2018年08月02日

老眼鏡

■■ 2018年8月2日 木曜日 午前8時43分
 
 今朝も晴れており、真夏が続いている。相変わらずの気温で、これは中旬まで続くらしいが、中旬といえばお盆。だからお盆までは暑いという普通の夏パターと重なってしまう。
 暑いときはウナギというわけではないが、弁当を買いにいったとき、ウナギがあった。スーパーだ。そこではウナギの蒲焼きが売られているのだが、それではない。ウナギチラシ。ウナギ入りのちらし寿司。だからご飯は酢飯、タレなどはない。ウナギはスライスされたもの。よく見ると、にぎり寿司のものだろうか。まあウナギのにぎりもあるのだから、寿司とウナギは悪い相性ではない。しかし、寿司の場合、穴子の方が多い。安いし、大きなのを乗せやすい。ご飯からはみ出るほどの。
 ウナギは高いのだが、ご飯が見えないほどびっしりと敷き詰められていた。それでいてうな重や、うな丼よりもはるかに安い。さらにまだ時間的には早かったが100円引き。さらに遅く来れば半額になるはずだが、そのときはもう売り切れて、ないだろう。
 相変わらずご飯とウナギだけでは栄養バランスが悪い。まあご飯だけ、つまり握り飯、おむすびだけで済ませることを思えば、ウナギがつくだけ栄養価は高いだろう。パンをかじっているよりも。
 それを遅い目の晩ご飯としたのだが、喉が渇いた。それでたまにはいいだろうと、自販機で「美味しい麦茶」を買った。130円もしている。しかし、麦茶の香ばしさもなく、麦茶のアクやコクのようなものもない。殆ど水だった。これは欺されたと思ったが、もう遅い。これで「おいしい何々」というのは信用しないことにする。売る方が美味しい話だったりする。
 うまい話、おいしい話というのは、それを明言したときから怪しかったりする。そんなおいしい話は向こうからは来なかったりする。
 そう考えると、おいしくない話を選ぶのがいいのかもしれない。しかし、こちらは意外と正直だったりする。本当に額面通りおいしくなかったりする。
 昨夜は扇風機を付けて寝たが、途中で消した。そのまま朝まで一度も目が覚めなかった。掛け布団は被っていなかった。特に寒くはなかったのだろう。
 昨日はメガネ専門店、眼鏡の三木だったかどうかは忘れたが、もう何十年もあるチェーン店だ。潰れないである。いついっても客を見たことがない。
 老眼鏡の度が強すぎると感じるようになり、一段落としたタイプにすると、よく見えた。いつも部屋で使っている老眼鏡だが、一つしかない。それを持ち出すと、持ち出し忘れがあり、眼鏡なしになる。それで持ち出すため用のを買う。これなら忘れることがない。
 前回買ってからまだ一年も立っていないので、同じ店に行くと、同じものがまだあった。それで、さらに度を一つ下げたタイプも買う。こちらは流石に本を読むには弱いが、中間距離がいい。店屋などでものを見ているときの距離というのは微妙で、老眼鏡では近くは見えるが、少し離れると、もう見えない。本屋で本の文字は読めるが、並んでいる本の背表紙までの距離が遠いと、見えない。この場合、ちょっと度を下げた老眼鏡なら文字や値札も何とか見えるし、中間距離の本の背表紙も見える。さらに遠くになると、流石に老眼鏡なので無理だが、そこは裸眼でいい。
 最近の既成老眼鏡はレンズが小さい。昔のような大きな面ではないので、眼鏡をそれほどずらさなくても裸眼で見られる。全ての風景を眼鏡だけで見ていると辛い。遠くはよく見えるし、最近は中間距離でも見える。
 その眼鏡の三木の老眼鏡、よく屋台で出ている眼鏡の倍以上しているが、昔ほど高くはない。フレームも樹脂製になっているためだろうか。
 屋台の1000円ほどの眼鏡に比べ、レンズが少しいいのか、疲れにくい。それと歪みが少ない。同じ度数でも糸巻き型になったり、逆側に膨らむ樽形だったりする。肉眼で見ると、そうなっていないので、レンズの問題かもしれない。まあ、老眼鏡は虫眼鏡のようなもので、拡大して見える。それだけではなく、鮮明に見える。等倍で鮮明というのは無理なのかもしれない。だから老眼鏡で見るとボリューム感が違ってしまう。まあ、文字を追うだけなので、全体などは見ていないが、ノートパソコンのモニターの形が凸型や凹型になっていたりするものだ。
 眼鏡屋の眼鏡なので、千円ほど高いが、すんなりと見えるので、やはり高いだけはある。
 この眼鏡屋、本屋の並びにあり、その並びに弁当屋が二軒。さらに百均。いずれも道路沿いの店。商店街ではない。中古自動車屋があったりラーメン屋があったりする。駅などのターミナル付近にある商店街ではなく、こういう郊外型の道沿いにある店のほうが便利。駐車場もある。
 車などで毎日そこを通っている人なら、用があるときは思いだして寄るだろう。あそこに眼鏡屋があったはずと。
 駅前の道沿いの商店などは自転車を止められないので、寄りたくても寄れない。
 買い物客が多いのはスーパー。これは毎日行っている人もいるはず。そしてその通り道にある店に寄りやすい。しかし、毎日行くような店ではないが。
 それらの店を見ていると、個人商店は少ない。殆どがチェーン店。体力が必要なのだろう。
 だから人もチェーン店ではないが、チェーン店人間の方が心細くなくていいのかもしれないが、自在性が薄れる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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