2018年08月10日

「信長の棺」テレビでドラマ

■■ 2018年8月10日 金曜日 午前9時35分
 
 今朝は久しぶりに雨。長雨があったがその後長く降らなかった。雨のことなど忘れていたのだが、前回降ったとき、合羽を買っていたのを覚えている。雨よりも風でやられて傘の骨が折れたときだ。あれは台風だったのかどうかも忘れた。
 朝、起きたときから部屋が暗い。いつもなら晴れているので、明るい。それに遅い目に起きてきたので、もっと明るいはず。
 今日は久しぶりに曇り日だと思っていたのだが、寝起き、喫茶店へ行く道中で雨が来た。誰かが「ぱらっときてる」との声。そういう声を町内で聞くときは、洗濯物云々が多い。喫茶店まであと僅かなので、傘を差さないで、そのまま突っ込むと、そこそこ濡れた。夏の雨。猛暑日の雨なら涼となるが、既に昨日などは35度に達せず、30度を少し越えたところが最高気温。最低気温は27度か6度ほどあるので、熱帯夜だが、もう扇風機は寝るときいらない。
 要するに暑さの勢いが衰え、しかもずっと晴れが続いていたのだが、それも途切れた。これで区切りができた。変化したのだ。
 来る日も来る日も晴れ、そして暑いというのが長い間続いたが、それが途切れたことになる。途中で台風が来たのだが、過ぎてから、また暑い夏に戻るが、そのあたりから夏が衰えだしていた。その後も晴れが続いたが、台風前と、あととでは違っていた。
 西回りの台風も珍しかったが、あれがこの夏最大の見せ場だったのかもしれない。
 昨日は夏バテか、夏風邪かは分からないが、少ししんどかった。これは季節の変わり目によくあることだろう。空気が少し違ってきており、涼しくなってきたためだろう。
 お盆になると涼しくなる。これは毎年言っているのだが、今年は早い目に落ちたようだ。しかし、このあとどうなるのかは分からないのが天気。八月目一杯までまた猛暑が来る可能性もある。天気予報は見ていないが、特に変化がないので、見ないだけ。
 晴れが続き、暑い日が続いているときは、見なくても、昨日と同じだと思うためだろう。

 昨日は「信長の棺」だったと思うが、それがネットの動画であったので、見る。映画だと思っていたのだが、テレビドラマだった。しかし中身は映画だ。テレビ時代劇でよく見かける俳優が出ており、これは馴染みがあっていい。
 この「信長の棺」。本で読んだことがあるが、忘れてしまった。これを出した出版社の人からもらった。読む気はなかったのだが、信長物なので、馴染みがある。
 原作よりも、テレビ時代劇の方がよかったりするかもしれない。脚本や俳優の影響が大きい。
 ドラマでは太田牛一だったと思うが、有名な「信長公記」を書いた人。この人が主人公で松本幸四郎。普段は信長に代わって手紙などを書く人だ。祐筆だろうか。側近中の側近かもしれない。だから事務方。
 明智光秀の子孫が書いた本能寺の変の謎を解いた本が最近出ていたりする。またテレビアニメでNHKでもやっていた「へうげもの」も、本能寺に迫っていた。
 このドラマでは、信長の死体がないという話。蘭丸の死体もない。焼け跡から見付かるはずなのだが、それらしいものが発見されない。そのため、亡くなってから一年後の葬式のようなものでは、棺の中に信長はいない。
 太田牛一は本能寺のとき、安土城にいた。安土城ができてから三年か四年後、本能寺となる。そして城があったのは僅かその期間だけ。
 太田牛一は信長から頼まれた品を持ち出し、安土城を出る。この安土城の内部、結構よくできている。
 土中に埋めて隠したのは金塊。先に京に発った信長から連絡があれば、これを持ってくるように頼まれた。これは話としては、大したことはない。御門との関係で使うものだったとなっている。信長は天子様を越えようとしていたのではないかという説も多いのだが、その逆だ。
 そして、土中に隠したあと、武者に襲われる。明智方か柴田方かは分からない。太田にしてみれば、すぐに乱を押さえに来るのは一番近い柴田だと思ったのだろう。
 滝川は関東近く、旧武田領あたりにいるので遠い。丹羽は四国、しかし、実際には大阪で兵が集まるまで待っているので、これが一番近い。当然もっと近いのは明智だが。
 襲われた太田を救った別の部隊が助け、隔離される。しかし、安土城から持ち出した織田家の古記録なども運び込まれている。助けたのは秀吉の命を受けた前田利家。このとき、もう柴田は終わっていたのだろう。利家は秀吉のことを大殿と呼んでいる。
 太田は秀吉を小賢しい男として、あまり好きではないようだ。それとその仕草や物の言い方が信長の猿真似だと。
 要するに嫌疑が掛かっていたので、ほとぼりが冷めるまで、守っていたという話。それは安土から財宝を持ちだしたのではないかということ。
 そのほとぼりが冷めたので、秀吉は三倍の禄で雇うと言ってきた。このとき、まだ信長公記の話はないし、そんな本もまだない。要するに有名な文筆家だったのだろう。文章が上手いと。
 浦島太郎状態だったので、本能寺の一報から先のことは何も知らない。その話を元同僚に聞く。蟹江敬三だ。懐かしい。その蟹江敬三とは同僚なので、友達のようなもの。独り身の太田を世話する女人を世話する。このとき、蟹江も知らなかったのだが、山の民の娘。これは本能寺の謎への伏線。要するに、死骸がないのは逃げたと言うこと。本能寺から抜け出す抜け穴があったと言うこと。これを掘ったのが山の民。秀吉の墨俣一夜城などでも活躍したのも山の民系、蜂須賀党などがそうだったと。こういう山の民系はよく出てくる。
 太田は山の民の娘を助手にして、探偵を始める。松本幸四郎なので、鬼平犯科帳か、むっつり右門捕物帖だ。まずは愛宕神社。「時は今、雨のしたたる五月かな」などの連歌を残しているのだが、その原文を見せてもらう。原文か、神社での記録かは分からないが、世間で言われている文句と少し違う。雨のしたたる、というところが違う。時とは土岐。明智は土岐源氏の流れを汲んでいる。それが天下を取るという句だが、そうでなく、下るが違う。そのため、この時点ではまだ謀反を起こす気にはなっていないと。
 まあ、ドラマはドラマ、しかし、ミステリー物、探偵物のように仕立てている。結局、誰かと愛宕山近くで会ったのではないかとなる。その近くでそれ風なものとして堺の商人の別宅がある。そこである公家と会ったのではないか。これは勅旨だろか。信長を賊にするための。将軍が出すのではなく、御門が出す。これがあれば、反逆でも謀反でもない。官軍だ。
 その口約束後、敵は本能寺にありとなる。しかし、そんな命を御門は出すことはなかった。
 その密談を聞いていた二人の忍者がいたのだろう。一人はさっと中国の秀吉へ走り、一人は堺にいる家康に知らせたというお話しになる。あくまでもお話し。
 では信長と蘭丸は何処に。抜け穴から抜け出していたのなら、その状態で、明智は終わるし、柴田と秀吉の戦いもない。
 ドラマでは確かに抜け穴から逃げ出しているのだが、出口近くが塞がれている。その抜け穴を知っている秀吉が埋めたのだ。だから信長の死体は穴の中。そこで自刃した。
 これには伏線があり燃えさかる本能寺にいた使用人の女性が最後の姿を見ている。防戦していた信長が奥へ向かう姿を見ている。その表情は暗くない。
 太田は抜け穴を地図でも調べている。南蛮寺と繋がっているのが分かる。それらしい建物は、それしかない。信長が保護していた教会のような寺なので。
 太田の助手をしていた山の民の娘、抜け穴を調べようとして、怪我をする。それで有馬へ湯治に行く。そこでも、秀吉のトリックを見破る。かれかかっていた湯を杖か何かで突くと盛んに湧き出す。奇跡だ。これは何かを詰めていた。その詰め物の土のような物が特殊な匂いがする。鉄のように硬くなる土で、山の民が使うもの。
 そしていよいよ、山の民の娘と、太田は、丹波へ向かう。彼女の故郷。そこに彼女のお爺さん(夏八木勲)がいる。長老だ。本能寺の抜け穴の秘密を聞くが、答えてくれない。秘密だ。身内以外には話せないと。
 しかし、山の民の娘は太田の子を宿していた。それで身内ということに強引になるのだが、抜け穴の秘密や、信長の死骸はどこへ行ったのかを知っている坊さん(内藤剛志)から教えてもらう。
 と、まあ、ドラマとしては見ていてわくわくするので、それでいいのだろう。
 細かい話は別にして、茶の間で楽しめるテレビで時代劇で、お馴染みの役者達、そしてお馴染みの登場人物達なので、それだけでも結構満足した。やはりベテラン俳優が揃えば、その演技だけでも充分見てられる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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