2019年01月03日

初詣

■■ 2019年1月3日 木曜日 午前11時10分
 
 早いもので、正月三日目。やはり一気だ。まあ正月でなくても普通の日でも三日間というのはあっという間だが。
 今朝は晴れており、寒さはほどほど。陽射しがあり、これで外は暖かい目。今朝はまだ朝の喫茶店の開店時間が遅い目なので、遅起き。堂々と遅起きできる。
 今朝は不思議と早い目に目が覚めた。普通の日なら歓迎だが、今日は早すぎる。もっと寝ていないといけないので、二度寝は推奨。大いに二度寝三度寝をしてもいい。だが、二度寝で目が覚めたが、僅かしか寝ていない。二度寝でもの凄く寝てしまい、寝過ごすことがあるのだが、短い。さらに三度寝四度寝と重ねるが、まだ早い。
 そしてこれが最後という感じで、予定起床時間手前で寝る。意外とこういうとき長寝になる可能性があり、目が覚めると、もの凄く時間が経っていたこともあるが、それはなかった。
 しかし、睡眠時間を計算すると、最初に目が覚めたときは、やはり早い目なので、しっかりと寝た感じではない。これは昼寝が必要だろう。
 いくらでも遅起きをしてもいいという正月なのは、喫茶店開店時間の問題。しかし遅起きしてもいいので夜更かしてもいいのだが、意外と眠くなり、寝てしまった。
 最近は朝は晴れているのにそのあと曇ることが多い。これは冬の特性だろうか。朝だけ日がある。だから初日の出見学には向いているが。
 だが、遅起きなので、今朝は朝とは言えないが。
 正月三が日、今日がラストで、初詣も今日まで。神社などは三日間だけはそれなりの構えでいるが、四日目になると、平日と同じ。参拝客もそうで、三日まで。だが大晦日の夜はまだ31日。この日から神社は賑わう。そのため四日間ある。これは屋台視点だろうか。
 今日は出掛ける気がないので、正月は何処にも行かなかったことになる。朝の喫茶店からの戻り道で寄り道して神社にも寄ったが、参拝はせず。並んでいる。長い行列。これは効かないだろう。もっと小さく人が来ないところの神様ならマンツーマン状態で、効くかもしれないが、あまり効果がないのだろう。だから誰も参らなかったりする。貧乏神だったりしそうだし。
 だから、流行っている神社へ人は行く。人が多い神社をわざわざ選んで。
 地元の神様というのもある。近所の神社がそうだ。歩いて行ける。そういうところは普段着の人が多い。ちょっとコンビニへ行く程度の服装だろう。
 しかし、地元の神社でもガラガラで人の気配がないところもある。昔からの人が減ったためだろうか。
 だから初詣は、一番近いところにある人が多く来ている神社が選ばれる。そういう大きい目の神社がない場合、電車に乗って、メジャーな定番神社へと向かう。
 これが意外とこの時代になっても廃れないどころか、増えていたりする。
 子供の頃から行っていた神社がある。神社が目的ではなく、露店だ。そしてその参道になっている商店街の玩具屋。つまりお年玉を落としに行く。
 大人になってから行くとガラガラ。もう露店も屋台も出ていない。これはかなり昔の話だ。大人になってから流石にお年玉を落としに行かなくなったが、たまに行ったとき、ガラガラ。ひっそりとしていた。
 そして今年もそうだが、人が増えているし、露店も少ないながらも出ている。
 一時、ガクンと参拝客が減り、神社離れしていたのだが、それが戻っている。
 神社離れの意味は、そちら方面、つまり神様がどうのとかの頭の中の問題だろう。それが戻っている。
 まあ、神様はその辺にはいないが、神社は神様しかいない。ただ、この神様はショートカットのアイコンのようなもの。神様の居住空間ではない。そうでないと同じ名前の神様が無数の神社にいるので、多くいすぎると、逆につかみどころがない。お一人一社なら分かりやすい。そういう神社もあるだろうが、人の言うことを聞いてくれるような神様ではなかったりする。
 神社に祭られている神様。同じ神様は別の神社でも祭っている。そういう神社の裏側へ行くと、有名どころの神様が並んでいたりする。どれもショートカット。
 村の小さな神社でも、有名どころの神社の祠や、長屋のように、ずらりと並んでいたりする。凄いネットワークだ。
 分霊とか分魂とか言い方は忘れが、勝手に祭っているわけではなく、一応本家のようなところからもらってくる。
 初詣は寺でもやっている。お寺の中に、普通の神様を祭った祠などがあるためだ。これは郵便貯金のカードだが銀行のキャッシング機でも使えるというような感じだろう。
 除夜の鐘はお寺。突き終えると新年。寺から初詣の神社へとバトンタッチ。
 参拝客も、何の神様かははっきりとは分かっていなかったりするし、お寺では本尊の仏様が誰なのかは分からないまま手を合わせたりする。
 具は分からなくても、有り難いものとして拝む。もの凄い祟り神を拝んでいたりする。または異国ではもう亡びた神様もいたりする。
 ここでは科学的データなどは関係ない。こういう大らかさがいいのだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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