2019年05月25日

大人しいLX100

■■ 2019年5月25日 土曜日 午前9時21分
 
 今朝も晴れている。このところ晴れが続いているが、二三日だろうか。二日か三日続くと、ずっと続いているように見える。天気予報では夏のように暑いとか。まだ五月なのだが。
 しかし春は五月までで、六月からは夏。すると、もう月末近いので、一週間もしない間に六月になり、夏になるので、夏のような暑さとなってもおかしくはない。五月いっぱいまでは春で、六月になると急に夏になるわけではない。前後する。早く来たり遅く来たり。そして行きつ戻りつ。
 梅雨前の夏。これはまだカラッとしており、爽やかなのかもしれない。梅雨が近付くと、湿気てくる。それがまだないだけ今日はまし。
 昨日も暑かったのだが、陽射しはさほどでもない。炎天下というほどには炙られない。平気で陽射しのあるところを通れる。これも今のうちだけだろうが。
 その感じでは自転車散歩も楽だが、長く日を浴びると厳しいだろう。熱だれしてくる。
 暑さの初物。これはまだ新鮮でいい。
 最近は少し早い目に起きているようだ。記録的な早さではないが、冬場よりも少しだけ早い。うんと早い朝もあるが、うんと遅い朝がない。まあ、二度寝三度寝すれば遅くなるが、暑いので、寝てられないのが夏。冬場は蒲団が恋しい。その逆なので、遅起きが減るのだろう。
 人により、寝るパターンが異なる。なかなか寝付けない人や、怖いほど早く目が覚めて、そのあともう眠れないとか。当然夜中にトイレに立ち、そのあと寝付けないとか。
 今朝は暑苦しいので、カメラも簡単なのを持ち出す。パナソニックのLX100で、これは上等なカメラ。コンパクトデジカメなのだが、受光素子はミラーレスと同等。さらにレンズが明るい。これでポケットに入るので、持ち出しやすいが、少し出っ張りがあり、重いので、ポケットがしんどいときもあるが。
 24から75までの大人しい標準ズームなので、広角はいいが、望遠が足りない。だからあまり写す気がないときは、この画角範囲でもいい。
 暗くなってからコンビニなどへ行くとき、ポケットに入れていたりする。鞄がいらないので、持ち出しやすいのだが、それほど小さく軽いわけではない。
 これが1インチになるが、250ミリや350ミリまでいけるTXシリーズがある。望遠が付くので、個人的には本格的に写せる。遠くにある植物などを抜けるためだ。望遠がないときは、見ているだけ。写せない。遠すぎるのだ。
 池の亀なども200ミリあれば何とかなる。アップは無理だが、亀が亀と分かる。亀も近付くと逃げるので、距離を置かないといけない。最近は小亀を見かける。嘘のように小さい。それが泳いでいるのだが、親亀の後ろから付いてくるようだ。そこそこ大きくなると、一匹で泳いでいる。
 カモも子供ができたのか、ヒナが集団でいる。カモも逃げないが、寄りすぎたり音を立てると、少し場所を変えるように動き出す。ある距離までだと、動かない。
 そういうのを写すときは望遠がないと駄目だ。カモの写真ではなく、池の写真になる。
 そういうのを写すときは、TZ1000がいい。これも1インチでファインダーも大きい。だが望遠は400ミリまで。しかしデジタルズームでそのまま800ミリまで行くので、何とかなる。1600ミリまで行く実験をしたが、条件が悪いと、絵が崩れる。塗り絵になる。
 昨日はニコンの一眼レフに望遠を付けたもので写したのだが、こういう動き回るものは多点AFが有利。一点AFのままだったので、動き回るものは難しい。一眼レフでも多点AFは効くので、それで引っかけられるが、切り替える暇がなかった。
 昨日は久しぶりにシグマの高倍率ズームを付けていたのだが、タムロンよりも重い。だが、ズームリングが軽いので、回しやすい。鞄からカメラを出すとき、レンズを握って引っ張り出すと、望遠になっていた。直進ズームとしても使えるほど柔らかい。
 写りは安いタムロンの方がよく、手ぶれ補正もタムロンは完璧に静止する。レンズの加工や質感はシグマの方がいいが写りや操作には関係しない。ただ、質感のある機材は盛り上がったりする。
 このタイプのメーカー純正が、タムロン製だったりする。
 自転車散歩にはもってこいの日が続いているが、暑いので、出にくい。
 街中や路地の中に入り込むと、じっくりとは写せない。さっさと写すので、それにふさわしいのを持って行く。ネオ一眼が一番扱いやすかったりする。
 
 
 
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2019年05月24日

都はるみの長崎は今日も雨だった

■■ 2019年5月24日 金曜日 午前9時03分
 
 今朝も晴れている。昨日ほどのすっきりとした澄んだ青空ではないが、贅沢は言えない。しかしこれは望んでもできないことなので、質素な天気も贅沢な天気もないのだが。
 まだ、五月。梅雨には早いが、南の方は既に梅雨入りしているところがあるが、そんな南へは行くことはない。大阪の南さえ年内に行く機会があるかどうか分からないほど。ただ、伊丹から尼崎へは行く。南下だ。だから南だが、気温はほぼ同じ。
 梅雨入りしたとかの単位は、複数県を跨いだ地域まで離れないといけない。近畿とか、北陸とか。しかし中国は長い。九州も長い。だからもう少しだけ区切らないといけないだろう。四国も太平洋側と日本海側とでは違うだろうし、大阪側と九州側でも違うだろう。それで結局四つになったりする。
 しかし、そんな厳密に考える以前に、梅雨入りしたのに、梅雨らしくなかったりし、梅雨入りしていないのではないかというのもある。天気に関しては手に負えないところがあるが、年々精度が上がっているのは確か。
 地理とか、理科の生物とか、日本史とかは日常の何処かと繋がっている。見かけることが多い。また、会話の中に出てきたり、何処かで聞いたことのあることがある。人名もそうだろうし、草花もそうだし、地名もそうだし、特産物もそう。近所に住む一家が何処の出身かで、言葉が少し違うし、その出身地の様子などを又聞きしたりする。噂話とかも。所謂お国の話だ。
 旅行などで、長距離を移動するときは、山の形などが徐々に変わっていくのがありありと分かる。帯のように伸びていた山脈が途切れたりする。また山と山の隙間から別の山々が遠くに見えていたりする。当然広い場所から狭い場所に出たり、海が見えてきたり、その向こうに島影があったりとか。地図では真上から見ていたのを横から覗き込むように眺めることになる。
 大きな平野に入ると、ここは石高が高く、動員できる兵も多いだろうとか。田んぼではなく畑ばかりが続いていると、水田には適していない場所なのかと思ったりもする。ただ、米を作るよりも、儲かるものを栽培しているのかもしれないが。
 まあ、そういう思惑と、現実とは違っていたりすることも多いのだが。
 その思惑とは違うことが分かったときの意外さ。これがいい。それにはまずは思惑を持っていないと効果はない。
 
 都はるみの長崎は今日も雨だったを聴く。動画だが、音だけ。
 これは何か妙な感じで、内山田洋とクールファイブの歌だが、歌っているのは前川清だが、まったく別のジャンルの歌になっていた。
 妙にカラッとし、明るいのだ。前川清は低く唸るような歌い方とは違い、都はるみが歌うと切れが良く、テンポが良くなり、軽快になり、明るく元気になってしまう。
 以前コンサートでそのことを都はるみが語っていたことを思い出す。このことかと。つまり、哀しい歌でも、どこか明るいのだ。さっぱりとしており、何となく子供っぽい。だから、なよっとした色っぽい歌は私の持ち歌は少ないとかも。実際にはそういうことはなく、涙の連絡船などはそんな明るさのない泣き歌だが。
 だから、人の歌を歌うとき、それが出るのかもしれない。
 北の宿からは何故か女々しい女心の歌のように取られてしまったと本にはある。実際にそのようにして聴き、それで大ヒットしたのだが、そういう気持ちを突き放したような強さがあり、開き直って相手を責めているような面もあるはず。そして怒っているのだ。
 古い名曲で、「女の階段」がある。これは結構テンポの有る曲なので、都はるみに合っているのだが、女々しくないどころか、途中で唸っている。ここで唸ってはいけないだろうというところで、唸る。唸るというよりも濁った声で気張るのだ。確かにこれを加えると女っぽさがさっと散ってしまう。
 そうかと思えば、何処からそんな可愛い声が出るのかと思うほど別人になるのが「決心」。チェリッシュが歌っていた「品川止まりの山手線」の歌。
 森昌子はものまね名人で、定評があるが、都はるみも実際にはものまねも上手かったのではないかと思える。どんな歌でもさらっと歌いこなしているように聞こえるためだ。
 歌唱力というのは表現力。これはソフトなもので、結構曖昧。都はるみはその中では個性があるタイプ。だから分かりやすい。そしていつもの都はるみらしい歌い方を期待して聴く。
 そして、都はるみは持ち歌でも毎回歌い方が違っていたりする。ここに何かあるような気がする。
 さて、長崎は今日も雨だったが、こんな軽快で明るい歌い方は珍しい。クールファイブなので、後ろでウーウーだけをいっている人達がいる。それを女性達が甲高い声でやっている。情緒も何もない。だからもう別の歌になっている。気っぷのいい歌い方、威勢の良さ、何故か男っぽいのだ。
 しかし、それは若い頃で、その後は情感を絞り出すような演歌本流の曲も多くなる。紅白でも演歌一筋とか、演歌は私の青春です。などの前振りで登場することが多い。演歌を背負わされている。
 だから今風なファッションで今風な歌や歌手が出る「夜のヒットスタジオ」で、一人着物姿で出てきて演歌を唸る都はるみは異色に見えた。そこで歌う「さよなら海峡」の叫びなどは、今風な歌に対する当てつけのようにも聞こえる。一人演歌を唸りきって気持ちが良かったのではないかと思える。少しやり過ぎたのか、歌ったあと、笑っていた。
 
 
 
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2019年05月23日

晴れた日の防水カメラ

■■ 2019年5月23日 木曜日 午前8時58分
 
 今朝もよく晴れている。外に出ると眩しいほど。これは夏の陽射しだろう。目を開けてられないほど。雲は見当たらず、まさに晴天。ただの晴れではない。曇り空ではない程度の晴れではない。こういう明るい陽射しがこれから続くのだろう。夏を過ぎるまで、この調子かもしれない。間に梅雨が入るが、あまり考慮しなくてもいいのかもしれない。春でも夏でも雨は降る。それだけのことだ。
 しかし、まだ五月だ。それほど季節が進んでいるわけではない。シーズン的にはまだ春なのだ。
 そろそろ味噌汁に入れていた豆腐を冷や奴で食べたくなる気温。これは食が進まないためだろう。暑いとあまり食べる気がしない。これは気分の問題で、結局は年中同じような量は食べているが。
 今日などはそれほど暑苦しくないようなので、自転車散歩にはもってこいだが、そういう日に限って用事があったりする。そして翌日は曇っていたりする。
 晴れているだけではなく、今朝は湿気が少ないのか、カラッとしており、爽やか。日陰に入ると、ひんやりするような感じだろう。
 そのため上にペラッとしたパーカーを羽織っていても暑くない。そして喫茶店の冷房も湿気ていないときはそれほど寒くはない。
 だがその湿気、梅雨はその湿気の本番となるので、これは厳しい。暑さよりも、湿気の方がしんどかったりする。
 今朝は何となく秋の空に近い。春と秋は結局同じかもしれない。上りか下りかの違いがあるだけで、同じところを走っているような。
 梅雨を意識してではないが、今朝のお供のカメラは水中カメラ。パナソニックのFT7でファインダーが付く珍しい水中カメラ。防水とか防塵とかが付くためか、やや固い。中身はいつものパナソニックなので、いつも通りの写し方ができる。ファインダーはおまけ程度。ピントの山がよく見えるわけではない。小さなファインダーはそんなものだろう。それと望遠側だとピントが分かりやすいが、120ミリしか望遠がないが。広角側では全部合っているように見える。
 とりあえずポケットや鞄にカメラを入れる場合、重宝するカメラなのは、フラットでラフに扱えるため。かなり前のパナの水中カメラを持っていたが数千円で中古で買ったもの。これが非常に小さい。同じシリーズで十年ほど前の機種だろうか。その頃から考えると、大きく重くなったものだが、持ちやすくなり構えやすくなった。大きいためだろう。
 このカメラもそうだが、富士の水中カメラもよく写る。特に自然の風景などは文句なし。
 こういうカメラだけで間に合ってしまうのは、スマホのカメラだけで充分というのに近い。
 今朝は晴れているが、水中カメラ。
 
 
 
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2019年05月22日

FZ1000のデジタルズーム4倍

■■ 2019年5月22日 水曜日 午前9時10分
 
 今朝は晴れている。大雨になっているところもあるようだが、大阪方面は爽やかな晴れ。そのためか、意外とひんやりとしていたりする。晴れの日の朝は気温が低い目。雨の日は高い目。これは湿気の関係するのだろうか。気圧の影響も大きい。
 梅雨入りはまだ先の話だが、それまでは初夏の爽やかな暑さが続けば有り難い。まだ五月なので、五月晴れ。日本晴れの秋と並んで一番良い時期だろう。
 ひんやりしているので、今朝も上にパーカーを羽織る。これは真夏まで羽織るだろう。今朝の気温は陽射しの下でも暑くない。ちょうどだ。
 六月末で半年が終わる。残り半分は七月から。六月末頃夏至で、一番日が長い日が来るが、それは折り返し点でもある。そこが峠で、あとは下っていく。だから夏は徐々に日が短くなる下り坂だが暑さの勢いは上り坂。これは冬至と似ている。夏の入口が夏至。冬の入口が冬至。文字通り、読んでそのまま、そちらへ至る。
 日の長さなどは一日で変わるわけではなく、徐々。だから分かりにくい。毎日の少しずつの変化だが、変化が認識できないだろう。昨日より日が長かったとかは。確かに日の入りのとき、時計で計れば前日との差は分かるかもしれないが。
 徐々の変化、しかも気付かないほどの変化。これは影の長さにも出る。日が長くなっただけではなく、太陽の位置が高くなっている。だから影が短くなる。日影の欲しい夏の日陰が短く、陽射しが欲しい冬は日影が長く、陽の当たるところが減っている。だから冬の日影が夏に来てくれれば、有り難いのだが、そうはいかない。
 
 昨日は魚屋で白身魚のフライを買う。これが安くて大きい。中身はタラだろう。アジのフライよりも大きい。そのまま一尾分あるので。分厚さは1センチほどある。それと海老クリームコロッケを買う。いずれもパックに自分で入れてレジへ行く。そこは寿司コーナーだが、そういった揚げ物を置いている。キスの天麩羅やフライもある。両方あるが白身魚の天麩羅はなかった。フライだけ。
 この白身魚の馬鹿でかいフライ。ずっとあるわけではなく、ないときもある。仕入れの関係だろう。あとはイカの天麩羅やフライ。これも馬鹿でかい。
 そこでは弁当も売っている。魚屋の弁当なので、シャケかサバがメイン。シャケはスーパーのシャケ弁当よりも大きい。そして安い。
 この魚系とは別に肉系の店が同じようなことをしている。肉屋のコロッケは定番だろう。そのコロッケのバリエーションが多い。当然トンカツがメイン。鶏肉も。こちらはフライだけで天麩羅はない。当然そちらでも弁当がある。トンカツ弁当や焼き肉弁当等々。鮮魚と精肉。いずれも食卓でメインとなるタンパク質系。それと八百屋がある。この三つがあれば事足りたりする。その三軒が同じ通りにあり、ここが一番人が多い。
 そこに中華屋があったのだが、潰れている。そこで食べられる。それが唐揚げ屋になったのだが、あまり流行っていない。持ち帰りの唐揚げ弁当もあるが、以前の中華屋と似たようなもので、あまり売れているとは思えない。これは時間の問題だろう。唐揚げ一本勝負のため、専門店過ぎる。
 
FZ1000
 パナソニックの1インチネオ一眼FZ1000を久しぶりに使ってみる。このカメラ、少し遠い目の自転車散歩などのときに持ち出す程度で、普段はあまり使っていない。
 25から400ミリのズームで、広角端はF2.8で望遠端はF4と明るい。このFZ1000のニューバージョンFZ2000が既に出ているはずだが、その新製品でもレンズは変わらない。ソニーやキヤノンは600ミリまであるので、それに対抗するのかと思えば、しない。その理由はよく分からないが、レンズが暗くなるのを嫌がったのかもしれない。
 しかし、同じ1インチの250ミリまでの望遠が付いているコンパクトTX系デジカメがあるが、その新製品は400ミリ近くまで伸ばしてきている。当然広角側の開放は暗くなってしまった。そして大きく。
 FZ1000は結構大きい。これでズームを伸ばすと、もっと大きくなる。これを避けるためかもしれない。またはやる気がないかだろう。
 この25から400あたりのズームは、一般的な一眼レフでは28から400ミリ前後のものがシグマやタムロンから出ており、一般的だ。1インチなので、望遠が強いので600ミリまで稼げる。だから400ミリと止まっているFZ1000は、一眼レフでよくあるレンズを越えていないので、物足りない。600ミリ超えが一般的一眼レフでは厳しい。タムロンから広角側からの高倍率タイプとして出ているが、FZ1000よりも重いレンズ。カメラに付けると1キロを超える。
 パナソニックやオリンパスはハーフサイズなので、もっと小さくできるはず。それよりも小さい1インチがFZ1000だが、やはりレンズは大きく重くなるようだ。まあFZ1000はレンズが明るいので、余計に太く大きくなるのだが。
 さて、バッテリーがなくなるほど放置していたわけではないので、まだ充電しなくても、残っているので、いつもの日常移動風景を写す。
 実際にはデジタルズームのテストをしていなかったので、実用性があるかどうかの確認。
 このタイプのパナソニック系デジタルズームはEXズームとAIズームがある。超解像云々技術というやつだ。そして昔からあるデジタルズーム。ただの中央部の切り取り。
 EXズームはよく写っている。二倍になる。400ミリが800ミリになる。これは劣化が分からない。
 実験したのは次の4倍になるAiズーム。これは一般のデジタルズームよりも劣化を抑えた処理を行うとなっているが、抑えるだけで、普通のデジタルズームよりもましという程度。だから劣化は明らかに出るという意味だ。
 その超解像ズームを「使う」にチェックを入れると、4倍になり、400ミリが1600ミリになる。
 それを実験してみた。
 順光で晴れていたという条件が良かったのか、彼方にある花の花弁までしっかりと写っていた。道行く人の顔も、崩れてはいない。まあ、このタイプのカメラは晴れてさえおれば何とかなるということがある。ちょっと光線が弱くなると、おそらく崩れるだろう。
 同じことを600ミリまであるキヤノンのネオ一眼でやったのだが、1200ミリまではいいので、常用しているが、2400ミリは厳しかった。これは使えないという感じ。当然両機とも1インチ受光素子。600ミリからの4倍はやはりきついのかもしれない。
 だから400ミリだから無事なのかもしれないと思い、1600ミリまでイケイケでズームできるので、その設定を戻さないで、使うことにした。
 日常範囲内で、持ち出すには大袈裟なカメラなので、普段は鞄に入れないが、まあ、普通のネオ一眼とそれほど重さは変わらないので、日常移動風景を写してみてもいい。800グラム前後だと思うが、重さよりも大きい。しかし片手で軽く持てる重さで、このあたりがズシリとこない限界だろう。
 これのコンパクトタイプのTX1があり、さらにオーソドックスなレンズ交換式のミラーレスのG8がある。
 ポケットに入り、気楽に持ち出せるのはTX1や2だが、ネオ一眼の優位性と写りの良さで1インチタイプが程良いという感じがある。
 
 
 
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2019年05月21日

切れのいいネオ一眼

■■ 2019年5月21日 火曜日 午前8時59分
 
 今朝も曇っている。たまに陽射しがあるかもしれない。雲の形があり、青いところがあるようだが、はっきりしない空。しかし、これは晴れ出すかもしれない。
 しかし、今朝はひんやりしており、少し肌寒い、上に薄いのものを着ていてちょうど。昼間陽射しがあればカッターシャツだけでいけそうだが、それでは喫茶店内では寒いので、やはり上着は必要。
 そして今朝は早く起きすぎた。その時間に目が覚めることはあるが、すぐにまた寝ている。しかし、今朝はあまり寝る気がしなかったので、そのまま起きてきた。妥当な時間ではないものの。まずまずの早さなので、特にとんでもない時間に起きてきたわけではないので、日常コースに馴染みやすい。早く起きると、一日眠いし、調子が良くないのだが。早起きは三文の得にはならず、大損することもある。
 この時間、以前なら起きていた。そして遅い方。寝過ごしたときの時間。今は早すぎると思えるような時間。これは睡眠時間と関係しているので、そう感じるのだろう。そして日々のこなれていない時間帯のため。
 昨日はご飯が切れていたので、夕食はコンビニの海老天丼にする。これが意外と海老の数が多いし、それなりに大きい。小さな弁当箱だが、ご飯が見えないほど海老が並んでいる。丼鉢は丸いが、弁当は四角い。そこに横に並んで寝ていた。しかし、それだけで、海老しかない。何か摘まむものが入っていたような気がするが、分からないほど。野菜がない。天丼でも野菜は入っている。盛り合わせのような天丼なら、カボチャの天麩羅も入っているが、海老天丼でも一つぐらい野菜が入っていればいいのだが、海老をケチって野菜を入れたように見えることもある。こういう天麩羅は揚げたてが美味しいのだが、温めるとそれほど変わらない。ただ、カラッとしたあの揚げたてには及ばないが。
 昨日の夕方あたり、雨が降っており、海老天丼を濡らさないように持ち帰った。レギュラーサイズの普通の弁当よりも安かった。
 自転車散歩に行きたいところだが、最近の昼間は暑くて、何ともならないときがある。外に出られないほど暑いわけではないが、半曇りの日がいい。陽射しがたまに途切れたりする方がいい。こういう日は雲の形が結構変化し、妙な形になっていたりする。空と雲のバランスも、偶然の成り行きで変わる。だから背景の空に変化がある。
 
 今朝のお供のカメラはニコンのネオ一眼B700。朝、適当にカメラを持ち出すのだが、とりあえずのときは、こういうネオ一眼が対応性が高いので、何となく鞄に入れてしまう。狙いが何もないときとか、特に何も考えていないときとか。
 このカメラ、キヤノンのネオ一眼に比べ、電源ボタンが端にあるので、全て右手だけで操作できたりする。これは片手でしか写せないようなとき、重宝する。そしてキヤノンよりも軽く、グリップの切れもいい。意外とボディーも薄かったりする。
 板状にレンズとグリップが出っ張っている感じ。
 ファインダーは今一つ暗いのだが、これは露出がまだ決まっていないため。だから望遠で伸ばしたとき、暗くてよく見えないことがある。途中で半押しすると、明るくなるというか、適正露出の明るさになるのだが、ズーム中、一度半押しで止めないとよく見えないという仕様。全てのシーンでそうなるとは限らないが。他のネオ一眼ではそんなことはない。ニコンだけだ。こういうのは。
 小振りで軽い一眼レフ風だが、この軽さは一眼レフの現役機では無理。実際には1400ミリの超望遠が付いているのだから、比べてはいけない。
 AFがバタバタしないのがいい。自動認識のAFモードでも、すぐに諦めて中央一点になることが多い。動く被写体を掴んで離さないというのは自動ではできないので、解除する必要がない。手動でボタン一つでそのモードに入るが、自動的にそのモードに入らないので、バタバタしていないように見えるのだろう。
 そのあたりのAF系のオート化は大人しい。だからフルオートのお任せモードに入れっぱなしでも写せる。
 次のバージョンはファインダーの改善だろう。P1000は大きなファインダーと高い解像力がある。それと同じのが付けばいいのだが、値段的に無理かもしれない。
 中望遠での最短撮影距離やファインダーの見やすさなどではキヤノンに後れを取るが、切れのいい描写では勝っている。特徴のある写りだ。ここはいいレンズを付けているので、差が出るのだろう。
 また露出補正がやりやすく、フルオートでも露出補正ができる。そして電源を切れば忘れる。こういうのは補正したまま電源を切ることが多く、次に写すとき、前回の補正が続いていたりして、失敗することがある。チマチマと補正をゼロに戻す手間がいらない。
 
 
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2019年05月20日

LX100の奥ゆかしい写り

■■ 2019年5月20日 月曜日 午前9時33分
 
 今朝は曇っている。やはり曇り坂は正解だった。昨日は雲は多かったが陽射しがあったが、今朝は雲はガス状で、輪郭がない。真っ白かと思うと、そうでもなく、濃淡がある。だから白一色のシーツのようなものではない。少しは質感がある。
 気温は高いか目かもしれない。曇っている日はそんなものだろう。喫茶店の冷房がきついのも、湿気ている日に多い。カラッと晴れている日は、冷房もそれほどきつくはない。
 やはり暖かくなり、暑くなるにしたがい、厚着が必要だったりする。喫茶店が寒いので。
 風邪でも引いたのか、調子があまりよくない。季節の変わり目だが、季節は常に変わっているようなもの。毎月季節の変わり目のような気がするが、特に初夏のこの頃、所謂梅雨の湿気。低気圧。このあたりが一番厳しいころではないかと思える。五月病は精神的だが、六月病は肉体的。これは湿気や寒暖差の影響かもしれない。だから春の過ごしやすさから一度落ちる。再びよくなるのはカラッとした真夏。これは暑いだけなので、問題はない。それだけでも体力が消耗したり、しんどいのだが。分かりやすい。
 五月も下旬に差し掛かった。大型連休など遠い昔のようになっている。もう誰も思い出しもしないだろう。特に思い出はないが、雨が多かったように思える。そのあと晴れが続いたので、連休前半は天気が悪く残念だった程度の記憶。
 これからは雨が多くなりそうで、梅雨はまだだが、南の方では既に梅雨入りしているので、先走った話ではない。梅雨入りしていなくても、雨が多くなるような気がする。
 今朝は幸い降っていないが、今にも降りそう。そして空がどんどん暗くなっていく。そのため、あまり良い朝ではない。風も強く、これはドバッと降りそうだ。
 
 今朝のお供のカメラは控え目なカメラを持って出た。24から70程度の大人しいズーム付きのパナソニックLX100。写りは地味だが白飛びとかが少ない。曇っている日など、意外とコントラスト強く、空とかは飛ぶはずなのだが、しっかりと写っているので、驚く。ファインダーで見ているときは白飛びしているのだが。
 おっとりとしたカメラで、動きがじんわり。特に終了するとき、レンズがゆっくり沈んでいく。それだけでも遅いと思うのだが、さらにそのあと自動開閉キャップが閉じる。すぐに鞄の中に入れたり、ポケットに入れられない。自動開閉キャップは機械式の仕掛けなので、電気は使わない。まあ、引っかかっても問題はないが。
 受光素子が大きい。1インチではなく、ハーフサイズ。パナソニックミラーレスと同じ大きさ。だから画質はいいはずだが、あまりそれを感じさせない。ただ階調は豊か。
 ファインダー表示が遅く、ファインダーを覗いたときはまだボケている。プレAFとかで半押しにしなくても、どこかで合うのだが、これはファインダーを見やすくするためだろう。
 電子ファインダーの大きさや解像力はそこそこあるのだが、24から70なので、ピントの山が分かりにくい。全部合っているように見えてしまう。
 レンズは明るくF1.7もある。それでいて最短撮影距離は短い。かなり寄れる。だからパナのミラーレスのレンズよりも寄れたりする。
 こういう動作がゆるいカメラだと、地味な写真を写したくなる。ただ、カメラが小さいので、操作性はあまりよくない。
 テーブルものが得意なようで、そのぼけ具合が凄い。特に近距離で広角端で写すと、背景はほとんどボケて形が分からないほど。広角でもこんなにボケるのかと思うほど。それで柔らかい写真となり、いい感じだ。だから街頭スナップとかで、さっさと写したいときは、やや不利だが、背面液晶でなら結構素早い。
 こういうのを触っていると、パナソニックミラーレスのG8などが頭をよぎる。今のG8は24から120ミリと、少しだけ望遠のある標準ズームが付いている。キットレンズだ。LX100が70ミリまでなのに対し、120ミリ。大した違いはないが、臭いところを狙ってきたキットレンズだ。高倍率標準ズームというわけではない。120ミリしかないので。しかし広角端は24ミリ。
 望遠で写すところを、少し引き気味に全体を写す感じになるのだろう。これも悪くない。
 LX100は70ミリまでなので、ほとんど50ミリ標準レンズと同じ。まあ素直な見た目通りの絵になるので、これも悪くはない。
 
 
 
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2019年05月19日

ニコンB700の写り

■■ 2019年5月19日 日曜日 午前9時24分
 
 今朝は晴れている。下り坂になると思っていたが、そうでもないようだが、それほどしっかりとした晴れ方ではない。だから天気はまずまずという感じ。陽射しがあると晴れているように見えるが、空を見ないと実際は分からない。もの凄く雲が多かったりする。偶然日を遮っていないだけ。
 気温は高くなく、そのためペラッとしたジャンパー系を着ていても暑くはない。いい感じだ。季節が進みすすぎて、夏のように暑い日があったが、これで戻ったのだろう。梅雨時の肌寒い頃はまだ先。つまり、これから雨が降り、結構肌寒い日があるのだ。夏仕様は梅雨が明けてから。
 昨日の夕方は雨が降りそうだったのだが、実際にぽつりときていたのかもしれない。微雨なので記憶も微妙。まあ、暑くはなく、やはり肌寒かったことだけは記憶している。
 今朝はパーカーではなく、ジャケットふう。まあカッターシャツのようなものだが、薄いのでそう感じるのだろう。裏地はなく、一枚のペラッとしたもの。生地は綿だが詰まっており、化繊のように見える。だから綿なので雨に降られると一発。そして風もよく通す。だから蒸れにくい。濡れるが蒸れにくい。両立は難しい。まあ、傘を差しておれば上は濡れない。濡れるのはズボンの方だが。
 だが、傘からの滴が背中に落ちたとき、染みこんできたりする。横からの雨では肩や腕は濡れるので、防水性のある方が好ましい。ただ、水を弾くタイプはいつまでも水滴がまとわりついて、モロに水がそこにある。染みこまないためだ。
 この季節や梅雨に掛けて、麻のペラッとしたジャケットふうなのが良かったりする。綿より麻の方が高い。しかし、日焼けして色が変わったりする。背中だけ色が違うとか。
 自転車に傘を立て、顔にシールドをした女性が着ている日除けパーカーが効果的かもしれない。重武装の戦車のような自転車に乗っている一団とたまに遭遇する。コサック騎兵だ。敵う相手ではない。
 昨日の夕食は面倒なので、ミートスパをコンビニで買って食べる。野菜がない。
 野菜の煮物から蒸かしたものに変えた方がいい。蒸し器を買っているので、簡単にできる。ソーメンとかざる蕎麦の出汁を付けて食べるか、ぶっ掛ければ、それで味付けはいらない。ポン酢でもいい。酸っぱいのが入っている方が食は進む。
 
 昨日の朝持ち出したニコンのネオ一眼で、昼間も写していたのだが、やはり写りに切れがある。B700だ。2000ミリまでのP900と同じ感じの写り。
 ファインダーはキヤノンやパナソニックの方がいいのだが、写りは一番ニコンがいい。
 特に望遠端の写りがいい。広角側はどのカメラも似たようなもの。ただニコンのコンパクト系はキヤノンほどには中望遠での寄りが弱い。まあ、以前よりも寄れるようになったが。
 こういうコンパクト系が苦手とするのが晴れていない日での画質。晴れていればどのカメラで写しても綺麗。差が分からない。差が出るのは曇っている日とか、少し暗いとき。線がほどけたようになる。広角では分からないが、望遠では目だつ。
 それと1000ミリ以上で遠方の奥行きがあり、空気も揺れているような複雑なものを写すと塗り絵になる。まあ、解像できないためだろう。こういうとき普通の一眼レフなら解像するが、400ミリ程度なので、その程度ならネオ一眼でもしっかりと写っている。
 一般的な風景や画角でこういうカメラがよく写るのは、内部処理だろう。レンズの長さや受光素子の大きさ、レンズの暗さなどを考えれば、もっとガタガタになるはずだが、その処理が上手いのだろう。
 それとレンズ性能も当然高い。ニコンのネオ一眼はいいレンズを使っている。キヤノンの新製品ネオ一眼も、いいのを入れるはずだったが、やめたらしい。レンズの中に、高いレンズが混ざっている。収差系だろう。それにいいのを使っている。この差が鮮明さで出るのだろう。特に望遠端で写したときの解像感が凄い。
 2000ミリまでのP900ばかり使っていたので、B700の出番は少なかったが、軽くて小さいので、何となくカメラに入れてしまうことがある。とりあえずカメラを持ち出すとき。
 
 
 
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2019年05月18日

タムロンの写り

■■ 2019年5月18日 土曜日 午前9時19分
 
 今朝は久しぶりに曇っている。風も強い。平日はよく晴れていたのに、土曜に曇りでは惜しい。まあ、空は平日も土日も関与しないのだろう。ただ月には関与する。雨の多い月や少ない月がある。ただ、月の変わり目は関与しないだろう。五月から六月になった瞬間気候が変わるわけではない。徐々にだ。
 今朝の空はそれほど暗くはないが、どんよりとしており、雲の形がないので、これは蒸し暑そうだが、気温はそれほど高くはない。昨日の夕方は上にパーカー類を羽織らないで喫茶店へ行ったため、少し寒かった。冷房で冷えてきて、いつもより滞在時間が短かった。暑いと思っていたのだが、違っていた。昼間ならそれでOKだが、夕方から気温が下がったのだろうか。まあ、暑ければ上を脱げばそれで済むが、寒いとそれ以上手を加えられない。だから、店を出るしかない。やはり羽織っている方がいいようだ。
 今朝はまずまずの時間に起きてきた。もの凄く早い時間に目が覚めるのが最近の傾向。これは外が明るいので、朝だと思うためだが、冬場だとまだ夜の暗さなので、早いとは思わないで、また寝るだろう。
 目覚めは悪くなかったが、曇っているので、今一つ。それは外に出るまでは分からなかったが、傘がいるかもしれないと思ったが、自転車に差し込まなかった。晴れていると抜く。そうでないと傘が曲がったりするし痛むが、小さな穴が既に空いている。骨ではなく皮膚の方に来ているようだ。コンビニの千円傘なので頑丈だが、皮膚が弱かったようだ。まあ日傘ではないので、陽射しに弱いのかもしれない。雨傘なので、陽射しのあるところでは使わない。しかし、自転車に差しっぱなしだと日を受ける。これだろう。穴が空いたのは。ビニールだと開かないが、くっついてしまい、レバーを押して開かなかったりする。千円傘に比べ、小さいので、濡れやすい。
 
 一眼レフの光学ファインダーが好ましいので、最近よくニコンの一眼を使っているのだが、タムロンのレンズが気に入っている。高倍率標準ズームだが、ライバルのシグマとの戦いで、サンダ対ガイラをしたのだが、そこで勝ったのがタムロン。勝因はピント。シグマのそのレンズ、ピントが合わないことがある。合っている表示だが、合っていないコマがある。それと手ぶれ補正はタムロンの方が確実。ピタリと止まる。フリーズしたように。
 それとズーム比はタムロンの方がやや高いのだが軽い。
 最初はそれぐらいの違いだったが、シグマのいいところはこのレンズだけ39センチほど寄れる。タムロンは50センチ手間までだろうか。標準的な最短撮影距離だ。望遠マクロで差が出るよりも、広角端で寄れるので、テーブルものが楽。
 それらのことよりも、実は写りが問題。タムロンで写した写真は何故か暗い。トロンとしている。しかし、これが写真ぽく見える。画質の良さではなく、タッチの味。
 同じものをニコンの純正望遠ズームで写すと、明快。しかし、タムロンの方が絵がしっとりしている。レンズにより、絵の出方が違うのは確かだが、シグマや純正は普通に写っているのに、タムロンは少し感じが違う。高画質、高解像力、鮮明というわけではない。このレンズ28から400ミリほどだろうか。換算しない数値は270ミリ。300ミリに達していない。だから純正よりも望遠率は低い。そのかわり小さく軽い。まあ、純正の方が軽いのだが、それは望遠ズームのため。望遠しか写せないが、タムロンは広角から写せるし、最短撮影距離が望遠端でもかなり寄れる。純正は1メートルを少し越える。
 タムロンから24ミリ相当から450ミリ相当のが出ており、これが一番新しいタイプのようだが、結構重い。600ミリ相当になるレンズは800グラムほどあるだろうか。これでも軽いのかもしれないが、カメラに付けると1キロを超えてしまう。それでいてたったの600ミリかと思うと、損な感じ。ニコンのネオ一眼ならそのレンズ分の重さしかなくて2000ミリなので。まあ、それを言い出すと、ネオ一眼の優位性が目だちすぎるが。
 それよりもタムロンの、その写りが何とも言えないので、写真ぽいトーンを楽しむとき、使っている。
 といいながら、今朝はニコンの1400ミリまでのネオ一眼。2000ミリまでのP900ではなくB700を持ってきた。
 このクラスでは一番軽くて小さい。中身はP900とほぼ同じ。写りも。いつの間にかBになっているが、以前はPだった。
 小さく軽いので軽快。
 
 
 
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2019年05月17日

ハモちくわ

■■ 2019年5月17日 金曜日 午前9時29分
 
 今朝も晴れており、そして暑い。まあいいことだ。この時期、寝起きが眠い。目は覚めていても、その気になれば、いつでも睡眠モードに入れそうな。それを試すと、すっとまた眠ってしまったが、すぐに起きたので、二度寝は一度で済んだ。しっかり起きてからも、眠いのは、暖かいせいかもしれない。だからしっかりとは起きていないのだろう。
 今朝は晴れているが、少し雲が多いようだ。それで陽射しがたまに途切れる。その方が有り難かったりする。しかし、あり得ないようなことではなく、よくあることなので、有り難いわけではない。
 季候が良くなったので、外に出やすくなり、自転車で走っていても、普通に走れる。冬場は寒くて、それだけでも何か仕事でもしているような感じだったが、今は少し暑い程度。特に夕方などは暑さはないので、暑くも寒くもない。温度が気にならない。これをいい気候というのだろう。つまり、気温を感じないのがいい気候。暑いとか寒いとかの苦情の出ない。だから気温に対して意識しない状態。ただ、いいふうには意識する。それは暑くもないし寒くもないことを意識する。ただ、直接意識するわけではない。寒いときを思い出してだろう。
 しかし、そろそろそのいい気候、暑いと言い出す頃になっている。暑さが意識に上る。
 また、この時期既に昼間は自転車散歩に出る気がしないほど暑い。本当に良い時期は過ぎたのだろう。しかし、まだ真夏に比べればまし。
 夏、食べやすいおかずはちくわかもしれない。穴が空いているので、風通しがいいわけではないが。
 それは先日スーパーの展示コーナーでハモちくわを買ったためだろうか。この展示コーナーは日替わりのようで、時期に合ったものを並べている。いずれも安い物ばかりだが、卵豆腐とかを見ると、夏が来ていることが分かる。その中にハモちくわがあった。魚と豊が合体している漢字。この漢字、使えるのだろうか。
 ハモちくわのハモが夏。ハモちくわがいけるのなら、板わさも夏向け。蒲鉾を刺身のように切り、ワサビ醤油で食べる。だから刺身だ。ただし、安い蒲鉾は小麦粉の方が多いかもしれないが。一応中身は魚のすり身。
 板わさは蒲鉾の板の上に切った状態で戻して食べると、皿がいらない。蒲鉾の具は板にくっついているので、そのまま切っても箸で持ち上げられない。だから板と具の隙間に包丁を入れる。しかし、どうしても板に具が残ったりする。これは犬や猫のおやつ。板のままやると、咥えて何処かへいってしまう。
 芝居で板付きというのがあるが、この蒲鉾から来ているのだろうか。舞台を板とも読んでいる。相撲なら土か。
 ちくわは板ではなく、まさに竹輪。丸い竹の棒にすり身を塗るようにくっつけたのだろう。出来上がったちくわは、その竹を抜くので、穴が空く。
 しかし、中の棒付きのちくわもある。これは犬の餌ではないかと思うほど、骨付きに似ている。竹つきだが。また、竹ではなく、ただの木だったり、今では樹脂製だったりする。犬として見れば、木や竹でないと歯応えが違うと苦情を言うかもしれない。
 畑の豆の蔓を絡ませるため、差し込む竹や木の棒が樹脂製になったのと同じだ。
 
 
 
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2019年05月16日

キヤノンSX730は優等生

■■ 2019年5月16日 木曜日 午前9時38分
 
 今朝は晴れている。天気は下り坂にならず、晴れがそれなりに続いているが、雨が少ないような気がする。そんなときに限って集中豪雨になったりする。ある場所だけに集中的に降る。片寄っている。そして短時間で一気に降る。これはなかなか予測できないようだ。
 晴れており陽射しもあるので、当然暑いが、上にペラッとしたパーカーを着ている。これは喫茶店内での暖房を考えてのこと。非常に実用的な考えだ。しかし、半袖の人が結構いるのだから、長袖のカッターシャツだけでも暑苦しいのに、その上にパーカー類を羽織る。これは陽射しのあるところでは暑くて何ともならない人もいるはず。だから、実用的な考えだと言っても、当てはまらない人、実行できない実用性になる人もいる。
 しかし、半袖の人も喫茶店に入ると、冷房で寒くなるはず。その場合、鞄に羽織るものを入れたり、腰に巻いていたりする。これも考えだ。その人の体感温度やスタイルに合わせた発想。さらにそんなもの暑かろうが寒かろうが我慢する。というのも考えだ。
 人それぞれに考えがあるというのは、そういった肉体的、物理的なところから来ていることが結構ある。まあ、脳みそも物理的なものだが。
 だからその人の体質で考え方も違ってきたりする。だから手相や人相などは結構当たっていたりする。
 当然、ひとめ見ただけで、どういう人か、何となく分かるのは、そのためだろう。こういう人はこういう発想をする人が多いとか、何となく経験で分かったりする。個人的なデーターだが。
 似たような顔や体型の人は、似たような考え方をするというような感じだが、それは当てはまらない例が多いのも確か。何故なら、ストーリーが少し違うためだろう。そこまでは読めない。ジャンルは分かるが、個々の筋やエピソードまでは見えないので。
 当然読めない人も多い。非常に分かりやすい雰囲気の人ばかりではないので。
 考えというのはその程度のことではないかと思える。
 人というのは分からない。噛む犬か、大人しい犬か、鼻先に手をやるまでは判断できない。最初から尻尾を振っている犬なら分かりやすいが、何を思っているのか分からないような犬には迂闊に近付かない方がいい。
 
 昨日は夕方近所のスーパーへおかずだけを買いに行ったのだが、おかずの中でもメインだけで良かった。野菜類を煮たものが残っているので、魚か肉か、それに近いものが一品あればいいだけ。
 しかし、弁当を見てしまう。焼きそばと焼きめしが半々の弁当がある。またはオムレツと焼きそば半々とか。またはお好み焼きと焼きそばが半々とか。あとはタコ焼きとの組み合わせとか。
 この店の焼きそばは美味しい。太い目の麺で、豚肉などもしっかりと入っている。ここで作っているためだ。だから温かいときがある。
 それに負けて、それを買ってしまった。メインの一寸したものだけを買えばよかったのだが。ごっそり全体を買ってしまった。まあ焼きそばでも麺だけではないし、焼きめしもご飯だけではなく、切りハムなどが入っている。それなら最初から切りハムだけを買えば、量も多いのだが。
 それで残っている野菜の煮物も、残っているご飯もそのままになった。まあ、朝に回せばいい。
 それと暑いときは、食欲が落ちるので、食べやすいものを選ぶようだ。中身も大事だが、レンジで温める程度の手間で食べられる。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンの旅カメラ。sx730で960ミリまでの望遠が付いている。このクラスでは一番長い。
 昨日、コンパクト系で300ミリまでのカメラを持って出たのだが、大きなカエルを再び発見。300では遠すぎる。それでデジタルテレコンで600ミリで写したのだが、それでももう一つ寄れない。まあ、画質も落ちるし。
 そんなとき、960ミリのキヤノンSX730ならノーマル光学ズームで余裕で切り取れる。
 それで、昨日は残念だったので、それを思い出したのか、このカメラだけをポケットに入れた。当然朝の喫茶店までの沿道にカエルなどはいないが、蝶々がいる。このカメラは広角だけではなく、中望遠あたりまででも結構寄れるので、便利。
 液晶だけの撮影なので、液晶だけでは厳しいので、ピントが分からないし、どこで合ったのかのマークも光線状態で見えなかったりする。
 こういうとき、このキヤノン系AFの被写体自動認識が役立つ。蝶々は動いている。動いている塊を追従する癖がある。それで、カメラ任せで、そのまま写したのだが、蝶々は動き回るので、写せたのは最初の一枚だけだった。結果はまずまず。
 次は道行く自転車を後ろから写すのだが、これも動くものに合わせようとするので、自転車が画面の端にあっても、自転車に来てくれる。だから自転車に乗っている人の背中を狙わなくてもいい。
 1000ミリ近いと、カエルのアップもいける。しかし、滅多に出ない。出ていても分からない。目だつところにいないので。
 キヤノンコンパクト系の絵は明るい。晴れ晴れとした絵で、すっきり爽やか。特に逆光での日影の被写体でもすんなりと写るのがいい。だから安定感抜群で、総合点が高い。何に対してもそれなりに対応してくれるので、旅カメラにふさわしい。ポケットに入るし、夏場でも胸ポケットに入る。ただ俯いたり、腰を曲げたりすると、ずるっと落ちるので、胸ポケットに入れるのは危険だが、一時的に入れるのなら、問題はない。一時置き場のように。
 またスマホのように、手にしたまま自転車に乗れる。ここがコンパクト系の良さだ。
 操作性もよくレスポンスもいい。途中で引っかかったりしない。だからストレスの非常に小さなカメラで、こういうスペック表には出ないところまで、手抜きしないで作られている。
 やはり優等生だ。
 
 
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2019年05月15日

陽射しが分かる光学ファインダー

■■ 2019年5月15日 水曜日 午前8時55分
 
 今朝は晴れている。下り坂になっているはずだが、違っており、しっかり晴れている。しかし風が強い。これは天気が変わりやすかもしれない。昨日は少しひんやりとしていた。最近暑かったので、そこから比べると、普通に戻ったのか、それとも、低い目だったのかは分からない。今日は昼間の気温がぐっと上がり、夏並になるとか。ただ、真夏並みではないだけ、まだこの時期らしい。
 これからは暑くなる一方なので、その覚悟でいればいいのだが、昨日は涼しく、拍子抜け。夕方へ行く喫茶店などでは、ペラッとしたパーカーでは寒いほど。昼間はそのパーカーは暑くて脱がないといけないほどだったので、気温差でややこしい。昼夜の気温差は当然あるが、夜ではない朝夕と昼間の気温差もある。さらに一日単位での気温差もある。当然その一日の中での温度差もある。差ばかりだが、雨の降っている日は朝も昼も夜も気温の上下幅はそれほどない。意外とこの差だけを注目すれば、雨の日の方がいいのかもしれない。天気は悪いが安定している。良いことは安定しないが、悪いことは安定するのだろうか。
 今朝は早い目に目が覚めたが、早すぎるので、もう少し寝たのだが、起きるとまだ早い。さらにもう一度寝ると、これは非常に危険な予感がするので、そのまま起きた。少し眠いが。そうでないと、逆にもの凄く遅く起きてきそうだから。
 少し早起きなので、余裕がある。それでゆっくり目に過ごしていると、すぐに早起き貯金分が消えてしまうのだが。
 初夏のこの頃は結構長い。一年が短く感じるのは、この頃ぼんやりと過ごしているためかもしれない。春が終わったばかりだと思っているのだが、月はかなり進んでいる。本当に暑くなった頃は既に半年をかなりすぎているのだ。
 五月のちょうど真ん中まで来たが、どこかまだ連休のイメージがあり、これは四月のイメージを引っ張っている。春は三月四月五月。だから、春は暦の上ではあと二週間ほどで終わる。だから初夏がもう入り込んでいる。それは新緑を見れば分かる。緑が鮮やかと言うか、盛りが多い。葉のボリュームが大きく、しかも青葉なので鮮やか。これが初夏の明るい陽射しで、さらに輝く。
 草花も真っ盛りで、もの凄い種類の花が咲いている。当然自然の森ではあり得ないような種類。だから、街中の方が花見ができる。特に住宅地。鉢植えで地面から生えていないのも多いが。
 野草は野草で、地味ながら、花を咲かせている。これは田植えまで放置している農地の草花が特に元気。土地というか、土がいいのだろう。
 こういう日の写真は一眼レフのファインダーで覗いて写すのがいい。覗いたとき、その光の輝きがそのままレンズを通して見ることができる。リアルで見ているのとほぼ同じ。光の滲み具合なども。
 自然観察には、これがいい。実際にはそういう風には写らないが、写す前の現実を見ている。これは電子ファインダー時代贅沢な話かもしれない。こういう光線状態が感性を刺激するのだろう。捕らえていない獲物がそこにある。電子ファインダーだと捕らえたもの、変換されたものを見ていることになる。こちらの方が何かと便利なのだが。
 今朝はそれでニコンD3400と400ミリ少しまである望遠ズームを鞄に入れ、広角側がないので、パナソニックの水中カメラをポケットに入れた。
 もうこういう光学ファインダーの一眼レフは趣味の世界に入るのだろう。一眼レフと言うより肉眼レフだ。
 
 
  
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2019年05月14日

EOSM5など

■■ 2019年5月14日 火曜日 午前9時56分
 
 今朝は曇っている。流石に長く晴れが続いたので、そんなものだろう。昨日はそれで大雨が降った地域があったようだ。晴れが続くと、雨が溜まるのか、降り方が一気というわけではないが。
 今朝は幸い雨は降っていないが、これは降りそうだ。そして湿気ているのか、蒸し暑いかもしれない。
 ということは梅雨の気配がそろそろ入るのだろうか。一歩先の気候がたまに頭を出すことがある。それはすぐに引っ込むのだが、近いのだろう。
 今朝はどんよりと曇り、元気の悪そうな日、景気も悪そうだ。そのため、景色も良くない。風景にも顔色がある。それは光線状態で決まる。当然晴れた日の青空は、手前のののを引き立て、浮かび上がらせる。風景が映える。
 気温は高くもなく低くもないが、湿気がある程度。これが曲者だが、なければ困ることもある。湿気というより雨だろう。
 先日買ったリュックは結構よかったのだが、何となく窮屈なので、ずっと使っている慣れた綿のトートに戻す。大きさでの窮屈さではなく、ポケットが今一つだった。まあ、困るようなことはないが、最大のポイントは肩や背中が痛い。背負っていると、ずっと羽交い締めされているようなもの。背中や胸が結構圧迫される。そんな重いものを入れていないのだが、それは何処に負荷がかかるかの問題で、リュックは締め付けタイプ。
 そしてショルダー系は筋肉を使わない。トートを肩でぶら下げている方が楽。これはバランスの問題だろう。縛り付けていない。
 それで、綿のトートに近いのは、樹脂製のトートで、これは安い。ただパソコン入れがない。そういう仕掛けになっていないため。
 そうなると、メインポケットにノートパソコンとカメラを一緒に入れないといけない。当然ぶつかり合うので、服が必要だ。ノートを買ったとき、付属品の袋が入っていた。使っていないので、何処かへいってしまったが、それを探さないといけない。きっちりと入る。百均のよりもいい。このケースにパソコンを入れるか、カメラポートにカメラを入れるか。またはカメラはタオルで包むかになる。やはりすぐに取り出すのはカメラの方で、ノートは喫茶店に入ったときにしか出さないので、専用ノートパソコンケースに入れるべきだろう。
 その樹脂製トートは安っぽいが縦型。バランス的に横型よりも楽。これも重心の問題だろう。この樹脂製のトートは方々で見るので、ありふれたものだが、その中でサブポケットがあり、それがやや大きいタイプがあったので、それを狙っている。トートはポケットなど全くないのもある。あっても鼻紙も入らないほど小さく浅かったりする。
 布の単純なトート系はいくらでも売られているのだが、薄すぎてクニャクニャ。まあ、買い物袋としてならいいのだが。
 要するに取り回しが楽な袋物がいいのかもしれない。ファスナーがないトートなどが使いやすいのはそのため。アクセスがいい。
 
 カメラ方面はメインのオリンパスのOM10マーク2が死んでいる。あまり使わない。もったいないので、たまに持ち出すが、どうも操作性の相性が悪い。それでも600ミリまでの望遠ズームを考えたりしていたのだが、これも高いタイプもあり、それが気に食わない。
 それで写していて気持ちがいいのが似たタイプのミラーレスのキヤノンイオスM系。イオスキッスMが出たときは、キッスX7より軽いので、驚いたが。
 このM系の中に、M5や6がある。M5が電子ファインダー内蔵で一眼レフのスタイルをしている。M5か6かどちらかは忘れたが、今持っているM3の現役バージョンで、ファインダーが付いている。
 M5とキッスMは似ている。どちらもファインダーが付いているのだが、キッスMの方が新しいので、映像エンジンも新しい。
 しかし、中身はM5の方が上。まあ、軽くて、ゴチャゴチャしていないキッスMの方がいいのだが。
 幸いM3キットレンズ付きを展示品特価で手にしれていたので、レンズは買わなくてもいい。
 まあ、そういうキヤノン系のカメラは、去年の年末に買ったネオ一眼で全てを吸収したようなものなので、キヤノン一眼系やミラーレス系はネオ一眼一台で全て纏めてしまえるということだった。
 最短撮影距離は広角端で0センチ。一眼系ではできない世界だ。
 だから、この話は、既に終わっていたりする。
 
 
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2019年05月13日

イオスM3と標準ズーム

■■ 2019年5月13日 月曜日 午前9時30分
 
 今朝も晴れている。このところ晴れが続き、しかも暑い。五月中頃、そんなものだろうか。少し暑いような気がするが、これが六月頃なら、こんなものかと思うのだが。
 そして意外と六月に入ったときには、それほど暑くなかったりする。
 既に半袖を着ている人が多い。陽射しのあるところでの移動なら、それで丁度かもしれない。小学生の遠足か見学かで、歩道に行列ができている。半袖と長袖がいる。半袖の方が多い。だからTシャツだけでいい季候になっているのだ。
 今朝も早い目に目が覚める。時間としては悪くないのだが、少し早い気がする。目は完全に覚めているので、それほど眠くはない。しかし、もう一度寝ることにした。堂々とした二度寝。これで先日失敗し、もの凄く遅起きになった。起きたとき、一寸だけ寝たという感じで、僅かな時間のはずが、もの凄く寝ていたことがある。今朝はそれがなかった。思っているような時間に目が覚めた。これでも少し早い目なので、ゆったりとした一日になるだろう。早起きするのはいいのだが、しっかりと寝ていないと、一日がしんどい。元気なときでも、昼寝が長くなる。だから早く起きすぎるのも今一つ。
 暑くなってくると食欲がなくなる。完全になくなると大問題だが、暑苦しいときは食が進まない。食べ出すとそうでもないのだが、やはり少なめになる。寒いときは沢山食べると暖になる。暖かいものを胃に入れて暖房。
 それで、スーパーに寄ったとき茄子の漬物を買う。この酸っぱさは定番。コンビニにもあり、これは古漬け。そして小さい。指ほどの茄子。そのまま食べてもいいのだが、切って小皿に入れて食べる。これはメインではないが、これが美味しい。食が進む。スーパーでは水茄子がある。産地は岸和田か堺あたりが有名。南海沿線だ。今はもう和歌山までの間は田園地帯ではなくなっているはず。昔は果てしなく畑が続いていた。浜寺まで泳ぎに行ったことがある。海水浴だ。そのときの夏の南海沿線が夏っぽかった。これは町内の子供会でも行ったが、それはバス。海水浴ではなく、プールだった。南海電車で行ったのは海水浴で、助松。神戸側の香櫨園の方が近いのだが、須磨よりも遠い助松まで行ったのは、何だったのだろう。
 さて、その水茄子はすでに切ってあるが、縦切り、それをまた一口分に切り、これも小皿に入れて食べる。残りは水を満たした状態でパックに入れて保存。水茄子なので、水が必要なはず。それに水の中に金魚の袋のようにして売られていたので。
 夏、食べやすいものがスーパーでも前面に出てきている。卵豆腐だ。これは小パックを束ねたり連結しているタイプで、かけ汁つき。この汁が美味しいのだろう。まあ、冷や奴だが、玉子入りで黄色い。
 それと白ながまだ売られていたので、それを買う。所謂菜っ葉。これはかなり柔らかい。大量にポテポテに煮て、玉子で綴じれば丁度いい。
 大根も安かったが、これはこの高温ではすぐに萎れそうなので半切りのを買う。煮物用は葉のある側がいい。下の方の細い方は大根下ろしにいい。辛い側だ。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのミラーレスで、イオスM3。最新機の一つ前の世代。エディオンで展示品特価で嘘のように安かったキットレンズ付き。最新機も少し古くなってきたので、そろそろ新しいのだが出そうだが、最後に出たのがイオスキッスMだろうか。ファインダーが付き、完全にイオスキッス風の一眼レフスタイル。しかし、初心者機だ。
 昨日の夕方は、それに標準ズームを付けたのを鞄の中に入れていたので、夕焼けなどを写したりする。もう日は落ちているが、まだ西の空に赤みが残っていた。24から70ほどの広角が少しある標準ズーム。28ミリが多いのだが、24ミリ。レンズはそれほど明るくはないが、レンズは非常に小さい。
 乾いたシャッター音が快い。シャッター形式はフォーカルブレーンとか、そういうタイプだと思うが、幕を上下か左右に開け閉めするタイプだと思えるが、違うかもしれない。そのシャッター音は機械式なので、音がいい。昔のキヤノンの一眼レフのような余韻の残る響きだ。
 そしてイオスM3というのがいい。ライカM3を匂わせる。ファインダーはないが、外付けを使える。この外付けファインダー、コンパクト系にも使えるのでいい。最新機に付いてくる外付けファインダーは丸っこいが、その前のタイプでも良い。そちらの方が上下に動くので、ローアングルのときに便利。
 しかし、標準ズームだけなら、電子ファインダーはいらない。それに夕方などは暗いので、液晶も見やすいので。
 それが鞄に入っていたので、そのまま朝も持ち出したことになる。バッテリーはいつものキヤノンとは別タイプなので、一個しかない。
 しかしこのカメラ、小さい。レンズも小さい。いずれもイオスキッスと比べてだが。ミラーレスの恩恵は小ささ軽さだろう。ただそういうことはソニーは以前からやっており、その代表的なのがα6000で、今もまだ売られているのだから、不思議なカメラだ。これも小さく軽い。最新機はα6400だろうか。
 この前、池田まで行ったときは、そのM3に300ミリまでの望遠ズームを付けていた。この望遠ズームも軽くて小さく細い。それでいて受光素子の大きさは一般的な一眼レフと同じ。オリンパスミラーレスはもっと頑張って小さいのを出さないとまずいような気がする。
 イオスキッスMでもいいのだが、ミラーレスの特徴である背面液晶が横開きなので、使いにくい。イオスM系は上下。だからウェストレベルにすぐに持ち込める。
 このイオスM3があれば、ライカはいらないのではないかと思うほど。M3だし。
 標準ズームを付けた状態だけなら、コンパクトデジカメと変わらない大きさ重さになる。ただ望遠は70ミリまでなので、標準系で写すときに限られるが。
 このイオスM用の高倍率標準ズームがある。ただ大きく重くなる。望遠端も300ミリない。このレンズがイオスM用レンズの中で一番重いようだ。それ以前にレンズが少ない。そして普及レンズと高級レンズの二段式になっていないのがいい。さらにレンズの太さは統一されている。
 嘘のように安く手に入れた旧機だが、十分使える。
 
 
 
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2019年05月12日

キヤノンSX730その後

■■ 2019年5月12日 日曜日 午前9時04分
 
 今朝も晴れている。昨日の昼間は30度になっていた。今年に入ってから、そういう温度になった日もあったが、それは特別。その後は暦通りの気温に落ち着いているが、今後は昼間30度は普通になったりする。むしろ涼しい方だったりしそうだ。それは真夏のことだが。
 暑かったが、意外と薄手のパーカーを羽織っていた。本来なら、暑くて脱がないといけないところが、そこまで暑くはなかった。25度ぐらいでも暑くて脱ぐことがあるので、さっぱりとした暑さ、爽やかな暑さ、カラッとしていたのだろう。今後このカラットが蒸しっとなる。
 流石に昨夜は電気毛布のスイッチは入れなかったが、朝方寒く感じた。また、寝る前になると、流石に気温も下がり、最近の夜の気温に戻っていたので、暑さは消えたのだろう。
 夕方前に行く喫茶店の冷房が故障しているのか、そこでは暑かった。そのペラッとしたパーカーは、そこの冷房用なのだが。
 昨日から夏が入り出したようで、確かに暦の上でも初夏といっても早いわけではない。暑いのは7月8月だが、意外と5月末から6月にかけてが厳しいのではないかと思える。暑さが入る初っぱな。暑さ慣れしていないときなので、そう感じるのかもしれないが。
 そして6月は梅雨が入るので、雨で涼しいという印象がある。陽射しが少ないためだろう。しかし、湿気が来る。真夏のカラッとした暑さではなく、6月の暑さはたちが悪い。この湿気のある暑さは木造の日本家屋ではそれなりの配慮が成されていたりする。特に湿気のきつい畿内では。暑さ寒さよりも湿気をどうするかだろう。
 大阪の夏は暑い。気温的には大したことはなくても、湿気で蒸し暑いのだ。これで気温以上の暑さを感じる。
 季節は巡る。今年も夏の足音が聞こえだした。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンの旅カメラ。SX730で、ポケットに入る900ミリ越えのカメラ。これの新製品が出て久しいが、似たようなものなので、パスしたが。
 700ミリ越えのポケットに入る旅カメラとしてはトップクラスで、流石キヤノンという余裕がある。
 ニコンの旅カメラはズームで伸ばして一枚写したあと、広角側でもう一枚というとき、ズームを戻そうとすると引っかかる。動かない。ズーム位置をそのままなら続けて写すときも素早いが、画角だけ変えてもう一枚欲しいとき、待たされる。というかカメラが動かなくなったような状態になる。
 キヤノンの旅カメラにはそれがない。これは写りとかは関係がないが、こういうスペックに出ないところでの余裕がある。
 だからキヤノンのカメラは優等生で、特に長所も無いが欠点もない。写りもそうで、これという特徴がない。だから癖がない。
 このカメラのネオ一眼タイプの新製品を去年の暮れに買ったので、そちらばかり使っていたので、久しぶりにポケットに入るこのタイプを持ち出した。
 ライバルのニコン、パナソニックに比べると、小さく軽い。ソニーが一番小さく軽いが、安い方だ。高い方は新製品が出ていない。1インチに力を入れているのだろう。だからキヤノンの敵はパナソニックでもニコンでもなく、真のライバルはソニーかもしれない。それは1インチでの争いでも分かる。
 キヤノンSX730が飛び出しているとすれば、900ミリ越えの望遠が付いていること。ほぼ1000ミリだ。最近は600ミリ以上を超望遠といっているが、昔は400ミリでも十分超望遠だった。それが伸びたのだろう。
 だから1000ミリ近くあると、ネオ一眼がいらないほど。ただ撮影スタイルはネオ一眼の方が安定しているので、写しやすい。特にキヤノンのネオ一眼はファインダーも大きいので。
 だからキヤノンの旅カメラは液晶だけで写すことになる。ソニーは早くから飛び出し式の電子ファインダーを付け、ニコン、パナソニックも電子ファインダーを付けているので、電子ファインダーがないのはキヤノンだけ。何故だろうかと考えると、大きくなるためだろうか。
 まあ、人が多い場所で写すとき、電子ファインダーがあっても使わない。手かざしで気が引ける。だから液晶を回転させて腹か胸あたりにカメラを下ろして下を見て写すのがいい。
 草花などはじっくりと写せるのだが、通りがかりにさっと撮すときは、液晶だけでもいい場合がある。液晶ではどんな花かはよく見えないが、その前に肉眼で見ているので、撮影のときは切り取るだけになり、撮影の充実感はないが。
 AFはフルオートに入れていると、五月蠅く動くタイプ。これがヒットした場合は、ここぞという被写体を囲んでくれるのだが、そうそう上手くはまるわけではない。
 そんなときはプログラムモードに入れれば、中央部一点になり、サイズも変えられる。これでAFはバタバタしなくなるが、意外と合いやすいのは自動認識の方だったりする。
 まあ、このカメラ、安定度抜群で、サクサク動くし、引っかかりがないので、操作感はいい。それだけでも気持ちがいい。
 何でも無難にこなすカメラで、これという特徴のないのが、欠点だろう。カメラに面白味がないのだが、総合点は高い。
 
 
 
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2019年05月11日

リュックとトート

■■ 2019年5月11日 土曜日 午前9時22分
 
 今朝はよく晴れている。気温も高くなりそうだ。昨夜は電気毛布を付けないで寝たが、朝方寒くなり、スイッチを入れた。こういうのはいつかあったように記憶している。
 天気はいいが、こういうのは連休のとき続いていれば、よかったのにと思う。そこまで協力的ではないのだろう。
 寝起きの喫茶店に入ると、冷房がきつい。もうその季節になっている。ここ数日の間に。
 そのため、外は暑く、中は寒い。そして喫茶店往復で外にいるときよりも、店内にいる時間の方が長い。と言うことは寒い店内にいるときに服装を合わせた方がよかったりする。だから暑い日でも、真夏のような服装では無理。流石に夏の一番暑い頃は、何とかなるが、梅雨が明けるまでは、空気そのものがまだ夏のそれではないので、無理。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。朝方目が覚めたのだが、それは寒いため目が開いたのだろう。何とかせよと言われたように。それで、電気毛布のスイッチを入れて寝た。これは二度寝ではない。まだまだ早すぎるため。しかし部屋は明るい。それだけ日の出が早い。そのあと目を覚ますと、まずまずの時間。ここ二日ほど続いていた遅起きではなかった。
 晴れていて気持ちがいいのだが、明るく眩しい。陽射しがきつくなっているのだろう。春よりも眩しく感じる。
 先日買ったリュックは軽くいいのだが、紐が垂れる。これは長さ調整の紐だろう。それが自転車の前籠の網に挟まったり、絡んだりする。だから、鞄を籠から出すとき、引っかかってしまうことがある。そのとき、長さが変わったりする。紐は二本。両肩あるので、バランスが悪い。背負ったとき、妙に一方の肩だけが重いと思っていると、紐の長さが違っているのが分かる。
 眼鏡を傘入れに入れている。これはファスナーは縦。傘も立てて入れるのだろう。防水用の密着したファスナー。それよりもファスナーの開け閉めが面倒。片手だけで開けようとすると、防水のためか、硬い目。スーと開かない。力が通常のファスナーより必要。まあ、通常のファスナーでも鞄の位置と手の位置により、片手だけでは引っ張りが効かないのか、開かないことがある。
 以前のトートバッグはポケットに蓋があり、ファスナーなしで取り出せた。ファスナーはないが、マジックボタンがある。磁石だ。偶然留まることもあるが、力を入れなくても開く。フタの布をパカッと開ければいい。何処を持ってもかまわない。
 メインポケットにファスナーがある。これは底から半周以上しているので、大きな口が開く。だが、最後に閉めたときのファスナーの二つのつまみ位置が問題。何処で終えたかで、もの凄く遠いところから開けないといけなかったりする。
 ノートパソコン入れは本格的で、クッションで挟んでいる。お辞儀はしないが、マジックテープが付いている。パソコンを出すときも、先ずそのマジックテープを剥がさないといけない。これは片手で指先だけでできるが、ワンアクション加わってしまう。入れるときはテープがくっついている状態のときは剥がしてから口を開けることになる。手間だ。
 マジックテープのポケットなどが衣服でもあるが、あれば痛い。勝手に仕舞ってしまうと、すっと物を入れられない。さらに冬場などテープ部のギザゴザがヤスリのように擦れて痛い。
 それとリュックにしてから背中が痛くなった。トートの紐とは違うところに負担がかかるのだろう。
 トートを長く使っていると、ただの袋のようなものなので、紐は手提げだけ。空間認識がしやすい。
 トートは肩に掛けている状態でもものを取り出しやすい。また肘に掛けることもできる。お婆さんがよくやっているスタイルだ。やはりリュックよりもトート系の方がよかったりする。
 大きなカメラを入れているときは、鞄を手にしたまま写したりできる。だからカメラバッグよりもアクセスがいい。自転車でもトートなので、最初から口は開いているので、すぐに出せる。
 
 
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2019年05月10日

撮影の充実感は一眼

■■ 2019年5月10日 金曜日 午前10時51分
 
 今朝も晴れているが、雲が多いようだ。陽射しはあるが、途切れたりする。気温は高い目。既に五月の半ば。そんなものだろう。
 今朝は昨日に続き、遅起き。同じ時間に起きてしまった。中間がない。まあ、最近早い目に目が覚めていたのだが、これは自然。しかし、睡眠時間的には昨日今日の遅起きの方が合っている。これぐらい寝ておかないといけないだろう。
 そして早いもので、今年も中頃にかかる。冬と春を通過した感じで、初夏へと至る所にいる。だからふた季節通過したのだから、半分。気温の変化を見てきたのだから、じんわりと半分近くまで来た感じだ。夏になってしまうともう半分を回り込んでいるので、そこが半分ではない。梅雨頃が半分。つまり六月で、それはあと少しで来る。六月のいつかといえば、六月中。気候的に安定してある地点は夏至。六月の末近い頃で、昼間が長い。夜が短い。今もそれに向かってまだまだ日が長くなっているところ。当然夜がさらに短くなっている。
 連休も明け、気温はさらに上がりだし、怠くなる頃。寒さよりも暑さが気になる頃だが、このところ寒さがあるので、暑さはあまり気にならないが、すぐに暑苦しくなり、外に出ただけでも熱バテを起こしそうになる。
 しかし今朝はまだライトダウンジャケットを着ていたりする。寝起きに行く喫茶店は既に冷房が入っているが、それでちょうどぐらい。だから冷房対策だ。
 明るい日中、自転車で移動中に花とかを写すのだが、こういうとき、一眼レフのファインダーで覗いて写す方が充実する。それでニコンの一番安いキットレンズ付きのD3400と400ミリ少しの望遠ズームの組み合わせをよく使う。カメラは小さいがレンズは煙突のように長い。タムロンやシグマの高倍率標準ズームは短い。しかし、望遠にすると、もの凄く伸びる。ところが望遠だけのレンズは最初から伸びている。そのため、レンズの飛び出しが凄いが、持ちやすい。長い筒のためだろう。
 ネオ一眼との違いはボケだろう。ピントが浅いので、猫などを写すとき、周囲が見事にボケて浮き出る。それほど寄れないが、ボケている中にいる猫は引き立つ。まあ、ポートレートと同じだ。
 このニコンのキットレンズ、結構評判が良いようで、ソニーユーザーがこれをわざわざ買って付けていたりする。これも評判を聞いて買ったのだろう。
 小鳥は400ミリ少しでは厳しいが、風景なら十分。特に自然の風景なら400ミリ少しあればほぼ満足のいく切り取りができる。本当は600ミリあればもっと良いのだが。
 それよりも近距離での草花を写すときは程良い距離感があっていい。望遠ズームなので、最短撮影距離は短くはない。1メートル少し離さないといけないが、まあ、自転車の上からなら、大概のものは写せる。
 流石に写す気がないときは、持って出ても仕方がないので、コンパクト系になるが、同じものを今度一眼で写すと、やはり気持ちがいい。特に丁寧に写しているわけではないが。
 
 
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2019年05月09日

ニコンの旅カメラA1000

■■ 2019年5月9日 木曜日 午前10時40分
 
 今朝は久しぶりに曇っている。それだけ晴れが続いていたのだろう。雨が降るかどうかは分からない。今にも降りそうな空ではないが、これは分からない。そして気温はそれほど高くはない。陽射しがない分、昼間も上がらないだろう。
 今朝は久しぶりに遅起き。いつものように早い目に目が覚めていたのだが、これは早すぎる。それで毎回堂々と二度寝をしているのだが、まずまずの時間に自然に目が覚めたが、今朝は二回ほど二度寝をした覚えはあるが、僅かな時間だと思っていたのだが、そうではなく、かなり遅い目だった。
 どうせ曇っているので、遅起きでも問題はない。朝の喫茶店からの戻り道に散歩に出ることもないだろう。散歩といっても少しだけ周囲を回るだけで、時間は短い。曇っていると、その気が起こらないので、今朝は余計なことをしなくてもいい。
 それで今朝のお供のカメラは小さめでポケットに入る誕生日に買ったニコンの旅カメラA1000。800ミリ少しの望遠が効くので、望遠不足になることは鳥や猫意外ではない。小さいながらファインダーが付き、液晶も回転するが、少し固いので、使いにくい。前機は軽かったのだが、ファインダーが付いたので、接眼部と被ってしまうので、自撮りで上へ上げられないので、下から自撮りするタイプになっている。それで固い。
 その他の欠点はファインダーの自動切り替えのセンサーが端にあるので、手がすぐにかかってしまい、それで反応するというもの。ファインダーが左端に付いているためだが、センセーはカメラの端の角に付いているので、被ってしまうだろう。
 しかし、このカメラ、今のニコンコンパクト系の集大成のようなもので、昔の戦艦コンパクト系ほどではないが、それなりのボリュームがある。しかし、機能的には普及機コンパクト系で、一眼レフのサブカメラ、というような感じではない。
 キヤノンよりもパナソニックを意識しての造りなのは、ファインダーを付けたことと、電子ダイヤルが二つあること。ダブル電子ダイヤルは上級機仕様で、一眼レフでも中級機以上でないとなかったりする。好みの分かれるところだが、一方の電子ダイヤルが十字キーの周りにある。これがあるタイプが好み。電子ダイヤルを弄って設定を変える言うことではなく、ただのメニューめくりや、プレビューのときの画像切り替え程度。
 またタッチシャッターが効く。液晶はタッチ対応になっているので、目一杯機能を詰め込んでいる。だからスペック比べのとき、かなり有利。だから、スペック的には高級機なのだが、レンズは暗いし、感度も高くはないので、普及機。
 望遠で一枚写して、二枚目写すとき、ズームで広角側へ戻そうとすると引っかかる。書き込みで忙しいのだろか。こういうところに少し鈍いものを感じるが、少し待てばズームは動く。だから、ポチッと一枚写しする程度の使い方がいい。ただ、同じ画角で一枚写したあとの二枚目はそこそこ早い。
 AF自動認識はあまりバタバタしないタイプで、動いている被写体を囲んだり、追従モードになったりしない。これはニコンコンパクト系では共通している。オート化が控え目なので、副作用が少ない。
 しかし、フルオートモードでも露出補正が効き、しかもプラスマイナス三段まである。その表示文字などが大きく。よく見える。ここでの操作はかなりいいが、あまり使わない機能だが、黒バックに白い花、などのときは必要だろう。
 まあ、カメラは小さいが、今のカメラ技術のほとんどを盛り込んであるので、充実感はあるが、あまり使わなかったりする。4K動画とかも。
 ニコンの一眼レフ系や、ネオ一眼系を使っていると、このA1000は頼りないカメラで、心細いカメラに見えてしまうが、ポケットに入る旅カメラであることを忘れてはいけない。
 写りはニコンコンパクト系共通で、カリッとしたメリハリのある写真で、写りは明快。
 
 
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2019年05月08日

豆腐とか

■■ 2019年5月8日 水曜日 午前9時36分
 
 今朝は晴れている。連休が明けてからよく晴れているのではないかと思えるほど。そして気温はそれほど高くない。これは過ごしやすい。少しひんやりしている方がよかったりする。
 今朝はそれでライトダウンジャケットを羽織って寝起きの喫茶店へ。冬物だが、似たような綿入りを着ている人もいた。陽射しがあるので、暑いはずだが、何ともない。だから気温と一致しているのだろう。これが初夏の気温なら着てられないだろう。
 自転車散歩にはいい感じで、晴れていてそれほど暑くない日は今後珍しくなる。梅雨に入ると、暑くない日もあるが、そのかわり雨が降っていたりする。そして湿気が加わるので、気温のわりには蒸し暑い。そして梅雨の晴れ間は真夏のように暑い。
 しかし五月六月はまだ爽やか。梅雨入りするまでだが。
 野菜の煮物などをそのままにしていると、そろそろ腐る季節。鍋ごと食べるのだが、鍋ごと冷蔵庫に入れる必要がある。卵もそうだ。今は冷蔵庫に入れなくてもいいが、賞味期限がある。それに暑くなってくるとまずい。ヒナがかえるのならいいが。
 冷蔵庫がなかった時代。卵はどうしていたか。先ず卵は八百屋で売られていた。一個売りだ。五個とか十個纏めて買うと、新聞紙で包んでいたように思う。子供の頃、卵が何処に置かれていたのかは分からない。親の世代になると、卵は鶏小屋にあったので、それを取りに行くだけ。だから卵は買いに行かなかったらしい。それは親の世代の子供時代までのようだが。
 近所に玉子屋があった。もう既に営業していなかったが、普通の家だが鶏小屋があった。そこで玉子を売っていたが、八百屋などに卸すところだったようだ。
 まあ玉子は贅沢品で、晴れのときに使ったりした。遊びに行ったときとかだ。そのとき弁当とは別に、おやつとしてのゆで卵。高かったのだろう。バナナも高かった。
 調理方法が変わり味付けが色々変わったが、食材そのものは以前とあまり変わっていない。しかし大豆から豆腐ができるのだが、これは中国から伝わってきたのだろうか。豆腐という漢字がそれっぽい。食べるものに「腐」というのを付けているところが。まあ麻婆豆腐もそうだが、「婆」が出てくる。これは発明したのが婆さんだったためだろうか。
 食べるものに「婆」とか「腐」とかは敢えて日本では使わないだろう。
 木綿豆腐や絹こし豆腐は、中国から来たものか、日本で付けたものかは知らないが、漉すときの布のことなので、そのままかもしれない。そのとき出る漉しカスがオカラ。殻と言うことらしい。まあ酒粕に近いかもしれない。その酒粕で粕汁を作れる。捨てないで、使えるものは使うのだろう。毒ではないので。
 油揚げなどは豆腐の中身がない。皮だけだ。しかし中国では中の身より、皮の方が重宝されたのかもしれない。皮が美味しいとか。まあ、珍味狙いかもしれないが。
 餃子などは、地方地方で、独自の餃子を作っていたりする。中身はほとんど同じだが、もの凄く大きいのもある。これは東へ行くほど大きくなるのかもしれない。中身はハンバーグではないかと思ったりする。シュウマイもそうだ。
 焼き餃子は、やはり皮の焦げ具合を味わうものだろう。あれは焦がさないと白っぽいだけだと気持ちが悪い。水餃子は別だが。
 飲み屋で焼き物と言えば、魚だろう。焼くのがいいか煮るのがいいか、炒めるのがいいか、蒸すのがいいか、同じ食材だが、食感が違ってくるので、飽きない工夫だろうか。
 
 
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2019年05月07日

ビジネスリュック

■■ 2019年5月7日 火曜日 午前9時21分
 
 今朝は綺麗に晴れており、気温は低い目。昨日の夕方雨が降り、そのときぐっと気温が下がっていた。その延長で寒さがあるが、雨の延長はなかったようだ。春というより、秋のよう。五月晴れだ。連休明けが五月晴れ。どういうタイミングだろうか。
 それで、今朝は薄いダウンジャケットを羽織る。朝は昼よりも気温が低いので、これでちょうど。
 十日の連休だったらしいが、あまり世間の様子は変わっていない。連休らしい場所へ出ていないためかもしれないが。日の丸と鯉のぼりが連休らしかった。
 それよりも今日から仕事の人は大変だろう。仕事よりも連休で疲れた人もいるだろうが。
 昨日は久しぶりに鞄を買う。今使っている鞄は長い。すっかり馴染んでいるのだが、かなりくたびれてきた。しかし綿製品だが結構強い。これはまだ使えるので、引退させたわけではない。
 この鞄を使っているとき、違う鞄も買ったのだが、どうも戻されてしまう。やはり綿のトート系が使いやすいのだろう。それを越えるはずの新しいのを買っても、すぐに戻されてしまう。やはり前の方がいいと。
 今回は紳士物売り場、ビジネス鞄売り場で特価セールをやっていたので、覗いた。
 ビジネス向けのもの凄く高い鞄が置いてあるが、その中で一番安いタイプだ。
 今回は多機能タイプではなく、リュック専門。通勤での負担を減らすとなっているが、重さは同じなら、軽くはならないが、使い回しがいいのだろう。
 まずは防水性。これはこのタイプの鞄はそうなっている。カジュアルバッグはそうなっていないタイプが多い。生地が違うためだろう。防水加工ができないのだ。そのかわり内側に水が入り込まないようなのが付いていたりするのだが。
 ファスナーが防水となっているのが目新しい。歯の隙間がない。ただメインポケットの一番大きなファスナーはそれが無理なのか、普通だ。底の方から回り込むようにレールが走っているので、コーナーに弱いのかもしれない。
 大きさはそれほど大きくはなく、小さくもないので、中程だろう。使っている縦型のトートバッグで長さを測ると、ほぼ同じだった。意外と小さい。あとは底の幅。これが大事で、収納力に関わる。これも今使っているのと、ほぼ同じ。
 横型にしないのは、自転車の前籠に横のまま入らないためだ。だから横型の鞄は立てて入れることになる。それではカメラを取り出しにくい。
 ビジネスバッグとなっているので、メインポケットにパソコン入れが独立してあり、クッションも付いている。これがなけば、カメラとパソコンがぶつかり合い、またパソコンがお辞儀をして蓋になってしまう。
 ビジネスバッグらしく書類入れそのもので、独立したファイル入れが付いている。これで一つの大きなポケット。今使っている綿のトートバッグはパソコンの仕切りはないが、大きなファイル入れのようなポケットがあり、そこにちょうど入る。それと同じものが付いているので、どちらに入れてもかまわないが、折角クッションつきの専用仕切りがあるし、背中に近いので、バランスもいいので、これは使うことにする。
 結局パソコンと書類やファイル系が入ればそれでいいのだろう。
 前面ポケットは三つで、一つは傘入れ。かなり長く、縦型。まあ、眼鏡など、別の物を入れればいい。傘は傘だが折りたたみ傘。それは使っていない。
 その横に二階建てになっているポケット。大きさもほぼ同じ。正方形に近い。中途半端な大きさのポケットだが、襠がある。財布や小物を入れられそうだ。
 メインポケット内の奥の院。それはファスナー付きの内ポケット。これが結構大きく、底まで続いている。ここにも書類が入りそうだ。宙に浮いているポケットではなく、底まで続いている。
 あとは網型の宙づりの小物入れが二つ。これはパソコン入れのクッション仕切りの壁にへばりついている。底まで行っていないので、手を突っ込みやすいだろう。チケット入れになりそうだ。
 感心したのは、仕切りがペラッとしたものではなく、クッション入り、当然背面もクッションなので、クッションでサンドイッチ。リュックなので背面のクッションは分かるが、仕切りにもクッションが付いているのがいい。なぜならよれないし、引っかからないためだ。これが決め手だった。
 同じタイプで少し高いのがあったので、違いを見ると、手押し車に引っかけるのが付いていたり、ショルダーにもなるタイプ。手提げにもなり、三ウェイという奴だが、リュックが命なのだから、リュックでいいだろう。それにリュックだがいつも肩掛け。両肩まで通すことは滅多にない。
 カメラバッグとしてみた場合、望遠の長いレンズを付けた状態でも入る。底幅を超えているが、膨らませる。カメラバッグとしての必要なものはいらない。なぜなら付属品がないため。交換レンズはあっても持って出ないだろう。途中で交換しないため。だからカメラ一台入ればそれでいい。ゴチャゴチャしたカメラ関係の小物などはいらない。だからカメラバッグのような仕切りもいらない。それにレンズ交換式カメラよりもネオ一眼が多いので、レンズ交換も必要ではない。
 さて、もう一つ秘密の部屋がある。それは裏面。背面だ。後ろのクッションのあるところ。その下の方に網が張ってあるが、底が抜けている。だから物を入れても、落ちるだろう。その網のようなものにファスナーが付いている。横に。それが小物入れ。底があればポケットは二つになるのに、惜しいと思っていたが、ここは服などを突っ込む場所だろう。タオルとか。洗濯物干しでもあり、ハンガーの役目もあるのだろうか。落としてもビニール袋を突っ込んでもいい。しかし、アクセスが非常に善い場所なので、底がある方がよかったのだが。
 まあ、リュックは紐が多くなり、結構垂れ下がったりひっかったり、何かと絡んだりしそう。
 トートの持ち手、二本あり、それを肩に引っかけているのだが、それが短いので、冬場など肩を通らなかったりするし、そのままでは中からものが出せなかったりする。これは長い目の手提げが付いているタイプならいいのだが、そうではなかった。そのかわり密着力があり、身体にフィットしやすかったが。
 リュックは肩掛けだと中の物に手は入る。そしてリュックなので、肩が当たるところは幅広のクッションなので、痛さが緩和される。
 さて、今日からそれを引っかけているのだが、不都合が多いと、前の鞄に戻ることになるが、今回はまずまずの大きさがあり、何とかなりそうだ。
 
 
  
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2019年05月06日

新書太閤記 吉川英治

■■ 2019年5月6日 月曜日 午前9時33分
 
 今朝も晴れている。そして暖かい。これはまた、暑いほどになるだろう。
 連休はそろそろ終わる頃だろう。土曜から数えて10連休なので、そろそろだ。月曜なので、ここをスタートにした方が分かりやすい。
 結局連休は自転車散歩に出た程度。途中で缶コーヒーを買った程度。パンも買っているが、どちらも昼頃になると、買って食べるようなものなので、お金を使ったという感じはないが。
 そのかわり、アマゾンキンドル端末を中古屋で見付けてすぐに買っている。3000円で第七世代の無印。小さく軽くなっていて、サクサク動く。壊れていなければ、それでいいという感じ。
 このキンドルはカメラの横のコーナーにあり、以前も見かけたのだが、カメラに集中していたので、電書端末への注目度は低かった。そのときは買わなかったのだが、次に行くと消えていた。値段も3000円ほどだったように記憶している。まあ、スマホがあればいらないのだが、目を射さない。自然光でくっきりと見えるが、太陽光線ではなく、部屋だとその照明だが。
 早速読みかけのものがトップに出てきたので、それを読もうとしたが、途中でやめたのだろう。だからあまり良い本ではなかったようだ。谷崎潤一郎だろうか。青空文庫で全部読めそうだが、文字がカタカナで怠いので、やめたりしている。
 この人は長文の神様というか、長い文章ではなく、区切りが長い。逆を行くのが志賀直哉。この人は短気だったらしい。性格が文体に出るのだろう。スタイルだ。
 しかし、切れが長い分も短い分も、読んでいる内容の中に入ると、もう文体を感じなくなるが。
 長々とした文章や短い目にどんどん区切っていく文体、これは息の問題だろう。両方共存させればいい。ショートとロング、強弱、ゆっくり目と早い目なども、これは息遣いだろう。
 さて、それでまた読む本を探していたのだが、青空文庫で楽しめたのは吉川英治の私本太平記。だからその前の新平家物語でもいいのだが、それを避けて、新書太閤記。これも長い。秀吉の話。これは大河ドラマなどで何度も見ている世界で、当然NHKでも早い時期に緒形拳で太閤記はやっていた。秀吉を誰がするか、信長を誰がするかで、イメージが変わるし、主旨が変わったりする。そのため、捻りすぎた秀吉像が続いた。
 しかし、新書太閤記が一番素直。まあ、それでは同じようなキャラになるので、大河ではどんどん崩していく。結局本来の秀吉らしさを素直に出せなくなり、捻った秀吉ばかりになる。今までとは違う秀吉像もいいのだが、やはり秀吉そのものよさがなかったりする。どこか一部分だけの秀吉になる。
 さて、吉川英治新書太閤記だが、書き始めから、もうジンとくる。
 話は熱田神社領の五十戸ほどの小さな村で、栄養不良の母親が梅干しの長漬けをしたようなしわくちゃの子を産む。この子も元気がなく、産声を上げないが、しばらくしてからやっと泣く。これは織田信秀に仕える一番下級の武士の子。といっても足軽だ。常雇いの侍。戦場で傷つき、畑仕事もできない。歩くにも杖がいる。
 結婚したときに作った鎧。陣笠や槍は、もう使わないので、納屋でぶら下がっている。この親子には子供が二人、男子は生まれたばかりの日吉だけ。
 この子には偉い人になってもらいたいと両親は思うのだが、その偉さのレベルが低い。父親は槍一筋の武者、つまり足軽ではなく、馬に乗り、足軽を指揮する将校クラスになれば十分。これが夢。母親は田んぼ一枚を持てばそれで十分。ところがこの子が日本全国を取ってしまうのだから、これほど凄い話はない。
 
 
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