2017年07月18日

キュウリ焼き

■■ 2017年07月18日 火曜 8時16分
 
 今朝も朝から晴れており、暑いが、夜は前夜よりも1度ほど低かった。25度と熱帯夜だが、ぎりぎりだ。しかし、寝る前、寝苦しいはずなので、扇風機を付けて寝た。途中で起きたが、それほど寒くはならなかった。付けっぱなしだと寒くなるものだが。その割には気温は低い目。ぎりぎり熱帯夜なので、体感温度は微妙だ。
 これはもう梅雨は明けている。雨が降らないのだから。そして、いつもの真夏そのままの日が続いているのだから。梅雨前線も当てにならない。梅雨前線と名付ける必要はないのではなかったりする。ただの前線だ。
 そして相変わらず暑くて何ともならない日が続いている。夏なのだから、これは当然で、ごく当たり前の話だ。
 何か寝苦しいと思っていたら、敷き毛布状態だった。その敷き毛布の下には電気毛布も敷いてある。これを全部抜いて、引っかけ式の夏用のシートのようなものに取り替える必要がある。ものすごい暑い夏の年はすだれやござなどを敷いて寝ていた。去年も今年もそういうことはない。ござやすだれどころか、毛布を敷いて寝てられたのだから。しかし、寝ていて冷えてきたとき、掛け布団に手が届かない状態のとき、うつぶせになり腹を敷き毛布に当てるような姿勢になると、暖になり、ちょうど良かったりする。
 直販所で買った太くて長いキュウリが残っていたので、それを輪切りにして炒めた。かき混ぜながら炒めるわけにはいかないので、焼く感じだ。小さなフライパンに油をたっぷり入れて、焼く感じだ。たまにひっくり返す。キュウリなので水を含んでいる。取り立てのキュウリなので、ズはほとんど入っていない。意外と根性がないやつで、すぐに柔らかくなる。そのあと卵焼きを作り、さらに焼きキュウリを盛り合わせれば、色目も綺麗だ。このキュウリ、生では堅すぎる。皮が分厚いし。
 卵のつぶれ焼きを作るとき、トマトを一緒に入れてもいい。ケチャップソースにはならないが、トマトの塊は残るので、卵焼きにトマトを添えるのと同じことだが、一緒に炒めることで、どちらも引き立ったりする。ただ、トマトはあっさりとしており、しつこい料理のとき、トマトは休憩するためにある。またトマトも水分を多く含んでいるので、水を飲むようなものではないが、この水分がありがたい。
 トマトは冷蔵庫に入れると駄目らしい。あれは冷やしては駄目で、常温で食べるときが一番なめらかで、みずみずしい。ただ、切った状態で残った場合、さすがに冷蔵庫に入れるが、昔は網の貼った四角く小さな水屋に入れていた。もう水屋などは何を差しているのか、分からなくなったが。子供の頃の水屋には、茶碗とかの食器が入っていた。
 蚊に刺されていたので、蚊取り線香を付けるが、あのぐるぐる回っている円盤形の渦巻き線香の取り出し方を忘れた。二つくっついている。知恵の輪ではない。一方を立てて直角にして、引けばいいのだが、折れそう。そして実際に折れてしまったが、一つそのままでは燃やしすぎる。そこで、蚊取り線香カバーのようなものがあり、それは蓋だ。その蓋の上に置くと、線香の一部がカバーに乗るので、そこで消える。半周しない。ずっと付けっぱなしだと煙たくて仕方がない。
 夕方になったときに、少しだけ付ける。すると、寝る前に蚊は来なくなった。耳にやってくる蚊だ。それが消えた。だから、それほど長い時間線香を付けていなくても良かったのだ。部屋中蚊が飛び回っていた時代とは違うのだろう。
 蚊取り線香置きがないので、大きな西洋皿の中に入れている。結構灰が溜まる。
 線香が虫に効くというのは、煙が効くのかもしれない。いぶす感じだ。だから昔の藁葺き屋根などには天井板がなかった。いろりの煙で藁をいぶしていたので、虫が付きにくく、長持ちしたのだろう。だから天井板は邪魔なはず。
 これは昔の人のエッセイに出てくる。天井を付けた農家の天井裏は蛇とネズミの大運動会場になったと。
 台所の流しの三角コーナーなどに蚊がやってくる。そこに蜘蛛が来る。この蜘蛛が蚊を退治してくれるはずなのだが、効率が悪い。しかし、蜘蛛が出てくると、蚊は減るようだ。蜘蛛は家の守り神だろ。
 それとは別にヤモリがいる。家守だ。そのままだ。それらは殺していけない。家に住み着いた蛇もそうだ。
 
 
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2017年07月17日

蚊取り線香

■■ 2017年07月17日 月曜 8時31分
 
 今朝も雨が降っていないので、梅雨は明けたのだろう。一週間予報を見ると、雨がない。晴れか曇りが続いている。これは梅雨が明けているではないか。まあ、その頃には明けているので、当然かもしれないが、梅雨明けには何も触れなくても、一週間予報で触れているようなものだ。まだこの時期梅雨だと言い切りたいのなら、傘マークを増やさないといけない。しかし、傘がない。
 しかし、今朝は少し曇っているが、明るい空だ。雲が黒く風も少しあるので、雨が来るかもしれないが。
 それよりも昼間の暑さは梅雨明けの頃の暑さで、本格的な夏。何ともならないほど暑苦しい。しかし大阪方面では35度越えの猛暑日にはなっていないので、ましな方だろう。猛暑日はそれほど続くものではない。数日続くこともあるが、中休みがある。たまにものすごく暑い日があり、それが猛暑日だ。ただ35度を超えていなくても、もっと暑い日もある。蒸し暑いときだろう。
 その暑さに当たって早くもバテそうだ。そして蚊がいるのか、何カ所も刺されていて赤い。かゆくはないが。それで二年前から放置したままの蚊取り線香を取り出す。同じ場所にあるので、火を付ければいいだけ。その効果は寝る前に蚊が耳元に来るか来ないかで分かる。来なければ効いているのだ。しかし、いつも来るきつい蚊が今年はまだ来ない。去年も来なかったかもしれない。これに刺されるとかゆい。あのきつい蚊は消えたのかもしれない。
 豚の置物のような蚊取り線香置きが欲しいところだ。あれは畳に似合う。火の気があるので、火鉢のようなものだ。だから、うっかり触れないように囲んである方がいい。寒くなれば、火鉢代わりにはならないが。そして移動させやすいし、畳の上に置けるので、一番低い位置だ。そして天井があるタイプなので、よく煙る。のろしのように上に一本だけ上がるのではなく。そして瀬戸物だと、灰溜にもなる。
 蚊取り線香では蚊は死なないらしい。気絶する程度とか。
 ゴキブリには効かないはずだが、動きが鈍くなるかもしれない。
 昨日は寝るとき、我慢できず扇風機を付けた。次に目を覚ましたときに切ったのだが、寝入りばなは必要だ。起きているときは付けていなかったのだが、横になると、暑苦しくなってきた。寝転んで電気を消した方が涼しいはずなのだが。
 何もしていなくても消耗するのが夏。自転車移動程度では体力など使わないのだが、汗をかいている。もっと汗かきの人は、シャツの背中の色が変わっていたりする。何かのドラマの演出で、濡らしているのではない。濡れて色が変わるほどなので、汗が流れ落ちているのだろう。運動している人ではなく、単に歩いているとか、移動しているだけの人なのに。だから汗かきの人は結構いるのだ。
 
 カメラ方面は実用的な機能を追ったものはほぼあるので、今度は雰囲気ものだろうか。意外と持ち出したカメラにより、撮すものが違ってきたりするものだ。同じ被写体を撮すのなら同じようなものになり、違いなどほぼないのだが、持ち出したカメラにより、視点が変わる。被写体が変わるのだ。これはカメラの雰囲気で、撮すものが違ってくると言うことだが、実際には同じように見ているので、視界には入っている。違いはそれを写すかどうかだ。これはカメラと目とが一体化しているのだろう。そういう眼鏡をかけているような。だから、目の延長かもしれない。ただこの場合の目とは単に視覚的なものだけではない。
 日常の、何でもない風景というのが、一番カメラを向けにくい。撮す気がしないのだろう。何かこれといったものがないと。
 
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2017年07月16日

麦茶にはったい粉

■■ 2017年07月16日 日曜 8時50分
 
 今朝も暑いし、晴れている。これはもう梅雨は明けている。
 昼間は暑くてバテバテ状態。これがいつもの夏だろう。暑くて何ともならない季節だ。扇風機をずっと回し続けていると、ずっと風を受けているようなものなので、これはよくない。幸い寝るときは回さなくても何とかなる。先日から窓とカーテンを大きい目に開けているためだ。風が入ってくる。昼間それができないのは、窓は開けていてもカーテンを閉めているためだ。閉めないと日差しがきつい。開けると風は来るが、熱気だ。南に面しているため、余計に暑く感じる。だから、カーテンを閉めている方がまし。その代わり風が少ないので、扇風機となる。
 扇風機は少し離した位置に置き、真正面を向けないで首振りさせる。たまに風が来ればいいのだ。
 そういうとき、冷菓を食べると、一瞬涼しくなる。食べているときだけだが、一瞬でも暑さから解放される。しかし、冷たいものばかりを食べていると、腹を壊す。暑いと思っていても、冷えることがある。扇風機がいらないときでも回していることがあるためだろう。昼間はずっと暑いが、夕方や夜になると、それほど気温は上がっていない。しかし、扇風機を回すのが癖になっている。昔はうちわで扇いでいたように思う。その体力で暑かったりするが。
 この夏の暑さ、一瞬の夏で、あっという間に過ぎてしまう。今は盛りに向かっている最中で、夏のいい時期だ。登り切り、下りになると、勢いが減りだし、寂しくなる。この夏の最高気温が出る頃が、一年の峠のように思ってしまう。今年の最高峰を超えるわけだ。一年の折り返し点ではないが、体感温度的には、一番分かりやすい。そう思ってしまうと、一年の後半が非常に短くなるが。
 コンビニに行くと、麦茶とかのお茶が大きな紙パックで売られている。コーヒーや紅茶と同じように。いつもは雪印の安いコーヒー牛乳を買っているが、普通の麦茶も売られているので、驚く。ペットボトルに入った1リットル入りのはよく見かけるが。
 麦茶など、水出しのパックものを買えば、それですむ話で、別に湯を沸かさなくてもいいので、暑苦しくないのだが。
 昔は麦茶売りが来ていた。麦茶にはったい粉といいながら、このはったい粉はおやつだ。麦茶ではなく、このはったい粉を楽しみにしていた。新聞紙を皿代わりにして、はったい粉の中に砂糖を混ぜる。しかし、はったい粉は非常に軽い。本当に粉だ。そして粉なので、むせやすい。ゴホンとやると、粉が飛ぶ。口から粉が飛ぶのではなく、新聞紙に乗せていたはったい粉が飛ぶ。
 はったい粉の食べ方は畳の上で寝転がって、畳をテーブルと見なして、這いつくばって食べる。そして、口だけで食べる。手は使えない。皿ではなく、新聞紙なので。まあ、きなこのようなものだが、粉だけなので、飛びやすい。
 当然はったい粉の団子を作れる。水分を加えれば、粘度のようになるので、それを丸めて食べればいいが、やはり粉だけの方が美味しい。子供が何人かで食べていると、砂かけ婆状態になる。必ず誰かが吹いて、粉を飛ばすのだ。また畳の上に敷いた新聞紙の上にのせているので、むせたりすると、畳に飛ぶ。すると、蟻が来る。庭があり、縁があり、外とはいけいけなので、蟻はよく入ってきていた。ただし、餌らしきものがなければ来なかった。蟻ははったい粉が好物なのか、はったい粉の中に入れる砂糖に敏感なのか、どちらかだ。
 麦茶にはったい粉売りのおばさんは貧しそうな人で、これを売らないと食べていけないと言うことを伝えながら売る押し売りのようなものだったが。しかし、そんなに高いものではない。子供は麦茶よりもはったい粉が欲しいので、ねだって、家に入れてしまうのだ。
 また、暑いので、通風で、玄関などは開けっ放しなので、人が入って来やすかった。
 今年もそういう夏がやってくるのだが、当然麦茶にはったい粉のおばさんはもう来ない。
 
 
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2017年07月15日

■■ 2017年07月15日 土曜 8時21分
 
 今朝は朝から暑い。晴れて日差しがあるためだろう。寝起き行く喫茶店までの道中も、暑くて何ともならない。日陰が必要だ。この暑さは去年の夏とは違うほど暑い。朝はそれほど暑くなかったのだ。
 だから、朝から暑いとなる。朝はそれなりに涼しく、過ごしやすかったのだが、今年はそうはいかないようだ。空梅雨と関係しているのかもしれない。
 朝から暑いので、喫茶店の冷房も気にならなくなった。冷房の温度は同じでも、外気との関係だろう。この外気とはすきま風とかではなく、空気だ。空気は外から来る。密室にして、完全に密封すれば窒息だろう。だから空気を入れる。それが外気だ。外の空気。この質が違うのだろうか。空気の質と言えば、水分の含有率程度しか分からない。所謂湿気。梅雨時冷房が寒く感じるのは、水分が多いためかもしれない。
 昼間も暑くて何ともならないが、エネルギーを吸収するようで、これが陽の気だ。元気が入ってくるような。充電されるような感じになる。夏場は血管が太くなる。それと関係しているのかもしれない。暖められると言うよりも暑いのだが。
 それで、冬よりも夏の方が元気で過ごせる。しかし疲労度は冬の比ではない。元気だが夏の方が疲れる。体力を消耗するので、身体が身構えるため、元気になるのかもしれない。
 夏は疲れやすいので、鞄を軽くする。冬場なら体力を使うほど暖かくなるので、ちょうどいいが、夏はそうはいかない。鞄が重い分、体力を使うのだろう。それで余計に暑苦しくなる。
 夏場、日に焼けると、冬場、風邪を引かないというが、いつ頃言い出したのだろう。平安時代などの古典に出てくれば、分かりやすいが、あまり聞かないが、昔の歌を知っているわけではない。ただ、そういった昔の歌人のフレーズは、たとえ話とか、言い方などで、使われるものだ。そちらは耳にする機会が多少ある。それがことわざとならなくても。
 夏場元気で、外で真っ黒になるほど遊び倒すと、夏の終わり頃、夏ばてが来る。秋になる手前に夏の疲れがどっと出たりしそうだ。
 しかし、元気な子は炎天下でも外で遊んでいる。そして冬場風邪を引かないのではなく、暑いときでも元気な子供なので、風邪も引かないのだろう。元々抵抗力が強いのだろう。だから暑さにも平気だったりする。弱い子は夏場日焼けして、冬場風邪を引かないようにしようとしても、暑気あたりしたり、夏風邪を引いてしまいそうだ。
 昨夜は暑いので、窓を大きく開ける。カーテンも開ける。そのおかげで扇風機はいらなかった。扇風機は寝る前にはいるが、途中ですぐに寒くなってきて止める。だから寝ているときは必要ないのだが、寝る前が暑苦しい。
 昨日は粉ふきいもを作る。ジャガイモを皮のまま少し切って湯がいたあと、網に移し、湯切りし、少し冷めた頃に皮を剥いて、塩を振りかけ、鍋ごと振る。これで粉が吹くかどうかは分からないが、多少はつぶれる。塩を振らないで、そのまま潰せばポテトサラダになる。そのときは塩ではなく、マヨネーズだろう。ポテトサラダはタマネギや卵なども必要。面倒なので、ジャガイモだけの粉ふきいもにする。マヨネーズで和えると腐りやすい。この粉ふきいもを皿に移し、一品とする。全部食べら切れないので、何度か使える。中ぐらいのジャガイモ二つ分ぐらい。大きいのなら一つでいい。ある程度切ってから入れる。
 この粉ふきいも、小学校六年の時に家庭科の授業で作った。それと目玉焼きとご飯も。家庭科の先生ではなく、いつもの担任の男の先生。慣れていない。家庭科の授業で最初に作ったのが、それだ。それは一回だけ。これをよく覚えている。白いエプロンとか前掛けや、ふけが落ちないように帽子、などはなし。普段着で作っていた。みんな手を洗ってから作ったのかどうかは分からない。そんな指導はなかった。
 夏は暑いので食べる気がしないときがあるが、腹は減っている。少し工夫すれば、食べやすくなる。酢の物にするとか、あっさりとしたものを作るとかだ。単品もの、小皿ものが好ましかったりする。
 

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2017年07月14日

夏のおかず

■■ 2017年07月14日 金曜 9時09分
 
 寝過ごしたが、今朝は晴れている。青空に入道雲。真夏の空だ。九州南部は梅雨が明けたらしい。と、見られるとなっている。頼りない言い方だ。まさか感想を述べただけをいっているわけではあるまい。梅雨明けしたように見えるということだが、そう見えているだけかもしれないという保険がある。しかし、データ的にも状況的にも、これは明けたのであろうということだろう。保証がないのは、天気のことはまだよく分かっていないということ。
 ということは、梅雨が明けたと見られない地域でも、実は明けているかもしれない。
 梅雨が明けたと見られるといった瞬間、大雨が降り、それがまた長雨になったりする可能性もある。そう見えていても違っていることもあるのだろう。
 梅雨明け宣言が出ないまま真夏になる例もある。みられるでは宣言とはいえないが、それさえ出ない地域もあった。確認しにくいのだろう。状況がそろわない。
 昨夜はまさに真夏の夜で、暑くて寝苦しかった。扇風機を付けっぱなしにしていると、途中で寒くなるので、遠ざけていたのだが、それでは暑いので、また近づける。左右の首振りの端に顔が当たるようにする。だから常に風を受けているわけではない。
 梅雨が明け、真夏になってからが早い。既に七月の中頃を過ぎてから、または夏休みが始まる頃に大阪方面では梅雨明けになるのだが、すぐに八月になる。八月は夏の最後の月。お盆頃になると、もう秋の気配がする。だから夏は短い。実際には六月あたりから夏なのだが、梅雨が入るので、夏が中断したりする。
 だから七月半ばはもう夏の半分を過ぎているのだ。しかし、九月に入っても真夏のように、夏が続いている年もある。
 昨日は夕食のおかずを買いに行ったのだが、メインになるものが見当たらない。それで、切れていた豆腐を買ったのだが、冷や奴だけでもいいのではないかと思えた。ついでにメーカーものの鰯の甘煮の様なものがパックに入っていたのを買う。佃煮だ。小さな鰯がいくつか入っている。へたに焼き魚とかを買うより、身が確実にある。それに、そこそこ持つ。これと冷や奴でもう十分だ。青ネギが安かったので、それを切って豆腐にのせる。鰹節も。
 それと切りハムを買う。朝食用にパックが小さく、五つほど繋がっているタイプだ。これも肉を買って、炒めたり煮たりするよりあっさりとしていていい。焼き豚もいいが、薄いハムの方が好ましい。
 生野菜はサラダのようにしなくても、青ネギを大量に豆腐にのせたので、それで十分。それとは別に野菜だけの煮物を作り置いている。千切り大根やジャガイモ、タマネギなどを煮たものだ。これは鍋のまま冷蔵庫に入れている。さすがに腐りやすいためと、その保険のため、火を通して食べる。ここに肉類を入れると腐りやすい。
 キュウリの酢の物も作る。薄く切れるカンナのようなものを使うといい。そして作り置きした方が酢に馴染み柔らかくなる。ここにワカメとちりめんじゃこを入れれば本格的だ。
 冬場は鍋物風なものを作っておけば、それだけですむが。夏場は小皿ものがいい。単品ものの。
 魚類は、シーチキンがこの季節食べやすい。小さな缶詰をいくつか束ねて売っている。安いこともあるし、下手な魚を買うよりも身がしっかりとある。全て身なので。
 
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2017年07月13日

すき家うな丼

■■ 2017年07月13日 木曜 8時12分
 
 今朝も暑い。日差しがあり、晴れている。梅雨が明けたのかもしれない。寝起きの喫茶店までの道が暑い。真夏のそれだ。梅雨の晴れ間にもそういう日はあるが、質が違う。朝から暑くはなかった。そしてもう平気で30度越えをしており、夜は熱帯夜。その気温は十分オーバーしている。昼間外に出ると、当然暑く。それだけでもバテる。これを梅雨時とはいわないだろう。それ以前に今年、大阪方面では梅雨がなかったのではないかと思えるほど印象が低い。雨が降り続き、何ともならない日々、というのが少なかった。梅雨時だと思うから、そういう見方をしていたのだが、無理に梅雨だと思わなければ、たまに降る雨程度。
 水無月というのがある。陰暦の六月。だから七月のことだろうか。水がない。日照りが多い月だったのかもしれない。梅雨明け後、雨が降らないことが多かったのだろうか。
 水無瀬とかの地名もある。水無瀬川も。水がない川というのはおかしいので、水無の意味は違うのかもしれない。見たままだと、水がないとなるのだが。
 古い呼び名や言葉は、それなりの意味が込められている。ただ、列島は広いので、全国区になった言葉の意味が当てはまらない場所もある。お国による違いとか、お国言葉とかがあるように、風土が違うと言葉も違い、意味や印象も違うのだろう。逆に大陸方面から来た言葉や、都で使われていた言葉などが、意外と僻地だけに残っていたりすると、興味深い。
 暑いので、最近はソーメンを昼に食べていたが、作るのが暑い。ラーメンよりも手間がかかったりするが、喉の通りは一番いい。ソーメン腹というが一束分食べると、結構腹持ちがいい。薄焼き卵などを切って入れると冷麺のようになる。キュウリも。錦糸卵は切るのが面倒。焼きたての卵は切りにくい。触ると熱いし。だから、適当な大きさに切る。
 夏ばてではないが、ウナギを食べに行く。前回はすき家へ行ったのだが、日曜だったのか満席近かったので、その近くにあるハイカラな弁当屋で鰻重を買った。今回は平日なので、すき家で座れた。しかし、弁当屋のウナギは頭なしの一匹まるまるあるが、すき家の鰻丼は半分。しかもウナギが駄目だ。山脈が二つできており、谷が深く広い。つまりやせているのだ。当然堅く、筋張っており、その皮などはかみ切れないほど。まさかその辺の蛇ではないかと思えるほど。
 蛇は食べたことはないが、きっと堅いはず。ウナギは鰭があり泳いでいるので、魚と同じようなものだが、蛇は地面を這う。水の中にも入れるが、泳いでいるだけで、潜ることはない。潜ればウミヘビだ。だから、地面を這うため、筋肉質なのかもしれない。だから、堅いと思う。
 しかし、すき家の鰻丼は特価で、漬け物としじみ汁が付いてくる。結局しじみ汁の方がウナギよりも美味しかった。シジミ貝は小さい。だから、だから身などないに等しいのだが、ただの貝殻ではなく、中に身も入っているので、それを全部箸で掴んで食べる。
 場合によっては貝殻だけになっているが、お椀の底に残っていたりする。
 それで、もうすき家の鰻丼は食べないことにした。目の前にある弁用屋の鰻重の方が安いし、しかも一匹分入っており、しかも柔らかい。唇で切れるほど。
 ほかほか亭の鰻重はまだやっていない。弁当屋が二軒、近いところにある。
 ウナギが安い頃は、子供の頃よく食べた。しかし、これは完全な手抜きで、おかずを作るのが面倒なとき、ウナギに逃げたのだろう。そのため、鰻丼のときは、ウナギしかなかったので、逆に栄養が足りなくなったりした。
 ウナギをマムシと呼ぶこともある。そちらの方が精が付きそうだ。
 夏ばて防止にウナギ。しかし、これは手抜きをしたいがための方便だったりする。
 朝から暑い季節になっているが、これは嫌いな季節ではない。寝起きも、夏の朝が一番よかったりする。これは夏休みの開放感を思い出しているのだろうか。当分学校へ行かなくていいという嬉しさだ。
 暑いが好きなことをして過ごせるのが夏休み。一年で一番楽しめるのは、この夏休みの頃だ。
 
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2017年07月12日

タイカレー缶詰

■■ 2017年07月12日 水曜 8時16分
 
 今朝も高温だが、曇っているため日差しがなく、その分、楽だ。これで晴れていると朝から暑い。雨が降りそうな雰囲気だが、傘なしで、寝起きの喫茶店へ行く。降ればコンビニで傘を買えばいいだけ。小雨なら問題なし。
 昨夜も熱帯夜で25度を遙かに超えている。起きたときの気温は28度。これは伊丹空港の気温。もう立派な真夏だ。しかし、まだ梅雨。梅雨前線が日本海側にあり、しかも列島の弧の字に沿って伸びている。地形と空とは関係するのだろうか。山は影響する。海も実際には山や谷がある。海底は山岳地帯のようなもので、あまり平野部らしい平たい箇所が続くのは少ないのかもしれない。あれば海底名になっているだろう。ムー大陸も山の多い陸地だったに違いない。砂漠や草原は平野のように見えるが、高い山がないだけなのかもしれない。谷に砂が溜まったのかもしれない。
 山というのは岩だろう。岩が崩れて石や砂になる。岩が粉を吹く。緑の山は土がある。木の生えている山だ。木だけが生えているわけではなく、草も生えている。そうすると、色々な微生物がいる。見えるような虫も当然多くいるだろう。植物があると鳥も飛んでくる。
 もうすぐ梅雨が明けるはず。夏本番になるが、今年の大阪方面の梅雨は空梅雨で、雨の日が少なかった。それで余計に暑く感じた。この暑さの延長で、このあと、ものすごい暑い夏になる可能性がある。気温的にも梅雨時にしては高い。しかし空模様だけは分からない。梅雨明け宣言した翌日秋のように涼しくなるようなことはないが。
 昨日はタイのカレーの缶詰がスーパーで積まれていたので、それを買う。カレーの缶詰、別にタイ製でなくても昔はよくあり、よく食べた。カレーはボンカレー以降、レトルトになった。だから、珍しいものではないが、タイのカレーの辛さが違う。香辛料が違うためだろうか。小麦粉とかバターが入っていないためだろう。さらっとしている。
 唐辛子の絵が五つ並んでいて。赤いのが二つ。だからそれほど辛いタイプではないが、鼻に抜ける辛さだ。舌がどうかなるような辛さではないが、さっぱりとした辛さ。チキンと野菜があったので、野菜を買う。野菜タイプのカレーにも鶏肉は入っているようだ。
 これが百円で、具は少なく、汁も少ない目。しかし夕食を安くすませることができた。カレーが辛いのは食中毒とかを防ぐためだろうか。
 梅雨時特有の蒸し暑さで、ばてやすい。夏本番はこれからなので、今はまだましな方かもしれない。外に出ると、熱気でやられるほどにはまだ暑くないが、晴れているときはその限りではない。
 この時期、暑くても、雨で助かる。降らないまでも曇っていると、何とかなる。
 まだ、朝の喫茶店からの戻り道散歩もできる。真夏になると、それもできないほどになる。
 
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2017年07月11日

オリンパスデジカメ

■■ 2017年07月11日 火曜 8時09分
 
 今朝は晴れており、暑い。梅雨が上がったような暑さだ。晴れているので、そんな錯覚をするが、梅雨前線が変な形になり、これは消えてしまうのではないかと思えるが、今朝は見ていない。そんな前線が空を見れば見えるわけではなく、天気図だ。気圧配置図だろうか。テレビでよく見る絵だが、水分を多く含む空気の分布図もある。ほとんど雲と同じで白っぽい。
 それよりも、朝の喫茶店へ行く道が今朝は暑い。朝なので、滅多に暑いとは感じないのだが、むっとする暑さだ。京都の祇園祭の頃の暑さに近い。数値ではなく、蒸し暑いのだ。じっとしていても汗が出ると言うことはないが、出ている人も多いだろう。
 今朝は思ったよりも早く朝の喫茶店に着いたので、一番客だった。他に客はいない。暑くて出てこれないわけではないが、平日は常連客が多い。その常連が来ていない。朝一番のメンバーだ。来るべき人の都合が重なったのかもしれない。
 しかし、今朝の暑さからすると、これが梅雨明けから始まる夏本番の前倒しだとすると、今年の夏は暑くなるかもしれない。既に夏なのだが、梅雨で温度がはっきり分かりにくい。しっかりと晴れた状態での温度でないと。
 本当に暑いと、外に出られないほど暑くなる。真冬の寒いときは出られるが、夏の暑いときは出られない。冬は着込めば何とかなるが、夏はそれ以上脱げなかったりする。
 暑い中でもスーツ姿の人がいる。職業上、必要なのだろう。仕事場は冷房が効いているに違いない。だから暑いのは通勤途上程度。職場内でスーツが必要なはず。だから、服装に幅がある。これは本人が暑い寒いで判断して適当に着たり脱いだりできないため。
 さすがに今朝は薄い目の真夏のカッターシャツを着た。昨日から着ている。結構昔に買ったものだが、これが涼しい。べたつかない。こういうのは似たようなものがいくらでもあるのだが、着てみないと分からない。生地によるのだろう。同じ綿や合繊や化繊でも、目が違っていたりするし、糸そのものが違うのだろう。意外とパリッとしていない皺の寄るタイプが涼しい。手で触って、さらっとしているかどうかも見分けるこつだが、着てみると暑苦しかったりする。それは秋物になる。
 涼しい感じの長袖のカッターシャツ。これは半袖ならいくらでもありそうが。そもそも矛盾しているのだ。
 今朝のお供の端末はポメラ。暑苦しいので、鞄が重くなるのを避けるため。自転車に乗っているときは鞄の重さは関係しないが、降りて歩くとき、鞄が重いだけでも体力を消耗するのか、暑苦しい。鞄そのものも軽い方がいい。冬より、暑さで体力が減る。また着ているものが薄いので、ショルダーだと肩が痛くなったりする。スカスカのリュックの方が良いのかもしれないが、取り出しにくい。
 
 オリンパスの旅カメラの調子が良い。これで事足りてしまう。望遠端は600ミリまでだが、鳥や猫や遙か遠くにいる人を気付かれずに写せる距離になる。300ミリでは近い。だから600ミリあれば何とかなる。それを常にポケットに入れておけるので、写すタイミングが増える。じっくり構えて写すような被写体は日常では少ない。花ぐらいだろうか。これも移動中に写す程度なので、さっさと写す。
 このSH2の画質もよいし、出方もいい。これがすっかりメインになってしまったのは、軽いためだろう。昼間の液晶の見え方も悪くはない。薄くなって、よく見えないということはあまりない。オリンパスの液晶は電源を入れていないときは紫色になっている。サングラスのようなもので、これで反射を防いでいるのだろうか。かなり前の機種もそうだった。
 そうなると、オリンパスのミラーレスも気になるところだ。昔のOMのような大きさで、これが懐かしい。
 特にパンケーキズームとの組み合わせはコンパクトで良いが、それなりの重さがある。カメラが小さいので、そう感じるのかもしれない。このパンケーキズーム、28から85辺りだと思うが、電動なので、この小ささになったのだろうか。電源を入れると、レンズが飛び出すが、ハーフサイズなので、普通の一眼レフのレンズよりも小さい。
 ミラーレスなので、ファインダーと液晶は同じもの。切り替える必要がない。センサーで自動切り替えと言うだけではなく、液晶と光学系の切り替えそのものがない。どちらもデジタルだ。そのため、取り出してどちらで撮すのかは構え方で決まる。ペンタ部に相当するものがあるが、せり出していない。
 しかし、旅カメラの方が実用性が高く、町中では撮しやすい。
 
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2017年07月10日

自転車置き場

■■ 2017年7月10日(月) 午前8時18分
 
 今朝も曇り空。雨が降っていないだけましだ。梅雨も後半のようで、降るときは強い降りになる。そのためか、ずっと降っていないので、降っていない時間帯の方が多かったりする。
 昨日は気温の変化が分かりにくく、暑いようでひんやりし、ひんやりとしているようで暑かった。どちらの用意をすべきか迷ったが、涼しすぎるのではないかという方を取った。暑苦しすぎると熱中症。冷やす過ぎると、風や寝冷えと、どちらに傾いても問題だ。
 早く長袖のカッターシャツを買わないと、なくなりそうだが、真夏になると、今度は秋物がそろそろ出始めるので、長袖も普通に出ていたりしそうだが、今は短パンと半袖がずらりと並んでおり、まるでカップラーメンと同じで、どれも似たようなもので、しかも違いは僅か。あるジャンルだけが前面に出ているのは、それを買う人の方が多いためだろう。しかし、街ゆく人を見ていると、そうとは言えない。もっとバリエーションが広いのは十年前に買ったものなどを着ている人もいるためだろう。当然自分の体感温度にふさわしい季節ものを着ていたりする。人により夏という季節感が違うためだろう。季語のような季節感ではなく、もろに肉体的な体感温度だ。夏はこういう服装がいいとかができていたりする。それが売られていないのなら、それに近いものを、とか。
 当然そういうのは洋服で、梅雨のある日本の風土でずっと着られていたものではない。着物など、さっとまくし上げれば、短パンになったりする。
 当然今の着物ではない衣服を着ていたもっと昔の時代もある。意外とこれが大陸服だったりしそうだ。
 形だけではなく、暑さ寒さを凌げるものなら、何でもよかったのかもしれないが、多くの人が着ているものでないと駄目。
 服は皮膚の延長のようなもので、素っ裸でも夏は過ごせるが、皮膚がそもそも弱い。当然素足で歩いていた時代と違い、子供の頃から靴を履いているので、足の裏の皮も弱い。衣類、履き物の基本はそれだろう。あとは遊びや、儀礼だ。
 神官や僧侶が大層な服装をするのも、衣服の使い方の例だろうか。あれを平服でやると、有り難みも何もない。
 つまり、日常生活では先ず着るようなことのないものを着る。
 
 昨日は夕方前に行く喫茶店が雨で鬱陶しいので、近所の喫茶店へ行くが、シャッターが半分閉まっていた。前回はシャッターは開いていたが、ガラス戸の鍵がかかっていた。どちらも営業中となっている。夕方前になると客が一人も来ないのだろう。だから閉めて買い物に行ったりしているようだ。決して早じまいしたわけではないが、戻ってから営業しても、また誰も来ないのなら、閉店時間を早めるのがいいのかもしれない。
 ミンチカツ定食600と貼り紙がある。昼ご飯を食べに入る客が帰れば、もうそれで客が来なかったりしそうだ。
 もう少し流行っている個人喫茶でも、その時間、夫婦でやっている店は、一人は買い出しに出たりしている。暇なのだ。
 この近所の喫茶店には駐車場はないが、前にコンビニがある。そこに止めることも出来そうだが、車で走っているとき、喫茶店の看板を発見しても、ほぼ素通りだろう。止められないのだから。
 自転車なら止められるが、その前を通っている人はほぼ同じ人だろう。しっかりと用事があって移動している人で、休憩などしない。結局来る人は常連で、近所の人。
 場所は違うが、最近できた大きな薬局がある。二階は医院が四つほど入っている。駐車場も広い。そこの自転車置き場が満員。しかし、中に入ると、がらんとしている。その自転車、医者へ入る人が止めているのかと思ったのだが、それにしては多すぎるし、ほぼ満車。ものすごい台数だ。
 これは土地勘ですぐに分かる。近くにJRの駅があるのだ。つまり通勤通学で使っているのだ。駅前は当然止められない。
 同じケースが、その近くの家電店エディオンにもある。表玄関ではなく、横の駐輪場にぎっしりと自転車が止まっている。中に入ると、やはりガラガラ。薬局よりも駅からは遠いが、ここも通勤通学用として使われていたのだろう。
 その条件としては、営業時間が過ぎても鎖などが張られないこと。当然門のようなものがないこと。通勤だと、営業時間内には戻って来れないだろう。
 その近くに巨大なショッピングモールのつかしんがあるが、ここは営業が終わると閉鎖される。だから通勤用には使えない。だからエディオンに集まり、今度は薬局に集まっている。
 その薬局、カップラーメンなども売られている店なので、通勤に使っていたとしても、夜食で買いに入る人がいるかもしれない。まだ開いている時間帯に戻ってきたときだが。家電店もそうだ。客になる可能性も高いのだ。
 もう一つ条件があった。深夜ではなく、早朝も止められることだ。これは異常なの光景で、店はまだ開いていないのに、次々に自転車客が押し寄せているのだろう。そして、そのまま駅へ歩いて向かう。
 

 
posted by 川崎ゆきお at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

尼崎中古屋見学

■■ 2017年7月9日(日) 午前8時18分
 
 今朝は曇っているが、傘を持って出るのを忘れた。雨が降りそうだ。昨夜は寝苦しく、扇風機を付けて寝ていたが、途中で寒くなってきたので、切った。タイマーが故障しているので、使えない。しかし、まだ普通にプロペラは回るし、首振りもしているので、買い換えるタイミングがない。使えなくなった瞬間まで待つしかない。昼間は流石に扇風機がなければ暑いので、すぐに買いに行くだろう。小さいのでいい。背も低い方が。去年は電気ストーブを買い換えたので、今年は扇風機かもしれない。同じ場所に置く。入れ替えるだけで、位置は同じ。軽くて小さい方が取り回しがいい。それなりに動かすので。
 昨日も蒸し暑い日で、気温もそれなりにあったが、日差しが途切れがちのため、夕方前に入る喫茶店の帰りに、尼崎の中古屋へ久しぶりに行く。それほど暑く感じなかったためだ。これはチャンスだ。
 前回行ったときはデジカメはほぼ全滅で、残っていなかったのだが、今回はあったが、古すぎる。パナソニックのL2とG2。コンパクト系の最高級品と、ファインダー付きのミラーレス。こちらが持っているのは中古で古いタイプのG5なのでG2というのは初代が出て次に出たタイプなので、ほぼ同じようなもの。しかし中身は言うほど変わっていない。基本的なところは。ただ液晶が暗かったりするし、解像力は低いので、今の機種と比べれば遜色があり、最高級機種とは思えないのはデジモノの宿命だろう。これが機械式の普通のカメラなら、昔のタイプの方がよかったりする。しっかりと作られているとか、動きが滑らかだとか。
 G2ではなくG7あたりが出ていれば気持ちが動いたかもしれない。高倍率ズームキットが。
 しかし、前回見たときにもあったニコンの一眼レフの5400のボディーだけが売られている。これは新しい。ニコンのレンズがあるので、それを付ければ、というのはあるが、標準ズームだけの一眼レフは嵩張るだけで、重いだけ。あまり役に立たない。鳥や猫がいてもこれでは写せない。まあ、家族などを撮すのなら、それでいいのだが。
 先ほどのパナソニックの二機種、同じ人が売ったのではないかと思える。時代が同じだし、組み合わせも悪くはない。一眼レフとコンパクト系を持っていたのだろう。どちらをよく使っていたのかは分からないが、かなり前に買った人で、その後、どうなったのだろう。どちらも元箱に入っており、それなりに大事に保存していたのだろう。
 その尼崎中古屋往復で疲れたが、夕方前の喫茶店からの戻り道散歩ができることが分かった。戻ってきたときもまだ日が高い。だから、もう少しウロウロできたはずだが、蒸し暑くて、その気にはなれなかった。
 夏場、バテるので、鞄が重いとしんどい。さらに体調が悪いときは背中に来る。背中がしっかりと立たないような。だからカメラは大きくてもいいが、軽いのがいい。カメラだけなら重くても持ち歩けるが、ノートパソコンとか、他のものが鞄の中に入っているので、それで重い。
 ノートパソコンをポメラに替えたり、タブレット系に変えれば軽くなるが、言うほどの差はなかったりする。だからズボンのポケットに入るコンパクト系なら楽だ。
 その往復、結局踏切で電車を写した程度で、一般的な風景は一枚も写さなかった。そしていつもの日常移動コースに戻ってきたとき、路地に咲いている花や、空を撮した。遠くまで行っても被写体が見付からず、いつも見飽きたところの方が撮すものがあったりするので、不思議だ。遠路になると、通過するだけで、じっくりと見ないためだろう。それと土地勘がないので、下手にカメラを出せなかったりする。近所だと、大凡様子が分かっているので、何とかなる。
 被写体との遭遇。それは見知らぬ町に入れば、それなりに珍しいものはあるが、簡単にカメラを出して構えられるわけではない。良い風景でも人が多いと写せない。人が後ろを向いていればいいが。
 そのため、人との距離感を考えれば超望遠で写すことになる。しかし、昨日は久しぶりの場所なのだが、撮すようなものもなかった。あるはずなのだが、絵を拵えられないのだ。
 いつも通っている場所の方が撮すものが多いというのは不思議な話だ。
 昨日ポケットに入っていたのはオリンパスの旅カメラ。この一台だけで事足りてしまう。適当にさっさと撮せるためだろう。
 オリンパスの旅カメラの成績がいいので、オリンパスのミラーレスも気になるところだ。電子ファイダー付きのタイプで、その普及機。昔でいえばOM10だろうか。小さくて軽い。パンケーキズームでレンズの飛び出しは僅か。大昔にOMで撮していた頃を思い出したりした。
 昔のフィルムカメラ時代の大きさ重さにやっとデジタル一眼レフも戻ったような感じだ。ミラーレスで、ハーフサイズなので、その小ささになるのだろう。AF一眼レフ時代になると、結構大きくなっていた。オリンパスのフィルムカメラ時代はAFカメラはなかった。コンパクト系の一体型はあったが、レンズ交換式の一眼レフはなかったように記憶している。
 ミラーレスというのはミラーがないので、その跳ね返りの振動や音がしない。しかしシャッター幕はある。だから純粋にシャッター音を聞ける。昔のライカのように。

posted by 川崎ゆきお at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする