2018年10月09日

日本の服装

■■ 2018年10月9日 火曜日 午前8時46分
 
 今朝は晴れている。気温もまずまず。特にいうほどのことはない。ただ日影がかなり伸びている。太陽が低くなったためだろう。陽射しのある朝夕にそれが目立つ。曇っているのかと思うほど道が暗い目。日影の拡がりが、道一杯になっていたりする。夏場ならおいしい場所だ。そして陽射しのあるところでも、じっと立っておられる。これは日中でもそうだ。影に入ろうという気が起こらないのは、特に体に変化がないためだ。
 だから、外に出やすいので、行楽の秋。行くのが楽。そういう意味ではないが、外に出やすい。暑い寒いがあると、出にくい。それだけのこと。
 台風で、暖かかったのだが、それが去り、秋らしい気温に戻ったようだ。
 日本人の服装を書くとき、どの季節の服がいいのだろう。秋と春だろうが、冬が結構長く、大袈裟なものを着ている。そして夏は結構薄い。だから服装を書くとき、季節を考えないといけない。当然北と南とでは気温差があり、どの地方の人かで違ってくる。だから無季節に近い春や秋に着ているようなものを書くのがいいのだろうが、それでは春と秋しかない国になる。
 ただ、着物は形は夏でも冬でも似ているが、幕末とか明治、大正あたりまでの着物姿が写っている写真を見ると、冬はかなり着込んでいる。羽織と言うよりも綿入りのようなものを着ている。だから着物といっても羽織っているものが目立つ。
 今、売られている着物は訪問着や、晴れ着か、祭り用の浴衣で、生活着ではない。それに前掛けをしたりと、いろいろつけている。
 男性は雨ならたくし上げて、褌丸出し。どうせ濡れるのだから、脱いだ方がよかったりするのだろう。風呂屋へ行くとき、褌一丁で行くというのはよく聞く。いずれも季節は夏。冬は着込むだろう。しかもかなりの重ね着。
 そういった着ている物が売れた時代。盗賊は身ぐるみ剥ぐとか。着ている着物はそれなりに売れたのだろう。
 着物といっても、着ているもの。
 十二単のイメージからか、重ね着というのがいいのかもしれない。冬が深まるにつれ、着るものを増やしていく。ごろんごろんになるが。
 しかし、腕が回らなくなる。洋服は筒袖。細いためだろう。
 だから着物のようなゆったりとした洋服がいいのかもしれない。
 だが、着物は労働には向かない。そのため、丁髷時代の人の中で、どれだけの人が、今売られている着物に近いものを着ていたのかどうかだろう。
 その丁髷だが、その時代にワープして、髪型を見た場合、意外とボリュームがなかったりする。時代劇で見ている頭はカツラのせいかもしれないが、下に手ぬぐいとかを被り、その上に帽子を被っているようなものなので、頭が大きく見えるのかもしれない。
 それと、何らかのかぶり物。今で言えば帽子だが、常に何かを被っていたのではないか。烏帽子だろうか。
 芝居の女座長や瓦版売りが頭の上に手ぬぐいのようなものを乗せていたりするのは日除けだろうか。鉢巻きも結構多かったような気がする。手ぬぐいになるし。
 そういうのは昔の絵などに残っているのだが、嘘を書いていたりする。書いた側がイメージ作りのため、時代的にメチャクチャなものを着ていたりする。
 まあ、絵はそういう嘘を楽しむところにあるのかもしれない。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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