2018年05月28日

都はるみNHKビッグショー音のみ

■■ 2018年5月28日 月曜日 午前8時35分
 
 今朝は曇っている。これはもう梅雨だろう。気温は高い目で、しかも蒸し暑い。20度少し夜も朝もある。夜と朝の気温がほぼ同じなのは雨の日に多い。
 昨日は晴れており、夏のようにだれてしまった。これはもう夏休みが必要だろう。蒸し暑くてだるい。
 しかし晴れていたので、朝の喫茶店の戻り道にウロウロする。いつものコースの先に多田街道というのがある。その入り口に大きな立て看板があるのだが、それを見ながらいつもは戻っている。何度か通った場所だが、朝のコースと隣接している。この多田街道を辿ったことがあるが、多田街道の多田とは多田神社のこと。山を一つ越えたところにあるのだが、川西池田のあの狭い渓谷を抜けるのは自転車ではしんどい。道が狭い上に車が多い。そして歩道がない。
 多田街道とは今の阪急バスでいえば、産業道路で川西のバスターミナル行きと同じルートとになるが、そんな道は昔はなかったので、くねくねと村を貫きながら延びている多田街道がメインだったのかもしれない。多田街道は西国街道と交差している。このあたり摂津の臍と言われており、摂津国の首都だったようだが、今は何もない。
 多田街道の看板や摂津の臍の石がある場所は村。古い農家というより、豪農が多い。米を作っているだけでこれだけ大きな家にはならないだろう。農家以外のことをしていたのだろう。この村は伊丹への入り口にあり、検問所のような物のあとがある。そんな建物は既にないが、有岡城下への入り口、すぐ先に見えている。時代により違うようだが、西国街道や多田街道は結構古い。伊丹にある城は伊丹城ではなく、有岡城。信長時代の荒木村重の摂津領の首都。川西池田茨木高槻、そのあたりの城城を纏めていた。西は花隈まであったのかもしれない。神戸の西だ。新開地などがある場所。平清盛が都を作ったところ。
 伊丹とは、もっと昔に、このあたりを領地にしていた伊丹氏という武将から来ている。あまり馴染みのない人だ。
 今の大阪市内は村重時代は本願寺がまだ抵抗していた。
 ただ、五月山のある池田あたりを摂津の首都とした方が、見晴らしがよかったのではないかと思える。摂津国の一望性が高い。山裾に池田城があり、再建された。ここからなら本願寺も大阪湾も見える。
 荒木村重、何が不満で謀反を起こしたのか。または謀反など起こす気はなく、誤解だったかもしれないが、疑いを掛けられただけで、もう信長は許さないとでも思ったのだろうか。
 しかし信長は信じられないという感じで、疑っていないようだ。謀反を起こす理由がないためだ。後に本当に謀反を起こし、籠もってしまうのではなく、打って出た光秀がなだめに入ったりする。黒田官兵衛も。
 信長はそれほど潔癖症ではない。大和の松永弾正など何度も背いているが、許している。大和、奈良だが、そのあたりを安定させるには必要な武将だったためだろう。
 理由としては、村重に野心があったかどうかで分かるかもしれない。信長ではなく、本願寺や毛利と組もうとしていたのだろうか。疑いの証拠は本願寺に米を流したということだったように記憶している。
 毛利は水軍を持っており、大阪湾まで軍船で兵を送れる。当然本願寺へ米も運べる。そこで大阪湾岸で海戦があった。伊勢鳥羽辺りに海賊のような大名がいる。これに鉄板を張った軍船を作らせた。燃えない。
 これはあとで分かることだが、毛利には天下を取る気はない。これは元就の遺言かもしれない。中国十カ国を守るだけでいいと。都と距離を置き、関わるなというような。それは九州の大大名が、それで消耗したことを知っていたためだろうか。
 毛利の領土は旧尼子領。山陰方面に拠点があった。
 ゲーム信長の野望では、毛利は播磨まで迫り、今の姫路まで伸びたとき、尻を囓られる。つまり九州の大名が関門海峡を渡ってくるためだ。中国十カ国、これは広すぎるし、長細すぎる。
 さらに横に伸びた瀬戸内を越えて四国の長宗我部が毛利の腹を食いに掛かる。九州と四国から攻められるのだ。これはゲームだが、地形的にはそんな展開になるはず。
 さて、多田街道だが、池田に出る前に工場などで途切れてしまい、見失うが、おそらく村伝いに続いていたはずなので、街道よりも、村を探した方が早い。村というより、農家や、神社。
 そのあたりにソフマップ中古店がある。郊外型だ。中古カメラなどもあるが、以前行ったときは全部消えていた。売れたのだろう。しかし値段は高い。
 
都はるみNHKビッグショー
 最近ユーチューブで上がっていた動画だが、実際には静止画。音声だけなので、ステージの映像はない。
 ビッグショーの動画は既にあり、時期的にはそれよりも古いが、結構近い。
 今回の都はるみは28才あたり。「北の宿から」で賞を総なめをした翌年。これは貴重な映像で、若い頃のコンサート映像はそれほど残っていない。
 残念ながら映像はないが、NHKのFM版のようで、ラジオで同じものを流していたのだろう。それを録音した人がいる。
 FM放送なので、紅白のラジオ版のようなもので、ナレーションというか、案内が入る。曲名とか、ちょっとした舞台の説明とか。それで流れが分かるし、ステージ上での動きもそれなりに説明している。花柄の着物だとか。
 この映像はNHKにもないらしい。そのあとにまたビッグショーに出ていたのだが、そのときに歌った最後の曲が「涙の連絡船」。それを今回は最初に歌う。これは珍しい。やはり声が若い。
 そのあとは今とそれほど変わらない。初期の歌が多い。今ならロック風にやるのだが、その中に「好きになった人」も入っている。だから最後は別の歌になるのだろう。ここで使ってしまったので。
 そして都はるみの語りが入る。デビュー前の話で15才あたりだろうか。コンクールに出始めたのだが、結構落ちていたらしい。コロンビアで優勝したのだが、大阪大会では二位。だから全国大会には出られないのだが、出ている。これはこのまま終わらせるのは惜しいと感じたのか、市川昭介が東京での全国大会に出られるよう計らってくれたらしい。
 この当時、コンクールでよく歌っていたのがこまどり姉妹の曲。ああ、そうか、その流れなんだと分かったような気がした。その曲を二曲ほど歌っている。これは初めて聞くが、こまどり姉妹と都はるみはもの凄く近い。威勢がよく、テンポがいい。これは母親の影響もあるのだろう。本当はザピーナツがよかったのかもしれないが。
 そしてメインは歌謡浪曲。これだけは練習しないとすぐにはできないはず。結構複雑な構成になっており、出し物は「吉良の仁吉」。
 人生劇場の歌で、「吉良の仁吉は男じゃないか」というのがある。敵わぬ相手と荒神山で争う。その妻の話。「嫁と呼ばれてまだ三月」で有名。敵の親分の妹なのだ。このお菊さんと離縁する。ここにポイントを置いた歌謡浪曲だが、本物の浪曲ではなく、歌謡浪曲だが、それも崩してバラエティーに近い。お菊さんは新婚旅行でハワイへ行きたかったらしい。そのハワイが出てきたときはハワイアンの歌が入る。また「惚れちゃったんだよ」も間に入り、セリフをいうとき、急に京都弁となったりする。かなり複雑な構成。この人、浪曲を唸っていたかと思うとハワイアン。どんな声でも出せるのが凄い。
 元歌は戦前の曲で、これは浪曲ではない。芸者さんのような名前の歌手が歌っている。その合間に浪曲が入る。当然浪曲吉良の仁吉が原作のようなもの。広沢虎造。有名すぎる。しかし、この浪曲、やはりこれだけでは退屈。講談のようなものなので、ずっと話だけを聞くような感じ。
 こういうのをコンサートの中に入れていたのだ。これは盛り上がる。だから復活コンサーのときの「王将一代小春しぐれ」のようなもの。
 この舞台だけの出し物で二度と見られないが、音だけでも熱演している状態が分かる。浪曲ならテーブルにコップの水があるが、それがない。凄い汗で、水を飲ませてあげたいというようなことをアナウンサーが言っていた。
 そのあとは珍しく「だだひとり」という淋しい曲。これは「北の宿から」のB面のようだ。ネット上にもあったが、消えていた曲。
 そして予定通り、この年なので「北の宿から」になる。ただ、紅白では唸っていたが、ここでは唸らない。
 日本レコード大賞とは言えないので、賞とだけ言っているが、これを機会に、歌い方を見直したいというようなことも。
 レコード大賞を取れば、引退しようと思っていたとは流石に言えない。
 そのあともう一曲ある。都はるみが都はるみとしてそこに立ち続けられるのは、この歌があったから、と言う感じでピアノの演奏が始まる。いつもとは違う出だしだが、「アンコ椿は恋の花」しかない。これがラスト曲となり、ものすごいエンディング音響とともに終わる。
 この時期の新曲は「雨宿り」だろうか。それも披露していた。
 映像で見たかったが、FM放送の録画が残っていただけもいいだろう。NHKにはないが、誰かが家庭で録画している可能性もある。
 都はるみの動画、今もまだアップされ続けている。見落としてしまうことがあるが、不思議とユーチューブのトップ画面に上がっていることが多い。
 最近では紅白歌合戦特別出演の「アンコ椿は恋の花」。これは既に上がっているのだが、その高画質タイプ。表情がよく分かる。
 これは何度見ても緊張感が伝わりすぎる。そして何度見てもお膳立てがいい。松平アナの名調子で、紹介される。そして「都はるみさん、アンコ椿は恋の花ー」と、この司会者も唸っている。
 最近のものでは他に「花占い」だろうか。恋占いだったかどうかは忘れたが、都はるみの歌ではない。桜田淳子と一緒に歌っている。そして野口五郎も出てきて三人で歌うのだが、この二人から見ると、都はるみはこの当時おばさんに見えてしまう。そして三枚目役をやっていた。16才がどうのという歌だが、流石にそこを歌うとき、都はるみは恥ずかしそう。
 このオバサンのようなショートカットから、長い髪になり、娘姿になり、急に美人になる。
 そのラジオ版のビッグショーの中で、本当は男に生まれたかったというようなことも言っている。面倒くさがり屋で、掃除洗濯炊事というのが面倒。しかし、これからは女らしさも、と言うことで、そういう曲を歌う前説だろう。「男が惚れなきゃ女じゃじゃない……」や「雨宿り」を歌う。いずれもあの金井克子の作詞のようだ。
 しかし、威勢のいい男歌もいい。歯切れがいいのだ。歯をむき出しにして歌う。自然とそういう口になるのだろうか。
 当然、涙の連絡船のような泣き歌でも、歯をむき出して泣く。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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