2018年06月06日

ポメラ新製品発売月

■■ 2018年6月6日 水曜日 午前8時39分
 
 今朝は雨。これで畿内も梅雨入りだろう。梅雨入りは西から来る。既に四国まで来ているので、次は畿内。中国はまだだったかもしれない。まあ、高知と岡山ではかなり気候が違う。四国北の高松とかは瀬戸内なので、その気候だろう。中国は逆に日本海側と瀬戸内側では違う。四国の太平洋側との違いのように。
 この瀬戸内、瀬戸内海は、内海と書くが、四国があるから内海状態になったのだろう。映画日本沈没では四国が真っ先に傾いて沈むが。
 四国には一番高い山があり、その山の連なりに線が入っているように見える。チベットか何処かは忘れたがインドの上。ヒマラヤなどがあるところ。あれは下から押し上げられたのだろう。だからシワができた。それが世界一高い山並みになった。大陸が移動している。押されて皺が寄っただけ。だから四国の石鎚山は日本のチベットかもしれない。
 石鎚山は映像でよく出てくる。映画「死国」にも。
 四国巡礼コースは海沿いだろうか。四国の真ん中辺りは回らないと思えるが、確認したわけではない。素人巡礼向けと、修験のためのコースが別ルールであるのかもしれない。
 今朝は雨なので、レインコー代わりにマウンテンパーカーを羽織って喫茶店まで自転車で走った。気温的には暑くないので、いい感じだ。
 スーパーのいつも行く衣料品売り場にレインコートがある。梅雨前なのであってもおかしくない。流石にコート類は薄いものしか残っていないが、レインコートが一番薄かった。これが気になる。
 この薄さで雨を弾くのだろうかと。まあ、ビニール袋も薄いが水を入れない。逆に水を入れても漏れない。しかし弱いので、パンとなるが。
 耐水性に関しての表示などは見ていないが、ただの薄いコートかもしれない。その横にジャケットがある。スーツの上のような。サマージャケットだろう。これも薄い。しかし、ポケットのレイアウトはスーツの上と同じなので、ゆったりとしている。ビジネスコーナーではないので、Tシャツの上に羽織るタイプだろう。皺だらけになりそうだ。そしてポケットにデジカメなどを入れると、肩がズレそうだ。まあ、ポケットに入れるというより、袋に吊しているようなものだろうか。
 どちらにしても暖を求めるものではない。涼しさを求めるもの。
 そのスーパーには年寄り向けのコーナーがある。ブランド物だ。ここでは長袖のブルゾンやジャケットやコートなどが生き残っているが、非常に高い。以前は旅シリーズというのがあり、ちょっとした行楽などに出掛けるとき用のアウトドア風年寄りものが吊されていた。冷房の効いた待合室などでは有効だろう。
 またダブッとしており、ゆったりとしており、ポケットが多い。
 このスーパー、結構年寄りが多い。平日など客が少ないときでも年寄りが来ている。暇なのだろう。
 サマージャケットの定番は麻。これはしわしわになる。ジャケットではなく、普通のカッターシャツと代わらない。しかし麻は高い。そして脱ぎ捨てて放置していると虫に食われたりする。蚕かと思うほど。だから麻ではなく、桑ならもっと虫が来るかもしれない。
 今朝は雨なので、涼しい。暑い日が続いていたので、この辺りで水を差すのもいいだろう。意外と梅雨で雨が降っていると過ごしやすかったりする。
 
 六月になるとポメラの新製品が出るのだが、日にちまでは覚えていない。しかし今月中に出るはず。折りたたみ式に戻したタイプで、鞄の中で小さく収まるが、重さはDM200とそれほど変わらないかもしれない。
 液晶がインク製になり、キンドルのようになったが、以前に戻したのだろう。それなら電書が読めればいいのだが、ネットに繋がらない。
 しかし青空文庫本家からテキストで落としてくれば、読める。ただ、単行本一冊分の長文は編集できないし、読み込めないので分割するか、最初から短いのなら問題はない。青空文庫は数枚でも一冊扱いなので、長編以外ならポメラでも読める。縦書き表示にも対応している。ただ、禁則はまだかもしれない。
 要するに今回のポメラは長細い現役機を折りたたみ式に戻しただけかもしれない。DM200には類語辞典が入っていたが、新製品はそれを入れていないかもしれない。この類語辞典、国語辞典として当然使える。
 キートップが少し大きい目になったので、打ちやすくなったかもしれない。しかし、いつものポメラと代わらないと思うので、鞄の中での占有率の違いがポイントだろう。本体の機能ではなく、嵩が。
 DM200は液晶がやや大きすぎた。文章を打つときは小さい方が落ち着く。
 この値段帯で海外製のアンドロイド端末機もある。キーボード付きの小さなノートのようなタイプだ。アンドロイド端末なので、アンドロイドタブレットと同じ。中身はアンドロイドアプリ。またウインドウズ版もある。
 しかし、非常に小さいので、キーボードが窮屈で、ガジェット性は高いが、ネットを使わないのなら、ポメラの方がいい。ポメラのキーボードは慣れるとかなり高速タイプができる。軽い。
 これは出れば買うことになるが、近所の家電店には置いていない。また、似たような大きさの電書端末も、引き上げている。電書端末がずらりと並んでいたのが嘘のよう。電書はスマホやタブレットでも見られるためだろう。スマホでコンパクトデジカメも衰退。
 確かにスマホを持っているのに、コンパクトデジカメまで持ち出すと、重なってしまう。コンパクトデジカメは使わなければただの荷物だが、スマホは出先でも使うだろう。
 だから、ポメラのような専門性、特化したものが生き残れるのだが、小ロット。儲からないだろう。
 
 
 
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2018年06月05日

喫茶店探し

■■ 2018年6月5日 火曜日 午前9時19分
 
 今朝もまだ晴れているが、そろそろだ。西から雨が来ている。梅雨前線もしっかりと上がってきているので、大阪もそろそろ崩れ出すはずだが、結構長い間晴れが続いた。四国梅雨宣言翌日から続いた晴れ。これは詐欺だろう。
 その梅雨どころか、北海道が一番最高気温が高かったので驚く。その時間帯の全国ベストテンの高温都市は全て北海道。これは地理の話は嘘だったのかと思うほど。梅雨がない北海道。梅雨は来ないが真夏が来ていた。しかも日本で一番暑い。
 大阪方面でも昨日は瞬間最高気温は32度ほど。立派なものだ。昼間は30度を超えた状態なのだから。だから昨日は朝から暑かった。
 北海道の暑さは南の風の通り道。そんな道がぽつりと延びているわけがない。風は谷風。谷が風の通り道。では山は何処に。その山が高気圧。その山の裾野から北へと回り込んだ。高気圧が邪魔をしているのだが、高気圧の山を風は越えない。裾野ができ、それが道となり、南からの暖かい風が北海道まで達したということだ。途中の東北よりも暑いというのは謎。これも高気圧の出っ張りだろう。
 昨日は大阪は暑かったという話だが、北海道の方が暑かったというのは、日常会話では出てこない。しかしちょっとした気圧の配置や動きで、そうなるとすれば、日常など、ただの確率でしかなかったりする。
 南の島に雪が降ったというのも数年前にあった。
 また、梅雨時を過ぎた真夏のはずなのに、ずっと雨が降り続き、これは梅雨ではなく、雨季状態の夏もあった。これはもう十年ほど前だが。
 当然数年前の酷暑。暑いという言葉では足りないので、猛暑や酷暑が飛び交った夏。これはきつかった。だから夏といっても一定ではない。たまたま平年並の状態という程度だろう。
 昨日は暑いので夕方前に行く喫茶店を近所に変更した。暑い道を自転車で走りたくない。それに時間的にも遅くなったので、近所の喫茶店に入り、さっと戻ってくるつもりだった。歩いてでも行ける距離。しかし、まさかというのがよくある。それは開いているのに閉まっているからだ。個人の店でおばさん一人でやっている。ここ数ヶ月の間に二週間に一度ぐらいの割合で行っているが、他の客を見たことがない。だからいつも一人客。
 その状態なので、営業中、オバサンは買い物に行く。しっかりと看板も出ており、ドアには営業中と出ているが、ドア前にブロックが置かれている。ドアは引くタイプ。これでは引き切れない。つまり買い物に出ているのだ。
 まさか、というのはそれで、そのまさかを予測して自転車で来た。「まさか」が来たので、そのまま別の店へ走ることになるが、よく行くのは必ず営業しているコメダ。しかしコーヒーが六月から値上がりし440円。こんな高いところには入れない。今までも高かった。420円。それで、コメダへは向かわず。適当に走った。しかし、当てがない。喫茶店はその近くにはない。
 それで思い出したのが病院前。喫茶店が二店がある。遠くはない。
 しかし、夕方には閉まっている店だった。もう一店あるがテーブルや椅子が窮屈な上、板なので痛い。ここでもよかったのだが、何となく気に食わない。
 そのまま尼崎方面へ向かう。その道沿いには喫茶店などないことは分かっているが、もしかして新しい店があるかもしれないと期待した。これは無理。
 そして城跡まで来た。これは砦程度の出城だろうか。富松城あと。近くに富松村という古くて大きな村がある。城は戦国時代のものだ。伊丹の荒木村重の謀反のとき、落城後、その家族や女がここで処刑されたようだ。村重は毛利まで逃げ切った。凄い人だ。のち秀吉のお伽衆となり、まだ生き延びている。足利義昭だったと思うが、坊さんをしていた最後の将軍も、信長の操り人形がいやで、逆らい、その果て毛利へ逃げた。この二人。結構興味深い。しつこく生き残っている。本能寺のとき、この逃げた室町幕府の果てが光秀をそそのかしたという説もある。この人は生き残る。殺せないのだ。源氏の直系。まあ、武士の本家、武家の棟梁のようなものなので。
 さて、その城跡からさらに南下し、もう塚口近くまで来てしまい。そこを阪急の線路近くから大阪方面へと曲がり込み、いつもの塚口駅前を抜けたのだが、その間、二店の喫茶店があった。どちらも個人喫茶で、一店は暑いのでドアを開け放して、オバサンが休憩している。客はいないようだ。中が分かるのだが、濃い。騎士何とかという名だ。場所は尼崎。生き残っている個人喫茶はどれも濃い。迂闊には入れない。特に尼崎は濃い。
 結局塚口駅を抜け、昔の寺内町経由で、夕方いつも行く喫茶店に入る。最初からそうしておけば暑いとき、ウロウロする必要がなかったのだ。
 遅い目だったのが、さらにウロウロしたので遅くなってしまった。
 昨日は自転車遠征をする気も、移動中の撮影は考えていなかった。近所の喫茶店で写す程度なので、イオスM3に標準ズームだけを付けたのを鞄に入れていた。これが一番軽いM3。
 しかし、寺内町の祠などを写したり、喫茶店からの戻りには夕日を写した。意外とよく写っている。かなりいい。ミラーレスでも受光素子は普通のキヤノンイオスと同じなので、当然だろう。
 イオスミラーレスのフルサイズ版の噂がある。それはマウント辺りの情報があり、その接点などが示されているが、予想では新マウントではないかといわれている。これはミラーレスのレンズも従来のレンズも付けられるマウントではないかと。
 EOSM系、つまりミラーレス系には超望遠などはない。間にかまさないと付けられない。その超望遠、ミラーレスタイプならもっと軽く小さくできる。
 それが出るまでは両方使えるマウントで凌ぐのだろうか。フルサイズ受光素子のミラーレスを出したとしても、M系レンズは数本しかないのだから。
 結局昨日はイオスM3は結構写りがいいというのを再認識したところで終わった。
 
 
 
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2018年06月04日

散歩撮影

■■ 2018年6月4日 月曜日 午前9時13分
 
 今朝も晴れており朝から暑い。これで四日ほど続いただろうか。四日前に梅雨入り宣言をしなくてよかったようだ。晴れが続いているので。しかし、これほど晴れが続くわけがないので、明日からそろそろ下り坂になるはず。その方が都合がいい。暑いので。
 昨日は朝の喫茶店からの戻りに、出発点から方角を変えて北側へと向かった。少し早い目に起きてきたので、時間の余裕もある。
 入り込んだ記憶がないところを朝から自転車で走っていると、これはもう日常から離れてしまう。朝からはまずい。
 旅行などで一泊し、翌朝帰るまでの間、別のとこへ朝から出向くようなもの。まあ、旅先ならずっとそんな感じなのでいいのだが、日常コースというのは決まっており、これは安全地帯。何が起こるのかはほぼ分かっている。何もなければないだけの話で、そういう日が多い。
 昨日はJR伊丹駅というのがあり、これは朝の喫茶店からも近い。そこは阪急伊丹駅。JR伊丹駅というか、福知山線を越えると、もう何もない。工場地帯だ。
 これは線越え。前回は駄六川という川越で、川沿いに北へと向かった。昨日は福知山線を越え、線路沿いを北へと向かった。都合三本の線を越えている。一本目は尼崎と川西市方面へ抜ける産業道路越え。普段は越えない。そして駄六川、そして福知山線。狭いところに三本も線がある。いずれも越えにくい。通りにくい。渡りにくい。産業道路は道なので、これは渡りやすいが、駄六川は橋があるところでないと渡れない。福知山線もそうだ。線というか、筋越えだろうか。
 一番いいのは川筋。川という自然があるためだろう。
 それで福知山線沿いに北上し、前回通った多田街道と交差した。そうしないと猪名川がすぐそこにあるので、東には向かえないので、北へ行くと多田街道になる。この道の目的は産業道路とほぼ同じ。北摂へ向かう感じ。
 猪名川の土手をチラリと見たのだが、この線は駄六川の比ではない。川幅が広いだけに橋が少ない。だから渡る場所は限られている。その近くだと171号線。京都まで続いている。軍行橋というのがあり、時代を感じさせる。
 それで昨日は線が束になっているようなところを横切ったことになる。
 結局多田街道を北上したのだが、その171号線、昔の西国街道と並行して走っている国道だが、それと交差したところで、多田街道の道筋が消えてしまう。以前は、その先を探索したのだが、工場内に入り込んでいるので、もう分からない。古地図があり、それで道筋が分かるのだが、産業道路沿いにある村の中を走っているようだ。
 それで、昨日は朝から遠出をしたようなもの。それほど遠くはないが、道を変えたので、遠いところへ行ったような気になったのかもしれないが、暑いので、気持ちのいい遠出ではなかったが、まだ真夏の暑さではないので、楽な方だろう。
 昨日のカメラはオリンパスM5マーク2。28から300のズームキットなので、これ一台で済む。惜しいのは液晶が上下に回転しないこと。ちょっと写しにくい場所では、ウェストレベルで写したい。このカメラでもできるのだが、液晶を引っ張り出して回転させる手間が面倒。そういう条件のときは、さっと止まって、さっと立ち去らないといけないような場所。
 昨日は昼の喫茶店へ行ったときは久しぶりにニコンの普通の一眼レフD3400。ニコンで一番安い光学式ファインダーの一眼レフ。これにシグマの28から望遠までのレンズを付けたもの。いつもはタムロンを付けているのだが、サンダ対ガイラ戦でタムロンが勝ったのだが、シグマの方が高かったし、最短撮影距離が短いので、喫茶店のテーブルものでは有利。
 それで朝はミラーレス。昼は一眼レフ。その違いはファインダー。ミラーレスは液晶とファインダーは自動切り替えにしている。しかし、ちょっと間がある。電源を入れた瞬間液晶は使えるのだが、ファインダーで覗いたときの切り替えが瞬間ではない。これは自動にしないで、最初からフィンダーだけにしておけばいいのかもしれないが。
 まあ一眼レフなら、電源を入れなくてもファインダーは見える。ここが光学式の素早さ。そして覗いたときの違和感がない。これが安心感になる。
 ニコン3400は安いだけあってファインダーは小さくが、単純明快。やはり電子ファインダーよりも自然ですっきりしている。ばたつきやちらつきがない。
 カメラを出すときにシャッタ周りにあるレバーを引きやすいので、そこで電源を入れてしまえ、ファインダーはずっと見えているので、流れがいい。ミラーレスはワンタイム遅れる。自動切り替えのためだろう。
 オリンパスのミラーレスよりも大きく重いのだが、軽く感じるのはグリップやカメラの形によるものだろう。重心がいい。要するに最終的に辿り着いた一眼レフの形なのだ。これはAF一眼レフ辺りからこの形になった。要するにクラシックカメラ風デザインよりも、流線型を多用し、人間工学的な持ちやすさ握りやすさ構えやすさからできた形の方が有利だということだろう。見た目は悪いが。
 ミラーレスを使っていると、これはコンパクトカメラだと分かってしまう。同じ感触だ。そのため、光学式ミラーやプリズムのある一眼レフで写す方が素早いし、写しているときの充実感もある。シャッター音とミラーの跳ね返り音が高いし、振動があるが、それがいいのだろう。重いパンチを入れたような感じがする。それで写した気になる。カメラ内にある空洞。それを感じる。ミラーのための空間。中に空気が入っているのだろう。
 それで改めて、一眼レフの方が撮影に出たときは、気持ちがいいことが分かった。それと素早い。さっさと写せる。
 ミラーレスの方が軽いのだが、鞄に入れたときは、もうどちらも重いと言うことでは同じようなもの。
 
 
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2018年06月03日

田の水入れ

■■ 2018年6月3日 日曜日 午前8時46分
 
 今朝も晴れている。これで三日目だろうか。明日まで持つようだが、これは一週間予報を以前見たときの情報。最近は見ていないので、明日はどうだか分からない。もしかしてあさってまで持つかもしれない。予報は変わるので。ただ今度雨が降れば梅雨入りだろう。まさか梅雨がありませんでしたとはならないはず。ポトッとでも降れば、それを梅雨だと言わないといけないが、まさに露だ。
 しかし、この時期雨が降ってくれないと暑くて仕方がない。昼間など真夏。外に出たいとは思えない。だから梅雨で真夏を押さえ込んでいる方が有り難い。
 近所の畑になっていたところが、本来の水田になっている。六月に入ったら水入れをする、と言う決め事があるのだろうか。雨とは関係なく、梅雨入りとは関係なく、六月一日とかに。六月になれば水を入れるということを、決めているに違いない。用事や他のことで二三日ズレるのか、または一日とは決めておらず、その前後の調子の良いときとか。逆に雨が降っているとき、堰のようなものを開けたり、するのは厄介。晴れているときのほうがしやすい。石をどけたり、水を堰き止めるため、砂袋のようなものを突っ込むとか、それぞれの田や状態でそれぞれのやり方というか、適当にやっている。だから、この時期農水路の水が満ちている。止めているので、ダムのように溜まるのだ。ただ、全部止めると下流の方に流れないので、下の田んぼに水が来ない。それで、いつのも流れ程度にはなるほどにしている。
 大雨が降るとその農水路から引き込むための溝も雨で溢れるが、普段は栓をしている。詰め物だ。だから洪水にはならない。当然この溝は下水路ではない。田に水を入れるための溝。川から見ると、一番細い血管だろう。しかし見た目は排水溝の一番細いタイプ。
 これは舗装されたが、以前は草の生えた小川だったところ。小学校の通学路で、蛙や蛇がいた。それだけの幅があり、土があり、泥があり、何処までが川なのかが分からないようなところだった。
 水が入ると、僅かしかない田んぼだが、水郷地帯のようになる。これが夏前の風物。
 昨日は暑いので、朝の喫茶店からの大回り散歩のショートコース程度に抑える。風景はあまり変わらないが、緑が濃くなっている。密度が。若葉で鮮度がいい。意外とこの時期のモミジがいい。緑色だが、その葉は薄いので、光線状態で透けたように見えたりする。緑のモミジ。だからモミジを日本語変換すると紅葉になるが、紅葉していないので、これは書けない。
 昼に自転車で少し遠くまでウロウロしに行こうと思っていたが、朝にやったので、昨日はパス。その気は少しはあったが、昼の喫茶店へ行くまでの道がもう既に真夏。これでは行く気がしない。余程の使命感がなければ、または目的がなければ。
 こういうのは勝手に決めて、勝手にやることなので、気が乗らないとできない。しかし、暑いと気が乗らない。
 だが、日没が遅くなっているので、夕方前からでも出掛けられそうだ。
 しかし年々出不精になっているようで、普段とは違うことをするのが億劫になっている。しかし、日常移動範囲内をより細かく見るようになっている。これは普段通りでもいいので、楽なためだ。日常の階層、一段下、それを二段下まで見るようになるようだ。要するに日常風景でも見るものを増やせるのだ。
 
 
 
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2018年06月02日

松尾和子や藤田まことと歌う都はるみ

■■ 2018年6月2日 土曜日 午前9時28分
 
 今朝は晴れている。これで二日続けて晴れ。気温は昨日よりも高い目かもしれないが、夜の気温は低い目。晴れが続いている日は朝夕の気温差がある。昼間は暑くなるが、夜は控え目。雨の日の方が夜の気温は高い。しかし昼間の気温は控え目。
 昨日はよく晴れていたので、朝の喫茶店からの戻り道大回り散歩に久しぶりにかましたかったのだが、メモリーカードがないことが分かった。入れていなかった。こういうとき用に鞄の中に予備を入れているのだが、既に使っていた。SDカードを買って増やしたところなのだが、他のカメラの腹の中に差し込んだまま。カード在庫が多いと、抜かなかったりする。
 昨日のカメラはキャノンイオスM3。昨日に日誌でM5と書いてしまったかもしれない。M5はM3の後継機であるM6のさらに上位機で、これはファインダー内蔵。これが一番新しいのだが、ここでイオスキッスMが出て、悩ましいことになっていたのは、以前にも書いたとおり。M5はMシリーズの最高級機だが、下位機で、初心者向けのキッスMのほうが新しいだけにエンジンも新しく、AFの分割も細かい。顔認識だけではなく、顔に合うだけではなく、瞳に合う。しかも手前側の。だからAFのオート化がより進み、色々と芸をしてくれる。全てオートだけでさっさと写したい人なら、このキッスMの方が簡単明快でいい。
 それとキヤノン一眼レフのキッスのX9あたりから見ると、小さく軽く感じるだろう。だからキッス買い換えの人が、流れてきやすい。
 そう言う話ではなく、M3をパソコンと接続すればSDカードの抜き差しもいらない。このタイプのカメラではカードを入れ忘れたとかはない。ただ、そのUSBコードがキャノン独自性のため、これが面倒。パソコン経由での充電にも対応していない。
 コンパクト系のキャノン旅カメラなら、一般的なUSBの穴形式なので、携帯充電器でもいける。だからパソコン側のUSBコードを何本も伸ばさなくてもいい。キャノンUSBコードは当然あるのだが、使っていない。これはハブから買わないと、パソコン側のUSBが一杯のため。
 それでSDカードがないと何ともならないので、散歩は中止。せめて内蔵メモリでもあれば、移動中程度の枚数なら間に合うのだが。
 それで昼の喫茶店へ行ったときに、そこから遠征を考えたのだが、いざ出ようとすると、暑い。よく晴れていい天気で、久しぶりの青空。このタイミングを外すと梅雨になってしまうのだが、二三日は晴れるようなので、明日にすればいいと思い、中止。 こういうのは気合いが乗ったときに行ける。撮影をメインにすると、意外と行けない。
 さて、今日も晴れている。このまま遠征は、朝からは無理。だからいつものように寄り道程度。これをやってしまうと、昼の遠征予定が消えてしまう。
 梅雨が明け、真夏になると、もうウロウロする気になれない。自転車では暑すぎるので、これは電車やバスがいいだろう。しかし、特に行きたい場所もない。
 自転車寄り道や遠征は日常からスーと入っていける。電車だと確信犯。最初から日常から離れる気でいるため。そうではなく、いつもの移動ルートから外れて外洋に出るのがいいのだ。出る瞬間が。
 それと遠くの町へ行ったとしても、電車で行ったのだから、これは遠征ではない。何もしていない。座っているだけ。
 やはり自分の足を動力にしてこそ遠征で、遠くの町に着けば、それは陥落。攻め落とした気になる。
 
 先日発見した都はるみの動画は松尾和子と共演しているもの。大人のムード一杯で、カウンターでグラスを傾けているような舞台。そういう歌番組があったのだろう。
 前回も似たような番組を見た。以前紹介した桜田淳子と花占いを歌ったり、野口五郎も加わる動画。その二人が出ているので、この二人はレギュラーだったのかもしれない。または同じ番組内での違うコーナーかもしれない。
 都はるみは今回はドレス。松尾和子に合わせてきたのだが、どうも似合わない。二人で松尾和子の歌を歌ったりしている。桜田淳子が入り込もうとするが未成年なので、追い出される。
 松尾和子。ムード歌謡の人。ジャズとかシャンソンかは忘れたが、そちらの人だろう。「再会」などは別の番組で都はるみも歌っている。
 松尾和子の歌を歌ったあと、どうも演歌になってしまうとかいっていたが、今度は松尾和子が「好きになった人」の触りを歌うのだが、都はるみよりも唸っていた。
 この時期、都はるみは北の宿から後、色々なジャンルの音楽に挑戦していた時期だろうか。髪の毛はまだ短いが。
 松尾和子。これは美空ひばりの世代だろうか。都はるみより十歳以上離れている。都はるみと美空ひばりが共演している動画は知らない。
 都はるみは松尾和子の歌も歌うし、何でも歌えたようだが、聞いていると、動画なら分かるが、音だけでは誰が歌っているのか分からない。また聞いている方もきつい唸りやビブラートでゆさゆさするコブシが効かせて、しかも切れのいいのを期待したりする。だが、ムード音楽では無理だろう。流石に。
 それでも一時引退前に、誰が歌っているのだろうというムードものがある。「東京セレナーデ」まあ、東京夜曲だろう。都会を舞台にしているがネオンものではない。もの凄く押さえて歌っているので、ラジオだと誰だか分からないかもしれない。
 ちなみに今まで聞いた都はるみの曲の中で、一番凝縮度の高いのは「はるみ」という曲。映像はないが、タイトルが「はるみ」なので、分かりやすい。
 作詞作曲、共に市川昭介。だから都はるみらしさをよく出しているというより、作った人なのだから、当然だろう。声に張りがあり、気持ちいいほど歯切れがよく、さらに調子よく弾む。
 今も都はるみの動画は、時々増えている。
 松尾和子との動画も新しいが、藤田まことと歌う「浪花恋しぐれ」もある。これはもっと年を取ってからの二人が、NHKで何曲か歌い合っていたが、それよりも若い。と言うより、「浪花恋しぐれ」が出た当時の都はるみがそこにいた。藤田まことは必殺仕掛け人で油に乗り切っていた頃。お爺さんではない。
 これは「演歌の花道」という番組。マイクを持たないで、それ風の舞台セットで、なりきって歌う。
 年を取ってからの二人は、見たことがあるが、「浪花恋しぐれ」がヒットしていた時期に、既に共演していたのだ。
 一番古いのは、てなもんや三度笠にゲストとして出ている都はるみ。町娘になっている。こういうのを見比べると、感慨深いものがある。藤田まことは亡くなってしまったが、フランク永井風の歌を歌う人で、演歌の人ではない。コメディアンとして人気が出たが歌手志望だったはず。
 都はるみが通り抜けた時代、都はるみ視点で同時期共演した人などを見ていると、時代の流れが分かる。
 
 
  
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2018年06月01日

梅雨

■■ 2018年6月1日 金曜日 午前9時14分
 
 今朝は雲が多いが陽射しがある。天気予報では週明けまでは晴れるとなっている。三日か四日晴れとか。これは晴れが続いているという予報。これでは梅雨宣言は出せない。これは昨日の雨で、梅雨入り宣言をしたときの例だろう。した翌日からしばらく晴天が続く。これを何とか避けた感じだ。
 梅雨入り宣言すると晴れる。その例にならないようにしたようだ。
 しかし四国は梅雨入りした。しかし数日は晴れが続くだろう。だが、梅雨入りしても、雨ばかりではなく、晴れの日もある。たまたま梅雨入りをした翌日に晴れるだけのこと。また、たまたま宣言後晴れの日が比較的長く続くだけ。梅雨時でもそんな日は結構あり、空梅雨もあるのだから。不思議でも何でもない。
 梅雨のイメージが先行し、雨ばかりのはずと思い込み、晴れるなど以ての外になる。だからいつの頃からか梅雨明け宣言をしなくなったが、宣言という断定的な言い方をしなくなり、見られるというような頼りないような自信のないような印象を伝えるようになったが、言っていることは同じ。実質的には梅雨入り宣言と変わらない。
 では、そういうことを一切言わなければいいのかというとそうではない。梅雨というのは季節を現している。気象学的なことではなく。それ以前から使われていた慣用語のようなものだろう。この梅雨という言葉を使わないと、雨が続くことが不安だったのかもしれない。あれは梅雨だよ。と言えば、ああ、梅雨かと言うことで、安心したりする。誰も知らないことではなく、既によく知られているから呼び名があるのだと。
 そして梅雨という言葉は、言葉の中にしかないものではなく、それを指しているものは実在している。毎年体験しているのだから実体がある。ただ、その実体は、現象のようなもの。雨が梅雨ではない。それが続くから梅雨でもない。初夏でないといけない。そして湿気が高くないといけない。雨だけ、雨が続くだけでは梅雨ではない。だから季節物。期間限定の現象。シーンのようなもの。
 しかし、冬から春になる頃の春の長雨や、夏が終わり秋になる頃の秋の長雨はあるにはあるが。やはりアジサイが咲く頃の長雨が梅雨だろう。何故梅に雨と書くのかまでは知らないが。ツユは露。
 
 昨日は夕食をにぎり寿司にしようとスーパーへ行くが売り切れてなかった。仕方なく、残っている巻き寿司と箱寿司からの選択。大阪寿司というのがある。助六も。光り物が欲しかったのだが、巻き寿司や穴子の押し寿司などを詰め合わせた小さなパックが安かったので、それにする。こちらの方があっさりとしていていい。腐りそうな生ものではなく、穴子は蒲焼きだろう。だから火は通っている。しかし、バッテラが怪しい。生の鯖だ。これが足が速いはず。
 スーパーからの戻り、暗くなっていたのだが、神社などを写す。森の中にあるので薄暗いのだが、賽銭箱の上に蛍光灯があり、これで明るい。鳥居から社殿までは石畳。それを鳥居から離れた場所から写す。当然望遠。夜景に近く、照明は蛍光灯一灯。それがなければ真っ暗だろう。
 昨日はイオスM5に300ミリまでの望遠ズームを付けたのを鞄の中に入れていた。こういう望遠系を夜に使えるというのは感度アップのおかげ。感度は自動で上がるので、セッティングはしていないが、上限だけリミッターを掛けている。万を超える高感度などは使う機会などないだろう。暗い中動いているものを止めたいとかでないと。
 ここがミラーレスというか、一眼画質なので、受光素子の大きさで、高感度でも使えるのが特徴。ただ、手ぶれ補正は受光素子が小さいカメラの方がよく効くが。
 夜中の散歩で望遠が使えるというのが、いい。レンズはキットレンズで、しかも小さく短く細くするため、暗い。しかし、明るいレンズでなくても、感度上げで何とかなるようだ。
 こういうのは全てフルオートの初心者モードで写している。夜に神社前でカメラを構えているだけでも駄目だろう。すぐに立ち去らないと。まあ、煙草に火を付けるため自転車を止める程度の時間が限界だろう。さっと出して、さっと撮し、さっと去って行くことが望ましい。周囲に家や人がいなければ粘れるが。
 ただ、後ろから見られた場合、手を合わせているように見られるので、これは大丈夫かもしれない。神社の前に立っている。これはお参りしていると見られるだろう。鳥居近くから手を合わせている人もいる。
 しかし、よく考えると、この神社、自分の氏神様なのだ。氏子ではないが、生まれたとき、一番近くにある神社だ。産まれたあと、ここへ挨拶へ行ったはず。だから自分の神社なのだ。こそこそすることはなかった。
 
 
 
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2018年05月31日

梅雨

■■ 2018年5月31日 木曜日 午前9時16分
 
 今朝も雨空。ぱらっとしていたのだろうか、少し濡れている。寝起き、すぐに行く喫茶店までの道中は無事。降り出さなかった。降っていたのが、やんでいる最中だったのかもしれない。空が暗い。朝なのに。
 これは畿内も梅雨入りだろう。連日の雨。数日前に見た一週間予報ではこの先晴れのマークがあるので、その日が近いかもしれないが、何曜日なのかは記憶していない。一週間予報なので、日の位置が違う。右端が一週間分の最後の日。これは毎日変わる。右の初めが明日。だから曜日で定位置で並んでいないので、これは覚えていなくて当然。曜日は忘れたが、二三日後。それだけ雨や曇りのマークの方が多いということだろう。
 パソコンの画面、メニューなどは文字など見ないで、上から二つ目とか、そう言ったことで覚えたりしている。左から三つ目とか。脳は省エネなのだ。できるだけ使いたがらない。電気代が掛かるためだろう。
 梅雨時出るとき、降っていなければ幸いと思うしかない。晴れなど望みすぎ。晴れていないといけないから、雨さえ降らなければいい程度にシフトしている。しかも自分が自転車で移動中のみ。それ以外は降ってもかまわないような。
 それよりも雨雲で外が暗い。昼間でも夜明け前の暗さ。まあ夜ではないので、外灯が灯っているわけではないが。それだけ雲が低いのか、分厚いのかは分からない。
 最近は少しだけ早い目に起きていたのだが、今朝は後れを取った。誰かと競争しているわけではないが。
 そう言えば今日で五月が終わる。六月に入る。そのイメージは雨、梅雨。邪魔になるほど咲いているアジサイ。
 そして六月は体調を崩しやすい。湿気が影響しているのかもしれない。
 今朝はひんやりしていたので、春に買った春物のGジャンを着る。これは硬い綿だ。ところが今朝はそれが有り難い。頼りになる暖作用がある。普通のカッターシャツよりも当然分厚く硬い。この物理性が頼りになるのだろう。綿だが10パーセントほどポリエステルが入っている。収縮用だろうか。少しだけ伸びる。僅かだが。それ以上に硬い。ボタンが留めにくい。かなり力がいる。外すときも。襟にフードが付いている。ボタンで留めてあるだけなので、外せるのだが、そのままにしている。今朝はそれが暖かい。首に少しだけ掛かるためだ。こういうのは外すと行方不明になる。
 その前の日はレインコート風のマウンテンパーカーだったが、これは大袈裟なわりには寒い。やはり綿の弾力、肌触りの方が憩える。濡れても僅かな距離だし傘を差していれば、びしょ濡れになることはない。傘を忘れて強い俄雨に遭ったときは、レインコートの有り難みが出るのだが。
 雨の日のお供のデジカメはオリンパスのミラーレス。これはボディーもレンズも雨程度では何ともない。しかし実際には傘を差した状態で自転車から写すので、防滴性のないカメラでもいいのだが。
 このカメラは今年の誕生日カメラ。結構高かったので、文句ばかり言っているが、基本性能は悪くない。あまりオート化が進んでいないので、昔のOMの一眼レフとそれほど変わらない。
 これで、水面などを写したりする。雨の降っている日の方が撮すものが多くなる。滴とか、ぬかるみの足跡とか。
 どちらにしてもこれからは雨の多い季節に入る。既に入っているのだが。
 
 
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2018年05月30日

大根おろし

■■ 2018年5月30日 水曜日 午前8時42分
 
 今朝は雨。朝から傘がいる。小雨だが、確実に濡れるだろう。近所の田んぼに水を入れたのは正解だろう。貯水池と同じ状態なので、雨だけでも結構溜まるのではないかと思える。それよりも川に水がないと、引き込めない。その川の上流あたりは結構広い山地。このあたりだと武庫川。だから雨で増水しれくれれば、農水路の水も豊か。昔はこれは命がけというか、雨の多い年は良いが、少ないと、水の取り合いが起こったのだろう。特に下流ほど行き渡りにくい。一村では話が付かない。上流の村々との取り決めなどが必要。
 それで村のマイ貯水池。川に頼らない溜池がモグラの巣のようにものすごい数できた時期がある。もう水田をしなくなり宅地になったとき、邪魔なので埋めたのだが、まだまま残っている。
 だから今でも水門として残っている。ここで分けるのだ。分けた枝からまた枝が発生する。いずれも川だが、農水路として昔の人が掘った川。自然にできた川ではない。
 大きな川から引き込んでいるので、魚とかも一緒に流れ込んでいる。
 今朝は雨なので、レインコート風の大袈裟なものを羽織る。これは少し暑苦しいのだが、朝の喫茶店は寒いので、丁度いい。梅雨時の喫茶店の冷房はかなり厳しい。付けていないと暑苦しいが。
 昨日はスーパーで弁当を買って食べる。これが一番安くてボリュームがあり、しかもおかずの種類が多い。300円台だ。これはスーパー内で作ったもので、あまりもの使っているためだろうか。しかし数が少ないので、売り切れている場合が多い。その手前に行くと百円引きや、さらに遅いと半額になる。すると100円台だ。ただ百円引き状態で売れてしまうので、それ以上遅い時間に行くと何もない。
 食欲が落ちる季節なので、暑苦しい煮物よりも、あっさりとしたものが欲しくなる。それで最近は大根下ろしを作っているというより、擦っているだけだが、これが力がいるので、逆に暑苦しかったりする。一本丸まるでは余るので、半分に切ったものを買っている。これなら下ろすときそのまま持てる。大根は根の尖った方が辛いので、葉のある側を買う。しかしこれは好みで、大根下ろしは辛い方がいいというのがある。煮るなら葉側がよかったりするし。
 早く使わないと、水分が抜ける。少し古くなると、水が出ない。大根下ろしのあの水がいいのだ。だから一本丸ごとでは終わりの方になると、沢庵に近くなり、水気がなくなる。
 これで人参おろしも好ましい。大根の白いところに紅いのが加わると、これは綺麗だろう。
 人参は三本百円などであるのだが、これを使い切るには多い目に使わないと、次に煮物を作るときには、もうカラカラになっている。だから一本売りが好ましい。高くても。
 大根下ろしの中にちりめんじゃこや、釜揚げのジャコを入れてもいい。またプランクトンのようなアミエビでも。
 ジャガイモは煮込むよりも、ポテトサラダ風に潰した方がいいかもしれない。こういうのは蒸かせばいい。蒸し器は意外と夏に活躍する。普通の鍋でもできる。中に蒸籠のようなものをかませばいいのだ。しかし最近それ専用の鍋がなかなか見付からない。茶碗蒸しを作るときのあれだ。売っていない。鍋の途中に填め込む穴の空いた円盤状のものが付いている蒸し器だ。
 レンジ用のはあるが、やはり大量の蒸気というか湯気の出る方がマイルドで水分も多い。野菜からの水分ではなく、下の湯からの水分だが。
 昨日はシュウマイも買う。これもレンジで温めるより、蒸し直した方がいい。やはり水分が違う。肉饅などもそうだ。レンジだと皮が固くなってしまったりする。
 今朝のように雨だとその戻り道大回り散歩に出られない。最近はお昼頃に行く遠征ではなく、この朝の寄り道で寄る場所を増やしている。しかし、雨では何ともならない。
 早く梅雨入り宣言が出れば、よく晴れると思うが。
 
 
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2018年05月29日

三メーカーミラーレス対決

■■ 2018年5月29日 火曜日 午前8時50分
 
 今朝は曇っている。西の方から梅雨入りが近付いている。順番だが、大阪方面を飛び越して東海や関東が先に梅雨入りすることもある。
 蒸し暑い梅雨の季節に既になっている。梅雨入り宣言など聞かなくても。四国が梅雨入りしてるのだから、大阪方面の天気がいいわけがない。まだ梅雨入りしていないので、気持ちのいい五月晴れということはあり得ない。天気は西から来るので、同じ流れの中にいる。
 昼間は結構暑いのだが、この蒸し暑さで、身体がえらい。ここが季節の変わり目で、気温だけではなく、湿度が違う。南からの湿った空気がどんどん入ってくるのだろう。
 しかし、今日は曇っているので、昼間の気温はそれほど上がらないらしい。陽射しがあると、夏と同じになる。
 しかし、喫茶店は冷房で寒いので、ジャケット類を羽織っている。流石に春物のジャンパーでは暑苦しいが、それは移動中のとき。
 梅雨に入っても晴れの日が結構ある。ここ最近雨が多いので、その割合と梅雨入りしてからの割合も似たようなものではないかと思える。梅雨イコール雨というイメージだが、ずっと降っているわけではない。それなら雨季だ。日本の梅雨は天気が変わりやすいと思われる。だから本来ならしとしとと雨が降り続くはずなのに、すぐに天気が変わり晴れる。
 だから雨の降る割合が少しだけ高いということで、あまり梅雨を意識する必要はないのかもしれない。
 梅雨入り前に近所の畑が田んぼ用になる。畑は畝がある。それをならして平らにしている。既に水を入れている田もある。これは今まさに堰を開けて、洪水状態にするところを目撃した。既に人はいない。あとは勝手に水が張るまで待つしかないのだろう。
 泥土でできた浅いプールだ。あとは機械での田植えなので、あっという間に終わる。
 昔はこれが共同作業で、一軒の農家だけでの人数ではできないので、集団で手伝いに来る。だから、共同体。団体行動。我が家は我が家、と言うわけには行かないことを千年以上続けていると、そういう社会になっていくのだろうが、水田に頼らない人々も結構いたはず。田がないとか、畑も無理とかの場所では。それよりも効率がいいものがあれば、そちらへ流れたりするのだろう。
 
 誕生日に買ったオリンパスのミラーレス後、古いパナソニックのミラーレスや、型落ち展示品のキヤノンミラーレスも買ったので、これで三台ミラーレス戦争となった。三大怪獣バトルだろうか。
 一番使いやすいのは一番安かったパナソニックGX7だろうか。これは二万円台。しかし極上なので、得をした感じ。それで気分がいいということもあるが、それだけではなく、意外と基本的な操作性がいい。これも相性の問題だが。たとえば手の大きさとか、構え方の癖とか、被写体とか。
 一番洗練されているのがキヤノンイオスM。これは単純な話だが、シャッター音がいい。カラッとした乾いた音。パナソニックは甲高く、音も大きい。オリンパスは聞こえないほど静か。しかし、写したときの音の感覚は、イオスMが切れがいい。この音がよかったりする。
 この三台の中で、フルオートでも露出補正ができるのはパナソニックだけ。
 AF関係がいいのはキヤノン。顔以外の自動認識の精度がいい。それが厳しいのはオリンパス。多点に合うのだが、被写体としての固まりを掴んでくれないので、自動認識は顔だけかもしれない。AFを多点にしていると、無茶苦茶なところに合う。画面の端とかに。これは近いところ、合わせやすいところに合わそうとしているだけかもしれない。
 パナソニックスは囲もうとするが、すぐに諦めて、大箱になる。
 見事に掴んでくれるのはキヤノン。色目から固まりとして捉え、それを囲み、動いていれば追従モードに入る。
 このあたり、コンパクト系で、既に体験済みなのだが、そういったオート化の精度や、一歩先をいっているのはキヤノンだと思えるが、ソニーはさらに先かもしれない。
 フルオートオードでも色々できるのがパナソニック。オートが嫌いな人はオリンパスだろうか。
 コンパクトデジカメ代わりに、ちょい写し、散歩撮影ならイオスMのオートで気楽に写すのがいいようだ。オリンパスになると、ちょっと大層な感じになる。
 痒いところに手が届くのがパナソニック。これといったものはないのだが、柔軟性がある。簡単なちょい写しから凝ったものまで過不足なく写せる。二万円台のカメラが意外とよかったりするのだから、皮肉な話だ。
 
 
 
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2018年05月28日

都はるみNHKビッグショー音のみ

■■ 2018年5月28日 月曜日 午前8時35分
 
 今朝は曇っている。これはもう梅雨だろう。気温は高い目で、しかも蒸し暑い。20度少し夜も朝もある。夜と朝の気温がほぼ同じなのは雨の日に多い。
 昨日は晴れており、夏のようにだれてしまった。これはもう夏休みが必要だろう。蒸し暑くてだるい。
 しかし晴れていたので、朝の喫茶店の戻り道にウロウロする。いつものコースの先に多田街道というのがある。その入り口に大きな立て看板があるのだが、それを見ながらいつもは戻っている。何度か通った場所だが、朝のコースと隣接している。この多田街道を辿ったことがあるが、多田街道の多田とは多田神社のこと。山を一つ越えたところにあるのだが、川西池田のあの狭い渓谷を抜けるのは自転車ではしんどい。道が狭い上に車が多い。そして歩道がない。
 多田街道とは今の阪急バスでいえば、産業道路で川西のバスターミナル行きと同じルートとになるが、そんな道は昔はなかったので、くねくねと村を貫きながら延びている多田街道がメインだったのかもしれない。多田街道は西国街道と交差している。このあたり摂津の臍と言われており、摂津国の首都だったようだが、今は何もない。
 多田街道の看板や摂津の臍の石がある場所は村。古い農家というより、豪農が多い。米を作っているだけでこれだけ大きな家にはならないだろう。農家以外のことをしていたのだろう。この村は伊丹への入り口にあり、検問所のような物のあとがある。そんな建物は既にないが、有岡城下への入り口、すぐ先に見えている。時代により違うようだが、西国街道や多田街道は結構古い。伊丹にある城は伊丹城ではなく、有岡城。信長時代の荒木村重の摂津領の首都。川西池田茨木高槻、そのあたりの城城を纏めていた。西は花隈まであったのかもしれない。神戸の西だ。新開地などがある場所。平清盛が都を作ったところ。
 伊丹とは、もっと昔に、このあたりを領地にしていた伊丹氏という武将から来ている。あまり馴染みのない人だ。
 今の大阪市内は村重時代は本願寺がまだ抵抗していた。
 ただ、五月山のある池田あたりを摂津の首都とした方が、見晴らしがよかったのではないかと思える。摂津国の一望性が高い。山裾に池田城があり、再建された。ここからなら本願寺も大阪湾も見える。
 荒木村重、何が不満で謀反を起こしたのか。または謀反など起こす気はなく、誤解だったかもしれないが、疑いを掛けられただけで、もう信長は許さないとでも思ったのだろうか。
 しかし信長は信じられないという感じで、疑っていないようだ。謀反を起こす理由がないためだ。後に本当に謀反を起こし、籠もってしまうのではなく、打って出た光秀がなだめに入ったりする。黒田官兵衛も。
 信長はそれほど潔癖症ではない。大和の松永弾正など何度も背いているが、許している。大和、奈良だが、そのあたりを安定させるには必要な武将だったためだろう。
 理由としては、村重に野心があったかどうかで分かるかもしれない。信長ではなく、本願寺や毛利と組もうとしていたのだろうか。疑いの証拠は本願寺に米を流したということだったように記憶している。
 毛利は水軍を持っており、大阪湾まで軍船で兵を送れる。当然本願寺へ米も運べる。そこで大阪湾岸で海戦があった。伊勢鳥羽辺りに海賊のような大名がいる。これに鉄板を張った軍船を作らせた。燃えない。
 これはあとで分かることだが、毛利には天下を取る気はない。これは元就の遺言かもしれない。中国十カ国を守るだけでいいと。都と距離を置き、関わるなというような。それは九州の大大名が、それで消耗したことを知っていたためだろうか。
 毛利の領土は旧尼子領。山陰方面に拠点があった。
 ゲーム信長の野望では、毛利は播磨まで迫り、今の姫路まで伸びたとき、尻を囓られる。つまり九州の大名が関門海峡を渡ってくるためだ。中国十カ国、これは広すぎるし、長細すぎる。
 さらに横に伸びた瀬戸内を越えて四国の長宗我部が毛利の腹を食いに掛かる。九州と四国から攻められるのだ。これはゲームだが、地形的にはそんな展開になるはず。
 さて、多田街道だが、池田に出る前に工場などで途切れてしまい、見失うが、おそらく村伝いに続いていたはずなので、街道よりも、村を探した方が早い。村というより、農家や、神社。
 そのあたりにソフマップ中古店がある。郊外型だ。中古カメラなどもあるが、以前行ったときは全部消えていた。売れたのだろう。しかし値段は高い。
 
都はるみNHKビッグショー
 最近ユーチューブで上がっていた動画だが、実際には静止画。音声だけなので、ステージの映像はない。
 ビッグショーの動画は既にあり、時期的にはそれよりも古いが、結構近い。
 今回の都はるみは28才あたり。「北の宿から」で賞を総なめをした翌年。これは貴重な映像で、若い頃のコンサート映像はそれほど残っていない。
 残念ながら映像はないが、NHKのFM版のようで、ラジオで同じものを流していたのだろう。それを録音した人がいる。
 FM放送なので、紅白のラジオ版のようなもので、ナレーションというか、案内が入る。曲名とか、ちょっとした舞台の説明とか。それで流れが分かるし、ステージ上での動きもそれなりに説明している。花柄の着物だとか。
 この映像はNHKにもないらしい。そのあとにまたビッグショーに出ていたのだが、そのときに歌った最後の曲が「涙の連絡船」。それを今回は最初に歌う。これは珍しい。やはり声が若い。
 そのあとは今とそれほど変わらない。初期の歌が多い。今ならロック風にやるのだが、その中に「好きになった人」も入っている。だから最後は別の歌になるのだろう。ここで使ってしまったので。
 そして都はるみの語りが入る。デビュー前の話で15才あたりだろうか。コンクールに出始めたのだが、結構落ちていたらしい。コロンビアで優勝したのだが、大阪大会では二位。だから全国大会には出られないのだが、出ている。これはこのまま終わらせるのは惜しいと感じたのか、市川昭介が東京での全国大会に出られるよう計らってくれたらしい。
 この当時、コンクールでよく歌っていたのがこまどり姉妹の曲。ああ、そうか、その流れなんだと分かったような気がした。その曲を二曲ほど歌っている。これは初めて聞くが、こまどり姉妹と都はるみはもの凄く近い。威勢がよく、テンポがいい。これは母親の影響もあるのだろう。本当はザピーナツがよかったのかもしれないが。
 そしてメインは歌謡浪曲。これだけは練習しないとすぐにはできないはず。結構複雑な構成になっており、出し物は「吉良の仁吉」。
 人生劇場の歌で、「吉良の仁吉は男じゃないか」というのがある。敵わぬ相手と荒神山で争う。その妻の話。「嫁と呼ばれてまだ三月」で有名。敵の親分の妹なのだ。このお菊さんと離縁する。ここにポイントを置いた歌謡浪曲だが、本物の浪曲ではなく、歌謡浪曲だが、それも崩してバラエティーに近い。お菊さんは新婚旅行でハワイへ行きたかったらしい。そのハワイが出てきたときはハワイアンの歌が入る。また「惚れちゃったんだよ」も間に入り、セリフをいうとき、急に京都弁となったりする。かなり複雑な構成。この人、浪曲を唸っていたかと思うとハワイアン。どんな声でも出せるのが凄い。
 元歌は戦前の曲で、これは浪曲ではない。芸者さんのような名前の歌手が歌っている。その合間に浪曲が入る。当然浪曲吉良の仁吉が原作のようなもの。広沢虎造。有名すぎる。しかし、この浪曲、やはりこれだけでは退屈。講談のようなものなので、ずっと話だけを聞くような感じ。
 こういうのをコンサートの中に入れていたのだ。これは盛り上がる。だから復活コンサーのときの「王将一代小春しぐれ」のようなもの。
 この舞台だけの出し物で二度と見られないが、音だけでも熱演している状態が分かる。浪曲ならテーブルにコップの水があるが、それがない。凄い汗で、水を飲ませてあげたいというようなことをアナウンサーが言っていた。
 そのあとは珍しく「だだひとり」という淋しい曲。これは「北の宿から」のB面のようだ。ネット上にもあったが、消えていた曲。
 そして予定通り、この年なので「北の宿から」になる。ただ、紅白では唸っていたが、ここでは唸らない。
 日本レコード大賞とは言えないので、賞とだけ言っているが、これを機会に、歌い方を見直したいというようなことも。
 レコード大賞を取れば、引退しようと思っていたとは流石に言えない。
 そのあともう一曲ある。都はるみが都はるみとしてそこに立ち続けられるのは、この歌があったから、と言う感じでピアノの演奏が始まる。いつもとは違う出だしだが、「アンコ椿は恋の花」しかない。これがラスト曲となり、ものすごいエンディング音響とともに終わる。
 この時期の新曲は「雨宿り」だろうか。それも披露していた。
 映像で見たかったが、FM放送の録画が残っていただけもいいだろう。NHKにはないが、誰かが家庭で録画している可能性もある。
 都はるみの動画、今もまだアップされ続けている。見落としてしまうことがあるが、不思議とユーチューブのトップ画面に上がっていることが多い。
 最近では紅白歌合戦特別出演の「アンコ椿は恋の花」。これは既に上がっているのだが、その高画質タイプ。表情がよく分かる。
 これは何度見ても緊張感が伝わりすぎる。そして何度見てもお膳立てがいい。松平アナの名調子で、紹介される。そして「都はるみさん、アンコ椿は恋の花ー」と、この司会者も唸っている。
 最近のものでは他に「花占い」だろうか。恋占いだったかどうかは忘れたが、都はるみの歌ではない。桜田淳子と一緒に歌っている。そして野口五郎も出てきて三人で歌うのだが、この二人から見ると、都はるみはこの当時おばさんに見えてしまう。そして三枚目役をやっていた。16才がどうのという歌だが、流石にそこを歌うとき、都はるみは恥ずかしそう。
 このオバサンのようなショートカットから、長い髪になり、娘姿になり、急に美人になる。
 そのラジオ版のビッグショーの中で、本当は男に生まれたかったというようなことも言っている。面倒くさがり屋で、掃除洗濯炊事というのが面倒。しかし、これからは女らしさも、と言うことで、そういう曲を歌う前説だろう。「男が惚れなきゃ女じゃじゃない……」や「雨宿り」を歌う。いずれもあの金井克子の作詞のようだ。
 しかし、威勢のいい男歌もいい。歯切れがいいのだ。歯をむき出しにして歌う。自然とそういう口になるのだろうか。
 当然、涙の連絡船のような泣き歌でも、歯をむき出して泣く。
 
 
 
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