2017年11月21日

真冬並

■■ 2017年11月21日(火) 午前8時07分
 
 今朝も寒い。3度台。真冬だ。昼間も10度なかったりした。
 真冬の寒さなので、真冬の服装をしている人が多い。一番分厚いものを着ているのだろう。マフラーも目立つ。しかもバスタオルほどの面積の。これは片掛ではないかと思われるが、首に巻いている。当然女性だが。
 さらに毛布のようなのを肩にかけている人もいるはず。これは形がはっきりしないので、良いのだろう。着こなしが良いというのは洋服ではあまりない。なぜなら形がはっきりと固定しているため、誰が着ても同じようなもの。着こなしが難しいのが着物だろう。形はあるが、その形になるように着付けないといけない。作らないと。そして着物は着ると同じような形になる。デザインはほぼ同じ。違うのは生地。これは織り方だろう。糸もあるが。そしてガラ。これは色柄。一番大きな変化はこの色柄で、一番分かりやすい。つまり、絵なのだ。当然無地もあるし、縞模様もある。プリントゴッコで絵柄を付けるわけにはいかなった時代、染めや色の違う糸織りの技術が必要で、だから着物は高い。本物は。機織りはもの凄く昔からあったようだ。
 寒いので、今朝も真冬の服装で朝の喫茶店まで行くが、服装にも限界がある。あるところまでは何とかなるが、それ以上着込んでも効果がない寒さがある。真冬の寒さがそれで、暖かい服装をしていても限界がある。いくら着込んでも、冬は寒い。
 昨日は衣料品売り場を覗いてみたが、まだ真冬のゴツイのは吊されていなかった。あるにはあるが、数が少ない。
 表地が綿の少し分厚い目のジャンパーが高い値段で出ていた。中綿はないし、裏地の毛もない。これは秋物の売れ残りではないかと思ったが、以前は見かけなかった。これでは寒いのではないかと思えるが、首回りはかなりガードされている。これは何だろうと思いながら、見ていた。これで暖かいはずはないのだが、これで冬物だとすると、中に分厚い目のセーターを着込まなければ何ともならないだろう。しかし、大袈裟な上着ではなく、こういうのは意外性がある。まあ、小学校の頃は、このレベルのものを真冬着ていたので問題はないかもしれないが。
 中綿入りのコートを着ている人よりも、ペラッとしたコートを着ている人の方がかっこよく見える。あれで寒くはないのかと思うのだが、慣れるとそんなものだと思うのだろう。
 今年はまだ真冬の上着は買っていない。去年買ったダウンジャケットが汚れてきた。だから普段着として安心して着ていられる。しかし、ダウンジャケットは無機的。しかし、目立たなくていい。
 一寸個性的な上着とかになると、臭くなる。これは凝ったものを着ているのが丸わかりのため。
 今朝は理想的な時間に起きたので、朝の喫茶店は一番客となった。客はまだ誰もいない。開店してから数分。以前ならシャッターが開くと同時に客が入って来ていたので、早い目に来ても、既に誰かが座っていた。今朝はそういう人がいないためか、誰もいなかった。
 昨日は遅い目に起きたので、夕方前に入る喫茶店も遅い目になった。遅い目に起きてきたのに長い目の昼寝をしたので遅くなったのだろう。寒いときは蒲団滞在時間が長くなるのか、また昼寝も夏場よりも長くなるようだ。これは冬眠しようとしているのかもしれない。もしそうなら春まで寝ていることになる。
 それで喫茶店を出たときはもう暗い。時間的にはそれほど遅くはないが、帰り道に鍋焼きうどんを食べた。寒いので、こういうのを食べたかったのだろう。早い目の夕食となる。
 しかし、鍋焼きうどんのスターである海老の天ぷらが小さくなっていた。以前は鍋からはみ出るほど大きかった。それが小さい目の海老に変わっていたので、少しガッカリ。値段は同じだ。実質的な値上げに近い。海老の大きさで100円近い差が出るはず。この店の鍋焼きうどんは海老ではなく、底の方に沈んでいるカシワがメインかもしれない。そちらの方が存在感がある。カシワはあまり好きではない。
 寒いとカロリーを必要とするのか、食欲がある。食べると温かくなる。特に満腹になれば、ガソリン満タン状態で、安心するのだろうか。
 通り道の庭で放し飼いにされている犬が、陽の当たるところに座っていた。寒いのだろう。
 しかし、この寒波が去れば、平年並の気温になるらしいので、この寒さがずっと続くわけではなさそうだ。まだ11月なのだ。しかし下旬には入ったが。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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