2018年09月15日

都はるみのNHK歌謡ホール

■■ 2018年9月15日 土曜日 午前8時57分
 
 今朝も曇っている。かなり前に見た一週間予報通り。もう既に予報の週から出ているはずだが、まだ当たり続けているが、当たるも何も、まだ予報されていない日に入っている。
 曇っているだけではなく、当然雨が降る。幸い今朝はまだ降っていないが、空は暗く、いつ降り出してもおかしくない。そして湿気が強いのか、涼しいようでも蒸す。
 陽射しがなく、雨も降りそうな日なので、当然気温は低い目。そのためか、長袖の人がかなり増え、真夏の半袖Tシャツだけの人も、ジャケットを羽織っている。暑いのか寒いのか分からないような妙な気候。こういう曖昧さは年中ある。その季節の気候というのは概念のように思えてしまうほど、ピタリと填まる日は少なかったりする。
 天気予報や天気図は見ていないが、秋雨前線でも居座っているのだろう。意外と天気予報を見ないと、天気が分かったりする。自分で予報することになるのだが、データーはない。これは、そろそろとか、このあたりで、とか、全体の流れから想像するのだろう。
 しかし、涼しくなり始めたのは確かで、煮物などができるようになり、鍋物を食べる気がしてくる。温かい汁物なども。暑いときは食欲も落ちるが、秋になると食欲が湧く。これは単に「食欲の秋」という言葉が頭に入っているためだろう。まあ頭に聞かなくても、腹に聞けばいいのだが。
 腹の中には他の生命体がウジャウジャいるらしい。これは自分の一部ではない。他の生き物。腹の虫に聞けばいいのだが、喋れないようだ。
 血液の中にも虫がおり、それが地球外生物ではないかという人もいるようだ。そんなものが何処から飛んできたのだろう。地球の近くには、生命体はいないのでもっと遠くから飛んできたのだろうか。またはもっと昔にはいたのかもしれない。
 宇宙空間をウロウロしている彗星のようなものが、運んできた可能性もある。恐竜が絶滅するような気候になったのは、大きな隕石が落ちたためだと言われている。今でも小さな隕石が燃えないで、石の状態で落ちているはず。流れ星は始終見るわけではないが、見たことは何度もある。あれは途中で燃えて消えてしまうのだろう。
 見えているものは分かりやすいが、微生物のように小さすぎて見えないものは、存在しないようにみえてしまう。
 
都はるみのNHK歌謡ホール
 引退前、都はるみ最後の紅白の手前での歌謡ホールでの録画だろうか。テレビからそのまま録画したものらしいが、それにしても画像はよくない。横に長く映っているようで、太っているように見えるが、しばらくすると、普通に見えてくるが、荒れた画像は目が痛い。
 YouTubeで二本アップされたものらしいが、一本の中に複数のものが入っているのか、編集したのか、何かよく分からないが、結構長い。二本あると思っていたのだが、この一本の中に入っていたのかもしれない。荒いので、都はるみが出ているところだけ飛ばし見した。
 鈴木健二アナの雌鶏ような顔が懐かしい。私に五分間下さいという有名な言葉がある。その後、過去のことを鈴木健二は一冊の本にしている。その本のキャッチが私に五分間下さいになっている。それほど印象深い出来事だったのだろう。これは台本があったのか、なかったのか。それは読んでみないと分からない。
 紅白ではついに歌えなかった「あんこ椿は恋の花」を最後に全員で歌うのだが、NHK歌謡ホールでの歌謡コンサートも、これで都はるみも最後なので、その含みもあったのだろう。
 紅白連続出場20回。当時、もう女性陣では上には島倉千代子しかいなかったのではないか。美空ひばりなどは卒業しているので。そして連続記録の多い北島三郎ともそれほど変わらない。
 その前の歌謡ホールでの録画だろうか。こちらは都はるみが座長をしており、大活躍。
 北島三郎も出ているのだが、テーマが宴会のような賑々しいものなので、都はるみの方が似合っていたのもしれない。
 女性陣は石川さゆり、森昌子、高田みずえ。都はるみにとっては気楽なメンバーのように思える。美空ひばりは雲の上の存在だが、都はるみは彼女らにとっては姉さんのように身近なベテランだったのかもしれない。
 座長というよりも、司会をしている。この動画だったかどうかは忘れたが、森進一と二人で司会しているのもある。
 司会で話しているとき、京都弁になってしまうことがある。そうでないと、気持ちが入らないのかもしれないし、台本にないところは京都弁になるのだろうか。
 この動画ではお座敷の座興のように都はるみの曲が貼り出され、その中から他の歌手がクジで引いたものを三曲歌う。一曲目は「惚れちゃったんだよー」とタイトルが違うかもしれないが、歌う前、都はるみは笑っている。まあ宴会での即興のようなものだろう。
 二曲目は「女の海峡」。これは笑っていられない。一応その体勢に入ろうと、いつものようにパンパパンパと口を細かく動かしているが、世界に入りきれないようで、しかも一番だけなので、最後の方は笑ってしまっている。珍しい動画だ。
 ちなみに紅白で歌った「女の海峡」を探していたのだが、ついでに発見した。作詞家の追悼の意味もあったのだろう。この歌、何故このタイミングで歌ったのか、分からなかったのだが、吉本美由紀(?)が亡くなった年だったのかもしれない。そういうクレジットが入るのだが、投稿者が入れたものだろうか。紅白での都はるみ、あとまだ「王将一代 小春しぐれ」を見ていない。紅白の大舞台での熱演を見たいものだ。
 
 さて、話を戻す。
 三曲目は「はるみの三度笠」。これは明るい曲なので問題なし。「あら見てたのね」でもよかったのではないかと思うが、クジなので仕方がない。
 要するに歌謡ホールもこのあたり、バラエティー番組に近かったりする。
 北島三郎とも共演するが、忠臣蔵の赤垣源? に扮した北島三郎に合わせて、浪曲師のように現れた都はるみが、聞いたことのないような歌を歌う。兄弟の別れのシーンだろうか。
 いっそのこと三波春夫の「俵星玄蕃」をやって欲しかった。
 こういうのを見ていると、NHKでの都はるみの扱いというのが何となく見える。大事にされていたのではないかと思えるが、真実は知らない。しかし、引退後も毎年紅白への打診があったことを記した本があるので、その存在は大きかったのだろう。
 この引退。演歌の終焉だといっている本がある。都はるみが去れば、もう演歌は終わると。実際、他の本でも演歌は冬の時代に入りかけていたと記されていたが、都はるみの引退はその象徴。
 数年後、断られることが分かっているので、フェイントを掛けてきた。紅白に出て話すだけでいいと。この手に都はるみ周囲は乗らなかったが、都はるみ自身が乗ったような感じだ。
 どちらにしてもNHKの歌番組では欠かすことのできない人。歌謡ホールとか、歌謡コンサートとか、タイトルは変わっても、NHKホールで生中継で毎週やっていた時期があったのだろう。そのため出演歌手も同じ顔ぶれになり、特にヒット曲がなければ、同じ曲ばかりになる。それで過去の名曲とかを歌うようになったのだろうか。オリジナル曲ではなく。
 そういう歌番組だったが、人の歌、昔の歌。名曲などを、都はるみは軽々と歌っているように見えてしまう。
 歌謡曲だけに限らず、全部の歌を一人で歌えるのではないか。それを言い出すと、都はるみ一人いればそれで済んでしまうようなものだが。
 若い頃も、リハーサルなどで、出てこれない歌手がいると、都はるみが代わって歌ったらしい。都はるみ一人いれば、便利だったとか。
 歌唱力の高さと言ってしまえば、それまでだが、歌の上手い歌手、歌唱力の高い歌手は他にもいるだろう。
 こうして、都はるみのことを書くようになったとき、何故都はるみなのかと、今考えると、よく分からない。特にファンだったわけではない。注目したのは最近なのだ。
 歌唱力とひと言でいうが、実際には、聞いていて上手いかどうかは個人的には分からない。プロの歌手なので、皆さん上手いはず。
 実際、その中でも間違いなく上手いのだが、それだけでは注目しない。
 これが都はるみの謎となっている。
 たとえば「道頓堀川」という歌、歌い始めにすっと遠くを見ながら手を差し出す。これだけで、もうスーとその世界の人になっている。その手だが、特に凝った手の使い方などしていない。すっと手を上げ、顔の向きを変える程度。振り付けでも何でもない。自然に手がそうなるのだろう。
 これはどの曲でもそうだ。そういうのを含めて、この人は表現者、演者ではないかと思ったりした。歌の中の人を演じて歌う。
 しかし、それだけに決めつけるわけにはいかないのが、この都はるみ。
 チェリッシュの「決心」という曲を森田公一とトップギャランと一緒に歌っている動画がある。森田公一も上手い。言葉の出した方が巧み。切れがいいのだろう。語るように歌うのは都はるみと似ている。だからいいコンビだ。デュエット曲なので、先に森田公一が歌う。次はエッちゃんの番。それを都はるみが歌う。これがラジオなら誰が歌っているのか分からないだろう。これがあのうなり節のド演歌を歌っている人だと思えるはずがない。
 しかしまだ子供のとき、公開の場で歌う都はるみを聞きに来たチャンバラ仲間の友達だったと思うが、それを聞いて、どうしてあんなに優しい声が出るのかと、別人のように思ったらしい。
 この歌の幅の広さ。この三十前後の頃の都はるみの凄さ、この人しか、これだけいろいろな曲をさらりと歌い上げる人はにいなかったのではないかと思えるほど。
 当然、それだけの地位や実力があったから、いろいろとチャレンジできたのかもしれない。
 若い頃のNHKホールで座長をし、司会をし、緊張しているとはいいながらも、あの余裕はなんだろう。
 歌手には型がある。都はるみの場合、型破りなのだ。ジャンルはあとで作られたもの。歌にそんな仕切りはないはず。だから何でも売っている八百屋のような歌屋都はるみなのかもしれない。
 最後に余談だが、加山雄三が新聞で、歌謡曲について語っていた。歌謡曲の時代が来るのではないかと。歌謡曲の波が来ていると。それで「長崎は今日も雨だった」とか「そして神戸」とか、意外と「宗右衛門町ブルース」などを歌ったらしい。
 ああいった歌詞と旋律で涙が出るとか。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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