2009年01月08日

「情報革命バブルの崩壊」山本一郎著

 起きると、朝に近い深夜になっていた。ファミレスはまだ閉まる時間ではないので、ゆっくりできる。
 このファミレスに一人で来ている女性がいる。いずれも中高年だ。そのうち二人は長居しているが、寝ているわけではない。座って寝ているのかもしれない。特に何かしているわけではない。食事にしては長い食事時間だ。
 三人とも、距離を取っている。
 逆に男性で、一人でじっとしている客はいない。まあ、酔っぱらって寝てしまっている客はたまにいるが、常連ではない。
 完全に家のない人もいるようだが、家はあるが、何かの事情で、外に出ているのかもしれない。毎日帰っているかどうかは分からないが、放浪しているわけではなさそうだ。荷物が少ない。
 一番年かさの女性は手押し車できている。これは確実に帰る場所がないのだろう。
 他の二人は、どこかで家に戻っているに違いない。また、市内で、キャンプが張れる場所はない。
 年かさで手押し車の女性は、完全にホームレスだが、金はあるようで、ファミレスで食事をしている。結構いろいろなものを頼んでいる。店としては普通の客として対応している。ただ服装はいかにものあれだ。
 この三人の女性は、市内でもたまに見かける。歩いているところをだ。それも十年以上前から見かける人もいる。長いキャリアだ。この女性は一番若い方で、ファーストフード店や喫茶店でもたまに見かけた。こちらもお金はあるようだ。

「情報革命バブルの崩壊」山本一郎著 文春新書を買う。
 いつもの本屋の新書コーナーはジャンル別になっているので、ネット関係は探しやすくなった。また、新刊として出た場合も、増えているので、すぐに分かる。ただこの本は新刊として、棚の下で平積みされていなかった。
 グーグルとかは何だったのかと、過去形で語られているわけではないが、確かにデータベースと広告だけの会社が、これほどの大企業になっていることに対し、不審がる人がいるはずだ。いや、まともに考えれば、そちらの方が正しいのかもしれない。
 地に足がついていないというか、こういうのは、本来必要な商品ではないためだろうか。それを言い出すと、どうでもいいような商品で商売をしている会社も多いのだが。
 まだ、最初の方を読んでいるだけだが、切り口が面白い。逆に言えば、まともだ。そのまともさが、まともだとは思えない風潮がバブル的な雰囲気時代と似たような感じがあるのだろう。
 この本では新聞について書かれている。
 新聞をネットで読んでいると言うことだ。実は新聞ではなく、新聞記事を読んでいると言うことだ。
 新聞は必要ではなくなり、購買する人が減ったとしても、新聞記事は読まれているのだ。
 面白いのは新聞に対する切り口だ。ネットは情報が多い。それと同じように新聞の情報も多い。その情報が朝夕届く。それを隅から隅まで読んでいるのかというと、そうではない。新聞を読まなくなったと言うが、新聞を買っても読む箇所は限られており、本を読む感じで新聞を読んでいない。だから、本当は新聞を読んでいなかったのではないかという感じだ。
 自分も新聞社の新聞記事は読んでいない。新聞でもネットでも読んでいない。では、世の中のニュースを何処で毎日知るのかというと、テレビニュースだ。しかも起きているときは、ずっと見ている。だから、新聞がなくてもネットがなくてもニュースは毎日見ているのだ。
 まあ、そういう問題ではなく、新聞社はポータルサイトに記事を売っていると言うことだ。だから、新聞記事に価値がないのではなく、大いにあると言うことらしい。
 では、ポータルサイトは、買った記事をアクセスした人に無料で見せているのだが、この無料というのが、危ないバランスの上で成り立っているという話だ。
 そして、ポータルサイトはどこから収入を得ているのかというと、広告だ。それなら、新聞社と同じではないかと言うことになる。だが、ポータルサイトは新聞社のように情報を売っていない。無料なのだ。
 そして、無料にできるのは広告収入があるからだろう。それが広告という、不安定な足元で成り立っているところに、妙な感じがする。
 人気のあるサイトだから、アクセスが多く、広告効果があるので、出しているのだろう。それはいつ崩れるか分からない世界だ。
 また、ネット広告も、それほど楽観的ではないらしい。
 NHKのことを無視すれば、テレビも無料だ。だから、何もIT革命など起こってなくて、既成の仕掛けと同じではないかと思える。そういうことが書かれた本だが、この通りの言い方ではなく、詳しくはこの本を読めば、順序立てて書かれてある。
 こういう考えが起こり始めたのは、インターネットが広まった初期ではなく、ウェブ2とかいういかがわしいことを言い出し始めた頃からだと思う。つまり、ネットに依存せず、リアルなものを見直そうと思い返すきっかけが、皮肉にもウェブ2のうさんくささを見てしまった流れかもしれない。
 誰でも言うことだが、データがなければ、ネット上にもない。ネットには何でもあるというのが、そもそもおかしかったのだ。
 たとえば、ある事柄を検索すればいい。本当に知りたいことなど見つからないことが多い。あまりにもローカルすぎるネタの場合はなおさらだ。
 そして、誰でも言うことだが、本当の情報は上げない。
 この本でも、それは人脈なり、人づてに聞き出していかないと、本当に価値ある情報などつかめないのだ。
 まあ、そんなことが書かれている本で、誰かが言い出すはずだと思っていたところにタイミングよく出版された。

 セブンイレブンで切り餅を買う。これは見てしまって買ってしまった。
 寝起き食べるものとして、コーンフレークと牛乳にする作戦だったが、その横に切り餅があった。どちらも7のマークが入っている。セブンイレブン商品だろう。
 正月、雑煮を作っていなかった。それを今頃作ってみた。
 まあ、味噌汁に餅を入れればそれで終わりだが、金時人参と、冷凍インゲン豆があったので、それを煮る。餅を似るだけなら、時間はかからないが、金時人参は少しかかる。そこに、これも以前買った百均のちくわを輪切りにして入れる。もうこれで立派な雑炊だ。さらにだめ押しで百均の卵を入れる。
 寝起きコーンフレークを食べたのだが、どうも腹持ちしない。それで、雑煮を追加で作った感じだ。
 やはり、ポテトチップスのような嵩はあるが中身はすかすかのものより、餅や人参はしっかりした具だ。同じ大きさの器に入れると、見た目は同じような量なのだが、つまり具合が違う。
 切り餅はパックになっているので、保存しやすい。つきたての餅を買っても、すぐに硬くなってしまう。それを考えると、一つ一つパックされたものの方が長持ちする。値段的にも安い。
 しかし、サトウの切り餅を大量に買って、途中で飽きて使わなくなったことがある。当然硬くなってしまうのは、パックでも同じだ。その速度が遅いだけだろう。

posted by 川崎ゆきお at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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