2019年09月30日

暑い秋

■■ 2019年9月30日 月曜日 午前8時31分
 
 今朝はすっきりとは晴れていないが、気温は低い目かもしれない。ただ、涼しい朝ほど昼間は気温が上がったりする。昨日なども夏そのもの。十日間予報も、かなり低い目の気温を予測していたが、修正していた。だから十日分全体に暑いような感じだが、これも毎日変わるので、また、涼しい目に戻っていたりする。すると、以前予測していた予報が当たっていたことになる。かなり前の予報で、何度も修正している間に、元に戻った。
 まだ暑いので、秋物などは先の感じだが、九月も今日で終わるはず。31日はなかったはずなので。十月になると衣替え。明日からだ。この前後に涼しい日があり、夏ではない涼しさが来るはずだが、既にそういう日は九月中にもあった。
 気温が高い目で蒸し暑いのは台風が来ているためかもしれない。これで気温が上がり、予定通り行かなかったりする。
 しかし夏の終わりがけのバーゲンで買った夏用ジャケットのようなものの寿命が延びていいかもしれない。涼しくなり出すと薄く感じるが、中に着込めばいい。いずれにしてもまだ半袖の人のほうが多い。昼間の暑さを考えれば、そうだろう。
 今朝は久しぶりに早く起きてきたので、一日が長く感じるだろう。凄い早起きではないが、いつもより早く感じるはず。これは気持ちに余裕が出る。ただ、毎日その時間帯に起きていれば、それもなくなる。たまに早く起きるからいいのだ。逆に遅い目に起きたときはせわしない。もうこんな時間かと思ってしまう。時計の針だけではなく、喫茶店などでいつもいる客がいなかったりすることで分かる。定期便の人が結構いるためだ。当然来る時間がまちまちの人もいる。ただある範囲内でのことで、朝に来ている人は昼には来ないはず。
 しかし、事情があり、来ているかもしれない。だが、それでもの凄いことになるわけではないので、問題にする必要はないだろう。その人物が犯人で、そういった細かいところから足を出すというのなら別だが。
 まだ暑さは残っているものの、過ごしやすくなったのは確か。真夏のときのように、部屋にいるだけでもバテてしまうよりはいい。まあ、暑くてぼんやりしているときのほうが平和かもしれないが。
 
 
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2019年09月29日

新書太閤記 清洲会議 吉川英治

■■ 2019年9月29日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝は晴れている。昨日の曇り空から見て、天気は下り坂だと思っていたが、そうではなく、晴れている。昨日もそうだが、昼間は夏。これはまた太平洋側の勢力が強いのだろう。台風も発生しているようだが、まさかまたその影響で、生温かい空気を上げてきているのかもしれない。
 まあ、九月いっぱいまでは何となく暑い。その九月の末なので、まだ暑い日があっても仕方がない。
 しかし夜は掛け布団が必要になっているのは確かで、真夏のようなわけにはいかない。油断していると、身体を冷やし、風邪を引きかねない。そして朝起きたとき、陽射しが入ってくるのだが、それで暑くて寝てられないということもなくなった。じんわりと秋は来ている。彼岸花やコスモスも咲き始めている。コスモスは結構長く咲いていたりするのは次から次へと咲くためだろう。彼岸花は茎と花だけ。一本の茎に付いている花が散ればそれで終わり。コスモスは茎から無数の花が咲く、だから蕾がどんどん出てくるので、同じ花がずっと咲いているわけではないが、咲いているように見える。
 色は薄いピンクで、これで秋櫻と言われるのだろう。花びらは八っつほどだろうか。こういう数字、何らかの法則があるはず。このあたりから数学というか、数の不思議を感じるのだが。
 色は他にもある。少し紫かかったタイプも。そしてコスモスの特徴はモヤッとした葉。細いのだ。ここを押さえておけば、コスモスであると特定できる。花びらだけでは似たような花はいくらでもあるので、見分けにくかったりするが。
 彼岸花曼珠沙華、コスモス、両方揃えば秋だろう。確実に。しかし、これは秋の初めの頃という程度。咲き始めなので。
 
新書太閤記 清洲会議 吉川英治
 新書太閤記は青空文庫で無料。アマゾンキンドルから落としてこれる。結構長いが、もう清洲会議まできた。
 それで、久しぶりに映画の清洲会議を見る。以前見たときは有料。今は見放題の中に入っていた。待てば無料になるのだろう。
 映画清洲会議ではお市さんが清洲城にいる。本能寺以前に柴田勝家に嫁いでいるはず。三人の娘と共に。そこは映画。キャラとして同じ場所にいて勝家や秀吉との絡みを出したいためだろう。
 このお市さん、ゲーム信長の野望では非常に強い。時期によって、いる場所が違う。
 小説では清洲会議の本番は一日で終わっているが映画では数日続く。これは藤吉郎の戦だと、前田利家にいわしている。
 柴田勝家のイメージも映画やドラマにより、がらりと変わる。
 清洲会議の前に当然本能寺の変があるのだが、柴田勝家は出遅れた。吉川英治は勝家のフォローをしている。すぐには駆けつけられなかったのは上杉と対峙しているため。これは秀吉も同じだ。毛利と対峙している。勝家は魚崎あたりにいるのか、魚崎を攻めているのか、魚崎から攻めているのかは忘れたが、もう春日山城は近い。能登もとっており、旧朝倉領よりも大きくなっている。
 秀吉の倍以上の兵を持っている。織田軍団最大。江戸時代の加賀百万石よりも大きい。
 超ベテランで戦上手。そのため負けない戦をするため、戦う前の整えが大事なので、上杉への手当で時間を潰し、本拠地でも準備を色々としていたのだろう。勝家としては明智討伐について迷っていたわけではなく、いち早く行こうとしていたが、慎重すぎて時間がかかった。
 そのことを清洲会議の席で。同じ宿老の丹羽に言われている。映画では丹羽は最初から勝家側で、勝家の背後で、しっかりと勝家をフォローしている。しかし、このあまり目立たない丹羽が鍵を握っていたというのが映画での注目点なので、秀吉が、どう崩していくかが見所だった。
 さて、その吉川英治版での丹羽が言うには柴田勝家は何をしていたのか。何故すぐに駆けつけなかったのかと責める。本能寺の変を知ったのは秀吉よりも一日遅いが、魚崎から信長のようにすぐに駆けつければ、明智軍の二つや三つぐらいは大軍を持っている柴田軍ならわけなく倒せたと。そして間に合ったと。
 そう言う丹羽も当日は大阪に二千か三千の兵と一緒にいた。信長三男の信孝の軍も五千ほどいただろうか。四国へ渡るところ。
 映画では秀吉がそのことで丹羽を責める。何故直ぐさま一報を聞いて京に向かわなかったのかと。
 映画ではここに丹羽の弱みがあるように描かれている。小説では二千では負けるので、秀吉群の到着を待ってから、となっている。まあ、普通はそうだろう。
 ただ、そのとき、丹羽と信孝は一人の武将を真っ先に殺している。織田信行の息子だ。信長の弟。この弟が勝家や林などと共に謀反を起こす計画を立てていた。織田家跡取りは信行のほうがいいと。それで、信長は信行を殺している。その息子なのだ。
 当然父の敵、信長を殺してくれた明智に味方するはず。
 映画では後継者を二人の息子から選ぶところから始めている。先に勝家が信孝を押したので、残っている信勝を秀吉は取るしかない。これは数日間のドラマで、そこに大穴の切り札がでてくる。これは以前にも書いたので、略するが、正統な筋目から言えば、その小さな子が継ぐのが正しいのだろう。
 これで、柴田は負けたことになる。
 映画では宿老だけの会議で、多数決で決めるということになる。ところが宿老の一人滝川一益は関東にいる。それで来るのが遅れている。それで、映画では長距離マラソンをしている。一人で。
 それが間に合わないようなので、もう一人宿老を増やすことにする。織田家にとっては大幹部。誰だと思えば池田。これは前田とほぼ同格だろう。同じ小姓だった信長の側近。しかし、あまり出世はしていない。実際には宿老クラスは他にもいたはず。前田利家と佐々成政。だが、いずれも勝家の配下で北陸探題のメンバー。上杉とまだやり合っている最中なので、この二人は残してきている。だが、映画では前田は来ている。そうでないと秀吉との絡みがない。秀吉の野望をじっと見続けているのが、この親友の前田。しかし、刺客に襲われたとき、前田が救っている。
 刺客はお市さんが勝家に命じたもの。勝家はそんな手をは使わないので本意ではない。まあ、これは嘘の中の嘘で、お市さんとは既に夫婦だし、清洲にいるわけがないのだが、そういう対立の絡みが欲しかったのだろう。短い時間に濃縮させてみせるには、同じ場で絡み合う方が分かりやすい。
 宿老会議に滝川が間に合えば多数決で勝家が勝てる。だから関東から走っている最中。そのとき、山の中で北条の侍と出くわす。立派な姿で陣羽織を着ている。ここで斬り合いになるのだが、滝川は急いでいるので、パスして、先を急ぐ。北条の侍はほっとする。こういうのは嘘だが、実は滝川は北条と戦っているのだ。無茶なことをすると、小説では言っている。
 だから滝川が北条の侍と遭遇するという言うエピソードは、満更嘘ではない。
 小説では滝川は間に合っており、清洲会議に参加している。
 映画ではやっと清洲会議に間に合う寸前、清洲城の橋まで来たところで秀吉の参謀黒田官兵衛と遭遇する。まだ跡取りは決定していないのだが、秀吉が勝ったと嘘を告げる。滝川は疲れとショックでばったり倒れる。まだ、間に合うのに。
 ここがドラマ性だろう。フィクションとして見せた方が分かりやすい。本質は変わらない。
 この映画清洲会議の信長が実にリアル。今までのどの信長よりも、本物らしい。
 そして織田家の人達は全部鼻が高い。だから、そういう役者ばかり集めたのだろう。
 さて、三谷映画の話になってしまったが、吉川英治新書太閤記での清洲会議は、単純に言えば丹羽が味方してくれたので、勝ったようなもの。
 大柄で立派な体格で貫禄のある柴田勝頼。その他の武将も、見るからに立派。しかし、秀吉は細くて小さく、貧弱。凄い手柄を立て続けたご本人だが、生で見るとあまりにも弱々しい。この人について行こうと思うにはあまりにも見かけが貧弱で、頼りない。
 では柴田が織田家を引き受け、天下を取ったとき、どうするのか。あくまでも信孝を立てるだろう。
 それよりも、諸大名などを仕切る器量は秀吉が上手いはず。
 司馬遼太郎は、この元亀天正時代に生きていたとすれば、誰に仕えるかという話をしていたが、秀吉だった。
 
 
 
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2019年09月28日

運動会と無法松

■■ 2019年9月28日 土曜日 午前9時29分
 
 今朝は晴れているのか、曇っているのかが分かりにくい。曇りだろう。晴れというには、陽射しがなかったりするが、気にしない場合、晴れが曇りかは関係のないような空だ。空を見れば天気は分かるのだが、どうでもいいような天気で、大人しい天気。
 しかし、この曇り空のようなもの、雨になるかもしれない。天気予報を見ていないが、数日前の十日間予報では雲が並び、そのあと傘マークが並んでいたので、そう言う日に近付いているのだろう。
 この時期、晴れるとまだ暑いので、丁度いいかもしれない。しかし雨が降り出す前だと湿気て蒸し暑くなり、そちらのほうがカラッと晴れている日より厳しいかもしれないが。
 服装は夏のままでも問題はないので秋物など、まだ必要ではない。しかし段階的に来るのではなく、秋物は一日で、一気に来る。ある日突然涼しくなり、秋物では間に合わないほどになったりする。飛び越えて冬服を着た方がしっくりくるような。秋物では暖が足りないと感じたり。
 それがちょうど衣替えの十月前後に来る。突然来る。寒いと感じる日が。
 朝、熱い味噌汁を飲むと、少し汗ばむ程度で、そのあと扇風機を付けると、すぐに消さないといけないほど、暑くはなくなっている。
 昨夜は暑かったので、掛け布団なしで寝たが、すぐに寒くなり、しっかりと夏布団にくるまった。やはり朝夕は確実に涼しくなっている。昼間は夏だが。
 朝の喫茶店まで行くとき、黄色い小さなキレを服に止めている人がいる。短冊より細い。これは運動会かと思っていたら、その通りだった。父兄だろう。そういうのが配布されるのだろうか。校門の前に行くと受け付きがあり、名簿に何か書かないといけないようだ。
 親は結構厚着だ。晴れておればテントがない一般席では暑いだろうが、運動会の日は不思議と涼しいことがある。まあ涼しくなってきたので、運動会もできるのだろう。これが夏では無理だ。厚着なのは、参観日と同じ服装のためかもしれない。
 校長の許可無く入れないという看板をよく見かける。平日でもそうだ。すると、学校に入るにはいちいち校長室へ行き、校長と面会しないといけないのだろうか。しかし、校長室へは行けない。許可をまだもらっていないからだ。当然平日、門の前に誰かが立っているわけではない。そのまま入れるのだが、許可を得るにはどうすればいいのか、誰に言えばいいのだろう。それに校長はその度に許可を与えるのだろうか。
 父兄しか入れないとなると、無法松が成立しなくなる。松五郎は未亡人の子供を可愛がっているだけで親ではないし、親戚でもない。
 無法松はかけっこで一番になる。それもそのはず、車引きなのだから、毎日練習しているようなもの。しかも車を引かなくてもいいので楽だろう。しかし、映画では腕を振らない。走るスタイルは車引きスタイル。
 まあ、無法者なので、これは最初から札付きなので、今の小学校には入れないだろう。だが、カタギであり、正業に就いている。スタイルも車夫。だから決して無法者ではないのだが。黄色いリボンは保護者用に配布されたもので、子供が持ち帰ったものだろうか。無法松はもらえない。だから一般の人としてなら入れるのだろう。
 また、この無法松、平日でも、可愛がっている坊っちゃんが心配で、校内を覗いていたりする。通報されるだろう。
 さて、秋の運動会だが、子供の頃、もの凄く寒かったことを覚えている。半ズボンでは寒いのだ。それに運動用の薄いタイプなのでさらに寒い。これでちびった子が結構いたかもしれないが、ズボンが白いし薄いので危険だろう。
 それで尿意を我慢して走った子が一番速く走れたりする。
 運動会のおやつは青いみかん。これは一般席にいる親たちと昼はそこで一緒に食べる。このときの弁当は重箱だったりするので、花見と同じ。だから恥ずかしい弁当を持って行けないので、巻き寿司にしたりする。
 立派な弁当の見せ合いというわけではないが、重箱なら、それを包む風呂敷からして違う。上等の風呂敷だ。今なら風呂敷も重箱も百均で売っているのだが。
 運動会は参観日でもある。立派な親は立派な服装で来る。
 村の学校での運動会は、稲刈りが終わってからだろう。秋祭り、お神輿が出る日と重なったりする。
 
 
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2019年09月27日

夜間撮影

■■ 2019年9月27日 金曜日 午前8時41分
 
 今朝は少し曇っている。気温はまずまずだが、昨日などは気温差がありすぎて、最高気温と最低気温の差が凄かった。まあ、最低気温17度あたりのころは寝ていたので分からないが。最高気温は32度ほど。季節は一体何処にあるのだろうか。実際には昼間だろう。影響が出るのは、その昼間は夏のように暑かった。これは久しぶりだ。雲も夏の雲が出ていたが、夕方から割れた。雲が分解し、塊が小さくなった。そして水平に並んだ。だから高さは同じだろう。
 昨夜は少し横になったとき、そのまま寝てしまったようで、起きると、いつも寝る時間になっていた。だから起きても、また寝ないといけない。
 だからそのまま朝まで寝てしまった方が楽なのだが、そうはいかなった。この状態では眠れないと思ったが、案の定、なかなか寝入れない。夜中に目を覚ましたのとは違う。そのときはすぐに寝入ってしまうのだが。
 それでもしばらくすると、寝入ったのだが。それで、もの凄く早く目が覚めてしまい、そのあと眠れないのではないかと思ったが、一度目が覚めたが、すぐに沈むことができた。次に目が覚めたのは音。近くで工事をしているのか、カンカンと耳に来る。これでは眠れない。
 だが、そんな工事を始める時間なので、それほど早い時間ではないと思い、時計を見ると、まずまずの時間。これなら起きてもいい時間だった。
 きっと前日自転車で服部まで行ったので、疲れていたのかもしれない。
 前回尼崎寺町を攻めて戻ってからは足が痛かったが、今回は大丈夫。
 今朝は曇っているが、雨が降るかもしれない。天気予報では雲マークだけだが、後半傘マークになっているので。それが早まるかもしれない。
 まだ暑く、そして蒸し暑いのか、半袖の人が多い。まあ、起きたときも寒さはなかったので、ペラッとした長袖だけで十分だろう。雨の降りそうな日は湿気ており蒸し暑い。そして気温はそれほど一日中変わらない場合が多い。晴れると、昼間は暑くなるが、陽射しのあるところでも、それほどきつくない程度にはなっている。
 今朝はユニクロで買った国民服のような軽い長袖。綿だが軽くてすっきりとしている。服部攻めのとき、着ていたが、その日は陽射しがあり、これでは暑かったが、戻るときは夕方で、そのときは丁度よかった。
 そして先日買ったユニクロの裏ジャージパーカーは一度着てコンビニへ夜中に行ったが、まだ早いようだ。しかし、風が強い夜で、生地的にも風を防ぐ機能があるようなので、それを確認した。ただ、こういうジャンパーの長いようなのは、まだまだ大袈裟だ。それほど分厚くはないのだが襟元が大層なので。
 夕食後の徒歩散歩はまだ続けている。初日と違い、足は痛くないし、軽くなった。歩いているだけでは退屈なので、夜景を写している。しかし、同じ場所なので、変化がないが、よく探すと、いい角度のが見付かったりする。だが、被写体は限定されている。暗いので仕方がない。ただ、昼間なら写る明るさでも、いい被写体は最初からない場所。逆に光線状態が全く違う夜のほうが撮すものが増えたりする。
 薄暗い場所ではペンタックスの一眼レフのピントがやはりよく合う。これは流石ということだろう。AF方式が違うためと、中央部一点しか使わないので、迷いがないため。
 FZ300というパナソニックのネオ一眼は、AF自動認識で使うと、もうどこで合っているのか分からないような大きなAF合焦位置フレームが出る。前方に大体のピントが来るという程度。レンズが明るいだけではなく、夜景にも強いようで、一眼レフと比べても遜色のない絵になる。ペンタックスの一点AFでは合いにくい場合、パナソニックはさらに合いにくいのだが、合焦マークが出る確率はパナソニックのほうが強い。
 その他のコンパクト系は、レンズも暗いし、合成などで何とかしようとしているが、かなり無理がある。外灯の真下の明るいところなら問題はないが。
 オールラウンドなのはFZ300で、このネオ一眼は強い。レンズ全域F2.8だけの恩恵ではないようだ。
 当然一番強いのはF1.7が付いているパナソニックのLX100。まあ受光素子は同社のミラーレスと同じ大きさなので、当然だろう。それでいて明るいレンズ。ただ、動作が遅いが。
 ただ、望遠が70ミリまでなので、望遠夜景ができないので、物足りない。
 
 
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2019年09月26日

服部陥落

■■ 2019年9月26日 木曜日 午前8時54分
 
 今朝は晴れている。気温もまずまずだが、夜中寒くなり、毛布を重ねた。薄すぎる夏布団だけでは寒くなってきたのだろうか。蒲団のボリュームがないためだろう。ペラッとした敷物二枚分程度の厚みしかない。これでスーツを剥がすと、ガリガリの蒲団で、煎餅布団だ。そして夏は掛け布団はいらないので、夏布団が活躍するのは夏ではなかったりする。
 今朝は夏に着ていた薄いカッターシャツと、薄いジャンパー風なものを二枚重ねで着ている。ジャンパー風なのはデザインだけで、坊さんが着ている網のようなものだが、スケスケなわけではない。しかし、夏場はこれがべたつかず、そしてダブッとしているので、涼しかった。夏物のカッターシャツよりも薄いので、見た目ほど暑くはないのだ。まあ、真夏は暑かったので、着ること自体が暑いのだが。陽射しを受けて、熱で焼かれるよりいい。
 だから、この時期、夏場着ていたものを二枚重ねればそれで行けたりする。まだ半袖のシャツ一枚でウロウロしている人がいるので。
 この時期の標準は長袖のカッターシャツ系だろう。昼間なら、まだ長袖の夏向けのカッターシャツでもいけるが、朝夕が少しだけ厳しい。だから夏服を重ねることで何とかなる。
 または長袖のカッターシャツの夏向けではなく薄すぎないタイプを着ることで朝夕でもいける。要するに生地を分厚くすることで、気温に対応させる。皮膚の皮が分厚くなるとか、皮下脂肪を増やすようなもの。
 カッターシャツの着流し、ネルシャツの着流しが楽でいいのだが、デジカメがポケットに入らない。たとえ胸のポケットに入ったとしても痛いし、窮屈だろう。しゃがむと落ちそうだし。
 しかし、ハードタイプのカッターシャツなら胸のポケットも大きいし、蓋が付いていたりするので、ましかもしれないが、肋骨をゴツンゴツン小突かれるような感じは残るだろう。
 コートのようなカッターシャツもある。一枚物で裏地などないのだが、生地の目が詰まっている。袖などを折りたたむとき、蒲団を畳んでいるようなもの。
 こういうのなら、一枚だけで済み、夏物二枚を重ねるよりも簡単だ。見た目カッターシャツなので、暑苦しそうには見えない。
 
 昨日は晴れが戻ったので、自転車散歩に出掛ける。これは朝の喫茶店からの寄り道ではなく、すぐには戻ってこられない長距離版で、それは昼の喫茶店を出てから決める。
 気持ちとしては、出てもいいという気があったので、すんなりと出ることにしたが、行く場所がない。
 それで、適当に庄内を選ぶ。阪急宝塚線のかなり大阪寄りの駅だ。十三などがもう近い。
 これを思い出したのは、バイクで梅田へ出るときの裏道で、庄内を通るため。庄内に出れば十三まですっと出られる。十三にある淀川の橋を渡れば中津に出て、そこはもう梅田の端のようなもの。
 そこまで行かないで、庄内を目指した。
 その道は国道二号線まで南下しないで、園田競馬場を目指す。
 藻川を渡るときの橋は猪名寺近く。JR猪名寺駅にも近い。このあたりにショッピングモールのつかしんがある。JR猪名寺駅は当然駐輪できない。どこでもそうだ。だから、少し離れたところにある大きな薬局の自転車駐輪場に止める人が多い。薬局前で自転車を見ると、もの凄い数の客が来ているように見える。この薬局は最近できた。次はエディオンの駐輪場というよりも建物の脇。一応駐輪場だが、ここは策がない。だから店が閉まっても囲いはない。そして道路沿い。ここにも止めている。そこよりも薬局の方が駅に近いので、そちらのほうが人気がある。だが、薬局側はそれに気付いて、色々と貼り紙が出ていて面倒。しかし、エディオンは一切なし。エディオンは平日は店員の方が数が多い。
 さて、話は逸れたが、その猪名寺近くの橋を渡り、しばらくすると藻川のもう一つの橋からの降り口の大きな道と交差する。
 その道に合流し、大阪方面へ行くと園田競馬場の前を通る。そこを右折して住宅街の中に入り、さらに左折すると一直線で大阪方面に入り込める。空港向けの高速道路などがあるので、それを越えれば庄内は近い。
 ところが、園田競馬場前で左折せず、そのまま直進した。だから渡る橋が違うのだが、そこはまだ古い農家が残っていたりするので、それを写すため。しかし、前回来たときと同じ写真になったが、持ってきたカメラが違うので、同じ写りにはならないし、天気も違う。
 そこから先は分からない。
 藻川の流れを変えるための大工事が昔あったらしく、昔あった土手がそのまま残っている。川はないが。
 そのあたりを越えると本流の猪名川にぶつかり、橋が見える。これが梅田方面へのもう一つの裏道で、非常に分かりにくいので、慣れた人でないと、その橋まで辿り着けないだろう。ただ、猪名川で橋を違えたので、庄内が遠くなる。それでも一応庄内を目指す。どちらにしても空港線にぶつかり、その下を潜り、次にぶつかるのは阪急宝塚線のはず。そして、十三あたりから池田あたりまで伸びているはずの大きな道ともぶつかるはず。これも伊丹から大阪へ出る道で、一番北から行くコースで、空港の真下を通る道。171まで上がらない。
 こういうのは大阪から伊丹へ来るまで遊びに来ていた友達が、色々とアタックして探し出してきたコース。その車によく乗せてもらったので、裏道も覚えている。
 大阪から伊丹への分かりやすいコースは二号線沿いで神戸方面へ向かい、尼崎の五合橋で、五合橋線に乗って北上すること。大阪方面からだと西へ真っ直ぐ、そして北へ真っ直ぐと、迷いようがない。
 または171号線で北側から攻めること。猪名川を渡れば伊丹だが、その中央部へ行くには、しばらく橋坂を下ったところにある大きな交差点を左に入る。この道は産業道路で、川西と尼崎を結んでいる。ほぼJR福知山線沿いと言ってもいい。
 その話ではなく、庄内を目指しながら、東へ向かったのだが、古い家があると、それにつられて、路地に入り込み、もう幹線道路から外れたので、普通の住宅地の町内をすり抜ける状態になる。
 それで、しばらくすると、人が多くなる。道沿いに店屋が見えだした。
 豊中に入り込んでいるのは分かる。公共施設などが見える。公園なども見える。そしてさらに入り込むと、いきなりスナック街。住宅地の中にあるが、逆から来たのだろう。つまり裏から入り込んだため、いきなりスナック街になった。ここは奥にあるはず。
 それで表の本道を見付ける。店屋が並んでいるのが遠くから見たが庄内ではない。
 道脇に並ぶ古いタイプの商店街だ。だから左右に商店街が振り分けられる感じ。
 駅は服部。
 服部緑地ではない。服部天神だったと思う。そんな駅があったのかと思うほど。一応阪急。駅は小さい。駅前のパチ今夜は服部会館。そこに絵があり、よく見ると忍者ハットリ君が屋上を何人も走っている。
 服部なのでハットリ君。ここは伊丹と違う。大阪府下に入っている。こういうことを平気でしてもいいのだ。そして見る側は誰も違和感さえ感じないだろう。
 ここは服部半蔵の出身地ではないはず。何のゆかりもない。ただ、服部といえば、ハットリ君で、服部半蔵だろう。これをすんなりと、自然に許されるのが大阪だ。
 庄内は落とせなかったが、服部を落とした。これは手柄だ。実は庄内は何度か自転車で落としているので、手柄にはならない。服部陥落のほうが価値は高い。しかし、一度か二度ほどその前をバイクで通った記憶があるが。
 服部の駅前の一寸した繁華街の中をうろうしていると、すぐに天神さんは見付かる。非常に濃い。そして豪華。これも伊丹ではできない濃さ。派手さ。豪華絢爛。
 そして大きな道が見えるので、そこへ出ると、その道こそ十三街道。庄内はその道沿いにある。だから北側へ少しズレたが、服部を仕留めたので、十分な成果があった。豊中の駅までは出ないで、庄内経由で戻ろうとしたが、神社がもう一つ見えたので、そこまで行ってみる。結構森に囲まれ、静かな場所。豊臣家の桐の紋章がある。
 家康が秀吉の建てたものなど、全部燃やしたしたはずなので、何も残っていないのだが、何処かから移転したと書かれている。門にその紋が大きく書かれていた。
 この寄り道で時間を食ったのか、服部見学を軽くしたので、もう庄内へ行く気も、豊中のど真ん中へ行く気もなくなり、来た道を引き返した。そのほうが道を記憶しやすい。
 そして空港線にぶつかった。来たときとは違うところだが、そこを伊丹へ向かうが、村道のような道なので、そんな標識はない。コンビニでパンを買い、それをかじりながら、狭い道を行く。
 軽自動車以外通り抜けられませんとある道だ。その近くにまた神社があり、もの凄く高い木が何本もある。
 境内はがらんとしており、何もない。
 そして、旧村落部を抜けると、猪名川にぶつかる。橋はすぐに見える。来たときの、あの橋だった。
 だから今回は回り込んで別のところから伊丹に戻るのではなく、同じ道を戻った。
 夕方前に入る喫茶店の時間が近い。
 カメラはペンタックスK70にキットレンズの28から200を付けたもので、これがメイン。サブというか予備にパナソニックの旅カメラで、700ミリまであるコンパクトデジカメ。
 後で見ると、受光素子の小さなTZ95で写したもののほうが綺麗に写っていた。どういうことだろう。
 
 
 
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2019年09月25日

ユニクロ 裏ジャージパーカー詳細

■■ 2019年9月25日 水曜日 午前9時11分
 
 今朝は久しぶりにすっきりと晴れている。しかしこういう日の朝は寒い。気温的には変わらないのだが、湿気が取れているためだろうか。
 台風が連れてきた生温かい空気が去ったのかもしれない。冬は乾燥する。涼しくなってくると、この湿気も減り、冬のようになっていくのだろう。カラッとしていていいのだが、湿り気も必要。潤滑油のように。カラカラだとカサカサになる。潤いが必要。
 湿気ていてもいけないが、乾燥しすぎていてもいけない。両方ともいらないものだが、いるものだ。
 いずれにしても、秋本番で、晴れて空が青くて、過ごしやすくなってきた。喫茶店も冷房も暖房も入れなくてもいいので、この間電気代が安く付くだろう。送風や換気は必要だが。
 これで、夏場の喫茶店の冷房の寒さから解放されるかもしれない。そのうち暖房が入るのだが、それはまだ先。
 昨日はやっとユニクロでパーカーを買うことができた。久しぶりに気に入ったのがあったためだ。この時期、まだ半袖一枚でウロウロしている人がいるし、半袖のカッターシャツから長袖になる程度のなので、さらにその上に何かを羽織るとすれば、カッパしない。
 さて、そのパーカー、裏ジャージパーカーで、マウンテンパーカー系。よくあるデザインだ。
 ジャンパー系パーカーは裾が短い。だからマウンテン系は少し長く、レインコートほどではないが、尻まで隠れる。
 ユニクロで試着すると、気持ちがいい。少し迷っていて、他に何か違うものがあるのではないかと思っていたのだが、袖を通すと一発で決まった。
 黒っぽい青と緑と茶色がある。目立たないのは黒っぽい青。緑と茶色は彩度が高いのか、色は濃いのだが、冴えた色。結構目立つ。茶色は黄金色に近い。緑は少し明るすぎ、青は沈みすぎて、今一つなので、最初に見たとき気に入った茶色にする。緑も茶色も黄色が入りすぎているのか、明るい。まあ、普通の上着ではなく、パーカーなので、それなりに目立ってもかまわない。山で遭難したとき、見付かりやすいとかではないが。
 裾の長さは、腕の裾より、少しだけ長い程度。ユニクロのはサイズが大きい目なので、Sにする。これが真冬のゴツイタイプなら、Mだろう。中に着込みやすい。長いと指先まで隠れそうだが、冬はそれで十分。手袋になるので。
 それでも親指の付け根あたりまである。Sでも大きいのだ。それで、Sでもゆったりしている。
 売り物の裏ジャージパーカーだが、ジャージの裏ではなく、パーカーの裏地のこと。
 このジャージは綿で、少しだけ化繊が混ざっている程度。まあ、薄い綿のTシャツの生地に近い。だからその布を胴体部に貼り付けてある。腕の箇所は、表地のナイロン地をツルッとしたタイプで、二重構造。表地のナイロンは綿の感触を出しているようで、シワが結構ある。つまりツルッとしていない。皺というか、縫い目などの凹凸で、少し波打つような感じだろうか。だから一見して綿ではないかと思うほど。固くてツルッとしていない。この表面加工が上手い。
 腕の裏地は、スーツの裏地と同じで、ツルッとしているので、スーと腕が通る。胴体のジャージ箇所は、暖かみがあり、化繊で包まれているという感じがしない。
 袖は絞られているが、それほどきつくなく、ユルユル。ボタンやマジックテープなどの調整ものはない。手前に引っ張ると簡単にまくれる。だからすぐに半袖になる。引っ張るだけでいい。折らなくてもいい。その袖口の大きさが絶妙で、細く絞りすぎると、ゴムで締め付けられるよう感じになるが、それがない。だから緩い。
 次に問題になる謎めいたものとして、襟元の複雑さだが、これはただのフードと襟とが合体しているため。複雑に見え、大袈裟に見えるのは、フードの付け根、麓部が襟になるためだろう。
 ファスナーは上に上げると端まで行く。そこまで上がるとは思っていなかったのは、喉元を閉めるボタンが付いていたためだ。富士山の頂上部に近いところにあるボタン。これは閉めないだろう。だから、そこにはファスナーのレールは走っていないと思っていたが、襟の先まで走っていた。
 実際に上まで上げるのはやや抵抗がある。気分の問題ではなく、ファスナーが引っかかる。きついところを登って行くためだろう。生地の張りがある程度必要で、レールの下の敷地が必要。生地が柔らかいので、くにゃっとして、上がりにくい。そこまで上げることはないはずだが、片手では一寸したコツがいる。
 ファスナーは金属製で、これは壊れやすい。
 ただ、ボタンも付いている。これはパチンと合わせるタイプなので、ボタンのように取れたり緩んだりすことはない。だからファスナーが壊れた場合、このボタンが生きるのだろう。
 ファスナー箇所、ボタン箇所にはカバーがあり、見えないようにしている。長いテープのようなもので、隠している。これにファスナーが噛んでしまい安いのが欠点。それだけ生地が柔らかく、しなやか。
 このボタン、ファスナー隠しのカバーは雨の日などに必要。当然風が強いときも、隙間から入らないように。だから、ファスナーのレールが見えないようになるのだが、それが全体を軟らかくしている。金属ものが見えないし、パッチンも見えない。
 裏地にジャージを使っているパーカー、その箇所にボアを仕込めば冬服になるだろう。毛羽だったものとか。それを薄い布だが、それを貼り付けているのは、普通のパーカーよりも、少し分厚く見えることと、布の温かみが出る。
 パーカーにはフードが付きもの。そのフードを被ると、僅かながら庇のようなのがある。それを閉める紐が出ているのだが、それが短い。まだ一度も閉めていないためだ。
 雨の降る日、傘を忘れたときの非常用だろう。防水性は弱そうだが、一応弾く程度の加工はされている。長くは持たないようだが。
 ポケットは腹の箇所に水平にある。まずまずの大きさ。蓋もあるが、マジックテープではなく、パッチンで閉めるタイプ。蓋があるのは雨対策だろう。ポケットに屋根がいる。
 以前買ったユニクロマウンテンパーカーはマジックテープで、これが始末が悪いので、捨てた。表生地も同じナイロンだが硬い。今回はそれらを学習して、選んだことになる。
 腹箇所のポケットと重なるように、脇ポケットがある。同じ位置だが袋が違う。こちらは縦入口なので、手を突っ込みやすい。デザイン優先ではなく、こうした実用性、着心地だけではなく、いい感じだ。
 ポケットは胸にもあるが、縦入口。だからここにはカバーはない。上からの雨なら、縦なので、問題はないためだろうか。結構深く、時代的にケータイではなくスマホが入る大きさ。
 内ポケットもあるが、いずれも心臓部。だから右利きの人が取り出しやすい側にある。ここは考えてのことだろうか。
 季節的にはまだペラッとした薄いパーカーで十分なので着るにはまだ早いかもしれない。だから正月前まで着られるかもしれない。結構ダブッとしているので、冬もいけるかもしれないが。
 似たようなタイプの、レインコート系をゴミに出したので、この裏ジャージパーカーがメインになる。まだ、少し早いが。
 
 
 
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2019年09月24日

ユニクロ裏ジャージパーカー

■■ 2019年9月24日 火曜日 午前8時49分
 
 今朝は曇っている。気温は低い目だろうか。涼しい。雨が降りそうな雰囲気で、空が少し暗い。今日は連休明けだろうか。平日に戻ったのだが、平日ではない日が頻繁にある。だから平常ではない日がかなり多い。しかし、それで日常が平常ではなくなるわけではないが。
 九月も下旬、彼岸花も咲いており、これは秋を知らせるので、涼しくなってきても当然。まだまだ半袖の人を見かけるが、これは夏の名残を見るようなもの。そういうのを見かけなくなると、淋しくなっていくだろう。
 まあ、暑い夏から早くおさらばしたかったはずだが、寒くなり出すと、もう少し夏のままのほうがよかったのではないかと思ったりする。これは勝手なものだが、寒い冬から春になったとき、まだ冬のままでいたいとは思わなかったりする。寒さへ向かうのと暖かさへ向かうのとの違い。
 台風は情けないことに低気圧に変わってしまったようだが、少しは風が吹いていたし、それらしいものが通過したことは分かる。風も強かったが、生暖かい風を運んできていたので、調子が狂った。だが、台風が去ってもすっきりとは晴れない。秋のベースが出てくるはずなのだが、曇っている。まあ、秋でも曇っている日があるので、ベース内だろう。
 昨日は昆陽にあるイズミヤへマウンテンパーカーを見に行くはずだったが、途中で引き返した。煙草を忘れたため。それだけならコンビニへ寄り、そこで煙草とライターを買えばいいので、問題はない。よくあることだ。出てすぐなら戻りやすいが、少し行ったところで、気付いた。
 煙草屋は多いが、全部シャッター。自販機さえ置いていなかったりする。廃業し、普通の家になっているが、看板だけは残っている。煙草とか、切手とか。流石に塩の看板をもう消えてなくなったようだ。滅多に見かけない。
 ところが近くにコンビニはない。少し横へ逸れすぎる。
 それで、面倒になり、家に戻り、振り出しから始める。流石に昆陽まで行く気がしないので、いつもの夕方前の喫茶店へと向かう。毎日通っている道なので、距離感がない。慣れた道なので、安定感がある。
 それで、喫茶後、ユニクロへ行く。祭日なので人が多いが、ユニクロはガラッとしていた。土日や祭日はレジが一杯で、並んでいたりするので、平日しか行かないことにしていたのだが、見るだけなら、問題はない。買わないので、並ぶ必要がない。レジは駅の改札が複数並んでいるように、三つか四つあるのだが、誰も買っていない。店員が一人ぽつりといるだけ。
 まあ、普通の衣料品店なら、そんなものだ。土日の混み具合がユニクロだけは別だったのだろう。
 それで目的のマウンテンパーカーだが、それに近いのがレジに近い場所にあった。だから新作だろう。これは夏の終わり頃、出ていたのを思い出すが、まだ暑い頃だ。
 既に真冬のジャンパー類も吊られているので、そのマウンテンパーカーなど薄く感じるほど。詰め物はない。ペラペラのパーカーでぎゅっと握れば手のの中に収まる感じのものに比べれば裏地もあるので、ボリュームもあるが。
 裏ジャージパーカーとなっており、このジャージというのが気になった。裏皮のような感じを連想したのだが、そうではなかった。裏地がジャージで、着やすいと言うことだ。表地はナイロンだが、綿のような感触。雨の日に着ている薄いペラッとしたパーカーより少しだけ分厚い程度だろうか。それと裏にもう一枚入っている分、分厚く見える。一応防水加工はされているようだが、少し弾く程度だろう。
 特殊な加工をしたパーカーが定番として別にあり、そちらは今見ると、薄くて頼りない。そして無機的なデザイン。
 さて、その注目のパーカー、首回りが分かりにくい。かなり上まで閉まり、喉を越えていたりする。フードというよりダブッとした首輪に近い。襟で顎まで隠れるほど伸びるので、それはもの凄い襟だということだ。だから肩まで来てしまう。これが少し大袈裟ではないかと思えるのだが。しかし、もう少し寒くなってきたとき、首は大事。これなら救命具の首輪に近いので、全部隠れる。前も後ろも。そしてフードなので、当然頭も隠れる。影の軍団の忍者のようになる。頭だけではなく、マスクのように鼻まで隠れそうなので。まあ、時代劇の身分の高い侍の頭巾のようなものだ。
 だから首元、襟かフードかマスクか分からないようなごちゃっとしたデザインで、これは掴み所がない。
 しかし、マウンテンパーカー系はゴミに出したので、軽く中綿の入ったコートがある程度。これは雨に弱い。
 ポケットは脇腹の水平開きで二つあり、防水性を考えてか、口に蓋が軽く付く。ここがマジックテープの蓋ならパス。手が悴んでいるとき、そのテープのギザギザで噛まれるため。それにすっと入らない。蓋が合っても突っ込めるが、マジックテープでは力がいる。
 イズミヤで見たマウンテンパーカーは定番のデザイン。防水性や蒸れ対策など、結構いい。値段は同じ。ただ、表生地の感触はユニクロのほうがいい。しかし、防水性などは少し劣るだろう。
 イズミヤのは普通のフード。首まで隠れるほど襟は長くない。
 ユニクロのはファスナーでは流石に顎まではしんどいので、そこからはボタンになる。ファスナーでは喉が痛かったりするためとは思えないが、覆面になる。
 それと袖の先が、ユニクロのは軽いゴムで閉めている。先だけ。これはめくりやすい。それほど分厚くないし、生地もしなやかなので、引っ張れば簡単にまくれるだろう。折り返さなくてもいい。だからすぐに半袖になる。
 防寒着というよりも風除け程度のウインドブレーカーレベルだが、寒くなるまでは実用的な着やすさがあるので、とりあえず何か羽織るときには、この季節から先活躍しそうだ。
 
 
 
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2019年09月23日

暖かい台風

■■ 2019年9月23日 月曜日 午前8時44分
 
 今朝は暖かい。台風が通過中のためだろう。日本海側を北上している。最接近しても暴風圏内には入らないようなのだが、夏を連れてきている。それで、蒸し暑い。これは前日からで、昨夜は久しぶりに熱帯夜。気温的には大したことはないのだが、ムッとした空気。それで寝苦しいので、扇風機を付ける。途中で切ったが、朝になると、もっと接近しているためか、暖かい朝。
 秋の深まりを考えての服装では暑すぎるので、夏に戻す。まあ、上に引っかけなければいいのだ。
 天気予報などを見ると、気温はそれほど高くはないのに、不思議だ。これは気温の質、空気の質が違うため。温度の数値が同じでも、ものが違う。だから温度計だけを見ていても、分からない。
 台風なので、近くでなくても風や雨が来るだろう。風は前日から強い。雨はたまに降っていたりする。夜中に降っていた形跡がある。
 この台風が去れば、ぐっと秋が深まるかもしれない。隠れていた地の秋の空になるはずなので。そのあたりから秋物が必要になるはず。
 今日は月曜のはずなのに、日の丸が揚がっている。三連休だと聞いていたが、このことだろう。何の日か知らない。旗日だ。
 涼しくなるに従い、起きるのが遅くなる。夏場は暑くて寝てられないためだろうか。遅く起きてくると、それだけ遅くまで起きている。少しそれでズレたりする。しかし、今朝は夏の頃のような時間帯だった。きっと暑いためだろう。
 扇風機と電気ストーブの両方がいるような妙な日になっている。しかし、どちらもいらないのかもしれないが。プラスマイナスゼロなので。しかし、それなら暑くもなく寒くもないことになるが、どちらかに傾いているので、いるのだろう。
 昆陽のイズミヤで見かけたマウンテンパーカー風なのが欲しいところ。今朝もそれに似たのを着ている人がいたが、暑いだろう。しかし、雨が降る予報があるので、カッパ代わりになるので、悪くはない。
 昆陽のイズミヤというのはいつも行く場所ではなく、方角が逆。滅多にそちらへは行かない。だから何かのついでに寄るということもない。
 そこに喫茶店があり、また中古屋があるので、カメラの中古をたまに見に行く程度。前回いったときは卵焼き器の高いのを買った。三層構造で、焦げ付かないタイプ。そこが分厚い。百均の卵焼き器は薄い。だからすぐに暖まるが、焦げやすい。鉄板ではなく、卵が。だからすぐにひっくり返さないといけない。ところが高いのは余裕がある。そしてふっくらと焼ける。じわっと火力が加わるためだろう。
 中古カメラは出物がなく、ずっと同じものしか置いていないので、変化がない。たまに違うのがあっても、今一つのカメラが多い。
 
 
 
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2019年09月22日

夏物ジャケットの延命

■■ 2019年9月22日 日曜日 午前9時18分
 
 今朝は曇っており、雨がぱらっとしている。傘を差すほどではないが、ポツリポツリと濡れるが、風で飛ばされてきた雨なのか、やむというわけではなく、止まるような感じ。そんな雪があったように思う。
 今朝はよく分からないような気温で、低いのか高いのかが明快ではない。湿気があることだけは確かだが、風が強い。
 涼しいと思い、上に先日買った高い目の上着を羽織る。伸び縮みするらしく、ゴワッとしている。生地は薄い。ペラ一枚だが、風除けにはなるようだ。夏物だと思われるが、秋先に買うと、薄くて高いような気がする。涼しさよりも温かみを求めるためだろう。しかし、買ったときはまだ暑かった。もう一つ別タイプがあり、そちらは生地ががしっとしており、分厚いが、それでもペラ一枚。同じメーカーだった。それを試着すると暑苦しかったのだが、今思うと、そちらのほうがいよかったような気がするが、それでも生地が硬そうで、滑らかさがない。両方と木綿だ。
 結局ストレッチと書かれているほうを選んだ。特徴というか、特技があるほうがいいだろう。ストレッチなどはしないが、伸びるようなので、腕を極端に回したりしたとき、追従性がいいはず。試していないが。
 今朝の喫茶店は暖かい。冷房を切っているのだろうか。故障しているのかもしれない。
 どちらにしても、この夏のジャケットの寿命が短いので、始終着るほうがいい。だが多少の防寒性も感じられるので、もう少し延長できるかもしれない。半額だったが、結構高いので、よそ行きかもしれない。しかし、年寄りの病院通いの服装に近かったりする。これで保険証と薬だけが入る小さなショルダーをぶら下げていれば確実だ。
 台風が近付いて来ているのか、天候が読めない。温度もそうで、今は涼しいが、また生暖かい風が吹き込んでくるかもしれないので、急に暑くなる可能性もある。
 十日間予報を見ていると、最低気温がかなり低い目。秋の深まりそのままの数値だ。10月がもう近いのだから、そんなものだろう。10月は秋のど真ん中。一番秋らしくなる。
 この季節、レインコート風なものが好ましい。雨用だが普通に羽織れるようなものが良い。だから秋物ジャンパーなどでいいのだが、これがまた中途半端で、寿命が短い。
 レインコート風でカッパ風なのは薄い。これが意外と寿命が長いのではないかと思われる。雨具としてのカッパなど夏冬はない。ずっと同じだろう。昔のカッパはゴムで、これは蒸れる。ゴム蒸しだ。物理的に水を寄せ付けない。だから風が入ってこないので、蒸れる蒸れる。風雨に強いので、それでいいのだが。
 マウンテンパーカーが二着あったのだが、汚れすぎたり、破れたりして、捨ててしまった。これは買いやすい。
 先日イズミヤで防水性がかなりありそうなのを見付けたのだが、そのときはまだ暑くて、買う気が起こらなかった。イズミヤの安物にしてはそれなりの値段がしていた。在庫処分ではなく、秋物として仕入れたばかりのためだろうか。真冬のダウンジャケットやヘビー級の防寒服はまだなかった。ユニクロなどでは既に売られていたりする。誰が買うのだろうか。しかし、去年ものだと安かったりする。
 
 夕食後の徒歩散歩はまだ続けている。少し前に買った中古カメラに付録でついていた小さなカメラバッグが使いやすいので、それをぶら下げて歩いている。小さなカメラとレンズ一本が入る程度。大きい目のカメラだと、仕切りを外せば入れやすく取り出しやすくなる。
 昨夜はパナソニックのネオ一眼FZ300をそこに入れる。これは少し大きい目なので、仕切りを外している。鞄の中にはそれしか入っていない。普段持ち歩く鞄ではないためだ。だからポケットの延長。コンパクト系ならポケットに入るが、ネオ一眼や一眼系は入らない。
 このネオ一眼、受光素子は小さいのだが、夜景でもなんでも平気で写せる。だから望遠夜景も苦にしない。感度は3200で止まるが、レンズは全域F2.8なので、普通の望遠ズームなら12000ほどになるのを3200で済む。
 そして画質は一眼並み。このカメラ、バケモノのようなカメラで、何でもこなしてしまう。
 ネオ一眼としては重い方だが、先日買ったペンタックスK70を持ち慣れていると、軽く感じる。これはメインで使えるカメラで、下手なミラーレスよりも写せる範囲が広かったりする。
 
 
 
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2019年09月21日

ペンタックK70の続き

■■ 2019年9月21日 土曜日 午前9時41分
 
 今朝は曇っている。そしてひんやりしているので、ユニクロで買った綿の国民服のようなのを羽織る。下はカッターシャツ。朝、街ゆく人を見ると、半袖のTシャツの人が結構いる。カッターシャツの人も半袖が多い。長袖でちょうどぐらいだろうか。それでは寒いので、上にカッターシャツよりも生地の分厚い国民服を着ているのだが、それに相当する厚着の人は見かけない。
 曇っており、雨が降りかかっているので、蒸し暑いためだろうか。それは平気だ。こういう日は着込むと汗ばむのだろうが、結構湿気や暑さに強いので、問題はない。寒いのがきつい。涼しい程度でも、ヒナのように震えていたりするほどではないが。真夏の炎天下でも汗はほとんどかかない。激しい動きでもしない限り。
 二日ほど前の夕方が寒かったので、それを思い出し、朝夕は厚着にしている。それで暑苦しくなり脱ぐことはない。そういえば夏の手前まで冬物で、結構汗ばんでいたことがあるが、それはやり過ぎだろう。
 まあ、多少暑い程度のほうが寒いよりもいい。ただ、ある程度の暑さを越えると、寒いよりも厳しい状態になる。温めすぎても駄目だし、冷やしすぎても駄目。
 ユニクロの国民服風秋服は2千円台にしてはしっかりしているし、それよりも、このタイプが欲しかったのだろう。綿だが、裏がざらっとしている。このざらっとのボリュームが上がると、冬服になるが、それは綿ではできない。
 しかし、綿のパーカーで、裏地がタオル地のがあり、これは重いが結構暖かい。今の季節向け。襟はないがフードがあり、これで首元も暖かい。
 今の季節、これがずらりと吊されて売られている。フードの裏側あたりで汚れを受け持ちすぎて、汚れやすい。
 目立たない厚着としては、分厚い目のカッターシャツを着ることだ。登山用などはオーバーのように分厚い。ズボンの下に入れると、腹巻きをしているような感じになる。
 カッターシャツは真夏用の長袖の薄いタイプが着心地がいいので、それを着ている。しかし、さらっとしすぎて、寒々しい感じがしないではないが。熱を逃がすのだろうか。
 この季節、年寄りで多いのが、カッターシャツの上に分厚い目のチョッキを着ている人。釣りのときのチョッキよりシンプルだが、ポケットが多い。背中などが寒く感じるとき、効果的だ。カッターシャツだけではポケットが少ないので、このチョッキは好ましい。
 あまり厚着に見えないのは、ペラッとしたジャンパーだろうか。雨具のような。これは薄いが結構暖かい。風を通さないためだろう。多少の雨でも何とかなる。ナイロンの風呂敷のようなもの。
 年を取った婦人、老女であって老婆ではないタイプの人の厚着率が高い。そのレベルの厚着で今朝は丁度いい感じだ。
 十日間予報を見ると、最高気温はまずまずあるのだが、最低気温がガクッと下がっている。20度を切り、十度台だと、流石に、夜は寒い。昼間、陽射しがあれば、30度近くまで行くが、これは夏の名残。
 ここで台風が来るのだが、これで気温が変わるかもしれない。
 
ペンタックK70の続き
 この時期、一眼レフレックスカメラというのは時代的にどうなのかと思うが、だからこそ注目した。しかもこの時代、あまり見かけなくなったペンタックスのカメラはどうなのだろうというのもある。これは捻りすぎて考え落ちしたようなものだが、実は一番素直なメーカーではないかと思ったりする。一眼レフと言えば、ペンタックスだろう。そのイメージが強い。しかし、ミラーレス時代になり、今更一眼レフには戻れないという人も多くいるはず。それだけ効率が高く、便利なためだ。ミラーがないことで、色々なことができる。
 ただ、最近の一眼レフはニコンもキャノンも半分はミラーレスなのだ。ファインダーは使えないが、背面液晶だけになるが、ミラーレスと同じ恩恵を受けられる。
 だから、将来のプロ機は一眼レフとミラーレスの両方を切り替えるタイプになるかもしれない。ファインダーも背面液晶だけではなく、ファインダー切り替えのハイブリッドになったり、専用殿Sファインダーが付属したりとかに。
 ミラーレスの良さは仕上がりが確認できること。だから合理的。さらにAFの合う位置が多いため、画面の何処に被写体があっても捕らえることが出来たりする。技術的な余地はミラーレスの方に多く残っている。まあ、普通の一眼レフでも、ライブモードで同じことができるのだが、今のところ背面液晶だけの撮影になるので、そこがしんどいのだろう。
 そういう中にあって、取り残されたようなペンタックスの一眼レフを買うというのは、ここは隠れ里のようなもの。ミラーレスに覆われていないメーカーだ。ただ出していないわけではない。一台だけミラーレスを出している。ただファインダーはない。下駄のように分厚いカメラだった。その後継機はない。
 またQシリーズがあり、小さな受光素子だがレンズ交換ができる。だからQマウントというのがある。それも後継機が出ないまま、黙っている。これにも電子ファインダーは付いていない。意地でもファインダーを付けないのだろう。ペンタックにとってファインダーとは光学ファインダー以外、あり得ないといわんばかりに。
 さて、K70だが、これは手に入りやすいカメラで、このクラスでは一番新しい。それでも数年経過しているが。KシリーズとSシリーズがあり、SシリーズはS2あたりで止まった。
 ちなみにKの一桁台は高いタイプで、フルサイズも含まれる。
 その一桁台の新製品が久しぶりに出るようだ。まだ開発中で、出るのは来年だろうが、フルサイズではない。背面液晶は稼働しない。ここは頑固だ。液晶撮影などおまけとばかりに。ただK70は初心者向けでもあるので、チルト液晶になっている。面倒なので、やはり回してまで使わないが。
 K80が出るとすれば、その前後だろう。
 
 現役最新機のK70は結構小さく、向かって右側の肩がないほど狭い。ここにはダイヤルなどがないため、それでいいのだが、これで横幅がぐんと狭く見える。カクカクとした四角い箱のようなカメラで、丸みがない。デザインは直線的。ただ小さい。コンパクトな一眼レフを作るメーカーだっただけに、それがまだ生きているのだろうか。MEやMXのようなAF一眼以前は小さかった。ただ、デジカメになってからは、それに拘らないようで、AF一眼レフ時代の形を踏んでいるのだろうか。持ちやすく構えやすいという実用性を取っているが、そうではない個性的なデザインのも出している。S1だろうか。
 最近出したものではXPがあるが、グリップの突き出しが浅く、望遠など付けたとき、持ちにくいだろう。だからグリップが売られている。ただ、シャッターボタンは奥にある方がいい。グリップの先に。
 K70は実用性を取った。だから重いレンズでもグリップが効いているので、持ちやすい。
 電源レバーはグリップの先にあるシャッターボタン受け皿と同軸にある古典的なもの。片手でカメラを取り出したとき、片手で電源を引ける。ただ、その先にさらに電子ダイヤルがあり、間違って、それを引くことになるのだが、こちらは回るので、それで違うとすぐに分かる。
 この前ダイヤルとは別に背面側にもダイヤルがあり、所謂2ダイヤル式。これは中級機以上にあるとされているが、オリンパスなら初級機でもある。ただ軍艦部に二つあると窮屈だが。
 電源レバーはオフ、オン、動画と三段式なのが少し気に入らない。引きすぎると動画になってしまうし、戻すとき動画側に引いてしまったりする。まあ指で引けばオン、戻すため押せばオフと覚えておけば問題ないだろう。
 まあ、動画モードになると、ミラーアップするので、その音で分かるが。動画は写せるがファインダーは光学式。昔の8ミリカメラかと思うほどだが、背面液晶でしっかりと写せるが、動画が写したいのでペンタックスK70を買う人はまずいないだろう。おまけだ。ただ、光学ファインダーの澄んだ画面で動画が写せる。これはこれでいいのではないか。写したことはないが。
 軍艦部はあっさりとしており、ゆとりがある。でんとあるのは撮影モードダイヤル。絞り優先とかシャッター優先とかがある、いつものダイヤルだ。
 その中に感度優先モードがあるのが異色。感度優先なので、絞りもシャッターもカメラ任せ、感度だけ弄るということだろう。よく聞くモードではない。
 プログラムモードとオートモードがあり、オートモードがシーン自動認識が効く。手動で、シーンに合ったものに合わせることもできる。このあたりはよくあるので書く必要はないが、プログラムモードとオートモードとの違いははっきりしているので分かりやすい。
 分からなければオートで写せばいい。
 絞り優先とシャッター優先を同時に一発でできるのがハイパーモード。そういったモードはないのだが、前後にある電子ダイヤルによるプログラムシフトのことだが、二つの電子ダイヤルで、シャッターだけを動かすとか、絞りだけを動かすとかができる。だからプログラムシフトの発展型。好みの絞りやシャッターに持って行ける。だから、絞り優先モードやシャッター優先モードに入れたのと同じ。
 二つの電子ダイヤルに振り分けてあるのがミソ。
 ただし、それはオートモードでは反応しない。ダイヤルを触っても無反応。間違って触ってしまう恐れがないので、それはそれでいい。
 これをハイパーマニュアルといっているはずだが、かなり前からそれはある。お家芸であり伝統芸だ。
 ハイパーマニュアルができるのはプログラムモード。
 だからここに入れておけば、絞り優先やシャッター優先に入れる必要がないのだろう。
 だから両優先機だが、普段はプログラムライン撮影でいけるところまでいけるので、露出はお任せという写し方でいける。ただ、絞り優先とかシャッター優先とかを使うのは露出ではなく、効果だ。背景をぼかしたいとか、高速シャッターで止めたいとか。
 このハイパーマニュアルと感度優先モードというのが、独自のはず。だから結構凄いことを思いつき、それをやっているメーカーなのだが、あまり目立たない。
 だからニコン、キャノンの一眼レフは、どちらも似たようなもの。
 まあ、そういう独自の機能を使うかどうかは使う側が決めるし、使わなくてもかまわないので、使わない人にとってはあってもなくてもいいことだろう。
 そしてペンタックスに期待しているのは、普通に写せる普通の一眼レフ程度。
 
 先ほどのハイパーマニュアルもユニークなのだが、それよりも簡単なのがある。それはTAモード。これは絞りとシャッターを自分で合わすので、マニュアル撮影と同じだが、露出は考えない。えっと思うが、絞りとシャッターで露出を決める。このモードでは露出は感度が決める。だから変化するのは感度。
 どうしてもこのシャッターで、この絞りの値で撮りたいという場合だ。当然無理な設定では感度が上がる。だから絵が汚くなるということもあるのだが、6400や一万を超えても、まあ、似たようなものだが、これは手持ちで写すときだろう。
 当然シャッターを優先させたいときはシャッター優先モードにすればいいが、これも面倒だ。
 だから色々なアタック方法があり、好みに合ったもので写せばいい。
 プログラムシフトも使っていないのに、それよりややこしそうなのがあっても使わない人は使わない。
 そのTAモードも感度の上限が気になり、ここに壁がある。
 ただし、上限感度設定は当然できる。またオート感度の上限がかなり広い。そこまでオートで自動的に上がるのかと思うほどだ。
 このカメラの兄貴分のXPなど、暗闇でも写るのではないかと思えるほど高感度の数値が天文学的。
 これはそんな値は必要ではないのだが、高感度でもノイズが少ないですよ、と言う程度の認識でいいのだろう。要するに高感度というよりも、ノイズ消しが上手いのだろう。だから何百万とかの数字はただの目安。
 結局6400から12000あたりで怖くなるだろう。実際にその値で写してみたが、色も出ているし、特に問題はない。まあ暗いところなので、被写体に光沢や鮮明さが最初からないので、そんなものだろう。
 感度上限を12800にしている。問題は何もない。暗いところでは常用感度だ。暗いキットレンズでもこれでシャッターが早くなる。画質よりも、手ぶれのほうが問題。
 まあ、日常写しでは何が被写体になるのか分からない。ジャンルを超えるものを次々に撮しているようなものだ。花だけを写しに行くわけではなく、飛行機が飛んでおればそれも写す。夕焼けも写すし、人の後ろ姿も写す。
 だからフルオートの何でもありのオートモードから入るのがいい。ほとんど露出だけのモードに近いが、シーン自動認識が効くので、風景だと、それなりに絞ろうとする。
 そして絞りやシャッターの値が気に入らなければ、電子ダイヤルを回せば、そのままハイパーマニュアルになり、任意の絞りは後ろダイヤル。任意のシャッタースピード値は前ダイヤルで合わせればいい。ただしどちらかを動かすとどちらかがそれに合わせて動く。両方任意の値に合わせたければTAモードにすればいいが、今度は感度だけが派手に動きそうだが。
 まあ、色々なアタックの仕方があるということだろう。
 
 カメラは少し重いが、慣れると、それほどでもない。見た目が小さいためだろう。こういう一眼レフは付けるレンズによってがらりと変わってしまう。だから単焦点レンズなどを付けると、軽くなるのだが、逆に扱いが悪くなる。カメラの扱いではなく、レンズの扱い方。一本レンズが増えると、持って行くかどうかを考える。それにはそのレンズをすぐに取り付けられるような鞄がいる。カメラバックだ。すると、普通のノートパソコンが入らなかったりする。カメラ以外の扱い方が必要になる。それが一本だけなら、付けっぱなしでいい。
 レンズ交換できるのが一眼レフの良さだが、付けるレンズを選べるだけのことだろう。
 28から200のキットレンズはダブルズームキットの望遠ズームよりも望遠が半分ほどになるので、物足りないが、その上のレンズもある。しかし中身はどうもタムロンで、そのレンズのニコン版を持っているが、スペックはそっくり。同じだと思える。
 まあ、望遠側はネオ一眼に任せておいたほうがいい。28から200は28から85ミリあたりの標準ズームに比べれば、少しアップ気味に撮れるので、標準ズーム延長タイプ程度。200ミリあるので、まあ望遠レンズとしてはぎりぎりだが。
 
 石仏などを写したのだが、少し離れたところにあるとバストアップまで。寄れる場合は顔のアップは効くが、そこまで寄れない場合が多かったりする。こういうときネオ一眼なら1400ミリとか、ニコンなどは2000ミリが効くので、その距離の差を埋めることができ、好みの大きさで抜ける。
 28から200しかないと、それなりの写し方になるが、これはこれで悪くはない。
 ネオ一眼やコンパクト系との違いはぼけ具合。だから、石仏は小さくしか写せなくても、狙っている石仏にしかピントが来ないので、浮かしやすい。背景の処理がしやすくなる。そして、綺麗にボケる。ぼかすのが楽しくなるのが、このタイプの一眼レフ。それでぐっと写真が柔らかくなるし、雰囲気が出る。だから、そちらのほうを狙って撮すことになる。
 そういった場所でカメラを振り回すとき、思っているよりもカメラは軽かったりする。意外と重さを感じないので、不思議だ。持ったときの重心がいいのだろう。
 
 色々と細かい設定ができ、ボタンなどを入れ替えたりできる中級機レベルだけのことはあるが、そのままでも問題はない。一つだけ、ここだけは変えたいと言うときはカスタマイズ性が高いほうが痒いところに手が届く。
 たとえば前ダイヤルに露出補正を仕込むこともできる。そういうのを多用する人は都合がいいだろう。ただ、一眼レフのファインダーなので、露出はファイダーを見ても反映しないが、いつも白く飛んでしまうというシーンがあり、確認できなくても、暗い目に合わせるのだろう。
 露出は思ったよりも悪くはない。ペンタックスの一眼の露出はじゃじゃ馬だと聞いていたのだが、そうでもないようだ。オート撮影で何も弄らなくても、普通に写っている。まあ、白飛びや黒つぶれをしてしまうのは仕方がない。
 階調拡大のための機能もあるが、何枚か写しての合成なので、鮮明さが少し落ちるのではないかと思える。絵がフラットになり、眠くなることが多い。
 それよりも、初期値のままの画質は大人しく、優しい絵になる。よくいえば上品。それでいて、緑色などは非常に鮮やかで、ここがペンタックスらしい。自然の風景、緑の多いところを写すときは、いい感じだ。
 これは他のカメラとの差は大してないのだが、少しだけその印象が強い。まあ、ボディーだけではなく、レンズも影響するので、一概には言えないが。
 このペンタックスの色目がいいので、ペンタックスから出られない人もいるだろう。
 総合的に見て素直な一眼レフだがコンパクトデジカメと比べて、極端な差はないが雰囲気のある写真が撮れたりする。
 
 
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2019年09月20日

尼崎寺町巡り

■■ 2019年9月20日 金曜日 午前9時28分
 
 今朝は晴れているが、気温が低くなっている。昨日の夕方、夏の服装では寒いほどだった。22度ほどしかなかったためだろう。昨夜は15度を切っていた。ガクンと昨日の夕方あたりから気温が下がった感じだ。しかし、台風が来ている。これがまた温かい空気を持ち込むのではないかと思えるので、また暑くなるかもしれない。
 それで今朝は寒いのではないかと思い、夏のカッターシャツの上に夏のジャケットを羽織る。しかし晴れており陽射しがあるので、それほど涼しくはなかった。だがそのスタイルでも暑くはない。少し厚着のほうが喫茶店の冷房を考えれば、都合がいい。少しでも厚着のほうが冷えなくていい。出るとき、夏の陽射しを受けほっとしたりする。すぐに暑苦しくなるのだが、今朝はそこまで暑くならないだろう。
 それで昨日の昼の喫茶店からの戻りに、尼崎方面を攻める。ネタも目的地もない。尼崎だけでは単に方角だ。南下すればいいだけ。
 しかし、尼崎城ができているのを思いだし、尼崎城攻めとする。
 尼崎城は尼崎の藩主の居城だろうか。市役所のようなもの。伊丹の南側は実は尼崎藩領だった。だから市役所は尼崎で、伊丹ではなかった。まあ、今の尼崎と伊丹の境界線あたりは荘園などがあり、領主が何人もいたりする。
 尼崎城は阪神尼崎駅近くにあるはずなので、寺町があるあたりを攻めればいい。尼崎城の位置を知らないので、適当だ。
 どちらにしても五合橋線を真っ直ぐに南下すれば阪急、JRの線路を貫き、阪神尼崎に出るので、その裏まで出れば寺町で、寺が集まっている場所。城など新しいし、周囲は何もないはずなので、複数の寺が集まっているところへ行く方が見るものが多いはず。
 尼崎方面にはよく乱入するが、もっと東寄り、大阪寄りの有馬街道のようなところから南下する。しかし浅い。JRの手前まで。阪神電車が一番浜川を走っているのだが、それを越えると、海になるので、ここは工場地帯。
 それで普通に阪急塚口駅あたりまで行き、そのまま五合橋線に沿った裏道を南下する。五合橋というのは尼崎の二号線、昔の山陽街道に架かっている橋の名だと思うが、違うかもしれない。その橋あたりから北へ向かう道が延びている。これが伊丹のど真ん中を射貫く。
 それで二号線まで来ると、そこはもう阪神尼崎駅前の繁華街。一番賑やかな場所で、歓楽街でもある。
 尼崎ダンジョンと言われる洞窟型商店街を渡ると、時代劇の世界。寺の土塀が伸びている。以前、そんな立派な塔などあったのかと思うようなのが、ニョキリと伸びている。城近くのはずだが、ここに寺を集めたのだろう。だから寺だけの町。だから寺町。そのままだ。
 どの寺もそこそこ広く、開放している。だから中に入れる。尼崎や伊丹にある寺はほとんどは個人の家のようなもので、家族でやっているような寺。
 ここも似たような規模の寺もあるが、境内をウロウロできる。
 それと尼崎七福神巡りというのがあるらしく、ポスターが貼ってある。要する寺を連チャンするネタを提供してくれている。ただし、これらの寺は七福神がメインの寺ではない。しかし、そうすることで、順番に見て回れるという仕掛け。
 それで以前に比べ、すっかり観光地化されたのだが、いいものを尼崎はお持ちで、という感じだ。伊丹とはスケールが違う。伊丹にもお寺が集まっているところがあるが、開放していない。また幼稚園になっていたりする。伊丹も城近くに、寺が三つほど集まっている。寺町と言える規模ではないので、三寺。
 お隣の池田には池田城ができた。尼崎にも尼崎城ができた。当然再建だが、伊丹城はまだない。城下町時代の商家などが残っているので、規模は大きいが、荒木村重謀反というのがどうも暗い。
 織田軍に包囲され、籠城。本願寺も毛利からも援軍はなく、村重は家来も家族も捨てて逃げている。これで落城。もう残った家来はやる気が失せたのだ。だから攻城戦で本丸まで攻め込まれたというより、戦う気がなくなったので、逃げた。
 そういう城を再建した場合、この説明が今一つテンションが下がる。
 当然村重時代は尼崎も村重の領土。神戸も。
 さて、尼崎寺町、年寄りグループが説明を聞きながら金魚の糞状態で回っているのだが、何度も前後する。同じコースを辿っているためだろう。
 あとは若い女性がいるが、中国か台湾あたりからの観光客だろうか。あとはカップルがデートコースとして歩いている程度。あまり見て歩いている人はいない。だからすいている。
 人がびっしりいるのは尼崎ダンジョンのほう。平日なので、そんなものだろう。
 それで最初の目的の尼崎城だが、寺巡りでもう満足したので、行く気はないし、場所も分からない。
 しかし偶然天守閣が見えた。阪神尼崎の東寄り、大阪寄りにある。昔の山陽街道である二号線沿いとも言える。古くからある地名では大物が有名だろう。その近くだ。これは歴史上よく出てくる地名だ。
 天守は見えているが、川とか運河、これは尼崎城時代の堀なのかもしれないが、神戸側からの攻め口がない。さらに海側から回り込むが、城下らしい風景などなく、マンション群。見て歩くような下町も、商店街もない。まあ、北側から攻めればそれなりにコースができているのかもしれないが、それは次回。
 結局二号線の南側の道、海側の裏道で大阪側へと進む。そして北上すると、そこが阪神大物。
 戻りは五合橋線ではなく、別ルートで戻る。古い街並みが少し残っているところがあるので。
 それと、夕方前に行く喫茶店にそのまま直行するため。
 この散歩で、昼ご飯も、昼寝もなかった。
 お供のカメラはペンタックスK70に28から200付きのキットレンズ。光学ファインダーで覗くお寺の屋根や、仏像はやはり鮮明で、写し甲斐があった。
 
 
 
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2019年09月19日

ペンタックK70の続き

■■ 2019年9月19日 木曜日 午前9時16分
 
 今朝も晴れているが、少しひんやりとする。陽射しがあるので、昼は気温が上がるだろう。秋の深まりは朝夕から来る。当然夜はもっと深まっているが、これは寝ているので、分からなかったりしそうだが、寝冷えするほど寒いと目が覚めるはず。
 昨夜は寝る前から掛け布団を使っていた。まだペラペラの夏布団だが、何とかなる。掛け布団なしで寝ることもあるので。
 しかし徐々に使うのが普通になっていくだろう。そして夏布団では頼りなく思い出す。
 晴れていて爽やかなのだが、風が強い。朝の喫茶店までの道は向かい風で、逆風。強いとペダルが重い。夏場、どの方角から風が吹いていたのかは忘れたが、一日の中でも風向きは変わるようだが逆にはなりにくいようだ。そして風向きというのは細かすぎる。雨や気温はほぼその一帯同じだが、風向きは地形の影響を受けるし、道のようなものができており、それは見えない。風の道だ。川のようなものかもしれない。そしてコロコロと変わる。
 だが、あまり影響はないのだろう。ただ、空や海ではこの風の影響があり、風向きや風速が問題になったりする。
 涼しくなってきたので、秋物が必要だが、日中はまだそこまで寒さはないので、分厚い目のを着ると、暑苦しいだろう。
 涼しくなってきたのか身体が軽くなる。悪い箇所があっても涼しくなると治ることもある。逆に寒くなってくると悪化するのもある。季節の移り変わりで治ることもあるのなら、待てばいいのだろう。
 まあ、暑くて汗をずっと滲ませていた頃よりは楽になっているはず。
 朝、熱い味噌汁を飲んでも汗は出なくなったが、それでも扇風機を付けている。これはまだ九月なのだから、もう少しいるだろう。
 夕食後の徒歩散歩も続けている。もう足に違和感はない。初日は痛かったのだが、三日ほどでましになり、今は痛みはない。どれだけ歩いていないかだろう。ただ、日常移動で足は使っているのだが、それなりの距離を歩き続けると言うことはない。
 自転車が足になると、徒歩よりも距離が伸びる。だからそこを歩いていくということは厳しい。自転車を一切使わなければ、行動範囲は狭まるが、歩いて行ける。自転車距離を徒歩で行くとなると、とぼとぼと長い距離を歩かないといけない。これはいつもの時間内では届かない距離なので、日常移動コースを変えないと、一日内では収まらなかったりする。
 まあ、自転車移動距離程度なら徒歩でも行けるのだが、やはり時間がかかる。
 涼しくなってきたので、歩きやすくなったが、以前に比べ、歩いている人が少ない。日課としていた人もやめてしまったのか、または、もうこの世の人ではなくなっているのかもしれない。
 
ペンタックK70の続き
 この時期、一眼レフレックスカメラというのは時代的にどうなのかと思うが、だからこそ注目した。しかもこの時代、あまり見かけなくなったペンタックスのカメラはどうなのだろうというのもある。これは捻りすぎて考え落ちしたようなものだが、実は一番素直なメーカーではないかと思ったりする。一眼レフと言えば、ペンタックスだろう。そのイメージが強い。しかし、ミラーレス時代になり、今更一眼レフには戻れないという人も多くいるはず。それだけ実用性が高く、便利なためだ。ミラーがないことで、色々なことができる。
 ただ、最近の一眼レフはニコンもキャノンも半分はミラーレスなのだ。ファインダーは使えないが、背面液晶だけになるが、ミラーレスと同じ恩恵を受けられる。
 だから、将来のプロ機は一眼レフとミラーレスの両方を切り替えるタイプになるかもしれない。ファインダーも背面液晶だけではなく、ファインダー切り替えのハイブリッドになったり、専用電子ファインダーが付属したりとかに。
 ミラーレスの良さは仕上がりが確認できること。だから合理的。さらにAFの合う位置が多いため、画面の何処に被写体があっても捕らえることが出来たりする。技術的な余地や目新しさはミラーレスの方に多く残っている。まあ、普通の一眼レフでも、ライブモードで同じことができるのだが、今のところ背面液晶だけの撮影になるので、そこがしんどいのだろう。
 そういう中にあって、取り残されたようなペンタックスの一眼レフを買うというのは、ここは隠れ里のようなもの。商店街の奥にある老舗のようなもの。ミラーレスに覆われていないメーカーだ。ただ出していないわけではない。一台だけミラーレスを出している。ただファインダーはない。下駄のように分厚いカメラだった。その後継機はない。
 またQシリーズがあり、小さな受光素子だがレンズ交換ができる。だからQマウントというのがある。それも後継機が出ないまま、黙っている。これにも電子ファインダーは付いていない。意地でもファインダーを付けないのだろう。ペンタックにとってファインダーとは光学ファインダー以外、あり得ないといわんばかりに。
 さて、K70だが、これは手に入りやすいカメラで、このクラスでは一番新しい。それでも数年経過しているが。安いタイプはKシリーズとSシリーズがあり、SシリーズはS2あたりで止まった。
 
 K70は結構小さく、向かって右側の肩がないほど狭い。ここにはダイヤルなどがないため、それでいいのだが、これで横幅がぐんと狭く見える。カクカクとした四角い箱のようなカメラで、丸みがない。デザインは直線的。ただ小さい。コンパクトな一眼レフを作るメーカーだっただけに、それがまだ生きているのだろうか。MEやMXのようなAF一眼以前は小さかった。ただ、デジカメになってからは、それに拘らないようで、AF一眼レフ時代の形を踏んでいるのだろうか。持ちやすく構えやすいという実用性を取っているが、そうではない個性的なデザインのも出している。S1だろうか。
 最近出したものではXPがあるが、グリップの突き出しが浅く、望遠など付けたとき、持ちにくいだろう。だからグリップが売られている。ただ、シャッターボタンはグリップの先にあるほうがいい。
 K70は実用性を取った。だから重いレンズでもグリップが効いているので、持ちやすい。
 電源レバーはグリップの先にあるシャッターボタン受け皿と同軸にある古典的なもの。片手でカメラを取り出したとき、片手で電源を引ける。ただ、その先にさらに電子ダイヤルがあり、間違って、それを引くことになるのだが、こちらは回るので、それで違うとすぐに分かる。
 この前ダイヤルとは別に背面側にもダイヤルがあり、所謂2ダイヤル式。これは中級機以上にあるとされているが、オリンパスなら初級機でもある。ただ軍艦部に二つあると窮屈だが。
 電源レバーはオフ、オン、動画と三段式なのが少し気に入らない。引きすぎると動画になってしまうし、戻すとき動画側に引いてしまったりする。まあ引けばオン、戻すため押せばオフと覚えておけば、問題ないだろう。
 まあ、動画モードになると、ミラーアップするので、その音で分かるが。動画は写せるがファインダーは光学式。昔の8ミリカメラかと思うほどだが、背面液晶でしっかりと写せるが、動画が写したいのでペンタックスK70を買う人はまずいないだろう。おまけだ。ただ、光学ファインダーの澄んだ画面で動画写せる。これはこれでいいのではないか。写したことはないが。
 軍艦部はあっさりとしており、ゆとりがある。でんとあるのは撮影モードダイヤル。絞り優先とかシャッター優先とかがある、いつものダイヤルだ。
 その中に感度優先モードがあるのが異色。感度優先なので、絞りもシャッターもカメラ任せ、感度だけ弄るということだろう。よく聞くモードではない。
 プログラムモードとオートモードがあり、オートモードがシーン自動認識が効く。手動でシーンに合ったものに合わせることもできる。このあたりはよくあるので書く必要はないが、プログラムモードとオートモードとの違いははっきりしているので分かりやすい。
 分からなければオートで写せばいい。
 絞り優先とシャッター優先を同時にできるのがハイパーモード。そういったモードはないのだが、前後にある電子ダイヤルによるプログラムシフトのことだが、二つの電子ダイヤルで、シャッターだけを動かすとか、絞りだけを動かすとかができる。だからプログラムシフトの発展型。好みの絞りやシャッターに持って行ける。だから、絞り優先モードやシャッター優先モードに入れたのと同じ。
 二つの電子ダイヤルに振り分けてあるのがミソ。
 ただし、それはオートモードでは反応しない。ダイヤルを触っても無反応。間違って触ってしまう恐れがないので、それはそれでいい。
 これをハイパーマニュアルといっているはずだが、かなり前からそれはある。お家芸であり伝統芸だ。
 ハイパーマニュアルができるのはプログラムモード。
 だからここに入れておけば、絞り優先やシャッター優先に入れる必要がないのだろう。
 だから両優先機だが、普段はプログラムライン撮影でいけるところまでいけるので、露出はお任せという写し方でいける。ただ、絞り優先とかシャッター優先とかを使うのは露出ではなく、効果だ。背景をぼかしたいとか、高速シャッターで止めたいとか。
 このハイパーマニュアルと感度優先モードというのが、独自のはず。だから結構凄いことを思いつき、それをやっているメーカーなのだが、あまり目立たない。
 だからニコン、キャノンの一眼レフは、どちらも似たようなもの。
 まあ、そういう独自の機能を使うかどうかは使う側が決めるし、使わなくてもかまわないので、使わない人にとってはあってもなくてもいいことだろう。
 そしてペンタックスに期待しているのは、普通に写せる普通の一眼レフ程度。
 
 先ほどのハイパーマニュアルもユニークなのだが、それよりも簡単なのがある。それはTAモード。これは絞りとシャッターを自分で合わすので、マニュアルモードと同じだが、露出は考えない。えっと思うが、絞りとシャッターで露出を決める。露出は感度が決める。だから変化するのは感度。
 どうしてもこのシャッターで、この絞りの値で撮りたいという場合だ。当然無理な設定では感度が上がる。だから絵が汚くなるということもあるのだが、6400や一万を超えても、まあ、似たようなものだが、これは手持ちで写すときだろう。
 当然シャッターを優先させたいときはシャッター優先モードにすればいいが、これも面倒だ。
 だから色々なアタック方法があり、好みに合ったもので写せばいい。
 プログラムシフトも使っていないのに、それよりややこしそうなのがあっても使わない人は使わない。
 そのTAモードも感度の上限が気になり、ここに壁がある。
 ただし、上限感度設定は当然できる。またオート感度の上限がかなり広い。そこまでオートで自動的に上がるのかと思うほどだ。
 このカメラの兄貴分のXPなど、暗闇でも写るのではないかと思えるほど高感度の数値が天文学的。
 これはそんな値では必要ではないのだが、高感度でもノイズが少ないですよ、と言う程度の認識でいいのだろう。要するに高感度というよりも、ノイズ消しが上手いのだろう。だから10万とかの数字はただの目安。
 結局6400から12000あたりで怖くなるだろう。実際にその値で写してみたが、色も出ているし、特に問題はない。まあ暗いところなので、被写体に光沢や鮮明さが最初からないので、そんなものだろう。
 まあ、日常写しでは何が被写体になるのか分からない。ジャンルを超えるものを次々に撮しているようなものだ。花だけを写しに行くわけではなく、飛行機が飛んでおればそれも写す。夕焼けも写すし、人の後ろ姿も写す。
 だからフルオートの何でもありのオートモードから入るのがいい。ほとんど露出だけのモードに近いが、シーン自動認識が効くので、風景だと、それなりに絞ろうとする。
 そして絞りやシャッターの値が気に入らなければ、電子ダイヤルを回せば、そのままハイパーマニュアルになり、任意の絞りは後ろダイヤル。任意のシャッタースピード値は前ダイヤルで合わせればいい。ただしどちらかを動かすとどちらかがそれに合わせて動く。両方任意の値に合わせたければTAモードにすればいいが、今度は感度だけが派手に動きそうだが。
 まあ、色々なアタックの仕方があるということだろう。
 
 さて画質だが、この画質がいいので、ずっとペンタックスを使っている人も多いはず。ただ、とんでもないほどの高画質とか、鮮明とかとは違う。結構大人しく、優しい絵だ。落ち着いた絵と言ってもいい。そしてペンタックスらしさとは、たまにとんでもない絵が撮れること。二度と同じものが撮れないような、何らかの条件が揃ったときだろうか。
 撮ってみなければ分からない絵が出てくる。当然光学ファインダーなので、仕上がりは見えなが、それでも意外な画質になることが多い。そういう風に写っていたのかというような。これは確かにプロ機としてはばらつきがありすぎてで使えないかもしれないが、意外な絵が撮れるし、それが読めないというのもいい。ここにペンタックスの醍醐味があったりしそうだ。
 何処がどうというわけではないのだが、そういった偶然性がこのカメラにはある。
 その楽しさは光学ファインダーで写すほど効果的だ。電子ファインダーだとある程度分かるためだろう。
 28から200相当のキットレンズはボケが綺麗。二線ぼけとかはない。円ボケも綺麗な円で濁りがない。玉ぼけのことだが、これが見事。
 確かにこのカメラ、普通に写しても、何となく雰囲気が違う。以前からそれが気になっていたのだが、これは個人的に写して楽しめるカメラだと言える。
 少し僻地っぽいカメラだが、一眼レフの清流が流れている。
 
 
 
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2019年09月18日

新書太閤記その3 本能寺の変 吉川英治

■■ 2019年9月18日 水曜日 午前9時18分
 
 今朝は久しぶりに曇っている。雨が降るかもしれない。しばらく降っていない。結構秋晴れが続いていたのだろう。これはこれで珍しい。
 曇っており、さらに気温も低い目。陽射しがないためもあるが、夜も涼しかった。十日間予報の後半には最低気温が20度を切る数字になっていたのだから、徐々に気温が下がりだしていることは確か。流石にそれは月末近くなので、十月が見えてきている頃なので、そんなものだろう。
 そのためか、今朝は喫茶店の冷房もきつくはない。冷房も暖房もいらないのではないかと思える。今朝の気温は25度ほどしかないのだから。まあこれは暑くもなく寒くもないいい感じの気温で過ごしやすいだろう。これが秋なのだ。そして春にも近い。上りか下りかの違い程度しかないが、実際には違うのだろう。春特有の、秋特有の何かオプションがあるはず。無料だ。
 昨日は夏物最終バーゲンをまだやっていたのかどうかは見ていないが、チラリと横を通ると、ズボンが何本も吊されていた。これはスポーツものだろうか。だから前日までやっていたバーゲンとは違うようなので、寄らなかった。それよりも探しているのが夏物ではなく、秋物ジャケットの売れ残りなので、もう少し分厚いもの。それは今回のバーゲンではなかった。
 それで、ユニクロへ行く。前回見たときはマネキンが着ているのが一着あるだけだったのだが、見落としていた。コーナーの端、角の狭いところに安いのが固まってある。型落ちタイプか。もう売るシーズンを逸したとか、そういったのを詰め込まれている。同じものをずらりと吊されているのではなく、代表で一着だけ、ハンガー掛けか、マネキン。そしてワゴンの中に畳んで詰め込まれている。
 その中に、前回見たジャケット風のがあった。しかも色違いだが、大量にあった。サイズ違いと色違いを含めると、結構残っていた。
 探していた秋ジャケットとは少し違うが、ユニクロではこれが一番近い。
 値段は2千円台。デニム地の定番カッターシャツなどと一緒に並んでいる。違いは腹にポケットがあること。そして生地が少しだけふんわりとしている。裏地も少しだけ凸凹としており、ペラ一枚の生地に近いが、綿生地の加工が上手いのだろう。肌触りがそれで違う。まるで化繊だ。しかもツルッとした感じではなく、フワッとした。
 それでSサイズを試着すると、袖がちょうど。真冬ものならMがいい。袖も長い目になるので、引っ張れば指まで隠れるので。しかし、秋物なので、長いと暑苦しい。Sサイズでもそれなりにゆとりがあるが、やはりユニクロものは細身。太った人なら、ピチピチだろう。布のシワとか流れなどがまったく見えないような。濡れ紙を身体に貼り付けたようになるはず。
 もう少しふんわりとしたものがいいのだが、それではジャケットではなく、ブルゾン系になる。ジャンパー系が少し入ってくる。袖に絞りが入るとか、襟が深すぎるとか。
 だから、昨日買ったそれは、国民服のようなデザイン。ただ、胸ポケットは一つしかないが、心臓側にあるので、右手でタバコなどを取り出しやすい。これが逆だと、右手で胸ポケットをまさぐるとき窮屈。だから胸ポケット一つタイプは心臓側にあるのがいい。煙草なので心臓のガードになるわけではないが、ライターも入っているので、それで弾を受けたりするかもしれない。
 まあ、胸ポケットに入れていたカメラが弾よけになったというのは実際にある。カメラは壊れたが。
 しかし、この時期、少し涼しくなり出した頃はジャケット系ではなく、薄めの綿のパーカーが一番楽。こちらはさらにゆったりしている。まあ、薄い目のバスタオルを被っているようなものだが。そしてフードがついてくるので、これで寒いときでも、凌ぎやすい。
 昨日の夜は早速ユニクロで買ったそれを着て百均へ行く。蛍光灯が切れてしまい、炊事場が暗くなった。天井ではなく、窓際にある蛍光灯。これが一番長いタイプで、昼間はいいが夜は手元が暗くなる。天井側の蛍光灯の影になるためだ。
 まあ、見えないわけではないが、この蛍光灯一日中付けている。消さない。いや、消えないのだ。
 それはスイッチが引っかかり、引いても固いまま。バネが死んでいる。だから消すには蛍光灯をぐるっと回して外さないといけない。ずっと付けているので、これは流石に熱い。
 この蛍光灯百円。三年か四年、ずっと付けているのに、かなり持つ。付けたり消したりしないほうが長持ちするのかもしれない。
 それで、チカチカし始めたので、スイッチを引くと消えた。バネが生き返ったのか、たまに上手くいくときがあるが、何度も引っ張らないといけない。力を入れすぎると、抜けたりするので、優しく引くのがコツ。
 それで夜だが、百均は遅くまでやっているので、買いに行く。すると日立からも出しているのか、並んでいる。だが、長持ちしたのは日立ではなく、聞いたことのないメーカー。だから、敢えて日立を避けて、以前買ったものをまた買う。
 それとペンタックスK70も持ち出し、ついでに夜の街角なども写す。だから、忙しい。
 流石にこのクラスのカメラになると、安心して写せる。ピントも結構早いので不足はない。光学ファインダーなので、暗いところではファインダーも暗い。昼間のように明るく写せる設定をしてもファインダーには反映されない。そのかわり夜の街が澄んで見える。暗いと赤外線を発するので、それを切る。まあ、赤いランプが一瞬点滅するだけなので、スマホでも使っているように見えるかもしれないが、結構赤く照らしていたりする。遠いとき、赤外線は届かないので、無駄なことをしているので切る。しかし、近くでかなり暗いところでは、これを発射したほうがピントは合いやすい。
 そしてこのカメラ、AFモード中でも切り替えなしでマニュアルフォーカスができる。ピントリングを回すだけでいい。一時的にマニュアルフォーカスになる。シャッター半押しにすると、AFに戻る。暗くてピントを撮りに行きにくいときは、この方法で全面マット式ピント調整になる。レフ機なので、ピントを目で確認しやすいように磨りガラスのようなのが仕込まれている。これは昔なら交換できた。全面マットとか、真ん中にギザギザが出るタイプとか、線が出て、それを合致させるタイプとか。
 全面マット式が一番難しいのだが。
 このカメラのキットレンズのピントリングは機械式で、電気がなくても動く。しかもAFとの切り替えレバーで、AF時はリングはロックされないタイプ。だからリアルタイムマニュアルフォーカスができる。いつでもマニュアルになるということだ。切り替えなくてもいい。
 まあ、切り替えレバーはマウン近くにあるので、それを引くのも苦にならないが。分かりやすいところにあるし、手がすぐに届く。
 
新書太閤記その3本能寺の変 吉川英治
 本能寺の変から天王山の戦いあたりまでを読んでいるところだが、後半の大きな山場だろう。
 それまでは信長が主人公のようなもの。秀吉の物語と信長の物語が重なる。当然主人公は信長になる。大きな動きをしているのは信長のため。秀吉側からでは手柄話になる。
 そして太閤記なので、秀吉が主人公のため、墨俣の一夜城あたりから美濃や近江を取り、京の都に入る、所謂軍事的上洛を果たすまで、そのほとんどのポイントで秀吉が活躍し、信長以上に働いていたりする。これは太閤記のため。
 だが、秀吉と共によく出てくるのは家康。秀吉の話なのに、家康の話が結構続く。武田信玄との戦いなど。騎馬軍団を少ない兵で挑む。戦国最強と言われた甲軍。
 桶狭間で今川義元が亡くなってから、家康は信長を選んだ。配下になるのではなく、同盟。つまり、後方の抑えなのだ。親分子分の関係ではなく、兄弟分の杯。家康は武田が出てきたときの織田の楯。
 家康にページをかなり割いているのは、家康のことが描かれていないと、秀吉が描けないということらしい。これは秀吉と家康との対比だ。信長は始終出てくるので、始終描かれている。
 鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
 鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。
 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。
 鳴かぬなら私が鳴こうホトトギス。これは戸川純。
 これが光秀に近い。
 ただ、私が泣こうホトトギスになるが。
 上から秀吉、信長、家康の順。よく知られているたとえだ。
 結局秀吉の最後の敵は家康。これは長久手で対峙したが勝てなかった。だから最終戦で出てくるので、家康についても多く枚数を取っている。
 だが、秀吉の人柄、家康の人柄で、結局は家康は秀吉の家臣になるが、これは形の上だろう。家康を倒すとなると、戦国時代がもっと長引く。
 
 さて、美濃攻めあたりから信長の前に姿を現すのが浪人の明智光秀。
 司馬遼太郎の国盗り物語では、信長と光秀は並んでいる。その対比の話ではないが、いずれも美濃の斎藤道三の弟子筋、後継者という設定になっている。国盗りの続きを二人で、ということだ。
 山崎の油屋が美濃一国取ってしまった。次は天下をということだが、老いてしまった。
 さて、光秀に天下への野心があったのかどうかは分からない。信長にはあった。だからこそ残忍なことをしてでも、時代をひっくり返そうとした。秀吉はそれを助けた。だが、ある意味信長の弟子のようなもの。一番信長の意志を共有していたのではないかと思える。
 ここで大義というのが出てくる。吉川英治はそれを大乗と小乗で分けている。仏教だ。信長のやった行為をこれで説明している。私事、自分だけが悟ればいいという感じではないような。
 今回は本能寺の変だが、それがどうして起きたのかを一応丁寧に説明している。
 流浪の将軍を連れてきた光秀は、上洛への名分を信長を持ち込んだようなもの。私戦ではなく、足利幕府再建でこの国の秩序を回復させるため。中央で統治する人がいないのだ。だから群雄割拠の戦国時代。
 それで光秀を大事にした。最初から高禄。だが、それだけで認められたわけではなく、とにかく賢いし、ものをよく知っている。織田家にそのレベルの人はいない。それで、信長はことあるごとに光秀と相談し、手元から離さない。幕僚になった。参謀格だ。織田家にそのスケールの武将は秀吉がいるだけ。
 これが良い時期だ。だから真っ先に叡山焼き討ち後、その麓の琵琶湖畔の坂本を与えられ、大名になっている。秀吉より、出世が早い。
 ここまでは秀吉以上に良い関係だった。信長にとり、光秀と秀吉はお気に入りの武将だったのだろう。それだけ役立つ人間。いずれも織田家の旧臣ではない。新入りだ。
 やがて信長の気持ちが変わりだし、キンカン頭と呼び捨て、折檻するようになるのだが、その理由を吉川英治は一応説明している。光秀は本心を見せない。腹の内を一切隠す。酒宴の席でも本当に酔っていない。しらふのままでいる。素地を表さない。これはたしなみだろう。
 光秀に取り、それはみっともないと思っているのだろうか。こういうとき対照的なのが秀吉。要するに可愛げがあるのだ。
 またもっともらしい型通りの受けごたえしかしない光秀に比べ、秀吉は機知に富んでおり、信長が喜びそうなことをいう。期待通りの反応をしてくれる。「ういやつじゃ」という感じ。
 まあ、秀吉とちがい光秀の家柄は良い。信長の織田家よりよい。水色桔梗の土岐源氏。室町礼法も身に付けている。この時代最高の教養人だとも言われている。
 NHK大河ドラマ国盗り物語では、信長と初めて対面する光秀のシーンで、顔を上げない光秀を不審がる。何度か言われてやっと面を上げるのが礼儀、それを知らない信長を、このたわけがと呟くシーンがある。要するに馬鹿かと言っているのだ。これを若き日の近藤正臣がやっていた。信長は高橋英樹。顔の大きさが違うので、後ろにいる信長の顔のほうが大きかった。遠近法の壁を越えていた。
 ただ光秀は上に対しても下に対しても、慇懃で、誰に対しても敬語に近かったりすると新書太閤記にはある。
 
 光秀の謀反。これは色々な説があり、吉川英治もそういうのを参考にしているのだが、結構ストレートで捻っていない。直接の原因は家康の接待役を降ろされたところから始まる。それまでも色々と虐められていた。それをずっと耐えていた。そうでないと坂本や丹波を含めた四十万石以上の大大名、家来が路頭に迷う。それに故郷の城から逃げ、流浪の浪人者だったのを四十万石の大大名にしてくれたのはこの信長。他のどの家来よりも先に。
 柴田は北之庄。結構大きいが朝倉領だった場所。しかし佐々や前田と一緒。それに琵琶湖畔の坂本は安土に近いし、京にも近い。
 亀岡から丹波にかけては将軍家の直轄地だったところだけに、都に近い。近江は色々と分割され、秀吉や丹羽長秀の城もある。しかし丹波はそのまんま光秀が取っているようなもの。
 本能寺の変のとき、よくいわれることだが、都や安土で何かあったとき、最大兵力で駆けつけられるのが明智軍だった。40万石。無理をしなくても一万五千ほどは動員できる。岐阜に信忠がいるが、遠い。
 
 さて、謀反へ至る過程を吉川英治は丁寧に説明している。信玄亡き後の甲斐の武田攻めあたりから、その兆しがある。
 これは簡単な戦いで、それほど苦労して武田を滅ぼしたわけではない。僅かな抵抗があった程度。
 それを祝う席、光秀はいつも酒の上でもくだけて本当に嬉しくて楽しんでいるようには見えないところが信長が気に入らないことを知って、朗らかに丹羽長秀と酒を酌み交わしながら話している。酒に強くない光秀だが、結構飲んで赤い顔をしている。態度を改めたのだ。信長のために。
 そこで話した内容が信長のかんに障った。武田が簡単に落ちたのは我々の普段の力が云々といったためだろう。丹羽も大した働きをしていないが、光秀もしていない。
 我らの働き、ここが障った。お前がいつどんな働きをしたのかと、信長が切れた。周辺はそこで興ざめ。あとは折檻。40万石の太守を壁に押しつけたり、襟首を掴んで倒した。重臣達のいる前で。ただ秀吉と勝家はいないが。それでも今は丹羽も越えているので、その場では秀忠以外では最高位だったはず。
 こういうのが、何度かある。大河ドラマ「国盗り物語」では「殺してやる」と光秀は足蹴にされながら呟く。流石に新書太閤記では、我慢に我慢を重ねる光秀。理性の人なのだ。押さえが効く。それを分かっているので、信長は光秀に恥をかかせたのだろうか。どうせ何もできないと。しかし、これは導火線になる。他の重臣達は見ない振りをしていた。気の毒なのだ。
 このとき信長の上に立つものはもういない。怖いものなし。御門以外は。
 信玄と前後して謙信もなくなっている。脳溢血だろうか。
 さらに強敵だった本願寺も、朝廷が入り、大坂から立ち退いた。戦いには勝てなかったが、本願寺を攻め滅ぼすつもりはなかったので、立ち退いてくれればそれで良いのだ。おそらく海洋の便が良い大坂に本拠地を置こうとしていたのだろう。秀吉が引き継ぐことになるが。
 増長、それを止める人はいない。誰もが信長を恐れる。
 上手く立ち回り、信長お気に入りの秀吉とは対照的に、そういったキャラの相性が悪かったのだろう。
 本能寺の変の数ヶ月前の虐められ方はかなり厳しい。急に家康の接待役を外される。三人ほどいただろうか。おそらく一番光秀が有能だったはず。それが家康がまだ接待を受けている最中に外される。これだけでも笑いものだ。家来は泣いている。
 理由は魚が腐っていたとか。しかし、そういう季節だが、腐ってはいないはず。ただ、時期が時期なので、ハエがたかるのは仕方がない。鮮魚屋でもハエエ取り紙のテープを垂らしていた。
 それらのよい魚まで全部安土城の堀に捨てた。光秀よりも、家来のほうが悔しがった。
 さらに中国攻めにすぐさま行くようにとの軍令。信長から直接命じられたわけではない。使者が来て命令を伝えただけ。
 秀吉は山陽道から光秀は山陽道から毛利へ迫れという着想は良いし、先に司令官として行っている秀吉が山陽道は当然問題はない。光秀が山陽道でもかまわない。
 しかし、今後は秀吉の差配を受けよとの命令。これは家来も意外だっただろう。
 何故なら秀吉、柴田勝家、光秀は同格。だから客将としてなら分かるが、配下になれというのは、格が一つ下がったようなもの。これは秀吉の格が上がったことになるのだが、まだ毛利の主力と戦っていない。水攻めしている最中。そこに毛利本軍が三本の矢のように三万から四万で近付いて来ているのだ。
 当然信長も家康の接待が終われば、すぐに中国筋へ出陣することになる。だから、光秀を早い目に立たさせるため、家康の接待役から外したのかもしれないが、光秀も家来もそうは思わない。
 秀吉は信長から采配を預かっている。これで兵を動員できるのだ。織田軍団を使えるということ。だから格はこのとき秀吉の方が上と言うことは確かだが。そしていちいち安土に相談しなくても、勝手に決めてもいい。だが秀吉は小さなことまで、指図を扇いでいる。上手い。
 
 光秀はさらに丹波や近江の坂本から国替えのように、山陰方面を領地にせよという話。まだ取っていない敵地への国替えのようなもの。
 まあ、雇われ社長のようなもので、自分の会社ではないのだから仕方がない。命令一つで、領土替えになる。
 将来への不満。それにもうそこそこの年。
 武田滅亡後の祝賀会で折檻を受けたとき、美濃の斉藤家に仕えていた絵師が訪ねる。慰めるためではないが、絵でも書いて余生を送るのもよしというようなことから、絵のお手本を書いて立ち去る。光秀はそれを見て練習しだしたので、重臣の斎藤利三は安心する。
 その絵師、元は斉藤家の侍。信長から安土城の襖絵のようなものを頼まれるが、断っている。主家を滅ぼした相手に、絵など書いてやるものかとばかり。そういう怖い心。それを光秀に感じ、絵を勧めるというエピソードを吉川英治は入れている。光秀の中に潜む本性、怖いものを見たのだろう。それは出してはいけないと。
 絵の練習をしている光秀を見て重臣の斎藤利三も安心する。あっちへ行かないように。
 そのあっちとは怒りの感情。光秀が持っている爆弾。そういうのがある人。ただの文化人ではない。
 そして吉川英治が言うには、先読みしすぎる人。先が見えてしまう。だから想像してしまう。
 織田家臣団の前で大恥をかかされたあたりから反旗という噂が少し出た。状況から見て、あってもおかしくない。
 秀吉と光秀の会話もある。中国から一時帰国していた秀吉が立つ日の安土で。
 落ち込んでいる光秀が秀吉に合いに行く。秀吉は出る直前だったが合う。秀吉は何となく分かっている。色々と噂があるためだ。そんな噂など気にしてはなりませんとか、軽く流すように光秀に伝える。真顔ではなく。このあたりが秀吉の上手いところ。人に対する接し方が上手いのだ。
 光秀は言い出しかねていたことを秀吉にいわれ、来た甲斐があったと思ったようだ。これなら、もっと早く秀吉に相談すればよかったと。しかし、対信長に対する処置方法は秀吉と同じ方針。織田家分裂を狙った流言だということにした。
 しかし、別に反旗、謀反の気がない旧臣、重臣と言ってもいい。初期からいる林や佐久間をあっさりと追放している。
 佐久間などは大軍を与えられ、最大の敵となっていた本願寺攻めの司令官。だから重臣中の重臣。林は父親が付けてくれた家老。あまり力はないが、最年長ということで、柴田などのエース格にも睨みがきく。それを追放。素っ裸で、追い出した。
 これがある。明智家もいつそれになるかもしれない。その兆候が、あまり気に入られなくなったこと。
 安土で出陣の命を受けた朝、出陣前に信長と挨拶しようとしたが、断られている。
 それまでは、信長のいた岐阜城に来た光秀が立つ日は、決まって見送ってくれた。どんな時間帯であっても。
 新書太閤記では、こうして考えられる限りの謀反に走った動機になりそうなのを上げている。それも物語の中のエピソードとして。非常に丁寧に埋め込まれている。
 
 そして安土から本拠地亀岡に戻るとき、坂本に立ち寄る。ここも明智家の所領。琵琶湖畔の近江だが四郡を持っている。坂本城で、叡山の登り口。
 安土で家康の接待役のため連れてきた兵は二千ほどいただろか。千かもしれない。その足取りが重い。それでいったん坂本で休憩してから、亀岡に戻るつもりだったが、数日間、坂本に滞在している。出陣命令は既に出ているのだ。既に信長も中国へ行く用意をしている。家康への接待が終われば、すぐに出るつもりだったのだろう。それでは遅いので、先に光秀を立たせたのかもしれない。毛利本軍が三万から四万来ているのだ。秀吉側は二万ぐらいだろう。これは宇喜多勢を加えての数。本拠地姫路から連れてきた秀吉軍は一万少しぐらいだったと思える。あとは与力として織田軍団の誰かが来ていたはずだが。
 
 坂本城での数日間。吉川英治はここを注目した。それまでの歴史家は、そのあとの愛宕神社での連歌会など、そちらから入るのだが、謎の数日間が坂本である。
 この間、気持ちが本当に現実的に動いたのではないかといっている。
 坂本城には従兄弟の明智光春。年はそこそこ離れているが兄弟のようにして育った。光秀の父親が死んでしまい、その弟、つまり伯父が大事に育てた。だから従兄弟の光春との関係は長い。
 明智の城から二人で逃げている。伯父は明智光安だったと思う。織田戦ではない。明智は斎藤道三についたため、道三の子と戦い、敗れた。
 明智本家の子供が光秀。だから光安は分家なので、我が子以上に光秀を大事にした。だから、学問とか武芸とか、良い環境で、しっかりと学んだのだろう。
 その従兄弟が心配そうに、光秀をもてなす。あっちのほうへ行かないように、行かないようにと。
 逗留中、光秀は叡山に登る。焼き討ち以来、立ち入り禁止。だが、叡山の生き残りの僧侶が坂本城によく来ているらしい。再建を頼みに。当然明智光春は、以ての外と追い返している。誤解を受けるので。だが何度も何度も城の門を叩く。これは安土に聞こえるとまずいだろう。
 その叡山へ光秀が登る。光春は出し抜かれる。早朝すぎて、気付かなかったのだ。馬ですぐに追いかける。
 光秀としては線香の一つでも、ということだったが、立場上、よくない。
 山頂は燃えたままの状態で、無人だが、小屋があり、そこに下級の僧侶がいる。頂上へは京の所司代の許可がいる。
 そこで妙な老人に光秀は出くわす。医者だ。しかも信長お気に入りの名医。
 光秀も顔ぐらいは知っていた。
 老医師は光秀の顔色を見て、これは病んでいると判断。
 これは、ノイローゼ説だろう。
 本能寺の変で信長を殺したのは普通の神経ではなかったからと。
 暗にこの名医、光秀が何かしでかすのではないかと、心配しているが、それは心の病として捉えている。
 坂本での数日間で謀反を本気で考えた、と吉川英治は考えているようで、その間休養しているのだが、その期間が長い。いつまでも坂本にいる。
 そして坂本を発つのだが、光春は光秀が落ち着いたものとみて、少しは安心する。そちらの方向だけは行かせたくないのだろう。
 これは結果が分かっているからこそ言えることで、数日後、本能寺の変があることを誰も知らない。知っているのは光秀だけ。ただ、信長が安土を出て京の本能寺へ向かっているという情報を得てからだ。
 しかし、綜合的に判断して、謀反というより信長を殺すしかないというのはほぼこの間に決定したのではないかといっている。
 そして何度も何度も、それを打ち消し、中国筋へ向かうべきだとも考えていたようだが、それでは気持ちのモヤモヤが落ちない。すっきりしないのだ。ずっとこのまま一生送るのか、そして、状況はもっともっと悪くなる。そしてもう年。若い頃から何のために生きてきたのか。
 天下を取るのが目的ではない。若い頃の情熱は天下を動かせるほどの人物程度だろう。しかし、このままではずり落ちてしまう。
 
 さて、坂本から亀岡へ戻るとき、中国筋へ向かう信長のお供衆、つまり人数を確かめに行かせる。これは坂本にいるとき、調べさせていたのだろうか。どれぐらいの兵力で京に入るのかを調べさせている。これが決定打だろう。信頼のできる家来に頼んでいる。これで、この家来も薄々分かったかもしれない。
 するとお供には名のある武将はいない。小姓だ。その他を入れても五十人もいないだろう。小姓というのは子供のように若いのが通常。信長の次は森蘭丸。二十歳半ばだが、まだ小姓姿。あとはそれ以下の年頃。屈強な旗本衆ではない。ベテランの武者がいないのだ。だから兵を連れて入京とは言いにくい。それほどまでに安土と都も治安がよかったのだろう。
 これは先に息子の秀忠が千か二千の兵で京にいるためかもしれない。本能寺とも近い。あとは所司代がいるが数百だろう。
 要するに市街戦になったときの明智軍の敵は信長ではなく、まとまった兵を持っている信忠軍だ。
 また本能寺や信忠の宿舎の寺だけではなく、織田家の家臣が分宿している。普通の宿屋にも織田軍はいるのだが、散らばっているのだ。
 京を取った信長の初期、三好あたりが奪い返しに来た。そのとき秀吉が京を守っていたのだが、僅かな人数だ。防ぎようがないほど少なかった。このときは摂津の荒木村重が駆けつけて、何とかなった。だから、今回、特に不用心ではない。いざとなれば、亀岡から明智軍が救援に来る。その明智軍が襲ってくるのだから、何ともならない。
 それにしても本能寺の人数が少ない。五十人ぐらいで来て、寺の守衛のようなのが五十人ほどとして百人程度。
 この情報が決定打だろう。迷っていた光秀も、今をおいて信長を殺すタイミングはない。天が与えてくれた偶然のようなもの。
 この信長の油断がなければ、光秀は実行しなかったはず。信長は光秀にひどい仕打ちをしたとも思っていないのだろう。それにたとえ、虐めすぎたと感じていても、謀反まで起こすとは思うわけがない。外の敵ではなく、内の敵に信長は討たれたことになる。外へ対しての神経を、内に向けなかったのだ。そして明智光秀という男をなめていた。
 
 亀岡に戻ってから主だった家臣にそれを伝える。誰も反対はしない。それまで家臣達も耐えていたのだ。だから理不尽な仕打ちで泣きながら安土から戻ってきたようなもの。
 ただ、小説なので、ここで一人だけ猛反対をする人間が現れる。明智光春。兄弟のように育ち、家族同然の従兄弟。ここで口論になるが、光秀の決心はそれでは覆すことができない。二人の会話次第では武者隠しの中に潜んでいる家来衆が光春を殺すだろう。
 愛宕山での連歌の会。時は今、雨がの、あの句だが、これは偶然だろう。これを聞いて、ドキッとした人はいなかったはず。変後、連歌師の一人の証言がある。まったく気付かなかったと。この連歌師は中立的な人で、公平な人。しかし、気付いていたとは言えない。知っていたのに通報しなかったとなる。こればかりは分からないが、その答弁によると、自分の頭には、そのような非常識な想像は最初からしていなかっので、連歌師だが、連想できなかったようだ。
 ただ、この間、公家の誰かと密会していたとか、背後に誰かいるのではないかというのは、吉川英治は無視している。
 最近の本能寺本系では明智家の子孫が書いたものがあり、それは読んでいないが、興味深いだろう。
 この吉川英治の新書太閤記の説明が一番素直で無理がない。だから、新味はないが、ここが基本だろう。
 それをズバリ言い切っているのは、重臣の斎藤利三。
 信長を殺すこと。それが全てで、それだけで良いと。だから、そのあとのことなどどうでもいい。
 だから、本能寺が燃え、信長の死が確実になったことを知った光秀が、自害しようとするエピソードもあったらしい。目的はもう果たしたのだ。
 東映任侠映画なら、我慢に我慢をしていたが最後は悪い親分を高倉健が斬り殺して、フラフラになったところで「完」。それで終わり。あとの話はない。
 しかし家来衆はそうはいかない。京に入った兵だけでも一万五千ほどいる。天下を取ってもらわないと困る。しかし、結果的にはほぼ全ての家来を道連れに、自害したようなもの。
 この斎藤利三が一番光秀を分析しており、これが吉川英治の思いに近いかもしれない。利三は冷静に判断している。
 それなら謀反を何とかなだめるように光春のように努力すべきだが、重臣である前に忠臣。だから目的はただ一つ。主人の悩み、苦しみを取り払うこと。その方法は一つしかない。その元になっているものをなくすこと。
 そして、目に物をみせてやることになる。本能寺を囲む水色桔梗の旗指物。信長も、これを見ることになるはず。
「是非もなし」と信長がいったとなっているが、これは誰が伝えたのだろう。信長が第一報を知った早朝だ。
 そして家来は全員死んでいる。ただ、宿泊中の客や、本能寺の僧侶や、女衆は生きている。信長が漏らした言葉が、そのあたりまで伝わったのだろうか。
 光秀の謀反は是非なし、仕方なし、当然だろうと言ったのなら、虐めすぎたかな、ということになるし、攻めてきたのが光秀なら、これは諦めるしかないという意味にもなる。逃げられないと。
 もし、是非もなしが、怨んでいたのかと、いう意味なら、光秀の痛みを分かっていながら、意地悪をし続けたことになる。本当に怒れば謀反ぐらい起こすだろうと、思っていたようだが、そこまで光秀が怒っているとは思っていなかったのだろう。
 わずか100人ほどしかいない敵に一万以上の兵を使うのだから、これは信長でも何ともならない。
 信長は奮戦し、やがて奥で自害する。もし抜かりがあったとすれば、信忠へ使いを出さなかったこと。すぐ近くの寺にいるのだ。直ぐさま岐阜へ逃げろと。
 信長なら、逃げただろう。しかし、本能寺からでは無理。だが信忠の寺なら千の兵がいるのだから、切り抜けられるはず。信忠一人の命だけ助かれば良い。
 第一報を聞いた信忠の判断は勇敢。しかし、千の兵を動かすには準備がかかるらしい。寝ていたのだから。だから、寝間着姿でも駆けつければ、少しはましだったかもしれない。そのうち宿屋に分散している織田の武者も駆けつけるだろう。
 信忠は本能寺へ駆けつけようとしたが、既に燃えていた。そして当然ながら明智軍が信忠のいる寺へも兵を送っている。
 もう一つ迂闊だったのは所司代。京の治安を守っているのだが、その所司代ご本人が遅くまで信長と一緒に過ごしていたので、かなり寝不足だ。それはいいが、明智軍が老坂を下り、桂川を渡り市街地に入ってきているのを知らなかった。通報がなかったためだろう。木戸などがあったはずだが、いずれも伝わらないまま。
 また、早朝だが既に畑に出ている農民もいたのだが、明智軍は殺している。
 所司代や木戸番のような人達が気付かないのも無理がない。盗賊や、ならず者ではなく、この時代の最新の武装をした織田軍のエース格の明智軍が来ているのだから所司代では敵うはずがない。
 当然誰もそんなものが都に入り込むとは思わない。三好の残党が京を奪いに来るとしても、予測されることは、手を打っていたはず。警戒していたはず。比較的に近くで襲ってくるとすれば、四国からだろう。これは船で堺あたりに上陸する。
 ただ、この時期四国で勢力のあるのは長宗我部。しかし、それを討伐に出ようと大阪で兵が集まるまで待っている最中。だから長宗我部はそれどころではなかったはず。
 つまり、軍事的な脅威は京にはない。安土にもない。だから、所司代が明智の動きが見えなかったのはあたりまえだろう。
 燃える本能寺、秀忠は、次に何をしたか。明智軍が来ている。自身が危ない。所司代の兵百人ほどが明智軍を突破して、信忠のところへ来る。
 この寺では守れないので、二条城へ移る。戦うつもりなのだ。逃げておれば歴史が変わっただろう。
 信忠は織田家の家督を既に継いでいる。だから全織田軍団の長も引き継ぐことになる。家督争いはない。だから清洲会議もない。
 京を脱出するとき、方々に軍令を出せばいい。京を出て、安土へ行けば、信長自慢の家臣蒲生がいる。
 そして秀忠の本拠地岐阜の美濃兵を集め、光秀を討てばいい。伊勢と尾張には二人の弟がいる。
 伊勢の弟は変を知り、出兵するが、伊勢そのものを留守にするのが怖いので、引き返している。
 中国攻めの詰めで信長が行くわけだが、その兵は何処へ行ったのか。信忠が先に京まで出たのだが千か二千では少なすぎる。摂津や大和の兵を連れて行く気だったのか、そこは分からない。
 まあ、信玄の息子勝頼と同じようなもので、勇敢だが、もの凄い大将ではなかったのだろう。それにまだ若いので、無理はない。
 そして秀忠を守る家老も頼りない。だが、美濃へ逃げましょうと家臣は進めたようだが、信忠は光秀と戦うほうを選んだ。この決断が、歴史を動かしたようなもの。
 そして二条城に籠城。だが、堀一つ程度の規模で、寺よりはまし程度。それに御門の第一子が二条城を使っているのだ。それで、移ってもらうことにして、二条城に立て籠もるが、織田軍団の誰かが来るまで籠城しようとする気がない。城を何度も出て、明智軍と戦っている。
 二条城のお隣は公家の家。その屋敷へ渡って、そこから抜け出せば、何とかなったかもしれない。
 しかし、それらは結果が分かっているので言えることで、信忠が生きておれば、秀吉は織田家の家臣のまま。
 そして家康と同じことをやることでしか、天下は取れなかっただろう。
 のちの清洲会議、明智を討った後、織田家をどう纏めるかという話だが、信忠は織田家の跡目を既に継いでいるのだから、そんな会議などする必要はない。武田信玄が亡くなったのなら、勝頼があとを継ぐ。何も問題はない。それと同じだ。上杉謙信がなくなれば、息子の景勝があとを継ぐ。これと同じこと。
 次男と三男がいるが家が違う。既に分家している。尾張と伊勢に。二人とも今一つ。本家は信長の次は信忠で、その次はその子供。これを秀吉が担ぐのだが。この子の母方のお爺さんは武田信玄、父方のお爺さんは織田信長と、もの凄い血筋だ。ただ、小さすぎる。だから織田家を継げても織田軍団を継ぐのは難しい。だから秀吉が担いだのだ。
 結局そのあと秀吉が好き放題できるのは、信忠までが亡くなったため。
 それでこの本能寺の変、ただの私怨による暗殺のようなものだったとしても、歴史がまったく変わってしまう。信長だけの死なら、織田軍団は続く。秀吉もその中の武将のまま。
 ただ、秀忠も、まだ若かったし、武田攻めのときも、かなり無理攻めしている。血気盛んだが、あまり優秀ではなかったのかもしれないので、やはり織田軍団の軍団長の誰かが後見人になり、実権を握っていたかもしれないが。
 
 豊臣家の最後、結局家康が奪い取っている。
 司馬遼太郎「国盗り物語」では光秀の死で終わる。そして時代は秀吉によって進められるとなっている。安土城の主から、大阪城の主の時代へと。
 だから、光秀の謀反は秀吉に道を付けてしまったことになる。
 ただ、信長は光秀を甘く見ていた。謀反など起こすような人柄ではなく、その逆だ。真面目で礼儀正しい。しかし光秀のその表のポーズは理性的に作ったものだと吉川維持が説明している。その奥に家来の誰も知らない野性を持っていたのだ。
 若い頃の光秀をずっと見てきた光春は、それを感じていたので、心配した。やるのではないかと。
 そして老臣斎藤利三や、斉藤家に仕えていた元武士の絵師も、それを見抜いていたのだろう。
 踏んではいけない虎の尾を信長は何度も何度も踏み続けていたのだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月17日

ペンタックスK70購入

■■ 2019年9月17日 火曜日 午前10時02分
 
 今朝は晴れている。最近好調だ。好天続き。まだ暑いが、もう夏のようなことはない。平気で陽射しのあるところでも移動できる。30度を切っておればそんなものだろう。
 今朝は風が強く、油断していると帽子が飛ぶ。暑いので、帽子を浅い目に被っているため。また少し大きい目なので、ダブッとしている。深く被ればしっかり固定するが、それでは暑いし窮屈。紐で顎まで回すというタイプは、このタイプにはない。子供がそういうのを被っているし、おばさんもそれを被り、帽子が必要ではないシーンでは背中に回している。まあ、麦わら帽などはそうだろう。紐がある。だが、あの帽子は野っ原ではないと被りにくいだろう。
 夏物最終バーゲンは昨日までだったはず。連休が終わったので、特価コーナーも終わったはず。しかし、あまり売れていないと、延長しているかもしれない。夏物だが秋でも行けるようなのを選ぶ人が多いだろう。今なら安いので。
 秋物は既に普通の売り場に並んでいるが、それなりに分厚い。これは冬を見込んで長持ちできるようにだろう。秋だけで終わるともったいない。初冬の頃まで重ね着などで何とかまだ着られるようなのがいいはず。
 薄くてペラッとしたものでも、中に着込めば冬になった頃でもまだいけるだろう。ただ冬物の上着は中に着込むものと合体したようなもの。一着で済んだりする。
 それでバーゲンで探していたのだが、秋物ジャケットがなかった。夏物よりも、少し分厚い。まあ、その時期なので、売れ残りの特価品を探さなくても、いくらでも出ているのだが、高い。
 まあ、それは探す楽しさを残しているほうがいいだろう。ユニクロで一着だけ生き残り、マネキンが着ていたのが気になる。それが理想的な形だったのだが、その後行っていないので、どうなったのかは分からない。
 
 昨日は注文していたペンタックスの一眼レフが届いた。アマゾンの段ボールがいつもよりも大きい。元箱が大きいためだろうか。一眼レフとしては安いのだが、それでも高いので、中古を探していたのだが、なかなか良いのが出なかった。
 新品と中古の価格がそれほど違いが無ければ、新品でもいい。その中古価格が下がりだしたので、狙い目だった。もっと下がるかもしれないが。
 今回の中古は新品同で、非常に良いというタイプ。それにしては値段が安い。一番安い中古。
 これは元箱入りだが、ない物があるため。足りないものが。何が足りないのかは書かれていない。それで目をこらしてみていると、どうもコードらしい。それとマニュアル。
 これは他の中古の全部揃っているのと比べて分かった。
 マニュアルはいらない。ネットにある。問題はコード。これは何のコードか分からない。パソコンと繋ぐUSBコードはオプションのはずなので、最初から入っていないはず。
 そのコード、バッテリー用のコードで、充電器と電源を繋ぐもの。充電器にコードがくっついていないタイプ。だから充電できないという中古カメラになる。だから安い。しかし、これは持っているし、また充電器も二つほどある。バッテリーも以前のものと同じもので、あまり変えてきていないので流用できる。
 その二つが無いので、安かったのだろう。
 数年前のカメラで、それなりに古い。ペンタックスはそれほど頻繁に新製品を出さないので、そんなものだろう。それと、まだ生きているのかというような感じなのがペンタックス。
 元箱にバッテリーが入っているのだが、カメラの中にもバッテリーが入っている。だからバッテリーが二つ入っていたことになる。予備バッテリー付きのカメラもあるにはあるが、これはおまけかもしれない。バッテリーは充電器の中に突き刺さっていた。いかにも中古品らしい。だからカメラにも突き刺さっているので、これは得をした気分。
 しかし電子ファインダーを使わない一眼レフタイプはバッテリーの持ちが最初から良いのだが。
 さらにレンズの先がおかしいので、よく見ると、フィルターが付いていた。これはネットでは書かれていない。付属品としては、実用性が高いのに。見落としたのだろうか。
 バッテリーとフィルターが付いてきて、しかも安い。
 レンズは28から200ミリ相当の大人しい高倍率標準ズーム。今なら24から400相当とかになっており、また600ミリまでいったりするのもある。しかし大きく重くなる。28から300ミリあたりがまずまずのところだが、それが200ミリあたりまでと大人しい。これはレンズが長く、大きくなるのを避けるためのキットレンズに多い。ニコンでもキャノンでも、200ミリあたりを付けた中級機向けのキットがあるので、それに倣ったのだろうか。しかし、キヤノンやニコンのよりも小さい。ただ、それなりの重さはある。
 だが、K70はボディーが最初から重い。小さい目の一眼レフなのだが重い。これは視野率100パーセントのガラスのプリズムを乗せているためだ。だからニコンキヤノンの中級機レベルのファインダー。しかし値段は入門機の値段。そしてキットレンズの中に最初から高倍率標準ズームがある。ダブルズームキットではなく。まあ、ペンタックスはキットレンズの組み合わせが多いのだが。
 このカメラには写真撮影の原点に戻るような雰囲気がある。それなりに今のカメラなので、色々な機能はついているが、AF一眼レフ時代から基本的なものはそれほど変わっていない。
 デジタル一眼レフの初期機と、今との違いも、それほどない。撮影の基本は同じ。だから28ミリから200ミリの範囲内で、じっくりと写すには、このカメラがふさわしい。
 レンズはずっと前に買ったS1というのがあり、そのキットレンズで望遠の400ミリ越えのもあるので、それも付けられる。古いタイプのレンズなので、AF作動音がうるさいが。
 草花や静物などをしっかりとした光学ファインダーで覗くと、いい感じになる。これがやりたいだけかもしれない。
 ミラーレス、電子ファインダーに慣れた目で、光学ファインダーのレフ機で撮影するのは非常に新鮮に感じる時代。ミラーの跳ね返り音、シャッター音。この音は生だ。擬音ではない。それと振動が伝わる。
 このカメラは重くて持ち出すのが面倒なので、じっくりと付き合うことになる。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月16日

夏物バーゲン

■■ 2019年9月16日 月曜日 午前9時37分
 
 今朝も晴れており、いい感じだが、風が強い。帽子が飛ぶ。飛びかかったとき、手を当てるのだが、額に爪が立ってしまった。痛い。頭の上を押さえるより額のほうが早いのだろう。だが空振りだった。
 今日は月曜なのに、休みのようだ。日の丸が出ていた。これで祭日か祝日かは忘れたが、何かの日になるのだろう。振替休日、代休かもしれないが、それでは日の丸は揚げないかもしれない。当日ではないので。
 気温は高い目で、猛暑ではないが、この時期としては、そういう日も普通にありそうな感じなので、よくある温度だ。明日あたりから今度は下がりだし、最高気温が30度を切り始め、最低気温が20度を切る日が書かれている。暖房がいる。十日間予報の後半なので、これは当たらないかもしれないが、下がりだしているのは確か。秋が深まるというほど、まだ浅いところにいるのだが、中秋へ向かっているのだろう。月にも中頃があれば、季節内にも中頃があるのだろう。ありそうなことには名前がつく。ついでに他の似たようなことにも付けたりするのだろう。
 季節は進んでいるのだが、まだまま真夏の格好でいける。九月いっぱいは例年並みの気温ならそんなものだろう。衣替えは十月から。十月になると、急に冬服になるわけではないが。
 夏物最終バーゲンで、カッターシャツ風の上着を買う。ほとんどカッターシャツなので、これならカッターシャツでよかったのではないかと思えるが、最初から着流しで着るようになっている。
 ただ、ボタンが少しだけ大きい。そしてポケットが腹の所、脇に二つあり、入口が上を向いており、水平。これはデジカメなどが落ちにくいが、アクセスは斜めカットのほうがいい。
 胸ポケットは一つで、もう一つあるが、そちらはペン差しだろう。その程度の幅しかない。ジャンパー系との違いは胸ポケットが小さいこと、薄いこと。襠などはない。まあ、タバコを入れる程度だろう。大きな箱は無理。
 あとは伸縮性のある編み方をした綿生地。ストレッチと書かれている。芸はそれだけで、引っ張ると、伸びるのが分かる。だから身体を曲げたときなど、引っ張られないのだろう。
 ペラ一枚の夏物。これは防寒性は当然ない。夏なので、それなら着なくてもいいようなものだ。それと耐水性云々は当然ない。
 年寄りが病院へ通うときのような上着だ。だから、普通のカッターシャツを着流しで、着ているのと同レベル。アウトドア的でもない。
 これともう一着、分厚い目の生地の似たタイプがあったが、昨日は暑かったので、試着すると、暑苦しかった。値段はこちらのほうが高い。こちらのほうが秋が深まってきても、まだ着られそうだ。デザイン的には似ている。
 昨日は久しぶりに昆陽にある喫茶店へ行く。夕方前に行く喫茶店を変更。その戻りにイズミヤへ寄る。ヤマダ電機がワンフロアとってしまい、紳士物売り場のフロアが消えてしまったので、二階の婦人物や靴屋などと同じ所に詰め込まれたので、狭い。
 こちらは静かだが、店員が立っている。以前はそんなことはなかった。接待員だろうか。それが邪魔。何もしていない。立っているだけ。
 その人が立っている場所へ近付きにくい。マネキンではないので。
 特価品がずらりと吊されている風景は消えており、定位置に詰め込まれている。
 その中にマウンテンパーカー風のがあった。防水性があり、すぐに乾燥する生地。ペラッとしているのでレインコート風だろうか。カッパとして着るには丁度いい。裏地が入っており、これで少しは分厚く見えるが、表地ががさっとしており、しなやかではない。固そうだ。これで水を防ぐのだろう。
 秋物の、少し分厚いものも吊されており、値段は安い。
 イズミヤブランドのようなものは、目立たなくなったが、ワニのブラド品が高いタイプのメインになっている。これがイズミヤで一番高いタイプだろうが、一万円を超えない。だからイズミヤらしい。
 場所は伊丹と尼崎の境界のような所。どちらかというと尼崎。アマで高いものは似合わない。イズミヤそのものがアマのイメージ。
 そちらは秋物ジャケットが並んでおり、こちらは分厚い目。まだまだ先だ。
 それよりも、安いタイプは品揃えが豊富で、あらゆる種類のものが乱暴に吊されている。まるで古着屋だ。
 目を引いたのは、このマウンテンパーカー風。まだ浅い秋でも雨の日は着られるだろう。カッパと同じなので。
 もう十年以上前だが、ここでマウンテンパーカーを買った。二千円台。スーツ売り場にあり、スーツの上から着るタイプ。これがカッパになったが、少し大きかった。長く着ていたが、白っぽいタイプなので、汚れてしまい、捨てている。
 昨日は夕方前で陽射しはあったが、それほど暑くはなかった。出掛けやすくなっているのは確かで、夏よりも出やすい。
 
 
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2019年09月15日

夏物ジャケット最終バーゲン

■■ 2019年9月15日 日曜日 午前8時52分
 
 今朝はすっきりと晴れている。秋晴れだろう。気温は少し高い目。昨日も高かったが、夏の暑さではない。
 過ごしやすくなっており、これはいい感じだ。しかし月末近くになると最高気温も最低気温も下がり、暑くないから涼しいとなるはず。最低気温が20度を切りかけている。最高気温はもう30度に達しなくなったりとか。それは十日間予報の後ろのほうなので、当てにはならないが。精度は近いほど良いが、気温は前日でも当たらなかったりする。そのため、前日の予報というのが一緒にでる。どれだけ誤差があるかだ。それで当日の一時間置きの予想だが、それもまだ現実のものではない。本当の気温はデータ化されている。だが、もう終わったことなので、実用性はないが、前日の気温というのは参考になる。昨日の今頃の温度を知りたいのだ。
 これは知っている温度だ。昨日のことなので、昨日の夕方頃の記憶はある。その頃の温度と今とはどう違うのか、などが参考になる。昨日よりはましとか、昨日と同じ程度か、など。
 これは何か寒いと思ったり、暑いと思ったとき、気温ではなく、体調の問題だったりすることもあるためだ。体調も天気と同じで、日々変わり、時間おきに変わっているはず。身体の中に自然界を持っているようなものだ。
 昨日はよく寄る衣料品コーナーで、バーゲンをやっていた。これは毎日通る通路から見えるためだ。衣料品コーナーの通路の端っこが見え、そこに特設コーナーがでていると分かる。一部だが。
 昨日のバーゲンは紳士物の夏物長袖カッターシャツ。これは店内の奥で毎日やっているのだが、さよならセールで三割引。しかも値札そのものが書き直されており、そこからさらに三割引。少し高い目の上等な品だが1000円か2000円台に落ちている。その中の一着を以前買ったことがあり、今はメインで着ている。これが非常に着やすい。まとわりつかないし、さらっとしていている。それに類似するカッターシャツがずらりと並んでいる。ボタンが大きい目とか、中には多少の耐水性があるものも。普通のカッターシャツだが、夏向けなので、すっきりしているが、ややダブッとしている。だからまとわりつかない。袖を通しやすい。
 昨日はそれではなく、平和堂ブランドかイズミヤブランドかは忘れたが、高い目の上着がでている。15000円が相場で、それがずらりと。いずれもそれが半額。夏物のためだ。だから夏物のジャンパーやジャケットだ。ペラッとした一枚物が多い。秋物としては寒そうな。寿命が短い。
 まあ、デニム系のいいカッターシャツ。これはブルーが多いが、定番がある。それの本物は5000円以上していたりする。まあ実質よりもブランド代の上乗せがあるものの。
 だからカッターシャツに15000円は出せないが、そうではなく、パーカー風や、ジャケット風になると、同じような薄さや生地でもポケットが増えたりする。しっかりとした上着になる。夏物スーツのようなものだ。
 以前イズミヤで夏頃見付けた高いジャケットと似ている。それは数日前いったときは消えていた。誰かが買ったのだろう。真夏に。暑いのに。それと同じブランド。これはハンガーにマークがある。このブランド専用のハンガーがあるのだ。
 こういうのは半額にならないと買わない。半額でも高いが。
 さて、それでずらりと並んでいるジャケット類。これが夏物最終だろう。さらりとしているカッターシャツは真冬は寒いが、寝間着になる。薄いがざらっとしており凹凸がある。これで肌触りがかなり違う。
 それではなく、ジャケットだが、これは今はまだ無理。まだ着る季節ではない。今は真夏の服装でもいいので、まだ大袈裟。
 それで複数タイプがあるし、一着しかない物もあるので、迷っただけで、決定打が無いので、買わないで帰った。しかしめぼしいのがある。これを見たのは昼だが、夕方、もう一度喫茶店へ行くので、その戻りに寄れないこともない。イズミヤでの経験がある。次に行ったときはなかったのだ。
 また、この店でも同じことがあった。前日目星を付けていたのを翌日決心が固まり買いに行くと悪い奴がいて先に買っていた。同じものが並んでいれば残っているが、一着しかないタイプだった。
 バーゲンでは見たとき買えが原則だ。それだけ流れが速いのだ。定位置で普段からある場所ではなく。そしてバーゲンとはいいながら、屋台のようなもの。廊下のスペースに並べているので、終わると、倉庫に行くかもしれない。もう売り場には出さなかったりとか。
 しかし、そういうジャケット。似たようなものがユニクロにあり、それも一着だけ。デザイン的にはこれが良いし、生地もいい。
 それで先日近くに寄ったとき、確認しに行くと、消えている。いくら探してもない。
 しかし、すぐに見付かる。マネキンが着ていた。それを剥がせば良いのだが、しっかりと着ている。値段は二千円台で安い。売れ残りだ。去年のかもしれない。
 これも、次に行くと消えているだろう。
 今朝は少し暑い目で夏と同じ。朝夕は涼しいが。だから、今着るにはまだ早いのを買うのはタイミングが悪い。その気になれない。
 まあ、あと一週間ほどすれば、そのジャケットの時期になるので、バーゲン中に買うほうがいいかもしれない。
 売り場から消えるだろう。秋物と入れ替わるので。
 ユニクロなど既にダウンジャケットの冬物防寒着が出ている。
 秋物ジャケットは寿命が短い。それが欠点だ。
 
 
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2019年09月14日

鍋焼きうどん

■■ 2019年9月14日 土曜日 午前8時53分
 
 今朝はすっきりと晴れている。気温も秋らしい。涼しそうなので、ペラッとしたジャンパーを羽織る。陽射しがあるので、外は良いが、喫茶店での冷房除け。外の気温のままで良いのに、それより低いのが冷房。高いと暖房になるだろう。
 季節の変わり目と言うよりも、変わったのだろう。これはもう夏ではなく、秋。涼しくなっているので、それで分かるが、これは寒くなっていく、だから冬に向かっているのだ。しかし中間の秋そのものの気候もある。ずっと中間なら夏と冬しかないが。
 冬らしい同じような日が毎日続いたり、夏らしい暑い日が毎日続いたりすると、これは確実にその季節のど真ん中に入っている。秋や春はそれが曖昧なだけ。天気が変わりやすいのも原因だろう。同じような日が続かないのは、同じような天気が続かないため。まあ、三日続けば大したものだ。
 前夜寒かったので、昨夜は毛布を出してくる。しかし、冬物の絨毯のような毛布で、縁など凄いボリューム。ほとんど蒲団だ。だからこれを芯にして、カバーを掛ければ蒲団にになる。トンカツではなく、ハムカツのような感じだが。
 流石にそれでは暑すぎるので、足元に重ねておく。引っ張れば被れるように。しかし足元なので、足をそこに突っ込むことになる。夏布団も、その下にあるのだが、動かない。これでは掛け布団が完全にロックされているようなもの。足が浮かない。
 足の指の骨を折りそうだ。
 薄い目の安っぽい毛布で良いのだが、どれも汚してしまい、捨てたようだ。買えばいい。薄いやつを。
 しかし、昨夜は夏布団だけで十分だった。
 急に涼しくなったので、風邪を引いたのかもしれない。
 早く秋物を羽織りたいところだ。ポケットが使えるようになるので、デジカメなどを入れやすい。
 昨日は風邪っぽいので鍋焼きうどんにする。アルミ鍋に入ったうどんで良いのだが、いつもの近所のスーパーへ行くと、鍋焼きうどんが出ていた。少し高い目だ。夕食、それだけで済ますつもりなので、200円台後半でも問題はない。高いものではない。
 いつもの出汁付きうどんとの違いは、ネギが入っていること、ワカメ、刻みアゲ、そして目玉はまさに目玉のような卵。この卵は温泉卵なので、煮なくてもいい。そのままだと月見うどんになる。ただ、サブに天麩羅がついてくる。海老の欠片も入っていないいつもの天かすを固めたようなタイプだが、少しいボリュームがあり、ふっくらしている。立ち食い蕎麦屋での天麩羅うどんと同じで、衣だけを楽しむもの。溶けてしまうので、箸で掴むのが大変。何せ芯がない。しかし、欲しいのは少しだけ脂っこい物だろう。だから衣だけで十分だったりする。さらに高いアルミ鍋焼きうどんには海老が入っている。だが、これは見た目から想像してはいけない。期待してはいけない。十センチほどの海老の天ぷら。しかし海老は半分以下の長さしかない。だから芯のない箇所が半分以上。だからポロリと折れたりする。
 非常に尻尾の大きな海老を使っているのだろう。尻尾で判断してはいけない。衣を剥がすと痩せて貧弱な筋張った海老本体が出てくる。これならちくわの天麩羅の方がよかったりする。
 晩ご飯後の夜の徒歩散歩は続けている。足はもう痛くなくなったので、三日ほど続ければ、効果があると言うことだろう。まあ、僅かな距離なので、長い距離を歩くとだれてきそうだが、そんな機会は滅多にない。散歩のメインは自転車なので、歩くことはほとんどない。だから、夜の徒歩散歩を再開した。
 何処かに自転車を止めて、歩きに変えてもいいのだが。そういう良い場所はない。じっくりと歩いて見て歩くとかの。
 しかし、涼しくなったので、朝の喫茶店からの戻り道散歩がしやすくなる。今がチャンスだろう。それと長距離自転車散歩も。これは夏場は遠慮しているが、今ならいつでも行けそうだ。ただ、同じような場所ばかりなので、写真を写す場合、新鮮さがない。
 逆に日常移動コースで写す方が撮すネタが多かったりする。より細かく見ているためだろう。
 
 
 
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2019年09月13日

本来の秋へ

■■ 2019年9月13日 金曜日 午前9時17分
 
 今朝は久しぶりと思えるような雨。雨は珍しくはないが、今日は普通の雨。夕立や俄雨や台風の雨ではなく、ただの秋の雨で、しかもシトシト降り。そして最低気温が20度を切る夜。その朝なので、まだ肌寒い。よくもこれだけ素早く気候が変わるものだと感心する。ただ、激変したのではなく、戻ったのだ。本来のこの時期に。
 雨と言うことで、今朝はペラッとした化繊のパーカーをカッターシャツの上から羽織る。雨ではなければ、長袖夏物のカッターシャツだけで十分かもしれないが、寝ていて夏布団では寒かったことを思いだし、上に羽織ることにした。雨は大したことないので防水性に拘ることはないが、差すか差さないか迷うような小雨では、防水性のあるタイプがいい。すぐに乾くし。
 昨日は見事な秋晴れで、うろこ雲で半透けの青空が秋の淡さをみせてくれた。夏の濃い青ではなく、バスクリンのような。
 しかし、今朝は雨で鬱陶しいが、気温的には満足。湿気が強いはずだが、寝起き入る喫茶店までの自転車のペダルは意外と軽い。
 雨だが、天気は正気に戻ったのだろう。それまでは狂ったような感じだったので。
 日の出は寝ているので、分からないが、暮れるのが早くなったのは実感できる。そのうち、夜中目を覚ましたとき、まだ暗いので、時計を見ないで、また寝ることになるが、夜が長くなり、夏なら明るくなり始める頃も暗いので、外光だけでは分からなくなりそうだ。
 こうして秋らしくなってきても、あっという間に冬に持って行かれるのだろう。秋がなかったりする年が結構ある。
 いつまでも暑い秋、そして早い目に来る冬で、秋は数週間しかなかったりするし、その間も雨が多いとなると、秋は希少価値になる。
 朝、熱い味噌汁を飲んでも汗が出なくなった。扇風機はまだいるが、徐々にいらなくなるだろう。当然昨夜は扇風機など邪魔なほど。これがすぐに電気ストーブに変わるのだが。
 最低気温20度では暖房がいる。まあ、寝ているときなのだが、夏布団では頼りなかった。
 街ゆく人は真夏と同じ服装の人が結構いるし、そちらのほうが多いが、長袖や、上にジャケットを羽織っている人、カーデガンを羽織っている人を見かける。まあ、雨なので、自転車の人は雨合羽の上が多い。または長い目のレインコートで、これは婦人用。足首まで隠れる長袖のワンピースのようなもの。これが効果的なのだが、男性用はない。自転車用だ。ワンピースを着る男性はいないわけではないが、紳士物売り場では売っていない。
 まあ、少々の雨なら、ジャケット程度でも、中まで染みこむことはないので、防水性よりも、防寒性をとりたいところ。
 一番理想的なのはこの時期ならマウンテンパーカーだろう。中綿が入っていないタイプだが、結構分厚い。ジャンパーは短いが、マウンテンパーカーはコートのように長い。そしてポケットが大きい。そしてジャンパーにはないフードが付いてくる。これで傘なしのとき、強い目の雨のとき、フードが役立つのだが、帽子を被っていると、それほど必要ではない。帽子の上からフード、と言うのもあるが、首を曲げたとき外れたりする。
 台風が来る前、涼しかったので、ジャケットものを探しに行くはずだった。その後、暑いので、そんな気は起こらなかったが。
 昨夜の食後の散歩は慣れてきたのか、足の痛さがまし。別に足が悪いわけではない。
 夜撮りお供カメラはパナソニックの高級デジカメで、これは旧製品だが、受光素子は同社ミラーレスと同じ大きさ。しかもレンズは24ミリF1.7と明るい。これは暗いところでは無敵だろう。無理のないスペックなので、問題なく写る。ただ、動作は遅い。電源を落としてからすぐに鞄やポケットに仕舞えない。しばらく液晶がついているし、レンズも引っ込まない。だからあまりスナップ向けではないが、ファインダーも付いているので、じっくりと写せる。24から70ミリと控え目で、望遠効果などは望めないが、デジタルズーム域までイケイケになるので、140ミリは多用できる。画質の劣化はない。
 レンズの明るさ、受光素子の大きさと、物理的に固めたようなもので、これは強い。まあ、パナソニックのミラーレスに超高級標準ズームを付けて撮しているようなものだ。
 このレンズのために作ったボディー、またこのボディーのために作ったレンズのため、相性が良い。最適化されている。相棒が他にないからだ。
 
 
 
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2019年09月12日

秋が戻ってきた

■■ 2019年9月12日 木曜日 午前10時07分
 
 今朝は久しぶりに涼しい。昨日の雨からガクッと気温が下がった。雷が鳴る雨。遠雷。これは夏の終わりを告げていたのだろう。
 久しぶりというのは、既に秋になっており、涼しい日が少しあったのだ。台風で、ガクッと気温が上がり、夏に戻ってしまい、それが長かった。台風前後二日ほどとかではなく、もっと長い。
 流石に季節の歩みのベースは固いのか、秋へ向かう力があったのだろう。そのままでは常夏の国になり、冬はどうするのかという話になる。
 昨夜の雨で過ごしやすくなり、昼寝時間が長かった。いつもの倍以上寝ていたことになるが、これは雨が降っているので、やむまで寝ていようとしていたためかもしれない。しかし、暑いときは昼寝時間が短かったことは確か。だから夏は寝不足になるのだろうか。夜の本寝も。だからバテやすい。
 それで、天気が悪かったが、夜も過ごしやすく、部屋の中の熱気、ムッとする暑さが消えたので、快適だった。過ごしやすいと言うこと。その中身よりも、過ごしやすいと言うことだ。これだけで十分快適。
 当然扇風機なしで寝ることができた。そして、遅い目に起きてきたのだが、早く起きすぎたので二度寝した。
 起きると少し遅く、日もかなり上がっているのだが、ひんやりとする。
 いつもの真夏用のカッターシャツは長袖なので、腕を捲らないと暑いのだが、しなくてもいい。しかも陽射しがあっても暑くない。
 十日間予報を見ると、全て塗り替えられていた。当然低い目に。
 夜中の気温は25度を切っており、これは楽だ。当然掛け布団が必要。この状態だと暑いも寒いもない。
 今日は晴れているが、雲が多く、風が強い。雲は当然夏の入道雲などは見えない。
 これで、夏の終わりを一年で二回体験するようなものだ。しかし、こういった急激な気候の変化は、結構しんどいかもしれないが。
 まあ、これで暑さから解放されたので、ほっとしていいだろう。九月の中旬に差し掛かったばかりなので、まだ暑い日はあるだろうが、これは真冬でもある。その季節内での暑い寒いレベルなので。
 家に大きな蜘蛛がおり、これは家蜘蛛で、守り神のようなものだと聞いている。だから退治してはいけないと。その蜘蛛の小さい目のが出ていた。まだ子供かもしれない。形が同じだし、動きも同じ。
 それと小さなイモリかヤモリがいる。ヤモリかもしれない。これも成虫ではなく、小さい。まだ子供だ。そう言うのが出る季節なのかもしれない。
 ヤモリは決まったコースを毎晩はっている。ほとんど壁で、水平のところではなく、昨日見たヤモリはまだコースが定まっていないのか、とんでもないところを移動している。蜘蛛もヤモリもじっとしているときが多い。次に見たときは消えていたり、離れた場所にいる。そしてまたじっとして動かない。
 待ち受けタイプの狩りかもしれない。
 どちらにしても秋が戻ってきて、次のステージへと進み、夏は遠いものとなるのだろう。
 
 
 
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2019年09月11日

長すぎる残暑

■■ 2019年9月11日 水曜日 午前8時44分
 
 暑い日が続いている。しかし、今朝は曇っており、ずっと晴れて暑かったのだが、少しはましになった。雨が降るようだが、朝は降っていない。
 昨日も結構暑く、夜になっても暑いまま。寝る時間になってやっとまともな気温になったので、熱気の中で眠るよりはよかった。しかし、この時期としては、かなり厳しい。暑さのダメージが厳しい。
 九月の中頃。この頃、涼しさがさらにます頃なのだが、ますます暑くなる。これでは体調もおかしくなるだろう。
 しかし、昨夜は扇風機は付けていたが、一度起きたとき、涼しく思えたので、切った。朝の陽射しが入る頃の暑さがなかったのが幸い。これは曇っているためだ。これでやっと陰りが出てきたのだが、そのあとまた晴れて、猛暑日が続くのだろう。これは身体にこたえる。
 身体が熱くなりだすと、濡れタオルなどで、身体を拭くと、かなり改善する。普通の水道の水をおしぼりのように使う。濡れタオルを首に巻く、などもある。まあ、常温でもいいので、水を浸したもので、顔を拭くだけでも違う。まあ、たまに顔を洗えば良いのだが、それでは顔だけ。だから濡れタオルや手ぬぐいで軽く身体を拭くのがよかったりする。
 朝、味噌汁を飲むと汗が出ていたのが、ましになり、出なくなった日もあったのだが、ここ数日はよく出る。夕食後も出る。といって冷たいものばかりだと、あまりよくない。口当たりは良いが。
 しかし、日中の自転車移動は、真夏の頃の焼け付くような暑さよりはましで、それほど厳しくはない。空気そのものがムッとするような熱気を含んでいると別だが。
 台風が来る前は、それなりに涼しい日があったが、夕立が多かった。連日だ。これで湿気がきつかった。涼しさはあるが、それはそれで、気圧の変化は厳しいものだ。
 いつまでこの暑さが続くのだろう。このままでは常夏の国になる。夏がひと月分ほど増えた感じ。まあ、九月いっぱい夏が残っていた年もあるので、今年はそういう年なのかもしれない。
 蝉ももう夏は終わったので鳴いていない。夜中、秋の虫が鳴いているのが救いだ。そして夏の終わり頃に出る蚊が飛んでいた。これが刺しに来る。
 既に秋になっているのだが、この暑さでペースが狂う。まあ、まだ夏だと思えば、何とかなりそうだ。
 夕食後の徒歩散歩も厳しいもので、動くと汗ばむ。夕涼みはならない。
 昨夜はパナソニックのネオ一眼を持ち出して夜道を写す。
 全域F2.8が効いているのだが、F2.8付きコンパクトデジカメなど珍しくはなく、それほど明るいというわけではないが、そのFZ300は安定感がある。
 暗いとAFは大きな枠が出て、ピントが合う場所がよく分からなくなる。何か諦めたような。だから暗くても一応合焦マークがつく。撮影モードはフルオート。暗いので、ピントが合いやすいものが前方になかったりするので、何とか探し出して、何処かに合わせようとしてくれるので、フルオートの自動認識が良い。実際には顔認識だが、顔がないと、被写体自動認識になる。
 またはある程度距離があると、三脚なしの手持ち夜景モードになり、五枚ほど写して合成になるのだが、このカメラもその流儀だが、あまり、このモードには入らない。他のパナソニックコンパクト系ではすぐにそのモードに入るので、一寸流儀が違うのだろうか。
 広角ではなく、望遠側で写す。600ミリまでいけるのだが、平気な顔でシャッターが切れる。写っているものはスペック的に厳しいはずだが、望遠屋系手持ちにしては何とかなっている。
 これはタフなカメラだ。
 猫などを旅カメラで写すと、晴れていてもシャッタースピードは125分の1秒あたりが多い。望遠を伸ばすので、絞りがF6あたりまで行く。望遠端の開放。それがF2.8だとシャッターが上がる。250分の一あれば、動きを止めやすい。だから、よく動く猫や鳥などでも、被写体ブレを防げる。手ぶれではなく、被写体が動くのでブレたようになる。望遠端600ミリでもF2.8の意味がそこにある。
 受光素子は小さいのだが、よく写ってくれる。
 しかし、この夕食後の徒歩散歩。僅かな距離で、被写体も限られ、これという風景はもう写しきっているので、探さないといけない。だから、夜の徒歩散歩といっても、そういうのを探す散歩のようなもの。
 
 
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2019年09月10日

夜間散歩カメラ

■■ 2019年9月10日 火曜日 午前9時27分
 
 今朝も晴れており暑い。こういうのが続く。例年のこの時期としては5度から8度ほど気温が高いというのだから、本来の気候ではないのだろう。今頃は涼しくなっているはず。台風が来る前は、そうだった。それがさらに進んでいたはず。幻の初秋だ。
 そして最近は夏に戻り、猛暑状態。この時期こそ夏休みが必要なのだが、終わっている。
 夏休みの終わり頃、結構涼しく、これでは暑いので休むという夏休みはいらないように思えた。しかしまだ夏休み中。しかも暑くない。ここで得をしたのだから、そのお返しが、ここ数日続いているのだろう。
 しかし、台風の影響は去ってからでも長く続くのだろうか。二つほど続けてきており、重なっていたこともあるが、まだポンプの役目をしているのかもしれない。しかし、それで暑いというのはあまり効かなかったりする。台風が来る手前は暑苦しくなるが、去ればすっと涼しくなるものだ。別の原因ではないかと思える。
 北の勢力が弱いのかもしれない。それで南の勢力に好きなようにされるとか。
 猛暑の理由はフェーン現象。それが起こりにくい地形でも暑かったりすると、ややこしくなる。
 昨夜は当然扇風機を付けて寝て、途中寒くなったが、消さないでそのままにしていた。
 しかし、寝る前、もの凄く暑いというわけではなく、もしかすると扇風機はいらないかもしれないと思うほどだったので、左右への首振りだけではきついので、上下を加えた。これで、風が顔に来る割合がぐっと減る。それで消さなくてもよかったのかもしれないが、掛け布団を被っていた。やや遅い目に起きてきたので、汗ばんでいた。やはり扇風機を回しっぱなしにしていてよかった。日が登り出すと、気温が上がるためだ。
 というようなことを毎晩やっている。暑さの印象が具体的。これは記憶に残りやすい。扇風機の使い方で。
 暑いが、底の方に秋がいるのは確か。
 昨夜はよく眠れた。一度軽く目が覚めた程度で、トイレにも立たず、そのまままた寝た。しかもいつもより遅寝。そして目覚めは結構よかった。
 真夏の朝、目を覚ましたときの風景、これは室内だが、その状態は意外と好きだ。
 
 夕食後の徒歩散歩は三日目になる。足はまだ付け根あたりが痛いだけ。これを一週間ほど続けると、楽に歩けるようになる。歩いていることを意識しないほどに。別に足が悪いわけではない。最近長い目の距離を歩いていないだけ。
 汗は前夜ほどには出なかった。出ると言っても少し汗ばむ程度だが。
 この徒歩散歩は僅かな距離で、僅かな時間。一寸外の風に当たってくるという程度の間合い。散歩とも言えないが。
 それで、歩いているだけでは暇なので、夜景などを写す。
 こういうときは暗いところでもAFが合いやすいカメラが有利。レンズの明るさよりも。感度上げか手ぶれ補正で何とかなるので、明るいレンズの意味はあまりなかったりするが、暗いところだけを写すために明るいレンズを使うのではないはず。明るいレンズほど高級なレンズなので、収差などが良いのだろう。当然ボケがより効果的に出るし、ぼけの形なども滑らかで綺麗で、良い形になるのかもしれない。だから暗いところ専用ではない。
 といっても夜間、歩いているだけでは退屈なので、写すような写真に、そういうのは求めていなかったりする。写し取れれば御の字程度。
 意外と使いやすいのはオリンパスの初代EM10で、これは中古で買ったのだが、その上位機で、さらに新しいEM5マーク2よりも写りが良かったりする。レンズもキットレンズの28から300の高いレンズよりも、80から300までの安っぽい望遠ズームのほうがよく写っていたりする。
 オリンパスは最高級タイプよりも、一番安いタイプのほうがよく写るという伝説があるのだろうか。
 中古で買ったとき鞄がおまけでついてきた。というより、鞄が買うと、中にカメラのおまけが入っていたようなものだ。小さな鞄だが、一応カメラバッグで、仕切りがあるが、レンズ一本程度。底の幅が狭く、小さい。だからレンズ付きのボディーと、あと一本レンズを入れる程度。歩くだけの散歩なので、ノートパソコンはいらないので、この鞄にカメラだけを入れて歩いている。軽快だ。
 この貧乏臭いオリンパス低価格タイプミラーレスが結構いい。安いがファインダーは付いている。その切り替えや表示は結構早い。ただ暗いところでのピントは遅いが、それはどのカメラでも、似たようなものだ。
 これを持って写しに行くときは、標準ズームを予備で持って行く。ほとんど使わなかったりするが、邪魔にならない。
 AFは中央一点で十分。このカメラも小さく軽いが、キヤノンのM3なども小さい。レンズも小さい。受光素子はキヤノンのほうが大きく一般的な大きさなのに、望遠レンズが小さい。ただ、少しだけ重い。オリンパスの望遠ズームは麩のように軽い。このあたりが一番オリンパスらしいのではないかと思える。
 ただ、ボディーは小さいがズシリとくる。重さはないが、重く感じる。びっしりつまっているような。
 上位機の手ぶれ補正や映像エンジンの差などは殆ど分からない。それよりも軽くて小さく扱いやすいほうが印象に残る。写っているものは違いが分からない。この変えメラとレンズで写した絵は泥臭く、濃い。色が濃い。この臭みがいい。
 
 
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2019年09月09日

帽子最終決定

■■ 2019年9月9日 月曜日 午前8時43分
 
 今朝も晴れており、暑い。台風は関東へ行ったので、今頃はさらに北に向かっているだろう。その影響は大阪方面ではないが、暑さが厳しい。これは台風の影響だと思われるのだが、いつまでその影響が続くのだろうか。温かい空気を台風が引き上げてきたのだが、そのまま居座ったのだろうか。
 この暑さでのびてしまう。真夏より、この残暑のほうが暑かったりする。気温的には真夏のほうが高いが、夏が長いとバテてしまう。だから後半の終わりがけの暑さのほうが厳しく感じたりするのだろう。
 ただ、空の青さなどは秋っぽい。その秋が既に来ていたはずなのだが、戻ってしまった。
 昨夜も扇風機を付けて寝たのだが、朝方少し寒くなったが、消さないで蒲団を被って寝たが、これは朝になると、また暑くなるためだ。
 一昨日あたりから夕食後の徒歩散歩に出ているが、これが暑い。余計に汗ばむ。時期的にまだ早いのかもしれない。僅かな距離だが、昼間の自転車移動のときよりも汗ばんだりする。夕涼みにはならない。
 そのコースを毎晩歩いている人がいるようだが、真冬と真夏は控えていたりしそうだ。
 短い日常徒歩移動では何ともないが、少し長い目の距離を歩くと厳しかったりする。筋肉や筋が。息はどうもないが、足が痛くなる。こういうのは最初は痛い。山登りなどすると、戻ってから二日ほど足が死んでいたりするが、そこまで長い距離ではないし、平坦な道。
 毎晩歩いていると、そのうち痛くなくなる。しかし、足よりも、暑いのでそちらのほうが厳しかったりする。
 だが、以前にも、そんな感じで徒歩散歩コースに出たことがあるが、予定コースの三分の一ほどで引き返していた。初日はそんなもので、慣れるに従い距離を伸ばす作戦。今回は予定コースを一応は歩けるので、少しはまし。
 きつい坂道を自転車を突きながら上ることがたまにあり、これは足が出なくなる。短い坂なので、何とかなるが、長いと動けなくなったりしそうだ。何度も休憩して足が回復するまで待ったりとか。
 これも毎日、そのコースを自転車散歩内に入れておけば、楽について歩けたりできるのだろう。
 今朝はよく晴れていて、気持ちが良いのだが、暑いのがいけない。しかし、雨より、晴れているほうが当然いい。
 
 先日ユニクロで買った帽子が緩いのか、風ですぐに飛ぶ。ずっと手で押さえておかないといけないほど。深く被ると、暑苦しいし、前方がよく見えない。ユニクロフリーサイズが大きすぎるためだろう。
 それでその前に買って失敗したと思っていた帽子に変える。これは暑苦しいと思っていたのだが、そうでもなかった。こちらのほうがサイズは小さい。それでもMサイズとなっているので、SやLもあったのだろう。
 ユニクロより小さいのは、鍔が短いためだろう。そして鍔が畝になっており、これで厚みと固さを出している。この輪がしっかりしており、それが土台になっているのか、その真ん中の頭が入る部分がしっかりとした形になっている。このタイプの帽子なら当然の形で、構造だ。
 これでも被ると緩いと思っていたが、ユニクロのものよりも小さいようで、額に上手く引っかかる。輪が。
 頭の入る箇所の空間性がある。テントを張ったように。だから、頭の上に少しだけ空間ができる。これがいい。深被りしすぎると密着し、余計に暑い。
 当然空気抜きの穴がついている。暑苦しいと思ったのは、それまで被っていた帽子の頂上が破れており、それで風通しがよすぎたためだろう。
 これを買ったのは、夏帽の中では分厚くしっかりしているためだった。秋から冬にかけて被るので、少し分厚い方が得な気がしたため。
 冬物が間違って混ざっていたのかと思ったが、頭の入る箇所の生地は結構薄いし、透けている。だから夏物だ。分厚いのは鍔。だからこの鍔が土台で、テントを張るとき、これが効いている。
 まあ、それよりも風がすぐに飛んでしまう帽子より、こちらのほうがいい。こちらも飛ぶことは飛ぶが、頻繁ではない。ユニクロのは幅が広い目でベランベランとしており、形が定まらない。最初これを手にしたとき、柔らかいと思い、パスしたほど。軟らかいので、ポケットに入ってしまうほどで、その面ではいいかもしれない。
 だから最初に買った帽子でよかったのだ。フェルトの帽子で暑苦しいと思っていたが、それは鍔の部分だけ。輪っかだけ。少し毛羽立っているが、これで形が崩れない。だからフェルトを被っているわけではない。
 これで、帽子はこれで安定した。帽子屋へ行けば、思っているものが手に入るのかもしれないが。
 また、たまに屋台が出ており、そこで見付かるかもしれない。500円ぐらいである。
 
 
 
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2019年09月08日

ユニクロの帽子

■■ 2019年9月8日 日曜日 午前9時34分
 
 今朝も暑くて晴れている。台風が来ているのだが、関東方面へ行くコース。そのためか温かい空気が入り込み、今日の最高予報気温は36度と、真夏並み。だから、夏が戻ってきたようなもの。これが去ると、本来の例年通りの今頃の気温になるだろう。台風が来る前はそうだった。掛け布団が必要な秋に。
 しかし、秋の深まった頃の台風と違い、まだ夏の気配を残す九月の初めなので、暖かいと言うよりも暑い。そしてこの前までの暑い日からそれほどたっていないので、夏がまだ続いているように見えても不思議ではない。
 涼しくなったあたりで夏の疲れが出て、夏バテ症状がこの時期に出るらしいが、夏に戻ったのだから、夏バテも引っ込むかもしれない。暑さが消え、ほっとしたところに夏の疲れがどっと出る。しかし、まだ終わっていないのなら、ほっとできないので、夏バテも引っ込むという話。
 ついこの間までは秋物の、少しボリュームのあるものを探し出していたのだが、今は滅相もない話で、夏向けでいい。しかし今から夏物を買う気はしないが、最終バーゲンをやっているので、薄いカッターシャツ程度なら買ってもいい。
 最近の夏向けのカッターシャツはよくできており、まとわりつかず、さらっとしており、結構いい。
 暑いので、また頭がぼおっとし、だらっとした感じになっている。シャープな秋の頭とはほど遠い。だから夏のだらけた状態となり、これは悪くない。まだ夏が残っているという意味でも。
 先日買った帽子がフェルトで、これが暑い、頭が温まる。これは夏帽ではなく、冬帽ではないかと思われる。寒さ除けの帽子で、保温性のいい。
 ワゴンの中に雑多に入っていた中の一つに、それがあったのだが、何か売れ残りものをかき集めていたのだろうか。定価は2000円を超え、3千円近いが、その値札は消され1500円。しかも、そこから三割引。今年の夏の帽子ではなく、今年の冬頃売られていた帽子かもしれない。しかし、冬帽にしては薄くて貧弱、ここが紛らわしい。見た目分からない。
 それで、昨日はユニクロで買い直す。こちらは一種類しかない。サイズもMしかない。この帽子、かなり昔からあるのではないかと思える。一度か二度買った覚えがある。いずれも風で飛ばされて取れないところに落ちたりして、なくしている。なくなったわけではなく、見えているのだが、取れないだけだが。
 まあ、同じ形のものをずっと出し続けているのがユニクロブランドだろうが、それなりに改良されていたりして、同じものではない。作る側も変わるだろうし。
 前日、それを見たのだが、少しツバが広い。そしてクニャクニャ。やはり綿で糸で補強して固くなっている鍔がいい。
 しかし、そのタイプはもうなくなったのか、紳士物売り場とか、鞄と帽子の店などへ行かないと、このタイプの丸帽はない。昔の商店街なら、靴屋の横に必ず帽子屋があった。
 しかし、その帽子を被っている人は結構いる。どこで買ってくるのかと不思議に思うのだが、ゴルフ用品屋とか、そういうところに、ポツンと置いているのかもしれない。
 それで、ユニクロの丸帽を被ると、すっきりとした。しかしMで、所謂フリーサーズ。まあ、サイズはこれしかないというだけだが、少し緩い。風が吹くと飛びそうだが、頭を締め付けないのでいい。
 この前まで被っていた帽子は冬物だったのかもしれない。生地は綿だ。しかし破れた。
 ユニクロのは表地がナイロンで、裏地がポリエステル。だから軽い。まあ、冬も夏もないのだろう。
 それで、フェルトの帽子は寒くなり出した頃から被ればいい。
 ユニクロのは緑だが、フェルトのほうは黒地に星のように青い点がついている。見た目、黒だが。一寸した紳士帽だ。
 まあ、両方さらに比べて、馴染みやすいほうを被れば良いのだが、ユニクロの帽子は、なくしても、すぐに同じものが手に入るので、そちらのほうが違和感がないかもしれない。帽子選びの手間が省ける。
 どちらにしても今日は夏が行くではなく、夏が来るになっている。夏帽はいるだろう。
 
 
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2019年09月07日

帽子を買う

■■ 2019年9月7日 土曜日 午前8時57分
 
 今朝は晴れており、まだまだ暑いのだが、朝はそれほどでもない。厳しい陽射しではなくなっている。気温が高い目なのは台風が来るためだろう。だから十日間予報で台風が発生していなかった頃は最高気温が30度を切っていた。それが急に35度とかになってきたのは台風が近付いて来ていることが分かったためだろう。だから、この暑さは台風のもの。それが去るはずの頃の予報では30度を切る気温に変わっている。日を重ねるほど涼しくなるのではなく、台風の影響だ。
 それが二つも来ている。近くを通らなくても、影響は出る。温かい空気が南から上がってくるためだろう。だから二駆で空気を引っ張っているようなもの。
 実際に台風が近くまで来ると、雨が降り、涼しくなる。来るまでが蒸し暑く、生温かい空気が南の海のため息のように、息を吐きかけられる感じ。
 昨夜は扇風機を付けっぱなしにして寝た。流石に途中で切ったが、本来のこの時期なら夏蒲団を被って寝ている。この前まで、そんな感じだった。夏仕様では寒く感じたものだ。それが、戻ってしまった。
 
 昨日は久しぶりに夕食後に徒歩散歩をする。散歩というより、決まったコースを歩くだけ。夕食が晩ご飯になるのは日が短くなったため、夕方が早くなった。だから、晩なので、暗い。まだ暑いので、暗くなれば少しはまし。
 そのコースは左右に二本の歩道があり、いつでもUターンできる。しかし、道は二本あるので、戻るときは別の道。同じ道では飽きるし、90度回転と180度回転では違う。90度回転だと道を直角に曲がる感じ。よくあることだ。交差点で左へ行くか右へ行くかなどで。
 しかし180度になると、さっと後ろを向いてしまう。これは道を間違えて、戻るときにあるが、日常では滅多にない。だから90度回転だと、ずっと前方へ進んでいるように見える。見えている風景は当然戻っていることが丸わかりだが、同じ道ではないところがミソ。
 晩ご飯後の夕涼みのようなものだが、外のほうが暑かったりする。それに歩くので、じっと座って涼んでいるわけではないので、あまり効果はないが、風に当たると、少しは涼む。
 風に当たりに外に出るのが良い感じに思える気候がある。またこれはちょとした気分転換になる。気持ちだけではなく、実際に風を受けるので、立ち位置も違う。立ちっぱなしではないが。
 
 昨日はやっと帽子を買えたが、これが暑い。サイズも少し大きいが、数値を見ると、Mサイズ。数値は忘れたが、一つしか仕入れない場合は、このサイズにするのだろう。
 形や分厚さもそれでよかったのだが、暑い。生地を見るとフェルトではないかと思える。だから安かったのだろう。千円台だ。まあ、500円の帽子もあるのだから、高い目だが、標準的な帽子の値段は2000円台後半。それより高いのはブランド物。そして帽子のロゴが入るので、これがややこしいので、そういうのは買わない。
 しかし、フェルト箇所はつばだけかもしれない。まあ、これから寒くなっていくので、丁度良いかもしれない。冬になると、このタイプの丸帽では役立たないので、それまでの命。
 それまで被っていた帽子は千円していないが、綿製。長く被っていたのか、日焼けして色が違う。そして頭の頂上が破れた。だから、ここから風が入るのか、涼しかったのかもしれない。
 こういう帽子はワゴンセールの屋台で買っている。最近見かけないので、買えなかったのだ。500円ぐらいだ。二三年は持つ。飛ばして拾えないところに落ちるか、頂上が破れるか、どちらか。
 この暑さで、秋物への興味は薄れた。これで雨でも降り出せば、防水性のあるパーカーが欲しくなるはずだが、今の暑さで雨の場合、まだ早かったりする。
 今はまだペラッとしたカッターシャツ着流しでちょうど。それ以上分厚いものは厳しい。
 
 百均で買った二つ百円の豆腐が意外と美味しいので、冷や奴で食べている。二つあるので、味噌汁に入れるだけでは賞味期限が来てしまう。それほど多くは使わない。いつもは小さくて薄い三つ百円程度の豆腐を買っている。これは使わなければ持つ。一度開けてしまうと、危ない。量が多いと、何分割して食べるのだが、なかなか減らない。その間腐りやすい。
 焼き豆腐を醤油と砂糖で煮こむというのもある。まあ、すき焼きに入っている豆腐と同じだ。だが、すき焼きの豆腐は肉や野菜の汁を含んでいるので、同じにはならないが。
 効率が良いのは厚揚げ。油が入っている。豆腐の揚げ物なので。
 厚揚げがあるのなら薄揚げもある。これはお稲荷さんを作るときの袋になる。また、刻んでうどんやそばに入れる。甘く煮こんだきつねうどんのアゲではなく。
 厚揚げは余ると冷凍しておけばいい。使うとき、鍋にそのまま投げ込む。しばらくすると溶けるので、そのとき引き上げて、切る。当然戻すために湯がくのではなく、普通の煮物の中に入れればいい。
 中に詰め物のあるアゲもある。ヒロウスだ。これは一種の袋物。中に百合根とか、豆とか、具が入っている。薄揚げといっても結構分厚かったりする。だが煮るとき浮く。箸の先で穴を空ければ沈む。そのままだと浮き輪だ。
 
 
 
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2019年09月06日

帽子を買いに行く

■■ 2019年9月6日 金曜日 午前9時04分
 
 今朝は久しぶりにしっかりと晴れている。快晴だろう。これは珍しい。
 真上は真っ青。雲が周囲に少しだけあるが、探さないと分からないほど。雲がなければ、季節が分からない。青だけでは。あとは青の色目だろうか。淡い青か濃い青か、今朝は少し濃いめの青。もの凄く濃くはないが。この青は色々と名前がついているのだろう。紺色の空とか。
 気温は高い目の予報だが、それほど上がっていない。当然陽射しをもろに受けるが、それほど暑くはない。かなり秋が入っている。真夏の暑さではないが、昼からは分からない。予報では35度が最高気温で結構行く。あくまでも予報なので30度を少し越える程度だろう。ただ35度になる可能性の高い条件だということだろう。高温になってもおかしくない気象状態。きっと台風の影響で温かい空気でも流れ込んでくるのかもしれない。
 昨日はどんな天気だったのかを忘れている。特に印象に残ることがなかったのかもしれないが、それほど暑くはなく、朝の喫茶店の戻り道、寄り道をして、そのあたりをウロウロできたので、暑くて引き返さなかった。ただ、曇っていたので、陽射しがないので、ウロウロできたのかもしれないが。
 昨日は五月蠅いほど雲が湧いており、異様な形をした雲が、暴れ回っているような感じ。今朝はそれらが取れている。だから一変したような感じ。
 これで、ぐんと秋めいてきたのではないかと思えるが、長期予報を見ても、それほど気温は下がっていない。ただ、今朝は夏とは少し違うようだ。
 昨日は帽子を買いに行く。いつも衣料品売り場で前回見たのだが、大きい。サイズが合わないし、何かロゴが大きく入っており、何を象徴しているのかが分からない。ブランド名だろうか。
 特価台に夏の帽子があるが、どれも大きいか、しっくりした形ではない。それで、昨日は別の店を覗く。
 冬用の帽子を買った店だが、売り場が模様替えされていて、探すのが大変。しかし所謂キャップものしかない。
 以前買った帽子は屋台。500円だった。最近見かけない。
 今度は無印を見ると、縁が丸い帽子が固まって置いてあるので、これはいい感じだと近付くと、婦人向け。庇が深すぎるし、大きすぎる。
 それで定番もののユニクロへ行くと、レジ近くにしっかりとある。一種類だけだが、探しているものに近い。それで手に取ると、薄い。まだ夏物なのだ。まあ、冬にはこのタイプの帽子は耳が隠れないので、被らないが、薄すぎて頼りない。そして縁の庇がやや広い。まあ、その方が陽射し除けになるのでいいのだが。そして色は緑だけ。
 いくつも飾ってあるので、きっとサイズ違いを並べているのだろう。その中から選べばいい。
 しかし、もう一店見ていないところがあるので、それを見てから決めることにする。
 だが、店内を一回りすると、前回探していて、売れてしまっていたジャケットがある。デザインが似ている。襟が小さいタイプだ。ないに等しいが。
 それが結構安い。以前見たのはブランド品のためだろうか。だがイズミヤブランドなので、大したことはないが、それに比べても安い。通路の目立つところに吊られているので、これは特価品に近い値段だろうか。古いタイプ。
 それと防水性と防風性のあるハイテクジャンパーがある。これはずっとある。この時期なので、防寒性はない。そのかわり、蒸れない加工となっている。
 ジャンパーというより、コートに近い。これなら多少の雨でもいけそうだが、質感はよくない。どう見ても化繊で、しかも板状の無機的なもの。織物の皺とかがなかったりする。
 それらの自然な織物の質感を活かしたマウンテンパーカーのようなものが入口にでんと吊されていたので、これがメインだろう。しかし、まだまだ暑苦しい。軟らかな感触で、結構いい。
 当然もうダウンジャケットが出ている。かなり多い。もう冬物を売っているようなもの。
 それで帽子のことなど忘れて、そちらの集中し、帽子は買わずに、戻ってきた。
 カッターシャツなども安い。これも古いタイプだろう。型落ちのような。千円台で、そこそこ分厚いのがあった。去年の秋冬物だろうか。こういうのが狙い目だ。
 夏物ではなく、秋物に目がいく。やはり季節の変わり目だろう。少しまだ早いが、今なら安かったりする。
 
 
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2019年09月05日

自転車散歩

■■ 2019年9月5日 木曜日 午前9時18分
 
 今朝は曇っているのか晴れているのか、分かりにくい日だが、陽射しがあったりするので、半ば晴れという感じだろうか。ただ、空は意外と暗い。
 そして、陽射しが出ているときも、それほど暑くはない。それでも最高気温予測は高く34度前後、明日になると35度となっている。これは瞬間最大気温で、ずっとではないが。
 そして雨になる可能性が高い。この時期夕立が多い。夏の終わり、秋の初め、それが多い。しかも、かなり強く降る。夏の夕立よりも。
 昨夜は寝る前までは扇風機を使っていたが、寝るときはいらなかった。そして夜中寒くなってきて、蒲団を使った。結構冷えたように思ったのだが、その時間帯の気温を見ると、それほど低くはなかった。これは湿気と関係しているのかもしれない。
 少し前の十日間予報では最高気温は30度を切っている日が多いのだが、このところ十日分全て30度越えで暑い。季節が夏に向かっているのではないかと思えるほど。
 台風の接近で、また南から暖かい空気を運んでくるのかもしれない。季節の移り変わりよりも、この台風が曲者で、紛らわしい気候になる。台風で、それまでの季節の進み具合を変えてしまったりする。台風が通過している間は季節の歩みもストップ。そして台風が去ると、季節は戻るのだが、休んでいた間は体験していないので、連続性が掴みにくかったりする。
 別の見方をすれば、台風が季節を動かしているのかもしれないが。
 秋として安定するのは10月頃だろうか。秋の半ばのためだ。夏の気配はほぼ消えているが、暑い日があると、まだ夏が残っているように感じたりするが、滅多にない。10月にもの凄い暑い日もあるが、ときたまだ。流石に11月になると夏の気配は消えている。そして徐々に冬が入り出す。
 どちらにしても気温は高い目だが、それほど暑くはない。焼け付くような暑さでなければ、何とかなる。そして暑い日は、まだ夏の開放的なものが残っているので、悪くはない。
 といってもまだ暑いので、呑気に自転車散歩でうろうろするというところまではいかない。少し遠い目のところへ行きたいのだが、暑いと気が失せる。そしていい気候になればなったで、意外と行かないものだ。
 いい気候のときは、朝の喫茶店からの戻り道遠回り散歩をする。近くをウロウロするだけだが、これをやると、本腰を入れての散歩に出る気がなくなる。すでに自転車散歩を済ませたようなものなので、その日は遠出する気になれないのだろう。
 年々出不精になっているのは、既に知っているものが多くなっているためだろう。だから新鮮さや驚きがない。相変わらずのものが相変わらずあるようなもので、一度見た映画をまた見るようなものだ。
 日常移動で、通り道を見ていると小さな変化が楽しめる。全体は同じなので、細部に目がいくのだろう。またはなかったものとか。
 
 
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2019年09月04日

夏の戻り

■■ 2019年9月4日 水曜日 午前8時40分
 
 今朝も晴れており、気温は高い目。晴れ具合は昨日のほうがよかった。しかし、結構蒸し暑く、夜は完全に熱帯夜で、これが厳しかった。流石に扇風機を回して寝た。暑さがぶり返した感じ。これは意外とこたえる。もう涼しくなり始めているので、暑さへの構えがない。
 それと夏の疲れは今頃出やすい。その夏の疲れとは暑さ疲れだ。その暑さが、またやってきたので、これは何だろう。疲れが出る頃に暑い。これは厳しい。
 しかし、今年は夏バテはなかったのだが、用心していたためだろう。無理に日向に出てウロウロしなかったため。そのほとんどは自転車散歩。まあ、暑いので、無理する以前に行く気が起こらないので、これで暑さにあたる機会を減らしていたのだろう。しかし、夏の疲れは今頃出るとかの噂があり、実際にその通り。
 暑いだけならいいが、湿気がいけない。蒸し暑いのが。昨日は夕立はなかったが、降った方がすっきりする。
 昨日今日と暑いが、夏真っ盛りの頃の暑さではないので、少しはまし。結構暑さを無視しているところがある。もう暑いのと付き合わないかのように。 今朝は早い目に起きてきたので、朝の喫茶店までの道はそれほど気温は上がっていないはずだが、30度へ一気に持って行かれる。だが30度ぐらいなら何とかなる。
 日中も部屋で座ってられないほど暑くなることはないが、夜のほうがきつかったりする。昼間は日影があるが、夜にはない。月影はあるが。外に出ても、街明かりの影のほうが強くて、月からの影法師は見えない。だから満月の夜は明るいはずだが、街が明るいので、これも実感がなくなった。ただ、夜中になっても空に青さが残っており、雲も白く見えていたりする。真っ黒な空で月と星だけが見えるのではなく。
 蝉はまだ鳴いており、地面の落ちていたりするので、風景としてはまだ夏なのかもしれない。秋の話題として蝉は合わない。まあ、遅い目に出てきた蝉だろう。
 夏休みが終わり学校が始まった頃。その下校時、夏の風景だったことを思い出す。結構暑かったことを。
 春になっているはずなのに冬のように寒い日があり、もう仕舞ってしまった防寒着を引っ張り出すこともある。季節は行きつ戻りつ。それだけのことで、よくあることだろう。
 ホウレン草の値段が戻っていた。といっても百円半ば。もう少し下がるはずだが、いい感じだ。
 晴れたり雨だったりのバランスがいいのだろうか。どちらか一方だけだと、野菜の値段に出る。葉物だが。
 いつも安いのはニラだ。
 百均の二つ百円の豆腐は悪くない。普通だ。これなら豆腐切れのとき、コンビニに行くより、百均へ行った方がいい。ただ、そのためだけに百均へ寄るとなると、遠い。夜に散歩がてら行くのがいい。
 十日間予報を見ていると、日が進むに従い最高気温も最低気温も下がっていく感じなので、昨日今日の暑さは続かないということだろう。
 
 
 
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2019年09月03日

百均豆腐

■■ 2019年9月3日 火曜日 午前9時43分
 
 今朝は暑い。夏が戻ったような感じだが、晴れており、青空が出ている。その青がかなり綺麗だ。雲が少なく、角度によっては青しかなかったりする。まあ、空一面雲がない日など滅多にない。よく見ると水平線の彼方に少しだけあったりする。距離的には遠いが、それだけ密度が濃い。距離が圧縮されているので、具としての雲も、詰まっている。
 雨が続き、曇りが多い日の中ででのたまの晴れ間なのだが、これが暑い。一雨ごとに涼しくなる約束が違う。雲も秋の雲から夏の雲になっている。よく考えるとまだ九月の初め。そんなものだろう。
 8月末頃など最高気温は30度に届かなかったりしていたので、これは秋にチェンジと思ったが、ここに来て盛り返してきた。
 九月いっぱいはまだまだ暑い日があるという言い伝えは本当だ。しかし、理想的なコースを期待していたので、さらに涼しくなってもらわないと困るのだが。
 だが、朝から陽射しあり、暑いのだが、焼け付くような暑さではない。ここが真夏とは違う。太陽の勢いが少し弱いのだ。昼間でも徐々に太陽の位置は低くなっている。傾いているの。低いというより、上に来ない。
 そして暑いが日陰に入りたくなるほどでもない。また夜中は気温こそ高い目だが、掛け布団がいる。夏のつもりでいると、身体を冷やしてしまう。寝冷えだ。
 だが、朝、味噌汁を飲むと汗が出る。これも夏に戻った。扇風機がいる。これは昼間はまだまだ必要だが、寝る前は必要ではない。空気の芯にそれほど暑いものがなかったりするためだろう。
 しかし、秋物を買いに行った日のようなことは、もうその気がなくなっている。夏物でも暑苦しいためだ。やはりぐっと涼しくならないと、その気になれない。
 それよりも秋物を探していると、部屋から結構出てきた。買いに行こうとしていたジャケット系もあった。しかし、結構重い。綿のためだろう。店屋でこの前見に行ったときは軽い物が多い。化繊のためだろう。
 真冬ものは重い方が安心感があるし、押さえが効くので安定感抜群だが、この時期は重いのはまだしんどい。暑苦しいし、重苦しい。
 喫茶店の戻り道の自転車散歩が行きやすくなったのは涼しくなったため。陽射しがあってもそれほど苦しくはない。しかし、今朝は一寸きついかもしれない。
 まあ、今朝はもっと寝ていたいので、二度寝をしたので、時間が遅い目になったので、寄り道する気になれないが。
 自転車のチェーンが緩んでいるのか、カチカチ音がする。カバーに当たっているのかもしれない。垂れて。
 それで、いつもの買った大型店へ行くが、店は小さい。だがチェーン店なので、若い店員が何人もいる。だから馴染みの自転車の親父などは出てこない。
 300円しなかったが、空気も入れてくれた。この前チェーンを張ってくれたばかりなのに、早い。暑さで伸びるのだろうか。
 タイヤがパンパンになり、よく弾くようになり、スピードが上がった。しかし、いつもゆっくりしか漕がない。風景を見ながら行くためだろう。
 百均で豆腐を買う。百円だと思っていたが、二つで百円だった。それで、もう一つ持ってくる。そんなに食べられない。以前は二丁で百円だったが、今は一丁分の長さがないので、実質値上げだろうが、タイプが違うので、質が上がったのかもしれない。豆腐には元々味はないようなものだが、食感が違う。かさっとしているとか、スカスカとか。クリームやプリンのようとか。
 味噌汁の中に入れ、味噌味で馴染ませれば、どれも似たようなものだが、崩れ方が違っていたりする。
 しかし、世の中で一番安いはずの百均豆腐が吉野の水となっているのは驚きだ。この地方の水はかなり良く、米も美味しい。その水で炊くことでさらに。だから豆腐もその水を使っていると、これは金を取れる豆腐になる。
 まあ、吉野と言っても広いが。渓谷の水は確かに美味しい。
 さて、一番安いはずの豆腐が、一番いい水を使っているとなると、これは楽しみだ。
 しかし吉野豆腐店が作った豆腐かもしれない。
 
 
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2019年09月02日

卵焼き器

■■ 2019年9月2日 月曜日 午前8時53分
 
 今朝は曇っており、気温は高い目。予報では晴れとなっていたが、当たっているのか外れているのかは分からないが、十日前の十日間予報での今日は気温は28度ぐらいが最高気温。ところだが最近は34度などに変わっている。他の日もそうだ。
 だから夏の終わり頃、この十日間予報で秋を感じたものだ。最高気温は28度で、最低気温が24度あたりが平均。その秋になってみると、ぐんと最高気温が高い目の予報に塗り替えられていた。ただ、最低気温は変わらないので、朝は秋なのだろう。
 曇っていても今朝は少し暑い。34度出るというのだから、そんなものだろう。
 まあ九月に入ってからも暑い日が続くというのはありがち。その方が例年並みではないかと思える。それは街の声というか、人が話している言葉で、耳に記憶される。何年前。何十年前の記憶かは分からないが、九月いっぱいは暑いとか、十月にこの暑さは何、とか。意外と暑い記憶しかない。まあ、そういう暑い年があったのだろう。
 そういう声は予報ではない。しかも最新の十日間予報でもない。まあ、昔からの言い伝えのようなものだが、それほど昔ではない。同じ時代に生きている人が言っていた言葉なので。
 要するに今朝は夏に戻っているようなもの。ただ、空を見ると夏の空ではない。雲も秋に出るタイプ。
 昨日は寒くなり始めると思い、上に羽織るジャケットのようなものを買いに昆陽のイズミヤへいった。買うものは決まっている。以前見たもので、一着しかなかったが、そのときは夏に着るには暑苦しいと感じた。それで買わなかった。
 それと夕方前に行く喫茶店を昨日は変えた。昆陽の喫茶店でピザの店だが、注文して食べている人はほとんど見たことがない。普通の喫茶店だ。美味しいものを食べに来る客ではなく、休憩しに来る客が多い。一寸一息とか、新聞や本を読んでいる人が多い。ピザはそう言うときには出てこない。これが昼頃ならランチタイムで、食べに来る人もいるはずだが、ご飯ものはないようで、ミックスサンド程度。焼きめしとかスパゲティがあったような気がするが、忘れた。食べている人を見かけないため。
 その前に中古屋があるので、そこへ先に入る。いつもの中古カメラコーナーを覗くが、動いていない。
 ついでに卵焼き器を買う。これは値段が三種類あり、加工の差。一番高い三層構造のにする。これで800円。よく見かける品だ。高い目の。ここは中古屋だが、これは新品。だからバッタ屋のようなもの。ただ、箱には入っていない。蒸かし器も置いてあるが、こちらは未開封の元箱入り。逆に中が見えないので、実物が分からないが。
 だから、中古屋なのだが、その中に中古価格並に近い値段で新品を売っていたりする。何処かから流れてきたものだろうか。ただ、品はよく見かける卵焼き器。それを三種類。並べて置いてあるので、売れ筋なのだろう。
 卵焼き器やフライパンは百均でも売っているが、百円ではない。それを使っていたのだが、焦げ付くようになった。まあ、普通のフライパンとして使い続けられるが。
 テフロン加工などが、効かなくなったのかもしれない。
 高い卵焼き器との違いは、底から違う。そこに別の素材で焦げ付きにくいのが付いている。高い鍋などの底と同じものだ。だから重い。螺旋模様。渦巻き模様のような白い金属。
 百均のは薄いので、すぐに熱くなる。鉄板が薄いのだろう。
 高いのは表面にまだらの白い斑点のようなものが浮かんでいるタイプ。
 それを買って、喫茶店に入り、帰りにイズミヤで衣料を見るが、目的物がない。売れたのだろう。
 しかし、秋物の、今すぐ着られるという感じのものがずらりと展示されていた。
 一寸だけ裏地が分厚そうなパーカーなどがあり、こういうのが着やすい。裏地といっても、一寸凹凸がある程度。昔ならタオル地で糸の突飛が輪っかになっているようなもの。これはバスタオルを着ているようなものなので、重い。
 だから夏向けのカッターシャツよりやや分厚い程度。秋物なので、冬は無理だが。
 狙っていたものとは違う。そちらはジャケット風なので、スーツの上に近く、半ばジャンパー風。
 まあ、その少しだけ厚みのあるパーカーだが、値段は千円台。ずらりと並んでいる。流石にイズミヤ。
 子供の頃、本店だったと思うが、尼崎へ連れて行ってもらったことがある。安くて品数が多い衣料スーパー店が少なかった時代なので、阪神バスに乗って市外に出たものだ。市場の中にあり、賑やかだった。伊丹よりも尼崎の方が深くて濃い。流石アマ。
 こういうのは大阪郊外なら千林だろう。
 それで、目的としているものがなかったので、買う気が失せ、他のものはよく見ないで、帰った。欲しい物がないので、目的を果たせなかったのだろう。ただ、かわりのものなら色々ある。しかし、ずっと狙っていたものを持ち帰らないと、しっくりこなかったのかもしれない。
 夕方前。おかずはあるので、そこにも寄らなかった。
 戻り道、もう夏場の暑さはない。カメラは先日買ったパナソニックのTZ95。やはりファインダーが綺麗に見えるので、それだけでも満足。ただAFがバタバタしすぎて、追尾モードに勝手に入るので、面倒だが。
 写りはほどほどにいい。たまにびっくりするほどの質感が出ていたりする。
 まあ、カメラはどんなタイプでも条件がよければ映えるものだ。
 
 
 
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2019年09月01日

夏から秋へ

■■ 2019年9月1日 日曜日 午前8時25分
 
 今朝は曇っている。気温も低い目。涼しいとか、過ごしやすいとかもあるが、少し寒いので、カッターシャツの上に、ぱらっとしたものを羽織る。雨が降りそうで、ぱらっとした形跡も残り、空も暗いので、これは雨かもしれないので、防水性のあるペラッとしたものを羽織ろうとしたのだが、それでは蒸れる。それで、夏に買ったカッターシャツよりも薄いパーカーにする。夏場、これが涼しいので、毎日着ていた。今はその下にカッターシャツが加わることになる。どちらも夏用だ。
 今朝は長袖がそれなりに目立つ。さらにその上に何か羽織っている人も見かける。確かに朝、起きたとき一寸肌寒かった。これで晴れておれば、そんなこともないのだろうが。
 天気予報を見ると、明日は晴れて最高気温34度となっている。信じられない。今日の次が明日。だから僅かな時間にそれほど変わるものだろうかと。また、明日の晴れも十日間予報にはなかった。急に晴れると言い出し、急に34度になる。真夏が戻ってくるようなものだが、そのあとまた曇り、そして雨になる。少し前の十日間予報では十日間ずっと曇りか雨だったので、晴れが予想できないのだろう。まあ、分からなければ曇りにしておけばいい。
 早くもう薄手のダウンジャケットを着ている人を見かける。町内の寒がりではない。通勤の人だ。しかも青年。これは将来偉い人になるだろう。まあスーツの上だけのような感じか。
 今日は日曜日で、しかも九月になっている。あっという間に夏が過ぎた感じで、そこを通過した。今年は早いか遅いかは曖昧で、まあ、こんなものだろう。日数は同じだが、暑い日が多いと、長く感じる。
 涼しげな夏だと、夏っぽさがないままなので、短く感じるだろう。うだるような暑さがないままだと、まだ夏は終わっていないと思ったり。
 昨日はペラッとしたジャケットを買いに行こうとしていたのだが、小雨で何ともならない。いつものスーパーの二階の衣料品売り場なら喫茶店のついでに寄れるが、狙っているのは昆陽のイズミヤで、遠い。ここに夏場も吊されていたジャケットがある。これはイズミヤブランドで、少し高い。だが夏場でも羽織れる。生地は薄い。夏場これと同じようなのを着ている人がいた。朝の喫茶店に。しかし、最近見ないし、夏の真っ盛りになると、それも暑いのか、脱いでいた。だから暑い盛りは着られないが、少し涼しくなると、ちょうどいい感じになる。特に喫茶店の冷房対策には。
 カッターシャツ程度の防御力だが、脇にポケットがある。カッターシャツにはない。そして大きい目。スーツのポケットと同じような形と大きさだ。だから結構大きい。ここにデジカメを入れると取り出しやすい。ポケットは斜めカットよりも、水平口のほうが引っかかりにくいし。
 昨日の夕方は、夕方なので、当然夕立を警戒した。その前にぱらっと来ていたので、降ることが分かっていたし、実際には降っているので、遠くまでいけない。
 昨夜は熱帯夜から解放されたのか、寝やすかった。蒲団がちょうどいい感じで、掛け布団が快い。それでよく眠れた。
 しかし九月になってしまうと、あっという間に十月になり、年末へと急降下する。特に九月は短く感じる。まだほんの少し夏の気配を残しており、八月の続きではないかと思ってしまうためだろう。月で括らないで、気候で区切る感じだ。こちらのほうが曖昧で、境界線がなかったりする。
 気温的には過ごしやすくなっているのだが、曇りや雨が多くて、行楽の秋なのに、出にくい。
 雨不足か日照不足か、どちらの時期なのか分からないが、ホウレン草が300円していたのが収まり100円半ばに回復した。倍していたのだ。飛騨ホウレン草というのがあり、その値段の推移。しかし、このホウレン草が高いときは他の産地のホウレン草もやはり高い。300円超えしたときは、置いていないスーパーもあった。高いので買う人がいないため、仕入れなかったのかもしれない。または品不足か。
 天気の悪い日が続いているが、季節は確実に前に進んでいる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする