2017年05月03日

四十年前の和食

■■ 2017年5月3日 水曜日 午前8時25分
 
 今朝も晴れており、いい感じだ。連休にふさわしい。花見の頃は雨が多かったのだが。
 この春の連休、毎年天気がいいわけではない。悪い年もある。ただ、連休中の天気など忘れてしまっているのだが、もの凄く寒かった年のことは覚えている。そして連休中に出掛けたときのことを思い出すと、晴れていた印象がある。連休中、朝起きて、いつものように過ごしている場合は、何も記憶に残らない。これは何かイベントのようなものがなければ思い出せない。そして、そのイベントを覚えており、ついでに天気も覚えていることもある。ただ、普通の天気なら印象にはないはず。晴れていたことよりも、雨で傘を忘れたとか、強い雨だったとかでない限り。そして、雨が降っていた程度では覚えていない。天気だけ単独ではだめだ。
 また、去年の連休中、何を食べていたのかも無理だろう。何か特別なものでも食べにいったとかなら何とか覚えているが、一人でご飯を食べていた程度では無理。これも出来事と絡んでいないと、そのとき食べたものなど忘れている。
 イベントは忘れたが、食べたものは覚えているというのもあるかもしれないが、ものすごいものを食べたのだろう。初めて食べたものとか、食べているときに何かがあったとか。
 要するに印象に残るものがないと、忘れてしまう。これはその後の展開で大して必要ではないことのためだろうか。忘れても困らないような。
 昨日の夕食は数日経過すれば忘れるかもしれないが、雑炊を作った。これを「おみいさん」と子供の頃呼んでいた。煮物の残り、汁、出汁が残っている状態の食べ残し。そこにご飯を入れるだけ。鍋物のあと、ご飯を入れるのと同じようなものだ。そこに卵を入れたりする。これは食べやすいのだが、「ゲー」だ。ゲーを吐いたものを食べているようなものだ。それを言い出すとカレーはもっときついが。
 ゲーに見えないように、出汁は多い方がいい。そうしないと卵がご飯に絡みすぎて黄色くなる。これはこれでいいのだが。
 ジャガイモが溶けてしまって、とろみが効きすぎてしまった。玉葱も溶け始めている。だから、残っている具はニンジン程度。そこに青い野菜と大豆を加えた。野菜は消えたようになるが、大豆は残る。一番存在感があった。その大豆は湯がいた大豆で、最初から柔らかい。大豆の代わりに小豆を入れれば、小豆粥だ。しかし、粥ではなく、ご飯は硬い。まあ、煮れば柔らかくなるので、同じだが、煮てもそれほどべちゃべちゃにはならない。
 四十年前、普通の家庭で食べていた和食が一番いいのではないかという記事が出ていた。店屋ではなく、家で食べていたようなものだ。
 四十年前の食卓。これはテレビでホームドラマをよくやっていたので、それを見れば分かるという話ではないが。
 その記事によると、筑前炊きのようなものが良い事が分かる。関東炊きではなく、筑前炊き。これは似たようなものだが、野菜の種類が多い。そして一口で食べられるように小さい目に切られている。肉類はカシワ。今でもそのパックものが売られていたりするが、ニンジンやレンコン、里芋、これは何でもいい。大根でもネギでも。要するに種類で勝負する。こういうのはスーパーのおかず売り場にあったりする。
 ただ、四十年前なら家族で食べていたはず。だから量が多い。椎茸を少しだけ食べたくても、一人では買った椎茸を食べきれなかったりする。
 出汁は醤油か味噌。どちらも結局は大豆だ。そして薄味。味があるのかないのか、出汁に頼らない。水臭すぎると食べにくいので、一寸醤油を足す程度。味の違いを変えるため、酢を使ったりする。そして漬物。これがサラダだ。これは野菜を腐らせているわけではないが、ぬか漬けなどは、結構厳しいものがある。発酵ものをよく食べていたような気がする。
 それと乾物。これは煮干しや昆布、鰹節、高野豆腐。当然椎茸も。
 それ以前に、ご飯をよく食べていたような気がする。白いご飯だけあれば十分なように。
 高倉健の任侠映画で、高倉健がある親分の家で丼ご飯を食べるシーンがある。その恩を忘れない。
 
 
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posted by 川崎ゆきお at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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