2018年05月25日

都はるみとNHK歌謡コンサート

■■ 2018年5月25日 金曜日 午前8時35分
 
 今朝も晴れている。晴れが続いたことになる。しかし昨日に比べ、青空の青さが少し濁っているが。気温は昨日よりも高いようだ。朝、寒く感じないが、夜中は少し冷えたようだ。
 昨日、今日あたりが五月らしい。五月晴れというのがあり、それに近かった。しかし、その五月も終盤。雨の多い五月だったのかもしれない。その影響かどうかは分からないが、ホウレン草が200円を超えていた。この前まで百円少しで買えたのに。
 いつもの飛騨ホウレン草が来ていない。入荷していないのだろうか。それとも売り切れたのか。必ずあるホウレン草だが、別の産地の物しかない。これが高い。
 こういうのを見ていると、ある期間の気候が分かったりする。雨不足や、降りすぎ。暑い寒い、日照時間などで、野菜の値が変わる。これは昨日今日では変化はないが、遅れて値段に出る。
 この時期、衣料品のバーゲンが少ない。夏物バーゲンがそろそろ始まるかもしれないが、春物の最終バーゲンがその先かもしれない。夏物は着なければ済むので、夏服というのは、どれだけ薄くて涼しいかで決まるのだろうか。しかし着なければいいだけ。だから夏服などいらない。
 夏でも涼しいとき、冷えるときがある。喫茶店内や、スーパーがそうだ。そこにポイントを置くと、外に出たときが暑い。だから両方ともいけるのが好ましいのだが、上一枚着たり脱いだりすればいいのだろう。しかし、それも面倒。ある程度暑くても我慢しているし、寒くても我慢している。寒いときは体温を何とか上げようとする。暑いときは汗をかくことで何とかしようとする。犬なら口を開けて、ハアハア言って何とかする。
 最近は起きるのが少しだけ早くなったので、朝の喫茶店からの戻り道散歩を連日続けている。遅く起きたときは行かないので、この行かないパターンが多かった。まあ冬場だったので、寒いだけで、楽しいものではなかったが。
 神社の境内で五月祭りをやっていた。露店だろう。五月、ツツジのことだと思うが、それの鉢植えを売っている。今年はもうツツジも終わりで、既に花を落としているが、来年向けだろうか。こういうのは山で抜いてくればいい。しかし、成長したものは抜けるものではない。ツツジは生け垣などで使われ、車道と歩道の境目などにある。咲いていないときは何かよく分からない葉っぱの帯にしか見えないが。
 葉っぱの密度、枝の密度の高い灌木が選ばれるのだろうか。
 街中には自然はないが、こうして方々に植わっており、山野に出るよりも品種は豊富かもしれない。
 
都はるみとNHK歌謡コンサート
 NHK歌謡ホールという番組があったのだろうか。ユーチューブに上がっていた。1980年だろうか。第一回「演歌の全て」となっている。そのトップバターで都はるみが歌う。歌は北島三郎の「兄弟仁義」一番年長なので座長として一緒に出ている。
 8人。しかし、よく見ていると、都はるみから見ると同時期近い顔ぶれ。五木ひろしは年齢は同じはずだが、一年後に出た。都はるみと同じコロンビアのコンクールからだろうか。これは仲良しだと思える。そして小林幸子。これも似た時期だ。楽屋で騒いでいて島倉千代子に叱れられたという話は有名。騒いでいたのがこの二人。これはラジオで話していたと思うが、違うかもしれない。
 そして森昌子。この頃もうすっかり大人っぽくなっている。これもコンクールで勝ち抜いて、歌手になったのだが、地方予選から同じ曲しか歌っていない。それが「涙の連絡船」。
 そして八代亜紀。いずれも似たような世代。男性は他に森進一とクールファイブ。
 都はるみの髪型は大阪しぐれ時代に近い。ショートカットが長くなり、横に拡がった程度。
 北の宿からでトップに立ち、その後ヒット曲がなく、やっとヒットした大阪しぐれで、また生き返った頃だろうか。
 どの歌手も、そういう戦いを勝ち抜いて生き残った戦友のようなもの。歌謡曲のメジャーな歌手達。
 大阪しぐれで盛り返したので一安心というときか、もの凄く元気ではしゃいでいる都はるみを見ることができる。
 歌謡ホールというタイトルの歌番組なのだが、歌謡コンサートとはまた別系列なのか、よく分からない。都はるみがよくテレビに出ていた時代だ。引退コンサートとか、復活コンサートとかではなく、よくある平凡な歌番組で、一曲歌えば終わるような団体戦。
 メンバーをよく見ていくと、レコード大賞の常連だったり、紅白の常連だったりする。歌謡曲という括り方で、もの凄くわかりやすかった時代。
 クイズのようなものをしたり、テーマを選んでその歌を歌ったりとか、半ばバラエティー番組。
 構成者を見ると塚田茂。だから夜のヒットスタジオNHKバージョンのようなものだったのか。
 1980年。それからしばらくしての再放送があり、それがアップされていたようだ。
 女性陣の中では都はるみが一番騒いでいる。都はるみが駆け抜けた十代二十代三十代、同時期、いつも一緒にテレビに出ていた歌手達。
 もう30を過ぎた都はるみだが、久しぶりに元気で明るい姿を見た。
 何度目かの武道館コンサートで、明るく元気そうな都はるみだが、一人ですき焼きを食べたり、一人でテレビを見たりと、本当は暗いのですと語っていた。客は笑っていたが。
 しかし、人前に出ると一変するらしい。
 70年代80年代。これは歌謡曲だけではなく、他のジャンルでも黄金時代だったのかもしれない。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

キヤノンイオスM3その他色々

■■ 2018年5月24日 木曜日 午前8時18分
 
 今朝は晴れている。夜、寝ている時間帯よりも朝の方が気温が低い。驚くようなことではなく、それで普通だったことを思い出す。最低気温は朝方、夜明け前に出ることが多いので。
 しかし、季節により、多少は違ってくるが、夏になるほど朝の涼しさをありがたく思うことがあるので、夏の印象が強い。冬場は一日中寒い。これも明け方が一番寒いはずなのだが、ある程度の寒さならそれ以下でも分かりにくい。マイナス側だと、もう感覚的には寒いとしかいいようがないだろう。
 また寒いときは暖かくしているので、部屋の中では分からないこともある。さらに部屋の中は暖房をしていなくても、外よりも暖かい。
 ところが夏になると、外よりも部屋の中の方が涼しい。寒いとまではいかないが。
 今朝も続けて理想的な時間帯に起きてきた。続いているので、これは日常化しそうだ。いつ頃から理想的ではない時間帯に起きてきたのかを思い出すと、正月あたりは理想的な時間にも起きていた。それからはその時間に起きることは殆どなかった。だから、正月以前はいつもの時間に起きていたのだが、起きていない時間もある。
 だから冬だろう。冬に入ってから理想的な時間から外れ、それが習慣化したものと思われる。そうなると季節の影響を諸に受けていたことになる。理想的な時間に戻れたのは気合いでも、やる気でも、作為的でもなく、暑くなってきたためだろう。
 今朝は傘を差さなくても済むので、雨の日よりもまし。
 昨日は低気圧の影響でか、しんどかった。梅雨時に入ると、さらにそんな日が続くのだろう。まさに鬱陶しい限りだ。それが鬱陶しいだけではなく、体調も鬱陶しくなる。当然本来の気分も鬱陶しくなるが、その湿り具合は悪くない。乾燥して、からからっよりも。水分がある方が、意外といい。両生類ではないが。
 最近自転車の遠乗りへ行っていない。少しだけ日常移動範囲から離れたところをうろうろすることはあるが、距離は僅か。すぐに戻れるほどで、よく知っている場所なので、これは日常範囲内に近い。
 遠出は、遠くへ出ることなので、近くでは駄目。その距離感、離れ方に意味があるのだろう。ここはどのあたりだろうかと思うような感覚。そして目的地がはっきりと分からないまま、適当に沖へ沖へと漕ぎ出すような。まあ、自転車距離ならそこが何処なのかは当然知っているわけだが、初めて踏み込む場所が多くなる。これが目的だろう。未踏地。人跡はあるが、初めての風景。それを見るために遠出する。物見遊山のようなものだが、ただの住宅地だったりする。
 
キヤノンイオスM3その他色々
 今どきのカメラとしてはリファレンスマニュアル、つまり取扱説明書。詳細マニュアルが紙の本として入っていた。高いカメラでもネット上にしかなかったりする。しかもDVDやCDなども入っていないので、電子マニュアルもない。これは小さい目のカメラの場合、DVDの円盤を入れると化粧箱が大きくなるためかもしれない。
 このカメラにはDVDも入っているので、取り込みソフトや加工ソフトも入っているのだろう。まあ、使わないが。
 残念なのは接続コード。パソコンとの接続などの、あのUSBコードだが、端子が一般的ではない。独自だろうか。このカメラのためにUSBのアナを一つ解放するほど余裕がなく、ハブを買うにしても点滴だらけになる。
 だからそれは諦めて、普通にSDカードの抜き差しでパソコン側に渡している。
 これをすると、SDカードの抜き忘れがあり、カメラを持ち出したとき、カードがないことがたまにある。そのため鞄の中に予備を入れているのだが、とっさの場合、間に合わない。
 
 さて、いきなり細かい話だが、こういうカメラを買ったとき、一番気になるのはAFの振る舞い。
 このカメラのフルオートモードでは顔認識になっているはず。人の顔が画面になければ、物が被写体として扱われ、そこにピントが来るが、白い枠で囲い込む感じだ。だから白枠の大きさはまちまち。
 これはフルオートではカメラを向けた状態で被写体を探し、白い枠で囲む。合っているのかかどうかはまだ確定していないが、画面上では合っている。そのままシャッターボタン半押しで本当に合わせるのか、確認かは分からないが、白い枠が緑の枠になる。これでロックされる。半押し維持で。
 もし思っているところとは違うところに白い枠が発生した場合、カメラを動かしたり、構図を変えると、思っているところに移動してくれることもある。違うものに引っ張られないように、上手く引っかければいい。
 そして緑色の枠ではなく、青い枠で囲まれたときは、追従モードに自動的に入ったことを表している。まだ確定していないのだ。だから半押しにしてもまだピントは未確定。これはロックがかからない。動いているのだから、ピント位置は常に変わるので、繰り返し繰り返し合わせ直しているのだ。このモードは自動で入る。そして掴んで離さない。構図を変えても同じものを掴んでいる。これは人物なら重宝するだろう。
 これで殆どの被写体は静止していようが動いていようがフォローできるが、それなりに例外がある。木の葉っぱや、枝の奥にある被写体とか。このときでも合うことはあるが、殆どは手前側の葉っぱや枝を引っかけてしまう。
 それで出てくるのが中央部1点式。まあ、このカメラの自動認識なら、滅多に使うことはないが。
 イオスMのピントは遅いと聞いていたが、M2で改善され、M3で。普通になったのか、遅いとは感じない。ただ、かなり暗くて曖昧なところでは遅いことがあるが、そんな被写体を狙うことは先ずない。
 ただ、動いているものに、さっとピントが来るかどうかは微妙なところ。これはどのカメラでも難しい。特に横切るとかは。白地に人だけなら合うだろう。他に引っかけるものがないので。
 たとえば道を横切る人にさっと白枠で囲んでくれれば有り難いのだが、見ている間に画面から消えるので、ピントよりもシャッターが間に合わなかったりする。だからそんなときは置きピンが早い。
 また、そういうのは動画で写して、抜き取るのが一番効率が良いようだ。
 AFの問題は、液晶タッチで殆ど解決してしまう。だから自動認識のピントで合わないときは一点に切り替えなくてもその場所を指で指定する方が早い。ただし液晶撮影のときだけ。まあ、このカメラ液晶撮影がメインで、電子ファインダーはオプションなので。
 だから、電子ファインダーを付けた場合は、一点にして、狙い撃った方がいい。それで普通の写し方になるので。
 しかし、こういうカメラ、できるだけ自動で写したい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

キャノンイオスM3の続き

■■ 2018年5月23日 水曜日 午前8時18分
 
 今朝は雨。久しぶりではなく、また雨かという感じ。雨の日と晴れの日が半々ではないかと思えたりする。南の方は梅雨に入っているので、大阪方面も雨が降りやすくなっているのだろうか。
 寝起きに行く喫茶店へは、行くときは微雨で傘を差す必要はなかったが、着く直前に少し雨粒が見え出すほどになり、見る見るうちに濡れだした。このパターンは多い。降り方も変化している。
 雨の日と言っても一日中雨が降っているわけではなく、降っていないときもある。流石に晴れ間は滅多に出ないが。
 晴れ間とは青空が見え、陽射しまである状態。これは俄雨のときに多い。今朝は曇天。雲の形がない。全部白い。そして鼠色。そのため、暗い。
 今朝も理想的な時間帯に目を覚ますことができたので、このコースに乗れそうだ。そのためか、少しだけ蒲団に入る時間が早くなった。そうでないと寝不足。こういうときは昼寝をしても、寝起きが悪い。余計にだらっとしてしまい、眠ってまでの休憩の意味がない。HP回復のはずなのだが、毒を飲んだようになる。
 今朝は昨日よりも気温は高い目らしいが、雨なので、昼間の気温は上がらないだろう。それと雨の日の喫茶店の冷房がきつい。今朝は雨なので、レインコートを着てきた。これは秋物だろう。真冬は流石に寒いが、これを着ているので、小雨程度では傘を差す必要はない。ズボンは濡れるが、僅かな距離なら、乾燥する。
 五月も下旬、暑いのか寒いのかよく分からない気候だ。最近天気が悪いためかもしれない。晴れが長く続かない。
 梅雨に入っても、軽い冬物の、暖かみのある上着が必要。晴れて陽射しがあれば別だが、雨の日はひんやりとする。寒いほど。
 
キャノンイオスM3の続き。
 早速散歩撮影を試みてみた。いつも使っているカメラと大して違いはなく、操作もキヤノン系は何世代分か持っているので、癖も分かっている。
 今のカメラとしてはタッチ液晶や、タッチAF、そしてタッチシャッターまでいっているが、タッチパッドはない。これはファインダーがないのだから、当然かもしれないが、あればキヤノン製なら入っていただろう。そんなに目新しい機能ではないのだが、ファインダーを見ながら背面液晶を触ると、AF枠が移動するというもの。
 ファインダーがないのだから、液晶を消せば何も見えないので、使えても仕方がないが。
 AFの癖というのがあり、これは同じメーカーでもカメラによって違うかもしれない。また設定にもよるが。
 まず、タッチAF。これはフルオートモードでもできる。フルオートだとAFは自動認識になる。だから、どこでピントが合うのかはシャッター半押しにするまで分からないが、初期値では半押しにしなくても常に合わせ続けようとするモードに入っている。だからそれで合っている場所が分かるのだが、しっかりとは分かりにくい。何せ背面の液晶なので、室内ではいいが。
 それで液晶を見ながら、ここに合わせろと、タッチすると、AF枠が一点になり、掴んで離さないというもの。解除は液晶の端にリターン矢印アイコンが出ているので、それを押すと、いつもの自動認識に戻る。
 どのカメラでもこういう仕掛けになっていると思うが、問題はピント自動認識の精度。ただ、この精度とは機械的なことではなく、カメラが思っている主要被写体と、写す側が思っている主要被写体とが違う。そのギャップが少ないほど、相性のいいカメラということになる。顔認識は分かりやすいが、物に対しては判断が難しいのだろう。ただ、動いているものがあると、それを掴もうとする。風で葉が揺れているときでも。これが決まると、便利なのだが、余計なものを掴むこともある。
 そういう芸当ができるということ程度だが、これは散歩中、何と遭遇し、何を写すのかが曖昧な場合、このモードに入れておけば、何とかなる。
 これはフルオートモード時で、AF関係は弄らせてくれないので、妙なAFモードに入っていることはないので、分かりやすい。
 AFなどを変更するにはプログラムモードに入らないといけないが、初期設定は一点。中央部一点だけのAFで、これが一番分かりやすく確実だろう。
 白い枠線が出るのだが。それが横長ではなく、縦長なのが、ちょっと変わっている。半押しにするとピントが合えばその白枠が緑の枠になるので、これも分かりやすい。後は半押しを続ければ、ロック。
 AFロックボタンは別にあるが、使いにくいので、これは無視。
 その一点AFの白枠を移動させることもできるが、それ用のボタンがあり、それを押してから、あとは矢印キーで動かせる。構図を変えたくなく、合わせたいものが中央にはないときにはいいのだが、AFロックでもいけそうなものだ。
 もう一つがタッチ。これで移動するが、初期設定では掴んで離さないモードではなく、一点固定なので、ただのAF枠移動。タッチなので、一発でできる。中央部に戻すには、移動用のボタンを長押しすればいいようだ。一発で戻るので、元の中央部一点になるので、これはよくできている。
 凄いのはMFボタン。これは十字キーの左に割り当てられていて、一発キー。だから一発で、マニュアルフォーカスになる。レンズ側のフォーカスリングを左右に回して詰め寄る。山が掴みやすい。ただ、室内ではいいが明るいところでは、液晶では分からないだろう。ここはやはり外付けファインダーが必要だが、そんなマニュアルフォーカスが必要な被写体があるのかどうかは分からないが、AFではどうしても合わないものがある。そのとき用だ。
 フォーカスリングはあるが距離目盛りはないので、電動だろう。しかし音がしないので、機械式のように見えたりする。それほどすんなりと回転する。
 レバーやキーを押しながらのマニュアルフォーカスよりも、ピントリングで行きつ戻りつの合わせ方の方がいいので、使ってみる気になる。
 買ったのはダブルズームキットなので、二本ある。それを交互に持ち出している。途中でレンズ交換はしない。一本は部屋に置いて出る。その代わりサブとして同じキヤノンの旅カメラをポケットに突っ込んでいる。
 標準ズームは結構よく写る。このイオスMマウントには高級レンズも、蒔きレンズもない。だから安いタイプのレンズと高いタイプのレンズがないので、気に入っている。レンズそのものが少ないというより、最低限だろうか。
 写りは明るい。これは露出が明るい目に出るというわけではない。写りがハレ。ハレのカメラだろうか。ぐっとトーンを落としたいかにも写真というような写りではなく、記念写真、観光写真、絵はがき写真のような傾向。これは期待した以上。標準も望遠レンズも似たような傾向。
 小さなカメラなのに、これだけ綺麗に写るのだから驚き。絵に艶がある。まあ受光素子が大きいので、コンパクト系から見ての話だが。チマチマとした物、細かい物が混ざっていたり、複雑な風景などでは潰れないで書き込んでくれる。だからより書き込みが多い広角系では受光素子の大きさが必要だったりするのだろう。
 こういう高画質なカメラでちょい写しをするのは贅沢な話。望遠を付けると、少し嵩張るが、それでも小さい。逆に小さく軽いためか、手かざしでの望遠は不安定になるが、ウェストレベルで、脇を締めて腹に当てると安定する。上下回転式の液晶はそのためにあるようなもの。自撮り専用ではない。
 望遠端300ミリは物足りないが、どんなカメラやレンズでも300ミリを超えると画質は甘くなる。画質優先なら200ミリまでがいいようだ。
 亀を写すが、亀が逃げない距離からでは300ミリではアップで写せない。亀は小さくしか写せないが、亀のいる場所が分かる。いつもは1000ミリ越えの望遠で写しているのだから、300ミリは広角に見えるが。亀はしっかりと見える。
 まあ、亀などはアップで写すとグロテスクだが。甲羅の質感などは流石に一眼画質。
 サブで持ってきたキャノン旅カメラは1000ミリ近い望遠があるので、それで写す。こちらはそれなりに写っており、旅カメラの優位性が出てしまうのだが、艶のあるなしでは受光素子の大きさで印象が違う。まあ1000ミリ近くだと画質的に不利なのに、旅カメラが健闘しているということだが。
 標準ズームは25センチが最短撮影距離。望遠ズームは1メートルになるが、ズームしてもどちらも最短撮影距離は変わらないので、使いやすい。
 流石に近いとよくボケる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

