2019年07月12日

都はるみ八代亜紀つま恋ジョイントコンサート

■■ 2019年7月12日 金曜日 午前9時48分
 
 今朝は半ば晴れている。半々。雲が多いのだが、晴れ間があり、それで晴れとも言えるし、曇りとも言える。陽射しがないときは少し空が暗い。これは曇り空に近い晴れで、雲も形がなかったりする。だからやはり曇りだろう。陽射しがあるのはおまけ。
 そして肌寒かったのが少し暖かくなっている。実際には暑くなるはずだが。
 今朝は分厚い目のネルシャツを着ている。これは涼しさよりも暖を求めているため。つまり、暑さではなく。
 寝起き行く喫茶店までの道で蝉が鳴いているのを聞く。梅雨も明けていないのに早い。蝉は一週間程度だと言われているが、数週間生きるらしい。小学生か中学生が調べたらしい。まあ一匹の蝉をずっと観察するようなことはないし、蝉が鳴いている程度で、たまに止まっているのを見る程度。鳴いていることで、蝉がいることが分かるのだが、同じ蝉かどうかは分からない。種類による違いで鳴き声が違う。夏の最後の方に出てくる蝉とかもいる。これも鳴いているのを聞いているだけ。
 蝉が意外と長く生きているとなると、これはたとえ話のとき使いにくくなる。
 しかし、蝉はいつ頃から鳴き出すのかなどは明快な記憶はない。まあ、夏になると鳴いている。その程度。だから今朝聞いた蝉の声は早いのか遅いのかは分からないが、何となく早いような気がする。もう少し本格的な猛暑とかになった深い夏頃だと思うのだが。
 しかし梅雨にありがちな寒暖差や湿気や低気圧などで風邪を引きそうな雰囲気になるのだが、まだ夏風邪は引いていない。といっていると、引いてしまいそうだが。
 どちらにしてもこの時期体調を一番崩しやすい。変化について行けないからだ。後れを取るわけだ。
 暑いなら暑いだけ、寒いのなら寒いだけ。雨ならずっと降っているだけ、などのほうが変化が少なく、逆に過ごしやすかったりしないが、構え方が同じなので、構え間違いがない。暑ければ、暑いことだけを身構えればいいし、そういう姿勢で臨めば、何とか凌げる。
 七月も半ばに差し掛かったので、蝉が鳴いてもおかしくなく、夏の真っ盛りだと言ってもいいが、問題は梅雨。これが明けてくれないと、夏っぽくない。雨で戻されてしまうからだ。
 去年の今頃、寝るとき蒲団を被っていたのだろうか。夏は掛け布団はいらない。扇風機を付けっぱなしで寝ているのが夏。だからこの状態にならないと、夏らしくない。
 
都はるみ八代亜紀つま恋ジョイントコンサート
 久しぶりに都はるみの長い目の動画。八代亜紀と一緒のなので、半分半分の時間になるが。
 このコンサートはテレビで放映されていたのか、コマーシャルが入る。それで、それに出ている人で年代が分かったりする。沢田研二が若かったりする。
 コンサートにはテレビ局の司会者だろうか。和服だが、振り袖ではない。
 ニューミュージックの殿堂か、聖堂かは忘れたが、そういう言い方を司会者がいっている。つま恋。野外コンサートだが、舞台には屋根がしっかりとあるが、雨のようで、横殴りの雨。しぶきが舞台まで飛んできているのか、夏なので、涼しそうだ。風も強い。
 雨の慕情の八代亜紀。雨雨降れ降れもっと触れの歌が呼んだのだろう。都はるみも大阪しぐれをはじめ雨が出てくる歌はかなりある。だから雨に縁があるらしいが、都はるみの野外コンサートでは降っていた雨も始まるとピタリとやむことがあったらしいので、実は雨女ではなく、晴れ女なのだ。都晴美なので。
 この動画は見たことがなかった。しかし、最後に二人で歌う「お祭りマンボ」だけは動画としてある。前後が分からないまま、ポツンとあるので、どういう状態で歌っていたのかさっぱり分からないが、このコンサートのときのものだったようだ。
 都はるみと八代亜紀のジョイントコンサート。これは何度かあったのだろうか。記憶にあるのは最後のコンサートで。これは都はるみ休養前の最近のものだ。年を取った都はるみと八代亜紀が出ている。
 それに比べると、つま恋のコンサートは若い。八代亜紀はそれほど変わらないが、ほっそりとしており、都はるみは別人のように若い。
 日本の北から南までの歌を一番ずつ、二人で交互に歌い出す。これがスタート。
 都はるみは北酒場、八代亜紀は北上夜曲と、それぞれの傾向に合った曲が続く。
 オリジナル曲は、そのあと二曲ほど歌う。都はるみは「東京セレナーデ」と「涙の連絡船」。おそらく新曲と定番だろう。八代亜紀も最近の曲、ほぼ新曲を歌う。だから、時代が分かる。ネットにある新宿コマ都はるみコンサートフルバージョンあたりの時代に近い。髪の毛はそれほど長くはない。
 司会者が、それぞれどんな人ですかと聞くと、都はるみは八代亜紀は火の人。熊本出身だし、壁があっても乗り越えていく人と答える。八代亜紀は都はるみのことを竹を二つに割ったような人と答える。要するにあまり女っぽくないのだ。
 物の本によると、都はるみと八代亜紀の関係は、友好的。ある距離を置いてはいるものの、いい関係を維持しようとしていたとか。年取ってからはいい相談相手になったのだろうか。
 年は二つほどしか違わない。都はるみが上。しかしデビューは都はるみがかなり古い。京都の高校を中退し東京で歌手になったのだから。
 八代亜紀は卒業後バス会社に勤めていたらしい。そこからテレビの勝ち抜き番組で上がってきたのだろう。だから年は似ているが、既に都はるみはその頃は大スターになっていた。
 八代亜紀といえば、亡くなった青江三奈に近く、その後継者のような感じ。ハスキーな声でそう思うのだろう。
 もっと風呂敷を広げれば淡谷のり子まで行ってしまうかもしれないが。
 この二人、いい関係が続いていたのだろう。年取ってからもジョイントコンサートをやっているのだから。そして、現役でまだ歌手をやっている人で、年代的にも近いとなると八代亜紀になったりする。だから最後のコンサート後、そのあとどうするかで相談していたとか。
 その二人が全盛期とも言えるほどまだ若いが既にベテランになり、元気溌剌だった頃のコンサートが、このつま恋。
 そしてニューミュージックの本拠地のような場所へ殴り込んだようなもの。
 八代亜紀は意外と自分は演歌歌手だといっている。これは一種の特典かもしれない。まあ、この時代、もう歌謡曲がフォーク化、フォークが歌謡曲化したような時代。ザピーナツが歌う「大阪の人」など歌謡曲だ。だが八代亜紀はポップスをクラブなどで歌っていたのだから、都はるみほど歌謡曲の中でも演歌歌手的ではないのだが。それに演歌歌手のような着物はほとんど着ていない。
 都はるみは敵地に乗り込んだようなものだが、あの唸り声をここで発するのは痛快かもしれない。ただ、あまり拘っていないようで、そういった垣根分けはどうでもいいような感じだった。
 そして、ど演歌というわけではないが、かなり臭いのを敢えて二人は歌っている。それは八代亜紀が歌う「無法松」と都はるみが歌う「会津の小鉄」。
 無法松は都はるみのオハコではないが、それを歌っている動画が二本ほどある。このコンサートと前後するのか、どちらが先かあとかは分からないが、新宿コマで歌っている。こちらも新曲が「東京セレナーデ」だったので、同じ時期かもしれない。前髪の分け方やボリュームが似ている。横に広い。
 無法松は八代亜紀が歌い出すのだが、横で都はるみが心配そうに応援している。三番まで歌うので大変だ。八代亜紀はあまりこういうのは得意ではないのか、横で都はるみが口を動かしている。
 結局、八代亜紀が顔の表情だけで決めながら歌い抜いた。都はるみは古賀政男メロディーではこの無法松が一番好きだといっていたので、聞きたかったのだが、次に歌う都はるみの「会津の小鉄」のほうが強烈で、こちらのほうが都はるみが得意とする節回しだ。
 無法松はカタギの車引き。世話になった旦那さんが亡くなり、その後家親子を見守る話。どうせ実らぬ恋。映画やドラマでお馴染み。
 会津の小鉄は侠客。これに近いのは吉良の仁吉だろうか。これもコンサートで歌っている。浪曲入りだ。だから会津の小鉄も浪曲風節回し。その節回し、都はるみは余裕がある。浪曲師や講談師が客に言って聞かせるような語るような歌い方。これは普通の演歌でも、そっと手を差し出して、歌い始めるのとも共通。すっとその情味の世界に入って行く。
 会津の小鉄。この歌をまともに聴くのは初めてだ。何処かで一度聞いたことはあるが、完全に忘れている。滅多に歌われない曲のためだろう。これがまた痛快で、歯切れの良さ、気っぷの良さ。これは見事なものだ。
 要するにニューミュージックの殿堂に無法松と会津の小鉄をぶつける。まさにコテコテの演歌。
 この動画、この「会津の小鉄」が一番聞きごたえがあった。この任侠ものの斬った張った、出入りの晴れ姿などの男臭い歌を歌っていた時期、さだまさしの「秋櫻」やチェリッシュの「決心」を優しく可愛い声で歌っていたのだから、驚きだ。
 要するに演歌、歌謡曲以外の歌も歌えるのに、それをメインにせず、演歌が似合わない場所で、演歌を唸っている。これは痛快だったりする。しかも女性演歌歌手としてメジャーすぎるほどの二人。どちらも演歌の女王と言われている。
 そして振り袖姿。しかも色柄が鮮やかで、アート性が強い。昨日今日着ているわけではない。着慣れているのだ。
 都はるみの着付けは、当然自分で全部やっていたらしい。一人で着られるのだ。そして帯は上の方に締めている。これが特徴。そこが何とも子供っぽい。着物を着て、あれだけ動けるのだから、これは凄いと思う。しかもバックステップで流れるように。
 八代亜紀はウロウロしないが、都はるみは相変わらず動き回り、カメラが顔から外れてしまうほど。そして舞台の一番端や、ぎりぎりのところまで来る。これは下手をすると落ちる。まあ、それで何度か落ちたらしいが、実際には敢えて飛び降りたのかもしれない。
 最後のオリジナル曲は八代亜紀は「舟歌」で都はるみは「北の宿から」。どちらもレコード大賞曲でどちらも紅白の大トリ。北の宿からなどは二年連続で大トリ。
 実際に演歌っぽいオリジナル曲は「涙の連絡船」だけだった。あとは人の曲。
「東京セレナーデ」も「北の宿から」も演歌とは言い難い。しかし、都はるみの節回しが、やはり演歌なのだろう。
 要するに演歌のイメージは大衆演劇のノリ。
 残念ながら客席は瞬間だけ写るだけ。ちらっとしか見えなかったが、それになり年配の人も来ている。まあ、都はるみと八代亜紀なので、そのファンが来ているのだろう。
 都はるみのほうが年上だし、キャリアも都はるみの方が長いのだが、二人並ぶと、八代亜紀がお姉さんに、都はるみが妹のように見える。
 都はるみはフォークソングや、ニューミュージック陣営の歌も歌う。しかしニューミュージックの人では「会津の小鉄」や「無法松」は歌えないだろう。
 しかし、実際には演歌を口ずさんでいたりするのかもしれない。一応イメージがあるので。
 都はるみも家にいるときは演歌ではなく、海外の曲を聴いていたらしい。そしてあれほど見事に着こなし、あれほど着物が似合う歌手はいないのに、着物はあまり好きではないらしい。ここが可笑しい。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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