2017年11月13日

オーバー

■■ 2017年11月13日(月) 午前8時57分
 
 今朝は寒いようだ。夜中の気温が5度台。寝ている時間だが、寒いというのは分かるようだ。昨夜は寝るのが遅かったので、朝まで一気に寝たのだが、途中で起きなかったのが不思議なほど。しかし、目は開けなかったが、寒いので何とかした方が良いと思っていたことは覚えている。蒲団の上に何かかけないといけないとか。蒲団は夏布団のまま。そこに膝掛けのようなものをかけているが、これではまだ寒いのだろう。そろそろ電気毛布のスイッチを入れもいいほどだ。
 少し離れているが、県内でも初冠雪。ここは寒い場所なので、雪ぐらい積もるだろう。雪が降るだけではなく、しっかりと積もるような場所。
 しかし、予想最高気温を見ると19度ほどある。結構暖かい。南から暖かく湿った空気が入り込むらしく、それで空も怪しくなり、曇ったり雨になったりするらしい。やはり雨が来ると温かくなる。南からの空気が来ている場合だが。これが北からの空気だと本格的な冬になる。寒気が降りてきているので。
 寒くて何ともならないが、これは夏場、暑くて何ともならなかったよりは、なり具合が違う。
 朝の喫茶店はしっかりと暖房が入っており、暖かい。今朝はまだ晴れており、しっかりと陽射しがあるのだが、手が少しだけ冷たい。流石にまだ手袋をしている人はいないが、バイクなどではいるだろう。
 もの凄く大きなマフラーをしている人もいる。しかし、軽いものを引っかけている人もおり、両者が混ざり合っている。流石に長袖のカッターシャツだけの人は見かけなくなった。軽く上に何かを引っかけている。これは底上げだろう。一番薄着の人が底だとすれば、それが上がっている。
 寒いときは暖かい服装が良いのだが、本人が暖かいと思えるような印象のものがよかったりする。フワッとしていて、触っただけでも暖かいようなタイプ。しかし、そういうタイプは意外と寒かったりする。
 今年はオーバーを狙っている。偽ウール地で、中綿がないタイプ。こういうタイプの本物はもの凄く重い。以前、福知山という兵庫県の真ん中にある盆地の町へ行ったとき、そこにあった商店街の中にある大きな古着屋で買ったのが、これが膝まで隠れるほど長い。そして片手で持つとき、力をいるほど重かった。昔の人が着ていたものだろう。本当に古いタイプの古着が吊されていた。当然着たのは一度か二度で、誰かにやった覚えがある。
 
 昨日は歯も痛いし、夕食のおかずも用意していないので、適当な惣菜を買うにしても、面倒なので、お茶漬けにした。千枚漬けがあると、おかずはいらないのだが、それでは足りないのか、腹が減ってきた。それでおやつを食べたりして誤魔化したが、まだ足りないようだ。寒いのでカロリーが必要なのかもしれない。燃やすものが。煙草も買うのを忘れていたので、切れかかっていたので、コンビニへ行く。そこで小さなパンを買ったのだが、夜、遅くなってから食べるのはよくない。これが風邪などでを引き、少し熱があって食欲がないときはお茶漬けだけでもいいのだが。
 こういうとき、カップラーメンとかがあると、すぐに食べられるのだが、買い置きはない。
 秋は終わり、もう冬だ。
 
 
 
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2017年11月12日

ニコン旅カメラ

■■ 2017年11月12日(日) 午前8時11分
 
 今朝は寒い。天気予報では北が荒れると言っていたが、大阪方面は風はないが、冷え込んでいる。朝だけかもしれないが、いつもより一段寒い。数値的には同じようなものだが、空九が冷たく感じる。まだ手が冷たいほどではないが、もう一枚中に何かを着込みたいほど。中に着込むと、真冬と同じになる。それ以上は着ない。だから中にセーター類を着込むと、最大の冬装備となる。ただ、まだ帽子は耳まで隠れるニット帽にはなっていない。
 やはり雨が去ってから寒くなってきたのだろうか。雨の降る日は寒くない。逆に暖かかったりする。ただ、昼間も気温が上がらないので、平均気温は低いかもしれないが朝夕が楽だ。しかし傘を差さないといけないので、楽とは言えないが。
 朝の喫茶店などはクリスマスの飾り付けになっている。来月の25日あたりまでは結構あるのだが、正月の飾りにするわけにはいかない。
 クリスマスの飾り付けは、クリスマスとは分かりにくいタイプが長持ちする。雪の結晶だけが張られ、トナカイやソリは出てこない。当然サンタも。電球が吊されているだけなら、何か分からない。そう言う風にしているのだろう。クリスマスとは分かりにくい飾り付け。
 ぐっと寒くなってきたので、真冬もののセールが始まるかもしれない。これは去年の売れ残りなどが安く出る事がある。この前のバーゲンは秋の最終バーゲンで、もしそれを買っていたとすれば、今頃寒いだろう。一番分厚そうなものでも、中綿は入っていなかったりする。そのとき買った軽いダウンジャケットは、今朝は寒いので着ていない。もう一段分厚いタイプににしている。これはもう汚れてもいい作業着のようなものだ。ゴミの日にウロウロしている人と似てしまうが。
 今年は中綿入りではないタイプに挑戦してみたい。ウール地風のオーバーだが、これはいい感じなのだが、見た目寒そうに見える。だから毎年パスしている。
 
 ニコンの旅カメラの値段が下がっているので、少し気になっている。出てから結構経つ。新製品を出さないかもしれない。
 このバージョンから液晶が回転するようになる。しかし結構薄型で横に長いがギリギリ200グラム台はキープしている。ライバルのキヤノンはさらに小さく軽く、望遠も900ミリ超え。ニコンは800ミリ超えまで伸ばしてきているが、次の機種でもっと伸ばすはずだが、700ミリ超えあたりで十分だ。ただ、数値は分かりやすいスペックの差となって出る。望遠が少し伸びても、似たような画角だ。ニコンはマクロがやや厳しかった。中望遠での寄りが弱かった。一番寄れるのはオリンパス。望遠端で60センチだったと思う。他社は二メートルとかになる。
 ニコンはその変わり、起動が速く、キビキビしている。電源ボタンも軽く触れるだけでいい。そしてやや横に長いので、バランスが良い。
 オート化はあまり進んでおらず、オリンパスと同レベル。オートで上手く填まるときは良いが、そうでない場合はオーソドックスなオートの方が使いやすい。オートの癖が分かるタイプだと、それを見込んで写せる。
 ニコンはオーソドックスで、あまりフルオートで勝手なことはしない。だから道具として、写す側の負担がかかるが、普通の風景を普通に写す場合は問題はない。
 そのため、ニコンやオリンパスの旅カメラは道具的要素が少しある。
 これは日本語変換と同じで、AIの自動変換で余計な予測をして、欲しい漢字に変換しないことがある。文節を解析して云々は普通の文章ではないが漢字を選びたいときは、学習されたものが最初に来る方が良い。だからそれが来るだろうと言うことがあらかじめ分かるので、何とかなる。最近の日本語ソフトは文節で漢字を変えてくる。読みが同じのとき、その分析にふさわしい漢字が優先される。これも普通の文章なら上手く填まるので、学習されているものがアホの一つ覚えのように出るよりはいいのだが。
 ニコンの旅カメラはスナップ性が高い。キビキビと動くためだ。
 二世代ほど前のニコン旅カメラを持っているが、液晶は横開きで扱いにくかった。それが縦開きになったので、ぐっとよくなり、写りも、いいレンズが一枚加わっているので、試したいところだ。
 
 
 
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2017年11月11日

ヘッドホン

■■ 2017年11月11日(土) 午前8時46分
 
 昨日晴れたと思っていたら、続かなかったのか、夜中に雨が降り出したようだ。朝はやんでいるが曇り空。そして空は暗く、風もあり、今にも降りそう。良い天気は持たなかったようだ。雨の日は暖かいのか、寒くはないが、雨が去ってから冷えるのではないかと思える。天気予報を見ていないので、一週間予報も分からない。どんな感じの流れになっているのかを。
 晴れたり曇ったり雨が降ったりするのは日常事なので、取り立てていうほどのことではないが、それなりに影響する。葉物野菜の値段が回復しない。先日買ったホウレン草は百円台だったので、これで普通の値段に戻ると思っていたのだが、昨日見るとまた300円近い。同じタイプのホウレン草で、飛騨ホウレン草となっている。これはこのスーパーでは必ずある。だから100円台と200円台とか混ざり合っていた時間帯もあったのだろう。
 天気が悪いと、こういうところに影響が出るという話ではなく、気分の問題が大きい。
 まあ、昔は年中青い葉の野菜などなかったのかもしれない。野菜ではなく、野草なども食べていたはず。また昔の農村では野菜など買わなかったように思える。店屋がなかったりする。だから野菜が高いなどの話はなかったかもしれない。
 作りすぎた野菜などは土の中を冷蔵庫代わりにして保存していたと聞く。または漬物にして、長持ちさせるとか。乾燥させて、さらに長持ちさせるとか。
 最近気に入っている漬物はカブラの千枚漬け。これは少し高いが、美味しい。これだけでご飯が食べられるほど。冬場は温かいものを食べるのだが、漬物の冷たさを箸の間に入れると際立つ。そして酸っぱいので、食欲が湧く。
 季節季節の楽しみがあり、また楽しさに変える術を知っていたのだろうか。楽しいことが少ない季節などは、何とか見出すのだろう。
 
 先日買ったヘッドホン、耳が痛い。何十年か前に買ったタイプよりも、大きいので、これは楽だと思っていたのだが、耳ではなく、耳全体を押しつけるタイプで、完全に耳を塞いでしまうので、その音だけを聞くことになるのだが、これを付けて眼鏡をかけると痛い。耳の中ではなく、耳のひらひらが。その小さいタイプは耳掛けが付いているタイプで、これと眼鏡とは不思議と重ならない。角度が違うためだろうか。完全に塞ぐタイプは眼鏡と重なる。この接点が痛い。
 しかし長く使っているので、耳と接しているところが結構汚れている。それで買うことにしたのだが、大きすぎたようだ。これは冬場の耳当てのようなもので、ずっとそんなものを付けていると、耳が熱くなる。
 映画などを見ていると、字幕のある洋画は小さな音でも十分だが、吹き替え版や日本の映画はセリフを聞き取らないといけないのだが、映画の音は非常に小さい音と大きな音との幅がありすぎ、小さな声で喋っていると聞き取れない。だからイヤホンやヘッドホンがいる。
 当然スマホなどで音が出る何かを見たり聞いたり、当然電話もするだろうから、イヤホン売り場は結構賑やかだ。また、買い直さないといけないのは残念だが、耳が痛いのには勝てない。
 
 昨日はスーパーで半額になっていたにぎり寿司盛り合わせを買う。200円台だ。結局複数の魚をおかずにご飯を食べるということだが、刺身の盛り合わせよりも安かったりする。それよりもご飯が切れていたので、刺身だけでは何ともならない。それ以前に刺身など滅多に買わない。カツオのたたきは年に一度ほどは買うが、これは安いため。
 それと焼き豚を買う。こちらの方が保存が利く。
 秋は秋刀魚の季節だったが、食べなかった。
 
 
 
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2017年11月10日

都はるみ 私のうたの道NHK

■■ 2017年11月10日(金) 午前8時28分
 
 今朝は冷え込み、少し寒い。5度を切ったことがあるので、それに比べればましだが。そのかわり晴れている。晴れている日の朝は寒いのはよくある。そして温度差がある。朝は寒いが昼はそこそこ暖かかったりする。
 今朝の晴れ具合を見ると、天気は回復したようだ。回復なのだから、雨の日は普通の日ではないのだろう。健康な日ではなく。そして元々が晴れているいうことになる。
 晴れているので、文句はないが、少し風邪っぽい。
 
 昨日は都はるみを特集したNHKのテレビ番組がネット上にあったので、それを見る。これが見たかったのだ。ユーチューブではなく、中国か台湾サイトのYOUKU。
 三宅アナがいる。だからそれほど古くはない。都はるみが60歳の時だろうか。「私のうたの道」だったと思う。同じように石川さゆりの番組がある。だからシリーズものだろう。
 この中国サイトに、引退したあたりの特集番組もある。紅白歌合戦に十年云々というタイトルで、都はるみが出た20回分を全部纏めてある。これは投稿者ではなく、NHKの番組。ただ、映像が無いのもあるようだ。それらはユーチューブと重なるところがあるが、曲で切り取るのではなく、まるごとアップされているが、途中で切れていることもある。
 また引退後、復帰していない状態で、紅白に特別に出ている。戦後の歌謡史を振り返るコーナーだろうか。そのラスト、この人を語らないで終わるわけには行かないと、都はるみを呼んでいる。その時歴史が動いたと同じ盛り上げ方で松平アナが紹介する。この盛り上げ方は結構効く。
 さて、私の歌の道だが、四つのコーナーからなり、都はるみの軌跡を追っている。まさに歴史番組だが、松平アナではなく、三宅アナの語り。そしてインタビューもある。
 唸り節でスターになるまでのエピソードが星野哲朗のインタビュー映像もある。星野の前で三曲ほど全部唸って歌えということで、歌ったらしい。最初から最後まで唸ると言うことなのだから、これは喉が続かないだろう。しかし、そういう声の出し方では喉がやられるらしいので、喉を潰さないで良いような唸り方を子供の頃からやっていたようだ。だから鍛え方が違うし、また綺麗な声も出せるのは、その発声法にあるらしい。これは同期らしい小林幸子も、最初聞いたとき、驚いたらしい。何処からそんな声が出ているのか、そして唸ったあとに綺麗な声に戻っている。これもインタビュー映像なので、本人が言っている。
 さて、何かの曲を三曲続けて全部唸ったのを聞いた星野哲朗は、煙草を持つ手が震えいていたらしい。これはものすごいものと遭遇した、作詞家としてもすごい場に立ったように感じたようだ。星野にとってもチャンスというより、何とかしないと済まされないような素材だったのだろう。こういうエピソードは好きだ。秀でた能力を誰かが見出すシーン。
 これが第一期の明るく元気な世界。当然そんな歌ばかりではなく、恩師でありプロデューサでもある市川昭介は唸りが入らない「涙の連絡船」を歌わせている。これは解説があり、唸りだけではなく、歌唱力を見たのだろう。そちらへの可能性を。これは涙歌。泣き節のようなものだが、涙の連絡船のサビの箇所でものすごい泣き顔になるのが印象的だ。顔をここまで崩して歌う気っぷの良さ、思い切りのようさが、その時からある。感情をストレートに。この活きの良さが第二期の明るく元気な路線「好きになった人」などにも続く。時代が右肩上がりの高度成長時代なので、これがいいと思ったらしい。それはそのまま紅白での映像で示される。映像はまだ白黒だ。この頃の曲に関して、コンサートのときに都はるみが語る映像がある。次に歌う曲を歌う前に、一番私らしい曲と言っているのが「あらみてたのね」という曲名。表記は曖昧だが、そういう曲で、これは音頭のような曲。これを真似る人いなかったりするのは、最後に「あら見てたのねー」というのが恥ずかしいのだろう。
 そして歌も多様化し、歌謡曲以外にも色々な歌が流行りだしてきた頃、第三期に入る。南こうせつが歌う神田川とかの世代だ。つまり売るためにあらゆることを考えて作り出す商業ペースでなくても、一人で勝手に作詞作曲して作った歌でも行けることがある時代になっていたのだろうか。
 それで路線を変えたのが北の宿。阿久悠作詞、小林亜星作曲。このコンビが作った水前寺清子の一曲が都はるみは気に入っていたようだ。しかし、フォーク系の語るような歌い方の南こうせつもいい。
 番組では、それを編曲した人の映像がある。最初の曲を、フォーク風に変えるシーンだ。凄いアレンジだ。これで歌謡曲風が、フォーク風になった。
 そしてこの北の宿がヒットする。紅白では二年連続同じ歌を歌うことになり、北の宿で明け、北の宿で終わると、紅白での司会者がいうほど流行ったのだろう。十以上の賞を総なめ。このとき28歳だろうか。頂点を極めたとなっている。
 北の宿後の紅白の曲は、あまりヒットしていない。「なんで女に……」とか「さよなら海峡」とかだが、紅白で勇ましく出てきて、本筋の演歌を歌う都はるみが、意外とよかったりする。大ヒット曲を出してからが勝負だが、第三期はカラオケブームと重なり、歌手の個性を引き出すのではない路線へと行く。そしてあまりくどい歌い方をしない「大阪しぐれ」がヒットする。
 そして引退のときに、星野哲朗に書いてもらった「夫婦坂」までが三期目らしい。
 そして復帰してからの二十年は等身大の路線らしい。
 番組が作られたのは都はるみ60歳あたりの頃。
 等身大の今の自分の気分のようなものを復帰コンサートで歌ったのが「小樽運河」らしい。そして京都での母の思い出のようなものを歌ったのが「千年の古都」らしい。レコード会社が作った歌の中の人ではなく、自分が主人公になっているという解説がある。
 この二作、作詞作曲者と同時に原案都はるみの名が出ることもあった。千年の古都の中に、衣笠山が出てくる。これを作詞した人のインタビュー映像がある。一つだけ聞いたことがあるらしく、それが子供の頃、何処で遊んでいたのか、という質問らしい。それが京都の北にある衣笠山で、バケツを持って雑魚捕りか何かは忘れたが、要するに子供の頃遊んでいた場所らしい。
「母が歌った星の歌」というフレーズも、本当なのだろう。そして「あの星はあなたにとってなんですか」というのを、最初聞いたとき、そのあなたとは母ではなく、聞いている人のことだと勘違いしたのだが、個人の話でも、もの凄く拡がりがある。置き換えるのだ。これは別れを悲しむ女性の歌でも、別のことに置き換えて聞いているのだ。涙暖簾レク線は、船だけを指していないのだ。
 この千年の古都は、復帰コンサートでNHKホールでやったものだが、2パターンある。昨日見たのは、最初からスタンドマイクが立っており、非常に硬い歌い方で、直立不動。もう一つ映像は、スタンドマイクを自分でとりに行き、ギリギリ間に合ってから歌い出すパターン。こちらの方が凄い。歌い終わったあとの笑顔が凄い。そこをスローで再生していた。
 番組の終わりかけ、第四期の今の都はるみが舞台化粧なしで出てくる。といっても60歳なので、これを書いているときは69歳なので、十年ほど前の映像だが、千年の古都が故郷を歌った曲とであることに引っかけるわけではないが、故郷のような原点となった曲として、最後に60才で歌う16才頃の「アンコ椿は恋の歌」。これは手強いらしい。いつでも、ここに戻れる場所、原点があるということで番組は終わる。
 しかし、復帰コンサートのとき、都はるみが喋っているのだが、今までは、歌、ふんっ、歌か。とかいっている。こんなことを平気で言える人も珍しい。しかし引退後の数年の間に歌への気持ちが変わったらしい。だから言えるのだろう。歌に対しての接し方を得たのだろう。だからこの復帰コンサートでの歌い方は非常に丁寧で、今まで適当に歌っていたわけではないだろうが、かなりいい。
 NHKの番組は纏めるのが上手い。実はそうではなかったということもあるだろうが、真実を知りたいのではない。
 
 
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2017年11月09日

ユニクロ冬物見学

■■ 2017年11月9日(木) 午前8時36分
 
 今朝は天気が回復したのか、雨は降っていない。昨日は降っていたのだが、小雨で、傘がいらないほどなので、大した量は降っていない。しかし、まだ曇っており、陽射しが出たり引っ込んだりしている。雨が去った朝は寒いはずだが、それほどでもなかった。北の方は冷え込んでいるかもしれない。冬型の気圧配置になっているらしい。冬型というのは冬の間ずっとではなく、たまに緩むらしい。低気圧とか高気圧とかの位置なので、じっとしていないためだろう。
 今朝は寒いのかどうか分からないので、とりあえず分厚い目のダウンジャケットを羽織って朝の喫茶店へ行く。これを着てしまうと秋物が着られなくなる。
 先日バーゲンで買った薄い目のダウンジャケットは軽くて良いのだが、これでは寒い。買ったときより冬が進んでいるためだろう。しかし、中に何かを着込むと、まだいけるが、結構窮屈。これは重ね着にありがちな話。長袖のカッターシャツなどが手首までいかないで、奥にいたりする。だから、一着で済むようなタイプの方が好ましいのだが、それでは鎧のように大袈裟なものになる。その中でも軽量でシンプルなのがダウンジャケット。味も素っ気もないが、効率が良い。
 昨日の昼間、雨の中、喫茶店へ行ったのだが、せっかく来たのだから、同じ建物内にあるユニクロ見学。買わないで見学ばかりしている。これは季節の動きで、売っている物の動きを見るため。良いものがあれば買ってもいいのだが、ここは高い。しかし、季節から少し離れると、結構安くなる。新価格ということで。決して特価とは言わない。スーパーで賞味期限間近品を集めた台で漁っていりぅようなものだ。
 秋に出ていたペラッとしたウインドブレーカーが半額近くに落ちているのではないかと思える。二千円台で別の場所に追いやられていた。確かにこの季節では薄い。秋物なので、始末が悪い。これでレインコートになればいいのだが、水を弾く程度ではやがて浸みてくる。そのあたりは着てみないと分からない。いつまでも水滴が付いているタイプか、水滴が流れるタイプでないと、合羽の代わりにはならない。たとえばビニールなら、破れない限り、水は浸入しない。しかし、衣服として着た場合、ビニール生地では蒸れて仕方がないだろう。それに着るときに破れるだろう。百均の合羽のように。また、外からの見ずではなく、内から水が出そうだ。
 結構気に入っていたスタジャン風のものがあるが、これは値段が下がっていない。偽ウール地で、中綿はないが結構頑丈で分厚い。それなりに密着度があり、いい感じなのだが、襟がない。襟が立たない。丸襟のようなもの。試着すると下のカッターシャツの襟の山を越えるので、襟という折り返しがないだけのことかもしれない。
 その横に1万円のコート風も、似たような生地だが、襟がしっかりとある。しかも大きい。これは真冬もののオーバーだろう。ただ中綿はない。このタイプは暖かいのかどうかは分からない。中綿はないが、表面生地が分厚い。数十年前はこれより薄いのを真冬にずっと着ていたのだから、耐寒性はあるのだろう。毛布に近い。その毛布にツルッとした裏地を加えたタイプ。これで腕が通りやすい。またこの裏地で滑りがいいので、動きやすいかもしれない。ただ、表面生地が分厚い偽皮タイプなどは腕が曲がらなかったりする。生地ではなく、細いのだ。ユニクロなので、結構細身にできている可能性があるが、これは試着していないので、分からない。気に入っても1万円するので、ここで引くだろう。ダウンジャケット系に比べ、引っ張り出すとき、重かった。この重さが重いだけのことであっても寒いときは押さえになる。
 このオーバー、以前は店の入り口にマネキンが着ていたのだが、隅へ追いやられたようだ。
 それを見たあと、その上の階にある上新で家電見学。
 21インチの一体型パソコンで、8万円のレノボが消えていた。売れたのだろう。似たタイプのNECと富士通が横にあるが、スペック的にはレノボが二枚ほど上。日本のメーカーものは十万円を遙かに超え、しかもスペックはレノボより劣る。これは何だろうかと思うほど。スペックが低いので安いのではなく、高いのに安い。
 次はいつものデジカメ。特に目だったものはないがキャノンイオスのX7が消えていた。世界最小最軽量の記録を残して。
 コンパクト系ではニコンの旅カメラの値段が下がっていた。ニコンは中国の工場を閉鎖するとかのニュースがある。コンパクト系の工場だろうか。そしてコンパクト系の人員を削除とか。下手をするとコンパクト系から撤退するのかもしれない。そのニュースによると、ある程度需要がある一眼レフに力を入れるらしい。一眼レフ系の入門機はイオスの一人勝ちだろう。ミラーレスもあるし、1インチの一体型など種類が多い。ニコンも1インチタイプの新路線を作っていたのだが、開発中止になったらしい。だからコンパクト系の旗艦がない。
 だから生き残っているニコンコンパクト系の旅カメラが貴重品になったりする。次の機種が出なかった場合だが。そして値段が下がっているので、これは少し気になった。工場閉鎖。だからニコン旅カメラの新製品が出ないままかもしれない。
 
 
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2017年11月08日

お好み焼き

■■ 2017年11月8日(水) 午前8時07分
 
 今朝は久しぶりに雨。そのためか、気温は高い目。雨は小雨で、傘はいらないので、雨でも楽だ。風もなく、台風のときの雨と風から考えれば、楽なもの。
 さて、この雨空、どの程度続くのかは天気予報を見ていないので、分からない。この秋はよく雨が降ったので、もうそれほど降らないだろう。意外と冬は雨が少なかったりする。雪が降ることは大阪方面では滅多にないので、冬は雪ではなく、雨が多い。
 冬の雨は雪と被るので、扱いにくいのだろうか。季節感が出なかったりする。冬は雪だろう。北国ではそれが普通のはずだが、雪など殆ど降らない地域では雨になる。
 今朝は雨に強いジャンパーを羽織る。台風の日、傘が差せないとき、これを着ていた。大した雨ではなかったので、問題はなかったが、こういうときは表面がツルッとしたタイプが好ましい。着心地はそれほどよくないが、表面が意外と丈夫。汚れにくいのは染みこみにくいためだろう。
 このジャンパーは下に着込めば真冬でも行けた。中綿はないが、胴体部分に毛が入っている。腕にはないのが残念だが、腕がスースーするということはない。腕の箇所は表地だけではなく、裏にツルッとしたものが被さっているためだろう。その間に詰め物をすれば、綿入りになるのだが、綿入りの効果は何処まであるのかは分かりにくい。やはり表面生地が丈夫で、強いことの方が大きいかもしれない。
 昨日もそれを着て喫茶店で座っていると、暑苦しく感じた。脱がないといけないほど。それほど暖房が効いているのだろう。冬場の暖房、暑苦しく感じることもあるが、有り難い話でもある。もの凄く寒い店もある。
 今朝は理想的な時間に目が覚めた。その時間に起きると、喫茶店が開く頃に行ける。それ以上早いとまだ閉まっている。それ以上遅いと客が増え出すので、いつもの席が空いてなかったりする。最近は遅い目に起きることが多くなっているのか、理想的な時間に目が覚めたとき、もう少し寝たいと思った。寝たりなさがある。ここで二度寝すると、ものすごい遅い時間になるので、逆転する。せっかく早く目が覚めたのに、何の意味もなかったりする。
 
 昼はパンなどを買って食べているのだが、最近はお好み焼きを作っている。小麦粉を焼いただけのものだが、こちらの方が食べやすい。長雨の影響で葉物野菜が高かったので、まだましなキャベツを買っていた。これを微塵切りにし、小麦粉と卵を練ったところに入れる。さらに乾燥海老を入れる。色の付いたあれだ。味付けはしない。小麦粉はお好み焼き用になっているので、少し高いが、味が付いている。そして乾燥海老には塩気があり、これでソースなしでも水臭くない。これを小さくも大きくもないフライパンで焼ける量を作る。量を決めているのは小麦粉の量。多く入れすぎると硬いので、水をもっと入れる必要がある。そのため全体の量が増え、フライパンに流し込んだとき、一杯になりすぎる。コテが入れられるだけの隙間があるほど、底一杯ではなく、少し隙間が出来る程度の量が好ましい。
 これはすぐにできる。小麦粉を溶くのは卵焼きを作るときと似たような手間。キャベツを切る時間が加わるが、卵焼きの中に玉葱を入れるときにも、その手間がかかるだろう。だから卵焼きを作る程度の手間でお好み焼きはできる。
 お好み焼きなので、好みの焼き方ができる。この好みとは、好みのものを入れて焼くことだろうが、何も入ってなかってもいい。要するにあっさりとしたお好み焼きで、ネギだけだとネギ焼きになる。
 パンを買って食べるより、こちらの方が良いが、少しだけ手間がかかるが、食べやすい。当然焼きたて、出来立てなので、それだけでも美味しい。
 夏場は暑くて火の近くに行くだけでも嫌だったのだが、寒くなってくると、お好み焼きが作れるようになる。
 冬には冬の良さがあるのだろう。
 
 
 
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2017年11月07日

続猿の惑星

■■ 2017年11月7日(火) 午前9時00分
 
 昨夜は十度を切っていたが、平年並だろう。まずまずの気温。この時期ならそんなものだと思う気温。これは特に言うことはない。普通なため。晴れているが、少しかげることがある。雲が多くなっているのだろうか。この数日晴れが続いている。これも雨が続いているときは注目するが、晴れていると天気は気にならない。そして今日は立冬らしい。意味は分からなくても、旅立ちのように、冬への旅立ち。冬が立つ。冬が立ち現れる。立冬が近付くときに、既に冬は立ち始めているので、立冬の日にいきなり立つわけではない。
 しかし、立冬や立春や立夏などは、少し早い目に来る。立春など真冬だ。2月4日なので。
 だが、10月頃から冬の服装をしていたのだから、体感温度は、もっと前から冬は立っていたことになる。冬が一年で一番長い季節かもしれない。これは服装に関してだ。春と秋が合体すればそれなりの長さになるが、この二つの季節は過程だろう。夏になるまでの。冬になるまでの。そして夏から冬への間。冬から夏への間。
 
 昨日は猿の惑星を二作見る。その前に見たのがどうも三作目だったらしく、順番が違った。猿が地球に来る話。昨日見直した一作目は人間が猿の惑星に行く話。そのあと続けて見たのが、続編。これから見ようと思っていたのだが、一気に三作目を見てしまったことになる。
「続猿の惑星」「新猿の惑星」。数値的な並びが「続」でも「新」でも行けるので、紛らわしい。
 二作目も、見た記憶があった。ニューヨークの地下鉄が出てくるシーンで思い出したが、ストーリーは飛んでいた。覚えていないので、初めて見るような感じ。覚えているのはコーネリアスという猿の名前。
 印象的なのはヒロイン的な女性。これは猿の夫婦ではなく、猿の惑星にいる人間の女性。ここでの人間は喋れない。言葉を知らないのだが、犬か猫程度に、何となくは分かるのだろう。
 このターザンに出てくるような女性が常に同行している。しかし、ただの色添いでいるのではなく、最後のクライマックスのアクション時、あわやというところで、この女性が初めて声を出す。叫び声ではなく、グレゴリーペックの名前を呼ぶのだ。これは言葉だろう。この猿の惑星で初めて言葉を話した人間になるのかもしれない。
 人間と猿とが逆転してしまうため、そこから出て来る違和感以外のものを考えさせてくれる。また猿の惑星の猿は一律ではなく、大人しいチンパンジーと、学者っぽい中間派のオランウータンと、好戦的なゴリラがいる。
 猿の惑星の学者は、猿の文明以前に進んだ文明があったことを知っている。立ち入り禁止にしている地域がある。一作目でグレゴリーペックが見た海岸線沿いにある自由の女神像あたりだ。
 この猿の惑星。最新作がある。しかし、それまでにも何本かあるので、人間と猿とが入れ替わった理由や、猿がどうして人間並みの能力を得たのかの理由が分かるだろう。
 これは地球がどうなったのか、猿がどうなったのかの話以上に、話をどう展開させ、どう辻褄を合わせていくのかの構想力のようなものの方が見所だろう。
 
 昨日は老眼鏡を買いに行った。いつもは屋台のようなところで、千円程度の眼鏡を買っている。しかし部屋でずっと使っている眼鏡は十年ほど前に眼鏡の三木で買った高いもの。眼鏡のチェーン店だ。店構えし、大きな駐車場がある。これだけでも価格に影響するだろう。だから高かったのだが、長持ちした。そして見え方がやはり良い。
 それで買いに行ったのだが、十年ほど前のタイプはなかった。メタルフレームで玉が大きい目のタイプ。まあ眼鏡屋なので、目に丁度合う眼鏡を作ってくれるのだが、老眼鏡の度数だけの問題なので、既製品でいい。
 大きい目の眼鏡はなく、樹脂製のフレームで、たまも小さい。その一種類の色違い程度しか置いてなかったが、それは十年前も男性向けと女性向け程度のタイプ別しかなかったので、似たようなものだろう。今は男女兼用タイプで、フレームの色目で変えているのだろう。
 年配の店員がすぐに後ろに来て、説明してくれる。そして度の違うものをかけて、これまで使っていた度数と同じものを選ぶ。
 支払いはレジではなく、その場で渡すと、店員は壁際の引き出しから化粧箱入りの眼鏡を取り出し、ケースを持って奥のレジへ行き。戻ってきたときは袋に入っていた。
 意外と値段が安い。2000円台だ。屋台の眼鏡の倍はするが、それでも昔買ったときよりはるかに安い。
 その眼鏡でパソコンのモニターを見ると、平面性が良いのか、歪みが少ない。レンズは一枚物で、虫眼鏡のようなものだ。樽形になったり、へこんだように見えたりするのは度数の問題かどうかは分からないが、いつも外で使っている眼鏡よりも、度数は小さい目なので、そんなものかもしれない。
 それで、しっかりと見えるようになった。十年以上使っていると、流石にレンズに付着したものが取れない。まあ、殆ど磨いたことがないので、そんなものだろう。
 屋台で売られている千円の老眼鏡は、人件費、設備費などを差し引けば、眼鏡屋で買ったものと同等のものになるのかもしれない。
 
 
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2017年11月06日

猿の惑星

■■ 2017年11月6日(月) 午前8時40分
 
 今朝は晴れているが寒い。昨日よりも寒いのか、夜中何度か起きてしまった。きっと寒いためだろう。あとで気温のデータを見るとやはり低い。これは一時間置きの気温。寝る間に見たとき、昨日よりも低い。これは前日の24時間データ。やはり寝るとき寒いのだから、夜中も寒く、朝も寒いのだろう。これは晴れているときで、雨が降っているときは、また違ってくる。夜中よりも、朝の方が寒いこともあるし、また、それとは関係なく、ある時間からガクンと落ち、そのまま寒くなったりする。これは夜中とか朝とかに関係なく。こういうガクン型のとき、その後、寒い日が続く。もっと冷たい空気と入れ替わった感じだ。
 今朝は分厚い目のダウンジャケットを引っかけてきたが、こういうのはとりあえず着る場合、都合がいい。その場合、安くて汚れても良いタイプで、実用性があるタイプ。汚れが目立たないように黒いのがいいが、汚れ隠しのために黒を選んだのではなく、色目がないほうがシンプルでいい。白ではなく、黒。黒は色がない。まあ純粋な黒も純粋な白も、実際にはないのかもしれないが。
 先日の冬物の安っぽいものばかりを集めたバーゲンはまだ続いているが、そのタイプでは寒く感じたりする。また、新製品も吊されていたが、そちらもそれほど分厚くなく、真冬ものとしては頼りない。
 安い冬物ジャンパー系は2000円だったが、1600のもあった。以前そのタイプはハーフコート風なもので、少しだけ防寒性があった。モコモコでも毛でもなく、薄い紙のようなものを貼り付けたようなタイプ。ただ表面生地は防水性がある。これとモコモコタイプを下に着れば、結構行けそうだ。都合4千円近くなる。それなら新作のジャンパーが買えるということになってしまうが。新作はウール地風の表地で内側はモコモコ。ただ、防水性は怪しいし、この偽ウール地、結構禿げる。
 一番貧乏臭くて薄い1600円タイプは、秋に出ていた980円のウインドウブレーカーの裏に少しだけ暖性を仕込んだようなタイプ。だから一応冬物だ。風よけと同時に雨にも強いということだ。冬物としては、紙のように薄い絨毯のようなものでは足りないが、下に着込めば何とかなる。
 それよりも、その薄さがよかったりする。ペラッとしているのでシワができる。フードも付いているが、裏地はない。真冬の分厚いタイプの逆を行き、これがかえって新鮮。そして、冬に羽織るタイプとしてはこれ以上安いものはこの店にはない。だから非常に分かりやすい。この薄さなら、真冬を越えて春になり、梅雨が明けるまで着られそうなほど寿命が長い。
 2000円のモコモコタイプは部屋着として着やすい。裏地のアンコ部分だけを着ているようなものだが。
 まあ寒いときは何を着ていてもまだ寒い。だから適当でいいのかもしれない。
 
 昨日は猿の惑星を見る。一作目のラストの自由の女神は印象的だったが、その続編の「続猿の惑星」を見た。これは新作を見るために、まずはその準備。一作目は覚えているのでパスしたが、二作目を見たとき、あの夫婦の猿を思い出し、また一作目も見たいと思うようになった。そこに解答が入っていたのだから。コーネリアスだったと思うが、その名前をずっと覚えていたのか、印象に残っている。
「続猿の惑星」は宇宙船が海に浮かんでいるところから始まるが、SF映画らしさはここだけ。アクションシーンもラストにあるだけで、大人しい映画だが、この続編を入れることで、猿の惑星になっていく過程が分かったりする。子供が産まれるのだ。だが非常に残念な結末になるのだが、こればかりはいわないことにする。ここにしか、この映画の意味がないためだ。
 この二作目の「続猿の惑星」何となく観た記憶があるが印象に残らなかったのだろう。初めて見るような感じだった。だから見ていないと思い、見た。しかしやはり見たことがあるようだ。テレビで見たのかもしれない。何か用事でもしながら、見ていたのだろう。
 その後の作品が何本かまだある。それらはまったく見ていないはず。
 この映画をネタに、「エテコの惑星」という漫画を書いたことがある。ラストはニューヨークの自由の女神像ではなく、大阪は新世界の通天閣が砂の上に飛び出ているところで終わる。廃墟となった地下鉄は御堂筋線で、駅は動物園前。
 猿の惑星の新作を見たいのだが、そのための準備で、新作がより分かりやすいように、前作を続けて見るほうが効果的だ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

もこもこ冬物

■■ 2017年11月5日(日) 午前9時06分
 
 今朝は晴れているが少し寒い。この寒さは平均的だろう。つまり平年並。調べたわけではないが、流れとして、このあたりの寒さが普通に思える。この基準は曖昧だが、それまでの流れがある。台風が近付くと冷え込みはない。しかし、これは平年並ではないことは分かる。
 昨日はスーパー二階の衣料品売り場を遠くから見ると特価台が出ている。セールだ。これは平年並のバーゲンで比較すると、平年並。これを恒例というのだろう。大きなバーゲンではなく、それほど安くはないがこの時期らしいバーゲン。少し分厚い目の上着が並んでいたが、どれも安っぽいもの。一番安いタイプなのだが、これは毎年この時期になると前座のようにして先ず登場する。ここで早まって買っても、冬を越せるほどのものではないので、真冬ものバーゲンでもう一度また買わないといけない。その真冬ものはまだ置いていない。しかし、そういう冬物、買わなくてもあるはず。買うのなら、古いのを捨てることから始めた方がいい。そうでないと、このタイプは持っているとなり、変えない。これは自治用狙いではなく、気分の問題だろう。特に普段着は。普段を変えるようなものだ。
 2000円のモコモコタイプが先ずある。分厚いというより、毛羽っているだけかもしれない。秋向けのペラッとしたジャンパーに毛の生えたようなものだが、毛ではなく、モコモコ。そういう靴下があるが、あれと同じ。それよりも分厚いので暖かそうだ。裏表で一枚物の生地なのだろう。だから安い。これがレジにて2000円。首元は喉まで隠れるほどファスナーが上がる。しかし軽量だ。数年前はハーフコートが1980円で出ていたのだが、それがない。これが意外とよかったのだが、今年はない。
 あとはズボン。部屋ではくズボンだろう。これもモコモコ。これは一度はくとやめられない。上下付きはなく、下だけ。だから意外と割高だ。まあ、分厚さが違うのだろう。だから、この日のバーゲンはモコモコセールだった。外出着というより、部屋着かもしれない。寒いときや冷え込むとき、こういうのを引っかけるといい。安いので汚してもいい。ご飯を食べているとき、いいのを着ていると、汚すと残念なことになる。こういうのならいくら汚れても気にならないはず。それで外に出ないのなら。
 結局真冬を越えられないタイプなので、このあともっと寒くなるはずなので、これでは頼りなく思い、今一つ熱心には見なかった。そのモコモコのTシャツもある。分厚さで勝負しているのだが、Tシャツは綿がいいだろう。しかし、暖かそうだ。このモコモコTシャツでかなり暖かくなるかもしれない。
 今朝は早く目を覚ましてしまい、そのあとまた寝たのだが、これが長かったようで、起きると1時間ほど遅くなってしまった。あのとき起きていれば余裕なのだが、喫茶店が開くまで、部屋にいないといけないほど早かった。部屋にいるのなら寝ている方がいい。そして寝過ぎた。
 風邪が流行っているのか、そう言う言葉を道で聞く、誰かと誰かが挨拶しているのだが、風邪で寝ていたとか、そんな会話だ。まあ寒くなってきたので、風邪を引く人が多くても当然だろう。その会話では熱が出たので、寝ていたとなっている。喉が痛いとか、鼻水が出るとか、頭が痛い程度ならいいが、熱はいけない。動けないだろう。熱が出ているときは体が賢明に治しているときだろうか。それに協力する意味でも、静かにしている方がいい。
 風邪を引いている人が多いわけではないが、本格的な真冬の服装の人が結構多くなっている。今朝は冷え込んだためかもしれない。寒いときは暖かくしていた方がいい。冷えると風邪を引きやすいはず。風邪が入って来ても、抵抗力が違うのだろう。
 秋が深まっているのではなく、冬が始まっている。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

アックスつげ義春特集

■■ 2017年11月4日(土) 午前8時05分
 
 今朝も晴れている。気温もそれほど低くはないことからか、真冬の服装をしている人は少なめ。薄い目の上着を着ている人が目立つ。しかし、同じ服装のままも多いようで、よく見かける人は、気温の変化に関係なく、いつも同じのを着ている。薄い目を寒くても引っ張っている人や、寒くなったときの分厚い目を引っ張っている人。だから小まめに変える人とそうでない人とがいる。長く引っ張っている人も当然何処かで切り替える。切り替えるとその期間が長い。長期政権で、春になってもまだ引っ張っていたりする。
 そう言えば冬の初め頃は、冬服を意識しているが、それに飽きてくると、適当なものを引っかけるようになる。この適当とは、偶然が多い。その偶然羽織ったものをまた羽織る。気が付けばずっとそればかり。まあ、冬に羽織るものは一着あれば十分で、多いと仕舞うところがなくなるだろう。嵩張るので。
 着物を着ている人が昔は見かけたが、最近は少ないし、日常的には着ていないが、あまり着込めない。上に羽織るのは文字通り羽織で、寒いときはそれがドテラになる。浴衣が出る旅館で冬は褞袍も出るはず。温泉街を褞袍で散策している人もいる。草履ではなく下駄。これは足が寒いだろう。足袋までは用意されていないはず。当然靴下をはく。ここは洋式だが、鼻緒は入る。
 当然日常的には綿入りを着ている。これは子供を背負ったとき。ねんねこもそれに近い。
 つまり、伝統的というか、昔からある防寒着は綿入りなのかもしれない。まあ、蒲団を被っているようなものだ。それと毛皮。どちらが暖かいのかは、今もそこで競り合っている。詰め物のアンコが綿が羽毛になった程度の違いはある。これは鶏の羽根でもよかったのではないかと思える。また羽根ではなく、端切れをを詰め込んでいたりしそうだ。
 また貧乏継ぎというのも、一種の手だ。破れたところに布を縫い付けるのだが、破れていないのに、貼り付ける。しかも広い目に。これは重ね着に近くなる。ものを背負ったりする人は肩が擦れて破れたりするので、そこだけ補強したりする。肩当てのように。これは貧乏侍の絵として、時代劇などでよく見る。貼り付けてある縫い糸まで書くのがコツだろう。
 昨日は暖かかったので、冬物上着などには興味はなかったが、スーパー二階の衣料品売り場は寄り道のときの通り道なので、少し寄って見ると、新作が吊されていた。カジュアルものだが、新製品だと分かるのは、今までなかったタイプのため。これがまた長く吊され続け、いずれはレジにて半額まで落ちるのだろう。これはシーズンが終わる頃になるので、もう遅いのだが、その時期は意外と真冬で、まだ着られたりする。
 今、新製品で吊されているのはまだ軽い目のタイプ。
 表地がフワッとし、少し毛羽立ったタイプで、裏地がボア。スタイル的にはジャンパーだが、首だけはもの凄く凝ってあり、エリマキトカゲ状態。襟にファスナーがあるので、フードでも入っているのかと思い、開けてみるが何も入っていないが、そこにもボアが仕込まれていた。だから首は暖かいだろう。頑丈なマフラーのようなものだが、むち打ちの人のような感じになる。
 似たようなタイプが二種類ほど新製品で出ており、エリマキトカゲ状態のそれが一番高いが5000円はしない。安いのは2000円台。その変わり薄い。
 そのエリマキトカゲ状のものが気に入ったのだが、これの軽いタイプを特価で去年買っている。裏地に何も仕込まれておらず、生地は伸びるが、賺すと向こうが見える。だから風がスースー入り込む。
 新製品は冬物なので、ポリエステだが向こうが透けないタイプ。
 安いタイプは表地は似たようなポリの厚紙のようなものだが、裏地にペラッとしたものが仕込まれている。これは着るとき滑りがいいので、着やすいだろう。
 まあ、値段にふさわしい暖かさと、真冬の何処まで通じるかの違いだろう。襟だけは、一番ハードな真冬物の鎧のようなタイプよりも暖かそうだ。ただ、ウール風なので、雨風に関しては、曖昧だ。こういうのは濃い色だと、生地など分からない。ただ、このタイプ、禿げてくる。
 毛糸のパーカー風のものによく裏にボアが仕込まれているものがあるが、その新製品は表地が風を通しにくく、雨にも多少は耐えれそうなので、いい感じだ。そして襟の堅牢さは得点が高い。
 
 今月号の漫画雑誌アックスでつげ義春の特集をしていたので、それを読む。つげ義春という文字があると、引っ張られるものがある。80才になっているのも驚きだが、それを記念しての展覧会も東京のギャラアリーでやっている。ねじ式の人形なども展示されていたり、他の漫画家や画家や、造形作家などの作品も展示されている。絵だけではなく。
 アックスにもつげファンの漫画家が、それにちなんだ自分なりのつげ漫画を書いている。表現の領域において、これだけ影響を与えた作家は類を見ないだろう。そのため、ジャンルを超えたところでも、影響を与えている。実際には影響を受けた作家の一人だろうが、割り切れないような不思議な謎がまだ残る漫画で、そこから受けるインパクトは何処かに刺さるのだろう。この刺さり方が大きい。
 要するに何かに触れるのだ。それは自分の中の何かに。だから読者の数だけつげ義春がいる。
 今回の特集は人海戦術で、もう細かいことを抜きにして、それぞれのつげ義春を語るようなもので、これは自分自身を語るのに近いのかもしれない。つげ義春論は多数出ており、また評論家にとり、これは美味しいので、文章も多く残っているはず。
 ガロやアックスの作家だけではなく、つげ義春風のものを画く人は結構いた。これはそう言うジャンルの漫画雑誌や同人誌を見ているためかもしれないが。
 しかし、それは真似ができないことがすぐに分かる。何がどう違うのかだが、個性と言ってしまえばそれまでだが、真似ができない個性なのだ。この個性は誰にでもあるので、自分の個性とは別のものを真似ても、その人になれないのと同じ。
 だからつげ義春は読み手や書き手の数だけいる。
 この特集のメインは座談会で、林静一さん、池上遼一さん、南伸坊さん。それとアックスの編集長の手塚さん。
 つげ義春よりも林さんや池上さん自身の話の方が興味がいく。特に林さんの漫画の書き方は凄いものがあった。もっと林さんや池上さん御自身の話を聞きたかった。南さんは別にして、この二人の会話がいい。少し意見や方向が違うのはどの作家も同じことなのだが、二人のやり取りがいい。ややこしくなると、南さんが、まあまあと中に入る。
 この座談会、評論家が入っていないのでいい。また同じ話を聞くことになるのでガロ的には新人の評論家、若手の人に今の感覚でのつげ義春論を聞きたかったが、その若手も結構な年になっているので、似たようなものかもしれないが。
 この特集で一番よかったのは菅野修さんの実録漫画だ。つげ義春とついこの間喫茶店で会ったときのことを漫画にしている。これはページ的にも特集の最後のページ。だから紅白ならトリだ。知りたかったのは今のつげ義春なのかもしれない。
 
  
posted by 川崎ゆきお at 10:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする