2017年02月06日

ポメラDM200購入

■■ 2017年02月06日 午前8時50分
 
 今朝はそれほど寒くはない。晴れているようだが、曇ってもいる。妙な天気だが、全体的には晴れだろう。雲で日差しを遮られるためかもしれない。すっきりとした空ではない。
 今朝は少し遅い目に起きてきたので、一日のスタートが出遅れた感じだが、わずかな差だと、何かを省略すれば、いつもの時間に追いつく。そのいつもの時間は、決めたわけではないが、昨日もこの時間こんなことをしていたというような時間だ。ただ、外で時計を見ることはまずない。時間に間に合わなくて、遅刻、というような用事ではないため。
 だから時計は見なくてもいいが、見ると、昨日よりも早いとか、遅いとかが分かる。これはただの確認だが、遅いと急いだりする。時間を調整する必要はないのだが、いつもの時間になるように急いだりする。
 同じような日々でも、きっちりと同じ時間に何かをしているわけではない。多少はずれるので、同じではない。そのずれは起きた時間が同じなら、三十分以内の誤差だろうか。そのため、三十分ほど遅く起きてきても調整はできる。それが一時間だと無理だ。
 時計ではなく、通り過ぎる人が時計代わりになる。その人も早いときと遅いときがあるので、正確な時計ではないが。
 喫茶店などでは、出るときに来る客がいる。ちょうど入れ替わるように。だからその人が来ると、出る時間だ。
 一番分かりやすい時計は日だ。日中は分からないが、日没は分かる。今朝は帰りが遅いとか早いとかも、夕日で分かったりするが、これは時計ではないので、季節によりずれる。時計通り動いていると、夕方になるのが早いとか遅いとかが分かる。時間は同じなのだが、日の出日の入りが変わっていくためだろう。それでも一日程度では差は分からない。
■ 
 雨の日曜日、ポメラが届いたので、早速開封。梱包はあっさりとしており、素っ気ない。化粧箱ではなく、ダンボルール。変化があるとすれば電源コンセントが入っていること。以前なら電池が一緒に入っていた。
 設定も何もない。電源を入れると、すでにポメラの画面で、新規ファイル画面。もういきなりタイプしてもかまわない。それで時計あわせぐらいはしたのだが、去年の2月の末頃になっている。その頃出たのだろう。もうしばらくで一年になる感じ。
 設定は好みの問題。フォントサイズと行間。今回から明朝体が入ったようだが、ゴシック体の方がよく見える。モリサワのフォントらしい。初期設定はゴシック体。やや太字だ。これが見やすい。
 つまりこの端末、蓋を開ければすぐに使える。面倒な設定はない。どこかに登録しないといけないとか、パスワードがどうの、更新がどうのというのがない。あらかじめ少しだけバッテリーが入っているので、買ったその場でもタイプできそうだ。持ち歩ける充電器があれば、問題なく、その場でスタートできる。ネットに繋ぐ必要もない。
 つまり、デジカメ並みのスタートだ。乾電池式のポメラからバッテリー式に変わったが、携帯充電器を持ち歩けばいいのだ。デジカメだと最初に時間設定画面になるが、ポメラにはそれさえない。後で合わせばいいのだろう。買ったばかりのポメラの蓋を開ければ、いきなりテキスト画面。これはすごい。
 それで、やっとポメラにたどり着いた。到着したのが夕方なので、夕方前の喫茶店には間に合わなかった。すぐに使えるので、新ポメラを持って喫茶店へ行けたかもしれない。
 何も設定しなくてもいい。再起動もしなくてもいい。これは楽だ。日本語変換ソフトのATOKも設定は簡単で、パソコン版のようなものすごい数の設定箇所はない。これも楽だ。
 いつものポメラなのだが、少し重い。手に来る。そしてキーボードがやや分厚い。以前のはぺらぺらだった。100グラム少し体重が増えた感じで、肥えている。そのためか剛性があり、しっかりとしている。デザインも素っ気ない。シンプルそのものだ。
 画面上には一番下にファイル名や日本語の表示や時計やバッテリーの状態が見えるだけ、左右と上には何もない。液晶を最大限に使っている。さらに下のステータスのようなものも消してしまい、テキストだけの全画面に切り替えることもできる。
 その液晶だが7インチになり、横にかなり伸びた。少し大きい目のフォントでも32桁ほどある。高さは12行ほど。標準のフォトンサイズがあるらしく、初期値ではそれだが、少し小さい。
 縦書きのマス目入りの原稿用紙画面では四百字詰めにできるが、文字がやや小さくなるので、どうだろう。最初からそのフォントサイズなら、問題はない。原稿用紙は横書きもある。四百字詰め換算で何枚とかの仕事でもない限り、必要はないかもしれない。まあ、途中で表示を切り替えれば、いつでも四百字詰めの画面になるので、そこで確認できる。タイプしているときは横書きの方が楽だ。
 今回のポメラは行番号の表示がついた。スクロールバーというようなものがないので、ファイルがどの程度のボリュームなのかが分かりにくいが、行番号があれば分かりやすいが、逆に余計なものを見るので、邪魔かもしれない。これも原稿用紙換算のように、枚数がしっかりあるような用事でもなければ必要ないだろう。
 ただ、何文字分になるのかは見ることはできるが、これもウェブなどに上げる文章では、適当でいい。
 一番最初に買ったポメラ初代では、桁数や行数の指定などないので、何となく一画面で量を把握したりしたが、行番号が出ると、計算がしやすくなる。ただし、ポメラには禁則というのがない。禁則のあるなしで、行数が若干だが、変わったりする。
 原稿用紙換算を満たしたり、満たしたり満たしていなかったりしても、本当の文字数というは、四百字詰めでは分からない。空白もマス目として数えるため、改行が多いと、違ってくる。すかすかでスペースが多くあっても、枚数での計算では同じになってしまうが。
 コラムなどの原稿では、四百字詰めというより、あらかじめレイアウトができていることが多いので20桁ではなく、15桁で書くというのもある。その方が四百字詰めよりも正確だ。
 しかし、日記を書いたりとかでは、四百字詰めなど問題ではないだろう。原稿用紙画面ではなく、フレーム機能もある。これは桁数と行数を指定して、一枚物にした画面だ。これで対応できるはず。
 べた書きではなく、文字数や枚数の指定のある記事などを書くときは、これを使えばいいが、普通の画面でも行数が出るので、何となく計算はできる。
 テキストに特化したポメラだが、テキストにもいろいろある。それこそ原稿もあれば、メモもあり、日記もあれば、小遣い帳もあり、ちょっとしたテキスト型データベース的なものもある。俳句もあれば、詩もあるだろう。そんなときは行間隔を最大にした方がよかったりする。といっても最大で一行分程度だが。

 ポメラの良さはキーボードだけの操作に特徴がよく出ている。マウスは使えないし、画面タッチもできない。矢印キーなどを多用し、またタブキーもよく使う。これは今では逆に新鮮だ。リターンキーで決定したり、スペースキーで選択したりする。慣れれば非常に分かりやすい。そして、昔ながらの短縮キー、ショットカットキーでさっとダイレクトに実行できたりする。そして、それ以上難しい項目やメニューはない。ヘルプを見ないと分からないようなものはほぼない。昔からあるような機能のためだ。逆に少ないので、メニューも多くはなく、非常にシンプル。そのほとんどは短縮キーで呼び出せたりする。その短縮キー一覧なども簡単に表示できるので、忘れても大丈夫。
 まあ、前機のポメラdm100とそれほど違いはないためか、新しい端末を買ったという気分は少ないが、全体的なバージョンアップなのだろう。ハードもソフトも。二割程度よくなっている。基本的な機能はそれほど差はない。
 一番の違いは、これがポメラかと思うほど変換率がいいこと。
 モニターが横に伸び、これで7インチなのだが、次は10インチを超えてくるのではないかと思える。横に伸びるのだ。それは昔のモバイルギアのスタイルに近づくことになる。まだ左右に十分余白がある。モバイルギアは背は低いが、横に怖いほど長かった。そのため、横にものすごい桁数の文字を打ち込む感じだ。今回のポメラもそれに近い。そのおかげで二画面表示ができる。またファイルの比較をしたり、一つのファイルを二つに分割もできる。ファイルの上の方と、今タイプしている箇所とを同時に見たりできる。
 ではカーソルをどうやって行き来させるのかというと、タブキーと、もう一つのキーの同時押し。タブキーはタブキーとして、テキスト画面上で使うためだ。画面分割すると、左右に分かれる。そのとき、まるでカードのような画面になり、逆に打ちやすかったりする。狭苦しい場所だが、最下行に入力文字がかかり出すと、さっと引き上げてくれる。ここが日本語エディターの特徴で、ワードなどはそれをしてくれない。英語なので、変換というのがないためだ。また未確定文字列というのもないだろう。だからそんな機能はいらないが、日本語変換だと、仮名入力した未変換文字列が最下行の下までいき、見えなくなることがある。これは和製のエディターでも、同じだ。
 さすがに一太郎はそういうことはない。日本語ワープロのためだろう。
 ポメラにはそういうストレスがない。しっかりと、あるところまで来ればスペースを作ってくれる。
 今のところ、それがすんなりといくのは一太郎ぐらいなものだが、他に比べるべきワープロやエディタが少ない。ちなみにwzも秀丸もだめだ。最下行が厳しく、文字が画面からはみ出してしまう。これはワードでもそうだが、行間隔を開けると、うまくいくこともある。
 機能的に優れており、いろいろなことができるのはいいのだが、実際に文章を書くのは頭の中の話で、こういったデジタルものは、その場を提供してくれればいい。ポメラは寂しいほどシンプルな画面で、何もない。ややこしいことが起こらない。それは実質エディターしか動いていないためだ。そして実際に動かしているのは書いている側の頭で、端末が書いているわけではない。

 今回のポメラはやはり日本語変換のATOKがよくなっていることだが、それは気付かなかったりする。パソコン版のATOKをいつも使っているので、普通に変換されて当たり前のように思っているからだ。変換率や辞書が少ないと中断される。変換されない熟語などは単漢字的にタイプし直さないといけない。そういう余計なことをしなくてすむ程度で、できて当たり前のような話。本当はすごい技術なのかもしれないが、積極的なものではない。
 キーボードも、何か引っかかるような感じがあったり、押しにくかったりすると、気になるのだが、これもいい文章が書けるキーボードなどはない。キーボードや変換のことなど気にならない方が実はいい。歩いているとき、足が気になるようなものだ。
 そのキーボードだが、前機に比べ剛性が増したのか、ぺらっとした感じがない。がたつきがない。これはキーの仕掛けにあるようで、バネが電車のようなX型ではなく、V型のようだ。太くて短いらしい。だからキーのどの箇所を押してもまっすぐ下に落ちる。ストローク的には同じようなものだが、押したときの感触に貫禄ができた。安定している。ポメラのキーボードのキートップの特徴は正方形ではなく、一つ一つがやや横に長い。逆に言えば縦側が短い。そのためか、指を遠くまで伸ばさなくてもすむ。わずかだが、この狭さが貢献している。横幅は10インチノートとあまり変わらない。少し長い程度。そのため、短くもないし、長くもない。これが11インチを超えると、キーの横幅が少し広がり、手が忙しくなる。遠くなるためだ。
 要するに、キーボードから作ったような端末なので、テキスト打ちのことを考えた形だと思える。まあ、キーボードはどれも同じような形をしているが、横より縦の方が粒が小さいというのは、何かあるのだろう。まあ、モニターが小さいので、モニターと合わせて、背を引くしているだけかもしれない。
 しかし、テキスト専用機なので、タイミングに特化した作りだと思いたい。気が付かないところで、色々な工夫がなされていたりする。これは気付かなくてもいいのだ。
 次はモニターだが、バックライト付きの液晶になっているが、色目は悪くない。ポメラはモノクロだが、モノクロの液晶は、探す方が難しいだろう。だからカラー液晶だと思う。普通の液晶で特に変化はない。明るさよりも、どこまで暗くできるかの方が大事で、薄暗い部屋の中だと、まぶしくて仕方がない。それで、どこまで落とせるかを確認すると、結構暗くなる。これなら、目を差さなくていい。一番暗い状態の次ぐらいで、室内ではちょうどだ。次は自然光も混じる室内となると、喫茶店などだが、これは結構明るいことがある。さすがに買ったばかりなので、どんなものかは分からない。
 前機に比べ、フォントがしっかりとしており、黒々とした太い目のゴシック体は見やすい。最初に感じたのはそれだ。電書などのフォントのように、やや太いタイプの方が好ましい。書いているときより、読み返すとき、しっかりと読み取れる方がいい。明朝体もきれいだが、細くなったり太くなったりするので、それが気になる。だから明朝体なのだが。
 要するにテキスト打ち用端末なのだから、フォントもそれなりのものを使っている。ただ、パソコンではないので、フォントの選択肢は二つしかない。どちらもモリサワだ。

 おまけでついている角川の類語辞典は思ったより、ボリュームがある。もっと簡単なものかと思っていたが、五万語ある。これは国語辞典でもあるので、いつも入っている国語辞典がいらないほどだが、フォントが小さいので、ちらっと見る程度だろう。類語辞典だが、用例辞典でもある。確かによく聞く言い方が書かれており、使われ方の例がよい。この辞書引きは、直接タイプしてもいいが、文章内の言葉を範囲指定し、短縮キーを押すと、その言葉を連れてすぐに検索で探してくれる。これは早い。前機ではモニターの横に辞典のボタンがあったが、それが消えている。その箇所はそれなりに今も面積が広い。そして何もない空き地になっている。これが余裕というか、すごい余白で、逆にテキスト文字が生えたりする。大きな黒枠の中に液晶がある感じだ。
 ATOKの変換辞書が大きくなったので、国語辞典を使う頻度が減るのではないかと思う。ATOKの辞書にないだけで、国語辞典にはちゃんとその言葉があったりする。今回のATOKは大きな辞書を積んでいるので、言葉もよく知っているはず。言葉の意味よりも、その言葉が変換で出ることの方が先だ。
 パソコン版ATOKと違い、変換キーを何度か押すと、辞書の窓が出る、というのはない。あれば便利だが、結構うるさかった。それで、画面がちらついたりした。そしてうるさいのが予測変換。これはタイプ中の文字に重なって、文字が見えなくなることがあったので、使わないようにしている。ポメラには最初からない。だから、ポメラは静かだ。

 
 
 
 
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2017年02月05日

ポメラDM200

■■ 2017年02月05日 午前8時26分
 
 今朝は雨。天気予報であったのかと疑うが、低気圧が来ていたのだろう。低気圧は西からで、それに向かい南から暖かい空気が入り込むのか、それほど寒くはない。寒ければ雪だろう。
 朝の喫茶店までの道は傘を差さないといけないので、手は露出。それで冷たいが、悴むほどではない。
 ユニクロウルトラライトダウンジャケットは雨に濡れると染み込みだし、色が変わりだし、いかにも濡れているのが分かるので、雨には弱いようだ。微雨程度では水滴ができる程度だが、それ以上だと耐えられなくなり、生地内に入ってくる。この生地が非常に薄い。その下は羽毛。そこまで染み込みそうなので、雨の日は着ないことにしている。傘を差していても、濡れるので。
 いつものスーパー前で掘り出し物市をやっていた。ほとんどが女性向け衣料やアクセサリー、鞄などだが、傘があった。半額になっており500円。鉄道忘れ物市だともう少し安くなる。それでも300円前後だろうか。去年はそれがなかったので、二本ほど買った長い傘しかない。その二本とも壊れたので、以前、コンビニで買った大きな傘を差しているのだが、それも穴があいたのか、怪しい。500円でもいいから、買っておくべきだろう。女性ものだが、見た目分からない。
 この掘り出し物市は中古ではない。訳あり品とか、余ったものかもしれない。その訳は書かれていない。
 冬場のためか、風邪っぽい症状が抜けない。喉が痛いのは治っているで、冬はそんなものかもしれないが、鼻水がよく出る。これは普段からもよく出るのだが、鼻のぐずぐず状態が、少し大きい。
 春のお知らせがあるのだが、一月よりも二月の方が寒い。本当に寒いのはこの二月だろう。三月に入ってもまだまだ寒いので、立春のときが一番寒かったりする。しかし、自然は先へ進んでいるのか、気温だけは真冬だが、春のものが出始めている。気温が低くても出てくるのだ。今出ておかないと、暖かくなりかけたときでは遅いのかもしれない。草なら、早く地面を取った者勝ち。遅れてくると、出てくる地面がなかったりする。寒いが早いめに出てきて、取られないようにするのだろうか。自然界の生物はのんびりしているように見えるが、生存競争でバトルが絶えないのだろう。根は地面の取り合い、葉は日差しの取り合い。当然人もそうだろう。それが自然なのだ。
 動物でも大人しくしている種がいる。下手に戦うより、静かにしている方が得だと思ったのだろう。そして、そう決めた。生きるための知恵というより、自然にそうなってしまったのだろう。バリエーションが多いほど、異変が起こったとき、ある種だけが生き残ったりする。意識の切り替えではなく、身体がそういう風になっている。当然そのとき意識を切り替えた程度では、無理だ。身体やシステムが、まだそうなっていないためだろう。

 色々迷った末、なかなか買えなかったテキスト専用機のポメラを買うことにした。これは地味な端末なので、買う楽しさはあまりない。日用品を買うようなものだ。トイレットペパーを買いに行っても楽しくないように。しかし、今までのより分厚いとか、柔らかいとか、切りやすいとかになると、その後はいいだろう。今までよりも。しかし、トイレットペーパーの違いなど、あまり派手なものではない。有ればいいという感じ。そのため、ポメラはなくてもパソコンなどがあれば用は足せるので、なくて困っているわけでもないし、それを買えば新たな展開が生まれるわけでもない。だから、地味な買い物だろう。
 しかし、これは毎年毎年一太郎のバージョンアップで年貢を払っているのに近い。安いセットなら1万はしないが、四年で4万近くなる。ポメラもそんな感じで、今使っているDM100が出てからか5年になる。次回もそんなものだろう。だからそれはハード台というより、ソフトを買うようなものに近い。幸い五年使っているがハードは無事。ソフトも一度もエラーはない。単純なためと、専用機のためだろう。
 だから、現役で十分まだ使えるのだが、新製品が出ているのだから、ソフトのバージョンアップのように、ハードごと更新することに決めた。
 日本語変換率が上がっているらしいが、今までが悪すぎたのだが、これは何とかなる。それよりも、ちょっとした熟語が出ない。辞書が小さいためだ。おそらくスマホ版のATOKだと思われるが、今回どんな手でポメラ版ATOKになったのかは分からない。普通に考えればスマホ版ATOKが大きくバージョンアップされたのかもしれない。最近はアンドロイドタブレットを踏んで潰したので、その中に入れたATOKがどうなったのかは見ていないので、分からないが。
 変換率や、辞書は、ポメラ版とスマホ版はほぼ同じだった。
 ハード的な変化はかなりある。別のシリーズのポメラに近い。形は同じだが。
 モニターが普通のバックライト付き液晶になり、乾電池式からバッテリー式になる。これで乾電池はいらなくなる。
 ポメラで書いたものはSDカードか、内蔵メモリに保存されるが、USBで繋ぐと、行き来できる。
 電池式のときはバッテリーが少なくなっているのを分かっていながら外に出ていた。途中で切れてもいいように電池は鞄の中に入れていたので、よく途中交換したものだ。それをしなくても良くなったのだが、小度は切れると、何ともならなくなるが。
 ハード的な変化は、キーボードにもあるようで、そのキーのどこを押してもまっすぐ下に落ちるらしい。キートップの端っこをひっかけて押すこともあるので、その場合、違いが出るのだろうか。今のキーボードでも十分だが。むしろ柔らかい目のキーボードが好きなのだが、それは実機に振れてみなければ分からない。
 やはり一番の違いは変換率。ポメラで打ったテキストを修正するとき、かなり誤変換状態になっている率が多い。その場でいちいち見ながらタイプしていないこともあるが。
 一番の理由は、区切りに弱いこと。これが改善されているようだ。
 だから、ポメラで書いた文章はあとの修正で時間がかかる。校正というほどではないが、元の文字が分からないほどの誤変換なので、それを思い出す時間だ。さすがにパソコン版のATOKで打った文は、誤変換や、区切り間違いによる妙な漢字などはほぼない。あるとすれば誤入力の方で、これは防げないが、最近のATOKは隣のキーと打ち間違えたのではないかと推測してくれる。また、ちょっとした仮名の誤入力でも、補正してくれる。カメラの手ぶれ補正のようなものだ。それと同じことが今度のポメラでもできるようだ。
 そこまでいかなくても、誤変換が少ないと、タイプ中も気にならなくなるので、よけいなものを見なくてもすむ。見てしまうと直したくなり、それをやると、次に書こうとしたフレーズを忘れたりする。
 
 それで早速ポメラの取扱説明書をネットで読む。前機とあまり変わっていないが、アウトライン機能が興味深い。
 見出しがあり、本文があるという程度の単純なものだが、見出しの行頭にピリオドを打つだけ。これは違う記号のようなもに変えられるのかどうかは分からないが、似た機能として付箋がある。これも記号で、その記号があればジャンプする。これはただの検索だろう。行頭になくてもいい。付箋、栞だ。
 今回のアウトライン機能は本格的で、左側に見出し一覧が出る。ピリオドを付けた行だけが表示される。右側に本文。階層は10階層と深い。要するにピリオドの数を増やせば、そうなる。そして、閉じたり開いたりできる。階層は一階層でも十分で、見出しだけを見たり、飛んだりするときに役立つだろう。それ以外に、文章ではなく、データ的なものを仕舞い込む箱のような使い方もできる。分類表示的な。
 長文を書くときは便利だろうが、アウトライン式な作り方の人に限られる。
 その他、エディター的な機能というより、検索機能が良くなっている。以前にもあったのかどうか、忘れたが、全ファイル内検索ができる。これは昔のグリップのようなものだ。グローバル検索。そしてタグジャンプもできる。
 フォルダ名の検索はもちろんできるし、複数ファイル内にあるある言葉を探し出すことが簡単にできる。特に難しい機能ではない。まあ、ある言葉をどこで使ったかなどを調べるときはいいが、サルベージ用だろう。そんな趣味はないので、大事なメモを、ファイルの中に書いた覚えがあるとき、探し回らなくてもいい。
 下手なデータベースものより、テキストファイルにして置いた方が探しやすい。
 専用機の強みは他にもある。ほぼすべてのキーを入れ替えることができる。どうしても、このキーが、ここではなく、あちらにある方がいいというようなものや、絶対に使わないようなキーに、別のキーを割り当てることもできそうだ。それらは一発で初期値に戻せる。キーの入れ替えのソフトは、パソコン版にもあるが、常駐ソフトだったりする。
 当然ショートカットキーはほぼ入れ替えることや、ダブらせることもできる。
 キーボードの入れ替えができるというのは、テキスト打ちしかしない端末だからこそできるのだろう。これが専用機の強みだが、少し便利な程度。
 
 それよりも、よりポメラらしいのは、さっと蓋を開けて、さっとメモを取れることだ。これがポメラの基本で、それで売り出したのだが、さすがにポケットには入らない形になっていた。折りたたみ財布から長財布になったようなのが最新機で、それは前機からその形になっている。折り畳み式のも一応売られている。逆にいえば、組み立てなくても、蓋を開けただけで書き込める。デスクトップも何もない。前回蓋を閉めた状態で再開される。一応これで電源は切れている。電源ボタンはあるが、蓋を閉めても同じこと。開ければ電源が入り、ポメラが起動し、前回の画面になる。そこで、新規ファイルで書きたい場合は、新規ファイルを開ける。今、画面にあるファイルは保存されていなければ、保存を促される。すでに保存されている場合は、新規画面に切り替わるだけ。ファイルの終了とかはない。
 このスピード感がよい。何かを思いついたとき、新規画面でそれを書き、そのまま保存すればいい。ファイル名はタイプしなくても、文頭の数文字がファイル名になる。これもオプションで変えられるようだ。
 要するに電子メモ帳なのだ。これが基本。しかしメモ帳のわりには5万文字までのファイルが作れる。そんな長い文章など、一ファイル内で作ることはないだろうが、つなぎ合わせて編集するときには、いるかもしれない。これにアウトライン機能をかませば、長編小説も書けたりする。
 しかし、基本はメモ帳のように、素早く書けることが大事。蓋を開ければさっと書けるのがいい。前回書きかけのファイルが残っていても、行末などに書けばいいのだ。
 当然前回しっかりとファイルの終了をしておけば、蓋を開ければ新規ファイルとしてスタートできる。また、起動オプションで、カレンダーから起動することもできるらしい。
 これはスマホでもタブレットでもできるのだが、12インチのノートパソコンのキーボードほどの幅があるため、打ちやすいのだ。
 ちなみにこのキーボード、無線でスマホやタブレットのキー変わりになるようだ。折り畳み式や携帯式キーボード代わりなるという話だ。そういう用途もあるのだろう。
 また、バーコードにファイルを仕込むことができ、これで、スマホなどで読みとることができる。小さなファイルなら、この方法が便利だろう。
 昔の赤外線通信を連想させる。
 結局ポメラというのは入力端末で、編集もできるが、とりあえず文章を書くということだろう。編集機能がいかに優れていても、元になる文章がなければ何もできない。
 
 最近はWindowsノートパソコンを使う機会が多いのだが、ポメラを使うときは、何かほっとする。これは何だろう。静かなためかもしれない。昔のパソコンと違い、今のパソコンはネット経由で色々と言ってくる。更新とかだ。これが面倒くさい。そのため、放置していたノートなどを引っ張り出すと、更新が大変だ。
 ところがしばらく使っていないポメラを開けると、電池が切れている程度で、入れると、その当時のまま。そして何も言ってこない。
 この静けさが好ましいのだろう。ただ、数年に一度、新製品が出る程度。前機から5年立っているので、結構長い。しかし、ポメラは一種類ではなく、折り畳み式もあるので、それなりに新製品は出ているのだが、テンポは遅い。だから今のパソコンに比べれば5年も沈黙していたことになる。それでも機能的にはあまり変わっていない。テキストだけの世界のためだろう。
 エディターなど、あとは何をどういじれば変化になるのかは、探さないといけないほど。だから、基本的なところはもう止まっていたりする。
 この五年というのは、壊れるためだろう。これはキーボードが反応しないキーが出てきたりする。折り畳み式時代のはキーの塗装が剥げ、文字が坊主になってしまった。そして反応しないキーが出たので同じのを買ったこともある。そのとき新製品が出ていれば、そちらを買うだろう。ちょっとした変化があるためだ。
 今回の買い換えは、故障ではないので、かなり迷った。
 
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2017年02月04日

太巻き

■■ 2017年2月4日 土曜日 午前8時27分
 
 今朝も寒いが晴れており、陽射しがある。それだけでも暖かそうだ。朝の喫茶店までの自転車も手が悴むほどではない。少し冷たい程度。やはり寒波でも来ていない限り、手袋はいらないようだ。距離的に短いこともある。
 真冬の底はいつかは分からないが、奈良の若草山の山焼きも終わっているので、このあたりが底のはず。次はその近くでお水取りがある。水の取り合いとか、汲み合い合戦ではない。色々な行事があり、寒い中、大勢の坊さんが色々なことをしている。これは非公開らしいが、テレビが入ったのか、そのドキュメンタリーが放映されていた。さて、水だが、奈良の平城京は水の都ではないが、水を制する者天下を制するというわけではないが、この時代大事だったのだろう。水扱いだ。水道もそうだし、下水もそうだが、大事なのは田んぼの水。それ以上に大事なのは治水。川の氾濫が怖かったのだろう。稲作に影響する。こういうのは一人や二人ではできない。そしてその水を治めることが、天下を治めることでもあるのだろうか。天下人のお仕事として。しかし、天下人だけではできない。時の天下人にしても、天下を動かしているのはその天下人ではなかったりする。
 こじつければ水の神様は龍神様。龍は皇帝のシンボル。皇帝とは王の中の王。一番強い王ではなく、色々な王の上に立つ王。そのため、皇帝には権力はあるが、強いとは限らない。皇帝だけでは何もできないためだ。
 家康などは覇王と呼ばれている。馬上天下を取ったように言われているが、その気を起こしたのはかなり年を取ってかららしい。諸国の大名に担がれた感じで。所謂出馬を請われたのだろうか。この人を選んだ方が、自分の領地は安定するとかで。
 
 昨日は節分で、そのためか、偶然巻き寿司が並んでいるのを見たので買う。寿司屋と魚屋が向かい合っており、寿司屋は大きなチェーン店で結構安いし、豪華。そちらの方に巻き寿司のように人も並んでいるが、魚屋のほうは誰もいない。寿司だけがでんと台の上に置かれている。普段、寿司など売っていない店だ。並ぶのが嫌なので、魚屋の寿司を買う。
 節分に巻き寿司、そして丸かじり。鰯もいるのではないかと思えるが、やはりメインは太巻き。いつも滅多なお目にかかれない太巻きだ。この時期と言うより、この日に大量に見る。
 これは罠なのだが、結局買ってしまうのは、今夜のおかず、何にするかと迷っているため。そういう主婦も多いだろう。そんなとき、豪華な巻き寿司があれば、買いやすい。これで夕食を作らなくてもいいし、今日は巻き寿司を囓る日と言うお墨付きもある。そのお墨付き、誰が発しているのか分からないが、売る側だろう。
 要するにこの日は夕食を迷わなくてもいい。これは作る側の話。だから、作らなくてもいい。子供の頃はどうだったのかを思い出すと、家で巻き寿司を作っていた。作るというより巻いていた。そんなに太くはない。具も多くはない。太巻きは技術がいるだろう。失敗すればばら寿司、ちらし寿司にしてもいいが。
 しかし、それが節分の日だったのかどうかは記憶にない。豆はまいた覚えはある。巻き寿司やちらし寿司は家でよく作っていたが、節分には特に作らなかったように思う。しかし、節分のときは巻き寿司があった。買ってきたのだろう。やはり夕食を作る必要のない日に乗ったのだろう。鰯をそのまま焼いたのも出たが、食べなかった。小骨が多いし、食べにくい。
 土用の鰻もそうだ。普段の倍ほどの夕食代になるが、この日はそれをしてもいい日。クリスマスケーキとなると、これはおやつだ。お菓子だ。しかし、それを夕食として食べていた。パン食のようなものだ。しかし、腹一杯ケーキを食べると、流石に気持ち悪くなる。腹も痛くなったりした。
 ご飯を食べてからのおやつで食べる程度のはずだが、ケーキがご飯になっていた。
 それで昨日は上太巻き2本入りパックを買ったのだが、一本で十分だった。ご飯としては結構ある。太いためだ。
 少し前の時代だと、その夜遅くに行くと半額になっていた。さらに遅い時間だと、それ以下になる。早く行くと、まだ値段はそれほど落ちていないが、遅すぎると売り切れていて、残り僅か。太巻きではなく、細巻きが残っていたりする。いいタイミングで太巻きを買うと、二日ほどご飯を作る必要がなかった。
 
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2017年02月03日

一太郎2017

■■ 2017年2月3日 金曜日 午前8時52分
 
 今朝も寒いが昨日よりはまし。風もなく晴れている。寒波は去り、高気圧が西から来ているようだ。大陸側からなので、北西かもしれない。北西と、西北との違いがあるのかどうかは知らないが。変換中辞書を見ると、西北は西と北との間。どちらも方角は同じなので、使い分けがあるのだろうか。北に何もない地方で西に多くのものがある場合、その少し北側という意味で、西北といった方が分かりやすかったりする。また南北軸より、東西軸の方が分かりやすい地形だと、そうなるのかもしれないが、北とか南とかは、いつ頃から言いだしたのかは分からないが、星と関係するのだろう。星は動くが、動かない星もある。そして方角としての北や南も動かない。概念として。
 今朝は晴れているので、昼間は暖かくなりそうだ。真冬もこなれてきたようで、慣れたのだろう。しかし、暗い空で、薄ら寒い日は、何ともならない。気分まで暗くなる。寒いと外に出たくなくなるし、その元気も失せる。
 春を知らせるものとして菜の花がある。既に咲いている。菜の花畑ではなく、少しだけ栽培している菜っ葉だ。豆の花も咲いている。エンドウ豆だろうか。その畑のある場所だけ早い。この二つが畑の春。しかし、もうイチゴなどが植わっている。暖かくなってから育つのではなく、真冬に植えていても、それなりに育つのだろう。寒すぎてだめかと思っていたが。
 この畑は出荷するような規模ではなく、その農家で食べるもので、趣味のようなものだろうか。水田にしないで、畑専用。野菜なので、草花を育てる規模でいける。水田になると、大層だろう。
 育てているのは年寄り。家庭菜園のようなものだ。
 食べるものがなく、本気で育てているわけではない。戦中戦後の食糧難の時代、普通の家の庭を芋畑にしたり、鶏や兎を飼ったりとは、意味が違うのだろう。
 今朝は起きるのが少し遅れた。寝るのが遅かったためだろう。だからスライドした。そのため、睡眠時間はしっかりとキープした感じだ。ただ、遅く起きてくると、一日が短くなる。
 寒いが春を知らせるものが出てきているので、これは春待ちだ。真夏に秋を待っているのと似ている。寒さ疲れはないが、暑さ疲れはある。だから涼しくなると楽になる。冬を越すというのは大阪方面はそれほど寒くないのであまり言わないが、暑さに関しては一級品で、夏を越す方が厳しかったりする。気温的にはそれほど高温ではないのだが、蒸し暑い。そして結構長く続く。
 
 二月になると一太郎の新バージョンが出る。毎年それを楽しみにするようになった。大した変化はないのだが、今回は画面が大きく変わってきた。これは変えないと変わらないが、シンプルな画面に切り替えられる。これでワード並みのすっきりとした画面になり、余計なアイコンやメニューが引っ込む。
 もう予約セールは終わったのかどうかは分からない。毎年抽選で、何か当たるようだ。そのパッケージ版は普通に上新で売られている。ソフト売り場は狭くなり、そんなところでソフトを買う人などいるのかと思うほど淋しくなっている。当然ゲームもすっかり減り、PCゲームのパッケージ販売とかはもう昔の景色になっている。
 いつもはダウンロード版を買っている。だから、いくつもの一太郎がそのまま残っている。インストール前の。これは使うことは先ずない。後退だ。しかし、その中に、一太郎を入れないと、付いてこない辞書類がある。おまけの辞書で、それだけを単独でインストールできない。
 今回は岩波の国語辞典が付くようだ。これがおまけ。その他、ことわざ辞典や四文字熟語辞典とか。
 いずれもATOK版なので、単独の独立したプログラムではない。しかし、一太郎が起動していなくても、辞書引きできる。ATOKに付属しているため。また、マイクロソフトの日本語変換ソフトに切り替えていても、この辞書は独立して動くようだ。ATOKに切り替える必要がない。画面がいつものとは違う程度。だからATOKから切り放したものがもう一つあるようだ。
 しかし、ゴチャゴチャした今の一太郎の画面も結構気に入っている。賑やかなためだろう。なくてもいいようなものが多いが、見慣れた背景になっている。乗ることはないような列車が入るホームを見ているようなものだ。
 時代のためだろうか。本の形をしたパッケージ版ではなく、USB版もあるようだ。これは最近のモバイルノートやWindowsタブレットなどにはDVDドライブがない。安い外付けドライブがあるのだが、そうまでして使うようなこともないのだろう。
 CDやDVDに焼くというのも、遠い昔のように思えてしまう。結局誰かに渡したり、保存したりするためだろうが、ネットの普及で、結構大きなフィルでも送れたり、保存することができるようになったためだろう。
 そのDVDやCDの光っている円盤。畑でよく見かける。普通の家の庭先とかにも。役に立っているのだろうが、眩しい。
 

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2017年02月02日

レノボYOGA BOOK ZA150019JP

■■ 2017年2月2日 木曜日 午前8時29分
 
 今朝は雪が降っている。少し舞っているだけだが、予報にはない。それに曇っているが、すぐに陽射しが出てきた。妙な天気だ。朝の喫茶店までの道は濡れている。夜中に降っていたのだろうか。夜中に雨か雪が降っていても関係しないのは、外に出ないからだ。濡れてはいけないものがあるのなら別だが。しかし、濡らしてはいけないものに限られる。そういうのは最初から仕舞っておくか、または濡れても仕方がないと思い、そのままにしているか。
 寝ている間に色々なことが起こっているのだが、布団の中で起こっているわけではないので、分からない。寝ていても分からなかったりする。夜中は静かだが、地球の裏側は昼だ。人類は夜に寝ている人が殆どだが、同じ人類でも、いる場所により、夜が違う。当然時差があり、時間も日にちも違っていたりする。日常の中では、それが問題になることは先ずないのだが、海外旅行とか、何等かの相場の変化が気になる人は別だろう。
 地球とか、国際世界とかは知っていても、結局は村時代の規模でしか、人は暮らしていない。
 しかし、知らないうちに、見知らぬ他国の草が生えていたり、海外製品を使っていたり、食べていたりする。
 これは村時代でも、遠く離れた他国のものを使っていたりするのと似ている。この場合の他国とは、摂津国とか讃岐国だが。これは風土が少しだけ違う分け方に近い。
 
 レノボの妙なノートパソコンが気になって仕方がないのは、絵が書けるためだろうか。普通のノートパソコンならテキスト打ちに特化した使い方をする。だから、キーボードが大事。日本語の変換率が大事となる。
 それとは別に、パソコンで絵を書くという路線がある。それ用の液晶タブレットなどがワコムから出ており、液晶直書き。普通のノートパソコンでもタッチ式なら、指で直書きができるし、尖ったペン先を使えるタイプもある。
 このレノボのノートは、それもできるのだが、キーボードのある場所に紙を置き、そこで紙に直書きできる。それがモニターにリアルタイムに書き込まれていく。これはワコム製で、単品でも売られているのだが、スマホ向けだ。それのWindows向けだと思えばいい。これが出たとき、興味深かったが、それが普通のWindowsノートと合体しているので驚いた。
 しかし、このノート、何となくインチキ臭い匂いがする。実際には軽くするため、物理キーボードをやめ、薄い板にした。ただの板なので、それだけではもったいので、ペンタブレットとしても使えるようにした。さらにそれだけでは済まないで、その台の上に紙を乗せ、タブレット用のペンではなく、ボールペンの芯に変えても書けるようにした。普通の紙に普通のボールペンで書くのと同じことだが、それがリアルタイムでモニターに映し出される。そしてデータ化される。デジタル化される。
 インプットはモロにアナログのペンと紙。ここが液晶タブレットの直書きとは違う。それだけに、その紙が問題だし、あまり大きな絵は書けない。10インチモニター程度の大きさだろう。
 宣伝の写真では、ノートパソコンスタイルではなく、横に置いている。つまり、左側にモニター、右側に紙。だから、その場合は紙は縦置き。まあ、上を見るより、横を見たほうがいいのかもしれない。このノートのヒンジ部は特殊な蝶番で、モニターとキーボード箇所を水平に置ける。完全にフラットになり、倒しきれるだけではなく、そこからまだ回転し、裏返した状態で閉じてしまえる。普通のノートで言えば、キーボードが裏側に来てしまうので、持ちにくいのだが、このノートはキーボードはただの板なので、凸凹しない。まあ、つまり、この状態で完全にタブレットになる。キーボードを取り外す必要がない。しかし、液晶だけの重さではないので、それなりに重いが、全部含めて690グラム。10インチタブレットとしては重い方だが、10インチノートパソコンとしては一番軽いのではないかと思える。
 インチキ臭いというのは、普通のノートパソコンではなく、これだけの芸ができるカラクリにある。
 キーボードのキートップがデジタル化されたようなものだが、絵を書く板になったときは完全なアナログだ。リアル用紙と、リアルペンのため。書くときはアナログ。これが逆の逆を行く感じで、回転しすぎて、よく分からないほど。
 テキストエディターがあるように、グラフィックエディター端末という感じだろうか。当然、普通のペンタブレットとしても使えるので、それなりのお絵かきソフトを使えば、かなり精密な絵も書ける。
 しかし、紙とペンで書く場合は、メニューはない。アイコンもない。お絵かきソフトは、画く人の頭の中で起動させることになる。
 当然、普通の10インチの軽くて小さなノートパソコンとしても使える。本来、こちらがメインだろう。その性能は、一番安いノートパソコンより、一段だけ上のタイプ。4ギガのメモリを積んでいるし、ハードディスクに当たるフラッシュメモリは64ギガある。安いのは32ギガで、Windowsの更新のとき、空きがないので困るが、64ギガあると、その心配はない。
 だから、一番安いノートパソコンより、少し良いタイプで、値段もそんなものだ。しかし、これだけの仕掛けがあるのだから、安いものだ。
 喫茶店などで、テキスト打ちだけではなく、お絵かきもできるという話しになるが、その場合、手書きモードだと、昔に戻る感じだ。紙とペンで書く、それならこの端末はいらないという、ものすごいパラドックスを秘めている。
 



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2017年02月01日

レノボヨガブック

■■ 2017年2月1日 水曜日 午前8時18分
 
 今朝は寒い。氷点下になっている。マイナス2度ほど。寝ているときは分からない。当然朝の喫茶店まで行く道では手が冷たいではなく、悴む。手袋を買っていたのだが、面倒なので持ってきていなかった。鞄の中に常時入れていたのだが、邪魔になるので、出した。昼間は手袋は必要ではないためだ。自転車の前籠に入れておくと、手袋そのものが冷たい。まあ、朝一番で外に出たときだけは必要だが、喫茶店までの道はそれほど遠くはないので、手袋はいらないかもしれない。
 いつの間にか2月になっていた。今年は既に一ヶ月過ぎたことになる。まだ一割にもなっていないが、今は早く暦が進み、暖かくなる方がいい。だから日が立つ方がよかったりする。ものすごいスピードで。
 寒い時期が短く感じられるためだろう。夏場もそうだが、夏は夏の名残がある。勢いが去って行くのは少し淋しい。
 二月を抜け、三月になると、少し暖かくなるだろう。しかし、四月になってもまだ真冬の格好をしていたので、まだ冬は続く。4月は春だが、それほど暖かくはない。五月あたりになってやっと暖かくなる。一番気候的には良い時期だ。暑くもなく、寒くもない。そう言う季節は短い。夏と冬が長い。特に冬が長いような気がする。これは着ているものを見ていると分かる。
 しかし、新しく買った電気ストーブのおかげで、部屋は暖かい。結局500ワットが1000ワットになっただけで、倍の熱が来るだけの話だ。1000ワットにすると、流石に痛いほど暑くなる。硬いものは熱くならないが、柔らかいものが暑くなる。衣服とかだ。そのため木のテーブルなどはそれほど暑くならない。これはモロに当たっていないためだろう。電気ストーブはほぼスポット。そこだけが暖かい。しかし、手をかざすと熱を感じるので、火のようだ。手が冷たくなると、手をストーブに近付ける。これがいい。
 昨日見ていたレノボの妙なノートパソコンだが、かなり変わっている。これは好奇心だけで触りたいところだが、実用性はどうなのかと、少し疑問に思うが、ペン入力的な面では他に類を見ない。ペンタブレットとして使える。ワコムの普通のペンタブレットのようなものだ。それをキーボードの横に置くのではなく、キーボード箇所に置くようなもの。キーボード箇所が全面ペンタブレットの台になる。ではキーボードは何処へ行ったのか。消えたのだ。これは表示だけのキーボードだが、その台は液晶ではない。板にネオンのように浮かび上がるキーボードなのだ。つまりタッチ式。
 しかし、キーボードとペンタブレットは同時に使えない。だから、お絵かきソフトなどで、キーボードに仕込んでいたキーが使えない。キーボードが消えたのだから。しかし、これはボタン一つですぐにキーボードになる。ノートなので、ペンタブレットが画面の真下に来るので、使いやすいかもしれないが、外で絵を書くようなことは先ずない。ペンタブレットは部屋でも使っているが、これはマウス代わり。マウスより命中率がいいだけの話だろう。
 しかし、外で絵を書くときは、このノートがあれば指先ではなく、ペン先で書ける。尖っている。液晶直書きではないが。
 また、そのペンは液晶直書きには使えないようだ。あくまでもペンタブレット。液晶は当然タッチ式なので、指で操作出来るが、絵を書くには指ではしんどいだろうが、荒っぽく色を塗ったりはできるだろう。
 次はワコム製らしい機能も使える。これはキーボードを消し、タブレット上にし、その上に何かを乗せる。用紙セットだ。その板はマグネット式で、台からずれないように止めるらしい。紙は一センチほどの厚みがあってもいいようだ。そこに専用のボールペンで書く。すると、リアルタイムにモニターにも表示される。さらにモニターを消していても、絵は書ける。モニターを見る必要はないだろう。紙の上で書いているのだから。それを保存できる。これはワコムの製品である。その流用だろう。だから、このノートパソコンにはワコムの二種類のペン系入力装置が付いているという話だ。
 ノートパソコンのスタイルをしているが、液晶部分だけを取り外すタイプではなく、蝶番式。つまりヒンジ箇所がものすごい角度で回る。だから、裏返してしまえば、表は液晶タブレット。裏側はペンタブレットになる。その裏側はキーボードがあった箇所だ。その上に紙を置けば、回覧板のようになり、手書きメモになるのだが、書いているのは紙の上。それなら最初からメモ用紙を取り出して書いた方が早い。違いはデータとして同時保存される程度。これもあとでスキャンすればいいようなものだろう。
 本体にはカメラが付いているので、それで写してもいいほど。それよりも、紙の上に書いたのだから、その紙があればそれでいいような気がする。
 紙の直書きではなく、ペンタブレットとして使う場合は、当然お絵かきソフトがいる。手書きだとメニューはないが、お絵かきソフトにはメニューというか、ペンの太さとかを選んだり、消しゴムを選んだり、倍率の上げ下げをする機能があるので、それなりのお絵かきソフトをノートパソコンに入れておく必要がある。ウインドウズ付属のものでもかまわないが。
 直接紙の上で書く機能は新鮮だが、取り込んだデータの解像力が問題。これはワコムで調べても、解像力は書かれていない。ウェブ用なら、印刷に向かない。まあ、モニターに表示できる程度でいいのだろう。ここは大事なのだが、表記はない。
 一番興味があるのは紙の上でボールペンで書くモードだ。紙のサイズは10インチノートのキーボード程度が最大だが、専用用紙になるはず。一枚物の紙ではなく、レポート用紙のような縦長のノートだ。それを動かないようセットするため、専用になる。ただ、1センチほど一番下の台との距離があっても画けるようなので、どんな紙でもいいのだろう。ただ、乗せているだけでは動くので、専用セットがいいのだろう。この用紙や、ボールペンは最初から入っている。付属品として。だから紙のペンが入っているのだから、ノートパソコン本体はなかっても困らなかったりする。では何を買ったのかが問題になるが。
 キーボード箇所を台にして、紙を乗せ、そこでボールペンで絵を書く。書いた絵はデータ化される。
 しかし、紙で書いたのだから、紙は残るのだから、デジタル化する必要はないが、ウェブに上げたりするときは手間がかからない。簡単な略画のようなものならすぐに書けるだろう。
 この専用ペンは、芯を替えることで、ペンタブレットようにも、ボールペンにも変化する。替え芯が二つ入っているらしい。ワコム製ならネットで買えるだろう。
 ワコム製では専用ソフトに、取り込んだ絵が表示され、それをスマホなどで見ることができる。このワコム製、普通のWindowsには対応していなかったはず。まあ、スマホ版なのだ。それがウインドウズ版を作ったのかどうかまでは見ていない。
 このノートパソコン、実は二つタイプがあり、ウインドウズ版とアンドロイド版がある。アンドロイド版ならアンドロイド系ソフトがあるのかもしれないが。
 しかし、手書きの絵が書けると言っても、普通の紙のノートででも書ける。そしてキーボードだが、ペンタブレットの台として使えるため、タッチ式になった。これは両方ともしんどいような気がする。デジモノが逆目に出て、使いづらいと言うことだろうか。
 この手書き入力。紙のノートパソコンを持っているようなもので、紙としては重かったりする。
 これはポメラとは真逆の世界だが、その底は通じるものがある。戻りすぎたポメラ、行き過ぎたレノボのノート。しかし、この時代のものなのだ。
 しかし、ネオンのようにキーボードが浮かび上がるのを見たい。力がいらない。フェザータッチだ。そしてボタン一つで、それが消える。
 しかし、喫茶店でペンタブレットで、いつも使っているフラッシュなどのソフトで、普通に絵が書けるのは凄い。これは紙直書きではなく、ワコムのペンタブレットと同じようなものだが、ペンタブレットを持ち出さなくてもいい。こちらのほうが正確に書けるし、また印刷用にもなる。
 同じことができるノートパソコンを持っているが、液晶直書きのため、パララックスが出るので、使っていない。どちらも10インチではお絵かきソフトは辛いのだが。
 まあ、このレノボのノートパソコン、喫茶店で文章だけのタイプではなく、絵も書けると言うことだ。しかし、絵を書くのはそれほど好きではない。
 しかし、落書き程度のものなら、いいかもしれない。
 

 
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2017年01月31日

ペンタブレットノート

■■ 2017年1月31日 火曜日 午前8時17分
 
 今朝は真冬に戻ったと言うより、昨日が暖かすぎた。そのかわり、今朝は晴れている。晴れている方が寒い。この晴れが続くと、朝、もっと寒くなったりする。晴れている日の朝は寒いが、夜、晴れていることと関係するようだ。夜で暗いが、雲が少なければ晴れていることになる。青空は見えないが、夜中でも雲は見える。形のある雲に限られるが、月が出ていればさらに明るい。雲の白さも分かる。
 今朝は久しぶりに手が悴む。ユニクロのウルトラライトダウンジャケットでは寒いほど。やはり、少しだけ耐寒性が弱いようだ。同じ中綿入りでも、表生地が分厚く重いタイプの方が暖かい。ただ、表生地がウール風に分厚いタイプは中綿が入っていなかったりする。ただのペラッとした裏地だけ。だから、ウール地風の分厚い表地で中綿が入っておれば最強だろうが、かなり重いだろう。ウールのオーバーで、昔のタイプは中綿など入っていなくても重い。長いためもある。それだけ重い。
 風邪っぽさは、ましになっていたのだが、昨日は鼻が出て仕方がない。くしゃみや咳はましになっていた。急に暖かくなったので、妙な感じも加わっている。暖かいと気持ちが悪くなることもある。寒いときは頭が痛くなる程度で、気持ちが悪くなることはない。やはり寒暖差がありすぎると、良くない。体が付いてこない。
 昨日はそれでしんどかったので、お供のカメラは大人しいニコン1だけを持ち出していた。ポケットに入るので持ち出しやすい。それに50ミリを付けたフナ釣りスタイル。単焦点標準レンズだが、結構明るいので、夕方前や夜などに部屋を出るとき、これを持ち出している。外灯の下の風景などが写しやすいためだ。それと、あまり写す気がないときは、この標準レンズで、適当に写すことになる。この単焦点レンズよりも、キットで付いてきていた標準ズームの方が小さく、しかもレンズキャップ内蔵。自動だ。1インチのミラーレスでレンズ交換できるのだが、電源を入れるとキャップがスライドする。だから普通のコンパクトカメラと同じようなもので、キャップがいらないし、沈胴を引っ張り出す必要もない。
 これがあると、50ミリも入っているので、50ミリレンズはいらないのではないかと思えるが、ズームで迷うことがないので、諦めが付く。広い目に写らないし、狭い目にも写らない。ズームがあれば何とかなるのだが、単焦点では何ともならない。こういうときはレンズ交換すればいいのだが、そこまでして写すようなものではない。また、写さなくてもいいようなものだ。
 そういうのが写しやすいのが50ミリ撮影。所謂フナ釣り撮影だが、これは適当なものだ。とりあえず写しておけ、程度。
 だから、あまり写す気のないような日は、フナ釣りがいい。
 このニコン1用の高倍率ズームがある。28から280ほどと、大人しいが、標準ズームだと思えば望遠側に強い。これなら一本で広角から望遠まですむのだが、それなりに大きく重い。まあ、同じニコンの一眼レフの似たタイプだと倍以上大きく重いので、それに比べるとコンパクトだ。ただ、これを付けるとポケットに入らない。それと、このカメラ、小さなレンズを付けている方が似合っている。キットレンズに望遠もあるが、そちらは安くて軽い。まあ、そうなると、撮影になってしまう。やる気満々の。そうではなく、あまり写す気がないときには、構えるだけでも大層になる。
 やる気満々の精悍なカメラより、緩いカメラの方が持ち出しやすく、気楽に写せる。
 ニコン1は結構高かったのだが、小さいので、気楽だ。
 それと似たようなレンズ交換ができる小さなミラーレスがある。ペンタックスQシリーズだと思う。普通のコンパクトデジカメ程度の受光素子だ。しかし、交換レンズが色々と揃っている。単焦点もあれば、望遠ズームも。昔、ペンタックスから出ていたポケットサイズフィルムの一眼レフを思い出す。小さいがミラーがあり、ファインダーもある。レンズも揃っており、大きな箱に、全部の付属品を詰め込んだセットものもあった。まるで着せ替え人形セットのように。小さなストロボまで入っていたような気がする。もうそのフィルムはないだろう。コダックのカートリッジ式だったと思う。
 このペンタックスの小さなミラーレスのレンズは、ズームも手動。単焦点では、ピントリングも付いているのではないかと思われる。小さいだけ。
 上新などで展示していた時期があったが、最近は見かけない。その頃、手にしたことがあるが、小さいわりにはズシリときた。結構重い。メタルカメラなのだ。
 ファインダーのないミラーレスは去勢されたようなものだが、最近のミラーレスは電子ファインダー内蔵が普通になってきている。そうなると本気で写せるカメラになるので、逆にまずいのではないかと思える。やる気満々のカメラは、元気がないときは触りたくなかったりするものだ。
 
 ノートパソコンで、少し変わったのがある。レノボから出ている10インチのノートだが、キーボードがタッチ式。これはマイクロソフトのノートパソコンにあったのだが、すぐに物理キータイプになってしまった。だからタイプしにくいのだろう。しかし、キーボードの去勢で、軽くなる。
 そのレノボのキーボード箇所はのっぺらぼう。真っ白ではないが、真っ黒。ボタンを押すとキーボードが現れる。まるでネオンだ。キーではなく、板に写しているようなもの。液晶ではなく、板なのが良い。キーボードのないタブレットやスマホなどではタッチすることで、キーを打つことになるので、それと同じだ。それが打ちにくいので、外付けの物理キーボードを付けたりする。
 しかし、レノボのその幻灯のようなキーボード。10インチの幅があるので、普通の10インチノートパソコンと同じ横幅を持っているし、殆どのキーはそのまま表示される。10インチや11インチと同じキーのレイアウト。さらにページダウン、ページアップのキーが独立してある。これは少しはみ出しているが、物理的な制約がないので、できるのだろう。
 そして、その幻灯キーボード、消すとタブレットになる。しかもワコムのボールペンの芯付きタイプが使える。その板の上に紙を置き、そこでボールペンで書いたものが、そのままモニターに出る。当然液晶タッチもできるので、直接指でも書けるが、精密な絵は無理だろう。その点、モニターを見ないで、紙を見ながら書くのだから、普通に紙の上で書いているのと同じと言うより、実際紙の上で書いていることになる。ものすごいアナログだ。本体はレノボだが、ペンタブレット部はワコム製らしい。液晶直書きだと、液晶表面とのズレができるが、紙に直接ペンで書くのだから、問題はない。また、普通の紙に鉛筆で下書きした上から、その電子ペンでなぞっても良いのだが、良く考えると、その紙で書いたものを、単にスキャナで取り込んだ方が早いのではないかという話になる。10インチの板の上に紙を乗せる必要はない。手書きだと紙を結構動かす。しかし、この端末だと、板付きになってしまう。本体を動かす必要がある。回り舞台だ。
 元気なときのソニーなら、こういうのを出したかもししれない。
 他には、手書き入力もある。自動認識で、テキスト文字にしてくれる。だから、幻灯のようなキーボードを使わなくても、その台の上でペン入力できる。これも、幻のキーボードに指ではなく、ペンで突いてタイプするのと同じようなものだが、一応手書き文字と同じ動作なので、タイプとは少し違う。
 ペン入力で、ローマ字変換ができる端末はソフトは結構ある。電子辞書などにも付いている。
 しかし、このノートパソコン、そのインチキ臭さがたまらない。デジタルで何処までできるのかという話だが、あまり流行らないのは、それを使う用途があまりないためだろう。しかし、意欲的な製品なので、気になるところだ。
 絵で言えば、液晶直書きではなく、ペンタブレット式だが、インクの出るペンで書くところが味噌。絵を書くのを日常的にやっている人なら、これは携帯ペンタブレットだろう。10インチのスケッチブックを持ち歩いているようなものだ。重さは700グラムほどしかなく、薄い。物理キーボードの蓋ではないためだ。ただのタブレットカバーのようなものだ。
 これを持って、スケッチに行くことも有り得る。デジカメで写せば一発だし、この端末にもカメラは付いている。しかし敢えてペンタブレットで手で絵を書く。この行為はもの凄くアナログ。そのため、ハイテクのデジタルの先端を行く端末が、逆に一番アナログ的なことになる。それなら、最初からスケッチブックを買えばいいようなものだ。このパラドックスが、デジタルものの果てにある。
 ただ、モロのアナログではなく、少しだけデジタルを通したものの方が手を出しやすい。新味があるためだろう。
 昔は喫茶店に入り、紙のノートをいつも広げて、何か書いていた。それと同じことを、このノートパソコンはできる。台の上にペンで文字を書けばいい。文字は漢字が混ざっていてもいい。逆に時間がかかり、アナログに戻されるが。


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2017年01月30日

ポメラDM200

■■ 2017年1月30日(月) 午前8時28分
 
 今朝は雨。しかも暖かい。寒ければ雪になっているのだが、雨のタイプが違う。これは予測されていたようで、数日前からの予報でも朝の気温は高い目に出ていた。朝と言うより最低気温予測だ。それが10度と、この時期としては非常に高い。暖かい雨と言っても温泉のようなわけにはいかないが。
 雨は小雨で、傘がいらないほどだが、冬の雨なので、濡れると寒くなる。そのためか、道行く人は全員傘かカッパ。自転車で傘だと手を出さないといけないが、暖かい目なので、手はそれほど冷たくない。
 この雨が行くと、また寒くなるのだろう。春への道は一雨ごと。一雨ごと暖かくなっていくらしい。その雨はきっと暖かめの雨で、雪を降らす北からの雨ではないのだろうが、花見の頃にも雪は降る。雨が雪に変わるのではなく、最初から雪を降らすタイプの雪雲だろう。雲を見ていても分からないが、北から来た雲だろう。
 風邪っぽい症状はまだ残っているが、冬は大体そんな感じで、くしゃみを連発するようなことがないだけまし。しかし、急に空気が変わると咳が出たりする。これは無理咳のようなもので、咳が出て止まらないわけではなく、その気になれば、咳は止められる。しかし、咳をしたい気になり、咳をすることがある。この咳は、人に自分の存在を示すときにすることがあるようで、ある意味、急に登場しないで、知らせる意味でのエチケット性があるらしい。咳払いというわけではないが、言葉より先に咳で合図を送る感じ。ただし、相手が気付かない場合。教えてやると言う程度。自転車のブレーキをキーキー言わせるのとは少し違う。それは安物の自転車に付いているブレーキなので、音がしやすいことを示しているので、結構恥ずかしかったりする。または錆びるほど古いか。
 早いもので一月も終わろうとしている。もう年末年始などは遠い昔に思えるほど普通の日々が続いているのだろう。しかし、年末年始に関係ではなく、違うことで、妙な年明けを迎えた人もいるだろう。こちらの方が重大だったりする。誰でも越せる年ではなく。
 数年前の正月明けから頸椎症になり、腕が痺れて痛くなった。首も。そういう年明けがあり、治るまで半年かかっている。ノートパソコンのキーボーを打つときも痛く、往生した。だから、無事に年を越しても、三が日を過ぎたときに、きつい年明けになったので、何が起こるか分からない。暦とは関係なく、来るようだ。
 節分で豆まきの季節になるのだが、これも、豆まきをした瞬間、まいた人が鬼になっていたりしそうだ。
 まあ、悪いことばかりではなく、良い事も突然起こったりする。遠い因果が報いたり、報われたりすることになるが、その原因はあとでのこじつけが多い。思っている原因とは全く違う原因のこともある。
 
 ポメラDM100から200への買い換えを考えているが、新製品になってから久しいDM200の値段はそれほど下がらない。出た頃に比べると、4万円を切っているが、ノートパソコンを買える値段だ。ノートパソコンは2万円台からある。これはエースースーかエイサーか、マウスに限られるが、レノボも結構安い。国産はマウスだけ。これは量販店でよく見かける。
 パソコンはいろいろと面倒なのは、色々と言ってくるからだろう。更新がどうの、セキュリティーがどうの。そして動作がおかしくなったり、ソフトやハードとの相性が悪かったりとかも。
 その意味で、ポメラは静かなものだ。OSの更新も中のソフトの更新もない。昔のワープロ専用機のようなものだろう。
 ポメラの欠点は辞書数の少なさだろう。変換率に関しては、使えないほど悪くはない。どうせ誤変換はするもので、それ以前に誤入力でのミスが多い。なぜこの言葉を変換しないのかと思っていると、タイプミスで、最初からないような言葉だったりする。
 ポメラに入っている日本語変換ソフトはATOKだが、スマホ版だろう。学習機能はあるが、あるところでリセットでもされるのか、忘れている。せっかく覚えさせたのだが、全部忘れてしまったりする。しかし、下手に学習させると、そればかり出るので、これもそれほど致命的な問題ではない。
 しかし、辞書が小さいので、変換してくれない言葉が結構ある。付属の国語辞典もそれほど大きなものではないが、辞書引きすれば出てきたりする。辞書登録は初代に比べ、かなり多くできる。昔のワープロ専用機なら100個できれば良かった程度なので、それに比べれば、かなり登録ができる。辞書にないのだから、登録しないといけない。逆に辞書の多いパソコン版などは、辞書登録などしなくてもいけるほどだ。余程固有の言葉でもない限り。
 その小さな日本語変換での辞書がパソコン並みに大きくなっているのが最大の長所で、欠点がそれで減るのだが、普通になった程度だろう。そして変換率も上がっているらしい。辞書数だけではなく、変換率も。
 実際にはここがテキスト打ちのときの肝心要なところなのだが、パソコン以下の世界のままだった。それではテキスト専用機としては何とも頼りない。キーボードと小ささだけで何とかなっていたのだろう。変換率が悪く、辞書も小さく、言葉を知らない専用機なのに、それを使い続けているのは、修正もまた楽しいためかもしれない。これは校正以前の話だが。
 ポメラDM200や最新機の折りたたみ式になってから句読点変換ができるようになったので、ベタ打ちができる。ただ、基本は連文節変換なので、自動変換ではない。句読点を打つと変換キーを押したのと同じことになり、そこで変換され、続けて打てば確定される。しかし、句読点の間隔が長すぎると、それ以上言葉を受け付けないようになるが。
 いずれにしても、この狭いポメラの世界は意外と落ち着く。マウスなどは当然使えない。全てキーボード。だからそれに合わせたインターフェースなので、メニューを辿るときも、キーボードでできるようになっている。そしてメニューの文字もそこそこ大きい。パソコンだとモニターの解像力の影響を受けるが、ポメラは、その機種だけの専用で、中に入っているソフトも、そのポメラの形に合わせてある。これはレンズ一体型のコンパクトカメラと似ていたりする。そのボディー専用に作ったレンズのためだ。
 違うソフトを入れると、違うマシーンのようにも使える汎用性はポメラにはない。ただ、カレンダー程度はある。スケジュール程度はカレンダー内に書き出せるが、ポメラそのものがメモ帳のようなものなので、ポメラのエディターで書いて、ファイル化しておいた方が素早かったりする。
 ただ、今回はネットが少し入っている。ファイルを送るためだ。しかしウェブを見るとかは当然できない。せいぜいできるのは、Googleへメールとして送れるだけ。ファイルをメールとして送ることになるが、SDカードの抜き差しの方が早かったりするし、またUSBで繫げば、受け渡しができる。今回からバッテリー式になっているので、そのまま放置すれば充電してくれる。これはデジカメに似ている。カード内のファイルを送ったり、充電したりとかの。
 また、ケータイ用の充電器が使える。バッテリー切れになったときは、便利かもしれない。
 SDカードを忘れても、内蔵メモリがあるので、大丈夫。あとでSD側へコピーするなり、USBで繫げば、内蔵メモリ内も見ることができる。だからSDカードはいらないほどだが。
 当然内蔵メモリのバックアップも簡単だ。SDカードにそのままコピーするか、またはパソコン側へ全部コピーすればよい。同期とかではなく、ベタベタな上書きコピーだ。テキストファイルなので、軽い。
 また、ファイル管理画面もしっかりとあり、フォルダも作れる。
 エディタ的にはマークジャンプで、アウトラインエディター的なこともできる。行頭に任意の記号を付けておけば、マークジャンプ、つまり検索と同じような動き、キーボード一発で出来る程度のことだが、このマークジャンプは分かりやすいので、アウトライン形式よりも、単純で良い。長文を書いているときなど、章の始まりに、このマークを付けておけば、飛びやすい。そこに階層を加えるから操作がややこしく、設定がややこしくなり、使う気にならないのだろう。
 ちなみにこの日誌の先頭は、
■■ 2017年1月30日 月曜日 午前10時03分
となっているはず。リアルタイムの時間が出るので、時間は違うが、この■がポメラでのマークジャンプの名残。二つ■が並んでいるのは、大きな章という程度。スクロールしたとき、分かりやすいため。
 ポメラのことが気になっているとき、値段を確認しようとアマゾンを見ると、下がっていない。
 そしてレビューなどを見ているとものすごい世界がそこにあった。逆にものすごいのではなく、物静か。その中に心穏やかな生活などと書かれている。テキスト端末と、心穏やかな、というのはあまり組み合わせはないが、ポメラを買った人はキンドルも買っている人だろうという感じで、心静かに、穏やかにキンドルで電書を読み、ポメラで読書感想文を書き続ける。読書日記だろうか。そういう使い方をしている人がいるのだ。
 スマホ、タブレット、当然パソコンもそうだが、心乱れる世界なのかもしれない。色々なことができすぎて。
 また、ある年寄りの話も興味深い。余命、いくらもないので、買うかどうかで迷ったらしい。病気ではない。79歳なのだ。買って一年後に死にそうなことをいっているが、それほど長くは使えないだろう。それでもバッテリー式になったので、それが劣化するまでどちらが劣化するのか競争のような話。まあ、最近のバッテリーは自然の劣化もそれほど短くはない。中古デジカメに入っているバッテリーなど、十年以上のものもある。多少は減りが早いかもしれないが。
 しかし、ここにポメラらしい接し方があるような気がする。決して心温まる話ではなく、寂しい話だが、落ち着いて文章を書きたいのだろう。
 だから文章を書くのが好きな人はポメラがいいのかもしれない。これはお気に入りの万年筆を手に入れたようなものだ。万年筆ほど小さくないので、筆箱だろう。それを開ければすぐに書ける。起動も糞もない。ふたを開ければすぐに書ける。途中でふたをすれば電源は切れ、次に開けたときは、同じ画面から始まる。トップページ、起動画面がいきなりテキスト画面。
 ファイル一覧も狭い。パソコンのフォルダのように、訳の分からないフォルダが勝手にできるようなことはない。自分で作ったフィルしか表示されない。
 当然SDカードを入れておけば、そこに書き込める。単純なファイル管理だけですむ。テキストなので、ファイルサイズはしれている。一生分の文章でも内部メモリに入ってしまうだろう。当然1ギガのSDカード。今はそんな小さなものはないが、そこに何生分ものテキストなら入る。
 まあ、そういうしみじみとするレビューを読んでいると、数は少ないが、ポメラファンがいる。
 このタイプの端末。タブレットでもスマホでも似たようなことができるのだが、文章を書くというただ一点に絞り込んで作ったハードとソフトなのは珍しいというより、他に類を見ない。色々できる中で、テキスト打ちもできますではなく、テキスト打ちしかできない端末なのだ。
 しかし、結構不満点があるのに、使い続け、また新製品が出れば買っている人は、買った端末はハードもソフトも更新も何もなく、拡張もないので、次のが出るまで、使い続けることになる。途中でやめたりもするのだが、そのころに新製品が出る。今回は五年ぶり。
 そろそろつぶれる頃だが、こちらが買った前機は無事だ。五年前買った状態よりも汚れてしまったが、中身は同じ。
 先ほどの89歳の人は、やっと新製品がでるまで生きていたのだろう。ナムアミダブツ。
 それを考えると、ポメラは天国のようなものかもしれない。

 ポメラ、それは隠れ里で、非常に心穏やかな世界だ。
 
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2017年01月29日

池田市攻め

■■ 2017年1月29日(日)午前8時39分
 
 今朝も結構寒いが、明日の最低気温が10度となっているので、不思議だ。そして明日の最高気温が15度。これは雨が降るためだろう。暖かい雨だ。南からの雨かもしれない。
 しかし、明日のことよりも今朝は寒い。少しだけ手がかじかむが、氷点下にはなっていない。部屋にいても手が冷たいことがある。電気ストーブが手の甲に当たっていないのだろう。マウスなどを持つとき、手が冷たい。
 その状態が真冬の寒さを示している。手が寒暖計で、これが結構正確だ。見なくても分かる。ただ、それは個人に関しての話だ。人により違うが、程度差があるだけで、感じ方が違う程度。自分だけが感じているということでもなく、人に言えば、通じたりする。寒い冬に暑いという人もいるかもしれないが。
 まあ、自分だけが分かればいいという程度の問題もある。しかし、自分だけでは頼りないので、他の人はどうだろうかと聞いてみたくなる。寒暖計があると、聞かなくても分かる程度。
 昨日は聞かなくても暖かかったので、昼頃に散歩に出る。自転車散歩で、前回は川西市を攻めたので、今回はそのお隣の池田市を攻めることにした。
 伊丹から見ると猪名川の手前が川西市、猪名川を渡れば池田市。これは渡る橋により違い、河口側だと尼崎市になる。
 それで渡った橋は猪名川が二つに分かれ、本流の猪名川と藻川になる手前の橋。橋を渡らないで土手道をまっすぐ行くと川西市に出る。渡った側の土手を北へ進むと池田市街に出る。非常に分かりやすい。
 池田の猪買いという落語があり、イノシシを買いに行くのだろうか。大阪方面から池田へ向かう感じなので、その道はどの道かと想像するが、猪名川に沿っていけば一番分かりやすいはず。
 猪名川の堤防から見ると、猪名川が山の向こうへ向かっているのが分かる。左右に山があり、一方は川西の山、一方は池田の山。その隙間を猪名川は流れているのだが、遠くから見ると、結構幅がある。川西方面から北へ抜けると能勢へ出る。モロに猪名川沿いなので道が狭い。川と山は何ともならないのか、削りきれないのだろう。池田から北へ行く道もあり、こちらは裏西国街道。亀岡まで抜けることができる。そこはもう愛宕山が見えているので、老いの坂を越えれば京都。光秀軍が本能寺へ向かった道だ。
 猪名川沿いに池田へと向かっていると、すぐに右に飛行場。土手のすぐ右。ここは飛行機が離陸するときの滑走路の端。だから真下から見える。そのため、撮影スポットになっているのか、撮している人もいる。飛行機はその滑走路から離陸し、六甲山にぶつかる前にさっと左へ旋回するコースが多い。まあ、六甲山へ真っ直ぐ突っ込んでも日本海に出るので、そちらへ向かう便は少ないのだろう。それに飛行機はスピードがあるので、すぐに六甲山にぶつかりそうだ。
 そのコースは子供の頃から見ており、これは空の道。いつも同じ場所を飛んでいる。それを真下から見て、確認。
 その先へ行くと、土手は少し高いので、川西や池田の市街地が見える。そして飛行場が切れる辺りに墓場を発見。飛行場ができるまでは田んぼがあり村があったので、その墓場だろう。飛行場周辺にもう一つある。殆ど飛行場内に入り込んでいるが。
 そこで六地蔵などを撮していると、バッテリーが切れかかった。その日はキヤノンのネオ一眼だけしか持ってきていなかった。結構長持ちする大きなバッテリーなので、充電を忘れていたのだ。それで引き返すことにする。
 キヤノンのネオ一眼のバッテリーは都合三つほどある。サイズが同じなので、使い回せるので、予備のバッテリーが二つあることになるのだが、こういうときに限って持ってきていない。まあ、自転車散歩に出るつもりで出たわけではないためだろう。
 鞄にネオ一眼、ポケットに何等かのコンパクトデジカメを入れているのだが、昨日はポケットには入れていなかった。ネオ一眼なので、超広角から超望遠まで一台でできるため、ポケットに別のカメラを入れていても使うことが先ずないこともある。
 昨日はよく晴れており、しかも暖かかったので、自転車散歩にはもってこいの日だった。
 結局池田攻めはネタで、池田までの道沿いを撮すのが目的。これは電車やバスで行けば一気にワープだが、池田市内だけの撮影になる。だから、飛行場横の旧村の共同墓地なども発見できないだろう。
 自転車で一気に池田市まで走るのではなく、歩くようなスピードで、ゆっくりと行く。その走り方なら筋肉は殆ど使わないので、意外と遠くまでいける。
 結局昨日は猪名川土手散歩程度で終わった。池田攻略は失敗したが、次回、晴れて暖かい日に、また行くことにする。
 真冬なのに、暖かい。そういう日がたまにある。
 
 昨日はテキスト専用端末のポメラのことを考えていたのだが、一太郎とかワードで作ったファイルは当然表示できない。だから全てテキストファイル化しておかないと、以前のファイルは開けられない。
 大事なファイルというか、メモとして残しておかないといけないのはテキストファイルで保存している。ワードのファイルなら、Windows機ならワードがなくても表示できる。そのソフトが二つも最初から入っている。一番単純なのはWindowsのメモ帳。そしてある程度書式が作れるのも入っている。さらにmobileワードや、無料のオフィスソフトなどもあるので、何とかなるが、ポメラになると、そんなことはできない。まあ、ポメラそのものがメモ帳のようなものなので。
 一太郎でファイルを保存するとき、同時にテキストファイルも作ってくれる。これはチェックマークを入れておけば、その後ずっとテキストを吐き出してくれるのだが、そのテキストファイルを使ったことがなかったりする。だから余計なファイルが残るだけになるのだが、テキストファイルが必要なとき、いちいち変換しなくても済むので、楽と言えば楽だが、そのテキストファイルを弄って、本家のファイルより新しい版になってしまうと、どちらが最新なのかが分かりにくくなる。これはファイルの並べ順を更新順にすれば済む話だが。
 テキストファイルの方が新しいとなると、本家のファイルも新しくしないといけない。そんなときはテキストファイルを読み込み、一太郎ファイルにしてしまうことだ。ファイル名が同じなら、拡張子が変わるだけ。そして当然上書き保存になり、古いアイルが新しくなる。まあ、それも面倒な話だ。
 だからポメラというのは入力専用に使うのがいいのだろう。結局はWindows機に取り込んで、そこでファイル管理をするのだが、殆どのファイルの中身は、ネット上に上がっていたりする。この日誌などもそうだ。こういうのはデータ性がないので、ネットに上げることがフィニッシュになる。そして読み返すことがあるとしても、ネット上にあるので、部屋のパソコンに残っていても、あまり意味がなかったりする。
 そういうのを検索して、色々とやるためにEvernoteなどを使っていたのだが、結局後で見るようなものはほぼない。整理のための整理のようなもので、これはサボると、もう何処に何を入れていたのかさえ忘れてしまう。
 まあ、あとで探し回さないといけないようなデータ性の高いものは限られている。資料的なものは別だが。
 それよりも、2月になると一太郎が出る。これを楽しむ方が良いようだ。

 
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2017年01月28日

ソニーα5nの続き

■■ 2017年1月28日 土曜日 午前8時28分
 
 今朝もそれほど寒くはないが1度や2度なので、5度を切っているので、これは寒いうち。真冬前に5度を切ると寒いと言っていたが、最近はずっと切っているが、それほど寒く感じないのは、氷点下の日があるため。それに比べると、暖かい方だと思ってしまう。
 5度を切っているのに、寒さを感じにくいのはそれだけではなく、真冬前よりも着込んでいるためだろう。しかし、今朝は手袋なしでも悴まなかった。確かに指が冷たいが、袖の中に入れてしまうと、何とかなる。手袋よりも簡単。
 昨日は寝起きの喫茶店で日誌を書いているとき、ノートパソコンの画面が真っ黒になり、そこで止まってしまったのだが、何度かあった。そのときはさっと暗くなって、さっと戻った。その原因というか、きっかけは日本語タイプ中のもたつきのとき。最近のATOKは先読みしていくので、変換前の仮名文字を間違えるともたつく。そう言う言葉を探しているのか、組み合わせを考えているのかのように。それでタイプミスに気付くことがあるので悪くはない。もたつくとは、さっと次のかなの表示が遅い。一瞬止まる。ATOKは賢くなったが、無駄な努力のようなものだろう。ミスした言葉を先読みしているのだから。
 しかし、このノートパソコンと、他のノートパソコンとでは、このノートパソコンだけが一太郎の動きがおかしい。違う動作をする。環境設定は同じはずで、弄っていないのだが。
 さて、昨日は真っ黒になったのだが、再起動すれば戻るのだが、ファイルは戻らないと思っていたら、一太郎をまた起動させると、復帰している。書きかけのファイルのまま表示された。電源を一度落としたので、休止ではない。これは、バックアップは取らないようにしているのだが、自動バックアップが効いていたようだ。まだファイル名のない新規文章なのに。しかし、ファイル名を付けなくても、新規とか、そういったファイル名になる。その自動バックアップでできたファイルを探すが、ない。これは落ちたとき、単に一太郎を起動したとき、新規画面ではなく、落ちたときの画面で復帰するという仕掛けかもしれない。
 昨日はそう言う面倒なことがあるので、テキスト専用機のポメラが頭に浮かんだ。ワープロ専用機のようなものなので、平和なものだ。ウインドウズ下にある村ではなく、独立した村だ。一太郎も村だが、ポメラ村はさらに村性が高い。狭い世界だが。
 一太郎はサービス過剰で、重くなっている。新型のポメラもそのATOKを乗せているのだが、変換率が上がり、辞書も大きいようだ。そのため、負担が大きいので、cpuを早いタイプに変えてきた。しかしそれを動かすには乾電池式では無理なようで、普通のバッテリー式にしてきた。電池切れなら何とかなるが、バッテリー切れは充電しないと何ともならない。スマホなどで外で使うバッテリーがあるようだが、それが使えるらしいが、それなりに重いだろう。電池を持ち歩くのも重いが。二本ぐらいなので、大した重さではない。
 そして、ATOKのために、バッテリー式にしたため、モニターも普通の液晶にしてきた。以前のポメラは自然光で見えた。バックライトなしで。しかし暗い場所では見えなくなるが、暗闇で読書などする人はいないので、何等かの明かりを付けるだろう。その明かりで文字が見えた。
 要するに新機能のために変えてきたのではなく、変換率の良いポメラ版ATOKを動かすために、変えてきたことになる。
 ということを書いている最中、またあの暗転が来た。今度はエラーの表示が出た。どうも一太郎側でのエラーらしい。それで、暗転からは復帰したが、画面がおかしくなっているので、それをコピペし、ワード側に張り付けて、今、その続きを書いている。やはりこの新しく買ったノートは、一太郎との相性が悪いようだ。
 ポメラなら、そういう相性がどうのはない。そのエディターのためだけに作ったハードやソフトなので。汎用性がないほうが安定していたりするが、他のことはできなかったりする。
 このノートを買ったときから、一太郎が重い。ATOKも重い。それでワードを使うようになったのは軽いためだ。ワードもその日本語変換ソフトもマイクロソフト製。相性が悪いはずがない。
 それで、昨日は普通に一太郎が動く以前に買っていたノートパソコンを持ち出す。これは予備役に回っているが、こちらのほうが軽快に動くので、不思議だ。
 そして夕方前に入る喫茶店へポメラを持ち出す。このポメラはひとつ前の旧機だが、電池で動くタイプ。不安定な要素はひとつもない。新型ポメラと同じデザインで、旧型のモデルチェンジが新型ポメラだが、大きさ重さは似ている。ほぼ同じようなものだ。それで新型ポメラを意識しながら、旧式ポメラでタイプしていた。それよりもカバンが軽いし、端末の場所を取らないので、カバンを選ばない。ただ、横長なので、ある程度幅のあるカバンでないとだめだが。
 しかし、今朝はポメラではなく、普通のノート。やはり一太郎やワードの方が華やかで良かったりする。ワードなどは都会だ。
 しかし、実際にはウインドウズ村。マイクロソフト村だろうが。その村が大きいのだ。その中の日本語版村だろうか。
 
 ソニーα5nの続き。
 10年前のカメラのためか、屋外での液晶の見え方が暗い。暗くてもコントラストがあれば、何とかなるが、ぼんやりとしか見えない。これはソニーの普及版コンパクトカメラの液晶が暗いのと同じ。同じ時期に出ていた他メーカーのコンパクトデジカメの液晶のほうが明るかったので、まあいつものソニーだということだろうか。しかし、最近の液晶は明るいが、パソコンに取り込むより、その液晶で見た方が明るく綺麗だったりする。部屋のパソコンは暗い目にしているので、そのためかもしれないが。
 しかし、構図が分からないほど暗くはないが、現実とモニターとの関係が把握しにくいときがある。ものの位置関係だ。
 AFは今の安いコンパクトカメラよりも遅く感じることがある。しかし、起動は早い。さっと取り出して、さっと写せる。
 それよりも生のシャッター音が快かったりする。音声ファイルではない。ミラーレスなので、ミラーの跳ね返り音はない。
 液晶撮影専用なので、あまり絵作りを考えながら写すようなタイプではない。これが意外といい絵ができたりするので、不思議なものだ。よく見えない液晶で写したものを、後で見ると、こんなのを写していたのかと、フィルムカメラ時代の、写した後の楽しみができたりする。
 いつもの日常移動中の風景しか写していないので、あまりいいものは写っていないのだが、画質ではなく、そのスタイルが好ましかったりする。片手撮影ではズームレバーがないので、片手だけではズームはできないが、あらかじめ画角を決めておけるのが、手動ズームの良さだ。真ん中なら50ミリとか。あとはレンズのでっぱりで何とか分かる。伸びていると望遠。引っ込んでいると広角端という具合に。
 画質の差はあまり明快にはないのだが、ピントが浅い。それほど寄れないが、花などを80ミリ少しの望遠で写すと、背景が完全にぼけてしまい、道沿いの風景が飛んでしまう。ボケて何かよくわからなくなる。これは余計なものをぼかして処理するときはいいのだが、それをすると風景ではなく、ただの花の写真になる。
 デジタルズームができる。ただしメニューから入っていく必要がある。その切り替えを一発でできる機能があるのかもしれないが、まだ探していない。カスタムキーに仕込めそうだが。
 最大10倍。だから800ミリを超える。電子ダイヤルでズームすることになるのだが、これが遅すぎる。しかし、タッチでもできるので、指でこすった方が早い。これで27ミリから800ミリ少しのズーム機になる。望遠ズームがいらないのではないかと思えるが、400ミリ相当の望遠ズームを付ければ4000ミリになる。
 しかし標準ズームだけで800ミリまで行けるので、猫でも鳥でも、何とか写せる。そのため、おとなしい標準ズーム機だが、これ一台で、何とかなるようなカメラだ。
 しかし、後でよく見ると、ただのデジタルズームで、劣化するタイプだった。
 
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2017年01月27日

フリーズ

■■ 2017年1月27日(金) 午前9時45分
 
 今朝はそれほど寒くはないが、真冬の真っただ中にいるのは確か。朝の天気は晴れているのだが、雲が濃い。日差しがさえぎられることもある。また空が荒れだすのかもしれない。しかし、寒波が来ていたころに比べると、それほど厳しくはない。
 今朝もいつものように伊丹モスに入り、ノートを広げて日誌を書いていたのだが、途中でパソコンが固まった。ウインドウズ機で、テキスト打ちでは、固まるようなことはまずない。
 日本語入力中、たまに画面が真っ暗になることがあり、これはすぐに直るのだが、今回はフリーズ状態。しばらく待てば直るのかもしれないが、一太郎とATOKの組み合わせでは、まず起こらない現象。
 どうも、このパソコンだけの固有のことだろう。ATOKの動きも 鈍い。それほど遅いマシーンではなく、早い方なのだが。
 それで、また書いていた日誌が消えた。自動バックアップにしていなかったので、記録されていない。まあ、大したことは書いていなかったので、それでいいのだが、これで、このノートでは一太郎はしんどいので、ワードに切り替える。
 ワードにすると、タイプも軽い。当然日本語変換ソフトもマイクロソフト製に切り替える。やはり、このコンビがこのマシーンではいいのだろう。
 他のノートパソコンではそんなことはなく、遅いマシーンでも、起動してしまうと、一太郎もすらすらと動く。不思議なことだ。まあ、最初からついていたワードは、いつでも最新のワードで、一太郎のようにバージョンアップ版の年貢はいらない。
 やはり、このノートではワードをメインで使うのがいいのかもしれない。
 ノートは幸いすぐに元に戻ったので、続きを書くことができた。そのまま起動しなければ、一度部屋に戻り、別のノートを持って、また違う喫茶店に入りなおさないといけないところだった。朝からコーヒー二杯はしんどい。
 くしゃみと鼻水の風邪になっていたのだが、今朝はまし。咳をすると、喉が少し痛い。これはやはり風邪だろう。暖かいところで、じっとしておれば回復するはず。寝るのが一番だが、寝込むほどでもない。まあ、寒い中、うろうろしないことだが、いつも通りの移動はしている。冬なので、風邪っぽくなるのは普通だろう。
 それで、今朝は一度書いた日誌が消えたので、書き直すほどの内容ではないので、短い目で終える。

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2017年01月26日

ソニーα5n

■■ 2017年1月26日 木曜日 午前8時35分
 
 今朝はマイナス3度と寒いのだが、寝ているとき、それほどでもなく、起きても、それほどでもない。一番下のシャツを長袖にしたためだろうか。朝の喫茶店までの道も、マイナス3度を感じない。これは中に着込む毛糸のカーデガンをガウンのような分厚いタイプに変えたためだろうか。去年の今頃、半額になったの買ったものだ。これは尻まで隠れる。そして二重構造になっている毛糸の手袋。この違いだろう。朝の道もそれほど寒くない。手も悴まない。マイナス3度は何処かへいった感じだ。
 しかし、昨日から鼻水とくしゃみが激しい。これは風邪だろう。風邪気味ではなく。
 今朝、マイナス3度なのに寒くないのは、熱があるためかもしれない。それなら自家発電で暖房しているようなものだが、気をつけないといけない。鼻水とくしゃみは今朝はましだが。
 今朝は晴れており、寒波も去り、高気圧に覆われるようなので、ここ数日は、それほど寒くはないはず。昨日までの寒波が、この冬の底だと有り難いのだが、一月末から二月の初めにかけてが一番寒い。今、その時期に入ったところだと判断した方がいい。
 しかし、田んぼには春を知らせる雑草が小さな花を付けている。しかし、寒くても咲いているのかもしれない。真冬は、見ていないだけ。真冬から抜けかけたときに、見に行った覚えがある。だから、それまでは見ていないだけで、咲いているのかもしれない。この雑草は子供の頃にはなかったので、外来種だろう。
 
 寒い中、昆陽の中古屋へソニーのミラーレスを買いに行く。α5nだ。風邪っぽいが、晴れているので、問題はない。それ以前に、そのカメラの状態を見たい。
 店に入り、すぐに覗くと、確かにα5nに間違いはない。値段は25000円だと思っていたが税込みで21600円。付属品はバッテリー、充電器、ケース。USBのコードや、マニュアルはない。
 すぐに店員を呼び、見せてもらうが、バッテリー切れで動かない。キズもなく、レンズも綺麗だ。それで、持ち帰る。
 途中にたまに入る喫茶店があるので、そこでじっくりと見ようとしたが、どういうわけか閉まっている。
 それで、戻り道にあるコメダへ入る。高いが居心地がいい。それに暖かい。
 ケース内にはストロボが入っていた。これは付属品で、カメラを買えば付いてくるはず。このカメラにはストロボが内蔵していないためだ。小さく軽くするため、そうなったのだろう。ストロボのスペースがないほど小さく細い。
 ケースも綺麗だが、バッテリーや充電器も新品のように綺麗だ。使っていないように。
 ボディーが綺麗なのは、あまり使っていなかったように思える。バッテリーを充電し、電源を入れてみなければ分からないが。
 ズームリングも、フォーカスリングもスムースに回る。ボディーに比べ、ぐっと前が重い。これがこの当時のスタイルで、レンズを握って持つタイプ。
 
 部屋に帰って早速バッテリーを少しだけ充電し動作確認。無事、電源が入った。当たり前のことだが、新品でも初期不良がある。
 電源は無事入った。電源レバーは手前側にあり、親指で入れるタイプだろうか。こういうカメラの多くはシャッターボタン周辺にあったりする。人差し指より親指の方が力が強いので、こちらの方がいいかもしれない。結構硬い。
 液晶はコンパクトデジカメよりも小さいと思ってしまうのは、同じ3インチでも、このカメラは横長の3インチなので、高さがない。そして横はいつもの比率だと全部使わない。だから小さい目の液晶だ。使っていない液晶箇所にソフトボタンのようなアイコンが出る。タッチパネルの方が軽いので、そちらの方がよかったりする。そのためか、十字キーに何の印もないキーがある。好きなものを割り当てられるのだろうか。
 メニューはかなりスクロールしないと見付からないほど、巻物のように長い。これも指でなぞれば早いのかもしれない。
 さて、それでいつもの試写。もう暗くなっているので外光のない暗い場所で撮す。結果はこのクラスのミラーレスなので、普通に写っている。ズームレンズなので、暗いがオートでは感度が上がるので、3200まで上げっていた。上限はもっとあるようだ。
 オートだと、ピントが何処に来ているのか分かりにくい。全部に来ているような大きな箱形になる。これが合焦マークと同じことなのだが、その中の何処に、というのは、出ない。
 良く考えると、壁際を撮しているため、距離的には大した差はないためだろう。
 ピントがなかなか合わないと思っていたら、シャッターボタン半押しが結構深かった。というより硬い。そこそこ押し込まないと半押しにならならない。その方がいいかもしれない。深い目の半押しの方が。
 広角端でも、もっとレンズが暗くなる望遠端でも、それなりに写っている。びっくりするほどの高画質というわけではない。最近の受光素子の小さなコンパクトデジカメのレベルが上がっているので、そう思うのかもしれない。
 しかし、落ち着いたタッチで、特にどうということがない絵だ。もう少しアンダー気味に出ると思っていたのだが、結構明るい。
 しっかりと解像しているのは、流石に受光素子の大きさだろうか。それがコンパクトデジカメ並の小ささにしているため、凄いカメラだ。しかし、素質があるのだろう。
 これだけよく写るカメラが21000円。最近の普及タイプのコンパクトカメラよりもはるかに安い。そして10年前に既にもう基本的なところは完成の域に達していたのだろう。10年以上前のコンパクトデジカメで写した写真を見ていても、結構よく写っていたりするのだから。10年前はまだまだ新しいのだろう。
 このカメラが店頭にあったのは、ついこの間のように思われる。
 そのあと室内で試写をしたが、失敗が一枚もない。露出は全部合っている。絵に破綻がない。しっくりとタッチが乗り、所謂べったりとした絵ではなく、空気を感じる立体的なタッチ。これは受光素子の大きさが勝っているためだろう。レンズはソニー製なので、ミノルタだろう。ツアイスではない。これはキットレンズのため。
 要するに古くても、受光素子が大きなカメラの方がお得ということか。2万1千円で手に入るのだから。そして画素数は1600万画素と、2000とかではないので、こちらの方がよかったりする。
 
 撮影ダイヤルはないが、撮影モードはある。初期状態だとお任せオートになる。今のソニーなら、プレミアとかが加わる。お任せオートはシーン自動認識で、個別のシーンを選ぶこともできるが、それがオートになっているだけ。これは一番大人しい。その後できた階調拡大や、暗い場所での複数枚撮影で、何とかするという反則は、この時代、まだできていなかったのだろう。そのため、合成時間がないので、さっさと写せる。
 そして、暗いところでも複数撮影で合成というは何だったのかと思うほど、違いがなかったりする。
 
 レンズ側にフォーカスリングがあるので、マニュアルフォーカスに切り替える。メニューから辿っていくのは面倒だが、何回かタッチしていけば出てくる。これはスマホ感覚なのかもしれない。そしてレンズ側を回すと、拡大される。結構微調整が効く。マニュアルフォーカスが欲しいのは、ピントを固定させたいときだろうか。AFだと、違うものを引っかけるので。それとAFが苦手とするもの。まあ、街中では使うことは先ずないだろう。
 しかし、小さな草花とかを撮すとき、ある方がいい。受光素子が大きいので、ピントがもの凄く浅くなるためだ。広角端でも望遠端でも25センチまで寄れる。これはレンズの先からではないので、結構寄れる。10センチぐらいはレンズが飛び出しているので、レンズ先端からだと15センチほどだろうか。望遠端でも寄れるので、これはありがたい。
 
 結局このカメラ、持ったときの感触がよく、ある程度の重さもあり、構えたときも安定している。そのため、乱暴に振り回せたりする。
 つまり、このカメラ、愛用機というより、乱暴に振りませる道具性が高い。
 

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2017年01月25日

富士X100S

■■ 2017年1月25日 水曜日 午前8時13分
 
 今朝も寒い。氷点下。マイナス3度が最低気温で夜中に出ている。この寒波は去るようで、そのあとの日曜あたりは春のような気温になるとか。それなら、春になったと思うだろう。冬の次は春なので。この場合、秋のような暖かさとは言わない。イメージ的には秋の方が春より寒いのだろう。徐々に寒くなる秋より、徐々に暑くなっていく春との違いで、温度計的は差はないはず。
 ただ、朝夕の感じは、秋と春とでは違うかもしれない。気温差を含めて。
 日曜あたり、暖かいというのは、真冬の底から抜け出てきたのだろうか。底にも幅があり、V字型の尖った一点のような底ではなく、幅があり、その面の中にも凹凸がある。しかし真冬の底はそれほど深い底ではない。その底は寒波が来る回数と関係しているようだ。寒波が来たら寒いという単純なものではないだろうが、冬型の気圧配置も、予報ではよく言われている。等圧線の間隔が短くなり、縦縞になり、風が流れ込むとか。それで風向きが決まったりする。
 この風向き、冬の風だが、自転車に乗っていると、多少は分かる。追い風だと早いし、向かい風だと重い。それで風の向きが分かるが、方角よりも、その道だ。その道の方角だ。都合よく北西の風、または西北の風が吹いていても、道はその向きではなく、南北や東西が多い。斜め風でも追い風なら早い。
 今朝は晴れており、嵐は去ったような感じ。陽射しがあるだけありがたいが、自転車では手が悴む。今朝は手袋を忘れたが、あまり違いはない。
 いつものスーパーで冬物バーゲンをしていたが、大物はない。つまり防寒用のジャンパーとかだ。出ているのは長袖のセーターとか。Tシャツ。それと売れ残りのカーディガン。毛糸のセーターはオール千円。長袖でフワッとしたTシャツは二着で1500円。今年はまだ半袖のままなので、買おうと思っている。真冬は上に分厚いのを着るので、下は薄くても良いし、半袖でも良いが、意外と夏前などに、この長袖のフワッとした暖かそうなTシャツが効く。当然真夏前まで着られる。冷房で寒いためだ。
 だから、今回のバーゲンはインナーもの。春物とまでは言えないが、毛糸のセーターだけでウロウロできるのは春だろう。カーデガンもそうだ。春の上着なのだ。
 
 今朝のお供のカメラは富士のX100Sというライカのような形をした35ミリ単焦点のコンパクトデジカメ。これでノートパソコンを接写すると、ピンポイントになり、回りはボケボケ。10センチまで寄れるが、ピントが甘く、またぼやけて見えるというより、光が滲む。この大きさの受光素子で10センチまで寄れるのだから、驚きだが、鮮明な絵にはならない。開放のためだ。それで、絞ると、何とかなる。ピンポイントではなく、周囲もはっきりし出す。
 この操作はレンズ側にある絞りリングを回せばいいのだが、スタートはオート位置。その横は最小絞りのF16。これは逆の方がいいのだが、絞るときは、こちらからの方が早い。リングといっても、レンズ全体に輪っかがあるわけではないので、持つところは限られている。それで迂闊に変わらないようになっているのだろう。
 シャッターダイヤルのある珍しいカメラで、撮影モードはない。シャッターダイヤル側のシャッタースピード位置をオート位置にすれば、絞り優先になる。絞り位置もオートにすれば、プログラムモードになる程度。当然絞り位置をオートのままにし、シャッターダイヤルを好きな場所に合わせれば、シャッター優先モードに入る。シーン認識とかはない。
 35ミリなので、ある程度ピントは深いのだが、それでも、近距離と遠方とでは差が出る。背景はボケる。だから、絞りの効果はそれなりに出る。これが50ミリならもっと出るだろう。そういう絞りとかの効果を楽しみながら撮影するのがフナ釣り撮影でもある。50ミリ標準レンズだけで、ゴソゴソする。まあ、暇でないとできないし、被写体よりも、そういう効果を楽しむようなもの。逆にボケてしまうと、しっかりとは写らないので、何を撮したのかが分かりにくい。
 ただ、近距離に何もないような風景だとそんな絞りの効果は期待できないので、プログラムモードで撮すのがいい。ただ、人を止めたいときは、シャッター優先か、絞り優先で、開放近くに持っていくとシャッターは上がり、動いている人を止められる。500分の1秒や1000分の1秒あたりなら止められるが、晴れた日に限られる。その条件ではないときは、感度が自動的に上がるかどうかまでは確認していないがここは大事だ。ここがデジカメのメリットで、途中で感度を変えられる。昔は晴れておれば、シャッタは250分の1秒に固定だった。
 喫茶店などで撮すときは、プログラムモードにしているとほぼ開放になる。しかし結構シャッタースピードに余裕がある。二段か三段ほど絞っても、それほどスローシャッターにはならない。15分の1秒もあれば十分。ただし、このカメラ、手ぶれ補正はない。
 まあ、喫茶店内で、試しに撮すのならできるが、街頭では、そんなことをしている間がない。ただ、人がいない場所とかなら、できるが、いずれも自転車で通りかかったときのちょい写しが多い。こういうときはどのカメラで撮しても似たようなものだ。違いがあるとすれば画角で、より広角、より望遠にまで行ける旅カメラ系が撮しやすい。
 至近距離で花を撮しているかと思えば、遠くにいる猫を狙い撃ちしたりする。そういうのを一台でこなせるのがネオ一眼や旅カメラだろう。
 ただ、カメラの趣き、佇まいは富士のX100Sは好ましい。ライカではなく、昔の大きい目のレンズシャッター式コンパクトカメラを思い出す。それは、ブライトフレームのある、素通しのファインダーに近いためだろう。このX100Sの視野率は結構高く、フレーム外も写り込むのだが、それはファインダーでも見えている。それほど誤差がなく、写り込みすぎない。だから、ズレはあまり気にしないで、フレーム通り切り取ればいい。ここは結構いい。遠方は問題ないが、少しだけ近い距離になると、パララックスが出るが、自動補正してくれている。35ミリでも、近いところにピントを合わせると40ミリとか50ミリ近い画角に狭まる。そのフレームを出してくれるので、有り難い。ただ、それ以上近付くと、補正しきれない。視差が激しすぎるので、電子ファインダーに切り替わる。これはマクロモードに入れたときの話だが。このときは、今風の電子ファインダー付きのミラーレスカメラに一変する。当然、最初から全て電子ファインダーで撮すこともできる。
 AF枠は、一点。外すと、AFが合わない。そのため、ピントが合いやすいところに、その一点で狙い、ピントを得てから構図を変えて撮すという、昔ながらの方法になる。
 ピントが合いにくい場合は、MFへレバー一つで切り替えられるが、レンズ側の深度表示が欲しいところだ。MFの初期値は2メートルになっている。
 色々弄れるのだが、昔のカメラを模しているため、その文法を思い出せば、フルマニュアルで撮すとき、ほぼアナログのダイヤル類が生きる。ボタンや十字カーソルではなく。
 まあ、このカメラ、最初から中古カメラのようなものだが、流石にフィルム時代のレンズシャッター機は使えないので、このカメラはその生きた化石だ。
 
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2017年01月24日

日立電気ストーブ

■■ 2017年1月24日 火曜日 午前8時19分
 
 今朝も寒い。氷点下。自転車では手が悴むので、手袋を買う。百均へ行ったのだが、百円よりも、150円とか200円以上のが多かったりする。二重になっている毛糸の手袋とか、熱が出る薄い手袋とか。百円のがずらりと並んでいる絵を想像していたのだが、違っていた。百円のもあるが、少しでも暖かいものを選ぶだろう。徒歩ならポケットに手を突っ込めば済む話で、手袋はいらない。これは手に鞄をぶら下げているとか、何も持っていないときに限られる。また、歩いているときなので、手作業はないだろう。
 手袋をするときは、防寒ではなく、手が汚れたり、手が痛そうになることをするときだろう。草むしりとか。
 しかし、今朝は手袋をして自転車に乗り、寝起き行く喫茶店まで自転車で走ったのだが、あまり効果はない。やはり手は冷たい。二割か三割は増し程度。これは発熱する薄いタイプのためだろうか。今度は二重構造になっているタイプにする。毛糸なので、こちらの方が分厚く、それだけでも暖かいが、発熱するタイプは密着性があり、よく伸びるので、煙草を取り出したりするとき、その中の一本を摘まみ出す場合、脱がなくてもいい。
 山陰方面で記録的な積雪があったようだが、1月の雪として。では2月の方が多いのだろうか。確かに一月の中頃から二月の中頃にかけての一ヶ月が一番寒い。二月の中頃は、もう三月が見え隠れしている。三月は春の兆しが少しは出て来るはずなので、あと一ヶ月ほどの辛抱だ。
 正に冬の真っ只中にいる。夏場の一番暑い頃に近い。長いようで短く、短いようで長い。いずれも月日は過ぎ去る。ずっと暑いままはないし、寒いままもない。
 喉の調子が悪く、風邪っぽさはまだ残っている。しかし、昨日は待望の電気ストーブが来たので、それで暖かくなった。
 遠赤外線のタイプが、今までのとは違うので、どんな違いかを確認。まず、あまり赤くならない。半分ほどの明るさだ。これでオンになっているのは分かるのだが、電源ランプも付く。これは付いていても同じことなので、電気代がもったいない。しかし、電気代を気にする人は電気ストーブより、石油ストーブにするだろう。
 暖かさは似たようなものだが、手を近付けても、手はそれほど熱くならない。前のは焼けるほど熱くなったが。
 温度切り替えが二段式で、500ワットと1000ワット。前のは500ワットだったと思える。だから1000ワットにすると、二本共赤くなる。前のは一本だけなので、倍の温かさになる。そのため、遠赤外線タイプの違いよりも、Wで来ることの方が効果がある。1000ワットでは電気代がかかるが。つまり、大きい目の電気ストーブということだ。これだけで小さい目の電気ストーブよりも暖かいということ。
 さらにタイプの違いは、あまり近付けなくても、暖かい。そして、身体の芯まで暖かいという謳い文句通り、身体がぽかぽかする。
 タワー型の一本ものに比べ、横にもう一本付く程度で、それほど大きくない。背も低い。これは畳などに座ったときには丁度。椅子などに腰掛けている場合は、タワー型が好ましいだろう。背が高いので。
 シーズタイプなので、電源を入れてもすぐに発光しない。しかし、待たされると言うほどでもなく、じわじわと暖かくなっていく。スイッチ類はロータリー式で、左側に回せば左側が赤くなり、右側だと右側だけが赤くなる。これは500ワットのときだ。さらに回すと、両方赤くなる1000ワット。さらに回すと、切りになる。
 一応首振りはある。ごっそり回る。かなり幅が広い。まあ、ストーブごと回転させてもできることだが、一応台座は動かない。だから持ち上げたり、擦ったりする必要はない。
 自動温度調整はないので、暑く感じたら500ワットに落とす。ストーブが低いので、回しやすい。
 風邪っぽいとき、この電気ストーブの暖かさは有り難い。いつもなら、電気ストーブを付けていても、寒く感じるのだが。焚き火に当たって、しばらく身体が温かいのに似ている。これを芯まで暖かいというのだろう。レンジされた感じだが。
 
 昆陽の中古屋で見たソニーのα5nが気になるところだが、これはどういう用途があるのだろう。ボディーは小さく薄いが、沈胴ズームではないので、レンズの方がボディーの横幅よりも長かったりする。レンズを持ち歩いているようなものだが、ポケットには入らない。最新のこのタイプは電動ズームで、飛び出しは少ないのでポケットには入る。
 ズームといっても27から80少し程度。このタイプのコンパクト機では、あまりズームはしたくない。広角端がいいからではなく、ズームレバーが硬かったりする。手の腹が痛い。ズームではなく、一発で広角と望遠を切り替えられるタイプが良かったりする。ズーム比がそれほどないので、そちらの方が早い。
 昆陽の中古屋で見たのは、結構レンズが大きく、大層。普通の一眼レフと同じ受光素子なので、それぐらいの大きさのレンズになるのだろう。昔のフィルム時代の標準ズームより大きかったりする。しかし、そのレンズはツアイス。すっきりとしたデザイン。これを握りたい人向けだろうか。確かにレンズを持つとカメラが安定するし、ズームも早く、滑らかだろう。
 カメラの形から、ポケットに入らないので、鞄から取り出し、さっと撮すという感じ。そのときも鞄からボディーではなく、レンズを掴んで引っ張り出す感じ。握らせれば強い。グリップも効いているので、手かざしスタイルや、ウエストレベルでは安定しているだろう。
 レンズが大袈裟なわりにはズーム比は小さく、広角側はまずまずだが、望遠側は物足りないが、標準域での撮影というのでは、手動ズームの方が微調整を楽しめる。
 良く考えると、コンパクトカメラなのではなく、ミラーレスという一眼レフが、こんなに小さくなったということだろう。だから、ミラーのある大きな一眼レフと比べれば、もの凄く小さいということだ。
 これにファインダーがあれば、α6000になってしまうが、通りすがりの街頭や歩道では、しっかりとファインダーを見ながら写すよりも、手かざしで、液晶を大まかに見ながら写す方が似合っている。ただ、これは普通のネオ一眼でもできることだが、趣が違うのだろう。
 最近のミラーレスはファインダーが付き、結構高くなっている。普通のキャノンやニコンの普及タイプの一眼レフよりも高かったりする。いつも安いはずのオリンパスも高い。パナソニックの方が安かったりする。
 このソニーの5Nは撮影ダイヤルがない。だから、いつの間にか、回ってしまっていたとかはない。オートで写せということだ。フルオートだと、AFフレームを選べなかったりするが、液晶タッチができるので、ピンポイントのAFに切り替えなくてもいい。まあ、広角で街頭スナップ程度なら、問題はない。
 しかし、このソニースタイル。液晶回転と、手かざし、ウエストレベル時の親指シャッターの使いやすさ、など、ファインダーがないタイプのカメラとしてよくできている。
 ただ、この5nは外付けで高解像な電子ファインダーが付けられるようだ。それをするとα6000の方がお得なるが、ボディーの薄さや軽さが損なわれる。
 どちらにしても、当時、このボディーでこのレンズという組み合わせだったのだろう。当時の望遠ズームを見ると、それほど長くない。
 しかし、風邪っぽく、寒いので、本当にそのカメラだったのかの確認はまだしていない。また、程度も確認していない。値段だけを見た。
 

 
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2017年01月23日

ソニーα5n

■■ 2017年1月23日 月曜日 午前9時33分
 
 今朝も寒い。氷点下ぎりぎり。風邪っぽいこともあり、厚着で朝の喫茶店まで行こうとしたが、首輪を付けたので、これ以上の防寒機能はもうない。あとは手袋程度だろうか。
 そしていつもの伊丹モスへいつも通り入り、ノートパソコンを開いたが、反応がない。休止状態のはずなので、すぐに表示されるはずなのだが、それがない。勝手に終了したのかもしれないと思い、電源ボタンを押すが、反応なし。これはバッテリー切れだろう。
 バッテリーは毎朝充電しているが、しっかりと、差し込んでいなかったのかもしれない。
 それで喫茶店に入ってもやることがないので、すぐに出て、部屋に戻り、パソコン版ポメラを持って、別の喫茶店へ行く。よく行っていたコメダへ。
 しかし、小銭がない。万札しか財布に入っていないことを思いだし、途中でコンビニへ引き返す。しかし、その先に新しくできたコンビニがあり、そちらへ寄った方が早い。それに喫茶店と同じ方角なので。
 新しくできたコンビニはローソンで、駐車場が非常に広いが、クルマはあまり止まっていない。昔の赤壁薬局の跡地だ。その後、ドラッグストアになっていたが、それが取り壊されたのだろうか。かなり大きな店だったので、もったいない話だ。しかし、適当な建材で箱を作ったような建物だったので、建物に価値はないのだろう。
 しかし、コンビニの横に整骨院がくっついていた。それでコンビニが大きく横に長く見えていたのだが、半分は整骨院。
 しかし、ローソンコンビニに入ると、そこは薬局だった。白い服を着た人がレジにいる。
 万札しかないので、カートンで煙草を買うが、ないらしい。品切れ。それで二つだけ買う。煙草一つで万札では、両替のようなものなので、カートンで買おうとしたのだが。どうせ買わないといけないので、同じこと。
 そして無事コメダに着地。ノート版ポメラのようなキングジムのポータブックを開き、やっと朝の行事となる。ただ単に日誌を書いているだけのことで、その中身は、この文章。これをしないと、朝の行事がなくなる。
 正月の間だ、伊丹モスが開くのが遅かったので、個人喫茶を回っていたのだが、コメダが意外と安い。モーニング付きで420円。個人喫茶店ではコーヒーだけでその値段を超えている。そしてコメダの暖房は暖かい。夏場は冷えすぎるが。
 しかし、200円少しのモスの方が毎日のことなので、安く付く。月額では数千円の差が出るため、一寸した衣料品や靴などが買えてしまう差額が出る。
 モスの開店時間よりもコメダの方が早い。最近起きる時間をモスに合わせているので、一時間ほどずれ込んでしまった。その分は夜にシフトしているのだが。
 今朝は晴れているが寒い。天気予報でも寒いとのこと。また雪も降るようだ。荒れた冬の空になるようだが、今のところ風もなく、晴れている。荒れるのは日本海側だろうか。
 風邪っぽいので、昨日は静かにしていたが、喉の調子がおかしい。そして寒気が少しする。いつもなら、この程度の気温では寒くないはずなので、悪寒かもしれない。しかし、暖かい場所に入ると、寒気は消える。しかし、少ししんどい感じがあるので、やはり風邪だろう。喉の調子は今朝はましだ。
 11インチの軽いノートパソコンを高いお金で買ったのだが、2万円台で買ったポータルブックでも良かったのではないかと思ったりする。重さは似たようなものだ。8インチなので小さいが分厚い。鞄を選ばないし、ノートパソコン仕切りのない鞄でもいけるというメリットもある。
 ただ、画面が小さく、文字も小さい。ぎりぎり一太郎が入るメモリしか積んでいない。テキスト文字打ちに特化した端末だが、中身は8インチWindows機。だから、細かい設定などは面倒。メニューとかが小さいためだ。
 そういうのを見ていると、本家ポメラが欲しいところだが、キーボードは、こちらのポータルブックの方がいいはず。キーボードそのものではなく、少し高い位置にあり、手置きもあるので、疲れにくいため。本家ポメラは手を浮かし続けるので、しんどいときがある。
 それと一太郎が持つ辞書類の多さ。変換の良さなどは、パソコン版の方がいいはず。
 
 先日昆陽の中古屋で見たソニーのα5Nを調べていると、結構よかったりするが、十年ほど前の商品だ。まだ電動で沈胴の標準ズームではなく、大きく長い標準ズームが付いている。そのバランスが奇妙なのだが、レンズを握れるメリットがある。何処かで見た覚えがある。昔、使っていたソニーのサイバーショットの最上位機だ。レンズにボディーが付いているようなカメラで、ボディとレンズの間に関節があり、そこが回転する。液晶の回転ではなく、ボディーそのものを回転させる。
 初代サイバーショットは目玉VAIOのようなカメラだった。蝶番箇所に目玉のようなレンズがあり、こちらはレンズと言うより、蝶番箇所を回転させる。いずれも上下回転式で、その方式はソニーのデジカメはかたくなに守っている。横開きを嫌っているのだろうか。
 さて、十年前の商品だが、タッチパネルに対応している。ピントだけで、タッチシャッターは切れないが。液晶が回転するだけでも、十分だ。これこそサイバーショットで、手かざしやウエストレベル撮影など、ファインダーを覗かないで撮すスタイルが清かったりする。これがサイバーショットスタイルなのだ。
 実際、撮影していて、面倒臭くなり、ファインダーを覗くのが、しんどくなる。いちいちカメラを上げ、顔を塞いで、狭い視界の中に入り込むのが。
 現役機で言えば、今のファインダーのある6000系と、ファインダーなしの普及タイプがあるのだが、敢えてファインダーなしのを買う人もいるようだ。さっさと撮せるためだろう。ファインダーが付いていると、もったいないので、どうしても覗きたくなる。
 この中古で見た大きな標準ズーム付きのスタイルはガンショットならぬ眼ショット。ショットガンだ。レンズを掴み、素早くズームできるのがいい。行きつ戻りつのズームは手動の方が微調整しやすい。超望遠では電動ズームの方が早かったりするが。
 その肝心の目となる液晶だが、3インチワイドなので、あまり大きくない。高さがないためだ。それと10年前なので、屋外では見えにくいだろう。ソニーの安いコンパクトカメラがそうで、他のメーカーに比べ、屋外では弱い。殆ど見えなくなることもあるが、まったく白っぽくなるわけではなく、かすかには見えている。ただ、これは望遠のときで、標準ズームの画角では、ピンポイントの被写体を追うわけではないので、問題ないだろう。それと殆どノーファインダーに近い感じで撮す方法もある。きっちりとした絵作りならファインダーのあるタイプにした方がいいが、街中シューターでは、標的を見ないで写したりする。とりあえず撮しておけと。
 昆陽中古屋で見たのは25000円。ボディーだけの中古なら1万円ほどだろうか。それほど落ちているのだ。しかし新品として、まだ売られていたりする。
 年末は、α6000を買いに行き、なかったので、別のを買ったのだが、今回はさらに古いタイプ。しかし、電動ではないこのシューティングしやすい大きく長い目の標準ズームを見て、結構気に入ってしまった。最初は、あの飛び出したレンズで、ポケットに入らないと思い、無視していたのだが。
 元旦の日、その中古屋が開くのが遅かったので、入れなかったのだが、これがあったのだ。だから元旦に買っていたかもしれないカメラだ。
 

 
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2017年01月22日

電気ストーブ

■■ 2017年1月22日 日曜日 午前8時18分
 
 今朝は昨日よりも寒い。一週間予報を見ると、一週間ほど寒いようだ。最低気温予測の一週間分を見ると、そうなっている。さらに雪が降りそうなほど。
 今朝も曇っており、今にも雪が降りそうだ。灰色の空になっており、白より厳しい。灰色なので、薄暗く感じる。
 昨日は風邪が入ったようで、喉がおかしい。鼻と喉に来ているいるようで、咳をしたくなる感じ。しかし、ずっと咳き込むのに比べれば楽だが。咳が止まらなくなると、厄介だ。電車には滅多に乗らないが、車内で咳が止まらなくなると、厳しいだろう。そして、ドアが開き、外に出たとき、咳をしたおしたりする。
 今朝は首巻きをする。首輪だ。腹巻きのようなものだ。ゆったりとした紐やゴムがないタイプ。だからどちらが正面か裏かは分かりにくい。二つ折ってもいいのだが、そのままだと鼻まで隠れ、マスクになる。
 それで、今朝はいつものユニクロウウルトラライトダウンジャケットではなく、同時期に買ったもう一つのタイプ。こちらの方が重くて暖かいのだが、首元が少しだけ弱い。それで首輪を付けると、強くなる。この首輪にも色々と出ており、妙な形をしたタイプもある。こういうのを試着すると、鼻水とかよだれが付きそうだ。
 それで、昨日は少し悪寒気味で、震えるほどでもないが、いつもより寒い。それが後押しになり、電気ストーブを買い換える決心が付いた。しかし、大きく重いタイプで、強力な暖かさのものではなく、正月に見たタイプ。これは日立製。遠赤外線にも三つほどタイプがある中で、一番身体の芯まで温まるというタイプ。
 今、使っているのは、どのタイプか忘れたが、電熱器よりは新しい。それでも十年前なので、ハロゲンタイプだろうか。明るいので。次がカーボンタイプが来る。さらに次に来たのが、今、店屋で出ているタイプだろう。シーズだったか、そういう名だ。
 これを手動首振り、結局手で角度を変えるだけで、自動首振りはしないが、座ってじっとしているのだから、スポットでいい。それにこのタイプはスポットでしか暖かくない。
 日立のそれは上新では特価のはずが11000円ほど。ネットでは8000円台。ただし、上新のネットでは在庫切れ。だから人気があるのだろう。オーソドックスで、特にややこしい機能がないため。
 それをアマゾンで探し、やっとボタンを押す。長いことかかった。
 正月、11000円でも、三キロなので持ち帰れば、それで済んだ話だ。まあ、自転車で運ぶより、宅配便の方が楽だ。
 
 風邪っぽいのを忘れていたわけではないが、昨日の夕方前に行く喫茶店を、別の店にする。昆陽という場所があり、そこもショッピングモール風になっている。イズミヤというスーパーだ。その城下のような店屋だけがある通りに喫茶店がある。
 その前に、元旦、デジカメ巡回で回ったとき、まだ時間が早くて閉まっていた中古屋へ行く。あれからもうしばらく立つのだ。その後、この方面へは行っていない。
 中古デジカメはドアを開けたすぐそこにある。まずはキヤノンの一眼レフX2。今はX8あたりまでいっているはず。そのダブルズームキットが25000円。前回見たときは29000円。一年以上というより、この店を発見したときからあり、まったく売れていないので、値段を下げたのだろう。2006年発売となっている。10年前のカメラだが、基本はそれほど変わっていないはず。ミラーレスと違い、色々なものを仕込みににくいはず。
 パナソニックのミラーレス二機種も無事に残っている。こちらは2と4だろうか。これは無視。それで2万円台後半なので、高い。キャノンの一眼レフの方が、この場合、お得だ。
 次は新顔で、ソニーの5Nだろうか。古い型番だろう。しかし、非常にボディーが薄い。そして不思議なことに、電動ではなく、大きく長い目のレンズが付いている。電動ではない昔の標準ズームかもしれない。所謂頭でっかち、レンズの方が大きく重すぎて、バランスがおかしくなるが、構えたときはレンズをモロに握れるので、こちらの方が良いかもしれない。ただ、レンズが飛び出しすぎており、ポケットには入らない。ボディーだけなら、この時代のものは薄くて小さいので、ポケットに入る。この薄さ、小ささで、普通の一眼レフと同じ大きさの受光素子だというのは信じられない話だ。それが10年前の話なので。
 これが25000円。α6000のボディーだけの中古は35000円。まあ、カメラのタイプが違う。入門機は標準ズームだけのスタイルが似合う。ソニーの望遠ズームは長い。遠慮の無い大きさだ。
 この時代のα普及機でも液晶は回転する。レンズが大きいので、握ることができるため、ウエストレベル撮影にはもってこいのバランスだ。これは今の1インチタイプよりお得だろう。画質的な差はあまりないように思うが、ぼけ具合や最短撮影距離が違う。
 このα5n、これはスナップカメラとしてはかなりいく。ちょい写しのときファインダーを覗くまでもない。カメラを手にしたとき、そこで撮した方が早い。構える時間がないというより、早く撮さないと、人が来るとか、目立つとかの問題だが。そしてレンズを握れるし、手動ズームなので早い。
 これはかなり注目。電動沈胴の電動ズーム以前のレンズが付いているのは、逆に珍しい。
 

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2017年01月21日

ニコン1

■■ 2017年1月21日 土曜日 午前9時13分
 
 今朝は肌寒い。雨が降っていたのだろう。雪ではないので、暖かいのかもしれないが。道が濡れており、ひんやりとしている。
 しかし、昨夜は寝るとき、暖かかった。これも雨が降っていたためだろう。電気毛布が暑苦しいほどだったので、結構暖かい目の夜だったのかもしれない。しかし、朝は寒い。気温的には一度か二度程度なので、真冬の朝としては、そんなものだが。
 そして今日は大寒のはず。寒くても文句が言えない時期。既に分かっていることなので。
 電気ストーブを買い換えようとしているのだが、昨夜は古いストーブでも十分だったので、その気が失せた。それに大寒を過ぎれば半分冬は過ぎたようなもの。今のよりも暖かいはずだが、その分、大きく重くなる。指でつまみ上げて移動させるようなわけにはいかなかったりする。狙っていたのは一番暖かそうなタイプで、八キロ近くある。躓いたり、ぶつかったりしそうだ。今のなら細いタワー型で軽いので、場所も取らない。
 まあ、これは壊れたときに買い換えることにする方がいいのかもしれない、そうでないと勢いが付かない。もの凄く困っていないためだ。
 次にまた大寒波が来たときは、うんと近付ければ、熱いほどなので、それで誤魔化すことにした。
 この電気ストーブは10年以上前のものだが、それで毎年冬を越している。
 似たような電気ストーブで、タワー型ではなく、四角いタイプがある。これを正月に見たとき、持ち帰っておれば、買い換えられたのだが、調べ出すと、もっといいのがあることが分かったことで、大きい目の高いタイプにターゲットが変わったため、買う気も重くなったのだろう。
 また、正月初売りで見たとき、その小さい目の値段をネットで調べたのがいけない。どう見てもリアル店の方が高い。
 要するに正月の目出度いときに、衝動買いしておけば、それで目出度く済んだのかもしれない。
 しかし、まだチャンスはある。次回、そのコーナーへ行ったとき、さっと持ち帰られるかもしれない。三キロほどなので、持ち帰られる。
 
 冬なので、今朝は風邪っぽい。そのせいではないが、今朝は一時間ほど寝過ごした。いつもの時間に起きていたのだが、また寝てしまったようだ。まだ早かったためだろう。
 それで、伊丹のモスへいつものように行ったのだが、土曜日のためか、喫煙室は満員。土日は客層が読めない。少なかったり、多かったりする。それで一般席に着くが、喫煙室の席が空いたのか、店員が来て移動してくれた。
 
 夏に買った1インチミラーレスのニコン1だが、それの望遠ズームが欲しいところだが、近所では売っていない。ダブルズームキットを買っておれば望遠ズームが付いてくるが、ダブルレンズキットを買っていた。望遠ズームの代わりに50ミリの明るいレンズが付くセットだ。標準ズームも付いているので、それで十分だが、望遠好きとしては、望遠ズームも欲しいところ。しかし300ミリ程度なので、それほどの望遠ではない。そのかわり軽くて小さい。300ミリでもデジタルズームで600ミリや1200ミリほどになりそうだが、このカメラにはその機能がない。
 このカメラの昔のキットものには28から280の高倍率標準ズームが最初から付いているタイプがある。結構古いが。そのレンズの方が、望遠ズームより役立つ。一本ですむのだが、あまり流行らないようだ。それはカメラが小さく軽いため、レンズが飛び出したスタイルを好まないらしい。
 しかし、望遠ズームはそれほど飛び出していない。だが、あまりこういう小さなカメラに、そういった長いレンズを付けている人は希だろう。ファインダーもないし、300ミリ止まりなので。
 しかしニコン1は可愛らしいカメラで、今のに望遠ズームを加えると、三本になる。たまにレンズを変えて持ち出すことがあり、昼間は標準ズーム、夜に出るときは50ミリの明るいレンズと、使い分けているが、交換レンズを持ちだしているわけではない。この季節なら上着のポケットに入るのだが、一度も出して写すない日もある。望遠ズームを付けると、流石にポケットには入らないが。
 小さな1インチミラーレスだが、レンズ交換ができる。これは珍しい。似たようなタイプでペンタックスからも出ている。
 ニコン1は昔のレンズ交換式の一眼レフよりも小さい。これに近いものはパナソニックのミラーレスだろう。受光素子は1インチよりも大きい。ニコン1とパナソニックの小さい目のミラーレスの大きさが似ていたりする。如何にパナソニックのが小さいかだ。
 パナソニックの、その小さなミラーレスにもキットものがあり、そこに望遠ズームも入っているが、200ミリまで。だから標準ズームとそれほど大きさは変わらなかったりする。その標準ズームは手動で、電動ではない。
 当然オリンパスからも、ペンシリーズで出ている。ファインダーのないタイプだ。あまりメカメカしておらず、ダイヤルなども少ないので、シンプルでいい。電源はボタンで、非常に押しやすい位置にある。一番理想的な位置で、そして大きさだ。
 あまり大層な形をしたカメラより、シンプルで、コンパクトカメラ風なものの方が街中では取り出しやすい。
 

 
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2017年01月20日

電気ストーブ

■■ 2017年1月20日 金曜日 午前8時37分
 
 今朝は昨日よりも寒い。また空が荒れているらしく、山陰は雪らしい。夜に氷点下になっていたようで、朝も一度か二度ほど。昼間もそれほど気温は上がらないらしいので、結構寒々とした日だろう。最近は朝から陽射しがある晴れが続いていたのだが、今朝は曇っている。どんよりとした冬の空だ。そのため、寒くて暗い。暗くて寒い。
 朝は雪が少しだけ舞っていた。こんな日、出掛けるのは嫌だろう。仕事で毎朝出掛けないといけない人は、それなりに慣れているだろうが、やはり気が重いのではないかと思えるが、天気どころではないはず。
 そういう日でも、仕事場などでいいことがあれば、張り切って出掛けられるかもしれない。良い事とは、してやったりというようなこととか、上手くことが進んでいるとか、良い結果が出たとか。
 明日当たりが大寒かもしれない。「おおさむ」だ。当然「こさむ」もある。続けると、「おおさむこさむ」となる。何かの歌だ。
 昔はそう言う歌が何処からか流れてきていた。テレビやラジオや、そういったものではなく、生で。子供が歌っていたのだろうか。レコードなどになっていない歌があり、もの凄くローカルな童歌のようなものだが、替え歌とかも多い。まあザレ歌だ。
 真冬の上着は、ユニクロのウルトラライトダウンジャケットが効いている。同じような高い目の値段で買ったものよりも、暖かく感じるのは首元の違いだろうか。去年もダウンジャケットを着ていたのだが、それよりも暖かい。安くてボリュームがなかったためかもしれないが。そして今年は下に着込むセーター類もそのまま。つまり、この季節、毛糸の分厚いのを下に着込むのだが、今年はカーデガン程度のもの。今年は分厚いのを下に着込む必要がない。それほど暖かいということだろう。それに軽い。欠点は少し雨に弱いと言うことか。水は弾くが、濡れすぎると浸みてくる。
 ユニクロの防寒ズボンは高かったわりにはスカだった。そのため、掃いていない。春が近くなれば、履けるだろうが。
 今年は一番下に着ているシャツも半袖のまま。寒くなれば長袖に替えようと思っているのだが、もう大寒近いのに平気だ。
 
 寒いが朝の喫茶店からの戻り道自転車大回り散歩はたまにやっている。寒くて風の強い日は途中で引き返したりするが。
 そろそろ梅が咲き始めている。梅は春を知らせるのではなく、一番寒い時期から咲き出すようだ。桜と勘違いしてしまう。桜は暖かくならないと咲かない。そして、寒椿というが、椿は勢いがなくなっている。冬の初め頃から勢いよく咲き始め、一番目立った。冬の花は少ないためだ。近所のあちらこちらにある椿は枯れ始めている。梅に取って代わられるように。
 
 電気ストーブはまだ買い換えていない。昨日も上新電機に寄ったついでに見たのだが、その箱を積んでいた。フロアの床にいくつも積んである。シーズンが終わるためか、大特価。しかし、その箱の数だけ売れ残ったのだろう。新製品と入れ替えのため、特価となっている。ネットで見ると、同じものを上新ネットでも売っているが、値段は同じ。これは良い。
 さらに展示品なら少しだけ安くなる。その展示品が複数ある。ストーブコーナーではなく、エスカレーターの上がり口にでんと置かれていたものだろうか。それが消えている。
 このストーブ。高い。3万円超え。ダイキン製だ。ダイキンはエアコンなどで有名。上新と仲が良いのだろう。それで、ダイキンセールとかをやっていた。
 それで安くなったとはいえ、3万近い。しかし、最強の電気ストーブのようで、高いのはこれだけ。他の電気ストーブは、山善とか、そういったメーカーのもので、何処にでもあるタイプ。日立もある。いずれも1万円前後。ネットでは8000円ほどだ。それと3万円のとではどう違うのかになる。
 センサーが入り、温度の自動調整で、暖かくしたり緩めたりすることで、消費電力を抑えるとか、自動と手動両方の首振りがあるとか。上下にも傾けられるとか、畳一枚程度、つまり2メートル先でも暖かいとかの距離とか、発熱する箇所にセラミックが使われ、丈夫とか。
 それほど大きくないのだがそれで8キロもある。普通のタイプは三キロから四キロなので、倍ある。片手でつまみ上げて、移動させることはできないだろう。まあ、石油ストーブだと思えば、それぐらいの重さかもしれない。本体よりも灯油が重かったりするが。
 石油ストーブを使わないのは、部屋が散らかっており、危ないため。当然灯油を切らすと、使えない。最近は車で売りに来るが、買うのが面倒。
 しかし、早く買わないと、寒い時期が去ってしまい、今、使っている電気ストーブでも十分ということになる。まあ、桜が咲いて散る頃まで、まだ寒いので、電気ストーブはいるのだが、真冬の寒いとき、今の電気ストーブでは暖かくないので、良いのを買ってもいい。
 これはモロに暖かくなる話だが、財布は寒くなる。
 財布よりも、身体が暖まるというより、それほど寒くない方が良いだろう。
 

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2017年01月19日

ケータイからスマホセール

■■ 2017年01月19日 木曜日 午前8時41分
 
 今朝は少し暖かい。寒波が去ったのだろうが、また来るようで、週間予報では雪だるまがある。寒波というのは何かよく分からないが、上空の空気が冷たいだけではなく、雪を降らすのだろう。だから寒くて天気も悪い。
 このところ氷点下の朝だったが、今朝は5度近くある。朝、5度あればそれほど寒くはない。手も冷たくはなく、自転車に乗っていても悴むこともない。5度は有り難い。氷点下がやはり寒い。だから真冬日というのだろう。1度なら真冬日とは言わないので、真冬並の寒さとは氷点下のことだろうか。しかし、並なので、それに近い寒さかもしれない。
 この寒さ、冬の底はあと一ヶ月ほどだが、3月になり、4月になっても結構寒い。真冬の服装で花見などは珍しくはない。本当に暖かかくなるのは五月の連休あたりからだ。
 問題は冬の底で、関西では奈良のお水取りが過ぎるあたりまで。これが何日なのかは毎年分からない。ニュースでやるので、そのとき分かるが、見ていない年もある。若草山の山焼きなどもそうだ。いずれも奈良だ。
 暑さではそのピークが大阪の天神祭の頃だろうか。京都の祇園祭も暑いが。
 お水取りには行ったことはないが、その他は、見に行ったことがある。まあ、祇園祭や天神祭は街中の交通の良い場所でやるので、行きやすかったのだろう。若草山の山焼きは一度だけ。やはり奈良なので、滅多に行かない。奈良へ行く用事と言えば、行楽だろう。それ以外では行かないような場所だ。これは伊丹から見た場合で、生駒山の下辺りに住んでいれば、一山越えれば奈良で、近いだろうが。
 しかし、普通に奈良や京都や大阪と言っているが、遠くの人から見れば、その位置関係などは分からないだろう。地図で見れば分かるが、県外ではないが、圏外のためだろう。自分の生活圏があり、これは町内もあるが、たまに出掛ける場所も含まれる。
 伊丹だと、神戸圏内ではなく、大阪圏内になる。大阪市内は高いところからなら見えるが、神戸は見えない。それに距離的にも神戸の方が遠い。電車賃が高く付く。だから伊丹から見れば、神戸市は行楽地に近い。しかし、遠い場所ではないので、用事で出掛けることもあるが、大阪に出るよりも大層な気分がある。神戸に向かうときは遊びに行くとき、大阪に向かうときは仕事のとき。そのイメージが強い。
 少し遠くても、よく出掛ける町は、圏内になる。あくまでも自分を中心にして見た場合だ。そのため、人によりマップが違う。
 
 普通のケータイからスマホへの乗り換えセールのようなものがある。ケータイは電話するだけで、これも滅多に使わない。受け専用のようなもの。しかし、バッテリーがそろそろ怪しい。交換する必要があるのだが、数年持つ。
 ケータイと同じ値段でスマホが使えるのなら、そちらの方が良いかもしれない。電話ではなく、スマホのアプリで何かをするサービスがあるためだ。これはパソコンではできない。当然ケータイでもできない。タブレットはどうか。
 そのアンドロイドタブレットを踏んで潰れてしまった。その後そのままで、買い直すようなこともしていない。あまり必要性がないためだろう。そのアンドロイドタブレットをノートパソコンのようにして使っていただけ。キーボード付きのタブレットだった。
 ネット上でのサービスでも、パソコン版があればいいが、スマホ版しかないのがある。たとえば衣料品店のGUなどはスマホ会員なら割引とかの特価品がある。
 つまり、ネットはパソコンからスマホに移行していると言うより、スマホの普及率の方が高いためだろう。これは電書でもそうかもしれない。
 それで、その乗り換えサービスのようなものに乗ってみるかどうかを考えている。機種は限定されているし、ぎりぎり使える程度らしいが、外でネットをすることもないので、電話として使えればそれでいい。しかも受け専用に近いが。
 今、払っているケータイの月額料金と似たようなものなら、これは得だが、機種変更までのサービスらしい。だから、ずっとその機種を使い続ければ良いのだろう。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

真冬

■■ 2017年01月18日 水曜日 午前8時15分
 
 今朝も寒い。氷点下。寒波が来ていた頃よりも寒い。どういうことだろう。きっと冬のためだ。寒波が去ると春になるわけではない。冬の底力のようなものだろうか。これは侮れない。ただ寒いだけのことだが。
 特に今朝、寝起きの喫茶店へ行く道での自転車が寒い。自転車も鉄なので、寒いだろうが、これは冷たい。手が冷たい。痛いほど。これは寒波中着ていたユニクロウルトラライトではなく、別の上着を着ていたためだろうか。胴体は同じようなものだが、袖が短いので、手が全部隠れない。同じMサイズ。
 袖に亀のように手をひっこめると、手袋はいらないのだが、その差だろう。しかし、煙草を吸いながら走るので、結局は指の先だけは出ている。
 ユニクロのダウンジャケットは少し長い目なので、完全に隠れるが、それでも寒い日は痛いほど。当然手袋をしていても冷たいだろう。風を通さないタイプで、しかも中にボアが入っているようなタイプ、つまりバイク用でないと、手袋をしていても、それほど効果がなかったりする。
 そう言えば毎年、この季節、手が痛いほど冷たい状態で、喫茶店に入っていた。これはすぐに治るのだが、その冷たくて半ば痺れたような指で、鞄の中に手を突っ込むとき、痛いときがある。神経が少し麻痺しているのか、痛いのに気付かなかったりする。硬い鞄の小さく狭いポケットの場合だ。いつもそこからコーヒーチケットなどを取り出す。
 いつもの伊丹モスはエアコンが故障していたのだが、それが直ったので良かった。真冬に暖房なしの喫茶店へは行く気がしないが、マクドは暖房が緩くて、寒かったことを思い出す。それに比べれば、暖房のなかったモスよりも寒かったような気がする。それは送風のありなしだろう。故障していると送風も換気もないので、外よりも暖かい程度。
 電気ストーブを何とかしたいのだが、まだ買っていない。今のストーブでも、かなり近付けると暖かい。それで誤魔化しているが、今度は熱くなる。やはり身体の芯まで温まるというタイプが好ましい。それほど近付けなくても。
 寒いときは布団の中に入って、じっとしているのが良いのだが、眠くもないのに布団の中は、逆にしんどい。
 今朝は晴れており、風も穏やかなのに、いやに寒い。晴れている日の朝のためだろう。昼間は昨日よりも暖かいようだ。
 陽射しがあるとかなり違う。しかし、晴れていても、日影が逆に寒々しい。そして冬は影が長いので、日影の方が多かったりする。夏場はその日陰に入るとほっとしたものだが、逆転している。同じものなのにありがたく思わないどころか、避けたりする。勝手なものだ。これは気分ではなく、身体。こちらの方がベースとして強いためだろう。気持ちは変えられるが、寒い暑いを感じる身体は変えられない。気持ちが変われば暖かくなるのなら、暖房装置もいらないし、分厚い上着もいらないだろう。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする