2019年06月29日

雨間

■■ 2019年6月29日 土曜日 午前8時38分
 
 今朝は陽射しがある。夜中雨が降っていたようだ。朝はやんでいるが、曇っている。それでも青い箇所があるのだろう。それが全くない曇り空よりはいい。
 梅雨に入っているので、雲マークと傘マークが並んで当然で、晴れマークは珍しくなる。しかし、雲や傘マークの日でも晴れたりする。だから青空がまったく見えなくなるわけではない。太陽が顔を出す。隙間隙間からだが。
 これを梅雨の晴れ間というらしいが、雨間というのがある。雨と雨の間。だから梅雨の晴れ間と同じ。
 この雨間狙いがいい。雨が降っていないだけで、晴れているとは限らないが、傘を差さなくてもいいし、濡れない。こういうときに動くのがいい。まあ、その時間に出かけないといけないのなら別だが。
 結局暑苦しくて、この時期レインコートは無理。コートなので。それの短いジャンパータイプならいいかもしれないが、それでも一枚上にそれを着るとなると、蒸し暑いだろう。
 梅雨時になると、喫茶店などの大きな窓硝子、戸に近いものだが、それが曇る。湿気そのものだ。外との気温差のためだろうか。店内の方が遙かに低温ということだろう。冷房で。
 しかし、今朝は上に羽織るパーカー類はなしなので、少し寒い。エアコン対策のパーカーだが、道中が暑い。それと、喫茶店の冷房は、パーカーぐらいでは何ともならない。やはり寒い。だから同じことなのかもしれないと思い、着てこなかった。これが雨が降っておれば、カッパ風になるので、着るのだが。
 今朝は少し早い目に起きたのだが、小学校の登校風景がない。おかしいと思っていると、土曜日だった。まだ金曜だと思っていたのだが。
 そのうち六月がいつの間にか終わっており、知らない間に七月になっているだろう。30日と31日までの月があるので、月の終わりが曖昧。30日の次は次の月もあるし、まだその月のままだったりもする。まあ、特に予定がないのなら、今日は何日なのかは気にしなくてもいいが。
 梅雨時は晴れ間が少ないので、涼しくていい。これで最高気温が下がり、昼間と夜の温度差も少なく、意外と過ごしやすかったりする。だから五月の方が暑かったりする。今年の梅雨入りは遅れに遅れ、六月の末になってしまったので、その間暑かったことになる。暑さも一休み。晴れておれば別だが。
 そして梅雨明けと同時に真夏が来る。この暑さが来るまで、少し休める。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月28日

梅雨と台風

■■ 2019年6月28日 金曜日 午前8時57分
 
 今朝は晴れている。台風は夜のうちに行ったのだろう。台風だと聞いていなければ、ただの雨。風が吹かないと接近中でも分からない。また雨の降り方も息をするような台風の雨とはまた違い、降り方も普通。これはやはり風がないため。
 台風が去ったので、青空が覗いているが、すっきりとは晴れていない。雲が多い。梅雨入りとなっているので、この空でいいのだろう。ずっと曇っているような空で。ここで晴れてもらっては困る。梅雨の雨ではなく、台風の雨だったので、あれを梅雨の雨だといわないと、梅雨入りにならない。そして通過後晴れていては困る。台風だけが去ったのだから。
 だから梅雨空の中、台風が来て、重なっただけで、ベースは梅雨。
 そのため、台風が去っても、また雨が降らないといけない。そして台風一過の青空ではなく、これは梅雨の晴れ間。
 昨夜は流石に台風が連れてきた雨や暖かい空気のせいで、暑苦しかったが、その前日よりはまし。扇風機を付けて寝ようとしたが、寒くなってきたので、寝る前に切った。扇風機は上下左右回転式で、左右に振ったとき、顔がかかるかかからないかの手前になるように角度調整して置く。ずっと顔に風が当たり続けると流石にまずい。回転や振りでずっと当たっているわけではないが、顔は避けたい。それで顔が当たらないようにしている。
 昼間や夕方は蒸し暑く、扇風機が必要。寒く感じることもあるので、切ると、とたんに暑くなる。要するに蒸し暑いのだ。
 扇風機を付けていると寒く感じ、寝るときは蒲団を被ったりする。だから寒い状態で寝るのがいいのか、扇風機を切り、暑い状態で寝るのがいいのか、判断に苦しむ。
 真夏の暑さではなく、湿気た暑さで、そのため、気温は大して上がっていない。
 雨の降っていた昨日は一日を通して同じような気温なので、わりと過ごしやすかった。しかし、蒸し暑いので、快適とは言えないが。
 野菜が切れているので、スーパーへ行く必要がある。葉物が切れた。ホウレン草とかだ。値段が上がっていそうだ。ホウレン草は根が付いているタイプの方が長持ちする。昔のように泥や土などは付いていない。凄い洗浄機があるのだろう。
 野菜が切れても玉葱とジャガイモ程度は残っている。それで、青いものが欲しいので、コンビニへ寄ったときついでに白ネギを買う。青いものではない。葉は青いが。これは青いか緑色なのかは分かりにくい。実際には緑色だろう。
 しかし、本体は白い。白ネギ、東京ネギなので、そんなものだ。すき焼きに入れるあのネギ。これと玉葱とはどう違う。同じネギではないか。だから重なる。
 ネギは普通の青ネギがいいのだが、薬味のようなもので、色目だけで、歯応えがない。大量に入れればいいのだが。
 そのコンビニネギ、チマチマと使っていると、最後の方は水分が抜け、固くなってしまった。
 青ネギを刻んだのが売られているが、あれも早く食べないと、固くなる。だから古くなり特価になっていても、一気に使うのなら別だが、長持ちしない。
 こういうのは冷凍しておいた方がいい。
 ネギはぬるっとしているところがいい。その箇所が乾燥してしまうと、もう駄目だ。
 昨日は雨の中、三回自転車で外に出たのだが、鞄を前籠に入れてビニール袋を被せるのが面倒になる。そのビニール袋が止めている間濡れ、水が入っている。そんな中に鞄を入れると、漬物になる。
 それで、昨日はリュックだったので、背負うことにした。しかし、背中はよく濡れる。傘を差していても。防水性が少しあるが、長くは持たない。しかし、立てかけた状態で背負っているので、落ちてきた雨を受けるのではなく、下へ流すようだ。
 外側に面したサブポケットの中の紙切れを確かめると、濡れていない。僅かな時間なら、この方が楽だ。
 自転車でのリュックは、実際には背負っていない。リュックの底がサドルなりに当たり、それで軽くなるため。後ろのカゴにでも当たっているのだろう。だから防水性のある鞄なら、前籠に入れて袋を被せるより手間がかからない。
 いよいよ梅雨入りなので、雨が多い日が続くので、そういう工夫が必要だ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

SX70の操作性

■■ 2019年6月27日 木曜日 午前9時01分
 
 今朝は雨。これで梅雨入りらしい。かなり遅いので、もう梅雨入り宣言をしないのかと思ったのだが、やっていた。これは全国ニュースで出ていたので、天気予報を見る必要はない。
 結局台風だろう。台風が連れてきた雨のようなものだが、まだ低気圧で、台風にはなっていないらしいが、進行方向などが書かれ、扱い方は台風。だから、普通の低気圧。温帯か熱帯かは忘れたが、そのタイプの低気圧にも進路はあるのだろう。中心気圧とかが。
 気圧は書かれているが、進路方向まで書くのは台風だけ。
 この台風が保険となり、畿内の梅雨入りを発表した。絶対に降るからだ。俄雨ではなく。
 南から来る湿って暖かい空気。これはやはり蒸し暑い。梅雨の蒸し暑さがこれから本格的に来るのだろう。梅雨が遅かったので、アジサイが目立たない。
 今朝は雨だが、微雨。そのため、傘がいらない。暑苦しいが上にペラッとした化繊のパーカーを羽織る。多少は防水性がある。ほとんどないに等しいが、下が濡れにくい。それと梅雨で雨の日の喫茶店の冷房は意外と強く感じられる。これは湿気の影響があるのだろう。
 まあ、けじめというのがあり、区切りというのは大事。これは意識的なものだが、梅雨入りがあると分かりやすい。雨が今後降っても梅雨。そして季節もやっと梅雨になったと。そして梅雨が明ければ真夏が来ると。この流れは、区切らないと分からない。まあ、分かろうと分かるまいと雨は降るときには降るのだが、受け止め方だろう。結構諦めだったりする。
 6月27日。これは記憶にある。十日間ほどの天気予報で、傘マークが付くのが27日からだった。それまでの雲マークか太陽。崩れるのは27日か、と記憶していたのだが、まさか台風だとは思わなかった。梅雨入り宣言のタイミングも、十日前に予想した雨の日を目安にしていたのではないかと思えるが。台風となり、これは確実に雨になるので、都合がよい。
 梅雨のイメージは6月。しかし、もう終わりかけている。
 そして、台風で梅雨入り宣言だが、台風が去ると、その後晴れが続いたりすると、少し厳しい。
 ただ、この時点で、まだ低気圧で、台風とはなっていないが。
 
 昨日はキヤノンのネオ一眼SX70を鞄に入れていたのだが、このカメラははまると非常に快適。バタバタするAFだが、鳥が田んぼにいたので写す。見た目でも鳥が目立つ。こういうときは鳥に自動的にピントが合う。さらに動いているので、追従モードになる。一枚写してから二枚目はシャッターボタンを半押しにしたままだと素早い。ピントを合わせ直さないためだ。つまり、シャッターボタンを押した後、ボタンから指を離すのだが、少しだけ浮かす程度にすれば半押しになる。これがやりやすい。
 あとは鳥にずっとピントが合い続け、画面の中央になくても、追いかけている。まあ、鳥の何処にピントが来ているのかは分からない。AF枠が大きい目なので、そんなものだ。これが最新ミラーレスになると、もっと細かい。鳥ではなく、鳥のどの部分かが分かるが。合わせたいのはやはり目だろう。それで目ではなく、違うところに合っていると、気になるはず。ここは大らかでいい。それなりに深度が深いので。ただ、望遠端だと非常に浅くなるが。
 カメラを向けたとき、中央ではなく、端でも鳥を捕らえてくれると、構図を取るとき便利。中央部でピントを合わせてそのまま写すと、日の丸構図になる。カメラを振る時間がないとかもあるので。鳥は逃げるので。
 あとは望遠端での手ぶれ補正だが、前機より半段上がったとされているが、それなりにフラフラするというよりフラーとする。横や縦に流れる感じだ。シャッターを押したとき、覗いている画像と違うことがある。揺れ戻しとか、揺れっぱなしとかもあるので、まだ安定していないときに押すからだろう。二枚目になると、揺れは収まり、見た構図で写せるが。
 画面が揺れ、これは手ぶれすると思いながら、写しても、それほどブレていなかったりする。
 次は猫が久しぶりにいたので、写す。供花があり、
猫は死んでいるはずなのだが、該当する猫がいる。黒い猫だ。また濃茶も最近見かけないので、これが死んだのではないかと思ったのだが、最近見かけている。だから黒いのが一番状態が厳しいので、供花はこの猫用だったのかと思ったが、それがいるのだ。さらにもう一匹茶色の猫がいる。これは別の場所にいるのを見ている。だから、どの猫も死んでいない。
 ではその供花はどの猫だろう。ただ、深い水路の、水が流れていない箇所で、降り場がない。そこまで供花を持って下りるとすればかなり難しい。投げ入れたのではなく、しっかりと立ててある。
 ではいったい、何に対してのお供えだろう。そして、下まで下りるのはほぼ困難。ガードレールがあるし、植え込みもある。そこを越えても壁のように足場がない。
 その死んだことになっている黒い猫がいるので、写す。
 これも素早い。起動も速く、電源投入後一気にズームしても反応し、しかも画面はよく見えるのでズームインしやすい。ピントがある程度合っているのだ。そしてタイミングがよければ、思っているものにピントが来る。条件が揃えば、もの凄く快適なカメラだ。
 ファインダーは大きく解像力もある。だから、このクラスのネオ一眼では一番ファインダーが見やすい。動きも素早く、動作も快適。
 まあ、優等生のカメラ。
 
posted by 川崎ゆきお at 10:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

鞄、ノート、カメラ 重さ

■■ 2019年6月26日 水曜日 午前9時04分
 
 今朝も晴れている。梅雨入りはほど遠いが、今日明日当たり大雨が降るとなっていたが、その気配がないどころか、よく晴れている。見間違えたのだろう。これは天気予報ではなく、全国ニュース。大雨が降るのは西日本。範囲が広い。何処までが西の果てなのかが曖昧。その境界線の町はどうなるか。または西日本ではないが、そのお隣の町ではどうなのか。隣が大雨なのに、こちらが晴れているわけがない。
 では西日本の中心部とは何処だろう。
 今朝も朝から晴れており陽射しがあるので、寝起きすぐに行く喫茶店までの道中が暑い。まだそれほどでもないのだが、結構怠い。晴れていて気持ちがいいというより、暑苦しく感じられる。
 いつの間にか上に羽織るぱらっとしたパーカーは着なくなった。気温が全体的に高くなったためだろう。朝夕との気温差はあるものの、その一番低い時間帯が、それほどでもない。あとは喫茶店の冷房除けに着る程度だが、それも暑苦しく感じるようになっている。しかし長くいると冷えてくるので、夏場の喫茶店滞在時間は短い。
 梅雨を忘れて夏到来という感じを先に受けている。梅雨入りがないほど雨が降らないのか、野菜の値が心配だ。降りすぎても値段は上がるが。
 雨はたまに降るには降るが、この時期としては少ない。そして雨の日のようでいて、曇っているだけの日も多かった。
 六月下旬に差し掛かったが、まだ六月なのだ。何となく七月のような気がする。やはり連日雨がしとしと降っていないと、この時期らしくない。
 だが、そのうち雨が長く降り出すはず。このまま空梅雨で終わるとは思えないので。
 
 ノートパソコンを小さい目のに替えたので、鞄が少し軽くなった。しかし重いカメラを入れると、同じことになるが。
 ほどほどの鞄の重さは、ネオ一眼までだろうか。500グラムから600グラム前半で収まっているので。まあ700グラムまでならいい。800グラムを超えるとズシリとくる。900グラムになると、鞄を引っ張る感じ。これは生地が伸びそうな。つまりショルダーとかがしなるような。
 このスタイルではキヤノンのネオ一眼が合っていたりする。縦型のリュックやショルダーなので、カメラは井戸の底。カメラが大きいほど取り出しやすい。出し入れも楽だったりする。コンパクト系は取り出したとき、どちらが表か裏か、上か下なのか分からないときがある。板状のためだ。
 ネオ一眼だとグリップが飛び出しているので、グリップを掴みながら取り出せる。これで裏表とかがなくなる。それよりも取り出しやすい。小さいと、思わぬところを掴んでしまい、撮影モードダイヤルなどが勝手に回っていたりする。
 まあ、小さなカメラはメインポケットではなく、サブポケットに入れるのがいいが、ここは他のものが入っているので、カメラが傷ついたりするが。
 先日買ったパナソニックのFZ300の方が写りはキヤノンのFXよりもいい。ただ、操作感はキヤノンの方が早いので使いやすい。ファインダーも大きく鮮明。
 電源を入れた瞬間カメラを構え、ファインダーを見ながらズームレバーを一気に超望遠まで伸ばすとき、このカメラ、見えている。
 何が見えているのかというと、風景が。それほど立ち上がった瞬間ピントが素早いので、既に合っているのだ。そのまま望遠端まで一気にズームすると、大概はボケる。付いて来れない。だからボケた画面を見ながら被写体によることになる。まあ、途中でシャッターボタン半押しでピントはすぐに合い、よく見えるようになるのだが、SX70はそれが早い。それをしなくても、21ミリから1400ミリ近くまでノンストップでズームしても付いてくる。他のネオ一眼はどれも途中でぼやけるし、最初ファインダーを見たとき、今合いつつある状態。
 だからキヤノンの最新ネオ一眼は新製品で今のカメラなので、そのあたりの進歩が凄い。
 ただ、写りはFZ300の方がよかったりする。レンズが明るいので、結構ピントが浅くなり、写真ぽくなる。明快な絵で、見た目がいい。キヤノンは優しい感じで、柔らかい。ニコンはカリカリしており、かなりきつい絵で、怖いほど鮮明。解像力が凄い。
 だからキヤノンは階調がそれなりにあり、ツルッとした写真ぽさがある。
 色目はキヤノンがいい。ただ再現力はパナソニックがいい。見た色とほぼ同じ色になる。
 色といえば、富士が優れているのだが、これは最初だけで、見慣れると、分からなくなる。汚い色目を写すと、やはり汚い色にしかならないので、いい色目の被写体を写したときでないと、富士の色も生きない。
 まあ、被写体の色目がよければ、何処のカメラで写しても、綺麗な色が出る。少し出方が違うだけで、どんなものを写してもいい色が出るわけではない。
 それよりも操作性などが優れている方が撮しやすく、写すタイミングもよくなる。
 まあ、夏場は暑苦しいので、さっさと写せる方が良い。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 10:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

ノートとポメラ

■■ 2019年6月25日 火曜日 午前9時44分
 
 今朝は晴れている。当然空が青い。晴天だ。雲もあるが、まだかかってこない。青い面積の方が遙かに広く、そして青が綺麗。梅雨入り宣言など、この天気ではできないだろう。
 梅雨入り宣言する前に既に明けていたりしそうだが、それはまだ早い。
 それはまだ夏のように暑くないため。梅雨明けなら、その日は真夏のように暑い。しかし今朝は陽射しのあるところを通っていても暑くない。これは寒気が入っているのかもしれない。
 最近は天気図や気象情報は見ていない。低気圧がどうの、寒気がどうのと解説をするあれだ。それを毎日見ていれば、言葉の何処かに梅雨がどうのというのが入るはずだが、見ていないので、知らない。
 梅雨入り云々の言葉は、飲食店のメッセージボードなどで見かけたりする。または会話の中で出てきたりするのが漏れ聞こえる。それらは噂ほどにいい加減なものではないが、言っている人が勘違いしているかもしれないが、悪意はないのだろう。
 関西方面での梅雨入りを問題にする。そういうことはあまり意味がない。梅雨入りが遅れていても早くても、梅雨がなかっても、それほど変わらない。梅雨でなくても雨は降るし、梅雨でもよく晴れた日はいくらでもある。
 しかし、雨が降るはずなのに降らないのは肩透かし。次の雨で梅雨入りで、しばらくは雨の日が続くと思っているのだが、その個人的な感覚にそぐわない天気が続いている。違和感があるとすれば、そこだろう。天気に違和感があるのではなく、予想に違和感がある。その予想は自分で思った程度のことで、研究の結果ではない。そんなものはしていない。
 これはそろそろ腹が減る時間だと思っているのに、それほど腹が空かない。その程度の問題だ。
 しかし、今朝の晴れは予測を裏切っているが、歓迎。いいことだ。いい天気なので、気分もいい。
 
 昨日はポメラを持ち出していたので、鞄が軽くて快適だったが、タイプするとき、ややぎこちない。やはりキーボードが違うためだろうか。それと変換が少し違う。同じATOKだが、修正のとき、少し戸惑う。変換中の修正だ。
 テキスト打ちだけならポメラで十分、余計なものが付いていないので、すっきりとしており、シンプル。ところが一太郎に慣れると、何故か画面が淋しい。それは使わないようなアイコン類がいくつも並んでいるのだが、それらは飾りのようなもの。それで画面が狭くなるのだが、テキストだけなら実際に文字編集できる画面は狭くてもいい。画面横まで一杯の長い一行では逆に見にくいだろう。
 実際に見ているのは文節の塊程度。それほど広い範囲を常に見ているわけではないが、視界には入っている。
 それで昨日は夕方の喫茶店ではNECの11インチノートにした。やはりこちらの方が落ち着く。HP社の高いノートパソコンは少しお休み。夏場、暑苦しいので、重いためだ。
 NECのノートはiの5だが、バージョンが古い。それでも一番安いタイプからすれば、早いのだが、ATOKの自動変換で少しもたつく。AI変換で考えているのだろう。それがHP社のハイエンドノートだともたつきがない。まあ、実用上問題はないが。
 11インチノードだが10インチほどしかない。それで、喫茶店の狭いテーブルでは、これが有利。低い目で幅が狭い目の衝立のようになるためだろう。ポメラはもっと広く使えて、見晴らしはいいが、楯にはならない。この場合の楯とは目隠し。まあ、顔までは隠れないが。
 11インチと13インチとでは表示される文字の大きさがやや違う。しかし、解像力との関係もあるので、文字の大きさはそのままで、面積が広くなる機種もある。解像力を変えればどうとでもなるが、推奨から外れるためか、見え方がよくなかったりする。
 11インチノートだが、横幅は10インチと変わらないので、キーボードの幅も10インチノート。これはやや狭い目に見えるが、一番相性がいいのか、手が疲れない。
 特に薄型ではないので、分厚い目で。これがクッションになっているのか、打ちやすい。そしてキーボードが高い目になるので、これも手を置きやすい。だから、このノートパソコン、結構相性がよかったのだ。
 
 昨日はご飯が切れていたのでスーパーで弁当でも買おうかと思い、夕焼けを見ながら自転車で向かったのだが、手前で気が付いた。近所のスーパーが改装中でしばらく休みだったことを。前回はその近くにあるコンビニで、焼きそばとお好み焼きを買ったことを覚えている。ご飯の弁当が欲しかったのだが、コンビニ弁当はもう飽きたので、お金を出してまで買うほどではない。
 それで、もう少し遠いが、まずまずの距離にある大きい目のスーパーへ一行く。ここにもたまに行っている。弁当類なども多いし、寿司類も多いし、惣菜類も多いので。
 それで焼きめしと餃子が入ったパックを買う。焼きめしは大盛。丸い形をしている。だからチャーハン。何故か中華屋の定食のような組み合わせだ。
 中華料理。ラーメンと焼きめしと餃子しか知らなかったりする。他のものは中華でなくても洋食でも和食でもある。しかしラーメンはないし、餃子もない。焼きめしもそうだ。
 しかし、チャーハンがしつこく、具も一杯入っており、焼き豚などが確認できたが、何せしつこい。油ご飯のようなものだった。
 ただ餃子は軟らかく、美味しかった。いつもよく買う餃子の王将よりもよかった。そういえばこのスーパーへ餃子を買いに行ったことを覚えている。
 それで餃子は全部食べたが、チャーハンは残した。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月24日

久しぶりのポメラ

■■ 2019年6月24日 月曜 10時02分
 
 今朝は晴れており、しかもむっとするほどの暑さ。夏の雲が湧き上がっている。梅雨は何処へ行ったのだろう。梅雨は明けたのだろうか。しかし、まだ梅雨入りそのものをしていないので、それはないが、今年は空梅雨ではないかと思える。雨の日は何度もあるが、それほど降っていない。
 今朝の雲は変化しそう。これは夕立のように一気に来ることがある。今まで晴れていたのに。しかし、雲の動きが怪しい。ムクムクと湧き上がる入道雲のためだ。これは姿を急に変えることがある。
 晴れていても、こういう日はいきなり日差しがなくなり、パラパラしそうだ。日差しがその大きな雲で覆われ、明るくなったり暗くなったりする。
 つまり天気が変わりやすい。雲を見ていると、視覚的にそれが分かる。だから非常に分かりやすい。急には来ないのだ。まあ、ずっと空ばかり見ているわけではないので、いきなり降り出すように見えるのだろう。
 昨日も暑苦しく、過ごし憎い日だった。暑いのか寒いのかがはっきりしないような。全体的に昼間暑く、日が沈むと寒くなる感じ。これは冬のように寒くはないが、窓を閉めないとひんやりするような感じ。それよりも湿気がきついのか、または低気圧の影響か、結構しんどく、過ごしにくい。
 低気圧のときは、何をするにもやる気がしない。低調になる。こんなときは逆にものすごい刺激的なことをやりたくなる。すると活気が生まれ、元気になるのだが、これはやけくそのようなもので、目的が違う。低気圧を紛らすための目的になるためだ。ただ、気分の動き、体調の影響での行為、これはよくあることで、ほとんどそれだったりするかもしれないが。
 今朝は暑苦しいので、ポメラを持ち出した。専用充電コードがなくても、パソコンとのUSB接続で勝手に充電してくれる。これはスマホ充電用の携帯充電器でもいい。そのコードはデジカメを買えば、付いてくることがあるので、何本もある。またデジカメの画像を転送するときのコードと同じ規格。同時に充電までできるタイプ。全て、これに統一してくれれば有り難い。
 ポメラは乾電池仕様から充電式に変わり、モニターも普通の液晶、バックライト付きのノートパソコンと同じ物になってしまったが、明るいので見やすい。また電池の交換がいらないので、楽。
 携帯充電器の普及で、外出先で電池切れになったとき、乾電池ならすぐに交換できるというメリットは、少なくなったのかもしれない。ただし携帯充電器を持ち歩かないといけないが。その携帯充電器、それそのものの充電も、電源が取れる場所なら、そこで充電できる。そして充電しながら、他のものも充電できる。
 そういうのをポメラを買ったとき、家電店で買ったのだが、ほとんど使っていない。喫茶店で使う程度で、一時間ほど。そしてそのまま戻ってくる。だから一日や二日ほど使っていてもバッテリーは切れない。それと使ったあとはUSBでデーターをパソコンに送るので、そのとき勝手に充電中となるので、バッテリー切れは日常では起こらない。これは、デジカメもそうだ。USB充電タイプのカメラは常に満タン状態。
 そのうち無線充電が普及するかもしれない。
 今朝はポメラとカシオのコンパクトデジカメなので、鞄が軽い。逆に頼りないほど。鞄が浮きそうだ。
 暑苦しいときは、軽装がいい。
 このカシオのEX100はPRO機で、ファインダーのないPRO機。だからプロでないと写せなかったりする。晴れていたり、逆光のときなど液晶がよく見えない。まあ、液晶撮影はそんなものだが、被写体をファインダーで確認しながらとかは屋外の晴れているときは無理。だから構図だけ。それも何処を切り取っているのか分からないままシャッターを切ることがある。前方の何処かを切り取っているのだろう。ものすごく曖昧というより確認しきれない。しかし、あとで見ると、それなりに写っている。しっかりとファインダーで構図を確認しながら撮したものより、意外性がある。これは誤ってシャッターを押してしまったときの写真に似ている。意外と新鮮。こういう構図もあったのかと思うほど。
 一番安いコンパクト系はほとんどこの液晶だけの世界。だから一番素人っぽいやり方が、一番難しかったりするので、プロ仕様とも言える。至れり尽くせりのカメラより、難しいためだが、実際には一番気楽に写せたりするので、このあたりが謎。
 少し分かっていることがあるとすれば、それは偶然性。この偶然がどうして起こるのかという話になる。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

ノートパソコン

■■ 2019年6月23日 日曜日 午前8時17分
 
 今朝は晴れている。しっかりとは晴れていないが青空が見えている。少し白みがかっている。これは晴れと見るべきか、薄曇りと見るべきか、判断が難しいが陽射しがあるので、晴れだろう。今日あたりから空が荒れ、雨が降りそうな雰囲気なのだが、朝はまだ無事。しかし黒っぽくなっている箇所があり、ここが濃い。ここに水が詰まっていそうなので、降るかもしれない。これが降り出すと梅雨入りがあるかもしれないが、時期的に遅すぎるので、もう言い出せないのではないかと思える。
 他の地域ではとうの昔に梅雨入りしている。整合性がなくなる。比べるとおかしい。だから梅雨入り宣言しない年もある。
 地域別の梅雨入りは、数日単位だろう。お隣が梅雨入りしたのなら、それぐらいだ。だが梅雨入りは雨を降らす命令ではない。人は関われない。予報するだけ。推測。
 梅雨入り宣言が当たらないことがあるので、梅雨入りしたものと思われるとか、梅雨が明けたものと思われるとか、思っているだけの世界になったりする。どう思おうと勝手ということだが。
 天気予報、気象に関する精度が上がれば上がるほど不安になるのだろうか。精度が高いほど言い切れないと言うことが分かったりしそうなので。
 しかし、蒸し暑かったり、ひんやりしたりとか、あまり過ごしやすい時期ではない。昨夜も扇風機がないと苦しかったのだが、夜更け頃涼しくなり、扇風機を切る。切ると暑くなるとかもある。そして、寝るとき、ひんやりとし、隙間風がスースー入ってくる。朝方など寒く感じた。こういう気温差があり、しかも湿気ているので始末に悪い。
 昨日はスーパーの衣料品売り場前の通路に屋台が出ているので寄ってみる。これは階段の降り口から見えるので、下りないでそのまま、その通路へ向かう。すると準備中で、浴衣だろうか。それとも夏用のじんべさんのようなものだろうか。これは特価でも安い。だから特価台ではなく、展示用だろう。
 しかし、その通路の奥に屋台が出ている。
 覗いてみると冬物。これは意外だ。冬用の部屋で履くズボンとかだ。分厚く暑苦しいが、実際にはこれをまだ履いていたりする。
 さらに分厚い目のトレーナーとか長袖のTシャツ。パーカー。いずれも今着てもおかしくない。冬物とは言い切れない。
 さらにペラッとしたウインドパーカー。これは防水性があり、あと紫外線カットとか、色々と能書きが書かれている。これがかなり安い上、最終値まで落ちている。さらにそこからレジで三割引。これも今着られるし、着ている人も多い。雨の日などこれを引っかけていると丁度いい。レインコートにはならないが。
 また長袖のチェック柄のネルシャツも健在。これは寝間着になる。生地はほぼ同じだ。生地は薄いタイプなので、真夏でもいけるだろう。当然冬でも。
 そして夏用のカッターシャツ。これはフワッとしており、身体にくっつきにくいようになっているのだろう。涼しそうだ。まるで夏布団。
 昼にそれを見たのだが、夕方、また喫茶店へ行ったとき、覗いてみると、ない。
 全部売り切れたわけではなく、タイムサービスだったようだ。ある時間帯だけ設置された屋台。といってもハンガーの台車を動かして、そこに置いただけ。またワゴンセールは、これも下に車が付いているので、移動が楽そう。それを仕舞い込んだのだろう。何処から発車したのかまでは分からないが、奥の売り場に止まっているのを見たことがある。そこでも買えるが、レジにてさらに三割引にはならない。
 しかし、冬物をこの時期出すのは凄い話だ。滅多にない。冬の終わりがけが最終で、それ以降見たことがなかった。春にも見ていない。もう今は夏ではないか。
 それを見ていた老夫婦が、今買えば冬物がこんなに安いといいながら買っていた。今着るのではなく、冬まで取っておくのだろう。冬になっても着る人がいなかったりするかもしれないが。
 
 久しぶりに以前使っていたNECのノートパソコンを使ってみる。最近使い続けているのはHP社のハイスペックモデルだが、少し重い。1200グラムを超えている。重い目のカメラを鞄に入れたとき、厳しいものがある。
 NECのは11インチだが10インチの大きさしかない。軽量タイプではないものの900グラム。まあほどほどだろうという感じ。
 さらに軽くしたいのなら7インチノートもあるが、打ちにくい。文字は見えるが、メニューとかの文字は厳しい。さらに軽くとなると。ポメラになる。
 一番簡単なのはポメラだろう。バッテリーさえ充電してあればすぐに使える。システムの更新というのがない。だから長く使っていないとWindowsの更新が溜まっていたり、一太郎の新しいのを入れようとしても一時間ほどかかる。IDを入れたり、シリアル番号がどうのと、面倒臭い。
 最近の一太郎は前のバージョンでカスタマイズしたものを引き継ぐので、環境設定の手間は省けたが、一太郎のパッケージを取り出し、ほとんど使わないCDドライブを探し出し、等々、放置しているパソコンはすぐには使えないが、ポメラならすぐだ。電源さえ無事なら、すぐ。
 厚着をしている冬場はそうではないが、薄着になると肩への食い込みが厳しい。それでたまには軽い目のものを持ち出すのだが、最近はあまりノートパソコンを替えずに、同じのばかり使っていた。
 以前は荷物が重いときは、ポメラに変えていたのだが。
 カメラもそうだが、ノートパソコンは数年前のものとあまり変わり映えはしない。古いほど少し動作が遅いとか、安いのは遅いとかはあるが、実用上問題はない。
 まあノートパソコンは二万円台とか3万円台のエイスースーやエイサーの一番安いのをよく買っていた。安いが重かったりするが。
 外でノートパソコンを使うときは、一太郎だけ。他は一切しない。Windowsは起動と終了だけだったりする。最近のウインドウズは早いので、休止にする必要はなく、電源を毎回切っている。
 一太郎だけ、しかもテキスト打ちだけ。だからポメラと変わらない使い方なので、ポメラでやるのが一番簡単で、楽。
 まあ、日本語変換や辞書数で本家ATOKよりは劣るが、スピードは結構早い。句読点変換で自動変換と同じ使い方ができるし。
 まあ、キーボードは少し上下に狭いので、横は十分があるが、縦が厳しい。それはいいのだが、手の平を乗せる箇所がない。これが一番厳しかったりする。ずっと浮かせているので。あとは問題はない。
 ポメラに入っているエディターは単純素朴。飾り文字とかフォントがどうのはない。あくまでも表示用。
 だからパソコンのテキストエディターと同じようなものだが、選択肢がない。他のエディターに変えられない。このエディター、難しいソフトではないので、使いやすい。
 ポメラを持ち出せば鞄が軽くなる。優先させるものが軽さでは具体的すぎるが。肉体的とも言える。
 まあ、ポメラのことを考えて、一太郎でテキストを保存するとき、同時にテキストファイも保存している。これは自動だ。一太郎ファイルは当然ポメラでは読めないので。
 ポメラはテキストファイルだけ、シフトジスで保存すれば一太郎側からでも読める。それ以外の文字コードだと、パソコン用のエディターで自動的に切り替えてくれるWZとか、そういうのがあればいけるが。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 09:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月22日

新書太閤記 吉川英治 その2

■■ 2019年6月22日 土曜日 午前9時17分
 
 今朝も晴れている。晴れが続いているが、このあと雨になるようだ。それが続くのなら梅雨入りだろう。この時期を逸すると、もう梅雨入り宣言など遅すぎて間の抜けたものになる。今頃何を言っているのかと。だから梅雨明け宣言をしないで、沈黙している年もあった。しかし、その年梅雨がなかったわけではない。タイミングが合わなかっただけのことだ。
 昨日は暑かったので、扇風機を出す。熱気で、部屋で座っていると具合が悪くなる。扇風機を回すと過ごしやすくなる。回っているのはプロペラだが、プロペラそのものも左右上下に回っているので、扇風機が回っているようにも見える。ただ、根本の台は回らないが。ここが回らないと、扇風機が回るとは言えないが。この扇風機、部屋で洗濯物を乾かすときの物らしい。または空気をかき混ぜるタイプ。小さくて背が低い。そのため、踏み越えることができる。
 季節はすっかり夏。梅雨のアジサイを一気に飛び越し、アジサイになっている。これはしつこく秋の終わり頃まで咲いていたりする。よく見かける普通のラッパ型の朝顔だ。小さいタイプでも色目が色々含まれているタイプではなく、紫の単色もので濃淡がある程度。
 蜂に刺されたとき、朝顔の葉をこすりつければ治る。これはマジナイかもしれないが。消毒になるのだろうか。アンモニアかもしれない。
 今朝はよく晴れており、陽射しもしっかりとある。だから朝から暑いし、寝起き行く喫茶店までの道中も暑い。そろそろ炎天下という言葉が使いたくなる。
 そろそろ本格的な夏を迎えるのだが、今年も無事夏を迎え、熱い暑いと言ってられるだけならいい。無事に夏を迎えられない人もいるのだから。つまり、普通の夏を。いつもの暑い夏を。
 
新書太閤記 吉川英治
 青空文庫で、それをキンドルで読んでいるが、浅井長政の小谷城を落としたあたりまで読む。だからかなり進んだ。長い話だがそれでもかなり割愛してあり、ダイジャスト版のような感じになるが、ポイントポイントは細かい表現があり、描写も非常に細かい。いいところはまるで歌舞伎の見せ場。
 叡山焼き討ちの描写は、それなりに上手く説明している。その目的を。大きな目的、大義があるためだろうが、この太閤記では元を絶つとなっている。
 小乗大乗という言葉で、信長の行為を説明している。
 四面楚歌、この時期の信長の状況だ。担ぎ上げた将軍が裏で信長打倒を命じている。将軍は京都にいる。叡山とも近い。そして叡山と本願寺は宗派が違うのだが、仏敵信長で一致している。怖いのは浅井でも朝倉でもなく、三好や松永でもない。
 尾張近く、伊勢方面への入口に長島がある。長島の一揆だ。これに手を焼く。坊主の方が射撃が上手く戦闘力が高かったりするのは、集中力に優れているからだと、家来達がいう。プロの武装集団でも敵わないほど強い。信長も前線に出るが、一日見回ったあと、すぐに退却を命じる。ここを潰しても、元を絶たないと同じことと、それで叡山を攻める。
 信長が大阪の本願寺を攻めているとき、浅井朝倉と叡山が動いて、挟み撃ちしてきたことがある。このとき、さっととって返し浅井朝倉の陣地を急襲したのだが、叡山に逃げ込んだ。浅井朝倉二万ぐらいだろうか。叡山の僧兵は5000少しいるだろうか。
 戦わないで、逃げ込んでいる。浅井朝倉連合軍と織田徳川連合軍は一度戦っている。信長は勝っている。
 誰も手が付けられない叡山。平家も無理、上皇でも無理。それを信長が全山焼き討ちし、皆殺しにせよとの命令。当然家来は従わない。これは禁じ手なのだ。それで反対する。これは結構珍しい。その状態では実行できない。死んでも止めると言われると。
 それはわが大将に傷を付けることになるためだろう。家来はいなかったのかとなるし。
 そこで秀吉が出て来る。叡山焼き討ちを提案したのは自分なのでと嘘をつき、罪は全て自分にあると。それでも織田軍が焼いたことにはかわりはないと重臣は反対する。
 では誤って、行き過ぎて焼いてしまったことにすれば、殿は知らぬこと。これでいこうと、詭弁を使う。
 これがドラマでは、実際に焼き討ち中、こっそり罪のない僧侶を逃がしてやるのが秀吉。一番反対していた明智光秀は命令通り皆殺しにしている。自分たちの攻め口での話だが。吉川英治の新書太閤記ではそういった描写はない。
 また、信長が若い頃、京見物に出たのは事実だが、美濃の刺客に襲われたとかはないし、またそのまま堺までいき、珍しいものをみたとかの話もない。信長公記にも堺へ行った記述はないようだ。
 ドラマの原案は司馬遼太郎だったりする。
 実は、ここが太閤記比べの見所。つまり、古臭いはずの吉川英治の太閤記と戦後の司馬遼太郎の新旧二人の対決。しかし、ノリや語りは流石に吉川英治がいい。意外と簡潔なのだ。司馬遼太郎よりも今のラノベに近いスピード感とテンポと描写だ。どんどん進めていくが、ポイントだけはしっかりと描いている。
 さて、話は逸れたが小谷を落とすときに秀吉の熱演が凄い。ほとんど説得して落としているのだ。
 信長が苦慮し、降参すれば、城も領地もそのまま安泰と、あり得ないほどの優遇で迫るが、浅井は乗らない。さらに最後の本丸まで迫ったとき、大和一国を与えるので、降参せよと迫るが、それも無理。何故そんなに甘いのか。妹のお市がいるため。落城寸前で自害するはず。
 そこんところを城も落とし妹や子達は無事という難問を、秀吉が単身本丸に乗り込み、見事解決する。
 これは一番手柄だろう。文句なしだ。それよりも、長く小谷近くの横山の砦で、ずっと浅井を牽制し続けていたこともあるし、浅井の重臣を三人まで抜いている。小谷城は三つの城からなる珍しいタイプ。その真ん中の郭を一兵も使わず取っている。無血だ。
 それで、朝井領の中の20万石近くを貰う。大大名だろう。小谷城は焼け、場所も悪いので、湖畔の市街地に城を築く。
 そこへ寧々さんと母親を迎え入れる。これだけの大身になったので木下では弱いので、柴田と丹羽という織田家の重心から名を取って羽柴と名乗れ、と信長から言われる。さらに筑前守に。これは九州の地名だが、信長は九州攻めのときを考慮してと言われている。既に叡山麓の琵琶湖側で城主となっている明智光秀は日向守。いずれも官位。そして九州の国名。この二人が、切り込み隊長というわけだろう。
 九州へ行く前に、秀吉は山陽道。光秀は山陰道を進ませ、毛利を南北から攻める。
 九州へ渡ってからは秀吉は西海岸沿い、光秀は東海岸沿い。それで東西から南下すれば、強敵薩摩を挟める。
 吉川英治の新書太閤記。これが定番だろう。今読んで分かるのは、古くない。むしろ今のラノベを先取ったような感覚に近いので、意外と読みやすいのだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月21日

カシオEX100プロカメラ

■■ 2019年6月21日 金曜日 午前9時11分
 
 今朝も晴れている。梅雨は何処へ行ったのだろう。まだ、梅雨入りしていないはずなので、これはそれでいい。梅雨ではないのだから、晴れていても文句は言えない。もし梅雨入り宣言しておれば、その前半は空梅雨となる。
 まあ、梅雨に入っているはずなのに、晴れているのだから、これも文句は言えない。
 しかし、蒸し暑く、昼間の気温は高い。今朝は上に羽織るパーカーなしで寝起きの喫茶店まで来た。少し暑苦しくなっており、店内の冷房が緩いためだろうか。これは故障しており、効きが悪い日が多いので、羽織っていると暑く感じる。このエアコン除けのために着て来たのに、がっかりだ。
 特に夕方が暑い。熱気が籠もったままのためか、陽射しで暑いよりも効く。陽射しがあるときは日陰は涼しい。だから夕方暑いのは逃げようがない。
 しかし部屋はまだ本格的な夏仕様ではない。窓も少ししか開けていないし、寝るときは夜は閉めている。やはり梅雨がネック。梅雨が明けるまでは夏仕様はまだ早い。しかし、その梅雨入りさえまだしていないのだから、ネック云々の指標にはならないが。そうなるとなし崩し的に夏の侵入を受ける。
 梅雨の頃の涼しさがあったのだが、それが徐々になくなりつつある。だから、まだ梅雨ではないのだから、これも妙な案配。実際には梅雨なのだが、宣言していないだけ。まあ、雨が降り続かないだけのことだろう。
 
 今朝のお供のカメラはカシオのプロカメラEX100。カシオにプロカメラなどあったのかという話だが、これがあるのだ。
 大きく重いコンパクトデジカメで、鉄板の質感。
 これがカシオデジカメ最高級機。プロカメラは、さらに兄弟機がある。その中で300ミリまでのズームが付いたタイプ。レンズは全域F2.8と明るい。先日買ったパナソニックのは600ミリまでで全域F2.8だが、ズームを半分の300ミリまで落とすと、ポケットに入るカメラになるが、結構重い。これはレンズはオリンパス製。そちらのカメラは大きく精細なファインダーが付いている。もう昔のカメラなので、今の電子ファインダーに比べると、少し劣るが、当時はびっくりするほど鮮明で大きく見えたものだ。
 電子ファインダーは大きさや解像力などの違いで、見え方が違う。一眼レフの光学ファインダーの方がいいのではないかと思ったりすることも多いが、カシオEX100プロの場合、電子ファインダーはない。背面液晶だけ。こちらの方がすっきりしたりする。電子ファインダーの見え方云々から解放されるためだろう。
 AFはカシオなので、どこで合っているのか曖昧なほど大らか。AFは自動認識だが、きめが粗いのか、このアタリに合うはず程度の精度。
 要するに手かざしスタイルで写すカメラだが、背面液晶を起こして写すのが、カシオスタイル。液晶を上げると電源が入り、液晶と閉じると電源が落ちる。だから電源ボタンを押す必要がない。
 これが町中では意外と撮しやすい。構図を取るだけで一杯一杯だが、人目が気にならない。下を見ているためだろう。
 液晶は大きく3.5インチある。大きなサロンパスだ。しかしそれほど見やすくはない。屋外では見にくいが、しばらくすると、バックライトが変化し、見やすくなる。周囲の明るさに応じて、自動的に切り替わるようだが、少し間がある。
 あとはカシオ流のプレミアムオートの世界。明暗比があると連写で合成。これが素早いので、連写していることや、その後の合成処理時間が気にならない。暗いところでもこれが効く。連写合成という反則技だが、カシオなら許される。
 300ミリで50センチまで寄れる。これにデジタルズーム域を加えると600ミリで50センチ寄りなので、結構望遠マクロに強い。さらにズーム比は伸ばせるが、そのときはお得意の連写合成で何とかしているようだ。これはブレ防止用の合成だと思える。手ぶれ補正はそれほど効かないのがカシオのデジカメなので、これで逃げ切るしかないのだろう。ただ、レンズは600ミリでもF2.8あるので、何とかなる。
 もっと言えば暗い場所での接写でも連写合成で凌ぎ、明暗比があるときも連写合成で凌ぐ。だからカシオカメラの売りはソフトにある。そこにしか生き残る道がなかったのだろう。
 この小賢しいカメラ、それらを全て自動でする。だが、本格的に撮すには背面液晶だけでは頼りない。よく見えないし、ピントも分からない。
 だから昔の二眼レフのように、井戸の底のぼんやりとした像を見ながら写すようなもので、そこがプロ仕様。構え方が一番イージーな液晶撮影だが、これが一番難しかったりするためだ。
 こういうのをこなせるようになると、ミラーレスのキヤノンM系でファインダーのないタイプも全てOKになる。またパナソニックオリンパスの一番安いミラーレスもファインダーがないので、それらもOKになる。当然ソニーも入る。一番安いタイプなら電子ファインダーの性能などは関係がなくなる。
 カメラを目の位置まで持ち上げて狭いところから覗くのが面倒になってきたときは、こういった背面液晶回転式がいい。手かざしでは手を伸ばすのがきついし、向こうから見ている人はカメラと顔が重なるので、ファインダーで覗いているときと同じスタイルに見えてしまうだろう。顔が見えないのだから。しかしウェストレベルだとかなり緩和する。それと写す側はさらに緩和する。下を向いているためだろう。
 まあ、ファインダーの付いているカメラでも人が多いとかでは、背面液晶で写すことが多い。
 少し古いカメラだが、カシオがカメラから撤退する寸前まで最高級機として現役機だった。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月20日

都はるみの「はるみ」

■■ 2019年6月20日 木曜日 午前9時43分
 
 今朝も晴れている。陽射しがあったりする。ただ雲が多いので、晴天ではない。これはおかしい。梅雨入り宣言はないが、全国的には梅雨入りを果たしている。努力して果たしたわけではないが、確かに宣言は聞いた。耳ではなく、文字でだが。
 それで畿内が遅れているのか、宣言はなかった。その翌日雨が降りそうだったためだ。
 だから、遅くても、数日後、畿内も梅雨入りになるはず。ところが晴れている。しっかりとではないが、曇天ではない。雲が多い程度。そしてこれがまだしばらく続くらしい。ということは、畿内での梅雨入り宣言を控えたのは正解で、他の地域での宣言が間違っていたのではないかということになりそうだ。大阪方面だけ晴れているというのはあり得ないので。
 と言うようなことを言っていると、十日間予報に傘マークが一つもない状態が一変し、全部傘になってしまうかもしれない。
 しかし気温的には梅雨時らしい。夏のそれとはまた違う。ここだけは梅雨らしい。
 今朝はそれほど早起きではなく、ここ数日から比べると、少し遅い目。早い目が続くと夕方が遅く、腹がすく。まあ、夕食は早い目に食べる方が胃にはいいのだろう。一番悪いのは寝る前に食べることだ。まあ、昼寝などは食べたあとすぐに寝るが、時間は僅か。暑くなってくるに従い、寝にくくなる。
 
 昨日はニコンの一眼レフに望遠ズームを付けていたのだが、カラスがいた。烏の行水というのがあり、これは早いとされている。それを終えたのか、柵の上に止まって羽の手入れをしているが、すっかりと痩せてしまった。濡れるとガリガリになる。しっとりとした黒をカラスの濡れ羽色とかいうが、その状態。それで羽を乾かすためか、妙な仕草を繰り返している。これは滅多にないチャンス。しかも低い柵の上なので、ほぼ目の高さ。
 惜しいかなニコンの望遠ズームは450ミリ少しだろうか。キットレンズだ。これでもキットレンズでは長い方。しかし届かない。流石にそれ以上近付くと、逃げるので、何ともならない。
 最近はネオ一眼を持ち出すことが多い。パナソニックやキャノンの。ネオ一眼なら1400ミリほど。600ミリまでのパナソニックでもデジタルズームで、2000ミリ越えする。しかし、一眼レフではデジタルズームが効かない。せめて600ミリあれば、何とかなった。だからポケットに入る旅カメラは700ミリ越えしているので、それをポケットに入れておけば何とかなっただろう。こういう近距離から中距離でのアップものはコンパクト系は強いし、画質もいい。距離も近いし。
 それでカラスのアップは無理だったが、小さいながらも何とか写っていた。背景がよくないので、切り取りたいところだったが。
 同じニコンのP900なら2000ミリ。デジタルズームの必要はない。ほぼ思う通りに抜けるだけのアップが撮れるし、カラスとの距離を考えれば、まだまだ余裕があるほど。
 そう思って、巨砲のP900を鞄に入れた日に限り、大砲を撃つような被写体と遭遇しなかったりするのだが。
 ただ、ニコンの一眼、立ち上がりが早い。鞄から出してからシャッターを切るまでは、流石に手動ズームなので、ズーム待ちがない。また電子ファインダー待ちもない。あるのはピンと待ちだが、このレンズは爆速で有名。瞬時だ。音もしないし、手ぶれもよく効き、ぐらぐらしない。しかも一眼レフの一点モードは迷いがない。命中させればそれで済む。だから仕事が早い。
 
都はるみの「はるみ」
 これは都はるみが歌う「はるみ」という歌。これがかなり都はるみらしい歌ではないかと思える。では都はるみらしさとは何かとなると、これは結構難しい。色々とあるためだ。
 そのため、初期の都はるみの歌が、やはり都はるみらしいと思いやすいが、そう言うのを聞いていると、これもかなり色々と歌っており、幅が広い。
 NHKの私の歌の道という特集で、元気で明るい時期というのがある。高度経済成長と歩調を合わせるような明るく元気なイメージの。
「はるみ」はそのあたりの威勢良さ、元気さが飛び抜けて出ている。
 もの凄く年を取ってからのコンサートでこれを歌っている。一番だけ。
「私と同じ名ではるみという歌です」と自分で司会して、自分で歌っている。しかも京都弁で。
 これが動画として唯一残っているものだろうか。あとは二つほど音だけの動画がある。
「はるみ」を最初聞いたときは北島三郎の「函館の人(女)」を思い出すだろう。大ヒットした曲だ。しかし、それよりも遙かに歌い方が巧みで、声の出し方が複雑。
 口に空気を含んだまま、ぽんと吐くような、または音を浮かしながらとか。凝ったことをもの凄くやっている。当然いつもの巻き舌の威勢良さ。切れの良さ。そして綺麗な声。これは男歌かもしれないので、女々しく女心を歌ったものではない。「函館の人」と同じような設定だ。
 声の張り、転がし方、伸びの良さと同時に、どすのきいた唸りが入るし、これは都はるみの真骨頂だろう。おそらくこの「はるみ」に凝縮されている。
 それもそのはず、作詞作曲は恩師。この人は作曲家なのだが、作詞もしたのだろう。しかもどの人よりも都はるみのことを一番よく知っている人が作詞作曲なのだから。また市川昭介は都はるみ像を作った人でもある。ただ、明るく元気な歌だけが都はるみなのではないことも知っている人だ。そうでないと「涙の連絡船」など作れないだろう。
 ネオンの灯る北海道の盛り場。何処か淋しい北の町、と歌詞に入れている。明るく賑やかなのだが、どこか淋しい。
 弾むような歌い方、そして、あの節回しの複雑さ、声の返し方などなど、全て恩師のピアノの前で、じっくりと教え込まれたのではないかと思える。
 それかあっさりと、都はるみに勝手に歌わしたのかもしれないし、その辺は分からない。
 ただ、レコーディングのとき、一発で決まるようなこともあったらしい。これは当時のことが書かれた本にあるので、きっとそうなのだろう。
 この「はるみ」実はネット上では動画が結構ある。ご本人は出ないが、中国や台湾の人が歌っている。男性も歌っている。しかも日本語で。
 やってきました北海道が歌い出しだと思うが、これは「ああああーーーんやってきましたほっかいどーへ」となるのだが、中国語では無理だ。またこれをレコードとかテープで効いた人は、その語呂が気に入って歌っているのだろう。
 男性が歌っている動画では二番目に中国語になる。台湾の男性歌手だろう。すると、とたんに台湾の歌になる。馴染んでいるのだ。つまり、この時代台湾で歌われているメロディーとの距離がほとんどない。
 それで中国語の「はるみ」を聞いていると、そういう歌が台湾にもあるのかと思うほど。
 これは一時引退後、ジャワか何処かへ旅したときの、都はるみの目の前で都はるみの「あんこ椿は恋の花」を聞いたらしい。当然現地の女性が歌っている。これはテープか何かで聞いて気に入ったので、真似て歌っていたのだろう。詞など分からないはず。だからリズムと、都はるみの歌い方に引かれたのだろう。
 ただ、数ある「はるみ」の動画版だが、どれもあの歌い方はできない。ベタベタになるのだ。
 まあ、あの声は出せないし、声の幅というか、出し方のうねり方、質の違う声を使い分ける。それでいてもの凄く語り掛ける。
 都はるみ、それは今までの歌謡曲になかった歌い方だったのかもしれない。だからNHKに出られなかったはずだ。
 うなり節の都はるみ、はるみ節というが、そう単純に唸っているだけではないことは、言う必要もないが。
 そういったはるみ節を全部取り去ったような歌もしっかりと歌える。しかし、誰が歌っているのか分からなくなるが。
 色々と歌手は多い。その中でも都はるみに注目したのは、分からないためだ。その方が長持ちする。
 だから何度でも同じ曲を聴けるのだが、その幅の広さ、レパートリーの多さに圧倒される。どれがいったい都はるみなのか、そしてどれも都はるみの一面でしかなかったりする。
 その中で、「はるみ」という歯切れのいい、巻き舌と唸りと波長、波動は、いかにも都はるみの陽の部分を言い表した歌い方だ。
 
 
posted by 川崎ゆきお at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする