2017年03月23日

レノボヨガブック

■■ 2017/03/23 8:03
 
 今朝は曇っており、少し肌寒い。夜から朝にかけて5度を切っていたようだ。天気予報を見ていなかったので、当たっているのか当たっていないのかは分からない。大して差はないし、雨も降っていないので、影響はないが、曇天で少し暗い。風景も鈍く見える。
 部屋の寒暖計は10度を切ると寒い。今朝はその10度。ネット上での気温より5度ほど高い。室内のためだろうが、冬場は部屋の気温の方が高い目。しかし、測り方も違うのだろう。そのため目安にしかならないが、10度あたりは冬ということだ。そのため、真冬の服装のまま。昼間は少し暖かくなり、春のような暖かさになるが、その手前程度で、まだ冬の方が勝っている。
 寒い時期でも、暑い時期でも外に出ないと、様子が分からない。当然の話だが、これは天気を見に行くのではなく、それ以外のものが分かる。要するに世の中だ。
 世の中がどうなっているのかは部屋でも分かるのだが、それは間接的。直接見たわけではない。しかし概略は分かる。ただ、それだけでは実感がない。
 部屋の中にいても、気温程度は分かるし、窓から外を見れば、外の様子も少しだけ分かるし、また車の音や、人の気配なども分かるのだが、どんな車かどんな人なのかは分からない。窓を開けても見えない角度だったりする。
 それよりも、その外に飛び出した方が、よく分かる。ただ、大した情報はない。町内の人程度の情報だろう。そして行きつけの喫茶店や、普段からの立ち回り先をウロウロとする。そこで得られる情報というのも大したものではない。しかし、これが世間なのだ。部屋の外が世間。実際に見たり接したりできる世間。だから狭い。当然そこだけが世間ではない。
 それでも、この広い世間の片鱗が含まれている。世間の風潮のようなものは身近なところにも出ている。
 それらは部屋の中でいるよりも、少しだけ外に出て、ウロウロするほうがより実感的になる。情報が増えるわけではない。
 雨戸を閉め、閉じ籠もっていても、世間の隙間風は入り込むのだが、外に出た方が、よりリアルだ。
 世間というのは人が絡んでくる。しかし、世の中はそれだけではなく、山もあれば海もある。世間よりも世の中の方が広いが、誰かの世の中だ。世間、巷、これは人がウロウロしていそうな雰囲気がある。だから、外に出ると人がウロウロしている。だからそこに世間の片鱗があるのだろう。地球規模の話ではないが、それを言い出すと宇宙規模の話ではない。しかし、その片鱗の風は、近所にも来ている。
 
 先日タブレットを買い、テキストの練習をしていたとき思い出したのが、レノボのヨガブック。ヨーガの本ではない。ノートパソコンなのだが、その実態はウインドウズタブレット。キーボードがついていないのだが、付いている。ハードだがソフト。液晶の蓋なのだが、カバーではないがカバーにもなる。普通のタブレットならソフトキーを使ってタイプする。だからその練習をしているとき、思い出したのがヨガブック。
 ヨガブックは10インチあるので大きい目のタブレットだ。しかし液晶画面で打たなくてもいいが、液晶画面でも打てる。
 蓋の内側は外側にもなる。普通に内側にすれば、キーボードの絵が出る。これはネオンのようなキーボードの絵が浮かび上がるだけで、液晶ではない。文字とキーの囲みを照らしている。見た感じはキーボード。しかし堅いが柔らかい。ソフトキーなので軽く触れただけで入力できる。実際には手応えがないので、キーを見ながらでないと打てないだろう。
 しかし小さなタブレットのソフトキーよりも遙かに大きいし、いつもの10インチサイズほどの長さと高さがあるため、打ちやすいだろう。ノートパソコンのキーボードそのままなのだから。
 だからこの端末、ノートパソコンではなく、タブレット。しかし、キーボードに相当するところは外せない。ここはペンタブレットとして使えるためだ。リアルキーボードではないので、全体の重さが690グラムほど。10インチタブレットしては重いかもしれないが。ノートパソコンとしてみた場合、結構軽い。
 
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posted by 川崎ゆきお at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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