超えした最新カメラとの違いかもしれない。その当時も1600万画素ほどはあったはずなのだが、ハイスペック機は落としてきている。無理な画素数アップが分かっていたのだろう。
 しかしA1000の写りも悪くない。これが最新カメラの答なのだ。そこに時代を感じる。
 また、背面液晶の解像力が上がっている。撮影のとき、あまり意味はなさそうだが、画像を確認するとき、綺麗に見える。屋外では分からないが、屋内ならしっかり見える。それで鮮明に写っていたかどうかが分かりやすくなった。これも進歩したところだろう。
 こうして先祖を見ながら、その最新機を見ていると、何がどう変わったのかがよく見える。
 
 
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2019年03月21日

富士ネオ一眼最高峰

■■ 2019年3月21日 木曜日 午前9時28分
 
 今朝は雨。今朝も雨、という感じだが小雨。傘は差す必要はない。雨の朝は、その夜は暖かいと言うが、10度以上あり、これは当たっている。十二時から朝までの気温だ。
 こう雨が続くと、桜に影響があるだろう。ただ、暖かいので、開花が早くなるかもしれない。それと水分を多く取っているという感じで、これは成長にいいのか、悪いのかは分からない。水は少なすぎてもいけないし、多すぎてもいけないはず。
 ただ、水はいいが、雨なので日照時間が短くなる。こちらの方が大事かもしれない。
 まあ、それで桜が咲かなかった年はないはず。それこそ千年桜。千年に一度あるかもしれない。桜の花が咲かない年があったとすれば、当然他の動植物も無事ではない。氷河期でも来たようなものだろう。
 今朝は暖かいためか、早い目に目が覚めた。時間を間違えていたのだが、見間違い。遅いと思っていたが、早かった。これは得をした感じ。それなら、もっと寝ることができるのだが、もの凄く早いわけではない。まずまずの時間で、見間違えたのは、遅い時間と。
 その遅い時間では、流石に一日のずれ込みがはっきりするので、今日もそういう日になるのかと思ったが、違っていたので、幸い。ここで二度寝すると、その幸いが消える。
 それと暖かいので、起きやすい。すっと布団から出ることができた。寒くないというのは起きやすいということだろうか。
 雨なので、鞄が濡れる。それで、自転車籠のカバーがなくなったので、ゴミ袋を使っている。これは消耗品に近いが、意外と長持ちしたりする。つまり、鞄をゴミ袋に入れて籠の中に入れる。45リットル袋なら余裕で、ゆったりとしている。まあ、ビニール袋だが。
 しかし、透明と半透明がある。不透明の黒や青いタイプが昔あったが、ゴミ袋として使えない。そういう指定がある。
 ゴミの日に見ると、透明が多い。半透明の方が多いと思っていたが、そうではない。またどの程度の半透明なのかは曖昧。袋に半透明と書かれているだけ。
 まあ、鞄に入れる場合は、不透明の黒いのでもいい。使えないので、何処かに残っているかもしれない。
 今朝は早い目だったためか、朝の喫茶店は久しぶりに満席。自転車は一台しか止まっていないので、これは不思議。パチンコ屋待ちの客もいるが、そうではない人の方が多い。パチンコ屋待ちは服装で分かる。今朝はその常連さん以外が多かった。
 
 先日1万円台で買ったニコンの高級コンパクトデジカメP7100がいいので、その時代、黄金時代のカメラを見ているのだが、ライバルのキヤノンG系もいいが。富士のネオ一眼もいい。その最高峰が一台だけある。これが黄金時代後期に出ている。富士Xシリーズ第三段目が、このカメラ。x100やX10やx20x30と続くのだが、そのとき最後に出たのが、xs1。つまりS1。だが、x100はx100sとか、最新版はX100Fなどがあり、現役機。X10系は小さいタイプで何台か順調に出ていたが、xs1はS2が出ないまま一台で終わっている。まあ、完成度が高く、後継機を出す必要がなかったのかもしれない。
 その後の富士ミラーレス全てをこの一台で吸収してしまうほどの力がある怒濤の戦艦ネオ一眼だ。富士コンパクト系集大成というより、もの凄い実用性の高いカメラで、いまなら1インチの24から600ミリ系に相当する。
 これはキヤノンやソニーから出ている。ソニーなどはもの凄く高いが、こちらもソニーミラーレス系を一台で全部やってしまうほどの凄さがある。
 xs1が出たのはそれなりに古いので、大きく重い。1000ミリ超えのネオ一眼よりも大きい。まあ、受光素子が少しだけ大きいためもあるが、それだけではない。
 最新1インチネオ一眼よりスペックが凄いのは、手動ズーム。機械式なのだ。電動ではない。レンズにフォーカスリングがあるタイプでも電動。しかしこのカメラは手動。このタイプはパナソニックにもあるが、ズームの滑らかさが違うようだ。当然富士ネオ一眼の中に手動ズームタイプもあるが、それとは滑らかさが違う。これは持っている。
 それとこの時代、電子ファインダーの大きさが4インチもある。だから画面が大きい。ミラーレスならそれで普通だが、当時は2インチが多い。今もそうだ。
 ただ、解像力は最新ミラーレスの半分ほどになるが、当時のパナソニックミラーレスとほぼ同じ。G5あたりだろうか。
 しかし、受光素子が少しだけ大きいとは言え、1インチほどの大きさはない。それでいて今の1インチネオ一眼と同じぐらいの大きさ重さは納得しにくいが。ソニーのネオ一眼よりも軽い。
 今ならもっと軽く作れたかもしれないが、600ミリの望遠が付くので、ある程度の重さと大きさは望遠のときに有利。ブレにくいというか、止めやすい。小さく軽いとぐらぐらするので。しかし600ミリ程度なら、それほど重くなくてもいい。1000ミリ越え2000ミリ越えではないのだから。
 流石にこのカメラ1万円台ではないが、2万円台。もの凄く古いカメラではない。富士ネオ一眼の種類はもの凄く多いが、この一台だけが特別。だからプレミアカメラで、それがXシリーズ。まさに富士ネオ一眼の集大成。だから、これがあれば、その後に続く富士ミラーレスを全て取り込んでしまえる。一台で。
 このカメラは重く大きいので、その存在は知っていたが、避けていた。重いのだ。
 しかし、去年から使っているニコンのP900は重いとは思わない。900グラム近いが。これを毎日鞄の中に入れて持ち歩いていた。それより100グラムほど重いだけなら、これは同じようなものだろう。
 このタイプのカメラは持つと軽いが、鞄の中では重い。見た目より軽いのは、大きいため。小さいのに重いカメラはずしり感がある。大きいと重さを吸収してくれるわけではないが。
 コンパクトデジカメ黄金時代の遺産。600ミリと、望遠が頼りないが。
 これに匹敵するのが、パナソニックのFZ300だろうか。型番は忘れたが600ミリまでだが全域F2.8のレンズが付いている。受光素子は普通のコンパクト系と同じ。ファインダーは後継機で、今も現役機のため、新しいので、高精細タイプ。700グラム台なので、少し軽い。しかし電動ズーム。液晶は回転するが横開き。ここが踏み込めない理由。それ以前に600ミリでは望遠が弱い。
 まあ、富士xs1も600ミリで弱いが、受光素子が少しだけ大きいので、デジタルテレコンで倍の1200ミリにしても大丈夫。これで鳥や猫もいける。
 
 
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2019年03月20日

黄金時代のコンパクトデジカメ

■■ 2019年3月20日 水曜日 午前10時29分
 
 今朝は晴れている。そして暖かい。夜中も暖かめだったようで、晴れた朝は、夜中は寒いというのは今回は違う。雨がよく降るので、暖かいのかもしれない。
 今朝は真冬の服装でも構わないようだが、それでも一番ハードな着込み方をまだしている。しかし、セーターだけで歩いている人もいる。また上着の冬服も軽い目の人がいる。
 確かに、真冬の服装から、冬の服装へと変えても良い時期。特に昼間、陽射しがあると、逆に暑く感じるはず。
 最近は一日おきに雨と晴れ、または曇り。そういう日が結構続いている。春先の季節の変わり目の不安定さだろうか。まあ、似たような冬の寒い日が続いていたときとは違い、それが変わりだしたのだから、安定しないのだろう。
 三月もいよいよ下旬。もう四月は見え、桜のつぼみも赤くなり始めている。これは小枝にできたコブのようなものだが、そのコブが徐々に大きくなり出し、目立つようになる。その小さなコブの赤さだけで、もう花見ができるわけではないが、木の色が既に暖色系。
 今朝は遅い目に起きてきた。まあ、これはまずいと思うほどの遅起きではないので、よくある遅起き。最近は春になるためか、早い目に目が覚めることが多かった。床に就く時間は同じなので、それでは睡眠時間が短い目になる。まあ平均的な範囲内だが、暖かくなると睡眠時間が減るのだろうか。しかし、昼寝をしているので、そこで調整しているのかもしれない。
 
 ニコンの古い時代の戦艦コンパクトデジカメが結構写していていい感じなので、これのキヤノン版が欲しいところだが、同じニコンの戦艦最終機も気になるところ。中身は似ているが、光学ファインダーから電子ファインダーになっている。これが最終で、もう出ていない。
 電子ファインダーになると、一眼レフのようになる。28から200ミリのズーム付きの一眼レフのように。そしてポケットに入ってしまうのが味噌。まあ、そういうのが200ミリから徐々に伸び続け、壁だった700ミリ超えを果たし、いまは1000ミリ近くまで行ったのが旅カメラ。こちらは普及機。そしてさらに望遠へ走ると、流石ポケットにはないらないので、ネオ一眼になる。超望遠なので、グリップも飛び出て、レンズも沈胴仕切れないので、出っ張り、一眼レフの姿になる。それの最高峰がニコンのP1000で3000ミリまでいける。これは流石に1キロを優に超えるので、持ち上げるだけでも手が痛い。
 まあ、結局このあたりの黄金時代の戦艦コンパクトは雰囲気ものだろうか。
 堂々とした佇まい。しっかりとしたボディー。操作部の滑らかさ。そういった箇所が黄金時代の良さだろう。
 
 
 
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2019年03月19日

中古カメラ見学

■■ 2019年3月19日 火曜日 午前9時34分
 
 今朝は雨。やはり春先は天気が安定しない。昨日やっと晴れていたのだが、すぐに雨。しかし小雨で、大したことはない。大前が続いているわけではなく、おしめり程度。
 そのため、今朝は傘を差さなくてもよかった。ほとんど濡れないほどの微雨。
 雨が降っているためか、夜中の気温は前日よりかなり暖かめ。五度を切っていて、寒の戻りかと思ったほどだが、昨夜は10度近くあったようだ。これは起きたとき、一時間置きの気温表を見て分かった。寝ているときは分からない。悪くなかったのだろう。寒いと目が覚めたりするもの。
 気が付かないというのはいい感じだ。宿題を忘れましたは、嘘で、しっかりと記憶にございます。必要以上に覚えており、ずっと気にしている。忘れてなどいない。では持ってくるのを忘れたのだろうか。これなら宿題はしたことになる。宿題をするのを忘れたのではなく、持ってくるのを忘れた。
 これなら宿題をしなかったことにはならないので、サボったわけではない。しっかりと宿題はしているのだから、いい子だ。ただ、忘れただけ。
 この場合、では明日持って来なさいとなると、帰ってからやればいい。
 宿題を忘れた。本当に忘れた場合は、宿題があることを忘れた。宿題などあったのか。というとぼけよう。宿題をする気はあるのだが、あることを忘れていたのだから仕方がない。覚えておればやっていると言うこと。悪くはない。宿題を拒否したわけではない。宿題の存在を知らなかった。これは忘れたのだが、あることを忘れただけ。宿題を忘れたのではない。
 最悪は宿題があるのに、やるのを忘れたと言うことだが、しなかったということ。しかし、ここでも忘れたで逃げようと姑息なことを考えている。精神状態に持ち込もうと。
 宿題があるのは覚えている。それをやるのを忘れたのだ。宿題をサボったのではない。やるのを忘れたのだ。宿題が出ているのを忘れたのではない。実行するのを忘れた。これはどんな記憶力か、気付かなかったのか。きっとそうだろう。
 直球は宿題をしませんでしたになる。このコースを避けるため、変化球で誤魔化す。
 まあ、宿題も世の中も忘れたいのだろう。
 忘れたにも、色々ある。できるだけ軽く済む罪になるように、何を忘れたのかを示す。そして、本来ならやっていることを示せばいい。宿題を忘れたのだが、何処をどう忘れたのかの事情で、やってこなかったとは言いたくない。だから忘れたということにする。実際は覚えている。
 しかし、宿題をしませんでしたでは、どぎつい。忘れましたの方が穏やか。単に忘れただけで、深い意味はないのだから。
 
 昨日は晴れていたので、久しぶりに自転車散歩に出る。日も長くなっているのでいい感じだ。それほど遠くまで行く気はないので、尼崎方面に南下した。
 これで、遅めの昼ご飯と昼寝が消えるので、その時間になれば、パンでもかじりながら走ることになる。
 カメラはポケットにニコンのP7100。鞄の中にニコンのB600。こちらは1400ミリまでの望遠付きなので、標準系をポケットに、重い望遠系は鞄に、という振り分け。
 しかしP7100は200ミリまであるので、普通の風景なら、それ以上いらないだろう。
 南下すると公園があり、温室などがある。寒いときはここに入ると憩える。暖房が効いているので。しかし、中の植物は変わり映えしないはずなので、そこはパス。
 春先なので、花は少ない。それでも何とか咲いているものを植えているのだろう。パンジー系は冬でもいける。あとはヒナギクなどは、この季節から出始めるだろう。
 梅はなく、桜は当然まだ咲いていない。ここはトイレ休憩ですり抜ける程度。
 そこから東へ進み、一寸古い街並みがあるのだが、そこはもう見飽きたので、素通り。前回行ったときと風景は同じ。
 そして南下すると、山手幹線にぶつかる。有馬街道が口を開けているのが見える。細い道だが、南下すると、遅くなるので、それもパスし、大阪方面側へ向かう。これはすぐに藻川にぶつかるのだが、その手前に中古屋がある。
 休憩を兼ねて覗くと、久しぶりのためか、カメラの陳列が変わっていた。
 ソニーのRX100初代が一万円台。しかも二台もある。これは1インチ高級機ブームを引き起こしたカメラ。もう一台かなり高いコンパクトがあると思っていたら、ソニーのフルサイズコンパクト。高いはずだ。今となってはもう古いだろう。
 だからソニーのフルサイズ系は初代あたりは手頃な値段で買えたりする。出したのが早かったためもある。
 オリンパスのミラーレス。10系だろうか。ファインダーが付いたタイプの一番安いタイプ。ダブルズームキットで4万円台。おまけが多い。鞄なども付いている。SDカードも付いているが1ギガだ。いつの時代だろう。身ぐるみ剥いで持ち込んだのだろうか。カメラのフルセットに近く、おまけが多いので、お買い得だ。
 ニコンの一眼レフが売れないで残っていた。5600だろうか。型番は曖昧。古そうで、古い標準ズームのキットで、元箱がある。
 ペンタックスのKS2がある。シグマの26あたりから100ミリあたりまでの標準ズームが付いている。28からではない。少し広角。そして純正よりも望遠端が少し長い。そして広角端だけF2.8と明るい。望遠端はF4なので通常F5.6なので、一応一段明るい。ここが大事で、ペンタックスのファインダーは少し暗い。だからできるだけ明るいレンズを付けた方がファインダーが明るくなる。光学式ファインダーなので、直接撮影レンズの影響を受ける。まあ昔の一眼レフならF4のレンズなど付けると、ザラザラで、ピントが見えにくかった。今はそんなことはない。
 KS2は、ペンタックスで一番安くて軽いタイプに入る。K50とかK80だったと思うが、そちらの方が最新版で一番下位機になる。K70だったかもしれない。曖昧。所謂二桁タイプの普及版だが、キャノンニコンの普及版とは違い中級機レベルのスペックを誇っている。その長たるものがファインダーの視野率100パーセント。ガラスのプリズムを使っているためだけではない。昔なら最上位機にしか100パーセントはなかった。そして光学ファインダーなので、大きい。従って像倍率が高く、被写体の確認がしやすい。いずれも電子ファインダーなら、簡単にそれらを乗り越えてしまうのだが、それを光学部品でやっていた。その分、カメラが重くなり、ニコンキャノンの中級機レベルの重さになるが、サイズは小さい。
 この中古屋で、以前ペンタックスのもっと古いのをレンズ付きで9000円台で買っている。乾電池式なので、バッテリーの心配はない。ただ接触が悪くなっており、しかも動かないボタンがあったが。
 昨日見たKS2は元箱が付いている。それを見ると28から200相当のレンズ付きキットの箱。しかし展示品はシグマのレンズになっている。KS2は防水機能がある。シグマのレンズにはない。
 値段的には中古最安値よりも安い。しかし、新しいタイプのK70か80か忘れたが、そちらを買った方がいいだろう。しかし200ミリまでのズーム付きのキットは結構高い。中古でも、まだ新しいので、落ちない。そしてその組み合わせでは1キロ前後の重さになるはず。小さいが重い。
 シグマのそのレンズも軽くはなく、標準ズームだが500グラム近いのではないかと思える。F2.8通しではないのに。
 このレンズ、20センチまで接写できる。実際にはフードすれすれまで寄れる。100ミリでそこまで寄れるので、マクロレンズに近い。F2.8通しでない見返りに、マクロを取った感じだ。それと85ミリあたりではなく100ミリまで少し伸びていること。さらに広角端は28ミリではなく、26ミリと、24ミリにはなっていないが、臭いところを突いている。28ミリよりも広いが、24ミリほどではない。実際には似たようなものだろう。望遠も85ミリと100ミリではほぼ同じだが、気持ち狭い、気持ち広い程度。
 まあ、こういうカメラで地味にファインダー撮影するのも悪くはない。それこそフィルム時代の一眼レフの趣をペンタックスは残している。だから清流と呼んでいる。
 それを見学し、パンと飲み物を買い、帰路に就く。
 夕方前の喫茶店に入るのはまだ早いが、帰り道なので、入る。昼寝ができなかった分、散歩ができた感じだ。
 戻るとまだ日はある。それで、昼寝をした。これは夕寝だ。
 望遠は手かざし、標準は小さなファインダーで写したのだが、こうしてたまに出掛けたときは、しっかりとした一眼レフの光学ファインダーで写した方が充実するような気がした。たまにしか行かないのだから、ちょい写しではもったいない気がする。
 
 
 
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2019年03月18日

戦艦コンパクトデジカメ黄金時代

■■ 2019年3月18日 月曜日 午前10時14分
 
 今朝は晴れている。春の嵐のようなものは終わったのだろうか。それほど荒れたわけではないが、はっきりしない日が続いていた。当然雨も降っていた。
 それに比べ、今朝はすっきり晴れているような気がする。三月も中旬から下旬に差し掛かる頃。そろそろ四月が入り込む。これは花見の頃だ。
 鉢植えの桜の木が近所にある。一メートル少しだが、これが咲いている。だが鉢植えの桜では趣がない。作り物ではないかと思えるほど。商店街の飾り造花のように。
 しかし、昨夜などは寒かった。寝るとき、結構冷えていた。だから真冬のまま。夜中寒い朝は晴れると言うが、それだろう。というより、夜中よく晴れていたのだ。雲の掛け布団がないので、寒かったのかもしれない。
 桜鍋というのがある。馬肉だろうか。色が桜色なのかもしれない。ぼたん鍋は猪。これは豚肉に近いだろう。馬肉と言えば馬刺し。生の肉は危ないが。これは信州の方で食べたことがある。味はよく分からなかった。鶏肉の刺身もある。鳥刺しだろうか。
 魚の刺身は日常的に食べているだろう。寿司などもそうで、切り方が違うだけ。
 刺身をわざわざ煮て食べることがある。賞味期限が危なくなったマグロなど。味がまったく別のものになる。煮ると結構しつこいものだというのが分かる。
 江戸時代の人は何を食べていたのか。毎食毎食同じようなものばかり食べていたという話もある。変わり映えしないものを。まあ、白いご飯が食べられるだけでも一杯一杯だったのかもしれない。ご飯だけ。腹を満たすだけの単純な食事がメインだったと思われるが、余裕が出てくると、また違っただろう。
 日々質素に暮らし、祭りや目出度い日だけ贅沢なものをこのときとばかり食べる。これは日頃のものではないと言うこと。日常とは違うものが出るので、効く。目出度い日がさらに引き立つ。
 赤飯などがそうで、白いご飯ではなく赤い。これは合図、普通の日ではないことを赤いご飯で示す。というようなことを柳田国男が言っていたが、そんなニュアンスだ。
 祭りの日だけ飲めた酒の味が忘れられず、次の目出度い日まで待てない。だから居酒屋ができたとかも。まあ、その時代の酒は家で作ったものだろう。
 
 先日買ったニコンP7100の写りの凄さに驚いているが、これは一体何だろうということだろう。
 それならキヤノンのGシリーズはどうかということだが、その前に去年発売日に買ったネオ一眼から確認。
 このカメラ、キヤノンのイオスやイオスMつまり一眼やミラーレス全てを一台でやってしまえるのではないかと思える。撮影が非常にスムースで、このあたりはキヤノンはやはり上手い。ノンストレス。
 21から1400ミリ近い画角をカバーしてしまうのだから、一眼もミラーレスも太刀打ちできない。
 そういう発想が何処から出るのかだが、まずは操作性の良さだろう。電子ファインダーが大きく鮮明で、ファインダーに目をくっつけなくてもよく見える。ロングアポイントなので、眼鏡を掛けていてもいける。裸眼のときは片目をとじなくてもいい。両目で見ることができる。これが非常に楽で、疲れが違うし、狭いところを覗き込む感じがしない。だから圧迫感がない。
 ファインダーは非常に明るい。ただ暗い場所はあまり綺麗ではないが、昼間なら非常に綺麗。まあ1400ミリ近くまで写すカメラなので、室内ではあまり使わないだろう。明るい会場なら別だが。だからこのタイプはフィールドカメラとも呼ばれている。野に出たとき、自然の風景などを写すときは気持ちがいい。
 写りは今一つ無難なだけで、これという個性がない。癖がないのは悪いことではないが、このカメラで写したので、こんな感じになったというのがない。だからこのカメラで写したものをあとで見た場合、どのカメラだったのかが分からない。普通に写っているだけ。
 だからこのカメラは被写体が頼り。いい被写体なら失敗はないので、無難に写せる。カメラや撮影方法よりも、被写体の力が目立つカメラ。
 次はSXシリーズ。これは900ミリ越えの旅カメラだが、ネオ一眼と同じような傾向。この二機種、古い時代のキヤノンGシリーズに比べると、普及機。ハイエンド機ではない。それらはGの付く1インチタイプに移っており、そこの層が広い。
 そう言う今のキヤノンコンパクト系からG16まで綿々と出していたハイスペック機とどう絡むのかを考えている。つまりニコンの同時代のカメラ。
 ニコンP7100は、今の現役新製品コンパクトより写りがいい。問題はここなのだ。そんなことがどうして起こるのか。
 まあ、スペック的に言えば、受光素子の大きさが少しだけ違う。この少しの違いが謎。何故なら、それ以上大きな1インチや一眼並の受光素子の大きな比べても、P7100は見劣りしない。
 つまり小さいコンパクト系から少しだけ大きいP7100が、その差で写りがいいのなら、1インチならもっといいはず。だが、そうではないのが不思議なところ。
 P7100を買う前、CCD受光素子を意識した。この時代の写りは良かったのだ。スペック的に違いがあるとすれば、ここも入るだろう。
 キヤノンG系のG16あたりから裏面何とかになったようだ。その前のG15は裏面ではない。さらにそのもっと前はCCD。望遠がまだ200ミリまであった時代だ。これは買っている。これは確かによかった。
 スペックから読み解くと、CCD受光素子で画素数が1000程度。レンズは大開放レンズではなく、F2.8程度。
 P7100を買うとき、敢えて新しくレンズも明るいタイプを買わなかったのは、開放が明るすぎると、解像力が落ちるという伝説を信じたから。特にこのタイプのカメラのプログラムオートは、開放から出ようとしない。開放が一番綺麗で、絞ればやばくなるためだ。
 もし、この条件が当てはまっているようなら、キヤノンG系の古いタイプでは、そこまで遡る必要がある。それは昔買ったバージョンまで戻ってしまうことになる。確かにこの時代、黄金時代だった。
 それとは別にコンパクト系黄金時代、健闘していたのが富士。特にネオ一眼はロングズーム機として一番種類が多い。もうどれがどれだか分からないほどある。
 その中で最高峰とされているのが一台ある。これは比較的新しいのだが、後継機はない。何故なら、もう開発を辞めたからだろう。
 富士コンパクト系後期に出たXシリーズ。今はミラーレスとしてお馴染み。そのコンパクト版があったのだ。
 X100と言えばレンジファインダー機スタイルで有名すぎるが、X10や20や30もある。この時代出ていたネオ一眼がXS−1だろうか。このカメラだけが、数あるネオ一眼の中でも飛び出ている。
 ここでの受光素子は富士オリジナルで、特殊な受光素子。一般的な受光素子はほとんどがソニー製らしいが、ここは富士も頑張っている。
 その受光素子の大きさが、少しだけ大きい。1.7タイプよりももう少しだけ大きい。つまり、一般的なコンパクトデジカメの受光素子よりも少しだけ大きいというのがミソ。これが1インチになっては駄目。何故駄目なんかは分からないが、このほんの少しが効くのではないかと思える。
 このカメラ、そのため受光素子が少し大きいので100ミリ越えできないで、600ミリで止まっている。レンズは比較的明るいが。
 それと手動ズーム。しかも滑らかなトルクのあるタイプで、スカスカではない。フォーカスリングもレンズ側にある。電子ファインダーは当時のパナソニック系ミラーレスとほぼ大きさで解像力は近い。だからコンパクト系としては凄いスペックなのだ。これは富士X系は、高級機グループに入るためだろう。
 これが出ていた時代を知っている。しかし、買わなかったのは1キロの重さ。まあ600グラムのボディーに400グラムのレンズを付ければ、そんなものだが。たとえばイオスにタムロンあたりの高倍率ズームを付ければ400ミリで止まるが、その重さで収まる。だから、この富士のネオ一眼最高峰カメラ、まさに巨峰。
 まあ、いま普段持ち歩いているP900や1インチタイプのネオ一眼は800グラム台。ほとんど900グラム。だから一キロは持ち歩けないことはないが。実際には900グラム後半で、ほとんど1キロなのだが。
 この嵩が高く重いのに小さな受光素子、このバランスがいい。一眼レフよりも偉そうな形をしているのに、肝心な箇所が小さい。一般的な受光素子よりもほんの少し大きいだけで、ほんの一回り大きいだけ。
 手動ズームで、液晶は上下回転式、電子ファインダーは大きく解像力は古い時代のミラーレス並。特殊なオリジナル受光素子で、明暗比をさばいてくれる。それらは自動的に切り替えてくれたりする。
 しかし600ミリで2メートルまで寄れ、テレマクロができるとなっているが、何かの間違いかもしれない。2メートルなら1000ミリ越えのネオ一眼でも寄れる。50センチで600ミリで写せるのなら、テレマクロだと思えるが。
 このあたり、時代だろう。または富士のネオ一眼、望遠端の最短撮影距離が三メートルだったりしていたのだろうか。
 こういうカメラまで視野に入れると、重いものになるので、無理だが。
 
 最近使いやすいと思うのはキャノンの旅カメラSX730だろうか。24から100ミリ近くある。今はSX740が新しい。エンジンが新しいだけだが、さらに快適になっている。まあ、それを言い出すときりがないが、同じことが数年前のG15から16だったと思うが、このときも映像エンジンが新しくなるマイナーチェンジで、同じようなことが言われていた。まあ、その時代、5年ほど前になるのだろうか、もっと前かもしれないが、それと今のハイエンド機ではないSX730と比べれば、果たしてどれだけの差だろうか。一機種前ではなく、数世代前。
 この時代、キヤノンのG系を使っていたのだが、もの凄く快適で早かったことを覚えている。流石に一番高いコンパクトデジカメだと、思ったものだ。
 しかしニコンの古い同時代の黄金時代のカメラを使っていて、今と大して変わらないような気がした。まあ、そのカメラを今も使い続けている可能性は少ないだろうが、使っている人も結構いるだろう。10年近く前なので、もうバッテリーが劣化しているかもしれないが、一番手に入りやすいニコン一眼系と同じなので、バッテリーを買い足したりして使っている人がいるかもしれない。
 まあ、余程気に入って、買い直すことも今ならまだできる。十年前のカメラだが、まだ新品はある。ただ定価の倍ほどしていたりするが。ところが中古だと定価の五分の一ほどで出ている。当時のコンパクトハイエンド機は高くはなかったのだ。その一世代前は一眼レフが買えるほど高いコンパクトデジカメがまだあった。値段がガクンと下がり、普及機なら1万円から2万円で売られていた時代があった。これが命取りになり、スマホが出る以前から、安くしすぎたので、自爆したようなものだ。だから、その当時のハイエンド機なので、安い。
 今は1インチで高画質と言うことで、高くできるが。
 昔はほんの一回りだけ受光素子が大きいだけで高画質とされた。まあ、それだけではなく、作りがしっかりしており、動きが滑らか。モーターが違うし、CPUのようなものも違うのだろう。当然レンズもいいのを使っていたのだろう。だから、黄金時代のハイスペックカメラは、それなりの値打ちがあったのかもしれない。
 
 しかし、このあたり、かなり興味深い。そういうのを急に思い出したのは、何かのきっかけで、そういえば昔使っていたカメラがよく写っていたことを思い出したからだ。それがニコンやキャノンの十年ほど前のカメラ。それでニコンを先ず釣り上げたのだが、幻ではなかった。やはりよく写っている。記憶違いではなかった。最近は一眼系や1インチ系などを使っているので、その目で見ても、これは確か。
 まあ、利便性では最新の旅カメラやネオ一眼の方が良いのだが、醸し出す雰囲気が違う。写っている絵を見て、丁寧な絵になっているのだ。穏やかで落ち着いた画質。そんな印象を受けた。
 このタイプの最終機は、それほど古くはなく、キヤノンGなど、五年ほど前まで売られていたはず。もう少し古いかもしれないが、そんなに遠くはない。少なくても2010年代だ。コンパクトさはないが、堂々とした風貌のカメラ。
 まあ、一万円台でいいカメラを手に入れたので、それが嬉しいだけの話かもしれないが、ある印象を確実に受けたことは確か。
 
 それでキヤノンGの最終機、G16を考えているのだが、望遠端が140ミリと頼りない。200ミリあったのに。しかしレンズが明るい。受光素子は裏面何とか、いまのコンパクト系と変わらない。CCDではない。
 五年ほど前のカメラだとすれば、今のカメラに近い。もっと古いカメラでも、まだ現役で売られているのだから。
 ただ、G1は2000年ほどに出ている。それから19年。そのスタイルはほとんど変わっていない。まあ、ざっと20年前からあるカメラだが。
 100グラム台の重さがコンパクト系の時代、300グラムのカメラ。これは確かに戦艦クラスだったはず。
 いまは1インチに移行し、G系は元気で、軽く小さい。そこが気に入らなかったりする。
 ニコンの同時代のP7100で思うのは何も表示がない小さなファインダーで、無責任に写せること。ピントも露出もまったく分からない。だから「写るんですよ」と同じだ。ここがいいのかもしれない。
 
 
 
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2019年03月17日

ソニーの小さな旅カメラ

■■ 2019年3月17日 日曜日 午前9時35分
 
 今朝は雨。小雨なので傘は差す必要はなかったが、肌寒い。春への勢いが落ちた感じ。一雨ごとに暖かくなるはずだが、まあ、それだけ日が過ぎるので、暖かくなって当然。
 春への入口は春の嵐だったりする。ここを通過しないと、上手く切り替わらないのか、または、雨で鬱陶しいが、春待ちの雨だと思えば凌げるのだろう。
 それにしてはひんやりとしており、結構寒い。寒の戻りというのがあるので、それに当てはまりそうだ。
 昨夜はありふれた時間に寝て、朝はありふれた時間に起きてきた。そのため、特にいうほどのことではない。早いとか、遅いとかでないと。
 雨であいにくの日曜。冬の寒さからかなりましになっていたので、お出掛けにはいいのだが、しかしまだ寒い。町から町への移動なら、それほどでもないし、町に出ても、屋内をウロウロするのなら、問題はないが。
 晴れている日の昼間は真冬の格好でなくてもいけるようになっていたが、今日は無理だろう。この前まで中に一枚着込んでいたセーター類を抜いたのだが、また復活させている。しかも一番分厚く暖かそうなのを。つまり、ボリュームを最大に上げた感じ。それ以上着込めない。
 ローソンとセブンイレブンに寄ることがあるが、どうもローソンの前で自転車を止めたとき、鍵を掛けてしまう。セブンイレブンのときは、そんなことはない。これは照明だろうか。節電でローソンは暗い。店の窓硝子、雑誌とかが並んでいるところに面しているので、店内からの明かりもあり、明るいはずだし、店内からも見える。しかし、暗い。それで、鍵を掛けてしまう。まあ、普通は掛けるのだが。
 しかし、よく考えると、照明のためではないようだ。たまにしか行かない店だと、様子が分からないので、鍵を掛けることが多い。
 それと歩行者。車で来る人は自転車など盗らない。だからその通りの歩行者の数というか、どういう人が歩いているかの雰囲気ものだろう。昔から住んでいるような人がいる住宅地にあるコンビニは、そういった盗る人がうろついているとは思いにくい。やはり、外洋に面したというか、不特定多数の人が通っている道路沿いのコンビニだと警戒する。
 まあ、盗るやつはどんな条件でも、雰囲気とかは関係なく盗るだろうが。しかし、大した金にはならないので、リスクのほうが大きい。
 だから、何かもの凄く急いでいて、止めている自転車を無断で借りるようなものだろうか。
 これは以前あった。玄関先に止めていた自転車が消えていた。そして翌日戻っていた。
 ある人によると、ママチャリは鍵を掛けなくても絶対に盗られないから大丈夫らしい。
 イタリア映画の自転車泥棒のような戦後の貧しい時代ではないのだが、見てくれだけでは分からない。しかし、大した金にはならないと思う。自転車よりも、自転車の籠のものをひったくるだろう。
 しかし世の中には何を考えているのかよく分からない人がいるものだ。
 
 昨日から近所の家電店がバーゲンなので、行ってみる。期間中10パーセント引き。割引対象外もあるが。これと誕生日月5パーセント引きを重ねると、年に一度のバーゲンとなる。SDカードでも買おうと思っていたが、レジが混んでいるので、平日にする。
 そのついでにカメラを見ると、いつの間にかソニーのコンパクト系の新製品が出ていた。これは話題にならないと思うが。
 それは数年前の誕生日カメラとして買ったソニーの旅カメラのマイナーアップ版だろうか。WXだったと思うが、世界最小最軽量で700ミリ超えの旅カメラ。今のところ、これが一番安いソニーのデジカメ。また、忘れていたが、旅カメラの高いタイプが出ていた。これは上新には置いていない。
 小さい方はソニーらしい小ささで、よくこんなに小さく軽くできるものかと思うほど。しかも液晶は回転する。その液晶がタッチパネルになったのだろう。タッチAFやタッチシャッターが使えるはず。それと映像エンジンが新しくなっているはずだが、そこまで見ていない。上新では旧機との違いを表にしてある。懐石料理の石のようなカメラで、懐に入れれば温まるようなカメラ。まさにこれこそコンパクトカメラだろう。予約カードしかなく、既に売り切れたのか、在庫がなさそうだ。展示品はあるので、既に売られていると思われる。
 このカメラ、結構よく写っており、マクロでは生々しい。テーブルものは、こういった受光素子が小さいカメラのほうが写しやすい。
 ただ、小さすぎて構えにくいが、石を抱くように、卵を包むように持ち、そっとシャッターを切ってやれば、意外とブレない。まあ、ブレに神経質になるようなカメラではない。
 これ一台で、少し隣町の池田市を攻略したことがある。商店街の中でも結構写せたのはカメラが小さく目立たないためと、液晶が回転するので、カメラを下の方に構えて、目立たないように写せたためだろうか。遠目ではスマホを弄っているのと変わらないような姿になる。だから写すときも、スマホでも見ているような持ち方で写した。人が多いところでは構えられない。全員後ろ姿だとその限りではないが。
 堂々と写すだけの意味のあることをやっているわけではない。取材でもないし、研究でもない。資料で必要でもない。ただの狩りだ。
 ソニーの1インチ系RX100系も小さいが、パフォーマンスは、このWX系だったと思うが、一番安い700ミリ超えの旅カメラのほうが大きい。上位機は別シリーズであり、組み立て式のファインダーが付く。しかし下位機の小ささ軽さのほうがパフォーマンスが高い。中途半端に小さいよりも、これぐらい小さい方が気持ちがいい。
 旅カメラならキヤノンが強い。700越えどころか900超えをしており1000ミリ近い。そしてキビキビ動き、引っかかりがない。ズームで写して、二枚目を写すとき、広角側へ戻してもう一枚というとき、ズームが動かないカメラもある。少し待てば戻るが。
 また起動後、さっとズームレバーを引いても反応しなかったりするカメラもある。
 こういう機械的なところはキヤノンは強い。まあ、こういうカメラを使う人は、起動したときの広角端だけで写す人が多いし、ゆっくり写していれば、そんな引っかかりなど分からないだろうが。
 まあ、これで、ソニーのコンパクト系も、まだ生きていることが分かった。新製品を出したのだから。しかし、ネオ一眼はずっと古いまま。海外では出ているのだが、それさえももう古くなった。1インチは元気でマーク2とか3とか、もう分からなくなるほど出ている。ミラーレスでは6400が出ており、これが世界最速らしい。ソニーの上位機より先に早いのを入れたのだろう。いかにも新製品らしい。
 ただ、そんなAFの早さや、瞳検出など、いつ使うのかという話だ。AFのピントが合うのに、しばらく待たされると、と言う時代ではなく、今はどのカメラもすっと合う。それをさらに早くしても、もう分からない。
 
 
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2019年03月16日

キヤノンG16など

■■ 2019年3月16日 土曜日 午前10時23分
 
 今朝は曇っている。空が不安定なようだ。天気予報ではそうなっているが、具体的には曇っているだけと、あとは少し気温が低い。夜中の気温は前日よりも若干高いが、朝方ガクンと下がったようだ。そのため、日中の気温は期待できない。曇っており、陽射しがないため。これが晴れれば上がるだろう。あたりまえのことで、それぐらいは分かっていることだが。幸い風がない。これがあると荒れていることがよく分かるのだが。それでもこの近くだけのことかもしれない。少し離れたところでは風が強いかもしれない。まあ、そちらへ行くことはないので、知る必要はない。必要とは、傘がいるとか、その程度の必要性。
 今朝は空模様の影響があるのかどうかは分からないが、遅い目に起きてきた。昨日は早起き。しかも遅寝で早起き。昨夜はそれほど遅寝ではなく、早い目に寝たのだが、遅起き。一体どんな原理原則が働いているのだろうか。遅起きはやはり寒いためかもしれない。その影響が大きいと思われる。
 今朝は曇っているが雨は降っていない。それだけでも幸いだ。天気が悪いといっても、雨が降らず、風も吹かなければ、平穏なもの。
 三月も半ば、そろそろ桜の開花予想が出る時期。これは季節物で、ニュース性はない。他にも色々な植物の花は咲く。開花予想は、花見という行事と関係する。人が多く出る。人出が多いとニュースになることもある。
 それよりも春のお知らせなのだ。だからこれは季節物の定番として、取り上げているだけ。
 それに近いのは関西ではお水取り。何処からのお寺の行事。これも季節物。その行事にニュース性があるような何かが起こったわけではない。また大根炊きというのがあり、これは年末だろうか。お寺が大根を大釜で煮て振る舞う。無料だったように思う。行ったことはないが、テレビで毎年やっている。
 いずれも目立ったことをする。お水取りなどは松明を振り回しながらお堂の縁側を走り回るのだろうか。火花が散る。それを下で火花を受けると、厄除けになるのか、疫病にかからないとか、何かあるのだろう。非常に目立つことだ。日常ではないこと。
 大釜での炊き出しのようなのは見かけるが、それが何故大根なのかが目立つ。だからお腹をすかせている人のためではない。それなら粥がいいだろう。
 変わったことをする。目立ったことをする。日常の中にたまにそういうのが入ることが大事だったのかもしれない。
 そして、何らかの区切り、これは季節や、時期の区切りとして、具体的に目に見える形。その方が分かりやすいし、印象に残る。
 花見などもそうで、これも区切り。去年花見に行けた人も、今年は行けるかどうかは分からない。
 
 先日中古で1万円台で買ったニコンの十年ほど前の高級コンパクトデジカメP7100の写りが、今のニコンコンパクト系新製品よりいいというのが分かったので、驚いている。それで、キヤノンはどうなっているのかを調べていたのだが、同じような時期に、このシリーズは終わっている。系列でいえば1.7系受光素子時代だろうか。
 キヤノンG最終機はG16だったと思う。G17はないはず。しかし、最近、出るというニュースが流れていた。これは何かの間違いだろう。また受光素子が1インチになってしまうと、そのタイプはキヤノンには腐るほどあるので、入り込む余地がない。
 G16だったと思うが、五年ほど前なので、最近まで出していたのだ。ニコンと似たようなものだが、戦艦対決をしてみたい気もする。大和対武蔵だ。しかし、これは双子艦だと思われる。
 28から140。しかし、1.5インチという妙な大きさの受光素子があり、キヤノン製らしいが、それが24から120あたりのズーム。だから結構高倍率。ニコンの最終機は28から200をキープしている。まあ、どうせ200ミリ程度の望遠なら、140ミリでも大した違いはないとは思えるが。1インチのコンパクト機は100ミリ少しのがある。一般的だ。100ミリと140ミリの差はあまりない。ズーム比の高いカメラで、100ミリと140ミリをズームして覗けば分かるが、この程度の差かと、思うはず。200になると、ぐっと望遠効果が出る。
 そんなことを思いながら、昨日はキヤノンの旅カメラ、24から1000ミリ近くあるのだが、これがポケットに入る。特徴や個性はないが、無難にこなす優等生。苦手があまりない。それを夕方前、ポケットに入れて喫茶店へ向かっていたのだが、カラスが塀の屋根にいた。目を合わせてしまい、そのままそっとポケットからカメラを出し、液晶を開いて上を向け、そのまま写した。鴉は狙われているとは思っていただろうが、ノーファインダーなので、顔は隠していない。不審そうな目で、じっと見ている。
 その距離で1000ミリ近いと、鴉のバストアップが撮れる。残念ながら逆光。しかも沈みかけなので、斜光の逆光。これはピントが危ない。鴉は黒いので、スポットAFだと黒だけなので、これは合わないことが多い。そのときはフルオートにしていたので、ピントは自動選択。鴉を囲めばいいのだが、大きすぎて、囲めない。これは勝手に囲ってくれる。しかも動いていると知ると、追従モードに入る。しかし大きすぎて、それは無理。ピントは鴉の輪郭で認識できたようで、液晶でも合ったことが分かる。
 こういうことが日常移動のときにたまにある。だから旅カメラが得意とする世界。何と遭遇するの分からないので、予測できない。
 やはりズーム比の高い旅カメラは便利だという話しになってしまうが。
 ちなみにこのキヤノンの旅カメラ、動きがいい。写したあと望遠から広角へズームしようとしても動かない機種がある。レバーが故障したかと思うほど。それがキヤノンにはない。こういうところはカタログスペックには載らない。ポケットに入る700ミリ越えの旅カメラ、複数あるが、動作が一番スムースで、引っかかりがなく、ストレスなく写せるのは今のところキヤノンだろう。
 このキヤノンの旅カメラは旧製品だが、新製品はさらに素早いようだ。
 
 
 
 
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2019年03月15日

ニコンのP7100 戦艦コンパクト機時代

■■ 2019年3月15日 金曜日 午前9時39分
 
 今朝は晴れているが、空は荒れるらしい。昨日もそうだが冷たい空気が来ているようだ。寒気だ。それと春の暖かい空気がぶつかるのだろうか。冷たい空気が勝てば春を追い出し、ずっと冬のまま、というわけではなさそうだが。
 しかし、朝は晴れている。これだけでもいいだろう。風はなく穏やか。だがこのあと雷が鳴ったりするはずだ。妙な雲が出ているので、やはり春先のいい日和というわけではないようだ。
 今朝は少し早い目に目が自然に覚め、二度寝の欲求はなかった。しかし、眠い感じはある。それほど早く寝たわけではなく、どちらかというと遅い目に寝ているのに、早い目に起きたことになる。眠いが起きようとする気がある。二度寝してもいいはずなのだが、それがない。
 当然、それで起きる。もし一日これから仕事の人なら、帰ってきたらすぐに寝てやれと思うかもしれない。休みの日、何もしないで、ただただ寝ていたいというのはあるはず。
 早い目に起きたので、早い目に寝起きの喫茶店へ行くが、喫煙室は無人。一寸時間が違うとそうなるのか、ただの偶然か、どちらか分からない。この時間でも座れないほど客が多い日があったはず。客が重なるときは重なり、さっと凪ぎ、無人になったかと思うと、どっとまた入って来たりする。定期便のような常連客もいるのだが、朝の早い時間の客のようにきっちり同じ時間とは限らない。これは仕事に行く前に来ているはずなので、同じ間に来て、同じ時間に出るようだ。
 人の動きは分からない。色々と偶然が重なるのだろう。
 昨日は菜の花があったので、それを買う。花屋ではない。八百屋。菜の花入りではないが、蕾ができている。菜っ葉と呼ばれているものだが、色々な種類がある。昨日買ったのは九州産。これは非常に柔らかい。まあ、新芽のためだろうか。
 昔は畦などにもそういうのが多く生えていた。庭にも生えていただろう。庭鳥の餌だ。
 魚屋で揚げ物を買う。練り物だ。これは本物。魚を潰したものなので、その含有率は高い。そこに野菜などを混ぜて油で揚げたもの。鰯などはそのまま茶色い色になる。ちくわも本物のハモを使っている。まあハモちくわと書かれていて歯応えだけならサギだが、魚屋で、魚の横にそれが置かれていると、ハモ含有率が高いように思える。
 魚のすり身の揚げ物。天麩羅ということもある。白天、黒天がある。魚によって違うのだろう。そういう色粉を入れているわけではないはずだが。白天に紅ショウガは混ざっているやつは、綺麗だ。
 当然魚屋で売っている蒲鉾は高いはず。全部魚のみだとすれば、結構な量なのだ。
 その魚の揚げ物、一つ200円もするが、それなりに大きい。持つとズシリとくる。高級コンパクトデジカメ並。
 野菜の煮物の中に、こういう魚の練り物揚げを入れると、互いに引き立つ。少し油が加わるためだろう。しかし、野菜天というのも結構あり、中に玉葱とかが入っていたりする。
 こういう魚屋は鮮魚店でもあるので、そこで売られているタラコなども新鮮そうに見えるから不思議。
 
 ニコンのP7100がいい感じなので、ライバルのキヤノンGシリーズを探ってみた。
 ついでに前回、P7100の後継機をP7200とか、その次は7300とかいっていたが、7700とか7800の間違いだった。これも間違っているかもしれない。
 先日1万円台で中古で買ったタイプからファインダーを抜き、レンズを明るくしたのが、昔買って老衰したタイプ。そしてその次ぎに出たのが電子ファインダーが付いたタイプ。そこで終わっている。
 同じようにキヤノンもG16とか、17とか。もう覚えられない型番になっているが、昔買ったのは200ミリまでのタイプで、その次ぎ出たのが28ミリを付けたため、200ミリが消え、140ミリとなり、買う気が失せたという話をした。
 しかしレンズが非常に明るい。F1.8からF2.8と凄いスペックだ。さらに140ミリでの最短撮影距離は40センチほどで、これは140ミリに縮めたからできたというわけではなく、キヤノンは昔から最短撮影距離が短い。
 だが、背面液晶が横開きだったのが、取り外された。ファインダーはずっと同じタイプの小さな光学ファインダー。ニコンは電子ファインダーに変えたのだが、キヤノンはそのまま。
 このあたりからそろそろ1インチ受光素子などへとシフトしていく。そのきっかけはソニーから始まる。だからGシリーズは続いているのだが、G18とかG19とかの感じではなく、G1何とかとか、マーク2とかの感じで、今に至る。ニコンに比べ、種類が多く、華々しい。
 だから戦艦コンパクトデジカメとして戦っていたのは受光素子が1.7タイプ時代まで。
 しかし、最後まで光学ファインダーを付けていた。それは受光素子を大きくしたタイプでも、まだ付けていた。あの小さなファインダーを。
 戦艦時代後半、末期は、受光素子も裏面何とかに変わり、CCD時代は何機種か前で終わっている。
 だから、これで怒濤の戦艦と言われたハイエンド機の一眼レフより綺麗に写るとされていた伝説は残っている。
 200ミリが140ミリになったのは惜しいが、そのかわりレンズがニコンよりも明るく、マクロに強い。だが、液晶は回転しなくなった。そしてニコンは電子ファインダーをかろうじて付けた。
 その時代、富士からすっきりとした透視ファインダーを付けたコンパクト機が出ている。これは買っている。今も現役機だ。そしてそれもやがて電子ファインダーになり、液晶も回転するようになる。ただ望遠は弱い。この最終機が富士コンパクト系の最後の機種だと思われる。これはプレミアが付いて高いと思われる。
 ソニーにはそんなハイエンド機はなかったように思えるが、初期サイバーショットから少し立ってからでたネオ一眼のようなハイエンド機を出している。これは買っている。200ミリまでだが、ファインダーが付いている。レンズにボディーを付けたようなタイプ。最終機は一眼レフと同じ大きさの受光素子まで付けていた。そこまでは追えなかったのは、結構重いため。だからネオ一眼であって、コンパクトカメラではない。戦艦時代のニコン、キヤノン共にポケットに入った。レンズの飛び出しはない。
 キヤノンの戦艦G16か17かは忘れたが、1インチ受光素子のハイスペックモデルでもネオ一眼系を除けば、24ミリから100ミリ少し。これで明るいレンズを付けているのだから、かなり頑張っている。そして小さい。
 28ミリから140ミリのG系戦艦最終機も同じように明るい。これは受光素子が小さいためだろう。しかし図体は戦艦だけあって大きい。ダイヤル類やボタン類が上に乗っているためだ。ファインダーもあるので背も高くなる。要するに一眼レフと同じ操作感にするため、軍艦部に操作箇所が多いのだろう。盛りすぎだ。
 そして富士の先ほどのカメラが出ていたあたりにオリンパスから同じ受光素子で28から300で全域F2.8という強烈なのが出ていた。ファインダーも大きく鮮明。液晶も上下に動き、軍艦部もゴチャゴチャダイヤルやボタンが多い。ほとんど今のミラーレスと同じだ。当然、これが決定打ということで、買っている。
 少し遅れるが、リコーからその兄弟機が出る。レンズはオリンパスのそれと同じ。ファインダーはないが背面液晶がかなり大型。ファインダーがない分スマート。これがカシオの最高機種、ハイエンド機で、カシオがカメラから撤退するまで、これが最上位機だった。受光素子は当然1.7タイプ。
 そうしてみていくと、沈みゆくコンパクトデジカメの最後に出てきたハイエンド機が結構穴なのだ。
 まあ、そういうカメラ、十年前の古いカメラにそろそろ入る。キヤノンの最終機はそれほど昔の話ではない。五年か六年ほど前だと思うが、毎年、一年一年増えていくので、もっと昔かもしれない。ただ10年近く前に出たニコンのP7100が結構よく写る。驚くほどだ。
 いずれにしてもニコンのハイエンド機もキヤノンのハイエンド機も実際にその昔、買っているのだが、水で濡れたり、老衰したりして、現役機ではない。
 まあ、ニコンもキヤノンも、その系譜は旅カメラで残っている。
 先日買ったニコンP7100だが、そのときアマゾンで見ていたのだが、このカメラには新しいタイプがありますとなっているので、クリックすると、先日買ったばかりのA1000だった。
 よく見ると、液晶は上下回転式だし、ファインダーもあるし、それに28ミリではなく24ミリで、200ミリではなく800ミリを超えている。それで大きさは小さいほど。シリーズタイプは違うし、ハイエンド路線ではなく普及機路線だが、その系譜はそれなりに続いているのだろう。
 だから、ご先祖さんを釣り上げたことになったのだが。
 
 
 
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2019年03月14日

ニコンP7100の続き

■■ 2019年3月14日 木曜日 午前10時15分
 
 今朝は寒い。夜も寒く五度を大きく切っていた。春めいてきたと油断していると、これだ。小学生数人が話しながら歩いており、しかも早足。夕方のことだが、その会話で、寒い、風邪引く。と聞こえた。子供は風の子ではなかったようだ。
 寒いという表現だが、風邪を引くまで入れると、私は病気になるということで、寒いよりもきつい。寒さは一瞬だろう。暖かいところへ移動すればそれで終わる。
 春めいてきたので、真冬の服装から、そろそろ、などととんでもないことを考えていたことになる。こういう寒の戻りというか、まだ戻るというより、冬のさなかなのかもしれない。
 今朝は少し遅い目に起きてきたのだが、曇っており、空は暗い。風がそれほど強くないだけ、まし。
 結局この冬、ホームゴタツが故障していたのだが、そのままにして、冬前に買った電気毛布を足から腰あたりまで巻き付けている。こちらの方がホームゴタツの四角い空間よりも暖かいようだ。あの櫓の下の箱の中の空気が暖かいのだが、電気毛布は、具体的に暖かい。それを覆っているのだから空気の暖かさよりも暖かいようだ。
 それにホームゴタツの掛け布団はペラッとしたもので、綿など入っていない。多目的マットのようなもので、分厚い目の合繊の布。これだけなので、隙間風がホームゴタツ内に入ってきて、スースーすることがあった。それが電気毛布を巻き付けることでなくなった。
 夕方にスーパーへ行くことが多いのだが、最近は近所のスーパーへ行っていない。既にご飯時になる時間なので、遅いためだ。
 そこで朝の喫茶店の戻りに、阪急のスーパーができており、通り道なので、そこで米を買う。これは米が切れているので、買う必要がある。朝ご飯が作れないので。
 いつもならスーパーで買いたいところだが、最近はコンビニ米を買っていた。すぐ近くにあるし、通り道なので。
 しかし、前回、そのスーパーで、朝、米とおかずを買って帰ったことを思い出した。これはコンビニ米ばかり毎日食べていると、飽きはしないが、米の生産地が書かれていないのが気になる。
 それで、前回買ったスーパーの米が美味しかったので、それを思い出し、買うことにした。
 前回買った米はなかったが、山形産の米があった。北海道産もある。前回は秋田産。五キロだろうか。どれも2000円少し。だからコンビニ米とあまり変わらない。そして、ものを選べる。当然有名な秋田小町とか一目惚れ、そういった安いタイプもある。
 ご飯は軟らかくネチッとしているのがいい。安い目の米が、このタイプが多い。粒が立っていないタイプ。うどんも腰のないタイプが好み。唇で切れるほどの。
 それで、米と一緒に串カツセットを買う。広告の品となっているが、売れ残りだろう。朝から店で揚げたのなら、まだ温かいはず。このスーパーは調理室がないのだろう。だからスーパーが店で作った売れ残りの惣菜などを盛り合わせたボリュームのある弁当がない。
 流石阪急、上品な店で、入口は囲いのあるカフェになっている。別に何も売っていない。食堂ではない。テーブルと椅子があるだけで、買ったものをここで飲み食いしてもいいというもの。それが店の入口にある。本来ならレジが見えているだろう。レジはその奥にある。上の階は医院が複数入っているのか、自転車の数とスーパーの客の数が合わない。
 駅にも近いので、この駐輪場が使えそうだ。実際、それが目的で止めている人もいるのだろう。
 
ニコンP7100の続き
 思っていた通り、ファイダーがいい。撮影のほとんどはファインダーを覗いて撮すようになった。これは電子ファインダーと光学式のファインダーの違いだろう。それが、ミラーレスと一眼レフのファインダーの違いと同じように、ここでも出ている。
 まあ、これがしたかったので、これを買った節もあるが。思ったよりも快適。
 柵の錠があり、それを写そうと、最初は液晶で見たのだが、錠と柵の色が同じで、分かりにくい。それでファインダーで見ると、簡単に錠の位置が分かった。まあ、液晶の背面と目の位置が違うため、手かざしで目の位置に上げれば、探しやすかったのだが、ファインダーだとモロに目の位置。生で見ていた目玉の位置にカメラをかます程度なので、分かりやすい。
 小さいファインダーなのだが、結構よく見える。周辺が流れたり、ぼやっとしたりしない。黒い縁で囲まれており、まるで映画のスクリーン。少し目を離し、カメラとの距離を取ると、大きく見える。全体は見えなくなるが。
 ビューファインダーなので、最初から鮮明。人が見ているのと同じ目のピント。これは一眼レフのファインダーよりも見やすい。ボケないためだ。当然露出も反映しない。
 富士のX100や、その弟分のファインダーがそれと同じものだが、それをさらに小さくしたもの。ライバルのキヤノンはもう少し大きい目だった。
 これが覗きやすく写しやすいのは圧迫感がないためだろう。
 それと、電源を入れたあと、さっとファインダーを覗いて、さっと撮すのが小気味いい。このタイプのファインダーの欠点は確かにあるが、アバウトに写す分には問題はない。
 
 電源ボタンは押しやすい位置にあり、右手親指か人差し指を立てれば、片手だけでも指が届く。
 一枚写すと、書き込み時間が、昔のカメラなので、少し間が開く。アクセスランプがちかちかしている。その間何もできない。ここは流石に古いカメラだと認識。ただ何もできないはずだが、アクセスランプを無視して押すと、一応写せるようだ。連写は秒間1枚に達しない。時代だ。
 そのスピードなら、単写でできるようなもの。
 ただ、書き込み中のランプで、確かに写したということが分かる。シャッターを切ったはずなのに、写していなかったこともあるので。
 先ほどのファインダーの視野率だが、80パーセント。これはかなり周囲が切られているのが分かる。また、このタイプは中央が分からない。ズレるので。
 液晶の視野率は98パーセントで100パーセントに達していない。いずれもファインダーの隅、重箱の隅だろう。
 受光素子は1.7タイプ。この時代の高級コンパクト機の定番で、少しだけ大きい。受光素子は原色CCDで画素数は約1000万画素。今のコンパクト系は2000を越えている。しかし、これは画質に関係する。小さい方が滑らかそうだ。
 レンズは28ミリから200ミリ換算。
 開放はF2.8からで望遠端はF5.6となる。次ぎに出た機種はF2からF4と一段明るくなっている。その機種は持っている。いずれも、このタイプのカメラは開放で撮すことが多い。そういうラインになっており、開放が一番綺麗に写るからだ。しかし、明るいレンズだと、少し厳しくなるかもしれない。だから暗い目の開放値のこのカメラの写りを楽しみにしていた。
 レンズ開放は暗い目のほうが解像力があるという伝説がある。まあ、明るいレンズでも、絞ればぐっと写りが良くなるらしいが、コンパクト系は開放が一番いい画質なので、それはしないプログラムラインになっている。
 このカメラ、見た目は大きそうだが、意外と薄いので、ポケットにすっと入る。レンズの出っ張りがないので、取り出すときに引っかからないので、さっと出せる。
 グリップはそれほど突き出ていないが、持ちやすく、構えやすい。写すだけなら片手だけで全部できる。まあ、ブレるので、両手で写すが。
 軍艦部左側、持ったときの左手側にダイヤルがある。感度や記憶サイズなどを合わせられる。ダイヤルをその位置に回せばいい。またはその位置にあるとき、ダイヤルの頭にあるボタンを押せば、そのメニューが見える。始終合わせたいものは、最初からその位置に回しておけば、あとはボタンを押すだけで、いつでも変更できる。まあ、ファンクションボタンのようなもの。
 露出補正はダイヤル式で、これは何かの拍子でよく回ってしまうことがある。だから危険な位置にあるのだが、それなりに固い。このカメラは液晶メインなので、ファインダーを覗きながら回すということはない。回してもファインダーに情報は何もない。だから、回してから覗くのがいい。また液晶撮影だと、窮屈さがないので、使いやすい。
 撮影モードは今の現役機と同じようなものが並んでいるが、ハイエンド機だけあったユーザー設定を三パターン記憶できる。だからU1とかU2とかのダイヤル位置がある。U1などの初期値は、プログラムモードと同じ設定のはず。それをカスタマイズして使うということ。
 AFフレームなどの機能は十字キーの右側に仕込まれている。露出補正などが機械式になったので、空いているのだろう。ここを押すと、中央一点とか。ワイドエリアとかが選べるので、切り替えやすい。
 マクロモードも十字キーに仕込まれており、その中に無限があるのがいい。夜景などピントが合いにくいとき、無限に入れておけば、遠方にピントが来るはず。AFだと、夜はかなり迷うし、合いにくいので。
 マニュアルフォーカスもあるが、操作は矢印キーの上下でやる。スケールの方向と同じなので、意外と分かりやすい。しかし、いつ使うのかは分からない。背面液晶で目で確認するのが難しいと思う。望遠なら別だが。
 手前にある桜の芽があり、これはそこそこ太いのだが、背景にピントを持って行かれる。至近距離だ。これを実際に写すとき、液晶ではピントがよく見えない。合っているのかどうか。手前の至近距離の枝と背景の遠い枝、どちらもそこそこピントが合っているように見える。裸眼で液晶は難しい。
 こういうときは試しに写してみて、画像を確認すればいいのだが、それをしても、液晶で見た画面と同じ。やはり昼間では液晶は見にくいのだろう。それが合っているかどうかは室内でないと結果は分からなかったりする。拡大しても分かりにくい。
 それで、このカメラで広い範囲のAFと中央部と、さらに狭いスポットで写した。このスポットは移動できるタイプ。ここでは必要はないが。
 それで部屋に戻って確認すると、全部合っている。これは見事だ。最新のニコンコンパクト機二機種では合わなかったのだ。十年ほど前でもやろうと思えばできたのだ。
 こういうのは以前も体験したことがある。このカメラと似た時期に出ていたキヤノンの同タイプのGシリーズ。戦艦同士のライバル機。これも、複数のコンパクト系で写しても手前に合わず背景に持って行かれていたのだが、そのキヤノンでは一発で合った。後ろに持って行かれる傾向の強いキヤノンなのに、このGシリーズは違っていたのだ。
 十年前のAF精度の方がよかったということなのか。まあ、古いのを買って、ダメ元だったが、違っていた。逆転している。
 このP7100のピントはそこそこ早い。待たされるようなことはない。それと合いやすい。苦手なものが少ない。当然薄暗がりでも合いやすい方。いったい10年近く、何処が進歩したのだろう。または簡易にしたのだろうか。
 それでピントの良さが分かったので、安心して光学ファインダーで写している。ピントは広い範囲をカバーするタイプで、近いところが優先される。ファインダーにはAFフレームは出ないし、どこで合ったのかも分からないが、接眼部の左横にAFランプとストロボランプがある。これが緑色になれば、合焦したという意味。このファインダー用に、そこに付けたのだ。覗きながらも分かる。中ではなく、接眼部の左上。接眼部に目をくっつけても見える。完全に密着できないので。
 これで写していると気楽なものだ。ピントのことなど考えないで写せる。情報がないのだから、気にならない。
 当然シャッタースピードがどうの絞りがどうの、感度がどうのというデータは一切見えない。ただ、おおよそは予測できる。かなり明るくても絞りは開放のはず。感度はこの明るさならこれだろうと、大体読める。明るいともの凄くシャッタースピードが上がり1000分の一を超えてしまうので、こういうときは動きのあるものでも止められる。分かっているのはその程度。
 
 メカメカし、操作類が多いコブだらけのカメラだが、意外とこういうカメラほど単純シンプルに写すことが多い。逆に操作部が少ないカメラほど弄ったりする。
 このカメラの次のモデルを使っていたときの感想だが、失敗がない。まあ、間違ってシャッターを押した場合は別で、余程条件が悪い場合でない限り、しっかりと写っていた。この安心感が、その一つ前のモデルでもあるこのカメラにもありそうだ。本格的に撮すための色々なものが付いているカメラほど何も弄らなくてもすっと写せる。
 前のモデルはファイダーが付いていなかったので、できなかったのだが、無情報のファインダーが付くことで、さらに気楽になった。こういうハイエンド機ほどカメラ任せでいい。
 まあ、ニコンのコンパクト系は今もそれほどオート化が進んでいないので、何をしてくるのかはおおよそ読めたりする。
 小さな覗き穴式のファインダーはノーファインダーではないが、余計なものを見ないで被写体だけを見て写せる。AFは適当なところで合っているだろう。その程度。
 まだ数日しか使っていないが、写し方が変わる。被写体が変わることが分かる。望遠端が200ミリなので、少し不満だが、これが300ミリまであっても大した違いはない。猫や鳥は1000ミリ越えでないと満足できないので、それはこのカメラでは諦める。遠くにある草花や木の実も、200ミリでは届かない。木が写っているだけになる。
 しかし100ミリ程度の望遠しか付いていないとなると、これは最初から買わなかったかもしれない。そのため短いとはいえ、200ミリが付いているのは有り難い。28ミリから200ミリが使えるというのは、昔の交換レンズ系譜では、ほぼ買うべきレンズは揃った感じ。
 ファインダーとの関係でいえば、200ミリまで伸ばしたとき、像倍率が等倍を少し越える。等倍ファインダーとは、目で見たときと同じ大きさに見えるということだ。普通は標準レンズで等倍なら、文句はない。このファインダーは非常に小さいので、200ミリ端まで伸ばしてやっと等倍を越える。ただし周囲は見えないが。
 最新の電子ファインダーとは逆を行き、時代に逆行してしまうが、実像が小さく見えるというのは切手を見ているような感じになる。
 ファインダーが小さいため、覗くと周囲の黒い面積が非常に大きい。窓際ではなく、少し離れたところから窓を見ているような。そのため視界いっぱいに風景があるのではなく、遠くにある窓から風景が見えているような感じ。周囲の闇のほうが広かったりする。だから暗闇の奥にスクリーンがポツンとあるような。その闇が額縁だとすると、かなり幅の広い額縁となる。
 液晶時代、電子ファインダー時代だからこそ、このファインダーが新鮮。実像式ズームファインダーというもの凄いアナログ的な光学部品だ。撮影レンズだけではなく、このファインダーにも何枚もレンズを使っているのだろう。覗くだけのレンズだが。
 獲物が小さくなるので、気楽に写せるという効果がある。四隅が真っ黒なファインダー。これは一度見たことがある。キヤノンのハーフサイズカメラ、キヤノンデミだ。非常に小さなファインダーなので、光り輝いていた。普通はこのタイプ。フレームが表示され、写る範囲が分かる仕掛けになっている。50ミリでも28ミリほどの広いのを見ているようなもので、その中の50ミリ画角分が枠で表示される。このカメラにはそれがないので、まるで一眼レフ。しかも視野率80パーセントでパラが出るので、中央が何処だかは不正確。安い一眼レフでも85パーセントはあるだろう。まあ、それに近いが。ちなみに富士のX100系は100パーセントは無理だが90パーセントを少し越えているので、ほとんど気にしなくてもいい。パラ自動補正も効く。当然電子ファインダーは100パーセント。
 だからこの小さなファインダーの精度は適当なものなので、それで気楽なのかもしれない。
 最初は液晶メインで使うつもりだったが、このファインダーが気に入ってしまった。
 まあ、液晶も付くので、ファインダーから目を離せば、液晶でも写せる。液晶を切りっぱなしにしておくと、一眼レフのようにバッテリーが長持ちしそうだ。バッテリーはニコン一眼系と同じタイプ。大きい。
 だからニコン一眼系のサブとして持ち歩く場合、バッテリーの予備を持ち歩いているようなもの。
 ニコン一眼D3400とキットレンズはあるが、こちらのコンパクト系のほうがメインだろう。
 こういうタイプのカメラ、本格的に撮す気がないと言っているようなもの。本気で写しませんと。
 本気で写すより、嘘気で写す方がよかったりする。
 
 
 
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2019年03月13日

ニコンP7100

■■ 2019年3月13日 水曜日 午前9時56分
 
 今朝は晴れているが、このまま行くかどうかは分からない。天気が変わりやすいからだ。しかし、朝は晴れている方が感じはいい。朝から傘を差して寝起きの喫茶店まで行きたくない。それと曇っている朝は気も重い。
 だから後で曇ったり雨になったりしても、朝だけは晴れているのは幸いなこと。陽射しがあるので気温も高い目になっており、真冬の服装では少し暑く感じる。既に三月中旬、春がそこまで来ていると言うより、既に春なのだが、服装が冬なら、これは春とは言えない。春服を着て外に出られるかと言えば、そういうわけにはいかないだろう。まだ寒いので。
 しかし昼間、陽射しの下では春物でもいけそうな日が増えるだろう。こうして徐々に春になる場合と、ある日突然春になることもある。ある日突然冬になるように。急にガクンと寒くなるように。
 日常の繰り返しの中に変化はないようでも、この季節の移り変わりという変化はオプションではないが、誰にでももらえる変化だ。ただ、毎年毎年繰り返される季節の移り変わりそのものが日常化しているのだが。
 つまりいつもの春であり、いつもの夏であり、その変化も既に何度も何度も同じことを繰り返している。そこに僅かな違いは当然ある。暖かい目の冬や暑すぎる夏とか。
 そしてそれを観察している人は毎年毎年年をとる。子供の頃見ていた四季の変化とはまた趣が違うだろう。また子供の頃季節の移り変わりなど見ていたのかどうか、もう思い出せない。そんなことは考えなかったとは言えないが、小学校の授業でそういうのを習ったことは覚えている。太陽と地球の関係とか、地球がやや傾いて回転しているとか。
 いずれも見たわけではない。太陽は見ているが、あれはぐるぐる回っているもので、出たり入ったりする眩しいもの程度。それよりも、冬は日が弱いとか、そのあたりのほうが大事。身体に直に来るものは優先順位が高い。ただ、そんなことを子供の頃考えていたとは思えないが。
 世界は思ったよりも広いようでもあり、狭いようでもある。果てしなく続く思っていたものにも限りがあったりする。そして狭い世界だと思っていたことが意外と奥深く拡がっていたりもする。
 
ニコンP7100
 先日注文していた中古のニコンコンパクトデジカメが届く。最近続けてニコンコンパクト系の新製品に機種を買ったばかりなのだが、それらのご先祖さんに当たるハイエンド機が一万円台であったので、釣り上げた。一万円台のカメラなら無条件で買っていいことになっている。
 何か付属品とかオプションのような値段だが、2011年のカメラ。この時代の最高級コンパクトデジカメはそれほど高いものではなかった。
 しかし、当時のニコンコンパクト系では最上位機だったと思える。受光素子は、少しだけ大きい程度で、1インチではない。
 昔のことを思い出して、急に欲しくなったのだ。といっても十年前後の昔だが。
 当然、新品では売っていない。中古で1万円台まで落ちている。その中で、新品に近い元箱などの付属品がしっかりと入っているのを選ぶ。
 その前に型番。P7100の前にP7000が当然ある。これに液晶を回転させたのだろう。ほとんど印象にないカメラ。いずれもキヤノンGシリーズと戦艦コンパクトとして争っていたときのスペック争いの過程が分かる。
 キヤノンGシリーズ。今はもう1インチになっているが、昔買ったのは35から200までの機種。もの凄い種類のコンパクトデジカメが出ていた時代のトップ機種だ。これが色々な要望で35ミリではなく、28ミリスタートの仕様になり、望遠が短くなった。
 ニコンは28ミリを確保しながら200ミリまで。これでニコンの勝ち。しかし、Gを持っているので、買い換えるわけにはいかなかったが、そのうち雨で濡れて、動かなくなった。お釈迦だ。この当時のことは、この川崎日誌にも書かれているはずだが、読み返していない。
 その後、コンパクト系ハイエンド機は気になっていたのだが、数年前にニコンのハイエンド機が型落ちで安くなっていたので買っている。これが今回買ったp7100の次の機種。惜しいかな光学ファインダーを抜いてしまった。しかし、メインは液晶撮影なので、問題はなかったが、200ミリを光学ファインダーで見たいというのはずっとあった。
 このカメラの前は非常に小さなP系で、レンズが非常に明るいタイプ。
 さて、p7100の次ぎに出た7200になるかどうかは忘れたが、結構しっかりしたカメラで、戦艦らしく軍艦部はメカメカしていた。よく写り、完成度が非常に高かった。これは老衰で亡くなった。
 今回、それを買い直したのではなく、それよりも、前のファインダー付きのP7100の方。
 さらに一歩先の機種は電子ファインダーが付いた。これが出たので、昔買った7200はガクンと値が下がったのだろう。そのときに買っている。
 その後、この戦艦クラスのハイエンド機は出なくなった。
 受光素子が少しだけ大きいシリーズだったが、その後、ニコン1シリーズが始まり1インチ受光素子を付け、1インチミラーレスとして出てきたので、そちらへハイエンド機は移ったのだろう。受光素子が大きいと高級機、という図式。このニコン1はコンパクト系ではなく、ミラーレス系。レンズが交換できる。
 今はこのニコン1は製造を終えたはず。まだ店屋で並んでいるが、新製品が出ない。
 実際にはニコンハイエンドコンパクト系は新シリーズはが売られているはずなのだが、カメラショーで形を表しスペックでも公表されたのだが、開発中止。これが1インチコンパクト機だった。
 だから今回1万円台で買ったのは黄金時代のニコンコンパクトデジカメのトップモデル。
 そして、このカメラを最後に、光学ファインダーが消えた。最後に付いていた光学ファインダー付きコンパクトデジカメということになる。
 電子ファインダー付きでもよかったのだが、中古でも結構高く、新品などプレミアが付いて定価の倍している。しかし、老衰で亡くなった機種の後継機で、高かったので、買わなかったが、これが戦艦コンパクト機の最終機。
 200ミリを光学ファインダーで覗いて撮影する。これは凄い話なのだ。ファインダーはズームと連動しているので、拡大されて見えるが、もの凄く小さい。まさに覗き穴から覗いている程度。パララックス補正のブライトフレームとかもなく、補正のマークやAFフレームも出ない。全くの無表示、情報が何もない。素うどんファインダーだ。しかし、清い。
 かなり昔のカシオ時代からのデジカメの写真を持っているが、カシオのそれは無理だが、その後熟してきたカメラは、結構よく写っている。今でも十分通用するほど。もしかして今のカメラよりも、よく写っているのではないかと思えるほど。しかもコンパクトデジカメなのに。
 p7200だったと思うが、それがそのカメラだった。それの一機種前のを買ったのだが、写りは見なくても分かる。
 その分岐点のようなものがある。受光素子だ。この時代はCCD。暗いところに弱いので、高感度は苦手なので裏面何とかとかになってから、少し写真に味わいがなくなった。光を吸収した暖かみがない。これは見た目分からないが、僅かなところで、その違いが見える。
 今の受光素子はその改良型で、高感度耐性があり、CCDの良さも受け継いでいるらしいが、CCD時代のほうが写真ぽかった。
 
 さて、最近買ったニコンコンパクト系二機種の横にこの過去のハイエンド機を置くと、やはり貫禄が違う。骨組みまでメタル。箱ではなく、それなりの手応えがある。剛性というやつだ。造りや建て付けに抜かりはなく、がっちりしており、質感が高い。画質ではないが。
 10年ほど前のカメラ。しかし、今のカメラと同じようなことは既にある。特にこのカメラ、ニコン一眼系のサブカメラとして買った人が多いかもしれないが、メイン機として完全に使える。
 レンズは28から200で、旅カメラのように700越えどころか、300ミリにも達していない。
 最近買ったA1000やB600とは格が違う。だから、カメラに対しての接し方も違い、また、写し方も違ってくる。7200のときもそうだったが、丁寧に撮すようになる。凝った写し方ではなく、気持ちの問題だが。
 
 さて、届いたのでアマゾンの箱を開ける。最近できたのか、小箱で、サイコロのように高い。カメラの元箱より一回り大きいだろうか。開けると、元箱が入っていたが、そこをビニールで留めていない。
 中古だが、極上、ほぼ新品ではないかと思うほど汚れや傷がない。付属品も全部揃っている。
 バッテリーは、今のニコンコンパクト系との互換性はない。かなり大きい。試みにニコン一眼のバッテリーを出して入れると、入る。バッテリーの型番の尻にSと付いているのが、最近のものだろう。充電器は同じ型番だった。ただ、パソコンとの接続は、ニコンオリジナルのUSBなので、ここは古さを感じる。
 結局は、電子ファインダーではなく、小さいが綺麗で明るい光学ファインーを使いたかったのだろう。これで覗くと、別の写真になるわけではないが、ピントは最初から合っていると言うより、ピントがない。肉眼の力での自分目のピントで見ているようなもの。
 映画館の一番後ろからスクリーンを見ているように小さいが、これがニコン最後のズーム式透視ファインダーかと思うと、感慨深い。
 
 バッテリーは一眼のD3400のがあるので、それを入れて早速試写。
 昔のカメラだし、しかもCCDで暗いところは苦手とされているが、結構写っている。しかし、広角端の開放はF2.8はあるので、何とかなるが、それでも感度が低い。もの凄くスローシャッターになる。そこで高感度オートというのがあるので、それに感度を合わす。通常のオートは400ぐらいで止まってしまうので、3600あたりまで上げられるオートだ。オート感度も二種類あるのだから、流石に木目が細かい。
 それで手ぶれの心配のないシャッターになるが、感度は1600あたりになる。まあ、それほど荒れた絵にはならないが、ノイズは確かに出るが、それなりのタッチになる。これは汚くないと言うことだろう。ノイズ取りのオプションもあり、強い目があるので、それに合わすことにする。
 写りは先日買ったニコンの最新機二機とかわりはない。まあ、そのレベルは低い方だが、同じニコンのコンパクト系としては10年前のカメラも見劣りしないと言うことだろう。充分通じる画質だ。
 
 次に夕方に行った喫茶店までの往復。夕日が柔らかい斜光を作ってくれる。こういう光があると、CCDは生き生きするのか、一杯に光を吸い込んで、元気に写っている。そのトーンの細やかさは、今のデジカメとはかなり違う。
 透視ファインダーを覗いて写したのだが、ファインダー外がかなり入っている。視野率80パーセントはないはず。フレームも出ないので、見えていない四隅が入っている。まあ、それで切れないで助かることもある。ピントの確認は、ファインダー近くにある青いランプで分かる。これはファインダー外だが、見える。操作音をオンにしていると、合ったときの音がする。どこで合っているのかは分からないが、AFはワイドにしているので、近いところで合うはず。AF自動認識ではない。画面のかなりの範囲をカバーしているが、近いものが優先。
 次は遠くにある倉のようなものを望遠端にして液晶を回転させてウェストレベルで写す。横向きで写したので、水平が出なかったが、この写真がいい。偶然人が入り込んでいた。素晴らしい画質だ。こういうタッチが欲しかったという感じだが、以前は、こんな味のあるタッチが出せたのだ。解像力が高いとか、コントラストがいいとか、抜けがいいとかではなく、タッチや色目がいい。あまりお金の掛からない技術かもしれないが。
 しかし、それなりに解像しており、結構細かいところまで写っている。しかも繊細に、細かく。
 この機種の次ぎに出たタイプは受光素子もかわり、レンズも変わった。F2開放となり、望遠端もF4と明るい。だが、敢えてF2.8の方を選んだかというと、解像感が暗いレンズの方が良いとされているためだ。しかし、そのカメラも長く使っていたが、結構シャープで、悪くはなかった。まあ、それは一度味わったので、別の味が欲しいと言うことだろう。
 しかし、ニコンのコンパクト系新製品を二台買ったのだが、この1万円台の中古カメラのほうが充実感と満足感、ともに高いのは意外だ。黄金時代のコンコンパクト系最高峰だったカメラの凄さが分かる。ハードだけではなく、チューニングというのがあるはず。そこに手間を掛けたのではないかと思える。
 今では1万円台で買えるとは言え、ダイヤルやボタン類などは滑らかで、流石にハイエンド機だけのことはある。
 
 最短撮影距離は28ミリ側で2センチ。200ミリ側で80センチと、特にマクロに強いわけではない。
 10年近くの前のカメラなので、受光素子や映像エンジンも古いためか、暗いところではそれほど鮮明な絵にはならないが、暗い感じはよく出ている。ああ暗かったんだなと。
 感度は高感度オートでも1600までしか上がらない。夜景モードが独立してあり、そちらだと3200まで上がるようだ。しかし800ぐらいまでだろう。
 それでも一般的な夜の街程度の明るさなら、いい雰囲気の写真になるので、驚いた。同じ場所をよく他のカメラでも写すのだが、このカメラで写したのが一番雰囲気が出ていたので、かなり気に入った。ここだろう。
 まあ一眼レフでも十年以上前のカメラはやはり感度がそれほど高くなく、暗いところは今ほど綺麗には写らないらしい。そこは進化したところだ。しかし、味わいとなると、また別。
 この1万円台の昔のハイエンドコンパクトデジカメに求めていたのは、その辺りで、ただただ綺麗に写るだけでは味気ないと言うことでもある。
 ただ、この時代のコンパクトデジカメでもかなり暗い状態でも写せる。3200の感度があるし、6400も拡張である。もうザラザラの写真になるが、逆に荒れた味というのもあるはず。
 この7000シリーズ、このあと受光素子を裏面何とか式に変わり、CCDの時代は終わる。裏面何とか式は暗いところに強い。ただ、明るい場所ではCCDのほうがいいのではないかと思える。
 
 注目の最後の光学ファインダーだが、これは小さいが、最新のA1000もそれほど大きくない。見え方はそれほど違わないので、ここは電子ファインダーになってもまあ、文句が出なかったかもしれない。ただ電子ファインダーはバッテリーを使う。光学ファインダーは使わない。ケチくさい話だが。
 ちなみに光学ファインダーはいつでも覗ける。切り替えなどはない。電源を必要としないためだ。そこは一眼レフのファインダーと同じ。
 液晶とファインダーの切り替えはできるが、これは単に液晶を真っ黒にすること。液晶オフにすればいい。自動切り替えはない。
 手動で液晶を消すと、次回の起動のとき、暗いまま。その状態でも当然写せる。ファインダーは電源に関係なく見えているのだが、このファインダーは電動ズームファインダーなので、実際には電気は必要だが。ズームファインダーなのでファインダーそのものが拡大したりする。背面の液晶に情報は出るが、このファインダーには一切何も出ない。これは究極だ。
 まあ、外付けのビューファインダー並みに簡素。当然それよりもかなり小さいが、ズームファインダーというのが特徴。フィルム時代、AFカメラが出始めた頃、最初にズームレンズと連動するズームファインダーを付けたのはペンタックスだったと思える。これは買っている。35から70まで。その後、ペンタックスは望遠天狗と呼ばれた長いズームも出している。コンパクトカメラだ。その頃までは200ミリを透視ファインダーで覗くと言うことはよくあることだった。その名借りのようなズームファインダーで、尾てい骨だと言われている。これは誰もそんな穴を使わないで撮すようになったのは背面液晶サイズが大きくなり、それを見ながら写せるようになったため、光学ファインダーは不正確だし、ピントも分からないので、ということで、使わない人が多くなった。
 しかし、カメラらしさがなくなるので、ファインダーはかなりの間残っていた。しかし、コンパクト戦争に入り、余計なものを付けると嵩張るので、なくしていった。キヤノンはイクシという小さなコンパクトデジカメなのに、付けていた。当然それはハイエンド機Gシリーズには必ず付けていた。
 さて、この7100は当然液晶がメインだが、切り替える必要がないので、それだけでもいい。覗いても液晶が暗いとかもない。
 このファインダー接眼部、一眼レフのようにカメラの中央にある。裏側から覗くのだが、表側とは僅かにズレている。またレンズの真上からもズレている。これが真上ならパララックスは上下だけになり、左右は考えなくてもいいが、少しだけズレている。これは惜しい。しかし、実際に写るものとフレームとの誤差はかなりある。パラマークはないが、解説では望遠で2メートル以内に入ると、かなりズレるとなっている。まあ、カメラを向けたとき、向けた状態のまま写すことが多い。微調整などほとんどしなかったりする。
 しかし、あくまでも背面液晶がメインで、覗いて写したいときはいつでも覗ける。スイッチ類も、センサーもいらない。いつでも見える状態なのだから。
 この小さなファインダーで覗くと、今まで見ていた現実が2分の1以下に縮小される。望遠鏡の反対側から覗くようなものだ。逆に綺麗に見えるが。ここで現実感がぐっと引いた状態になり、像倍率の低さが逆に構図の決めやすさに繋がる。昔のフィルムのべた焼き。またはサムネイルほどの小ささ。ここで写真として成立していないと、拡大しても駄目だということだが。
 細かい話だが、このカメラのファインダーの接眼部は丸形。これはニコン一眼レフでも、ハイエンド機仕様。目当ても四角ではなく、円形になる。
 当然メインの液晶は回転式で、ローアングルハイアングル二通り行ける。その仕掛けは最新機A1000の前の機種と同じ回転方法だ。そこそこ柔らかく、すっと上がる。
 このp7100の次ぎに出た機種は横開きになってしまった。横開きでもいいのだが、上下の方が早い。ワンアクションで済む。
 
 まだ先日新品で買ったA1000も使い込むほど使っていないが、それの遠い先祖に当たるのがP7000系。花の戦艦ハイエンドコンパクト機時代の遺産だ。それが新品のように元箱に入ったのを一万円台とはいえ、さっと買ってしまったことになる。
 ものはやはり最新のA1000の方が今のカメラなので、上手く纏めている。しかし十年近く前、ファインダー付きで、液晶も回転するタイプを、出していたのだ。A1000は800ミリ越えの望遠を含んでいる。ほとんどネオ一眼だ。
 だからP7100は象徴カメラかもしれない。型は古いがしけには強いという、兄弟船ではないが、カメラらしいカメラ。
 そして、丁寧な写り方をする。まあ、受光素子が少しだけ大きく、レンズも少しだけ明るいためもあるが。
 最近中古カメラ屋巡りをしていないので、丁度いいタイミングで、変えたことになる。こういうのはリアル店で出ることはほとんどないので。
 
 
 
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2019年03月12日

自転車前籠カバー

■■ 2019年3月12日 火曜日 午前9時42分
 
 今朝は晴れているようだが、怪しいものだ。雨が降りそうな灰色の雲が出ている。しかし陽射しがある。昨日の昼間もそうだが、狐の嫁入り。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。この時間が最近の「まずまず」で本当はもっと早い時間でないといけないのだが、それが標準にはならなくなって久しい。そのため、最近起きる時間の平均的な時間帯が、「まずまず」となる。このまずまずからさらに遅いと、そのまま遅いとなり、早いと、早いとなる。しかし、以前に比べると、いずれも遅い。
 これは寝る時間もそうで、最近は全て夜更かしということになるが、それは以前と比べて。
 遅い時間まで起きているが、それよりさらに遅い時間だと、遅いになる。早いと早いになる。結局睡眠時間は以前と同じだが。
 しかし春めき、これから季候がよくなり、さらに暑くなってくると、早起きになる可能性がある。冬場はどうしても遅起きになるため。
 それでも何らかの用事がある日は、早い目に起きることがある。これは分かっているのだろう。別にスイッチを入れたわけではないが、早く起きないといけないような用事があるときは、早く起きるようだ。これは睡眠時間に関係なく。
 そして嫌なことがある日は、なかなか起きてこないだろう。布団の中で寝ている限り、夢の世界であり、桃源郷。世の中から離れた場所。まあ、そこも布団の中、この世の世界だが、意識は飛んでいる。
 カボチャを入れた野菜鍋のようなものを二度同じようにして作ったのだが、二度とも悔やまれることがある。それは何度も温め直したりするためか、カボチャとジャガイモが溶ける。カボチャはまだ皮があるので、ここは溶けないが、ジャガイモは溶けてしまった。だから早い目にジャガイモを引き上げて食べようとしたが、箸がなかなかジャガイモを見付けられない。もしかして既に溶けているのではと思うほど。また底の方をかき回すと、皮に着いていたカボチャの黄色い実がほどけるので、あまりかき混ぜない方が良い。
 悔やまれるのは、それを見込んで雑炊にすることを忘れたこと。これは鍋料理のあと、ご飯を入れるだけの雑炊。そうすると、鍋の中身を全部汁ごとお椀に入れるので、このとき溶けたジャガイモもカボチャも全部胃の中に入る。カボチャとジャガイモのスープができているのだ。鍋物や煮物の汁は吸わない。具だけ箸で挟んで食べる。まあ、出汁はその具に染みついているので、一緒に出汁も飲んでいることになるが、出汁そのものだけをごくごく飲むわけではない。
 先日風が強くて雨が降っていたとき、自転車の前籠カバーのゴムと布部分が一部分離していたので、被せにくくなっていた。場所によってはゴムだけが通り、布は被さっていないような。だからしっかりと留まらない。それに元々クニャクニャしたものなので、固定した形がない。でかパンのようなものだ。
 その風でカバーが膨らむ。風邪が入ると膨らむが、ゴムで留まっているときは、単にふんわりしている程度。しかし完全に閉じていないので、もの凄く膨らみ、風船のようになる。それで前籠に入れている鞄に、ゴムを無視して、布だけが当たるように押さえると、膨らまなくなった。しかし、次の瞬間、消えた。
 カバーが吹き飛ばされたのだ。だが、振り向きもしないで、そのまま走った。まあ、捨てたも同然。
 百均で二枚入りで、このカバーは売られているが、普通のゴミ袋でもいいような気がする。籠にゴムで被せ、ゴムで動かなくするというのはいい感じなのだが、そうではなく、鞄だけが濡れなければいい。籠全体ではなく。
 それでビニール袋で鞄を包んだ方が早いのではないか。
 雨の日、目的地で自転車を止め、カバーを外して鞄を取り出すのは面倒だが、その逆も面倒。つまり鞄を仕舞って、カバーを掛けるとき、上手く掛からない。これを傘を差しながらやると、傘の持ち手の鍵のようになっている箇所であらぬものを引っかけてしまったりとかで、厄介。そのてん、ビニール袋や、袋状にしないで、平べったいまま鞄の上にかける方が手間が掛からない。これは目を瞑っていてもできるだろう。仕掛けがないためだ。ゴムと籠の関係から解放される。また籠の中でそれをやる必要はなく、籠に入れる前に鞄をビニール袋の中に入れればいい。作業としてはこちらの方が分かりやすい。
 面倒なら、籠に入れた鞄の上に、ビニール袋を乗せるだけでいい。
 それで、次回からは鞄の中にビニール袋を仕込んでおこうと思う。これは山登りのとき、雨が降ってきた場合、ビニール袋にリュックを入れて、そのまま背負うようなもの。守りたいのは籠なのではなく、鞄なのだ。
 まあ、一寸した距離なら鞄は濡れてもそこそこ持つ。綿の分厚いタイプなので、中まで染みこむまで間があるためだ。当然裏地に一寸だけ防水性がある。
 
 
 
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2019年03月11日

王将一代小春しぐれ

■■ 2019年3月11日 月曜日 午前9時51分
 
 今朝は雨。雨が続いているように思えるが、昨日雨だったか晴れていたのか、思い出せないことがある。あまり用がないためだろう。記憶というのは曖昧。今日は空が荒れるとニュースで言っていたので、その通りだと晴れて気持ちのいい朝にはならないはず。そろそろ春一番が吹いてもいい頃だが、これはもう吹いたのかもしれない。先日もの凄く風が強かった。
 また春一番が吹いたとき、知らない場合がある。夜中だと分からない。春一番が吹くのなら、春二番も吹くかもしれない。この一番とは、二番三番と連なっている一番なのか、ここ一番の一番なのか、最初と言うことなのか。または春を知らせてくれる一番鶏のようなものか。これは朝だが。
 まあ、春一番が吹くというのは風を指すのなら、冬の空気から春の空気に入れ替わると言うことだろうか。空気がぶつかり合うとそれが荒れる。だから風が強かったり雨が降ったりする。
 どちらにしても、今朝は天気が悪いようで、寝起きの喫茶店へ行くときは降っていなかったが、すぐに降り出した。だからすぐに傘を差した。だから傘がいるということだろう。
 三月も中頃に差し掛かっている。ここまで来てもまだ冬の圏内。四月にならないと冬からは抜け出せない。そろそろ桜が咲く頃だが、まだ蕾。これが徐々に膨らんでくる。実は真冬でも蕾らしいコブはある。この時期になるとそのコブに色が少し付くので、ただの枯れたような枝ではなく、僅かに木に色がある。幹ではなく、枝先の細いところ。
 毎年ぱっと咲きぱっと散り、それで終わってしまうのだが、この間二週間から三週間の間。結構長かったりするが、一本の木ではなく、複数の木が色々なところで咲いているので、咲く時期が少しだけ違うのだろう。当然早咲きの桜は既に咲いていたりする。しかし、これは認められない。だから、早咲き桜に対しては花見をしない。抜け駆けは許されないというわけではないが。
 
 大和さくらが歌う「王将一代小春しぐれ」これは都はるみがプロデュースした歌で、コンサートなどで都はるみは必ずといっていいほど歌っている。盛り上がるからだ。
 大和さくらが歌っているのも、当然動画にある。ただ、歌だけで、語りが入るのはない。浪曲のようなのが入るのだが、それは聞いたことがなかった。
 それがアップされていたので、見る。ただ、音だけ。
 浪曲入りと歌だけの二枚のレコードがあったのだろう。まあ、浪曲入りだと長い。
 都はるみが初めてこれを歌ったのは復帰コンサートのとき。プロデューサ時代の仕事として、復帰のお土産のようにして歌っている。それをNHKホールで歌っているのだが、大和さくらも会場に来ていたようだ。
 比べてはいけないが、やはり大和さくらのほうが若々しく、歯切れやテンポもいい。生き生きしている。まあ、その歌い方の細かいところまで、都はるみが厳しく教えたらしい。まだ若い子にこんな難しい大作を歌わせたのだから、大和さくらも負担が大きかっただろう。しかし、かなり上手いと思う。
 大和さくらはこれで新人賞を取っている。もう既に演歌の時代ではなくなっていたのは残念だ。
 大和さくらは人の歌も歌っているようで、最近それらもアップされている。それらを聴いていると、演歌も遠くなりにけりだ。
 それとは別に、歌謡曲黄金時代、1960年代だろうか。昭和三十年から四十年あたりと思われるが、他のジャンルでも、同じ現象がある。漫画の黄金時代もこの時期。
 その年代別のトップ3を特集した番組がアップされていた。これは非常に見やすかった。松方弘樹などが出ている。司会は竹下景子。
 都はるみに注目したのだが、あんこ椿が出た年、当然四位に入っている。ただ映像はない。ジャケットの絵だけ。本人が現役の場合、生で出ている。また、その局が所有する録画を流していた。その局の歌番組から抜いてきたのだろう。
 都はるみがデビューする手前から始まるのだが、錚々たるメンバー。四人衆と呼ばれた村田英雄、春日八郎、三橋美智也、三波春夫。こういった先輩達が多くおり、層が厚いし広い。
 そのあと舟木一夫、西郷輝彦、三田明などが御三家として出る。都はるみはこの時期に近い。舟木一夫とあまり変わらないのだ。西郷輝彦とは同年代で同期に近かったりする。
 だから、思っていたよりも、都はるみが活躍しだした時代は古いのだ。凄いベテランだと思っていた歌手よりも、都はるみのほうが古かったり、またほとんど変わらない時代だったりする。
 どちらにしても演歌全盛期を生き抜いてきた。独自のはるみ節だけでは無理だったはず。うなり節だけでは生き残れなかったはず。
 大和さくらの歌を聴いていて、当然都はるみを思い浮かべる。違いを探しているのではない。そこにあるのは小気味よさ。これだろう。
 
 
  
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2019年03月10日

ネオ一眼FZ85

■■ 2019年3月10日 日曜日 午前10時13分
 
 今朝は曇っている。やはり天気は続かない。雨が降りそうで、少しぱらっとしている。寝起き行く喫茶店へ向かうとき、傘を忘れていた。戻り道、降られるかもしれない。
 どんよりとした曇天だが、気温は低くない。といってもまだ冬。服装が冬で、真冬のスタイル。道行く人はゴツイのを着ている。少し寒さはまし、程度のためだろう。季節は進んでいるが、暦と実際とは違うし、事情もある。春めいた服を着るにはまだ早いし、その中間を着ればいいのだが、これはまだ冒険。薄い目に変えた日ほど寒かったりする。気温的には高い目でも、いつも着ている冬服を着ているからそう感じる程度かもしれない。
 昨日の夕方も結構寒かった。昼間は暖かかったが、日が落ちると下がったのだろうか。これはどん日でもそうだろう。朝夕は低い目になる。
 冬服からのチェンジのタイミングは、暑くて脱いでしまうような感じで訪れるだろう。それまでは冬スタイルのままでいい。
 スーパーでちくわとカボチャを買っていたので、それを煮る。いつもの野菜の煮物に、それを加えた程度。ジャガイモ玉葱人参と一緒に煮る。カボチャはすでに切ってある。細かい目に。半切りのカボチャでもよかったのだが、切るとなると、危ない。玉葱も両ヘタを最初に落とすとき、滑る。スベスベの球面。そのため、先ず玉葱そのものがまな板の上で滑らないように布巾を敷く。そしてゆっくりと包丁を入れるのだが、絶対に力を入れてはいけない。滑ったとき、その力分、傷の深さになる。要するに力んで力を掛ける危ない。力が自分に戻ってくる。皮付きのまま二つに切るのも滑りやすい。結構固いし、ゴロゴロしているので、これも滑る。
 人参はしなびるので、百円で三本ほど入っているタイプではなく、一本だけにする。早く食べないとと思うため、人参を多く入れすぎるため。
 その一本、九州産で、いいやつだった。全体的に滑らかな味。西洋人参。
 ジャガイモとカボチャが重なる。カボチャの方が勝つ。甘いためだろう。それと色がいい。皮と肉という変化もある。皮が美味しかったりする。
 カボチャの残りは冷凍にした。すでに切ってあるので、次の煮物のとき投げ込めばいい。
 ちくわは四本入りの生ちくわ。カネテツのちくわが欲しいのだが、見かけない。あれは柔らかくていい。紙で包装されていたやつだ。
 大根を買うのを忘れていた。根ものばかりになってしまうが。青いものが欲しいのだが、ホウレン草は大量にあるが、これは味噌汁用。
 大量のホウレン草。段ボールの中に入れている。冷蔵庫に入れるよりも遙かに長持ちする。かなり経つが、まだ萎れていない。数束笊売りで買っているので、かなり余る。
 こういうのがおかずのベースで、それだけでは肉ケがちくわだけなので、何か欲しいところ。ちくわも魚だが、中身のほとんどは小麦粉だったりする。
 
 今朝のお供のカメラは、あまり写す気はないので、パナソニックのネオ一眼FZ85。これは可哀想なカメラで、型番を覚えてもらえない。FZまでは覚えているが、85となると、もう記憶から消える。印象に残らないためだ。まあ80の後継機。
 24から1200ミリではなく、20から1200ミリあるネオ一眼。このカメラ、写りは今一つはっきりしないカメラだが、操作性は抜群。パナソニックのネオ一眼系にありがちな大きいわりには軽いカメラ。
 先ずファインダーがそこそこいい。ロングアポイントだったかどうだか忘れたが、接眼部から少し離していても、見える。そして覗くときの角度で周辺が波打ったりしない。解像力はそこそこあり、明るい。精細なファインダーではないが、見やすい。
 起動も速くキビキビしている。しかし、写りが今一。何かしっかりとしない絵になるが、とりあえずは写っている。取り回しがいいし、こなしやすいカメラなので、これを何とかしたいと思っている。
 液晶は回転しない。固定だが、タッチパネルが効く。指でピント位置を教えることができる。ファインダーを覗いているときも、指ピントは生きている。液晶消えているが、マウスのように動かせる。
 液晶とファインダーとはボタンで切り替える。明快だ。
 薄暗いところでもピントが早く、結構合いやすいタイプ。感度は上限の3200までオートで上がりきるので、少しノイズが目立つが、これはライカノイズ。レンズがライカのため、高感度フィルムで粒子が出ているような素粒子写真風になる。ノイズは嫌われているが、ライカで写した粒子の荒れたカラー写真などを見ていると、これは味だ。
 まあフィルムでのあれと、デジタルでのあれとは違う。偽色が出たりするためだろう。錆びたような。
 まあ、そこまで拡大して見ていないのだが、印象としては少し濁った絵。このぎりぎりのところがいい。
 しかし、室内の薄明かりや、薄暗がりでも平気で写せるのがいい。フルオートでそれができる。写りは明るい目。
 パナソニックでは最下機のネオ一眼。こういうカメラを使いこなせるようになれば、素晴らしいだろう。
 
 
 
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2019年03月09日

ニコンB600使用感

■■ 2019年3月9日 土曜日 午前9時54分
 
 今朝は晴れている。久しぶりにすっきりと晴れた。昨日も夕方あたりの空は雲が少なく、風もあったので、空気も澄み、夕空が綺麗だった。夕日は残念ながら見ることはできなかったが。見たときは既に沈んでいた。しかし、日が長くなったことは確かで、その時間にしてはまだほんのり明るかった。残照というやつだ。
 しかし、気温は低い目で、春めいた暖かさではなかった。晴れている日は気温は低い目に出るが、これは朝夕で、昼間は陽射しもあるので、上がるだろう。
 よく晴れた春先の土曜日。寝起き行く喫茶店周辺の人が多い。人出が多いのだろう。周辺で立っているわけではない。いずれも移動中の人達で、仕事へ行く服装ではない。ただ単に立っている人もいるが、それはパチンコ屋の開店時間前なので並んでいるのだ。ここは曜日も季節も関係ない。
 しかし、空はすっかり春めいてきたので、陽気さが戻ってくるかもしれない。冬は陰気で、その期間ずっと陰鬱な気分のままというわけではないが、気候の影響は結構ある。これは動物に近いほどあるのかもしれない。
 今朝はまだ寒いので、下に一枚着込んでいる。襟なしのカーデガンのようなもので、薄い毛糸風のセーターのようなもの。そのため、首がスースーするが、上のダウンジャケットの襟だけで何とかなる。これは最初着たとき首が冷たい。首元まであるインナー類を着ていると、その差がはっきり分かる。
 中綿入りのゴツイのから、ペラッとしたコートやジャンパー類に切り替わるのは、まだまだ先。今はまだ着ぶくれして、肩が凝るような重装備。腕を上げたり回すのに力がいったりするので、いい運動になるかもしれない。
 ズボンの方は意外と裏毛や裏に何か暖かいものが仕込まれているものより、普通の綿パンでも真冬の間に合った。だからジーンズ系で充分だったようだ。しかし、暖かそうなので、つい買ってしまったのがあり、結構長い間履いている。
 それと千円ぐらいのゴムパン。防水性につられて買ったのだが、あまり暖かくない。
 
ニコンB600使用感
 ニコンの24から1400少しのファインダーのないネオ一眼デジカメ。
 これは発売日、まさに陳列されつつある途中で買っている。最速だ。
 まだ、しばらく使ってみてと言うには短いが、他の色々なカメラを使う間に、このカメラも持ち出しているのだが、何故か、このカメラだとほっとする。非常に気楽なのだ。カジュアル性抜群と言うことだろうか。
 詳細は以前に触れたので、重なるところもあるが、単純明快でシンプル。撮影方法は一つしかないようなもの。ごちゃごちゃ操作しながら写すカメラではない。それだけに色々な方法などは考えなくてもいい。これはコンパクト系の王道でもある。
 通り道などでさっさと写すには都合のいいカメラで、トートバッグのように最初から鞄の口が開いているタイプだと、ポケットから取り出すよりも早い。そしてグリップ。これが効いており、写すときの安定感が違う。見た目は一眼レフ風だが、ミラーレスではなく、ファインダーレスのネオ一眼。
 撮影モードはオートモードが好ましい。シーン自動認識モードもあるが、ストロボを立ててくださいという文字が最初表示される。その間ズームレバーを受け付けない。これはニコンのP系やB系のファインダー付き機種ではその問題はない。B600は少しケチっているのだろう。並列作業ができないような。しかし、オートモードだと、それがないので、電源を入れた瞬間ズームレバーを引いても反応する。一秒以下の話だが、待たされ感があるので、オートモードをメインにした方がいいようだ。
 カメラを取り出しながら電源ボタンを押し、そのまま被写体に向ける前にズームし、構えたときにはもうシャッターが押せる。これが最短。広角端で写すときは、もっと早い。
 被写体を見たとき、既に構図も見ており、画角ももう分かっている。所謂ちょい写しだが、そのあと色々弄って写したものより、最初のその一枚がよかったりする。
 電源ボタンが押しやすい右肩にあり、操作部はそれとズームレバーとシャッターボタン程度だろうか。ここだけを押さえておけばいい。左側のレンズ鏡胴箇所にもズームレバーがあるが、右手だけでやった方が早い。
 液晶は回転しないので、その手間がない。ローアングルのときは液晶を斜め上から見るしかないので、これはもう適当。何処にピントが来ているのかも見えなかったりするので、AFの自動認識が当たれば欲しいところにピントが来ているはず。
 要するに芸ができないカメラなので、いろいろと考えなくてもいい。それしかできないのだから。
 そのシンプルな良さが、軽快にさせ、写しているとき、結構快適だ。写っていなければ、諦めるしかない。またはその場でプレビューして、違っていたら写し直せばいい。
 
 このB600は晴れている昼間などは、カシッとよく写っており、何の不足もない。超望遠にしなければ、ピントは深いので、AFが適当なところで合っていても、深度内に入ってしまう。花などに対しては深度が深いので、これも全体に合いやすい。特に絞る必要がないというより、開放が一番綺麗なので、絞ると逆にまずい。またオートでは明るいときでも開放のままになる。露出オーバーにならないようにシャッタースピードがかなり高速になっているのが分かる。おかげでブレにくい。
 だからこのタイプのカメラはイージーな使い方、荒っぽく写せたりする。ただ、望遠はかなりボケるので、ピントが合っていないとすぐに分かるが。
 兄弟機か姉妹機か、どちらかは分からないが、小さい方のA1000のほうが高級だろう。色々と弄れるし、スペックも上。望遠だけはB600は有利だが。
 A1000では窮屈な感じがしているのだが、このB600は余裕がある。カメラを構えやすいためだろう。それと、細かいことを考えないで、さっさと写せるためだろうか。
 結局高機能なカメラほど使うのが面倒になる。それと色々とボタン類をカスタマイズしたのを忘れてしまっていたりする。とっさの場合、思い出せない。このB600はメニューから操作した方が早い。前回の位置を覚えているので、感度の切り替えなどは、意外と早い。それと裸眼でも見やすいのはフォントが大きいため。それと設定項目がもの凄く少ないので、迷路のようなメニューではない。
 1400ミリ少しの超望遠が使えるので、鳥や猫は楽勝。だからこれ一台で何とかなるカメラ。
 
 
 
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2019年03月08日

キヤノンG3X

■■ 2019年3月8日 金曜日 午前9時41分
 
 今朝は晴れているのだが、雲が多いためか、陽射しが消えたりする。少し寒いようだ。夜中の気温は五度以下になっている。久しぶりかもしれない。昨日は春の嵐のように強い風が吹き、雨も降っていた。春は気候が不安定なのかもしれない。ずっと春の嵐が続けば、これはこれで安定した天気となる。しかし安らかではない。
 暖かくなってきていたので、下に着込んでいたものを抜いたのだが、今朝は着込んでいる。まあ、四月にならないと、春らしくないのだろう。まだ冬を残している。九月に近い。秋だが、まだ夏を九月は残している。
 もう真冬ではないので、それほど寒くはないはずなので、長距離自転車散歩に出てもいいが、最近はあまり行っていない。寒いからとか暑いからではなく、大層になってきたのだろう。面倒臭いと言うことだろうか。出ればそれなりに楽しいのだが、出るタイミングがなかなかない。これはやはりシカトした目的がないと、出にくい。目的地での目的ではなく。それがある方が行きやすいのだが、特に興味のあるところはなかったりする。出掛けたとき、偶然発見する場所がいいが、それが何かは分からない。ウロウロしてみなければ。
 写真を写すのが目的というのもあるが、いい被写体があるときに限って、それにふさわしいカメラではない場合がある。もっと望遠が欲しいときに、持ってきていなかったりする。そして望遠に強いカメラを持ってきたときに限って、望遠が必要ではなかったりする。
 まあ、長距離散歩に出たときは、あまり写さなかったりする。逆に近所のいつもの日常移動中の方が多く撮す。遠いところへ出た方が珍しいものが多いはずなのだが、そうでもないようだ。
 日常移動コースは、よく知っているので、スポットがある。鳥がいそうな場所とか、猫がいそうな場所とか。要するに土地勘がある。
 昨日は通り道、いつも見ている畑を写していた。鳥がいたので。カメラは先日買ったニコンの旅カメラ。800ミリ少しの望遠が効くので、近くにいると間に合う。そういうのを写していると、声を掛けられた。その畑の持ち主。農夫の姿。よく見かける人だ。いるときといないときがある。
 自転車を丁度畑の柵の出入り口で止めて、自転車の上から写していたのだが、そこが出入り口なので、邪魔になっていたのだろう。いい写真が写せましたか、とわりと好意的。
 この畑は杭が多いので、鳥が止まりやすい。まあ、鳥だけではなく、放置した白菜とか、大根とか、作るものはバラバラ。売り物ではないのかもしれないが、この近所の農家の人だ。
 今は白や紫の花を咲かせる豆を植えている。観賞用ではなく、全て食べるもの。
 800ミリよりさらにデジタルズームに持ち込もうとしたのだが、ズームが固い。デジタル域に入ったとたん固いし遅い。AFが中央一点になるのはいいが、ピントが合いにくくなる。まあ、普通のネオ一眼を持ってくれば、デジタルズームはいらないし、ズームも早い。
 しかし、このニコンのポケットに入る旅カメラを持ち出したときに限って、いい被写体がある。ファインダーも付いているので、写しやすいのだが、ネオ一眼や一眼系に比べると、一寸窮屈な感じがする。以外と大きく重いカメラの方が取り回しが軽快。
 こういうときp900を持ってくればよかったと思うが、それを鞄に入れている日は、それにふさわしい被写体などなかったりするものだ。
 だから小さな旅カメラはポケットに入れたサブとし、鞄に大きいカメラを入れておけばいいのだろう。その出番は少ないが。また、大きなカメラを持ち出したときは小さなサブカメラは必要ではない。望遠しか付けていないカメラなら別だが。
 
 前回はパナソニックの1インチ受光素子のFZ1000が結局よいというところで収まったが、この1インチネオ一眼の前に買っていたのがある。キヤノンのG3Xだ。
 キヤノンコンパクト系の最高峰としてGシリーズが昔からあり、ニコンと戦艦コンパクト争いをやっていたのだが、コンパクト系が売れなくなり、1インチへと走った。
 そして今はキヤノンコンパクト系は1インチが凄いことになっており、どれがどれだか分からなくなっている。中には1インチタイプにファインダーを内蔵したものや、1インチではなく、横幅を少し切っただけのイオスと同じレベルの受光素子を付けたものや、その後継機で、イオスと同じ比率で一眼画質の一体型まで出ている。ファインダーもしっかりとしたものが付いており、これとイオスMというミラーレスシリーズとの違いが分からなくなった。レンズは交換できないが、明るい。
 さて、そんな中でネオ一眼とされるのがG3Xだが、形は一眼レフではなく、四角な箱。見た感じ、いつものキヤノンコンパクト系と変わらない。しかし、これは鉄の塊で、雨も平気。それよりもズーム倍率が、出た当時最長の600ミリだった。1インチサイズとはいえ、そんな高倍率ズームでは大きく重くなる。そのため800グラム切るか切らないかの重さ。グリップも飛び出している。
 これが実はパナソニックの400ミリネオ一眼といい勝負をする。買った順番はキヤノンが先、あとでパナソニックを買っている。どちらも中古だが。
 薄暗いところでのピントはパナソニックが強いのはそのままで、キヤノンは迷うが、これはコツがあり、自動認識にしたほうがキヤノンの場合、合う。合いにくいものでも合うことが多い。
 しかし、パナソニックのように一発で決まるAFの方が有利だが、キヤノンは被写体そのものを囲んでくれる。動き出すと、追従モードにAFが切り替わる。
 FZ1000は400ミリだが800ミリまでは劣化しない安全地帯。1600ミリまで伸ばした場合、超解像で何とか荒れを防ぐ。
 一方G3Xは600ミリなので、最初から有利。1200ミリまで単に倍になるだけなので、楽。そのあと2400ミリまで行く。流石にこれまで1200ミリで止めていたのだが、これを解禁すれば、p900の2000ミリを超えてしまう。p1000の3000ミリの大砲に近いではないか。
 要するには、1インチサイズの受光素子の有利さを画質ではなく、こういうところで活かすことになる。
 流石に受光素子の小さいタイプでのデジタルズームは厳しい。だからこれはしないほうがいい。
 ただ、ここでもピントで差が来る。FZ1000ではデジタルズームで厳しい大きさになってもAFはすっと合う。GX3はかなり苦しんでいる。特に薄暗いところでは。
 まあ、FZ1000のほうがレンズが明るいためもあるだろう。
 ただ、一般的な昼間の被写体なら、その限りではないが、やはりキヤノンは手前にある小さなもの、細いものを無視して後ろに合う傾向が強い。
 先日FZ1000で目一杯の望遠の1600ミリで遠方を写したが、結構画質は持っている。まあ、遠方だとどうしてもフワッとするのだが、それでも絵としてみた場合、充分だ。
 その1600ミリが2400ミリになると、p900殺しになる。
 G3Xをそれなりに気に入っているのは、液晶が上下回転式のため。街中に入り込んだとき、ウェストレベルでよく使った。またファインダーそのものが外付けのため、これが回転する。ローアングルで草を撮るときなど、ファインダーで確認できる。それなりにしゃがみ込まないといけないが。それと防水機能。それだけに頑丈そうなカメラだ。
 当然ソニーからも600ミリまでの1インチネオ一眼も出ているが、1キロほどあるので、これは無視。それ以前に値段が高すぎる。
 昨日はそのG3Xで喫茶店からの帰りの夜道を写す。特に特別な機能は使わないで、お任せモードで写す。感度は勝手に3200あたりまで上がってくれる。最高は1万台。流石1インチだ。
 暗いので、これが一眼レフならよく見えないだろう。電子ファインダーの有利性は、夜間にあったりする。肉眼よりも明るく見える。だからピントも合わせやすいのだが、お任せモードなので、適当なところにピントが来ているはず。
 結果的には簡単に夜景が写せたりする。しかも結構鮮明。それで満足を得た。
 
 
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2019年03月07日

パナソニックFZ90による撮影

■■2019年3月7日 木曜日 午前10時02分
 
 今朝は曇っている。雨がまた降りそうだ。昨日は降っていた。このところ雨が多いのかもしれないが、晴れが続いていた頃もある。春先の雨はありがち。菜種梅雨。
 気温は高い目で、真冬ではないことが分かるが、今年は暖冬で、あまり真冬の底というのを感じなかった。暖冬宣言というのは終わってから出る。冬の中程ではまだ分からないし、おそらく冬が始まった頃、既に暖冬だと分かっていても、万が一と言うことがある、万分の一という確率は天気ではないと思うが、それでも外れると、問題。また暖冬と言っていて寒い日がたまにあると、暖冬ではないと思われてしまう。しかし、暖冬でも冬は冬なので、寒い日はある。天気予報は保証できない。予報と言っているのだから、当たらなくても当然なのだが。
 それで今朝は中に着込んでいたものをやめる。そして今冬初めに買ったダウンジャケットを羽織る。これは結構アンコのボリュームがあり、一番暖かい。着込むのをやめたので、できるだけ分厚いのを選んだことになる。用心だ。
 このジャケット、あまり詮索しないで、さっと買っている。ただ二タイプあり、どちらも非常に安い。ものが最初から安いためだろう。シンプルな方を選んだが、もう一つの方はもっとアンコが多かった。それが少し悔やまれるが。もうこういうのは再現性がない。つまり、二度と見ることはないということ。
 昨日の夕食、レトルトカレーを買ってきたのだが、ご飯がなかった。あると思っていた。それでまたコンビニですぐに食べられるものを買う。そこでご飯を買えばいいのだが、レトルトカレーとご飯を同時に買うというのは丸見えだ。
 それで、弁当ではなく、スパゲティ系を選ぶ。分かりやすいミートスパゲティにする。ソーセージとかは乗っていないので、少し淋しいが。
 まあ、スープの少ないラーメンを食べているようなもの。
 レトルトカレーを買いに行ったのは、野菜の煮物が切れていたため。作り置きで数日持つ。これが残っておれば、卵でも焼いて食べればよかった。
 
パナソニックFZ90による撮影
 このカメラは何度も紹介したが、その後の展開で、どうなったのかを一年ほど経過したので、印象の違いなどを考えてみる。
 24から700越えのズームを付け、ポケットに入るタイプを旅カメラと呼んでいるが、その中でもFZ90は一番大きい。その記録をニコンの新製品旅カメラA1000が抜いたので、大きかったFZ90が小さく軽く見える。まあそれほど重さは違わないが。
 FZ90の滑らかさは、このクラスのカメラとしては上等で、使っていて気持ちがいい。ボディーの作りもよく、高級感がある。動作もスムースで、引っかかるところがない。結構早い。
 液晶は回転するが、滑らかすぎて途中で止まらなかったりする。かなり薄いためだ。これで上にまで上がり自撮りができる。ニコンは下から回り込んでの自撮り。どちらもファインダーがあるので、それが邪魔で引っかかるので、ニコンは下へ逃げた。パナソニックは普通に上へ上がるがファインダー箇所だけ穴が空いているようなもので、それでファインダーとぶつかるのをクリアしているが、結合部の蝶番が緩くなった。液晶の横幅分の関節ではなく、ファインダの横からの蝶番。だから短いので緩いのだろう。そして薄い。そのため、非常に軽く、力を入れなくても液晶が上がる。まあ、その方が好みだ。この緩さで液晶回転を多用する。固いと液晶を上げるのが大層になる。
 ファインダーの解像力は似ており、大きさも似ているが、ニコンの方が明るい。ただ、切り替えのセンサーがニコンの場合ファインダーの左側にあり、そこはカメラの角なので、左手でカメラを支えるとき、触ってしまう。それで敏感に反応しすぎて、付いたり消えたりで忙しい。またファインダーに目をくっつけているのに、反応しないときがある。これは覗いた瞬間ズームレバーが引いたためだろうか。並行してできないのか、一方がファインダーの切り替え中だとズームは待たされる感じになる。これは僅かな間なので、問題はないが、レバーが故障したのかと思うほど。反応がないので。
 しかし、反応していることもあり、液晶が見えだしたとき、既に望遠端になっていたりする。
 まあ、もっと安いデジカメなら、電源を入れた瞬間ズームレバーを引いても反応しないのが結構ある。まだ起動しきっていないのだろう。
 また、一枚写したあと、すぐにズームでアップを撮ろうとしても、反応しないことがある。これも書き込み中で忙しいのかもしれない。だからA1000はそういう面があるので、少し慣れが必要。それが分かれば無理なことはしなくなるので。
 パナソニックのFZ90でもそういうのがあったかもしれないが、違和感を感じたことがないので、動作が滑らかなカメラなのだろう。
 同じコンパクト系でもニコンのネオ一眼p900系ではそういうことがない。これは大きいので、作りに余裕があるのだろう。しかし、2000ミリまでの大きなレンズを動かしているのだから、パワーが強いのだろう。大きいので、設計に余裕があるのかもしれない。
 写りに関しては、パナソニックは優しく、ニコンはシャープ。ただ、条件の悪いところなどではパナソニックの方がピントが合いやすいし、早いので、有利かもしれない。
 パナソニックのファインダー系は視度補正が常にズレること。これはポケットから出すとズレていることが多い。これを直すのが結構大変なので、擦らないように出し入れする必要がある。ニコンはそんなことがない。歯車は飛び出していないので、擦れても大丈夫なはずなのだが、これはミステリーだ。その前の機種もそうだし、ネオ一眼系もそうだ。
 ネオ一眼系は歯車がユルユルで回しやすいが、コンパクト系は爪で回すのが大変。これを道端でやっていると、何を写しているのか、疑われそうになる。ピントを合わせているのだが、被写体にではなく、自分の目に合わせている。
 まあ、どのカメラも、ここが少し、というのはあるもの。
 
 パナソニックのカメラは家電店でよく置いてある旅カメラやネオ一眼が、意外とよく写るのだが、これは条件が悪いとこで、それなりに強い。これは先ほど言った一番イージーなフルオートでも高感度まで上がるので、死角がない。マニュアル的な操作も必要ではない。フルオートでそのカメラの機能を引き出すので、切り替える必要がない。
 その中でも、今回見直したのがネオ一眼のFZ85という覚えにくく印象にも残らないようなカメラ。
 この機種の前機は買っていないが、1200ミリまで伸ばして、危ないカメラだった。ただ、このネオ一眼のシリーズの歴史はパナソニックミラーレスより古いのではないかと思える。その一号機は、パナソニックの初のデジカメだったように記憶しているが、間違いかもしれない。フィルム時代にもナショナルからカメラは出していた。コンパクト系だが。松下カメラだ。
 その一号機が記憶に間違いがないのなら、ネオ一眼だった。400ミリほどあっただろうか。手ぶれ補正が効くことが非常に珍しかった。そして衝撃的だったのは全域F2.8のレンズを付けていた。これは買っているが、ファインダーは電子ファインダーだが、小さく解像力もないので、ピントさえ分からなかった。まあ松下なのでビデオカメラも出していたはずなのに、そのファインダーに近いのかもしれない。冬至は透視ファインダーが付いていたが、ここまで望遠だと、無理。
 実際に背面液晶の方が見やすかった。この全域F2.8の流れは、今も別系統である。それもネオ一眼。レンズが明るいので、ズーム比は押さえられている。600ミリまで。受光素子は小さい。
 さて、その流れで1200の次は1400ミリかと思ったのだが、望遠はそこで止めて、広角の方へ伸ばした。それが今の現役機で20ミリから1200ミリとなる。
 このカメラ、大して高くはなく、その前の機種の写りがかなり厳しいサンプルしかなかったので、画質への期待よりも利便性、実用性が狙いで、買っている。まあ、旅カメラはパナソニックは700ミリ少しなので、物足りないので。
 このカメラ、何かぶっきらぼうで愛想のないカメラで、プロトタイプのようなデザイン。
 液晶は回転しないので、現役機では、他のメーカーに負けているが、タッチパネルとなっている。
 手かざしと電子ファインダーで写してくれという単純なもの。
 しかし、今持っているキャノンの最新式やニコンに比べても、薄暗い条件の悪いところでのピントの合いやすさはピカイチで、しかもそのときの写りもいい。暗いところではほとんど勝っている。このカメラ、買ったとき、試写したはずなのが、忘れていたのだろうか。
 ファインダーと液晶の切り替えも手動。逆に過剰な反応がないだけ、ストレスがないかもしれない。ボタン一つで切り替わる。一眼レフからライブビューに切り替える手間と同じ。ただ、ガチャンとミラーが上がるような音はしない。
 何か味気ないカメラだが、結構基本性能がいい。
 こういう暗いところでもピントが早く、いいカメラで、申し分ないのだが、これを上位機のFZ1000に乗り換えた。
 まあ、受光素子の大きさが違うので、数段上のカメラだろう。FZ85の良さのまま、さらに写しやすくなった。
 しかし400ミリでは物足りないので、また望遠率の高いのを使っていたのだが、最近、これでデジタルズームで写したのだが、これが結構行く。FZ85は1200ミリだが、FZ1000では1600ミリまで行く。ほとんどニコンの2000ミリ、p900の世界だ。これは記録画素数でデジタルズームの伸びは違ってくるが。
 FZ1000は400ミリまでだが、800ミリまでは劣化はないとされているが、それを超えた1600ミリはさらに倍になるので、これは超解像ズームの世界。まだデジタルズームだけのトリミング式ではないので、昔のデジタルズームよりは劣化が少ないとされている。それで写したのだが、これは寛容範囲内。
 望遠端は400ミリでF4と明るいので、1600ミリでF4のレンズとなると大口径レンズだろう。実際にはそんな明るいレンズはなかったりするが。
 それができるのは1インチサイズの受光素子のためだろう。普通のコンパクト系ではやはり厳しいので、使えない。
 FZ1000は400ミリしかないので、800ミリまでは使っていた。それが1600ミリまで使えると分かったので、これなら望遠の不満はない。また特別なことをしなくても、ズームレバーを引けは、そこまで伸びる。
 これはニコンp900殺しにになるかもしれない。p900よりも少しだけ軽かったりする。大きさは似たようなものだが、どちらも見た目ほど重くない。大きいためだろう。
 p900をいつも鞄の中に入れて持ち歩けていたのだから、FZ1000も同じことができるはず。そして明るく大きなファインダーなので、写していて気持ちがいい。
 FZ85を取り出したのならFZ1000を使わない手はない。まあ、そういう流れになるのだろう。
 
 さて肝心の旅カメラのTZ90の話から逸れてしまったが、傾向はFZ85と同じ。出た時期も近いためだろう。
 しかし、TZ90の方が高級感があり、滑らか。気持ちよく写せる。特に無音モードにすると、電子音が鳴らなくなるので、本当に静か。写した気がしないが、静かに切れている。
 オリンパスのミラーレス中級機でピントが合わないものでも合う。当然パナソニックのミラーレスでも合う。これで、去年、誕生日カメラとして高いお金を出して買ったのに、株が下がった。
 受光素子は同じ両者のミラーレスなのに、違いがあるとすればパナソニックの空間認識云々の力だろうか。
 
 
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2019年03月06日

パナソニックFZ85を取り出す

■■ 2019年3月6日 水曜日 午前9時27分
 
 曇っており、少し蒸しっとする。暑くはない。しかし、冬らしい寒さはない。風がないためだろうか。雨が降りそうな気配もある。空は真っ白。
 今朝は結構早い目に目が覚め、一応二度寝はしたが、そのあと目が覚めたときも、それほど遅くはない。早く起きたのだが、あまりいい目覚めではない。風邪でも入ったような感じだ。
 夜中の気温は10度を超えていないが、最近は5度以上が多い。最低気温も5度を下らなかったりするので、これはもう真冬の底から完全に抜けた感じだ。まあ、暦を見れば三月を過ぎているので、そんなもの。
 この調子だと下に着込む必要はない。少し薄い襟のないカーデガンに替えたのだが、それも必要ではないようだ。上に真冬のダウンジャケットを羽織っているので、冬の初め頃と同じスタイルでいい。戻していけばいい。
 鞄の紐が短いので、着込むと肩に通らない。上がってもギリギリ。これはトートバッグの縦型のため。手提げが基本。それより少しだけ長い程度で。夏場なら肩にゆとりで通せる。これの紐の長いタイプや、調整できるのがいいのだが、同じタイプの鞄は見当たらない。トート系のカジュアルはパソコンを入れる仕切りがない。中側にファスナーはあるが、幅がないので、パソコンは無理。
 今使っているのは偶然外ポケットが広く大きい。襠はないが、ここにパソコンを入れている。それを入れると、あとは紙程度の薄いのしか入らないが、内ポケットのようなところよりは安定している。独立したポケットなので。このタイプがない。
 トートバッグにノートパソコンをそのまま入れると、お辞儀する。カメラを入れていると、ノートパソコンが蓋をしてしまう。だから仕切りが必要だが、そういうパソコン入れのような鞄でも、マジックテープで倒れてこないようになっているが、それでも鞄の側面にピタリと収まらず、少しだけお辞儀する。だから鞄の大きさと同じポケットか、内ポケットで、ファスナーで綴じるタイプが安定している。
 鞄が売られていると、その仕掛けばかり見ている。中を開けて確認しているのは、そういうことだ。
 しかし、今の鞄、紐が短いのが欠点だが、それ以外は気に入っている。結構重い状態でも軽くなる角度があり、身体にピタリと重心を寄せる感じのときは、重さを感じなかったりする。手で提げると、もの凄く重かったりするが。
 まあ、自転車移動が多いので、重い鞄を持って長い距離、歩くようなことはないが。
 去年の年末に買ったノートパソコンが1キロ少しあるので、それで重いのだが、それは慣れてしまった。どうせある程度の重さはあるのだから。
 さて、パソコンといえば、一太郎。最新一太郎を入れたのだが、これは何をしているのだろう。どんな仕事をしているのだろうかと、疑問に思う。バージョンアップの恩恵は何処に出るのか。
 まずは変換候補の中に国語事典ではなく、類語辞典が表示される。これはタイミングもので、変換中の辞書引きで、どの辞書が出るのかはオート。それにふさわしい辞書を最初に出す。違っていれば、タブで切り替えればいい。その中に類語辞典が入っているので、これは仕事をしている。今回の一太郎プレミアの目玉が、この辞書なので。これは国語事典でもある。
 それと打ち間違えの自動補正。これは補正されているシーンをたまに見る。仕事をしているのだ。いずれも一太郎のワープロ機能ではなく、日本語変換ソフトのATOKの仕事だろう。
 ワープロ画面は以前と同じ。細かいところは違うだろうが、そこまで見ていない。まあ、こういうのは位置が違ったりすると、逆に使いにくいのだが。
 AI変換は、どうしても壁がある。文脈にふさわしい漢字に変換してくれるが、そのふさわしさにも種類がある。複数ふさわしい場合、これはユーザーの好みになる。ここはやはり無理だが、学習で、何とかするようだ。
 文節の区切りに関しては、句読点を入れれば何とかなるが、入れなければ、区切りで苦労するようだ。それも学習で区切りを覚えるのだろうか。また接続詞を入れないで、漢文のような言い回しのときは区切りで苦労するようだ。
 まあ、見えないところで、仕事をしている風には見えないが、スラスラと打てているのかもしれない。いかにも仕事をしていますというアピール度はないが。
 
パナソニックFZ85
 先日はFZ1000を取り出したので、次はネオ一眼のFZ85を取り出す。正直、型番の数字を覚えられない。同じFZシリーズだが、桁数が大きいほどいいものになるのだろうか。
 FZ1000が1インチ受光素子で25から400ミリで、明るいレンズを付けている。形は一眼レフを模したネオ一眼。FZ85は受光素子の小さなネオ一眼で20から1200ミリまでのズーム。特徴は20ミリスターと言うことだ。このときF2.8なので結構明るい。
 FZ1000を買ったので、FZ75は放置したのだが、写しているときは、結構楽しかったことを思い出す。
 久しぶりにパナソニックネオ一眼を取り出して、調べていると、結構使いやすいことが分かる。
 まず、フルオートだけで、全部いける。暗くなると、感度は上限まで上がるので、面倒がない。3200までだが、暗いと、そこまで上がるが、結構我慢して1600あたりで止まっているが。
 これで夜景は難しいのだが、あるところで、諦めたのか、合成になる。シーン自動認識モードが二つある。勝手に合成するモードがあり、それが一番オート化が進んでいる。
 要するに、もう感度的にも無理だと思い、1600あたりの感度で6枚ほど写すようだ。これは自動だが、自動に入るタイミングがあり、それなりに遠くを向けたとき。まあ、夜景なので、そのままだろう。地面に向けない。ピントも諦めたのか、大きな箱形になる。どこも囲んでいないのと同じ。
 この諦めは、分かる。暗いとピントが合う場所が難しい。ピント自動認識でも無理なときがある。だからいっそ、固定焦点になるのかどうかは分からないが。夜景を撮るだけのスペックがカメラにはないので、合成となる。しかし一番手前側のものに合うようだ。純粋夜景なら、ほぼ遠方だが。
 まあ、写せないこともないということで、ブレたりピントが合っていなかったりするよりもまし程度の写真になる。
 自分の非力を知っているのだろう。手持ち夜景モードというのはカシオやソニーにある。ニコンにもあるが、カシオやソニーは、シーン自動認識の中にそれがあるので、勝手に合成する。切り替えなくてもいい。その意味で、このタイプは楽だ。
 これのよいタイプ。写りが良くて、感度も上げられ、しかも綺麗に写ると言うことで、評判がよかったFZ1000を中古で買った。その時既に生産終了のニュースがあったからか、中古でかなり安かった。
 ファインダーの違いがある。高精細で大きい。ただ、そういうのを見慣れたあと、小さく解像力の低いのを見ると、駄目なのかと思うと、そうではなく、意外と見やすかったりする。むしろ、こちらの方が圧迫感がないし、目に優しかったりする。細かいところまでは見えないが、ピント程度は見える。
 憧れの高精細ファインダーと高画質機なのだが、今、改めて、そのネオ一眼を見ると、意外といけるのではないかと思えたりした。
 ファイダーが荒いと言っても、昔と比べて、20万ドットが100万ドットになっているのだから、そこから比べると、綺麗なものだ。すっきりしている。
 パナソニックのミラーレスG系の一眼レフ風なデザインやレイアウトをそのまま引き継いでいるので、レバー式の電源などは使いやすい。人差し指ではなく、親指で向こうへ押すタイプだ。戻すときは適当な指でいい。
 最近少しパナソニックが気になったのは、正月あたりに中古で買ったLX100の写りだ。これはもの凄く良いのだが、目立っていいのではなく、じわっといい。これがあればパナソニックミラーレスの標準ズームキットだけで写すのなら、これ一台で、充分。ポケットに入るし、レンズも明るいし。ただ、少し上品なためか、動きはおっとりしているが。
 それでネオ一眼と同時期のカメラで、TZ90も思い出し、それも引っ張り出してきた。パナソニックのコンパクト系はcタイプだと思うがそのUSBコードさえあれば、ボディー内充電ができる。だから充電器を探し回らなくてもいい。パソコンでもできる。ニコン、ソニー、カシオなどと同じUSBなので。兼用できる。
 TZ90は所謂旅カメラ。旅カメラという名称はパナソニックからではないかと思える。このシリーズのことで、きみまろズームとかの広告があったように記憶している。コンパクト系では花の高倍率ズーム機で、旅行用とされている。
 だから24から700ミリ少しの平凡なズーム比。ファインダーが付いており、液晶も回転する。だから、完成度が非常に高い。やるべきことはもうやったという感じで、もうすぐ出るはずの新型のスペックを見ても、ファインダーが倍ほどよくなった程度。あとは高感度が上がっているかもしれないが、3200あれば充分だろう。
 こちらも先ほどのネオ一眼と同じで、暗すぎると、合成で逃げる仕掛けがある。条件が悪ければ塗り絵のようになるが。
 それでも望遠で夜景が写せたりする。頼れるスペックがないので、理にかなっているかもしれない。もの凄く手ぶれ補正がいいカメラでもないし、レンズが明るいわけでもなく、感度も3200までなので。
 しかし、合成でなくても、そこそこの夜景は写せる。
 さて、ネオ一眼のFZ75だが、この広告にひかれて買った節もある。それは日常を切り抜くカメラとなっていたからだ。20ミリから1200ミリあれば、何でも写せるだろう。それが高倍率のネオ一眼の強味で、他のタイプでは、できない。これ一台で虫から鳥から月まで写せるのだから。
 日常を1200ミリで写すというのが、何か親しみを覚えた。運動会ではなく、なにげない日常風景を超望遠で切り取る。まあ、他のメーカーのネオ一眼も同じことができるので、このカメラだけの特徴ではなく、ネオ一眼の特徴なのだ。
 そして、それはスナップではなく、スケッチ。
 画質的に自信がないので、スケッチだろう。
 
 
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2019年03月05日

ニコンA1000の感想

■■ 2019年3月5日 火曜日 午前10時07分
 
 今朝は晴れているが、温度は少し低い目。風も少しある。この時期ありがちな日和だ。これは経過してきた日々の繋がりで分かる。日々遠くなるほど記憶から薄れていくが、ある程度は覚えているのか、または感じているのかは分からないが、これはおそらく体の記憶だろう。その反応の。人は頭だけで考えているわけではないが、頭に限って考えるという。身体は考えるとはいわないが、訓練すれば身体の動きを記憶できる。自転車に乗れるとかはそうだ。最初は頭で乗るが。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。しかも一発起きで、二度寝を考えたこともあるが、昨日のように本寝に近い二度寝になると、遅起き過ぎる。
 しかし、ほんの僅かなら二度寝は可能。もの凄く遅くならない。遅い目に起きてくる程度。これは寛容範囲。それができたのだが、やはり起きてきた。そのためか、今朝はやや眠気が残っている。少し気怠い感じ。これが二度寝をしておれば、元気で起きてきただろう。遅寝だったので、今日は睡眠時間が少し短かったぅようだ。
 昨日は遅起き過ぎたので、晩ご飯の時間帯がもの凄くズレた。そういうことを考えると、眠くても早く起きてきた方がいい。眠い日になるので、早寝するだろう。
 
ニコンA1000の感想
 このカメラはポケットに入るので、持ち出す機会が多い。とりあえず何かカメラを持って行きたいとき、有力候補。鞄に入れないで、ポケットに入れると、鞄が軽くなる。これだけでも助かる。
 24から800少しのズーム機なので、日常風景では充分な画角。旅カメラとしての機動力も高く、荷物にならない。ただ、高級コンパクトカメラの雰囲気はなく、そこそこ大きいので、愛機にはならないだろう。実用機だ。少しチマチマしているが。
 薄暗いところでもお任せモードだけでも何とかなるが、それを越えるほど薄暗いところでは、流石に感度が付いてこないので、プログラムモードにして、感度を手動で上げて撮すことになるが、これは超望遠端での話し。だから、特殊なシーンでも何とかなる。最高感度が6400まで上がったことが大きい。かなりノイズ取りをやるようで、さらっと、ツルッとした感じになる。細かいところが飛ぶのだろう。だから質感などは出しにくいが、さっぱりとした絵になる。高感度でありがちな錆びたような汚い絵にはならないのは、流石だ。ディテールを殺して、美顔効果のようになる。
 ファインダーが入り、液晶が回転し、超望遠までいけるとなると、ほとんどネオ一眼。しかし、ネオ一眼は一眼レフのような形をしているのを指すので、それとは違うが、ポケットに入るネオ一眼だと思えば、携帯性はいい。1インチタイプでこれをやろうとすると、一眼レフよりも大きなカメラになる。小さな受光素子だからこそできる大きさ重さと、レンズの出っ張りのないフラットな形で収まるのだろう。そして写りは厳しい条件でも何とか追従してくれる。ネオ一眼は万能機で何でも写せることが基本。このA1000はそれを満たしているので、ポケットに入るネオ一眼と言ってもいい。
 昔、望遠が欲しくてニコンのネオ一眼を買ったのだが、そのときの望遠端は800ミリ少し。今は同じことをポケットに入るカメラでできるようになった。
 
 
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2019年03月04日

FZ1000を取り出す

■■ 2019年3月4日 月曜日 午前11時25分
 
 今朝は雨。そぼ降っている。それよりも軽い霧雨だろうか。小糠雨だろうか。粒が小さい。そのため傘が役に立たなかったりする。横から流れてくる。そして音がしない。雪のように。ただ、しばらくすると屋根から流れ出し、それが音になるが。
 今朝は、もの凄く早い目に目が覚めたので、これは危険だと思いまた寝た。遅寝したので、ここではまだ起きられないし、またかなり早い。早すぎる。まあ以前はその時間帯に普通に起きていたので、問題はないが。
 それで、いつものように二度寝をしたのだが、これが大二度寝。本寝に近いほど寝てしまい、起きるともの凄く遅い。新記録ではないが。
 最初はまずまずの時間に目が覚めたと思っていた。時計の針でそれが分かる。しかし、角度を見間違えていたのか、一時間ほど遅い。
 それで朝の喫茶店ではなく、昼前の喫茶店になってしまった。
 気温は高い目だろうか。雨の湿気で、蒸し暑いわけではないが、もう冬のそれとは少し違うようだ。最近雨が多いような気がする。雨と晴れが交互に来るのだが、そのテンポが早い。まあ、雨はたまに降る。晴れや曇りの日の方が多い。一日の天気も変わりやすいし、数日単位での変化も結構ある。冬の安定した空模様とは違うようだ。寒いだけで、晴れていることが冬は多い。それが結構続いた。
 電気ストーブなどはまだまだ冬と同じように使っているが、寝るときの電気毛布が少し暑苦しく感じる。一番強にしている。これを中にすればいいのだろう。弱でもいいほどになっているのかもしれない。
 ただ、この季節、まだまだ冬が残っているので、油断できない。
 閉ざされた冬のイメージと違い、春は動き出す季節。何かが始まる季節。冬眠状態から起き出さないといけないと思うと、まだまだ寝ていたいと思うかもしれない。
 雨の日や夜に持ち出すカメラはパナソニックのLX100が結構いける。レンズが少し飛び出しているが、ポケットに入る。だから雨の日でも取り出しやすい。少し動きがおっとり気味のカメラで、起動は速いが、仕舞うとき、じんわりとレンズが縮みだし、自動開閉のレンズキャップが機械的に閉まる。これは電動ではない。バネ仕掛けで羽根が開いたり閉じたるする。
 夜に強いのはパナソニックネオ一眼と同じ受光素子なので、高感度が使える。それ以前にレンズが明るくF1.7もある。これだけでも充分夜に強い。
 雨のときは防水性があるからではなく、鞄は自転車籠にカバーを掛けるので、傘を差しながら開けるので時間がかかる。すぐに取り出せないのでポケットから出す方が早い。
 このカメラ、新製品が既に以前から出ている。パナソニックのコンパクト系ホームページでは看板カメラとなっている。
 最近ではFZ1000Uの発売が近いので、ニュースになっている。既に海外では売られているのだろう。スペックはほとんど変わっていない。
 それで、FZ1000を思い出し、仕舞っていたのを取り出す。カメラが多いので、持ち出す機会が少なかったのだが、バッテリーはまだ生きていた。このバッテリーは他の機種とも共通なので、心配はない。
 最近買ったカメラなのを試写して、比べていたのだが、FZ1000も試してみた。このカメラは1インチサイズの受光素子なので、高級ネオ一眼になる。そしてレンズが明るい。25から400ミリとネオ一眼としては大したことはないのだが、先日昆陽の中古で見たパナソニックのずっと前のネオ一眼は35から500手前程度だった。大きさは同じほど。まあ、昔のネオ一眼は400ミリ超えで充分だったようだ。
 25ミリではF2.8で400ミリでもF4。これだけでもコンパクト系普及機よりもかなり有利。感度の上がりが小さくて済むし、フルオートでも感度上限まで、上げてくれる。手動で上げなくてもいい。
 それで、試してみると、完璧。こんなに強いカメラだったのかと思うほど、薄暗いところでもピントは一発で合うし、しかも早い。ファインダーも明るい。惜しいかな400ミリしかないので、猫や鳥がしんどい。それで、大きく重いだけなので、出番が少なかったが、長距離自転車散歩での町写しのときは一般風景や建物が多いので、よく持って出た。
 試写では400ミリだけではなく、デジタルズーム域の800ミリでも写す。ほとんど画質は落ちない。さらに上げた1600ミリ。800ミリよりも上げると劣化が起き始める。それを超解像技術でただのトリミングではなく、補完しながら拡大するのだろう。そのため、コントラストとかが少し落ちるが、何とかなる。
 これは先日買ったニコンのA1000の望遠端が800ミリ少しなのだが、3200ミリ越えで写してみた。四倍になる。これは当然昼間。もう見えないほどの人が写っている。写りは陽炎のように薄くなっているが、雰囲気として悪くない。ソフトフィルターを掛けたような柔らかなタッチ。それで、デジタルズームも使えるのではないかと思い、FZ1000で暗い室内で試してみたのだが、結構いける。400を800にしてなら普段から写しているが、その倍までは使っていなかったので。
 これで400ミリしかないという不満は消えるかもしれない。
 
 
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2019年03月03日

昆陽中古カメラ見学

■■ 2019年3月3日 日曜日 午前11時05分
 
 今朝は曇っており、寝起き行く喫茶店へ出てすぐにぱらっと音がしたが、雨とは思わなかったが、その状態のまま行く。傘を持ってこなかったので、降られると困るが、既に降っているようで、降っていない。しかし、傘を差している人もいるので、これは降っている。微雨。そして、見えないほど。ガス状ではなく、一応粒はあるようで、それで音がした。上着に当たる音だったようだ。
 しかし、露出している顔にも手の甲にも雨は命中せず。だから分からない。
 昨日の早起きに比べ、今朝は遅起き。その反動ではないが。しかし、この遅起きの方が安心感がある。遅寝だったので、遅起きで当然なので。これが早起きなら、やはりおかしい。もっと寝ていないといけないはず。そして今日は日曜。日曜はいくら遅起きしてもいい日。だが、それは昔の話で、起きていくところがある場合だろう。今も起きていくところはあるが、行かなくてもかまわない。そして遅れても問題はない。
 遅れて問題になるのは人だろう。人がそこにいるはず。また人と接触するため。まあ、学校とか会社ならそれに該当する。しかし、一人で花見に出て、遅れたとしても、単に後れを取っただけで、ただの自己評価。人は関わらないが、その代理ではないが、自分の中の他人が関わるのもしれない。それは誰だろう。
 昨日は晴れており、そして暖かかったので、久しぶりに昆陽の中古屋へ行く。昆陽というのは昆陽寺がある場所で、昆陽寺とはこのあたり最大の寺だったはず。今は個人のお寺さんだが。しかし周囲のかなり広い範囲に昆陽という地名が残っている。
 西国街道沿いにあり、西から来れば武庫川を渡ったあたり、京都から来ると武庫川を渡る手前。
 だから由緒正しいというか、昔からある陸の道。京都から見れば西へ向かう道。西の国々へ。しかし畿内から出る寸前で西国街道は終わる。そこが西宮。ここから今の二号線、昔の山陽街道が西へ向かう。まあ、バイパスのようなものか。淀川を下る船の方が早かったりする。阪急電鉄京都線と、京阪電鉄の違いだろうか。
 その昆陽寺近くに中古屋がある。ここしばらく見に行かなかった。年末も行かなかったし、今年もまだ行ってなかった。つまり中古カメラ見学なのだが、欲しい物はほぼない。滅多にない。しかし、行くと、意外なカメラと遭遇し、それが欲しくなるが、実用性を考えると、ほとんど参考出品のようなもの。それでも、どんなカメラが置いてあるのかは何処にも載っていないので、行ってみないと分からない。
 以前は定期的に中古カメラ屋周りをしていたのだが、欲しいのは最近のカメラとなり、古いのは、もうあまり興味を失っていたのだ。
 しかし、参考までに見てきた。
 まずは大物からで、ニコンの一眼レフD60。今で言えば、D3500とかD5000系。つまり当時のニコンで一番安いデジタル一眼レフカメラのはず。これはネットで見ればすぐに正体と、中古価格の相場が分かる。その日はノートパソコンは持ってきていたが、ポケットWi−Fiは置いてきたので、調べられないが。これが元箱入りの標準ズームキット。当然D34000があるので、買うわけがない。中級機だと違ってくるが、今度は重さが問題になる。
 これは去年からずっとあるようだ。二万円台。初めて一眼レフを使う人なら、何の問題もない。二万円台で買えるのだから。
 次はソニーの一眼レフでα100。そんな型番、誰も知らないはず。これはコニカミノルタからソニーになって、最初に出たカメラ。何処かまだミノルタを残しているらしい。メニューとか。まあ、ミノルタ製なので、当然だろうが。そのため、まだミラーレスではない。ただ、ガラスのプリズムではないので、軽い。このカメラ、のちに、ミラーがあるのにミラーレスになる。だからミラーがあるので、レスではない。
 これも元箱入り、しかもレンズが二本付く。それで何と一万円台後半。欠品なしのようだ。
 ソニーとカメラにはロゴが入るが、ソニーらしさはない。フィルム時代からのα7000とかで使っていたレンズが全て使える。だからミラーレスになる前のオリンパスと競っていた頃のカメラだろう。
 ソニー第一号デジタル一眼のはず。この昆陽から少しだけ京都側へ行ったところにミノルタのレンズ工場がある。今もコニカミノルタの会社は存在している。
 昆陽から六甲山が見える。ミノルタのレンズ、ロッコールは、ここから来ている。
 これはこれでいいのだが、バッテリーだ。この型番をしっかりと調べないと、おそらく劣化で一寸しか使えないはずなので、ここを先ず押さえないといけない。ソニーのバッテリーは、コンパクトデジカメを出し続けていたので、それと同じものを使っているはず。MとかLとか。
 中古のバッテリーや、充電器があっても、そのバッテリーそのものが、もう寿命。そのバッテリーを手に入れてまで使うほどのカメラではない。
 次はパナソニックのネオ一眼。これも十年以上前ではないかと思える。FZ50だ。今のネオ一眼から見ると馬鹿でかい。一眼レフよりも大きい。800万画素か1000万画素あたりだろうか。ズームは35ミリから400ミリ少し。だから初代とそれほどズーム比は変わっていないのだが、馬鹿でかい。今は1200ミリまで伸び、広角は20ミリ。これは一万円。充電器欠品。パナソニックのバッテリーは、持っている方だが、手元にあるバッテリーや充電器とは型番がかなり違う。かなり古いので、探せば出てくるだろうが、これもバッテリーそのものが手に入りにくい。ネットで互換ものを探してまで使うカメラではないが、カメラそのものは、今のよりもよかったりする。
 先ずズームが手動式。しっかりと手で回せる。電動ではない。ファインダーの解像力は低いが、今の機種のファインダーの倍ほど大きい。解像力が低いのに大きい。怖い話だ。
 背面液晶は小さいが、回転式。まあこれは富士と張り合っていたのだろう。ネオ一眼と言えば富士が一番頑張っていた。
 このパナソニックネオ一眼、受光素子が少しだけ大きい。ほんの僅かだが。
 次がネオ一眼、富士ではロングズーム機と呼んでいるはず。その富士も展示されていた。1800円。桁が違う。当然保証外。中古でも保証はある。一ヶ月。その一ヶ月保証がないのは純粋なジャンク。故障品である可能性が高いが、それを調べる経費がないので、そのまま売っているのだろうか。
 これは富士らしく乾電池式なので、バッテリー問題は起こらない。27ミリから400ミリ少しのズームで、かなりコンパクト。S8000だろうか。
 こういうのが出ていた時代、こちらもそれに近いカメラで写していたが、今見ると、それほど悪いものではない。そこで写した写真を使うことも多い。デジカメの写真なので、劣化しないためだろう。
 この当時、最高の写りだったソニーのサイバーショット最上位機を使っていた。それを富士やパナソニックでは越えられない。レンズにボディーを付けたようなカメラで、レンズが回転するのか、ボディーが回転するのか分からないが、ボキッと折れ曲がる。ツアイスの遠慮のない大きく長いレンズを付けていた。赤外線モードで暗闇でも写せた。
 これがメインカメラ時代だった頃が長い。
 
 
  
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2019年03月02日

ニコンA1000

■■ 2019年3月2日 土曜日 午前9時06分
 
 今朝は晴れている。しかし雲が多い。これは雨にはならないだろう。
 今朝は珍しく早く起きてきた。もう遅いと思い時計を見ると、かなり早い。もっと寝ていてもいいほど。しかし、何度か目が覚め、何度か寝ている。二度寝か三度寝はしている。だから、もの凄く遅くなったと思っていたのだが、そうではない。早い。昨夜は早寝ではない。遅寝だ。
 起きないで、さらに寝てもよかったのだが、目は覚めているし、寝たいという気持ちが起こらなかったので、起きることにした。
 春になったので目覚めが早くなったのかどうかは分からない。春眠暁を覚えずという。春眠、眠る方だ。春は眠いはず。
 それに夜の気温を見ると、5度を切っている。真冬のままだ。春の気温ではない。残るのは日の出。まあ、そんな時間は寝ているので分からないが、日が長くなっていることは確か。気温に関係なく、日照時間をベースで出てくる植物の芽もあるだろう。地中で寝ていた虫も。
 早き起きてきたとはいえ、以前の理想的起床時間よりは遅い。世界記録どころか、日本記録にも及ばなかったりする。
 目覚めが早いと、夕方行く喫茶店がまだ明るいときに行ける。今は日没が遅くなったので、明るいときもあり、それで早いと感じることもあるが、時間的には同じ。
 夕方行く喫茶店は明るいときに行き、戻るとき夕日を見る程度がいい。最近は行くときも暗く、戻るときなどは完全に夜。まあ、その時間帯の方がスーパーなどでは食べ物が安くなるが、たまにしかスーパーで弁当を買いに行かない。
 この夕方に行く喫茶店から戻ってきたあと、しばらくして、またスーパーへ行っていた。このとき、日暮れ間際。そのスーパーは近所にあり、これはスーパーへ行くことだけで行く。目的はスーパーだけ。近いが、周囲に寄るようなところはない。ここが一番近い距離にあるスーパー。
 以前は一分以内のところにスーパーがあった。潰れてしまった。まあ、車が止められない店だったため、仕方がない。これは子供の頃は雑貨屋で、お菓子も売っていた。普通の家だが敷地が広い。それを改装し、スーパーになった。経営者は同じで、チェーン店。子供の頃は売店と呼んでいた。
 だからスーパーになっても、相変わらず近所の人は売店と呼んでいた。
 早く入ると、その近所のスーパーへ行く時間ができる。だから夕方に行く喫茶店ではなく、夕方前に行く喫茶店で、夕方の雰囲気は実際にはない。午後の遅い時間程度。
 まあスーパーなどは三日に一度行けばいい方で、そう毎日買うような食材はない。
 大きなスーパーはものすごい量を買う人が多いので、レジが厳しくなる。人の並びよりも、籠の中の量の大小を見て並ぶレジを決める。一人で三人分ほどの時間を取る人もいるので、すいていると思い、その列の後ろに着くと大損する。
 
ニコンA1000
 いつもの移動コースで、いつも写すようなのを写してみた。望遠端の800ミリ少しのところでの写りは前機A900よりもよくなっているので、これは期待外。もっと悪くていいのに。ふわっとした感じがなくなり、結構すっきりとしている。逆光で、これだけ写っているのだから、少し驚く。原因は何かよく分からないが、違いがあるとすれば画素数を減らしてきたためかもしれない。総画素数1600台に落としてきたのだ。これは時代的に少しでも画素数はアップするのだが、敢えて下げてきた。何かの事情があるようで、これは最高感度が旧機より上がり6400まで上げるための仕様かもしれない。
 そんな高感度は使わないだろうが、その手前の3200あたりがよくなるはず。1600も。それで800も。
 まあ、画素数を減らすと、階調が豊かになるとかいわれている。記録画素数ではなく、カメラそのものの総画素数。カメラ内で画素数を変えて写すのは、ただのサイズを変えたいだけ。印刷向けとウェブ向けなど用途に合わせるだけ。
 そんな細かな理由を考える必要はないが、写りはB600よりもいいようだ。値段は当然A1000の方が高い。
 動作はそれほどサクサクとは動かない。起動や終了は早いが、プレビューの反応や、メニューでの反応は、高級機に比べて、少しだけ遅い。気になる程度ではない。CPUのようなものの違いだろうか。
 ただ、液晶と電子ファインダーとの自動切り替えは即時。これが遅いのがある。パナソニックやキャノンのミラーレスよりも早い。ただ、旧機なので、今のは知らない。
 カメラを取り出して電源を入れたときは液晶がつく。最初は液晶。そして覗くとき、切り替わるが、待たされる。だからそのタイプは手動切り替えにしている。さっと覗いたとき、真っ暗で何も見えないためだ。
 A1000はそれがないので、ここは素早く、文句はない。
 一枚写してから二枚目を写す間隔も短い。このタイプのカメラは一寸ゆっくり目で、待たされ感が少しあるのだが、それがない。
 ただ、AFは爆速でもない。向けただけでもう合っているというようなソニーとは違う。
 このカメラはピントが合っていない状態から一気に全押しできる。AFが合いつつある状態でシャッターが切れるのではなく、ピントが合ってからシャッターが切れる。急いでいるときは全押しすればいい。その間、カメラを動かしてはいけないが。AFロックなどをする必要がなければ、全押しでもいい。合焦後切れるので、安心だ。
 
 畑に小さな白い花が咲いている。はこべだろうか。これはピントが取りにくい。隙間だらけなので。
 液晶で写したのは失敗。ファインダーで写したのは成功。これは液晶ではピントが来ているかどうかが見えなかったため。まあ、液晶は裸眼で見ているため、しっかり見えていないこともある。もっともファインダーのときはピンポイントのAF枠にしたので、命中率が高かったのだろう。このときのファインダーは結構綺麗で、小さいが中望遠ならピントは分かる。
 これなら一眼レフやネオ一眼殺しのカメラになる。望遠を付けた状態でポケットに入るのだから。
 望遠端は800ミリ少しなので、大したことはないが、このあたりの望遠なら安全。あまり失敗はない。ぐらぐらするかと思っていたが、意外と止まっている。手ぶれ補正は三段しかない。P9000系は五段ある。まあ800ミリまでなので、そんなものでいいのだろう。手ぶれ補正はあまり信用できない。画面がぐらぐらしないのを止めて、写しやすくする程度。これは望遠のときだ。できるだけスローシャッターで写すようなときは手ぶれ補正は大事だが。
 このカメラ、夜景モードと感知しても感度は800までしか上がらない。シャッター限界は四分の一秒までだろう。それ以上シャッターが落ちると、完全にブレる。しかし夜景などでは、光源だけを写せばいいのなら、そんなに感度を上げる必要はない。薄暗い地面などを写そうとすると、かなり厳しいが。
 このカメラ、インフォボタンがない。これは写した写真を見るとき、感度が分からない。シャッタースピードも。あとでパソコンに取り込んだときは分かるが。
 そして写す前は分かる。感度が上がった場合、それが表示される。まあ、写したあとからでは遅いので、写す前に見ることだろう。
 そのとき小技がある。今の感度が表示されるのだが、それをタッチすると、感度設定画面になる。
 オート感度で上がった状態が気に入らなければ、その数字をタッチすれば、その場で直せる。一種のショートカットだ。
 
 電源ボタンが少し使いにくいが、カメラを構えたときは、そこそこ安定感がある。片手でも写せる。もう少し横幅があった方がいいが、それでは大きくなりすぎるのだろう。
 あとはコンパクト系にありがちな使い心地で高級コンパクト機ではないところがいい。あくまでも高倍率ズーム機、ポケットに入る旅カメラ。それでいてファインダーがあるので、本格的な撮影ができる。このときは24から800少しまでの画角をカバーし、最短撮影距離1センチとなるので、ミラーレスの比ではない。より様々なものがターゲットに入る。ほとんどの被写体に対応できるだろう。
 これは日常風景でも言えることで、散歩カメラとしても当然ふさわしい大きさ重さ。ストリートフォトも、可愛らしいカメラなので、威圧感がない。
 非本格的カメラの良さもある。
 
 カメラはコンパクトカメラにしては大きい方なので両吊りストラップとなっている。当然ストラップも入っていたが、使っていない。ポケットに入れたとき、紐が垂れたりするし、嵩張る。鞄に入れたときは、鞄の紐ともつれ合ったりするし、出すとき、ストラップが鞄の中のものを引っかけて、抜けなかったり、または吊られて落ちたりする。
 カメラをぶら下げて歩いたり、移動するようなことはない。ただ観光地では観光客の振りをするため、カメラを出していた方が身分証明書になっていい。このときはできるだけ立派なカメラの方がいい。
 
 このカメラは撮影姿勢が豊かだがコンパクト系らしい手かざしが基本。そして液晶を回転させてのウェストレベル姿勢。そしてファインダーに目を当てるアイレベル姿勢。液晶を下まで引きずり下ろして写す自撮りスタイル。これはしないが。身分証明書の写真で写すこともある。
 基本は手かざしで、これが一番素早い。液晶回転はローアングルで下にあるものの側面などを写しやすいが、腰に構えて写すウェストレベル撮影が写しやすい。これは超望遠でもできる。そういうときは親指シャッターになる。
 また、このカメラ、タッチシャッターも効く。AFだけのタッチもできる。簡単なマクロなら、タッチシャッターで切った方が早い。AFロックしたり、AF枠を移動させるよりも、素早いが、タッチするときブレやすい。
 このタッチが使えるので、液晶撮影をベースにした方が使える機能が増える。
 これはライバルの旅カメラより一歩リードした感じだ。
 結構ニコンのこのカメラ、ファインダーを付け、さらにタッチパネルと二つも頑張った新製品なのだが、ほとんど話題にならないのは、受光素子の小さなコンパクトデジカメは、もう相手にされないためだろう。それで買う人が少ないので、儲からないので、値段を上げてきたのだろう。キヤノンイオスX9ダブルズーム付きの値段に手が届き、ニコン3400の型落ち価格よりも高い。まあ、それらのカメラに比べ、パフォーマンスが上で、写せるものが多くなるし、持ち出す機会も多いのが、コンパクト系の良さ。
 そして写りは良く見ないと画質は分からない。
 
 
 
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2019年03月01日

ニコンP1000購入

■■ 2019年3月1日 金曜日 午前11時12分
 
 今朝は晴れたり曇ったりのようでベースとしては晴れているのだが雲が多く、風が強い。だから陽射しはその雲でたまに遮られてたりするのだろう。
 しかし、雨がやんでいるだけでも十分かもしれない。そして気温は高い目。寒くないという程度だが、流石に三月。ここまで来たかということ。暦の上では春。どの暦かは知らないが、二月までは冬だ。短い二月だったが、月の終わりから月の初め一日で、朝、起きると冬から春に切り替わるわけではない。
 まあ、冬の時期が長く続いていたので、そろそろ終わるのではないかと思うはず。
 今年の冬はあっさりとしており、真冬の底の厳しさがなかった。そういう日がたまにあったが、例年ほどではない。真冬の底から早く抜け出して、暖かい日が来ればいいという感じはなく、この程度の寒さなら逆に過ごしやすいようにも思えたほど。だから今年の冬はあっけない冬で、これで終わってしまうのかと思うと、少し頼りない。
 あまり暑くなかった夏もそうだ。猛烈な暑さで何ともならない日が続いたあとの秋の涼しさは有り難かった。
 暖冬といってもずっと暖かい日が続くわけではない。冬は冬で、やはり寒い。少しまし程度。そしてもの凄く寒い日が暖冬にもある。しかし、全体的にはあまり寒い冬ではなかったとなる。だから暖冬。
 しかし、今朝も相変わらず一番暖かい目の服装で寝起きの喫茶店へ行っている。冬の初め頃の服装はもっと薄かった。気温的には同じようなものだが、一度着込んでしまうと、それは脱げない。
 今朝は二度寝に失敗した。二度寝をしたので、二度寝できなかったのではなく、その二度寝が長すぎた。それで失敗。思ったよりも長く寝過ぎた。まあ、身体などがそう要求しているのかもしれないと思うしかない。
 
 誕生日カメラの選択をしているが、これを書いているときは、まだ買っていないが、機種は決まった。それを買いに行く前だが、果たして買えるかどうかは分からない。
 機種はニコンP1000という出たばかりのコンパクトデジカメ。先日買ったのは発売日に買った同じニコンのネオ一眼のB600で、これは兄弟機。同時に発売されており、先にB600を買ったことになる。そのとき、上新にA1000はまだ置いていなかったためだろう。
 この二台、兄弟機で、サンダとガイラのようなものだ。誕生日記念で買うので、こういう選択が余裕でできるのかもしれない。どちらか一台あれば、いいはずで、写りもほとんど同じだろう。一方はポケットに入るフラットな旅カメラで、一方はファインダーレスのネオ一眼。
 A1000は800ミリ少しで、B600は1400ミリ少し。
 この二機種、どちらもその旧機は持っている。旧機のB500と新機のB600は別のカメラに近いが、A1000もそれに近い変化がある。ファインダーが付き、大きく重くなったことだろう。
 この兄弟、揃えたいという気持ちではなく、使い分けたり、戦わせたりするわけではなく、それぞれの世界があり、写し方が違う。そのため、写るものが違う。
 B600は一眼レフ風だが、A1000はライカ風。昔からある一眼系とコンパクト系のような外見の差だ。
 誕生日カメラ、それを買いに行く気になったのは、上新で発見したため。そして実物に触れることができた。ただ電源コードが来ていないようで、コードは付いているのだが、動かなかった。もう既に故障したのかもしれないが。
 去年はオリンパスのミラーレスを買っている。高い買い物だったわりには使っていない。それよりもはるかに安いニコンの一眼レフの方を多く使っている。
 それで、実機に触れたのだが、意外と軽い。大きさのわりには軽いのだろう。黒ボディーが飾られていたが、アルミボディーのはずだが、もの凄く安っぽく、質感がない。何か昔のフィルム時代のキヤノンオートボーイのような感じだ。ファインダーを付けたので、背が高くなったためだろう。今までは横長で細身のすらっとしたカメラだった。少し角張っているが。
 まあ、あまり高くていいカメラ、本格的なカメラを買っても、使わないことが多い。そういう写し方をしないためだろう。写すものとカメラが合っていないため。
 綺麗に写る。鮮明に写る。しかし、それだけではないかと思える。
 撮影地に行くのならいいが、その多くは日常の中で写している。
 今回の選択は、いつものコンパクト路線に戻ること。それが前回買ったB600がその路線なのだが、そのダメ押し。
 パナソニックの同タイプがまだ発売されていないのだが、情報を見ただけではファインダーが倍ほどよくなった程度なので、これはパスしてもいい。
 このP1000に懐かしさを感じるのは、フィルム時代のコンパクトカメラに近い大きさのためだろうか。形も似ている。小さすぎず大きすぎない。
 キヤノンの同タイプは、少し前に新製品が出ていたのだが、パスしている。そのかわりファインダーが大きく綺麗になったネオ一眼を買っている。これがあればキヤノンイオス系の一眼やミラーレスを全てこの一台で集約できる。それだけのパフォーマンスがある。ただ、キヤノンのカメラは破綻がなく、個性がない。優等生過ぎるのだ。写りに意外性がないためだろう。
 写りに意外性があるのは、どこか悪いところがあるためだろう。
 まあ、高いカメラだと買い換えるのが大変だが、コンパクト系なら、新製品が出たとき、さっと買える。ただ、マイナーチェンジ程度では無理だが。
 今回のニコンA1000は前回に続き変化があった。それがファインダー。これだけでかなり違う。ただ、あまり解像力は高くなく、小さいが。
 ファインダーでじっくりと被写体を見るのではなく、実際の被写体を生の目で観察してから写す方がいい。そうでないと、現実を見る時間が短すぎる。まあ、電子ファインダーでも光学式のファインダーでも、ずっと覗いていると、目がおかしくなるが。これがいつも付けている眼鏡ならいいが。
 写りに関しては、このクラス的に期待できないが、別の期待がある。
 それは旧機のA900で写しているとき思ったのだが、望遠端にすると、レンズ性能のためか、ふんわりしてしまう。コントラストが落ち、鮮明度も落ち、解像力も落ちるのだろう。その絵が結構よかったのだ。当然強烈な手ぶれ補正ではないし、またカメラが小さいので、これはブレやすい。だが、そのブレが絵を柔らかくしてくれる。
 これが許されるのなら、こんな気楽な写し方はない。この緩さが、決定打となるはず。
 さて、それを今から買いに行くところだが、持って帰れるだろうか。
 その結果は、下の行に付け加わるだろう。
 
 さてそれで結果。無事に持ち帰ることができた。誕生日割引と通常のバーゲン割引などを合わせた値引率は大したことはなかったが、消費税分以上は出ていたようだ。これは新製品なので、今が一番高いため、ネットでの価格も安くなっていない。それよりも強気の値段で売っているようだ。前回はそんなことはなかったので、高い目の価格設定に変えたのだろう。
 それで、戻ってきて早速パッケージを開けると、バッテリーはいつものもので、ニコンコンパクト系は、この一種類で統一されているようだ。非常に大きいネオ一眼のP900も同じバッテリー。予備のバッテリーを使う機会がないのは、USB充電のおかげで、いつも満タン近い。有り余っているバッテリーのあるカメラほど、バッテリー切れがなかったりする。
 本体は黒で、売っているのは黒が二台残っているだけ。艶ありの黒で、光沢がある。ざらっとしたタイプではなく、ツルッとしている。
 グリップの内側と親指当ての裏側に、ほんの少しだが滑り止めが貼られている。ゴムのような。あとは黒一色で、表面はほぼアルミだが、樹脂製のところがある。開閉箇所だろうか。そこも同じ色目だが、下の材質に影響されるのか、少しだけ色が違う。見た目では分かりにくい。
 旧機と違うのボタン類やレバー類が増えている。カメラ前面にファンクションボタンが付いている。たった一つだけのファンクションボタンだが、旧機にはなかった。
 レンズの根本にありがちなリングはないが、そこにズームレバーと、望遠の時にすぐに戻せるボタンが追加された。
 ズームレバーは、ミラーレスの電動ズームのような感じだが、親指で回すことになる。人差し指のかかりが反対側にあり、滑り止めのギザギザがある。チマチマした感じだが、アイレベルで撮影するときは上手く手が行く位置だ。親指と人差し指の腹で挟んで回すような感じだが、根元が回るわけではない。レバーのコントロールがしやすくなる。
 背面液晶は回転式だが、引き上げるのに力がいるようになった。旧機のようにさっと上がらない。これは自撮りのとき、カメラの上に液晶が来るのではなく、下に来る仕掛けになったためだろう。もの凄く伸びる。これで固くなったようだ。それを変えたのはファインダーがあるため。上だとファインダーの接眼部に当たってしまう。固くなったのはマイナスだが、結構引っ張れる。
 この変更により、自撮りではなく、後方のものでも写せるようになった。カメラの後方といえば自分自身だが、その後方だ。隙間から望遠で後ろを写せる。広角だと自分が入ってしまう。そのとき、カメラは完全に逆さになるが。要するにカメラを後ろ向けにして写せるアングルが増えた。
 当然真下にあるものも写せる。まあ、単純に液晶を上げて、ローアングル的に写せばそれでいい。しかし固くなったので、これは慣れが必要だろう。
 旧機では真上を写すのは簡単だったが、やはりファインダーで蹴られるし、それ以上回転できないので、真上の時は、少し斜めになる。
 まあ、自撮りを考えての仕掛けなので、自撮りをしない人には迷惑ということではなく、ファインダーが付いたことで、これはやむを得ない。そのかわりファインダーが使えるのだから。
 ファインダーは小さいが非常に鮮明。解像力の低さをファインダーを小さくすることで補っているわけではなく、最初からツルッとしており、非常に鮮明。ここはキヤノンのネオ一眼のファインダーよりも暗い場所では綺麗に見える。パナソニックよりも意外とよかったりするので不思議だ。
 このファインダーP900と似ている。小さいが視認性がいい。構図が見やすい。
 
 いつもの薄暗い室内での試写をする。結果は露出も感度設定もB600と似たようなものなので、似たような写り。感度はオートでは800までしか上がらないので、本当に暗いところでは手ぶれするシャッタースピードなので、B600の時のように感度を3200まで上げる。残っているのは6400だが、1600でも充分感度を上げなくてもいけるところもあるので、小まめに換えるのは面倒。余程暗いところでは6400だろう。鮮明度云々よりも、ブレるので。こういうカメラ、ノイズがどうのという問題の外にある。
 ざっと室内を写し回ったが、結構ピントが合う。そして露出がいい。試写する必要がないほど、特に苦手とするようなものはないのだろう。
 条件が一番きつい被写体で、オリンパスのミラーレスではピントは合わなかった。ペンタックスの古い一眼レフでは無理。しかしP900では合う。当然ニコンのD3400でも合う。b600も合わなかったが、今回のA1000では一発で合う。ここで違いが出た。そのあとB600で同じ条件でもう一度試したが合わない。ここだろう。
 まあP1000の方が値段が高いので、少しは違いが欲しいところだったので、この重箱の隅が美味しかった。まあ、そういうのはまずは写さない被写体だし、条件なので、問題はないが、暗いところでのピントはA1000の方がいいことだけは覚えておく。
 いずれにしても、暗い室内でも綺麗な絵ができるとかのレベルではない。またそういうのを期待されているカメラではない。
 
 B600よりも高いためか、B600にない機能がある。タッチパネルだ。AFだけを合わせるタッチとシャッターまで切るタッチがあるはずなのだが、ここは省略されタッチシャッターのみ。
 画面の何処にでも、ということはできない。周辺は無理。
 また、AFをスポットにすると、十字キーで移動させられる。マクロの時有効。これもある範囲なので周辺部は無理。まあ、液晶撮影のときは、使えそうだが。
 その他、プログラムモードの時はプログラムシフトする。これで絞り優先やシャッター優先モード代わりになるが、絞りの段階は多くはない。
 その他、メニュー項目が多くなっており、AEブラケットがある。露出を変えての連写。まあ、使うことはないだろう。
 こういうのが増えているので、値段に出るのだろうか。
 ファンクションボタンは任意の項目を登録できる。
 メインメニューの項目が少ないので、メニューから選択してもいい。すぐに見付かるし、記憶している。
 またAEロックやAFロックボタンが付いている。これも使わない。ただオプションで露仏の固定、つまりAEロックだが、一度押せば、離してもロックが維持されるのがあり、これなら押しながらシャッターを切るという指が引きつるようなことをしなくても済むので、これに合わせておけばいいかもしれない。ピントを合わせたときの構図と、実際の構図が違うときがあるので。
 B600には絞り優先や、シャッター優先などはなく、AFもマニュアルフォーカスもない。A1000にはそれはあるが、これも使わないので、あってもあまり有り難くない。
 このカメラ、コンパクトデジカメとしては少し高い目。一体どんな人が買うのだろうか。一眼レフのサブにはならないと思う。このカメラそのものがメインカメラだろう。それだけのスケールがある。自己完結している。
 
 さて細かい話よりも、このカメラのイメージの方が大事。写真もイメージならカメラもイメージというわけではないが、カメラにはイメージがある。
 それは期待しているイメージだが、その機能なりが満たされていないと、できない。つまりハード面やプログラム面で。
 このカメラは画質には期待していない。この画質もイメージの長たるもので、本人が好めばそれが最高の画質となる。敢えて言えば、あまり画質のいいカメラは写しにくい。
 そういう意味で、このカメラ、それを果たしている。これは画質の悪いカメラということではない。最近のコンパクトデジカメは、綺麗に写りすぎるほどだ。
 古いカメラでもいいのだが、さっと撮したいので、AFや動作は速いほうがいい。最近のカメラならコンパクト系でも、それは満たしている。
 このA1000の形が、先ず思っているような形と大きさと重さの範囲内に入る。旧機A900では感じなかったのはファイダーがないためだ。これが加わると、ぐっとイメージが変わる。ほとんど背面液晶で写していても。
 その背面液晶が素晴らしい。これは昼間の液晶の具合は分からないがB600と同じものだと思われる。つまり非常に見やすい。ここだけは凄いものがある。これは余程反射防止が上手くいっているのだろう。まあB600は液晶だけが頼りなので、ここは大事だった。こういった進歩は最新カメラの恩恵だ。撮影がぐっとよくなる。
 そのファインダーを付けたことで、カメラの背が少し高くなり、印象がぐっと変わった。何度も言うフィルム時代のコンパクトカメラを彷彿させる。
 B600は小型一眼レフを連想する。ニコンから出ていたもの凄く軽くて小さい一眼レフがあったが、あの系譜に近い。ニコンEMだったかどうかは忘れたが。
 A1000はライカ系の系譜だが、本家ではなく、ミノルタCLやCLEに近い。横幅がないので。ニコンも一眼レフだけではなく、昔は距離計連動のライカ系を出していた。もうデザインは忘れたので、そのイメージを当てはめられないが。デザインはライカではなく、コピーコンタックス。
 こういう形、ミラーレスカメラのクラシック風レトロデザインで、富士などが出しているが、コンパクトデジカメの系譜では、ロングズーム機なので、昔のフィルム時代のペンタックスに近い。天狗の鼻のようにレンズが伸びて恥ずかしいような。
 結構使い込んでいたキヤノンオートボーイスーパーなどもその系譜だが、それほどのズーム機ではない。一眼レフよりも、そちらの方を多用し、旅行でもそれ一台だけ持っていった。
 このフィルム時代のコンパクトカメラ、キヤノンやオリンパスも当然出しており、AFカメラ時代になっていた。AFは20段階程度だったように思える。AFといっても赤外線なので、それほど遠くまで飛ばない。
 その頃のカメラにも近い。しかしどこかコピーライカの系譜が残っていた。
 
 室内での試写なので、昼間の明るいところでの絵とは違うと思うが、何故か懐かしいような色目やタッチだ。色は当てにならないが、感度3200で荒れた画像が柔らかい。高画質を追う人なら、泣きたくなるような絵だが、このぼそっとしたタッチに味がある。ノイズが出まくって汚いという感じではなく、これは一つのトーンなのだ。
 このカメラを買った理由の一つが、高画質を追わないカメラのため。まあ、この値段では追いようがないが、暗いところでは、このタイプのカメラは弱いので、それは当然のこと。
 旧機のA900よりも絵にばたつきがないように思える。露出がよくなったのかもしれない。
 旧機と、同じものを写して比べるということはしないが、バッテリーを抜いて、新機へプレゼントした感じだが、途中でバッテリーが切れるほど長い時間撮影しないので、一つあれば充分だが。
 このバッテリー、ネオ一眼とも共通なので、余っているほど。P900を買ったとき、予備の純正バッテリーも買ったほどだ。使っていない。未開封。
 コンパクトデジカメは小型軽量への道を辿ったのだが、最近はもういいのだろう。
 スマホ時代のコンパクト系、受難の時代。一インチの高級機へ行くか、超高倍率へ行くかだろう。800ミリ越えのA1000はそれで存在価値が出るが、その上ファインダーを付ければ、ダメ押し。スマホにはできない。それよりもカメラらしいカメラとして往年のAFコンパクトカメラ並の大きさに戻している。高級機ではないタイプの。
 このカメラ見た目の高級感はないが、電子ダイヤルは軽く回り、操作感触は結構いい。滑らか。
 ただ、電源ボタンの形を変えたのか、小さな豆粒のような出っ張りのない円形だったのだが、今回は四角い板状になった。元々軽く触れればオンになるタイプで、それは良いのだが、位置が分かりにくかった。指の腹が入りにくいところにある。だから爪を立てて押すタイプ。親指の腹を押しつけることもできるが、ある角度からでないと入らない。また爪が長いと、腹まで届かない。指を立てたほうが早い。
 電源ボタンを押すと、レンズが飛び出す。沈胴になっている。だから広角端でも最初から少し長い。飛び出している。まあ、それで普通だが。電源を入れた瞬間、液晶も付くが、さらにズームレバーを引くと、反応しないカメラもある。まだ準備ができていないためだ。このカメラはすぐにズームができる。ただ一枚写したあとの二枚目は、瞬時というわけにはいかないが。暗いところではそれよりもピントの合わせ直しで、間が開く。明るいところなら、問題はない。AFは超高速というわけではない。
 ズームは一気に引くと、一気に望遠端まで突っ込む。このスピード感がたまらない。遠くにいる人を、これで一気に追いかけて抜ける。この機種のもっと古いタイプを持っていたが、これができるので、当時はよく使ったものだ。
 それと、このカメラもB600と同じで、内蔵メモリがある。SDカードがなくてもそこそこ写せる。
 この街中シューター的な写し方は、このタイプのカメラの方が大袈裟すぎないのでいい。しかも液晶が回転するので、ウェストレベルでやると、さらに目立たない。
 人目がないところでは電子ファインダーでじっくり撮影できる。当然電子ファインダーの方が狙いは正確。ターゲットまで一気にズームで射当てる。
 望遠が得意なカメラだが、広角もいい。この守備範囲の広さは、何が被写体になるのか分からない日常風景では理にかなっている。
 程良く大きく重いカメラらしいカメラだ。コンパクトとは言えないが、800ミリ越えの望遠シーンでは、ある程度の大きさ重さは必要。
 広角のときは抜群の安定感がある。これが2019年春に出したニコンの答え。本当は1インチコンパクトシリーズを出したかったのだろうが。
 
 明るい場所での撮影をやってみたが、いつもの道筋なので、特に写すものはないが、ファインダーを覗くと、これは意外な絵になる。鮮明というよりは、ツルッとしている。まるで透視ファインダーだ。これは写欲をそそる。気分がいい。液晶のギラギラ感がない。小さいためか、アラが見えにくいのだろう。デジタル臭さがない。ハイビジョンのテレビ画面を見ている感じではなく、昔の映画をテレビでやっているような滑らかさがある。これはファインダーが小さいだけのことかもしれないが、落ち着いたファインダーで、眩しくない。
 だからP900のファインダーとは少し違うようだ。サイズや解像力は似ているのだが。
 このファインダーを昼間覗いたとき、これは凄いと思った。大きくて細かいところまでよく見えるファインダーとは反対側。ぐっと引いてみている感じ。映画館で一番後ろから見ているような。
 また、コントラストが低いファインダーなので軟調な優しさがある。
 もうこれだけで、このカメラを買った価値はある。
 メインカメラとして使える可能性が高い。ポケットに入るので、持ち出し頻度の高さもある。
 
 
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