イオスM3購入

■■ 2018年5月22日 火曜日 午前8時13分
 
 今朝も晴れているが、少しひんやりとする。晴れているためだろう。そういう日の朝は寒かったりするが、昼間は暑くなる。このパターンはよくある。
 今朝も理想的な時間に起きてきた。どうしたことだろう。時間は理想だが、中身はそれほど変わらない。一日が長くなるというより、いつも遅い目な感じだったのだが、普通の時間帯に戻る程度。何時間もズレていたわけではないが、少し遅れ気味という印象。
 結局早く起きると、その分寝るのが早くなったりする。眠くなる時間が早い。それで、そのサイクルに乗ると、理想的な時間に起きることが続けてできるのかもしれない。
 もの凄く早起きした場合は一日眠いが、少しの早起きなら、それほどダメージはない。何となく寝たりない程度。早起きはいいが、寝不足で一日がきついのはよくない。一日中しんどいのなら、早く起きた甲斐がない。
 今朝も早いので、小学校と高校の登校風景を見ることができた。いつもなら高校の門の所や道に先生が出ていたのだが、最近見かけない。意味が全くなかったのだろう。しかも大勢の先生が出ていた。朝から先生もこれでは負担だろう。何のために道端に出ているのかが分からない。まあ、意味があるのかもしれないが、狭い道なので、邪魔。しかも自転車通学で数が多いので、すれ違うとき、先生がいると路肩に寄れない。
 その先生達は挨拶をしてくる先生と、しない先生がいる。まあ、知らない先生から挨拶を受ける筋合いはないので、意味が知りたいところだ。仲良くなりたいからではないだろう。そしていつの間にか消えていたのだから。
 小学校の立ち番は近所の人。地元や親同士は知り合い。そしていつも同じ人がいる。こちらは交通整理をしている。邪魔といえば邪魔だが、さっと避けてくれて通りやすくしてくれるので、その分、慣れているのだろう。
 昔の小学生の登校は、狼藉を働きながら通っていた。子供の方が悪いのだ。
 昔は荒っぽかったが、今は大人しい。しかし荒っぽい魂は別の出方をしているのだろう。
 
 昨日はキヤノンのイオスM3が気になるので、買いに行く。近所のエディオンににある展示品。この一台しかない。ダブルズームキットで、こういう郊外の普通の家電店では、この一般的な組み合わせしかないが、欲しいのはキットレンズに付いている望遠ズーム。だから標準ズームと明るい目の単焦点レンズ付きのダブルレンズキットや、単焦点マクロレンズまで付いたキットなどはない。一番単純な標準ズームキットもない。
 ダブルズームキットなら、おまけのように望遠ズームが付いてくる。これを使わない人も結構いたりするようだが、単品で買うよりはかなり安いので、ダブルズームキットが一番人気があるのだろう。
 エディオン展示品では最初から望遠ズーム付きで置かれていた。その横も展示品だがひと世代古いM2も不思議と望遠ズーム付きで飾ってある。少しでも小さく軽く見せようと、標準ズーム付きで飾っていることが多いのに、二台とも望遠ズーム付きなので、不思議な話だ。横に標準ズームが置かれているので、偶然交換したのかもしれないが、ずっとその状態だった。
 月曜日なのですいており、店はガラガラ。客は一人もいない。店員の方が多い。
 そのフロアに年配の貫禄のある人がいる。あまり見かけないが、店長だろう。その人がレジではなく、中央の接客カウンターで伝票をめくっていた。その人を呼ぶと流石に店長、丁寧な人だった。
 ダブルズームキットと言いながら、展示されていないので、どういうことかと聞くと、開封しないで元箱に入れているという。
 電源が入らないが故障かと聞くと、接続を切っているという。この前も別の店員に同じことを聞いたのだが、そのあと接続を確かめていたが、流石に店長、最初から切っていたらしい。弄らせたくないのだろ。
 電源は結局入らないので、バッテリーを入れて確認して貰うことにするが、その必要はなかったようだ。原因は元を切っていたのだから。
 買うことを伝えると、掃除をしたり、化粧箱に入れ直すので、15分ほどお待ちくださいとのことで、休憩用のテーブル席へ案内してくれた。そこで待つようにと。液晶テレビなどがある場所なので、それを鑑賞していた。その映像はユーチューブだ。
 しばらくして、カメラを持ってきて、バッテリーを開封してよろしいですかと聞きに来た。はさみを持って。まだ、客の物ではない。お金を払っていないので。
 新品の場合、開けると、もうそれは中古。商品価値がなくなる。箱を開けるのはいい。これは開けて確認を取る店もある。だからテープでとめていないので、簡単に開く。しかしバッテリーはビニール袋にしっかりと入っている。取り出すには切らないといけない。
 そして目の前で入れてくれて、レンズを付け、液晶が明るくなったところで確認を求められた。言われた通り電源が入れば。しっかりと動くことを証明してくれた。シャッターを切ると、切れた。これで誰かが壊して、起動しないままになっていたという疑いが解けた。それはコードからの電源を切っていたので、もうその確認はいらないのだが。
 そのあと、しばらくして、元箱に入れた状態で、戻ってきた。そのテーブルのある休憩所のようなところで会計ができるらしい。レジまで行かなくても、やってくれるのだ。
 お金とポイントカードを渡すと、またしばらく時間がかかったが、レジ袋ではなく、紙袋に入れた状態で、持ってきてくれた。釣り銭とレシートと保証書とを。
 流石店長という身のこなしで、よどみがない。無駄がない。接客のサンプルのような人だった。
 最後に、かなり安いですねえ、というと、展示品ですからと答えていたが、中古で、このレベルのものでもこれほど安くないですよ。というと、反応はなかった。
 エディオンは新品は高い分、中古になってしまう展示品は安いのかもしれない。実際にネット最安値よりも安いのだ。
 
 さてイオスM3とは何か。カメラでM3と言えばライカM3だろう。そのイメージがある。
 M3は数年前に出たキヤノンの後出しミラーレスカメラ。先行するオリンパス、パナソニック、ソニー、富士、ニコンのあとに出たので一番の後発かもしれない。
 そのためイオスM1は小さいだけで何ともならないほど遅れていた。それをM2で近付き、M3でやっと並んできた。それよりも、先輩ミラーレスの良いところ取りをしてきている。これは後出しのキヤノンの昔からの癖だ。
 最初店屋で見たときも、小ささが目だった。しかし軽くはないが重くもない。まあ一眼レフのイオスに比べればもの凄く小さい。ミラーレスだとこれだけ小さくなるのかと思うほど。そしてレンズも小さく軽い。まあ解放は普通だが、望遠端が少しだけ暗い。これで小さくなるのだろか。小さいがグリップが効いており、これは結構いい。
 
 一見してレンズ交換ができるコンパクトカメラ的デジカメだが、受光素子は一眼と同じ。操作性も高級コンパクトカメラよりも単純かもしれない。ファンクションキーは一つだけで覚えやすい。まあカメラが小さいので詰め込めないのだろう。液晶は3インチあるが、かなり黒枠があり、特に左端は無駄な黒枠。その分、右側が広く使えるはずだが、コンパクトデジカメのように狭い。どうも液晶をレンズ光軸に合わせたいためか。中央に持ってきたのだろう。だから左端が余ってしまったので黒枠になった。それも含めて上下に回転する。
 液晶横開きを嫌う人は、液晶と光軸のズレで、角度がおかしくなり、水平が出せなかったりする。だからそれを強調するかのようなダメ押しで、光軸のど真ん中の裏側に液晶を持ってきたとみるべきだろう。
 また外付けファインダーも光軸の真上に来る。そして目立たない配慮だが、三脚穴もレンズの真下に位置する。だからレンズ、ファインダー、液晶、三脚穴、それらが直線上に並ぶ。これは作為的にしないとできないことだ。狙っていたのだろう。こいうのは後出しカメラの良いところだ。
 面白いのは電源ボタンだが、これは見たことがない大きさ形と薄さ。小さいカメラなのに露出補正ダイヤルを付けている。だから狭苦しくなるので、何かのダイヤルの根元にレバー式を仕込んだりするのだが、このカメラもその痕跡がある。おそらくこのボタン、レバーをイメージしている。レバー位置にあるためだろか。
 そして親指の腹で押す。これがいい。この腹が好きなのだ。ボタンと言うより、四角い板だ。レバー式より良いのは指が痛くならないだけではなく、爪の先でも押せることだ。これは片手でカメラを持ったとき、右手だけで電源を入れることができる。これも狙っている。なぜなら操作部の全ては右側に集中しており、いずれもグリップを握った状態で、全部のボタンやダイヤルを右手だけでできる。左手はズームを握るか、液晶を起こすときに使う程度。このあたりもコンパクトデジカメ風。そしてこのカメラ親指カメラでもある。親指が一番力が強いので、それだけでも楽。
 液晶を起こしてのウエストレベル撮影では親指シャッターになる。電源も親指、露出補正ダイヤルも撮影モードダイヤルも親指で回せる。親指のかかりがいいのだ。ダイヤルは摘まんで回さなくてもいい。
 だからこのカメラデザイン優先のカメラではなく、そう言った機能、人間工学的な物理的インターフェイスを考えてできた形ではないかと思える。そのため、モダンでもなければ、クラシカルでもない。
 またシャッターダイヤルが傾斜している。その位置は普通のカメラなら空中だろう。グリップの先ではなく、軍艦部から少し飛び出しているのだ。そのため軍艦部が変形している。グリップは狭いので、その上にシャッターボタンを置くと指が余りすぎる。これもカメラが小さいためだ。
 電子ダイヤルは2つある。別になくても困るようなものではないが。
 一つは裏側の十字キーの円周がそうだ。ここが回るタイプは好きで、よく回している。これも親指で回せるため。もう一つはシャッターダイヤルを囲むようにしてある輪。コンパクトデジカメならズームレバーにあたるところ。レバーはないが、輪っかがある。これが電子ダイヤル。これで二ダイヤルで、やっていこうということだが、使わなくてもいい。
 撮影モードダイヤルはフルオートモードのお隣がプログラムモードなので、切り替えが早い。撮影モードはこの二つしか使わない。
 
 早速今朝はこれを持って朝の喫茶店へ。レンズは望遠ではなく、標準を付けた。ズームだが。
 まずは標準から入るということだ。背面液晶は直接日が当たると流石に見えにくいが、まったっく白くなって見えなくなるようなことはない。
 標準ズームは沈胴式。しかし僅かな違いなので、レバーを引きながらズームを回して伸ばすというのが面倒なので、出しっぱなしでも良いのではないかと思える。その方がシャッターチャンスに強い。しかしかなり短い。これで24から70の一眼の受光素子のレンズかと思うほど。パンケーキレンズならもっと薄いが、電動になる。イオスM3のキットレンズは手動ズーム。端と端が物理的によく分かる。止まるので。これでぐっとソニーのミラーレスに迫った感じだ。
 最近のミラーレスの標準ズームは24ミリから始まるタイプが増えた。以前は28ミリから。今もこのタイプが多いが。
 シャッター音は乾いており、昔のキヤノン一眼の音に近い。カシャンという感じだ。それほど甲高くはなく、音も小さいが、糸を引く感じがいい。
 M3は電子ファインダーは付いていないが、別売品がある。実はそれを持っている。1インチネオ一眼を中古で買ったとき、おまけで入っていた。回転するので、結構いいものだ。鮮明で見やすい。
 しかし、M3は背面液晶で写すのが似合っている。特に標準ズームでは。そしてウェストベル撮影が。
 街頭で写すとき、カメラを腰あたりに構え、下を見ながら写すと、もの凄く写しやすい。これは人目の問題だが、下を見てしまうと、あまり気にしなくていい。
 アイレベルで、面と向かうのがいけない。また手かざしででも同じことだ。相手を見て写すためだ。相手といっても、通行人だが。
 このカメラを買ったのは、このウェストレベル撮影にもってこいのため。液晶は上下回転がいい。しかも液晶を起こすとき、硬くなく、すっと柔らかく開く。建て付けがいい。スムース。
 街頭では、このスタイルが一番楽。
 
 買った日の夜はいつもの薄暗い部屋で試写するが、フルオートでも感度は上がるタイプなので、面倒がない。ただアーサー上限は決められる。3200あれば充分だろう。
 こういう一眼の受光素子のメリットは昼間よりも、薄暗いところに強いこと。300ミリの望遠で薄暗い室内を平気で写せる。当然キットレンズなので、レンズは暗いので、感度は上がっている。それに耐えられるのが大きな受光素子の強味だろう。昼間ならあまり変わらないのだが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

ポメラとノートパソコン

■■ 2018年5月21日 月曜日 午前8時09分
 
 今朝は晴れている。気温は昨日よりも高い目らしいが、まだひんやりとしているので、冬のジャンパーで朝の喫茶店へ。今朝は理想的な時間に起きたので、小学校の登校風景と出合うが半袖が殆ど。寒がりの子もこの大勢には勝てず、寒いだろう。寒がりだとひ弱に見られるし。強い子でも寒がりがいる。逆に弱い子が暑さに強かったりしそうだ。炎天下でも汗一つかいていない。こちらの方が強いのではないかと思ったりする。
 当然暑さにも負け寒さにも負ける子もいる。しかしそれで体調的には普通だろう。
 今朝は理想的な時間に起きた夢を見た。しかし、残念ながら二度寝したようで、理想から遠ざかった。そして目が覚めたときは理想的な時間だった。この三日ほど早い目に起きている。早い目に目が覚めてもそのあとが問題で、寝ている。だから目は覚めるのだがパスしていたが、ここ三日ほどはすっと起きてしまう。これは気候のせいだろう。夏モードに切り替わりつつあるのかもしれない。まだ暑くて寝てられないというわけではない。湿気のためかもしれない。
 昼寝もそうで、最近の昼寝は短く、しかもうとっとした程度で、本当に寝たのかどうかが分からないほど浅い。冬場はそんなことはない。だから暑くなってくると睡眠時間が短くなるのだろうか。夜が短いので、それに合わせているとは思えないが。
 昨日は朝からポメラを久しぶりに使っていたのだが、慣れというのは恐ろしい。正月から使っているNECの11インチノートに慣れてしまい、ポメラのキーボードが小さくて窮屈に感じれしまう。
 そして夕方入った喫茶店で救世観音とタイプすると、出ない。当然パソコン版ATOKでは出る。「ぐぜ」でも「くぜ」でも「くせ」でも出る。
 ポメラD200のATOK辞書は以前よりも遙かに大きくなったはずだが、やはりパソコン版の方が多いのだろう。ちなみにポメラに入っている国語辞典には救世はある。この国語辞典、小さいのだが。救世というのは救世師メシアのキュウセイもあるので、その程度は小さい辞書でも出るだろう。
 国語辞典の解説は小さな辞書でも広辞苑でも同じだが、ATOKの辞書にあるかどうかでタイプ中の流れが随分と違う。一度国語辞典などを引いて調べた漢字や熟語、言葉は忘れにくいというが、嘘だ。何度も同じ言葉を引いていることがあるのだから。
 まあ、そこまでポメラに要求するのは酷だろう。
 
