2019年10月01日

新書太閤記 清洲会議後 吉川英治

■■ 2019年10月1日 火曜日 午前9時15分
 
 今朝は晴れている。相変わらず暑さが残っているが、部屋の中はひんやりとしている。しかし、外に出ると夏だ。台風の影響かもしれない。今何処にいるのかは見ていないのだが、前回と同じで、温かい空気を運んできているのだろう。それは分からないが。
 寝起きすぐに行く喫茶店は今日は休み。定休日ができたようで、年中無休のはずだが、都合が悪くなったのだろう。だから都合により、と貼り紙がある。
 開店時間や閉店時間なども徐々に短くなり、早朝に起きていた頃は、それで行かなくなったが、起きる時間が遅くなり、行けるようになった。
 これも都合によりだった。何の都合なのかは一般的だろう。つまり、バイトがいないのだ。人手不足。バイトがいないわけではないが、足りない。だから都合が付かなくなったというのが理由らしい。ただ、これは店の客の噂にすぎない。
 しかし、休みは週一回なので、消えてなくなったわけではない。それで、今朝は正月に入る喫茶店に行く。いつもの店は正月の五日間ほど開くのが遅いので。
 まあ、普通の個人喫茶だが、それの高い目の店。老舗だ。しかし、世代交代しており、年寄りがやっている店ではないので、当分廃業はないだろう。
 だが、非常に高い。
 それと煙草が変わった。いつも買っているエコーのパッケージが変わった。値段は同じ。エコーとわかばだけは特別安かった。そのエコーも製造中止になったようで、そのかわり、新製品が出た。それで、パッケージが変わったように見えた。名前は同じエコーだが、エコーシュガーとなり、子供のお菓子の煙草のような色になった。紙の箇所が茶色い。フィルター部はさらに濃い茶色。ほとんどエコーと同じようなものらしいが、中身は違うらしい。
 いつもと同じもの、同じようなことが日々続いているようなのだが、そうした一部の変化がある。全体ががらりと変わるわけではないので影響は少ない。そしてそれらが徐々に日常の中に溶け込み、普段通りのものになってしまうのだろう。しかし十年前と比べると、結構違っていたりする。徐々にの変化、一部の変化なのだが、結構変化しているのだろう。
 それよりも秋になったはずなのだが、夏のように暑い。そちらのほうが厳しかったりする。真夏の頃に比べれば涼しいのだが、秋になったはず、というのが頭の中にあるので、そう感じるのだろう。
 
新書太閤記 清洲会議後 吉川英治
 前回の清洲会議で、映画版清洲会議で、お市さんが清洲城にいるのはおかしいと言っていたが、これは間違いだった。そのあと新書太閤記の続きを読んでいると、勝家に嫁いだのは清洲会議後のこと。だから映画版は間違っていなかった。
 大河ドラマなどでお市さんが出てくるのは、浅井長政に嫁ぐときと、その落城のときと、さらに勝家と共に亡びるとき。
 また、清洲会議のとき、映画では秀吉暗殺シーンがある。お市さんの命で勝家が刺客を送るのだが、映画では勝家はそういう手は使わない人になっている。
 実際には勝家は兵を動かしている。刺客ではなく。
 だから秀吉が勝家に殺されそうになったのは新書太閤記にも出てくる。
 秀吉が押した織田家後継者のお披露目の席がある。このとき、登城すると危ないという情報がある。一室に閉じ込め、切腹させる計画。
 秀吉は病と言うことで、夜中に清洲を発つ。
 清洲会議はただの会議なのだが、柴田は1万ほどの兵を連れてきている。秀吉は700ほど。
 勝家の甥の佐久間が秀吉が宿泊している寺を一気に襲うことを勧めるが、それではあまりにも露骨だ。
 しかし、夜中に逃げ出したので、その道中を襲うことになる。
 秀吉は本隊を街道に行かせ、自身は数十騎と共に、尾張城下の裏道を通って清洲を出る。
 勝家側は本隊を襲おうとするが、秀吉の姿がない。だから襲っても余計な騒ぎを起こすだけなので中止。
 これを主導したのは甥の佐久間。養子よりも可愛がっている。これは伏線だろう。この甥と勝家との連携が上手くいっていない。
 裏道まで当然見張るはずなのだが、佐久間は表街道だけ。勝家は、佐久間は裏道も見張っているものと思っていた。
 それで上手く近江の長浜まで戻る。ここは浅井の本拠地だったが、城は琵琶湖畔に移している。北国へ出るにはここを通らないと行けない。柴田が都に出るにはここを通らないといけない。重要な軍事地点。
 清洲会議のとき、明智領や信長直轄地の配分も行われたのだが、長浜をあっさりと勝家に渡している。だから長浜に戻っても、すぐに勝家に渡さないといけないのだが。それはまだ先。
 さて、次は勝家が北陸へ帰るとき、その長浜を通るのだが、噂が流れ、襲撃を受けることを耳にする。
 尾張から北陸へはいきなり近江に出ないで、迂回して大津あたりに出て、長浜の対岸、琵琶湖の東側から行けばいいと進められるが、それではみっともない。
 長浜に近付くほど、警戒心が強くなり、怯えながらの行軍。既に戦闘態勢。長浜から来た旅人に様子を聞くと、秀吉軍で城下は満ちているらしい。兵数を聞くと、何百人もいると。
 しかし千人はいない。少なすぎる。
 結局は秀吉側から使者が来て、安心してお通りをということで、養子を道案内に寄越す。この養子、信長の四男。まだ若い。流石に織田家の四男には勝家も頭を下げる。まあ、これで勝家は人質を得たことになり、秀吉はそれを与えたことで、安心して長浜を通過し、帰ることができた。
 秀吉勝家戦はもう少し先。
 要するに秀吉が如何に織田家を乗っ取るかの話になるのだが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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