2019年06月20日

都はるみの「はるみ」

■■ 2019年6月20日 木曜日 午前9時43分
 
 今朝も晴れている。陽射しがあったりする。ただ雲が多いので、晴天ではない。これはおかしい。梅雨入り宣言はないが、全国的には梅雨入りを果たしている。努力して果たしたわけではないが、確かに宣言は聞いた。耳ではなく、文字でだが。
 それで畿内が遅れているのか、宣言はなかった。その翌日雨が降りそうだったためだ。
 だから、遅くても、数日後、畿内も梅雨入りになるはず。ところが晴れている。しっかりとではないが、曇天ではない。雲が多い程度。そしてこれがまだしばらく続くらしい。ということは、畿内での梅雨入り宣言を控えたのは正解で、他の地域での宣言が間違っていたのではないかということになりそうだ。大阪方面だけ晴れているというのはあり得ないので。
 と言うようなことを言っていると、十日間予報に傘マークが一つもない状態が一変し、全部傘になってしまうかもしれない。
 しかし気温的には梅雨時らしい。夏のそれとはまた違う。ここだけは梅雨らしい。
 今朝はそれほど早起きではなく、ここ数日から比べると、少し遅い目。早い目が続くと夕方が遅く、腹がすく。まあ、夕食は早い目に食べる方が胃にはいいのだろう。一番悪いのは寝る前に食べることだ。まあ、昼寝などは食べたあとすぐに寝るが、時間は僅か。暑くなってくるに従い、寝にくくなる。
 
 昨日はニコンの一眼レフに望遠ズームを付けていたのだが、カラスがいた。烏の行水というのがあり、これは早いとされている。それを終えたのか、柵の上に止まって羽の手入れをしているが、すっかりと痩せてしまった。濡れるとガリガリになる。しっとりとした黒をカラスの濡れ羽色とかいうが、その状態。それで羽を乾かすためか、妙な仕草を繰り返している。これは滅多にないチャンス。しかも低い柵の上なので、ほぼ目の高さ。
 惜しいかなニコンの望遠ズームは450ミリ少しだろうか。キットレンズだ。これでもキットレンズでは長い方。しかし届かない。流石にそれ以上近付くと、逃げるので、何ともならない。
 最近はネオ一眼を持ち出すことが多い。パナソニックやキャノンの。ネオ一眼なら1400ミリほど。600ミリまでのパナソニックでもデジタルズームで、2000ミリ越えする。しかし、一眼レフではデジタルズームが効かない。せめて600ミリあれば、何とかなった。だからポケットに入る旅カメラは700ミリ越えしているので、それをポケットに入れておけば何とかなっただろう。こういう近距離から中距離でのアップものはコンパクト系は強いし、画質もいい。距離も近いし。
 それでカラスのアップは無理だったが、小さいながらも何とか写っていた。背景がよくないので、切り取りたいところだったが。
 同じニコンのP900なら2000ミリ。デジタルズームの必要はない。ほぼ思う通りに抜けるだけのアップが撮れるし、カラスとの距離を考えれば、まだまだ余裕があるほど。
 そう思って、巨砲のP900を鞄に入れた日に限り、大砲を撃つような被写体と遭遇しなかったりするのだが。
 ただ、ニコンの一眼、立ち上がりが早い。鞄から出してからシャッターを切るまでは、流石に手動ズームなので、ズーム待ちがない。また電子ファインダー待ちもない。あるのはピンと待ちだが、このレンズは爆速で有名。瞬時だ。音もしないし、手ぶれもよく効き、ぐらぐらしない。しかも一眼レフの一点モードは迷いがない。命中させればそれで済む。だから仕事が早い。
 
都はるみの「はるみ」
 これは都はるみが歌う「はるみ」という歌。これがかなり都はるみらしい歌ではないかと思える。では都はるみらしさとは何かとなると、これは結構難しい。色々とあるためだ。
 そのため、初期の都はるみの歌が、やはり都はるみらしいと思いやすいが、そう言うのを聞いていると、これもかなり色々と歌っており、幅が広い。
 NHKの私の歌の道という特集で、元気で明るい時期というのがある。高度経済成長と歩調を合わせるような明るく元気なイメージの。
「はるみ」はそのあたりの威勢良さ、元気さが飛び抜けて出ている。
 もの凄く年を取ってからのコンサートでこれを歌っている。一番だけ。
「私と同じ名ではるみという歌です」と自分で司会して、自分で歌っている。しかも京都弁で。
 これが動画として唯一残っているものだろうか。あとは二つほど音だけの動画がある。
「はるみ」を最初聞いたときは北島三郎の「函館の人(女)」を思い出すだろう。大ヒットした曲だ。しかし、それよりも遙かに歌い方が巧みで、声の出し方が複雑。
 口に空気を含んだまま、ぽんと吐くような、または音を浮かしながらとか。凝ったことをもの凄くやっている。当然いつもの巻き舌の威勢良さ。切れの良さ。そして綺麗な声。これは男歌かもしれないので、女々しく女心を歌ったものではない。「函館の人」と同じような設定だ。
 声の張り、転がし方、伸びの良さと同時に、どすのきいた唸りが入るし、これは都はるみの真骨頂だろう。おそらくこの「はるみ」に凝縮されている。
 それもそのはず、作詞作曲は恩師。この人は作曲家なのだが、作詞もしたのだろう。しかもどの人よりも都はるみのことを一番よく知っている人が作詞作曲なのだから。また市川昭介は都はるみ像を作った人でもある。ただ、明るく元気な歌だけが都はるみなのではないことも知っている人だ。そうでないと「涙の連絡船」など作れないだろう。
 ネオンの灯る北海道の盛り場。何処か淋しい北の町、と歌詞に入れている。明るく賑やかなのだが、どこか淋しい。
 弾むような歌い方、そして、あの節回しの複雑さ、声の返し方などなど、全て恩師のピアノの前で、じっくりと教え込まれたのではないかと思える。
 それかあっさりと、都はるみに勝手に歌わしたのかもしれないし、その辺は分からない。
 ただ、レコーディングのとき、一発で決まるようなこともあったらしい。これは当時のことが書かれた本にあるので、きっとそうなのだろう。
 この「はるみ」実はネット上では動画が結構ある。ご本人は出ないが、中国や台湾の人が歌っている。男性も歌っている。しかも日本語で。
 やってきました北海道が歌い出しだと思うが、これは「ああああーーーんやってきましたほっかいどーへ」となるのだが、中国語では無理だ。またこれをレコードとかテープで効いた人は、その語呂が気に入って歌っているのだろう。
 男性が歌っている動画では二番目に中国語になる。台湾の男性歌手だろう。すると、とたんに台湾の歌になる。馴染んでいるのだ。つまり、この時代台湾で歌われているメロディーとの距離がほとんどない。
 それで中国語の「はるみ」を聞いていると、そういう歌が台湾にもあるのかと思うほど。
 これは一時引退後、ジャワか何処かへ旅したときの、都はるみの目の前で都はるみの「あんこ椿は恋の花」を聞いたらしい。当然現地の女性が歌っている。これはテープか何かで聞いて気に入ったので、真似て歌っていたのだろう。詞など分からないはず。だからリズムと、都はるみの歌い方に引かれたのだろう。
 ただ、数ある「はるみ」の動画版だが、どれもあの歌い方はできない。ベタベタになるのだ。
 まあ、あの声は出せないし、声の幅というか、出し方のうねり方、質の違う声を使い分ける。それでいてもの凄く語り掛ける。
 都はるみ、それは今までの歌謡曲になかった歌い方だったのかもしれない。だからNHKに出られなかったはずだ。
 うなり節の都はるみ、はるみ節というが、そう単純に唸っているだけではないことは、言う必要もないが。
 そういったはるみ節を全部取り去ったような歌もしっかりと歌える。しかし、誰が歌っているのか分からなくなるが。
 色々と歌手は多い。その中でも都はるみに注目したのは、分からないためだ。その方が長持ちする。
 だから何度でも同じ曲を聴けるのだが、その幅の広さ、レパートリーの多さに圧倒される。どれがいったい都はるみなのか、そしてどれも都はるみの一面でしかなかったりする。
 その中で、「はるみ」という歯切れのいい、巻き舌と唸りと波長、波動は、いかにも都はるみの陽の部分を言い表した歌い方だ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。