2018年06月03日

田の水入れ

■■ 2018年6月3日 日曜日 午前8時46分
 
 今朝も晴れている。これで三日目だろうか。明日まで持つようだが、これは一週間予報を以前見たときの情報。最近は見ていないので、明日はどうだか分からない。もしかしてあさってまで持つかもしれない。予報は変わるので。ただ今度雨が降れば梅雨入りだろう。まさか梅雨がありませんでしたとはならないはず。ポトッとでも降れば、それを梅雨だと言わないといけないが、まさに露だ。
 しかし、この時期雨が降ってくれないと暑くて仕方がない。昼間など真夏。外に出たいとは思えない。だから梅雨で真夏を押さえ込んでいる方が有り難い。
 近所の畑になっていたところが、本来の水田になっている。六月に入ったら水入れをする、と言う決め事があるのだろうか。雨とは関係なく、梅雨入りとは関係なく、六月一日とかに。六月になれば水を入れるということを、決めているに違いない。用事や他のことで二三日ズレるのか、または一日とは決めておらず、その前後の調子の良いときとか。逆に雨が降っているとき、堰のようなものを開けたり、するのは厄介。晴れているときのほうがしやすい。石をどけたり、水を堰き止めるため、砂袋のようなものを突っ込むとか、それぞれの田や状態でそれぞれのやり方というか、適当にやっている。だから、この時期農水路の水が満ちている。止めているので、ダムのように溜まるのだ。ただ、全部止めると下流の方に流れないので、下の田んぼに水が来ない。それで、いつのも流れ程度にはなるほどにしている。
 大雨が降るとその農水路から引き込むための溝も雨で溢れるが、普段は栓をしている。詰め物だ。だから洪水にはならない。当然この溝は下水路ではない。田に水を入れるための溝。川から見ると、一番細い血管だろう。しかし見た目は排水溝の一番細いタイプ。
 これは舗装されたが、以前は草の生えた小川だったところ。小学校の通学路で、蛙や蛇がいた。それだけの幅があり、土があり、泥があり、何処までが川なのかが分からないようなところだった。
 水が入ると、僅かしかない田んぼだが、水郷地帯のようになる。これが夏前の風物。
 昨日は暑いので、朝の喫茶店からの大回り散歩のショートコース程度に抑える。風景はあまり変わらないが、緑が濃くなっている。密度が。若葉で鮮度がいい。意外とこの時期のモミジがいい。緑色だが、その葉は薄いので、光線状態で透けたように見えたりする。緑のモミジ。だからモミジを日本語変換すると紅葉になるが、紅葉していないので、これは書けない。
 昼に自転車で少し遠くまでウロウロしに行こうと思っていたが、朝にやったので、昨日はパス。その気は少しはあったが、昼の喫茶店へ行くまでの道がもう既に真夏。これでは行く気がしない。余程の使命感がなければ、または目的がなければ。
 こういうのは勝手に決めて、勝手にやることなので、気が乗らないとできない。しかし、暑いと気が乗らない。
 だが、日没が遅くなっているので、夕方前からでも出掛けられそうだ。
 しかし年々出不精になっているようで、普段とは違うことをするのが億劫になっている。しかし、日常移動範囲内をより細かく見るようになっている。これは普段通りでもいいので、楽なためだ。日常の階層、一段下、それを二段下まで見るようになるようだ。要するに日常風景でも見るものを増やせるのだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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