 昨日の夕方、おかずだけがなかったので、近所のスーパーへ買いに行く。丸いウズラの卵などを串刺しにしたフライものがあった。海老を潰したのも入っている。たまに見かける串カツセットのようなもの。本当の串カツというのは結構高い。
 しかし肉団子とスパゲティーの入ったセットものが半額に落ちていたので、交換する。ハンバーグセットも半額だったが、肉団子の方が高い。全部肉のためだろう。それとポテトサラダ。これは作れば安く上がるのだが、スーパーのは色々と具が入っている。ジャガイモだけを磨り潰したのとは違う。結構おかずになるのはマヨネーズがきいているためだろう。
 ホウレン草の値が上がっているので、パス。これはお浸しにして最近食べるようにしている。するともの凄く小さくなるので、損をした気になるが。まあ一気に湯がいた方がいいだろう。毎日使っていても残りが萎れだしていることがある。お浸しで残した方が長持ちする。それでホウレン草ではなく、春菊が安かったので、それを買う。どちらも柔らかい葉物野菜。
 卵豆腐が半額。三つほど入ったプリンのようなパックだが、丸くはなく、四角い。これもおかずになるが、冷や奴と重なってしまう。
 それとシュウマイを買う。これは中に何が詰まっているのかは分からないが。
 これは蒸し器で蒸し直せばいい感じになる。野菜も一緒に蒸せば、暑い時期は食べやすい。これはおかずがないときに残しておく。
 暑くなってくると食欲がなくなる。それで、米を炊くとき、量を調整する。少ない目に。
 気温や空気がこれほど変わりやすいと体調を崩す。今朝は冬のジャンパーを着ているのだが、朝の喫茶店はもう暑いので冷房。着て来たよかったと思うのは、この冷房に対応できることだ。外は暑いはずだが、脱げばいいだけ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

新ポメラと旧イオスM3

■■ 2018年5月20日 日曜 8時45分
 
 今朝も寒い。晴れているが寒い。蒸し暑かったのが、急に寒くなり、このガタンが身体に応える。この落ち方は何だろう。まあ雪が舞っているわけではないので、この時期あることかもしれないが、それにしても急激だ。もう少し段階があっても良さそうなものだが、階段を数段飛ばして降りたようなもの。
 これは北の方の山なら雪が舞っていたかもしれない。まあ、富士山の頂上は平地とは別世界だが。人が住んでいる場所ではないので、山登り向けの天気情報になる。寒ければ行かなくてもいい。しかし、山頂で観測していた人が昔はいたはず。今はどうかまでは知らないが。
 豆腐を冷や奴で食べ、大根を煮ないでおろしで食べるように切り替えていたのだが、豆腐は戻したが、大根はおろしのままの生の方が食べやすかった。大根をかじって生き延びたという話もあるが、結構大根は生の方が美味しい。ただし擦って醤油か何か味を付けないと辛いかもしれない。この辛さが胃に良かったりする。
 腹を壊した子供時代にリンゴを擦ったものを食べさせられた。食べたのか飲んだのかは分からない。ガーゼのようなものを使っていたように記憶している。漉すときに使ったのだろう。これが腹具合が悪いときに効くらしい。昔はそういう食べ物や食べ方があったのだろう。
 だから夏でも腹巻きをしている人がいた。腹を冷やして痛くなる前の予防だ。確かに冷えると腹具合がおかしくなる。まあ、そういう反応があるのは健康な印かもしれない。
 それで今朝は冬のジャンパーを着て朝の喫茶店へ行く。裏に毛が生えているので、暖房効果がある。この前まで暑くて仕方がなかったのだから、不思議な話。こういうのと世の中と重ね合わせやすい。
 しかし、天地異変ではなく、少し前の季節に戻った程度だが。
 
 今朝は久しぶりにポメラを持ち出している。DM200。六月に新ポメラが出るので、それで意識的に持ち出した。たまに持ち出しているのだが、重いカメラなどを持ち出すとき、ノートパソコンではなく、ポメラの出番になっている。
 このポメラ、充電式のバッテリー式だが、放置していてもバッテリーはほとんど同じ。
 使い勝っては当然エディタ専用機なので、使いやすいの上。それしかできないのだから、これも当然。専門性、特化した世界。これで余計なものが動かないし、余計なこともできないので、集中できるが、パソコンに比べ、少し寂しい。
 日本語入力やタイピングなどはノートよりも軽快。だから文字を打つスピードはノートパソコンよりも速い。
 ノートパソコンではワープロソフトの一太郎を使っているが、ここ最近は毎年毎年春になると新バージョンが出る度に年貢のように買っているのだが、ポメラはハードごと買うことになる。ソフトの更新は一切ない。
 新ポメラの良さは電子ペーパーに戻ること。今は液晶だが、ノートの液晶よりも見やすく落ち着いている。このままでもいいのではないかと思えるのだが、電子ペーパーは、そこに文字が印字されているように見える。わずか違いだが、紙に近くなる。だから目にも優しい。これは喩えが違うが、電子ファインダーと光学式のファインダーの違いに近い。
 それと、キーボードのキーの頭、キートップだが、それが少し大きい目になるようだ。キーボードから先に作ったというポメラなので、キーボードが売りの端末だけに、ここは期待したい。今もキーは軽くて軽快。これだけでも疲れにくい。
 あとは折りたたみ式に戻すので、鞄の中に入れやすくなる。
 
 近所のエディオンで見たキャノンのミラーレスが気になる。イオスM3ダブルズームキット。型落ちになり、展示品特価。その値段が安い。エディオンは高いはずだが、展示品特価だけは非常に安い。ネット最安値よりも安いので驚く。展示品なので中古となるが、ランクは新同。ただ、展示品は、展示されているだけではなく、長い期間色々な人が弄り回っている。自分もその一人だが、これで故障することが多い。レンズが引っ込まなくなったコンパクト系などをよく見かける。ミラーレスでも電動沈胴式だと、出たまま引っ込まないで、そこで固まっていたりする。
 そのエディオンの展示品、電源が入らない。これはコードの接触が悪いのか、よくあることで、他の展示品も同じ現象のものが多い。触っていると横に店員が来て誘いをかけてきたとき、電源が入らないことをいうと、コードを弄っていた。しかし後日行くと相変わらず電源が入らない。直す気がないのだ。
 それと展示品を買うとき、掃除をしてくれるが、チェックまではしてくれない。元箱に詰め直すだけ。だから本当の程度が分からないので、実は展示品はものすごく怖いのだ。これが中古屋ならそれを一応は調べる。まあ、近くの店なので、壊れていれば持って行けばいいので、安心だが。
 このエディオン、M3の横にまだM2が並んでいる。怖い話だ。そして最新のイオスキッスMがいい場所に展示されていたのだが、消えている。品切れになり、展示している物を売ってしまったのだろう。だからひな壇のいい場所は誰も鎮座していない。
 そのM2は相場よりも高いので、エディオンらしい。
 このM3、雰囲気がいい。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

信長の野望 赤松氏

■■ 2018年5月19日 土曜日 午前8時17分
 
 今朝は珍しく理想的な時間に起きた。少し詰めが甘いがその範囲内。しかし土曜なので、小学校の登校風景とは出合わず。
 それよりもひんやりとしている。風が冷たい。これは雨が上がれば寒くなると予報にあったので、意外性がない。昨日までが蒸し暑すぎたのだ。それを引っ張ってきた雨が去ったので、反撃されたのだろう。反発かもしれない。平年よりも冷たい空気になったはず。空気は常にかき回され、動き、変化しているということか。
 ひんやりとしているので、春のGジャンが生き延びている。朝の喫茶店までの道も年配の女性が自転車に乗っていたのだが、同じのを着ている。しかし女性用か丈が非常に短いタイプ。綿生地だが丈夫なので、頼りになる。暑いときは着なくなるが。
 今朝はまだ雨空。しっかりとしない。曇天。雨は去ったはずだが、まだ居残りがいるのだろうか。それとも別タイプの雨雲かもしれない。
 日が長くなったのか、夜が遅くなった。それと季候もいいので、夕食後自転車でちょとだけ散歩する。もう暗くなっているが、宵の口。百均などがある場所までの短い距離だが、ついでにゴム袋などを買う。百均のパンは一つ百円以上するメロンパンが二つ入って百円だっりする。昼にメロンパン一つ食べるとすれば、二日分になる。しかし、二つあると、二つとも食べてしまうだろう。結局スカスカで、握れば小さくなるはず。しかしそのフワッとした中身と、少しだけ硬いが脆い皮とのバランスがいいのだろう。
 夕食後の徒歩散歩を以前していたのだが、暑いとか寒いとかいって出なくなった。これはただ単に運動のための運動なので、足が重く感じるようなときに限られる。だからリハビリのようなもの。
 それと夕食後、ちょっと間を取りたいとか、外の空気が吸いたいとかのときにはいい。
 飲み物を買いに行くとかの理由を付けると行きやすい。
 昨日はそれで夜にスーパーへ寄った。大根下ろしの大根が切れていたからだ。それよりも米が切れているので、これは買う必要があるが、いつもは朝の喫茶店からの帰りに近所のコンビニで買っている。これがいけない。コンビニ米ばかりが続くためだ。コンビニ米は産地が書かれていない。国内米とだけ。
 スーパーで買った米は一番安いタイプで、コンビニよりも当然安い。産地は滋賀。所謂滋賀米、近江米。こういう地名が入っていると、それを思いながら食べるることができる。ずっとではないが。頭の隅に残る。
 米の場合、近江とか越後とか、そういった旧国名が生きている。風土を感じる。食は食だけ、舌だけで味わっているわけではないようだ。殆ど頭で味わっている。
 大阪方面では丹波米もよく見かける。岡山広島、そして四国米は見かけない。しかし徳島産の野菜はかなりある。乾燥ワカメなどは鳴門産。
 ホウレン草は飛騨産が定番で、いつもある。
 そういう日本列島の地図、これは信長の野望で日々戦っている場所で、戦場として見ているのだが、この3Dの地図。結構リアルだ。以前なら、紀伊半島が小さかったりするし、大和と伊勢が近すぎたりする。あまり城がなく、大きな勢力がない場所は間延びするためか、小さくなっていたので、距離感が違っていたりする。今も多少はその面がある。それは伊丹のある摂津有岡城。そこと三木城の位置がやや妙に感じる。
 本願寺を攻めると、姫路あたりの赤松氏が救援に来る。他国の城を飛び越えて。隣接していないのに来るので、注意が必要だ。それで赤松氏は大阪城のある場所まで来るルートも見える。瀬戸内を船で来る。そして淡路島経由で、大阪湾の懐まで突っ込んでくる。それが近付いて来るのがマップを見ると見えるので、これは手こずると思い、本願寺攻めを中止する。
 だが、赤松氏は国を空にして救援に来るので、そこを狙えば簡単に赤松は取れる。しかし遠いので、姫路や室津まで行く道中に敵国があるので、すぐにはいけない。
 室津。これは大きな港があった場所だろう。そこから船で本願寺まで来るようだ。
 これを防ぐには、赤松と同盟すればいい。
 赤松。小学校のとき、もの凄く貧しい子がいた。赤松さんだった。しかし、今思えば、武家の末裔だったのかもしれない。鎌倉末期か南北朝時代に京の都へと迫った赤松氏の墓が尼崎にある。家来と一緒に墓石がある。
 信長の野望はそこまで古くはない。信長のお父さん信秀時代のシナリオが一番古い。このときは信長はまだいない。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

オリンパスとパナソニックの違いなど

■■ 2018年5月18日 金曜日 午前8時46分
 
 今朝は蒸し暑いらしく、さらに雨がまた降り出すとか。最近雨が多いと言うより、晴れが続かない。桜の花が咲いていた頃はずっと晴れが続いていたように思えるので、その頃の方が季候はよかったのかもしれない。ただ、温度だけなら最近の方が高い目なので、いいのだが、今度は湿気も高くなる。
 アジサイが咲く頃は蒸し暑く、空気が湿っているイメージがある。実際にそういう日が多いのだが。
 昨日は気温も高く、湿気も高かったが、今日も同じらしいが、朝の喫茶店までは春の分厚い目のGジャンを着ていく。起きたとき湿気ているが、ひんやりとしているのが分かったため。蒸し暑いときでも意外と冷えたりする。そのため、夏の服装でもいいのだが、徐々に冷たくなっていく。この状態で腹具合が悪くなったりする。
 それと湿気ているときの喫茶店の冷房はかなり厳しい。カラッとしているときの冷房よりも、湿気の高いときの冷房は一際厳しい。涼しくていいはずだが、寒い。それで、最初からジャンパーを着てきた。この時期、あまり着ている人はいない。実際に陽射しがあるときは暑いが。
 今朝は珍しく理想的な時間帯に目が覚めた。これは早いのではないかと思い、二度寝したが、次に覚めたときは、程良く理想から離れていたので、このあたりで起きてもかまわないと思い、すっと起きた。それでも昨日よりは早いし、寝た時間は昨日よりも遅いので、寝不足気味になるのが心配だ。湿気の強い日は早く目覚めるのかどうかは分からないが、夏場は目が覚めるのが早くなるのは確か。
 小学校の登校風景はしばらく見ていない。朝の話だが。しかし立ち番がまだいた。これは幼稚園だろう。小学校はもう授業が始まっている頃なので。理想的な時間に起きていると小学校の登校と重なる。そして高校の自転車通学の列とも。どちらとも長い間見ていない。まあ、どちらも走りにくくなるので、いいものではない。
 
 今朝のお供のカメラはオリンパスのM5マーク2。これは今年の誕生日に買ったカメラだが、新品なので高かった。レンズ交換式のミラーレスなのだが、シャッター音は静か。これは昔のOMが静かだったのに似ている。低振動シャッター。
 液晶が横開きなので、これを開けるのが面倒。特に街頭でのスナップではセットするまで間がある。さらに電源レバーが左手側にあるので、先に液晶を開けてしまうと、左手では電源レバーが引けない。ただでさえ使いにくい位置にあり、角度が微妙なので、引くか押すのかがわかりにくいためか、途中で止まっていたりする。だから街頭でさっと出しさっと構えるまで、面倒臭い。これが右手側に電源があれば、左手側で液晶を開けやすい。開けるには爪がいる。だから上下回転式なら楽だろう。指でカメラの底あたりから持ち上げれば開く。
 まあ、横開きの方が開いたあとでの角度が自在なので、使いやすいのだが、立ち上がりが遅い。
 このカメラの性格上、ファインダー撮影がやはり似合っている。ただ、形をOM風なデザインやレイアウトに拘ったためか、取り回しが悪い。グリップの効きも今一つだし、カメラがゴツゴツしているので、扱いにくい。もの凄くかたくななカメラだが。まあ、ファインダーのない下位機は今風で操作しやすいので、これは逆だろ。安い方が使いやすいとは。
 安い方はファインダーはないが、いいところに大きな電源ボタンがあり、これは最高だ。そして液晶は上下回転式。こちらの方がウエストレベルでの街頭撮影は軽快。シャッターボタンを押す頻度よりも電源ボタンを押す頻度の方が多いので、切ったり入れたりを頻繁にする場合は、電源ボタンやレバーは大事。そういう性格付けなのかもしれない。ただ、ファインダーがないので、しっかりと絵作りはしにくいが。
 そういうことでは、パナソニックのGF7が街頭スナップでは使いやすい。これはそう言うタイプのカメラのためだろう。液晶は上下回転式だが、その最新機はGF8は横開きになって、裏切られた感じだが。
 それとAF形式。パナソニックはピント自動認識の一番初心者向けにしておけば人や動くものがあればそこにピントが来て掴もうとうとする。これが今のミラーレスカメラの特徴だ。コンパクト系でもそう。
 だから街頭スナップなどでは、いきなり入り込んできた人でも、さっとそこにピントが来ることが多い。だから街頭スナップでは、顔認識だけではなく、動いているものを掴む形式の方が素早い。
 オリンパスの多点AFは殆どが違うところに合ってしまうので、使いにくい。被写体自動認識ではないのかもしれない。近いもの、あわせやすいものに合わそうとする。顔認識はあるが、これだけでは弱い。
 まあ、このカメラ、AF一点で、じっくりファインダーを見ながら、コツンと写すようなタイプで、古典的な写し方が似合っている。
 タッチAFなどが付いているのだが、望遠ではぐらぐらして、指で狙えなかったりする。タッチすれば、一点になり、追従モードになるタイプになるパナソニックの方が使いやすかったりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

キヤノンイオスM3

■■ 2018年5月17日 木曜日 午前9時26分
 
 今朝も気温は高い目で、曇っており、雨が降るだろう。蒸し暑いというのは予報通り。湿気が多いのだろう。これは徐々に梅雨の気配が匂いだしている。その証拠にアジサイが咲き出した。
 梅雨と言えば六月だが、梅雨が終わると真夏。だからかなり夏の真っ只中に近い。梅雨が明けていない七月、これも真夏だろう。八月が一番暑そうだが、もう峠を下り始めている。夏は678。だから梅雨時は立派な夏で、7月が一番忙しい。暑いし雨だし、で。
 今はまだ五月、一番季候が良い頃だとされているが、これも半ば頃までで後半は夏が入り込む。このあたり初夏だろう。だから暑さが気になる時期。そして湿気と。
 そう言うのも梅雨が終わると、安定した夏になる。暑いだけ。
 今朝は特に早くもなく遅くもない時間に起きてきたが、これが平均起床時間帯かもしれない。だから理想的な起床時間はもう以前の理想だったのだろう。今では早すぎるという感じになっている。そのかわり夜にスライドしたので、起きている時間は同じだろう。
 これで以前のような時間帯に起きると、寝不足気味になる。それを体が知っているのか、目が覚めても起きようとしない。
 昨日も朝の喫茶店からの戻り道散歩をしたが小回り。暑苦しくなってきたので、夏場の自転車散歩に近くなる。夏は暑いので、ウロウロしないが、立ち回り先は暑くても移動する。ここだけは変わらない。単に暑いとか寒い程度なので、それは普通にできることだ。しかし長い距離を自転車で走るとなると、厳しい。これはしなくてもいい事で、何も困らないので出掛けないだけ。日常の移動は食材を買いに行ったりが含まれるので、しないと腹が減るだろう。食べに行くとしても、そこまで移動しないといけない。
 
 キヤノンイオスM3というのが気になる。近所のエディオンで展示品特価で売られているが、型落ちだ。それで現役機のイオスM6とどう違うのかを調べたりしているが、今はイオスM6やファインダー付きのイオスM7などよりもイオスキッスMの注目度の方が高い。
 変なところに一眼系の初心者シリーズキッスが入り込んだためだ。M5殺しだ。これは混乱するだろう。しかし、キヤノンのコンパクト系1インチなどは、隙間もないほど色々な組み合わせがある。中には一眼並の受光素子でファインダーも付いているコンパクトデジカメまである。これは以前からあったが、比率が横に短いタイプなので、一眼と同じ受光素子とは呼んでいなかったが。まあ、それに電子ファインダーが付いた。こういうのとレンズ交換式のミラーレスとが競合したりする。どうせ標準ズームしか使わないのなら、レンズが明るいコンパクト系の方が得だし、最短撮影距離も短いので、便利だろうと。
 そうなると大穴がイオスキッス。イオスキッスMの影に隠れてしまったが、普通のイオスキッスの新製品も出ている。それほど重くも軽くもないし、小さくもないが。最大の違いは光学ファインダー。ミラーの跳ね返りではないが、ミラーレスカメラの反発として光学ファインダーへの回帰現象というのが少しはあるはず。小さく視野率も低いキッスのファイダーでも、すっきりとした絵が見られる。それとどう見ても一眼レフのスタイルをしている。そう言う形のものを持ちたいというもあるはず。コンパクト系だと思われたくないとかが理由。
 上新ではイオスキッス9が標準ズーム付きのみで売られている。キヤノンミラーレスや他のミラーレスはダブルズームキットなどが多いので、そこから見るとレンズ一本タイプなので安く見える。それよりもこの一眼レフイオスの一眼っぽい佇まいが逆に新鮮に見える。単純明快な光学ファインダーで、電源を入れていなくてもファインダーは見える。
 しかし、キヤノン一眼レフから比べると、ミラーレスのMシリーズは小さく軽い。コンパクトデジカメとして見た婆はズリと重いのだが。普通のイオスに比べればこぢんまりしているので、そう感じるのだろう。
 さてそういう中でのミラーレスのM3だが、M6に比べ、AFなどがよくなっている程度かもしれない。M1とか2とかは致命傷的にピントが遅かったのを覚えている。M1の実機があったとき、それを店で試したのだが、嘘のようにピントが来ない。故障かと思った。そのM1はもの凄く安い値段で型落ち特価として展示品ではなく新品で売られていた。
 それはエディオンでの話。その後M2が長い間展示されており、やはり展示品特価として安かったが、その横に新製品だったM3が堂々とした姿で展示されていた。M3から大きくなりグリップがつき、貫禄ができた。そのM3が今度は引き下がり、その位置にM6とイオスキッスMが来た。M5は置いていない。ファインダー付きの最上位機だったが、エディオンの客層とは違うので、高いのは置かないのだろう。
 それでエディオンへ行くたびに、このM3が迎えてくれる。やがてM6もその運命になるのだろうが。
 撮影はファインダーを見て写す方が快適なのだが、街中ではそんなものを覗いている場合ではないので、さっと取り出し、さっと写せる背面液晶がいい。構図だけ分かればいい程度。ズームは、どの程度までアップにするのか程度が目で分かればいい。ピントの確認などはやっている場合ではない。
 まあ、そういう街撮りには、このタイプがいいのだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

ポメラDM30

■■ 2018年5月16日 水曜日 午前9時23分
 
 今朝も朝から暑い。長期予報で大阪方面で30度というのは当たっていた。しかしこれは五月の中頃なら普通に出る気温かもしれない。低い日高い日があるが、高い日なら30度は四月にも出ていたので。
 朝から暑いので、春に買った期限の短そうなGジャンでは暑いので、数年前からこの季節気に入って着ているジャケットを羽織る。これは軽い。ダブッとしているので、風通しも良いし、ゴワッとした畝のような縞ができていて、これで体にまといつかない。ペラッとした布一枚で、薄いが少しゴワゴワ感がある。首元のボタンはない。そして長く着ていたのでボタンはゆるゆるになっているが。軽いので、引っ張りも少ないため、糸は切れないはず。最初から緩いのかもしれない。
 季候が良くなったと言うよりも、暑苦しくなってきた。高い目の気温なので、熱中症の範囲内。しかし汗ばむほどでもない。暑いと言っても夏のあの暑さに比べればまだまだ過ごしやすいだろう。
 しかし煮物や鍋物が厳しくなってきた。最初から食べる気がしなかったりする。煮るよりも蒸かしてポン酢で食べるのがいい。ポン酢は醤油と酢があればできる。ただの酢醤油だが。そこに大根下ろしを加えるといい感じだろう。大根下ろしから水が出るので、これで薄められる。醤油と酢だけではきついので。
 ここにさらに山芋を加えると、これはもうそばつゆとしては最高になる。そばつゆには酢はいらないが。その代わりワサビだ。当然葱も。
 だから蕎麦の栄養価よりも、大根、山芋が効いている。さらにウズラの卵を入れれば、ものすごいつけ汁で、汁の次元を越えている。だから、ざる蕎麦の次元を越えている。この蕎麦は、棒状のマルタイラーメンのようなものならいくらでも売っているが、ピンからキリまである。棒状ではなく、スーパーで三つ百円の湯がいたものが意外と美味しかったりするが、蕎麦のニトッとした食感がいい。これも好みの問題だ。コンビニの蕎麦、今ら山積み状態で売られているが、あの食感は好みではない。細くて硬くバサバサしている。ネチッとしない。賞味期限延長のためだろうか。あれは湯がき直した方がいい。
 これも硬い目が好きな人がいる。蕎麦は唇でも切れるほど柔らかいのがいい。そして蕎麦の香りがするかどうかだ。そうなると、蕎麦打ちをやらないといけなくなるが、そこまでして食べるようなものではない。
 しかし江戸時代、蕎麦を食べるのは禁止だった時期や地域があったらしい。美味しすぎるためだ。それで、細く刻んだものではなく、団子にして食べたらしい。それなら分からないので。それほど美味しい食べ物だったらしい。
 
 キングジムからポメラの新製品が六月に出るらしい。ポメラDM30だったと思うが高いタイプ。だから現役機の上位機DM200とそれほど変わらないはずだが、ポメラは元々多機能タイプではないので、構成を変えてきた程度。と言うか戻した。
 先ず折りたたみ式にしたが、三段腹。今までは二段式で、腰を割るタイプ。二枚折。それを三枚にしてきた。これで屏風のようになる。所謂真ん中はそのままなので観音開き。写真でちらっと見ただけだが、キーボードが大きく見えたりする。寸法的なことまでは見ていないが、キーが大きくなったのだろうか。キーピッチなどは同じらしい。
 そして蝶の羽根のように両端が浮いていたのだが、今回は足が出る。三段になったのだが、中央は固定だろう。6インチ液晶の横幅分の中央キー箇所は動かないはず。だから両翼を広げる感じで、翼が三段式なので、宙に浮く翼が短くなる。また開ける簡単になったのかもしれない。
 まずは液晶を立てる。このとき電源が入るのかどうかは分からないが、写真で見る限り、既に表示が始まっている。だからキーを全開にしなくても画面を見ることができるのだろうか。その前の機種はどうだったのかは忘れたが。
 これはメモなどを大きい目の文字で書き入れて、たとえば振込先などを、それを見ながら銀行の機械に打てそうだ。これは中断した状態にしておけば、その画面になるはず。
 もう一つの復帰箇所は液晶。それが電子ペーパーに戻した。キンドルなどのあの画面だ。以前のポメラもそうだったが暗かった。今回は電子ペーパーも進歩しているはずなので、見やすくなるかもしれない。暗いところでは横から照明をあてるのだろうか。キンドルのように。
 この省エネでもある電子ペーパーに戻したので乾電池式に戻せたのかもしれない。交換が面倒だが、充電しなくてもいい。ただ、DM200の場合、パソコンにファイルを取り込むときにUSBに付き差すのだが、そのとき同時に充電をしてくれるので、今までバッテリー切れになったことがない。それでも良かったのではないかと思うが。
 ただエネループを充電する手間はある。使い捨ての乾電池ではもったいない。
 日本語入力ソフトはATOKポメラ版だと、これは結構変換率がいい。ここは戻していないようだ。
 DM200から見て、新たに加わったものは新機能らしいものは見当たらない。あるのかもしれないが、細かい箇所だろう。
 ただのメモ帳だが、できれば大きなファイルも編集できればいい。長文のテキストファイルだと、編集できない。
 まあ、そういう細かいことではなく、折りたたみ式に戻したので、鞄の中で小さく収まると言うことだろう。そしてDM200よりも底が高くなっているはずで、その方が打ちやすい。
 あとは7インチから6インチに落としたことだが、7インチは横に広すぎたように思える。行番号を左端に表示できるようになったのが新しいかもしれない。DM200ではどうだったか、忘れてしまったが。あとは禁則だろうが、それは確認していない。行指定ジャンプというのがあったが行番号が分からないんで、使えなかった。0だと文頭。11111111などとタイプすると、文末に来る程度の使い方。
 また、アウトライン編集のとき、左側に一覧が出るらしい。これはメモをアウトライン式に保存できると言うことでもある。
 当然小説の章立てなどもできる。超短編では必要ではないが。
 だからエディタらしくなったと言うべきだろうか。当然これはポメラオリジナルエディターで、キーボードだけで操作できる。
 ネットは付けてこなかった。今のDM200の次はネットが来るだろうと思っているが、そのときはアンドロイド改良型になるのではないかと思われる。OSは今はオリジナルだが、次はポメラ風に改造したアンドロイドになり、カラー液晶になるかもしれない。今も実はカラーらしい。それを白黒で見せているだけとか。モノクロ液晶より、カラー液晶の方が安いためかもしれない。
 しかし、モノクロでもいいから、電子ペーパーでも良い。カラー電子ペーパーもあるはずだが。
 まあ、今回のポメラはそういった先を行くようなものではなく、戻しただけ。
 折りたたみ式になると、6インチモニターだけが立つ。すると前方の見晴らしがよくなる。喫茶店などでは端末の後ろ側に珈琲などを置くことがある。それがよく見えると言うことだろう。後ろがよく見える。そういう物理的なものの方が分かりやすい。
 重さはそれほど軽くはない。しかし、軽すぎると、タイプ中動いてしまう。ある程度の重さは必要だ。
 発売は六月。これは買いだろう。ただし、安いノートパソコンよりも高いが。
 今年の正月、NECの少し早い目のノートを買ったので、最近はそればかり使っている。たまにポメラDM200も使うが、鞄が軽くなるので助かることと、ファイルの出し入れや、編集が軽快。当然タイプも一太郎よりも軽快で、日本語変換もパソコンではもたつきが少し出るが、ポメラでは出ない。結構長文に強く、長編小説をポメラで書いたことがある。特にアウトラインも何もいらない。
 久しぶりのポメラ新製品。DM200は無事に動いているので悩ましいが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

大根おろし

■■ 2018年5月15日 火曜日 午前10時13分
 
 今朝は晴れており、朝から暑い。この事は以前予報していたことかと、思い出す。週明け前後に大阪方面で30度近くになると。週は明けてしまっていたが、昨日は週明け。だから少しズレた程度か。
 朝から暖かいではなく、暑いは珍しい。朝はひんやりだが昼間狂ったように暑くなるのはよくるが、朝から暑いとなると昼間はどうなるのか。
 寝起き、暖かいと言うより、汗ばんでいたので、これは暖かいとは思うものの、朝の喫茶店へは春のGジャンを着て行った。これが暑い。まあ、似たような服装の人も多くいるので、違和感はないが、半袖の人もいる。
 暑くてたまらなかったが、喫茶店に入ると、冷房のためか、着て来てよかったと思う。道中暑ければ脱げばいいだけの話、冷房で寒くなったとき、薄着だと何ともならない。鞄の中にカーデガンのようなものを入れておけば別だが。
 この気候なら豆腐は味噌汁に入れるのではなく、やっこで食べる。大根は煮付けるのではなく、大根下ろしで食べる。ここで出る水分というか、もう水のようになっているが、その水、体に良さそうだ。ここにちりめんじゃこが欲しいところ。冷や奴には当然葱と鰹節だろう。そういうのを入れないのなら、カップごとプリンのように食べてもいいほど。しかし奴は箸で崩しながら食べる。醤油そのものではなく、鰹節が吸収した醤油と一緒に食べる。
 大根おろし、豆腐。珍しいものではない。毎日食べていそうな食材だが、初夏の食べ方がある。豆腐などは湯豆腐が有名。これは観光地ならメインが取れる。
 大根下ろしは腕がだるくなるので、大量にすれない。
 しかし、そう言う気候になってきたのは確か。今朝の暑さは平年並とは思えないが、そういう日がやがてやってくる。
 今朝は理想的な時間に目が覚めたのだが、そのまままた寝てしまい、もの凄く遅い時間に目が覚めた。これはおかしい。目を開け、時計を見たのだが、あれは夢だったのかもしれない。二度寝にしては長すぎる。
 まあ、体が眠りたいと言っているのだから、言うことを聞いただけだろう。眠いのに早く起きても、急いでやるようなことはないが、余裕が違う。
 今朝は暑いというのは、遅く起きてきたので、昼に近いためかもしれない。
 今朝の暑さ、これは春ではなく、初夏に入ったとみられる。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

脱ぎ履きしやすい靴

■■ 2018年5月14日 月曜日 午前9時11分
 
 今朝はやっと晴れた。しかも月曜日。週明けから空も晴れたと言うことか。雨の月曜日スタートよりもいいかもしれない。だがどうせ月曜は鬱陶しいので、空も鬱陶しい方がトーンとしてはふさわしかったりする。
 休み明けというのは張り切れないと思える。もっと休んでいたいはず。できればこのままずっと。人々の本当の願いはこれだったりする。
 昨日の雨で靴が濡れたので、乾かしていた。一晩で乾くはず。この靴は簡単な靴で、踵まで隠れているスリッパのようなもの。紐がない。そういう靴はいくらでもあるが、紐靴をしていても紐など結んだことがない。結んだまま。だから結んだ状態ですっと履けるようにしているのだが、それなら紐はいらないのではないかということだ。
 しかしある程度固める意味で、紐は必要なのだろう。または長い目の靴。くるぶしまで隠れるほどの靴だと、これは長靴は別にして、紐を緩めないと足が通らない。
 その靴はバーゲンの屋台。屋台で買ったのだが、よく見かけるオール千円の店ではなく、高いのもある。しかし千円からもあるが、スポーツシューズがメイン。それを非スポーツ風に普通のカジュアル風にしたタイプが多くある。いかにものスポーツものではなく、カジュアルシューズ風。その用途は硬い床、店舗や歩道など、下が硬い場所用だろうか。殆どそう言う場所しか歩いていないはず。アスファルトの上ばかりだろう。だからクッション、サスペーション性能で緩和させるように作られていることと、最初から靴擦れがしないように、その靴の唇は分厚く柔らかい。かなり弾力がある。昔の綿の運動靴は切るだろう、靴擦れで。だから一度ヤスリのように擦られて、赤くなり、そして皮が剥けかさぶたができたところから、やっと履けたりする。
 買ったのは紐がないタイプだが、靴が伸びる。口が伸びる。僅かだが、これで止まる。ここがスリッパとは違う。ゴムは入っていないが、生地そのものが伸びる。
 バーゲンで売れたためか、残りは二つしかない。そのタイプの。
 出していた靴を履くと快い。靴底の弾力が凄い。全体が柔らかいゴムのようなもの。ゴムのしなりがいいのだが、これはちびる。そうならないような樹脂を使っているのだろうか。船底そのものの弾力がある。
 そして靴幅が広い。履いてみると少し大きいのでもう一つの箱を見ると、サイズが一つ小さい。外国ものなので、サイズの表示が違うが、数字が小さいので、小さいのだろう。店員が箱を開け、詰め物を出してていた。新聞紙を詰めているような詰め物ではなく、しっかりとした型が入っていた。それを抜く。その型だけでも値打ち物だ。この詰め物を加工すれば靴になるのではないかと思えるほど。
 革靴よりも、こういった靴全体がハイテクな素材と構造になっているものが履きやすい。当然軽い。だが、山登りなどでは軽い靴は逆に疲れる。鉄人28号のような靴の方が踏破性が高い。結局底はブロックで、キャラメルを並べてようなもの。これが個々に傾いたり、個別に吸収する。当然硬いので、石ころの尖ったものの上でも平気。しかし、街中ではその逆になる。ほぼ平面に近いので、滑りにくいとか、そっちの方だろう。それと立ちっぱなしでも、疲れにくいような。
 その靴は幅もあるので、足がゆったり。足の爪が伸びていても大丈夫。そして靴底が広い。ペタッとしている。
 ただつま先がそれほど上を向いていないので、すり足だと躓きやすい。転倒の原因は滑るより、けつまずくが多いはず。突飛物があれば分かるが、ツルッとした平面でも躓く。つま先の滑走失敗だろう。滑りやすい靴だと、滑らせて何とかなるが、滑りにくい靴だと、ブレーキが掛かる。
 その靴を昨日の雨で濡れたので、乾かしていた。濡れているのは分かるが、中までは来ていなかったようだ。防水性はない。表面はネットのような感じで、これは通風性や弾力性に貢献しているのだろう。雨には弱いはずだが、乾燥が早いようだ。
 年寄りはつま先が反り返ったスキー板やサソリのようなタイプがいい。疲れてくると足が上がらなくなり、すり足で着地するためだ。低空飛行のため、山にぶつかる。
 紐のない運動靴。それは小学校の頃履いていた運動靴だろうか。しかし運動会で走るとき、地下足袋だった。シロタビと言っていた。紐はない。足にフィットする足袋で、しっかりとゴムの靴底がある。脱げないし軽かった。走るだけなので、防御力は弱い。まあトビ靴に近いだろう。小学校の運動会では裸足で走る子が結構いた。これは軽いだろう。0グラムだ。
 今朝は晴れて、暖かそうだが、逆に喫茶店に入ると冷房で寒い。長く滞在できなくなる季節になりつつある。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

300ミリは広角

■■ 2018年5月13日 日曜日 午前8時38分
 
 今朝は雨。これは天気予報が当たっていた。気温が高い目のはずなのだが、それは外していた。大阪でも30度近くになるという予報はいつの話だったのか。もっと先だろうか。まあ、近いうちなら、そうなるので、これは予報しなくてもいいが。
 雨でひんやりしている。朝の喫茶店も肌寒い。梅雨時などによくあることで、寒いので冷房を入れていたりする。寒暖計通りの温度ではないためだ。湿気が違う。室内でも当然湿気が来る。いくら閉めていても。そうでないと、窒息するだろう。
 今朝は雨なので、レインコート代わりのマウンテンパーカー。しかしウインドブレーカーとの中間のような物だが、このコートは定番で、決まった形がある。しかし、生地が違っていたり、細かいところが違う。いずれにしても暖効果はあまりないので、肌寒いときは普通のGジャンの方がいい。湿気を吸収してくれるためだろうか。防水性がないが逆に自然素材なので、生地が生きているのだ。これはコンクリートの家と木と粘土の家の違いだろう。木は死んでいるが、その構造はまだ残っている。湿気で膨張したりする。
 今朝は雨だが、昨日は晴れていたので、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩をするが、少し別のところに入り込んだ。いつものコースから逸れて、寄り道の寄り道となった。
 川があり、駄六川というのだが、あまり良い名前ではない。しかしそこそこ川幅があり、両側に町工場があり土手道がある。こういうところは見晴らしがいい。工場などが周囲にある場所で土手道、キューポラのある町のような。吉永小百合や倍賞千恵子が通勤しているような。
 橋も多くあり、遠くまで見える。だからここは望遠の世界。昨日は昆陽寺で買ったパナソニックGX7に90から350のズームを付けたもの。しかし350ミリでは効かない。300ミリは望遠の広角と言われている。昔なら超望遠域の300ミリなのだが、これが広角なのは、遠くを見たときに分かる。これは肉眼で見たものをもう少し大きく写し取ってやろうと思うとき、足りない。遙か彼方を歩いている人がすぐに近くに来ない。300ミリだとそこまでで、写っているのは小さな人物。まるで広角。それだけにどアップではなく、背景の拡がりまで入る。その倍の600ミリあたりならくりぬける。
 これはあくまでも肉眼で見た距離感で、それ以上遠いと、肉眼ではよく見えないし、もう立体感がなく、平面的になるので、ただのアップ。
 だから300ミリは肉眼でそれなりに何かと分かるほどほどの遠さにある被写体を写すときの距離感で広角のような拡がりが出る画角。
 橋が遠くに架かっていたので、それを写すが、人が渡っている。横からの構図になるが、近付きすぎると橋の形が変わる。渡っている人に気付かれる。そういう距離感、構図的には、その距離がベスト位置なのだが、300ミリでは橋の全体が入っていまい、人が小さくなる。これが600ミリや1200ミリあたりあれば、空中に浮いたような橋とそれを渡る人の横顔が撮れる。こうなると場所は分からなくなるが、数寄屋橋かどうかは忘れたが、「君の名は」のワンシーンのようになる。メインは橋ではなく人に。
 350ミリでは足りない。このカメラはデジタルズームで倍になるが、やはり600ミリ超えのネオ一眼が欲しいところ。写りよりもその絵が作れるかどうかの方が大事。
 朝のその散歩で疲れたが、晴れており、いつもとは違う風景を見たので、これで遠出したのと同じなので、昼は静かにしていた。
 その昼の喫茶店へ行くとき、ニコンのネオ一眼を持ち出す。1400ミリまである。もう遅いのだが、それで移動中に二三枚写す。高額なミラーレスより、写しやすいし、軽快で、しかも素早い。この一台で全部の用事が済んでしまう。
 まあ、本当に望遠が必要なときは一眼レフやミラーレスのキットレンズでは役立たずと言うことだろう。1400ミリを一眼でやろうと思えば、天体望遠鏡のようなのを付けないといけない。
 ネオ一眼、コンパクト系旅カメラ。確かに衰退したとは言え、散歩程度の軽装移動では、その機動力で写せるものが多くなる。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月12日

パナソニックGX7とGF6など

■■ 2018年5月12日 土曜日 午前9時19分
 
 今朝はすっきりと晴れている。気温も高い目になりそうだが、夜は寒くて電気毛布で寝た。寝る前は暑苦しかったが、朝方のことを思うと、その方がいい。朝夕と昼の気温差が出そうな日だ。これで朝夕が暖かければ夏だ。
 今朝は早い目に目が覚めていた。これは季節の影響かもしれない。夏は目が覚めるのが早い。また日照時間の問題もある。そろそろ昼間が一番長くなる夏至が近付いている。当然日の出も早いので、朝も早いのだろう。時間的には朝は朝だが、夜の暗さから明るくなった状態が朝だろう。
 昔は鶏が鳴いて知らせてくれたのだが、これは時間なのか、明るさなのか。きっと明るさだろうが、まだ暗いのに鳴いている鶏もいた。
 朝の表現では雀の囀り。もう起きて狩りに出ているのだろう。しかし、最近は屋根瓦がしっかりしていたり、瓦屋根ではないためか、雀が巣を作らない。だから減ったような気がすると言うより、子供の頃常に屋根の上で並んでいた雀がいない。雀はいやというほど見かけるが、巣の作りやすいところへいったのだろうか。
 この時期かどうかは分からないが、鴉が線路の上に出てきたりしている。そんなところに餌はない。これは巣作りではないかと思える。建材を狩っているのだ。
 また、線路際の街路樹にハンガーが掛かっている。それも柵があり、人が行けないような場所。これも鴉だろう。葉の多い木で、中は繁み状態なので、よく見えないが、カラスがその近くによくいる。
 晴れており、寒くなく、それほど暑くもなさそうなので、今日あたりは自転車長距離散歩に行く条件が揃っている。しかし、こういう日は部屋にいても快適なので、近場の散歩でいいかもしれない。
 しかし、喫茶店からの戻り道に、そこそこ寄り道をしているので、いつもとは違う風景も見ることができるが、ほぼ知っている場所なので、意外性はないが。
 遠くへ出ても、写真を写す機会はあまりない。被写体との慣れ、相性が近所ほどにはできていないためだろう。不動産ものというか、建物類ではなく、偶然遭遇するような被写体がある。そういった偶然の出合いの方が楽しい。
 以前など、老人が話しかけてきて「脱穀する場所はないか」と聞いてきた。非常に珍しい質問だ。昔は米屋へ行けば脱穀機があったように思うが、今はそんなことはしていない。あとは農家だ。農家に脱穀機があるはずなので、現役の農家を教えた。
 しかし、脱穀を必要とするブツを持っているのだろうか、この人は。それでウロウロしていたようだが、その事情や背景がさっぱり分からない。見た感じ、近所の人ではない。近所の人なら、田んぼに出ている農家の人に聞けば早いはず。
 これはよく分からないが、自動脱穀サービス。自販機のようなものがある場所もあるのかもしれない。お金を入れれば、脱穀してくれるような。
 
 昨日は久しぶりに焼きめしを作る。おかずがないし、食欲もあまりなかったので、お茶漬けでもよかったのだが。おにぎりとかでも。
 白ネギ、卵、ホウレン草、魚肉ソーセージなどを細かく切り、卵と一緒に炒め、あとでご飯を入れる。焼きめしなのに、炒め飯になってしまった。ご飯を焼かないといけない。だからあまりかき混ぜない方がいい。焦げるほどにじっとそのまま待つことが大事。そうでないと焼かない飯になる。焼きご飯、これは香ばしくて美味しい。
 しかし、普通はべちゃべちゃの焼きめしになるようだ。そうなると煮たのと変わらない。水分の少ないおじやのようなもの。すると煮飯だ。そして炊き込みご飯に近くなる。ピラフだ。
 まあ腹の中に入れば同じだが、食感が違うし、喉の通りも多少は違う。
 
 パナソニックGX7とGF6など。
 ファインダー付きのGX7に望遠ズームを付け、GF5に標準を付けると28から350になる。28から300の高倍率ズームを付ければいい話だが、少し重くなる。
 GF6はポケットに入るので、鞄は重くならない。両方鞄に入れると、重くなるし、鞄の中でぶつかり合うので、これは避けたい。
 写りは意外と似たようなもので、その印象や画質などは、どちらで写したものかが分からないほど。
 ということは結構GF5は良いカメラだということだろう。そうは思えないのはうっすらとした液晶で写すためだろう。戻ってからパソコンで見ると、よく写っているのが分かる。
 昆陽で買ったGF5がGX7を引き込んだので、これは昆陽寺コンビ、中古コンビとしていいかもしれない。
 またどちらも電動ズーム。電動の良さと言うより、電動にすることで、ぐっとレンズが短くなる。望遠は最初から飛び出しているが、ズームしても全長が変わらないのが電動仕掛けのためだろうか。
 いずれもキットレンズに入っているもので、どの時期のものなのかは分からないが、G5時代のレンズで、それが最初から付いていた。GF5もそうで、中古でそれだけが付いていた。どちらも標準ズームキットだったに違いない。
 
 あとは操作詳細で個々の話だが、フルオートモードはパナソニックではインテリジェントオートモードと呼んでいる。iAと書かれている。だかiモードと略したりするが、これは他社にあるはずだ。
 このときはAFは顔認識とかのモードに入るはずで、それは変更できないが、十字キーの左がオートフォーカス、つまりAFモードの切り替えで、一発キーだ。本来フルオートモードではそれが使えないし、マニュアルにも、載っていないが、実は少しだけ使える。全てのモードは使えないが、中央部一点に切り替わる。これは凄いサービスだ。ただ、サービスなので、それは動かせない。
 どうもそれはただの一点ではなく、追従モードに入るらしく、半押しにすると、掴んでくれる。だからタッチではなく、ボタン類でやる仕掛けなのだろう。そういうのを使わなくても、タッチすれば顔認識でも自動認識でも、どのモードでも、一点にできる。
 それはファインダー撮影用と液晶撮影用、両方とも同じことができるように、またはタッチしなくてもキーやボタンできるように、とかになっている。
 このあたりのインターフェースには感心する。
 以前にも触れたが、フルオートモードでも露出補正やプログラムシフトができるというのもそうだ。サービスが良い。
 普通、フルオートモードでは何もさせてくれないし、メニューを開けても設定できないものが多い。
 だからちょっと凝ったことをしたければプログラムモードに入れ直さないといけないのだが、このカメラはフルオートのままでも弄りやすい。
 カメラ任せのフルオートモードは初心者向けだと決めつけないところが良い。
 フルオートはシーン自動認識が加わるが、マクロ切り替えなどは、このカメラにはマクロ切り替えはない。だから最短撮影距離を短くする機能は必要ではないがマクロモードに入る。これは色目、ピントの幅、露出など、一般的なマクロ撮影用にセットしてくれている。風景モードもそうだろう。ピントを深くしようとする。
 デジカメを買ったとき、一番気になるのは、ピントの合わせ方。このカメラはフルオートでも簡単に切り替えられるのがいい。
 GX7は本格的なカメラなので、G5のように気楽にポケットに入れて、適当に写すという感じにはなりにくい。
 これは液晶撮影だといい加減な写し方をする。どうせよく見えないのだからと、それほど丁寧に撮す気がしない。これは室内で液晶がよく見える場合は別だが。また凝った機能などは殆ど使わないのだから、フルオートだけでも充分なので、カメラの機能が少ないので写す気がしないとかはない。
 ちょっとコンビニへ行く程度の道中なら、G5ぐらいのカメラが適当でいい。
 小さく軽くて高画質。そういう需要がやはりあるのだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

帰ってきた都はるみNHKインタビュー

■■ 2018年5月11日 金曜日 午前9時05分
 
 今朝はやっとしっかりと晴れたのだが、寒い。夜など10度を切っていた。寝起きの喫茶店へ行くときは陽射しもあり、暑いと思ったが、冬のジャンパーを着ていた。この時期、結構夏のように暑い時期があり、それに比べると、寒い方が凌ぎやすいかもしれない。ところがこのあと暑くなるとか。それが今日なのか、来週からかは忘れたが。
 気候の変化、気圧の変化、そういったものは体や気分に影響しやすい。ただ、もの凄く良い事があるときなどはその限りではないだろう。その逆もある。普段とあまり変化がないとき、天気具合が影響するのかもしれない。自分には変化はないが、空にはある。
 今朝は不思議と昨日よりも早い目に起きてきた。昨日は遅かったので、そこから比べれば早く感じるのだろうが、理想的な朝の目覚め時間ではない。まだ遅い方。しかし、今では理想的な時間に目が覚めたとしても、また寝てしまうだろう。まだ早いと思って。こういうのは相対的に決まるようだ。つまり理想も相対的なもので、不動の定点があるわけではない。それが動いているのだ。
 
 都はるみの新しい動画がアップされていた。これは偶然見付けたのだが、数日前のアップになっている。
 NHKホールでの復活コンサート。帰ってきた都はるみがタイトルだったように記憶しているが、違うかもしれない。これは既にフルバージョンものを見ているのだが、ライブ中継をやっていたときのNHKのニュース番組。ここはフルバージョンでは切れている。というかライブが終わってからの話。
 NHKの夜の遅い時間帯の報道番組、ニュース解説とかをやっている番組があったのだろう。そこにゲストとして都はるみが来ている。ニュースでライブ放送が中断され、途中で切れるのだが。その時間感覚が分かりにくいが、後半は録画だったと言うことだろう。録画と言っても一時間ほど前のものだと思うが。それらを全て録画していた人がいる。それがアップされたのだろうか。
 だから歌い終わったはずの都はるみがスタジオに来ている。そのあと、コンサート後半の切れたところ、それは道頓堀川の途中だったが、もう一度道頓堀川の最初から始めている。しかし、それは録画で、もう終わっているのだ。その映像を見ながら、復活の話などをやっている。
 これは見ていなかったが、話の内容は既に聞いたことのある話だし、その話は前回にもしたので、ここでは書かない。特に目新しいことを言っていないので。
 しかし、映像なので、見所はある。それはステージ衣装とは違うので印象が違うだけではなく、メイクも違う。髪型も違う。そして普通に喋っているのだが、先ほどまで歌っていた顔とは違う。
 素の顔ではないものの、もう若くはないことははっきりと分かる。42才になっていたはず。
 司会の男性と同世代らしく、十年ほど前は朝から都はるみに付いてまわって取材した人らしい。
 要するに、このインタビューのようなものは、今後の都はるみはどうなるのかという話で、そのヒントは新曲の「千年の古都」と「小樽運河」の方向かと思われるが、都はるみは、それも一つの方向で、全てではないらしい。
 あとは年相応のものを歌う。年齢に重ねて歌うという話だが、これはきついらしい。
 歌の内容とは一歩引いて歌っていた。歌は歌。私は私。そして聞く側がいる。この三角関係でやってきたと。歌の内容に自分を重ねるのではなく、演じていたのだ。その三極を二極にすると、歌と自分が合体する。歌っている自分と歌の内容が同じ。
 しかし、存在しないような女性や男性、所謂演歌の中のキャラを演じていた都はるみの演じ方が見事だったことを知っている。歌い方が上手いというより、語り方が上手いのだ。演じるから演歌ではないかと以前書いたことがあるが。
 今思うと、等身大の自分を体重を掛けて歌う、ということではなく、等身大の自分を演じればいいのだ。まあこういう歌は、どこまでいっても架空なのだから。そしてリアルに重ね合わせてしまうと、小説なら私小説になってしまう。だから後年の都はるみの歌の中には純文学的な歌が何曲かある。
 自分が自分が、自分がどうした。自分が、と言う自分の心情を歌うフォークなど聞いてられないだろう。何か普遍的なスーと抜けるところがないと。
 今、ネット上ではデビューから最近の曲まで、ほぼ見たり聞いたりできる。そういうのを見ていると、商業主義というか、賞取りや、売上げのために歌っていた商業ペースの歌を聴いているときの方がほっとすることがある。こういうことをやらされていたのかと。しかし見事にやり遂げていたりする。
 ただ、この復活コンサート時代、普通に落ち着いて聞ける歌が少なくなり、一番レコードを多く買っていた、それを支えていた年代が聞く歌が減ったことで、その箇所を埋めるという意味で、都はるみの復活を歓迎するというのがNHK側の主旨だろう。
 だが、昔の涙の連絡船のような演じる曲も後年多く歌っている。だから、決して方向は一つではなかったようだ。インタビューでも、やってみなければ分からないと語っていた。この言い方はもう立派なミュージシャンだろう。
 年代と重ねて歌う。これは五十までだろうか。あとはどんどん老けていく。すると老人の歌になってしまう。
 16か17才だったかは忘れたが、その頃歌っていたアンコ椿をお婆さんになった都はるみが歌う。これは昔話をしているような歌い方になるのだろうか。
 都はるみというのはよく分からない。
 さて、その動画、今まで見たことのない映像も入っている。報道陣を入れての復活コンサートリハーサル風景や、開場したとき、客と一緒に入って来る都はるみの秘蔵っ子大和さくら。この映像を都はるみも一緒に見ている。大和さくらがいると。
 そして大和さくらに厳しく教えた「王将一代小春しぐれ」を初めて都はるみが歌う。客席にいる大和さくらはどんな気持ちで聞いていただろう。
 浪曲を聴いて育った都はるみの、浪曲入り王将一代。その語りや演じかた、これは大作だ。大和さくらはそれがデビュー曲でその年の新人賞を取っている。
 その王将一代、客席側のカメラではなく、舞台袖でのカメラから撮した映像が入っていた。横顔のアップ。額から汗が線を引いて流れ落ちていた。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

パナソニックGX7使用感

■■ 2018年5月10日 木曜日 午前10時13分
 
 今朝は晴れると言っていたが曇っている。見事に曇り、空は真っ白。西日本は全部お日様マークだったのだが、これは何だろう。しかし北に冷たい空気があるようで、そのため、これがぶつかると雨が降ることもあるとか。その冷気の仕業だろう。雲はいつ発生するか分からない。
 上空の冷たい空気があるというのは確かで、日本海の北側。それが大阪方面にも影響し、昨日も今朝もひんやりとしている。昨日の夕方など、喫茶店から戻るとき、レインコートを着ていたのだが、大袈裟な格好ではなく、これでも寒いのだ。中にアンコが入った冬物ではないと。
 それで今朝は陽射しもないことから暑くならないと思い、冬のジャンパーを着て喫茶店へ行く。
 寝る前に天気予報を見たのだが、見間違えたのかもしれない。そんなわけがないので、違う日の天気予報だったのかもしれない。こういうのは毎日違うが一日の中でも朝言っていることと夜言っていることとは違う。同じ明日のことなので、違う明日があるような。しかし明日に近い時間帯の天気予報ほど当たりやすい。まあ一分前に一分後の予報をすれば、当たるだろう。
 最低気温や最高気温は今日や明日は当たっているかもしれない。そして来週はもの凄く暑くなるらしい。今朝のような寒い日からいきなり大阪でも30度近く昼間は上がるとか。これは覚えておく。
 朝方寒かったので、電気毛布を付けた。寝る前はそのままでいけたが。まだまだ電気毛布は抜けない。
 当然電気ストーブも昼間から昨日は付けていた。これが30度まで上がるとなると、冬と夏が交互にやってくるようなものだ。体に悪い話だろう。
 昨日はご飯が切れていたので、久しぶりに和風ファミレスザめし屋へ行く。夕方に行く喫茶店からの戻り道、少し行きすぎれば寄れる場所。まだ夕方なので、夕食としては早いが、確かに夕方なので、間違ってはいない。
 客は中高年男性の一人客が多い。普段着で来ているので、近所の人だろう。ファミレス風だが家族連れは土日が多いようだ。平日のこの時間は一人客が四人テーブルでゆったりと場を取って食べている。独立したカウンター席。これは工事現場の飯場風。まあ学生食堂や社員食堂でもよくある長いテーブルを囲むスタイル。会議ができそうだが、両端に椅子はない。
 マグロ漬けご飯というのがあったので、それで決まり。何度が食べている。マグロ丼のことだ。鉄火丼。その場で盛り付けてくれる。
 それと季節の野菜を煮て盛り付けたもの。これは和風レストランらしい調理。色目が綺麗だ。菜の花が入っているし、鞘付きの豆も。それと赤い小エビが目立つように載っている。そして黄色い卵で綴じてある。
 まあ、玉子丼が安いので、それで充分だが、マグロの刺身は皿で取れば高いが、マグロ丼になると安い。ご飯も付いてくるし。しかしマグロの形はかなり怪しい。欠片。だから刺身としては無理だろう。
 これで春の宴風夕食となった。どのテーブルも似たような年の一人客で物静か。
 ここが潰れないのは、近くに巨大な公団住宅があるためだ。高層マンションだ。元々は市営住宅とか県営住宅にいた人だろうか。だから高齢化が進み、年寄りが多い。それらがファミレスで沸いているのだろう。すぐ横の牛丼屋の松屋には来ない。カウンター席ではふらっとするのだろう。それに食券を買うのが面倒。最近はモニター式のタッチ式、ボタン一発では出ない。メニューから入り、ジャンルから入り、その中から選ぶ階層構造。大衆食堂なら無言でいい。ご飯も注文しなくても、聞いてくる。「ちゅー」とか「だい」とか「しょー」だけは言わないといけないが。味噌汁も聞いてくるので、首で答えれば済む。
 ザめし屋でのご飯の注文は、サンプルがあるので、それを指差せばいい。
 春の夕食らしかったので、これがゴールデンウイークのハレの場とする。もう過ぎたが。しかしそれにしても、戻り道、冬のように寒いので季節感が合わなかった。
 
 買ったばかりのパナソニックGX7でやっと昼間の明るい屋外を写すことができた。
 しかし今まで使っていた望遠レンズなので、カメラを少し変えた程度ではそれほどが質は変わらない。画素数が増えたり、映像エンジンがよくなっていても、一世代程度なら差は出にくい。
 画質よりも、どういう写し方をするかで意外と画質が決まる。画質が欲しいのなら、質感がカリッと出るような被写体を写せばいい。そうなると、逆に写すものが限られてしまうが。
 G5時代に付けていたレンズだが、GX7に付けたときの差は分からない。少しシャープ感が増したかなと思う程度。ただ、最近その組み合わせで写していないので、目が慣れていないので、見分けにくい。
 それよりもファインダーが大きく細かくなったのだが、自動調整で明るさを変えているようだ。そのオプションを見ると、オンになっていた。買ったときは部屋の薄暗い場所を写していたのだが、ファインダーは明るい。ところが、明るい外で覗くと暗い。ここで自動調整が行われているのだ。そのため、しっくりとした絵面になる。それを見て、暗くなったと感じたのだろう。しかし、この調整のおかげで光学ファインダーのような見え方をする。白飛びなどが少ない。これは露出が反映しているのかもしれないが。電子ファイダー臭さがない。
 同じパナソニックで解像力の高い電子ファインダーの1インチネオ一眼を持っているが、そちらは眩しいほど明るい。ギラギラするほど。それに比べると地味だが落ち着いている。これは絵心を少しくすぐる。
 それとシャッター音が意外と大きく甲高い。これは人が行き交うところでは聞こえてしまい、近いと写せない。そのときは電子シャッターに切り替えられるらしく、無音になる。機械式のシャッター幕を止めるのだろうか。そのモードに入るように、ファンクションキーに仕掛けておいた方が良さそうだ。しかし景気のいいシャッター音だ。
 ピントは普通に早く、あまり迷わないが、分からなくなると、大きな箱が出る。このあたり全体が合っているはずですと言っているのだが、自信がなさそうだ。自動認識はそれほど進んでいないが、動いているものがあると、それを掴もうと、追従モードに入るが、すぐに見失うのか、離してしまうようだ。まだまだこの時代は弱いのだろう。
 水田になるまで待機中の畑があり、そのまま放置されていたり、大根か何かを植えているのか、花が咲いているので、それを写す。
 ぼけ具合は1インチ、ハーフ版、普通の一眼レフ、このあたり比べても、ものすごい差は出ない。1インチでも結構ボケる。それよりもレンズの明るさで、一インチの方が普通の一眼よりボケたりする。一眼より明るいレンズだと。
 コンパクト系の小さな受光素子では、あまりボケないが、旅カメラのように超望遠が付いていると、これは確実にボケる。
 細い草の茎などにもピッとピントが来るのは流石だ。あまり細いものや、モヤッとしているもの。単色で、色目が同じものには合いにくい。
 色々なコンパクトデジカメで試したことがあるが、そういう条件のとき、一番合ったのがパナソニックだった。背景に引っ張られないのがよかった。背景に持って行かれるのはキヤノン。ピンポイントに強いのが富士。
 まあ、パナソニックのデジカメには慣れているので、GX7もほぼ操作体系は同じ。だから新しい発見は少ないのだが、望遠ズームを付けた状態でも結構軽く、まとまりがいい。この電動望遠レンズはお気に入りのレンズなので、このまま眠らせないでよかった。キットものの安いレンズだが、ボディーカラーが白なので、中古で激安だった。
 標準ズームも電動で軽くて小さいので、持ち出してレンズ交換してもいい。
 しかし、望遠だけのときは、ポケットにパナソニックの旅カメラを突っ込んでいる。こちらは広角が入っているので、それで写す方が早かったりする。そして望遠側も、望遠ズームの倍あるのだから、皮肉な話だ。コンパクト系の方がそこだけは強い。
 あとは写すときの雰囲気で、決まるようで、別にどのカメラでもいいのだが。
 明暗比がかなりある場所に咲いている野草があるので写すが、意外と階調が豊かで、白飛びが少ない。フルオートで逆光のときは合成モードに入るが、滅多にそれはない。余程の逆光だろう。
 白飛びが少ないので、書き込んだような絵になる。解像力ではなく、飛んで省略されてしまうだけだが、受光素子が大きいと、飛びにくいので、有利なことは確か。
 あとは以前使っていたG5とあまり変わりはないが、ファインダーのあるなしで、充実感が違う。しかし写っているものは同じなので、撮影を楽しむということだろう。
 
 このカメラのキットレンズで40ミリが付いているのがある。それのライカ版があるはずだと思っていたが、なかった。もう一回り広角のがある。なぜか40ミリは避けている。ライカ版に匹敵するほど良いレンズなので、重なってしまうためだという噂もある。写りは良いようだが、AFが遅いし、音もうるさいらしい。まあ遅いのは近距離だろうが。
 薄いのでそうなったようで、手ぶれ補正も当然ない。開放が明るいので、問題はない。それに40ミリなので何とかなる。
 GX7に付けた場合、手ぶれ補正が効くので、これはありがたい。
 こちらのレンズを付けた方が雰囲気が出る。しかし40ミリだけの街写しなどは結構厳しい。その代わりレンズ側を触らなくても良いので、楽といえば楽だが。そして100グラムを切っているし、短い。そこまで短いと、逆に操作が難しいので、単焦点ならズームリングはないので、触る必要はない。ただうるさくて遅いAFなのでマニュアルフォーカスで使うリングはしっかりとあるようだ。その殆どは近距離だろう。主にテーブルもの。
 しかし、写しに行ったとき、40ミリとかは使わない。広角も殆ど使わなかったりする。望遠が多い。一度50ミリだけのフナ釣り撮影を試みたことがあるが、我慢できなかった。
 
 このカメラ、町写しをアピールしていたようだが、実際には普通の風景、自然の風景、木や草花などを写すときの方がよかったりする。街中でゴソゴソ操作しながら写せないのだが、自然の風景ならできる。そしてこのカメラ、色々と操作ができるのだが、街中では使えない。じっと立ち止まってカメラを弄っていると、結構不細工だ。
 まあ、あらかじめ写しやすいようにセットしておけばその場でゴソゴソする必要はないのだが。
 それよりもマニュアルフォーカスなどにすると、今のカメラなので、ピーピングだったと思うが、被写体に輪郭が付く。ピントが合っているところが縁取られる。色の輪郭が付く。カメラを遠ざけると、合わしていた距離から離れて、別のところに付く。もの凄くわかりやすい仕掛けで、普通のコンパクトカメラにも付いているので、珍しいものではない。そういうのは街中で使えないだろう。しかしピント固定で絞り気味のスナップ向け距離に合わせて使うこともできる。深度読みでピント幅が分かっているので、AFの必要はない。
 結局デジカメなので、デジモノの最新技術は盛れるだけ盛ってあるので、ストリートファイターではないが、ストリートもの、路上ものらしさと言えば、カメラの形になってしまう。このGX7がそれに近い形だろう。街中でも似合うカメラだ。
 ロードものと散歩は重なる。繁華街をぶらつくこともあるだろし、自然が多いところをうろつくこともある。川縁とかも。だからこれは散歩カメラなのだ。
 散歩だと、人がまったくいない場所もある。そういうところではじっくりと写せたりするので、急ぐ必要はない。このカメラはこちらにも強い。
 人が行き交うような通りでは実は普通の小さなコンパクトデジカメの方が良いのだ。一眼やミラーレスは結構シャッター音がするので、目立ってしまう。小さなカメラだと手の平の中に隠せたりする。煙草の箱程度が理想的だったりする。その方が目立たない。まあ、スマホでも見ているのかと思われる方が目立たない。
 しかしこのGX7は結構しっかりとしたカメラで、見た目も本格的だ。いかにもカメラをやっている人に見られるかもしれないが、大きい目のコンパクトだが、一眼レフではない形。だから意外と堂々と写せたりする。二万円台で買ったとは言え10万を超えていたカメラなのだから、高級感があるためだろう。しかし普通の人が見た場合、カメラはカメラで、高いも安いもないのだが。
 だからこのカメラ、持つと雰囲気が出る。ゴチャゴチャとした機能よりも、手にしたときの雰囲気、これにつきるようだ。
 
 

posted by 川崎ゆきお at 11:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月09日

パナソニックGX7 2万円台中古購入

■■ 2018年5月9日 水曜日 午前9時23分
 
 今朝は何とか晴れているように見えるが、雲が多く、風も強く、陽射しが出たり引っ込んだりで、まだ不安定なようだ。その後は晴れマークが続いているので、雨は当分降らないかもしれない。
 気温は低い目で、ストーブがいるほど。寝るとき、電気毛布は付けなかったが、危ないところ。結構冷える。
 それで今朝は冬物のジャンパーを着ている。裏に毛が生えている。首元もガードされているが、裏毛のようなものは見えない。春のペラッとしたジャンパーにしか見えないところがミソ。
 春物の綿ジャンよりも軽い。しかし肌触りは綿の方がいい。悪いものを綿が吸収してくれるような感じになる。表面に立体感があるためだろう。ナイロンのツルッとしたのは無機的。ツルッとしているので滑る。直接着ているわけではないので、肌触りというより手触りだろう。肌に感じるのは収縮性や弾力性などのアタリだ。まあそれらは二次的なことで、寒さとかが何とかなればいい。暑いときは脱げばいい。一番涼しい格好は裸かもしれないが、陽射しのあるところでは逆に焼けて痛いだろう。子供の頃からそういう状態で育てば問題なさそうだが。
 ゴールデンウイークは終わったが、これからが行楽にはいいかもしれない。世間の連休が終わったあたり頃に出掛けるのも悪くない。
 しかし、すぐに梅雨に入る。沖縄は既に梅雨入りしたとか、平年より一日早いのか、去年よりも一日早いのかまでは忘れたが、一日ぐらいいいではないか。せめて一週間ほど早く、などでないと感じにくいだろう。
 梅雨に入らなくても、暑くなり出す頃だ。梅雨前に真夏のような暑い日があったように記憶しているが、逆に寒くてホームゴタツの中に入っていた頃もある。季節に関係なく、意外な気温になる。
 冬の安定した寒い日々が懐かしかったりする。ずっと寒いというのは構えやすい。しかし、出掛ける気は起こらないが。
 
 注文していたパナソニックのGX7が翌日到着で届いた。昼をかなり回ってからアマゾンで買ったのだが、早い。中古だが、アマゾンからの発送らしいので、倉庫にあるのだろう。それで、何処の中古屋なのかは、買うときにちらっと見ただけ。梱包もアマゾン式。プライム扱いなので早いのだろうか。
 アマゾンの段ボールを開けると、無地の小箱が出てきた。バーコードだけ貼ったシールがあるだけ。だからカメラの元箱ではない。それに近いが、ボディーだけなので、化粧箱があったとしても似たような大きさだろう。
 中古店の宣伝では、極上となっている。それで2万円台なのだから、良い時期に買えた。こういうのは一台しかないので、次に見たときは消えていたりする。その次に高いのは未使用品。
 ボディーだけだが、欠品はない。CDやショルダーストラップは未開封。バッテリーもコード類も入っている。バッテリーは最初からカメラ内にある。アクセサリシューカバーも最初から付いていた。だから、普通の新品のボディーだけを買えば、同じものが入っているはず。マニュアルも入っていたが、綺麗だ。読んでいないのではないかと思うほど。これは取扱説明書で、本マニュアルはCDかDVDの中に入っているようだ。しかしネット上にあるので、問題はない。
 
 早速レンズを付け、カードを入れ、電源を入れると、しっかりと動く。初期不良はない。設定は初期値に戻してくれているのかどうかは分からないが、撮影モードはプログラムに入っていた。時計は合っていた。
 バッテリーの残が少ないので、とりあえずいつもの試写。数枚写したところで、バッテリーが落ちた。
 先日買ったGF5のバッテリーが入るようだ。型番の下の数字が一つ違うだけ。それに入れ替えて、試写したり、設定をしなおす。
 レンズは昔買った標準電動ズーム。古いレンズだが、見た目のカビや埃や、そういったものは見当たらない。
 写りはいつものパナソニックミラーレスと同じで、見分けが付かない。
 ただ、このGX7はボディー内手ぶれ補正も付いてるので、オリンパスのレンズでも手ぶれが効く。レンズ側補正は補正されていくのが見えるので、ぐらぐらしないのでいいのだが。
 
 ボディーは思ったより小さく軽い。もっとごついのかと思っていた。そのマーク2を家電店で弄っているときは、大きく重いと感じていたのに、不思議だ。
 家電店で見たマーク2は液晶を上げるのに、力が必要で、指が痛かったが、届いたカメラはすっと上がる。それほど軽くはないが、重くもない。だから、家電店展示品はガタが出て建て付けが悪くなったのかもしれない。これで一安心。硬いことを覚悟していたので。
 視度補正はスライド式なので、覗きながらでも操作しやすい。普段は出っ張りの下にあるので、擦れにくいはず。パンソニックのデジカメの歯車式は始終動いている。それに比べるとスライド式の方がズレても合わせ直しやすい。
 
 カメラを持ったとき、何かに似ていると思っていたら、リコーの28ミリ単焦点付きコンパクトデジカメに近い。吸い付くとまではいかないが、握ったとき、安定感がある。これな望遠を付けていても、手が痛くならないだろう。
 カメラが綺麗なので、新製品のカメラを買ったような気になる。もう出てからかなり経つのだが。
 
 フルオートのiモードプラスに合わせていても、露出補正ができるのが凄い。またプログラムシフトもできる。フルオートだと何もさせてくれないカメラもあるが、このカメラはそれができる。
 この二つは同じダイヤルに仕込まれているが、回しても反応しないので、カメラを取り出したり構えるときに回ってしまう危険がない。そのダイヤルを押すことで、そのあと露出補正ダイヤルとして動かせる。またもう一度押すとプログラムシフトになる。押さなければ反応しないので、安全だ。また露出補正は電源を切れば戻るオプションがあるのもいい。補正を戻すのに、ダイヤルをまた回すのが手間だし、忘れていることがある。
 
 デジタルズームは電動ズームではそのまま望遠端を越えてズームになる。EXズームというやつで、これは多用している。電動ズームではなく、普通のレンズならテレコンで使えるのだろう。そのスイッチになるボタンを何処かで作っておく必要がある。
 このカメラにはファンクションボタンが四つあるが、全て液晶側の裏側にあるので、散っていないので良い。4つもいらないのだが。こういうのは登録しても忘れてしまう。
 どちらにしても電動ズームならEXズームを使うにチェックしておけば、特別なボタンとかレバーの操作はいらない。これは快適だ。切り替えなしでデジタルズーム域に入るのだから、これは普通のコンパクトデジカメと同じ。
 テレコンと違い、望遠端を越えないと入らないので間違いはない。テレコンだと、広角端でも倍になる。
 
 薄暗いところではリミッターのようなものが働いて、フルオートでは露出不足なることがあるが、このカメラは感度は3200あたりまで上がるが、スローシャッター気味になる。といっても手持ちで写せる範囲内。だから必要以上に感度を上げないで3200で我慢して、そのしわ寄せで遅い目のシャッタースピード。これは静止画向けだろう。充分シャッターに余裕があるのに、感度を上げすぎるタイプではないようだ。いずれも暗いレンズでの試写。
 だからパナソニックのコンパクト系よりも、ベテラン向け。それはフルオートでの話で、感度を固定し、シャッターを固定すれば、良いのだが、そういう操作が面倒な人向け。
 
 タッチパネル、タッチパッドに対応しており、フルオートでのピント自動認識や顔認識でも、液晶をタッチすればそこにAFが来る。今では普通になったが。
 液晶撮影だけではなく、ファインダー撮影でもそれが使えるが、液晶は顔で隠れているし、ファインダー撮影に切り替わったときはただの黒板になる。そこに指を突っ込むとAFフレームが移動する。絶対位置は見えないので無理なので、相対位置にすれば、マウスのように動く。これでワイドや自動認識から一点AFに切り替わるので、これは素早い。解除は十字キーの真ん中の普通のOKボタンを押せばいい。液晶での解除はAFのアイコンが出ているので、それをタッチすれば元に戻る。これもよくある仕掛けだ。
 ただ、タッチで一点になってから、合わなくなることもある。これは追従モードにも入っているので、ピントを合わせ続けるとき失敗するのだろうか。
 この技が使えると、1点AFに切り替えなくてもいい。だから撮影モードは常にフルオートにしておける。何かとその方が有利なためだ。
 
 電源レバーは右端手前側にあり、親指で簡単に回せる。撮影モードダイヤルの基部にあり、良い場所だ。撮影モードダイヤルの向こう側にシャッターボタンがあり、これが難点だったが、シャッターボタンの方が高台にあり、さらにその上の皿の高さも加わるので、モードダイヤルが邪魔しないので良い。撮影モードボタンは一段低いところから出ているためだろう。そうでないと、撮影モードダイヤルの方が高くなり、山を越えて指を伸ばさないといけない。その例がGF9とか10だ。
 シャッターボタンは軍艦部にあり、グリップの端で傾斜しているタイプではない。グリップの出っ張りは一眼レフタイプほどにはなく、少ないが、その分幅がある。これがリコーの高級コンパクト機を思わせる幅広グリップで、出っ張りがないので切れ込みがなく滑らか。だから持った感じは悪くはない。グリップは幅が広い上に高いので小指まで掴める。これでさらに安定する。
 グリップ頂上傾斜タイプよりも、軍艦部に水平にある方が、ウエストレベル撮影では親指シャッターが切りやすい。液晶を上げて腰あたりにカメラを構えたとき、このシャッターボタン位置が生きる。
 シャッターボタンの中寄りにフラッシュがある。ポップアップ式で可変。つまり角度を変えられるので、バウス撮影ができる。これも他でも聞いたことがあるカラクリだが、ストロボを使う機会はない。
 このストロボのカバーが丁度軍艦部真ん中にある。その左にアクセサリーシュー。こちらも外付けストロボが突き刺せるかもしれないが、あまり興味はない。
 その左はカメラの端になるが空白。その下にファインダーがあるためだ。空白なのではなく、軍艦部でもなく、それが電子ファインダーなのだ。普段は寝ているが。持ち上げると、最高90度回る。だから真上に来て煙突状態になる。軍艦部の板ではなく、電子ファインダーの一部分だ。
 カメラの正面には何もない。レンズ交換時のロックボタンとセルフのランプか赤外線発射程度。殆どのボタン類は背面にある。軍艦部にあるボタンは動画ボタンだけ。それと電源レバーだが、これは側面に近い。レバーが傾斜しているのだ。使いやすいのはそのためだろう。
 ではAFとMFの切り替えは何処にあるのか。レンズ側にはない。これも後ろ側にありレバーによる切り替え。そのレバーは円を描いており、その中に大きい目のボタン。つまりAEロックやAFロックで使うボタンなので、大きい。このロックボタン、押しにくいカメラがあるので、使う気がなくなるが、このカメラは上手く挟み込める。これは露出だけ別構図でいただくときに役に立つ。敢えて暗いところに向けてロックさせ、アンダー気味の写真を撮るとかか。露出補正よりも早い。
 
 このカメラは普通のミラーレスだが、唯一特徴があり、他に類を見ない箇所となると、ファインダーの回転だろう。上にカメラを向けると首が痛い。そんなときカメラだけ上を向け、ファインダーを起ち上げる。すると下を見た状態でも上のものが撮れる。樹木が生い茂るところを真下から写すときなど、首はそこまで回らないので、楽だ。その逆は無理だが、下のものは首は痛くならない。
 液晶の回転は自撮りの角度にはならない。水平になる程度。ただ下方向へも回転するが僅かだ。まあ真下のものを真上から見える角度にはなるが。
 自撮りができないので、値段が安いのかもしれないが、ファインダーが回転することの方が大きい。
 地面ギリギリの草花を写すときなど、液晶回転でも良いのだが、ピントが分かりにくい。昼間だと反射したり、白くなったりして、ピントまでは確認できない。そんなとき、電子ファインダーと同じ画質で見られるのなら安心だ。逆さ潜望鏡のようなスタイルになるが。
 確かに写真はアングルで決まる。何処から見ているかでも決まる。アングルなので、カメラの角度だ。その高さや低さで、見える角度が異なる。だからこういうのに、このカメラは強い。液晶を横開きにしなかったのもいい。なぜなら速射性がなくなるためだ。セットするまで時間がかかる。市街地での早撮りでは、それでは遅い。手かざしなら別だが。
 液晶を立てるのは、目立たないように写すため。横開きだとカメラが目立ってしまう。もの凄く長いカメラのようになる。
 通りではカメラを向けられなかったりするのだが、液晶を立てると下を見て撮すことになる。面と向かわないだけでも少しは緩和する。これも構え方の一種。
 ストリートものカメラだけあって、街撮りではこれぐらいの大きさがいい。実際には右手でカメラの半分を隠し、左手でレンズ側を持つので半分隠す。出ているのはレンズだけなので、カメラそのものは本当は見えない。
 特にパンケーキ標準電動ズームの前玉が小さく、威圧感がない。望遠ズームも口径は小さい。そして細い。この電動ズームは。ズームしてもレンズは伸びない優れものなのだ。だから天狗の鼻のようににゅるにゅる伸びない。そして電動なのでレバーでも良いし、リングでもいいからぐるぐる回す必要はない。少し回せば手を緩めれば止まる。ぐるりと回転させる必要がない。
 このカメラ定価は10万円を超えていた。初値の頃だろう。ボディーだけでの値段で。レンズを付けたキットものなら、怖いような値段になるはずだが、それらの電動ズームは中古では安い。ただ、40ミリレンズは中古でも高く、安いのはカビ入りとか、テカリありとか、それと分かるゴミ入りとかになる。
 
 こういうカメラはちょい写しが似合っていたりする。本格的に写せるカメラなのだが、それよりも、さっと出してさっと撮すのがいいような気がする。何せ撮影地ではなく、市街地なので。
 カメラはそこそこ重みがあるので、ラフに扱っても安定している。だから市街地で振り回すときは、これぐらいの大きさ重さで丁度かもしれない。流石にポケットには入らないが、レインコートのポケットなら入る。しかし出し入れが窮屈。これはやはり鞄、もしくは首にぶら下げての移動が好ましいようだ。その場合、一眼レフほどには野暮ったくない。
 
 カメラが届いたのは昼過ぎで、そこから昼寝をしたので、夕方行く喫茶店までの道で写したかったのだが、あいにくと雨で、もう薄暗い。それと近所の喫茶店に変更したので、写すものがない。喫茶店内で二枚ほど写した程度。室内ではどんな画質なのかは分かりにくい。
 
 そして今朝はやっと明るい場所での撮影になるが、喫茶店へ行くまでの道なので、あまり写すものがない。
 だから試写という感じで、被写体は何でもいいから、とりあえずカメラを覗く。
 意外と暗いと感じた。部屋で見ているときは明るい。薄暗いものでも、明るく見えるタイプだが、これは自動的に明るくしているだけのようだ。明るすぎるほどなので。
 明るい屋外で覗くとしっとりとしている。電子ファインダーのデジ臭さがなく、つるんとしている。まるでフィルム映画を見ているようなほど。暗いと思ったのだが、白飛びがない。まあ、明暗差が激しい場合はあるだろうが。
 今朝は28から80あたりまでの大人しいレンズを付けている。このレンズ、あまり使っていなかった。
 つまりレンズ遺産をそのまま引き継げるということだが、二本しかなかったりする。
 この値段で、結構いい散歩カメラが買えたので満足度は高い。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

パナソニックGX7

■■ 2018年5月8日 火曜日 午前8時50分
 
 今朝は雨は降っていないが、曇っている。決して晴れていない。雨は東へ去ったのか、北へ去ったのか。西や南へ去ることはない。
 曇ってひんやりとした朝。連休明け初日は昨日だが、その二日目。これは重そうだ。
 昨日は一日雨だったので、出る度に傘が必要。自転車の場合、雨の中、止める場合、前籠のカバーを外したり、鞄を出してきたりを片手でやる。傘を差しているため。このとき結構濡れたりする。また傘を閉じるとき、滴でサドルが濡れたりする。
 ゴソゴソしていると、傘の持ち手がワイヤーやハンドルに引っかかったりする。これは傘を肩に当て両手を使おうとしているとき、ハンドリングが悪くなるのだろう。傘のコントロールを失うからだ。もの凄く大げさな言い方だが、ものが何でもないことなので、大変なことにはならないが、大事な用件のときに、この傘の振る舞いのようなことが起こったりする。
 昨日はそれで傘を差さないこともあったので、上着が濡れてしまった。途中から降り出したためだ。自転車を止めて傘を差すのが面倒なので。綿ジャンなので染みこむ。それで乾かしていたので、次に出るときはレインコート風なのを着た。これはマウンテンパーカーのようなものだ。冬物ではないので、薄いが裏地はある。ペラ一枚ではないので、二枚分ある。このレインコートのようなものは丈が少しあるので、ポケットも大きい。その中に先日買ったミラーレスが入る。Gジャンにも入るが、窮屈。しかしコート類なら問題なく出し入れできる。それで、今朝はそれを着た。こういうレインコートは梅雨時にも当然着ることが出来る。見た目は暑苦しいが、思っているほど暖かくはないので、暑くはないが、梅雨の晴れ間などは夏なので、これは暑いだろうが。
 このレインコート、あまり気に入っていないのだが、意外と何となく買ったものの方が長く付き合えるようだ。こだわりがないためだろう。あるから着ると言うだけ。
 今朝はひんやりとしているし、風もあるので、こういった薄いが風を通さないコートは有利。
 ゴールデンウイーク明けが何となく気怠いのは気候のせいだけではなく、今年も中盤まで着てしまったことに関係するかもしれない。いつの間にか、もう半年近くになる。それと疲れてきたのだろう。これで梅雨を迎えると、さらに水を差されるが、明けると元気のいい夏。しかし、そこからの後半は意外と短い。
 だから五月六月は上り坂。そのため、だれるのだろう。そして一年の計など忘れてしまったりするが。
 
 先日昆陽の中古屋で買った15000円のパナソニックミラーレスGF5だが、液晶回転式になる次のG6は2万円台なので、それを買おうと、調べていると、同じ2万円台で高級機のGX7があることが分かった。レンズなしだが。
 GX7を調べていると、GX7マーク3まで出ている。手頃なのはマーク2で、これがGX7の直系かもしれないが、これもまた古くなっている。これは近所のエディオンで展示され続けている。値段的には手頃になってきているのはマーク3が出たためだろうか。しかし、最新機種から見ると、GX7はかなり古いのだが、GF5から見ると、もの凄く新しい。GX1というのがあるのだが、忘れられたカメラ。1の次がいきなり7で6とか5とかはない。
 コンパクトなGF5と一眼レフ風のG5が同じ時期のカメラかどうかは分からないが、かなり前に中古で買っている。普通の一眼レフの形をしたミラーレスで、ファインダーも付いている。これに望遠電動ズームを買い足して、メインで使っていた頃がある。そして、ファインダーが綺麗になったG7に買い換えたいとずっと思いながら、そのままになった。高倍率標準ズーム付きだと今でもまだまだ高い。
 それよりも、GF6を買う値段で、GX7が買えることに驚いた。ファインダーが付き、結構本格的。液晶も回転する。内蔵の電子ファインダーそのものも回転する。これは外付け以外では例を見ないのではないか。富士にもありそうだが。
 ということは、これまでよく使ってきた一眼風のG5の買い換えはG7ではなく、ライカ風なGX7ではないかと思うに至った。一眼風のG5を買ったときも中古だが、それほど安くはなかった。レンズ付きだが、その後買った望遠がメインになったが。
 そしてライカ風GX7時代のキットレンズを見ていると、こちらが持っているレンズと同じ。つまり、電動キットなのだ。標準も望遠も電動。それらを箱に詰め込んだキットが売られていたのを発見。そのレンズ、持っているということだ。だからボディーだけ買えばいい。その他のキットとして40ミリ単焦点付きがあり、これはよく見る。このキットは中古でも結構するので、美味しさがない。
 パナソニックの40ミリレンズは神レンズとして有名なレンズだが、手ぶれ補正がなかったのではないかと思える。GX7に付けて売っているのは、ボディー内手ぶれ補正が付いたためかもしれないが、明るいレンズだし、40ミリなので、いらないかもしれない。パンケーキなので、飛び出しが少ないが、電動標準ズームも結構薄い。
 この40ミリ神レンズのライカ版がある。そちらはもの凄く高い。キットに付いているのはパナソニック製。
 昔に買った一眼レフスタイルのG5からG7へと行きたかったのは、G7からファインダーの解像力が上がったためだろう。綺麗になった。G5のファインダーでもピントなどはよく見えるのだが、やはり格が違う。大きく見やすい。それがGX7にも付いている。買い換えの目的はファインダーと28から280の軽くて小さなレンズキットが欲しかったため。だからG7にしなくてもGX7で良いのではないか。それと2万円台。これに負けた。28から望遠までよりも、望遠ズームの方が使いやすいことも分かった。
 だから昆陽の中古屋で買ったコンパクトなGFからの展開ではなく、GF5は気楽なので、そのまま使う言うことだ。コンパクトなGF6や7に買い直せば、GF5は使わなくなるので。
 コンパクトなGF5とライカ風なGX7とではタイプが違う。しっかりとファインダーを覗いて写すタイプでもあり、本格的だ。しかし一眼レフの形はしていない。ライカ系デザイン。
 
 カメラは機能的なものだけではなく、醸し出している雰囲気がある。これは好みの問題で、良い機能というのはある程度普遍性があるが、雰囲気というのは嗜好性が高い。
 ライカ風GX7と似たようなカメラですぐに思い付くのがソニーのα6000。受光素子が少しだけ違うが、似たようなカメラだが、これは現役機としてまだ店頭にある。中古でも値が崩れない。それだけ完成度が高いのだろう。このカメラは結局買えないままなのは高いため。中古で2万円台で出ていない。
 α6000は実用性を考えると、望遠がしんどい。GX7にはあまり実用性を期待していない。それならもっと最新のハイテク性の高いカメラとか、もっと小さく携帯性があって、何でも写せるようなカメラを持ってくる。
 今回はGF5のコンパクトなミラーレスという趣味性に引っ張られて、ライカ風GX7というカメラもあったなあと言うことで、調べているうちに、発売されたときのことを思い出した。結構街写しなどの散歩カメラなのだ。このレビュー記事を読んだ記憶がある。だから撮影というような大袈裟なものではなく、出掛けると言うより散歩程度なのだ。目的は散歩。撮影はついでに。
 たとえば花を写すにしても、花専門に写す人なのではなく、通り道に花が咲いているので、写す程度。だから花の名さえ知らなかったりする。
 建物や通り、ストリート、ロード上のものを写す。これは特に構えなくても普段から道を通っているはずなので、特別なことをしているわけではない。
 散歩ではなく、通勤のときに写したりもするだろう。散歩となると、ちょっと間合いが違うが。
 散歩に限らず、その人の立ち回り先というのは人様々で、写したいものがあるので、そこへ立ち寄るとなると、これは確信犯で、撮影になる。
 まあ撮影が目的で、実際にはあまり写さないで散歩しただけで終わったということもあるが。
 つまりこういうGX7のようなカメラは風景の発見には良い。見慣れた何気ない日常を写すのもいいが、どう写せばいいかが問題になったりする。目を開けている間は全視野風景。だから何処を切り取るかになるが、何処にカメラを向ければ良いのかこそが趣味の問題になる。一般的に花などは綺麗なもので、目立つので、咲いていれば写したくなる。しかし、花などを撮している自分というのを引いてみると、これはなかなかできるものではない。なぜならありふれた被写体で、一番簡単なネタのためだ。
 だから対象との関係で被写体が変わる。要するに意味を考えてしまうためだが、それは後付けで、素直に見たとき、意味付けの手前にいるはずなので、そういう見方をするのがいいのだが、実際には何かありそうだと思い写すことが多い。まあストリートものの醍醐味は見慣れた風景ではなく、偶然との遭遇だろう。偶然なのだ。偶然ものが落ちていたりとか。
 このGX7というカメラ、なぜか影が薄いというか、発売当時、そういったストリートものの散歩カメラが出たという意味付けだったが、その手には乗るまいと思っていた。いかにもそれらしいカメラのためだろう。ライカの轍を踏みすぎているのがわざとらしいため。
 たとえばライカを嫌がる人がいる。それはすぐにライカの名を出してくる人が厭なのだろう。ライカが嫌なのではなく、その人が厭なのに違いない。
 これはブランドに乗っかかって、などのコースになるのだが、ライカというのも1つのイメージなのだ。
 まあちょっと高級でよくできたGX7よりも、昆陽寺近くの中古屋で買った15000円の古いミラーレスで止めて置いた方がよかったのかもしれないが。
 このミラーレス、お婆さんが首からぶら下げて歩いていた。近所の人ではない。散歩中の人だ。健康のため歩いているわけではない。首からカメラをぶら下げているのだから。それがGF5かGF6かは分からないが、パナソニックであることは間違いない。
 お婆さんが手かざしで写す。それは拝んでいるように見えたりする。まあGFは女性向け、GXは男性向けとは限らないが、少し大きく重い。
 だから今回は正統派散歩カメラとなったが、それらしすぎて、逆に恥ずかしかったりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月07日

キヤノンG3XとパナソニックGX7

■■ 2018年5月7日 月曜日 午前9時37分
 
 今朝は雨。一日雨らしい。昨日も雨。ゴールデンウイーク後半雨が続き、それが晴れて、やっと、と思っていたら、また雨。雨も休み休みに降ればいいのに。休む日が短すぎる。晴れたと思えば、すぐに雨。しかも予報では大雨になるほど。実際にはそれほど大して降らず、今朝なども小雨。夏なら傘を差さなくてもいいほど。
 この季節、そろそろ田植え云々の準備をしている時期。畑にしていたのをならして水田にチェンジする時期。だから水は必要。雨が降ってもらわないと困る。そして田植えは雨が降っていてもやっていたりする。
 五月も中旬に差し掛かると六月が見えてくる。梅雨だ。だから雨が続くとついつい梅雨が早い目に来たのではないかと思ってしまう。何かに当てはめたいのだろう。梅雨なら諦めがつく。
 しかし、昨日の朝も喫茶店からの戻り道に大回り散歩をしたので、今朝続けて行く気がしない。晴れていてもいいので、雨の影響とは関係ない。しかし、朝から傘を差して自転車に乗るのは鬱陶しい。
 カメラは鞄に入れていることが多いのだが、その鞄は前籠に入れている。雨だとカバーする。だからカメラをすぐに取り出せない。こういうときはポケットに入るカメラがいい。
 今朝はキヤノンのG3Xと言うカメラを鞄に入れて出た。型番を言っても分からないようカメラ。自分でも分からなかったりする。GとかXとかはカメラ名によくつく。
 G3Xというのはキヤノンの1インチネオ一眼。二年ほど前、尼崎の中古屋で買っている。これがポーチ型速射バッグやフィルター付きだったので、得した気分。それよりも電子ファインダーもおまけで付いてきた。当時電子ファインダーキットがあったはず。限定台数だが。それを買った人かもしれない。この電子ファインダー、初代で、回転するタイプ。今野のキヤノン高級コンパクト系やEOSMにも差し込める。単品で買えば結構高い。ただ、煙突のように飛び出るので、速写ケースに入らない。
 雨でも平気な防水性。雨ぐらいは平気。しかし重い。鉄の塊だ。だがデザインは四角な箱。コンパクトカメラの形で、フラット。グリップとレンズは飛び出しているが。これで600ミリまでの望遠が効き、そのまま電子ズームで1200ミリまで行くのでほぼ完璧で隙のないデジカメ。液晶も上下二回転するし、ファインダーも回転する。文句の付け所のないカメラだが、重いのが欠点。800グラムほどある。一眼レフに標準ズームを付けたのと変わらない。しかし一眼レフで24から600までとなると、タムロンあたりから出ているかもしれないが、レンズだけで、その重さがありそうだ。
 しかしレンズが明るく、広角端での最短撮影距離は一眼を上回るのはコンパクト系の特徴だ。
 鉄壁のスペックと機能なので、イオスを寄せ付けない。EOSMとかキッスなどを。液晶も3.5インチある。コンパクト系の比率ではなく、一眼の比率のときを考え横に長くしている。3インチで一眼だと、上を切られることがある。だから大きな液晶だ。液晶の回転具合はEOSM3と似ている。
 今朝は雨なので、雨粒ぐらい平気な、このカメラを持ち出した。少し重いが。
 
 もう一つカメラの話題だが、先日昆陽の中古屋で15000円で買ったパナソニックのGF5というミラーレス普及機だが、液晶が回転するタイプに代えたいと思いそれが可能なその次に出たGF6を見ていたのだが、ボディーだけなら2万円しない。ところが中級機というより、上級機に近いGF7の中古が2万円からある。これはライカデザインのミラーレスで、軍艦部がフラットで、ファインダーが左肩にある。ソニーのα6000などがこのタイプ。富士もそうだ。
 当然その次のマーク2とか3とかが出ているのだが、7が安い。これは買い換えで、大量に出たのかもしれない。
 しかし、GF5あたりから見ると、もう本格的なカメラで、押しも押されもしない立派なカメラ。それが2万円。レンズはあるので、問題はない。これなら液晶が回転するどころか、ファインダーまで回転する。マーク2は回転しない。
 当時の売り方を見ていると、パナソニックならお馴染みの40ミリ単焦点レンズ付きで売られている。このレンズが結構高いのだ。しかしAFが遅い。まあ普通に風景や静物を写す分には問題は何もないが。高いのはライカ名を付けたタイプ。しかしいずれも単焦点では市街地カメラ、街ゆきカメラとしては痒すぎる。28から80前後、24から70あたりが最低欲しいだろう。
 中古GF5に付いていた標準ズームは、電動の古いタイプだが、逆に高かったりする。もう新品がなくなりつつあるのだろう。これが結構よく写る。同じものをもう一本持っているので、重なっているのだが、色が違う。
 このGX7はボディー内手ぶれ補正が付いた。だからオリンパスのレンズでも問題なく使える。当然シグマから単焦点レンズが色々と出ている。こんなにいいカメラで、しかも元は10万を超えているのが2万円。中古で傷が多いかもしれないが、レンズなら別だが、ボディーの外装は写りには関係しない。まあたまにボタンが死んでいたり、レバーが重かったりするのもあるが。
 それと、このカメラ、メタルだ。これが発売された頃にGMと言うのがでている。今のミラーレスよりも小さい。こちらは女性向け。その男性向けが、このGX7。GXシリーズは以前にもあったらしいが、忘れ去られたようなシリーズだったようだ。
 こういうカメラは望遠ではなく、標準ズームか単焦点で、ライカ風に写すのがいいのだろう。電動ズームは薄いので、コートのポケットなら入る。また電動ではないパンケーキ標準ズームもある。
 これをライカ機と見立てれば、また違った写真が写せそうだ。モノクロの階調の広いモードや、敢えて粒子を浮かせたようなモードもあるようだ。モノクロ写真なら、このGX7シリーズだろう。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

パナソニックLX100など

■■ 2018年5月6日 日曜日 午前9時27分
 
 今朝は晴れている。気温も戻ったようで、もう寒くはない。北にあった冷たい空気を含む低気圧が去ったためだろう。これで平年並の気温に戻った感じだろうか。その平年並、たまにしか来なかったりする。戻ってもすぐに夏のように暑い日になったりする。平年並はあくまでも基準なので、そこから比べての気温差。
 ゴールデンウイークも今日が最終らしい。こどもの日の翌日が日曜日。この日曜日は何だろう。ただの日曜だろうか。もし祭日の日曜なら、明日は振り替えで休みのはず。だから最終は明日になる。そうならないとすれば、ただの日曜かもしれない。
 そして明日から平日の五月。何もない五月になるが、連休のため、五月が短く感じる。前半の休みが効いているのだろう。
 今日が最終日だとすると、今年は何処にも出掛けなかった。しかし、近所はウロウロしているし、中古カメラを買いにに二度も走った。これはただの買い物へ行っただけなので、行楽でも何でもないが、行くのは楽ではない。
 
 その昆陽寺近くの中古屋で買ったのは15000円のパナソニックミラーレスGF5。デジモノは少し古いとガクンと値段が下がる。だから二万も出せば、普通の一眼レフの中級機あたりが手に入ってしまうが、これは迷惑だ。古いが当時は中級機なので、がっちりしており、重い。バッテリーは寿命に近いだろう。最新デジカメを使っていると、こういった昔の最新デジカメがおっとりとしたものに見える。今ほど慌ただしい動きをカメラはしない。
 さて小さなミラーレスを買って弄っていると、パナソニックに目がいく。それでこの機種の次に出たタイプから液晶が回転するので、それが欲しくなるが、ボディーは中古で2万円。さらに新しいのを狙うと値段がどんどん上がっていく。まあ限界はGF7までだろう。さらに新しいのになると、路線を変えたくなる。その値段を出すのならLX100が来る。
 GFシリーズは標準ズームの組み合わせならギリギリポケットに入るが、結構痛い。LX100ならそれよりも軽いので、少し重い程度。
 パナソニックコンパクト系では最高級機種が、このLXの系譜。キヤノンでいえばGシリーズだろう。しかし、それらは1インチタイプになってしまった。LXはいきなりハーフサイズのいつものパナソニックミラーレスと同じ大きさの受光素子にした。これで最高級機種としてスペック的にも上がった。これが結構安いのだ。
 24ミリでF1.7の明るさ。しかも最短撮影距離はコンパクトカメラ並にかなり寄れる。これはパナソニックミラーレスでは不可能な距離。しかもレンズが明るい。これだけでも買う人がいたはず。
 こういうことは最新機でも起こっている。キヤノンがそうだ。Gシリーズの中に、一眼の受光素子を詰め込んだコンパクトカメラがある。これならイオスの標準ズーム付きよりも軽いし機能もいい。大きく重い一眼を使うより、どうせ標準でしか写さないのなら、レンズ一体型の方が軽くて小さいためだ。
 しかし、それらは使っているうちに、また普通の一眼レフに戻ったりするのは、安定感の違いだろう。
 だが、LX100などは愛機になる。小さいからだ。それ以上に、レンズ側に絞りリングがある。撮影モードダイヤルのところにシャッターダイヤルがある。これは富士にその前例があるが、コンパクト系でシャッターダイヤルは珍しい。露出補正ダイヤルもある。また画面比率を変えるリングもレンズ側にある。さっと正方形にできる。全ての情報が、物理的に真上から見えるのだ。もうそれだけで参ってしまうだろう。昔のレンズシャッター機を思い出す。そして昔のレンズシャッター機の高級タイプのようにレンズが明るい。
 もうそれだけで、参ってしまうだろうが、パフォーマンスは大したことはない。ズーム比は小さい。だから広角を多用する人にとっては機能はいいはず。
 このタイプで、その後出たのが1インチタイプ機。これは競合する機種が多い激戦区。ここでもパナソニックはF1.4という明るいレンズを付けてきた。1インチでは類がない。しかし、それで勝負できるかどうかは分からない。ただLXは液晶は回転しないが、このLX9は回転する。それが今の常識のため。
 だが、LX100には素晴らしい電子ファインダーが内蔵されている。液晶の回転よりも、このファインダーが勝つ。
 しかし、愛機というのはあまり実用性は無かったりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする