2019年05月15日

陽射しが分かる光学ファインダー

■■ 2019年5月15日 水曜日 午前8時55分
 
 今朝は晴れている。下り坂になっているはずだが、違っており、しっかり晴れている。しかし風が強い。これは天気が変わりやすかもしれない。昨日は少しひんやりとしていた。最近暑かったので、そこから比べると、普通に戻ったのか、それとも、低い目だったのかは分からない。今日は昼間の気温がぐっと上がり、夏並になるとか。ただ、真夏並みではないだけ、まだこの時期らしい。
 これからは暑くなる一方なので、その覚悟でいればいいのだが、昨日は涼しく、拍子抜け。夕方へ行く喫茶店などでは、ペラッとしたパーカーでは寒いほど。昼間はそのパーカーは暑くて脱がないといけないほどだったので、気温差でややこしい。昼夜の気温差は当然あるが、夜ではない朝夕と昼間の気温差もある。さらに一日単位での気温差もある。当然その一日の中での温度差もある。差ばかりだが、雨の降っている日は朝も昼も夜も気温の上下幅はそれほどない。意外とこの差だけを注目すれば、雨の日の方がいいのかもしれない。天気は悪いが安定している。良いことは安定しないが、悪いことは安定するのだろうか。
 今朝は早い目に目が覚めたが、早すぎるので、もう少し寝たのだが、起きるとまだ早い。さらにもう一度寝ると、これは非常に危険な予感がするので、そのまま起きた。少し眠いが。そうでないと、逆にもの凄く遅く起きてきそうだから。
 少し早起きなので、余裕がある。それでゆっくり目に過ごしていると、すぐに早起き貯金分が消えてしまうのだが。
 初夏のこの頃は結構長い。一年が短く感じるのは、この頃ぼんやりと過ごしているためかもしれない。春が終わったばかりだと思っているのだが、月はかなり進んでいる。本当に暑くなった頃は既に半年をかなりすぎているのだ。
 五月のちょうど真ん中まで来たが、どこかまだ連休のイメージがあり、これは四月のイメージを引っ張っている。春は三月四月五月。だから、春は暦の上ではあと二週間ほどで終わる。だから初夏がもう入り込んでいる。それは新緑を見れば分かる。緑が鮮やかと言うか、盛りが多い。葉のボリュームが大きく、しかも青葉なので鮮やか。これが初夏の明るい陽射しで、さらに輝く。
 草花も真っ盛りで、もの凄い種類の花が咲いている。当然自然の森ではあり得ないような種類。だから、街中の方が花見ができる。特に住宅地。鉢植えで地面から生えていないのも多いが。
 野草は野草で、地味ながら、花を咲かせている。これは田植えまで放置している農地の草花が特に元気。土地というか、土がいいのだろう。
 こういう日の写真は一眼レフのファインダーで覗いて写すのがいい。覗いたとき、その光の輝きがそのままレンズを通して見ることができる。リアルで見ているのとほぼ同じ。光の滲み具合なども。
 自然観察には、これがいい。実際にはそういう風には写らないが、写す前の現実を見ている。これは電子ファインダー時代贅沢な話かもしれない。こういう光線状態が感性を刺激するのだろう。捕らえていない獲物がそこにある。電子ファインダーだと捕らえたもの、変換されたものを見ていることになる。こちらの方が何かと便利なのだが。
 今朝はそれでニコンD3400と400ミリ少しまである望遠ズームを鞄に入れ、広角側がないので、パナソニックの水中カメラをポケットに入れた。
 もうこういう光学ファインダーの一眼レフは趣味の世界に入るのだろう。一眼レフと言うより肉眼レフだ。
 
 
  
posted by 川崎ゆきお at 11:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月14日

EOSM5など

■■ 2019年5月14日 火曜日 午前9時56分
 
 今朝は曇っている。流石に長く晴れが続いたので、そんなものだろう。昨日はそれで大雨が降った地域があったようだ。晴れが続くと、雨が溜まるのか、降り方が一気というわけではないが。
 今朝は幸い雨は降っていないが、これは降りそうだ。そして湿気ているのか、蒸し暑いかもしれない。
 ということは梅雨の気配がそろそろ入るのだろうか。一歩先の気候がたまに頭を出すことがある。それはすぐに引っ込むのだが、近いのだろう。
 今朝はどんよりと曇り、元気の悪そうな日、景気も悪そうだ。そのため、景色も良くない。風景にも顔色がある。それは光線状態で決まる。当然晴れた日の青空は、手前のののを引き立て、浮かび上がらせる。風景が映える。
 気温は高くもなく低くもないが、湿気がある程度。これが曲者だが、なければ困ることもある。湿気というより雨だろう。
 先日買ったリュックは結構よかったのだが、何となく窮屈なので、ずっと使っている慣れた綿のトートに戻す。大きさでの窮屈さではなく、ポケットが今一つだった。まあ、困るようなことはないが、最大のポイントは肩や背中が痛い。背負っていると、ずっと羽交い締めされているようなもの。背中や胸が結構圧迫される。そんな重いものを入れていないのだが、それは何処に負荷がかかるかの問題で、リュックは締め付けタイプ。
 そしてショルダー系は筋肉を使わない。トートを肩でぶら下げている方が楽。これはバランスの問題だろう。縛り付けていない。
 それで、綿のトートに近いのは、樹脂製のトートで、これは安い。ただパソコン入れがない。そういう仕掛けになっていないため。
 そうなると、メインポケットにノートパソコンとカメラを一緒に入れないといけない。当然ぶつかり合うので、服が必要だ。ノートを買ったとき、付属品の袋が入っていた。使っていないので、何処かへいってしまったが、それを探さないといけない。きっちりと入る。百均のよりもいい。このケースにパソコンを入れるか、カメラポートにカメラを入れるか。またはカメラはタオルで包むかになる。やはりすぐに取り出すのはカメラの方で、ノートは喫茶店に入ったときにしか出さないので、専用ノートパソコンケースに入れるべきだろう。
 その樹脂製トートは安っぽいが縦型。バランス的に横型よりも楽。これも重心の問題だろう。この樹脂製のトートは方々で見るので、ありふれたものだが、その中でサブポケットがあり、それがやや大きいタイプがあったので、それを狙っている。トートはポケットなど全くないのもある。あっても鼻紙も入らないほど小さく浅かったりする。
 布の単純なトート系はいくらでも売られているのだが、薄すぎてクニャクニャ。まあ、買い物袋としてならいいのだが。
 要するに取り回しが楽な袋物がいいのかもしれない。ファスナーがないトートなどが使いやすいのはそのため。アクセスがいい。
 
 カメラ方面はメインのオリンパスのOM10マーク2が死んでいる。あまり使わない。もったいないので、たまに持ち出すが、どうも操作性の相性が悪い。それでも600ミリまでの望遠ズームを考えたりしていたのだが、これも高いタイプもあり、それが気に食わない。
 それで写していて気持ちがいいのが似たタイプのミラーレスのキヤノンイオスM系。イオスキッスMが出たときは、キッスX7より軽いので、驚いたが。
 このM系の中に、M5や6がある。M5が電子ファインダー内蔵で一眼レフのスタイルをしている。M5か6かどちらかは忘れたが、今持っているM3の現役バージョンで、ファインダーが付いている。
 M5とキッスMは似ている。どちらもファインダーが付いているのだが、キッスMの方が新しいので、映像エンジンも新しい。
 しかし、中身はM5の方が上。まあ、軽くて、ゴチャゴチャしていないキッスMの方がいいのだが。
 幸いM3キットレンズ付きを展示品特価で手にしれていたので、レンズは買わなくてもいい。
 まあ、そういうキヤノン系のカメラは、去年の年末に買ったネオ一眼で全てを吸収したようなものなので、キヤノン一眼系やミラーレス系はネオ一眼一台で全て纏めてしまえるということだった。
 最短撮影距離は広角端で0センチ。一眼系ではできない世界だ。
 だから、この話は、既に終わっていたりする。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月13日

イオスM3と標準ズーム

■■ 2019年5月13日 月曜日 午前9時30分
 
 今朝も晴れている。このところ晴れが続き、しかも暑い。五月中頃、そんなものだろうか。少し暑いような気がするが、これが六月頃なら、こんなものかと思うのだが。
 そして意外と六月に入ったときには、それほど暑くなかったりする。
 既に半袖を着ている人が多い。陽射しのあるところでの移動なら、それで丁度かもしれない。小学生の遠足か見学かで、歩道に行列ができている。半袖と長袖がいる。半袖の方が多い。だからTシャツだけでいい季候になっているのだ。
 今朝も早い目に目が覚める。時間としては悪くないのだが、少し早い気がする。目は完全に覚めているので、それほど眠くはない。しかし、もう一度寝ることにした。堂々とした二度寝。これで先日失敗し、もの凄く遅起きになった。起きたとき、一寸だけ寝たという感じで、僅かな時間のはずが、もの凄く寝ていたことがある。今朝はそれがなかった。思っているような時間に目が覚めた。これでも少し早い目なので、ゆったりとした一日になるだろう。早起きするのはいいのだが、しっかりと寝ていないと、一日がしんどい。元気なときでも、昼寝が長くなる。だから早く起きすぎるのも今一つ。
 暑くなってくると食欲がなくなる。完全になくなると大問題だが、暑苦しいときは食が進まない。食べ出すとそうでもないのだが、やはり少なめになる。寒いときは沢山食べると暖になる。暖かいものを胃に入れて暖房。
 それで、スーパーに寄ったとき茄子の漬物を買う。この酸っぱさは定番。コンビニにもあり、これは古漬け。そして小さい。指ほどの茄子。そのまま食べてもいいのだが、切って小皿に入れて食べる。これはメインではないが、これが美味しい。食が進む。スーパーでは水茄子がある。産地は岸和田か堺あたりが有名。南海沿線だ。今はもう和歌山までの間は田園地帯ではなくなっているはず。昔は果てしなく畑が続いていた。浜寺まで泳ぎに行ったことがある。海水浴だ。そのときの夏の南海沿線が夏っぽかった。これは町内の子供会でも行ったが、それはバス。海水浴ではなく、プールだった。南海電車で行ったのは海水浴で、助松。神戸側の香櫨園の方が近いのだが、須磨よりも遠い助松まで行ったのは、何だったのだろう。
 さて、その水茄子はすでに切ってあるが、縦切り、それをまた一口分に切り、これも小皿に入れて食べる。残りは水を満たした状態でパックに入れて保存。水茄子なので、水が必要なはず。それに水の中に金魚の袋のようにして売られていたので。
 夏、食べやすいものがスーパーでも前面に出てきている。卵豆腐だ。これは小パックを束ねたり連結しているタイプで、かけ汁つき。この汁が美味しいのだろう。まあ、冷や奴だが、玉子入りで黄色い。
 それと白ながまだ売られていたので、それを買う。所謂菜っ葉。これはかなり柔らかい。大量にポテポテに煮て、玉子で綴じれば丁度いい。
 大根も安かったが、これはこの高温ではすぐに萎れそうなので半切りのを買う。煮物用は葉のある側がいい。下の方の細い方は大根下ろしにいい。辛い側だ。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンのミラーレスで、イオスM3。最新機の一つ前の世代。エディオンで展示品特価で嘘のように安かったキットレンズ付き。最新機も少し古くなってきたので、そろそろ新しいのだが出そうだが、最後に出たのがイオスキッスMだろうか。ファインダーが付き、完全にイオスキッス風の一眼レフスタイル。しかし、初心者機だ。
 昨日の夕方は、それに標準ズームを付けたのを鞄の中に入れていたので、夕焼けなどを写したりする。もう日は落ちているが、まだ西の空に赤みが残っていた。24から70ほどの広角が少しある標準ズーム。28ミリが多いのだが、24ミリ。レンズはそれほど明るくはないが、レンズは非常に小さい。
 乾いたシャッター音が快い。シャッター形式はフォーカルブレーンとか、そういうタイプだと思うが、幕を上下か左右に開け閉めするタイプだと思えるが、違うかもしれない。そのシャッター音は機械式なので、音がいい。昔のキヤノンの一眼レフのような余韻の残る響きだ。
 そしてイオスM3というのがいい。ライカM3を匂わせる。ファインダーはないが、外付けを使える。この外付けファインダー、コンパクト系にも使えるのでいい。最新機に付いてくる外付けファインダーは丸っこいが、その前のタイプでも良い。そちらの方が上下に動くので、ローアングルのときに便利。
 しかし、標準ズームだけなら、電子ファインダーはいらない。それに夕方などは暗いので、液晶も見やすいので。
 それが鞄に入っていたので、そのまま朝も持ち出したことになる。バッテリーはいつものキヤノンとは別タイプなので、一個しかない。
 しかしこのカメラ、小さい。レンズも小さい。いずれもイオスキッスと比べてだが。ミラーレスの恩恵は小ささ軽さだろう。ただそういうことはソニーは以前からやっており、その代表的なのがα6000で、今もまだ売られているのだから、不思議なカメラだ。これも小さく軽い。最新機はα6400だろうか。
 この前、池田まで行ったときは、そのM3に300ミリまでの望遠ズームを付けていた。この望遠ズームも軽くて小さく細い。それでいて受光素子の大きさは一般的な一眼レフと同じ。オリンパスミラーレスはもっと頑張って小さいのを出さないとまずいような気がする。
 イオスキッスMでもいいのだが、ミラーレスの特徴である背面液晶が横開きなので、使いにくい。イオスM系は上下。だからウェストレベルにすぐに持ち込める。
 このイオスM3があれば、ライカはいらないのではないかと思うほど。M3だし。
 標準ズームを付けた状態だけなら、コンパクトデジカメと変わらない大きさ重さになる。ただ望遠は70ミリまでなので、標準系で写すときに限られるが。
 このイオスM用の高倍率標準ズームがある。ただ大きく重くなる。望遠端も300ミリない。このレンズがイオスM用レンズの中で一番重いようだ。それ以前にレンズが少ない。そして普及レンズと高級レンズの二段式になっていないのがいい。さらにレンズの太さは統一されている。
 嘘のように安く手に入れた旧機だが、十分使える。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

キヤノンSX730その後

■■ 2019年5月12日 日曜日 午前9時04分
 
 今朝も晴れている。昨日の昼間は30度になっていた。今年に入ってから、そういう温度になった日もあったが、それは特別。その後は暦通りの気温に落ち着いているが、今後は昼間30度は普通になったりする。むしろ涼しい方だったりしそうだ。それは真夏のことだが。
 暑かったが、意外と薄手のパーカーを羽織っていた。本来なら、暑くて脱がないといけないところが、そこまで暑くはなかった。25度ぐらいでも暑くて脱ぐことがあるので、さっぱりとした暑さ、爽やかな暑さ、カラッとしていたのだろう。今後このカラットが蒸しっとなる。
 流石に昨夜は電気毛布のスイッチは入れなかったが、朝方寒く感じた。また、寝る前になると、流石に気温も下がり、最近の夜の気温に戻っていたので、暑さは消えたのだろう。
 夕方前に行く喫茶店の冷房が故障しているのか、そこでは暑かった。そのペラッとしたパーカーは、そこの冷房用なのだが。
 昨日から夏が入り出したようで、確かに暦の上でも初夏といっても早いわけではない。暑いのは7月8月だが、意外と5月末から6月にかけてが厳しいのではないかと思える。暑さが入る初っぱな。暑さ慣れしていないときなので、そう感じるのかもしれないが。
 そして6月は梅雨が入るので、雨で涼しいという印象がある。陽射しが少ないためだろう。しかし、湿気が来る。真夏のカラッとした暑さではなく、6月の暑さはたちが悪い。この湿気のある暑さは木造の日本家屋ではそれなりの配慮が成されていたりする。特に湿気のきつい畿内では。暑さ寒さよりも湿気をどうするかだろう。
 大阪の夏は暑い。気温的には大したことはなくても、湿気で蒸し暑いのだ。これで気温以上の暑さを感じる。
 季節は巡る。今年も夏の足音が聞こえだした。
 
 今朝のお供のカメラはキャノンの旅カメラ。SX730で、ポケットに入る900ミリ越えのカメラ。これの新製品が出て久しいが、似たようなものなので、パスしたが。
 700ミリ越えのポケットに入る旅カメラとしてはトップクラスで、流石キヤノンという余裕がある。
 ニコンの旅カメラはズームで伸ばして一枚写したあと、広角側でもう一枚というとき、ズームを戻そうとすると引っかかる。動かない。ズーム位置をそのままなら続けて写すときも素早いが、画角だけ変えてもう一枚欲しいとき、待たされる。というかカメラが動かなくなったような状態になる。
 キヤノンの旅カメラにはそれがない。これは写りとかは関係がないが、こういうスペックに出ないところでの余裕がある。
 だからキヤノンのカメラは優等生で、特に長所も無いが欠点もない。写りもそうで、これという特徴がない。だから癖がない。
 このカメラのネオ一眼タイプの新製品を去年の暮れに買ったので、そちらばかり使っていたので、久しぶりにポケットに入るこのタイプを持ち出した。
 ライバルのニコン、パナソニックに比べると、小さく軽い。ソニーが一番小さく軽いが、安い方だ。高い方は新製品が出ていない。1インチに力を入れているのだろう。だからキヤノンの敵はパナソニックでもニコンでもなく、真のライバルはソニーかもしれない。それは1インチでの争いでも分かる。
 キヤノンSX730が飛び出しているとすれば、900ミリ越えの望遠が付いていること。ほぼ1000ミリだ。最近は600ミリ以上を超望遠といっているが、昔は400ミリでも十分超望遠だった。それが伸びたのだろう。
 だから1000ミリ近くあると、ネオ一眼がいらないほど。ただ撮影スタイルはネオ一眼の方が安定しているので、写しやすい。特にキヤノンのネオ一眼はファインダーも大きいので。
 だからキヤノンの旅カメラは液晶だけで写すことになる。ソニーは早くから飛び出し式の電子ファインダーを付け、ニコン、パナソニックも電子ファインダーを付けているので、電子ファインダーがないのはキヤノンだけ。何故だろうかと考えると、大きくなるためだろうか。
 まあ、人が多い場所で写すとき、電子ファインダーがあっても使わない。手かざしで気が引ける。だから液晶を回転させて腹か胸あたりにカメラを下ろして下を見て写すのがいい。
 草花などはじっくりと写せるのだが、通りがかりにさっと撮すときは、液晶だけでもいい場合がある。液晶ではどんな花かはよく見えないが、その前に肉眼で見ているので、撮影のときは切り取るだけになり、撮影の充実感はないが。
 AFはフルオートに入れていると、五月蠅く動くタイプ。これがヒットした場合は、ここぞという被写体を囲んでくれるのだが、そうそう上手くはまるわけではない。
 そんなときはプログラムモードに入れれば、中央部一点になり、サイズも変えられる。これでAFはバタバタしなくなるが、意外と合いやすいのは自動認識の方だったりする。
 まあ、このカメラ、安定度抜群で、サクサク動くし、引っかかりがないので、操作感はいい。それだけでも気持ちがいい。
 何でも無難にこなすカメラで、これという特徴のないのが、欠点だろう。カメラに面白味がないのだが、総合点は高い。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月11日

リュックとトート

■■ 2019年5月11日 土曜日 午前9時22分
 
 今朝はよく晴れている。気温も高くなりそうだ。昨夜は電気毛布を付けないで寝たが、朝方寒くなり、スイッチを入れた。こういうのはいつかあったように記憶している。
 天気はいいが、こういうのは連休のとき続いていれば、よかったのにと思う。そこまで協力的ではないのだろう。
 寝起きの喫茶店に入ると、冷房がきつい。もうその季節になっている。ここ数日の間に。
 そのため、外は暑く、中は寒い。そして喫茶店往復で外にいるときよりも、店内にいる時間の方が長い。と言うことは寒い店内にいるときに服装を合わせた方がよかったりする。だから暑い日でも、真夏のような服装では無理。流石に夏の一番暑い頃は、何とかなるが、梅雨が明けるまでは、空気そのものがまだ夏のそれではないので、無理。
 今朝はまずまずの時間に目が覚めた。朝方目が覚めたのだが、それは寒いため目が開いたのだろう。何とかせよと言われたように。それで、電気毛布のスイッチを入れて寝た。これは二度寝ではない。まだまだ早すぎるため。しかし部屋は明るい。それだけ日の出が早い。そのあと目を覚ますと、まずまずの時間。ここ二日ほど続いていた遅起きではなかった。
 晴れていて気持ちがいいのだが、明るく眩しい。陽射しがきつくなっているのだろう。春よりも眩しく感じる。
 先日買ったリュックは軽くいいのだが、紐が垂れる。これは長さ調整の紐だろう。それが自転車の前籠の網に挟まったり、絡んだりする。だから、鞄を籠から出すとき、引っかかってしまうことがある。そのとき、長さが変わったりする。紐は二本。両肩あるので、バランスが悪い。背負ったとき、妙に一方の肩だけが重いと思っていると、紐の長さが違っているのが分かる。
 眼鏡を傘入れに入れている。これはファスナーは縦。傘も立てて入れるのだろう。防水用の密着したファスナー。それよりもファスナーの開け閉めが面倒。片手だけで開けようとすると、防水のためか、硬い目。スーと開かない。力が通常のファスナーより必要。まあ、通常のファスナーでも鞄の位置と手の位置により、片手だけでは引っ張りが効かないのか、開かないことがある。
 以前のトートバッグはポケットに蓋があり、ファスナーなしで取り出せた。ファスナーはないが、マジックボタンがある。磁石だ。偶然留まることもあるが、力を入れなくても開く。フタの布をパカッと開ければいい。何処を持ってもかまわない。
 メインポケットにファスナーがある。これは底から半周以上しているので、大きな口が開く。だが、最後に閉めたときのファスナーの二つのつまみ位置が問題。何処で終えたかで、もの凄く遠いところから開けないといけなかったりする。
 ノートパソコン入れは本格的で、クッションで挟んでいる。お辞儀はしないが、マジックテープが付いている。パソコンを出すときも、先ずそのマジックテープを剥がさないといけない。これは片手で指先だけでできるが、ワンアクション加わってしまう。入れるときはテープがくっついている状態のときは剥がしてから口を開けることになる。手間だ。
 マジックテープのポケットなどが衣服でもあるが、あれば痛い。勝手に仕舞ってしまうと、すっと物を入れられない。さらに冬場などテープ部のギザゴザがヤスリのように擦れて痛い。
 それとリュックにしてから背中が痛くなった。トートの紐とは違うところに負担がかかるのだろう。
 トートを長く使っていると、ただの袋のようなものなので、紐は手提げだけ。空間認識がしやすい。
 トートは肩に掛けている状態でもものを取り出しやすい。また肘に掛けることもできる。お婆さんがよくやっているスタイルだ。やはりリュックよりもトート系の方がよかったりする。
 大きなカメラを入れているときは、鞄を手にしたまま写したりできる。だからカメラバッグよりもアクセスがいい。自転車でもトートなので、最初から口は開いているので、すぐに出せる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

撮影の充実感は一眼

■■ 2019年5月10日 金曜日 午前10時51分
 
 今朝も晴れているが、雲が多いようだ。陽射しはあるが、途切れたりする。気温は高い目。既に五月の半ば。そんなものだろう。
 今朝は昨日に続き、遅起き。同じ時間に起きてしまった。中間がない。まあ、最近早い目に目が覚めていたのだが、これは自然。しかし、睡眠時間的には昨日今日の遅起きの方が合っている。これぐらい寝ておかないといけないだろう。
 そして早いもので、今年も中頃にかかる。冬と春を通過した感じで、初夏へと至る所にいる。だからふた季節通過したのだから、半分。気温の変化を見てきたのだから、じんわりと半分近くまで来た感じだ。夏になってしまうともう半分を回り込んでいるので、そこが半分ではない。梅雨頃が半分。つまり六月で、それはあと少しで来る。六月のいつかといえば、六月中。気候的に安定してある地点は夏至。六月の末近い頃で、昼間が長い。夜が短い。今もそれに向かってまだまだ日が長くなっているところ。当然夜がさらに短くなっている。
 連休も明け、気温はさらに上がりだし、怠くなる頃。寒さよりも暑さが気になる頃だが、このところ寒さがあるので、暑さはあまり気にならないが、すぐに暑苦しくなり、外に出ただけでも熱バテを起こしそうになる。
 しかし今朝はまだライトダウンジャケットを着ていたりする。寝起きに行く喫茶店は既に冷房が入っているが、それでちょうどぐらい。だから冷房対策だ。
 明るい日中、自転車で移動中に花とかを写すのだが、こういうとき、一眼レフのファインダーで覗いて写す方が充実する。それでニコンの一番安いキットレンズ付きのD3400と400ミリ少しの望遠ズームの組み合わせをよく使う。カメラは小さいがレンズは煙突のように長い。タムロンやシグマの高倍率標準ズームは短い。しかし、望遠にすると、もの凄く伸びる。ところが望遠だけのレンズは最初から伸びている。そのため、レンズの飛び出しが凄いが、持ちやすい。長い筒のためだろう。
 ネオ一眼との違いはボケだろう。ピントが浅いので、猫などを写すとき、周囲が見事にボケて浮き出る。それほど寄れないが、ボケている中にいる猫は引き立つ。まあ、ポートレートと同じだ。
 このニコンのキットレンズ、結構評判が良いようで、ソニーユーザーがこれをわざわざ買って付けていたりする。これも評判を聞いて買ったのだろう。
 小鳥は400ミリ少しでは厳しいが、風景なら十分。特に自然の風景なら400ミリ少しあればほぼ満足のいく切り取りができる。本当は600ミリあればもっと良いのだが。
 それよりも近距離での草花を写すときは程良い距離感があっていい。望遠ズームなので、最短撮影距離は短くはない。1メートル少し離さないといけないが、まあ、自転車の上からなら、大概のものは写せる。
 流石に写す気がないときは、持って出ても仕方がないので、コンパクト系になるが、同じものを今度一眼で写すと、やはり気持ちがいい。特に丁寧に写しているわけではないが。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

ニコンの旅カメラA1000

■■ 2019年5月9日 木曜日 午前10時40分
 
 今朝は久しぶりに曇っている。それだけ晴れが続いていたのだろう。雨が降るかどうかは分からない。今にも降りそうな空ではないが、これは分からない。そして気温はそれほど高くはない。陽射しがない分、昼間も上がらないだろう。
 今朝は久しぶりに遅起き。いつものように早い目に目が覚めていたのだが、これは早すぎる。それで毎回堂々と二度寝をしているのだが、まずまずの時間に自然に目が覚めたが、今朝は二回ほど二度寝をした覚えはあるが、僅かな時間だと思っていたのだが、そうではなく、かなり遅い目だった。
 どうせ曇っているので、遅起きでも問題はない。朝の喫茶店からの戻り道に散歩に出ることもないだろう。散歩といっても少しだけ周囲を回るだけで、時間は短い。曇っていると、その気が起こらないので、今朝は余計なことをしなくてもいい。
 それで今朝のお供のカメラは小さめでポケットに入る誕生日に買ったニコンの旅カメラA1000。800ミリ少しの望遠が効くので、望遠不足になることは鳥や猫意外ではない。小さいながらファインダーが付き、液晶も回転するが、少し固いので、使いにくい。前機は軽かったのだが、ファインダーが付いたので、接眼部と被ってしまうので、自撮りで上へ上げられないので、下から自撮りするタイプになっている。それで固い。
 その他の欠点はファインダーの自動切り替えのセンサーが端にあるので、手がすぐにかかってしまい、それで反応するというもの。ファインダーが左端に付いているためだが、センセーはカメラの端の角に付いているので、被ってしまうだろう。
 しかし、このカメラ、今のニコンコンパクト系の集大成のようなもので、昔の戦艦コンパクト系ほどではないが、それなりのボリュームがある。しかし、機能的には普及機コンパクト系で、一眼レフのサブカメラ、というような感じではない。
 キヤノンよりもパナソニックを意識しての造りなのは、ファインダーを付けたことと、電子ダイヤルが二つあること。ダブル電子ダイヤルは上級機仕様で、一眼レフでも中級機以上でないとなかったりする。好みの分かれるところだが、一方の電子ダイヤルが十字キーの周りにある。これがあるタイプが好み。電子ダイヤルを弄って設定を変える言うことではなく、ただのメニューめくりや、プレビューのときの画像切り替え程度。
 またタッチシャッターが効く。液晶はタッチ対応になっているので、目一杯機能を詰め込んでいる。だからスペック比べのとき、かなり有利。だから、スペック的には高級機なのだが、レンズは暗いし、感度も高くはないので、普及機。
 望遠で一枚写して、二枚目写すとき、ズームで広角側へ戻そうとすると引っかかる。書き込みで忙しいのだろか。こういうところに少し鈍いものを感じるが、少し待てばズームは動く。だから、ポチッと一枚写しする程度の使い方がいい。ただ、同じ画角で一枚写したあとの二枚目はそこそこ早い。
 AF自動認識はあまりバタバタしないタイプで、動いている被写体を囲んだり、追従モードになったりしない。これはニコンコンパクト系では共通している。オート化が控え目なので、副作用が少ない。
 しかし、フルオートモードでも露出補正が効き、しかもプラスマイナス三段まである。その表示文字などが大きく。よく見える。ここでの操作はかなりいいが、あまり使わない機能だが、黒バックに白い花、などのときは必要だろう。
 まあ、カメラは小さいが、今のカメラ技術のほとんどを盛り込んであるので、充実感はあるが、あまり使わなかったりする。4K動画とかも。
 ニコンの一眼レフ系や、ネオ一眼系を使っていると、このA1000は頼りないカメラで、心細いカメラに見えてしまうが、ポケットに入る旅カメラであることを忘れてはいけない。
 写りはニコンコンパクト系共通で、カリッとしたメリハリのある写真で、写りは明快。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月08日

豆腐とか

■■ 2019年5月8日 水曜日 午前9時36分
 
 今朝は晴れている。連休が明けてからよく晴れているのではないかと思えるほど。そして気温はそれほど高くない。これは過ごしやすい。少しひんやりしている方がよかったりする。
 今朝はそれでライトダウンジャケットを羽織って寝起きの喫茶店へ。冬物だが、似たような綿入りを着ている人もいた。陽射しがあるので、暑いはずだが、何ともない。だから気温と一致しているのだろう。これが初夏の気温なら着てられないだろう。
 自転車散歩にはいい感じで、晴れていてそれほど暑くない日は今後珍しくなる。梅雨に入ると、暑くない日もあるが、そのかわり雨が降っていたりする。そして湿気が加わるので、気温のわりには蒸し暑い。そして梅雨の晴れ間は真夏のように暑い。
 しかし五月六月はまだ爽やか。梅雨入りするまでだが。
 野菜の煮物などをそのままにしていると、そろそろ腐る季節。鍋ごと食べるのだが、鍋ごと冷蔵庫に入れる必要がある。卵もそうだ。今は冷蔵庫に入れなくてもいいが、賞味期限がある。それに暑くなってくるとまずい。ヒナがかえるのならいいが。
 冷蔵庫がなかった時代。卵はどうしていたか。先ず卵は八百屋で売られていた。一個売りだ。五個とか十個纏めて買うと、新聞紙で包んでいたように思う。子供の頃、卵が何処に置かれていたのかは分からない。親の世代になると、卵は鶏小屋にあったので、それを取りに行くだけ。だから卵は買いに行かなかったらしい。それは親の世代の子供時代までのようだが。
 近所に玉子屋があった。もう既に営業していなかったが、普通の家だが鶏小屋があった。そこで玉子を売っていたが、八百屋などに卸すところだったようだ。
 まあ玉子は贅沢品で、晴れのときに使ったりした。遊びに行ったときとかだ。そのとき弁当とは別に、おやつとしてのゆで卵。高かったのだろう。バナナも高かった。
 調理方法が変わり味付けが色々変わったが、食材そのものは以前とあまり変わっていない。しかし大豆から豆腐ができるのだが、これは中国から伝わってきたのだろうか。豆腐という漢字がそれっぽい。食べるものに「腐」というのを付けているところが。まあ麻婆豆腐もそうだが、「婆」が出てくる。これは発明したのが婆さんだったためだろうか。
 食べるものに「婆」とか「腐」とかは敢えて日本では使わないだろう。
 木綿豆腐や絹こし豆腐は、中国から来たものか、日本で付けたものかは知らないが、漉すときの布のことなので、そのままかもしれない。そのとき出る漉しカスがオカラ。殻と言うことらしい。まあ酒粕に近いかもしれない。その酒粕で粕汁を作れる。捨てないで、使えるものは使うのだろう。毒ではないので。
 油揚げなどは豆腐の中身がない。皮だけだ。しかし中国では中の身より、皮の方が重宝されたのかもしれない。皮が美味しいとか。まあ、珍味狙いかもしれないが。
 餃子などは、地方地方で、独自の餃子を作っていたりする。中身はほとんど同じだが、もの凄く大きいのもある。これは東へ行くほど大きくなるのかもしれない。中身はハンバーグではないかと思ったりする。シュウマイもそうだ。
 焼き餃子は、やはり皮の焦げ具合を味わうものだろう。あれは焦がさないと白っぽいだけだと気持ちが悪い。水餃子は別だが。
 飲み屋で焼き物と言えば、魚だろう。焼くのがいいか煮るのがいいか、炒めるのがいいか、蒸すのがいいか、同じ食材だが、食感が違ってくるので、飽きない工夫だろうか。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月07日

ビジネスリュック

■■ 2019年5月7日 火曜日 午前9時21分
 
 今朝は綺麗に晴れており、気温は低い目。昨日の夕方雨が降り、そのときぐっと気温が下がっていた。その延長で寒さがあるが、雨の延長はなかったようだ。春というより、秋のよう。五月晴れだ。連休明けが五月晴れ。どういうタイミングだろうか。
 それで、今朝は薄いダウンジャケットを羽織る。朝は昼よりも気温が低いので、これでちょうど。
 十日の連休だったらしいが、あまり世間の様子は変わっていない。連休らしい場所へ出ていないためかもしれないが。日の丸と鯉のぼりが連休らしかった。
 それよりも今日から仕事の人は大変だろう。仕事よりも連休で疲れた人もいるだろうが。
 昨日は久しぶりに鞄を買う。今使っている鞄は長い。すっかり馴染んでいるのだが、かなりくたびれてきた。しかし綿製品だが結構強い。これはまだ使えるので、引退させたわけではない。
 この鞄を使っているとき、違う鞄も買ったのだが、どうも戻されてしまう。やはり綿のトート系が使いやすいのだろう。それを越えるはずの新しいのを買っても、すぐに戻されてしまう。やはり前の方がいいと。
 今回は紳士物売り場、ビジネス鞄売り場で特価セールをやっていたので、覗いた。
 ビジネス向けのもの凄く高い鞄が置いてあるが、その中で一番安いタイプだ。
 今回は多機能タイプではなく、リュック専門。通勤での負担を減らすとなっているが、重さは同じなら、軽くはならないが、使い回しがいいのだろう。
 まずは防水性。これはこのタイプの鞄はそうなっている。カジュアルバッグはそうなっていないタイプが多い。生地が違うためだろう。防水加工ができないのだ。そのかわり内側に水が入り込まないようなのが付いていたりするのだが。
 ファスナーが防水となっているのが目新しい。歯の隙間がない。ただメインポケットの一番大きなファスナーはそれが無理なのか、普通だ。底の方から回り込むようにレールが走っているので、コーナーに弱いのかもしれない。
 大きさはそれほど大きくはなく、小さくもないので、中程だろう。使っている縦型のトートバッグで長さを測ると、ほぼ同じだった。意外と小さい。あとは底の幅。これが大事で、収納力に関わる。これも今使っているのと、ほぼ同じ。
 横型にしないのは、自転車の前籠に横のまま入らないためだ。だから横型の鞄は立てて入れることになる。それではカメラを取り出しにくい。
 ビジネスバッグとなっているので、メインポケットにパソコン入れが独立してあり、クッションも付いている。これがなけば、カメラとパソコンがぶつかり合い、またパソコンがお辞儀をして蓋になってしまう。
 ビジネスバッグらしく書類入れそのもので、独立したファイル入れが付いている。これで一つの大きなポケット。今使っている綿のトートバッグはパソコンの仕切りはないが、大きなファイル入れのようなポケットがあり、そこにちょうど入る。それと同じものが付いているので、どちらに入れてもかまわないが、折角クッションつきの専用仕切りがあるし、背中に近いので、バランスもいいので、これは使うことにする。
 結局パソコンと書類やファイル系が入ればそれでいいのだろう。
 前面ポケットは三つで、一つは傘入れ。かなり長く、縦型。まあ、眼鏡など、別の物を入れればいい。傘は傘だが折りたたみ傘。それは使っていない。
 その横に二階建てになっているポケット。大きさもほぼ同じ。正方形に近い。中途半端な大きさのポケットだが、襠がある。財布や小物を入れられそうだ。
 メインポケット内の奥の院。それはファスナー付きの内ポケット。これが結構大きく、底まで続いている。ここにも書類が入りそうだ。宙に浮いているポケットではなく、底まで続いている。
 あとは網型の宙づりの小物入れが二つ。これはパソコン入れのクッション仕切りの壁にへばりついている。底まで行っていないので、手を突っ込みやすいだろう。チケット入れになりそうだ。
 感心したのは、仕切りがペラッとしたものではなく、クッション入り、当然背面もクッションなので、クッションでサンドイッチ。リュックなので背面のクッションは分かるが、仕切りにもクッションが付いているのがいい。なぜならよれないし、引っかからないためだ。これが決め手だった。
 同じタイプで少し高いのがあったので、違いを見ると、手押し車に引っかけるのが付いていたり、ショルダーにもなるタイプ。手提げにもなり、三ウェイという奴だが、リュックが命なのだから、リュックでいいだろう。それにリュックだがいつも肩掛け。両肩まで通すことは滅多にない。
 カメラバッグとしてみた場合、望遠の長いレンズを付けた状態でも入る。底幅を超えているが、膨らませる。カメラバッグとしての必要なものはいらない。なぜなら付属品がないため。交換レンズはあっても持って出ないだろう。途中で交換しないため。だからカメラ一台入ればそれでいい。ゴチャゴチャしたカメラ関係の小物などはいらない。だからカメラバッグのような仕切りもいらない。それにレンズ交換式カメラよりもネオ一眼が多いので、レンズ交換も必要ではない。
 さて、もう一つ秘密の部屋がある。それは裏面。背面だ。後ろのクッションのあるところ。その下の方に網が張ってあるが、底が抜けている。だから物を入れても、落ちるだろう。その網のようなものにファスナーが付いている。横に。それが小物入れ。底があればポケットは二つになるのに、惜しいと思っていたが、ここは服などを突っ込む場所だろう。タオルとか。洗濯物干しでもあり、ハンガーの役目もあるのだろうか。落としてもビニール袋を突っ込んでもいい。しかし、アクセスが非常に善い場所なので、底がある方がよかったのだが。
 まあ、リュックは紐が多くなり、結構垂れ下がったりひっかったり、何かと絡んだりしそう。
 トートの持ち手、二本あり、それを肩に引っかけているのだが、それが短いので、冬場など肩を通らなかったりするし、そのままでは中からものが出せなかったりする。これは長い目の手提げが付いているタイプならいいのだが、そうではなかった。そのかわり密着力があり、身体にフィットしやすかったが。
 リュックは肩掛けだと中の物に手は入る。そしてリュックなので、肩が当たるところは幅広のクッションなので、痛さが緩和される。
 さて、今日からそれを引っかけているのだが、不都合が多いと、前の鞄に戻ることになるが、今回はまずまずの大きさがあり、何とかなりそうだ。
 
 
  
posted by 川崎ゆきお at 11:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月06日

新書太閤記 吉川英治

■■ 2019年5月6日 月曜日 午前9時33分
 
 今朝も晴れている。そして暖かい。これはまた、暑いほどになるだろう。
 連休はそろそろ終わる頃だろう。土曜から数えて10連休なので、そろそろだ。月曜なので、ここをスタートにした方が分かりやすい。
 結局連休は自転車散歩に出た程度。途中で缶コーヒーを買った程度。パンも買っているが、どちらも昼頃になると、買って食べるようなものなので、お金を使ったという感じはないが。
 そのかわり、アマゾンキンドル端末を中古屋で見付けてすぐに買っている。3000円で第七世代の無印。小さく軽くなっていて、サクサク動く。壊れていなければ、それでいいという感じ。
 このキンドルはカメラの横のコーナーにあり、以前も見かけたのだが、カメラに集中していたので、電書端末への注目度は低かった。そのときは買わなかったのだが、次に行くと消えていた。値段も3000円ほどだったように記憶している。まあ、スマホがあればいらないのだが、目を射さない。自然光でくっきりと見えるが、太陽光線ではなく、部屋だとその照明だが。
 早速読みかけのものがトップに出てきたので、それを読もうとしたが、途中でやめたのだろう。だからあまり良い本ではなかったようだ。谷崎潤一郎だろうか。青空文庫で全部読めそうだが、文字がカタカナで怠いので、やめたりしている。
 この人は長文の神様というか、長い文章ではなく、区切りが長い。逆を行くのが志賀直哉。この人は短気だったらしい。性格が文体に出るのだろう。スタイルだ。
 しかし、切れが長い分も短い分も、読んでいる内容の中に入ると、もう文体を感じなくなるが。
 長々とした文章や短い目にどんどん区切っていく文体、これは息の問題だろう。両方共存させればいい。ショートとロング、強弱、ゆっくり目と早い目なども、これは息遣いだろう。
 さて、それでまた読む本を探していたのだが、青空文庫で楽しめたのは吉川英治の私本太平記。だからその前の新平家物語でもいいのだが、それを避けて、新書太閤記。これも長い。秀吉の話。これは大河ドラマなどで何度も見ている世界で、当然NHKでも早い時期に緒形拳で太閤記はやっていた。秀吉を誰がするか、信長を誰がするかで、イメージが変わるし、主旨が変わったりする。そのため、捻りすぎた秀吉像が続いた。
 しかし、新書太閤記が一番素直。まあ、それでは同じようなキャラになるので、大河ではどんどん崩していく。結局本来の秀吉らしさを素直に出せなくなり、捻った秀吉ばかりになる。今までとは違う秀吉像もいいのだが、やはり秀吉そのものよさがなかったりする。どこか一部分だけの秀吉になる。
 さて、吉川英治新書太閤記だが、書き始めから、もうジンとくる。
 話は熱田神社領の五十戸ほどの小さな村で、栄養不良の母親が梅干しの長漬けをしたようなしわくちゃの子を産む。この子も元気がなく、産声を上げないが、しばらくしてからやっと泣く。これは織田信秀に仕える一番下級の武士の子。といっても足軽だ。常雇いの侍。戦場で傷つき、畑仕事もできない。歩くにも杖がいる。
 結婚したときに作った鎧。陣笠や槍は、もう使わないので、納屋でぶら下がっている。この親子には子供が二人、男子は生まれたばかりの日吉だけ。
 この子には偉い人になってもらいたいと両親は思うのだが、その偉さのレベルが低い。父親は槍一筋の武者、つまり足軽ではなく、馬に乗り、足軽を指揮する将校クラスになれば十分。これが夢。母親は田んぼ一枚を持てばそれで十分。ところがこの子が日本全国を取ってしまうのだから、これほど凄い話はない。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする