2019年07月03日

トマトの直売

■■ 2019年7月3日 水曜日 午前9時20分
 
 今朝は曇っている。最近はこれが標準仕様のようなもの。晴れていると、逆におかしかったりする。それほど雨の降り続けるイメージがあるのだろう。しかし天気予報では曇りが多く、雨の傘マークは意外と少ない。その半々もある。曇りのち雨か、曇り時々雨か、雨のち曇りか、曇り時々雨か、何かよく分からない状態だが、曇りから雨になるか、曇りから雨になるがまた曇り、さらにまた雨になるとか、目まぐるしい。
 そして変化はするが、雨と曇りだけで晴れが入っていない。晴れれば梅雨晴れ。これは真夏並みに暑くなるので、それは引っ込んでいる方がよかったりする。下手に晴れると寒暖差が大きくなり、風邪を引いたりする。
 暑いと思っていると寒かったり、寒いと思っていると暑かったりする。
 まあ、そういうことを何十年も繰り返し、そして体験してきていたことなので、違和感はないが、その都度身体や気分に反映するので、慣れて問題なしというのではない。
 今朝はまた中途半端な空で、雨が降りそうなほど暗い。青味は全くない。まあ、真っ白ということで、これは中途半端ではないのかもしれないが、雨になるか曇りのままなのかが曖昧な空なので、そう感じるのだろう。陽射しがなくても日傘を差している人がいる。悪い光線は曇っていても出ているのだろう。それを見て、雨が降っていると勘違いしたりする。紛らわしい。
 最近不快指数という言葉を聞かない。湿気ているとき、これを使っていた。不快指数数百パーセントだと、誰もが不快に思う湿気。ただ、不快か快適かは個人差がある。それに不快という言葉が不快なのかもしれない。事柄に対しては不愉快という言葉がある。愉快だろうが不愉快であろうが、己の都合を述べている。それも露骨に。そして宣言型。何様だろう。
 通り道にあるすぐ近所でトマトと茄子の直販が始まっていた。その前に畑がある。トマトが赤くなりつつあることは毎日見ている。当然苗を植えているころから見ている。自分が育てたわけではないが、成長を見続けているので、馴染みがある。
 それで今年最初なので、直販所で買う。掘っ立て小屋だ。屋根がある程度。だから雨でもやっている。毎日ではない。売り切れれば、育つまで、しばく間がある。
 トマト下さいというと、トマトを選りだした。品質がまばら。だから均等に良いのと悪いのとを混ぜながら選んでいる。一つではなく都合五つほど。しかも大きい。質の悪いのはひび割れ。それが混ざっていることを先ず宣言し、客に言い聞かせて売っている。ヒビありですよと。これは商品としてスーパーなどで出せないトマト。全部そうではなく、ひび割れのない綺麗なトマトも当然あるが、ひび割れも混ぜて公平に売っている。
 大きいのが五つほど。それで300円。嘘のように安い。それだけではない。袋に入れるとき、小さい目の出来損ないを三つほど入れてくれた。
 冷蔵庫に入れた方がいいのかと聞くと、その方が長持ちするとか。ひび割れのところから腐り出すようだ。
 それと腐ってくれば、そこを切り除いて食べればいいと。
 そのトマト、早速切ってみると、中は真っ赤。ジュジュがない。あるにはあるが、赤い肉の塊。切りやすい。細かく切っても潰れない。
 食べると、柔らかく、甘味もほどほどある。何も付けなくても、そのまま食べられる。しかし、大玉一つは多すぎる。二回に分けて食べたが、トマト腹になった。食べ過ぎだ。しかし数が多いので、そのペースで食べないと、冷蔵庫に入れていても、危ない。
 これは多すぎるので、煮てケチャップにするか、または食べるときのサイズに切って冷凍にするのがいいのかもしれない。
 または卵焼きにトマトを入れる。トマトを炒めるのだ。卵とトマトから出る汁で、マイルドな卵焼きになる。潰れ焼きだが、麻婆豆腐のようなもの。麻婆トマトだ。
 しかし、このトマト。そのまま切って食べた方が美味しい。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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