2019年01月01日

ダウンコート

■■ 2019年1月1日 火曜日 午前11時39分
 
 元旦の朝になった。寝る前、既に新年を迎えていたのだが、いつに間にか12時を過ぎていた。その瞬間は見ていない。まあ、見ることなどできないが、時計の針程度。しかし、朝日で見ることができる。ただ、これが新年の日であると特定することは難しい。おそらく出る場所が夏とは違う。水平線に向かって左右どちらかにズレているはず。そして、時間。夏と比べると分かりやすいが、昨日と今朝とではほとんど同じ位置だろう。
 無事に年を越す。これは無事ではない事もあるためだ。そのため、12時を回るまで油断できないというわけではないが。
 昔の人はどうだろうか。その前に寝てしまっていたのではないか。だから新年は朝起きたとき。永眠していなければ、無事。目が開いただけで、お目出度い。
 目が開いた状態で、目出度いものを見ているわけではないが。
 新年の朝、いつもと違う。それは二度寝三度寝してもいいこと。これは今年から。今年だけかもしれないが、遅起きしないといけない状態になった。それは寝起き行く喫茶店の開店時間が正月三日か四日ほど遅くなる。だからいつもの遅い目の時間に目が覚めても、まだ開いていないことになる。
 それで、安心して二度寝した。
 去年は起きる平均時間帯がもっと早かったので、いつもの店が開くまで寝てられなかった。長すぎるためだ。
 そしていつもの店近くにある高い喫茶店へ行ったものだ。正月三が日にしか来ない客になっていた。こういう客は誰も覚えていないだろうが。
 今年は寝過ごしさえすれば喫茶店探しで元旦からウロウロする必要がないので、良い年だ。
 遅起きの恩恵。いい面で出た。
 今朝は晴れている。朝方6時頃に瞬間最低気温マイナス3度が出た。これは気象庁の1時間置きの伊丹空港の記録。その頃、一度目が覚め、トイレへ行った。これは因果関係があるのかもしれない。夜中目を覚ます時間帯と、最低気温が出た時間帯が同じだったとすれば、確実だが、まだ二回ほどしか、合致しない。つまり、寒いと目を覚ますということになる。だが、その時間、起きたことは起きたが、寒さは感じなかった。
 今年も暮れゆくから今年も明けゆくとなる。いずれ暮れるのだろうが、まだ早い。
 年末寒波はどうなったのだろうか。元旦まで続くと、年末寒波とは言えなくなる。そして明け方の最低気温は今冬記録のはず。しかし、寒波ではなく、朝、晴れているときは、夜中寒いというのがあり、ただの冷え込みだろう。寒波らしくないのは、風がないこと。空が荒れていない。だから、寒波は年末で去ったのだろう。
 しかし、本格的に寒くなるのは、年が明けてから。ここからが真冬へ至る道に差し掛かる。
 昨日は大晦日で店が早じまいする日だが、いつも行くショッピングモールは夜もやっている。閉店時間が一時間ほど早くなる程度。そんなモールの閉店前に行ったことがないので、問題はない。行くのは夕方前。
 昔は大晦日は大阪梅田の地下街などでウロウロしていたのだが、これは夕方に閉まる。だから、梅田は壊滅状態になり、喫茶店を探すのが大変。それに店屋が閉まるので、何もできなかった。そして、もっと遅くなると、初詣客が動き出すが、これは遅い時間。終電はない。深夜でも電車は走っている。初詣のためだ。正月の力は大きい。夜中に電車を走らせるのだから。
 昨日はそのショッピングモール二階にある衣料品売り場で、少しだけ丈の長いダウンジャケット言うよりも、ダウンコートを買う。かなり高い。そして定価が消され、安くなっている。そしてさらに三割引に。そうすると定価の半額前後になる。これなら手が出せる。前日から狙っていた品なので、もう調べなくてもいい。一着しか残っていなかったので、消える前に買う。
 実際に着てみると、膝近くまである。膝は隠れないが、太ももが隠れる。自転車に乗っているときも、それで少し違う。
 水を弾く程度の防水性と、防風性と、蒸れ防止の表示がある。当然防寒物なので、表示しなくてもいいだろう。
 元が高いだけにいろいろと凝っている。
 前のファスナーは金属製。これは樹脂製の方が壊れなくて良いのだが、レールが軽い。流石に長い目なので、その出発点は裾の先ではなく、もう少し上。そうでないと、スカートのようにピタリとしてしまい、歩きにくいだろう。ファスナーは裾近くには走っていないが、ボタンがある。もう少し閉じられる。
 ファスナーの上は、不可能なほどレールが延びている。そこまで上げると顔が隠れるほど。しかし、それは無理。だから使わない線路があるということだ。これが余裕。下に首元までかかるものを着ていると、それが邪魔をして引っかかるが、そこまで上げることはないにしても、着込んでいなければ上がる。
 ファスナーカバーがあり、それがビラビラとしそうだが、そこは古典的なボタンで留める。このボタンがアクセント。当然予備ボタンが二つ入っていた。マジックテープやプッチン式ではなく、ボタンなので、止めやすく、外しやすい。
 生地は意外と薄く、本体はポリエステル。絹のように柔らかい。色は黒だが、艶があるが、光らない。
 中綿のアンコは羽毛。だが、それほどボリュームはない。頼りないほどだが、この薄さで、ファスナーなどの上げ下ろしがスムース。首元あたりの硬くなるところも、生地が薄いので、痛くない。
 水を弾く程度の防水性だが、ポケットカバーがしっかりとある。ポケットの屋根のようなもの。
 要するに、ゴツイコートではなく、結構薄いダウンジャケットの長いタイプだが、瘤はできない。救命具のような浮き袋は抑えてあるので、見た感じはゴツイ感じはしない。当然軽い。この薄さ、アンコの少なさが心配だったが、今朝の寒さでも何ともない。発熱性のあるものが入っているのではないかと思うほど。
 ポケットは腰に屋根付きがある。入り口は水平。かなり大きい。その脇に横からの入り口のあるポケットが重なるようにある。このポケットは手を突っ込む防寒用だろう。裾まで来ている。どちらも深い。
 胸ポケットは二つ。ここが高いだけのことがある。縦型だが、結構深くて大きい。ファスナーカバーまであるので、防水性を考慮してのことだろう。スマホが入る大きさ。当然その裏側に内ポケットもある。また、腰ポケットの裏側には内腰ポケットもある。右手側はさらに内ポケットの入り口近くに輪っかがある。これは週刊誌や新聞などを入れたとき、ポケットからはみ出すので、お辞儀しないための紐だろう。またその上にある内ポケットはボタン付き、反対側はボタンなし。だからボタン付きは貴重品入れ。
 また左手の上腕箇所にポケットがある。開けにくいが、そこそこ大きい。ここは切符入れだろう。
 襟は長く、ファスナーの線路が走っているが、ボタン付き。ここはボタンの間隔が詰まっている。その一つは紐の引っかけがある。ボタンで閉まらないとき、この紐で引っかけるのだろう。これがアクセントになっている。
 何かゴチャゴチャしたアウトドアジャケットのように見えるが、見た感じ、それらが目立たないように取り付けられている。だから凸凹度は低い。見た感じはやはりコート。レインコートの分厚いものと言ってもいいが、それに防寒性が加わると言うことだろうか。
 フードも付いているが、取り外せる。このフードは被らなくても、後頭部が温かい。フードの内側はビロード。
 それと本体の裏側だが、背中の一部が別生地。ビロードが貼られている。これだけでも温かいだろう。
 襟とフードは別。襟にも中綿が入っているので、首あたりがいい。その首が直接接するところも生地違いの柔らかくて弾力のあるものが付いている。だからダウンジャケットを着たとき、最初の冷たさがない。
 以上、二回見学して、合格したので、買ったのだが、実際に着てみると、思っている以上に温かく、そして柔らかく、感触もいい。
 それを着て、この新年が始まった。
 
 
  
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2018年12月31日

大晦日

■■ 2018年12月31日 月曜日 午前10時36分
 
 今朝も寒いがもの凄く寒いわけではないので、年末寒波は去ったのだろうか。曇っているので、少しは暖かいかもしれない。雲が暖房の役目を果たしているわけではない。雲があると日を遮り、陽射しがないので、寒いのだが、日影の寒さがない。
 今日は大晦日。そして明日は元旦。いよいよ押し迫った。特に何かが迫ってくるわけではない。年が迫ってくる。しかし実体はない。時間と言うことだが、時だろうか。時が迫ってくる。しかし、どうも具体性がない。何かが切り替わるのだが、別に身体に影響はない。
 大晦日からの年越し、その月日を間違えていた場合、どうだろう。それに気付かなかった場合でも、それらしい雰囲気になるだろう。
 これは今日は日曜だと思っていたのが実はまだ土曜だったとか、月曜だった場合も、日曜だと思い込んでいると、その日は日曜らしい一日になる。まあ、外に出ると土日ダイヤだったり、日曜に閉まっている店があって、すぐに分かる。テレビ番組も違うだろう。
 時間の概念。時間とは何かとなると、わかりやすいのは時計だろう。時計を見ていなくても、時は過ぎていく。また時計が故障していても、日は昇り、沈むので、時は分かる。しかし、寝ているときは時は分からない。途中で起きないと。
 また体内時計のようなものがある。何らかの単位がある。消化器系などがそうだろう。これが一日24時間単位だとは限らないが。
 寝るのも24時間内での話とは限らない。まあ、大概は一日一回長い目に寝ている時間帯があるが。
 昨日は普通の夕食を買いにスーパーへ行ったのだが、棒鱈があったので、これをおかずとして買う。これはおせちに入れるやつだろう。小さく切ってパックに入っていた。年中売っているはずなのだが、この時期は前面に出て来る。
 杵つき餅があったので、それを買う。まだつきたてで柔らかい。アンコの入っていない大福餅のような感じ。これはすぐに硬くなるので、早い目に食べる必要がある。小さな丸餅なのだが、柔らかいのがいい。
 この時期スーパーのレジが混んでいて並ぶたくなかったのだが、遅い目に行ったためか、意外とすいていた。
 正月用に買い置きしなくても、スーパーは正月から開いているし、コンビニもある。
 問題は喫茶店。寝起きに行く店は30日と31日だけの営業時間が開くのが一時間ほど遅くなると貼り紙があるだけで、正月はどうなるのかはまだ分からない。それで四日ほどは別の喫茶店へ行っていたが、今年はどうだろう。
 正月だけの変化としては、この朝の喫茶店が変わること。寝起き行ってもまだ開いていない。
 伊丹駅前周辺は大晦日の風情など微塵もない。昔は露店が道に出ていて、注連縄とかを売っていた。自転車も止められない街になってしまったので、屋台など以ての外だろう。
 正月の飾り付けもなかったりする。まだ正月ではないためだろう。しかし、早い目にやっているところもある。
 いつも行くショッピングモール内のスーパー二階の衣料品売りがバーゲンをしていた。規模が大きい。真冬ものを並べている。冬の終わりがけの頃だと半額なるが、今は三割引程度だろうか。
 長い目のダウンジャケットが一着だけあった。中綿は大したボリュームはないが、コート風。防水防寒などが表示されている。それよりも普通のダウンジャケットよりも長いので、太ももまで掛かる。これだけでも温かいかもしれない。ものがいいのか、少し高い。ポケットも多く、脇ポケットが二段式になっていたり、内ポケットも上下にある。ポケットがそんなに多くあっても使わないのだが。胸ポケットも二つ縦型があり、それが意外と深くて大きい。
 普通のダウンジャケットでは胸ポケットがないタイプがほとんど。あってもファスナーだけのアクセサリーだったりする。
 雨に降られたとき、太ももまで長さがあれば、合羽の上程度の効果はある。長さがあると、腰や尻や太ももあたりまでカバーするので、それだけでも防寒性が高い。
 これは、今日、行ってみて、まだあれば、買うかもしれない。一着しかなかった。
 
 
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2018年12月30日

年末カメラ

■■ 2018年12月30日 日曜日 午前11時32分
 
 今朝は晴れている。昨日もそうだったが朝だけでそのあとは曇っていた。今日はどうだろうか。朝は陽射しがあるので助かる。もう昼前なので、これは朝とは言えないが。一応午前中。これは後ろの方も長い。夜中の一時頃も午前中なので。
 まあ、午前中といえば朝から昼の間。午前中に伺いますといって夜中の一時頃に行く人はいないだろう。
 日付が変わる頃から寝るとすると、一日の始まりは寝ることになる。だから話がおかしくなるので、一日の始まりは日が出てから。
 今朝はもの凄く遅起きになったが、これは確信犯で、そこそこの時間に起きれたのだが、寝た時間が遅かったし、また寒くて起きられなかった。瞬間最低気温がマイナス2度ほどになっている。これは伊丹空港。少し離れているが。また山などの囲みが違うし、風の流れが違う。五月山と六甲山の違い。
 この寒さは年末寒波となっているので、元旦は寒くないのだろう。寒波レベルの寒さではない程度の。
 ここ数日は真冬並の寒さに近いが、衣服関係では、それほど寒さは感じない。まだ下に着込むほどではない。
 真冬の、寒波など来ていないときの気温に近いかもしれない。しかし、真冬は全体的に冷え込んでいる。空気そのものが底冷えしている。寒さが長く続いているためだろう。年末までは、そういう底冷えがない。
 今年も残すところ一日。大晦日しかもう残っていないが、去ればあっという間。じわじわと年末が来ていたのだが、あとは日ではなく、時間の問題。
 年末年始は行事のようなものがあってこそ、それらしくなる。いつもと変わらなければ、土日と平日の変化程度。それも最近はフラットになっている。土日にだけ休めるとかなら別だが。
 昨日は上新へ寄ったとき、デジカメを見るが、キヤノンのSX70がない。予約受付中となっていたがその展示もない。ものは最初からなく、現物はないままの予約販売だったが、それも消えている。
 予約した人は発売日に手に入ったのだろうか。発売日に、見に行ったのだが、展示品もまだで、まだ予約中となっていたので、ネットで買ったのだが、入荷分、全部予約で売れたのかもしれない。
 こういうケースは珍しい。まあ、コンパクト系は元気がないので、新製品がなかなか出ない。カシオも姿を消し、常連のカメラも、古い機種が並んでいるだけ。そういう淋しい中、SX70というネオ一眼の新製品が出たことになる。クリスマス商戦に合わせて出たのはこれだけ。
 SONYなど、数年前の旅カメラが最新機種。まあこのSX70は一眼系や、ミラーレス系を吹っ飛ばすほどのものがあったので、売れたのかもしれない。
 最新のキヤノンミラーレスイオスキッスMと同じファインダー。ダブルズームキットを買うより、遙かにパフォーマンスが高い。それに軽くて小さい。
 一眼レフ系のイオスはどうなっているのかと、そちらのコーナーを見ると、キッスではない上位機があったので、覗いてみる。キッス並みに軽い。軍艦部に液晶が貼り付けられているのが、キッスと違うところ。ファインダーを覗くと、光学式のファインダーはやはり澄んでいる。小さいが鮮明。中央部周辺にしか自動的にピントは来ないが、綺麗なファインダーだ。
 上新での一眼レフはキヤノンとニコンしかない。ペンタックスはかなり前に消えている。ソニー系はα6000系だけ。これは棚が違う。
 今年はフルサイズミラーレスが話題になり、マウントも変更したことから、そちらがメインになるはずだが、その序盤戦だろう。しかし大きく重くなり、さらに高いので、これは無視だろう。いずれ中古で35ミリ単焦点付きのがあれば、手を出すかもしれないが、受光素子が大きいと望遠率が下がる。これでP900の2000ミリ相当となると、天体望遠鏡並みになってしまう。そんな大砲を街中で撃てないだろう。
 今年はカメラもノートパソコンも充実したので、いうことなし。
 
 
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2018年12月29日

年末寒波

■■ 2018年12月29日 土曜日 午前10時37分
 
 年末寒波が来ている。年末に寒波が来ているのではなく、年末寒波という寒波が来ているようだ。年始まで続くとどうなるのだろうか。
 これがクリスマスのときに来ていると、クリスマス寒波になる。ではクリスマス前に来ていると、これはどう言うのだろう。年末寒波というのだろうか。ここで年末が使えるかどうか。いつから年末といってもいいのかは曖昧。クリスマス前に来て、クリスマスに掛からない場合、年末寒波は使えそうだが、クリスマスが終わってから来る寒波では、もう年末寒波は使えない。第二次年末寒波なら使えるが。
 年末は月とは絡まないかもしれない。年の暮れ、末。それは12月に入ってからのことだが、12月1日から使えるかというと、そうではない。押し迫った感じがしない。12月に入ってからの年末、年の暮れで使えるのは師走だろうか。これは12月を示している。極月もそうだ。
 そういうこととは関係なく、昨日も今日も寒い。久しぶりに自転車に乗っていると、手が冷たくなった。これは夕方暗くなってからの話で、昼間はそれほどでもない。
 今朝、喫茶店へ行くとき、ゴミ置き場にゴミがある。まだ平日かと思った。もしゴミの日だとすると木曜日。しかし今日は土曜日。土日にゴミの日はない。では金曜か。金曜日はゴミの日ではない。それで、曜日がおかしくなったが、臨時かもしれない。カレンダーの印象では月の終わりは土日が入っている。だから週末と年末が重なるような印象。それが崩れる。今朝は土曜でないと、カレンダーの並びと合わなくなる。
 これが年末でなければ、勘違いしたままだったかもしれないが、大掃除などもあり、ゴミも増えているので、臨時に増やしたか、または大晦日がゴミの日だがその日の休むのかもしれない。
 そういえばゴミ置き場に紙が貼られていた。そこにスケジュールが書かれていたのだろう。
 まあ、ゴミの日など一回ぐらい飛ばしても何ともないので、重大事ではない。
 今朝は早い目に目が覚めたのだが、二度寝してしまった。寒い日なのでいいだろう。確信犯だ。そこで起きておれば、夕方行く喫茶店がまだ少しは明るい。二度寝すると、もう暗くなった時間帯に行くことになる。その違いが、二度寝に掛かっている。
 寒いがよく晴れており、天気はいい。これで曇っておれば暗い冬。陰鬱な冬空となるのだが、晴れているのでそこは助かる。
 押し迫ってきたが今日はまだ29日。少しだけ余裕がある。土曜だが週末ではなく、年末の方が強い。別のカレンダータイプを変えるようなものだ。週末よりも年末の方がスケールが大きい。当然月末よりも。週末と月末が重なり、年末が重なる。週は多い。月も多い。しかし年末は一度だけ。年に何回も年末はない。だから特定しやすい。どの週末や月末よりも。
 だから週末や月末を捨てて年末で括った方が、この時期は良いだろう。そのため、土日は関係なかったりする。仕事納めで公共機関が閉まっているかもしれないが。
 29日はまだ余裕、買い物や用事で出掛けるのなら、このあたりがいい。30日になると、これが最後だろう。31日になると、早じまいする店が多いし、大晦日なので、これはもう正月の入り口。31日の夜、正月になる。正月になる前に寝てしまえば繋がらないが、最近は遅起きの影響で、寝るのが遅いので、新年を迎えてから寝てしまうだろう。初詣などは考えていない。また寺社に行っても拝むようなことはしないが。
 寺社のあの「いかにも」感が神仏と逆にかけ離れるのではないかと思ったりする。まあ、人が作ったものなので、そんなものだが、普通の建物を見ているよりも、興味深い。実用ではなく、意味でできているので。
 しかし、そういう方面での実用性があるのだろう。
 
 
 
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2018年12月28日

年の瀬風景

■■ 2018年12月28日 金曜日 午前10時03分
 
 今朝から寒いようで、年末寒波のようだ。これがこの時期でなければ、週末の寒波。夜中の最低気温がマイナス1度か2度ぐらいになる程度だが、昼間も寒いのだろう。それほど気温が上がらず。
 この寒波、元旦まで続くようなら、年末寒波範囲から出てしまうが、今朝は陽射しがあり、日中はそれほど寒くないにしても夕方あたりがきついだろう。
 しかし晴れているのに雪がちらついている。流れてきたのだろう。流れ矢に当たるように流れ雪というのもあるのかもしれない。
 年末押し迫って寒い。年末らしさというより冬らしさがある。寒いときは冬籠もりしているのがいい。しかし年末年始出掛ける人が多いが、逆にこの時期は寐て過ごす人もいるだろう。年末年始の行事などが多い人は別だが、特に何もないのなら、寝ている方が楽なはず。特に仕事をしている人は貴重な連休になるはず。正月休みは休む休みで、遊ぶ休みにならない場合もある。これは平日は静かに仕事をしているが、土日の休みは仕事は休むが遊びで活発になったりする人もいる。休みの日でないと出掛けられないためだろう。
 趣味の現場が外にあるとき、出掛けることになる。往復だけでも結構疲れたりしそうだが。
 今朝はまずまずの時間に起きてきたのだが、遅い目であることは確か。目覚めは自然に任せているので、何時に目が覚めるかは分からないが、ほぼ前日に目覚めた時間になるようだ。早すぎる場合は起床範囲外時間なので、夜中に目が覚めたと同じなので、すぐに寝る。昨夜は一度も途中下車がなかった。あるとすればトイレで起きる程度だろうか。それ以外では夜中目が覚めない。
 朝や昼間は寒くても外へ出るのは苦ではないが、夕方に出るのは、ちょっといやな感じがする。億劫な感じ。しかし、出てしまうとそれほどでもない。大した距離移動ではないが、日が暮れてからの冬場は、やはり出たくない気分になる。何か良いことがあれば別だが。
 年末がじわじわ迫っているが、今がその年末だろう。まあ12月そのものが年末だが、12月1日が年末かというと、それはまだ早い。クリスマスからあたりだろう。
 そして今日は28日。深い日になっている。2月なら月が終わる。
 年末らしさは30日31日あたり。ここはどん詰まりだ。しかし町に出ても平日とそれほど変わらない。飾り付けをそろそろする頃なので、それがちらほら見える程度。普段はやっていない餅屋の客が多かったりする。
 30日あたりに買い物をし、除夜の鐘が鳴る頃までおせち料理を作ったりするのは、昔の話かもしれない。当然、今日など餅をついたりするだろう。もうそんな家は古い家とかでないとしないだろう。しかし餅つき器がある。テーブルの上で餅がつける。
 昔、庭で餅をついていた家は、臼だけ残っていたりする。今は植木鉢になったり、水が溜まり藻が浮いていたりする。いい感じなので、金魚を入れたりとか。
 隣近所数軒で共同で餅つきをすることもある。何家族分一緒に。餅はつくだけではなく、それを形が崩れないように、上手く伸して、餅箱に入れる。サンプルのようにその場で丸めて、あんを入れてあん餅にし、その場でそのまま食べることもできる。まだ温かい。子供達はそれを狙ってくる。あん餅やきな粉餅の温かいのを食べられる。
 餅箱は木の箱で、大きいが底が浅い。丸餅はすぐに丸めるが、切り餅はまだ。柔らかいうちに切る方が楽だが、包丁に吸い付く。それ以前にすぐに切るのは縁起が悪いとされ、切ると火事になるとかの言い伝えもある。だから日を置いてから切る。置きすぎると硬くなり、包丁が入らなくなる。
 海老、青のり、豆、などをいれたものがあり、海老を入れたものは赤い。また餅米の中に普通の米を入れた通称「うる餅」がある。これが美味しいので、好物だ。
 それらの餅は食べるためだが、当然お供え物としては一級品。
 また大きな塊の鏡餅も作る。三段重ねとか。その上にみかんや竹刺しの干し柿や、スルメか、昆布も置く家もある。それぞれ意味があるのだろう。これは仏壇や神棚ではなく、床の間に置いたりする。対象とする神様が違うのだろう。当然炊事場、竈近くに置く。
 鏡餅は飾り餅で、門松のようなもの。そういったものは出来上がりが売られていて、餅にカビが浮かないように透明樹脂でピタリと填められている。そのバリエーションも豊か。そして大小も。大きなケースに入ったものもある。
 いろいろと意味があるのだろうが、縁起物一般として、意味を知らなくても、何となく季節の飾り物として続いている。
 これは正月だけする。一年中みかん付き注連縄を玄関戸の付けている家もあるが。
 正月だけに見かけるもの。これで目で正月だと分かる。目出度いものとされているので、それと引っかけて鯛を食べるのだろうか。これも定番で、普段食べないような焼いた鯛を食べるが、かなりの間飾っていたりする。これで「めで鯛」という駄洒落だろ。
 おせち料理の具の一つ一つにも意味が与えられているようだ。当然縁起がいいような解釈で。
 年末は大掃除の時期。畳を外して、市街地の家なら外で乾かしていた。叩いたりとかも。それも一般道路で。今でも一般道路に物干し竿を出している家もあるが。
 埃が舞い、野良犬が何が忙しいのか急ぎ足でウロウロしていた。
 
 
 
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2018年12月27日

年末

■■ 2018年12月27日 木曜日 午前10時22分
 
 今朝は晴れている。気温はそれほど低くないが、それは夜中。朝晴れているときは寒いはずなのだが、それほど下がっていない。夜五度は完全に超えている。先日零下だったことを思えば暖かいだろう。
 もっと寒い日に比べれば暖かい。しかし、気温が高いわけではない。暑い寒いは絶対温度よりも、比べての話になることが多い。
 年末、既に27日まで来ている。クリスマスなど遠い昔のように感じられる。そのクリスマスから大晦日の間が妙な日数。妙に落ち着かないような日だ。
 日が変わり月が変わり年が変わる。それは人が作ったものではない。いろいろな行事や文化的なこともあるが、月と太陽の変化がそれなりに人に及ぼす。当然人だけではなく、全体に。冬眠する動物や葉を落としてじっとしている樹木。月の満ち欠けが繰り返されることで月からの影響というのもあるだろう。狼男になるわけではないが、月の満ち欠け人体にも影響する。人体そのものは、分からない世界。自然界のようなもの。そこには自分とは違う生命体がいたりする。
 そういうのは些細な取るに足りない影響かもしれないが、体調が悪いときは考え方も変わる。頭よりも身体が優先することが多いし、身体がブレーキになったりする。
 太古の人は、さらに太陽や月だけではなく、星からの影響も考えていた。これは意外と身体の中の動きと連動していたりする。または似た構造になっていたりとかも。
 年が変わるというのは、四季がまた繰り返されると言うことだろうか。その年の初めがいつなのかはよく分からない。目安として正月がある。しかし太陽から見た場合と月から見た場合とでは、違っていたりする。新暦とか旧暦とかがあり、一ヶ月ほど違う。
 季節が巡ってくる。それは日々そうだろう。暦などなくても、それは分かる。一年経過したことが。暑い日がまたやってくれば一年経ったと。そしてこれは日々だ。起点を何処に置くかよりも、一回りしていることは確か。
 しかし、頭の中では去年の今頃、何をしていたのかで、一年の経過が何となく掴める。二年前はもう忘れていたりしそうだ。余程印象的なことでも起こっていなければ。
 あれから何年、そのあれが起点になる。
 
 
 
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2018年12月26日

HP社のスペクトルX360のその後

■■ 2018年12月26日 水曜日 午前10時31分
 
 今朝は雨。小雨なので、傘は差す必要がなかった。このところ雨がたまにある。全体的には少ないのだが、周期が短いようで、晴れが続かない。では雨の割合が多いように見えるが、曇っているだけで、降るまでには至っていない。そして降っても小雨とかが多い。そのため雨は降っているのだが、全体的な雨量が少ないのだろう。スキー場では雪が溜まらない。
 クリスマスが終わったので、あとはもう僅かで、年が変わるのだが、この期間、長いのか短いのかよく分からない。あっという間に過ぎるようでも、しつこく粘っていたりする。一日一日が粘っこい。だが、明けてしまうと、あっという間に過ぎたように感じる。一週間を完全に切っているので、これがいつもの何でもないような週なら一気だろう。
 二日ほど早い目に起きれたのだが、今朝は戻ってしまった。前日と同じ時間に起きやすいというパターンは外れたようだ。しかし、その時間、目が覚めていたようだが、時計も見ないで、寝てしまった。だから昨日と同じ時間に起きやすいというのは嘘ではなく、目は覚めるという程度だろう。起きるかどうかはその後の意志による。目が覚めるのは意志ではない。寝ているので、意志など働かない。
 クリスマスは特に何もなかったが、一応年末の区切り。これを通過しないと年末らしくない。残るポイント地点は大晦日。そして元旦。これは続いている。しかし行事はない。ただ、大晦日あたりから店が閉まり、また早く閉店するし、元旦は閉まっている店の方が多い。または朝の開店時間が遅かったりする。それでいつもの喫茶店が全滅していることがあるので、正月三が日だけ行く喫茶店がある。それは朝だけで、休んでいるわけではないが、開くのが遅いので、間に合わない。平日に戻るのは仕事始めあたり。結構長い。
 正月らしさと言えば、朝の喫茶店が変わる程度。特に困ったことにはならないが。
 
 この前買ったHP社のスペクトルX360は調子よく動いている。前機の11インチよりも文字が大きく見えるようになったが、それほど大きな違いはない。11インチの画面を13インチに拡大したようなもので、全体が拡大される。これでゆったりとする。これが10インチから比べると、13インチは大きく感じるのだが11インチと13インチ、それほど断層がない。
 あとは日本語変換のATOKのもたつきが消えた。これは早くなったわけではなく、動きが普通になった程度。ただ、ワードとウィンドウズ製の日本語変換ソフトの組み合わせならそんなもたつきは少ない。
 このノートパソコンにワードが入っているのだが、まだ起動していない。おそらく使わないと思うので、残している。
 それで一太郎が快適になったのだが、これで普通だろう。日本語変換のときのもたつきでワンテンポ遅れるというのが消えただけ。これを快適と言えるかどうかは分からない。
 あとはパソコンの起動と終了が早くなった。
 キーボードはまずまずで、最初から打ちやすく、慣れを必要としない。11インチノートに比べると、少しキーが広くなったので、僅かだが余裕がある。窮屈さがなくなった。13インチのキーボードはもっと間隔が広いのがあり、打ちにくかったりする。11インチでも広いのがあり、これも厳しかったが、今回のは13インチあるのに、間隔はそれほど広くはない。以前のノートに比べ、モニターの枠が細くなったので、筐体も小さくなったためだろう。だからモニターに合わせてキーボードも小さくなったためだと思える。ただ、このノートは横は狭いが上下の枠は結構ある。
 それと、キーボード手間への空間が狭いので、前のめりにならなくてもいい。液晶の真下にスピーカーがあり、それで手前側にキー面が近くなっているためだろう。液晶の真下にキーボードがあるよりは使いやすい。ただそのスピーカー、外では鳴らさないし、部屋では使わないので、あまり意味は無いのだが。
 だからどんな音が出るのかは、最初のウインドウズの設定のときに、音声ガイドで聞いただけ。
 ストレスなしに動く、それだけのことなので、快適とは、ストレスが少ないこと程度。あまり積極的なことではない。道具とはそんなものだろう。
 しかしスラスラと入力できるので、文章にも勢いが出る。
 
 
 
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2018年12月25日

キヤノンSX70詳細3

■■ 2018年12月25日 火曜日 午前9時44分
 
 今朝は晴れているが寒い。夜中氷点下になっていたようだ。これは今冬に入ってからたまにあるのだが、このたまが連日続く真冬への道になる。今はまだ厳寒とまではいかない。まあ、大阪で厳寒はないが、それでも寒いことは寒い。
 今日はクリスマスのようだが、あまり変化はない。ただモスでカシワのフライを売っている。これの専用レジができていたり、店の前で売っていたりする店もあった。サンタとトナカイのスタイルで。高校生バイトだろうか。サンタは分かるが、トナカイが分からない。何に化けているのか、単独で見ると無理。サンタと一緒にいてもまだ分からなかったりする。サンタは服だが、トナカイはそのままなので。これは着ているのではない。服装ではないためだろう。
 これで雪ソリを引っ張っておれば、分かっただろう。ただ、それがトナカイだと分かっているから、トナカイに見える。知っているからだ。この組み合わせではトナカイ以外はない。
 しかし何も知らなければ、鹿や犬や馬やロバに見えたりするかもしれないが。
 昨日のイブは外食。賑やかなショッピングモールの大食堂のようなところで三百円台のカレーうどんを食べた。時間的に人が多いと思っていたのだが、意外とすいていた。イブの夜なので、もっといいのを食べたり、いいところで食べているのだろう。
 それだけでは夜中腹が減ったので、コンビニでパンを買ってきて夜食とした。
 そのカレーうどん、肉がそこそこはいっていて、美味しい。ただ、うどんは讃岐うどんで硬いのが難。 うどんと肉だけ。これではバランスが悪い。そして夜食のパン。これでは小麦ばかりだ。野菜がない。
 しかし、お茶漬けで済ませてもいいと思っていたので、それほど差はないかもしれない。
 昨日は少し早く起きたのだが、今朝も早い目に目が覚めた。しかし、眠いので、二度寝に入ったが、目を覚ましても、最初に起きた時間とあまり変わらない。それで安心して、三度寝に入ったが、それも目が覚めて時計を見ると、あまり進んでいない。それで安心して、とはならず、そこで起きた。
 三度寝で寝過ごさない。これは得した気分だ。それほど早い時間に起きてきたわけではないが、最近の起床時間から比べるといい感じだ。前日目覚めた時間帯に目が覚めやすい。そのパターンに入ると、まずまずの時間に起きられるだろう。
 夕方前に行く喫茶店が夜になってしまっていたが、まだ外が少しでも明るい時間に行きたいものだ。すぐに暗くなるのだが、なりきってからではなく、その直前がいい。既に日は沈んでいるが、残照というのか、そういうのがある間に。帰りは暗くて、完全に夜だが、時間的にはそれほど遅くはない。夏場なら、まだまだ明るい。
 
キヤノンSX70の続き
 このシリーズのカメラ。何度か買ったので、何度も同じようなことを書いてしまうことになるが、全体の雰囲気は同じ。これと言った強い個性がなく、万人向けの癖のないカメラ。特に初心者向けで、フルオートモードで写すようにできているような感じだ。ただ、このオートモード、シーン自動認識をするので、被写体にあった設定を自動的にしてくれるので、いろいろと弄る必要がない。ただ、自動認識できない場合や、その他の場合はただのオートモードになる。
 オートモードとプログラムモードとの違いは、基本設定を弄れないこと。感度の上限や、露出補正とか、AF枠の選択とかだ。
 ただ、保存画像の大きさなどはオートモードでも設定でき、どのモードに入っても引き継がれるが。
 
 手持ち夜景モードがあり、これはシーン自動認識には入っていない。それを試すと、合成するようだ。シャッタースピードは30分の1秒に固定されるのか、手持ちでブレにくい状態にして、数枚写す。このあたり、キャノンは下手なのか、合成時間が長い。だから続けて写せない。夜景だが、AFは動き、遠方固定ではない。
 しかし、キャノンは下手なのか、出来上がったものは塗り絵のようなもの。このあたりはソニーやカシオから比べると、もの凄く遅れているが、そのモード自身、奥の方にあるので、あること自体が分からないほどだ。他社のコンパクト系では夜景と認識すれば、複数枚撮影と合成を一瞬でやってくれるが、キャノンはそれをしない。自動的に。
 同じ条件で、オート撮影すると、そこそこ写っており、手持ち夜景モードよりも自然な感じになる。
 ただレンズが暗く、感度も上がらないが、ギリギリセーフで写っている。このカメラでそういうのを写すのは酷な話だが、何とか持ちこたえているのが凄い。
 夜景とか、もの凄く暗いところではファインダーは荒くなるが、こういうのは苦手のようだ。ただ普通の場所では非常に綺麗で、細かいところまでよく見える。
 暗いところとか、夜景などはファインダーではなく、手かざしで写すことが多いので、問題はないだろう。超望遠で夜景など写せないのでファインダーを覗かなくてもいける。
 どちらにしてもこのカメラ総合点が高い。その一つ一つのレベルは際立っていないが、どんな被写体、どんな条件でも、このクラスとしては平均的だが、欠点がない。暗いところがやや苦手とするが、合成を使わないでもそこそこの絵ができるので、反則なしで頑張っている。ベースの力が強いのだろう。
 このシリーズカメラ、SX系は毎回同じことを言うことになるが、総合点が高い。安定しており、安定した画像を得られる。安定というか、まずまずの画質だが。
 オートモードで最初戸惑うとすれば、思うところにピント枠が来ていないことだろう。たまにある。そんなときのフォロー用のボタンが二つある。鏡胴部のボタンが手っ取り早い。押すとAFは一点になる。プログラムモードに一点スポットを設定して、それに切り替える必要はない。
 オートモードはシーン自動認識で、プログラムモードは露出がメイン。だから少し味付けの基本が違うことになる。基本の写り方、シャープネスやコントラストなどを変えられるので、違うタッチになったりする。
 オートモードでカメラ任せで写す、これがこのカメラの使い方だろう。そして、取扱説明書でも、このモードでの説明から始まるし、また買った状態では撮影モードダイヤルの位置はオートモードになっている。
 まあ、大層なカメラではなく、気楽にちょい写しできるカメラで、そのパフォーマンスは非常に高い。
 画質は心配するほど悪くはない。少し軟調で、フラットな面があるが、ポートレート向き、記念写真向き。どぎついタッチにはならない。風景で眠いと思うときは、レタッチでコントラスト上げをすれば見違えるほど鮮明になる。
 
 
 
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2018年12月24日

キヤノンSX70詳細3

■■ 2018年12月24日 月曜日 午前9時03分
 
 今朝は晴れていて寒い。昨日までは雨模様だったので、暖かかった。湿気ていたのだろう。その湿りが取れ、風が強い。空気が変わった感じだ。久しぶりに濃い青空が覗いている。しかし、冬の空。風が強いので、掃除をしたようになり、遠くまでよく見える。
 追い風はいいが、向かい風になると苦しい。しかし同じ場所を往復すると、プラスマイナス0になる。楽があるのはいいが、苦が来る。楽もなく苦もない状態はフラット。メリハリがない。しかし、楽だとも苦しいとも思わないだろう。そういう感覚が消えていたりする。
 良い事があると悪いことが起こりそうな予感がする。その良い事が当然あってしかるべき成果のようなものなら別だが、タナボタの場合は、あとが怖い。
 これは良いことは続かないだけだろう。そうそう良いことばかりが続くと飽きてくる。そして良いことだとも思わなくなる。
 今朝は不思議と早い目に目が覚めた。既にもう遅いと思っていたのだが、時計を見ると、かなり早い。まだ眠かったが、ここはチャンスと思い、起きてきた。それで今朝は早起きしたことになる。
 そして今日はクリスマスイブ。昨日はコンビニへ寄ったとき、弁当売り場にケーキが並んでいた。予約しなくても買えるようだ。しかし、食べるのは今日。見たのは夕方。だから、朝食はクリスマスケーキになるパターンだ。前の日に朝ご飯を買うというのはあること。
 子供の頃のクリスマスケーキはご飯だった。ご飯の時間に食べる。ばら寿司などを入れる皿、これは一応西洋皿だが、そこに切り分けたケーキを入れて食べる。それが自分のもの。これは残る。冷蔵庫などなかったので、水屋に入れていた。水屋とはなんだろう。食器入れのようなものだが、棚の段が高い。おかず入れでもある。食材は入れない。作り置きを入れていたりする。
 それと網棚。これは通風が良いので、そのタイプの生ものや煮物などが入っていた。
 クリスマスケーキは、そういった醤油臭い場所に入れて保存していた。まあパンのようなものだ。
 こういうケーキを食べる頃は、冬休みが始まる頃。クリスマスよりも、冬休みの方が大事なのだが、クリスマスと重なるので、クリスマスは楽しみにしていた。まあ、ケーキが食べられるという程度だが。
 ケーキは夕食なので、目一杯食べる。しかし、食べきれない。それで、朝もケーキになる。流石に胸が悪くなる。
 そしてプレゼントの長靴。これは必ず履く人間がいる。足が痛いのだが。
 それを履いて表を歩いている子を何度か目撃している。片足しかない。両足の場合でも大きさや色が違う。
 クリスマスとは何か。お菓子が食べられるという日だ。これは大昔から子供にとっての行事の感覚で、おやつが食べられるというのが、一等に来る。犬のように。
 まあ、今ほどおやつが溢れていた時代ではないので、毎日食べるようなことはなく、しかも高かったのだろう。駄菓子は別だが。
 普通のご飯よりも子供はおやつの方が好きだ。クリスマスはご飯ではなくおやつだけを食べてよかった。
 柳田国男によると、年中行事を楽しみにしている子供達は、やはり、このおやつもらえるとか、食べられるとかだろう。
 その名残が地蔵盆。これは児童盆だろう。おやつが振る舞われる。お地蔵さんの前におやつが山積み供えられている。それ目当てに他所の町内から来る子もいる。
 子供に食べてもらう。これは餓鬼供養だろう。
 
キヤノンSX70詳細の続き
 AF自動認識の精度が上がったように見える。これはカメラを向けたとき、どれが主要被写体かをカメラが勝手に選んでくれるもの。たとえば人がそこにいれば簡単だろう。顔を出していると、完璧だ。一発で顔認識にひっかかり、その顔を囲んでしまう。ただイオスM系のミラーレスのように、瞳まで見付けるような精度はなく、囲みも大きい。これは画面を細かく分けて捉えるスペックがそれほどないため。まあ、受光素子が小さく、ピントの幅が広いので、その近くのものに合っていればそれでいいのだろう。
 ここぞというところに合わないときは、カメラを少し振れば違うものにピントが来ることが多い。
 そういう命中率を避けるため、任意の一点、任意のものに合わせるスポット式がある。AF枠を変えるとかではなく、一点追従モードへの切り替えだ。これは鏡胴部にもあるし、十字キー側にも仕込まれているし、独立したボタンがもう一つあったりする。ピントに関してのボタンがこれだけ多いとは驚くが、そういったものを使わなくても、オートモードでシーン自動ピント式でも結構合う。スポットにはならないが、被写体を囲み、動いていれば追従する。AFフレームが緑から青に変わる。緑は半押しのままだと固定されるが、青だとピントはまだ確定していないことになる。シャッターを押す瞬間までピントを繰り返し合わせ続ける。
 だから風に揺れる草花でもそのモードになる。左右に揺れるのならほぼ同じ距離で、ピントも同じだが、前後揺れもある。また撮影者が前後に動いたとかも。
 要するにこのカメラ、ピントはオートがメインだが、それをフォローする機能が結構強力で使いやすい。
 最初からピンポイント狙いというか、どうせ狙い通りには合わないと思うときは、電源ボタンを押したとき、そのあとそのボタンを押せば一時的にピンポイントの追従モードに入る。キャッチAFとかの名になっているはず。
 フルオートモードでは画面に案内が出る。このボタンを押せばそのモードになりますよという文字で知らせてくれる。ストロボを出してくださいと似たようなものだ。ボタンを教えてくれるので、忘れていても大丈夫。
 オート化というか、AI化に近いだろう。それが結構よくなっている。背景にピントが取られやすいというキヤノンでありがちなシーンはまだ遭遇していない。
 下手にスポット的にAF枠を狭めて精度を高めてピントを得に行くより、カメラに任せておいた方が合うことがある。これは旧機でもそうだったが、スポットAFで合わない条件でも、ピント自動認識でピタリと合ったことがある。逆だ。
 だからこのカメラ、フォローは色々あるが、オートでも同じことが当然できるので、そちらをメインにする方がいい。それで不安な人向けに、フォロー機能がいくつも付いている。使わないで済めば、それでいい。ある意味保険機能だ。
 いろいろなボタンを押しながら写す、というようなことはしたくないはず。ダイヤルも回したくないだろう。
 AF一眼レフが出て熟しだしたとき、キヤノンがやはり一番オート化に強かった。インターフェースもよかった。前回述べたようなAEロック一回押しで、押しっぱなしにしなくてもいいというような感じの。
 ネオ一眼でもボタン類がゴチャゴチャあり、レバーも多くあり、中には手ぶれ補正オンオフのレバーまで外に出している機種もある。キヤノンネオ一眼はオートに自信があるのか、機能ボタンは最低限。操作ボタンやダイヤルやファンクションボタンの使いやすさが操作性の良さではなく、そんなもの使わなくても普通に写る方がいい。操作などしたくなかったりする。
 まあ、自分の好みの露出、好みの絵作りをしながらという写し方もあるが、どうせカメラで書いてもらった絵なのだ。撮影者は書いていない。カメラが書いている。だから少しアレンジを加える程度だろう。
 このカメラにも画質調整がある。コントラスト、シャープネス、色関係を弄ることができ、基本の写り方を変えることができる。ただ、それはオートモードには反映しない。
 レトルトカレーや缶詰のカレーは、そこに何かを加えたりするより、そのままの方が美味しい。一番美味しい状態になるように作られているためだ。それと同じで、オートモードはそのカメラにふさわしい最高の絵を出すための組み合わせが初期値になっているはず。
 小さな受光素子のレンズを絞ると、まずくなる。だからできるだけ開放になるようなプログラムラインになっているはずだ。と言っても望遠端などは絞りは二段しかないが。
 
 草村の中にいる猫。こういうのは手前の草に持って行かれるのだが、この新製品、草を素通りして猫を囲んでくれた。おそらく猫が動いたためだろう。そして猫らしい塊だったので、上手く囲めたようだ。このあたりは旧機よりも上がっている。
 
 動き回る雀よりも大きい白っぽい小鳥を写したとき、ピントの早さを実感。一枚一枚ピントを合わせ直しながら写したのだが、素早い。
 イオスM系の古いタイプよりも当然ピントは早い。そのM系、改善され、ピントが早くなった新しい目の世代なのだが、それに勝っている。
 動いている被写体に対しては、それほど評価は高くないが、滅多にそんな素早く動き続けているものなど遭遇しない。
 まあ、日常写しで、日常内での被写体なので、そんなものかもしれない。だが、かなりの写真ジャンルを網羅する被写体が日常の中に含まれている。
 それよりもファインダーが大きく鮮明になったので、気持ちよく写せることが最大のアップポイントだろう。
 
 
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2018年12月23日

キヤノンSX70詳細2

■■ 2018年12月23日 日曜日 午前10時49分
 
 今朝は晴れており、暖かい。湿気があるためか、妙に生温かい。雨が続いていたのだが、その湿気がまだ抜けないのだろうか。
 12月いっぱいはそれほど寒くはないし、今年は暖冬だと言われているので、それが加味され、暖かい目に感じてしまう。しかし冬は冬なので、夏のように暑くはならない。雪は少ないとはいえ、降らないわけではない。
 今朝は日曜のためか、朝の喫茶店は客は一人だけ。がらんとしており、喫煙室は無人。やはり仕事をしている人が来ていたのだろう。パチンコ屋は既に開いている時間帯なので、開店待ち客もいない。
 今年も残り一週間少し。これは早い。一週間は早いので、その早さで過ぎ去るだろう。しかし、いろいろと詰まっている。これで停滞するわけではないが、のろく感じるが。
 明日はクリスマスイブ。これだけでも迫っていることが分かる。クリスマスはハロウィンの飾り付けが終わった後、すぐにクリスマスに切り替わったので、既にそこから始まっている。
 この時期の日本での祭りのようなものは探せばあるはずだが、農耕や仏事に関係している地味なもの程度かもしれない。祭りというほどのことではない。
 秋の祭りの次は正月。その間淋しいので、何かあったはずだが、これは娯楽だろう。
 暦の上では冬至。それが昨日か今日あたりだと思える。一年で一番夜が長く、従って昼が一番短い。そのピークが昨日か今日。それを過ぎると日々日が長くなる。夜が短くなり始める。その折り返し地点。
 この冬至は冬に至ると書き、冬がスタートするような感じだが、日照時間から考えると寒くはなるが、昼間が長くなり続けるスタート地点。春へ向かうのだ。そして昼の長さが夜の長さとの差を縮め、並ぶのが春分の日。これは春のお彼岸で有名。そして昼が夜を追い越し、そのピークが夏至。そして再び並ぶのが秋分。秋のお彼岸。
 この日の長さ、夜の長さなどは非常に分かりやすい。
 日の出日の入りで確認できるが、昨日と今日との差は分からないが。
 
キヤノンSX70の続き
 買った翌日は雨空で何ともならない。晴れて明るい条件のときに写さないと、最初から印象の悪い写真になるが、その条件で、どんな感じになるのか、ヒヤヒヤしながら写してみた。特に試写ではなく、普段撮しているようなものだ。
 一枚写してからの二枚目が早い。連写スピードが上がっているのか、単写でも速い。相変わらずシャッターの落ちが早いのも旧機と変わっていない。構えて半押しにした状態で切れていたりする。これは手かざしで、急いでいるとき、起こりやすい。つまりいきなり全押ししているようなもの。結構それでもピントが来ているのだが、これは21ミリの広角のためだろう。
 夕方というか夜になっているのだが、その時間帯に行く喫茶店までの路面を写す。雨で濡れているので、反射しているため。
 モードはオート。暗いところでもあまり感度が上がらない。800で止まってしまうし、8分の1以下でシャッターが切れるのを嫌がるのか、それ以下に落ちなかったりする。オートモードなので、手ぶれの安全圏内で動き、感度上げで画質が荒れるのを恐れ800以上にならないのかもしれない。露出不足になるが、水銀灯などの明るいところが飛ばないのでいい。夜景モードに入っていたのかどうかは見ていない。
 これをプログラムモードに合わせれば、最高感度の3200まで上がるだろう。そしてスローシャッターも解禁。しかし、絵が荒れるし、ブレやすい。
 要するに写して失敗しないモードだろう。
 
 雨で濡れた白い椿を写すが、ほんわりとした絵になる。まあ、見た目通り。特に細工はない。写真で見たほうが綺麗、ということにはならない。
 曇りで光線状態がフラットなときは、階調が出やすくなるが、眠い写真になる。そのため、花の図鑑のような写真にはならないが。条件が悪いので、仕方がない。これはどのカメラで写しても、光線状態が悪ければ、冴えない写真になる。
 このカメラは画質が売り物ではなく、むしろ画質が危なそうなカメラなので、これを使いこなすのは楽しい。
 
 遠くに走り去る自転車がいたので、さっと望遠で写すが、結構ズームが伸びる。伸びすぎだ。よく考えるとデジタルズームを切っていなかった。そのため1400ミリを遙かに超えて、最高2800ミリ近くまで行くはず。このデジタルズームは画質の劣化がないとされている領域で、さらに伸ばせることができるが、初期値ではオフになっている。
 それで、デジタルズーム領域まで写してしまったのだが、すぐに肉眼でその自転車を見たが、豆粒ほどの小ささだった。交差する道路が二本ほどあったりする。その先にいた。
 これは使えるかもしれないと思い、デジタルズームはオンのままにしている。それとは別にデジコンがあり、これは全部倍になる。最初から倍だ。21ミリからではなく、42ミリから立ち上がる。
 超望遠域の写りは、旧機とそれほど違いはないが、条件が悪い中で写したわりには、結構行ける。決して素晴らしい描写力とは言えないが。
 それよりも、電源ボタンを押し、カメラを構え、少し接眼部から目を離した状態で覗くと、やはりファインダーの鮮明さが最初に来る。そしてそこからズームするのだが、これは一気。明るいファインダーでよく見えるので、このときのズームインは、もの凄く正確。的を射貫きやすい。
 これはどう見てもミラーレスカメラで写しているのと変わらない。まあ、このネオ一眼、レンズが変えられないだけのミラーレスなので、そんなものだが、ファインダーの違いだけで、カメラの印象が全く違う。旧機とはもう別物のカメラになっている。写りの差は似たようなものだが。
 
 ファインダーと背面液晶との切り替えが自動になったので、ワンテンポ置かなくてもよくなった。液晶で写して、そのまま鞄の中に入れ、次に写すときはファインダーだと、手間が掛かる。その手間がなくなったので、立ち上がりのワンテンポ遅れがなくなる。過ぎゆく自転車など、そのワンテンポで、小さくなりすぎる。また鳥や猫など、いなかったりする。
 
 このカメラ、今回のマイナーアップで、完成度が高まったが、本当はいいレンズになるはずだったようだ。それは次回になる。
 レンズを明るくすると前玉が大きくなりすぎる。だから今の暗さでもいい。ズームもこれ以上伸ばすと、鏡胴が長くなる。それを避けるため、上手く折りたたんだりするらしいが、伸ばしたときの長さが怖いほどになる。P900が1400ミリから2000に上げ、開放も明るくしたため、500グラム台が900グラム近くまで来てしまい、大きさも一回り以上大きくなった。その前の機種はこのクラスで一番軽かったのに。
 まあ、P900はそれに匹敵する写りが期待できるので問題はないが。
 FX70の写りは大人しく上品。FX60ではたまにもの凄く良いタッチが乗ることがあり、解像力や鮮明さより、そちらの方が楽しみだった。
 どちらも、それほど差があるわけではないが、そういう傾向があるという程度だろうか。
 
 露出を固定させるAEロックは出っ張りのある押しやすいボタン。前回にも触れたが、一度押すとタイマーがかかり、しばらくはロック状態。時間は指定できる。解除は別のものを写すため構図を変えたとき。当然電源を入れ直せば戻っている。AEボタンをもう一度押すと、解除なら分かりやすいのだが、構図を変えれば戻る方が簡単なのかもしれない。
 ピントを固定させるAFロックは分けている。そのため、片方だけ固定ということができる。両方固定ならシャッターボタン半押しで行ける。
 AFロックは十字キーの左に仕込まれており、マクロの絵とMFの文字があるので分かる。要するにMFモードに入れろということだ。これを押せばAFロックだが、実際にはそれを初期値としたピントから始まる手動距離合わせということ。だから専用のAFロックボタンではなく、兼用。戻すときは、MFを解除し、AFモードに変えればいい。まあ、シャッター半押しの方がやりやすい。
 おそらくシャッターボタン半押しでAFとAEがロックされるはず。これだけで充分なのではないかと思われる。ただ連続して何枚も写すときは、毎回ピントを合わせ直さないといけないが。
 
 キヤノンネオ一眼から始まったフレームアシスト。望遠側で被写体を見失ったとき、広角側へ寄せるボタンがある。ズームレバーでもいいのだが、画角をまた合わせ直さないといけない。それをボタンを押している間だけ、一時的に広角になり、白い囲みで望遠状態だったところを囲んでくれる。ボタンを放すと、そこへ戻る。
 もう一つ、お隣にあるボタンも望遠用で、ピントが一点になり、追従する。そして画面の中央部に来るように合わせてくれるが、カメラを振ると外れてしまうが。これは別のボタンでもできるのだが、ワンタッチできることと、超望遠に合わせた手ぶれ補正モードに入るようだ。手ぶれ補正にも種類がある。だから望遠で写すときは、これを使うと、よりブレにくいという特徴があるが、ぶれるときにはブレるし、そんなボタンを押すのが邪魔臭いが。
 一応超望遠が付いているので、そのフォローがあるということで、これがネオ一眼のレンズ一体型のよいところだ。ボディーとレンズが合体しているので。
 また運動会用に、顔認識で、同じ大きさを保つように自動ズームが働く機能もある。顔の大きさが動いても変わらない。
 それらはファインダーを覗きながら左手で鏡胴部分にあるそれらのボタンを押せばいいのだが、見ないとボタンの位置が分からないだろう。慣れが必要だ。またとっさの場合、そんなボタンなど押す時間もなかったりしそうだ。だから、旧機でも使っていない。
 
 このカメラ、当然この軽さに抑えるためか樹脂製。ざらっとした紙のような感じ。滑りにくい。グリップ部はゴムのようなぬるっとしたものが貼られており、さらに滑りにい。吸着性がある。
 シャッターボタンが飛び出したグリップ岬にあり、やや傾斜している。そのためウエストレベルで写すとき、親指シャッターが押しやすい。グリップの先にシャッターボタンがあるのが効いている。だからこれは普通の一眼レフスタイル。軍艦部にシャッターボタンがあるタイプよりも指の掛かりがいい。まあ、そのタイプのカメラのワインダーやモータードライブを付ければ、グリップになり、シャッターボタンも飛び出したところに来るので、その形を最初から一体化したようなもの。昔は手動巻き上げだった。
 樹脂製なので、冬でもカメラが冷たくない。
 
 液晶は回転するが横開き。この液晶、結構分厚く丈夫そうだ。カメラが軽いので、横開きからの角度調整も楽。これが大きく重いカメラだと、手が痛くなる。
 マニュアルには液晶を使わないときは、液晶を隠すように閉じるようにと書かれている。液晶保護のためだろうか。しかし、とっさのときの手かざし撮影が手間なので露出したままにしている。
 取扱説明書通りだと、ファインダーがメインということになる。
 
 このカメラ、特に写りを強調したカメラではないので逆に写しやすい。
 動作はキビキビとしており、電源を入れた瞬間、ズームレバーを引いてもしっかりと動作する。ワンテンポ待ちがない。連続してシャッターを切るとき、間が開いたのだが、最近のネオ一眼はそれがない。次々に切れる。昔ならこれができるのは一眼系だったが、今はコンパクト系でもできるようになったので、その差がなくなっている。そして21ミリから1400ミリまでのズームは電動の方が早く、しかも力がいらない。
 21ミリから一気にターゲットまでズームするスピード感は気持ちがいい。ファイダーの鮮明さ、そして大きさも加わり、非常に快適。だから、期待していた通りの新製品だった。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする