2017年10月05日

パナソニックTZ90

■■ 2017年10月5日(木) 午前8時53分
 
 今朝は曇っており、寒い。15度を切るのが普通になっている。夜中のことだが。そういう夜はたまにあったが、それが続くのだろう。意外と最低気温が夜中になっている。明け方が一番寒いはずなのだが、そうではなかった。しかし、喫茶店へ行く時間になっても気温は上がらず。ここが少し違う。秋の深まりだ。
 今朝はダウンジャケットが欲しいところだが、それは我慢する。裏地に毛が生えているタイプとか、ボアが入っているタイプとか。流石にそれはまだ早いのだが、軽い目のジャンパーを着ている人が多くなっている。
 襟の所に毛が見えているタイプはバレてしまうが、普通のジャンパーで裏地が毛のタイプなら分からない。襟は普通。袖も普通。裏地に暖が仕込まれているタイプは、膨らみが分からない。ダウンジャケットは餅を一杯貼り付けているようで、すぐに分かってしまう。
 昨日は衣料品店で特価台が出ていたので覗いたのだが、運動着メーカーの高いのが特価でずらりと吊されていた。値段を見ると驚く。ただのジャージの上のようなものだが、生地とかが違うのだろう。
 夕食後、徒歩散歩で出たときなど、そういうのを羽織っている人がいる。街中でもよく見かける。その値段はユニクロのウインドブレーカーと互角の勝負だが、種類が多い。そればかり作っているメーカーのためだろうか。肌触りなどで差が付く。流石に餅屋は餅屋だ。今のこの季節、丁度だが、薄い。すぐに寒々しく感じてしまうだろう。
 それを無視し、他の品を見学。千円台のハーフコートのようなものがもうすぐずらりと並ぶのだが、今はまだない。裏地に絨毯の薄いのを敷いただけの貧乏臭いタイプで、これはこれなりに暖かい。今なら。
 それが1900円あたりでずらりと並んでいるはずなのだが、今年はどうか。
 定番ものは吊されている。防寒、防水、蒸れ防止、軽い、柔らかい。と明記されている。薄い目のダウンジャケットで、ユニクロのウルトラライトのようなもの。袋が付いており、その中に折りたためるということだ。当然ユニクロよりも安い。
 この季節なので、まだゴツイダウンジャケット、アンコ入りはまだ数は少ない。これは真冬の大物だろう。初詣に着ていくような大袈裟なタイプだ。もの凄く着ぶくれになる。
 今朝は流石に寒いので、真夏向けの薄いズボンから、普通の綿のしっかりとしたズボンに履き替える。これは一年中履けるのだが、夏は暑苦しいし、冬はこれでは頼りない。しかし、その差は20パーセント程度で、極端な違いがあるわけではない。夏向けのズボンでも冬前まで履けたりする。靴などは同じものを年中履ける。
 そして、気が付けば昼間でもホームゴタツのスイッチを入れていた。流石に電気ストーブはまだだ。このままこの冷え込みが続くと、秋がなくなってしまう。どんどん冬の印象になっていく。
 
 パナソニックのコンパクト旅カメラのTZ70からTZ90へ買い換える。これは今年出たばかりなので、まだ早いので、型落ちで安くなっていない。
 このカメラは毎年出ているような気がするが、二年置きかもしれない。流石に毎年は無理なので、買い換えるのは大きな変化のあったとき。
 今回の変化は背面液晶が回転するようになったことと、タッチパネルも加わっている。これはこのクラス最強だ。つまり回転だけとか、タッチパネルだけとかはあるが、両方というのはない。ただ、そう言う機能はもう何年も前からあり、付けようと思えば付けられる機能だが、それをするとコンパクト性が損なわれたりする。
 しかし、タッチパネルは小さく軽いカメラの方が有効だ。
 大きな変化としては大きくなったこと。数値的には僅か差だが、小さくもなく大きくもなく、軽くもなく、重くもないというタイプ。小さすぎず大きすぎないので、手にしっくりと馴染む。これはカメラを持ったとき、シャッターボタンに手がかかったときに分かる。人差し指の腹ですんなりと沈むようにシャッターが落ちるのだ。指を立てなくてもいい。これは高さが少しあるためだろ。そしてボディーの厚みが増えたため。グリップが飛び出たグリップカメラではないが、引っかかりが良い。そしてシャッターボタンの高さが丁度いい。中身のスペックよりも、このガワの方が大事だったりする。これで随分と取り回しがよくなり、構えやすくなる。これも写りがどうのの話の手前側の話。当然電源ボタンの位置もよく、軽く押すと軽く起動する。これも撮影以前の話だ。
 そこまで考えて作ったわけではなく、大きくなったので、偶然そうなったのかもしれないが、これは歓迎だ。ただ、大きくなったので、ポケットが窮屈になるが。
 このカメラはコピーライカで、写し方もそれに準ずるような雰囲気になる。小さいが左肩の上にファインダーが付く。あるとないとでは大きな差だ。コンパクトデジカメは背面液晶で充分なのだが、覗ける方がいい。明るいところなどではよく見えないからだ。しかしそれほど解像力はなく、また小さなファインダーなので、ピントがよく見えるわけではない。ただの覗き穴に近いのだが、至近距離や望遠ではピントはそれなりに分かる。ここがライカ式のファインダーとは違うところなのだが、ピントが掴めるほどの解像力がない電子ファインダーが逆にライカ的だったりする。決して実像ではないが。
 前機までのようなクラシカルなデザインではなく、結構素っ気ない。しかしメタルの質感が充分ある。素っ気ないデザインでゴチャゴチャしていない。
 
 バッテリーは換えてきている。だから前機のバッテリーが使えないが、1インチネオ一眼と同じバッテリーなので、メインとサブで使い分けるときは互換性がある。ボディーが大きくなったので、大きい目のバッテリーを入れたのだろうか。大きいので長持ちする。
 また、USBの先のタイプが一般的なタイプになっている。だからこのカメラ専用のものでなくてもいけるようになった。ソニーや普通のタブレットやノートパソコンと同じタイプだ。
 充電用のコンセントもあるが、パソコンで画像を取り込むとき、それが終われば電源を落とせば充電になる。この方式のカメラは電池切れは先ずない。
 4k動画を利用したピント位置を撮影後に選択できるモードとか、機能は盛りだくさんだが、殆ど使わないだろう。それよりも基本ベースが良い。長くパナソニックのデジカメを使っているのは、インターフェースが良いからだ。中には例外もあるが、使い回しが良い。凝ったことをするよりも、フルオート撮影で充分。
 露出補正はフルオートでは弄る必要はないのだが、このモードに入っていても、露出補正ができる。背景が暗いところで咲いている白い花などは真っ白に飛んでしまうのが分かっているので、そんなときに使えばいい。液晶でそれが分かるので、勘ではなく、見れば分かるので、分かりやすい。露出が反映する液晶のおかげだ。敷かし、露出補正をしなくてもいい場合の方が多い。
 そして電子ファインダーだが、小さく、解像力ないのだが、前機よりも綺麗になっている。スペック的には同じもののはずなのだが、改善している。暗いところだと絵が荒れて見えていたのだが、その荒れ方が滑らかになっていた。粒子が見えてしまうが、線上ではなく、点状なので、自然な感じでの荒れなので、納得できる。決して綺麗なファインダーではないが、これは屋外なら充分綺麗だ。スペックは同じだが、改良されている。これは映像エンジンが上がったためかもしれない。ビーナスエンジンだ。
 タッチパネルは、背面液晶撮影だけではなく、電子ファインダーを覗きながらでも操作出来る。当然目と液晶が近すぎて、液晶など見えないが、指ぐらいは差し込める。液晶は当然消えているのだが、指を当てるとピント枠が出る。それを指で動かせば好きなところにピントを持って行ける。電子ファインダーを覗きながらできる。これはキヤノンにもあるので、珍しい機能ではないが。キヤノンの旅カメラにはそれは付いていない。
 フルオートだと、ピントも勝手に合ってしまうので、違うところに合うこともある。そんなときは便利だ。こういう使い回しが、普通のフルオート撮影でもできるのがいい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

アルミ鍋焼きうどん

■■ 2017年10月4日(水) 午前8時52分
 
 今朝は陽射しがあるが、当てにならない。朝、晴れていると思っていても、昼は曇っていたりする。朝だけ雲が少ないような。また、朝だけ曇っていることもある。朝夕と昼とでは天気が違っていたりする。一日単位にするほど持たなかったりする。晴れも持たないし、雨も持たない。雲も。その雲などは始終動いているようで、変化し続けている。夜中になると、これは見ていないので天気は分からないが、夜中寒くなったとか、雨音がするとかで、それなりに天気は分かるのだが、ずっと起きているわけではない。
 窓のないところで昼間ずっといると、天気の移り変わりなど分からなかったりする。晴れていると思い、外に出たり、外を見たとき、違っていたりする。観察ではなく、何か刺激が来ないと、気付かないものだ。
 今朝はひんやりとしているのか、道行く人は本格的な秋の服装になっている。いつもより一枚多い人がいる。半袖から長袖へのレベルではなく、長袖の上に何を着るかになっている。肌寒いというのは感覚で分かる。それだけではなく、何かを羽織っている人が多いのを目で見ることでダメ押しになる。この二つが揃えば、今朝は寒いのだと。
 目の粗いセーター系では風がスカスカ入って来て、意外と寒い。見た感じは暖かそうなのだが。だから目の詰まった物が良いのだろう。これがツルッとしたものだと今度は肌触りが冷たく感じる。風を取るか暖を取るかだ。風で暖が損なわれるのなら、風を取る。しかし風よけタイプはあまり着心地はよくない。それと風を通さないタイプは、蒸れたりする。ずっと寒い状態で、風があるときはいいが、そうでないときは、必要のない機能だったりする。
 秋は毛糸やニット系が似合うのだが、風に弱い。まだそれほど寒くなければ、着心地は良い。そして次の段階が、その上に風を通さないコート類になるのだろう。しかし、綿の密度の高いタイプは、結構風を遠さなかったりする。それでいて、着心地も良い。部屋着に近いものが着心地が良いのだろう。ダブッとしていて柔らかく、伸び縮みする。だからこれはジャージになる。
 しかし、ジャージで外に出ると、風でスカスカして暖が失われる。
 
 昨日はスーパーで鍋焼きうどんアルミ鍋を買った。鍋焼きとアルミ鍋が重なっているが、鍋焼きうどんというのは鍋のまま食べる。鍋を食べるのではないし、また鍋だけを焼くわけではないが、鍋のままの方が温かいからだ。器に入れると、すぐに冷めるわけではないが。
 普通のうどんは煮込まない。さっと湯に入れるだけ。蕎麦は絶対に煮込まない。
 スーパーでのうどんや蕎麦のランクがある。一番安いのはうどんと出汁のみ。そこに油揚げか天麩羅が付く。次のランクはアルミ鍋にそれを入れたもの。その次は一回り大きなアルミ鍋に入ったもので、値段は倍以上するが、温泉卵や本物の海老の天ぷらが入っていたり、餅が入っていたりする。薬味もそれなりに入っている。
 いつもならそのコーナー、冷やし中華やぶっかけうどんなどが並んでいたのだが、鍋焼きものに替わっていた。100円の一番安いランクのものは年中あるが。
 だから真夏に鍋焼きうどんが並んでいるのを見たことがない。探せばあるが、これは冷凍食品である程度。これが一番高かったりする。
 昨日はおかずだけを買いに行ったのだが、大アルミ鍋鍋焼きうどんを見て、それも買ってしまった。翌日の夕食になるだろう。メインが取れる。
 秋も深まり、温かい物を欲しがる季節に入っている。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月03日

パナソニック TZ90

■■ 2017年10月3日(火) 午前8時53分
 
 今朝は雨は上がっているが、曇っている。長く晴れが続いていたので、そんなものだろう。晴れが続くよりも雨が続く方が短いが、曇りの日と言うのが結構ある。これは雨の日ではないが、晴れているとはいえないので、晴れの日ではない。だから曇り日だ。しかし、今にも雨が降りそうな曇りの日もある。曇っているだけで、降らないこともある。
 この雨のせいか、蒸し暑い。そのため寒くはないのだが、用心してジャンパーを羽織って寝起きの喫茶店へ行く。少し暑苦しい。
 一度着込むと脱げない。季節的には寒くなっていくはずなので、それでいいのだろう。
 今朝は早い目に目を覚ましたのだが、二度寝が長くなり、結局遅起きになってしまった。よくあることだ。この程度の遅れは、喫茶店の戻り道の大回り散歩をやめれば何とかなる。曇っているし、雨も降りそうなので、今朝は行く気がしないので、丁度いい。
 しかし、しばらくそのコースを回っていないと、風景が変わっているときがある。一変するわけではないが、柿の実が目立ったり、少し紅葉が入っていたりする。これは毎日のように見ていると、変化は徐々なので、繋がりが分かるが、それでも、ある日突然咲いている花などがある。
 残り少なくなってしまったが、田んぼでは既に稲刈りが終わっている田もある。これは散歩に出なくても、日常移動中に見ることができる。ここが一番変化が大きい。面積が広いためだろう。
 
 パナソニックの旅カメラをそろそろ買い換えても良い時期になっている。最近は同じパナソニックの1インチネオ一眼を使っているのだが、少し大きく重い。ファインダーも大きく綺麗で、じっくりと写すときは気持ちがいい。しかし街中で取り出すとき少し大袈裟なカメラとなる。小さくても大きくても、カメラに変わりはないので、似たようなものだが、本人は大層なカメラを出していると感じてしまう。モロに一眼レフスタイルとなるためだろう。
 それでサブカメラとして、ポケットに入るコンパクト系を持ち出すのだが、実際には二台も持ち出さない。何処かへ撮影にでも行くのなら別だが、鞄に入れているだけで一枚も写さないことの方が多いのだ。だから二台もいらない。
 小さなカメラを持ち出せば、そのカメラの世界になる。そのカメラの視点になり、頭になってしまう。そう言う目で風景を見ている。これで、何を切り取るのかが決まったりする。良いカメラだと、良い風景を写したいと思うのか、そういう風景ばかり探している。
 それで、パナソニックの旅カメラなのだが、大きく重くなっているが、店頭で触ると、快い。300グラムほどあるので、このクラスでは重いのだが、今の旅カメラとしては平均的だろう。ファインダーが付き、液晶が回転して、この重さで済んでいるのだから。
 これはもうコンパクトとは呼べないレベルだ。しかし、かえってその方が持ちやすい。手にしたときのしっくり感がある。安定している。ボディーが分厚くなったのか、その流線型の分厚さが、手に馴染む。これはコピーライカ路線だろう。
 その前機まではポケットカメラ的で、軽く小さいコンパクトカメラのイメージだが、新製品は貫禄がある。この大きさだと、片手撮影がしやすい。両手が使えないときがあり、そのときは片手でもそれなりに安定している。
 電源ボタンの位置は、パナソニック系が一番いい。特に旅カメラの電源ボタンは右肩近くにあり、ボタンだ。以前はレバー式だったが、それが横長のボタンに変わり、今は丸いボタンになっているが、押しやすいし軽い。つまり親指で押すタイプなので、親指の力が強いので、軽く感じる。また、片手でカメラを構えるとき、片手で電源を押せる。中央部だと両手が必要だったりする。
 この立ち上がりの良さが、素早く軽快。そして背面液晶が頼りないほど薄いのだが、もの凄く柔らかい。これは片手で持ったまま指で上げられるのではないかと思えるほどだ。つまり、カメラそのもののスペックではなく、そういう使い回しがいい。電源ボタン周辺には何もないので、親指の腹がそのまま乗る。だから、目を瞑っていても、ボディーの右肩近くを押せば電源を落としたりできる。こういうデザインというか、無理のない操作系がいい。これは前機でも同じだ。
 ファインダーは小さいので、構図が取りやすい。その変わり、ピントがよく見えなかったりするが、これは当てにならない。合っているように見えることがよくある。そして広角側では分からないだろう。
 コピーライカ的だと思うのは、このファインダーだ。電子ファインダーだが、何とか見えているだけで、レンジファインダー機に近い。レンジファインダー機は二重像合致式とかでピントを取りに行くタイプで、ぼけ具合で見るタイプではない。距離だけを取りに行くタイプだ。この旅カメラのファインダーはそれに近い。
 だから、このカメラ、コピーライカ機に近い。ライカに近いのではなく、コピーライカ機に近いのだ。コピーライカに本物はない。その人のイメージだ。
 少し大きく重いがズボンのポケットには入る。液晶回転式にしたぐらいで、ここまで大きくならないはずなのだが、持ったときの感触は前機よりはるかにいい。ポケットカメラからコピーライカ機に変身したのだろう。一寸大きい目に作ればいいだけの話なのだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

秋物衣料

■■ 2017年10月2日(月) 午前8時32分
 
 朝から雨。しかも週明け。月初めは昨日だったが、週明けの月曜の方が印象が強いのは、月曜のためだろう。休みが終わった翌日ということで。
 しかし気温は昨日よりも高く、夜は20度台をキープしており、温かい目の朝になっているのだが、日差しがないためか、気温は伸びない。雨の日は朝も昼も同じような気温なので、昼間伸びない分、寒いかもしれない。
 昨日から寒いので、薄い目のジャンパーを着ている。生地は綿ではないので、綿ジャンではないがゆったりとしており、首元まで襟が上がるので、こちらの方が着心地がいい。綿ジャンは丈が短いので、脇のポケットがなかったりする。その分、損だ。だからもの凄く分厚いカッターシャツのようなものだろうが、襟が開いているところに違いがある。こういうのも色々と変形があり、定番物過ぎると逆にクラシックとなる。ただ、その型はいつまでも生き残るだろう。
 昨日はユニクロで例のウインドブレイカーを試着するが、その前に自分よりも年上の夫婦がおり、年取ったお父さんが試着していた。値段は6000円。その価格は蒸れない加工とかそのあたりにあるのだろう。ただのナイロンの生地ならもっと安いだろう。
 それでその夫婦は気に入らないらしく、買わなかった。その後、試着すると、少し軽すぎて、右腕を通した後、左腕を通そうとすると、逃げる。このタイプ、襟がないので、フードを掴んだりする。くにゃっとしており軽く、逃げる。そして両腕を通して、前のファスナーを閉めようとすると、するっと外れた。結構ちゃちで、これでは1600円ほどの品だ。普通の生地のレインコートのしなやかさがない。ファスナーが上がらなかったが、着てみると、皺が出ない。張りがある。まるでロボットだ。確かにその方が水の流れはいいだろうが、ポタポタと一気に流れ、ズボンを濡らしそうだ。合羽の上だけを着ているとき、よくある。合羽の中は無事だが、触ると濡れてしまう。
 それなら生地に吸い込むタイプの方がよかったりする。それで、これはどう見ても合羽の上。コンビニで500円で売っているのと同じようなもの。蒸れないだけ高いのかもしれない。それと体にフィットしすぎるのもいけない。ユニクロの品はスリムすぎて、着心地が悪い。遊びがないのだ。
 しかし、奥に安いタイプが吊されているので、それを見ると、ゆったりとしたジャンパーもあった。襟は丸首だが、腕はに二本入るほど幅がある。よくオッサンが着ているあれだ。つまりほぼ作業着に近いタイプ。流石に中綿はないが、いかにもジャンパーという感じで、脇のポケットも深い。ファスナーで止めていないので、ポケットに手を入れる度に、ファスナーで噛まれることはない。またポケットの蓋がマジックテープだと、開けるたびに棘が刺さるような感じになる。
 先ほどの夫婦が買わなかったのは、何やら頼りなさげな固まりだったためかもしれない。
 この日は気に入っても買うつもりはない。土日、ユニクロは混んでおり、レジ前に行列ができる。並んでまでは買わない。
 同じ6000円も出すのなら、もう少し季節が進んでからでも着られるタイプがいい。近くのスーパー二階にあるいつもの衣料品売り場で新作で出ていたものの方がいい。偽皮のジャンパーだが、フードが付いている。下にフード付きを着たとき、そのフードを出すのだが、そう言う風な仕掛けだ。要するに襟の汚れを、このフードが犠牲になって何とかしてくれる。だから、このジャンパーの襟は汚れないというもの。そのフードだけ綿で、まるで下に何かを着ているような感じだ。そのフードだけを取り外せる。だから、それだけを洗濯すれば、いいのだ。まあ、首にタオルを巻いているようなものだ。
 ユニクロではユニクロで作ったものしかないが、スーパー二階の普通の衣料品売り場では、色々なメーカーの品が並んでいるので、選択肢が広くなる。これとこれの間。とか、これにあれをなくしたもの、とか、あれを加えたものとか、統一した品ばかりではないので、バラエティーだ。それをもっと進めると古着屋になる。こちらは時代が加わる。
 綿入りではないジャンパー系は、ゆったりとしたタイプでないと、下にセーター類を着込めない。綿入りだと、真冬まではセーターはいらないだろう。
 秋が深まりだし、涼しいから寒いに変わりつつある。そして十月は衣替えの季節。秋へ向かうのではなく冬に向かっている。秋も十月は中頃ということになる。既に三分の一は過ぎているのだ。
 スーパーで賞味期限間近台があり、そこで豪華アルミ鍋焼きうどんを買っていた。昼に食べようと思ったがもったいないので、夕食に回した。
 海老と温泉卵が入っている。後はワカメと薄揚げ。海老は幅広で鍋一杯の長さ。しかし値段を考えなさいという話しになる。そして芯のない天麩羅を揚げる技術力を。
 確かに海老は入っていたが、箸で天麩羅が簡単に切れる。何処までも切れる。最後は小指ほどの痩せた海老が出てきた。だから天かすうどんなのだ。衣の中身は殆どが小麦粉。うどんも小麦粉。だからうどんをご飯にうどんをおかずにして食べているようなものだ。しかし欲しいのは油だろう。だからそれなりに充実するが、海老に関しては期待してはいけない。値段を考えなさい。値段を。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

都はるみとかしまし娘

■■ 2017年10月1日(日) 午前8時42分
 
 今朝はよく晴れている。秋晴れだ。これを日本晴れと昔はいっていたように思う。この日本晴れはそれほど古い言葉ではないのだろう。
 気温は低く、夜中の最低気温12度。これは瞬間最低気温のようだ。起きたときは18度あったが、それでもひんやりとしている。そのため、出るとき、いつものペラッとしたパーカーでは寒そうなので、普通のジャンパーを羽織る。中綿は流石に入っていないが、春の終わり頃から着るような感じで、かなり暖かくなってきたときに着たものだ。春先はまだ真冬の格好をしているので、このジャンパーは薄着だった。それが今なら丁度間に合う。しかし、Tシャツで短パンの人はまだいる。これから出掛ける人ではなく、家の前で何かをしている人だ。寝ているときの服装と同じではないかと思える。そのまま表に出たのだろうが、寒いだろう。しかし18度あるので、それほどでもないのかもしれない。
 普通に出掛ける人、自転車に乗っている人はジャンパー系が多くなっている。カッターシャツ一枚の人が減っている。当然半袖の人は探すのが難しいほど。バイクに乗っている人は既にダウンジャケットを着ている。綿入りだ。これは真冬とかわらないだろう。バイクは風を受けるので、歩いているよりも寒いので、当然だろう。
 先日ユニクロで見たペラッとしたウインドウブレイカーでは寒いのではないかと思える。この前までは、これを買ってもまだ暑苦しそうですぐには着られないと思っていたのだが、今朝などはこれでは頼りないと感じるのだから、それほど季節が動いたのだろう。しかし、薄くてもいいので、防水性のあるタイプはレインコートになるので、雨の日は丁度かもしれないが、防水を取るか暖を取るかだ。気温が下がると防水よりも暖を取る。傘を差せば防水も糞もないのだから。
 しかし、風邪を通さない生地は意外と暖かいかもしれない。暖かそうな上着でもスカスカだと寒い。これは風のある日だ。
 着心地は綿のふっくらとした生地のものがいい。その生地そのものが温かそう。だから綿ジャンがそれなのだが、細いタイプが多く、窮屈。その点、融通が利くのが化繊だ。どのような形や肌触りにもなりそうな。
 最低気温が12度になっているのだから、これは冬と変わらない。真冬の昼間と変わらないのではないか。
 ただ、まだ昼間陽射しがあるときは25度を超えているのだから、これは冬ではない。
 
 昨日は都はるみの古い動画をユーチューブで探していると、まだ見ていなかったのが出てきた。
 NHKの公開番組だろうか。タイトルは分からない。そこにかしまし娘がゲストで出ていた。ゲストはこのひと組だけ。番組全体はホールでのコンサートのようなもの。ワンマンショーのような。
 かしまし娘がまだ現役でいた頃。その会話から、「北の宿から」の話が出て来る。だから時期が分かる。都はるみの髪型はショートで、これは「北の宿から」のレコードジャケットでもそうなので、その当時のものだろう。
 かしまし娘の次女、照江さんだろうか。朝ドラに出ると言っていた。うどん屋のオバハンで、オバハンの役しか回ってこないとぼやいていた。これも調べれば、どの朝ドラかは分かるだろう。
 まだまだ多くの人が普通にテレビを見ていた時代で、テレビからの映像が、過去の時代の記憶と繋がる。あのテレビをやっていた頃、何をしていた頃だろうとか。
 花江さんが好きになった人を歌っていた。花江さんの歌は漫才の中でもよく聞く。都はるみの歌を結構歌っていたのだろう。あまり記憶にないが。いつもはギターと三味線だけだが、後ろにオーケストラが入っているので、鳴らす必要はないといわれて、ギターなどを置いて歌だけを歌っていた。これは珍しい映像だ。オーケストラで歌うかしまし娘。しかし、そこは漫才師、使わな損と。
 都はるみは、オーケストラではなく、かしまし娘のように自分で楽器を鳴らして歌うことが夢だと語る。「北の宿から」後、演歌以外の歌へと広げていた時期だ。まだ「大阪しぐれ」は出ていなかった頃だが。
 珍しいのは四人で漫才をやっていることだ。都はるみそのものが陽気で明るい。
 また、河内音頭を都はるみが歌う。コンサートなどでも歌っているが、それは歌謡曲風にアレンジしたもので、本物ではないとか。
 歌江さんは歌謡曲以前の古い歌をよく知っている。当然河内音頭も知っているのだが、それはレコードで覚えたらしい。その私道四人で歌っていた。テロップでは河内音頭鉄砲何とかとなっていた。河内音頭を有名にした人で、テレビにもよく出ていた。
 そして最後の歌は「涙の連絡船」。これで、幕。いつもなら明るく「好きになった人」がエンディングになるのだが、それは照江さんと一緒に歌っているので、使えなかったのだろうか。
 コンサート風の長めの動画で、若い頃の映像はあまりない。テレビでよく見ていた頃の都はるみとイメージは同じ。引退直前の映像は結構残っているのだ、髪の毛を伸ばしている。これでぐっと美人になった印象だ。紅白で「大阪しぐれ」を歌っていた映像があるが、そのときも長い。
 引退公演後、色々な人が加わり一冊の本になっている。都はるみファンの著名人たちだ。そのタイトルに「演歌の終焉」の文字がある。
 都はるみが消えることで、演歌の時代を自ら消したというような意味だろうか。既に時代は演歌の時代ではなくなっていたのかもしれない。
 この時期、美空ひばりはまだ生きている。そして数年後、都はるみは復活するのだが、美空ひばりの死も関係しているかもしれない。
 そのまま普通のおばさんになっていた方がよかったかどうかは分からない。しかし、こんなに歌の上手い普通のおばさんではいられなかったはず。
 引退後、プロデューサーになっている都はるみのテレビ番組を見た覚えがある。人に色々と言っているより、歌ってみたくなったのだろうか。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

本能寺ホテル

■■ 2017年9月30日(土) 午前8時23分
 
 今朝は晴れている。しばらくは晴れているようだが、曇ったりもするのだろう。気温は平年並かもしれない。これは流れだ。ベースの気温に近いはず。このベースも変化するが、その変化のテンポ。暖かい目の日があったり、寒い目の日があったりするのを差し引いた変化。
 北の方では雪が降ったりしそうだ。高い山なら降っているだろう。そしてもう紅葉が始まっているはず。大阪方面でも結構色づいた葉が所々にあったり、落ち葉もある。夏の終わり頃からそれはあるのだが、枯れているのか、ただの紅葉なのかは分からない。全部の葉がそうなれば紅葉で、木が自動的に葉を落とす準備をしているのだろう。青いままでは落ちないので。
 また年中葉のある木も、葉は落ちる。それがどのタイミングかは分からない。全部落ちないだけで、古い葉から順に落ちていくのだろう。知らない間に入れ替わっていたりする。
 今朝は土曜で小学校は休みのはずなのに、立ち番がいる。学校の前を通ると運動会のようだ。そして正門が開いている。ここは普段閉まっている。児童は裏口から入る。正門から入った方が早い子もいるのだが、わざわざ回り込んで裏口から。
 正門には校長の許可がなければ入れないと書かれている。校長がいないときは、どうするのだろう。しかし、この正門、行事のときは開いている。入学式や卒業式だ。そして運動会。しかし、それを見に来た親たちは許可はどうするのだろうか。
 昔の学校は何処からでも入れた。完璧な塀ではなく、垣根程度なら隙間がいくらでもあった。
 
 昨日はアマゾンビデオで「本能寺ホテル」を見た。有料だ。400円か500円で、ダウンロード式のレンタル。日が立てば消えてしまう。プライム会員なら無料の映画も結構あるが、これも消えてしまうのがある。ある期間だけアップされているのだろうか。
 本能寺ホテルはかなり新しいので、無料にはなっていない。
 先ず映画会社のマークがなく、いきなり始まる。途中から本能寺ホテルというタイトルがやっと入る。
 本能寺は、今の本能寺とは別のところにあったらしい。ホテルは本能寺の変のあった頃の本能寺の敷地内にあるのだろうか。このホテルが先ず嘘だというようなほど古い。京都の町の路地の奥に聳えている。七階建てだろうか。洋式の格式のあるようなホテルで、その支配人が風間杜夫。年を取ってしまったので、誰だか分からなかった。顎の尖った主人公の女性はそこで泊まるのだが、予約していたはずのホテルが付きが違っていたようだ。また本能寺ホテルを知ったのは、チラシ配りの妙な青年から。
 そのホテルのエレベーターと本能寺が繋がっているのだが、何らかの偶然でそうなる。それが宣教師が持ってきた信長時代のオルゴールだったりするのだが、それは故障して動かないらしい。また信長も食べたという金平糖も関係する。これは主人公が女性なので、そういう土産物を偶然買っている。かなり昔からあるなめて食べる金平糖ではなく、噛んで食べるタイプとか。この破裂音も関係する。
 さて、本能寺。変の二日前とかその前夜あたりに、主人公は出たり入ったりする。
 エレベーターが開くと、そこは客室が続く廊下ではなく、本能寺の廊下。しかしそこが何処だか主人公は分からない。廊下をしばらく歩くと森蘭丸がいるが、美少年ではなく、イメージが違うとあとで漏らす。しかし、初対面では蘭丸だとは気付かない。親方様という人が、ここに滞在しているらしく、その家来がいる。茶会に招かれた公家や商人も。そこで茶道具などを披露したりしているのだろうか。主人公は異国の人として、客のように、蘭丸の計らいでそこに混ざる。
 そして親方様というのが信長だとはまだ気付かない。それよりも、ここは城だと思っている。
 主人公にも事情があり、その事情のポイントが「やりたいこと」の有無。そのときの主人公にはそれがない。会社が倒産し、無職になり、永久就職へ向かう途中。
 信長の天下統一。このやりたいことの規模は大きい。しかし、やりたいことに大小はないと信長はいう。
 それよりもお寺の中が広い。本道がポツンとある程度ではなく、大きな屋敷なのだ。そこが信長時代の本能寺であることを知った主人公は、京都での信長の宿泊先なので、本能寺ホテルのようなものだというと、ホテルという言葉を信長は知らないようだ。
 そして信長と仲良くなり、信長は身分を隠して主人公と京の都の賑やかなところを散歩する。信長はこういう異国の人が好きというより、興味を示す人だったはず。
 主人公は本能寺の変を知っているわけなので、それを教えることになるのだが、そうすれば信長は逃げるだろう。だから歴史が変わってしまう。
 婚約者がおり、しかもその父親は大きな料理屋の主人。これが近藤正臣?。ところが、この婚約者の父親は料理屋を閉めるという。本当にやりたかったのは大衆食堂だったと。ここでも「やりたいこと」が入る。そして主人公にはないが、明日それができるかも、と謎めいたことをいう。明日とは、このお父さんの金婚式のパーティーの日でもあり、婚約者が婚約指輪を、主人公に渡す日であり、そして本能寺の変、当日。
 未来から来た主人公のいうことを信長はそれなりに信じる。地球が丸いことをこの前知ったとか、また信長の知らないものが世の中には色々あることを知っているだけに、未来から人が来ても不思議ではないと思ったらしい。
 信長が本能寺で果てなくても、何かの都合で、さっと死ぬかもしれない。もし明日死ねばどうなるかと蘭丸に聞く。
 蘭丸は柴田勝家が信忠の後見人になるだろうという。長男信忠も京で死ぬのだが、そこまでは蘭丸は分からない。そしてそれで上手く行くかどうか分からないらしく、丹羽や滝川などが別の息子を担ぐかもしれないと。蘭丸から見ると、秀吉は論外だったようだ。
 本能寺は明け方の話、その夜、信長は手紙を書く。蘭丸はそれを届けさせるわけだが、北陸の柴田ではなく、中国筋にいる秀吉にだった。
 本能寺ホテルの支配人風間杜夫はそのことに関して、命よりも大事なやりたいことが信長にあったのではと、語らす。それは天下統一の後継者は勝家ではなく、秀吉。だから変が起こる前にその一報、しかも信長直筆の手紙が秀吉に届く。中国大返しの速さは、それではないかというのが、この映画の映画的話で、何となく辻褄が合うように思えるのは主人公の心情や、盛り上げ方の伏線が丁寧なためだ。
 そして主人公は「やりたいこと」が見付かったのだろうか。ここまで盛り上げておきながら、見付からなかったでは話しにならないが。
 本能寺の変後、主人公は本能寺ホテルから旅立つ。その本能寺ホテルそのものが怪しげな存在なのだが、信長と過ごした時間、主人公は何かを得たようだ。そして現代の京都市外が出てくるのだが、そこを歩いている人は昔の人だったりする。まるで時代祭だ。そういう切り替えが何度もあり、そのシーンが結構絵になる。そして鴨川では横に信長が座っていたりする。
 光秀の謀反、それを知っていた信長は何をしたか、そして主人公の「やりたいこと」とはなんだったのか。その答えは非常に映画的二重構造の中に出る。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

寝過ごし

■■ 2017年9月29日(金) 午前9時13分
 
 今朝はよく晴れている。そして予報通りガクンと気温は下がり目。夜は20度を切っているが、この寒さはこの前にもあったので、それまでが暖かすぎたのだろう。
 低気圧が北上し、それが去ったあたりで北から冷たい空気が入ってきたのだろう。北風だ。これが冬の風だろう。大阪方面では日本海側からの寒気となる。まだそこまで冷たくないが、徐々にそれが来るのだろう。
 秋が深まるというのは冬が来ていると言うこと。これは毎年あることなので、特に変わった現象ではない。この前まで暑かったのに、急に寒くなってきた、これはどうなるのだろうと、心配する人はいないだろう。今年生まれた猫や犬はどう思っているのかは分からないが。今年生まれた人間の赤ちゃんは、そんなことは考えないだろう。寒くなれば震える程度で、これは一体何か、などと深く考えない。
 理解していると知っているとでは違うが、理解している人でも、本当に理解できているのかというとそうでもなさそうだ。分かっていたことが実は違うこともある。知っている程度なら無難かもしれない。何となく知っている程度で、それ以上のものではないので。そういうものが世の中にある程度の知識。これは知っているものと実際とは違うかもしれないが、知らないよりは多少は便利かもしれない。
 知っているものが間違いであったとしても、最初から知らない状態だと、何が間違いだったのかも分からない。定説を知らないと、その逆転も楽しめなかったりする。
 今朝は遅く起きてきた。いつもより早い目に目が覚め、そのまま起きれば余裕の朝になるはずだったのだが、逆に一時間以上遅く起きてしまい、余裕の貯金どころから、借金ができたようなものだ。ほんの一寸したことで逆転する。まだもう少し寝ていても大丈夫、というのがいけない。
 今朝は一応ペラッとしたパーカーを羽織ってきたが、それほど寒くはなかった。早朝の寒さはもう終わっていたためかもしれない。
 季候もよくなり、自転車で遠出もしやすくなるのだが、不思議とそのタイミングがない。行けそうな日は曇っていたり、雨。また用事があったりする。
 遠くまで行かなくても、近所の散歩も最近はしていない。夏場は移動するだけで精一杯で、暑い中ウロウロする気がしなかった。
 夏場と違い日が落ちるのが早くなっているので、戻り道が暗くなりそうだ。
 近所もあまりウロウロしていなかったので、そこからがスタートだろう。それほど遠くまで足を伸ばさなくても、中距離程度の場所で、長く行っていないところが増えている。
 しかし、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩が効いている。僅かな時間だが、このショート散歩は毎日できるが、今朝のように遅く起きてきたときはその限りではない。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

雨の日のデジカメ

■■ 2017年9月28日(木) 午前8時38分
 
 今朝は雨。強くはないが、長く降ってそうだ。気温はまずまずで、それほど寒くはなく、暑くもないが、暖かい目の雨だろうか。
 こういう日は喫茶店の冷房が厳しいのだが、今朝は冷房を切っているのか、いい感じだ。この季節冷暖房はいらない。しかし、窓のない店もある。壁が硝子になっているだけで、窓ではないので、開けられない。壁でもいいのだが、それでは暗い感じがするので、硝子板にしたのだろう。これは開かなかったりする。そのためエアコンがいるのだろう。
 昨日も雨だったので、雨が二日続くことになる。秋の長雨というのは聞いたことがあるが、これは台風ではない。普通に降る雨で、降っている期間が長いこともあるのだろう。秋晴れがある。そして秋の長雨もあるので、どっちだろうと思ったりする。晴れが続くのは夏かもしれない。夕立はあるものの、暑いとき雨が欲しいのに、滅多に降らなかったことがある。待っているものはなかなか来ないが、待っていないものは多く来る。
 先日ユニクロで見た防水性のあるパーカーが、今日のような雨の日に欲しいものだ。ペラペラなので、冬服には見えないし、デザインもあっさりとしている。小雨程度なら、ウィンドブレーカーで充分だろう。それほど長い間自転車に乗っているわけではないので。まあ、雨の日はコンビニの500円のレインコートを引っかければそれでいいのかもしれない。上下組は倍の値段がしているが、着ると蒸し暑い。蒸れる。この蒸れを何とかしたタイプなので、ユニクロのは高いのだろう。まあ、ゴミ袋でも雨は防げる。これなら十円ぐらいかもしれない。
 ガタンと気温が五度ほど下がり、寒くなると、何処かで聞いたのだが、当たらなかったようだ。しかし、あることだ。
 昨夜の気温は22度ほどあり、少し高い目。それが17度になることは考えられる。平年並の気温は忘れたが、20度前後だろう。昼間は30度近くある。これが28度だとしても五度落ちだと23度。昼間23度というのは今秋に入ってからあったような気がする。一日ぐらいで、長くは続かない。まだその時期ではないため。
 昼間23度は夜中の暖かい目の気温なので、それほど寒くはない。より過ごしやすいかもしれない。まだまだ昼間の気温は夏を引っ張っているのか、暑いときがある。
 雨の日はポケットに入るデジカメでないと取り出すのが面倒になる。そんな日は写すようなものはないし、また傘を差した状態で自転車の上から写すので、カメラは軽く小さい方がいい。それ以前に写すものなどないが、濡れた路面とかはいつもとは違う。花なども雨で濡れ、みずみずしい。
 それで今朝はソニーのコンパクトな旅カメラをポケットに入れる。小さいのでズボンのポケットでも余裕で入る。これで700ミリ超えの望遠が効くのだから、凄い話だ。しかも液晶が回転する。この回転が柔らかいので、液晶を持ち上げやすい。街中では手かざしよりも目立たない。液晶回転式は小さなカメラの方が有効で、大きく重いカメラになると、取り回しが悪くなる。
 ただ、このカメラ、小さいため、両手でしっかり構えないと、シャッターを切るときブレる。卵を抱くように持つのがいい。グリップも何もないので、片手で撮影は難しい。液晶を回転させ、ウェストレベルで写すときは親指シャッターになるため、非常に安定する。
 受光素子が小さく、レンズも暗いので、ピントも深いので、あまり神経を使わず写せる。何処にピントを持ってきても、あまり変わらない。ただ700ミリ超えの望遠のときは、流石にピントは浅い。それと至近距離での接写だ。この接写も、花の一部にしかピントが来ないほどではないので、花びら全体にピントが来るので、絞らなくてもいい。逆にボケ味を楽しむとか、背景をぼかして際立たせるということは苦手とする。しかし、全体にピントが合っているように見えるので、鮮明に写っているように見える。
 今朝は雨で何ともならないので、喫茶店からの戻り道大回り散歩もできない。これをすると、帰る時間に影響するので、遅く起きたときは省略している。
 九月もそろそろ終わりだ。九月は30日までで、31日がない。西向く侍で覚えている。2469だ11月が侍になる。侍は武士の士と書けば、士が十一となるためだろう。
 31日ある月の呼び方は知らない。これは数字で覚えていたこともあったが、記憶に残りにくい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

のり弁

■■ 2017年9月27日(水) 午前8時21分
 
 今朝は晴れているが、たまに日差しが途切れる。上空にうろこ雲がかかっているようで、これは一枚物の雲として見た場合、破れているようなもの。その破れ目から日が来ていたりする。雲が動けば、照ったり曇ったりする。また太陽が全部見えないで、一部分だけ見える。これは肉眼で見るのはつらいが。
 太陽がレンズだとすれば、絞り羽根で加減される感じだろう。太陽の光が全部届かないので、影も弱くなり、当然明るさも減る。それでも陽射しが出ていることに変わりはない。曇っているとはいえない。影ができるのだから。
 今朝の気温は高い目かもしれない。夜中の気温も20度を切っていない。夕方は涼しいが、少し暑いこともあった。扇風機はまだ必要だろう。少しだけ風を受ける程度で、すぐに切るが。
 9月10月11月が秋だとすると、もうすぐ10月なので、秋の中頃に差し掛かることになる。9月は夏が残っているが、10月だと夏が抜け、秋らしくなるだろう。11月に入ると、冬が入り込む。だから10月が一番秋らしいかもしれない。秋の中頃、ど真ん中だ。
 それらは徐々に来るのではなく、行きつ戻りつで、ある日ガタンと寒くなったり、暖かくなることもある。決して滑らかなカーブを描いているわけではない。
 寝起きに行く喫茶店までの服装は、今日はパーカー類はなしだが、行くとき羽織り、戻るとき脱ぐパターンが多い。今朝は最初から脱いでいると言うより、最初から着ていない。少し暖かいためだ。
 朝、羽織り、戻りも脱がなければ、それだけ季節が移り変わっていくことが分かる。もの凄く具体的だ。それを決めるのは本人で、暑く感じたり、寒く感じるので、具体的になる。本人の感度はもの凄く大きいのだが、人はどんな服装かと見ることも多い。少しひんやりとする程度ではダウンジャケットは着ないだろう。着られない。その反対もある。暑く感じ、Tシャツ一枚で十分だと思っていても、誰もそんな薄着などしていなければ、人目がブレーキになったりする。
 この人目、世間の目、というのはただの目で、それは他人の目と言うより、自分自身の中にある世間の目だろう。ある共通する何かだ。
 昨日はご飯が切れ、適当なものを買って食べる日になっていたが、これは夕食に限られる。
 それで、久しぶりに弁当屋でのり弁を買う。これは夕食前の時間帯に行くと並ぶ必要がある。すぐには持ち帰れない。待たされる。コンピ二が近くにあり、そちらで買えば早いのだが、ご飯が違う。弁当屋のご飯を美味しい。貼り紙に新米入荷となっていた。このご飯が美味しい。違いがあるとすれば、それだけかもしれない。スーパーのご飯はばらつきがあり、店により違う。美味しいご飯の弁当のあるスーパーもある。美味しくないのは硬くてパサパサのご飯。粘りがない。時間も経過しているので、そんなものかもしれない。
 さて、久しぶりののり弁だが、食べたあと眠くなってきた。胸焼けのように。のり弁は白身魚のフライがメイン。この白身魚は何かは分からない。おそらくタラだろう。まあ、フライものを食べると、胸焼けしやすいので、ものが悪いわけではない。
 こういうとき、野菜の煮物などが残っていればいいのだが、それだけでは頼りないので、メインが欲しいところ。
 加工品ではなく、焼き魚などがいいのだろう。しかし魚は肉よりあっさりしているようで、結構油っこいのもある。この季節は秋刀魚だろうが、油っこいので食べる。
 秋刀魚や鯖は缶詰で安く手に入るのだが、味が全部同じになる。つけ汁のせいだろう。だからまずい魚でも同じ美味しさがあるので、いいのかもしれない。そのものに味が付いていないものもある。かすかに味はあるが、そのまま食べる人は少ないだろう。たとえば豆腐だ。
 そして醤油の発明が大きいらしい。これで水臭いものでも食べやすくなったためだ。味噌もそうだ。どちらも大豆だ。
 この季節、味覚の秋とも言う。夏場よりも食欲が戻るためだろうか。そして常温で食べることができる気温。熱いものでも汗をかかないで食べることができるが、まあ、汗は冬でも出る。熱いものを食べているときは。しかし、鍋物が食べやすくなる。温かい汁物を欲しがる季節でもある。夏や冬に比べ、食べ物の種類が多くなる。熱くて避けていたもの、寒くて避けていたものが加わる。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

しろ菜

■■ 2017年9月26日(火) 午前9時01分
 
 今朝も晴れている。最近晴れが続いている。気温は少し高い目か、昨日の昼間は30度ほどあった。これは夏だ。朝夕は流石に涼しいが、昼間は暑いときがある。
 朝の喫茶店までは上にパーカー類を羽織っているが、戻り道は脱ぐ。今朝は寝過ごしたので、遅い目のため、日は昇りきっているので、パーカー類は羽織らなかった。起きたとき、妙に暑苦しかった。いつもなら、少し肌寒く感じるのだが。これは体調にもよるのだろう。今朝の寝起きはいい機嫌ではなかった。機嫌良く起きてこれる日と、そうでない日がある。気候も変われば気分も変わり、体調も変わる。
 日々、変化していくのだが、気付かないことも多い。一日では分からないためだろう。
 遅く起きてきたので、小学校の登校風景もなく、その後の幼稚園の登園もない。しかし、どちらも同じ場所だ。同じ小学校内にある。ただ、幼稚園の方は専門の門を持っている。
 今朝はもう授業が始まっているのか、音楽が聞こえてくる。運動場で何かしている。運動会の練習だろうか。それならクラス単位の授業ではなく、学年単位だろう。小さい子がいない。
 今朝は暑いのか、喫茶店の冷房が入っている。冷房なしの日も最近あるので、今朝はやはり暑いのだろう。そうなると、その冷房で寒くなるのだが。そして喫茶店の滞在時間が短くなる。夏場はそんな感じで、長く座ってられない。快適にするはずのエアコンが逆に向かっているので、不思議だ。こういう現象は結構多い。上手くマッチすれば快適なのだが。
 快適を目指すあまり不適になる。ふさわしくないどころか反対側へ行ってしまう。
 
 昨日はしろ菜の値が落ちていたので、それを買い、煮る。安いと思っていたら半分だった。半分でも結構量が多い。野菜は百円台中程以上になると買わない。別の似たような野菜にするが、それでもないときがある。
 それと練り物も入れる。天麩羅だ。海老と玉葱が入っているはずなのだが、その姿は確認できなかった。玉葱らしいものはあったが、海老などまったく感知できず。値段を見れば分かりそうなものだが。まあ、海老もすったのだろう。潰して入れたのだろう。この天麩羅、本当は魚のすり身のはずだが、中身の殆どは小麦だろう。値段を見れば、これも分かりそうなものだ。
 しろ菜には油揚げが似合う。少し油っぽいものが入っていると、美味しくなる。このしろ菜、一時間近く煮込むことで、ポテポテになり、いい出汁が出る。野菜出汁だ。調味料がいらないほど。
 子供の頃からこのしろ菜はよく食べた。近所の畑にいくらでもあったのだろう。しろ菜はしろ菜だけを煮るのがいい。そんな規則はないが、家ではいつもそうだった。油揚げが入る程度。それと煎り雑魚も入っていた。卵を入れることもある。
 これはしろ菜でないと、そのポテポテの軟らかさは出ない。しろ菜は、菜っ葉だ。ある季節だけは安いが、それを過ぎると、高い野菜となる。
 スーパーにあるしろ菜は、遠いところから来たもの。ぐんと安くなるのは、その近くの畑からきたときだ。それは滅多にない。
 肉やフライものではなく、こういうあっさりとしたもの食べるのがいいのだろう。煮ないといけないので、面倒だが。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 10:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

服とカメラ

■■ 2017年9月25日(月) 午前8時10分
 
 今朝は晴れている。夏の頃から比べると、過ごしやすくなった。少し寒さが入っているが、これは仕方がない。朝夕はひんやりするが、昼間は丁度いい感じで、暑くも寒くもないが、まだ少し暑い側にいるようだ。昼間、陽射しがあるときは長袖のカッターシャツだけでいい。上に羽織る必要はまだないが、そのままだと夕方ひんやりするが。
 上に羽織る軽いものを探しているわけではないが、昨日偶然ユニクロへ寄ったとき、いいのがあった。
 ユニクロのハイテクもので、少し奥の方にそれがある。真冬だとウルトラライトダウンジャケットがある場所で、その変形も多い。襟がないタイプや、チョッキのようなタイプとか。まあ、救命具を付けているようなものだが、その特徴は軽いことだろう。そしてポケットにねじ込めるほど萎む。
 昨日はそれではなく、ウインドブレーカー。秋の初め頃は有効だが、終わり頃はそんなものでは寒く感じるタイプ。しかし梅雨時も着られそうだ。
 防水性のある合羽の上だけのようなもので、レインコートに近い。薄いが水を弾き、蒸れないことがが、コンビニのレインコートとの違いだろうが、500円ではなく6000円。まあ、普通の上着として着られるので、その違いだろう。
 真冬のジャンパー系は水を弾くタイプが殆ど。ツルッとしていれば弾くだろう。完璧でなくても、分厚いので、問題はない。
 風よけだけはあるが、雨よけ付きはあまりない。特にペラッとしたものは少ない。合羽の上だけのはあるが、ゴワゴワしていて滑らかさがない。
 しかし、このユニクロウィンドブレーカー風なもの、アンコが入っていないので、賞味期限が短いが、今なら朝夕着れそうだ。防寒性が何処まであるのかは分からないが、風が入ってこないだけでもいけそうな感じだ。分厚く暖かそうでも、風がスカスカ入ってくるのに比べれば。
 昔なら、薄い目のマウンテンパーカーがそれに相当していたかもしれないが、防水性がなかったりする。そのわりには蒸れたりする。
 昨日見たのは、蒸れ対策もあるようで、中に籠もらないようだ。しかし、籠もるから暖かいのではないか。しかし、普通の合羽だといやというほど蒸れて、雨で濡れないで汗で濡れたりする。
 ペラッとした一枚物だが、それなりにしなやかで、いい感じだった。喫茶店の冷房の風よけには丁度だが、暖房が入る頃なので、意味はないが。それに夏場、流石にレインコートのようなものを着てウロウロできないし、暑苦しくて着ないだろう。
 秋の終わり頃までの品だが、中に着込めば何とかなるかもしれないが、欲しいのは防水性で薄いタイプ。つまりレインコートだったりするが、デザインが大袈裟になりすぎる。
 昨日はそのついでで上新にも寄り、デジカメを見る。パナソニックとキャノンの旅カメラの値段が同じになっていた。ズーム比が高いのはキヤノン。パナソニックはファインダーが付くので、これで互角になるのだろうか。キヤノンの方が丸っこくて小さく軽い。900ミリ超えの超望遠を付けているとは思えない。パナソニックはズーム比は昔のままで700ミリ超え。実際には望遠のこのあたりは似たようなもので、望遠端が少しでも明るい方がいいだろう。それと最短撮影距離が短い方が。
 キヤノンは色々とスペックを数値で分かるように変えてきているが、パナソニックは数世代前とほぼ同じ。ただエンジン部は違うので、これが最新のビーナスエンジンだろう。
 展示品をよく触っているのだが、誰が設定したのか、フルオートでもAFでピントが合ったとき、縁取りしてくれる。AFの合焦フレームで位置を示すだけではなく、被写体を縁取りする。実際には色目の違いで囲んでいるのだが、これは何処にピントが来ているのかが分かりやすい。これはマニュアルフォーカスのときに使えたようだが、フルオートでもそのオプションがあったのだろうか。キヤノンはピントが合った部分を拡大する。しかし、拡大してもピントはよく分からない。合っているところと、合っていないところがあってこそ分かる。
 ファインダーや液晶モニターは一眼レフのようなものなので、目で確認できる。ボケているか、ボケていないかを目で直接見ることができる。だから、一眼レフカメラの良さがあり、距離計連動式の二重像合致式よりも有利だったのだが、このピントのエッジ付けは二重像合致式のカメラに近い。ぼけ具合を見るのではなく、距離を見る感じだ。
 特にパナソニックの旅カメラのファインダーは小さい。望遠側にすればピントの合い具合は分かるが、広角へ行くほど全部合っているように見える。これは受光素子が小さいのでピントの幅が広いため、合いやすいのだ。二重像合致式は広角でもピタリと合わせることができる。ただのマーキングのようなものなので。
 だから、この小さなファインダーのパナソニックは、一眼レフ式のファインダーというよりは、構図を見る程度のもの。それが被写体を囲む機能が付くことで、レンジファインダー式のファイダーに近くなる。レンズはライカだし、少し分厚くなったボディーの流線型もライカそのもの。
 パナソニックの旅カメラはずっと買い続けているが、今、持っているのは三世代前。当時新製品が出ていたのだが、それよりも古いタイプにした。画素数を抑えたタイプで、評判がよかったのだが、それほどのものではなかった。
 今回はボディーそのものの大きさを変えてきて大きく重くなっているが、持ったときの感触は官能的。カード型のペラッとしたタイプに比べ、手に馴染む。液晶回転式になっただけでは、こんなに大きくならないはずだ。キヤノンはそのままに近い。
 この液晶が薄くて軽い。クニャクニャしているが、指で軽く上げることができる。壊れそうなほど薄い。しかし、指に力を加えなくても上がるので、これは使いやすいだろう。
 先日買った1インチタイプのネオ一眼との組み合わせだと、丁度いいかもしれない。小型カメラ的写し方があり、さっさと写したいときは、こういう旅カメラの方が重宝する。ただ、ファインダーがある方がいい。昼間、見えないことが多いためだ。
 ただ、写りは抜きんでていいというわけではなく、被写体に頼ることが多い。
 

posted by 川崎ゆきお at 10:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

ソニーデジカメ

■■ 2017年9月24日(日) 午前8時25分
 
 今朝は晴れている。すっかり秋になってきたのか、日差しがあっても暑くならない。空気が違ってきたのかどうかは分からない。この空気、湿気ているときと乾燥しているときの違いではないかと思える。風は年中吹いているが、風向きが季節によって違うのかもしれない。この風で空気が違うように感じるのだろうか。季節風というのがある。
 空気の変化ではなく、風向き変わってきたという方が多いが、このときの風は気候の風ではない。風の力で走る船に乗っている人なら、そのまま使っているだろうが。また、追い風では正式な記録として認められないという微妙な走りのスポーツもある。
 空気が入れ替わるというのも、実際の空気ではなく、言うことがある。具体性が見えにくいが。
 同じ人しか来ない個人喫茶は風通しが悪いだろう。初めての顔の人がドアを開けると、全員驚いたりする。
 個人喫茶ではないファスト系の喫茶店でも、常連客が多い店もある。ファスト系の店は人通りがそれなりにある場所にある。はやらなくなると、すぐに消えてしまうが。
 当然個人喫茶は値段が高い。それだけの理由で行かなくなったりする。
 
 今朝のお供のカメラはソニーの世界最小最軽量の旅カメラ。超望遠入りでも軽く小さいのだが、百グラム台の安いコンパクト系もあるので、それよりは重い。
 このカメラは今年の誕生日に買っている。ほとんどの撮影はこれで用を足してしまえる。
 重い目のノートパソコンを鞄に入れていると、そこに重い目のカメラを一緒に入れると、鞄が重い。それで、今朝はカメラを抜いて、小さい目のカメラにし、ポケットに入れる。
 ソニーから百グラム台の単焦点デジカメが出るようなので、少し気になる。24ミリ固定。レンズの明るさまでは見ていないが、広角だとものすごく明るくなくても、何とかなる。どちらかというと、動画カメラ風なのだが、防水性がある。防水性のあるカメラはシャッターボタンが堅いことがある。だから片手でさっと写しにくい。カメラが小さい上、堅いとぶれやすい。押すとき力むためだ。意外とラフに扱えなかったりする。
 このソニーの24ミリ単焦点カメラ、今はもう消えたカードタイプの復活かもしれない。防水性があった。半カプセルで、レンズがついている上だけ戸板があり、それを開くと電源が入るのだが、滑って戸が開かなかったり、力を入れすぎて、建て付けが悪くなったりした。最後にこのタイプを買ったのは、屋台。鉄道忘れ物市で数千円であった。
 新製品はレンズが飛び出さないフラットタイプで、戸板やバリアはないようだ。レンズは保護ガラスで水が入らないようにしているのだろう。戸板ではなく、レンズにつけた窓ガラスのようなもの。
 このカメラ、正方形に近い。小さめのカメラはズームするのが面倒なことが多いので、ズームを使わない人なら、単焦点でもいいのかもしれない。それに大したズーム比がなければ、あまり役に立たない。
 しかし、このカメラ、1インチサイズ。だからそれなりにぼけたりする。24ミリでも近距離にピントを持ってくると、それなりにぼける。
 落としても踏んでも大丈夫なカメラのようだが、そのため、液晶は回転しない。ここが残念なところ。
 こういうカメラは中古で値段が落ちてからなら買ってもいい。中古屋で見つけたときに。だからわざわざ買いに行くようなものではない。広角だけの単焦点では、用をなさないことが多いので。
 ソニーのコンパクト系は明るくすっきりとよく写る。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

コンビニ丼

■■ 2017年9月23日(土) 午前8時14分
 
 今朝は曇っている。秋分の日らしいが、土曜なので、学校などは休みなので、いつもの土曜に近いが、学校の近くの家の門に日の丸が出ていた。この家はありがたい。祭日や祝日であることを知らせてくれるいい目印なので。
 平日なのに登校風景がないときは、この日の丸を見れば納得できたりする。しかし気に入らない祝日や祭日は日の丸を出さなかったりするかもしれないが。または忘れたり。また、朝が早すぎると、まだだろう。
 秋分の日、これは太陽と関係する。日と。だから日の丸が似合っている。
 空に丸い大きな物が二つある。太陽と月だ。これは当たり前のようにしてあるので、そういうものだと思っているが、決まった場所に出ているようでも、見えたり見えなかったりする。
 春分の日、お彼岸だ。ここからが本格的な秋。というより冬に向かっているだけのことかもしれないが。
 昨日は昼から雨で何ともならなかった。今朝も曇っているので、雨かもしれない。出かけるにはいい日和ではない。秋晴れというのがあるが、秋は晴れが多いのかどうかは分からない。ただ空が澄んでいたりする。雲が高いところにあるので、天高く、となる。しかし真冬の晴れた日の空も澄んでいる。夏は雲が多いので、青空の印象は少ない。雲の印象が多い。
 秋の散歩日和というのはかなり珍しかったりする。これは自転車散歩に出る日を狙ったものだが、そういう日が意外と少ない。そして、あまり遠出したくないような日に限って晴れていたりする。
 今朝もひんやりとするので、ペラペラでつるつるのジャンパーを羽織って朝の喫茶店へ向かう。これで防水性があればいいのだが、それはない。傘を差せばすむ話なので、ウインドブレーカーでいい。風がなくても、着ているだけで防寒性があるが、まだ寒いというほどでもないので、薄いのがいい。これがあるとないのとでは結構違う。それにジャンパーなので、ポケットが脇にあり、これが便利だ。コンパクト系のカメラなら入る。ただ生地が薄いので、カメラの角が当たって痛かったりする。ズボンのポケットの方が安定している。
 この薄いウインドブレーカー、定番のフードはついていない。その代わり襟が立つ。この襟がいい。裏に網が重なっている。蒸れないようにするためだろ。くっつかないように。寒いときは、この網が温かく感じたりしそうだが。蚊帳を着ているようなものだ。
 秋物のちょっとした上着が欲しいのだが、着る期間が短い。寒くなり出すと役立たずになる。しかし、デザイン的には春秋ものが好ましかったりする。真冬の上着は高いこともある。
 昨日はご飯が切れたので、コンビニで久しぶりに中華丼、八宝菜丼を買う。しかし八宝菜とはなっていない。ものが変わったのだろうか。その横にスタミナ云々と似たようなものがある。
 いつもの八宝菜丼だと思い、食べていたのだが、豚肉が堅い。よく見ると焼き豚。そしてエビとウズラの卵がない。そしてやけにタケノコが多い。ここはシナチクだろう。ということは、八宝菜丼が消えたのかもしれない。コンビニの弁当類は結構入れ替わり、変化が多い。いつも好きだったかき揚げうどんがない。かき揚げそばはあるが、アルミ鍋に入って煮込むタイプのかき揚げうどんがおいしかったのだ。そしてアルミ鍋物が消えていたりする。温めれば汁が出てくるようなタイプで、放置すれば、戻ってしまうタイプ。やはり水を入れて煮た方がいい。濃縮出汁でもいいから。
 まあ煮るタイプのうどん類より、その場で温めれば食べられるタイプの方がいいのだろう。持ち帰らなくても、その場で食べられる。車などで来ている人は、駐車場で食べていたりする。
 新しくできた店では、食べるコーナーがある。コーヒーを飲むだけでもいい。コンビニ前で立って食べるよりはいいだろう。
 しかし、コンビニの弁当類。常食には合わない。たまたま作るのが面倒で、とりあえず何か食べるとき用だろうか。それと、値段が結構高い。スーパーの天ぷらうどんなら百円だ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

暑さ寒さも彼岸まで

■■ 2017年9月22日(金) 午前8時15分
 
 今朝は曇っている。少しひんやりとするのか、上に羽織っている人が増えた。冬服のような上着を着て登校する小学生がいた。これは目立つ。多いのは軽いタイプで、カーデガンのようなもの。ニット系のパーカーとか。
 高校の登校風景では、カーデガンを羽織っている子が多くなっている。
 若い高校生がカーデガン。だから本当にひんやりとした朝。当然同じ高校生でも小学生でも半袖の子も結構いる。
 気温的には夜中からの気温は17度か8度で、急激に落ちたわけではないが、曇っていることの影響があるのだろう。湿気も少しある。これが曲者だ。寒いと思い羽織ると、蒸し暑かったりする。
 今朝の空模様では雨になってもおかしくない日だが、朝だけ曇っている日が結構ある。だから朝、起きて見た空がその日の天気とは限らない。
 何か上に羽織るのは、もう十月が近いので、衣替えの季節に達しているのだ。
 23日あたりがお彼岸のようだが、お盆のように一日ではない。秋分の日前後三日。都合七日ほどだろうか。彼岸の入りというのはよく聞く。お彼岸は七日間ある。秋分の日は確か昼間と夜の時間が同じだったように記憶している。春分の日もそうだ。
 日が一番長い夏頃から、この秋に逆転する。そして最も夜が長い日が冬に来るのだが、12月あたりだろうか。しかしここが真冬ではなく、気温とは関係なく、日が長くなり始める。だから秋の夜長は確かにある。秋の終わり頃、冬の寒さが既に来ている頃だ。
 お彼岸になると、彼岸花が咲く。これはものすごく正確だ。昼と夜の時間が同じと言うことをこの花は知っているのだろうか。しかし春には咲かない。秋だけ。センサー的には分かりやすいかもしれない。気温ではなく、昼夜時間の変化は安定した変化なので。
 地球が傾いて自転しているためだろうか。
 今年の夏はそれほど暑くなかったのではないかと思える。九月いっぱいは夏のように暑い日が続いていた年もあるので、今年は弱々しい。ということは今年の冬は寒いかもしれない。去年の冬、といっても今年の冬だが、冬が年に二回来る。正月で分けるからだ。
 さあ、そろそろ本格的な冬になるぞという正月あたりで切り替わってしまう。だから本当に寒いのは今年、既に体験しているので、次に来る今年の冬と、既に去った今年の冬とがごっちゃになる。
 冬が来たときは、今冬といえるが、今はまだ秋になったばかりなので、それは使えない。では来年の冬と言えばいいのだろうか。しかし、今年の12月は冬だ。来年ではなく、今年来るのだ。
 それで、次の冬だが、寒くなるかもしれない。これは夏や秋の気温が参考になったりする。秋がそれほど深まっていないのに、ひんやりとする日が続けば、寒い秋となり、そして寒い冬になるという単純な感覚だ。夏がそれほど暑くなければ、冬はその延長で、例年より寒いのではないかと。
 さて、「暑さ寒さも彼岸まで」が来ている。だから秋の彼岸は暑さは終わりましたと言うことだろう。よく考えると、ものすごく安定したデータと言うより、太陽からの割り出しなので、しっかりしている。ここから半々を通過し、夜の方が長くなる切り替え点を通過中となるので。
 彼岸までは昼の方が長かったという程度だが、これはものすごく具体性がある。
 季節は日々変わっていくので、季節の変わり目は年中あることになる。しかし、服装を変えないといけないほどの変化は分かりやすい。
 また季節の変わり目、体調を崩しやすいと言うが、一年中変化しているので、年中崩れるチャンスがある。いいチャンスではないが。
 一日の中にも季節がある。朝と昼とではひと季節ほど違っていたりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

天麩羅盛り合わせ

■■ 2017年9月21日(木) 午前8時12分
 
 今朝は晴れている。気温は低い目か、夜中17度までに落ちている。20度を切ると寒く感じるのだが、17度はこの秋一番だろう。寝る前、それを予想してか窓を閉めて寝た。もう窓を閉めて寝る季節で、昼間はまだ暑いので、開けるが、夕方頃閉めることもある。ひんやりとしてくるためだ。
 そのためか、昼間でも外に出ると暑苦しいと言うことはなくなり、出やすくなる。いつも通っていた夏の道ではなく、どの道筋を通っても暑くない。しかし日陰のある夏の道に慣れたのか、その癖が残っており、その道筋ばかり通っているが。
 春先でも暑い日があり、日陰を選ぶこともある。しかし、真夏の炎天下のことを思うと、楽。
 そこを脱し、しばらくすると、この涼しさが当たり前になり、ありがたさが薄れる。日常になってしまうためだろう。
 今朝はいつもの時間に起きたので、いつもよりも早く感じる。最近寝過ごすことが多い。今朝も目を覚ましたとき、もう少し寝てもいい時間帯だったので、また寝たが、すぐに目が覚めた。それを何度か繰り返す。五分間隔だろうか。これなら、寝過ごすことはない。二度寝が五分なら大丈夫。これが五分だと思っていたら一時間だったことがある。最近はそれが多いが、今朝は二度寝五分程度で済んだが、何度もそれをやると、本当に一時間ほど寝てしまうかもしれない。こればかりはコントロールできない。誰にも分からない。
 昨日の夕食を鍋焼きうどんと決めて、よく行く和風ファミレスへ行ったのだが、まだらしい。おそらく十月からだろう。まだ半袖の人がいるのだから。鍋焼きうどんなどは暑苦しくて、食べないだろうが、このファミレス、冷房が強いので、真夏でも食べられる。むしろ冷房で体が冷やされるので、丁度かもしれない。そして冬場暖房が効きすぎて、鍋焼きうどんなど暑苦しくて食べてられなかったりしそうだが。
 それで松茸ご飯と天ぷらの盛り合わせを食べる。それと、しつこいので大根おろしの皿も取る。この大根おろし、二つあり、大と小。小でも結構量が多い。結局一番おいしかったのはおろしただけの大根だった。それなら大根をかじればいいのだが、下ろしてこそ食べられる。生は堅いだろう。
 天ぷら盛り合わせの中に妙なボールが入っていた。玉だ。形からすればカシワだ。しかし白さが違うし、柔らかさが違う。何かの魚だろうか。それが二つ入っていた。エビの天ぷらは小さく、ほとんど食べた感じはしなかったが、この分からない魚の塊は食べ心地があった。レンコンが二つも入っている。ここはなすびとか、別のものがいい。二つは何だろう。レンコンしかなかったのだろうか。この店の天ぷら盛り合わせは行く度に違う。レンコンは堅すぎたので、一つは残した。
 松茸ご飯は確かに松茸が入っている。しかも結構多い。だがものすごく薄い。スライス力だろう。こんなに薄くできるものかと感心するが、歯ごたえのある干し椎茸などは逆に食べにくいことがある。薄くすれば食べやすくなる。この松茸ご飯は200円台。松茸は結構安いのかもしれない。これが春に出る豆ご飯と値段は同じ。牡蠣ご飯もそうだ。そういう何か入ったご飯をこの店にはある。それらのご飯は注文すると、その場でよせてくれる。だからおばさんが電気釜の前に常時いる。味噌汁などもその場で入れて渡してくれる。ここは大衆食堂風ではなく、学食風だ。
 昼間でも自転車散歩に出やすくなっているが、晴れていないと出ないことにしている。背景が青い方がいいためだ。雲の形などもよく分かる。曇っており、真っ白だと、空を入れないように写したりする。しかしフラットな光線の方が建物などにはいい。逆光で日陰になっている建物でも、写しやすい。逆光になっているのは偶然で、太陽に向かって進んでいると、そうなる。横とか後ろの建物ならいい。しかし、前と横は見るが、後ろを見ることはまずない。そのため、初めて通る道などは、前方風景しか見ていないことになる。同じ道を引き返せば後ろも見ることができるが、それは滅多にない。同じ道だと飽きるからだ。ただ、良さそうな枝道がいくつかあった場合、まだ食べるところが残っているはずなので、その限りではない。まあ、近所ではそんな通りはなくなってしまった。何度も通っているためだろう。もう少し寝かせておけば、鮮度が戻るのだが。
 今朝は涼しいので長袖のカッターシャツの上にジャージ風のパーカーを羽織る。これは部屋を出るときに決める。暑くなれば脱げばいい。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

下旬

■■ 2017年9月20日(水) 午前9時14分
 
 今朝は曇っている。気温はまずまずで、この季節のものだろう。昨夜は夜中寒くなると思い、窓を閉めて寝たが、それほど気温は下がらなかったようだ。十度台を予想していたのだが、20度台をキープしていた。もう熱帯夜はないのだが、蒸し暑い夜はあるだろう。
 今朝はいい時間帯に起きたのだが、そのまままた寝てしまったようで、結局遅い時間に起きてきてしまった。夏場と違い、秋になると、もう少し寝ていたいという気持ちが強いのだろう。だから起きることができたのだが、意識的に、起きなかったようだ。
 九月も下旬にさしかかっている。一ヶ月を二等分ではなく、三等分。これはどういう分け方になるのだろう。中旬というのは、中なので、中間。その中間と言うより中程。前半でもなく後半でもない。その期間が十日ある。帯で分けているのだ。15日が真ん中だとすれば、14日はまだ真ん中ではない。16日はもう後半になってしまう。しかし、中旬という分け方だと、その幅の間中のまま。だから中が長い。実際には上旬も下旬も同じ十日間だ。
 本当は前半か後半に属しているのだが、三分割だと長い。上旬も、九日まである。月明けの一日目だけではなく、長い。
 刻一刻と時間が過ぎているのだが、それを長い目に括って分けている。これはいいかもしれない。天気予報では、この上旬、中旬、下旬はよく出てくる。それぐらいの季節だと。たとえば9月と言っても長いので、その中の初めの頃か、中頃か、終わり頃かで指し示す。これがズバリ日まで言う精度はないし、まあ三分割内の気温はそれほど変わらないので、そんなものだろう。本当は違うのだが、平均すれば、十日分程度なら、ほぼ同じだ。
 どちらにしても中旬というのが長いのがいい。そして、これがメインだろうか。一番その月らしい気温と言うことで。上旬だとまだ前の月の影響があり、下旬だと次の月の気温が入り込む感じだ。
 二十歳半ばとは25歳前後のことだろうが、これを三分割すると、24から26が半ばになる。広い目に見れば23から27.しかし、23ではやはり二十歳過ぎだろうし、27では三十前の印象がある。だから二十歳半ばとは24から26と、狭い。この印象は三分割から来ているのかもしれない。24では二十歳前半では老けすぎているし、26で三十前ではまだ早い。点で分けないところがいい。
 それで九月の下旬に入ったのだが、これは月末ではない。明日から十月になる月末でも、まだ下旬なのだ。
 このとき、気にしていないが、月がある。本物の月だ。昔は月が暦だったので、カレンダーのように見ていたはずだが、今はそういう見方はしないが。
 あまり必要ではなければ見なくなるし、また別のジャンルとして、別の見方に変わったりしそうだ。
 これは一人の人の意識が変わるのではなく、全体の意識が変わるのだろう。あまり必要ではなくなってしまったものは、別のものになったりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

彼岸花

■■ 2017年9月19日(火) 午前8時41分
 
 今朝は晴れている。気温も気候も言うことはない。普通ということで、記すようなことはない。部屋にいるときの服装と外に出るときの服装が同じでいい。しかし、今朝の喫茶店は冷房が入っているようなので、少し気温が高いのだろう。
 台風が来ていたときは蒸し暑かったが、それが取れた。湿気が抜けたのか、爽やかだ。これだけで朝の気分がずいぶんと違う。気分は天気で変わったりするのだから、いい加減なものだ。気分には具体性がない。気温には具体性がある。だからそちらの方が強かったりするが、大変な問題が発生しているときなどは、その限りではないのだろう。ただ、ずっと気分が悪かったり、機嫌が悪かったりし続けられるものではない。どこかで休むだろう。ずっと気分が悪い場合、それはどこかが悪いのだ。具体的に。
 ただ、精神を病んでしまうと、これは具体的だ。気持ちの問題ではなく、器官に来ているのだろう。
 昨日は敬老の日で休みだったようだ。連休がどうのと目にしたことがある。耳ではなく目だ。
 朝の伊丹モスのドア前のメッセージボードで目にしたのだろうか。このボードは、板だ。掲示板のようなものだが、店によっては匿名になっている。書いた人が店の名前となっている。別の店ではバイトの誰それとか、パートの誰それとか名前付き。誰がその人なのかは書いた内容で年齢が分かるので、あの人が、あの名前の人なのかと想像するが、店の人の名前までは分からない。
 そろそろ彼岸花が咲き出す頃。いきなりにょきっと出て、いきなり咲いているので、びっくりするが、普段から野草などを見ていると、これが彼岸花の咲く前だと分かる。茎が伸びており、細いつぼみが出ている。茎の枝かと思ったら、そうではなく、この細いのがつぼみなのだ。これがぱっと開く。開いても花びらは線状だ。曼珠沙華ともいうが、その言葉が出てこないので、彼岸花で変換したとき、その意味を見ると、岩波国語辞典では、別名曼珠沙華とは出ないが、広辞苑では出る。しかもイラスト入りで。もう一つ日本国語大辞典という、大きな国語辞典があるのだが、そのファイルは古い方の一太郎の中に入っている。どのファイルなのかが分からないので、今使っているノートには入れていない。おまけだ。
 広辞苑は独立したアプリケーションで入っているので、探しやすい。探す場所はダウンロードしたファイルが入っているパソコンの中だが。
 マンジュシャゲをマンゲシャゲと間違ってタイプしたので、出てこない。これは音で記憶しているためで、漢字で記憶しておればマンゲではなくマンジュとタイプできたかもしれない。
 この彼岸花が咲き出すと、確実に秋のスタート。これを合図に、秋をスタートさせなければいけないが、自分がスタートを切らなくても、季節が勝手に切ってくれる。
 秋を感じさせるのはそれだけではなく、夜中、寝ているとき、トイレに立つ回数が増えた。冷えるのだろう。そのため、夜が長く感じる。一度か二度起きるためだ。目を開けるだけではなく、歩いてトイレまで行く必要があるので。
 この夜中の目覚め、夜中に家の中を歩くだけのことだが、ここは妙な世界だ。これが二階屋で階段を降りないとたどり着けないとなると、大変だろう。最近は小さな家でも部屋数を多くとるため、三階建て、四階建てに近い家もある。トイレは一階だろう。そして普通の家の階段は傾斜がきついはず。ここで転べば一発だ。
 平屋の家でも、昔の家のトイレ、これは厠と呼ばれていた時代だが、座敷から結構遠い。それに寝所はかなり奥まったところにある。トイレは裏庭に面したところにあり、縁側とか廊下の端にある。かなり離しているのだ。母屋の外側にあったりもする。客などが来たとき、トイレを借りるときなど、その方がこの距離感が好ましかったのだろう。冬の夜など寒いだろうが。そして、暗いので、トイレへ行くだけでもローソクとかが必要だったかもしれない。
 ただ、慣れた間取りなので、夜中でも暗闇ということではないはずで、月明かりや星明かりがあるので、無灯でも歩けたかもしれない。意外と室内の方が暗いはず。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

ゲートウェイパソコンの続き

■■ 2017年9月17日(日) 午前8時21分
 
 台風が近づいているのか、風が強い。まだ遠いと思うのだが、九州に上陸したのだろうか。それならすぐにでも大阪方面に来る。上陸してからはスピードが上がるようなので、今朝の風は台風の風だろう。いつもの風ではなく。
 昨日は雨だったが、台風本体の雨ではない。そのため、風は弱め。傘がとられるほどでもない。台風よりもビル風の方が厳しかったりする。そこを通ればいきなり来るので、不意を突かれるためだ。
 昨日の昼間は気温が下がり、明け方の一番低くなる頃より下がっていたのだから、もう寒いほど。それでホームゴタツのスイッチを入れた。真夏でも布を垂らしているので、ホームゴタツとしてすぐに使える。室温が20度を切るとホームゴタツをつけることが多いが、昨日は23度ほどあった。大阪方面のその頃の気温は19度。これは外だ。室内の方が暖かいのだが、それでも昨日は冷えた。雨が降っていたためだろう。水冷だ。
 今朝は昨日ほどには寒くはないが、カッターシャツの代わりに暖かい目のパーカーではなく、カッターシャツの上からパーカーを着た。これで丁度ぐらいだ。パーカーはニット系だが、意外と風を通さない。真冬の冷たい風とは違うためだろう。
 幸い雨は降っていない。こういうときは防水性のあるレインコート系がいいのだが、この時期、まだ大げさだ。その形が冬物に見えるためだろう。
 日曜のためか、寝起き行く朝のモスは客がいない。一番客が来る時間より少しだけ遅い目に来たのだが、誰もいないので自分が一番客。いつも来ているような人は仕事前に入っているのだろう。だからその人たちが来なくなるので、すいているはずだが、逆に日曜とか休みの日に来る人がいる。これもどこかへ遊びに行くまでに入るのだろうか。モスだけを目的に来ている人とは思えないので。つまり朝モスを食べに来る。朝食を取りに来るのだ。だから食堂だ。しかし、それで正しい。ハンバーガー屋なので。お食事処なのだ。喫茶店の朝もそんなものだろう。昼も。だから昼を過ぎた喫茶店などがら空きだ。
 今朝は暖かい服装で来たのだが、皮肉にも冷房をしていない。この冷房防御のために着込んでいるのに。厚着してきた甲斐がない。
 しかし、道行く人の中にTシャツに短パンの人がいる。これは十月に入ってからも見かける。女性で多いのはニット系の長いコートのようなものだ。これはぼろ隠しにいいのかもしれない。薄い目の毛布をまとっているようなものだろう。長いと布の垂れ具合が綺麗に出る。
 問題はこの台風が去った後の気温だ。ぐっと寒くなるか、またはまだ夏を思い出し、結構暑い日が続くかだ。しかし、朝夕の温度は台風が来る前から下がりつつある。それで普通だ。台風で少しペースが狂うかもしれない。
 涼しすぎるほど気温が下がることがあるので、電気ストーブを出してこないといけない。そこに今は扇風機が置いてある。この前までそれをつけっぱなしにして寝ていたし、部屋にいるときはずっと回していた。扇風機ではなく、プロペラを。
 結局夏と冬しかないような感じになる。そう言うのを見ていると。掛け布団もそうだ。
 間物というのがある。夏と冬の間に着るものだ。だから秋春物のことだが、これをアイといい。季節名をいわない。春と夏と二つ言わなくても、一言ですむ。ただし着るものに限られるだろう。また、夏でも冬でも着られるようなものもある。
 
 先日買ったゲートウェイの3万円台の11インチノートパソコンのキーボードにも慣れてきて、昔から使っているほどになる。最初から手に馴染んだキーボードだったのかもしれない。同じ11インチでもなかなか慣れないのがある。違和感が常にあり、キーを意識してしまう。キーボードを意識しないキーボードが一番いい。鍵盤のようなものだ。弾きやすいと言葉も弾むし、文章も変わってしまったりする。楽器なのだ。タイピングは言葉を叩き出すためだろう。
 その他の特徴として、非反射液晶がいい。本当に反射しない。映り込みがない。これは見事なものだ。光沢タイプは場所により、モニターの角度を変えないと、電球とか、窓とかで画面がうるさくなる。それが全くない。地味だが、こう言うのはすごい。また、ブルーライトカットがされているらしいが、これも見た目には分からない。ノートパソコンは部屋のデスクトップパソコンに比べ、モニターと目の位置が近くなる。
 薄いが文字の大きなマニュアルが入っていた。結構大きなマニュアルだが、薄い。これはパソコンの使い方などが一応書かれている。全く初めてパソコンを使う人向けに。ここは親切だ。
 そのマニュアルにハードの説明図解の中に妙な穴がある。底だ。底にはスピーカーが仕込まれているのだが、中央部あたりに穴がある。バッテリーリセットとかの穴だ。交換できるのだろうか。しかし蓋がない。これは電源ボタンを押しても何ともならないとき、一時的にバッテリー接続を切るためのものだろうか。
 それよりも、二つの穴がある。小さなものだ。排水穴。排気口ではない。表のキーボードに水をこぼしたとき、裏側の、この穴からその水を出すというものだ。防水性があるといっても、キーボードには隙間がある。そこに入り込んだ水が内部に入り込まないように逃がし道を作っているのだ。これも地味だが、値段の割には他機にはない良さがある。あまりお金がかからない箇所での使いやすい工夫がなされている。
 中身はエイサーとはいえ、その設計や工夫はゲートウェイのものだろう。ほとんど上新電機のショップもの近いが、安くてもこれだけのものができるということだろう。
 今、部屋で使っているデスクトップ機も実はゲートウェイ。その繋がりで買った節もある。二年ほどになるが、調子がいい。DVDドライブの動きが妙になっている程度。ほとんど使っていないためだろう。
 そのシリーズの最新機が上新でも飾ってある。一台だけ残ったデスクトップ機だ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

ゲートウェイの続き

■■ 2017/09/16 8:45
 
 今朝は小雨。台風の影響にしてはまだ遠い。しかしこのところ風が強いので、これは台風からではと考えてしまう。台風が来ていることを知らなければ、風と台風を関連付けない。風が吹いているのはいつものことで、少し強い目でも何とも思わないだろう。ただ向かい風だと自転車のペダルが重いが、おつりとして帰りは楽だ。
 台風の風なら息をしている。一本調子ではなく、呼吸でもしているように吹く。これは圏内に入ったときだろう。
 今朝は小雨だが、傘を差すほどでもないが、最近朝夕は涼しいし、また風があるので、上に一枚ぺらっとしたものを羽織る必要がある。昨夜の徒歩散歩ではあまりにも涼しいので、ペラものを羽織った。これはゴルフのマークがついており、そういう場所で羽織るものだろうか。Mサイズの割には大きくコートのようになる。これは防水性がないが、風は防げる。ゴルフのときに着るのだから、運動しているときのものだから、それなりに軽快だが、薄い。
 これは昔、イズミヤのバーゲンで買っている。半額の半額になっていた。思っているよりも高級品だが、イズミヤでの高級品なので、たかがしれているが。しかし、こういう単純な服が意外と長持ちするというか、丈夫というのではなく、よく着ることになる。癖のないシンプルなものの方が着やすいのだろう。これは身体ではなく、気持ちの問題もある。
 朝のモスの客の服装を見ていると、ニット系の長袖の人がいる。長袖のTシャツのようなものだが、半袖の季節が遠のいた感じだ。もう一人は柔らかそうなパーカー。このパーカーはジャージ系で、スタンダードなもの。ものすごくよく見かける。普通のTシャツより分厚く、フードと前ポケットがつく。これも定番で、普段着や部屋着、出かけるときでも気楽に着られる。綿で、裏地はタオル地だったりするので、バスタオルを着ているようなもの。そのため、洗濯のとき、水をかなり含むのか、ものすごく重くなるし、また乾きが遅い。このパーカーのようなもの、バリエーションが豊かで、思っていた着心地ではなかったりする。それだけ変形も多い。いやにスリムで細いとか、伸びないとか。ファスナーを上げても首が隠れないとか。当然生地的に寝間着にもなる。着る範囲が広い。
 今朝は小雨で肌寒いためか、喫茶店の冷房が緩いというより冷房に入っていないのかもしれない。この季節いらない。こういう日でも冷房が入っていると、ものすごく寒いので、それを警戒していたのだが、寒くないので、よかった。
 夏の疲れはとれたようだが、長距離自転車散歩に出るタイミングがない。晴れていて調子のいいときでないと、行っても楽しくないし、疲労度も高い。しかし、出れば出たで何とかなるもので、それなりの探索ができる。単にうろうろしているだけのことだが、散歩にも文節があり、調子のいいときはうまく綴れる。
 朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩は行ったり行かなかったりだ。小雨だと当然行かないし、一番多いパターンは遅い目に起きてきたとき。寄り道をやめると、時間的にいつもの時間帯に戻せるので。
 しかし、この寄り道散歩も、さらに遠回りをすると戻ってくるのが遅くなり、早く起きたのに、時間が押してしまうことがある。約束の時間とかスケジュールとかはなくても、時間がずれると様子も違う。たとえばいつも道ですれ違うような人は登場しなくなる。その人は登場しているのだが、見ることはできない。見ても何と言うことはないのだが、それが日常風景のようになっている。日々というのは、同じような日の繰り返しかもしれない。本当はそれなりに変化があり、いつものとは少し違うのだが。
 
 先日買った11インチの三万円台のゲートウェイパソコンの続き。
 11インチは思ったより打ちにくくはないが、テーブルが高いとか、椅子が高いとか低いとかで位置が違う。だから打ちにくい喫茶店がある。昼に入る喫茶店だ。いつも行くモスなどはサイズが同じなので、高さも同じ。ここでは打ちやすい。10インチとの違いは、この高さに敏感な程度。モニターサイズが11インチでも、もっと小さなタイプがある。そちらはキーボードの幅も少し狭くなるので、それに比べると、11インチフルサイズのキーボードなので、大きい目と言うことだろうか。これを心配していたのだが、クリック感あり、押しごたえがあるためか、ミスは少ない。ただ、届いているはずのところに指が来ていないこともある。それで広さを感じる。
 今のところ特に特徴は発見できないが、フルサイズの普通の大きさのSDカードが使えることがうれしい。最近のノートパソコンは軽く小さく作るためか、小さいサイズのSDカードだ。これはあまり持っていない。スマホやタブレットはこの小さなサイズが多いはずなので、持っている人も多いためだろうか。それと使い回しができる。
 こちらが使い回すのはデジカメと部屋のパソコン程度なので、フルサイズのSDカードは歓迎だ。
 内部記憶領域は安いので64ギガ。すでに半分近くウインドウズが使っている。32ギガタイプもあるので、それにすると苦しいことになるのだが、64ギガらならアプリを大量に入れない限り、問題はない。
 ファイルやデータはネット上に置く時代のためだろう。このゲートウェイのノートも、エイサーのネット倉庫が用意されている。
 SDカードが使えるので、そこを保存領域として使う手もあるが、外でいじっているファイルは限られており、保存領域はそれほど必要ではない。写真や動画や絵などがかさばるのだろうが、ノートパソコンではそれらは扱わないことにしている。外でやるような用事がないためだ。
 変わったところではコントロールキーが二つあり、右側にもある。コントロールキーを押しながら他のキーを押すというやつだが、片手で押せるように、左右にあるのだろう。コントロールキーは普通左下の角にある。それでは右端近くにあるキーとの同時押しは難しい。それで右側にもつけたのだろう。通常は右クリックに当たるキーがついているところだ。これもあるのだが、一発キーではなく、他のキーを押しながらになる。扱いが低くなっている。まあ右クリックは手前の大きなタッチパッドの端を押せばできるので、問題はない。
 USBは二穴。それと何かに繋ぐ穴がもう一つあるが、使わないだろう。それとイヤホンの丸い穴程度で、有線ランの穴などは当然ない。これも時代だろう。USBの穴と、SDカードスロットルがあれば問題はない。至ってシンプルだ。どちらも喫茶店で使うようなことはまずない。
 買ったばかりのデスクトップはゴミ箱しかない。ノートンが入っているが、インストールしていない。これはしつこいほど催促してくるのだが、まだ削除していない。ノートンがなくてもウインドウズでできるのだ。無料お試し版だが、二ヶ月分だろうか。だから買ってからの日数が分かる程度。医者が一番のウィルスだったりすることがある。
 ATOKの入力での重さは不思議とない。これよりもかなり早いタイプのノートを持っているのだが、そちらの方がもたつくので不思議だ。CPUの早さと比例しないどころか、逆に遅かったりする。故障しているのかもしれない。メーカーものでもばらつきがあるのだろう。
 三万円のノートだが、結構使いやすい。1.2キロと少し重く感じてしまうのが欠点程度。ウインドウズの起動も速く、アプリの起動も速い。CPUの低さや高さは何だったのかと思うほど。これはものすごく安いコンパクトカメラと一眼レフの違いのようなもので、本当の差はわずかしかない。そしてその差を気づかなかったりする。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

ゲートウェイノートパソコン

■■ 2017/09/15 8:43
 
 昨夜は十度台になっていた。寝る前から涼しかったので、窓を閉め、布団をかぶって寝た。この前まで25度以下にはならない熱帯夜だったことを思うと、季節の移り変わりは早い。
 そういう涼しい日は夏の終わりがけにもあったので、いきなりではないが。
 つまり前触れのようなものはそれなりにある。しかしそれは早すぎるので、無視したりする。昨夜のような涼しさは前触れではなく、本番だろう。秋本番、本格的な秋となるが、季節は行きつ戻りつで、その中でも、また暑いような日がある。まだ九月なので秋の中頃にならないと夏は消えない。朝夕は秋でも昼間夏になることが多い。
 台風が来ているようだが、大阪方面は晴れている。台風の雲が直接かかるにはまだまだ距離がある。昔なら、そんな遠いところにいる台風など分からなかっただろう。来る直前まで分からず、妙に空気が違うとか、風の吹きがきついとか、それでやっと分かったのだろう。しかし、いきなりといっても、少しは間がある。急激に降るようなにわか雨ではないためだ。にわか雨も降りそうな空になるので、これもいきなりではない。晴れていれば降らないだろう。それらしい雲が出ていて分かったりするものだ。
 台風の接近がいきなりすぎて分からなかったので大きな被害が昔は出たとされているが、そうだろうか。逆に今は正確な予報があっても、何もしない人が多い。それだけ住宅が丈夫になり、風程度では壊れない。
 木造の緩そうで古い建物が、昔は多かったのだろう。それよりも、倒れてもよかったのかもしれない。始終建て替えていたような気がする。燃えたり、倒れてもいいような簡単な家が多かったのかもしれない。それと、逃げ出すとき、大八車程度で家財を運べたりするほど、所帯道具も少なかったはず。こればかりは普通の民家の中が昔どうなっていたのかは見たわけではないので、分からないが。大きく立派な家なら残っていたりするが。普通の人はそんな家には住んでいなかったはず。
 ただ、生まれ在所の根の生えたようにそこに住んでいる人たちの家は頑丈だったかもしれない。今でも立派な屋敷といえるような家は農村部には残っていたりする。仮の宿でも、借家でもないので、家も根が生えるのだろう。
 先日マンションの取り壊しがあり、更地になっていたのだが、何かが建ち始めた。基礎工事を見ていると、普通の一戸建ての家が二軒建つようだ。マンションの頃に比べて人口密度がガタンと減るだろう。たった二件分の敷地しかなかったのだ。少し大きい目で庭の広い家のようだが。それを見ていると、マンションとはいえ、昔でいえば長屋だったのだ。そして我が家の土地があるようでいてない。
 
 先日から気になって仕方のないゲートウェイの3万円台の11インチのノートパソコンを買ってしまった。こういうのは値段もさることながら、実際に使ってみないわからない。失敗しても三万円台なら、何とかなる。
 ゲートウェイのパソコンは上新のショップもののようなブランドで、実際にはエイサーだ。だからエイサーのパソコンだと思えばいいのだが、その味付けはゲートウェイか上新かは分からない。上新での店売りで安くてベーシックなものを作ったのだろうか。
 早速在庫を聞くとあるというので、買うことにした。限定3000台。これは全国の上新の店売りで売るのだろうが、そんなに売れるものだろうか。しかし、上新で一番安いのがゲートウェイで、とりあえず買うのなら、一番安いタイプとなるかもしれない。
 レジ袋に入れてもらい、それを持つと、手にずしりとくる。1.2キロが効いているのだろうか。それにしてはやけに重い。
 箱を開けてみると、コードが旧式で、丸穴に突っ込むL字タイプ。これが重い。三接点で間にもう一つかます。ものすごく古いタイプだ。部品が余っていたのだろうか。今はUSBで繋ぐのが多い。携帯充電器にもその方が対応するし、ものそのものが軽い。
 分厚いマニュアルが入っているわけでもないので、この重さは何だろうかと思った。本体を取り出し、持ち上げるとそれほどでもない。不思議な話だ。
 11インチノートは古いタイプを持っており、これもエイサーだが1キロ半ある。それに比べると、軽くなったのだろう。このタイプでは普通だったということだが、もっと軽く小さな11インチタイプのノートパソコンもあるので、それから比べると重く感じたりする。
 液晶は蝶番式なので、しっかりとしている。分離はできないというより液晶はタッチパネルではないので、分離できても何ともならないが。
 その代わりしっかりとしている。キーボードも分厚い。だから端を片手で持つと折れそうな感じはない。
 このキーボード、多少水に濡れてもいいようだ。また液晶にはブルーライトカット云々の処理がされているとか。液晶は非光沢なので、映り込みがない。
 解像力は低い。今の液晶は解像力が高すぎて、実際に使っているのは縮小しての画面だ。このゲートウェイのは100パーセントのまま。だから11インチちょうどの解像力。
 バッテリーは十時間持つ。もっと長く持つタイプもあるので、長いとはいえないが、短い方ではない。普通だろう。
 値段的なこともあって、抜き出たところはないのだが、非常に分かりやすいノートパソコンで、慣れを必要としない。
 ただ、独立したページアップ、ページダウンキーがある。これは前画面、次画面ともいう。これがついているノートパソコンは非常に珍しい。現役機で知っているのはNECの10インチ機がある。その他のノートパソコンも気をつけて見ているが、見つからない。ここだけはどのノートパソコンよりも優れているのではないかと思える。意外だ。その代わり、矢印キーなどが小さくなっている。
 また明るさ調整と音のボリュームの短縮キーが矢印キーに仕込まれている。これはよく使う。そのためか、何もないファンクションキーがあったりする。ファンクションキーに仕込まれている短縮キーだ。余っているのだから、何か仕込めばいいのに。
 キーで悪いところは電源ボタン。これがボタンではなくキーになっており、右肩にある。ここは削除キーだろう。間違って電源を落としてしまいそうなるはずだ。バックスペースキーは大きく、削除キーは小さい目。キーは分離型で、これは今の流行というより、これに定着した。キーとキーとが離れている方がミスが少ないのだ。キートップの大きさではなく。
 しかし11インチタイプなので、キーは比較的大きい目だ。間隔は十分ある。つまりキーの粒が大きい目だが、隙間も十分あるということだろう。ストロークもあり、ぺこんと沈む。質感はよくなく、紙のようにざらっとしているが、こちらの方が汚れにくい。
 色は中は黒で外側が白。だから使っているときは白さは感じられないので、ブラックボディーのように見えてしまう。取り出すときは蓋と底が白いので、白だと分かるが。
 要するに少しだけ他機とは違う良さがあるが、際だった特徴ではない。特にお金がかかるような仕掛けはない。ストレートな感じで、単純なノートパソコンで、堅実だ。
 今朝はこのノートを寝起きの喫茶店に持ち込んで打ち込んでいるが、特に違和感はなく、すんなりと打てる。慣れが必要するほど打ちにくいキーボードもあるので、ここは救われる。これは店で確認してもよく分からないことで、立った姿勢で台の上に乗っているノートでは角度が違うためだろうか。キーのへこみ具合程度、ストローク程度は分かるが。
 だから実際にいつも使っている喫茶店のテーブルの上に乗せ、いつもの高さの椅子に座って打たないと、違いが分からなかったりする。
 その結果、このキーボードなら11インチの間延びのしたようなタイピングではなく、丁度いい感じになる。10インチに比べ、少し指を伸ばす程度で、これは射程内だ。
 三万円台の、こういうノートの方が気楽に使える。高いノートを買った場合、途中で別のを買ったとき、これはかなり苦しい選択になる。安いと、気楽に違うのが使える。3万円台はコンパクトデジカメに近い。
 スピード的には値段が値段なので、それなりのもののはずだが、テキスト打ちには問題はない。ただいつも使う一太郎は結構重い。それとATOKも重いのだが、何とか動いている。遅くてイライラするようなことはない。いわゆるワープロ程度なら問題はないということだが、それはワードのことだろう。一太郎やATOKはワープロだが重いのだ。
 一番安いタイプだが、スピード的な問題はない。ただ鞄が重くなったのが問題だ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする