2020年01月31日

おでんが続く

■■ 2020年1月31日 金曜日 午前10時28分
 
 今朝はまた天気が悪く、そして寒く、風が強い。冬としては厳しい。穏やかな冬の日もあるので、それに比べてのことだが、平均的な冬の日の気温よりは高い目だが、風が冷たい。だが、この時期、手が悴むのだが、それがない。これは助かる。
 まだ今朝は氷点下近くまで気温は下がっておらず、それはこのあとの日だろう。いつかは忘れたが、二三日以内だと思われる。長期予報で見た。しっかりとは見ていないのは、もの凄く大事なことではないためだろう。しかし、本当に大事なことは見ていなかったりするし、最初から見る気がなかったりする。
 雨が降りそうだが、これは分からない。空は灰色や黒っぽい色が混ざり合い、これは雨雲が下までもうきているのではないかと思えるほど。雲というより空気の層が流れている感じ。
 道や建物、地上の風景は同じだが、空だけが違う。これは毎日違う。毎日雲一つ無く晴れていれば、青一色の幕のような背景になるが。
 今朝は堂々と二度寝をしたので、起きてくると当然遅い。昨日は早起きだったので、交互でいいだろう。起きようと思えば起きられたので、遅起きが習慣化するわけではない。
 寝起き行く喫茶店はガラガラ。金曜。平日。そんなものだろうか。それと遅い時間帯はすいている。朝の一番の客たちや、仕事で寄る人はもう出たためだろう。そして昼前。昼ご飯にはまだ早い。モーニングとランチ時間の間で、すいている時間なのかもしれない。
 一月も今日で終わるようだが、早いのか遅いのかが分かりにくい。早いようでもあるし、まだ一月だったのかと思うこともある。ということはこの一月は長かったことになりそうだ。年末年始が時間を狂わせるのかもしれない。しかし、日は普通に過ぎている。寝て起きてを繰り返せば一日一日と進む。ペラペラとページをめくるように。
 一月末から二月にかけて一年で一番寒い冬の底。この時期、ウロウロしたくないので冬眠状態で、じっと過ぎていくのを待つ。春になるまで寝ていてもいいのだ。まあ、寒いので、じっとしているだけのことだが。
 
 おでんを作ったのだが、飽きないで、まだ食べている。当分続く。いい出汁が出ているので、具を足すべきだろう。しかし、煮込まないといけないのもあるので、それをすると、残っている具が溶けてしまいそうになる。これは取りだして、あとで合流させる方がいいかもしれない。
 おでんと言っても野菜を煮たものと変わらない。ただ、具は練り物が多い。すぐに食べられるおでんではなく、練り物の詰め合わせを買った。これが一番安い。だから大根とかコンニャクとか卵とかは入っていない。
 だが、自分で作ると、ジャガイモが入る。これは崩れやすいので、おでんセットには入っていないはず。押さえると崩れるだろう。だからパック向けではない。
 急にすき焼きに入っている白ネギ。東京ネギと言っているが、それを食べたくなる。いつでも手に入るものだが。ネギをあまり買わないのは、玉葱を買っているためだろう。それで似たようなものが重なるため。
 白ネギにも種類があり、太いタイプがいい。すき焼きで食べるとき、熱い汁がネギの中に含まれるため、舌を火傷しそうな、あのタイプだ。
 あまり見かけない太くて汚いネギがあり、それを煮ると、非常に柔らかく、美味しかったのを覚えている。ただし、安くなければ買わないが。
 青い部分が多い細いネギは、薬味だろう。食べた気がしない。
 セルフサービスのうどん屋で、カレーうどんを食べている人がいたのだが、最初それが何かよく分からなかった。丼が青い。ネギが積もっている。中が見えない。一度その店でカレーうどんを食べたことがあるので、ネギは自分で入れるシステム。だから大量のネギを入れたのだろう。
 まあ、ネギラーメンもあるので、あり得ることだ。ネギを山盛りにしたラーメン。これは風邪の季節、いいかもしれない。あのねばっとしたネギの汁のようなものがいいのだ。ネギの内側の、筒の裏側にあるネバネバした汁ようなもの。あれが効くのだろう。
 だから、風邪を引いたとき、ネギを焼く。焼き葱鮪だがマグロはない。間に何も入れない。まあ、焼き鳥の串にネギも刺さっていたりする。その鳥がカモなら、まさに鴨葱。背負っていないが。
 
 
  
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2020年01月30日

おでん

■■ 2020年1月30日 木曜日 午前9時21分
 
 今朝は久しぶりに晴れている。青空が拡がっている。そのかわり、少し寒い。だが風はなく、穏やか。そのため、寝起きの喫茶店まで自転車で走るとき、楽。風はいつも向かい風で、強い日はペダルが重く、すぐに太ももが怠くなる。
 晴れてるのだが、雲もあり、それがかかるのか、陽射しが消えたりする。それよりも青空があるだけでいいだろう。
 昨日は久しぶりに赤い夕焼けを見た。長い間見ていない。それだけ天気が悪かったのだろう。夕焼けは焼けないといけない。赤く。それには晴れていないと駄目。陽がないと。
 それで天気が安定したとたん、寒くなった。本来の寒い冬に戻ったのだろう。冬の底はこれからだ。長期予報を見ていると、最低気温がマイナスになる日も見える。これは十日間情報だが、それで普通だろう。
 昨日の夕方あたりからガクッと気温が落ちたようだ。夕方前に行く喫茶店の往復が少し寒かった。
 昼に行く喫茶店は改装後、喫煙室が狭くなり、満席で入れないときがある。一人とか二人、横のテーブルで喫煙待ちの人がいるほど。二日に一度ほどその状態だろうか。この店の客の流れはバラバラで、ガラッとしているときも多くあるし、急に人が多いときがある。ただ、雨の日は少ない。これは何処でもそうだろう。ただ、仕事などで寄る人は別だろうが。
 ただの買い物客なら、雨が降っていると、出てこない。車があっても面倒だろう。濡れなくても雨が降っているだけで、もう一つ気分が乗らなかったりする。
 今朝は珍しく早く起きた。しかも一発起きで。二度寝の危険性もあったが、何とか断ち切った。目が覚めたとき、すぐに起きる方がいい。じっとしているとまた寝てしまうので。その引力が非常に強い。
 それで、早起きというわけではないが、早い目。これで、一日が長くなるが、結局は夕方前に行く喫茶店の時間が同じになったりする。下手をすると暗くなってしまう。
 しかし、最近は夕方が遅くなったので、陽がまだある。それだけでも助かるが、早起きした分、何処でそれを使ったのか、謎だ。これは急がないためだろう。遅起きのときは何をするにも、急いでいる。
 
 昨日はおでんを作った。といってもおでんの種、練り物の詰め合わせだ。小袋が入っており、それが濃縮スープ。
 いつもの野菜の煮物の中に、そのおでん種を入れるだけ。だから、ちくわを入れたり、ごぼう天を入れる程度だが、その具が多いとおでんとなる。
 ついでに卵も入れる。これはゆで卵だが、その鍋の中に一緒に入れる。途中で出してきて、皮を剥けばいい。その皮からカルシュウムでも出そうなので、いい出汁が出るかもしれない。
 それで、いつもの鍋では小さいので、大きい目の鍋で煮る。小さな鍋にしているのは、残すためだ。だから小鍋に入る程度しか作らないようにしている。それでも何食か分ある。だが、おでんの具を入れると、多くなるので、溢れるし、吹きこぼれるので、余裕のある鍋にする。
 肝心なときに大根を入れ忘れた。これは冷凍してあるので、いつでも入れられると思っていたためだろうか。
 ロールキャベツはないが、キャベツはひと玉ある。春キャベツだ。これを千切って入れる。煮込めば柔らかくなる。
 おでんキットに入っていない厚揚げなども入れる。露店のおでん屋で一番お得なのは厚揚げ。大きいので。当然三角がいい。ただ、自分で作る場合は、切って入れる。そうでないと、厚揚げだけを食べることになり、他の具へすぐに移れない。
 
 非常に暖かい一月も終わろうとしている。ひと月前は大晦日がどうのと言っていた頃だ。一ヶ月前のことだが、もう昔のことのように思える。
 
 昨日は梅を撮るので、ニコンのp900を持ち出す。望遠でないと梅は遠いところにあるので。
 他のものも写したが、やはり写りがいい。これはやはり一眼殺しだ。それよりも、草花のピンポイントを写せる。近くならいいが、遠いところにある草花をアップで撮れる。この差が大きい。
 ただ、2000ミリ端にすると最短撮影距離は5メートルで、もの凄く長い。槍だ。しかし、もう少し寄れるようだ。当然1000ミリ少しなら、普通のネオ一眼並みに寄れる。2000ミリ側だけは、遠い。だから遠くのものを写すのに適しているのだろう。長距離砲だ。
 道端から田んぼの中程にある菜の花を抜き取れるのだから、これはやはり便利だ。ただ、1400ミリあたりまでのネオ一眼なら2メートル以内なら寄れるので、そちらの方が気楽だが。
 そう言った望遠率の高さだけではなく、P900の写りは非常にいい。
 一眼レフで手持ちで写せる大きさや値段から見ると、600ミリ相当が限界だろう。2000ミリあると写す範囲がぐっと増える。それでいて口角は24ミリがあり、しかもF2.8と明るい。決して望遠だけのカメラではない。
 ただ、ファインダーが小さいので、見えにくいのが難。
 
 
 
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2020年01月29日

暖冬

■■ 2020年1月29日 水曜日 午前9時41分
 
 今朝も妙な天気だ。結構暖かいのだが、しかし寒くもある。陽射しがあるようで、曇っている。湿気がかなりありそうで、雨上がりのためだろうか。
 冬なのに、春の匂いがするような、妙な気配。これは蠢動、ミミズの匂いだったりする。
 暖かいのだが、暦の上から見ると、これは寒い時期なので、迂闊に薄着はできない。冬に少し入った頃、既に最大の厚着をしているのは、今の時期に合わせてのことだろう。しかし、暑苦しいと感じることがある。ちょうどこの厚着でよく、さらに、これでは足りないほど寒いはずなのに。
 だから冬の初めに厚着の限界を使い切ったので、本当に寒くなると、それ以上厚着できないので、心配していたのだが、その逆になっている。
 しかし、冬の芯があり、これはやはり寒い。だから、油断していると、風邪を引く。防寒体勢でいないと。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。最近としては早すぎるかもしれないので、もう少し寝ようかとも思った。眠い感じがあるので。しかし、遅起きで、夕方前の喫茶店へ暗くなってから行くのはいい感じではないので、そのまま起きる。
 布団から出たときも、寒さを感じない。これは冬の朝とは少し違うのではないかと感じたが、寒くて震えているよりはいいだろう。このまま春になるわけではなく、真冬の寒さがまだ来るはず。まだ1月なのだから。毎年2月いっぱいまでは寒い。そして3月になっても、まだまだ寒い。その3月頃の春がそこに来ていそうな日に近いのが、今日この頃。だから、少しカレンダーと空気とが違っている。
 梅の花が咲き出している。しかも違う場所で、同じタイプの梅が咲いているので、その時期だろうか。放置したままの水田、稲刈り後、その後は畑にしないで、そのままにしている野っ原に草が生えだし、そこに目立たない花が咲いている。菜の花も咲いている。2月の末から3月あたりに見る光景かもしれない。
 しかし、道行く人は真冬の最高値の服装。まあ、真冬の上着、この時期に着ないと、いつ着るのかになるので、着ている人もいるだろう。そして、実際、寒いことは寒いので、暑くて脱ぐようなことは暖房の効いた場所以外ではないかもしれない。
 花撮影は椿から梅に変わってきた。しばらくは梅を写す。次は桜だ。いずれも期間はそれなりに長いので、飽きてくるが。
 その前はコスモス。これは、今もまだ咲いていたりするが、見向きもしない。残党のような感じで、枯れないで残っているだけだろう。新たな蕾はないので、これで終わりだろう。
 それと野草だ。勝手に咲いている草花で、誰も植えた覚えのない草。これも暖かくなってくると咲き出すが、目立たない。非常に小さな花びら。レンゲやタンポポは有名だが、それはまだまだ先。それよりも、最近は見かけない。ただ、タンポポのパッチもののようなのは咲き出している。背が高いので、タンポポではないことは分かるが、野原ではなく、余地に咲いている。コンクリートの切れ目とかで。
 七草がゆがあるのだから、春の七草が出てきても不思議ではない。何故なら、七草セットが売っていたりするので、南の方ではもう芽を出すか、葉を付けているのだろう。野菜のようにして、売られていたのを見た。野ではなく、スーパーで。
 真冬でも、そうした春の草花を見ることができるが、流石に春前の野草はまだのようだ。
 もう春になってしまうのではないかと思うような暖かさが続き、しかも天気は悪く、空は荒れており、南から温かい空気でも吹き込んでくるのだろう。
 だが、寒い日は実はこれから始まったりしそうだ。
 
 
 
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2020年01月28日

梅が咲く

■■ 2020年1月28日 火曜日 午前10時59分
 
 今朝は晴れているが、風が強く、生暖かい風が吹いている。気温がぐっと上がったようで、昨夜とは大違い。もの凄い寒暖差。
 強い風と暖かさ、これは春一番ではないかと思えるほど。しかし、それは桜の頃だろう。
 だが、梅が咲いている。咲き始めだが、いつも見ている梅の木だ。これは早いのか遅いのかは分からないが、遅いとは思えない。
 昨日はバーゲンで狙っていたダウンジャケットを買ったのだが、下に一枚着込まなかったので、少し寒かった。昨夜は寒かったのだ。
 今朝は下にしっかりと着込み、朝の喫茶店まで行ったのだが、これが暑い。冬の風ではなく、春でも、こんなに暖かい風は吹かないと思うような生暖かさ。風に吹かれて寒いはずなのだが、何ともない。そのダウンジャケットが効いているわけではない。昨日は風に吹かれて寒かったのだから。
 さて、展示されていたときは分厚いジャケットだと思っていたが、中身は空気だった。羽毛が入っているのだが、空気で分厚く見えていたようだ。まあ、このタイプで、ポケットに入ってしまうダウンジャケットもあるので、そんなものだろう。
 だから着てみると、綿入りのゴツイタイプではなく、意外と軽くて頼りないタイプ。1万円以上するのだが実質半額だったが、1万円超の値打ちは何処にあるのかと、探す。
 ストレッチ性が加わっている。これだろう。製造は中国だが、発売は美津濃。この美津濃はスポーツ用品で有名。高いジャージなどがある。一本一万円のズボンとか。500円でもあるようなズボンだが。
 そのためか、フィット感がある。コート風ではなく、ジャンパー風で、身体にピタッときて、しかも伸縮性があるので、動きやすい。腕が回りやすい。
 あとはシンプルということだろう。飾りが何もないし、遊びがない。ただ胸のポケットは縦型で、スマホが入る大きさを確保している。だから大きい。ここは今風だ。ケータイではなく、スマホ入れ。当然大きい目の財布なども入るが、長財布はどうだろうか。
 また、内ポケット類は一切ない。まあ、あってもアクセスしにくいだろう。ファスナーを下ろさないと、手が入らないので。ここがコートとジャンパーの違いだろうか。ファスナーだけで、ボタンがない。
 見た感じ、何処にでもあるような上着。一見して高そうに見えない。
 5000円台と1000万円台のダウンジャケットの違いは何処にあるのか。値段にある。それだけだ。これで、おそらくいいもので、それだけの品質があるのだろうという程度。保険のようなもので。機能的にはそれほど変わらないかもしれない。
 ただ、美津濃だけあって、雨対策ができているようで、袖などは合羽のような絞りゴム付き。これはそのままでは痛いほど閉まる。まあ、袖口からの風や雨などを考慮してのことだろう。ここがコートと違うところだろう。そのため、腕まくりがしやすい。ゴム留めなので。手を洗うときなど、いいだろう。
 今朝は、この気候のためではないが、目が覚めると、もう既にかなり遅い時間。よく寝ていたのだろう。一度朝方起きたような気がするが、忘れてしまった。軽く目が覚めたはずだが。
 そして、今日は火曜なので、いつもの朝の喫茶店は定休日。それで、週に一度だけ行く個人喫茶へ。ところがテーブルに禁煙マーク。さては、この店も、と思ったが、禁煙テーブルが増えただけで、奥は普通。それで、いつもの入口近くの席がなくなったので、奥へ移動。豪華な応接室のような空間なので、逆に落ち着かなかったりする。ソファーの上にさらにクッション座布団を乗せている。決してアンコやバネが弱まったわけではなさそうだが。
 アンコが痩せ、中のバネが尻に当たるような椅子もある。さすがは、そう言う店は最近見かけないが。
 古い映画館で、たまにそういう椅子があったように記憶している。中央が尖っているので、分かる。
 喫茶店でも、座ると沈み込んでしまい、驚いたことがある。そしてバネの痛さを、尻が覚えていたりする。
 今朝は青空があるので、先日買ったキヤノンのG15でやっと晴れた日に写せると思っていたのだが、持ち出すのを忘れていた。ただ、鞄に予備で、同じキャノンのミニネオ一眼が入っていたので、それで写す。コンパクト系で一番高いタイプと安いタイプだ。このミニネオ一眼は24から1000ミリまであり、手の平に乗る小ささ。しかしそれ以外のスペックは低い。値段相当ということだろうが、それなりによく写る。思ったよりも。
 ファインダーはない。
 鞄に入れていたのは、G15のフォロー用だろうか。超望遠域担当。このSX430は冬のコートのポケットに入る。
 あまり本格的に撮したくないときに、たまに使っている。グリップが飛び出しており、振り回しやすい。ただ、1000ミリ側での最短撮影距離が、結構短いので、1メートル半ほど寄れるだろうか。これは結構寄れる方。当然中間はもっと寄れるが、花などを写しても、液晶でピントが分かりにくいので、適当に写すときは、これでいい。真面目に写さないときは、このカメラがふさわしい。
 そして、受光素子はCCD。余っていたのだろう。しかし、最後のCCDカメラというのがキャノンにあり、イクシだったと思うが、凄い売れ方をしたとか。CCD愛好者がいるのだろう。
 今日は暖かくて、青空もあるので、いいのだが、何か季節外れという感じで、少し異様だ。
 
 
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2020年01月27日

キヤノンG15実践編

■■ 2020年1月27日 月曜日 午前10時39分
 
 今朝はついに雨。小雨だが、風が強く、手が冷たい。
 小雨なので、傘を差すほどではないが、やはり濡れて冷たくなるので、差す。しかし喫茶店に着いた頃にはやんでいるのか、傘を差している人がいなかった。この程度なら、まあいいだろう。雨でも。そしてあまり暖かくない。雨の日は暖かいのだが、そうならない。雨が降る前が蒸し暑いのかもしれない。
 先日から天気がよくなく、しっかりと晴れた日がほとんどなかった。晴れても一瞬で、しかも雲が多い。結構荒れていたのだろう。一月の末。一番寒い頃なので、この程度の寒さで済めば御の字。有り難い。
 スーパー二階の衣料品売り場で冬物最終バーゲン。これは広い廊下に屋台のように出る。特設会場ではないが、定位置ではなく、晒し首のように、いけない衣服がさらされる。
 目玉は一万円超のダウンジャケット。これが7000円まで落ちており、レジにてさらに3割引。1万円を超えている商品なので、悪くはない。似たようなタイプなら5000円である。だから一万円分の良さは何処にあるのかを調べる。そして、実質5000円クラスの値段になっているので、もしよければ、買い得。ただ、5000円クラスのダウンジャケットも三割引になっているので、こちらの方がさらにお得なのだが、これはバーゲンでなくても、普段から割り引かれている。だから、あまり人気のない売れ残りが出ているのだろう。
 さて、1万円超のダウンジャケットだが、瘤が出ていない。すっきりとしている。高いのはこのタイプが多い。非常にシンプルなのだ。
 先ず驚いたのはそのボリューム。腕の箇所をぐっと握ると分厚い。羽毛の量が多いのだろう。その日、着て来たのは去年のセールで同じように買った1万円超の似たタイプだが、コート風に長い。比べると、分厚さが違う。アンコの量が違う。尻尾までアンコの入った鯛焼き。
 それと、防水性。これは珍しくはないが、ナイロン生地が60パーセント入っており、ポリエステルとの混紡。ツルッとしてなくて、ざらっとしている。生地に粒子が浮いているような。まずはこの生地が高いのだろう。ベースの生地だ。それと柔軟性。少し伸びるのだろう。分厚いと腕が上がらないとかがあるので。
 首回りは大人しい。フードがそのまま襟と合体するタイプで、フードは取り外せない。しかし、襟の延長でフードがあるので、無駄にはならない。今着ているのは襟は襟で独立しており、フードは取り外せる。意味のないフードなので、取り外して着ている。
 見るからにシンプル。下手をすると安物のダウンジャケットに近い。ケチをして省略したような。
 しかし、そのアンコの量、ボリュームは凄いもので、ユニクロなら15000円クラスだろう。これを着れば、中に着込む必要はないのではないかと思える。腕が寒いことがある。その腕にもアンコがたっぷり入っているので、これは頼もしい。
 一月末、冬物最終バーゲンは嘘で、もう一度ある。二月末あたりだ。これが最後だが、もう真冬ものは着る期間が短くなるので、このときはレジにて三割引ではなく半額になる。しかし、もう暖かくなり出しており、冬の底から出て来たところなので、分厚いのを避けて、春でも着られるようなのを探すだろう。だから、実際にこの冬着るとすれば、このタイミングしかない。
 この冬は、あまり衣料品を買っていない。去年買った最強のダウンジャケットはウール風生地で気に入っていたのだが、ファスナーが壊れたので捨てた。
 
 今朝は雨が降っているのが分かっていたので、二度寝した。起きる気がしない。
 まあ、好きなだけ寝て、起きてきたのだが、それほど遅くはなかった。もっと遅起きの日もあるので。
 雨だと張り切って起きてきても、雨で濡れるだけで、楽しいものではないし、寒いし冷たいしで自転車で走っているだけで精一杯。風景を見る楽しみもない。
 
キヤノンG15実践編
 前回まではG15が最終機だといっていたが、16があることが分かった。これは以前も調べていて、この日誌にも書いたかもしれないのだが、忘れてしまったのだろう。それとアマゾンで新品があったので、これは珍しいと思い、15を買ったのだが。
 G15は2011年。G16は2012年。一年後に出ているのだが、受光素子と映像エンジンを一つ上げただけで、外面上の違いはないようなので、マイナーチェンジ版だろう。ただ、受光素子がCCDからキヤノン製になり、そしてこの最終機では裏面なんとタイプになった。暗いとろろに強いタイプ。だが、G15と同じ上限感度なので、一万が2万にはならなかったようだ。それと新エンジンで、AFスピードが上がったとか。これが最終機。スマホと繋がったりとか、ネット関係が増えたのだろう。2012年。スマホの普及は既に始まっていたのだろう。そんな前だったのかと思うほど、結構年月が経っている。
 さて、それよりも実践。実写。実際に写してみて気に入るかどうかだろう。
 
 夜景に関しては満足を得ている。一眼レフや一インチ系やハーフサイズミラーレスよりもよかったりする。あまり失敗がない。一眼やミラーレスでもピントが合いにくいとかが多いのだが、G15はすんなりと合い、苦労しないで済む。これは明るいレンズの恩恵と、8分の1以下のスローシャッターにならない安全設定が効いているので、気楽にパシャパシャ撮れる。これはフルオートでの話。それで、感度も1600あたりで止まるので、絵もすっきりしている。
 ここで疑惑が出てくる。このタイプのカメラの方が実際はよく写るのではないかという話だ。そして、最新カメラがよいとは限らないという話。
 CCD時代のG系の解像感は、一眼レフよりもよく出ているとも言われた。これは小さな受光素子なので、綺麗に見せるため、輪郭を強調したりと、内面処理で絵を作っているからだといわれているが。
 フルサイズや、普通の一眼レフではなく、ハーフサイズのミラーレスのオリンパスやパナソニックに行くのは写りの切れがいいためだと言われている。受光素子が大きいほどいいとはかがらないのだろう。
 どちらにしても、このG15の写りは大したもので、満足度が高い。昼間の普通の風景でも、非常に鮮明だ。これはレンズも関係しているのだろう。余程いいレンズなのかもしれない。広角端F1.8は珍しくはないが、望遠端140ミリでF2.8をキープしているのは、類を見ないだろう。ただし、広角は24ミリではなく28ミリ始まりなので、それができたのかもしれない。当然ミラーレス系や一眼レフ系で、こんな明るいスペックのレンズはない。
 それと、レンズと受光素子の関係、これは一体型なので、特化している。そのレンズに合わせて。だからレンズ交換式よりも、レンズ特性を上手く引き出しているのではないかと思える。当然欠点を隠すとかも。これは受光素子ではなく、映像エンジンでもなく、チューニングだろう。それに合ったチューニングが出荷時に成されていたりしそうだ。
 他のレンズのことは考えなくてもいいし、レンズも、他のボディーのことは考えなくてもいい。一体型の強味だ。
 そう考えなければ、見事な写りをするG15を説明できない。
 最近はキヤノンの一眼レフを使っているが、見劣りがしないというより、勝っていたりする。正月に買った単焦点レンズで写したものと比べても、見分けが付かない。背景ぼけが違う程度。
 だから、これを言っちゃあおしまいよの世界になるのだが、これはあくまでも主観。上がってきた画像を見ての主観。そう感じるという程度なので、普遍性はないが。
 まあ、画質の細かいことは抜きにして、思っているような絵が写せる。しかもすんなりと。
 AFがどこで合っているのか分からないようなファインダーで写しても、思っているところに合っていたりする。ほぼ中央部に合うはずだが、その中央が、G15のファインダーではマークさえないので、大まかなものだ。
 また液晶撮影ではデジタルズームが効き、倍ほど望遠になるが、問題は何もない。使える。劣化しないとされるズームで、欲張って、さらにズームすると、劣化する普通のデジタル領域に入る。ただ、すっと入らないようにストッパーがかかるので、うっかりズームしすぎたということはない。一度止めて、もう一度レバーを引くと、その領域に入る。バーの色が変わることでも分かる。
 
 それよりも大きくなく小さくもなく、重くはないが軽くもないような手にしたときのしっくり感がいい。これぐらいのカメラが扱いやすい。小さすぎると感じないし、大きすぎると感じないし、軽すぎるとも重すぎるとも感じない。これで1000ミリ越えの望遠が付いておれば、大きなグリップがいるが、140ミリまでなので、問題はない。
 これでポケットにすんなりと入り、意外とフラットなので、出しやすい。引っかからない。
 まあ、このG15が出ていた時代なら、高嶺の花で、SX系のネオ一眼を使ったり、イクシを使っていたような時代だ。今、値段を見ると、定価もそれほど高くないのだが、やはり1万円台2万円台がコンパクト系の相場だったので、高いと思っていたのだろう。最近のコンパクト系は一眼レフよりも高いのだが。
 
 G15の次が本当の最終機G16だが、幻のG17がある。これは一度ネットで見たことがある。実物はない。だが、想像でスペックが記されていた。カメラショーの頃、出るとの噂。結局はG17は出なかったが、G系の新展開はここから始まる。
 G3とかXとかが間に入り、さらにマーク2とか、もの凄い種類のGの系譜がばらまかれる。
 思い出すだけでも、まず1.5インチタイプのGが出た。イオスキッスとほぼ同じ大きさの受光素子。当然1インチより、遙かに大きい。これがおそらくG17とも言えるのかもしれない。光学ファインダーをまだ付けていたためだ。ただ、大きく重くなった。レンズもそれほど明るくないし、最短撮影距離も、厳しく、G15のような至近距離性に弱くなった。この受光素子はキヤノン製。
 さらに600ミリまでのネオ一眼の1インチのGが出た。G3Xだ。これは中古屋で見付けて買っている。その日はソニーのα6000ダブルズームキットを買う予定で行き、それを見付け。買った。
 光学ファインダーはなく、G系の尾てい骨を外し、外付け電子ファインダーが付くようになった。
 さらにここからがまた凄いことになり、1インチのコンパクト系が色々と出る。ソニーとの対決だ。
 キヤノンはそれらにGを付けているが、もうバリエーションが多すぎて、説明しきれない。
 1インチで電子ファインダー内蔵タイプや、最近ではイオスキッス系と同じ受光素子を付けたものとか。また、マーク2とか。
 さらに1インチコンパクトに飛び出し式の電子ファインダーを付けたりとか。
 だからG系は健在だが、どれがどれだか、分かりにくい。
 G1からG2と数えられるようなのは16まで。つまり十六代将軍で終わったのだが、ここまでは分かりやすかった。
 1インチタイプのネオ一眼のGと1.5インチタイプのGをどちらも中古で買ったのだが、当然G15よりははるかにに新しい。
 しかし、写りはこのG15がよく、ピントもバタバタしないし、しっかり合う。
 そしてもう一つのライバル、パナソニックはLX系があり、これがトップ機。こちらは中古でかなり安い。
 そういったライバル機の追い上げをかわし続けて、磨き抜かれたG系はやはり名機の系譜だろう。育ちがいいし、扱われ方もいい。
 買ったのはG15の新品だが、本当の最終機G16は中古で2万円台。新品はアマゾンではなかった。あればプレミアが付いて数倍の値段になっているかもしれない。
 実写では今の最新デジカメよりも、よかったりする。バッテリーは互換性が多く出ている。またキヤノンネオ一眼の旧型との互換性がある。
 バッテリーは1000枚写せる。だから、減りが少ない。
 動作などは最新カメラと同等以上。何の問題もなく、古くささもない。むしろ、小さすぎて、チマチマしたカメラより、これぐらい大きさ重さのカメラの方が撮しやすかったりする。
 いずれも、久しぶりに行った中古屋で見たG10が爆弾になり、それが破裂した。G10ではなく、中古でもなく、新品のG15で。
 
 
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2020年01月26日

キヤノンG15届く

■■ 2020年1月26日 日曜日 午前10時35分
 
 今朝は曇っている。最近天気がはっきりしない。冬は晴れの日が続くことが多いのだが、今年はそうではないようだ。暖冬のせいかもしれない。寒いが晴れている方がいいのか、それほど寒くはないが天気が悪いか、どちらがいいだろう。部屋にいるときは天気はあまり関係がないように思われるが、湿気とか、気圧とかが違うし、やはり晴れている日の室内と、雨の日の室内とでは違ってくる。外の空気が入ってくるので、その空気の質が違うのだろう。その中身は水分だったりしそうだが。
 今朝は昨日よりも早い目に目が覚めたのだが、寝てしまった。確信犯だ。しかし少し寝た程度ではそれほど遅くならない。だが多く寝たため、かなり遅くなってしまった。まあ、日曜だから、いいだろう。しかし、晴れている日の遅起きはもったいないような気がする。出掛けやすいのだが、出遅れてしまう。
 この時期、もう菜の花が咲いている。畑の何処かから芽を出したのか、それが伸びて黄色い花を付けている。春先ならいいが、まだ遠い。一番寒い冬の底さえ来ていないのに。だから春を感じるには早い。これからもっと寒くなるはずなので。
 その畑。秋にはコスモスが咲く。畑の端の余地に咲いている。これは毎年咲く。そして冬になっても、まだ咲いている。正月でも咲いていたりする。見飽きてしまい、季節と合わないこともあって、もう無視している。そして、気が付けば、もう咲いていない。だが、しつこく咲いているのがあったりする。真冬のコスモス。あるかもしれない。
 朝顔も夏場だけではなく、そのあともしつこく咲いている。流石にコスモスよりも早く店じまいするが、これは夏スタートと秋スタートの違いだろう。
 昼に行く喫茶店の二日目だが、工事後喫煙室が狭くなり、満席になっていた。土曜日で人が多かったのだろう。広かった頃も座るところを探さないといけないことがあったが、それが四分の一以下になったので、はみ出してしまうのは当然だ。
 いつも本を読みに来ている人が二人いる。その二人を見かけない。いつも四人掛けのテーブルにいる。二人掛けのときもあるが、四人掛けがあくと、さっと移動する。これはスペースの問題だ。テープルの広さではない。客と客との間隔の問題。距離だ。それがカウンターになると、すぐ真横に人がいる。これを嫌ってこないのかもしれない。
 二人掛けのテーブルがカウンターになると、正方形のテーブルが半分になる。そのためパソコンとコーヒーのトレイを横に並べると、横の領地にはみ出す。正方形ならパソコンの後ろ側に置けるスペースがあるので、パソコンの肩越しから手を出せば問題はなかった。カウンター式だとノートパソコンと灰皿を並べれば、それでギリギリだったりする。これは窮屈。そして一般席はがら空き。狭いところにびっしりと人が固まっている。しかも狭いので、空気が悪い。人いきれというのもある。
 それに比べると、工事中行っていた昆陽の喫茶店は伸びやか。メインは四人掛け。
 それと、もう一軒広々とした喫茶店が近くにあったのを思い出す。ここは予備で残しているので、普段は行かないようにしている。たまに閉まっていることがあり、営業していないシーズンでもあるのか、そのへんはよく分からない。さらにその近くにもう一軒あるが、テーブルが低く、椅子が木で、しかも狭苦しいので、余程のことがない限り、入らない。二店ある中、一店が休んでいるとき程度だろう。
 散歩の効率から考えれば、昆陽の喫茶店の方が沿道が長いし、また昆陽を起点にすれば、そこから結構遠くまでいける。別の町へ。だから寄り道散歩にはいい。中古屋もあるし、ヤマダ電機もある。スーパーもあるし、衣料品屋もある。イズミヤなので。そして八百屋もあり、結構安い。地の物を置いてそうな店だ。野菜などは。
 まあ、しばらく様子を見て考えることにする。しかし、毎日定期便のように行っていたコースなので、変化のない風景の方がよかったりする日もある。
 
キヤノンG15届く
 アマゾンで注文していたキヤノン往年の高級コンパクトデジカメG15が届く。アマゾンの箱で、テープはなく、バリバリ開けられるので、いい感じだ。カッターナイフ要らずで。
 アマゾンに出品している店から買ったことになるのだが、プライム品で、送料はかからない。発送はアマゾン。だから早い。
 だから、どの店で買ったのかは覚えていなかったりするが、メールで発送通知などが届くので、そのとき、ちらっと見ると、中古屋だ。
 中古屋に持ち込まれた新品だろうか。10年近く前の元箱だが、綺麗だ。中古新品というのだろうか。それで、新品として売られているようだが、一度開封した形跡がある。しかもカメラを触ったあとも。それは、カレンダーだ。合っているのだ。だから工場出荷のままではなく、一度出している。
 バッテリーはすぐになくなった。早すぎる。これは出荷状態ではない。もう少し、持つのだ。
 しかし、元箱の中に元通り入れたのか、欠品はない。中古ではないので、そんな断りもいらないが。
 ボディーを取り出すと往年のGシリーズの名機ではなく、最終機で、少し変えてきたためだろう。メカメカしたところが消えていた。軽い。
 
 バッテリーは、同じものを持っていた。以前のG系はイオスと同じバッテリー。だから一眼レフのサブ機としては都合がいい。イオスのバッテリーが切れれば、サブのカメラから出せるので。
 しかし、それをG10あたりから変えてきたらしい。
 そしてG15ではネオ一眼と同じものになった。キヤノンネオ一眼は数台持っているので、その台数分のバッタリーが余っている。最新のネオ一眼は違うバッテリーになったので、余ってしまったのだ。
 これでG15の予備バッテリーを買う必要はなくなった。
 
 開封し、カメラを取り出したが、軽い。バッテリーを入れても重さがない。よく見ると樹脂製だろうか。ざらっとした爪とぎになるような質感があり、ヤスリになる。滑り止めだろうか。
 持ったとき、重厚感がない。これは気が軽くなった。結構軽快なカメラになっていた。プレミアがないのは、そのためだろう。戦艦コンパクトの雰囲気がない。イージス艦だ。
 そのお手並み、スピード感は、どうか。ただし、古いカメラなので、あまり期待できないが。
 
 届いたばかりのG15に付属のバッテリーを入れ、数枚写すと、もうバッタリーは切れた。それで、別のカメラに入れていた、同じタイプのを付けて、また写したが、最初の三枚ほどで、もう試写する気は失せた。
 その三枚を見て、納得できたためだ。
 まあ、レンズが明るい。F1.8ある。望遠側でもF2.8あるので、それほど感度が上がらない。だからそれだけでも綺麗に撮れるだろう。そういうことだった。
 
 28から140ミリの五倍ズームで大人しい。だから沈胴状態からの起動も速い。長いレンズだと、その分遅いというわけではないが。
 動作はこの時代のものとしては、早いだろう。待たされることがない。一枚写してからの二枚目も、そこそこ早い。最新のミニネオ一眼よりも早い。
 古くても最高級機種。それと、この15から映像存エンジンが新しくなり、早くなったらしい。
 要するに、軽快なコンパクトデジカメという感じで、あるべきものが見た範囲内にあるので、マニュアルいらず。
 
 ファインダーは小さいながらも光学ファインダー。コンパクト系に昔から付いていたもので、尾てい骨だと言われ、外されてしまったが、G15は付いている。ただし、そこはあまり触っていないようで、スペック的には同じだろう。ただ、ニコンのそれよりも、少しだけ大きい。
 そのファインダーは素うどんで、かやくが何もない。情報は一切ない。以前、パラマーク程度はあったような気がするのだが。それと中央部とか。
 ピントは分からないが、接眼部横のランプがあり、それで合焦が灯れば合ったことになる。音でも分かる。
 また、実際にどこであったのかは、再生のとき、分かる。あとの祭りだが。
 ファインダーは小さいが明るく鮮明。昔、キヤノンデミというハーフサイズのカメラがあったのだが、それに近い。覗いているだけでも楽しいファインダーだった。ただし、このタイプはピントは見えない。
 
 オート感度の上限は1600までと、少し淋しいが、手動で一万台まで上がるので、大したものだ。かなり暗くても昼間のように写せるだろう。
 1600では不満だが、レンズが明るいので、生活範囲内での夜道程度では問題はないだろう。路面を昼間のように明るく写そうとしない限り。
 
 AFは顔認識、顔がなければ、被写体自動認識。10年前からそういうのはもう既にあるのだ。カシオが早かったように思うが。ただ、瞳検出まではいっていない。あっても使う機会など絶無だが。
 AFは自動認識でも、中央一点にすぐに切り替えられる。また、ピント移動も、ボタンでできる。専用ボタンがある。今ならジョグボタンのようなものになっているだろう。ミラーレスだが。
 AFも遅くはない。一眼レフより、早かったりする。
 
 第一印象は、意外と小さく軽いということ。軍艦部などは露出補正ダイヤルが加わる程度で、一般的なコンパクトデジカメと変わらないほど、すっきりしている。
 露出補正ダイヤルは中央寄りにあり、右手側の端に電源ボタンが来るので、操作性がいい。露出補正ボタンは撮影ダイヤルの下敷きになっている。並んでいるのだが、部分的に重なっている。二階建てになっているのもあるので、一応並んでいるという感じだが。
 だから、結構すっきりとしたカメラになっており、これが最終機かという感じだ。戦艦カメラの重々しさが消えているのは、少し物足りないが、扱いやすくなった。敷居が下がった感じだろう。
 
 早速夕方に行く喫茶店へ持ち出したが、夕焼けはなく、曇天。そして薄暗いので、写す気にならず。それで、喫茶店内で写してみたのだが、屋内だが、外に持ち出しての初撮影。
 何も合わせていない。買った状態のまま。撮影モードダイヤルはオートになっていた。これで、シーン自動認識までしてしまえるようだ。ただし、AF投射光はオフにした。このカメラはオフにすると、オートでもオフになるので助かる。そこがパナソニックとの違い。
 夜道など写すとき、赤い光を出すと、目立ちすぎるので。それと届かないのに照らすので、意味がなかったりする。
 喫茶店内は比較的明るい。ここでF1.8は大きい。澄んだ絵になる。すっきりしている。
 感度はオートでは1600までしか上がらないようで、シャッタースピードは8分の1秒以下には落ちないようになっているようだ。キヤノンのコンパクト系でよくある組み合わせ。
 このレンズの明るさと、スローシャッターと、感度の組み合わせだとほぼ夜道は写せる。実際には絞りもシャッターも真っ赤な文字になるが、これは露出不足。しかし、光線が当たっている路面は写せる。だから夜の雰囲気がする。また、ネオン看板なども飛びにくいだろう。しかし、夜中の空もうっすらと分かる程度には写る。
 これは見事なもので、AFも早いし、何処かでピントが合っている。AFは自動選択なので、適当なところで合う。合いやすいところで、合えばそれでいい。28ミリの広角側だと、ピントが深いので。ただF1.8なので、それなりに浅いが、そこは受光素子の小さなコンパクト系なので、何とかなる。
 部屋に戻り、パソコンで取り込んでみると、見事なものだ。簡単に夜の街角が写せてしまうのだから。しかも感度は1600までで済むのは、レンズが明るいためだろう。これだけでも満足。それとピントが合いやすいことも。同じキヤノンのミラーレスより、ピントが早かったりするので、どういうことなのかと思う。キヤノンの初代イオスMではなく、ピントが早くなったM3よりも早い。
 遅くて、なかなか合わないのはソニーとニコン。これはコンパクト系だ。
 古いカメラでもここまでピントが早いと、最新デジカメのAFは何だったのかと思うほどだが。
 まだ試していないが、手動で一万を超える感度まで上げられる。これだと夜の道が昼間の道のようになるだろう。
 
 高級コンパクト系なので、一応カスタマイズ性はかなりあるが、便利なのはユーザー撮影モード。これは二つある。たとえば感度だけ変えたものを登録しておくと、撮影ダイヤルを回せばすぐにその設定に切り替わる。これは全体には影響しない。
 その他盛りだくさんだが、その変え方は色々あり、自分の流儀にあったというか、馴染んだ方法でできる。ただの切り替えだが、ダイヤルが好きな人もいれば、ファンクションキーが好きな人もいる。
 このG系は、もの凄く要求が多かったカメラで、それを満たすため、色々なものが付いている。
 感度設定はレンズが明るいので、オート感度だけで十分だろう。だから、ここは弄る必要はない。レンズが暗いと、手動で感度を設定しないといけないので、面倒。これはレンズの明るさで、助かっている。
 要するにフルオートで、シャッターを押すだけでいいというのが一番いい。
 
 ファインダーと液晶の切り替えは手動で、目を近付ければ変わるという自動はない。まあ、この前までキヤノンのネオ一眼はそうだったので、珍しいことではない。表示ボタンを二度押さないと切り替わらないが。これは十字キー側にある。
 ファインダーだけの撮影なら1000枚ほど写せるらしい。バッテリーも大きいので。一番バッテリーを食うのは液晶だろう。そしてこのカメラにはないが、電子ファインダー。
 逆に、このカメラ、ファインダーだけで写せるのが渋い。四角い穴が空いているだけのファインダーなので、かなりおおらかで、大まか。視野率は80パーセント程度ではないかと思えるし、光軸もずれている。左右が少しズレている。上下は当然ズレる。所謂パララックス。それがズレていなくても、正確なファインダーではなく。中央が曖昧。このいい加減なファインダーなので、かなり気楽だ。
 そして何処でピントが合ったのかはまったく分からない。合焦ランプで分かるだけで、それが何処に当たったのかは曖昧。これが非常にラフで、この大らかさが楽しい。
 液晶を付けた状態で、ファインダーも覗くことができる。ファインダーは電気を使っていないし、重ね合わすような技もない。文字やマークを浮かび上がらせるような電ヤクはまったく入っていないので、ただの覗き穴だ。
 ここに何か物理的な歯応えというか、目に来るものがある。ああこれは光学ものの、カラクリものだと。ここだけはデジタルは一切ない。
 このファインダー、小さいが、少し目を離して見ると、大きくなる。目をくっつけないで、ロングアポイントのように。実際にはよく見える。
 
 手かざしで液晶で写すときも、カメラが大きく重い目なので、コンパクトデジカメにありがちな構えにくさはない。ぐらぐらしない。350グラムなので、それほど重くはないのだが、軽くはないし、片手で持ってもフラフラしない。グリップは少しだけあるが、飛び出していると言うほどではない。指の掛かりはいい。
 グリップが飛び出していないカメラなのに、片手だけでもほとんどのことができる。電源ボタンも片手で入れることができる位置にある。まあ、カメラは両手で普通は持つのだが、自転車の上から身体を捻って写すとき、両手が使えなかったりする。それと坂道のとき、ブレーキを握らないとずり落ちるので、そういうときは片手で写すが。
 
 28ミリから140ミリという微妙な五倍ズーム。以前は35ミリから200ミリだった。広角側へスライドしたのは時代性だろう。その要求が強かったようだ。
 今なら24からが普通だろう。
 単純にいえばフィルム時代のトリオレンズ域をカバーしている。28ミリ50ミリ135ミリだろう。
 コピーライカの系譜としては、これだけの画角の変化があれば、充分という感じ。G15は一眼レフ系ではなく、距離計連動付き透視ファインダー系なのだ。距離計がAFになったが。ファイダーは光学式。それも最小限のスペックだが。
 まあ、ほとんどは背面液晶で撮すことになるのだが、一寸写真ぽいのを写すときは、ファインダーで撮りたい。綺麗な景色などは、液晶よりも、ファインダーの方がより鮮明に見える。ただ、夜はファインダーも暗くなるので、よく見えないので、液晶がいい。昼間のようによく見える。暗視カメラのように、肉眼では見えていない闇が見える。表示用にもの凄く感度を上げているのだろう。被写体が見えるように。
 パララックスが出るので、一メートルほど近付いたときは上の方は切れるので、少し上側に余裕を持たせて撮せばいい。ファインダーでは入っていても、実際には切れている。
 近付くほど、今度は切り取る範囲がさらに狭くなる。まるで望遠になったように。
 こういうのはパラ補正式カメラだと、枠が伸び縮みしてくれるのでいいのだが、それでも正確なものではない。目安だ。それが分かっていれば、目で見当を付けて写せるようになる。しかし、写したとき、どんな感じだったのかまでは覚えていなかったりするが。これは近距離の話だ。
 ただ、中間距離から遠方の背景にかけての重なり具合が多少違う。少し上から見ているためだ。レンズの覗き窓の距離分。
 まあ、そういうのが懐かしカメラで、これはライカ系というより、昔のレンズシャッター式カメラだろう。コンパクト系なら必ずあった覗き窓の四角い穴だ。実際より、小さく見えるので、鮮明なような気がするだけだが。
 
 10年近く前のカメラ。しかし、動作は今のカメラよりも早い箇所もある。それよりも、持ったとき、構えたときのカメラの大きさ重さが丁度いい感じだ。残念ながらG系直系はこの15で終わり、その後はない。15までいったのだから、凄いカメラだ。
 ただ、受光素子を大きくしたG系は出ているし、当然激戦区の1インチタイプはバリバリのカメラ。一眼レフ殺しだろう。下手なミラーレスを買うより、1インチコンパクトの方がレンズが明るいし、扱いも楽。
 G15になると、これは古典を踏み倒したカメラ。その歴史の重みを感じる。最後の将軍のように。
 
 
 
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2020年01月25日

G15の届く日

■■ 2020年1月25日 土曜日 午前8時46分
 
 今朝もはっきりとしない空だが、少し寒い。今頃が一年の中で一番寒い頃なので、この程度の寒さで済むのなら、悪くはない。冬は暖かく、夏は涼しい方がいい。それでも結局は冬は寒く、夏は暑い。それが少しましな場合、暖かいとか、涼しいとかになるのだろう。
 しかし、寒波が来て、もの凄く寒くなる可能性もある。そういうのが来ないですんなりと春になってしまいそうな気配もあるが、これは拍子抜けだろう。期待しているわけではないが。
 今朝は少し早い目に起きたので、寝起きすぐに行く喫茶店までの道が寒いのかもしれない。いつもは遅いので、既に日も高く、町も暖まっているので。だから、この時間差だけで寒いと感じるのかもしれない。
 昨日から昼の喫茶店がリュニューアルオープンしたので、いつもの道筋を通り、喫茶店へ。
 喫茶店よりも、その道筋を通るのも久しぶり。目的地に付随するおまけのようなもので、その道筋が目的ではないし、道筋の風景など掴み所がないし、また用もないのだが。
 しかし、一週間少し程度の間なら、昨日通った道と変わらない。新鮮さとかはない。一週間前と昨日とではそれほど変わらないためだろう。それと慣れた道だと、それを意識することもなく、あるべきものがあるので、注目するものがないためだろう。
 改装は喫煙関係だったのかもしれない。喫煙室が四分の一以下の小部屋になっていた。店の大半が喫煙室だったのに。
 四人掛けのテーブルはない。といっても二つのテーブルをくっつけて四人掛けとしていたのだが、これは固定ではないものの、そういう並べ方をしていた。
 大きな改装だったようで、普通の席も、テーブルではなくカウンター式になっていた。広かった喫煙室時代は四人掛けに一人で座る客の方が多かった。
 二人掛けもあるが、これは以前からもある。だが、敢えて座る人は少なかったようだ。鞄とかの置き場所がないためだろう。四人掛けなら横の椅子に置ける。
 カウンター式が増えたのは席を増やすためだろう。椅子は多いのだが、四人掛けに一人で座ると、三つの椅子は使えない。
 ただ、家族連れで、子供と一緒のファミリー席が少なくなった。なかったかもしれない。つまり四人掛けの席だ。
 年寄りの朝会があり、多いときは8人を超えている。おそらくそれはもうできないだろう。それに、この年寄りグループは煙草を吸うので、そんな席は喫煙室にはない。カウンターではできないだろう。それに八人も並べない。この年寄りグループは朝一番の客で、昼頃行くようになってからは、見かけることはないが、昼の手前まで居続けていた。
 つまり、改装により、コメダの喫煙室のカウンター席のようになった。コメダは四人掛けも二人掛けも二つずつあるが、今回の店は、オールカウンターか、長椅子とテーブルの横並びになる。だから、四人で来た場合、この長椅子とテーブルの席になるのだが、仕切り側が長椅子で、一方は普通の椅子。5テーブルないかもしれない。テーブルが四つか五つ。誰かが間に座っていれば、四人掛けができない。だから8人など不可能。客が誰もいないのなら、いけるかもしれないが。
 それで、昨日、まずまずの時間、いつもの時間に行ってみたのだが、結構知らない人がいたりする。いつも来ている人が少ないというより、一人か二人ぐらいしか目にしない。いつもは広いので離れたところにいる客も、狭くなったので、真横で見ることになる。少し近すぎる。
 まあ、全席禁煙になるより、ましだろう。
 あまり狭いと、牢名主が発生しそうだが。
 
 先日買ったキヤノンの古いコンパクトデジカメが今日届く。10年はまだ経っていないだろう。2011年あたりだと思われる。12年かもしれないが、これは時間を合わせる画面で、年の初期値で分かる。
 それで軽くネット上のマニュアルで学習。既に最新デジカメにあるようなものは、ほぼ揃っていたりする。
 G15ではなく、その前のG12あたりのほうがマニアックで、感度ダイヤルなどもあり、軍艦部がメカメカしており、しかも受光素子がCCDなので、写りがこちらの方がよかったりする。ただ、CCDでは感度を上げるのが苦しいようなので、最高感度の違いがここで出るし、またレンズも明るくなっているので、暗いところでも強いカメラになっている。まあ、写りの味わいよりも、機能性を取った感じだ。
 この時代、キヤノンは普通のコンパクトデジカメも多数出しており、受光素子が少し大きいタイプで小さいのもあるし、ミニネオ一眼も、既にある。小ささが正義という感じで、その中でG15あたりは怒濤の戦艦クラス。まあ、それが最高級機種の貫禄で、実に堂々としたカメラ。しかし言うほど重くはなく、350グラムほどだろうか。ポケットに入るフラットな形だが、少し大きい。
 このタイプになると、持ったとき、安定感があり、振り回しやすい。
 一年ほど前に買ったライバルのニコンの7000系と戦艦巨砲比べができそうだ。大和対武蔵だ。しかし、これは兄弟艦なので、同じだったりするが。
 ただ、こちらが買ったP7100は最終機ではない。二つか三つ古いタイプだ。最終機は電子ファインダーになった。
 また、かなり前に買ったのはファインダーのないタイプ。これは故障した。
 だから、発売時期が違うので、最終機対決にはならないが。
 ニコンの戦艦、P7100も十分にまでも使えるスペックがある。
 今朝も、そのp7100を持ち出したが、やはり雰囲気がいい。抜群の安定感だ。
 今回は完成度の高かったG系往年の名機ではなく、スペックを新しくしたタイプなので、評価される前に終わってしまった機種。戦艦大和の次に作ろうとしていた海底軍艦ではないが。
 キヤノンやソニーやパナソニックの1インチタイプでも良いのだが、カメラが小さい。
 往年の名機だが、雨で濡れて、お釈迦になったので、あまり使わないまま、終わっていたので、その続きをやっとできる感じだが、それから10年近く立っている。そのとき買ったG9か8かは忘れたが、当然メインカメラだった。
 今回のG15を見ていると、フィルム時代のキヤノンオートボーイスーパーに似ている。大型のコンパクトカメラだが、メインとして使っていた。正面のスカッとした切り出しが、面影として残っている。
 少し大きい目のコンパクトデジカメは、持ちやすく、写しやすかった。
 ネット上に、古い動画が残っていた。G15の動画で、キヤノンのもの。宣伝用だ。
 スクーターに乗り戦闘機のヘルメットようなのを被った女子が、ツーリングしながら、写している。完全にアウトドアだ。一眼レフでなくても、本格的に写せるという感じで、当時のイオスキッスよりも小さく軽いし、キットレンズよりも、レンズは明るい。
 何か勇ましい動画だった。
 
 
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2020年01月24日

キヤノンG15へ

■■ 2020年1月24日 金曜日 午前9時14分
 
 今朝は曇っている。そして湿気が高いのか、あまり体調によくないだろう。それと気圧が低いはずなので、その低気圧の影響も、厳しいだろう。天気だけではなく。
 ただ、そのため、気温は高い目のはずで、最低気温がこの時期としては高いはず。数値を見ていないが、体感で分かる。朝、布団から出たときなどに。
 しかし、今朝はそのおかげで早起き。その因果関係は低いが、目が覚めたとき、まだ早かったのだが、目が冴えた。それでも二度寝に持ち込もうとしていたのだが、すんなりと起きてしまった。
 それで、今朝は早起きの部類に入るだろう。ここ最近としては、決して平均的な起床時間ではない。
 朝の喫茶店も少し早い便になったので、その時間帯にいる客を久しぶりに見る。同じ時間に来る人で、時計だ。
 昨日の昼の喫茶店は前日と同じところで、これで二日続いたが、今日からリニューアルオープンとなるいつも喫茶店に行けるので、喫茶店探しでウロウロする必要はない。ただ、昆陽の喫茶店へ一週間以上行っていたのはよかった。それなりに戻り道、久しぶりの場所をウロウロし、散歩撮影などもできたので。ほとんど長距離自転車散歩。遠征のようなものだった。
 その遠征中、春キャベツを一玉買っているが、まだ何も手を付けていない。食べる前に湯がいて保存することを考えている。同じ八百屋で年末に買った100円の大きな大根は湯がいて冷凍しており、これは今も残っているので、さっと鍋に入れれば、煮込まなくても柔らかい大根を食べられる。おでんの大根よりも柔らかい。少し煮こみすぎたようだ。
 昆陽方面へ平気で行けたのは、寒くなかったためだろう。それと雨がなかった。
 しかし、昆陽散歩中、立ち寄った中古屋で見たキヤノン往年の高級コンパクトカメラG10が目に入ったのが爆弾になる。それとコダックのネオ一眼。こちらは新品。この店は宝塚にも近いイオンの横にある。池尻の端。金井重工の近く。橋の近く。西野が近い。
 半年以上行っていなかったためか、中古カメラの置き場所が奥ではなく、貴金属のケースがあるレジ近くになっていた。それとものが増えていた。寝かせておけば、見るべきものがあるということだろう。
 コダックのネオ一眼はファインダーのないタイプで、この系譜はよく分からない。おそらくオリンパス製ではないかと思われる。同じものがペンタックスから出ていたりする。ズーム比やスペックがほぼ同じなのだ。それでもレンズはシュナイダーで、色目などはコダックの派手なものだろう。まあ、それぞれのメーカーが作ったとしても、その差はあまりないような写り方ではないかと思われる。
 今は、このタイプのファインダーのないネオ一眼はニコンとキヤノンしかやっていない。コダックの場合、乾電池で動くので、バッテリーの劣化で、使えなくなることはない。まあ、ネット上で互換性のあるバッテリーがいくらでもあるので、問題はないのだが。それと充電器も付いてきたりするし。
 昔はセレン光電池で、これが死ぬと、何ともならなくなった。電池交換はいらない。発電するので。まあ、露出計の針を動かす程度の電力でいいので、弱くてよかったのだろう。
 それでキヤノンのG10だが、中古相場的には妥当な値段で出ていた。それほど安くないのは、この中古屋は全体的に強気の値段のためだろう。それと、ネットやカメラ屋の中古と違い、程度が書かれていない。付属品とか、欠品とかも。
 いつものリアル中古店では、詳細が書かれている。まあ、どちらにしてもG10のバッテリーはかなり劣化しているだろう。自然劣化。
 それで、以前も調べていたのだが、G系の流れ。歴代カメラでのG10の位置。最終機となるのはG15。欠番もあり、G11やG12はあるが、そこから飛んでいるようだ。受光素子がCCDからキヤノン製になったのはこのG15だろうか。だから、写りが少し違うかもしれない。それと映像エンジンが少しだけ新しい。
 要するにG10以前や、そのあと出た戦艦デジカメがスマートなってきた。
 背面液晶も40万から80万に上がっている。以前は40万しかなかったのだから、怖い話だ。ピントなど見えないだろう。最近のコンパクト系は100万が普通だったりする。ピントが分かる。
 G15で背面液晶がよくなったが、回転しなくなった。そのかわり3インチ。回転するタイプは一回り小さい。回転を必要としないのなら大きい方が見やすいだろう。それと、解像力が80あればピントが見えるし。
 往年の名機G系だが、その末期で、最終機のG15はかろうじて最新デジカメに近いスペックを持っている。それはAFの速さとか、動作とかだろう。
 このG15の次はないのだが、1.5インチのG系が出ている。ほぼイオスキッスなどと同じ大きさの受光素子だ。そして、ソニーの非常に小さな1インチコンパクトがヒットしたので1インチタイプにG系はなだれ込み、今もソニーと競い合っている。
 その中で、キヤノンG15などは、その原型の系譜で、その最終機で、光学ファインダーを残しているタイプ。
 G15は液晶回転や、軍艦部のダイヤル類を減らし、スマートになり、軽くなった。それだけではなく、レンズが明るい。F2.8だったのがF1.8になり、望遠端もF2.8を維持している。これで28から140ミリ。受光素子は少しだけ大きいタイプで1.7系。僅かに大きいだけだが、写りは結構違う。
 このレンズの明るさなどは、その後の1インチタイプにも引き継がれていく。
 要するにキヤノンコンパクト系の最高機種として出ていたのが、G10もそうだがG15もそのタイプ。ただ、その後、1インチでないと売れなくなったのだろう。ちなみにG10から35ミリが28ミリになり、そして200ミリあった望遠が140ミリになったので、無視した。
 それで、気になったので、調べ直しているとき、アマゾンで新品がまだ売られていた。残り一台となっている。新品なのでバッテリーも未開封だろう。劣化していない新品だ。それで、思わず買ってしまった。
 これで、もうすぐ発売のニコンの2000ミリまでのネオ一眼P950はしばらく手が出せなくなった。
 そちらよりも、雨で濡れて動かなくなったG9か8かは忘れたが、やっとそれの買い直しができる方がよかったりする。小さいが重厚なカメラだった。
 
 
 
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2020年01月23日

ミニネオ一眼SX430

■■ 2020年1月23日 木曜日 午前10時34分
 
 今朝は雨。夜から雨で、寝ているときも雨。朝方まだ降っており、かなり強い音がしていたので、起きる気が失せ、さらに寝る。これは遅起きになると思いながら、次に目を覚ましたときは雨音はなし。やんでいるようだ。しかし、遅い時間になっていた。
 早い目に起き、雨の中、自転車で喫茶店へ行くよりも、遅くなっても、降っていないときに移動する方がいい。
 まずは目先だ。目先のことばかり考えないで、後々のことを、というが、やはり目先だ。この目先のことでその後の展開が悪くなることが分かっておれば、目先は無視するのだが、あとのことは何とかなりそうだと思える程度のことなら、目先に走ることが多い。
 その逆のパターンがあり、先のことばかり考え、目先のことに気付かなかったりし、これがあとで爆弾になったりする。
 実際には目先のことを思ったときは、同時にあとのことも考えているはず。あとの影響だ。それが、まずまず大丈夫とか、まあ、何とかなるだろうという目安を付けているはず。目安、目が休まる。安心して、目先をしたりする。
 雨が降っているので、起きたくない。これは目を瞑っているので目先は見えないが、目先を見たくないのだろう。目先というより、身体をそのままにしておきたい。つまり、動きたくない。
 すると、起きる時間が遅くなり、その影響は多少ある。しかし、これはよくあること。
 さて、その目先だが、そのほとんどが情緒的なことだろう。感情的な。ここが人間を動かしているようなもので、感覚や感情は基本。まずはそれに任せておく方がよかったりする。理性というのも、実は感情だったりする。だがこの感情、勘定高い。
 雨が降っているだけあって暖かいのか、ムッとする蒸し暑さがある。暖房の効いた喫茶店に入ると、それがもろに来る。まあ、暖かくていいのだが、蒸し暑い。
 天気予報では、このあとまた降るようだが、すぐにまたやむらしい。だから雨の峠は越えたのだろう。
 昨日は昆陽の喫茶店も休みなので、やや近いところにある喫茶店へ行く。大きな病院がある。あまり行かない方角で、日常的に行く用事がない方面。たまに散歩の戻り道に通る程度。そこへ行くまでの道筋が難しい。
 その喫茶店、個人喫茶だが、まずまずの広さで、満席になることはないほど。おそらく朝のモーニングと昼のランチだけで持っているような店だろう。そのため、日替わりランチなどが目玉のはず。
 コーヒー代はまずまずで、それほど高くはない。個人喫茶の値段としては、そんなものだろう。昆陽の喫茶店と同じ。それが相場だが、お菓子が二つ付いてきた。塩辛いものと甘い物。小袋に入っているので、持ち帰られる。また、これで少し腹が膨らむかもしれない。これをランチにしたりして。しかし遅い朝ご飯を食べたあとなので、腹はすいていない。
 この店は何度か来ていたので、忘れていたわけではない。しかし、今日は昆陽へ行かなくても、近い場所にあるので、そちらにする。明日からはいつもの店がリニューアルオープンするので、その後、行くことは少ないだろう。非常用だ。当然個人喫茶なので、全席喫煙OK。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのミニネオ一眼SX430。非常に小さなネオ一眼で、グリップとレンズが飛び出しているが、ファインダーはない。
 兄貴分のSX70は素晴らしいファインダーが付き、操作性や撮影は快適。だからあまり目立たないカメラだが、軽くて小さいので、冬場のコートならポケットに入る。
 24から1000ミリほどあるだろうか。ただ、背面液晶の解像力がいつの時代のカメラかと思うほど低い。ピントが合っているのかどうかは分からない。また、写したものを液晶で見ても、よく分からない。まるでフィルムカメラのようなものだ。
 ノートパソコンがあれば、外でも確認できるが。
 このカメラ、1000ミリ側での最短撮影距離が結構短い。これが決め手で新しいタイプを買っている。かなり前だが、その頃は古いタイプと並んで売られていた。古いタイプは非常に安いので、そちらへ傾いたが、スペックを見ていると、最短撮影距離に差があり、新しい方が短いので、これが決定打になった。
 その新しいものも、出てしばらく立ち、二年ほどなるだろうか。新しいのはまだ出ていないので、現役でまだ売られている。海外向けに作られたカメラらしい。コンパクトデジカメは小さいので、手の大きい外国人では窮屈で、持ちにくいと考えたのか、グリップを付けている。だからキヤノンではグリップカメラと呼んでいた。フラットなコンパクトデジカメとネオ一眼の間のようなものだが、似たようなカメラは結構あるが、キャノンのが一番小さく軽い。
 撮影ダイヤルはなく、ボタンを押すと、瞬時にプログラムモードに切り替わる。撮影ダイヤルよりも早かったりする。
 感度は1600までしかなく、しかもオートでは800が上限。暗い場所に弱いはずだが、それなりに写っている。暗すぎても感度は上がらず、シャッターも下限があるのか、それ以上落ちないので、アンダー気味に写る。露出不足だ。スローシャッターは8分の1秒だろうか。手ぶれを考慮してのことだろう。意外とこれで1000ミリでブレなかったりする。だから広角なら楽勝だろう。
 凝ったカメラではなく、押すだけのカメラ。しかもラフに扱える。
 電源ボタンは押しやすい位置にあり、大きい。起動は瞬時。起動後すぐにズームしても、追従する。待たされない。このクラスとしては素早い。これはミラーレスよりも早いのではないかと思える。ただ、背面液晶は見えにくい。解像力が低いため、早いのかもしれない。
 そこは最新のキヤノン系カメラだけあって、キビキビ動く。
 望遠は手かざしになるが、意外とブレないし、画面もグラフらしない。手ぶれ補正が強力なカメラではないのだが。
 こういう安っぽく、カメラとしてのスペックが低いカメラでも意外とよく写るし、素早く写せるというのが、いい感じだ。
 広角端での最短撮影距離0センチ。スペック的にはミラーレスや一眼レフを越えているというより、あり得ないだろう。ただし、レンズ先端からだが。むしろ斜めからだと0センチにする方が難しいというより、レンズがくっついて影になり、写せないが。
 最近はキヤノンの安いが立派な一眼レフを買ったので、それで写していたのだが、写りは言うほど違いはない。こういうカメラ、下位が上位を食う楽しさがある。
 
 
 
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2020年01月22日

今冬一番

■■ 2020年1月22日 水曜日 午前9時54分
 
 今朝は冷え込んでいる。この冬一番の冷え込み。しかし、この冬は去年から続いている。だから、今年一番の冷え込みだろう。冬は一年に二回ある。今年の冬は春が来れば終わるのではなく、秋が終われば、また冬になる。しかし、今冬とは今年の冬のこと。去年と繋がっている冬も含まれるかどうかだ。途中で切った冬の続きだが、ここがややこしい。切ったので。
 季節だけで分ければ簡単。今冬は去年から続き、年を越え、そして春までが今冬だろう。今回の冬という感じで。これは年をまたぐが、年に一回しかない。春や夏が一回のように。
 だから、この冬と言った場合、どの冬だろうかと考えたりする。または、年末までは秋とし、正月から冬にすれば分かりやすい。
 今年一番の寒さは、問題ない。今年に入って一番寒い。これは分かりやすい。それを今冬というとややこしい。今年の冬の始まりは去年から始まっている年に一度の冬の続き。
 これは秋の終わりの11月あたりからの冬のころも、似たようなややこしさがある。今年の冬と言っても、既に一度冬を今年やっているのだ。だから、元旦で切るので、冬が二回できてしまうが、一回だ。
 去年の冬となると、去年の今頃のことを指すのか、年末の頃の冬を指すのか、そのあたり、紛らわしいので、断言しない方が良さそうだ。今冬とか、この冬とかと言いたいところだが、分かりにくい。
 また、新年を、新春というので、冬は飛んでいる。もう去年で終わっていたりする。これから寒くなるので、元旦が春というのは、やはり、妙だ。
 しかし、今冬一番の冷え込みは、この時期なら使える。だが、秋が終わり、また冬になる。この冬は何だろう。その年、春が来て、冬は終わったはずなのだが、同じ年の末頃にまた冬が来る。この冬は何だろう。来年分だろうか。
 だから、今冬とか、今年の冬と言っても、二回あったりするし、単なる季節としての冬なら一度しかないが、そのあたり、ややこしいので、今冬は使わない方がよかったりする。ただ、今冬とは今年の冬ということで、去年のことは知らないらしい。
 大晦日は冬だ。そして元旦も冬だ。しかし、今冬が今年の冬を指すとなると、大晦日の冬と元旦の冬とでは違う冬になる。
 また今冬の今の今とは何だろう。今日の、この瞬間の今だろうか。おそらく今回の、という意味だろう。今回の冬という意味。それが今回の冬なのか、正月からの冬なのか、ここも紛らわしい。
 しかし、日常会話で、今冬とか、この冬一番の、とかはほぼ言わないだろう。せいぜい、今朝は寒いとか、今日は寒い程度だ。
 そして、普通に考えれば、この冬は去年から続いている冬のことだろう。そこは切らないで繋げている。そして、次の冬は、年内から始まるが、次の冬だろう。
 それよりも、昨日から少し寒くなり、曇っていたのだが、白いものがちらついていた。これは初雪だろう。
 昨日は寒い中、昆陽の喫茶店へ行ったのだが、戻り道の寄り道はしないで、そのまま戻る。寒いためだ。それに曇っているので風景もさえない。
 その昆陽の喫茶店も今日は定休日。いつもの喫茶店は工事中で休み。先週は昆陽の喫茶店近くにある昆陽のコメダに入った。定休日だと知らなかったためだ。それなら昆陽まで行くことはなかったが。
 しかし、ほどほどの距離に喫茶店があるのを思いだしたので、今日の昼の喫茶店は問題なし。昼の喫茶店の工事が終わるのは明日。だから金曜からいつも通りになる。その前を昨日見に行ったが、貼り紙には工事日の期間だけが書かれている。別に工事後、全席禁煙になるとは書かれていないし、工事を教えてくれた店員も、それは言っていなかったので、ただの補修工事だろうか。喫煙席に仕切りがあり、それが撤去されていれば、全席禁煙だろう。入口でそれは分かるので、中に入る必要はない。しかし、この店、喫煙室の方が広い。ソファー席もある。
 その工事で、いつもガラガラのモスが満員とか。マクドもあるが、煙草は吸えない。モスは吸える。だから、そちらへ工事中どっと客が流れたようだ。
 
 
 
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2020年01月21日

伊丹池尻方面散歩

■■ 2020年1月21日 火曜日 午前10時10分
 
 今朝も中途半端な晴れ方。気温は高い目かもしれない。それほど寒く感じなかったので。これは起きたときだ。しかし、体調にもよるので、あまり当てにならないが、暑い寒いが関係するのは、個人的なことだろう。本人が暖かいと思えば、それが全てかもしれない。もの凄く暖かい夏のような朝だとなれば個人の話ではなくなるが。だから体感温度の違いとなり、これは個人だけの領域。個人差がある。その意味で、個人だけの話ではないのだが。他の個人にも体感温度の違いがあるので。
 今朝は朝のいつもの喫茶店が定休日なので、その近くの個人喫茶へ行く。これは毎週言っている。だから同じことをまた書いているが。
 今週も火曜日になったのかと言うことだろう。あれから一週間経つと。
 その間、昼間の喫茶店が工事中で、昆陽の喫茶店へ行っているので、ここの変化は大きい。今日などは朝から喫茶店が違うし、昼も違うという感じだ。これで、遅起きだと、夕方前の喫茶店が夜になり、いつもの店ではなく、近所の店に行くので、その日一日全部いつもの喫茶店に行かなかったことになる。しかし、喫茶店に行っていることにはかわりはない。他人にとり、どの店でも喫茶店にはかわりはないのだが、個人的には結構違う。
 店が休みの日があるように、個人にも休みの日があるが、ずっと寝ていれば別だが、何もしないでじっとしているわけではない。
 しかし、今年は暖冬で、その分、少し楽だ。特に昼に行く喫茶店は遠いので、その道中、去年なら寒くて何ともならなかっただろう。それにこの一週間ほど昼間の雨はなかったので、それで助かっている。寒い中、しかも遠いところに傘を差して自転車で行くというのは、やはり厳しい。倍ほど体力を使いそうだ。元気で行けたとしても、風邪を引いたりする。これは戻ってからだ。行くのは元気でも。
 昼の喫茶店は金曜日からリニューアルオープンするらしい。全席禁煙になる噂もあり、そのための工事かもしれない。すると、行ってももうは入れないということになる。そうなると、違う店を探さないといけないが、個人喫茶になり、コーヒー代が高くなるし、個人喫茶は癖が強いので、面倒だ。
 そういった喫茶店難民の人とよく別の店で出くわす。禁煙になったので、別の店に流れてきたのだ。
 昨日は昼の喫茶店の帰りに、別の方角へ散歩する。昆陽村のお隣は池尻。ここも大きな村だ。そして田んぼがまだ残っている。ここもよく来ていたところだが、久しぶりに踏み込む。道路工事でもしているのか、通れないので、曲がり込む。村のメイン通りの道だ。そこが切れると、大回りになる。
 それで、回り込みすぎて、村から外れた。村内なのだが、普通の住宅地や学校のある場所。農家などは見えない。だから村の中心部ではない。そこを貫いている道の方が風景がいい。
 それで、武庫川からこの村へ降りてくるときの道に出た。細い道だが、馴染みがある。村の神社の繁みが見えているので、分かりやすい。
 そのとき、もう一つこんもりと木が茂っているのがあるので、その枝道に入ってみる。六地蔵だろうか。それが新しくでき場所に並んでいた。これがある場所は墓場。村墓だ。その奥に小さな墓場があった。この池尻、大きな村墓があるので、探さなかったが、別枠の村墓があったのだ。そのため、それほど古い墓石はない。墓地が二つある村。これはやはり大きい村の印。
 六地蔵の顔はほとんど見えない。顔であることが分かりにくい。それほど古いのだろう。しかし、台は新しい。地面にあったのを、花壇のようなものに乗せたのだろう。だから仏壇だ。死んだ人ではなく、お地蔵さんだが。
 六地蔵とセットで、観音さんが一体だけあるはず。それはいい場所にあった。こちらは屋根がある。しかし、かなり傷んでいる。ただ、観音さんのはずだが、顔が人間っぽいので、違うかもしれない。
 その仏像らしきものの屋根付き小屋の裏に台座がある。円形の石の台座。ここだろう。ここに観音さんが座っていたはず。台だけが残されていた。
 新しい墓があるが、墓なのか、石仏なのかがよく分からない。小さな石仏があり、よく見ると、水子系だろう。見た感じ、ただの小さな野仏。しかし、新しい。花もいけてある。そういうのが、複数あるだけで、古い墓はない。これは大きな村墓が別にあるので、そちらにある。
 道路工事中で、回り込んだおかげで、隠し墓を見付けたのが収穫。ただ、六地蔵などは古いのに、古い墓がないというのはおかしい。墓じまいしたのだろうか。
 そして、池尻村の端に出ると、その先にイオンがある。巨大ショッピングモールが壁のように建っているのが、遠目から見える。
 その近くに中古屋があるのを思いだし、寒いので、暖まる意味でも、中に入ってみる。
 中古カメラを見る。
 コダックのネオ一眼が新品のままの未使用品としてある。これは珍しい。ファインダーはないようだ。ズーム比も少ない。しかし、コダックなので、シュナイダーレンズを使っているはず。そしてコダックの色目が結構派手でよかったりする。昔の古き良き時代の西部劇のあの極彩色だ。
 ファインダーが付いていても、どうせ小さく、見えにくいだろう。ただ、古いので、背面液晶はそれほど見えやすいとは思えないので、そこが難だろう。
 コダックと言えば大衆カメラ。最近ではネオ一眼のP900なみのを出していたようだが、日本での発売はない。だが、アマゾンなどで、売られていたりする。また、輸入業者の通販などでもある。
 キヤノンのコンパクトデジカメの王道を行くG系が出ていた。G10だ。それなりに古い。G15まで出ているのではないかと思える。型番はよく飛んでおり、ない数字もある。
 G系は1.5インチタイプになったり、今は一インチタイプになっていたりする。
 このG10が一万円を切っている。古いので、そんなものだろう。中古最安値でもそんな感じだ。
 昔は憧れの高級コンパクトデジカメだった。透視ファインダーが付いている。ニコンよりも、少しだけ大きい。そしてどちらも戦艦クラスの軍艦部をしている。ダイヤルが多い。
 あとは、キヤノンの一眼レフでD60とかD600とか。一方は中級機だろうが、感度は6400までの時代だろう。レンズも並んでいる。オリンパスの明るい標準ズームとかも。しかし、結構高い。中古相場としても高い目なのが、この店。
 遊べるとすれば、コダックの元箱入り未開封のネオ一眼か、CCD受光素子でイオス一眼レフで写したものより解像力があるとされていたG10だろうか。
 このG10は古いが、完成度は高い。ただ35から200だったのが、28から140のズームになったので、無視していた。がっかりだ。その前の機種を買っていたのだが、雨で鞄が濡れ、カメラがお釈迦になり、動かなくなった。今も部屋で眠っている。
 昆陽の喫茶店の横に八百屋があり、そこで春キャベツを100円で買った。池尻村の畑を見ていると、大きなキャベツがゴロゴロ植わっていた。これだろう。
 春キャベツ。もうそんなものができるのか、するとモンシロチョウのサナギなどが入っているかもしれない。
 大寒の日なのに、春を感じた。
 
 
 
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2020年01月20日

武庫之荘あたり

■■ 2020年1月20日 月曜日 午前9時54分
 
 今朝は中途半端に晴れている。雨が降っていたのか、路面が濡れている。その雨のためか、気温は高い目。湿気ているのだろう。朝は雨はやんでいたが、ムッとしそうな空気。真冬のそれではない。このまま春になるのではないかと思えそうなほど。冬のクライマックス真冬、冬の底。それを飛ばして、いきなり春になるとは思えないが、寒暖差があるので、暖冬でも油断できない。
 冬の終わり、寒さのピークがやや過ぎたあたりに見かける野草が花を付けている。春を知らせる一番早い花だが、それが既に咲いている。だから真冬を飛ばしている。そのうち菜の花が咲きそうだ。ただ、これは勝手に生えてくるのではなく、畑で放置していたものだろう。別のものを育てているときは、ならされるので、そう言った雑草類は畦に残る程度だが。
 本当に寒くなるのは今頃からだろう。一月の末から二月にかけてが寒い。既に一月の下旬に入っているので、そろそろ厳しい寒さになるはずなのだが。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めたのだが、決して早いわけではない。それと、二度寝もしたので、それが余裕。
 昼の喫茶店は相変わらず昆陽まで行っている。木曜までは、いつもの店の工事が終わらないはずなので、まだまだ昆陽へ通うことになる。しかし、もっと近いところに二軒、喫茶店があるの思い出した。昨日はその前を通ったため。一軒はよく閉まる。スキー場の喫茶店のようにシーズンにより閉めてしまうような店だが、広い。もう一軒は狭くて、テーブルが低く、椅子が木なので、居心地はよくない。尻に型が出来そうだ。
 昆陽の喫茶店は繁盛しているようだ。注文を取りに来ないと思っていると、いきなりアイスコーヒーが来た。年寄りのマスターが覚えているのだろう。省略だ。
 しかし、長く通うわけではなく、木曜まで。
 戻り道は、方角を変え、されに西へと向かう。武庫川の下だ。このあたり、武庫の地名が多い。武庫之荘とか、武庫元町とか武庫の郷とか。武庫の本町とか、もう分からない。その武庫川沿いに交通公園がある。その前は公団住宅だろうか。それが取り壊され、違うものになっているが、その団地相手の商店街がある。風呂屋とか、金魚屋とかも。このあたり田んぼが多かったので、公団住宅が他にもあり、巨大な給水塔が立っていたのを思い出す。既に撤去されていたりするが、まだ残っている給水塔もある。タワーだ。公団住宅のため神社まで取り壊されていたりする。まあ、神様は、近くの神社で合祀。
 その武庫の商店街にある文房具屋へよく行っていた。漫画の原稿用紙を買いに。分厚い目の上質紙。ここにしか置いていなかった。それを売っていたおばさんは、お婆さんになっていた。文房具屋へ嫁いできたのだろう。数年前、製図用インクとかペンとかを買いに行ったのだが、いずれもなかった。それで、店番をまだしているお婆さんに悪いので、万年質型のペンを買う。Gペンとか、カブラペンとかはもう売られていない。だから、それに近いペンというと、それを出してきた。
 昨日は西へ向かい、南へ下り、その商店街を抜け、南下した。すると、馴染みのある村に出た。
 ここは武庫之荘の駅前にある喫茶店まで毎朝行っていたときの通り道だ。かなり離れているのだが、近所ではなく、遠くまで行っていた。別に意味はない。隠れ家のようなものだ。
 その通り道にある大きな木が切られていた。全部ではなく、背の高さ程度のところで。このあたりでは一番高い木だった。その前の農家が取り壊され、更地になっている。この大木が邪魔なので、枝を切り、幹だけにしてしまったようだ。そのスペースは占いで、残したようだ。村の聖域なので。
 この木は炎の木と呼んでいた。子供の頃だ。武庫川まで歩いて出るようなことがあった。冒険だ。そのとき目印になるのが、この炎の木。ちょうど村の入口にある。周囲は全部田んぼ。だから田んぼが海で、家屋のある村は陸地。見知らぬ村が遠目に見え。そこに炎のような形をした木が不気味に立っている。灯台の役目をしていた。
 よく通っていた道筋だが、あるべき物がなくなり、家並みが変わると、何処だったのか、分からなくなる。ただ、道は消えることがないので、それは残る。
 昨日は少しだけ早い目に起きていたし、またそれほど寒くはなかったので、ウロウロできた。
 お供のカメラはペンタックスの一眼レフK70。現役ペンタックス一眼では一番安い。ニコン、キヤノンの中級機レベルのスペックはあるが、小さいが重い。
 先日買ったキヤノンキッスよりもファイダーが大きく、視野率は百パーセントで欠けない。中級機からのスペックだ。写りには関係はないが。
 このペンタックスと200ミリまでの標準ズーム付きキットで買ったのだが、その写りは大人しい。
 何か懐かしいような写り方をする。解像力が高くシャープというような競争には参加していないのか、優しい写り。地味だが、味がある。この味が分かるようになればいいのだが、もう少しキリッとした写りが欲しい。だが、世間の風潮とは別に、ペンタックスは清流。
 写していて、一番写した気がするのは、このペンタックス。
 フィルム時代の写りに近いのかもしれない。デジタルデジタルした画質ではないので。
 
 
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2020年01月19日

樅の木は残った

■■ 2020年1月19日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝はほどほどに晴れている。青空が見えているので、いい感じだ。暖冬という言葉を天気予報やニュース記事などでは見ていないし、聞いていないが、方々で、暖冬という言葉を目にする。だからそうなのだろう。まあ、そんな情報など見なくても、身体で分かったりする。今年は少し寒さがましかと。だが決して暖かいわけではない。今朝など頭が寒かったりする。顔が冷たい。これは別の原因かもしれないが、例年この時期の厳しさを思えば、拍子抜けるするほど。
 最高気温よりも、最低気温が高い目に出ている。氷点下近くまで下がるはずなのだが、朝方でもまずまずの気温がある。
 ただ、寒いことは寒い。それが少しましなだけ。決して暖かい冬ではない。冬は寒い。
 今朝は少し早い目に起きてきた。しかも余裕だ。二度寝もしたし。それは昨夜早い目に寝てしまったためだろうか。いつもより早く落ちた感じだ。眠くなってきたので、蒲団に入った。疲れていたのだろうか。体力を使うようなことはしていないが、昼の喫茶店が工事中なので、遠い目の昆陽の喫茶店まで行っているので、これは遠距離自転車散歩ほどではないが、それなりの距離があるし、戻り道、ウロウロしているので、ほとんど遠征だ。こういうのは滅多にしない。特に冬は。
 ただ、最近は起きるのが遅かったので、さっさと帰ってこないと、すぐに夕方になり、夕方前に行く喫茶店が夜になる。昨日も遅くなりすぎたので、近所の喫茶店に行った。時間がないためだ。
 昨日持ち出したのはニコンのP900で、ネオ一眼。やはり写りがいい。ただ、ファインダーが小さく見えにくいので、スナップ性が低い。さっさと写して、さっさと立ち去らないといけないのに、ファインダーが見えにくいと、切り取りにくい。人が入り込まないとか、人目がないところでは、問題はないが。
 これは建物などを撮しているとき、窓から人が見ていたりする。また写しているところを見られていたりする。だからさっさと写すのがいい。何せ2000ミリで狙撃できる大砲をぶっ放しているようなものなので。
 こういうとき、望遠なら一眼レフの方が素早かったりする。電源を入れるとき、ズームを望遠端に持って行けば、構えたときは、そのまま写せる。これが早い。そしてファインダーは肉眼に近いので、違和感がなく、構図も取りやすい。肉眼で見たときとの繋がりがそのままあるためだ。電子ファインダーだと、光線状態が違うし色目も違うので、少し違和感がある。それと急激なズームでは、液晶がモタッとしてしまう。
 
 折角繋いだひかりTVだが、テレビを見る習慣がなくなっていたので、テレビを見る時間がない。以前は何か作業をしながらテレビを付けっぱなしにしていたのだが、それをすると気が散ったりする。実際にはテレビを聞いている程度だが、見てしまうと、そちらへ頭が行ってしまう。
 テレビドラマなどは、ネットでまとめて見ていたりするが、これは好きな時間に適当に見ているだけ。だから放送時間を気にする必要がない。見逃しもない。まあ、録画しておけばいいのだが。
 こういうのはアマゾンプライムの動画で十分だったりする。
 それと、テレビを見るより、ゲームをしている方がよかったりする。
 そんなとき、電書を読み終えたので、次のを探していると、山本周五郎の「樅の木は残った」全巻がアマゾンキンドルで読み放題にあったので、落とす。
 こういうのを読んでいると、さらにテレビを見る機会がないので、テレビを見る時間を組み入れる必要がある。
 樅の木は残ったは、タイトルだけで、もう既に話が分かる。伊達家仙台藩の江戸藩邸に植えた樅の木だろうか。仙台から持ってきたのだろうか。話は、お家騒動。下手をすると取り潰される。だが、伊達が取り潰されたという話はないことを知っているので、それはない。だからそれは分かっている。だから、タイトルで樅の木は残ったとし、難を避けたという意味になる。
 全巻無料となっていたので、その全巻とは何巻あるのか。三冊ほどあるのだろうか。いずれにしても長い話だが、最初の出だしを読んでいたのだが、話が細かい。しかしテンポが早い。
 これは昔テレビでやっていたので、少しだけ覚えている。原田甲斐という宿老だけは覚えている。
 徳川の世。関ヶ原で徳川方に味方した豊臣系の大大名でも取り潰されている。
 よく考えると、徳川に天下を取らせたのは明智光秀ではないかと思える。実際には秀吉にチャンスを与えてしまったのだが、秀吉の死後、家康が飛び抜けた力があったので、豊臣を滅ぼし、徳川の天下になった。
 要するに織田信長が死んだことで、歴史が違ってしまった。
 もし、本能寺がなければ、豊臣時代も、徳川時代もなく、織田時代が続いていたのではないか。
 信長と秀吉、家康。それほど年は違わない。秀吉ほどに生き、家康ほどに信長が生きておれば、家康も手出しはできない。秀吉はまったくその気はないだろう。そして光秀もいる。柴田もいる。織田政権の重臣として。
 家康は信長の家来ではない。同盟国だ。弟の国。しかし領土は広い。大きな勢力だが、織田軍団が健在なので、何ともならないだろう。天下を取るにしても。いずれも、光秀によって織田軍団が崩れた。
 徳川の世。取り潰しにあっても、反抗できない。反撃できない。兵力で太刀打ちできないためだろう。それができたのは、もっと後年。毛利を待たないといけない。長州藩だ。一藩で徳川に反抗して、戦い、寄せ付けなかった。
 光秀の謀反がなければ豊臣の世も、徳川の世もなかったかもしれない。
 ただ、本能寺の変がなければ、信長は、その足で中国筋へ向かっている。毛利を潰すためだ。信長は武田を滅ぼしたように、毛利十カ国も滅ぼすだろう。だから毛利はなくなる。
 そして、織田帝国がその後、どうなるのかは、誰も知らない。想像はできるが。
 ただ、その場合、今生きている人、それらの人は生まれていない可能性もある。
 
 
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2020年01月18日

蒸かし器

■■ 2020年1月18日 土曜日 午前10時59分
 
 今朝は晴れているが、風が強い。しかし青空は結構出ている。それだけ雲も多いのだが、荒れた感じだ。風が強いとそう感じる。そのため、雲が流れ、陽射しを遮る。照ったり曇ったりするので明るさが目まぐるしく変わる。雲がじっとしていないのだろう。
 今朝はいつもよりもさらに遅起きになったが、目が覚めていても、起きてこようとはしなかったようだ。時計も見ないで、無視して寝ていたようだ。冬場はそんな感じで、冬眠したいほどなのかもしれない。そのため、まずまず寝たので、元気に起きてきた。これは無理をして、最初目が覚めたときに起きたときと、どちらがいいのだろう。
 おそらく、早く起きたときの方が一日元気がない。バッテリーが溜まっていない状態のように。だから遅起きも悪くはない。自然の摂理とまでは言わないが。自然はいい場合も悪い場合もある。時と場所によったりする。
 しかし、晴れており青空が覗いているので、まずまずの天気だろう。風が強いわりには寒さはそれほどない。暖冬だろうか。この時期、ぐんと寒々しくなるのだが。
 昨日も昆陽の喫茶店へ行く。いつもの昼の喫茶店はリニューアル工事中。ただ、レジの人が言っていただけなので、聞き間違いである可能性もある。行って確かめたわけではないし、ネットで調べたわけではない。ただ、わざわざ嘘を言わないだろう。言う必要がない。ここに常識という式目が来る。常識を疑えというのがあるが、それでは死んでしまうだろう。
 まあ、喫茶店の工事日程度のことなので、別に命に関わることではないし、別の喫茶店へ行けばすむだけの話。常識を信じて大変なことになったとかにはならないので、それほど拘らないのだろう。
 昼の喫茶店が方角違いで、しかも遠いので、この冬空では辛いところだが、沿道風景が、いつもの見慣れすぎた道筋ではないので、カメラで写すものが増えて、逆によかったりする。
 ただ、昨日は曇っており、あまりいい感じではなかったので、適当にウロウロして戻ってきた。遠征は控えた。
 持って行ったカメラはキャノンの一番安い一眼レフに、望遠ズーム。このズーム、かなり古い時代のキットレンズだが、よく写っている。音も静かだ。かなり前で、中古屋でサランラップに包まれたまま長い間寝ていた。買ったのはイオスキッスX2なので、相当古い。当然中古だ。ボディーよりも、このレンズが値打ち。
 AFもそこそこ早いし、音も静か。これなら新レンズ、今のキットレンズを買う必要はない。古いだけあって、マニュアルフォーカスは機械式。使うことは先ずないが。
 こういうのを見ていると、もうかなり前に、一眼レフシステムは行くところまで行ってしまい、完成の域に達していたのではないかと思えたりする。ボディーもレンズも。
 ポケットにはソニーの700ミリの旅カメラWX800を入れていたが、これが結構よく写る。キヤノンの写りよりもよかったりするシーンがある。ピントが深いので、全体が鮮明に見えることと、少しピントを外していても、深度内に入っているためだろう。ソニーの完成度も凄いと思う。
 懐刀の、常時携帯のカメラとしては、一番ふさわしかったりする。ほとんどのことをこなしてくれるし、ほとんどのシーンはこれで撮れる。暗い場所でも。万能性がある。それでいて小さい。700ミリ超えなのに。
 それで、昨日は撮影はそれほどしなかったが、昆陽まで来ているので、昆陽の中古屋へ寄る。目的はカメラではない。蒸し器だ。しかし、その前に中古カメラを見るが、ものは変わっていない。ただ、下段にあったフィルムカメラが上段のいいところに来ている。ニコンF5が18000円だろうか。動くのだろう。しかしフィルムを入れて、このカメラで写すような用はなかったりする。ただ、当時の最高級機種。凄い貫禄だ。部屋に飾っておっく置物としてならいいが、少し高い。
 蒸かし器は焦がしたので、買い換える。最初焦がしたときは磨いたが、まだ焦げ跡が残ったまま。鍋は大きいがアルミ製のためだろうか。取れない。そして、また焦がした。今度は磨いても、無理なようなので、捨てることにした。
 以前は三種類ほど蒸し器があったのだが、昨日見たときは一種類しかなく、しかも小さい。
 前回はホームセンターで一台だけあった兼用機だったが、今回は蒸かし専用器。違いは蓋が深いこと。天井を高くするためだ。だから鍋としての大きさはそれほどない。下駄を履かすのではなく、天井を上げるため、蓋が異常に大きい。普通の蓋だと中鍋程度の大きさだろうか。ただ、ステンレス製で、ツルッとしている。小さいが重い。
 これで何をするのか。サツマイモを蒸かし芋にして食べている。この季節。これがいい。昼ご飯だ。30分ほどでできるが、忘れていることがある。それで、たまに焦がす。
 三十分後に覗きに行ったときは、まだ固い。そのとき、できていれば、焦がさないのだが。そこから先、水が減る率が高くなるのか、なくなっていて、焦げる。限界は45分だろう。それを越えると、湯がなくなっていたりする。30分でできないのは、芋のタイプによる。ばらつきがあり、固いのがあるため。
 この季節からサツマイモがどっと出る。柔らかく、いい感じだ。パンよりいい。
 
 
 
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2020年01月17日

NTTのひかりTVを繋ぐ

■■ 2020年1月17日 金曜日 午前10時32分
 
 今朝はしっかりとしない天気で、陽射しはあるが雲が多い。その雲が形が分からないほど。それで空が白いのだが、それでも陽射しがあるので、何処かで破れているのだろう。ただ、しっかりとした眩しい陽射しではないので、太陽は見えないのかもしれない。ある場所が分かる程度で、明るい雲があるような。雲の形も太陽の形もない。輪郭がないということだろう。
 気温はそれほど低くはないが、やはりこの時期は寒々としている。ただ、少し高い目なのではないかと思えるのは、手が悴まないことで分かる。
 まあ、暖かい目の冬なら過ごしやすいので、寒さ厳しい冬という感じが緩む。
 それが有り難いのは、昼に行く喫茶店が休みのため、昆陽まで行く。こちらの方が遠く、しかも通り道が寒い。広々としているためだろう。家と家の隙間を行くのなら、それほど寒くはない。これは風が少しましなため。だから、寒いと行くのが厳しい。ところが、少し暖かい目だと、往復しやすい。それで、暖かいとありがたいとなる。
 昆陽の喫茶店まで連日行くようになったのだが、これはあと一週間ほどだろう。そのため、昆陽方面の撮影などができる。ここはたまに来ているので、珍しくはないが、いつもの沿道と違い、少しだけ新鮮。その昆陽の喫茶店を拠点にして、色々なところへ足を伸ばせる。ただし自転車なので、限られているし、寒い中自転車散歩はしにくいので、ほどほどの場所しか行けないが。それと、いつもの昼の喫茶店とは方角が逆。だから寄り道する場所も違ってくる。
 今朝も遅起きだったが、寝るのが遅かったので、それは仕方なし。一度いい時間に目が覚めたのだが、寝る方を選んだ。
 
 NTTのひかりTVを繋ぐ。
 やっと掃除をし、置き場所を作った。もうそれだけで充分という感じで、別にひかりTVを見なくても、普通のテレビを見られる位置にテレビを移動させた。そのため、台が必要だったので、買っている。これが1700円で高かったので、テレビ台として使うのはもったいない。
 こういう接続もの、一発で繋がるといいのだが、そうはいかない。
 まず、メインはチューナー。こういうのがいるのかどうかは疑問。なぜならアンテナやケーブルで、テレビを見るのではなく、ネットで見るためだ。
 それならインターネット接続だけで、十分で、そのためのモデムかルーターかは忘れたが、NTTのを使っている。これは有線なので、無線のルーターを適当に買ってきて、Wi−Fiで繋いでいる。さらにチューナーというのがいるのだ。だから、これもレンタル。
 だから、そのチューナーにはネット回線は来ていない。だからそこにネット配線の一番先っぽの適当に買った無線ルーターとLANコードで接続。
 そのチューナーからLANコードでパソコンに繋ぐことができる。ここが想像と違っていた。映像と音声を同時に繋ぐ幅の広い差し込みタイプではなくLANコードでいい。カチャッとはまるやつだ。その広い差し込み口のはテレビ側だけだった。
 それで、一応繋いでみたが、パソコンには繋いでいない。折角テレビを見られるように移動させたのだから、テレビで見ないと損だ。
 それで、全部繋ぎ、チューナー用のリモコンにも電池を入れた。
 まずはチューナーの電源を入れること。リモコン側ではなく、チューナー側の電源ボタン。何故なら、ペア何とかをまだしていないとか。それは何か。チューナーにリモコンを認識させるためのもので、チューナー側の電源を押したあと、リモコン側の二つのボタンを同時に押す。まあ、Wi−Fiで自動的にIDなどを認識記憶してくれるのと似ている。
 その前に、テレビ側を外部入力の画面にしておく必要がある。これはテレビ側のリモコンでできるが、複数の外部入力があるので、先ほど突き刺した音声と映像を送る幅の広い差し込みタイプに合わせる。
 それで、テレビに、チューナーの絵が画面一杯に出て、このボタンとこのボタンを同時押しせよという感じの指示がある。どちらにしても、これでチューナーをテレビが認識し、その画面を見せているのだから、成功だろう。
 そのペアリングは一瞬だったようで、終わりましたの表示も何もない。
 このリモコンとチューナ側での認識というができないとか、リモコンが反応しないとかも当然あるだろう。電池を入れるのを忘れていたとかだ。難しい話ではない。これで一晩かかったりしそうだ。
 しかし、問題はこの先に起こった。次は更新。つまりチューナーの更新が始まる。これで10分ほどかかるとなっている。
 ところが、10分経ってもチューナー側のランプは赤の点滅を続けるばかり。
 長すぎるので、チューナーの電源を入れ直したが、再起動しても、まだやっている。そんなに長くかかるはずはない。別のことで、止まったのだろう。
 チューナーにはリセットボタンはない。だから、コンセントの抜き差し。電源ボタン長押しでリセットになる場合もあるが、そのタイプではない。こんなもの、一度設置すれば、次の更新まで用はないだろう。
 それで、色々なところを触っていると、テレビ側にヘルプのようなものが出た。まだ、チューナー側とは繋がっているが、ネットが繋がっていない。その場合の対処方法が順番に出る。
 結局、単純な対処方法で、チューナーどころか、モデムなどを全部オフにせよということだ。つまり再起動。つまりネットと関わっている機材を全て再起動。要する電源を抜けということ。コードを抜いて、30秒後に突き刺せという恐ろしいばかりの原始的アナログ的な対処方法。
 それを試すと、もう赤の点滅は消え、更新云々は既に終わっていたのか、ひかりTVのホーム画面がテレビに映った。
 こういうのは一発では行かないようだ。そのあと、ひかりTVを見たのかというと、見ていない。もう十分ひかりTV接続を楽しませてもらったので。
 
 
 
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2020年01月16日

昆陽寺

■■ 2020年1月16日 木曜日 午前10時47分
 
 今朝は曇っており、肌寒い。雨はどうかは分からない。降りそうな気配はないが、こればかりは分からない。天気予報は見ていない。
 天気予報を見ても見なくても雨は降るし、晴れる。
 寒くてあたりまえの一月中旬。もっと厳しい寒さでも問題はない。間違っていないので。
 今朝は起きられず、そのまままた眠ってしまった。起きる気はあったのだが、勝手に寝てしまったようだ。最初目が覚めたとき、今起きればちょうどの感じで、それほど早くはないが遅すぎもしない時間。ただ、ここで二度寝すると、かなり遅い時間になる。それが分かっていながら、寝てしまったようだ。これを起きられないというのだろう。意志とは裏腹に。
 このあとの一寸寝がかなり長かったようで、目を覚ますと、もの凄く遅い。しかし、まだ眠い。
 冬はなかなか起きてこられないものだ。それと寝る時間が遅かったので、仕方なし。下手に目を擦りながら起きてきても、一日がしんどいだけ。ここは眠りに負けておいた方がいい。
 昼に行くいつもの喫茶店が一週間以上休みなので、昨日も昆陽の喫茶店へ行ったのだが、自転車が一台も止まっていない。一台ぐらい、いつも止まっているのに。結果的には定休日だったようだ。シャッターはなく、硝子ドアだけ。年取ったマスターが掃除をしていた。休みの日にやっているのか。その姿が硝子越しに見える。
 一人、似たような人が来ており、休みだと告げられていた。ここは月に一度来るか来ないか程度で、土日などが多いので、定休日にぶつかることはなかった。確率の問題だ。運が悪ければ、定休日。それが一度もなかったので、定休日を意識することはなかった。だが、週に一度ぐらいは休みだろうとは分かっている。個人喫茶なので、日曜は休みとかの店もあるほど。
 これで、行き場を失った。その周辺に喫茶店はないし、少し遠くまで行っても、喫茶店はない。昔はあったが、今はない。いずれも個人喫茶だ。ただ、喫茶レストラン系は残っていたように記憶している。それも古い記憶で、その前を通ることがたまにあるが、宝塚方面へ行くときに限られる。そんな機会は滅多にないが、それなりに遠い。まさか宝塚まで出てしまうわけでないが、伊丹と宝塚の境目というのは意外と近い。伊丹だと思っていたら宝塚だったというのがよくある。これは北。南側はすぐに尼崎だ。この昆陽のあたり、伊丹が飛び出しているのだ。昆陽村という巨大な村が欲しかったのだろうか。それを取り込んで、伊丹市となる。
 南へ走ると尼崎に入り込むが、喫茶店は何軒かあったが、いずれも廃業。全滅だ。
 しかし、盲点があった。それはコメダ。これの昆陽店ができているのだ。しかし、コメダは無視していた。近所にあるコメダへたまに行く。夕方前に行くのだが、遅いときや雨の日は、近所のコメダへ行く。しかし、高いので、あまり行きたくない。だから、コメダは無視。
 だが、そのコメダが今回は一番近いところにある。喫茶店のある場所を記憶から思い出しているとき、コメダが出てこないのは、新しいため。新しすぎて、出てこなかったのだ。
 寒い中、ウロウロしたくないので、いい場所にあるコメダに入る。何度か来ているので、様子は分かる。
 ここのコメダは喫煙室が広く、四人掛けテーブルも多い。見た感じ、ファミレスだ。それも上等な。だから値段が高いが、個人喫茶はそれ以上に高かったりする店もある。
 それで、それなりに客はいるが、四人掛けが複数開いていたので、そこに座る。いい感じだ。
 つまり、町内から消えた個人喫茶の後をコメダが取って代わろうとしている感じ。個人喫茶で、あとを継ぐ人がいない場合が多い。一代限り。まあ、住宅地の喫茶店では食べていけないのだろう。車で来られない店などは厳しい。余程繁華街のいい場所にない限り常連さんだけでは持たない。
 それで、昼の喫茶店は何とかクリアし、戻り道に昆陽寺へ寄る。
 前日はニコンのP900だったが、昨日はキャノンの一眼レフに単焦点を付けたもの。85ミリF1.8だ。これをF1.7と以前書いていたが、1.8の間違い。それとキヤノンのポケットに入る旅カメラ。
 境内に絵図があり、そこに聖天堂があるのだが、探してもない。庫裏の横にあるはずだが、ない。そこに建物があり、納骨関係だろうか。だから、聖天堂は取り壊したのだろう。以前、どうだったのかは忘れてしまった。
 行基堂があり、その縁側に木造の行基さんがいるのだが、雨ざらしに近い。屋根はあるが横降りのとき、滴がかかるだろう。
 その後頭部に赤い斑点。これは帽子だ。毛糸の赤い帽子をずっと被されていた。その色が染みたのだろうか。この木造、組み立て式というか、貼り合わせてあるようで、その境目が丸見えになっている。歯と歯の隙間が開いたような感じだ。これはこれでいい。しかし、下手に赤い毛糸の帽子など被せると、汚しているようなものだ。しかも拭いても取れない。
 
 先日届いたNTTのひかりTVチューナーだが、まだ繋いでいない。掃除が先で、テレビを移動させないと、見えなくなったので、移動先にあるゴチャゴチャしたものを片付けている。これが結構面倒。いるものといらないものがある。それに、色々なコード類が、そこにある。掃除というより、他の場所へ移動させたり、ゴミとして捨てるものは捨てる感じ。これをじっくりとやるのではなく、いつも座っている場所から立ち上がったときだけにやっている。
 それで、テレビを置く台が置けるスペースができたので、あとはその箇所を雑巾がけする程度。テレビ台は木製の素朴なもので、千円ほどだと思っていたら1700円もしたが、同じタイプの小さいのに比べると、倍ほど板が分厚いことが分かる。だから、値段相当だったのだろう。
 非常に低い台で、そのため、テレビも低い目になるので、見やすくなるだろう。
 だが、問題は接続。果たして繋がるかどうか。
 
 今朝のお供のカメラはソニーのWX800で700ミリ越えの旅カメラ。世界一小さいはず。
 昨日はキヤノンの同タイプを持ち出していたが、写りはソニーの方がいいし、ピントも合いやすく、手ぶれも少ない。小さいのに健闘している。小さすぎるので、両手でしっかりと持つためだろうか。液晶もキヤノンよりも明るく、明るい昼間でもよく見える。
 これ一台あれば、ほとんどのものが守備範囲に入るのだが、写すとき、窮屈だ。撮影を楽しむというより、とりあえず写し取る感じで、町中でも撮しやすい。目立たないためだろう。
 
 
   
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2020年01月15日

ひかりTV

■■ 2020年1月15日 水曜日 午前10時46分
 
 今朝は曇っている。青空も覗いているが、面積が狭い。そのため、陽射しもない。それと雨が降っていた形跡がある。気温はそれほど低くはないが、ひんやりしている。氷点下になっていても不思議ではない時期だが、最低気温は意外と高い目。年末の頃の方が低かったりする。
 今朝は遅起きで、まだ寝ていたいほどだった。遅起き分よく寝ていたはずなのだが、時間が長いだけだったのかもしれない。しかし、一度目が覚めただけで、よく寝ていたようだ。
 昼に行く喫茶店が工事中なので、昆陽の喫茶店へ行く。たまに行っているが、月に一度ぐらいだろうか。寒い時期は殆ど行かない店。
 距離的にはそれほど違わないが、遠く感じる。いつもの道よりも、馴染みがあるはずだが、通る頻度で馴染みが変わる。
 それで、しばらくは昆陽の喫茶店に行くことになる。ついでに昆陽寺に寄る。夕方から門が閉まり、通り抜けできなくなっているので、最近は寄っても境内までは入らなかった。昼間なら開いている。寺の敷地の広さはこのあたりでは最大だろう。平野部にあるのに、これだけ広い。その境内を横切る近道があり、夜中でも入り込める。その門を閉めたのだろう。
 近くに千僧があり、自衛隊があるが、千人の僧がいたのだろう。
 ここは来る度に写真を写しているので、もう珍しいものはなく、初めて見るものもないが、同じものでも違うカメラで写すと、少しは新鮮。構図なども、少しだけ違う。
 カメラの試写にはちょうどで、街中と違い、好き放題にカメラを向けることができる。
 まだ、一人では来られない頃から、来ていたようだが、あまり覚えていない。仁王さんが怖かった程度。どの寺よりも、馴染みのある寺。
 寺なので、それほど変化はない。変化したのは本人かもしれない。まあ、その間、お堂を建て替えたりしているので、少しは変化はあるが。
 
 昨日は宅配便が来ていた。カメラではない。時間指定していないし、日も十日ほどで届くとなっていたが、早く届いた。チューナーだ。NTTから送られてきた。
 これは電話勧誘に、まんまと引っかかった感じだが、NTTからではない。インターネットのいつもの朝日ネットからだ。
 所謂ひかりTV。そのお試し版。しかし、試すにはチューナーがいる。これはレンタルだ。しかし二ヶ月間は無料とか。その間に解約すればいい。その場合、一円もかからないが、チューナーを送り返さないといけないが。結構面倒だ。
 パソコンのモニターでも見られるのかと聞くと、線で繋げも見られるとか。
 パソコンテレビとは違うようだ。パソコンでテレビを見るときもチューナーがいる。そのチューナーにアンテナから来ている線を繋ぐ。太い線だ。針金だらけの。
 届いたチューナーは説明書や、コード類などを見ていると、やはり普通のテレビに映すのが基本のようだ。チューナ側にリモコンがある。
 チューナーと、いつものネットのモデムをLANコードで結ぶ。無線ではない。まあ、モデムにも有線接続の穴があるので、問題はない。その距離を朝日の人が聞いていた。8メートルほどモデムとテレビの間にあるかどうかと聞いてきた。遠いとランケーブルが届かないわけではないが。それで同梱されていたLANコードは非常に長い。一メートルもあればいい。
 テレビ側には接続用の同じ穴が二つある。音声関係の端子も。よく使うのは、映像も音も一つでできる穴だろう。このサイズが、テレビ向けなので、パソコンについているミにサイズとは違うので、変換する必要があるだろう。または一方が大きく、一方が小さいタイプのコードに。
 それで、確認したのは、そこまでで、全体の配線だけ。
 しかし、テレビはほとんど見ていない間に、見えにくい位置になってしまった。大きい目のモニター一体型のパソコンがでんと目の前にあるので、液晶テレビが半分しか見えない。以前は両方見ることができたのは、パソコンモニターの位置が違うことと、大きいことだろう。
 それでパソコンは動かせないので、テレビを動かすことにする。少し横に移動させればいいが、台からはみ出る。既に一杯一杯。この台は家具なので、動かせない。
 そこで、テレビ台を買うことにする。これはTVの足箇所だけの台で十分だが、よく通る日曜雑貨屋で木のテーブルが売られていて、いくつか持っている。500円ぐらいだ。風呂場で座る椅子程度のものだが、お膳にもなる。
 それを思い出し、昨日はそれの長いタイプを買いに行く。雨が降っているためか、いつも外に出していたのが消えている。
 店内に入り、それを出してもらう。千円までだろうと思っていると1700円。ポケットには千円札一枚。万札を出すと、釣り銭がないような店。
 以前買ったものよりも、木が分厚く、表面が綺麗。そして倍近い長さがあるので高いのだろうか。
 この木の台、作っている場所を知っている。刑務所ではない。その近くに、もう一軒金物屋があり、そこで組み立てていた。それと同じものだが、そこでは売っていなかった。
 だから500円だった。その金物屋の自家製木製台の家が取り壊されている。古いし、主も亡くなったのかもしれないが。
 だから違うところから仕入れてきたものだ。だから元々高いのだ。小さくても、大きくても。
 小雨だが、それを包む袋がないようで、紐を巻いてくれるようだが、自転車なので、手提げは必要ではないので、そのまま自転車の後ろの籠に突っ込んだ。幅はそんなものだ。テープもレシートもない。ただ、店の前まで来て、大丈夫ですかと、見送ってくれた。
 接続する前に、まずは置き場所を確保から。こういうのは上手く接続できなければ、嫌なものだ。
 難しいものではないが、繋がる保証はない。LANコードも古くはないはず。
 その前にTVを横へ持って行くだけでも掃除をしないといけない。台を買っただけではすまない。
 ひかりTVで何を見るのかは二の次。だから、そちらの方はまったく分からない状態のまま。
 普通のネット配信のものと、ひかりTVのものとはどう違うのか、等々、疑問点も多い。そして、いいのは課金されるのだろう。無料で見られるものは、普通のネットでも見放題であったりしそうだ。まあ、そちらも新しいものは有料だが。
 そのため、古いもので、いいのがあるかもしれない。
 最近テレビを見ていないので、いい機会だ。
 TVは地上波だけで、見るのはNHKだけなので、多チャンネルをどう見るかだ。
 テレビは見ていないと言いながら、YouTubeなどで、結構見ていたりする。古い番組の一部だが。
 ネット時代のテレビ。どうなるのだろう。
 
 
 
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2020年01月14日

喫茶店

■■ 2020年1月14日 火曜日 午前9時38分
 
 今朝は晴れているが、寒い。晴れているので寒いはず。特に朝夕は。昼間はそこそこ暖かいのではないかと思える。昨日がそうだった。意外と朝の印象とは違い、いい感じだった。これなら自転車散歩に行けるほど寒さがきつくなかった。
 夏場は朝はいいが、昼は外に出たくないほど暑くなる。いいのは早朝だけだったりする。このあたりも夏と冬とでは逆転する。
 朝から暑い夏があるように、昼も気温が上がらず寒い冬もある。まあ、冬は寒いので、昼間も当然寒いが、朝夕よりはまし。
 こういう気温の変化、四季の変化は行きっぱなしではなく、今後ずっとそんな状態になるのではなく、戻るので安心しているのだろう。ずっと冬ばかりが続くわけではなく、やがて春が来て、夏になる。行きっぱなしではなく、また夏に戻り、また冬が来る。だから安心というより、それほど深刻には考えない。ただ人の一生と言うのは一回きりで、戻ることはないし繰り返されることもない。行きっぱなしということ。
 今朝はいい感じで起きてきた。まずまずの時間だ。いつもよりも、少しだけ早い。ほんの少し。
 これは早い目に寝たためだろう。それほど時間は変わらないのだが、心持ち早かった。それで、起きる底値が上がったのだろうか。
 そして今朝は寝起きすぐに行く喫茶店が定休日なので、週に一度だけ行く個人喫茶へ。
 これは覚えているものだ。今日が火曜というのを。定休日ができたのは最近のことで、最初は忘れていて、店の前まで行ったりした。今日が火曜だという意識が最初からないためだ。最近は喫茶店が休みの日と火曜とが繋がったようだ。だが、火曜を思い出す前に月曜が先に来る。昨日は月曜だったので、今朝は火曜という風に。週の頭は分かりやすい。日曜ではなく、月曜が週の頭。
 昼の喫茶店がリニューアル工事で一週間ほど休みになるようだ。そんな貼り紙はなく、口頭で言われた。開くのは来週。日や曜日を教えてくれたが、聞いたときはピンとこなかったが、一週間後ではないか。それで、工事の始まる日はいつかを忘れた。最初に教えてくれたのだが、曖昧。まあ、明日からだろう。だから今日から休みのはず。一週間先から始まる工事をわざわざ言わないだろう。
 常連客だけに教えてくれたのかもしれない。
 正月でも開いていた店で、年中無休。絶対に開いている店のはずが、そうでもないのだ。店はテナントの一つ。以前洋服屋だった。だから天井のある扇風機とかも、そのままだ。
 まあ、改装が必要なのだろう。踏みとたわむ床がある。毎日営業中では工事はできない。定休日にできる程度の工事ではなく、長くかかるようなので、大きな改装のようだ。
 それで、昼に行く喫茶店がなくなる。少し遠いが、たまに行っている店があるので、そちらへ行くしかない。方角が逆なので、沿道も違う。
 
 スーパーで先日買った菜の花が柔らかくて美味しい。茎は菜の花なので、太いのだが、嘘のように柔らかい。新芽のためだろう。菜の花のつぼみが少しだけ付いている。まだ、菜の花が咲いているのは見かけないので、何処から仕入れたのだろう。
 桜などは葉が落ちたときから既に芽のようなものが出ている。小さな膨らみだ。これが徐々に大きくなり、色が付き出す頃は春先。一気に咲くのだが、まだ小さな塊程度でよく見ないと分からない。また蕾に毛の生えている木もある。寒いので毛で覆っているのだろう。
 これからが真冬なのだが、既に春を待つ植物は用意している。寒さはこれからだが、日の長さは既に長くなっており、春へ向かっているのだろう。だから冬の底は冬至あたりではないかと思える。気温ではなく、日照時間。折り返し地点だ。
 
 
 
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2020年01月13日

十日戎

■■ 2020年1月13日 月曜日 午前9時59分
 
 今朝は晴れている。気温は低い目だが、陽射しがあるので、何とかなる。しかし、最近の最低気温はそれほど低くはない。このペースだと暖冬かもしれない。しかし、冬は冬。たとえ暖冬でも寒いことは寒い。暖かい冬は存在しないのではないか。冬ではなくなるので。
 今年は冬の初め、秋の終わり頃に薄い目のダウンジャケットを買っただけで、本格的な真冬ものは買っていない。去年買ったので、それを着ている。一着お気に入りの最強の防寒ジャケットがあったのだが、ファスナーが壊れて、駄目になった。金属製は壊れやすい。しかし、樹脂製よりも筋がしっかりしているので、上げ下げしやすいが、歯が曲がったりする。壊れる理由は噛むためだろう。レールにかかっている生地と噛む。これはカバーのようなペラッとしたもので、レールカバーだろうか。それとクニャッとしているときに上げ下げすると、都合が悪い。張りが必要だ。
 今年は早い目に真冬並の服装にしたので、もうこれ以上の厚着はない。まだ、手が悴むほどではないので、これからだが。
 晴れているが、寒いので、出るときは気合いがいったりする。起きるときものだ。起きてしまえばどうもないのだが。また、外に出てしまえば、どうもないが。まあ、冬なので、多少寒いだけの話。
 初詣も、近所の神社前を通過しただけで、しかも日常移動範囲内。十日戎も、近所の神社で、その欠片のようなものを見ただけ。
 大きなエビッサンが西宮にあり、川を渡れば行けるのだが、ここは初詣で何度か行っただけ。
 大阪のエビッサンの方が露店が多かったりし、違う町のようになっている。そんな道があったのかと思うほど、店屋が並んでいた。これは賑わいを見に行くようなもの。
 えびすを祭った祠とかは探せばそこそこある。そこの地名を付け、何々えびすと呼んでいる。
 メインは商売繁盛。露骨だが、直接的。その効果があるのかどうかよりも、気合いを入れにいくのだろう。そして福ササなどを持ち帰らないと、逆に悪いことが起こりそうな気もするが。縁起物なので、いい縁起を付けるため受け皿を新たにするために行くのだろう。去年の縁と今年の縁は違うはず。だから、今年版の縁起をもらいに行く。
 しかし、ほとんどの人は祭り騒ぎを楽しむ。露店や夜店を楽しむ。縁日を楽しむ。ただ練り歩いているだけ。ただ移動しているだけだが。
 西宮戎へ行った頃、持って行ったカメラを思い出した。オリンパス最後のメタル一眼レフだろうか。AF一眼レフになっており、カメラの形が変わりだした頃。
 OM3か4かは忘れたが、オート機の方だ。それの特殊金属版。名前は忘れた。これがOM系の最後だと思える。レンズもそのとき、中古で買っている。梅田駅前にカメラの河原があった時代だ。友達が働いていた。買ったのは28ミリf2と明るい広角レンズ。中古でも高かったが出物だ。
 この組み合わせ、あまり使わなかった。
 それよりも、デジカメが出始め、そちらの方がフィルム代がいらないので、画質は悪くても、そちらへと向かった。35万画素時代だ。
 この時代のギリギリ写っているという感じがよかったりする。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたのだが、少し遅いので、朝の喫茶店からの戻り道散歩をすると遅起きしたときと同じ時間帯になってしまう。それで、早く起きるため、早い目に寝たのだが、寝付けない。やはり眠くなってから寝るのがいいが、それをすると、どんどん寝る時間が遅くなるので、寝ると決めた時間を少し早い目にする程度。これは昨日からやっているが、あまり効果はない。
 日が少し長くなったのか、夕方行く喫茶店の道が少し明るい。出るとき分かる。いつもはもう薄暗くなっていて、夜に近いのだが。
 春が来る前に真冬が来るので、春待ちはまだ早い。
 
 
 
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2020年01月12日

P900の改良型がP950

■■ 2020年1月12日 日曜日 午前10時27分
 
 今朝は曇っている。雨が降るかもしれない。晴れが数日続いていたので、そんなものだろうか。そして、曇っているのに結構寒い。晴れている日の朝の方が寒いはずだが。
 雪の予感はなく、雨だろう。そこまで寒くない。しかし、一月中旬。雪が降ってもおかしくはない。本当に寒いのは一月下旬から。だからその近くまで来ているので、寒くなっても当然。
 今朝は早い目に目が覚めたのだが、起きるのが面倒なので、そのまま寝ていた。目を覚ましたとき、もの凄い時間になっていると覚悟したが、時計を見ると、それほどでもない。遅いことは遅いが、とんでもない遅さではなかった。しかし、夕方の喫茶店は暗くなってしまうが。
 昨日は昼寝を長くしすぎたのか、夕方の喫茶店の時間はすっかり夜。遅すぎるので、近所のコメダへ行く。自転車ですぐだ。夜道になるので、こちらの方が楽。しかし、沿道風景に見るべきものがない。神社や川とかがあれば、それなりに自然が残っていたりするのだが個人の住宅が並んでいるところは、どうも絵になりにくい。汚い長屋とか、アパートとかならいいが。それとか大きな屋敷とか。その沿道は農家もないので、大きな家もない。農家が売った田畑に建っているためだろう。農家は村の中心部に集まっている。農家が手放した田畑は村の端っこが多い。だから真っ先に田畑が消えて、家が建ったところだ。
 そして別個の不動産屋に売ったのか、一つの田んぼ単位で分譲。そのため、別の田んぼ跡との関係がない。宅地は、先ず道を作るところから始まるはずなのだが、その規模ではない。そのため、行き止まりや、袋小路が多い。抜けられないのだ。
 ただ、その中で一本だけ細い道が貫通している。農道だが、実際には有馬道という街道。長距離路線だ。この道が生きている。
 それで旧街道だが、昔は田んぼしかなかった場所なので、旧街道の面影は、細いのに、長く伸びている程度。また、街道規模も小さい。有馬道というのは複数ある。有名なのは有馬街道。それに並行したり、違うコースから有馬へ向かう小道がある。
 車一台が何とか通れる程度で、自転車は避けないといけない。だからあまりいい道ではない。車が狭いわりにはよく通るのは、裏道、抜け道ではなく、沿道に住んでいる人の家の車だろう。そこを通らないと、家に戻れないし、家から出られない。その有馬道に並行してバス道があり、車はそこを走っている。そして、その有馬道、細いので抜け道にならない。余計に時間がかかるだろう。自転車や人とすれ違ったり追い越す度に避けながら通らないといけないので、さっと走れない。
 このへんを散歩しないのは、抜けられないためだ。すぐに戻ってこないといけない。
 今朝は天気の悪い日曜日になったようだ。昨日は11日で十日戎の残り福の日。残り戎。本戎の翌日だ。それで朝の喫茶店の戻り道、その近くにある神社へ行ったのだが、幟は立っていなかった。十日だけやるのだろうか。小さな祠程度のお堂があり、そこにエビッサンを祭っている。
 毎年、そこでエビスさんのお面とかを買う人がいるのだろう。神社では売っていない。露店が一つだけ出ている程度。それを返しに来たとき、境内の片隅にゴミのように置かれている。それは今年もあった。色々なアイテム類、神社でも売っていたのかもしれないが、覗いていないので分からない。
 さらに正月飾りを燃やすトンドも常時やっているのか、注連縄をくべる子供がいた。もう終わりがけで、火も消えかかっていた。
 まだ、初詣に来る人がいるのか、提灯などはそのまま出ている。無印も多い。スポンサーが付かないのだろう。だから、折角寄付してもらった人のために、長い目に提灯をぶら下げているのだ。
 酒造が盛んだった頃は、それに関連する商家や、風呂屋とか、衣料品店とかで賑わったらしい。だから神社も潤ったはず。スポンサーが多かったはず。
 寒いが、その程度の散歩はできるが、朝の喫茶店から少し先へ行ったところなので、そこそこ早い目に起きた日は、寄り道できる。
 
 P950発売を意識して、P900で写している。
 少し重くなり、少し大きくなるのかと思うと、やや重々しく感じるが、重いペンタックスの一眼レフに高倍率ズームレンズを付けた程度だろう。この程度なら持ち歩ける。それよりも軽いかもしれない。一キロなので。P900より100グラム少し重い程度。100グラムの違いは大きいが200グラムのコンパクトカメラから見ての100グラムとは違い、分からなかったりしそうだ。その分グリップがさらに深く大きくなっているようだ。
 新製品のニコンミラーレスのグリップがいいとかの噂がある。それとファインダーだ。カメラの機能そのものよりも、こちらの方が大事だったりする。
 P900は思っているよりも暗いところに強い。感度はそれほど上がらないが、カメラが大きく重いうえ手ぶれ補正もこのクラス最高なので、ブレにくいのだ。それと開放だけはF2.8と明るいので高感度も必要ではない。普通の照明のある室内なら問題はない。
 このカメラ、一度かなり暗い夜道などで実験したことがある。感度は6000までしか上がらないが、やや望遠気味でもすんなりと写っている。ただスローシャッターになるので、動いているものは全てブレているが。
 それよりも望遠にしてもブレにくいのは凄い。これは受光素子が小さいためだろう。それとシャッターブレというのもない。
 ただ、ファインダーがいけない。結構暗い上、露出がまだ決定しない状態のままなので、シャッターボタン半押しにしないとよく見えない。薄暗いのだ。
 ただ、背面液晶よりも見やすい。昼間は背面液晶はよく見えない。これはどの液晶でもそうだ。それに比べて電子ファインダーはよく見えるように感じる程度。暗い場所では液晶もしっかり見えるので、手かざしで写せるほど。こんな蝦蟇ような重機のようなものでの手かざしは、一寸異様だが。
 まあ、このP900も買ったときは毎日鞄に入れていたほどなので、慣れれば負担にならない。これは兄貴分の1000が一キロ半あることを思えばの話で、全て比較しての話で、何々に比べて軽く感じるという程度。
 高画質を望むのなら一インチ系ネオ一眼がいいのだが600ミリが限界。一眼レフも600ミリ越えとなると、途端にバズーカーになる。28から600ミリ相当のタムロンのズームがあるが、それだけで一キロ近かったりする。しかし、それでもまだまだ600ミリなのだ。望遠としては序の口。P1000の3000ミリから比べれば、物足りないどころではない。
 ネオ一眼の相場は1200ミリあたりからが普通。ここからやっと小鳥がそれなりの大きさで写せる。当然、それほど近付かなくても写せるものがぐっと増える。これは道行く人なども含まれる。1000ミリを超えると、もう顔が分からないほど小さい。P900の2000ミリになると、写していること自体が分からないどころか、写している側も肉眼でも見えないのだ。これで、街中スナップをすると、立てない場所に立てる。そこまでワープしたように届くのだ。戦艦大和の46センチ砲だ。
 僅かな隙間さえあればレンズを伸ばして狙撃できる。だから、このタイプの高倍率ネオ一眼は撮影対象がグンと増えので、それだけでも値打ちがある。
 それと画質は、パナソニック、キヤノンなどよりも、P900系はかなりいい。まあ、画質は主観が入り、鮮明すぎるのも良し悪しだし、階調が豊かすぎて眠いのも、良し悪し。バランスがいいのがキヤノンだろう。ニコンはきつい目。所謂カリカリの解像力。猫の毛が一本一本立って見える。痒そうだが。
 だから受光素子の小さなカメラの写りとして、そういうチューニングがなされているのだろう。
 見た目はニコンの一眼よりも、鮮明だったりする。
 また、P900系はオート化が遅れており、カメラとしては素直で、AFの動きもシンプル。暗いところでのAFも早い。
 カメラを構え、少しゆらすと、巨大なレンズが唸り声を出す。手ぶれ補正をやっているのだ。まさに巨砲の砲塔が動く感じ。望遠端でも画面は動かない。これは見事なものだ。
 P900,これでファインダーさえよければ、もっと撮影が楽しめるカメラなのに、と思いながら、写りがいいし、安定感があるので、使っているのだが、そのファインダーがやっと大きくて解像力のあるものになったのだが今回のP950という新製品。長く待たされた。
 発売まで一ヶ月ほどだろう。
 
 
 
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2020年01月11日

一太郎2020

■■ 2020年1月11日 土曜日 午前9時52分
 
 今朝は晴れており、風もあまりない。吹いているが、強くない。弱い風なら風を意識しない。強くないと風を忘れている。影響がないためだ。
 風が強いと、花や木を写しにくい。揺れているので、ハイシャッターでないと止められない。所謂動体ブレ。
 ああ、ものは常に振動しているようだが。その状態はもうものとは認識できないが。
 晴れているためか、この時期のためか、寒い。少し暖かかったので、今が季節通りなのかもしれない。さらに、さらに寒くなっていくはず。ここからが厳しい真冬へと至るので。既に至り始めている。
 寒いと朝、起きるのが嫌になる。二度寝三度寝が楽しい季節だが、そこで楽しんだ分、一日が短くなり、しかも焦り気味になる。時計を見ると、遅くなっているので。
 まあ、二度寝で寝た時間も、その日の内。それで一日の一部をしっかりと使ったので、使い方の問題だろう。時間が消えたわけではない。
 今日は餅を食べる日らしい。鏡餅を。飾ってある餅だ。もう固くなって、何ともならないだろう。これを鏡開きというらしい。何を開くのだろう。そして餅をどうして鏡というのか。形が昔の鏡に似ているためだろうか。丸く平たいだけのように思われるが、敢えて鏡餅というには、それなりの謂われがあるのだろう。古い昔の鏡よりも似ているものがあるはず。または、最初から鏡に似せて餅をあのように丸く平たく作ったのだろうか。重ねるために平たくしている。これは塔だ。
 神社の御神体がある場所に鏡がある。それと関係するのだろうか。姿を写すものだけではなく、反射して光る。
 こういうのは色々と話を盛ったりできる。神話もそうだが、何ともでも作れたりする。一寸した関係で。中にはただの駄洒落だったり、語呂だったりする。
 餅を供えることは普通の家庭でもあったはず。神事だけではなく仏事でも。餅が団子になったりするが。
 しかし、正月の飾り餅は大きい。そして積み重ねている。餅を重ねる。こういうのも、意味があるはず。その上に何かを乗せている。昆布とか、みかんとか、干し柿とか。そうなると豊穣関係だろうか。
 こういうのは意味を知らなくても、子供の頃から何度も見ているはず。だから、イメージとして残る。形だけが残る。意味は最初から知らないままで、死ぬまで知らなかったりするが、それでも、その印象だけ、形だけはずっと残っている。お供え物の一パターンとして。そして飾り方のパターンとして。
 そして、現実の世界ではなく、別の世界と繋がっている。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。最初に目が覚めたときは、まだ早かったが、起きられる状態だった。しかし時計を見ると、早すぎる。それで安心して二度寝したのだが、起きたときは、まだ眠い。一度目のときはしっかりと目覚められたのに、二度寝のあとの目覚めはよくない。目を閉じると一気に眠りに落ちそうになった。それで起きられず、三度寝に入るが、これは短い。すぐにまた目が覚めた。寝てはいけないというのがあったためだろう。三度寝の時間は分からない。長いとかなり遅い時間になる。それでは何かと不便と言うことで、起きることにした。無理に。
 
 今年も一太郎の年貢を払う頃。別にレンタルではない。ただの更新だ。バージョンアップ。しかし、毎年。前バージョンとの違いなどほとんどない。だから新バージョンを買うのは、ジャストシステムを支えるためかもしれない。寄付のようなものだ。そうでないと、一太郎というワープロソフトが消えてしまう。よく今まで生き延びたものだと思うはず。
 マイクロソフトオフィスの中のワードがあれば十分だし、また印刷しないのなら、Windowsに入っているエディターより少しワープロ的なワードパットだけでも十分。
 しかし地方の固有の土地や町名、また郵便番号辞書や駅名などに関しては強い。町名などはよく変わる。駅も、新駅ができるだろう。その度に、更新がある。バージョンアップではなく、普通に。その更新が面倒なほど多かったりするが、必要な人もいるのだろう。
 その一太郎も35年になるらしい。だから今回の一太郎2020は35の名が付く。もうネタが切れたので、これを使うしかない。ワープロソフトなどもう一太郎5あたりで完成されたようなもの。一太郎3でも十分文章は打てる。しかもフロッピーベースで。
 一太郎の本体が入っているフロッピーの中にOSも入っている。マイクロソフトのMS-DOSだ。こんなものを勝手に一太郎が入れていたのだ。まあそうでないと、動かないので。まだウインドウズが出る前。だからサイズが小さい。一太郎本体のプログラムの片隅に十分入ったのだろう。それで、辞書もフロッピー。だから変換中音がガタガタする。フロッピーにアクセスしているのだ。まるで機関車。よく働いている感じ。
 今回の目玉はよく分からない。一太郎パッドのようなものが入ったことだろうか。これは以前にもあったような気がするが、スマホのアプリが入っているようだ。画像から文字だけを取り出し、テキストにしてくれるらしい。だからスマホかタブレットがないと使えない。
 肝であるATOKだが、予測変換で、長い文句もいけるらしい。よく使う言葉の最初の頭だけ打てば、それ以下は打たなくてもいいというやつの長い目のバージョン。定型文を打つ人なら、役立つだろう。同じようなフレーズを毎回打たなくてもいい。
 ATOKそのものの変換に感しての大きなアップはないようだ。さらなるAI化でやることがなくなったわけではないはずだが。
 今回の一太郎は、花子も含めて、今までより、こんなによくなったというようなネタがない。ネタは35年間出し続けたと言うこと。だからご祝儀として、寄付するような感じになるかもしれない。
 しかし、一太郎のインストールは時間がかかり邪魔臭い。
 
 
 
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2020年01月10日

ニコンP950の背景

■■ 2020年1月10日 金曜日 午前10時01分
 
 今朝は穏やかに晴れているようだ。風が弱いので、そう感じるのだろう。しかし、寒さはそれなりにあるが、最近は最低気温が高い目のようだ。最高気温は高くはないが、最低気温が氷点下にならないで五度ぐらいで落ち着いている。だから七度とかそんな感じの日もある。これは最低気温で、常にではない。当然夜間。
 ここが年末までの寒さとは違う。最低気温が高い目なのは、何だろうかと思うのだが、最高気温は徐々に低くなっていくので、寒くなっているのは確か。昼間はそれほど暖かくはない。あたりまえだが、夜間の気温が低い目なので、昼間も上がりそうなものだが、そうではないようだ。
 曇っている日や雨の日は昼夜の気温差はあまりなかったりする。
 そのうち、グンと最低気温が落ちるだろう。そうなると、最近の最低気温の高さは今だけの特典かもしれない。空が荒れており、雲が乱れていたが。
 今朝は遅い目に起きてきたが、慌てるほど遅くはない。二度寝したく思ったが、食い止めた。時計を見て判断。ここで二度寝すると、もの凄く遅い時間になる。少し遅い時間と、もの凄く遅い時間とでは大いに違う。
 これから徐々に真冬の寒さがやってきて、本格的な冬に入る。これがしばらく続く。ちょうど夏場の暑い時期に入るようなもので、しばらくは暑い夏の日が続くのと同じ、暑い寒いの差はあるが、身体に応える暑さや寒さと言うことだろう。しかし、寒い方が耐えやすいようだ。暖房すれば、すむことなので。これは火のけがあればいい。夏はそうはいかない。
 正月からは完全に抜けたので、よくあるような平日が続き、週末があり、週明けがある程度。土日だけが少し目立つ程度。あとは平坦。
 寒いので、夕食後の徒歩散歩などはまったくしていない。それで夕食後は横になっていたりする。食べたあと横になると牛になると言うが、牛は働き者のはず。
 普段、移動で歩いているとき、足が重く感じ出せば、また徒歩散歩をすることになる。だから元気なので徒歩散歩するのではなく、具合が悪いから歩くようなものだろう。だから足腰が何ともなければ歩く必要はないだろう。逆に歩きすぎというのがある。
 歩いてはいないが、自転車に始終乗っているので、それなりの運動になる。これも、毎日乗っていてもペダルが重い日がある。足だけの問題ではないのだろう。
 
 ニコンから2000ミリまでのネオ一眼の新型が出るのだが、早く大きくて綺麗になったファインダーを覗きたいものだ。それだけのことかもしれないが。
 これはP900の後継機で、P1000とは関係がないようだ。P1000は3000ミリ。だから何よりも望遠レベルが決め手。これでクラスが違うので、P900の改良型。その改良の仕方がP1000のものを取り込んでいるという感じ。ファインダーなどがそうだろう。
 そのため、キヤノンのネオ一眼と同じような感じのアップ版で、こちらもファインダーが大きくなり、見違えるほど別のカメラになったように思えたほど。覗いてみないと分からないし、外観は同じだが。
 その前に出たニコンの意欲作であるミラーレスのファインダーがいいようだ。これは電子ファインダーの像倍率や解像力の問題ではなく、接眼レンズがいいのだろう。ニコンはレンズメーカーでもあり、眼鏡も出しているのだから、この接眼レンズが上手いのかもしれない。電子ファインダーの解像力や大きさは同じでも、この接眼レンズが悪いと、ファインダーを横から覗いてしまったとき、像が流れていたりする。真正面から覗けば何ともないが。接眼レンズも、数枚のレンズを使っている。ここでケチらないで、いいレンズを付ければ、ファインダーも見やすくなる。解像力は同じでも。そしてニコンの電子ファインダーは光学式のファインダーに近いとか。
 パナソニックのFZ1000というネオ一眼があるが、それのマーク2が出ていたのだが、こちらも大きな改良点はファインダーの見え方だったようだ。ファインダースペックはほぼ同じなので、接眼レンズ系を弄ったのだろう。それで、ファインダーから少し目を離してもよく見えるとか。また妙な角度で覗いてしまったときも、しっかりと見えているとかだ。
 さて、ニコンだが、900系の前にP600系があった。P600系の上位機。それが今はB系になっているが、P600系は1400ミリまでだが、非常に小さく、軽い。1400ミリと2000ミリとでは言うほどの差はないし、普段の風景なら、そこまで望遠に伸ばす必要はないのだが。
 この1400ミリまでのB系だったと思うが、それの新バージョンも出るかもしれない。P系がB系という新しい型番になってしまったのだが、P系ネオ一眼は結構出ていた。
 だが1400ミリと2000ミリの違いだけではなく、感度の上限が違うし、広角端の明るさが違う。当然写りも違い、2000ミリまでのP900の方がよい。特に条件の悪いとき。
 それと望遠端の写りがP900は非常にいい。本来望遠端は厳しくなるのだが、2000ミリで写したときも鮮明。
 ただ2000ミリまであるので、P950では最短撮影距離が5メートルになっている。まあ、遠いところを写すための2000ミリなので、それでいいのだが、2メートル先にある花などをアップで写すとき、2000ミリは使えない。ズームは当然できるが、ピントが来ない。これは分かっているので、まずまずの望遠になったとき、そこで止める。まあ、ここが2000ミリまでの望遠の盲点だが。
 それよりも、このカメラ、広角や中望遠もいい。そのとき、背面液晶で手かざしで写すときの安定感は、流石大きく重いだけのことはあって、しっかりしている。また、背面液晶だけで2000ミリで平気で写せる。
 コンパクトデジカメとしては大きすぎるのだが、小銃とライフルの違いがある。口径は同じでも安定感が違う。
 当然、ニコンの新製品のミラーレスよりも大きい。だから写すとき、堂々としたものだ。
 そしてガワは大きいが、そのわりには意外と軽かったりする。
 
 
  
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2020年01月09日

老眼

■■ 2020年1月9日 木曜日 午前9時24分
 
 今朝は中途半端な晴れ方だが、雨が降っていないだけまし。雲が多いのだろう。昨日ほどの暖かさはないが、風は弱い。昨日は荒れていたが、雨は降らなかった。朝方降っていたようだが。
 気温はまだ高い目かもしれない。一寸妙な感じだ。20度近くあったのだが、風が強く、自転車が横へ移動するような感じだった。だから穏やかで暖かい日とはまた違う。蒸し暑かった。
 そういう暖かさ、これも結構疲れる。寒い時期は寒い方が対処できる。寒い寒いと震えておればすむことだ。まあ、暖かいように暖房すれば、いい感じで、気持ちがいい。外ではそれができないので、あまり出たくないが。
 そのかわり、寒い外から部屋に入ると、ほっとする。
 一月も一桁台から二桁台の中旬に差し掛かっている。年末に言っていたように、あっという間だ。一週間は早い。だから大晦日の日から見れば一週間などあっと間で、正月三が日など、さっと過ぎ去る。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。朝まで一気だったようだ。特に疲れるようなことはしていなかったのだが。
 もの凄い遅起きよりもいいだろう。しかし、時間に余裕があるので、ゆっくりしすぎてか、遅起きの時の時間になってしまうことがある。夕方行く喫茶店の時間に、遅起きの時と同じになったりすると、早起きした意味がなかったりするが、まあ、ゆっくり過ごせたのだから、いいだろう。
 夕方前に行く喫茶店がちょうど夕方ならまだいい。夕焼けを見ながら行ける。最近は暗くなってから行っていたので、夕焼けは終わっていた。
 昨日は見ることができた。これはただの明るさの問題で、暗いと遅いと感じてしまう。
 日は長くなり始め、夕方も遅い目になるはずなので、同じ時間でも、季節によって違いが出る。やはり明るい方が一日が長く感じられて得だろう。
 
 老眼は進むものだが、後退している。そのため、老眼鏡が合わない。きつすぎるのだ。それで、スーパーの前で千円ぐらいのがずらりと露店のように並んでいるのを見て、度数を見ていたのだが、同年配の人が来て、百均で買えるのに、千円以上するとはぼったくりだと話しかけてきた。その一言を発したまま去ろうとしていただけだろう。
 しかし、百均のはアクリルで、ここのはガラスで、しかもいいガラスを使っている。その差だというと、何でもいいから見えたらいいとか。
 しかし眼鏡屋で買うと3000円前後。だから千円は安いので、これはこれで、危なっかしい。
 上新でもメガネが売っている。モニター対策用ではなく、老眼鏡だ。遠いところと近いところを見たとき云々と説明がある。軽く色が入っているのもある。
 最近は裸眼でパソコンモニターの液晶を見るようになった。眼鏡はかけているのだが、裸眼の方がよく見えるのは、老眼鏡が合っていないためだ。だから、度数を落としたのに変えないといけない。一度落としたのを買ったのだが、それではまだきついのだろうか。
 いつも持ち歩いているノートパソコンのモニターも、裸眼で何とか読めるようになっている。以前なら眼鏡を忘れると、何もできなくなり、タイプするにしても、指先だけが頼り。どういう文字となっているのかが見えないので、指先が間違わなければ、自動変換で多少誤変換されるが、打ち込める。このとき、誤入力のときは指先が何となく感知している。指の動きが少しおかしいと。
 今はモニターは裸眼でも何とか見える。しっかりとは見えないが、認識できる。だから眼鏡を忘れても大丈夫だが。
 
 今朝のお供のカメラは最近使っているキヤノンの一番安い一眼レフにキットレンズ。85ミリ相当のを正月に買ったので、そればかり使っていたが、今日は標準ズームを付けて出た。こちらの方が最短撮影距離が短くなるのと、広角が使えるので、利便性が高い。85ミリ相当F1.8に比べボケ具合は低いが、それほど違いはない。
 この組み合わせの方が実用性が高い。まあ、セットもので買ったので、ボディーの色とレンズの色が同じ。
 これは売り方だろう。よくあるのはダブルズームキット。望遠ズームが付く。こういうのを買うと、望遠ズームしか使わなくなる。本来は逆で、望遠ズームを使わない人の方が多いはず。
 ところが標準ズームしか付いてこないので、それを使うしかない。まあ、ずっと前に中古で買ったイオスキッスX2という古い先代に付いてきた望遠ズームがあるので、使えるのだが。
 それと、標準ズームだけのセットの方が安い。実際にはダブルズームキットを買ったほうが、別売りで買うよりもレンズ代は安くなるが。
 それよりも、このカメラの使い方は、標準ズームだけで写せというような感じなので、それがいい。
 一眼レフを買っても、この標準ズームしか使わない人も多いだろう。所謂初心者。これよりも広角、これよりも望遠、これよりも明るいレンズ、などの要求がまだないような。
 どちらかというと、望遠を付けるとカメラが大きくなってしまう。だから持ち歩きにくいし、スタイルも悪くなる。
 小さな一眼レフなので、小さく軽く済ませたいというのがある。そしてある程度の守備範囲があり、それなりに広くとか、大きくとかが調整できるズームが好ましい。
 だから85ミリ相当だけの単焦点は、狙いがなければ、写しにくかったりする。
 この28ミリから85ミリでも、通しでF2.8などは上級者向けだろう。しかし、大きく重くなるし、レンズそのものがボディーよりも高かったりする。
 このイオスキッスX9で軽快に、カシャンカシャンと小気味のいいシャッター音と共に写している方が気楽でいい。
 最大の肝は光学ファインダー。晴れているとき、これで覗くと、気持ちがいい。もの凄くよく見える。電子ファインダーだと、露出が反映して、自然な感じではなくなるためだろう。生の光が見たいと言うことだ。
 
 
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2020年01月08日

ニコンP950発売

■■ 2020年1月8日 水曜日 午前9時44分
 
 今朝は急に晴れたりしている。路面はびっしょり濡れているのに。陽射しはあるが、黒い雲がある。青空が覗いているのだが、何か不安定。そして蒸し暑い。寒くはない。気温が高く湿気があるのだろう。真冬の上着で真冬仕様では蒸れる。
 しかし、陽射しがあり、青空があるだけでもいい。雨が降っているよりも。
 こういう日なら自転車散歩も楽。しかし、いつ降り出すか分からないような妙な天気。それだけ空に変化があり、単に青空が拡がっているだけではないので、いいかもしれない。
 朝方雨音がしていたので、今朝も雨かと思っていたのだが、予報では晴れるはず。しかし、雨が降っているので、あまり起きる気がしない。時計も見ないで、そのまま寝てしまった。
 朝方目を覚ましても時計を見ないときは、起きる気がないため。朝であることは暗いので分からないが、大凡そんな時間だろうというので分かる。眠った時間で。
 昨日は雨で傘を差す指が冷たかったのだが、今朝はそんなことはない。暑いほど。
 昨日は夕方になっても、まだ雨が降りそうなので、本当に天気の悪い寒い日だった。それに比べると、今日はましだろう。真冬に向かっているはずなのに、暖かいのだから。
 それで今朝は早くはないが、まずまずの時間に起きてきた。寛容範囲内だ。この時間に起きると、早い目に用事を済ませると、一日が長くなり、遅い目にゆっくりすると、一日が短い。遅く起きてきたときと同じになる。だから加減できる。
 正月もあっという間に終わり、もう正月とか、元旦とか、新年とかの雰囲気は町から消えている。普通の平日。ただの一月半ばになりつつある頃、という感じ。それで、年末年始のことを思い出すと、もう遠い昔のように思えてしまう。年の初めはいいが、年末のことなどは既に去年のことになったのか、遠くなった。もう昔の話、と言うほどではないが。
 お年玉で買ったキヤノンの一万円少しの大口径85ミリ相当の蒔きレンズが結構いい。これで暗くなっても、夜景などを写している。感度も自動的に高く上がるし、レンズも明るいので、好き放題に写せる。ただ、手ぶれ補正はないし、ピントが非常に浅いので、ピント位置が大事。
 何処かへ出掛けたとき、この一本のレンズだけではもったいないし、写せないものがあるので、頼りないが、日常移動での沿道を写す分には問題はない。不便だが、その不便を楽しむようなもの。
 新年明けてから軽く自転車散歩をしたが、遠出ではない。寒いので、長距離ものはしんどい。しかし、今日のような暖かい日があるので、そう言う日は行けるだろう。いつか分からないし、天気はよくても、行く気がないと、行けない。
 
ニコンP950発売
 待望のニコンのネオ一眼P950が出る事になった。発売は二月。すぐだ。
 4000ミリまでの超望遠が付いているのがp1000で2000ミリまでのがP900。
 P900のあとに出たのがP1000だが一キロ半ほどある。これは持てない。いずれもコンパクトデジカメだが、この重量はコンパクト系では最大だろう。ただし受光素子は1インチではない。そのサイズでは3000ミリまでの望遠は付けられないだろう。
 P950はその中間。型番だけで分かるが、P1000とP900の良いところ取りをしている。期待していた通りだ。
 P900が出てからかなり経つ。数年だ。そろそろと思っていたのだが、かなり遅かった。実際には出ないと思っていた。1400ミリまでのが売られているので。
 良いところ取りとはP1000の大きなファインダーが、P950には付く。P900の弱点はこの電子ファインダーだった。ズーム比は問題ではない。2000ミリと3000ミリとではそれほど変わらない。ただし、重さは一キロになっており、900グラム近かったのが大台に乗ったが、まあ、その程度ならいいだろう。電子ファインダーが大きくなったので、その重さになったのかどうかは知らないが。
 このクラスの高倍率ネオ一眼、キヤノンのSX70が安定している。ファインダーが大きい。操作性もいい。だからどうしてもP900を持ち出すより、キャノンを持ち出していた。だが、写りは確実にニコンの方がシャープ。まあ、ニコンはきつすぎるかもしれないが、写りは怖いほど鮮明。
 手ぶれ補正が非常に効いているのがP900系で5段。それが今回は5段半に伸ばした。何せ2000ミリを含むので、それぐらいは必要だろう。
 この手ぶれ補正、ニコンの1インチミラーレスニコン1で使われていたものらしい。ニコン1は製造をやめている。その資産を使った手ぶれ補正方式。そしてAFも少し変えてきたようだ。ニコン1に近いかもしれない。
 ニコンのコンパクト系はAF自動認識とかのAI系が弱い。だからバタバタしないので、好感が持てるが、今回は被写体自動認識でフレームで囲むようになったようだ。それまでは近いものとかコントラストにあるものに合わそうとしている感じ。そしてそれもほとんどなく、中央部一点が非常に多かった。だから大人しいので使いやすかったのだが。
 P1000にあった鏡胴のズーム輪は採用されていない。どちらにしても電動なので、これがあるタイプのコンパクト系も、シャキシャキとズームしないし、微調整ももったりしているので、結局レバーの方が早かったりするので、鏡胴にズーム輪を付ける必要はないだろう。機械式ならいいが、これは従来通りでいい。鏡胴にズームレバーも一応付いているが使ったことがない。
 P900は単純明快のコンパクトデジカメの普及機レベルの操作性。シャッターを押すだけのカメラだ。電子ダイヤルやファンクションボタンがどうのというような機種ではない。
 今回は鏡胴部にダイヤルを仕込んでいる。瘤のようなもので、パナソニックのFZ300と同じタイプだ。ここに露出補正などを仕込めるはず。
 また追加されたのはAFとMFの切り替えレバーが付いたこと。これはP1000から来ている。ワンタッチで切り替えられる。マニュアルフォーカス操作も、その瘤のようなダイヤルでできるはず。FZ300と同じなら、もの凄く操作性がよくコントロールしやすい。
 しかし、実際にはAFロック代わりにそのレバーを回すような感じだろう。だからAFロックボタンの周囲にレバーがある。ピントを合わせたあと、これを回すと、マニュアルフォーカスになるのだが、ロックされるようなもの。微調整が必要なら、レンズ側の瘤で操作すればいい。まあ、そんなことをする機会は少ないだろうが。
 その他、背面液晶が3インチから3インチ半になった。タッチパネルとかにはなっていないはず。大きなカメラなので、タッチが苦しいだろう。保持しながら指を浮かすので。これは合っても使わない。逆に液晶に触れてしまい、誤操作になる。
 P1000から見ると、ぐっと身体を絞ってきた感じで、軽快になる。ヘビー級からライトへビュー級になったようなもの。だから動きがよくなり振り回しやすくなった。一キロなら持ち歩ける。
 レンズはそのままのようだ。スーパー何とかレンズが含まれており、ニコンの高級レンズにしか使われていないものを、コンパクト系に持ち込んでいる。だから写りがいいのはキヤノンと比べればすぐに分かる。キヤノンも新レンズでやりたかったようだが、途中でやめている。
 ニコンのコンパクトデジカメはトップだけがいい。だからPナンバーは確実にいい。それ以外は、動作が遅かったりする。
 Pナンバーとはプロ機だが、中身は簡単なコンパクト系で、凝ったものではない。ただ動作は素早い。
 結局は電子ファインダーと手ぶれ補正だろう。
 今回はAFも早くなっているようだし、シャッターを押してからのタイムラグも少ないとか。
 2000ミリばかりに目がいくが、広角での画質も結構いい。感度は6400までだが、手ぶれ補正がかなり強力なので、かなりの望遠でも2分の1秒で写せるほど。これは受光素子の小さなカメラなので、ブレに強いのだ。それとボディー内手ぶれ補正ではないが、電子式も一緒に動くようだ。受光素子が動くわけではないデジタル式。そのため、ファインダー視野率が99パーセントほどになっている。ズレを見込んでのこと。
 フルオート撮影では1600までしか上がらないが、プログラムモードでは感度オートの上限の6400まで行く。P900は3200で止まるので、6400は、指定してやらないと使えないので、不便だった。
 広角端はF2.8あるので、結構暗いところでも写せる。また、暗いところでのAFもかなり合いやすかった。
 今でもたまに持ち出して使っているが、鳥などを撮したときは、やはりこのカメラのシャープさが一番だ。
 そして普通の風景を写したときも、ニコンの一眼レフとキットレンズの組み合わせよりも鮮明に写っているので、これには驚いたほど。特に遠方が鮮明に写るのは超望遠カメラのためだろう。
 これは発売されれば迷わず買いだ。待っていたのだから。
 それで今朝は思い出したように、P900を持ち出した。たまに使っているので、バッテリーも十分ある。
 ファインダーは小さいのだが、見え方が光学ファインダーに近い。落ち着いており、ギラギラしない。だからファインダーが小さいだけだ。
 これで花などを写すと、広角近くだとピントが非常に深いので、楽。
 ニコンの一眼レフ路線は、今はキヤノンに買えたので、一眼レフより写りのいいP900系の新製品で、ニコン系を纏めた方がいい。このP900系の方がより濃いニコンの画質が出ているのではないかと思える。どぎつかったニコンの写りが。
 
 
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2020年01月07日

冬の雨

■■ 2020年1月7日 火曜日 午前9時06分
 
 今朝は雨で寒いし冷たい。この冷たいというのは雨で手などが濡れるためだ。特に指が。手も冷たくなっているところに、冷たい雨となると、寒く冷たいとなる。こういうときに限って、指とか手の甲などを自転車の部品に引っかけたり、ぶつけたりする。傘を取り出すときなどだ。
 手袋をすればいいのだが、今度は手袋が濡れて気持ちが悪い。それにポケットに仕舞えない。
 冬の雨は厄介だ。寒いだけでも朝、起きてくるのが面倒なのに、雨が降っていることが分かると、それだけで、布団から出たくない。雨の降る日の朝は気温は高い目のはずだが、今朝は低い。下手をすると雪になるような低さだ。
 しかし、今朝はまずまずの理想的な時間、狙っていた時間に目が覚めた。その時間を狙っても、目が開くかどうかは朝にならないと分からない。だから、偶然だろう。
 朝方に目が覚めることは結構あるが、いずれも早い。その時間に起きてもかまわないのだが、まだ早いと思い、また寝てしまう。
 今朝はいい感じの時間に偶然目が覚めた。雨音が聞こえるので、本来なら、起きたくないが、いい機会なので、起きる。滅多にこんないい時間に目が覚めないためだ。
 雨だし、それにいつもの寝起きすぐに行く喫茶店は定休日で、週に一度違う店に行かないと駄目。これも結構面倒。自転車で走るコースはほぼ同じだが、週に一度顔を出す店なので、何か妙な感じだ。他の店の定休日に流れ込んでくる客だし。
 しかし、それが毎週だと、週に一度いつものように来る客となるが、いつもとは、やはり毎日でないといけないような気がする。
 昨日と同じようなことを、今日も、そして明日もという感じが安定している。まあ、一寸したズレやばらつきがあって当然だが。
 正月は晴れが続いていたので、このあたりで雨が来ても不思議ではない。こういう雨が連日続くわけがないので、一度降ってしまえば、また晴れが続くだろう。しばらくは。
 雨ばかりだと、これは雨季だ。冬空は結構安定しているように思える。寒いだけで。
 今朝のお供のカメラは雨なので、ポケットに入るコンパクト系。中古で買ったパナソニックの1インチカメラ。まずまずの大きさで、ポケットに入れやすく取り出しやすいのは、フラットなためだろう。しかしこのカメラ、視度調整の歯車がよく動いてしまい、ファインダーを覗いたとき、ぼやけていることが多い。ポケットから取り出すとき擦れるのではなく、手を突っ込んでカメラを出そうとするとき、カメラの掴み所が悪いのだろう。掴む前にカメラに触れるのだが、そのとき、その歯車箇所を触ってしまうようだ。軽く回る。触れただけで。
 これは古いので、そんな感じだが、新しい目のパナソニックの同じタイプは回りにくいところにある。改善したのだろう。歯車の飛び出しが減ったので。
 まあ、このタイプのカメラで写すとき、面倒なので、手かざしで写すのだろう。小さいカメラを顔に当てて写すのはあまりいい感じではない。
 しかし、雨の日などはポケットに入るので、自転車に乗ったまま傘を差しながら煙草を吸いながらでも写せる。カメラを突き出さない限り防水性はいらない。液晶も回転しないタイプだが、何とかなっている。
 しかし、今朝はそれを持って出たのだが、写すようなことはなかったが、戻り道、折角の雨なので、雨の風景でも写すはず。濡れている路面程度だが。
 最近はキヤノンの一番安い一眼レフでよく写している。手にしたとき、この形のカメラが一番持ちやすく、構えやすい。グリップが飛び出ているタイプだ。見た目はよくないが、手が痛くならない。
 今朝、入った個人喫茶の前を昨日通ったのだが、角にあり、そこに人がいて、通りを写していた。カメラを見ると、非常に小さい。しかしファインダーで覗いての撮影。それがチマチマして、あまり良いものではないが、そのカメラ、遠目ながらも何となく分かった。先ずファイダーがアクセサリーシュー箇所にある。だから飛び出している。これは外付けの電子ファインダー。そしてカメラの小ささからキヤノンイオスM系だ。キヤノンの小さなミラーレス。そう思えたのは、撮影している人が、そんな感じのこだわり派のような服装スタイルのためだ。カジュアルだが、服装を決めている。それなりの上着で、それなりの鞄を持っている。
 小さなカメラを顔にくっつけているのが、どうも窮屈そうだし、無防備、後ろから後頭部をポカンと叩かれそうな感じだ。
 こういうコンパクト系での町写しは手かざしの方がいい。かざさなくても、少し下げて、さっと撮し、さっと仕舞った方がいい。
 さて、週に一度だけ入る喫茶店だが、いつもの店の常連が入ってきた。定休日なので、流れてきたのだろう。しかし、喫茶店は他にもある。むしろ、この店は高いし、また二番目に近い店。
 煙草が吸える店がほとんどで、煙草を売っている喫茶店もある。自販機もあるが、手渡しでも売っている。煙草屋でもある。だから当然店内でも吸える。
 だから、この周辺では喫煙難民にならなくてすむが。自転車を止める場所がない店は、しんどい。
 今朝は早起きしたのだが、雨では何ともならない。しかし、余裕のある一日になるはずだが、早起きした分、昼寝が長くなるはず。
 最近寒くなってきているので、寒さにやられそうだ。まあ、それが冬というものだが、外に出て移動するだけでも、結構厳しい。
 
 
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2020年01月06日

キヤノンの85ミリの続き

■■ 2020年1月6日 月曜日 午前10時21分
 
 今朝は晴れている。しかし、このところ寒い。朝が。
 夜も隙間風が入るのか、これは年中だが、その風が冷たいようだ。枕屏風のようなものがいるだろう。そのためにあるのかもしれない。
 夏など、寝ているとき、風など入り込むと、大歓迎だったが、全部開けていても、風など感じなかった。
 寒の入りらしいが晴れている日の朝は寒い。曇っている日の方が暖かかったりするし、気温も高い。雲が掛け布団になっているのだろう。
 いつもの寒さなので、毎年経験している寒さ。しかしまだ手が悴み、耳が痛いほどの寒さは来ていない。これからだろう。
 寒いのは一月の末あたりから二月いっぱい。そして三月に入っても、まだまだ。
 四月に入ると、少し緩むが、桜が咲く頃でも冬の服装なので、まだまだ。冬が抜けるのはゴールデンウイークあたりからだろうか。五月だ。だから冬服は長持ちする。夏服よりも着る期間が長い。
 春になったからといっても春物ではまだ頼りない。どかっとした冬物をまだ着続けたりするもの。夏服など梅雨の終わり頃からだ。
 そして梅雨の頃はまだコタツをしていたりする。決して北国の雪国ではないが。
 今朝は仕事始めのようで、ちょうど月曜日なので、区切りがいい。銀行なども開いていた。ただ、車の量が少ない。正月より少ないように思われたが、偶然その時間帯に大きな道を渡っただけかもしれない。
 久しぶりにしっかりとした陽射しがあるようで、日に当たるのもいい。
 冬は安定して晴れているような印象がある。天気がドタバタしない。たまに寒波が来て、荒れる程度。ただ寒いだけだ。一方的に寒い。
 年末に八百屋で一本百円の大きく太いのを買っていたのだが、それを大晦日の夜に煮たのが唯一の正月準備だった。正月に大根を食べる行事はないが、寒いとき、大根の炊き出しのような行事がお寺であったはず。無料だ。振る舞ってもらえる。まあ、おでんの大根だけ、に近いが。大根よりも、それを参拝客に出すときの容器の方が高く付くのではないかと思える。当然箸も用意しないといけないので。これは何に効くのかは忘れたが、風邪を引かないとかだろうか。
 それで、ほとんど使っていない重い大鍋。これはスパゲティーとかをゆでるときに買ったのだが、使っていない。非常に重い。怪我をしそうなほど。
 それで、弱火で、じっくり煮込み。かなり柔らかくなったとき、一つ一つをラップし、冷凍室に入れた。これで、当分大根には困らない。
 大晦日、何故大根を炊いたのか。それは早くしないとしなびてきて沢庵になるためだ。新鮮な内にやっつける方がいい。
 大根一本を買うと、半分ぐらいで、もうしなびてきて、筋が入ったりする。だからもったいないので、切ったやつを買っている。半分に。そして小さい目を。それはコンビニでも売っている。
 今朝も遅い目に起きてきたが、昨日よりもまし。かなり早い時間にしっかりと目が覚め、すぐにでも起きられるほど目が開いていたのだが、まだ早い。それで無理に寝たが、この二度寝、なかなか寝付けなかった。本当は二度寝したくないのだろう。しかし、時間が早く、まだ喫茶店が開いていないので、寝待ちするしかない。早すぎるのだが、起きる気満々で、さっと起きられる状態だった。
 そして次に起きたときは、もう遅い時間になっていたが、二度寝へ向かいそうになった。これが本来だろう。
 だから、早朝の目覚めは危険。しかし、仕事始めで、張り切って目を覚まそうとしたのかもしれない。だが早すぎた。
 
 キヤノンの85ミリ相当の明るい単焦点レンズで夜景などを写す。
 オート撮影での最高感度は6400まで上がるが、常に中望遠で写しており、しかも手ぶれ補正がないので、プログラムモードで写す。こちらは感度上限を上げられる。本当に薄暗いところではレンズが明るくてもスローシャッターになるためだ。
 上限を上げても、そこまで上がらないことの方が多い。暗くて見えないようなところを持ち上げるとき程度だろう。外灯で照らされている地面なら6400までで十分だが。
 カシャンというシャッター音が、カッシャーンとなると遅い目に切れるので、これは注意が必要。
 ズームなら広角側で写せばブレは目立ちにくいが、単焦点なので、何ともならない。まあ、手ぶれに注意してしっかり構えて静かにシャッターボタンを落とすという基本的なことをとやるしかない。手ぶれ補正がないのだから。
 しかし、夜道を行くとき、広角では小さくなりすぎて、見ていたものとは違うのだが、85ミリは流石に望遠が入っているので、狭く切り取ってくれるので、見たまま切り取れたりする。
 また夜道でなくても、普通の道を移動しているとき、中望遠の方が撮しやすい。広角では小さく遠くなり、余計なものが入り込むので、何を写したのかというのが曖昧になる。まあ、全体を写し取っているので、それはそれでいいが、ポイントがない。
 花などを85ミリで、この浅いピントで写すと、完全にボケボケ。一点でしかピントが来ない。こういうときは一点AFでピント位置を指定してやらないといけない。絞ってもそれほどピントは来ないし、面倒なので、オートのまま写している。流石に日中は開放にはならないで、ひとつかふたつ絞った状態になる。
 だが、このカメラ、自動認識するので、近いとマクロ撮影だと思い、その設定に持ち込まれることがある。
 また、何処で合焦したかにより、絵作りが違うようだ。細かくパロメーターを動かすようだ。たとえば日影でフラットだとコントラスト上げなどをやっているのだろう。
 買ったイオスキッスX9はシルバーボディーなので、黒のレンズが妙だが、短く、出っ張りが少ない。そして標準ズームよりも軽かったりする。
 最近よく使っているキヤノンのネオ一眼SX70の方が大きく重くなる。若干だが。
 こうして、単焦点の縛り付きの撮影をやることで、ズームのありがたさが分かる。
 しかし、ズームの85ミリ側では、単焦点の明るいレンズのようなふんわりとした背景ぼけにはならない。夜景などでのボケ方は、やはり明るいレンズだけのことはある。柔らかい。
 それと普通の被写体でも、写りの食い込みが違うようだ。
 小さな一眼レフに、小さなレンズ。かなり軽快。
 
 

 
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2020年01月05日

キヤノンレンズ85ミリF1.7

■■ 2020年1月5日 日曜日 午前11時05分
 
 今朝は正月三が日は明けているのだが、日曜で、まだ休んでいるような感じ。そして曇っており、肌寒い。元旦は寒いと予報ではあったが、今朝の方が寒そうだが、気温的にはそれほど下がっていない。数値だけでは分からない何かがあるのだろう。
 天気ではなく体調で体感温度が違っていたりする。今朝、布団から出たとき、寒かった。気温も低いが、寒々しさが違う。寝ていて冷えたのだろうか。腹具合が悪い夢を見ていた。
 身体の調子というのは日々変わるようだが、これはあまり変わらない方が安定しているのだろう。
 新年早々から鬱陶しい空で、これが三が日内ならいいが、正月が明けてからの冬空は、季節通りに厳しくなっていく。ますます寒くなる真冬へ向かっているのだから。
 正月の次は、春を待つしかないが、これは結構先の話だ。日だけは徐々に長くなっていくが、寒さはますます厳しくなる。
 今年、まだ米を炊いていない。ご飯は弁当とかで食べているが、朝は餅を食べるので、それで済んでしまう。早く食べないと、カビが生えるし、固くなるので、餅優先。それも終わりがけたので、今朝は久しぶりに炊きたてのご飯を食べることにする。寒い季節。ご飯が一番美味しかったりする。腹に何か入れたい場合、ご飯が一番だろう。それに暖かいし。
 ご飯はそのため、炊きたてがいい。スイッチが切れときに合わせて食べる、
 朝の喫茶店はすいている。少し遅い時間だったためかもしれない。初詣客もいないはず。ただ、三が日は混むので、この土日に参る人もいるだろう。すいている方がよかったりするが、もう神社は正月用のものは片付けていたりする。
 今朝は間違って、薄い方のダウンジャケットを着てきた。僅かな差だが、暖かさが違うし、首元が違う。しかし、少し薄いタイプでも分厚いタイプでも寒いときは寒い。いくら着込んでも同じということがある。まあ、今朝はそこまで寒くはないが。
 明日からは平日に戻る。正月ではなく、ただの一月に。
 
キヤノンレンズ85ミリF1.7
 キヤノンのレンズが届いたので、早速試写してみる。
 届いたのは上新からで、久しぶりの上新の段ボール。レンズは小さいので、骨箱程度。中の詰め物をのけると元箱。これも小さい。
 保証書とマニュアルが入っているが、マニュアルはキヤノンレンズ共通。そのため、買ったレンズの紙のマニュアルがない。スペック表だ。ネット上にあるので、問題はないが。
 しかし知りたかったのは最短撮影距離。これはレンズ側に書かれており、35センチ。受光素子面からなので、レンズ先端からではない。同じキヤノンのキットレンズの標準ズームなら85ミリ側でも20センチ少し寄れるので、それに比べると、少し長いが、その前のバージョンのレンズはかなり遠かったので、テーブル撮りはできなかったが、この新レンズはできる。
 テーブルものとは、テーブルと椅子があり、椅子に座ったままテーブルの小物が写せるかどうかだ。最短撮影距離50センチなら椅子の背もたれに身体を反らせれば何とかなるが、苦しい。40センチあれば、楽。35センチならファインダーを覗かなくても、背面液晶でも楽に写せる。
 来たのが昼過ぎの指定時間で、夕方までの時間帯だが、すぐに来た。
 それですぐにレンズを付け、試写。まあ、普通に写っているだけ。レンズが明るいと、ファインダーがもっと明るくなると思っていたが、それは昔の一眼レフだろうか。今の一眼レフのファインダーは最初から明るいのだろう。暗いレンズを付けても。
 ただ、そのボディー、イオスの一番安いタイプのキッスタイプなので、ファインダーは特殊なもので、プリズムではなく、鏡を貼り合わせてたダフミラー。そのためかもしれない。ファインダーの明るさはあまり変わらなかったりしたが、比べたわけではない。
 レンズが明るいので、感度を上げなくてもいい。しかし手ぶれ補正がないので、スローシャッターが厳しいだろう。それと広角ではなく、中望遠なので、ブレやすい。85ミリなので、望遠のようにぐらぐらすると言うことはないが、フィルムカメラ時代の50ミリなので、ラフに写す場合は15分の1秒あたりが限界だろう。手ぶれ補正がなければ。
 キットレンズの手ぶれ補正分は、レンズの明るさで取り返している。数段分ハイシャッターが切れるので。
 といっても絞り優先で使っているわけではない。オートなので、感度は自動。そのため開放にならないことも多い。暗くても絞ろうとし、感度を上げよとしている。このあたり、シーン自動認識が働いているのだろう。暗いから絞りを開けるばかりではなく、少し絞った方がいい被写体もあるので、暗いところでも絞りはバラバラだ。ただ、露出不足になるほど暗いと、流石に開放になる。
 部屋で数枚写したが、見事なものだ。そこは単焦点、これがズームより厳しければ、逆に問題だ。
 ピントが数段開いているため、背景がキットレンズよりもボケる。いずれもオートで絞りは触っていない。
 試写で数枚写しただけ。これは初期不良を見るため。
 そのあと喫茶店に行ったので、昼間の明るいところで写す。いつもの通り道だ。
 レンズを触らなくてもいいのは、ズームではないため、その操作をしなくてもいい。85ミリの画角は物のフォルムが見た目に近いらしい。50ミリだと、物と物との前後の重なりの距離感が同じになるらしい。肉眼のパースと近いとか。風景なら、50ミリが自然な距離感で、近くのものと遠くのものが肉眼で見たままなので自然。だが面白味のない画角だろう。いい風景でないとごまかしがきかない。
 85ミリは物撮りがいい。展開風景でもいいのだが、ある塊を写すときがいい。これというものを。だから日常の中で、これというのを切り取る感じだが、望遠ほどには迫れない。近付けばいいのだが、日常移動の道からの撮影なので、人の家の庭に入り込まないと無理だったりする。まあ、そのあたりは望遠の世界なので、85ミリではそれは期待していない。
 ポートレートレンズと言われているだけあって、人を写すときの距離が丁度いいのだろう。それほど近付かず、それほど離れていない状態で写す。
 イオスキッスX7は安いカメラなので、像倍率も低い。等倍ファインダーではないが、85ミリを付けると等倍になったりする。つまり肉眼で見た大きさと同じものがファインダーでも見えるということだ。まあ、素通しのガラスから見れば全部等倍に見えるが。だから写ルンですのファインダーが等倍だったりする。穴から見ているので。
 そのため、被写体を見て、カメラで、もう一度見た場合、しっくりと写せる。違和感がない。これが標準系の良さだろう。
 しかし、ありふれたものはありふれたようにしか見えないが。
 あとは85ミリで切り取ると言うことなので、見たときに、どの程度の範囲が写り込むのかを覚えればいい。ズームだと、忘れてしまった感覚だが。
 そのため、写す前に、ここからここまで入るだろうという予測が立つ。だからもう少し離れた方がいいとか、近付いた方がいいとかになるが、実際には近付けなかったり、離れられなかったりするものだ。だからズームの方が利便性が高いが、その代わり単純明快で、カメラ側を弄る必要がない。
 カメラと被写体との距離は、リアルでの距離感のようなもの。そういう現実なのだ。
 普段の撮影では望遠が多いので、標準系の85ミリは望遠寄りなので、50ミリや35ミリよりも、個人的には扱いやすい。
 自分にとっての標準レンズがあり、その画角は無機的には50ミリだが、実際に写す頻度から考えれば85ミリを多用している。これはキットレンズの28ミリから85ミリを付けたとき、一番使っているのは85ミリなので、既に分かっていることだ。
 ただ広角がないと、展開風景とかが写せなくなるが、ポケットにコンパクト系を入れておけばすむことだ。たとえばキヤノンのコンパクト系旅カメラなら24から1000ミリ近くある。そうなると、そのコンパクトデジカメだけで十分ではないかという話になるが。それを言えばおしまいだ。
 単焦点レンズは不便だが、その範囲内での縛りを楽しむことができる。超広角も、超望遠も禁じ手になり、少しだけ望遠気味のレンズだけで、芸をする。
 芸とは縛りの中でやるものだろう。
 風景をポートレートレンズで写す。これがいい。
 
 
 
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2020年01月04日

三が日明け

■■ 2020年1月4日 土曜日 午前11時28分
 
 今朝は流石に曇っている。陽射しはない。正月三が日何とか晴れていたのだから、それで良いだろう。正月は明けたが、土日にと休みの日が続くが、正月休みは仕事始めの頃まで休みのはずなので、この土日がズレてくれれば、もっと休めたかもしれない。しかし、三が日で正月休みは十分だったりする。これは休みが十分なのではなく、正月が三日も続くと、もう飽きる。
 正月のおせち料理などは、昔は正月三日ほどは炊事をしたくないので、作り置いたようなもの。しかし、すき焼きなど、鍋物は作るし、雑煮も作るはずなので、炊事はしないといけないだろうが。これは昔の話だ。ご飯も餅があれば良いではないかという話になるが、やはりご飯は必要。だから米を洗わないといけない。
 そして最近ではおせち料理三日間も飽きるだろう。いくら色々なものが入っていたとしても。
 このあたりで、カレーが食べたいとか、ラーメンを食べたいと思うようになるはず。それとか、パンとか。
 また三が日は何もしないで、正月気分のまま過ごすとなると、シャキッとしているのは初詣だけで、あとはだらだら過ごしていたのではないか。新年の挨拶で隣近所を回るということは少ないはず。親戚縁者が固まっている村なら別だが。
 ある程度年をとり、孫や曾孫がいる人なら、それらが正月から遊びに来て、のんびりできないかもしれない。
 いつもの寝起き行く喫茶店も四日からは平常通りになり、いつもの時間に開く。昨日は早い目に起きてきたので、まだ、開いていなかったが。
 だから今日から平常に戻るので、正月を言い訳にして、夜更かししたり、遅起きしたり、適当なものを買って食べるとかは、昨日まで。
 その証拠に、今朝などは遅い目に目が覚めたのだが、さらに二度寝しており、かなり遅い。
 今日はキャノンのレンズが届く日なので、指定した時間帯にいないといけない。いつもなら、その時間、昼の喫茶店から戻ってきた頃なので、確実にいる。だから、その時間を指定した。
 ところが最近は起きるのが遅いので、昼の喫茶店が遅くなり、戻ってくると、指定時間を過ぎている。少し早い目に戻ってくれば何とかなるが、今朝の遅起きでは、それも無理。
 ということは昼の喫茶店に行かないで、待つことになる。
 レンズを受け取ってから昼の喫茶店へ行けばいいのだ。
 朝の喫茶店から戻ってから指定時間まではかなりある。いくら遅起きでも。だから、時間が十分あるということになり、もっと遅起きでもよかったのではないかとなる。まあ、時間が余るので、朝の喫茶店からの戻り道に散歩がてら寄り道をすることができる。本来なら急いで戻るところを。
 だから正月、だらっとしていたので、時間の調整が必要になったりする。
 正月が明けたので、神社も静かになるだろう。行列ができていた神社へ寄るのもいい。この神社、いい気ではなく、いい木がある。それを見ているほうがよかったりする。
 正月三が日は終わったが、次は本格的な真冬が待っている。しかし冬至から少しだけ立つので、少しだけ日が沈むのが遅くなった。夕方前に行く喫茶店までの道では日は沈んでいて、少しだけ明るさが空の端にある程度。だから早く出ないと、夕焼けなど見られない。それが、徐々に見られるようになるはず。それには同じ時間帯に出ないと分かりにくい。
 どちらにしても、正月は終わり、普通の土曜日になっている。通り道にある村の神社を昨夕通ったのだが、既に提灯を閉まっていた。三が日とはいえ、三日目の夜は、もう終わっているという感じ。三日目の朝ならあったはず。だから三日目の夕方はもう初詣らしいない。神社は平日に戻っているので。
 露店で賑わう神社も、三日の午後あたりはしまいかけているだろう。明るいうちに撤退だ。
 それに近くの人しか来ない村の神社なので、もう参る人は参り終えたはず。二日あれば、充分という感じ。ほとんどは31日の深夜、年明けの時刻から人が来る。それは選挙の時にしか、見かけないような人達に似ている。投票に行くような人の流れに近い。
 ここは神主の家もあるので、神主も、睡眠不足で、疲れただろう。三日目の夕方前はもう寝ていたのかもしれない。早仕舞いだ。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのネオ一眼SX70で、最近、このカメラを見直している。特に写す目的がないとき、鞄に入れておくと、移動中に見付ける猫や鳥や花などをさっと写せるからだ。しかも非常に素早く、操作性がいい。ただしフルオートだが。
 また、移動中の道筋、昨日と同じような風景だが、たまに珍しいものと遭遇することがある。そういうときの対応力がこのカメラにはある。
 それだけのことだが、このカメラが一番その面では強い。
 
 
 
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2020年01月03日

お年玉レンズ

■■ 2020年1月3日 金曜日 午前9時54分
 
 今朝は少し雲が多く、濁ってるが、まだ晴れている。正月二日ほど晴れが続いたので、もういいだろう。今日もそれなりに晴れており、正月晴れとは言えないが、雨が降っていないだけまし。まあ、正月は、正月であることだけで、めでたく、そして晴れの日だ。この晴れは、平常とは違うので、逆に異様かもしれない。行事というのは異様なものだが、正月は何もしない方がいい。何も行わない方がよい。静かに新年を迎えるということで。この静かさというのが、大事なのかもしれない。だから騒いだりしてはいけない。
 今朝はいつもの喫茶店の開店時間が遅いので、その近くに個人喫茶に入る。まずまずの時間に起きてきたので、いつもの店を開くまで待つわけにはいかない。そのへんを散歩すれば、その時間になるが、昨日初詣で賑わう神社に寄ったので、二日続けると鮮度が落ちる。結局は人を見に行くのだが。
 二日続いていた遅起きから脱したようで、遅起きがいつもの時間の目覚めになる恐れはなくなった。しかし、元旦の朝はしっかりと早く目が覚めていたのだ。昨日もそうだし、今日もそうだ。しかし、寝た時間が遅いので、起きなかっただけ。頭は正月、新年を意識しているのだろうか。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたのは、二度寝がほどほどだったためだろう。二度寝は次に起きる時間が分からない。今朝は偶然いい感じの時間に起きたようだ。これはコントロールできない。
 昨日はかなり遅かったのだが、遅いついでに、喫茶店からの帰り道、いつもの神社まで行く。ここは寄り道の通り道。だから常に行っている神社。初詣ではなく初通りになった。境内を抜けただけ。自転車で抜ける抜け道がある。
 昼に行く喫茶店までの沿道にも神社がある。ここは馴染み深い地元神社に近いが、そこは前を通過しただけ。年末までに焚き火の薪を用意していたのだが、全部使い切ったようだ。一日持たなかったようだ。それらの薪は境内の木だ。伸びた枝などを業者が来て斬ったものの残りだ。正月用に残していたものと思われる。また、台風などで枝が折れたりしたものも、参拝客の暖用に燃やす。さらに御札とかも売っており、これを返すときとか、正月飾りとかを燃やすため、とんとというのをやる。そのときも蒔きが必要。生木ではなく、しばらく放置したものが必要。
 この「とんと」と言うを子供の頃から耳にしており、それは普通の焚き火のことを、とんとといっていたためだろう。まあ、町内の公道で焚き火ができた時代だが。
 煙が出てどうのという問題はない。蒔きで煮炊きしていたような時代なので、煙突から煙が出ていたのだから。
 流石にその頃は覚えていないが、竈からの煙突は残っていた。
 昨日はそれで、初詣客を多く見たのだが、何十年か前の貧乏臭い服装の日本人とは違っている。服装はカジュアルで、色目も軽快。
 カメラはパナソニックのネオ一眼を持って行ったが、望遠などではキヤノンのネオ一眼の方が素早い。ピントが早いのか、ズームしてもピントが合っている。パナソニックやニコンは途中でぼんやりしてしまい、被写体がよく分からなくなる。それとキヤノンはファイオンダーが大きく鮮明。この違いは大きい。望遠で人を写すとき、さっさと写さないと、目立つので、素早さが大事。
 
 昨日は正月二日目なので、元旦は大人しくしていたが、上新へ行き、お年玉をもらう。いや逆だ。玉を落としに行くのだが。
 先日買ったキヤノンの一眼レフは展示品だったが、その横にレンズが一本だけ置かれていた。お年玉ではなく、展示玉で、この玉を落としに行った。
 所謂キヤノンの蒔きレンズ。85ミリ相当の開放が明るい単焦点。実際には50ミリ標準レンズ。フィルム時代の安い方の標準レンズだ。だからF1.4ではない。手ぶれ補正はない。蒔きレンズなので、餌なので1万円台のレンズ。
 イオスキッスX9をここの展示品を買ったので、そのスペースがそのまま残っている。何も展示していない。自分が持ち帰ったので。残っているのはそのレンズだけ。ポカリとそこだけ穴が空いているのは、自分が買ったからだ。
 このお年玉を買うことにし、店員を呼ぶと、取り寄せになるらしい。現物はない。また展示品は売らないらしい。そうでないと蒔きレンズの役目を果たせないためだ。キヤノンの一眼レフを買えば、こんな安いレンズを付けることができるというストーリーになっている。
 しかし85ミリ相当のレンズを買うだろうかという話だ。50ミリとか広角系の単焦点なら分かるが85ミリは望遠過ぎる標準系。ポートレートレンズと言われているので、子供などを撮すときはいいのだろうが。
 店員が、取り寄せよりも配達の方が早いと言いだした。直接家に届けてくれるらしい。送料は無料。
 それなら上新ネットで買うのとかわりはなく、しかもネットの方が安いというと、端末で、さっと値段を確認し、その値段で売ると言いいだした。つまり一万円後半から一万円前半の値段までガクンと下がった。これこそお年玉だ。2万円ほど用意していたのだが、釣りは一万円近くある。上新でお年玉をもらったような気になった。
 しかし、正月二日目、初売りのときにこのレンズを買い、すぐに付けて写したかったのだが。配達となると、上新ネットと同じで間一日発送となる。だから翌日届かない。
 そのため、今日はまだ届いていない。明日だ。
 取り寄せ、店で手渡し、これはレジが混むのを避けるためかもしれない。
 この85ミリ相当のレンズ。蒔きレンズの代表で、評判がいいし、人気があるので、レンズも新型が出ていた。それを知らなかった。だから買ったのは新型の方。最短撮影距離が長いのが気になっていたのだが35センチまで寄れるようになった。あとは手ぶれ補正だが、このタイプはいらないのかもしれない。
 キットで買ったキットレンズは28から85ミリだが、ほとんど85ミリを使っている。ズームの望遠端なのでF5.6と暗くなる。それがF1.8と大口径になる。
 光学式の一眼レフを買ったなら、いつかはこれを付けたいと思っていた。なぜならファインダーも明るくなるし、50ミリ相当よりも像が大きく見え、そしてピントが浅くなり、ファイダーも生きる。
 つまり光学式一眼レフファインダーで覗いたとき一番美味しいレンズがこれなのだ。それにレンズは小さく軽い。
 フルサイズ一眼でなら50ミリになるが、イオスキッスでは85ミリになる。50ミリ相当にするには35ミリが必要。35ミリは広角ではないかという頭がある。いくら50ミリ相当でも。
 もうひと玉、キヤノンには小さく使いやすいレンズがある。38ミリ相当の準広角レンズだ。パンケーキレンズで、これは世界最小最軽量のX7の時に出たものだろうか。このレンズを付けるともの凄く軽い一眼レフの組み合わせになる。
 38ミリ。それは昔のフィルム時代のコンパクトカメラの標準レンズだ。一番この画角が多かったはず。
 まあ、28から85を使う方が利便性が高いので、そのレンズはいらないだろう。
 欲しいのはやや望遠気味の標準レンズで明るく小さいタイプ。一眼レフを活かすにはボケがポイント。コンパクト系よりもボケるので、ここを活かすのがいい。そうでないと、ネオ一眼で写したのとあまり変わらないためだ。利便性ではネオ一眼がいいので、85ミリ相当の単焦点は、より一眼レフらしいファインダーを覗きながらの充実感が味わえるだろう。
 これで、お年玉をもらったのか、落としたのかは分からないが、いい玉だ。正月にしか買えないだろう。こういうレンズは。玉を買う。正月らしい。
 
 
 
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2020年01月02日

元旦

■■ 2020年1月2日 木曜日 午前11時24分
 
 正月二日目。元日は一年最初の年だが、二日目となると、少し落ちるのか。三日目になると、さらに鮮度が落ちるわけではないが。
 正月三が日。何かあるのだろう。三日間というのが。
 お盆も都合三日か四日ほどある。迎え火から送り火までだが、正月三が日は序盤の三日間という感じになる。スタートした直後だ。他の行事でも数日に及ぶものがあるが、正月に関しては、特に何かをするわけではない。寺社ではやるだろうが。
 まあ、三日間休みがあるということだろう。
 この休みというのが最大の行事かもしれない。一番分かりやすい。
 今朝は昨日と同じで新年早々なので頭だけは張り切っているようで、いい時間に目が覚めたが、やはり早い目。少し早い。昨日よりは遅いが、それでも早い。普段でも、この時間目が覚めても実際には起きない。確実に二度寝。
 そして起きると、かなり遅い。それは昨日と同じ。遅すぎるのだが、どこか頭の中に朝に行く喫茶店の時間があったのだろう。いつもの喫茶店が二日目から開いているのだが、営業時間が遅い。その時間まで流石に普段は寝ていないので、開いていても行くことはない。
 しかし、できるだけ平日と同じようにしたいので、その時間まで寝ていたのだろうか。おかげで、もの凄く遅起きになったが、いつもの店に行くことができた。
 折角明けているのだが、客がいない。まあ、正月の昼前。ほぼ昼時に近いのだが、ハンバーガーですませるのは、あまり正月らしくない。これがクリスマスなら唐揚げを買いに来る人が多いのだが。
 今年は正月飾りがない。クリスマス飾りはあったのだが、正月物はない。音楽も正月とは関係がない。
 これで、今朝は遅起きしたので、予定していたその近くにある個人喫茶へ行かなくてもすんだ。高いこともあるが、あまり居心地がよくない。実際にはテーブルも広く、居心地はいい。値段分のことはあるのだが。
 まあ、正月なので、休みということで、遅起きになってもいいと思うことにした。新年早々張り切って早起きしても、別にやることがないし、外に出ても寒い。
 今朝も寒いと思っていたのだが、それほどでもなかった。ヘビークラスのコートを羽織ってきたのだが、暑苦しく感じるほど。
 昨日は無事、雑煮を食べることができた。喉に詰めないように、かなり柔らかく、溶けそうなほどにした。まあ、これはいつもそうだが、餅など滅多に食べない。しかし、餅はすぐにカビが生えるので、数日は雑煮が続くだろう。
 昨日は行く喫茶店がひとつ減ったので、間が空いた。昼の喫茶店に朝に行ったので。その朝も遅かったが。
 それで、朝の喫茶店の次が夕方の喫茶店になり、飛んだ。そのため、時間が空いたので、夕方までまだ時間があったので、行く途中、寄り道した。一寸した自転車散歩だが、近い場所だ。たまにしか行かないところで、長距離自転車散歩で出るとき通る程度。まだ出発して間もない場所なので、そこを目的地にするには近すぎる。
 意外と足を踏み込まない内野。ボールが飛んでこない内野。
 カメラはキャノンイオスキッスX9と標準ズーム。28から85までの縛り撮影。その画角の範囲内だけで写した。カメラが小さいし軽いので、一眼レフ撮影といっても軽快。
 しかし高い木の上に止まっているカラスは無理。ただ、85ミリ側で写すと、カラスがいる程度には分かる。ここはポケットに入る旅カメラを出して、写したが、1000ミリ近いので、流石にカラスはしっかりと写せた。この旅カメラはキャノン。実際にはこのカメラだけで十分。ただ、ファインダーがないので、望遠が写しにくいし、また液晶だけではターゲットがよく見えない。そして写した充実感があまりない。それだけのことだが。
 このあたり旧有馬道沿いらしい。旧街道沿いというのは古い家などが残っていたりする。その村落を越えて有馬へと進むと、すぐに伊丹城下に入る。その手前の村だろう。
 その近くに猪名寺があり、猪名野廃寺がある。その敷地内に猪名野神社がある。伊丹にある猪名野神社の親だ。ここから移転した。だからこちらが本家だが、祠程度の小さなもの。
 猪名野神社は宮前商店街などで賑わい。初詣もこのあたりでは一番大きな神社なので、屋台も出て、賑わっているが、猪名寺にある猪名野神社はさっぱり。誰も参りになど来ない。
 このあたり、猪名部氏という豪族の本拠地で。古墳群があり、埋葬されているのは全て猪名部氏ではないかといわれている。渡来人で、木工を伝えに来たとか。物部か蘇我か、どちらかは忘れたが、その傘下だろうか。渡米人なので、蘇我かもしれない。
 そして祭られているのはスサノウとか、よくあるタイプだろう。しかし、これは表向きのはず。
 猪名部氏の氏神のようなものがいたはず。そうだとすれば海外の神々だろう。
 まあ、仏様も異国から来たのだから、異国の神様には違いないが。
 もっと土着の、古くからいるその場所に根付いている神様を見たいものだが、そう言う形を取らないのが、日本の神様だろう。妖怪はいるが、神の座を奪われたのだろう。
 しかし、初詣に行く神社、御神体は何でもいい。それに、知らなかったりしても平気で拝んでいる。ここがいいのだ。有り難いものにはとりあえず手を合わせる。神というのは元々ひとつのものかもしれない。単に「かみ」なのだ。仏もそうだ。「かみさまほとけさま」で括ってしまえる。
 
 
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2020年01月01日

元旦喫茶難民

■■ 2020年1月1日 水曜日 午前11時20分
 
 今朝は晴れており、少し寒いが、予報ほどではない。雨の元旦よりもいいだろう。
 それよりも寝起きすぐに行く喫茶店が問題。いつもの店は完全に元日は休み。それで、予定していたのはその近くにある個人喫茶。去年そこに入ったように記憶している。
 しかし、前まで来ると閉まっている。貼り紙では二日から平常営業とか。そういえばこの店いつ休んでいるのか分からない。定休日があるはずだが、そこまで見ていない。通りかからない日の方が多いので。
 それで、数年前はその近くにさらに喫茶店があったので三日ほどはそこに通った。しかし二年か三年前に潰れた。さらにその先にもう一軒あり、こちらはまだあるのだが、前を通ると、シャッター。
 さらに探せば珈琲館があるが自転車置き場がない。駅のどん前のためだ。煙草は吸える。しかし、開いているかどうかは不明。
 そのまま遠出すれば、開いている店があるかもしれないが、遠出する前に喫茶店に入りたいものだ。寝起きすぐに入るのがいい。
 ウロウロしていると、寝起きすぐが、起きてしばらくして、となる。
 それで、戻りかけたとき、開いている大きな店がある。ファミレス規模の喫茶店だ。所謂カフェ。喫煙マークもある。そういう席もあるのだろう。ここは白雪がやっているのかもしれない。その敷地があったはず。横に酒蔵があり、ここはドイツ料理店なのか、忘れたが、白雪だけあって海外の輸入ビールなどを置いていたりする。黒かったりする。
 客が多いはずなので、待ち時間が面倒。あとはコメダだろう。ここは夕方よく行っている。しかし、かなり遠い。家から近いのだが、方角的に遠い。ここも正月なので、満席かもしれない。喫煙席が少ない。
 それで、切り札の昼に行くショッピングモールへ行く。ここは百パーセント開いている。元旦から全ての店が営業。当然喫茶店も。ここの喫茶店は喫煙席の方が広い。満席はない。広いので。そして安い。200円台だ。
 それで喫茶難民は終わり、落ち着いて、この日誌を書いている。これが日課なのだ。だから、朝、喫茶店がないと、書けない。
 それで明日からはいつもの店の近くにある個人喫茶となるだろう。明日からは営業となっていたので。そしていつもの店も明日は開くのだが、開くのが遅い。悪の十字架と言うほど遅い。
 まあ、寝過ごせば、その時間に行けるだろう。
 今朝はかなり早い目に起きた。頭の片隅に正月が入っていたのだろう。張り切って早く起き、新年を迎えるため。
 それが作動したようで、いい感じの時間帯に目が覚めたのだが、頭はそうでも身体が拒否。起きかけたが、また寝た。そうでないと、新年早々睡眠不足気味になる。折角いい時間に目が覚めたのに、もったいないが、二度寝を選んだ。賢明な選択と言えるかどうかは分からない。
 これが朝まだ早い時間に喫茶店を探してウロウロでは寒いだろう。遅起きのおかげで、街も少しは暖まっていたので。
 昨日は夕方の喫茶店の戻りにスーパーで買い物。これはレジが厳しいと思っていたが、仕方がない。
 祝い鯛が半額。賞味期限の関係だろう。塩で固めているような焼き鯛。しかし、光沢が出てきており、カラッとした感じではない。焼き物の。
 安いが、避ける。今日も同じのがあるはずなので、後日にする。
 しかし、正月に鯛を食べる習慣はなかった。家では身の締まった寒ブリだった。ブリを焼いたのが出ていた。正月の御馳走は鯛ではなく、このブリだった。親の里の風習だろう。ある地域ではブリを食べる習慣があるのだろう。知らないで、食べていたが。まあ、切り身のブリはビフテキ並み。それより食べやすい。
 その寒ブリ三切れが結構安かった。これも正月用の縁起物コーナーにあったので、その風習を伝えているのだろう。
 それと餅を買う。これは伸し餅。これは正月用だろう。パックに入っていない。自分で切るのだが、既に切れ目が入っていたので、切った状態で、伸し餅状態の形をとどめて売っているのだろう。それの海老餅にする。
 昨日それを買ったので、今朝は雑煮ができる。
 正月は特別な日だが、日常を維持するという方向へ行ってしまう。だから正月でもやっている店などを探し回ったりする。できるだけ、昨日と同じように過ごしたいのだろう。これは慣性が付いているようなもの。物ではないが。
 年明け、年越しの瞬間は見ていなかった。時計を見ると、既に越していた。そして前日と同じように過ごしていた。寝る時間も前日と同じ。
 子供の頃、正月を楽しみにしていたのはお年玉。そして初詣も楽しみ。これは道沿いにあるおもちゃ屋が正月でも開いているためだ。ここで玩具を買うのが楽しかったのだろう。
 ブリキのロボットがあり、大きな下駄を履いており、ゼンマイ仕掛けで歩く。さらに目から光線を出す。このブリキの質感色合いなどはプラモデルでは無理。塗ればいいのだが、質感、重さ、などは無理。
 神社へ行く道筋におもちゃ屋は二軒か三軒あった。今は跡形もない。それと本屋は元旦から開いており、今朝行こうとした個人喫茶のその近くにあった。ここで少年月刊誌の巨大サンドイッチのようなのを買う。目的は漫画ではなく、付録だ。正月号が一番付録が多い。これは年に一度買うか買わないかだ。まだ少年マガジンもサンデーも出ていなかった時代だろうか。
 付録に単行本が入っている。漫画本だ。結構分厚かった。今は、何も覚えていない。ボール紙の付録の玩具を組み立てる方が楽しかったので。
 初詣はしていない。神社を見ても拝んだこともない。参拝するのが何となくわざとらしいためだ。
 しかし、正月の初詣、廃れることはなく、人出はかなりある。まあ昔は正月、行くところがないので、神社へ行っていたのだろう。
 寺でもいいのだが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 13:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする