2017年04月17日

■■ 2017年4月17日(月) 午前8時46分
 
 今朝は曇っている。気温は高い目で、問題はない。もう寒いと言うのは減るかもしれない。このあと雨になるらしい。また荒れるとか。冬や夏に比べ、春は安定しないようだ。天気が日替わりで変わる。これは雨の日が結構多いと言うことだろう。ずっと雨なら梅雨だが。
 冬は似たような天気が続いていた。夏もそうだ。暑くてずっと晴れていたりする。もうすぐ五月の連休がある。その頃は安定するかもしれない。今年の花見は雨でさっぱりだったが、平日、たまにいい天気の日があった。僅かだが。こういうのは人の手では何ともし難い。
 昨日は晴れていたので、これを逃しては出掛ける日がないと思い、自転車で長距離散歩を試みる。行く場所は決まっていないが、とりあえずは尼崎方面へ。いつもの有馬街道沿いがいいのだが、この道は見付けにくい。
 まず、目指したのは尼崎の中古屋。昨日持ち出したカメラも、そこで買っている。キヤノンの1インチネオ一眼で、一眼レフ並に大きく重いが600ミリまである。一眼レフの広角からのズームでは、これは難しい。
 その道は慣れた中古街道になっており、さっとそこまで行く。よく通った道になっている。そこを基点にして尼崎を攻める作戦。
 中古屋に入るとすぐにカメラコーナーを見るが、数がないというより、使えるカメラがなかった。全部売れており、後はインスタントカメラか、ものすごく古いコンパクトカメラ。それも数台。全滅に近いが、ニコン3300というコンパクトな一眼レフがあった。これは新しい。D7000というのもあり、こちらは大きい。D3300は2万円前半。D7000は2万円後半。あまり変わらないが、小さく軽い方がいいだろう。不思議とボディーだけ売られており、元箱入り。珍しい。この機種ならキットレンズ付きが普通だろう。と言うことは、既にレンズを持っている人が、ボディーだけ買い、そして、また売ったのかもしれない。古い機種ではない。
 その見学を終え、尼崎を南下し、杭瀬あたりに到着。ここへ来るまで枝道に何度も入ったため、何処を走っているのかが分からなかったが、見た覚えのある家が見えてきたので、杭瀬が近いことが分かった。杭瀬の北側だろう。
 そして、商店街にぶつかる。横腹をついた感じだ。以前来たときの杭瀬の商店街とは違う。神戸寄りのためだろう。それで大阪寄りへ向かうと、前回来たときの商店街が見つかる。前回神戸側の入り口が見えていたのを思い出す。長い商店街だ。
 賑やかな場所に到着すると、そこは杭瀬の駅が近い。そのまま阪神杭瀬駅へ行くが、さらに南下したが、工場が多くなる。海岸が近いのだろう。海沿いは工場が多い。
 それで、大阪方面へと向かうが、すぐに川。これは何川なのかは分かりにくい。既に藻川や猪名川は神崎川と合流しているはず。
 左に阪神杭瀬、右に阪神千船だろうか。鉄橋があり、人だけが渡れる橋があるので、そこを渡る。この橋を発見したのは、前を行く自転車の後に従ったため。傾斜した道を自転車を押しながら上がっているのを見て、堤防に出ることが分かった。傾斜付き階段があるので、自転車で上がれる。
 その橋を渡るとおそらく佃とか千船とかの島だろう。佃とは、昔の漁村だろうか。東京の佃島は、ここの人が引っ越したらしい。佃なので、大阪湾の小魚を煮たのだろうか。佃煮だ。飴のように甘い、あれだ。
 もう何十年か前、尼崎の古い喫茶店のお爺さんが、古い街並みなら佃だ。と教えてくれたのだが、まだ行っていなかったのだ。三十年ほど前の話だろう。だから、もうそんな古い家並みはないはずだが、少しだけ残っていた。
 それよりも、川底より、町の方が低い。天井川だろうか。それとも埋め立てのとき、ケチって盛りが少なかったのか。または、土砂などで、川底が高くなり、丘のようになってしまったのかは分からない。
 佃から少し北側へ行くと、千船駅を発見。そこを超え、さらに進むと高層マンション群。結構良いのを映したので、戻ろうと、方角だけを頼りに進んでいたが、良く考えると、ここは島。島の先端に出るだけで、橋はないはず。
 そして、堤防沿いを戻り、架かっている橋で渡る。二号線のはずなので、有名な水門があるところ。川ではなく、道に水門がある。台風などで大雨が降ったり、満潮時と重なったりすると、橋にまで水が来た場合、土手が橋が通っているところにはないので、閉めるのだろう。それでも土手の高さ程度。ここが破れると、水が市街地に流れ込む。見ただけでも高低差があり、明らか水が流れているところの方が高い。
 その橋を渡ると、もう大阪市外に近い。橋を渡らなくても、既に大阪市内だったのだが、まだ尼崎だと錯覚していた。西淀川区なのだ。そのまま二号線、昔の山陽道を進めば大阪のど真ん中に出てしまう。十三が近くなる。
 引き返したいので、阪急神崎川を目指すため、すぐに国道から離れ、北上する。
 しかし、かなり海側に来ているため、阪急の神崎川は帰り道ではない。
 しかし、頭の中では、神崎川沿いにある阪急神崎川駅がある。そのつもりで、進むが、なかなか到着しない。しかし、古い建物が、ここにも結構残っていたりするし、見たことも聞いたこともない神社がある。それなりに古い町なのだ。
 結局辿り着いたのは、猪名川系が神崎川と合流する場所。ここは以前来たことがあるので、風景は覚えている。先端に公園があり、ピエロがいる。
 あとは藻川沿いに進めば、迷わないで戻れるが、その手前に新幹線が走っており、その下に入れば、家まで最短距離で走れる。
 結構暑い日で、カッターシャツだけで十分。裏地に毛の生えているジャンパーを着て行ったのだが、最初から脱いでいた。
 昼はパンをかじりながら走ろうとしていたのだが、路地ばかりに入り込んでいたので、意外とコンビニがなかった。
 それで、いつもの和風ファミレスへ寄り、ざる蕎麦を食べ、そして、夕方前に入る喫茶店に辿り着く。
 これで、前回杭瀬を攻略したのだが、さらに深淵部の千船、佃を抜く。もう大阪市内に乱入していたことになる。
 キヤノンの1インチの高級機で写したのだが、外付けの電子ファインダーで覗くのは、場所的に難しかった。人の町内に入り込むため、人が見ているし、人が入る。だから、アイレベルで、ファインダーを覗き、カメラを構えにくい。それで、背面液晶を回転させて写すことが多かった。人がいなければ、ファインダーを覗きながら写せるのだが。町内なので、観光客だとは言い難い。
 望遠は、町内の建物程度なら、それほどいらない。寄れないとき、200ミリもあれば十分だろう。
 やはり、こういう町並みではコンパクトな旅カメラで、液晶でウエストレベルにして写すのが良さそうだ。あまり刺激を与えないし、大袈裟ではない。しかし、尼崎原人は人懐っこい。
 30年前に聞いた噂だが、その三十年前のままの建物もあったので、それが収穫。まだ残っていた。ただ、通り全て、町内の街角全て木造二階建て程度で並んでいるというのは、この時代は無理だろう。30年前に語っていたお爺さんは、さらに前の記憶で話していたのだろう。そこは尼崎の出屋敷の古い喫茶店。この出屋敷も古い家が残っているのだが、それよりもさらに残っているのが佃。
 しかし、自転車で、じぐざぐに走ったり、進んだり、戻ったり、していたので、佃と千船がごっちゃになっているかもしれない。そして橋を渡って大阪市内も、結構古い建物が残っていた。
 このあたり、昔はバイクで通っていたのだが、自転車の機動力の方が有利。路地に入り込める。音がしない。階段も上れる。
 ただ、そこへ行くまでがきついので、いいコース取りをすれば、目的地までの道も楽しめる。結局目的地などなく、方角だけのことだが。コース取りは、目で確認して、それらしいものを見付け、そこに入り込む。道を逸れてもいい。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック