2018年11月03日

冬へ至る

■■ 2018年11月3日 土曜 8時16分
 
 今朝は寒い。夜も寒かったので、寝る前に電気毛布を敷く。すると、不思議、朝まで一度も起きずに寝ていた。夜中に最低でも一回は目を覚ますのだがそれがない。冷えるとトイレへ行くことが多い。それがなかったためだろう。暖かいため。そのためか、今朝は早い目に目を覚ました。以前起きていた理想的な時間。その時間に目だけは開くこともあるが、実際には起きる気がしないので、二度寝となる。しかし、今朝は目が覚めただけではなく、本当に起きることができた。
 これは寝たりなくなかったためだろう。それで朝の喫茶店は開店早々の一番客とまではいかないが、まだ早いのか、客が少ない。開店直後、さっと入ってさっと帰る客がいる。常連さんだが、その時間帯に行かないと、遭遇しない。その客は滞在時間が短いので、早い時間帯にしかいない。
 しかし、ぐっと寒くなり、これが一時的なことではなく、このまま冬に至るような気配。冬に至るとは冬至ではないか。
 耳が冷たく感じるようになったので、耳まで隠れるニット帽に変えないといけない。ズボンは夏用から履き替えたが、靴はまだ夏の軽いタイプ。少しだけ深い靴なので、紐を結んだりほどいたりが面倒。
 昨日は久しぶりに餃子を買い、持ち帰る。これをおかずにしてご飯と餃子だけでは野菜がない。餃子の中にタマネギを刻んだものやニラなどが入っているかのしれないが微々たる量。
 二人前を買ったのだが、一人前でも多い。二人前を一度に食べるとなると、ご飯はいらない。ご飯を抜けば二人前食べられる。だからご飯はいらないのかもしれない。餃子の皮は小麦粉だろう。パンと同じだ。ピザをおかずにご飯を食べないだろう。ただ、スパゲティーをおかずにご飯は食べる。ただし惣菜売り場にあるスパゲティーで、これは肉の横に添えたりするタイプだ。
 焼きそばをおかずにご飯を食べる。当然うどんをおかずにご飯を食べるが、これはよほど腹が空いているときだ。まあ中華屋でもラーメン定食にご飯やチャーハンが付くのと同じ。果たして中国ではそんなことをしているのかどうかは不明。チマキなどは似合いそうだ。中はチャーハンのようなものだ。日本の白いおむすびとはちょっと違う。ただにぎり寿司は異様だが。包みものではなく、乗せものだろう。
 だからその包みものの餃子やシュウマイなどはそれで一つの世界をなしており、ご飯はいらないのかもしれない。それがご飯なのだ。
 餃子を残すと皮が固くなる。レンジで温めるとさらに堅くなる。水を入れても同じだ。これは焼き直すのではなく、蒸した方がいい。そこで水分補給。まあ焼き餃子を水餃子として食べる。餃子入りのスープのように。ただしワンタンのようにはならないが。
 ワンタンは皮のなめらかさを楽しめる。これは味噌汁の中に練った小麦粉を入れて、団子のようにして食べるのと似ているが。
 いずれにしても食材は同じだが、調理方法が違う。焼くか煮るか炒めるか蒸すか、他にもあるだろう。燻すとか。ただ単に干すとか。発酵させるとか。
 この季節、サツマイモが出始める頃。年中あるのだが、安いのがない。
 昼は、これを蒸してよく食べていた。小学校のときの遠足の弁当がサツマイモの子はさすがにいなかったが、この子は非常に味わい深く、そして渋い人生を送るだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。