2020年01月19日

樅の木は残った

■■ 2020年1月19日 日曜日 午前9時51分
 
 今朝はほどほどに晴れている。青空が見えているので、いい感じだ。暖冬という言葉を天気予報やニュース記事などでは見ていないし、聞いていないが、方々で、暖冬という言葉を目にする。だからそうなのだろう。まあ、そんな情報など見なくても、身体で分かったりする。今年は少し寒さがましかと。だが決して暖かいわけではない。今朝など頭が寒かったりする。顔が冷たい。これは別の原因かもしれないが、例年この時期の厳しさを思えば、拍子抜けるするほど。
 最高気温よりも、最低気温が高い目に出ている。氷点下近くまで下がるはずなのだが、朝方でもまずまずの気温がある。
 ただ、寒いことは寒い。それが少しましなだけ。決して暖かい冬ではない。冬は寒い。
 今朝は少し早い目に起きてきた。しかも余裕だ。二度寝もしたし。それは昨夜早い目に寝てしまったためだろうか。いつもより早く落ちた感じだ。眠くなってきたので、蒲団に入った。疲れていたのだろうか。体力を使うようなことはしていないが、昼の喫茶店が工事中なので、遠い目の昆陽の喫茶店まで行っているので、これは遠距離自転車散歩ほどではないが、それなりの距離があるし、戻り道、ウロウロしているので、ほとんど遠征だ。こういうのは滅多にしない。特に冬は。
 ただ、最近は起きるのが遅かったので、さっさと帰ってこないと、すぐに夕方になり、夕方前に行く喫茶店が夜になる。昨日も遅くなりすぎたので、近所の喫茶店に行った。時間がないためだ。
 昨日持ち出したのはニコンのP900で、ネオ一眼。やはり写りがいい。ただ、ファインダーが小さく見えにくいので、スナップ性が低い。さっさと写して、さっさと立ち去らないといけないのに、ファインダーが見えにくいと、切り取りにくい。人が入り込まないとか、人目がないところでは、問題はないが。
 これは建物などを撮しているとき、窓から人が見ていたりする。また写しているところを見られていたりする。だからさっさと写すのがいい。何せ2000ミリで狙撃できる大砲をぶっ放しているようなものなので。
 こういうとき、望遠なら一眼レフの方が素早かったりする。電源を入れるとき、ズームを望遠端に持って行けば、構えたときは、そのまま写せる。これが早い。そしてファインダーは肉眼に近いので、違和感がなく、構図も取りやすい。肉眼で見たときとの繋がりがそのままあるためだ。電子ファインダーだと、光線状態が違うし色目も違うので、少し違和感がある。それと急激なズームでは、液晶がモタッとしてしまう。
 
 折角繋いだひかりTVだが、テレビを見る習慣がなくなっていたので、テレビを見る時間がない。以前は何か作業をしながらテレビを付けっぱなしにしていたのだが、それをすると気が散ったりする。実際にはテレビを聞いている程度だが、見てしまうと、そちらへ頭が行ってしまう。
 テレビドラマなどは、ネットでまとめて見ていたりするが、これは好きな時間に適当に見ているだけ。だから放送時間を気にする必要がない。見逃しもない。まあ、録画しておけばいいのだが。
 こういうのはアマゾンプライムの動画で十分だったりする。
 それと、テレビを見るより、ゲームをしている方がよかったりする。
 そんなとき、電書を読み終えたので、次のを探していると、山本周五郎の「樅の木は残った」全巻がアマゾンキンドルで読み放題にあったので、落とす。
 こういうのを読んでいると、さらにテレビを見る機会がないので、テレビを見る時間を組み入れる必要がある。
 樅の木は残ったは、タイトルだけで、もう既に話が分かる。伊達家仙台藩の江戸藩邸に植えた樅の木だろうか。仙台から持ってきたのだろうか。話は、お家騒動。下手をすると取り潰される。だが、伊達が取り潰されたという話はないことを知っているので、それはない。だからそれは分かっている。だから、タイトルで樅の木は残ったとし、難を避けたという意味になる。
 全巻無料となっていたので、その全巻とは何巻あるのか。三冊ほどあるのだろうか。いずれにしても長い話だが、最初の出だしを読んでいたのだが、話が細かい。しかしテンポが早い。
 これは昔テレビでやっていたので、少しだけ覚えている。原田甲斐という宿老だけは覚えている。
 徳川の世。関ヶ原で徳川方に味方した豊臣系の大大名でも取り潰されている。
 よく考えると、徳川に天下を取らせたのは明智光秀ではないかと思える。実際には秀吉にチャンスを与えてしまったのだが、秀吉の死後、家康が飛び抜けた力があったので、豊臣を滅ぼし、徳川の天下になった。
 要するに織田信長が死んだことで、歴史が違ってしまった。
 もし、本能寺がなければ、豊臣時代も、徳川時代もなく、織田時代が続いていたのではないか。
 信長と秀吉、家康。それほど年は違わない。秀吉ほどに生き、家康ほどに信長が生きておれば、家康も手出しはできない。秀吉はまったくその気はないだろう。そして光秀もいる。柴田もいる。織田政権の重臣として。
 家康は信長の家来ではない。同盟国だ。弟の国。しかし領土は広い。大きな勢力だが、織田軍団が健在なので、何ともならないだろう。天下を取るにしても。いずれも、光秀によって織田軍団が崩れた。
 徳川の世。取り潰しにあっても、反抗できない。反撃できない。兵力で太刀打ちできないためだろう。それができたのは、もっと後年。毛利を待たないといけない。長州藩だ。一藩で徳川に反抗して、戦い、寄せ付けなかった。
 光秀の謀反がなければ豊臣の世も、徳川の世もなかったかもしれない。
 ただ、本能寺の変がなければ、信長は、その足で中国筋へ向かっている。毛利を潰すためだ。信長は武田を滅ぼしたように、毛利十カ国も滅ぼすだろう。だから毛利はなくなる。
 そして、織田帝国がその後、どうなるのかは、誰も知らない。想像はできるが。
 ただ、その場合、今生きている人、それらの人は生まれていない可能性もある。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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