2019年06月09日

かなりいいFZ300

■■ 2019年6月9日 日曜日 午前8時49分
 
 今朝は晴れている。ということは予報通り回復したので、梅雨明けをしなかった理由が証明された。少し回復が遅かったが。これで、晴れたので、やはり梅雨入り宣言をした翌日から晴れが続くという例年のパターンを回避できた。これがあるので、入梅宣言に慎重になったようだ。
 同じように梅雨明け宣言をした翌日から雨が降り続き、夏の深くまで続いたということもあったような気がする。
 今朝は晴れているが暑くはない。そのため上にぱらっとした綿系の薄いパーカーを羽織っている。一応日除け用だが、本当に日除けが欲しいほどの陽射しの日は着てられないが。だから防寒用として着ている。朝は気温は低い目だが、晴れて陽射しもある関係上、昼頃から高くなるのではないかと思われる。
 まあ、晴れると自転車も楽。傘を差したり前籠にカバーを掛ける手間が省ける。カバーは相変わらずゴミ袋だが。
 しかし、梅雨入りは時間の問題で、この晴れが最後だろう。次に雨が降るか曇りだし、下り出すと梅雨。しかし、それがあまりにも遅いと、もうその時期では梅雨入り宣言はなかったりする。
 あまり遅れると言いにくかったりするのかもしれない。
 
 先日買ったパナソニックのネオ一眼FZ300が意外といい。想像していた通りというわけではないが、期待以上だ。期待するだけのスペックがないので心配していたのだが、満足のいく写りだし操作系だった。まあ、実際に使ってみないと分からないので、長い間買えずにいた。これは初代が出たとき、欲しかったのだが、レンズが明るい以外は控え目なスペック。600ミリまでの望遠ならポケットに入る旅カメラがあれば、それを超える。だからなかなか買えないカメラだった。
 このカメラ、まだ現役機。数年経つが、まだ売られている。先日買ったのはアマゾンだが、プログラムの更新バージョンを見ると2を超えている。普通なら1.01とかが多い。2というのは、小さな修正ではなく、スペックが上がるほど大きい。
 だからアマゾンで買ったのは製造の後半に出た最近のものだろうか。
 コンパクト系だが、ネオ一眼の中では高級タイプになる。出た当時の値段が。
 パナソニック普及機は20ミリから1200ミリまであるので、こちらの方がスペック的には上だが、写りはやはり600ミリまでのこのカメラの方が良い。条件がよければ同じような絵だが、条件が悪いところでの写りがFZ300の方が良い。だから日常写している天気や時間帯を通して、安定した写りで、そこで差が出るのだろう。1200ミリを我慢して600ミリを使っているのは。
 600ミリとなっているが、700ミリ少しある。そしてフルオートで勝手に入ってしまうデジタルズーム領域でも遜色はないので1200ミリ超えでも平気で使えることが分かった。ただ、遠方のゴチャゴチャしたものはしんどいが、これはどのネオ一眼でも同じだ。ただ600ミリで止めると、すんなりと写っている。
 少し条件が悪くても、すんなりと写るのはレンズが明るいためだろう。特に望遠端でのF2.8が効いている。これで感度が上がりにくいし、シャッターも早い目になり、ブレにくくなるし、それとレンズが明るいとピントがいいのだろうか。
 一眼レフならレンズが明るいとピントの山が掴みやすい。明るいほど深度が浅いので。ただ、広角ではよく見えないが。かなり回してもまだ合っていたりする。
 レンズ一体型の独自のカメラなので、マニュアルフォーカスも独自。レンズ鏡胴部にコブのような突起があり、丸い。これがレバーで非常に柔らかい。これがフォーカスリングになる。軟らかく早いので、山を掴みやすい。つまり行ったり戻ったりで詰めやすい。さらにピーピングというのか、忘れたが、ピントが合ったところの輪郭などに色の線が出る。AFで写せば、そこでピントが来るのだろう。
 まあ、マニュアルフォーカスはAFでどうしても合わないときに使う程度。切り替えは背面のレバーで行う。レンズ鏡胴側ではなく。これはパナソニックのミラーレスと共通。
 これはメインカメラとして本当に使えそうだ。一眼レフもあるし、1インチタイプのネオ一眼も持っているが、このコンパクト系の受光素子のカメラがメインとはおかしな話になるが、小さいからこそ明るいレンズになる。この駆け引きだ。
 
 
  
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2019年06月08日

ニコンとシグマの写りが写真ぽい

■■ 2019年6月8日 土曜日 午前9時42分
 
 今朝は雨はやんでいるが、曇っている。これは回復しないと、そのまま梅雨に入ってしまう。梅雨入り宣言できないのは回復するため。だから晴れるため。晴れるのが分かっているのに、梅雨入り宣言などできない。が、晴れないで、曇っており、どう見ても梅雨空。昨日の続きで空が暗い。この状態が回復したとしても、それはただの梅雨の晴れ間といっても差し支えない。
 去年もそんな状態だったように思う。北海道以外梅雨に入りなのに九州北部と畿内だけまだ。中国、四国、東海、北陸、そのあたりは梅雨なのだ。これは列島が長細いので、風の通り道の隙間がそこにあるのかもしれない。
 畿内は梅雨入りが遅い。これは例年かもしれない。去年もそれを言っていたはずなので。そしていつも梅雨入り宣言が曖昧で、結局できないのが畿内。梅雨が明けた頃、あれは梅雨だったというのだろうか。
 しかし、梅雨入り宣言がなければ梅雨ではないというわけではない。だから梅雨はなかったといいきるのは無理がある。
 ただ、そんな梅雨入り宣言など聞かなくても梅雨は来る。まったく梅雨らしくない年もあるが、それは空梅雨。それでも梅雨なのだ。
 雨が降り続く日、これは雨季だろう。季節単位の長さよりは短いが、季節の旬は一ヶ月ほどだろう。
 昨日は一日雨だったのだが、降っていない時間帯もあり、傘がいらないときもあったが、すぐにまた降り出したので、やはり傘は必要。
 そして気温は低い目で、しかも寒暖差がない。一日同じような気温。これが意外と過ごしやすいのではないかと思える。
 梅雨は梅雨で、その雨季を楽しめばいい。雨との鬼ごっこのようなもの。そしてこの梅雨があるので、夏が生きる。まあ、雨とか暑さなどはあまり良い物ではなく、楽しいものではないが。悪いことばかりではない。
 
 昨日は雨だが、ニコンの一眼にタムロンレンズを付けたものを鞄に入れた。あまり冴えない天気なので、写りは今一つだが、この組み合わせで写すと、少し今までの写真とは違うことを発見していた。まあ、似たような組み合わせや、似たようなカメラでも、そういう写りになっていたのかもしれないが。
 タムロンのレンズは高倍率標準ズームで28から400前後まであるはず。望遠がニコンのキットレンズよりも若干短いが、これを長くすると、ぐっと重くなる。そして高い。だからこのレンズが安くて軽くて小さい。まあ、広角から入っているので、ニコンの望遠ズームよりも重いが、短い。そして最短撮影距離は望遠ズームよりも短い。広角で寄ることを考えれば、長いが。
 このレンズの写りが気に入っているというより、気になる写り。それは解像力とか、鮮明さではなく、タッチだ。これは何処まで本体のニコンの味付けなのかどうかは分からないが、シグマやニコン純正をつけると、そうならないので、やはりタムロンに限っての話になるのだろう。
 写りがしっとりとしており、フィルムカメラで写したような絵になる。絵がバタバタしない。まあ、暗い目に写せばそんな感じになるのだが、地味だが雰囲気がある。
 このしっとり感は曇っている日に写すと、そんな感じになるのだが、それを狙い、冴えない天気のときに、持ち出した。
 やはり一眼レフは動作が早い。カラスがいたのだが、手動ズームなので、電源レバーを引いたとき、既に望遠端まで回していた。望遠は足りないほど。これはネオ一眼で1000ミリ超えを使っているためだろう。
 光学ファインダーの追従性、高倍率ズームのときにも効果的だ。ピントが合っていないだけで、ファイダーがむずむずギクシャクしない。急いで書き出す必要がないからだ。
 だからこのタイプのカメラで写すときが、一番早く写せる。たとえばオリンパスのミラーレスでは、急激に手動でズームすると、もたもたしたり、波打ったりする。ここは光学ファインダーの方がよい。
 さて、それでタムロンの写りだが、かなり奥ゆかしい。これはタッチだろう。全体に暗いのだが、それでガサガサした感じが鎮まる。そして、コクがある。だが、よく見ないと分からないが、それらが全体的な雰囲気で、醸し出されるのだろう。このあたり絵にも言えない絵。では言っているではないかということだが、何処がどういいのかの原因が分かりにくい。このあたりが謎めいていていい。
 このレンズ1万円台だったと思う。ニコンに付けるレンズを物色していたとき、シグマとタムロンの似たタイプを同時に買い、サンダ対ガイラの戦いになったが、タムロンが勝った。やはり、あの妙な写り、あの味わいが効いていたのかもしれない。そのときは気付いていなかったのだが。シグマはピントを外すことが多いし、手ぶれ補正もタムロンの方がよかったので、タムロンを使うことに決めたのだが、実は写りが少し違っていたのだろう。シグマは普通に写っていた。
 だから、この組み合わせ、興味深いので、たまに持ち出して、写している。
 
 
 
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2019年06月07日

寒暖差

■■ 2019年6月7日 金曜日 午前8時40分
 
 今朝は雨。天気予報では大雨になるところもあるとか。梅雨のしとしと雨とは少し違う。だから梅雨とは関係ないのだろう。西も東もそうなので。北も南もそうなのだろう。列島は斜めなので、どちらでもいけるが。北過ぎると東西とは言いにくく、南過ぎても東西とは言いにくくなる。まあ、大きく見ると南北に位置するところにも、その中にも東西があるが。
 昨日は暑かったのだが、気温はぐっと下がり、暑さは引いた。流石雨の力。水冷だ。しかし、雨で涼しくなったのではなく、気温も下がっていたのだろう。
 それで部屋を夏仕様に変えていたのだが、今朝は夏の暑さがないので、窓なども閉めないといけない。
 今日は六月の七日。そろそろ中旬、半ばに差し掛かる。六月のど真ん中、梅雨でもおかしくはないが、大阪方面はまだ梅雨宣言はない。これは昨日のような暑さがあるよりも雨で涼しい方が良いので、早く梅雨が来た方がいい。しかし梅雨の晴れ間というのは恐ろしいほど暑い日がある。ずっと涼しい雨続きの中で晴れるので、久しぶりの陽射しなので、余計暑く感じるのかもしれないが。
 今朝は陽射しどころか薄暗い。まだ夜明け前ではないかと思うほど。雨は強い目で風もある。まあ、荒れているということ。
 しかし、今朝は早い目に起きてきた。雨と関係するのかどうかは分からない。昨日はアツケにやれたのか、早い目に寝たためだろうか。少し早いだけだが、その前に夕食後夕寝をしているので、寝が足りていたのだろう。
 暑いときは睡眠不足にならないように、よく寝ることかもしれない。
 昨日の暑さと今朝の涼しさ。温度差がかなりある。こういうとき、体調を壊しやすい。そして湿気。低気圧。だから六月はあまり過ごしやすくはない。
 日が一番長い日が近付いている。ここが一年の折り返し点かもしれない。夏至だ。
 今朝は雨だし肌寒いので、ペラッとした化繊のパーカーを羽織っているが、防水性はない。しかし風除けにはなる。こういうのはもういらないと思っていたのだが、梅雨時は出番が多いかもしれない。流石に本格的なレインコートは大袈裟だ。だが合羽の上ならいい。雨の日は真夏でも着ている人が多い。自転車の場合、傘より安全なので。
 だからレインコートではなく、合羽の上がいいのだろう。しかし雨が降っている日に限るが。まあ、晴れているとき着ると蒸れて何ともならないだろう。外から濡れるのではなく、内から汗で濡れそうだ。
 今朝は雨なので、お供のカメラはパナソニックの水中カメラ。傘を差していると、防水性などなくても大丈夫なのだが、手かざしで写すとき、傘から出てしまう。このとき生きるのだろう。特に広角で写すとき、前籠が入るので、それが入らないように手を伸ばしたとき、傘から外れる。その程度なら普通のカメラでも大丈夫だ。
 このパナのシリーズカメラ、かなり以前のを持っているが、もの凄く小さい。そこから比べると、大きく重くなってしまったが、写りは以前とは違い、逆光とかに強くなっている。以前は逆光で写すとシャがかかったようにぼんやりしていた。まあ、それなりに雰囲気が出たが。
 また雨の日に写しても同じようにぼんやりしており、綺麗に写るのは晴れた日だけ。ところが時代が立つと見違えるようになり、条件が悪くてもよく写っている。ただ、写りが悪かった頃の方が味が出ていた。味とは欠点だったのかと思うほど。
 雨の日は路面が光るので、風景が違って見える。反射し、鏡のようになったりする。何か複雑な絵になり、路面だけでも絵になったりする。
 
 
 
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2019年06月06日

餃子の夏

■■ 2019年6月6日 木曜日 午前9時22分
 
 今朝は晴れていて暑い。そのためペラッとしたものを羽織っていたのだが、今朝は羽織りかけたとき、暑いと感じ、やめた。これはもう夏だ。
 昼間は羽織らなくてもよかったが、夕方もよくなり、今日は朝もよくなった。朝夕の気温が底上げされたためだろう。
 そういうのを羽織るのは暑苦しくなっていたのだが、喫茶店などでの冷房対策。しかし、羽織っていても、あまり効果がなかったりする。寒いことは寒い。すると外での暑苦しさ分損。損得があっても儲かったりしないが。
 いよいよ暑さが目立つ頃になっている。梅雨より先に暑さが来ている。これは毎年そうなのかもしれない。六月はもう立派に夏。暑くて当然。文句は言えない。春に夏の暑さなら、文句は言えるが、空にに文句を言っても通じない。
 この暑さの勢いも、いずれ収まる。季節は移り変わる。だからずっと暑いわけではないので、何とかなるのだろう。よく考えると四季があるというのはもの凄く不安定な天地の中にいることになる。しかし、それは年間で見た場合で、今日は夏で明日冬というわけではない。似たような気温が続くだろう。その幅が少しあるので、暑い日が続き、寒い日が続く。だからしばらくは安定している。同じような気候の日々として。
 まあ、昨日と今日とでも違いがあり、寒暖差で行ったり戻ったりしている。その季節の先と後ろとを先走ったり、戻りすぎたりとか。
 これは体調や気分にも言えることで、調子の良いときもあれば悪いときもある。こういうのも安定していない。まあある範囲内だと、調整できる。
 昨日は餃子が安くなる日だと思っていたが、違っていた。まあ。僅かな割引なのだが。
 夕食のおかずに困ったので、餃子にした。しかし、持ち帰りだけで、店内の椅子は上がっていた。夕方だ。こういうのは始めてみる。
 それと野菜の煮物が残っているので、一緒に食べる。餃子の中にも野菜は入っているはずだが、僅かだろう。たまにキャベツか玉葱の固い塊が入っていることがある。肉も入っているのだが、ほとんど分からない。目立つのは餃子の皮ばかり。この皮の焦げを味わうようなもの。皮が美味しかったりする。
 ご飯も切れているのが分かったので、戻ってからすぐに炊く。朝に炊くことが多いのだが、珍しく夜に炊く。すると朝、炊かなくてもいい。三食分ほどあるのだが、朝昼晩と米の飯を食べているわけではない。パンとか別のものを食べていることもあり、三食ともご飯ではない。まあ、ご飯が一番安定している。だから主食。
 先日買った鞄も何とかなっている。こういうのは二三日使うと分かる。リュックは二日目に失敗だったと気付いたのだが、今回はまだ大丈夫だ。いつも使っていた鞄が古くなり、そろそろ交代の時期だったのだが、同じ鞄がない。また同じタイプもない。トート系だが。
 今回は少し大きい目なので、出し入れがしやすい。トートなので四角いバケツ型。だから入口の方が大きい。底よりも。これで使いやすいのだろう。だから四角な箱ではない。買い物籠にこのタイプが多い。昔は市場籠と言っていた。もうそんなものは売られていないだろう。竹で編んだような手提げだ。市場や行くとき、そういうのを持っている人が多かった。
 こういうのも徐々に変わっていったのだろう。
 
 
 
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2019年06月05日

都はるみ「浪花恋しぐれ」

■■ 2019年6月5日 水曜日 午前9時35分
 
 今朝も曇っているが、昨日は晴れていたかもしれない。暑かったように思う。数日後の天気予報を見ていると、曇りと雨が多く、たまに晴れる程度。そのペースでそのまま梅雨入りだろうか。これが数日先まで晴れの割合が多いと、梅雨はまだまだ、という感じに見られるが。実際に見たわけではない。梅雨入りどころか、数日後の天気さえ実際には違っていたりするのだが、おおよそは合っていたりする。つまり傾向とかが分かる。割合とか。
 今朝は曇っているが涼しい。暑くない。寒くもないが。だから丁度良い時期。昨日は結構暑かったようで、やはり30度ほどになっていたように記憶しているが夜になると、少し気温が落ち、ここから暑いのか寒いのかが分かりにくくなった。寒いような気がするが暑いとか。気象庁の一時間置きの過去記録表を見るとガクンと夜に入ってから落ちている。ガクンだ。だから急に寒くなったことが分かったので、これで安心。こういうのは、自分の体調で、そう感じたりすることもあるので、内からのものか外からのものかが明快になる。実際には内も外もなかったりしそうだが。それは怖い説だ。
 昨日はご飯かおかずが切れたので、弁当にしてもいい日。最近は外食しない。食べるものがないとき、さっと牛丼屋に行けばいいのだが、店屋に入るのが億劫なことがある。
 それでスーパーへ遅い目に行く。すると売り切れていて、焼きそばしかない。当然半額。しかし、ここの焼きそばは量が少ない。だが美味しい。麺がネチッとしており、肉や野菜も多い目に入っている。コンビニの焼きそばよりも上等だ。しかも半額。まあ、量が少ないので、最初から安いのだが、この店で作っている。たまに作った人がシールを貼りに来る。値段引きの数字シールと半額シールがある。
 しかし、それだけでは腹が減ると思い、もう一つ物色する。パンは既に買ってある。それに焼きそばとパンでは何ともならない。おにぎりがあるので、それを買おうとしたが、ご飯がまだ残っているのを思い出した。おかずがなかったのだ。それを忘れていた。それでオムスビなど買う必要はない。ご飯があるのだから。しかし、ご飯はそのまま残して朝に回した方が良い。朝、炊かなくてもいいからだ。それと昨日は弁当が食べたかった。お膳がいらない。
 それで、惣菜コーナーをウロウロしていると、おはぎがあった。これも値が下がっているが、半額ではない。二つ入ったパック。これもご飯だが、餅だ。
 結局焼きそばだけでも満足できたようで、おはぎはいらなかったのだが、固くなるので、そのあと二つ食べた。これが効いた。餅とあんこ。だからおはぎ。ぼた餅だ。そういうものであることは最初から分かっているのだが、二つは効いた。爆弾だ。手榴弾で自爆したようなもの。
 
都はるみ「浪花恋しぐれ」
 藤田まことと歌っている動画は二本ある。別の動画だ。また同じ内容の動画でも、新たにアップし直したものもあるようだ。
 今回はNHKの歌番組で、いつものように多くの歌手が出ているが、その最後にミニコンサートのような感じで、都はるみと藤田まことのショーのようなものになっている。
「浪花恋しぐれ」は最後の最後に歌う。藤田まことが客席に向かい、セリフ付きの歌と言っただけで、もう分かるのだろう。
 セリフと言えば藤田まことは役者。ご存じ必殺仕掛け人中村主水であり、京都府警の音川、はぐれ刑事でもある。セリフが下手なはずがない。
 この歌は紅白でも歌っている。ちょうどヒットしていた頃だろうか。これが引退前の年の曲だった。作曲家と二人で歌う。かなり癖のある顔と声。いきなり紅白で見た人は、あの人、だれっと思うだろう。見たいのは都はるみ、聞きたいのは誰もが都はるみの歌なのだが、既に知っている人は、普通に見ていたかもしれないが。
 つまり、都はるみが半分しか歌っていないではないか。と少し残念だったのを覚えている。作曲家は棒立ちで無表情で、声だけ出しているような歌い方。あまり目立たないようにしていたのだろうが、最後はいい顔になる。
 破天荒な落語家、桂春団治と女房のお浜との歌だ。
 作曲家は棒立ちで固まった状態で歌っているので、すぐそれはものまねされた。そして二人とも、その役になりきって歌っていたが、年をとるに従い、この二人も徐々にくだけてきて、ニヤニヤしながら歌っていたりする。「なんやそのしんけ臭い顔は」のとき、笑っているのだ。
 この浪花恋しぐれ、森昌子と五木ひろしの組み合わせもあり、森昌子は大阪弁が厳しいようだ。しかし、初々しくて良かった。セリフを言うだけで大変だろう。忘れてしまいそうで。
 さて、それを藤田まことがやる。流石に大阪弁での語りは上手い。関西弁の特訓をしなくても、素でいける。歌もセリフも芝居の中の人物のようで、見事。このとき藤田まことは既に70をとっくに越えている。都はるみも結構な年になっていたが、まだふくよかで元気そう。藤田まことは既に故人だが。
 このショーの始め、二人の共演は初めてだと言っているが、歌での共演だろう。大昔、藤田まことが「てなもんや三度笠」をやっていた頃、都はるみはゲストで出ている。そこで歌も歌っている。てんぷくトリオなども出ていた時代だ。しかし藤田まこととの絡みはあまりなかった。まあ本格的にステージで二人でやるのは始めただったのだろう。
 そのあと大阪の歌の話になり、都はるみがキタの新地を舞台にした「大阪しぐれ」や、大阪ミナミの道頓堀川を歌うのだが、キタの新地、つまり北新地について都はるみが藤田まことに聞く。藤田まことが詳しそうだから。
 しかし、詳しいどころか、藤山寛美ミナミの帝王なら藤田まことはキタの帝王。同じ時期キタとミナミで遊んでいたのだ。
 だから大阪の人なので、地元に詳しいどころではない。
 何処か藤田まことには芸人の雰囲気がする。そしてこの人は本物だろう。そういう人がさらに先輩の桂春団治になって歌うのだから、これは極めつけだろう。そしてこの人は本当は闇で仕掛け人、仕置き人をやっているのだから、凄みがある。
 そしてやはり藤田まことが上手すぎる。歌はフランク永井と関係し、本格派だ。シャンソン系だろうか。
 これで、都はるみが霞むほどだが、今まで以上に熱の籠もった歌い方で楽しそうに受けて立っていた。どんな凄い人と一緒でもひるむような人ではないことは既に分かっている。ただしステージ上だけかもしれない。ステージに立てば強い人。
「浪花恋しぐれ」。これは時代が歌謡曲からニューミュージックになり、演歌など少なくなっていた時代。そこに思いっきり臭いのをかました。王将一代小春しぐれも泥臭いが、こちらも演歌を嫌がる人なら聞きたくないほど、ど真ん中に入っている。
 だが、これがヒットしたのは、都はるみが、その作曲家を見出したからだ。女の道のピンカラ兄弟のような声で、かなりエグい声。何処かでピアノの弾き語りで歌っていたのを見て、この声と自分の声とを絡ませたいと思ったのだろうか。まだ引退前。既にプロデューサーのようなことをしている。
 そしてこれがヒットした。紅白でも、昔の歌ではなく、これで出ている。まだまだ勢い真っ盛りという感じなのは、カラオケブームと重なっていたためかもしれない。歌っていて、楽しいのだろう。これは昔の男性像、昔の女性像だが。もう誰も現役で見たことのない桂春団治なので、時代劇として聞いていけるはず。そして男も女も、こういった時代の臭いセリフを言うのが楽しかったのかもしれない。
 歌謡曲、演歌が萎みかけたとき、紅白で、この歌の前奏が聞こえだしただけで、じんわりとくるものがあった。
 ちなみにこの浪花恋しぐれ、都はるみ一人で歌っているのを聞く方が個人的には好きだ。男の分もセリフも全部一人でやっている。
 特に40過ぎでの復帰コンサートでは都はるみのセリフに対して、客席から合いの手が入り、非常に盛り上がった。
 
 
 
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2019年06月04日

背負えるトートバッグ

■■ 2019年6月4日 火曜日 午前9時33分
 
 今朝は曇っている。昨日は晴れていたのだが、やはりこの時期晴れは続かないのだろう。しかし、たまに陽射しがあるように見えるので薄曇りだろうか。雲が薄いのだろう。
 昨日は暑さも戻り、30度を超えていた。これはずっとではなく、瞬間。しかしそれに近い気温が昼間は出ていたので、当然暑い。この時期、気温差などで体調を崩しやすい。暑いのか寒いのか分からなくなるわけではないが、寒いというのが徐々に減るだろう。暑いか普通か程度に。冬場よりも気温差が大きい。冬は一日中寒いだけという感じなので、意外と過ごしやすいのではないかと思える。ポイントは寒いだけ。これさえ何とかすれば、何とかなる。
 今朝はもの凄く早く目が覚めた。そしてそれが起きる時間だと思い、起きかけたのだが、時計を見ると、もの凄く早い。まだ朝の喫茶店など閉まっている時間だ。しかしもう起きてもいい時間だと感じていたようだ。それで早すぎるので、もう一度寝たが、こういうとき、寝られないことがある。これは二度寝と逆だ。
 結局じっとしていると寝てしまい、まずまずの時間に目が覚めた。早くはないが、遅すぎることもない。朝、もの凄く早く起きるのは、体調が悪いときに多い。何か良いことがあり、早く目が覚めてしまったというような遠足の日ではなく。
 そして、今朝は薄曇りで、蒸し暑そうな日。梅雨が近いので、そんなものだが、あまり良い季節ではない。しかし、梅雨が明け天気がよくなっても今度は暑いだけの日が待っている。だが、暑いだけ、と言うのは分かりやすい。
 少し前にリュックを買ったのだが、容量的にも満足していたのだが、扱いにくいし、背中への負担がきついので、すぐに前のトートバッグに戻したのだが、今回、再チャレンジで、トート系をベースにした4ウェイのを買う。これは以前から見ていたのだが、トートバッグなのに背負えるとか、ショルダーにも手提げにも肩掛けにもなるというややこしさで、一寸引いていた。
 しかし、昨日は寄っていき、もう一度確認する。化繊の偽革のシンプルで安いトートがあったのだが、それらは売れていた。単純明快な買い物袋のようなものだがノートパソコンの仕切りがないのが難。カメラとぶつかる。
 それで、その多機能なトートを開けてみると、仕切りがあった。これは前回も見ていたので、忘れていたのだろう。これさえあればあとの問題は少ないと思い、肩掛してみた。短いので、心配していたが、肩に通り、まずまずの長さ。その紐は調整できない。
 そしていつものトートと大きさを比べるため、合わしてみる。ほぼ同じだが、少し大きいかもしれない。生地が違い、自然な綿ではなく、ポリエステルのパサッとしたタイプ。
 この鞄、以前見たとき気に入ったのは内装だ。内側の生地。これまでのトートの内側は二重になっており、二枚重ねのようなもの。だからズボンのポケットのように、袋が入っているようなもの。カメラを出すとき、それに引っかかって底が引き上げたりする。これはズボンのポケットのように袋として独立しているためだろう。だから、これに引っかかってカメラが出にくいことがある。
 それで買おうとしている鞄はメインポケットを開けると真っ赤。ツルッとしている。こちらも表生地と二重になっているがしっかりと固定されており、めくり上がらない。滑りがいい。この赤い大口が気に入っていた。
 それで、買ったのだが、それを袋に入れた状態で、自転車の前籠に入らない。縦型なのだが、カゴの方が小さい。まあ、何も入れていないので、平べったいので、そんなものかもしれないが、斜めもきつそうだった。真っ直ぐ縦に収まってくれないと、カメラが取り出しにくい。この自転車の前籠、結構小さいタイプなので、籠を交換すればいいのだが。
 そして、戻ってから実際に物を入れてみた。ポケットが少ない。まあ、ベースがトートなので、そんなものだが、前ポケットが大きいので助かる。しかし襠がなく薄い。分厚いものは無理だろう。しかし面積が広いので、膨らんでくれそうだ。
 メインポケットは何もない大口で、トートらしいが、一つだけ違うのはしっかりとしたノートパソコン仕切りがあること。その蓋も大きい。紐ではなく、大きな蓋だ。当然マジックテープだが。
 今までのトート違い、メインポケットにはファスナーがある。開け閉めが邪魔臭いが、レールが走っているので、入口がクニャクニャしない。これはいいのだが、逆に曲げて背を低くしにくいだろう。これは前籠の鞄が高いと、自転車の上から写すとき、広角だと鞄が入ってしまうので、カメラを少し持ち上げないといけない。
 さて、リュックだが、背面に紐が二本来ている。裏面の大きなポケットがあり、中央部だけボタンが付いている。この背面の大きなポケットはもの凄く使いやすい空間でいいのだが、その上にリュックの付け根があり、そこから二本の平べったくスポンジ付きのボリュームのある紐が出ているので、雑誌などを入れるとき、その紐を避けながらねじ込むことになる。または紐は取れないが、下側は取れる。だからリュックとして使わない場合は、その紐をそのポケットに入れてしまえる。足を切ったので、まあ、そのままでも邪魔にならないし、背負わなくても、掴める。鞄を移動するときなど、それを持ってもかまわない。
 ビジネスバッグに背負いを加えたタイプではなく、トートに背負いを加えたものなので、リュックサックには見えない。最近四角いリュックを背負っている人をよく見かける。形のあるボックス型だ。
 外付けのポケットは、大きい目のが一つと、あとは非常に小さなポケットが二つある。小さすぎて何も入らない。切符ぐらいだろう。それが二つ重なるようにして上の口と横の口とに振り分けられている。上の口はマジックテープ。横の口はファスナー。いずれも襠はなく、手を突っ込むとファスナーで噛まれそうな。その上にペン刺しがある。普通はポケット内に、そういうのが付いており、その小袋のようなものが逆に引っかかり、物を入れるとき、その口に足を突っ込んだりして下まで落とせなかったりするもの。小口だが、邪魔をする。外に着いている方がペンなどを取り出しやすいだろう。落としても濡れてもいいようなペンになるが。
 それと側面にも網のポケットが二つある。これはリュックなどにあるペットボトル入れだろう。他の物を入れてもいいのだが、雨の日は濡れるだろう。
 さて、その上、このトートバッグ、普通のショルダーベルトも付いているが、流石にそれは外した。まだ試していないが、硬くて痛そうなベルトだ。これは取り外せるので、好きなのをつければいいのだが、縦型の表面積の広いショルダーバッグは今一つ決まらない。これで4ウェイ。最後の手提げだが、これは肩掛と兼用なので、手提げとしては長い。そしてリュックの紐が垂れるので、鞄の大きさと手提げの長さから、地面に当たる。そのリュックのときの紐調整の紐を切ればいい。
 綿のトートのようなしなりや柔らかさはないが、形が崩れにくく、自立したりする。特に硬いものが中に仕込まれていないが、ポリエステルの硬い目の張りのおかげだろう。
 さて、今回はいつもの肩掛けができるので、フィット感は今まで通り、背面のショルダーの紐などのおかげで、身体に当たるところが安定し、ずるっと滑りにくくなった。
 さて、少し使わないと、まだ分からないが、いまのところまずまずだ。
 
 パナソニックネオ一眼の続き。
 FZ300という数年前のカメラだが、まだ現役で売られている。25から600までの大人しいズームだが、全域通しでF2.8の明るさが売り。受光素子は1インチではなく、普通のコンパクト系。それよりも少し大きな1.7系でさえない。如何にこのズームで2.8に纏めるかで、厳しかったのだろう。受光素子が大きいとそれだけレンズも大きくなる。
 しかし、このカメラ、それほど小さくはなく、パナソニックのスタンダードネオ一眼G8にキットレンズを付けた程度の重さはある。大きさも似ている。形も。
 今回はデジタルズームの性能を見た。見たと言うより、600ミリでもいいのだが、その倍まで寄れるので、寄ってみた。
 遠方などはこのタイプのカメラは望遠過ぎて解像力が付いてこないようになり、輪郭がガクガクになり、色の入り方も塗り絵になるが、600ミリあたりまでなら、まだ多少はまし。これは望遠端でゴチャゴチャしている曖昧な遠方を写したときだ。混み合っているような。これは1インチでも厳しかったりするもの。
 しかし中間距離の10メートル以内ならクリアに写る。デジタルズームで倍にしても、分からない。だから一寸したもののアップ抜きには使える。風景写真として遠方を撮る場合は厳しいが。
 600ミリが1200ミリになる。当然その中間も使える。このタイプ、アナログ的ズーム方式と、テレコン方式がある。
 1200ミリまでなら、パナソニックのネオ一眼がある。20から1200ミリのネオ一眼。こちらで写した方が綺麗なはずなのだが、条件が良ければ変わらなかったりする。しかし1200ミリでデジタルズームに入れれば2400ミリになるので、凄いことになるが、望遠になるほどデジタルズームも厳しくなるので、そうはいかない。
 しかし1200ミリまでいけるのが分かったので、これで安心。実際フルオートモードではデジタルズームまでいってしまう。一応劣化はないとされているためだろうか。EXズームと言っている。次がAIズームで、これは劣化を超解像技術で抑えるとなっている。これを入れると4倍になる。さらにそのあとに普通のデジタルズームがある。記録画素数の設定でも変わるが、もの凄い超望遠になる。だからデジタルズームと言っても三種類ある。
 意外と気にしないで使えるのは、受光素子の小さいため、画質を売り物とするカメラではないため。だから多少画質が落ちても、最初から高い画質のカメラではないので、画質を維持しようとする気がそれほどないためだろう。まあ、画質に拘る人は、こんなネオ一眼など買わないし、使わないだろう。
 しかし、デジタルズームで目一杯で写したカエルが結構よく写っている。質感などもしっかりと出ているし、瞳の輝きなどは問題なし。晴れていて明るいためだろう。光線状態、光がたっぷりあると、このあたりのコンパクト系は生きる。
 このFZ300は普通に写しても、このクラスでは安定感抜群で、絵の崩れも少ない。基本がいい。
 ピントは自動認識というより、広範囲AFだが、スポットにしなくても、思っている物に当たる率が高い。違うところに合った場合は、少しカメラを振ればいい。だから手前の木の枝などがあっても、無視してその奥の被写体に上手くヒットすることもある。近くよりも、明快なものに合わそうとする傾向があるのだろう。
 近くの枝を写したい場合は、そのままでいい。しかし、あまり細い枝で背景の方が明快な場合、これはどのカメラでも辛いが、構図を少し変えてやれば、手前の細い枝などにも合う場合がある。
 ピントに関しては扱いやすい。この全画面の何処かに合うという自動選択も、中央部周辺のエリアとか、横一直線とか、色々とカスタマイズできるようだ。まあ、タッチAFで、指で押さえれば、ピンポイントで合う。ファインダーを覗きながらでも液晶のタッチは生きているので、タッチパッド的にも使える。戻すのも簡単だ。分からなければ、電源を入れ直せば元の設定に戻るし。
 要するに、ユーザーインターフェースがいいカメラ。普通に写す限り、ほぼ妥当なところでピントが来ている。また同じ距離にあるものにもAFの小箱が出るので、分かりやすい。
 プログラムモードにして、AF設定をいろいろと変えなくてもいい。変えるのは自動で合わないときだろう。思っているものに。だから、そちらはフォロー用。本来はこのカメラ、フルオートで撮るようにできているように思われる。ここはコンパクトカメラの流儀だ。
 もう十年以上使い込んだカメラのように、すんなりと写せる。だからこの道具性が素晴らしい。
 要するにどのカメラを使う倍も、ほとんどカメラは弄らないで、オートで写すためだろう。
 
 
 
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2019年06月03日

梅雨入り前

■■ 2019年6月3日 月曜日 午前9時50分
 
 今朝は久しぶりに晴れているような気がする。気のせいではなく、実際に空は青いし、雲も少ないので、間違いなく具体的に晴れているが。
 しかし、曖昧なのは、天気は変わりやすい。梅雨前の晴れ。これは信用できない。この時期は曇っていたり雨が降っている方が信用できる。
 どうせ梅雨になり天気が悪い日が続くのだと思うと、晴れていても、冷やかしのようなもの。
 しかし、まだ梅雨入り宣言はないし、雨が続くような日もない。曇り空が多い程度なら、梅雨とは関係ない。どの季節でもあること。
 梅雨前の暑さがまた戻ってくる方が厳しい。真夏のような日が先日続いたが、最近は涼しい。寒いほどの日もある。雨の降っている日だ。
 今朝は陽射しもあり、それなりに気温は上がりそうだ。昼過ぎまで、この天気が持てばの話だが。
 それで、化繊の密度の高いパーカーを羽織っていると、流石に暑く感じることがある。まだ朝なのでいいが、昼になると、着てられなくなるはず。それでもこういう日は喫茶店の冷房もきついので、それでちょうど。道中、多少暑いが我慢できる程度。日陰に入るとひんやりするので、夏そのものではまだない。
 久しぶりにすっきりと晴れているので、自転車散歩にはもってこいの日だが、気温が高いと、散歩に出て少し走っただけで戻ることが多い。長距離は無理。これは覚悟がいる。その気で出ないと、暑さに負ける。冬もそうで、気楽に出られない。寒さの覚悟がいる。
 その覚悟をつけるには決心がいる。これが面倒。決心などしないでできることがいい。それにただの散歩なのだから。
 梅雨はまだだが、じわじわと夏が近付いて来ている。既に暦の上では夏だが、これから徐々に暑くなっていることは確か。これから寒くなっていくよりも暑くなっていく方が盛り上がる。熱も上がる。勢いがいい。陽射しの勢いもいい。
 何もイベントはなくても、こういう季節の移り変わりがある。変化といえば変化。それが徐々に来るので、いきなりではないので、何とかついて行けるのだろう。普段見ているものが徐々に変わっていく。そのものが変わるのではなく、光線状態などの演出が変わる。また眩しくて風景など見てられなかったりする。
 今朝は早い目に目が覚めたのだが、これは少し早いと思い、二度寝すると、少し遅い目に起きてしまったが、まだ早い方だろう。もっと遅く起きてくることも多いので、まずまずの時間。
 今日は月曜日、これは区切りがいい。ここから一週間分がある。時の流れは月曜とか火曜とか、そういうので区切られている。日にちではなく、日にちに名前が付いているのだが、同じ名だ。まあ日にちも同じ名の繰り返しだが、組み合わせが違う。年などが入るためだ。
 数字よりも、木とか金とかのほうが分かりやすい。数字のイメージよりも具体性があるためだろう。水曜なら、水のイメージがある。数字にはそういう色味が少ない。
 
 
 
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2019年06月02日

パナソニックネオ一眼FZ300の撮影の続き

■■ 2019年6月2日 日曜日 午前9時14分
 
 今朝は曇っている。もう梅雨のような空だ。これは六月の初めにふさわしいかもしれない。このまま曇りの日が続き、雨も降り、そのまま梅雨に入ってしまいそうだが、単に天気が悪い日なのかもしれない。そういう日は二日ほど続いたりする。だが三日目までで四日目もそんな天気ならこれは梅雨だろう。晴れはそこそこ続くことがある。雨が降らないで困るようなことをよく聞く。なかなか降らない。だからそれだけ晴れが続いていることになる。雨よりも晴れの方が続きやすい。
 雨が降らなくても、ただ単に曇っているだけの日も多い。あまりいい天気ではないが、夏場なら過ごしやすいかもしれない。カンカン照りよりも。
 今朝は曇っているのだが、朝の喫茶店までの道で誰かと誰かが挨拶していたのだが、その言葉の中に今日は爽やかで仕事しやすいでしょ、と聞こえてきた。酒屋か煙草屋の主人と近所のお婆さんだろう。
 晴れていて爽やか、なのではなく、暑くないので爽やか。暑くなく寒くないので、爽やかなのか。空を見ていると、決して爽やかな空ではないが。
 朝、信号のない大きな道路を簡単に渡ることができた。あとで考えると、日曜のため、車が少ないのだろう。駅前近くも人通りが少ない。やはり仕事で電車に乗る人が休んでいるため。
 梅雨は夏への入口。だから晴れているともの凄く暑いはず。6月7月8月は夏。今日は既に六月。だからもう立派な夏。暦の上からも。
 
FZ300
 買ったばかりのパナソニックネオ一眼の撮影の続き。
 畦道で野草などを写すが、珍しく全てピントが来ている。後ろに抜けたりしないで。
 特にローアングルで、液晶での撮影で広角で写すと、ピントなどは見えない。明るい屋外だとそんなものだ。それに広角だと、すべて合っているように見える。特に受光素子の小さなこのカメラは深度は最初から深い。開放でも深い。それでも戻ってからパソコンで見ると、外れていたりするのが分かる。完全に背景にとられてしまっているのだ。
 そのため、AFフレームの位置が大事。そこでフレームと被写体が重なれば、いいのだが、その状態でも後ろに来ていることがあるので、信用できないが。
 ところがこのカメラ、打率が凄い。まだ外れたことがない。
 これはかなり昔だが、コンパクトデジカメを複数使って実験したことがある。実験というより、背景に持って行かれる写真になるので、次々とカメラを換えて、写し直しにいったことがある。その結果、パナソニックだけが背景にとられないで、しっかりと写っていたのを思い出す。そのカメラは今もその後継機は毎年出ている。今ならTZ90やその新製品だろうか。ポケットに入る旅カメラだ。
 だからパナソニックのカメラはそういうのが強いというのは分かっている。
 AF方式はフルオートのAiプラスモードなので、ピント自動認識。これは近いところで合うという分かりやすいもの。主要被写体を探すのではなく。実際には顔認識モードだろうが、顔が見付からないときは、近いものに合わそうとする。そのため、AFフレームがドタバタしない。
 これで、違うものに合ってしまった場合は、鏡胴部のボタンを押せばスポットになる。ボタン一つなので、メニューやクイックメニューから選ぶ必要がない。また撮影モードダイヤルで、フルオートからプログラムモードへ変える必要もない。
 このAIプラスモードというのは、普通のAIモードと違い、露出補正ができる。その違いがある程度だろうか。まあ、カメラを買ったときの初期設定がそうなっている。
 
 遠くまで続く線路を写す。これは1000ミリ超えでは塗り絵になる。空気に熱が含まれているのか、最初から被写体が揺れているような感じなので、この条件は悪い。光は波長だ。その波長が混んでいるのか乱れているのか、肉眼で見てもそうなので、それより解像力のないカメラで写すのだから、歪んだり、不鮮明になるのは仕方がない。
 しかし600ミリあたりまでなら、まだ絵は崩れる寸前程度。
 このカメラ、ファインダーは大きいので、像も大きく見えるが、解像力が少し足りないので、デジタルモアレなどが出る。小さいファインダーなら、そこまで分からないのだが。
 しかし、ファインダーの解像力よりも、実際に写したものの解像力の方が高いので、しっかり写っている。まあ、ここで光学式ファインダーとの差が出てしまうのだが、600ミリでF2.8のレンズなど重くて持てないだろう。
 
 次はかなり暗い街頭を写す。感度は3200に上がる。肉眼で見ても暗い空だが、それが少しだけ明るく見えるが、濁っている。感度が感度なので、そんなものだが、それなりに不気味な空になる。
 パナソニックのAF自動認識は、こういうとき、AFを諦めるのか、大きな箱が一つだけ出る。フルオートだが手持ち夜景として認識しなかったので、合成はなかった。単に感度を上限まで上げただけだろう。オートで3200まで上がる。おそらくそれより暗い場合、シャッターもそれより落ちないで、アンダー気味の露出不足のまま切れるのだろう。
 手持ち限界のスローシャッターの設定ができるはずだが、見ていない。おそらく4分の1秒か、8分の1秒あたりで止まるのではないかと思える。フルオートなので、無茶な設定にはならない。秒とか。
 感度は6400まで上げられるようだが、手動になる。まあ、このタイプのカメラはそういうのは苦手としているはずなので、日常範囲内での暗いところを写す程度だろう。
 画質が悪く、暗いところで感度が上がるとノイズが出て使い物にならない写真になるのがコンパクト系、といわれているが、そんなことはない。
 一般的な風景では、ファインダーが大きいので、背景の四隅までしっかり見えるので、背景との絡ませ方も細かく調整できる。
 だからカメラを振って、背景の入り方を調整してみようかという気になる。
 だからじっくりと写す場合も、機材に遜色はない。普通のミラーレスで写しているのと同じ。
 最大の醍醐味は、見た感じミラーレスか一眼レフなのだが、受光素子はコンパクト系の小さなもの。ここが実はいいのだ。その良さは気楽に写せること。道具負けしない。
 しかし、このカメラには類を見ない凄いところがある。全域通しでF2.8の基本ベースの余裕。望遠のとき、これが効く。ここだけは全てのメーカーの全てのカメラよりも優れているのだ。他に類を見ない。
 きっとこのレンズは明るいだけではなく、いいレンズのはず。その意味は、写りが無難と言うことだけでもいい。今のところ、抜群の安定感で、日影でも逆光でもしっかりと写っている。
 
 
 
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2019年06月01日

本格派デジカメFZ300

■■ 2019年6月1日 土曜日 午前9時02分
 
 今朝は晴れたが今一つだ。すっきりとしない。しかし陽射しはあるので、何とか晴れた感じに見える。薄い雲が多い。輪郭がない。濁っているような空。
 しかし、曇り日と違い、明るい。しっかり晴れると、この時期は眩しいほどになる。
 まあ、昨日の雨のまま梅雨のように雨が続くよりはまし。雨はたまに降ればいい。しかし梅雨が明けてからの真夏には雨が降った方がいい。涼しくなるので。酷暑と言われた夏があり、そのときどれだけ雨が欲しかったか。一雨降れば楽になったのだが、なかなか降らなかった。降っても湯のような雨だったりしそうだ。温水シャワーで丁度いいのかもしれないが。
 気温は最近は暑くはない。流石に電気毛布を付けて寝てはいないが、故障したホームゴタツの代わりにもう一枚電気毛布をその中に入れているのだが、それを付けることもある。ひんやりすることがあるため。意外と晴れて外が暑いとき室内が寒かったりする。
 スーパーへ寄るのを忘れていたので、野菜がない。ホウレン草が残っているので、朝の味噌汁に入れるが、野菜の煮物用がない。それで探していると玉葱があった。そして千切り大根の残り。この二つがあれば、何とかなるので、煮た。葉物が欲しいところだが、それはホウレン草があるのでいい。長ネギでもあればいいのだが、玉葱と重なる。ここは安くて量の多い白菜が役立つ。白菜はかさ上げ要員。
 カボチャを最初から切ったものがあり、前回それを買った。二つタイプがあり、小さい目に分割したものと、スライス。こちらは天麩羅などに使うときによく見かける切り方。それに特化したカボチャだろうか。国産ではない。カボチャは煮こむと黄色いところ溶けて消えて皮だけになったりする。しかし、買ったスライスカボチャは溶けないでいた。もの凄く頑張っている。きっと固いカボチャなのだろう。栗のように。
 これを一度作ると、二三日は持つ。大量に煮ると飽きる。少量がいいが。二三食分がいい。夏場は腐りやすいので。
 
本格派デジカメFZ300
 買った翌日はあいにく曇っており、雨がぱらっとしていたが、ずっとではないが、撮影日和ではない。特にコンパクト系は晴れていれば問題はないが、曇りや薄暗い時間帯に弱いとされている。
 それでも買ったばかりなので、写してみる。まずは明暗比が高いところ。これは確実に暗いところは明るくならず、明るいところは飛んだまま。中途半端でどちらにも露出は合っていないが、どちらにもギリギリ合っている。どのカメラで写してもそんな感じだが。方法はある。どちらかに傾けることだ。暗いところは真っ黒になり、白飛びしたところをしっかりと写し取るか、その逆か。
 またもう一つの方法は反則技ではないが、複数枚撮しての合成。こういうのはフルオートモードで入るカメラもあるが何故か軟調。感度も上がり、鮮明さが落ちる。
 それで、このカメラで、何も弄らないで写してみた。これは階調拡大のオプションがあるので、それを使えばいいのだが、フルオートで、そのままで写す。
 そのカメラの素の力だ。結果的には何とか粘っていた。階調がそこそこ豊かだということだろう。これは階調が豊だと言われている一眼系でも似たような結果になる。受光素子が大きくても白飛び黒つぶれがなくなるわけではない。少しはまし程度の差だ。
 FZ300は画素数を1200に止めているので、少しはましなようにも見えたりするが、錯覚だろうか。
 次は結構暗いところに置いたテーブル上のノートパソコンのキーボード。これを写すとき、当然開放のF2.8になり、感度は1800まで上がっていた。他のカメラで写したものよりも意外と色目の再現力が高いので、驚く。ノイズは見ていない。出ていないのではなく、見ていない。キーボードを見ているので、ノイズまで見ていなかった。
 次は喫茶店を出ていつもの通りを写すが、ファインダーは大きいが、解像力が少し足りない。大きさに比べ少し足りない。これはスペックを見たとき、分かっていたのだが、望遠はいいが広角で細かいものが写り込んでいるとき、鮮明さが少し減る。まあ、一眼レフの光学式ファインダーと比べてのことだが。それよりもファインダーの大きさで、被写体が見やすくなったことがいい。少し粗いがよく見える。
 まあ、最新のミラーレスのように300台あれば文句なしだろう。せめて200台あれば、この大きさのファインダーなら綺麗だろう。しかし平面性が高く、斜めから見てもいやなデジタル臭がなく、目を少し離しても見やすい。接眼部がかなり出っ張りしかも大きい。ここは遠慮なく大きい。
 改善方法かどうかは分からないが、ファイダーのコマ数を変える。これは結局は動画なのだから。
 初期設定は荒いタイプ。これは画像ではなく、動きに対するもの。だからコマ数。それを大きい方を選ぶ。被写体は動かなくても、ズームしたり、カメラを振ったとき、急激に被写体が動いたのと同じ。もの凄いスピードで。その効果はその後見ていない。だからあまり気になるほど粗くはないのだろう。このコマ数を上げるとバッテリーを食う。だから初期設定では素早すぎるものはコマ落ちするほど遅いようだ。ガクガクッと。
 光学ファインダーと違い立体感や空気感が出ないので、電子ファインダーではそんなものだろう。
 ただ、ソニーのα6400などのファインダーを見ると、中級機なのに、恐ろしく大きく綺麗になっている。それらと比べると、差は出るが、実用上問題はない。問題は見やすさなので。
 
 次は居酒屋の前のあるテーブルの上にある灰皿と忘れ物の煙草の白い箱がある。ファインダーで覗くと、煙草の箱と煙草の吸い殻が完全に真っ白。肉眼で見るとタッチがあり、階調があるが、デジタルで見ると、真っ白。完全に白飛び。まあ、露出がそうなっているのだろう。テーブルが黒っぽいので、明るい目に露出が合っていたのだろう。そのまま写す。こんなとき露出補正すればいいのだが、それではテーブルが黒くなりすぎる。
 露出補正は、このカメラの場合、シャッターボタンの横にボタンがありその山が高い。これはファインダーを覗きながらでも指で分かる。そして山が高いので、軽く押せる。あとは背面ダイヤルで回せばいい。ここはミラーレスの良さで、補正レベルをモニターできるので、マイナス1とか2とか、カンで合わすのではなく、白飛びしない状態までマイナス補正のダイヤルを回せばいい。しかし、面倒なので、そんなことはしなかったが。
 店屋の前で人がいそうなところで、そんなチマチマしたことは実際にはできない。
 
 次は昼に行く喫茶店までの道。いつも写している道沿いがあり、花が多い。ドブの中にアジサイの小さいようなのが咲いている。小さなアジサイだろうか。ただの野草のようにも見える。きっとそれなりの名前があるのだろう。よく見かける。
 自転車の上から真上から写す。600ミリで1メートルの最短撮影距離、余裕だ。思い切り望遠端を使える。これが1400ミリなら何処かでズームを止めないと、範囲外になる。600ミリ近くで止めれば同じことだが。
 
 次はヘリコプラーが飛んでいるのを写す。結構遠い。600ミリでは無理。そこでズームレバーを引き続ける。これで1200ミリまで行くが、デジタルズームになる。1インチからの倍ならいいが、受光素子の小さなこのタイプでは厳しい。だから使わないようにしているのだが、このカメラのフルオートでは自動的に入ってしまう。まるで境目がないように。
 受光素子がもう少しだけ大きな1.7系なら倍のテレコンでも問題はないが。
 結果的には、まずまず写っていた。曇り空でヘリコプターの質感などフラットなので、あまり良い条件ではない。レンズは開放になっていた。望遠端のため、シャッターを稼ぐラインになっているのだろう。
 
 次は駐輪場の入口。人がいないときにカメラを向けるが、これは待ち受け。必ず人が来る。人が来てからカメラを構えると、丸わかり。だから人がいないときに構えて、いつの間にか人が勝手に入り込んだということにする。まあ600ミリあればかなり遠いののだが。これが2000ミリのP900なら、相手はまったく気付かない距離から写せるが。
 結果はピントもよく来ており、しっかりと写っていた。曇天では鮮明度は落ちるのだが、それほどでもない。ネオ一眼の中では優秀。
 
 次は池というか堀にいるカモの親子だが、巣が変わったのか、いつものところにいない。他の大人のカモしかいない。
 それで次はカエルのチェック。これは動かないので分からない。いそうなところがあり、そこをじっくりと探す。カメレオンのように、水面や石や泥などと混ざり合い、しかも動かないので、よく見ないと分からない。
 前回はいなかったが、今回はいた。これを600ミリで写す。カエルの前身がいい感じで入る。600ミリあれば大丈夫ということだ。ここのカエルは。
 試しに1200ミリまで伸ばして目のアップ。この距離で、この光線状態なら、それほど崩れない。
 AFは自動選択で掴んで離さないというタイプではない。また動いているものがあれば、それが被写体だと思い、追従モードになり、掴んで離さないタイプでもない。だからAFがバタバタしないのでいい。
 フルオートモードでは顔認識になる。顔が見付からなければ、近いもの、よりコントラストの高いものや色目などを参考にして適当なところでピントが来る。どうしてもここというところに合わない場合は鏡胴にあるボタンを押すと、ピンポイントAFになり、追従モードになる。解除はもう一度押せばいい。それらはファインダーを覗きながらもできるのでうまくできている。
 当然液晶撮影ではタッチパネルなので、何でもできるが。望遠で背面液晶でタッチパネルはきつい。ぐらぐらするためだ。
 
 次は道沿いで、小学生の下校風景を写す。遠いが600ミリあれば何とかなる。数枚写したが、全部ピントは来ているし、背景が綺麗にボケている。まるで一眼レフで写したように。ここでもF2.8なので深度が浅いのだろう。
 レンズが望遠端でも明るい。それだけのことだが、結構実用性が高く、いつものネオ一眼とは違う写真になる。
 曇天での遠方の人物、これは絵がほどけたようになるのだが、鮮明に写っている。600ミリまでなので、1000ミリ超えで写すより、無難なためだろう。だから写しやすい。
 望遠を欲張らなければ、いいこともある。
 レンズの明るさは欲張るほど、他の面でもいいことがある。シャッターが早くなるし、感度も上がりにくい。
 これはやはりいいカメラだ。前機が名機と言われたのは本当だろう。
 
 今朝は喫茶店までのいつもの道で、畑の端に咲いている花を写す。向こう側なので、望遠。花の横腹を突ける。結構背の高い花だ。こういうとき標準ズーム程度なら届かない。だから望遠がやはり必要。捕獲できる。
 やはりファインダーが大きいと見やすい。被写体を確認しやすいし、背景にあるものもよく見える。
 ほどほどの大きさ重さがあり、グリップもある一眼レフスタイル。これが撮影のとき、一番取り回しがいいようだ。構えたときの安定感が違う。カメラを振るときもガタガタしない。
 つまりこのカメラ、本格的にも写せる。大きくなく小さくもなく、軽くもなく、重くもない。そして手にしたときの感触もズシリとこないし、痛いところもない。指にかかるところはラバーが貼られているので感触はいい。それでいて防水性がある。
 そして綺麗なT字型をしている。丁度いい感じのレンズの出っ張り具合で、これ以上短すぎず長すぎない。いいバランスだ。
 これは個人的な好みだが、相性がいい。
 
 
 
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2019年05月31日

FZ300試写

■■ 2019年5月31日 金曜日 午前10時01分
 
 今朝は天気が下りで、昨日から下りだしたのだが、すっかり曇ってしまった。青空はない。今日で五月は終わり。明日から六月。梅雨の季節。だから流れとしては曇りが多くなり、晴れがたまにしかない日が続く。まだ大阪方面は梅雨入りしていないが、この時期、曇ったり雨が降ってくると、どう見ても梅雨と結びつけることになる。そして、その時期だ。
 しかし、カラ梅雨があり、雨が降らないような年もある。降るには降るが、普通の季節でも降る程度の降り方。
 さて、今年はどうだろうか。いつ梅雨になったのか、梅雨入り宣言ができないほど自信がなく、梅雨が明けても、開けたと言い切れないほど曖昧でその後見守り、後で開けたと言い出したりするような、いつ梅雨だったのかが曖昧な年がある。本当に梅雨だったのかと思うほどの。
 つまり天気が安定し、変化が少ないと、梅雨らしくない。ということは長雨が続くことを期待しているのかもしれない。これは梅雨だと覚悟していたのに、降らないと覚悟が生きない。
 まあ、それほど雨が降らなければ梅雨の意識もなく、今が梅雨時だということも忘れてしまうかもしれない。普通の天気なら、気にしない。意識にも登らなかったりする。
 今朝はそれほど暑くはないが、寒くはない。それで、上に羽織るものをぺらぺらの綿系から化繊に変えた。以前買っていたのが出てきたので、今着ないと、次に着るのは秋になると思い、すぐに着た。
 これはペラッとしているが、網が入っている。裏側だ。だから裏地ではなく、裏に重ねるようにしてくっつけてある。一体型ではない。これは蒸れ防止か、汗関係に効果があるのだろう。これで生地が少し分厚く見えるが、防寒性はない。防水性も、このタイプでは弱い。水を弾く程度。しかも薬が切れると、もう弾かなくなる。三年ほど持つらしい。
 蒸れと風に強い。そのため、喫茶店などでの冷風除けにはちょうど。エアコンから吹いてくるあの冷風を防ぐためだ。しかし、暑いから冷房で冷やして快適に過ごせるようにしているのだから、これは何だろうかと思う。快適どころか、逆になっている。
 まあ、切れば暑いときもあるだろう。こういうのはカンカン照りで陽射しがあるときなら有効。冷房があるところに入ると、人心地付いたりする。雨や曇っている日は、逆効果になる。
 梅雨が近いのか、田に水が入り出しているが、これは日が決まっているようだ。目安があるようで、五月の末か六月の初め。五月末に水を入れ、六月始めに田植え。だからこの数日に水を入れると決めているらしく、天気を見ているわけではなさそうだ。
 既に田植えの終わったところもある。村や隣近所との関係で、早かったり遅かったりする。最近は一人で田植えはできるので、総出でやる必要はないのだが。だが田植え機の貸し借りもあるようだ。
 同じことをみんなと一緒にやると安心する。これは田植えだ。今なら町内総出の草むしりとか。
 この田植え根性が厭な人もいる。少数だ。何らかの理由で集団、群れの中に入りたくないか、入りにくいか、または入れない人達がいる。
 逆に村人として一人前ではないややこしい人とか、事情を背負った人でも田植えや稻狩りでは、その群れに入ってもよかったりする。人手が足りないためだ。その人達は自分の田はない。だから助け合いではない。そのため、一寸した賃金が出る。
 
FZ300
 注文していたパナソニックのネオ一眼FZ300が届いた。アマゾンで一緒に買いやすいようなセットがあり、フィルターと予備バッテリーがあったが、バッテリーは互換タイプ。まあ、必要になったとき買えばいいという感じだが、今までそんなことはなかったりする。
 フィルターは保護用。これはレンズキャップを基本的にしないので、欲しいところ。フィルターが犠牲になってくれるだろう。まあフードを付けておれば意外とレンズは綺麗。汚れは拭けばいいが、擦れて傷が付くことが問題。フードがそれを防いでくれる。ほとんどは鞄から引き出すときや、入れるときに、レンズに何かが触れたりするのだろう。レンズ面の数ミリの土手なので。フードだと数センチあるので、擦れることは希。このフィルター、後で見ると、パナソニック純正。
 それで本体とフィルターが別々に届いた。同じ日の同じ時間帯に届くはずなので、一緒に来た。可能な限り同じ日に発送のチェックを入れていたが、入れなくても、同じ日に届くのだが。
 早速本体の段ボールを開けるが、ちょうど昼寝の時間なので、寝ているときに、来られるよりはまし。しかし眠いので、一寸だけ見て寝ることにした。
 本体の段ボールは意外と軽い。元箱を持ち上げるが、ズシリとこない。箱が大きいためでもある。
 バッテリーが少しだけ残っている間に時計などを合わせ、すぐに試写。
 カメラの感触はミラーレスそのもの。だから普通のパナソニックミラーレスで写しているような気になるのだが、これは危険だと、再認識した。受光素子的にはコンパクトデジカメなのだ。だから一眼の写りが返ってくると思ってしまう危険さがある。
 それで初期設定のまま、さっと撮す。条件はいつもよりもいい。昼過ぎなので、まだ明るいためだ。
 見た感じ、普通に写っている。試しにデジタルズームで600ミリを1200ミリまで上げて写すが、けろっとしている。
 近距離を中望遠で写すと背景がいい感じでボケる。これは一眼レフではないかと思うほど。実際には中望遠でも望遠端でもレンズが明るいので、ピントが浅い目に来るのだろう。広角側は普通のコンパクト系でもそこそこ明るいが、望遠側は暗い。だから大開放レンズで望遠で写していることになる。この違いで納得する。これが自慢の通しでF2.8レンズ。600ミリまでの。これだけが言いたかったような感じだ。
 それを見たので、満足を得て、昼寝。
 起きてからバッテリーを調べる。同じネオ一眼のFZ85との互換性はない。G系ミラーレスはG5を持っているが、それとの互換性はない。コンパクト系の高級機とは互換性がある。
 そして互換性があるのはFZ1000。これは1インチ受光素子だが、それを抜いて入れると入った。だから充電器も同じ。
 まあ、FZ1000とFZ300を同時に持ち出すことはないので、これで予備バッテリーができる。公称350枚ほど。
 さて、本体の見た目だが、これはG7かG8に似ている。大きさもそれぐらいだろう。それほど大きいカメラではない。
 25から600までのズームだが、24がしんどかったのだろう。まあ、広角は28ミリでもいいぐらい。
 本体もレンズも多少の雨でも大丈夫。まあ、傘を差して写すので、雨の日でも濡れないのだが。
 本当はG7やG8が欲しいところなのだが、実際には望遠不足。それよりもズーム比が高くレンズが明るいこのカメラの方が有利。これは写す物との関係だろう。
 本体が届く前、既にマニュアルを読んでいたのだが、かなり色々な設定ができ、G8と同じことができたりする。しかし、間違ってはいけないのは、コンパクト系の小さな受光素子の頼りないカメラだということだ。見た目は立派だが。
 しかし、試し撮りしたとき、それは分からないほど。十分綺麗に写っているので、これはいったい何だろう。実はそれが分かっているから買っているのだ。
 また最短撮影距離の短さ、ズーム比の高さ、そしてそれなりに軽くて小さい。写せる範囲は実用上こちらの方が広い。
 中身はいつものパナソニックの設定や操作系なので、分かりやすい。
 ポイントなるのはレンズ一体型カメラの独自の仕様。仕掛け。
 このカメラでは鏡胴左手側にズームレバーがあるが、これは珍しくはないが、その手前の付け根にもう一つレバーがある。これは丸っこくコブのように飛び出している。丸い玉のように。これが実は電子ダイヤル。こんなところにある。軍艦部にもあるので、ツーダイヤル。レンズ側と背面側に近い位置。
 レンズ側のレバーは柔らかく無段階。ボディー側のダイヤルはカクカクと段階を踏む。
 レンズ側の丸いレバーはマニュアルフォーカスのときのリングになる。実際には上下式のレバーだが。それが飛び出しており、非常に使いやすい。当然カスタマイズで全部入れ替えてしまえる。たとえば一発技の露出補正レバーとして。もの凄いカスタマイズができる。
 まあ、露出補正はシャッターボタン近くにあり、さっと押せる位置にある。フルオートモードでも使える。
 また、機能満載で一眼並みなのは、プレビューモードがあること。これは実際に絞り込まれたときの深度が確認できる。だから絞り込みボタンだ。このとき本当に絞り羽根も動く。開放のときは、そのままだが。
 そして普通のパナソニックのミラーレスではないかと勘違いしてしまうのは、電子ファインダーの大きさと鮮明さ。これはどう見てもコンパクト系のそれではない。像倍率。0.7倍と。立派なものだ。これは35ミリ換算だが、50ミリ標準レンズでファインダーを覗いたとき、肉眼と同じ大きさに近い感じで見ることができる。1倍だと等倍。だから7割りの大きさだが、十分だ。
 これは旧機の名機FZ200からの一番大きな進歩ではないかと思える。ただ、少し大きく重くなったが。
 このカメラ、実際には高い。だからネオ一眼だが、高級機の部類に入る。だからパナソニックミラーレス一眼の旧型よりも進んでいたりする。それだけのものを積んでいる。ただし受光素子だけは小さいが。
 背面液晶は残念ながら横開きだが、これは上下開きでは無理が出る。電子ファインダーの接眼部が馬鹿でかくて、それに当たってしまうためだろう。引っ張り出せばいいのだが、それでは結構固いし、横開きと同じように引っ張り出して回転させるということでは同じ。
 この液晶の解像力も高いだけではなく、自動的に明るさが変わる。
 当然電子ファインダーも明るさやコントラスト、彩度まで変えられる。
 また、AFモード中でも、微調整を例のレバーでできる。マニュアルフォーカスなど滅多にしないが、そちらを多用する人には重宝するだろう。
 
 夕方の喫茶店へ行くとき、人が行く後ろ姿を望遠で狙ったが、背景がボケる。まるで一眼だ。しかしレンズが明るいので、浅く見えるだけ。これで勘違いしそうだ。
 ファインダーは見やすく、ピントも早い。まあ、まだ明るいためだろう。これはもうミラーレスを使っているようなものだ。
 それで写っているのを見ると、これも見事。ミラーレスのように写るといっても、大きさ重さもミラーレスほどあるので、そういう手応えを感じるのだろう。
 
 外で少しだけ写して、データを見ると、開放のF2.8ではなくF4で写っているのが多い。普通このクラスのネオ一眼は開放しか使わないのかと思うほど、開放になる。明るいところでも開放。露出のほとんどはシャッタースピードで調整しているようなもの。
 ところがこのカメラ、一段絞ったF4を連発する。思った以上にシャッタースピードが低くなる。これは予想外。
 まあ、一般的には開放ではなく、一段絞ればぐっとシャープになるとされているが、受光素子の小さなタイプは、それが当てはまるのかどうかは分からない。
 最近のコンパクト系は2000万画素を完全に越えてきているが、その時代でも、このカメラは1200万画素で抑えてある。これはそれだけ分割が少ないと、光を取り込む量が個々多いということだが、最近はあまり当てはまらない。というのも映像エンジンで何とかしているのだろう。それなりによく写っているように。
 このカメラは敢えて1200万画素にしたのは、画素数が上げられないのではなく、上げないのだ。
 だから少しは階調が豊になったり、滑らかになったりしそうだが、それは僅かだろう。
 さて、その写りは、結構上品だ。まさにパナソニックのミラーレスで写したような感じ。当然以前買ったG5よりも写りがいいというか、滑らかでいい感じだ。
 いずれもフルオート撮影のシーン自動認識モードだが、ほとんどは風景モートになっている。テーブルの上を写すときはマクロモードになるが。
 写りの差は一見したところでは分からない。これは光線状態などの方が影響が大きいためだろう。だからどのカメラで写したのか、分からなくなるはず。
 
 このカメラの最短撮影距離は広角端で1センチ。600ミリの望遠端で1メートル。実際はもっと長いが、フルオートだとマクロモードに勝手に入るので、600ミリで1メートルとなる。まあ、もっと寄れる一眼レフ用の高倍率ズームもあるので、このクラスでは一般的だが、中望遠の寄りに弱いようだ。
 しかし600ミリで1メートルまで寄れるので、1メートルまで引けばいい。自転車の上から写すとき、1メートルまで寄れなかったりするので、丁度いい。ただ、マクロはそれほど得意としていないようだ。他のコンパクト系ではもっと中望遠の中間でも寄れるので。
 
 こういうカメラ、なかなか買えるわけではない。ネオ一眼にしては望遠が弱い。写りとしては1インチの方がいい。
 しかし、レンズ一体型カメラは写してみないと分からない。
 700ミリ超えの旅カメラがあり、ファインダーも付いているので、それで用が足せるし、ポケットに入るので、持ち出しやすいのだが、実際に外で構えたときの安定感がまるで違う。まあ、その分大きく重いが、写しているときの充実感がある。
 オリンパスの600ミリまでのズームが欲しかったのだが、その600ミリを買ったようなものだが、ボディーも付いてきた。レンズはオリンパスよりも当然明るい。この明るさは他に類がない。このカメラに付いているこのレンズだけ。
 そんなことができるのも受光素子が小さいおかげ。何を優先させるかだろう。
 このカメラ、いいカメラだとは思っていても選択外にすぐになっていた。
 既に発売から結構経ち、値もこなれてきたが、中古価格との差がほとんどない。それで新品で買ったのだが、これが最後のチャンスだった。
 ネオ一眼は色々持っているが、ズーム比が控え目なのはネオ一眼らしくないので、避けていたが。まあ写りが無難なのは600ミリが限界かもしれない。それ以上になると、条件が揃わないと、しんどくなる。600ミリでレンズが明るいと、安心感がある。まあ600ミリばかりを使うわけではないが。
 いいカメラだと思ってしまう理由は古典的な理由。レンズが明るいというもの凄く基本的なもの。
 画素数も控え目、ズーム比も控え目。ただただレンズだけは明るい。流石家電カメラだけに明るいナショナルだ。
 
 
 
posted by 川崎ゆきお at 12:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする