2019年04月08日

尼崎、曽根、豊中、蛍池、石橋、池田散歩

■■ 2019年4月8日 月曜日 午前9時19分
 
 今朝は晴れているが、風が冷たい。昨夜雨が降ったので、それから気温が落ちたのかもしれない。昨日は暖かく、20度を超えていた。瞬間ではなく。
 流石に真冬のジャケット類は着なかった。しかし、今朝は着たいところだ。
 化繊の毛糸のような生地なので、風がスカスカで、これが問題なのだろう。昨日は何ともなかったが。
 やはりこの時期はウインドパーカー系がいい。マウンテンパーカーとか。つまり風除け。他はいいが、風で寒い。スースーする。それまでダウンジャケットで完全武装していたためだろう。効果が全く違う。それのアンコが入っていないタイプでいい。風が入ってくるタイプはまだ早いようだ。梅雨時ならいいかもしれない。蒸れないので。しかし、雨に弱い。
 昨夜の雨は何だったのだろう。寝ているときなので、雨音が凄い程度だったが、それなりに長く降っていた。春の雨は穏やかで小雨が多い。暖かかったので、その反動かもしれない。
 昨日は自転車散歩には最適な日和だったので、昼過ぎの喫茶店の戻り道、戻らないで散歩に出た。別に出るとは決めていなかったので、カメラは適当。
 偶然ポケットに広角系コンパクト、鞄にはキヤノンイオスM3に300ミリまでの望遠ズームを付けたもの。どちらのカメラも出番が少ない二軍というより、一台ではズーム比が足りないので、組み合わせないといけない。
 イオスM3はいい買い物で、展示品特価。ダブルズームキット。ファインダーはないが、外付けの電子ファインダーを持っているので、それが使える。
 それで行き先だが、とりあえず池田近くの171号線沿いにある上新中古店。方角だけは、それで決まるので、そこへ行くまでの道中が撮影場所というか、散策場所。点ではなく、線で攻め、道中全てが目的地。
 昼の喫茶店は尼崎と伊丹の境界線あたり、それで日常から離れるのだが、まずは猪名寺。猪名野廃寺があるところで、これは尼崎市。藻川を渡り、大阪方面へ。その前に田能村に入り込む。田能遺跡があるところだ。村は弥生時代から続いているわけではないが、かなり古く、大きな家が多い。その城のような農家の二階、雨戸が閉まっている家が多い。昔ながらの板だ。これは老人夫婦だけしか住んでいなかったりするためだろうか。家が大きすぎ、部屋が多すぎるので、二階など使う必要はないためかもしれない。
 名前のない神社がある。形は神社なのだが、小さい。そして神社の名が分からない。近所の人にとっても、ただの神社かもしれない。村の。
 そこに力石がある。聞いたことがない。あしたのジョーではない。大きな石が境内に二つある。解説では持ち上げるため。要するに重量上げのようなもので、競い合ったらしい。力自慢。それは機械化されていない時代なので、牛ぐらいしか動力は無い。だから人の力だけが頼りの農業。力が強いと言うことはそれだけ能率が上がる。それで、力の強い人を褒めるため、力石で競わせ、勝てば褒美でも出たのだろう。
 この石は路肩で忘れられたように転がっていたのだが、簡単に動かせるものではない。まあ、車も入り込まないような村内の小径にあったのだろう。だが、車時代になってから、邪魔になったのかもしれない。こういう農家が集まっている路地などにはいまも石がゴロゴロある。かなり大きいが、先ほどの力石ほどではない。
 この田能村へは何度か通ることがあるのだが、農業公園のようなのがあり、潅漑用水などの仕組みなどをあったように記憶している。まあ低い丘だが公園になっており、バラ園などもある。これはジャンルが違うではないか。
 先ほど越えた藻川の次ぎに猪名川を越える。藻川は猪名川の支流。どちらも大きな川だ。その川と川に挟まれ、中州となっている。大阪の中之島のようなものだ。船のように浮かんでいるような。それが広いと、中州だとは分からない。
 そこから池田方面を目指すのだが、既に道を間違っている。大回りになるコースに入ってしまった。それは空港。これが邪魔をして、山手へ出られない。そして最悪の空港半周コースに乗ってしまう。その敷地は非常に広い。空港その物は上から見ると、怖いほど狭い。空母に着陸するような感じだ。
 それで、何処をどう来たのかは分からないが、森本村に着く。ここも古く、大きな農家が武家屋敷のように続く。聞いたことのないような人の領地だったらしく、賀茂神社がある。その領主と関係しているのか、それ以前からあったのか、こういった神社はいつ建ったのかは不詳が多い。これは古ければ古いほど有り難い。値打ちがある。また古ければ古いほど自慢できたりするかもしれない。隣村に対し。
 こういった大きな村には複数の神社があったりする。この神様は水に関係しているようで、水田時代のものだろう。いまは田畑はほとんどない。ただ、家は大きい。江戸時代天領だったところは年貢が安いので家が大きくなると言われているが、それだけではなさそうだ。米を作るだけで、そんな大きな家が建つとは思えない。
 森本村から先は廃棄物処理所とか、工場とかが続く空港周辺部。見るべきものはないが、空港のターミナルビルの反対側に公園があり、そこへの見学客がかなりいる。そのため、空港は土手で囲まれており、まるで野球観戦、競技場のようなスタンド。そこからのんびりと離着陸する飛行機を遠目で見られるというもの。
 しかし、飛行機写しのプロはそんな横からではなく、真上を通過する敷地外に集まる。ここがスポット。
 そのスポットを横目に見ながら、空港を回り込めばいいのだが、それは前回やったので、今回は大阪方面へと進む。これが間違いのもとで、吸い寄せられるように曽根の町に入り込む。ここは少し段差があり、高低差がある。丘越えになる。それを避けるため、横へ横へ避けているうちに豊中に入り込む。これは難しいところに来てしまっており、上新のある西国街道は遠い。まあ、阪急電車沿いに行けば池田に入れるが、大きな道沿いはいいものがない。
 そのうち石橋まで出てしまう。山沿いに近いため、坂が多くなるので、平地へ戻る。そしてウロウロしていると蛍池。神社の境内に出てしまったが、商店街の裏側と繋がっていたようで、アーケードのある市場をくぐり抜ける。蛍池からが迷い道になり、171へ出られない。
 とりあえず方角は間違っていない。六甲山を目指せばいい。そしていつの間にか空港の表玄関側に入り込んでしまった。それで、戻ってきたわけではない。敷地は広い。
 そこから山手へまた向かう。五月山を目指せばいい。池田はその下だ。
 だが、171号線というのは、途中でバイバスというか、分かれる。それと高架になって、自転車が入り込めない。
 それで、かなりウロウロし、同じ道をまた戻ったりしながら進むが、分からなくなる。見覚えのある村などが少しあったのだが、位置が分からない。
 それで、夕方近くなってきたので、戻ることにする。
 この二重西国街道の罠にはまり、抜け出せたのだが、伊丹の入口猪名川軍行橋が見えてきたので、これは戻りすぎ。これで土地勘が戻ったので、上新の位置も分かったが、171号線はここでも蛇行する。行きと戻りとでは道が違うのだ。
 しかし、池田を目指せば何とかなると、伊丹へ戻るのを辞めて、また171を探す。しかし、その道が171なのだが、ここが分かりにくいところ。一度別の道に入り込むためだろうか。
 それで難儀しながら、やっと広々とした五月山の下の西国街道に出る。これが171号線なのだ。それで風景も戻ってきたので、上新の場所も分かった。
 上新アウトレット店となっているが、新品も売っている。中古はラップされて、実物は触れないようになっていた。
 中古といっても、他の上新で余った展示品を売っているだけ。しかし展示品は中古。そのため、中古情報が書かれている。傷があるとか。
 特に見るべきものはなかったが、新品のイオスキッスX9iがよかった。望遠を付けたのが展示されていたので、覗くと気持ちがよかった。
 その日持ってきたのはそのミラーレス版で、似たような組み合わせになってしまう。それに同じタイプはニコンで持っているので、必要性はないが、ミラーレス時代の光学式一眼レフというのは何か新鮮に感じたりした。このキッスX9iはAFがいい。
 それで、一応目的地まで来たので、あとは戻るだけ。既に夕方が近い。日が長くなったので、助かる。
 道探しでウロウロしている場所がいけなかった市街地のため、写すようなものがない。
 森本村あたりか、蛍池あたりかは忘れたが、能勢街道を発見。そういう道沿いには古い家が多い。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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