2017年07月24日

パナソニックLX100

■■ 2017年07月24日 月曜 9時09分
 
 今朝は曇っており、風がある。そのためか、それほど暑くはない。日差しがないためだろうか。昨夜は扇風機を付けて寝ようとしていたのだが、妙に涼しい。それで、付けないで寝たが、問題はなかった。寝入りばな、暑苦しくならなかった。これは秋かと思うほど。日々暑くなるはずだと思っていたのだが、違っていた。涼しい目だと、秋へ向かうことになる。夏休みに入ったばかりなので、夏はこれからだが、それは夏休みがこれからで、夏の勢いはピークを過ぎたのかもしれない。これは一日だけの判断では何ともいえないが。
 暑中見舞いが残暑見舞いになる時期は結構早かったりする。本当は夏真っ盛りで一番暑いときでも、それを残暑と言えば、少しは我慢できるためだろうか。
 今朝は寝過ごした。早い目に目を覚ましたのだが、思ったより長く寝てしまった。早い目に起きた場合、まだ早いと思い、また寝ようとしても、眠れないことがある。だから、寝過ごした方がいいのかもしれないが、起きたとき、寝起きが悪かった。夏の終わりがけのように、夏の疲れがどっと出るような重さだ。それなりに暑い日が続いていたので、暑さ疲れもあったのだろう。こういうのは涼しくなったときに出やすい。
 連日暑かったので、日常移動だけでも十分暑気が入る。夏はこれといったことはなくても、暑いというイベントが入る。
 
 最近急に思い出したカメラがある。パナソニックのコンパクトカメラだが、受光素子は同社のミラーレスと同じ大きさ。1インチとどう違うのかとなるのだが、まあ、似たようなものだが。
 そのカメラ、レンズが明るい。24ミリから70ミリしかないが、何処か1インチタイプの高級機のようなズーム比だ。24ミリでF1.7と明るく、さらに70ミリでもF2.8だったと思う。だから50ミリあたりでもF2はあるだろう。レンズ一体型のコンパクト系のためか、広角端での最短撮影距離は3センチ。これはレンズ交換式のミラーレスでは難しいだろう。短くても20センチほどだ。レンズ交換式のミラーレスは画質はいいかもしれないが、それほど寄れない。これは損ではないか。スペックダウンと見ていい。ここは黙っている箇所だ。コンパクト系の最短撮影距離が極端に短いためだ。
 ハーフサイズの受光素子で、3センチまで寄れ、しかもF1.7の深度だと、ものすごくぼけるはず。
 それよりも、ファインダーがいい。カメラは小さいのだが、電子ファインダーの解像力が高い。そのため、大きくなるので、よく見える。
 このカメラは製造を終えたらしいが、その前から値段は下がっていた。人気がないのだろう。1インチコンパクトに押されたためだろう。そちらはポケットに入るが、パナソニックのそれはポケットは無理だ。400グラム近くあるし、ごつごつしている。
 撮影モードのダイヤルはなく、シャッターダイヤルがその位置にある。4000分の一秒が誇らしい。レンズ側に絞り輪がある。どちらもAに合わせれば、プログラムモードになるという仕掛けだ。
 これに類する競合商品はない。独走しすぎたのか、売れなかったのだろう。似たようなものがニコンの1インチタイプにあったが、発売されないまま終わっている。採算が合わないためだろか。地震で、部品が切れて、途中で止まってしまったらしい。しかし、そちらは1インチだ。
 このパナソニックの高級機、需要としては一眼レフに標準ズームだけを付けて写すよりも軽くて小さいと言うことだろう。キットレンズの一番安い標準ズームよりも。そして明るさが違うし、最短撮影距離でも広角端は有利。
 レンズ交換式の一眼レフ系のダブルズームキットよりも得な感じだ。
 パナソニックのコンパクト系では、このカメラが最高峰で、これ以上いいのはない。まあ、写りがどうのよりも、カメラの雰囲気がいい。
 こういうカメラなら、しっかりと写してみたい気になる。
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2017年07月23日

夏祭り

■■ 2017年07月23日 日曜 8時19分
 
 今朝は曇っている。久しぶりだ。雨が降ってもかまわない。雨はしばらく降っていないはず。それにこの時期の雨は助かる。涼しくなるためだ。ただ、朝はそれなりに涼しいので、一番暑い昼過ぎあたりに降るか、夕立がいい。
 ただ、そういう勝手は空には通じない。個人の思いが空に通じるのなら、ものすごい数の個人がいるので、結局は何も通じないと言うことになる。あくまでも偶然だ。それが特定個人に吉と出ることもある。
 暑い日が続き、暑い夜も続いているので、扇風機をずっと付けている。寝ているとき、扇風機の風を寒く感じていた頃があったが、最近は問題はない。
 夕方、昨日は涼しかった。風があったためだろうか。夕涼みができた。夕方の方が暑いときがある。熱が抜けないで、むっとした状態が続く。最高気温が出ているときより暑かったりする。蒸し暑いのだろう。そしてそういう日は風がない。
 夏休みに入って最初の土日に、小学校の校庭で夏祭りをしていた。近所の小学校二校。もう一つ小学校はあるが、そちらは次回の土日あたりにするのだろうか。
 一応一方が土曜なら、一方は日曜にしているのかもしれない。どちらの小学校も近いが、子供の頃はそんな小学校はなかった。しかも近所に二校も。今、子供なら、近くに三校ある。
 小学校校庭での夏祭りはどう見ても盆踊りで、櫓を組み、その周囲を踊りながらぐるぐると回る。村の盆踊りと違い、小学校の校庭は広い。そんな広い踊り場は村時代にはなかっただろう。田んぼでやるのなら別だが、この時期まだ稲が育っている最中。この前、田植えをしたところなので。
 それで、その近くを通ると、流れてくる曲は盆踊りのときの音。まあ、踊っているのだから、その曲や歌になるのだろう。
 そしてトリの曲が聴き取りにくい。その前の曲は田端のズンドコ節で、これは大人の曲で、結構いやらしい。端やんが歌うとそう聞こえてしまうのだろう。だから、ここは子供のための夏祭りではない。
 そしてトリの曲が何処かで聴いたような曲だ。これが最後の踊りとなるのだが、すぐに思い出した。麦わら音頭。
 河内音頭、江州音頭、これは有名。三大音頭と言われている中に麦わら音頭が入っているのだが、引っ越してきた人は、誰も知らないだろう。この音頭は南野村の盆踊りで、最後に踊られるが、村の盆踊りなので、近くの人しか来ない。猛暑のときなどは、誰も踊っていなかったりした。暑いので、日が沈みきってからでないと、踊れなかったのだろう。その麦わら音頭が、近くの小学校で踊られていたが、これは練習しないと踊れない。当然踊っているメンバーは保存会の人がメイン。なぜこんなところで、南野の麦わら音頭なのかと考えたのだが、その小学校、実は南野村内にあったのだ。隣接する野間村との境界線にある場所で、そこに小学校ができた。だから、村の踊りをやって当然だろう。
 子供の頃からこの麦わら音頭は聞いているが、しっかりと見たことはない。それよりも近くでやるため、家にいても聞こえてくる。それはしっかりとお盆にやる盆踊りだ。ここが本番だろう。
 それよりも、櫓を組み、その周りをぐるぐる回りながら踊る。これは何処の原住民かと思うほど。これはもっと原始的な信仰とも何ともいえないような下地があるのだろうか。これを宗教という人はまずいないだろ。そして盆というのは何だと言うことになる。
 同じような時期、祇園祭や、天神祭がある。これも特定宗教の儀式というのとは少し違う。形式は神事に乗せているが、実際にはもっと原始的な何かだろう。だから、原住民がまた騒いでいるという感じに見える。京都の祇園祭は上品だが、町衆の何か、怖いようなものがある。
 しかし、最近はお盆ではなく、まだ七月なのに、盆踊りをやっているので、これは盆踊りの形をしたイベントなので、夏祭りとなっている。小学校校庭なので、村とはもう関係なく、自治会や、その小学校の校区の保護者などが主体だろう。しかしオリジナルな出し物などはあるわけがないので、結局盆踊りと同じことになる。その校区の人たちがみんな集まって、集うことがメインなのかもしれない。運動場で運動会をするのではなく。踊ろうと言うことだ。
 さて、昨日の小学校での夏祭りで、最後に聞こえてきた麦わら音頭だが、歌が聴き取りにくいのだが、違和感を感じたのは、太鼓。ここだけはテープかCDとかではなく、生なのだ。だから、本物の太鼓が出てきていたはず。それで、その響きが伝わった。これは生の太鼓でないと伝わらない。歌も聴き取りにくかったのは生のためだろう。
 しかし、太鼓などの鳴り物は何か異世界から伝わるような、畏怖感がある。
 
 
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2017年07月22日

お茶漬け

■■ 2017年07月22日 土曜 8時10分
 
 今朝も晴れており、暑い。私立高校も夏休みに入ったのか、自転車がないと思っていたが、土曜で休みなのかもしれない。小学生は自分は休みでも、親が休みの日でないと、遊びに連れて行ってもらえない。その意味で土日にはまだ有効なはず。親より祖父とか祖母とかが連れて行くケースもあるはず。小さいうちは孫の守だ。子供は大きくなってから記憶になかったりする。しかし小学校高学年になると、覚えているだろうが、その小学生が年寄りになっても。当然忘れていることも多い。連れて行ってもらった全行程は無理で、ワンシーンだけとか、ワンショットだけとかもある。
 また、何度も同じ場所へ行った場合、これは混乱する。そして一度体験した風景などは、二回目は記憶に残りにくい。やはり新雪を踏む方が残りやすい。
 暑くて何ともならないが、昨日は夕立があった。これで一気に3度ほど下がったので、涼しくなった。しかし、雨が降る前の息苦しさがあり、雲で日差しがなくなるのだが、あった方が楽だ。日陰は涼しいためだ。当然炎天下は暑くて何ともならないが、フラットな空の方が逃げ場がなく、暑い。
 流石に暑さが続くと食欲がない。そんなとき、お茶漬けがいい。いつもの永谷園のお茶漬けの素を切らしていたので、買う。こんなもの塩と海苔があればできるのだが。
 以前は普通のお茶漬けをよく食べていた。炊くと三食分があるが、温かいご飯は最初の一食分だけ。それを食べると、保温を消す。汁が垂れるためだ。その電気釜を買い換えてから保温しても垂れなくなったので、毎回温かいご飯を食べているのだが、それまでは残りの二食はお茶漬けだった。普通のお茶漬けなので、お茶をかけるだけ。おかずは普通にあるので、お茶漬けだけを食べているわけではない。
 ところが食欲がないとき、お茶漬けだけを食べることがある。とりあえず効率のいい米の飯を入れるという程度だ。パンよりもいいだろう。しかしお茶漬けを残すと捨てないといけない。普通のご飯なら電気釜に戻せる。
 お茶だけをかけたお茶漬けでは水くさいので、お茶漬けの素とか、ふりかけなどが重宝する。要は塩気のあるものを入れればいい。梅干しでもいい。
 それで昨日はたらこも買った。たらこをお茶漬けに入れるときは焼きたらこがいいが、これは面倒だ。しかし焼いた方がこりっとして美味しい。いかにも魚の子になる。そのままだと流石にお茶漬けの中には入れにくい。だから、生たらこをつまみながら、普通のお茶漬けを食べることになる。お茶漬けは濁らない方がよい。
 夏は食欲は落ちるが、食べる分量が少ないので、何処かで腹がすく。そのとき食欲はわく。
 食後の徒歩散歩を続けていたが、これが結構暑い。真夏、家にいるよりも、外に出た方が涼しかったのだが、そうではなくなっている。夕涼みが効かない。ただ、食べたあと汗をかいているときは、外に出て風に当たっている方がましだ。
 
 今朝のお供のカメラはポケットに入る旅カメラではなく、キャノンの1インチタイプで600ミリまでいけるコンパクト系。1インチのネオ一眼のようなものだ。レンズ交換式の一眼レフを視野に入れた場合、このカメラが究極のカメラになる。一眼レフのキットレンズと違い、その上のレンズはない。しかも開放は明るい。ファインダーは外付けだが電子ファインダーの解像力は結構あるし、大きい。だからミラーレスデジカメと変わらない。
 先日オリンパスの300ミリまでの望遠付きのミラーレスを店頭で弄っていたのだが、そういう系譜をまとめ上げたのが、このキャノンの大きなコンパクトカメラだ。800グラム近いので、一眼レフ並みだが、レンズが明るいし、また600ミリまでとなると、これは軽い。
 だから一眼レフ系は、このカメラがとりまとめた感じだ。しかし、一眼レフを持ち出すような重さなので、それほど気楽なものではないが。
 そして一番いいのは、コンパクト系なので、電動ズームになる。自転車の上から写すとき、坂道などではハンドルを持つ必要があるので、片手になる。そんなとき、レバー式のズームなら、片手で微調整できる。望遠系は電動ズームが好ましかったりする。こちらの方が手動よりも早かったりする。そして力がいらない。
 この1インチタイプのネオ一眼のような広角から望遠までいけるタイプは、各社から出ている。しかし、いずれも重くて大きい。
 その中でニコンから出るはずだったタイプが軽い。しかし、一眼レフに高倍率標準ズームを付けるよりも軽い。
 このカメラを買っていたのを忘れていたわけではなく、ずっとテーブルの上に置いているので、毎日見ていたのだが、重くて暑苦しいので、持ち出す機会が少ないだけ。
 自転車で遠出するようなときは、このカメラを持ち出すことになるのだが、日常移動では出番が少なかったりする。
 
 
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2017年07月21日

夏休み

■■ 2017年07月21日 金曜 8時27分
 
 今朝も晴れており、暑い。梅雨明けと同時に小学校は夏休みに入るのか、昨日、午前中に下校風景を見た。時間が早すぎるので、終業式があったのだろう。小学校一年ではまだだが、六年あたりになると、人生最良の日だろう。明日から夏休み、いや、もうその下校中なのだから、今からだ。飛び石連休ではなく、大洋だ。見渡す限りの海原。この年になると、結構色々なことができるようになる。当然休んでいるだけで、何もしなくてもいい。夏休みなので、休むためにあるのだ。これが本業だ。
 しかし、休みの日は遊ぶ。ずっと遊べる。これは素晴らしい。人生で一番楽しかったのは、おそらく、終業式の帰り道の昼前の道だ。この開放感は、解放感だ。明日から夏休み、しかし、今、既にその状態なのだが、まだページは使っていない。計算すると40日ある。一ヶ月ではなく、おまけが十日ほど付く。しかし夏休みの期間というのは、頭の中ではほぼ無限の休みに近い。それは限りがあることは分かっているのだが、当分考えなくてもいい。
 さて、小学校六年生の夏休み、何をしていたかだろう。正月と違いお年玉はない。だから小遣いはいつもと同じ。そのため、買い物を楽しむわけにもいかない。
 だから、近所で遊んだり、家の中でごろごろしているのだろう。実際には大したことはしていないのだが、近場の探検に出たりする。セミとりや雑魚とりだが。当然海や山にも行く。川にも。プールにも。
 この夏休み前の下校風景、卒業式よりも華々しく、はつらつとしている。答えは簡単だ。明日からずっと休めるからだ。
 昨夜も暑く、扇風機を付けっぱなしにして寝ていても、寒くならない。これは本物の真夏だ。七月の後半、ここが一番暑い。暑さの峠を登ろうとしている最中で、まだ下りではない。だから勢いがある。八月も暑いが、それは既に夏ばてになっているので、そちらの影響の方が大きい。
 夏場の暑いときの夕食、コロッケが食べたくなることがある。ほとんどジャガイモのフライなのだが、あのさくっとした感じがいいのだろう。そして中はジャガイモなので柔らかい。コロモの方が固いほどだ。これにトマトがあれば、十分夕食のおかずになる。定食屋にもコロッケ定食がある。定食なので、メインの皿の中身が違うだけ。コロッケだけは頼りないとは思うのだが。
 ポテトサラダになると、スーパーなどで売られているのはジャガイモだけではなく、色々と入っている。人参、タマネギ、キュウリなど。卵も。しかし、純粋にジャガイモだけのポテトサラダの方があっさりとしていていい。粘りを出すため、マヨネーズが入っている程度。
 スーパーのコロッケは安い。そして四つも五つも入っていたりする。二つあれば十分で、あとは残る。そのため、翌朝もコロッケになる。コロッケだけでは頼りないので、ポテトサラダを付けた場合、ジャガイモばかり食べていることになる。
 京風冷やしラーメンがあったので、それを買う。高い。250円ほどする。冷麺とどう違うのかだが、焼き豚の数が非常に多い。冷麺にはキュウリとか、錦糸卵とかが付くが、冷やしラーメンはラーメンなので、ラーメンの具が入る。焼き豚も多いが、ネギも多い。これは昼に食べるには贅沢な話だが、焼き豚が効くだろう。ソーメンだけよりも。 しかし250円は、コンビニの冷麺よりも安い。
 
 
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2017年07月20日

蚊取り線香

■■ 2017年07月20日 木曜 8時28分
 
 今朝は暑い。そして晴れている。大阪方面も梅雨が明けたらしいが、もっと前に明けていたのではないか。梅雨明けなので降っていた長雨がやんだのなら、分かりやすいが、ずっと晴れていた。台風一過のようにはいかないようで、曖昧だ。ここでは雨だけを問題にしており、雨が降る日が多いと梅雨。雨だけだ。それ以外の梅雨の概念と日常とは関係しなかったりする。しかし、雨以外にも、湿気がある。そして、梅雨よりも、気温、暑さの方にポイントが移る。雨より、暑さの方が厳しいからだ。
 昨日の一番暑い頃、全国ベスト三位を大阪が独占。大阪市内、豊中、枚方がベストスリー入り。しかし、大阪の場合、最高気温では負ける。だから34度も出ていなかったのではないかと思えるが、それでも日本では一番の暑さ。夕方になると京都が残る。あとは全て沖縄勢。京都が残るのは熱が抜けない盆地のためだろう。京都は後半に強い。
 昨日大阪市内の方角を見ると、空襲でも受けたように煙が上がっている。入道雲だ。あの下が大阪市内か、生駒山辺りだろうか。大阪市内のビルなどは見える距離なので、空襲でやられていた頃は、白い雲ではなく、それが灰色の雲のように見えていたかもしれない。爆弾ではなく、焼夷弾なので、家屋が燃えていたのだろう。その煙なので、雲のようにしっかりとした形はなかったもしれないが。それよりも、空襲は夜のイメージ。昼間だと、B29も下から狙われやすいだろう。
 あれは何処から飛んできていたのだろう。プロペラ式の旅客機のようなものだが、着陸しないで、引き返す。だから、燃料が問題なので、遠くからはこれなかったはず。下も大変だが、上も大変だったはず。
 それに比べれば、暑いだけのダメージで雲を見ているのは、平和なものだ。ダメージもイメージも違う。
 昨日も暑くて何ともならなかった。真夏が既に始まっている。梅雨明け宣言を聞く以前に。
 蚊取り線香立てがあったので、それを買う。蚊取り線香を売っている場所に吊されていた。ここが味噌で、吊されているのだ。だから携帯灰皿のようなものだ。薄い円盤形。200円少しなので、それを買う。アースのものだ。
 解説も注意書きも何もない。封を切り、蓋を開けると詰め物があるので、そのスポンジを取ろうとすると、引っかかる。のりで留めているのだ。それを強引に剥がす。
 皿の底は渦巻きが少し刻んである。これでは線香が消える。くっつくためだ。ではあの白いスポンジは何だったのか、そして詰め物ならのりで強く貼り付けていないはず。のりは丸いスポンジの真ん中辺りにだけ付いていた。下の金属部に付いているのり状のものはとれない。洗ってもとれないので、これはとれないようにできていたのだろう。
 最初に思ったのは石綿。燃えない綿だ。それで、蚊取り線香のネット販売ページを見ると、同じものがある。石綿ではなく、ガラス繊維云々となっている。燃えないのだ。燃えない座布団で、繊維状のものなので、少し浮く。この上に乗せよと言うことだろう。
 そして蓋を閉めると、線香は燃えないスポンジと蓋の網とでサンドイッチ状態になり、さらに丸い穴があるカバー部分が上になり、あとはアルミの弁当箱の蓋を止めるようなバネで止める。そしてぶら下げるための引っかけもある。腰にぶら下げて歩けたりするが、これは蚊の多いところで作業をするためのものでもあるのだろうか。またはキャンプ地なのでも有効だ。
 これはかなり安全で、線香立てだと風で蚊取り線香が傾いたり、飛んだり、落ちたりする。この円盤形なら、何処においても大丈夫。そして、蚊取り線香を使う分だけ切って入れる。乗せるだけでいい。
 それまでは別の蚊取り線香入れの蓋の上にのせていた。金属部と線香がくっつく箇所があるので、そこで線香は消える。これでも良かったのだが、不安定。乗せているだけなので、落ちそうだった。
 蚊は少なくなっている。去年など蚊取り線香などいらなかった。昔はウンガという青い小さな虫が群れていた。それが網戸にへばりつき、中に入る機会をうかがっていた。
 
 昨日、上新へ行くと、ニコンの一番安い一眼レフが広告の品で特価で出ていた。3400だ。これは新しいはず。その横に常に売り上げベストスリーに入っているはずのキャノンイオスX7がまだある。もう数年前の商品だ。今は9までいっているはず。しかし、X7の小ささ軽さを超えるカメラはない。キャノンにもないのだ。
 以前より、小さな一眼レフを作っていたニコンは、まだ頑張って小さく軽い路線を捨てていない。3400は3300よりも20グラムほど軽いだろうか。そして、X7に20グラムほどの差で迫っていた。この差ならほぼ同じだろう。それよりもレンズの重さの方が問題になったりする。
 似た重さと大きさならニコンの勝ち。それはグリップの飛び出しがニコンの方がよく、切れ込みがあるので、カメラは小さいが、このグリップで余裕が出る。その違いはズーム時に出る。ズームを回すとき、カメラが小さいと窮屈で、カメラが動くのだ。だから、ここはニコンの勝ちと言うより、こちらは最新式なので、ファインダーもX7よりも明るい。どちらもガラスのプリズムではなく、鏡の張りぼて式だが。
 しかし、一眼レフは重いので、この季節は暑苦しい。
 オリンパスの安い方のネオ一眼を見ると、非常に小さくて軽い望遠ズームをつけた状態で展示されていた。覗くと、流石に電子ファインダーの威力で、ファインダーの大きさはX7などの比ではない。しかし、このカメラ、グリップがおまけ程度で、しかも横幅がないので、ズームをするとき厳しい。それ以前にこのキットレンズの望遠のズーム回転が固いのだ。これと同じタイプを昔、買って買って往生した。まるでねじを巻くように回さないと動かないし、そのとき、構図が変わってしまうほど動く。だから動画でズームなどできないだろう。やはりここは普通の一眼レフ、昔のAF一眼レフの形がふさわしいのだろう。グリップが飛び出し、シャッターボタンがグリップの先にあり、そして傾斜しているタイプ。昔のカメラに似ているのはいいが、望遠には向かない。
 こういう望遠に関してはネオ一眼の勝ちだろう。
 ついでに旅カメラのキャノンとパナソニックが並んでいるので比べる。
 パナソニックの方が新しいのだが、値段が同じになっている。パナソニックは電子ファインダーが付くので、こちらの方が高くて当然だが、ズーム比はキャノンがリード。パナソニックは700ミリと進歩なしだが、キャノンは毎回伸ばしてきて、今は900ミリまで上げている。その差は実感できないかもしれないが。
 電子ファインダーを付けたパナソニックはその分、液晶がやや小さくなる。そして、可動式の液晶だが、かなり薄い。割れそうだ。しかし、軽くさっと上げることができる。キャノンもなめらかで、軽く上げられるので、3インチサイズのキャノンの勝ちだろうが、電子ファインダーのあるパナソニックは強いので、パナソニックが有利。
 持った感じはキャノンの方が小さく、丸みがあり、ポケットに入れやすいが、両機とも300グラムほどあるはず。だから、それなりに重いが、パナソニックはがっちりとしている。高さがあるためか、持ったとき、安定している。その前機はかなり軽く、小さい。ズーム比は同じで、違うところは液晶が回転するかどうかだが、それだけのことで、これだけ重く大きくなってしまうのは謎。しかし、このカメラ、ライカだ。軍艦部の厚みや流線型の角が。ニコンの旅カメラも大ぶりだが、薄い。パナソニックは大ぶりで、しかも分厚い。そのボリュームが手に馴染んだりする。動作も感触も、パナソニックが好ましかった。
 
 

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2017年07月19日

治水

■■ 2017年07月19日 水曜 8時10分
 
 今朝は少し気温が低い。昨夜も涼しく、窓は開けたままでは寒いので、カーテンだけを閉めて寝る。扇風機は必要ではない。寝る前は熱帯夜ではなかった。上空に冷たい空気が来ていたのだろう。一週間予報では全部晴れではないかと思うほど太陽マークが並んでいる。これが梅雨明け宣言になる。そして梅雨とは関係なく、大雨は降る。夕立だ。入道雲がわき出す季節で、しかも結構高い。高い位置にあるのではなく、高さがあるのだ。そして下と上では色目が違う。暖かい空気は上へ上がるが、上には夏でも冷たい空気がある。夏山で高い山へ登れば涼しいのと同じだ。この入道雲は沸く。遠くの方から移動してきた雲ではなく、その場で沸く。空気は見えないが、雲の状態になっていると見える。これは水分を多く含んでいるのは確かだ。水分が多いと、ちりなどの影響で灰色に見えるのだろうか。そのメカニズムは調べれば分かるはずだが、想像する方が楽しかったりする。
 大量の雨がいくら降っても、近所は水はけがいいので、大雨でも問題はない。一度だけ子供の頃、台風のとき、水が少しだけ来た。少し離れたところにある昆陽池が決壊したのだ。地面の上に降る雨程度は問題ないのだが、怖いのは川の決壊だ。それで大量の水が押し寄せる。自分のところで降った雨ではない。水は集まると怖いが、近くに大きな川はなく、大きなため池だった昆陽池がある程度。伊丹は北へ向かうほど少しだけ土地が高くなる。しかし、山はなく、平坦な場所なので、皿が大きい。しかし、伊丹の駅前の中心部で水につかった例もある。ものすごい集中豪雨があった年だ。中心部は城があり、元々有岡城と言うほどなので、少しだけ岡があり、高低差がある。その谷になっている箇所がやられたのだろう。それと、ここは洪水などないと思ってか、駐車場が地上からのスロープで地下にあるビルもある。道路が冠水すれば、もろに水が入ってくる。モータープールではなく、本物のプールになる。
 伊丹の普通の住宅地の地形は、元々が田んぼだったので、農水路が張り巡らされている。今ではただの排水溝になってしまったが、その数が多い。この農水路、逆に人工的に洪水を起こすために作られている。つまり田に水を入れるためだ。
 平坦な町だが、よく見ると、水はけの悪い場所もある。高低差があり、その底に当たるところだ。雨が多く降ると、水たまりができる。
 近所に大きな排水溝があり、かなりの大雨でも、余裕がある。この排水溝、土手はない。元々は小川だったのだがそれを拡張している。近所に降った雨は、ほぼ、この排水溝に流れ込み、尼崎方面へ向かう。最後は神崎川辺りに行くのだろう。
 市内で大きな川と言えば猪名川だ。これは川幅が広く、余裕がある。これは山側からの大量の水を受け取るので、よく氾濫したようだ。それで川筋が変わったりしたらしい。それをまた戻す工事をする。すると、土手だけが残ったりする。今もその土手だけがある。古墳のような盛り土で、土塁のようなものだ。だから、人が結構地形を弄っており、自然にできた丘ではなかったりする。
 もう一つの川は武庫川。ここが決壊すると厳しい。子供の頃、台風などで大雨が降ったとき、武庫川の決壊を心配していたようだ。かなり離れているが、実際にはその川からの水を引いて水田にしているのだから、水が来やすい。しかし、昔のことは知らないが、武庫川が切れた記憶はない。この川も川幅が広い。
 何度も何度も決壊する川は、それなりに昔の人は切れないように色々とやってきたのだろう。
 治水、水を征するもの、天下を征すとも言うらしい。川の氾濫だけではなく、田に水を引く水の管理。
 どうしても氾濫する川は、その場所を無理に氾濫させる方法もあるらしい。氾濫してもいいような場所に水を逃がすようなものだ。
 
 昨日は弁当屋で鰻重を買ったのだが、スカだった。前回買ったときは柔らかくて、いい感じで、すき家の鰻丼より良かったのだが、昨日のウナギはいけない。皮が固く、しかも一匹を二つに切ったものではなく、細かく切ってあった。つなぎ合わせたのだろう。
 この季節、ウナギを多く食べるためか、質が落ちるようだ。もう一軒弁当屋があり、そこでも鰻重を始めるらしい。仕入れ先が問題だ。全部同じだったりしそうだが。
 近所の武庫川にウナギが泳いでいた。稚魚だ。これを持ち帰って育てれば、鰻丼ができると思ったのだが。その頃は、ウナギも安かった。
 
 
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2017年07月18日

キュウリ焼き

■■ 2017年07月18日 火曜 8時16分
 
 今朝も朝から晴れており、暑いが、夜は前夜よりも1度ほど低かった。25度と熱帯夜だが、ぎりぎりだ。しかし、寝る前、寝苦しいはずなので、扇風機を付けて寝た。途中で起きたが、それほど寒くはならなかった。付けっぱなしだと寒くなるものだが。その割には気温は低い目。ぎりぎり熱帯夜なので、体感温度は微妙だ。
 これはもう梅雨は明けている。雨が降らないのだから。そして、いつもの真夏そのままの日が続いているのだから。梅雨前線も当てにならない。梅雨前線と名付ける必要はないのではなかったりする。ただの前線だ。
 そして相変わらず暑くて何ともならない日が続いている。夏なのだから、これは当然で、ごく当たり前の話だ。
 何か寝苦しいと思っていたら、敷き毛布状態だった。その敷き毛布の下には電気毛布も敷いてある。これを全部抜いて、引っかけ式の夏用のシートのようなものに取り替える必要がある。ものすごい暑い夏の年はすだれやござなどを敷いて寝ていた。去年も今年もそういうことはない。ござやすだれどころか、毛布を敷いて寝てられたのだから。しかし、寝ていて冷えてきたとき、掛け布団に手が届かない状態のとき、うつぶせになり腹を敷き毛布に当てるような姿勢になると、暖になり、ちょうど良かったりする。
 直販所で買った太くて長いキュウリが残っていたので、それを輪切りにして炒めた。かき混ぜながら炒めるわけにはいかないので、焼く感じだ。小さなフライパンに油をたっぷり入れて、焼く感じだ。たまにひっくり返す。キュウリなので水を含んでいる。取り立てのキュウリなので、ズはほとんど入っていない。意外と根性がないやつで、すぐに柔らかくなる。そのあと卵焼きを作り、さらに焼きキュウリを盛り合わせれば、色目も綺麗だ。このキュウリ、生では堅すぎる。皮が分厚いし。
 卵のつぶれ焼きを作るとき、トマトを一緒に入れてもいい。ケチャップソースにはならないが、トマトの塊は残るので、卵焼きにトマトを添えるのと同じことだが、一緒に炒めることで、どちらも引き立ったりする。ただ、トマトはあっさりとしており、しつこい料理のとき、トマトは休憩するためにある。またトマトも水分を多く含んでいるので、水を飲むようなものではないが、この水分がありがたい。
 トマトは冷蔵庫に入れると駄目らしい。あれは冷やしては駄目で、常温で食べるときが一番なめらかで、みずみずしい。ただ、切った状態で残った場合、さすがに冷蔵庫に入れるが、昔は網の貼った四角く小さな水屋に入れていた。もう水屋などは何を差しているのか、分からなくなったが。子供の頃の水屋には、茶碗とかの食器が入っていた。
 蚊に刺されていたので、蚊取り線香を付けるが、あのぐるぐる回っている円盤形の渦巻き線香の取り出し方を忘れた。二つくっついている。知恵の輪ではない。一方を立てて直角にして、引けばいいのだが、折れそう。そして実際に折れてしまったが、一つそのままでは燃やしすぎる。そこで、蚊取り線香カバーのようなものがあり、それは蓋だ。その蓋の上に置くと、線香の一部がカバーに乗るので、そこで消える。半周しない。ずっと付けっぱなしだと煙たくて仕方がない。
 夕方になったときに、少しだけ付ける。すると、寝る前に蚊は来なくなった。耳にやってくる蚊だ。それが消えた。だから、それほど長い時間線香を付けていなくても良かったのだ。部屋中蚊が飛び回っていた時代とは違うのだろう。
 蚊取り線香置きがないので、大きな西洋皿の中に入れている。結構灰が溜まる。
 線香が虫に効くというのは、煙が効くのかもしれない。いぶす感じだ。だから昔の藁葺き屋根などには天井板がなかった。いろりの煙で藁をいぶしていたので、虫が付きにくく、長持ちしたのだろう。だから天井板は邪魔なはず。
 これは昔の人のエッセイに出てくる。天井を付けた農家の天井裏は蛇とネズミの大運動会場になったと。
 台所の流しの三角コーナーなどに蚊がやってくる。そこに蜘蛛が来る。この蜘蛛が蚊を退治してくれるはずなのだが、効率が悪い。しかし、蜘蛛が出てくると、蚊は減るようだ。蜘蛛は家の守り神だろ。
 それとは別にヤモリがいる。家守だ。そのままだ。それらは殺していけない。家に住み着いた蛇もそうだ。
 
 
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2017年07月17日

蚊取り線香

■■ 2017年07月17日 月曜 8時31分
 
 今朝も雨が降っていないので、梅雨は明けたのだろう。一週間予報を見ると、雨がない。晴れか曇りが続いている。これは梅雨が明けているではないか。まあ、その頃には明けているので、当然かもしれないが、梅雨明けには何も触れなくても、一週間予報で触れているようなものだ。まだこの時期梅雨だと言い切りたいのなら、傘マークを増やさないといけない。しかし、傘がない。
 しかし、今朝は少し曇っているが、明るい空だ。雲が黒く風も少しあるので、雨が来るかもしれないが。
 それよりも昼間の暑さは梅雨明けの頃の暑さで、本格的な夏。何ともならないほど暑苦しい。しかし大阪方面では35度越えの猛暑日にはなっていないので、ましな方だろう。猛暑日はそれほど続くものではない。数日続くこともあるが、中休みがある。たまにものすごく暑い日があり、それが猛暑日だ。ただ35度を超えていなくても、もっと暑い日もある。蒸し暑いときだろう。
 その暑さに当たって早くもバテそうだ。そして蚊がいるのか、何カ所も刺されていて赤い。かゆくはないが。それで二年前から放置したままの蚊取り線香を取り出す。同じ場所にあるので、火を付ければいいだけ。その効果は寝る前に蚊が耳元に来るか来ないかで分かる。来なければ効いているのだ。しかし、いつも来るきつい蚊が今年はまだ来ない。去年も来なかったかもしれない。これに刺されるとかゆい。あのきつい蚊は消えたのかもしれない。
 豚の置物のような蚊取り線香置きが欲しいところだ。あれは畳に似合う。火の気があるので、火鉢のようなものだ。だから、うっかり触れないように囲んである方がいい。寒くなれば、火鉢代わりにはならないが。そして移動させやすいし、畳の上に置けるので、一番低い位置だ。そして天井があるタイプなので、よく煙る。のろしのように上に一本だけ上がるのではなく。そして瀬戸物だと、灰溜にもなる。
 蚊取り線香では蚊は死なないらしい。気絶する程度とか。
 ゴキブリには効かないはずだが、動きが鈍くなるかもしれない。
 昨日は寝るとき、我慢できず扇風機を付けた。次に目を覚ましたときに切ったのだが、寝入りばなは必要だ。起きているときは付けていなかったのだが、横になると、暑苦しくなってきた。寝転んで電気を消した方が涼しいはずなのだが。
 何もしていなくても消耗するのが夏。自転車移動程度では体力など使わないのだが、汗をかいている。もっと汗かきの人は、シャツの背中の色が変わっていたりする。何かのドラマの演出で、濡らしているのではない。濡れて色が変わるほどなので、汗が流れ落ちているのだろう。運動している人ではなく、単に歩いているとか、移動しているだけの人なのに。だから汗かきの人は結構いるのだ。
 
 カメラ方面は実用的な機能を追ったものはほぼあるので、今度は雰囲気ものだろうか。意外と持ち出したカメラにより、撮すものが違ってきたりするものだ。同じ被写体を撮すのなら同じようなものになり、違いなどほぼないのだが、持ち出したカメラにより、視点が変わる。被写体が変わるのだ。これはカメラの雰囲気で、撮すものが違ってくると言うことだが、実際には同じように見ているので、視界には入っている。違いはそれを写すかどうかだ。これはカメラと目とが一体化しているのだろう。そういう眼鏡をかけているような。だから、目の延長かもしれない。ただこの場合の目とは単に視覚的なものだけではない。
 日常の、何でもない風景というのが、一番カメラを向けにくい。撮す気がしないのだろう。何かこれといったものがないと。
 
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2017年07月16日

麦茶にはったい粉

■■ 2017年07月16日 日曜 8時50分
 
 今朝も暑いし、晴れている。これはもう梅雨は明けている。
 昼間は暑くてバテバテ状態。これがいつもの夏だろう。暑くて何ともならない季節だ。扇風機をずっと回し続けていると、ずっと風を受けているようなものなので、これはよくない。幸い寝るときは回さなくても何とかなる。先日から窓とカーテンを大きい目に開けているためだ。風が入ってくる。昼間それができないのは、窓は開けていてもカーテンを閉めているためだ。閉めないと日差しがきつい。開けると風は来るが、熱気だ。南に面しているため、余計に暑く感じる。だから、カーテンを閉めている方がまし。その代わり風が少ないので、扇風機となる。
 扇風機は少し離した位置に置き、真正面を向けないで首振りさせる。たまに風が来ればいいのだ。
 そういうとき、冷菓を食べると、一瞬涼しくなる。食べているときだけだが、一瞬でも暑さから解放される。しかし、冷たいものばかりを食べていると、腹を壊す。暑いと思っていても、冷えることがある。扇風機がいらないときでも回していることがあるためだろう。昼間はずっと暑いが、夕方や夜になると、それほど気温は上がっていない。しかし、扇風機を回すのが癖になっている。昔はうちわで扇いでいたように思う。その体力で暑かったりするが。
 この夏の暑さ、一瞬の夏で、あっという間に過ぎてしまう。今は盛りに向かっている最中で、夏のいい時期だ。登り切り、下りになると、勢いが減りだし、寂しくなる。この夏の最高気温が出る頃が、一年の峠のように思ってしまう。今年の最高峰を超えるわけだ。一年の折り返し点ではないが、体感温度的には、一番分かりやすい。そう思ってしまうと、一年の後半が非常に短くなるが。
 コンビニに行くと、麦茶とかのお茶が大きな紙パックで売られている。コーヒーや紅茶と同じように。いつもは雪印の安いコーヒー牛乳を買っているが、普通の麦茶も売られているので、驚く。ペットボトルに入った1リットル入りのはよく見かけるが。
 麦茶など、水出しのパックものを買えば、それですむ話で、別に湯を沸かさなくてもいいので、暑苦しくないのだが。
 昔は麦茶売りが来ていた。麦茶にはったい粉といいながら、このはったい粉はおやつだ。麦茶ではなく、このはったい粉を楽しみにしていた。新聞紙を皿代わりにして、はったい粉の中に砂糖を混ぜる。しかし、はったい粉は非常に軽い。本当に粉だ。そして粉なので、むせやすい。ゴホンとやると、粉が飛ぶ。口から粉が飛ぶのではなく、新聞紙に乗せていたはったい粉が飛ぶ。
 はったい粉の食べ方は畳の上で寝転がって、畳をテーブルと見なして、這いつくばって食べる。そして、口だけで食べる。手は使えない。皿ではなく、新聞紙なので。まあ、きなこのようなものだが、粉だけなので、飛びやすい。
 当然はったい粉の団子を作れる。水分を加えれば、粘度のようになるので、それを丸めて食べればいいが、やはり粉だけの方が美味しい。子供が何人かで食べていると、砂かけ婆状態になる。必ず誰かが吹いて、粉を飛ばすのだ。また畳の上に敷いた新聞紙の上にのせているので、むせたりすると、畳に飛ぶ。すると、蟻が来る。庭があり、縁があり、外とはいけいけなので、蟻はよく入ってきていた。ただし、餌らしきものがなければ来なかった。蟻ははったい粉が好物なのか、はったい粉の中に入れる砂糖に敏感なのか、どちらかだ。
 麦茶にはったい粉売りのおばさんは貧しそうな人で、これを売らないと食べていけないと言うことを伝えながら売る押し売りのようなものだったが。しかし、そんなに高いものではない。子供は麦茶よりもはったい粉が欲しいので、ねだって、家に入れてしまうのだ。
 また、暑いので、通風で、玄関などは開けっ放しなので、人が入って来やすかった。
 今年もそういう夏がやってくるのだが、当然麦茶にはったい粉のおばさんはもう来ない。
 
 
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2017年07月15日

■■ 2017年07月15日 土曜 8時21分
 
 今朝は朝から暑い。晴れて日差しがあるためだろう。寝起き行く喫茶店までの道中も、暑くて何ともならない。日陰が必要だ。この暑さは去年の夏とは違うほど暑い。朝はそれほど暑くなかったのだ。
 だから、朝から暑いとなる。朝はそれなりに涼しく、過ごしやすかったのだが、今年はそうはいかないようだ。空梅雨と関係しているのかもしれない。
 朝から暑いので、喫茶店の冷房も気にならなくなった。冷房の温度は同じでも、外気との関係だろう。この外気とはすきま風とかではなく、空気だ。空気は外から来る。密室にして、完全に密封すれば窒息だろう。だから空気を入れる。それが外気だ。外の空気。この質が違うのだろうか。空気の質と言えば、水分の含有率程度しか分からない。所謂湿気。梅雨時冷房が寒く感じるのは、水分が多いためかもしれない。
 昼間も暑くて何ともならないが、エネルギーを吸収するようで、これが陽の気だ。元気が入ってくるような。充電されるような感じになる。夏場は血管が太くなる。それと関係しているのかもしれない。暖められると言うよりも暑いのだが。
 それで、冬よりも夏の方が元気で過ごせる。しかし疲労度は冬の比ではない。元気だが夏の方が疲れる。体力を消耗するので、身体が身構えるため、元気になるのかもしれない。
 夏は疲れやすいので、鞄を軽くする。冬場なら体力を使うほど暖かくなるので、ちょうどいいが、夏はそうはいかない。鞄が重い分、体力を使うのだろう。それで余計に暑苦しくなる。
 夏場、日に焼けると、冬場、風邪を引かないというが、いつ頃言い出したのだろう。平安時代などの古典に出てくれば、分かりやすいが、あまり聞かないが、昔の歌を知っているわけではない。ただ、そういった昔の歌人のフレーズは、たとえ話とか、言い方などで、使われるものだ。そちらは耳にする機会が多少ある。それがことわざとならなくても。
 夏場元気で、外で真っ黒になるほど遊び倒すと、夏の終わり頃、夏ばてが来る。秋になる手前に夏の疲れがどっと出たりしそうだ。
 しかし、元気な子は炎天下でも外で遊んでいる。そして冬場風邪を引かないのではなく、暑いときでも元気な子供なので、風邪も引かないのだろう。元々抵抗力が強いのだろう。だから暑さにも平気だったりする。弱い子は夏場日焼けして、冬場風邪を引かないようにしようとしても、暑気あたりしたり、夏風邪を引いてしまいそうだ。
 昨夜は暑いので、窓を大きく開ける。カーテンも開ける。そのおかげで扇風機はいらなかった。扇風機は寝る前にはいるが、途中ですぐに寒くなってきて止める。だから寝ているときは必要ないのだが、寝る前が暑苦しい。
 昨日は粉ふきいもを作る。ジャガイモを皮のまま少し切って湯がいたあと、網に移し、湯切りし、少し冷めた頃に皮を剥いて、塩を振りかけ、鍋ごと振る。これで粉が吹くかどうかは分からないが、多少はつぶれる。塩を振らないで、そのまま潰せばポテトサラダになる。そのときは塩ではなく、マヨネーズだろう。ポテトサラダはタマネギや卵なども必要。面倒なので、ジャガイモだけの粉ふきいもにする。マヨネーズで和えると腐りやすい。この粉ふきいもを皿に移し、一品とする。全部食べら切れないので、何度か使える。中ぐらいのジャガイモ二つ分ぐらい。大きいのなら一つでいい。ある程度切ってから入れる。
 この粉ふきいも、小学校六年の時に家庭科の授業で作った。それと目玉焼きとご飯も。家庭科の先生ではなく、いつもの担任の男の先生。慣れていない。家庭科の授業で最初に作ったのが、それだ。それは一回だけ。これをよく覚えている。白いエプロンとか前掛けや、ふけが落ちないように帽子、などはなし。普段着で作っていた。みんな手を洗ってから作ったのかどうかは分からない。そんな指導はなかった。
 夏は暑いので食べる気がしないときがあるが、腹は減っている。少し工夫すれば、食べやすくなる。酢の物にするとか、あっさりとしたものを作るとかだ。単品もの、小皿ものが好ましかったりする。
 

posted by 川崎ゆきお at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする